【寒桜】(1)
(C)Eriko Kawaguchi 2011-05-02
青葉が小学2年生の時、それまで自分たちの防波堤になってくれていた曾祖母が亡くなり、青葉は嵐の予感がしていた。
その頃まではまだ青葉の家に「食事」というシステムも存在していた。父母はよく喧嘩していたが、すぐ近くに住む曾祖母が頻繁にうちを訪れてくれるため両親はまだ暴走していなかった。それでも青葉は時々父に殴られることがあったが、殴られる時に、殴られる部分に「気」を集中するようにしていたので、跡が残ったりすることはなかった。
拝み屋さんをしている曾祖母は青葉を「素質がある」と言って気に入っていた。「この子は私の跡継ぎ」といって、よく連れ回してもいた。一緒に滝行や山野の縦走などをすることもあった。それでひらがなの読み書きよりも早く「気」の操り方を習得していたし、幼稚園の頃には基本的な梵字が書けるようになっていた。
青葉は物心ついた頃から自分は女の子だと思っていた。スカートを穿きたがるので、母も最初の頃は半分面白がって姉のお下がりの服や、時には青葉のために女の子の服を買ってきて着せていた。下着も男物の下着をつけたがらなかったので、女の子の下着を買ってもらっていた。幼稚園の頃まではそれで通していたものの、さすがに小学校に上がる時は、男の子の格好をするよう言われた。青葉は最初いやがっていたものの、多少は妥協してあげるべきかとも思い、上に着る服だけは男の子の服を着て学校へ行った。しかし下着は男物を着るのは拒否し、女の子用のパンティを穿いていた。
もっとも青葉は髪を長くしていたし、それを切るのには強く抵抗したので、元々優しい顔立ちであることもあり、男の子の服を着ていても充分女の子に見えた。
入学式が終わったあと、PTAから新入生のひとりひとりにお祝いの学用品が手渡された。男の子は仮面ライダーの鉛筆、女の子にはプリキュアの鉛筆だったが、青葉はちゃっかりプリキュアの鉛筆をもらっていた。
青葉の担任の先生も最初の内てっきり青葉を女の子と思い込んでいたので、青葉が女子トイレを使っているのを見ても何とも思っていなかった。しかしすぐに間違いに気付き、担任は青葉に「君は男の子なんだから男子トイレを使いなさい」と言った。
しかしまもなく男子たちから担任のところに苦情が寄せられた。青葉が男子トイレにいた時に、トイレに入っていき、青葉を見ててっきり女子トイレに誤って入ったと思い込み、慌てて飛び出して反対側のトイレに飛び込むと、そこにいた女子達から「きゃー」という悲鳴をあげられたというものだった。同様の事故を経験した男子が数人いて、担任は頭を抱えた。
女子たちからもまた、青葉はほとんど女の子だし、幼稚園の時も違和感無く女子トイレ使ってましたよという声が寄せられ、ついに担任はトイレに関しては青葉は女子トイレを使って良いと再通告する羽目になった。
こうして青葉が男の子の服を着ていながらも半ば女の子として扱われるという状態は小学2年の春頃まで続いたのであった。
なお、体育の際の着替えは、男子と一緒でも女子と一緒でも問題があると担任は考えたので、校長とも話し合い、何年も空き部屋になっていた2階の用具室を青葉のためにあてて、ここで着替えるように言った。青葉はその指示に従った。青葉はその用具室に自分で結界を張り、半ば無防備な状態ででも安心して瞑想ができる場所にした。結果的にこの用具室は青葉にとって静かに心を休めることのできる貴重な場所となったのであった。
青葉は幼稚園の頃から、ほとんど女の子としか遊んでいなかったが、小学校に入ってからもそうで、休み時間はいつも女の子たちとおしゃべりを楽しんだりあやとりや折り紙などで遊んだりもしていた。その中で特に仲良くなったのが、早紀と咲良だった。3人は学校が終わったあともよく一緒に行動していた。
咲良の家の前には大きな池があった。池を取り囲んで建っている家が20軒ほどという大きなもので、そのまわりを一周するのはかけっこなどして遊ぶのにも良かった。青葉たち3人はしばしばここで他の子も誘って鬼ごっこをしたり、池のそばに座り鯉などをからかいながらおしゃべりに興じたりしていた。
