【寒菊】(1)

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その夜のことを青葉は一生忘れないと思う。それは小学4年生の秋のことだった。家でお風呂に入るのに服を脱ぎ、浴室に入って体を洗っていた時に青葉はそれを発見した。
 
足に生えた1本の黒い毛。
 
ショックだった。お風呂から上がり、姉におやすみを言ってから自分の部屋に入り鍵を掛ける。最近青葉の部屋にも姉の部屋にも鍵が掛けられていた。両親が勝手に部屋に入ってきて、いろいろものをあさったりしないようにである。青葉はベッドで毛抜きを使いその足の毛を抜いた。
 
足の毛はまだ生えてくるだろう。最初のうちは1本ずつ抜いていればいい。しかし一度にたくさん生えてきたら・・・・
 
それよりも怖いことが青葉にはあった。声変わりしてしまったらどうしよう?男の子の声になっちゃうなんて嫌だ。でも早い子は5年生くらいで変声してしまう。青葉は自分が比較的早熟な方であることを自覚していた。その晩、青葉はなかなか寝付けなかった。
 
翌日。学校が土曜日で休みだったので、青葉は気分転換に一関まで出て市のプールで泳いできた。2時間100円なので1時間半泳いでプールから上がり、更衣室で少し休んでいた時に、少し年上くらいかなと思う女の子2人が話をしていた。
「もう生理来た?」
「私はまだなのよね。でも少しおっぱい膨らんで来てるし、そろそろ来ないかなあと思うのだけど」
 
生理か。。。それにおっぱい。。。。どちらも青葉には手が届かないものだ。青葉はこれまでずっと女の子として振る舞ってきた。でも同世代の女の子達にはこれから生理がくるし、同級生の女の子たちの中には既にバストが膨らみはじめている子もいる。何かの間違いで私にも生理来たりしないかなあ。。。。 
一関から戻ると青葉はいつもの防空壕に行き、瞑想をした。今日は心が動揺していて、なかなか深い所に入っていくことができない。かなり時間を掛けて、やっと比較的浅めの領域に入った。このエリアは阿頼耶識とはつながっていない。青葉の心の中の無意識だ。
 
どこかを友達と一緒に歩いている。早紀がいる。咲良がいる。椿妃がいる。やがて分かれ道に来た。「じゃね、青葉」と早紀が言って、みんな右の方の道に行ってしまった。え?私は?
「こっち来いよ、青葉」
そんな野太い声がして、青葉は男子の同級生に手を引かれ、左側の道に連れて行かれる。
嫌だ! 私だって女の子なのに。。。。。。
 
瞑想から凄く嫌な覚め方をした。涙が出ている。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、男なんかになりたくない。私だって女になりたいよ。おっぱい欲しい。生理来て欲しい。花嫁さんになって、お母さんになって。。。。青葉は涙がどんどん出てくるのを止めるすべを知らなかった。
 
とぼとぼと家に帰る。少し遅くなっちゃったかな・・・と思ったら、玄関の所に姉と少し離れた町に住む祖母がいた。
「あ、おばあちゃん、こんにちは」
「こんにちはという時間じゃないよ、青葉。今日遅かったじゃん」
「ごめんなさい」
「今日はおばあちゃんが御飯に連れてってくれるって」
「わあ」
「青葉が戻ってこないから、もう置いて出ようかと思ってたよ」
「ごめん。考え事してたら遅くなっちゃった」
 
祖母が呼んだタクシーで、国道沿いにあるファミレスに行った。
祖母と青葉と未雨の3人で歓談しながら、青葉はハンバーグ定食を食べた。こんな食事の仕方って、物凄く久しぶりな気がする。
「でも、未雨も青葉も、美人になってるね」などと祖母が言う。
祖母は青葉が小さい頃から、青葉の女装に理解を示してくれていた。
 
「だけど青葉もそろそろ思春期だからね。女の子続けるの大変になるよ」
「そうかい?青葉はきっと、これからますます女の子らしくなっていくと思うよ、私は」と祖母はニコニコして言う。
 
