【寒梅】(1)

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避難所に来たファミレスの炊き出しスタッフのひとり千里に声を掛けた青葉は、その日千里の好意で彼女のその日の宿舎に連れて行ってもらった。女物の服の着替えを借り、部屋についているバスルームで汗を流す。震災以来5日間入浴もできず着替えることもできずにいたので、熱いシャワーを身体に当てると、とても気持ち良かった。身体を洗い、髪を洗ってコンディショナーを掛ける。幼い頃、髪を伸ばし始めてこのコンディショナーをする時に女の歓びを感じていたことを思い出した。短い髪だとシャンプーだけでいいもんね。
 
バスタオルは2つしかないのでそれを千里と同室の桃香のために取っておき、自分はフェイスタオルで身体を拭く。少しだけ身体のほてりが引くのを待ってから、千里から借りた服を身につける。ちゃんと洗濯された服は気持ちがいい! 
浴室から出て礼を言うと「わあ、可愛い。やはり女の子なんだね」と言われた。夕食を分けてもらって食べたあと、今後のことを話し合ったが、いまや青葉にとって生きている唯一の肉親となってしまった佐賀の祖父のところに行くよう言われた。青葉は気が進まなかったが、桃香に合理的に諭されるとなかなか反論ができない。渋々承知する。
 
翌朝ふたりに見送られてタクシーに乗り一関まで出た。そこから山形へのバスに乗り、更に酒田へのバスに乗り継いで、その日は酒田市内の公園のトイレで1晩明かした(ホテルに泊まれと言われていたのだが・・・)。 
なお、この日は姉・父母・祖父母の初七日にあたったので、青葉はちょうど地震と津波が来たくらいの時刻にバスの中で気持ちを岩手の方に向けて合掌し般若心経と阿弥陀経を唱えた。
 
翌朝いちばんの特急いなほで新潟へ。北越に乗り継いで金沢まで行き、サンダーバードで新大阪に出て、そこから新幹線で博多まで。特急みどりに乗って夕方、佐賀駅に到着した。
 
酒田542-749新潟755-1131金沢1156-1432新大阪1445-1713博多1732-1815佐賀 
しかし酒田から佐賀まで1日で来れるというのは青葉も初めて知った。もっともさすがに特急4本と新幹線のはしごをすると若い青葉でもなかなか疲れる。 
ぐったりしていたが、気合いを入れ直し、降車前に洗面所で顔を洗ってから佐賀駅に降り立った。途中の駅から到着時刻は報せていたのだが、こちらは何といっても女の子の服を着ている。祖父は自分を男の子と思っているだろう。会えるかな?
 
駅の構内で人を探しているふうの老人を探す。。。。。あの人かな?
青葉はその人に近寄り「こんにちは。古賀太兵さんでしょうか?」
「え?君は?」「お久しぶりです。川上青葉です」
太兵は「へ?」という顔をしていた。
 
あまり気持ち良くない多少の軋轢があったあと、ともかくも青葉は太兵の運転する車の後部座席に座っていた。シートベルトを付けたかったが、この車のシートベルトは引き出してない。そもそも運転者本人もシートベルトを付けてない。 
こういう時、ほんとに自分の「無表情」は便利だなと思った。この表情でいる限り、あまりしゃべらなくても済む。ただ、青葉は感じていた。千里と出会った時に心の中で、5年間掛けたままにして自分でも解き方を忘れてしまっていた感情と表情の鍵が外れてしまったことを。千里とはおそらく数ヶ月以内には再会できるような気がしていた。
 
