【寒慄】(1)

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それは震災の起きる2ヶ月ほど前の1月中旬のことであった。
 
青葉は突然佐竹の家に電話しなければならない気がした。佐竹はもう2年前に亡くなっているのだが、様々な霊障相談などが寄せられるので、青葉は対応できる範囲で対応していて、その受付・連絡係を公式には佐竹の後継者となった娘さんの慶子がしてくれていた。また今まで青葉が受けてきた相談の相談料が結構な額になっていたが、その資産の管理もしてくれていた。
 
青葉が電話をすると、思いがけない声がした。
「菊枝!?」
「やっほー。私のメッセージは届いたかな?」
「ここに電話しなきゃと思った」
「よしよし。ちゃんと私達テレパシーが通るみたいね」
「また菊枝、パワーアップしたね・・・・」
「ちょっとこっちに出て来れる?」
「うん」
「じゃ、迎えに行くね」
 
菊枝は以前はアルトに乗っていたのだが、フィールドワークで結構山奥まで入っていく時にパワーが足りないというので、ここ数年はパジェロ・イオに乗っている。しかしダイナミックな運転は相変わらずである。青葉は助手席に乗っていて、寿命が縮む思いをした。
 
「でも青葉、けっこうおっぱい膨らんで来てない?」
「気の流れで体内に膣・子宮・卵管・卵巣を作っているの。そこの卵巣を刺激すると、ちゃんと女性ホルモンが出るみたい。実物の卵巣ほどの分泌量は確保できないけど」
「人間の身体は面白いよね。きっと医学者が知らないいろんな可能性を私達の身体は持っているんだよ」
「うん。この女性ホルモンの分泌にちゃんとサイクルがあるんだよ。これは私がコントロールしてるんじゃなくて、自然に発生しているサイクルみたいで」
「ちゃんと生理があるわけだ」
「うん。ちょうど生理に当たる日の前後は感情が不安定になるし、その少し前くらいにはお腹が痛かったりする。あれPMSだよね」
「ますます興味深い。今度ゆっくり調べさせて」
「うん、いいよ」
 
「今日はまた資料調べ?」
「うん。そのつもりで来たんだけどさ、来てみたらちょうどあの資料室の資料の電子化がとうとう完成したと聞いて、それなら早速そのデータをコピーさせてもらえないかと思って。私ならコピーしていいよね?一応、あれは青葉の個人資産だから許可取らなくちゃと思って」
 
元々青葉の曾祖母が個人的に集めた資料である。曾祖母は亡くなる時にそれを青葉に譲る旨の遺書を残していた。しかし青葉の家には置けないので、佐竹さんの所で管理してもらっていたのだが、それを電子化しようと思い立ち、人を雇ってその作業を進めてもらったのも青葉である。青葉は頂いた相談料をこういうものに使っていた。
 
青葉自身は頂いた相談料の1割までしか個人では使わないと決めていた。ただし友人などから頼まれた軽いヒーリングや願掛けなどは元々200円とか300円とかであったり、あるいはお代かわりに古着をもらったりおやつを分けてもらったりなどであったので、その分は全て個人的に使わせてもらっていた。それが親から完全に放置されている青葉と姉の生活を支えていたのである。
 
「もちろんOKだよ。そもそも先々代(青葉の曾祖母のこと)とつながりのあった霊能者さんには全部開放していたものだし。でも実際に、この資料をちゃんと活用できるのは菊枝くらいだと思うよ」
「他に、出雲の直ちゃん、博多のサッチン、静岡の山川さん、東京の中村さん、あと高野山の瞬嶽師匠くらいかな」
「うんうん、そのあたりのメンツ。でもまあ全部使えるのは菊枝と瞬嶽師匠だけかも」
 
佐竹の家に着き、「こんにちは」「ただいま」と言って入る。
「データは何にコピーするの?」
「ハードディスクのつもり。2TB(テラバイト)のが4台くらいあればいいかなと思ってるんだけど。青葉の許可取れたら仙台まで行って買ってくるつもりでいた」
「うん。たぶんそのくらいで足りるかな。先にサイズ確認しておいて。ふつうに読むためのテキスト化したデータだけなら全部で500GB(ギガバイト)もあれば入るけど、図表とかを高解像度でスキャンしたデータのボリュームが凄くて」
「ここのデータベースを入れてるディスクが500GBのディスク20台だと聞いたからね」
「それはバックアップもあるから」
 