祖母にそんなことを言われると、青葉はもしかしたら自分も立派な女子中学生、女子高校生になっていくことができるのかも知れないという気がした。昨夜お風呂で1本の毛を見つけて以来の絶望のような心境の中に投じられた祖母の一言は青葉にとって初めて見出した光明のような気がした。
 
「私、ちゃんと女子中学生、女子高校生できるかな」
「できるできる、青葉なら」と祖母は青葉を励ましてくれる。
「そうね。おばあちゃんがそう言うと、私も青葉ならこのあと男っぽくなるんじゃなくて、女っぽく変化して行くのかもという気がしてきた」
と未雨まで言い出した。
 
曾祖母が亡くなって以来、全く頼りにならない両親の下、青葉はこの祖母が唯一の『頼れるおとなの肉親』だった。学校の先生や、佐竹さんなどにもいろいろ相談事をしたりはするが、青葉が大人っぽい話し方をするだけにみんな対等の会話になりがちである。祖母には青葉は甘えることができた。(姉の場合はどちらかというと青葉が姉を保護している感じであった)
 

でも私って、女の子のこと、よく考えたら全然知らないな、と青葉は思った。そもそも女の子の股間の構造がよく分かっていない。自分に付いてないし、実物も見たことないし・・・・生理のことも分かってないよな。それに・・・最近時々友達から言われる単語『性転換手術』というのがどういうものかも分かってない。だいたいそういう言葉を投げかけてくるのは男子の級友だ。「おまえ、性転換手術しちゃえばいいのに」とか
「おまえ、そのうち性転換手術するんだろ?」とか言われる。
 
青葉は翌日の放課後、町の図書館に行き、そこに置いてあるインターネット端末を使って、そのあたりのことを調べようとした。ところが青葉が知りたいようなことは大抵フィルターに引っかかってしまい、全然調べられない。うーん。。。。やはりあそこまで行くか。
 
青葉は図書館の公衆電話から佐竹さんの所に電話した。佐竹さんは出かけていて娘さんが電話に出た。そちらに行きたいというと、ちょっと待ってと言われる。誰かと話しているようだ。やがて娘さんは、ちょうど「足」を持っている子が来ているから迎えにやると言われた。しばらく図書館の前で待っていると、赤いアルトが停まり「青葉ちゃん!」と声を掛けられた。
 
「こんにちは、菊枝さん!」
「久しぶりね」
何度か集会で会ったことがある子だ。青葉はアルトの助手席に乗りシートベルトを締めた。アルトが荒々しく発進する。青葉は内心ひぇーっと思う。菊枝の運転はダイナミックというか、メリハリがあるというか、キュッと停まってはブンッと発進するという感じで、青葉は片手をドアの取っ手に捉まっていた。
 
「菊枝さんは大学生ですか?」
「今1年生だよ。運転免許は高3の夏休みに取ったからもう若葉マークも卒業した」
「富士の集会で会った時から、随分色っぽくなったなとか思った」
「あんたもお世辞とか言うのね。でも青葉ちゃんも相変わらず美少女してるじゃない。小学5年生くらいだっけ?」
「4年生です。お世辞ありがとうございます」
菊枝も笑っている。
 
青葉は初めて菊枝に会った時のことが忘れられない。それまで自分はけっこう霊的な力がある方だと思っていた。しかし菊枝に会った瞬間、自信が粉砕された。「あれ?菊枝さん、またパワーが上がってますね」
「ふふふ。分かる?この夏に高野山でかなり縦走したからね」
「すごい。そもそも菊枝さんに初めて会った時、こんなに凄い人がいるのかと私、驚いたんですよね。私少し自惚れてたから」
「それは私も同じだよ。青葉ちゃん見た時に末恐ろしいと思った。青葉ちゃんも前回会った時から結構パワーアップしてる」
「こちらには何か調べ事ですか?」
「うん。先代(青葉の曾祖母)の資料を見たくて」
「じゃ同じ部屋に用事かな。私はあそこのパソコンを使いに」
「ふーん」
 