太兵の自宅に着き「お邪魔します」といって中に入る。太兵の妻の梅子が「あら?」というので「お久しぶりです。川上青葉です」と挨拶すると、「あらまあ、青葉ちゃんなの?可愛くなっちゃって」と笑顔で言った。 
青葉はとても小さい頃に両親に連れられて未雨とともにこの家を訪れたことがある。しかし自分でもその記憶は曖昧だったし、もう何年も音信不通だったので「久しぶり」とは言ったものの事実上「初めまして」に近い感じだった。 
太兵はすこしぶすっとした表情であったが、梅子がよくしゃべるのに助けられた感じであった。その日の食事はお寿司がとってあった。青葉はつい習性で安いネタのばかり選んでしまいがちであったが、梅子が「あら、マグロ食べてね。タイもどうぞ。イクラ美味しいわよ」などといって皿にもってきてくれるので途中で「すみません。もうお腹いっぱいです」と言わざるを得なかった。 
その日はお風呂を頂いて寝た。お風呂に入る前に電話を借りて、千里の携帯にこちらに無事着いた旨を連絡した。翌朝、千里からもらっていた別の服に着替えてから出て行くと、太兵が「おまえ、男なら男の服を着ろ」とどなった。しかしその場は梅子が「あら、いいじゃないですか。こんなに可愛いんだもの。女の子のかっこうがとても似合っているし」などといってかばってくれた。 
そんなやりとりを数日続けていたが、ある日ついに太兵はもう我慢できんという感じで、梅子に「こいつ用にズボン買って来い。スカート穿いてるのなら叩き出せ」
と言い出した。梅子が困っていたようなので、青葉は「私、ズボンでもいいですよ。でも1枚も持ってなくて」という。「じゃ私買ってくるわ」というのでサイズを聞かれる。W57ですと答えると「そんなサイズあるかしら?」と不安がられた。青葉は「メンズには無いでしょうね」と笑って答えた。(青葉自身この時に笑いの表情が出たことに驚いた) 
結局梅子は子供用の150サイズのズボンを買ってきた。W57ならボーイズなら130サイズ相当なのだろうが、青葉が女の子体型なのでヒップが収まらないだろうという判断だった。実際150サイズのズボンはウェストがゆるゆるでヒップはぴちぴちであった。丈も短い。
「ごめん。また160サイズを買ってくる。ウエストはベルトで留めましょう」「はい」
 
太兵はまた「おまえは根性が腐っている。叩き直してやる」と言って、最初青葉を柔道の道場に連れて行った。正直参ったなと思った。柔道着を借りてTシャツの上に着て出て行くと、いきなり強そうな人がきて「組んでみよう」という。青葉はやれやれと思い、相手をする。これって気合いの勝負だよね?
 
青葉が気を集中して相手の前に立つ。特に身体は動かさない。相手は最初軽く揉んでやろうという感じであったようだが、青葉が気を集中したのを見てビクッとした。ふむふむ。この気が分かる程度には強い人か、と青葉は思った。 
青葉は棒立ちでただじっと相手の目を見ているだけだが、相手は距離を取ったまま、なかなか近寄ってこない。そりゃそうだ。隙を作っていないから、飛びかかる場所が無いはずだ。しばらく相手は何とか打開しようとしていたが、やがて「参りました」
といってお辞儀をして下がった。祖父はポカンとしていた。
 
師範代の人が出てきた。きゃー。こちらは柔道自体の心得はない。さっきの人には、まさにハッタリが効いたけど、この人には無理だろうなと思った。 
さっきの人と同様に気を集中したが、今度は棒立ちではなく防御態勢を取る。相手はやはり攻めあぐねているが、さすがに師範代である。隙の無い所から無理矢理せめてきて、青葉の道着の腕をとった。投げられる。ひぇー。私、受け身なんて知らないのに。。。。しかしとっさに身を転がして身体を守った。でもこれで負けたからいいかな?と思ったら、負けになっていなかった! 
青葉がうまく逃げてしまったので、1本が成立していなかったようである。うっそー。早く負けたいのに。師範代はかなりマジな顔をしている。その顔が怖いよ−。隙を作って攻めさせるのは楽だが、それをやると想定外の怪我をしかねない。それはいやだ。しかも向こうはこちらを相当強いと思っている。手加減はしてくれない。こうなったら仕方ない。青葉は気の防御を解除して「負けました」とお辞儀をした。師範代は不満そうであったが、とりあえずその日はそれで解放してもらえた。
 
「柔道ではないですね。合気道か中国拳法とかをしてますか?」
と師範代は聞いてきた。
「いえ、武術は何も心得がありません」
と青葉は冷や汗を掻きながら答える。
「いや、この気合いはただものではないと思いましたけど。五輪選手クラスの気合いを感じましたよ」
あはは、それは目に見えない者たちとなら、命賭けの戦いを何度もしてるからね。負けたら死ぬという状況も今まで3回は経験している。
 