「ちょっと待ってね。菊枝のユーザーに全コピー許可を設定するから」
青葉は管理者のパスで入り、操作してkikue2というアカウントを作って、そのユーザーに必要な許可を設定した」
「このkikue2で入って。パスワードは今私が打ったのを見てたよね」
「もちろん」
パスワードはランダムな英数記号の並びにしたが、菊枝ならそのくらいちゃんと覚えているだろうというところで、こういうものを紙に書いて渡したりはしない。「しかしコピー、どのくらい時間かかるかなあ。もともと資料調べで一週間くらい泊まり込むつもりで来たけど」
 
「私も見当がつかない。一応ここのデータのコピー1セットは私の祖母の家に置いてあるんだけど、随時バックアップしていったものだから」
「できるだけ遠い場所にコピー置いておくといいよ。万一地震とかでやられたら、近所の町も一緒にやられる危険あるでしょ」
「そうなんだよね・・・・でも信頼できる人に管理してもらわないといけないから。瞬嶽師匠はこういうの分からんとか言いそうだし」
 
「あのさ、そういう時のために銀行の貸金庫というものがあるの」
「あぁ!それは気付かなかった。でもあれって、かなり預金してないと、借りれないんじゃないの?」
「コネというものがあるんだよ、青葉君。私達コネなんてありまくり」
「そうだね。菊枝、どこか借りられそうな所探してくれない?私は表には出てないから直接のコネがあまり無いんだ」
「了解♪」
 
一応公的には佐竹の後継者は佐竹の娘さんの慶子にはなっている。慶子も儀式やふつうの祈祷ならできるのだが霊的な力は持っていないので、本格的なものは一応慶子が表に出て、実際には青葉が処理していた。
 
「ね、菊枝。この資料集・・・私も時々海外の資料とかで興味を持ったのを取り寄せたりして年々増えているけど、今はとりあえず私の個人資産になっているけど、そのうち法人化したいんだよね」
「そのほうがいいだろうね」
「でも今それやっちゃうと、うちの親から変なことされそうで。私が20歳になったら法人化するから、それまで待ってくれる?。一応自分の取り分と、私がみんなの共有財産と思っている分は、厳密に区分しているんだよ」
 
「知ってるよ。1割しか取ってないんでしょ?3割くらい個人でもらっておいてもいいのに。青葉特に、自分と姉さんの2人の生活掛かってるんでしょ」
「お金の亡者にはなりたくないから」
「難しいよね、この稼業。無料でやると安易になりがち。でも高額取るとお金に心が支配されがち。バランスが大切だよね」
「うん」
 
「だけどさ、前々から不思議に思っていたんだけど」
「何?菊枝」
「青葉、その気になったら両親を調伏しちゃったりできるんじゃないの?」
「うん。しようと思ったことはある」
「でもしなかった?」
「一応親だしね。それに基本的に人の心に作用する呪法は使いたくないの」
「確かにね。私もめったに使わないよ。あれは最終手段」
 
「もうひとつ疑問に思ってたのが、青葉の表情なんだけど」
「バレてる?」
「やはり、それわざとだよね」
「最初はホントに父親の暴力に堪えかねて、自分でも表情を失っちゃったの。でも自分の精神力でそれは克服した。だけどさ、こういう表情をいつもしてたら取りあえず家の中では平和に暮らせるでしょ。面倒な争いで無駄なエネルギーを使いたくないから。でも学校とかで表情豊かにして家では無表情という切り替えもわざとらしい。あとこの表情が仕事にも都合がいいんだ。菊枝もだったろうけど、私達って『何だ子供か』って依頼主に思われがちでしょ」
「うんうん」
「でもこの能面のような表情がけっこうインパクトあるのよね」
「だからいつも無表情で通しちゃってるのか」
「それもあるんだけど・・・・・実はね」
 
「ん?」
「解除するキーを忘れちゃった」
「何!?」
「だから、今自分でこの表情を解除できなくなっちゃったのよ」
「青葉らしくないミスだね」
「我ながらそう思う。これ掛けたの、まだ小2の頃だったからなあ。未熟だったんだよね」
「解除手伝おうか?」
「ううん。いい。自動解除の条件が成立するの待つ」
 
「どういう条件?」
「私に、私のことを親身で慈しんで保護してくれるような家族ができた時」
「彼氏とか?」
「うーん。それが分からない。案外姉貴が高校卒業した後、私を連れて家を出てくれたりするとそれで成立するかも。でも、姉貴でも彼氏でもない、そういう条件の人と、そう遠くない時期に会えるかも知れないという気がするのよね」
 