佐竹の家の前にアルトを停め、「ただいま」「こんにちは」と言って中に入る。ふたりとも資料室に入り、青葉はパソコンの前に座り、菊枝は奥の方で何やら年代物の本を読み始めた。
 
ここの資料は青葉の曾祖母が個人的に集めたものであるが、かなり貴重な資料があるため、調べ物をするためにここにやってくる知り合いの霊能者は時々いる。資料は2年前からスキャンして電子化もすすめているが、まだ全体の3割くらいしか電子化は済んでいない。
 
青葉が座ったのは、その資料を閲覧するほうのパソコンではなく、ここに置きっぱなしにさせてもらっている青葉の個人所有のパソコンである。資料集のデータベースにはつながっておらずネットにつながっている。パスワードを打ち込んでログインする。 
気配で菊枝が遠くにいるのを確認して、青葉は調べたいことを調べ始めた。 
1時間ほど調べて青葉はふっとため息をついた。さすがネットは凄い。学校の性教育ではさっぱり分からなかった内容がかなり分かったが刺激的というか、ショッキングな内容も多かった。性転換手術のことも理解したがそれを受けることを躊躇わせるような内容の手術だと思った。少し頭の中で整理してから、また明日見に来ようかなと思っていた時であった。
 
「ふーん、そういうのを調べていたのか」と声が掛かる。「え?」
真後ろに菊枝が立っていた。
「ふつうの人なら気配で気付くのに。周囲に結界も張ってたのに」
「ふつうじゃないからね、お互い様だけど」
青葉は開き直った。
「私、こういうことに全然無知だなあと思って」
「うん。知っておくべきことだよ。学校って肝心のこと教えないからさ」
「ええ。学校の体育の時間のスライドとか使っての説明じゃ、さっぱり分かりませんでした」
 
菊枝は少し考えている風であったが
「ね。青葉ちゃん、あなたそろそろ二次性徴とか始まっちゃう時期でしょ。そうしたら男の子に戻るの?それとも女の子になりたいの?」
「女の子になりたいです。男の子にはなりたくないです」
 
「ね、私が泊まってるホテルまで来ない?あなたが女の子になれるかどうか調べてあげる」
「はい?」
 
青葉は佐竹さんの家の電話を借りると、しばらくタイミングを見計らった上で自宅に電話をした。はたして姉が電話を取った。
「あ、お姉ちゃん?私、佐竹さんの知り合いのお姉さんとこに寄ってくるから。少し遅くなるかも。うん8時頃までには帰れると思う」
菊枝が感心している。
「ちゃんとお姉ちゃんが出るタイミングで電話したのね」
「はい。父や母だと受話器を上げるなりそのまま降ろすので話もできません」
「変な家ね。まあいいわ。行きましょう」
 
菊枝はアルトを運転して宮城県寄りの幹線沿いにあるビジネスホテルまで青葉を連れて行った。
「さて、ここまで来た以上、脱いでもらおうか」
「全部ですか?」
「もちろん」
青葉は素直に服を全部脱いだ。あの付近を他人に見せるのは、たぶん4歳頃以来だ。幼稚園でも小学校でも決してそれは他人には見せていなかった。「ベッドに寝て」
「はい」
青葉は菊枝の気のエネルギーが自分の体の中に入ってくるのを感じた。力強いパワーだ。気の通しかたが巧い。青葉はこの感覚をちゃんと覚えておこうと思った。
「ふーん。。。まだまだほぼ中性だけど、少し男性化しはじめてるね」
「一昨日、足に1本太い毛が生えてるの発見して、すぐに抜きました」
「それが初めて?足の発毛は」
「はい」
 