次の日は剣道の道場に連れていかれた。やれやれである。こちらは道具がある分、柔道より楽だった。誰も青葉に1本打ち込むことができない。向こうが面とか小手を取ろうと打ち込みをする前に、青葉には相手の行動が見えてしまうので、その間に逃げてしまうし反射神経は鍛えていて反応が速いから、向こうの攻撃が全く当たらないのである。といって青葉は「人間は攻撃しない」主義なので、こちらから当てには行かない。
 
ここでも師範代が出てきて勝負となったが5分たっても1本も取れないまま引き分けとなってしまった。
 
「女性の剣士と引き分けになったのは3年ぶりです」と師範代は言った。「前に引き分けになったのは全日本のチャンピオンになった人だったのですが」
と言っていた。あはははは。そうそう。とりあえず私は女に見えるよね。 
3日目は空手、その次はボクシングに連れていかれたが結果は大差無かった。さすがに太兵は凹んでいた。
 
ボクシングでも相手のパンチは全く青葉に当たらなかった。父から殴られる時も本当はかわすことができていたのだが、かわしては悪いかなと思っていつも受けとめていた。しかしパンチを受けるのは気を集中させて怪我を避けられても、痛いのには変わりないから、できたらかわしたいのである。
 

梅子は優しくしてくれていたが、太兵はどうしても青葉の生活を変えたいようで、その緊張感は日増しに高まっていく感じであった。これはもう長くはもたないなと青葉は感じ始めていた。
 
それは4月4日の昼頃のことであった。太兵は突然、新学期から中学にやらなければいけないから、挨拶に連れていくと言い出した。本当はもっと早く学校に連絡すべきだったのだろうが、青葉の服装や女性的なしぐさ・ことばなどが気になりすぎて、どうも忘れていたようであった。
 
それで挨拶に連れていく以上、その髪は切らなきゃならん。五分刈りにするといってバリカンを持ち出してきた。梅子にこいつを捕まえておけ、というもののさすがに梅子はそれはできませんと言う。しばし家の中で追いかけっこになった末、青葉は自分の荷物を置いている部屋に逃げ込むと、てばやく身の回りの品(特に佐竹の家から回収した4つの『鍵』)と最低限の着替えに、残っていた現金を手早くリュックに詰め、窓から飛び出して逃走した。
 
かなり走った後、追いかけてきていないのを確かめ、ふっと息をする。しかし参ったなと思った。とりあえず履き物が欲しい。青葉は商店街まで行くと、100円ショップでサンダルとウェットティッシュを買った。物陰に座って足を拭き、サンダルを履く。
 
しかしどこに行こうか・・・・・
 
思いつくのは菊枝のところと千里のところだ。岩手に帰っても頼れる人はいない。佐竹さんの娘さんの所にはさすがに世話にはなれない。菊枝の顔と千里の顔を思い浮かべる。菊枝とは長い付き合いである。千里はこないだ知り合ったばかり。でも菊枝と自分は、いわばライバルでありかつ恋人のようなもの。千里はむしろお姉さんかなという気がした。
 
よし。
 
青葉は書店で小さな地図を買うと、千里の住む町への行き方を調べはじめた。その日はもう暗くなるので、出発は明日にすることにした。公衆電話を見つけ、しばらく『チェック』していた。今だと思うタイミングですばやく祖父の家の番号をプッシュする。1回コール音が鳴っただけで梅子が出た。
「すみません。青葉です。逃げ出しちゃってごめんなさい」
「あなた、今どこにいるの?」
「とりあえず、知り合いの家に移動している最中です。向こうに着いたらまた連絡します。おばさんには凄くお世話になったのに、こういうことになっちゃってごめんなさい」
 
「それはいいけど、あなたお金とかは大丈夫?」
「ええ。向こうに着くまでの交通費と食費は何とか」
「足りないようだったら、一度こちらに戻って来て。どこかで待ち合わせて渡すから」
「はい。でも何とかなると思います」
「あの人が頑なでごめんね。これに懲りずにまた来てね」
「はい、その内またご挨拶に来ます。ここ2週間そちらで過ごさせて頂いてほんとうにありがとうございました」
 
その日はまたまた青葉は公園のトイレで1夜を明かした。
ついでに服もズボンを脱いでスカートに替える。
 
翌朝商店街の100円ショップで、ホワイトボードとマーカーを買った。ついでに朝御飯用にパンなども買う。バスで国道34号沿いの適当な場所まで移動した。『さて始めるか』
 