それを聞いた瞬間、菊枝の頭の中にホタルイカが光る海のイメージが浮かんだ。しかし菊枝はその時その意味を量りかねた。
 
「できるといいね。彼氏か。。。。あるいは従姉みたいな感じの人かもね」
「うん、そうそう。その付近の線なの、私が予感しているのは」
「じゃ、どうにもならなくなったら言ってよ。いつでも手伝うから」
「ありがとう」
 

「ね、ね、青葉」
と早紀がその話をしたのは2月も中旬の頃であった。
「咲良がね、新年度から公立に移るかもって」
「へー」
 
小さい頃に男の人から怖い目に遭わされて男性恐怖症になっていた咲良は中学は私立の女子中学に進学したのであった。
 
「やはり私立ってお嬢様ばかりじゃん。水に合わなかったみたいで」
「あぁ」
「いじめられてる訳ではないけど、孤立しちゃってるみたいなのよね」
「また一緒に通えるといいね」
と青葉は言ったが、その時なぜか自分達3人がまた一緒に学校に通える日は来ないような気がした。なぜだろうと青葉は思ったが、その時は分からなかった。 
その日の体育、青葉は女子更衣室のほうで着替えていた。最近「専用更衣室」のほうはあまり使っていない。
 
早紀とおしゃべりしながら着替えていたら、いきなり後ろから胸を掴まれた。「きゃっ」
思わず悲鳴をあげる。青葉といえどもいつも自分の周囲に結界を張っているわけではない。その時は完全に無防備だった。
「青葉〜、また胸大きくなってる」
「椿妃〜。もう。掴まれたら掴み返す」
と言って、青葉は椿妃の胸に触った。
「椿妃こそ、順調に胸育ってるじゃん」
「へへへ。ブラジャーをCに替えた」
 
「いいなあ。私はなかなかAを卒業できないわ。でも見栄張って5月くらいからBに替えちゃおうかなあ」
「なぜ5月?」
「ゴールデンウィークに集中して女の子の気分の暗示掛けて女性ホルモンを活性化させようと思って」
「ふーん。お薬とか何も飲まずに、瞑想とマッサージとツボ押しとかだけで、そこまで胸が大きくなるほうが驚異だわ」
「ホルモン剤、そのうち飲むようになるとは思うけど、飲まずにどこまで大きくできるか挑戦したい気分なのよね」
 

 
3月9日の地震ではどこもかしこも大混乱だったが、もともと東北は地震は多いので、素直に諦めて落ちたものや割れたものの後片付けをした。9日の夜は最近ほとんど家に帰ってきてなかった父が帰宅し「何か壊れたか?」と聞いたが、「もともとこの家に壊れるほどのものも無いけど」と青葉が言うと、いきなり殴られた。青葉がキッと睨むと「ふん」と言って父はまた出かけてしまった。これが青葉が父と交わした最後の会話であった。
 
母のほうは9日は帰って来なかったが、10日の朝にアルコールの臭いをぷんぷんさせて帰宅した。「あぁ、何か地震あったんだっけ?」と聞くので「あったけど」
というと「じゃ家の中、ふたりで片付けといてね。青葉少しお小遣いくれない?」
などと言う。青葉はためいきをつくと「今これしかないから」と言って2000円を渡した。「ありがとね」と言い、「とりあえず寝る」と言って寝てしまう。母は青葉が何らかの方法でお金を稼いでいることに気付いてはいたが、そんなに高額たかったりはしないので、青葉は時々現金を渡していた。
 
母は学校から戻ってきてもまだ寝ていた。夕方になって起きてきてお風呂に入り、お化粧をすると「またね」と言って出かけていった。それが青葉が見た母の最後の姿であった。
 
姉は9日は帰宅して地震のあとの片付けを青葉と一緒にしたが、10日の日は帰宅しなかった。最近姉には彼氏が出来たようであった。親があの状態だし、歯止めがないのをいいことに時々彼氏の家に泊まっているようだった。高校生としては不純かも知れないが、確かにその方が御飯は確保できるしな、と青葉は思っていた。 
11日の朝、果たして姉は戻ってきた。
「ごめんね。また朝帰りしちゃって」という。
「大丈夫だよ。でもちゃんと避妊してる?」
「それがあの人、付けるのいやがるんだよね・・・」
「だめだよ。ちゃんと付けさせないと。姉貴の学校、妊娠したら退学でしょ?」
「うん。言ってみる」
「一応朝御飯、作っておいたけど食べる?」
「うんうん、食べる」
 