「青葉ちゃん分かっているだろうけど、男女で気の操り方は少し違うんだよね。青葉ちゃんは元々女の子の使い方をしてるね」
「はい、それ佐竹さんにも言われました。男の子の使い方すればもっとパワー出るのにって」
「でも女の子の使い方をしたいんだ」
「はい」
「じゃ、青葉ちゃん自身が女の子になっちゃうしかないね」
「そのつもりです」
「青葉ちゃんの基本的な波動を性転換しちゃっていい?」
「菊枝さんできるんですか?」
「過去に1度、他の人がやってるのを見たことがあるだけ。自分ではやったことない。そんなことしたがる人、なかなかいないからね。だから実験」
「お願いします」
「これやるとたぶん一時的に青葉ちゃんのパワー下がるけど、慣れたら今よりたくさんパワーか出るようになるよ」
「はい」
 
「じゃ、やるよ」
と言って菊枝も服を脱いだ。
「青葉ちゃん、私の体をよく見て」
「はい」
菊枝の豊かなバストがどうしても目に入る。そしておまたの所の形。。。。。「私の体は、青葉ちゃんにとって自分が成るべきサンプルだよ。こういう体になりたいとしっかり念じて」
「はい」
菊枝は自分の裸体を見ても青葉の性器が大きくなったりしないのに気付いていた。この子、心は完璧に女の子なんだろうな・・・・
「一時的に、気を一体化するからね」
「はい」
菊枝は自分もベッドの上に乗ると、自分の気の巡りと青葉の気の巡りを・・・・つないだ!
『わっ』『ひゃっ』
青葉も菊枝もその凄まじい気のエネルギーに一瞬たじろいだ。
『落ち着け、私』
と菊枝は自分に言い聞かせて、青葉の気の波動を・・・・合わせた!
青葉の気が安定するのを待って、自分の気の流れと切り離す。
ふたりともためいきを付いた。
「凄かったですね」
「私もびっくりした」
「漫画とか特撮とかで2人のパワーを合体して変身みたいなのありますけど、私と菊枝さんでプリキュアくらいには成れそう」
「うんうん、なれるよ。ストリーム・フラッシュは出ないけど。こんな凄いパワー、私も初めて体験した。でもこれ私が青葉よりパワーが足りなかったら、私の波動が男になっちゃってたかも」
 
「菊枝さんのほうが私より3割くらい強いです」
「うん。そのくらいだと思う。でも青葉が私くらいの年齢になったら、私もうかなわないかもね」
「でもその頃は菊枝さんのパワーもまた上がってますよ」
「うん。上げるように努力する。今年の冬は出羽三山を走るか」
「冬にですか?」
「ふつう、やらないよね」
 
「ね、凄く快感だったから、青葉に超サービス」
「え?」
「私達、今ほとんどセックスしたも同然だもんね」
「ああ・・・セックスってあんな感じなのでしょうか」
「セックスより気持ち良かったよ」
菊枝は1度だけセックスの経験があったが。。。あれは男が下手だったのもあるかも知れないよな、とは思った。
「だからもう私達他人じゃないからさ、お互い呼び捨て、タメ口にしよう」
さっきから菊枝は「青葉ちゃん」ではなく「青葉」と呼んでいる。
「うん・・・菊枝」
「で、もうひとつ。女の子の性器、実物を観察することを許してあげる」
「え・・・・・」
 
「青葉、18くらいになったら性転換手術しちゃうんでしょ。自分の体をどういう形に改造するのか、手術する前に実物を見ておいたほうがいいもの。青葉はまさか女の子と交際したりしないだろうしね」
「じゃ、ちょっとだけ」
青葉もこの機会を逃したら、実際の女性器を見る機会は二度と無いだろうと思ったので、遠慮無くそこを観察させてもらった。
「クリトリスはここ、おしっこはたぶんこのあたりから出るかな。そして、ここがヴァギナね」と菊枝は指で指し示してくれる。
「いいなあ・・・・・菊枝が羨ましい。私もこういう形になりたい」
「手術すればなれるよ。しっかりこの形を覚えておきなさい」
「うん」
 
ふたりは服を着た。お茶を入れて飲みながら話をする。
「今ので青葉の基本回路は女性型になったけど、肉体のほうも何とかしなくちゃね」
「うん」
「でも青葉の年齢の子に去勢手術なんかしてくれる病院は無いからね」
「そうだよね、やはり」
「資料室の壁際の列に超危険な本ばかり並んでいるのは知っているよね」
「うん。あそこはある程度力を付けるまでは読んではいけないと言われてた」
「青葉はもうその力が充分あるよ」
と菊枝は笑って言う。
 