青葉はホワイトボードに『北九州方面』と書き、胸のところに持って乗せてくれる車が来るのをひたすら待った。
 

青葉のヒッチハイクはけっこう難航し、5日の昼前から始めて、千里たちの住む町に到着したのは8日のもう夕方近くであった。
 
千里と桃香が一緒に暮らしていたのには少し驚いたが、ふたりは優しく青葉を保護してくれた。銀行関係とかの手続きしなきゃなどと言っていたら、ふたりはお金を出し合って弁護士を付けてくれて、弁護士は青葉の家庭の資産状況を調べてくれた。
 
弁護士は両親の借金は700万くらいで土地を売却した場合の売却代金とほぼ相殺できるが、他にも借金があったら怖いので合計200万ほどの両親の預金は諦めて相続放棄したほうがいいと言った。青葉もその点は同意した。ここ数年はふたりの生活はかなりひどい状態だったので、あれならどこに何百万借金があっても不思議ではないと青葉は思っていた。しかし自分と姉名義の預金が200万ずつあったのには驚いた。考えてみれば、父は一応仕事はしていたし、その収入をぜんぜん家には入れてなかったのだから、そのくらいの隠し資産があっても不思議ではなかった。
 
そのうちの青葉名義のものは問題無く使えると弁護士は言ったので、とりあえず30万引き出してもらい、先日借りた交通費と弁護士代の分を千里たちに返そうとしたが、いろいろお金がいるだろうから取っておきなさいと言われた。そこで青葉は郵便局にとりあえず口座を作り入金しておいた。なお姉名義の預金は相続順がきょうだいより直系尊属優先なので太兵が相続人になる。弁護士は放置しておけばいいですよと言っていたが、青葉は後で梅子に電話し、姉の預金をそちらで相続できるから姉の認定死亡が出たら手続きをしてくださいと伝えた(ついでに父の分は相続放棄しないと危険であることも)。後に梅子は相続した200万のうち半分を青葉に送金してくれた。
 
青葉はこの震災で親権者を失ってしまったので、最初千里が後見人になってあげると言っていた。が、そこにちょうど桃香の母が北陸から出てきて反対。確かに千里や桃香の年代の娘が青葉の後見人になってしまうと、結婚に障害が出てくる可能性がある。それに青葉にとってふたりは「お姉さん」的な存在だ。後見人では「お母さん」になってしまうので、さすがに違和感がある。そういうわけで桃香のお母さんが後見人になってあげると言ってくれた時はホッとしたし嬉しかった。 
そして何よりも、千里も桃香も、そして桃香の母・朋子も自分のことを優しく扱ってくれるのが、嬉しくて嬉しくて涙が出た。青葉は自分の心の封印が完全に解けたのを感じていた。
 
朋子の家がある北陸の町に行くと、なんだか懐かしいような匂いがした。ああ、ここいいなあと思った。自分の生まれ育った町と何となく雰囲気が似ている気もした。朋子に連れられて中学に行き、朋子がとてもうまく自分のことを説明してくれたおかげで、青葉はその中学に「原則女子生徒」として通うことができるようになった。翌日制服の採寸をされ、就学までの一週間は千里たちの町で過ごした。その一週間の間に青葉は、朋子に連れられて映画や寄席、遊園地などに連れていかれた。どれも今まで体験したことのないことだった。青葉の表情は日に日に豊かになっていったが、内面的な感情もまた豊かに満ちあふれるようになっていた。
 
一週間して北陸の町に戻る。できあがった制服を受け取り、家に戻ってそれを身に付けてみた。1年生の間も女子制服は着ていたが、あれは先輩から譲り受けたものであった。今度のは自分のサイズで採寸して作ってもらったもの。なんだかそういう経験があまり無いので、物凄く嬉しかった。
 
「これで青葉も立派な女子中学生ね」
と桃香と千里から言われた。
 
翌日青葉は新しい決意を胸に新しい学校へと登校していった。
 

青葉が震災後、ふたたび岩手の地を訪れたのは5月の連休であった。こちらの学校に入ることになったというのは、早紀や咲良・椿妃ら、慶子さんなどにも連絡してはいたのだが、あれからずっと会っていなかったので顔を見ておきたかった。
 
あの地域の被害がひどかったため、青葉たちのいた中学は隣の中学と臨時に合併されて新学期の授業がおこなわれていた。早紀と椿妃はその中学に入っていた。久しぶりの再会で、早紀や椿妃と抱き合う。
 