両親ともいないので、のんびりと朝の時間を過ごすことができた。最近はこういう朝も多くなっていた。以前みたいに家庭内で荒れる両親におびえて生活していた時よりはまあいいかな、と青葉は思っていた。
 
7時になり、一緒に家を出る。いつもの角で「じゃ、またね」と言って手を振って別れたが、その時なぜか涙がたくさん出てきた。何なんだろう。この涙は・・・・その時青葉には涙の正体は分からなかった。
 
その日、青葉はすこぶる体調が悪かった。変な頭痛がする。おかしいな。「生理」
にはまだ日数があるのに・・・・授業中もなぜか集中できず、早紀から授業中にぼーっとしてるの珍しいね、などと言われた。
 
6時間目は体育でスキーだったが、ちょっと出来そうにないので見学させてもらうことにして、授業中は着ておくことになっている学生服を着て、みんなと一緒に学校の裏山に登った。みんながスキーをしているのを見ていてた時、ふと海が光るのを感じた。青葉は立ち上がって走りながら叫んだ。
「先生!!!!みんなを集めて!!」
「どうした?」
「大変なことが起きます」
先生も青葉の強い霊感を知っているので「分かった」と言い、滑ったり登ったりするのをやめさせて全員を集合させる。
「何かあったんですか?」
と生徒達の間から声が出た時、いきなりそれは来た。
 
「わっ」「きゃー」
男女合同授業なので1年3組と4組の男女全員がいたが、突然の激しい揺れにみんな悲鳴をあげた。スキーが倒れて何本も勝手に滑っていく。
みんな直下型の地震にやられたと思ったようだったが、冷静な青葉はP波とS波の時間差から、暗算で、震源までの距離を150kmくらいと見積もった。これは信じがたいほどの巨大地震だ・・・・・
 
「よく雪崩起きなかったな」とやっと立ち上がった体育の先生が言う。「これ余震来ますね。次は雪崩起きるかも」ともうひとりの先生も言う。「生徒すぐに下に降ろしましょうか」
その時、青葉はその教師のことばにとても嫌な予感がした。
「待って下さい!」と反射的に言う。
「どうした?」と訊かれる。
 
うーん。待ってと言ったものの、なんだろう・・・・・
その時青葉はさっき海が光ったことを思い出した。同時に頭の中に「TSUNAMI」という単語が飛び込んで来た。
「津波が来ます」
「津波?」
「しかもこれかなり凄いです。明治の大津波くらいのかも」
ふたりの先生が顔を見合わせた。
 
すぐに学校に携帯で連絡を取る。しばらく話していた。
「確かに、津波警報が出ているらしい。学校の方でも生徒をどこか高台に移動させようかという話を、今しているところだと」
「だったら、我々はここを動かないほうが安全じゃないですか?」
「川上、そう思うか?」
と訊かれた。
「はい。動かない方がいいです。ただ雪崩が起きた時のために、比較的安全な林の中に」
「うん、そうしようか」とふたりの先生が確認しあう。
 
「よし、みんな、林の中に移動するぞ!」
と教師がいい、ふたつのクラスは林の中に移動して、そこで数時間を過ごした。教師は携帯FMをつけてニュースを聞いていた。
 

津波の被害が教師の付けたFMから聞こえてくる中、青葉の頭の中に直接「大丈夫?」というメッセージが飛び込んで来た。こんなことするのは菊枝しかいない。「大丈夫」と返事したら「落ち着いたら電話して」と返信が来た。うん。それがいい。脳内直電でたくさん会話するのはさすがに辛い。
 
夕方になり教師があちこちに電話して避難所の場所を確認した。全員でそこに移動した。スキーは荷物になるので山小屋の近くにまとめて置いた。みんな沈んだ顔をしている。女子の中には泣いている子も多い。青葉は早紀と手を握り合っていた。
 
青葉は避難所への移動の最中に、できる限りの『探索』をした。最初に探索したのは姉だったが、かなり探したのにどこにも反応を見つけることができなかった。父と母も探してみたが、反応が無い。祖母も祖父も反応が無い。青葉は深い孤独感を感じた。
 