「あの中に、性魔術入門というヘブライ語で書かれた本があるから」
「ヘブライ語・・・・」
「その中に他人の生殖機能を停めちゃう呪法が書かれている。入門という言葉が大嘘でさ。あの本に書かれているのは超高度魔術ばかりだよ」
「私、ヘブライ語なんて読めない」
「興味があったら勉強しなさい」
「うん、頑張る」
「でもそういうの掛ける前に、気の流れを自分で調整しとくといいよ。やれるよね?」
と菊枝は微笑みながら言った。
「ああ・・・・」
 
青葉は帰る途中のコンビニでおにぎりを数個買うと、それをふつうのラップに包み直して、バッグの中に入れ、自宅に持ち帰った。変わったことするね?と菊枝に言われたが「おにぎりのパックが親に見つかると自分たちだけ良い物食べてとか言われて父に殴られるから」と青葉は言った。「少し佐竹さんから聞いてはいたけど、困った家庭みたいね」「うん、全く」と青葉は答える。 
自宅から100mくらい離れた場所でおろしてもらった。帰ると父母ともにいない。「お帰り。今日は父ちゃんも母ちゃんもまだ戻ってないよ。父ちゃんはどこかで飲んでるんだろうし、母ちゃんはパチンコかもね」と未雨がいう。
 
「じゃ用心しなくても良かったかな。これ今日の夕食」
といってラップにつつんだおにぎりを出す。
「ありがとう。あ、これお隣さんからもらった豚汁」
「わあ、まだ暖かい」
ふたりでおにぎりと豚汁を食べたあと、おやすみと言って各々の部屋に戻る。 
しかし両親がいないなら、今日はここで出来る。青葉はそう思うと、ベッドの上で結跏趺坐に足を組みめったにここではやらない瞑想をはじめた。
 
自分の体の中の気の流れを確認する。気は腰の後ろから背中を上昇し、頭頂をまわって前の方に来て、丹田に集まる。その流れの回転の具合が今までと少し違うのを感じた。これが女の子の波動なんだ・・・・と青葉は少し嬉しくなる。 
細かな流れを確認していき、自分の性器の部分の気の流れをチェックした。そして慎重にそこから流れを外した!
 
これで自分の性器には気が行かなくなる。体の調子の悪い部分を治すのと逆の手法である。あえてそこを不調にするのだ。ただ、1度外しただけではやがて自然に流れは元に戻ってしまうだろう。だから繰り返しする必要がある。 

翌日の放課後、青葉は今まで自分に関係ないからと思って、まともに見たことの無かった、生理用品コーナーを町のドラッグストアに見に行った。昼用・夜用軽い日用など、ずいぶんいろいろな種類のものがある。1個買って使ってみようかな、などとも思うがみんな40個入りとか80個入りとかだ。こんなにあっても仕方ないしなあ。私まだしばらくは生理になりそうにないし・・・・などと考えていたら、「こんにちは」と声を掛けられる。
 
振り向くと、有名な生理用品メーカーのロゴが入った服を着た20歳くらいの感じのお姉さんが立っている。
「今どんなナプキン使っているの?」
などと聞かれる。
「えっと、まだ私、生理来てないんです」
と答えたら、
「ああ、でもあなたくらいの年齢だといつ来てもおかしくないわよね」
と言って、生理用品の様々な種類の説明をしてくれた。
青葉は昨日は調べきれなかった部分なので興味深く聞いていた。
 
「まだ来ていないのなら、パンティライナーを取りあえず持っておけばいいんじゃないかな。2〜3個いつも持っておくと安心よ」
などと言う。青葉もパンティライナーなら今の自分でも常用できる気がしたので「じゃ、小さいの1パック買ってこうかな」
などと言う。
「ナプキンは少しサンプルあげるわね」とメーカーのお姉さんは言って肩かけカバンの中から、何種類かのナプキンがセットになっているサンプルパックを渡してくれた。試供品とパックにプリントされている。ついでにこれも読んでおくといいといわれて『月経の過ごし方』『生理用品の色々』などという小冊子をもらう。青葉はお姉さんにお礼を言って、超薄型のパンティライナー40個入りを持ちレジの所に行った。
 