「それ新しい中学の制服?」と早紀に訊かれる。
「うん。ほぼ女子として扱ってもらってるから」
「良かったね」
「青葉、胸大きくなったか?」といって椿妃にはさっそくバストチェックされた。「おお、成長しているではないか」
「えへへ。やっとAカップ卒業したよ。今回の旅からBカップを付けてる」
「女性ホルモンとか飲んでないんでしょ?」
 
「うん。飲んでない」
「私もバストマッサージ頑張ろう。青葉そちらの中学では何部に入った?」
「コーラス部だよ。当然のようにソプラノに入れられた」
「そりゃ、その声は財産だもん」
「うちのコーラス部も頑張って全国大会まで行けたら、青葉たちと会えるかもね」
「うん、お互い頑張ろう」
 

慶子さんとは何度も電話で連絡を取り合っていたのだが、実際に会って打ち合わせしたいことも多かった。
 
佐竹の家は地震保険に入っていたので、それを原資として再建することができるということであった。ただ建築業界が立て込んでいるため、いつ建築できるかは分からないと言っていた。青葉は建てる時にしなければならない秘儀があるので「地鎮祭の後で」自分がそれをできるように取りはからって欲しいといい、了承された。資料館については、家が再建されたあとで、とりあえず再度購入できるものについては、予算の中から順次購入していきましょうということになった。電子化したデータベースは現在菊枝のところと、自分のところに1セットずつあるので、こちらの家が再建されたら、ここにも1セットおくことにした。 
慶子さんは、再発行してもらった青葉の通帳を渡してくれた。個人用1冊と青葉のいうところの「みんなのもの」2冊である。個人用については青葉が今後は自分で管理することにしたが、「みんなのもの」については引き続きそちらで管理してほしいと頼んだ。菊枝と青葉と慶子さんの3人が役員になって法人化しませんか?と言ってみたが、自分はそういう役職とか苦手なので雑務係でいいなどと言っていた。なお、「みんなのもの」の残高は合計約2000万円、個人用の残高は約25万円であった。 
なお今後の霊的な相談については、リモートでできるものは青葉がリモートで処理し、直接行く必要があるものは数ヶ月に1度まとめてこちらに来て処理することにした。相談料については慶子さんの取り分2割を外してから、残りの1割を青葉の個人用口座に振り込み、残りは「みんなのもの」口座に入金してくれるよう頼んだ。
 
青葉はリモートで処理する場合にこちらに気を移しやすいように「寄代(よりしろ)」
にする自分の愛用のボールペンを祭壇に置かせてもらった。祖母から小学5年生の時にもらったものでいつも学生服の内ポケットに入れていたため、ほぼ唯一奇跡的に残った青葉の日用品であった。他のものは全て津波で失われてしまった。 

咲良は咲良の母が勤めていた会社の支店が被災して営業不能になったため、八戸市郊外の同系列の支店への転勤を打診され、生活のためには行かざるを得ないというので、八戸に引っ越してしまい、咲良もそちらの公立中学に入っていた。そこで青葉は八戸まで足を伸ばして、咲良と会ってきた。
 
「わーい。久しぶり」と言って抱き合う。
中学に入って別れてからはほとんど会えなくなっていたので、ほんとに久しぶりであった。
 
「私と早紀と咲良と、2年生からはまた一緒に通えるかなと思ってたんだけどね。3人ともみごとにバラバラになっちゃったね」
「ほんとに。でも去年通った学校では私息苦しかったけど、今度の中学ではみんな仲良くできて、毎日が楽しいよ」
「よかったよかった」
「青葉は新しい中学どう?」
 
「少し嫌がらせとかもされるかな・・と少しは覚悟してたんだけど、みんな優しい。ふつうに女の子として扱ってもらえてる感じで、とっても楽ちん」
「だって青葉のその表情の豊かさを見ると、楽しんでるなというの分かるよ」
「あはは、それは早紀たちにも言われた」
「青葉の笑顔とかほんと何年ぶりに見たんだろう」
 