咲良は無事だ。後で電話してみようか。早紀の両親、咲良の母も反応があった。そこで早紀に「早紀のお父さん・お母さんは無事だよ」と伝えてあげた。 
佐竹さんの娘さんは無事だ。しかしあの家は無理だろうなと思った。海岸の近くにあるからきっと津波にやられたに違いない。しかし資料室の本の中身は菊枝が電子化したデータを持っているから消失は避けられる。思えば、あんなジャストタイミングで菊枝がこちらに来たのも、そもそも菊枝自身も気付かない何かに動かされてだったのかも知れないと青葉は思った。
 
佐竹の家の資料データベースのハードディスク、それと祖母の家にあったバックアップのディスクは、いづれもディスクパスワードを設定しているしデータ自体も『霊能者にしか解けない』パスワードを設定している。あれが万一、誰かにがれきの中から回収されても中のデータが一般に流出することは無い。 
避難所ではみんなが臨時公衆電話に列を作り、どこかに連絡を取っている。青葉はその列が途切れるのを待った。いちばん端の電話を取り、菊枝の携帯の番号をプッシュした。
「直電メッセージありがとう」という。
「無事みたいね。でもあんなことできるなんて私達超能力者みたいね」と菊枝。「私と菊枝の相性がいいからだと思うよ」と青葉は言った。
 
青葉は自分の姉、両親、祖母が亡くなったようであることを伝えた。
「青葉が霊査して反応が無いなら間違いないだろうね。気を落とさないでね、などとは言わないから。今夜はひとばん泣いていいからね」
「うん・・・泣き方忘れちゃった」
「そこだけでも解除してあげる。目をつぶって」
「うん」
「・・・・・解除したよ」
「ありがとう」
青葉は既に涙が出はじめているのに気付いた。
 
「それから佐竹さんの家はたぶん津波でやられたと思う。明日確認してくるけど」
「じゃあの資料室は」
「だめだろうね。データベースもろとも」
「おばあちゃんちのバックアップは」
「そちらもダメだと思う。だから菊枝が持っているデータだけが頼り」
「仕組まれてるね・・・・だから私は1月にそちらに行ったのか」
「あとでそちらのからコピーを取らせて」
「コピー1セット作っておくよ。落ち着いたら連絡して。持ってくから」
「うん」
 
「これからどうするの?」
「まずは他の避難所にいる知り合いと色々連絡取ってみる。それから明日念のため佐竹の家と私の自宅も見てくる」
「うん。そのあとは」
「分からない。何日か避難所で過ごしてから考える」
「まあ、青葉は自力で何とかできる子だけど、もしどこも頼る人がいなかったら取りあえずうちに来てもいいからね。1日1000円で泊めてあげるから」
「ありがとう。菊枝優しいね」
「だって、青葉タダで泊めてあげると言ったら絶対うちに来ないでしょ」
「たぶんね」
時々連絡をとりあうことを約束してその日は電話を切った。
 
その日のうちに青葉は咲良、佐竹さんの娘さん、と電話で連絡を取り合った。咲良はまだお母さんが無事であることを知らなかったので、大丈夫だと教えてあげた。今は電話がつながらないので使えないが落ち着いてから連絡を取り合うために咲良のお母さんの携帯の番号を聞いて青葉はメモした。
 
慶子さんは津波が来ることまでは瞬間的に感じ取ったので必死に高台まで逃げて助かったけど家はたぶん無理だと言っていた。また青葉の通帳や印鑑なども流出してしまったと思うということで、それに関しては落ち着いてから再発行の手続きを取ると言っていた。
 
早紀はまず母と連絡が取れていた。向こうは父の安否が確認できていないようであったが、早紀は「青葉が無事だっていってるから間違いなく無事だよ」と言っていた。早紀の母もそれで安心したようであった。翌朝、早紀の母は何とか足を確保して、早紀を迎えに来た。青葉は早紀の母の携帯の番号をメモさせてもらいまた、後日の再会を約束した。
 
翌日。青葉は避難所にいる先生に断って避難所を後にする。まずは佐竹さんの家まで歩いていった。たしかにその場所は津波にやられてがれきの山になっていた。青葉はふっとためいきをつくと、家のあった場所をだいたい見当をつけその四隅のあたりを少し掘った。
 
「見つけた」
青葉は『それ』を回収して学生服のポケットに入れる。四ヶ所それぞれから、『それ』を掘り出した。
「しかし、この学生服は参ったなあ」
と青葉はひとりごとを言う。
「どこかで女物の服を調達しないと・・・避難所でもそのうち服の支給はくるかも知れないけど、この格好で女物の服をくださいとか言うと、変態かと思われちゃうだろうしな。さてどうするか」
せめて体育の実技やっててジャージだったら、自分は女にしか見えない筈なのだけど、学生服というのは最悪だ。
 