レジのお姉さんが、そのパンティライナーと試供品でもらったパックや小冊子を一緒に外から見えない黒いビニール袋に入れてからふつうのレジ袋に入れてくれた。へー、生理用品を買うとこういう扱いをしてくれるのか、と青葉はまたひとつ勉強になったなと思った。
 

数日後、学校で授業を受けていた時、隣の席の咲良が急にお腹を押さえて苦しそうなそぶりを見せた。「どうしたの?咲良」「来ちゃって・・・」と言う。生理か!「青葉、ナプキン持ってないよね?」というので「これ使って」と言い、カバンの中に入っていたナプキンの夜用を手渡した。咲良は少し驚いたようであったが、「ありがとう」と言って受け取ると、先生にトイレに行ってくる旨を告げて教室を出た。隣で一部始終を見ていた早紀は青葉に「なんで、青葉がナプキンなんか持ってるのよ」と小声で言う。青葉はめったに見せない笑顔を見せて「だって私、女の子だもん」と答えた。
 
その日の体育を咲良は休んで見学していた。早紀にあんなことを言ったものの青葉は咲良に置いて行かれたような気持ちがしていた。その日の体育はサッカーだった。男子組対女子組で、もちろん青葉は女子組に入れられている。小学校の体育のサッカーなのでフォワードもディフェンスも無い。ゴールキーパー以外は全員攻撃・全員防御である。
 
ゴール前で男子の運動能力の高い子がシュートを打つ。青葉が瞬時に反応して体でボールをはじき返す。こぼれたボールに何人か群がりゴール前で乱戦になった。青葉も突進して何とかボールをサイドにキックしてクリアしたが、折り重なるようにして数人倒れてしまった。
 
「大丈夫?」
青葉は自分の下になってしまった女子に聞く。
「うん。大丈夫」
「おまえも大丈夫か?」
と青葉の上から乗っかかってしまった男子が聞く。
「うん。私は大丈夫」
 
「でも・・・」と青葉の下になった女子と上になった男子が同時に言った。「青葉って、触った感触もちゃんと女の子なのね」
「おまえって、ほんとの女みたいな感触なんだな」
 
プレイを続けながら青葉は思った。元々青葉は女性的な脂肪の付き方がするように普段から気をつけている。それとこないだ菊枝に基本波動を変えてもらったおかげで体の接触があった時の反射の仕方が女性的になったために、女の子の感触を相手が感じたのではなかろうかと。そして更に青葉は思った。大事なのはたぶん、物理的な形よりも、その組織の反応の仕方だ、と。つまり女性の肉体を作るのは、物理的な部分の比重が当然絶大だけど、動的な部分もかなり重要で、そこは手術とかしなくても、自分で調整可能なのではなかろうかと・・・・・ 

その日の夜、また両親不在だったので、青葉は自室で瞑想をしていた。最近の父母は不在率が高い。父などここ1週間家に戻っていない。そのほうがよほど気楽であるが。
 
結跏趺坐に足を組み弁才天の印を結ぶ。最近この弁才天の印が青葉は気に入っていた。それだけでかなり女性的な気分になれる。雑念を振り払って心を無にする。心が「通った」ところで自分の体の気の流れを客観的に観察する。ちゃんと性器の部分には気が通っていない。よしよし。今日は次の段階に進める。先日の菊枝とのホテルでの出来事を思い出す。あの時、菊枝がわざわざ自分の陰部を見せてくれたのは、単なるサービスでは無かった!秘法伝授だったのだ、ということに青葉は今日になって気付いたのであった。だから菊枝はしっかりこの形を覚えておけと言ったのだ。
 