ある日、3人で遊んでいた時、咲良が大事にしていたプラスチックの人形を池に落としてしまった。人形は水に浮いてはいるが、手で届かない所まで行ってしまっている。咲良が木の枝で取ろうとしたが、かえって遠くへ行ってしまった。咲良が泣き出してしまった。
「あたしがとってあげる」青葉はそう言うと池に飛び込んだ。
「あぶないよ、あおば!」早紀が止めたが遅かった。
池はけっこう深い。青葉は水に入るとすぐに泳ぎ始める。人形の場所に追いつき立ち泳ぎしながら片手で人形をつかむと、方向転換し、泳いで戻って来た。「だいじょうぷ?」早紀が心配して手を出してくれた。
「ありがとう」にこやかに青葉はその手を握って池から上がった。
この頃はまだ青葉は表情豊かな子だったのである。
「はい、これ」と人形を咲良に渡す。
「ありがとう!でもきがえなきゃ。うちにきて」
と咲良が言い、3人で咲良の家に入った。
咲良のお母さんは、池に落ちた人形を取りに青葉が池の中に入ったと聞くと驚くより感謝するより先に青葉を叱った。
「危ないから、絶対こんなことしてはダメ」
「はい、ごめんなさい」
と青葉は素直に返事する。咲良は自分のせいで青葉が叱られたので
「ごめんね、ごめんね」
と泣きながら言っている。
「青葉ちゃん、シャワー浴びてきて。その間に着替え用意しとくから」
「はい」
と言って青葉は浴室に入ってシャワーを浴びる。
バスタオルが脱衣室に畳んで重ねてあったので、その中からいちばん古そうなタオルを取ると、それで体を拭いた。こういう選び方をするのは青葉の元々の習性である。何人かでお菓子などを取る時も青葉はいつも他の子に良いものが行くようにし、自分がいちばん劣ったものを取る癖が付いていた。
バスタオルを腰にまいて出てくると、咲良の母が
「青葉ちゃん、咲良の服でごめんね。これ穿いて」
と言ってパンツを渡してくれた。
「ありがとうございます。あとで洗って返します」
といってそれを受け取ると、青葉は腰にバスタオルを巻いたままパンティを穿いた。
「あと、これ」といって咲良の母がTシャツとスカートを渡してくれた。青葉はTシャツを着たあと、バスタオルを外してスカートを穿いた。
バスタオルを外した時、早紀は見た。青葉のパンティが少し膨らんでいるのを。『あ、やっぱりあおばって男の子なんだ』と早紀は思った。
しかし早紀がパンティの膨らんでいる青葉を見たのはこれが最後になった。
この事件から2ヶ月ほどたった6月末の日曜日であった。
それはちょうど青葉の曾祖母の49日の法要が行われた翌日でもあった。
14時過ぎ頃、咲良の母から電話があった。
電話が鳴った時にちょうど青葉がそばに居たので電話を取った。
「もしもし」
「あ、青葉ちゃん?そちらにうちの咲良行ってないわよね」
「はい。来てませんけど。咲良ちゃん、どうかしたんですか?」
「それが図書館に行くといって9時頃に家を出た後お昼になっても戻らなくて。図書館で呼びかけてもらったんだけど、誰も咲良を見かけてないというの」
青葉は家の時計を見た。こんな時間まで戻らないのは異常だ。
誰か友達の家にいるのなら、そこのお母さんが電話で連絡しているだろう。
「私も心当たりを探してみます」
さて『どこで』探そうか。家の中には静かに霊査ができる場所は無い。平日なら学校の『青葉専用更衣室』が使えるのだが、今日は休日で学校には入れない。やはりあそこか。
曾祖母が亡くなってからすっかり荒れてしまった家の中で昼間から酒を飲んでダウンしている母に「ちょっと出かけてくるね」と言い残して家を出ると、青葉は『例の場所』に来た。そこは高台にある古い防空壕の跡で少し分かりにくい場所にあるのだが、しばしば青葉が曾祖母といっしょに声明を唱えたりするのに使っていた場所である。ここを知っているのは、いまや青葉と曾祖母のお弟子さんで公式な曾祖母の後継者となった佐竹さんだけである。
青葉は防空壕の入口からちょうど1間(180cm)の位置に結跏趺坐の形に足を組み入口側を向いて座った。手は左右をあわせて法界定印とする。目を閉じて咲良のイメージを頭の中で捉える。心を無にして阿頼耶識の世界に心の索を広げていく。(この頃、青葉は数珠を使っていなかった。使うようになったのは震災後である)
心の中の遠い所(感覚的に300mくらい先)を様々なイメージが通り過ぎていく。青葉は静かに目的のものが来るのを待った。
納屋!?