青葉はそこから約5kmの距離を歩いて自宅の付近まで行った。かなりひどい状態の道路を5kmなので、2時間以上かかってしまった。しかしその付近も何も無い状態になっていた。「ああ、図書館から借りていた本、返せないよ」などとよけいなことを考える。
 
姉はどこにいたんだろう、と考えてみた。少しぼーっとしていたら自動的にビジョンが始まった。地震のあとでパニックになっている状態から、みんなで避難の話をしている中、彼氏?が姉に近づいてきた。どこかに行こうと誘われているようだ。姉は反対しているようだったが、結局押し切られてしまった。場面が転換する。海岸。まさか!?波が荒れている。やがて大きな波が来る。ここで初めて逃げようとしたようだが。
 
そこでビジョンは切れた。
「おねえちゃん・・・・・・・・」
昨夜菊枝に解除してもらった、悲しみの涙を流す機構が働いた。
姉のビジョンが消えた時に、姉の炎のそばに、もうひとつ小さな炎が燃えていたことに青葉は気付いていた。お姉ちゃん、妊娠してたのか・・・・・津波は姉とその彼氏のみならず、姉の胎内に芽生えたばかりの小さな命も消してしまった。 
青葉はそこで座り込んだまま涙を流していた。
日暮れが迫っても青葉は動くことができなかった。
 
結局青葉は自宅跡のがれきの上でその夜をあかしてしまった。寒い中で長時間過ごすのは鍛えているから平気だ。しかし朝日が差してきた時、さすがに少しお腹が空いたなと思った。過去の経験からするとだいたい5-6日は何も食べずに過ごせるのだが、精神力が落ちているから何か食べたほうがいいと思った。少し歩いていたら、ちょうど見回りをしている市の職員に会ったので近くの避難所の場所を訊く。
 
お礼を言ってそちらへの道を進んだ。避難所に着いてから早紀のお母さんの携帯と佐竹さんの娘さんの携帯に電話して所在を伝えた。
 
青葉は、肉親を失ったショックというのは後から効いてくるものだということばを思い出していた。地震の当日は姉や祖母の死を何となく受け入れていたのに、今日あたりになってから、もう悲しくて悲しくてたまらない。そしてどうして自分はせめて姉だけでも守ってあげられなかったのだろうと思った。自分が全力を出していれぱ、何か助ける方法があったのではないかと悔やまれた。悔しい。悲しい。そして自分の力の無さを再認識した。
 
しかし青葉は思った。そうだ。自分はまだまだ未熟なんだと。鍛え直そう。自分はほとんど天涯孤独になってしまった。いっそ、どこかのお寺にでも入れてもらって修行でもしようかとも思ったりしていた。でも・・・・・・私を「女」の修行者として受け入れてくれるお寺さんなんてあるんだろうか。。。。難問だ。だいたい今の避難所で青葉はトイレに行くのにも実は困っていた。
 
そんなことをいろいろ考えていた、その避難所での4日目の夕方。あまり聞いたことのないファミレスチェーンの炊き出しの車が来た。どこかのローカルチェーンだろうか。ここ数日、青葉はおにぎりしか食べていなかったので(実際には落ち込んでいたので、ステーキを目の前に出されても食べられない状態ではあったが)、お肉とかでも食べたほうが気力が出るかな、と思い列に並ぶ。
 
こういう悲惨な地域に派遣されてくる炊き出し車だから男のスタッフばかりかと思ったら意外に女性ばかりで構成されたチームだ。みんな可愛い制服を着ている。よくこんな所まで来たなあ、道自体通るのに苦労したはずだぞと思って眺めていた時、青葉はひとりの女性に目がいった。え!?あの人・・・・だよね。
 
注文を取りにきたのも、キッチンカーの入り口のところで食事を渡してくれたのも別の女性だったので、その場では声を掛ける機会が無かった。でも・・・ビーフ・カレーを食べながら考えていた。こんな場所で偶然?こういう人に出会うなんて。きっとこれは運命だという気がした。運命なら行動しよう。
 
青葉はそう思い立つと、ちょうど食器の回収に来ていたその女性のところに近寄り回収用のワゴンに自分の分の食器を置くと、「済みません」と声を掛けた。 
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