女性器の形をしっかりと頭に思い浮かべ、自分の股間の部分の気がその女性器の形に巡るように調整する。調整する。調整。。。。できた! よし。気がその形に巡るようになった瞬間、青葉はほんとうに自分のその部分の形がそうなっているかのような感じがした。
 

「青葉、何見てんの?英単語?」
青葉が単語帳をめくりながら暗誦しているようだったのを見て早紀が声を掛けてきた。しかし単語帳に書いてある文字を見て顔をしかめる。
「何語これ?」
「ヘブライ語」
「何?それ?どこの言葉?」
「イスラエルだよ」
「どこだっけ?南アメリカかどこか?」
「うーんと。エジプトの少し北あたり」
「へー。不思議なもの覚えてるのね」
「ちょっと読みたい本があってね」
 
例の本は図解を見るだけでもかなり内容が把握できたし、このやり方なら確かに性腺を機能停止できると納得した。しかし、やはり本文をきちんと読んでからやらないと危険だ。青葉はあれからすぐに佐竹さんの娘さんに頼んでヘブライ語の教科書を取り寄せてもらい、それを休日1日で読んで、だいたいのところを頭に入れた。しかし語彙が絶対的に不足しているので、今それを補っているのである。ヘブライ語で書かれた小説程度なら何とか読めるようになっていた。しかしあの本はかなり難解な単語が含まれている。春くらいまでには読めるようになりたい。 
性器への気の流れを停めているおかげか、足の毛はその後1本も生えて来ていない。しかし根本を停止させないと、堤防が破られるのは時間の問題という気がしていた。負けるものか。私、男なんかには絶対ならないんだから。
 
季節はもう12月に入っていた。12月は師走か・・・・師が走る。菊枝は今頃出羽三山に入っているのだろうか。菊枝に刺激されて青葉も最近早朝に近くの山道を走り回っていた。近所の山といっても今の時期はけっこう雪があり、なかなか辛い。しかし走り回っていると頭の中が透明になっていく感覚があった。朝4時に家を出て1時間走り30分ほど瞑想をして6時頃までに家に戻る。軽くシャワーを浴びてから姉と一緒に家を出て、途中の廃駅跡で朝御飯を分けて食べ、それから学校へ行く生活であった。
 
性器部分の気の巡らしかたは更に進化していた。青葉は自分の股間の気の巡りが、女性の外性器の形で安定して流れるようになると、更に女性の内性器の形を体内に想定し、膣、子宮、そして最終的に卵管・卵巣まで存在するかのように想像し、そこにきちんと気を通した。
 
この時期から青葉は早紀から「最近、急に女っぽくなってない?青葉」などと言われて、青葉は「だって私もお年頃だし」などと答えていた。
 

それは4年生最後の授業の日だった。明日はもう終業式である。
 
算数の授業を受けていた青葉は、急にお腹の下のほうに違和感を感じた。え?青葉はいそいでカバンの中からナプキンを取り出しスカートのポケットに突っ込むと「済みません。ちょっとトイレに行ってきます」と教師に言い、教室を出てトイレに駆け込んだ。
 
「ははは、まさかこういう事態が発生するとは・・・・」
トイレの中で出血を少しトイレットペーパーに吸わせてからしばらく休んだあとで青葉は苦笑していた。
「私にとっての初潮だよなあ、これ」
性器の一部が炎症を起こして出血していた。ショーツが血だらけだがあいにく替えまでは持ってない。一応血はすぐ止まったものの、下着で押さえるとまた出血するかも知れない気がしたので、パンティにナプキンを付けて穿いた。気を通してないので、確かに炎症などのトラブルも起きやすいのだ。でも、ナプキン、薄いのでもいいから1パック買っておこうかな。これでサンプル残り1個になったし。 
教室に戻ると早紀が小声で訊いた。
「どうしたの?ナプキン持ってったよね?」
「女の子だから」
「まさか生理来たわけ・・・・ないか」
「さあ、どうかしら?」
青葉は少しいたずらっぽい笑みを早紀に見せると、またふだんの無表情な顔に戻った。 
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