青葉が意外なものを見たと思って目を開けて立ち上がった時、目の前に佐竹さんが立っているのに気付いた。
「あ、いらしてたんですか」
「ごめんね。瞑想の邪魔しては悪いと思って気配を消して待っていた」
「心使い、ありがとうございます」
「ところで良かったら至急、青葉ちゃんに霊査して欲しいものがあるんだけど」
「なんですか?」
「女の子がひとり行方不明になっていて。その子の母親からそちらで分からないだろうかと頼まれたんだ。僕はこういうの不得意で」
「その子って?」
「菊池咲良ちゃんっていって小学2年生で、住所も近いからひょっとして青葉ちゃんも知っている子じゃないかなと思ったんだけど」
「今、私もその子の霊査をしていました」
「そうだったのか!」
「お母さんに、納屋を調べてと伝えて下さい」
「納屋?分かった」
佐竹さんはその場で携帯で咲良の母に連絡を取り、納屋を調べてくれるように言った。果たして、自宅の納屋の2階のタンスの陰に縛られて猿轡までかませられた咲良が発見されたのであった。
咲良の証言により、咲良の家に同居している叔父がその場で緊急逮捕された。叔父は午前中外出しようとしていた咲良を見かけて言葉巧みに納屋に連れ込み、乱暴しようとしたが抵抗されて断念。とりあえず縛って納屋に放置していたのであった。叔父は人が少なくなってから再度咲良を何とかしようとしていたと自白した。
翌日青葉は咲良の家を訪ねた。この日咲良は学校を休んでいた。昨日怖い目にあったばかりで無理もない。
「あ、青葉ちゃん」
「ちょっと御見舞いに来ました。少しいいですか」
「ええ、青葉ちゃんなら」
青葉は中に入れてもらい、「大丈夫?」と本を読んでいた咲良に声を掛けた。
「あ、あおばちゃん・・・・」
「ね、左手を貸して」
「うん」
青葉は咲良の左手を自分の左手で取る。
「目をつぶって」
「なにかのおまじない?」
「うん」
咲良は少し微笑んで目を閉じる。
青葉は右手に印を結び、優しい気を咲良に送ると同時に、咲良の体内で気の乱れを探しては少しずつ修正して行った。
その様子を見ていた咲良の母は、昨日咲良を見つけてくれたのは実は青葉なのではという気がした。咲良の母も青葉の曾祖母はよく知っていたが先月亡くなってしまっていたので、跡を継いでいた佐竹に依頼したのだが・・・・・
「あれ〜。なんだかきもちがすごくらくになった」と咲良が言った。
「もう大丈夫だよ」
といって青葉はニコリと笑う。
「ママ、わたしあしたがっこうにいく」と咲良が笑顔で言った。
「明日の朝、私咲良を迎えに来るよ。早紀も心配してたから一緒に来るね」
「うん。いっしょにいこうね」
咲良の母も青葉達と一緒なら安心と思い
「じゃ明日から行きましょうね」と言った。
「ね、あおば」
「なあに?咲良」
「あおばいつもがっこうではズボンでしょ?スカート、はかないの?」
そうか。この子、男の人に対する恐怖心を持っちゃったんだと青葉は思った。
「そうだなあ。。。じゃ明日はスカート穿いてくる」
「うん」
といって咲良は微笑んだ。
佐竹は青葉に今回の依頼料として20万円もらったのでといって、それを全額青葉に渡そうとした。
「ふつうの小学2年生にはこんな大金渡せないけど、君は精神的には充分おとなだから」と言ったが
「1万円だけください。残りは佐竹さんが管理しておいてもらえませんか」