ゴールデンウィークの最後は四国への旅であった。青葉は飛行機で羽田乗継ぎで高知まで行き、菊枝の家まで行った。菊枝は大学を卒業したあと、この4月に引っ越したのだが、連休直前に北陸まで資料のコピー(ハードディスク5台)を持ってきてくれた時「住所は教えないから自力で探しておいで」と母に言付けしていた(青葉はその時は学校に行っていた)。
 
空港を出てから物わかりの良さそうな運転手さんのタクシーを停め、少し面倒なお願いなのだけど、友人とゲームをしているので、曲がり角の少し手前に来る度にどちらに進行するかを言うので、それで目的地まで行って欲しいと頼んだ。 
タクシーに乗り「受信機」の感度を上げて菊枝の気配を霊査する。
「次右にお願いします」
「ここはまっすぐで」
など、だいたい大きな交差点にさしかかる100mくらい手前で指示を出す。 
気配が明らかに強くなり、だいたいこの近くだと思うところで停めてもらって、降りてあとは足で探す。その付近を歩き回って5分で「ここだ」と思う家を見つけた。菊枝の気配は逆に弱くなったが結界が凄い。表札は出ていないが青葉は確信した。
 
呼び鈴を鳴らそうとしたら「鍵開けといたよ」とインターホンから菊枝の声がした。 
「久しぶり」
「うん。久しぶり、といっても4ヶ月前に会ったばかりだけどね」
「4ヶ月前にこの事態は想像できなかった」
「全くだね。でも青葉がたぶん北陸に行くだろうというのは実はあの時分かってた。それがいつになるかまでは分からなかったけどね」
「すごーい。その時点では私、北陸とは何の接点も無かったのに」
 
「まあね。でも感情と表情の封印は完全に解除されたみたいね」
「うん。新しくお姉さんになってくれた千里さんが私と同じMTFで、すごく親身に私のこと思ってくれてるの。新しいお母さんもとても優しいし。もうひとりのお姉さんの桃香さんは、私を叱ってくれるし」
「理想的な家族ができたみたいね」
「うん」
 
「さて、どのくらいちゃんと女になってるか見せてごらん」
「また裸になるの?」
「もちろん」といって菊枝はもう脱ぎ始めている。
青葉もちょっと微笑みながら服を脱いで全裸になった。
「ふーん。青葉、もう完璧に女の子の身体になってるじゃん」
「おっぱい、1月の時より少し成長してるよ」
「感心感心。で、おちんちんはどこに行ったの?」
「タックっていうんだけど。ここ接着剤で留めてるんだけど外した方がいい?」
「いつもそうしているのなら、そのままでいい」
 
「寝たほうがいいかな?」
「うん。そこ、私のベッドだけど取りあえず横になって」
菊枝はそこに腰掛けて優しく青葉を見ながら青葉の身体を霊査していった。菊枝のバストがまぶしい。青葉はなぜわざわざ菊枝まで裸になったんだろうと考えていた。
 
「ふむ。ここまで完璧に女性器官を再現するというのは大したもんだね。気をかなり扱える人でもここまではできないよ。しかもこの女性器官がちゃんと働いているんだね」
「だって生理あるもん」
「そう言ってたね」
「ね、私の再現、どこかおかしいところとかは無い?実物は3年前に1度見ただけだから」
「うーん。ちょっと待ってね・・・・ああ、ここ少し修正しておこうかな」
などといって菊枝は何ヶ所か、気の流れで作り上げられた青葉の女性器官を修正して行った。その修正のしかたが優しい!青葉はその修正された形をしっかり記憶に刻み込んだ。
 
「これで、青葉の卵巣も今より快適に働いてくれるんじゃないかな。女性ホルモンの分泌も増えると思うよ」
「私、この身体お医者さんに見せたら、絶対ホルモン剤飲んでると思われるよね」
「でしょうね。ふつうあり得ないもん」
 
「チェック終わったから少しヒーリングしてあげる」
「え?」
菊枝は裸のまま青葉の横に寝て一緒に毛布をかぶると、青葉をしっかり抱きしめた。「あ・・・・・」
「心を楽にして」
「うん」
菊枝はただ抱きしめているだけだが、青葉は涙がたくさん出てきた。たくさんの悲しいことがあった。青葉はそれを気力で押さえていたが、菊枝はその感情の門を優しく開いてしまった。
「たくさん泣くといいからね」
「ありがとう」
ふたりはそのまま30分くらい抱き合っていた。
 
菊枝に抱かれたまま少し寝てしまったようだ。ふと気付くと菊枝が起きて服を着ている最中だったので青葉も起きあがり服を着た。
 
「おはよう」
「おはよう。どう気分は?」
「なんか心が軽くなった」
「良かった。あれ?」
 
「なあに?菊枝」
「青葉、数珠を使い始めたんだ」
「ああ、気付いた?」
といって青葉は千里に買ってもらった数珠を取り出した。
「きれいな数珠だね」
「ありがとう。千里姉ちゃんに買ってもらった」
「わざとその人に買わせたね」
「うん。私の心の鍵を預けてるから」
「優しい数珠だ。ローズクォーツは今いちばん青葉に必要なものだよ」
「ありがとう」
「何に使ってるの?これきれいだから霊的な処理には使ってないでしょ」
 
「うん。私、般若心経を毎日108回唱えるのを始めたんだ」
「供養に?」
「うん。姉貴と、それに姉貴と一緒に消えちゃった小さな命のために9回、ばあちゃんとじいちゃんのために9回、父と母のために9回、
亡くなった友人たちのために9回、この震災で亡くなった全ての人のために9回、今生きていて頑張っている人達のために9回、応援してくれている世界中の人のために9回、私の新しい家族3人のために9回ずつ、今いる友人たちのために9回、そして自分のために9回。これで合計108回」
 
「毎日それだけ唱えてたら頭が透明になるでしょ」
「うん。やってみて分かった」
「この手の修法は実際にやらなきゃ分からないんだよね」
「だね。この数珠はその回数を数えるのに買ってもらったの」
「ちょっと触っていい?」
「うん」
と言って数珠を菊枝に預ける。
「いい石だね。持った時に暖かい」
といって菊枝はしばらく数珠を触っていたがやがて
「ありがとう」
といって青葉に返す。
「あ。数珠がパワーアップしてる!」
菊枝は優しく微笑んでいた。
 
菊枝とは「資料館」の法人化についても話し合った。自分でも色々調べてみたけど社団法人として設立するのがいいのではないかと思うと言うと、菊枝もそのあたりは自分も詳しくないので調べておくと言っていた。社団法人を設立する場合、社員が2名必要なので、その場合、自分と菊枝の2人で設立しない?と青葉は誘った。菊枝は考えておくと答えた。
 

「はい、これおみやげ」
といって青葉は千里と桃香にあちこちのおみやげを出した。
 
「一関のごますり団子、八戸の南部煎餅、高知の土左日記」
「大旅行だったね」
「お母さんにも同じの買ったから。でも久しぶりに友達に会えて嬉しかった」
「良かったね。青葉の表情ももうすっかり普通の10代の女の子の表情になってきたみたいな気がする」
「ありがとう。まだまだ自分でも充分顔の筋肉が動いてないなとは思うんだけど」
「毎日笑顔の練習してる?」
「うん。朝起きたら鏡に向かって笑顔で」
「よしよし」
 
桃香も青葉がたった1ヶ月でここまで感情豊かな感じに変身するとは思っていなかった。お母ちゃんのリハビリが効いてるんだろうなと思った。毎日26時間くらい笑っているような人だからなと思う。
 
「今夜食べてから帰るよね?」
「うん。23時の高速バスで帰る」
「それで明日の朝、間に合う?」
「だいじょうぶ。バス降りてからそのまま学校に直行するから。ちょうど学校まで歩いて5分くらいのところに高速バスが停まってくれるのよね」
「JRのほうが楽なのに」
「今回は時間の関係で青森から高知までと高知からこちらまで飛行機使ったから、少しは節約しないと」
「倹約家だよね、青葉は」
「ただの貧乏性」
 
「夕飯はどこかに食べに行く?」
「家で食べるほうがいい!」
「だよね。青葉はそのほうが嬉しいんでしょ」
「うん」
「じゃ一緒にスーパーに買い物に行こう。そして調理は青葉に任せた」
「わー、そういうのも初体験かも」
「じゃ、このおやつ食べたら出かけようか」
 
青葉は、千里の入れてくれたお茶を飲みながら笑顔でごますり団子を食べる。そしてこういうのがホントの家庭なんだろうな、と思っていた。千里の心が、桃香の心が、暖かくて涙が出そう。そのうち私もこんな感じの暖かい家庭を持てるかな、などとも考えていた。
 
 
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