「わかった。じゃ君名義の口座を作って入れておくから」
「東京かどこかの銀行の口座にしておいてもらえますか?この付近の銀行だと見つかりそうで。複数の銀行に分けて。届け出の住所は佐竹さんのところに」
「了解。ご両親どう?」
「どうにもなりません。ひいばあちゃんが亡くなって歯止めが無くなって、もうあれは家庭ではありません。早く中学出て東京か仙台に就職して出たいです」
「まだ8年掛かるね」
「取りあえず雨風しのげる宿泊所と思うことにします。姉も守らないといけないし」
「ほんとにどうにもならなくなったら、僕が親権停止の裁判起こすから」
「そこまでは行かない程度に呪法掛けておきます」
「・・・・君はほんとに大人だね」
「可愛い気無いでしょ?」
といって青葉はニコリと笑った。
「とんでもない。充分可愛いよ。美少女だと思うよ」
と佐竹さんは笑顔で言った。
翌朝、青葉が朝からスカートを穿いているのを見て、未雨は少し驚いたような声を出した「あんた、その格好で学校に行くの?」「うん」
青葉はふだん家の中ではスカートを穿いていたが、学校には男の子の服を着て行っていた。「一応学校では男の子の服を着てても半分女の子扱いされているから、それならいっそ女の子で通しちゃおうかと思って」「まあいいけどね」
まず早紀の家に行き、誘って一緒に咲良の家にいく。
「あれ?きょうはあおば、女の子なんだ」と早紀が青葉のスカート姿を見て言った。「え?私はいつも女の子だよ」と青葉は涼しい顔で答える。
ふたりで咲良を誘って3人で学校に出て行った。
しばらく休むのかと思った咲良が青葉たちといっしょに登校してきたので青葉達2年1組の担任の女教師は少し驚いたが、青葉が担任に「しばらく私と早紀が一緒に登下校しますから」と言ったので少し安心した。そちらに気が行っていたので、青葉がスカートを穿いていることには、その時は気付かなかった。そもそも青葉は半分女の子という感じだったのでスカートを穿いていても違和感が無かったこともあった。
しかし青葉がスカートを穿いていることは、その日教室の中で少しずつささやくような声で波紋が広がっていった。ただ、みんなが、特に女子たちが思ったことは「だって青葉は女の子だもんね。スカート穿いたっていいよね」という感想だった。
そして結局このあと青葉はずっと女の子の服でしか学校に来なくなったのであった。
その日の午後、咲良を早紀といっしょに家まで送り届けたあと、「ごめん。きょうはちょっと用事があるから先に帰るね」といい、あとを早紀にまかせて、バスに乗って一関まで出た。
スポーツ用品店に行き「あれ」を探す。たぶんこのくらい大きな店にはあると思うんだけど。。。。あった!それは1000円で買えたので、青葉はピッチリ締まるタイプのスクール水着にゴーグル・長髪用水泳用帽子などを一緒に買い求めた。全部で6300円だった。帰りのバス代を除けば残金は2000円弱になる。このくらいなら親に見つかって取り上げられても被害は少ない。まだ当時は、青葉の家には「食事」というシステムはなくなっていても、食料自体はある程度買ってあったので、青葉と姉は食べるものにはそう困らずにいた。
青葉は1年生の時の水泳の授業は全部見学で押し通したのだが、今年はちゃんと出ようと思っていた。そこでアンダーショーツを穿いてあの部分をしっかり抑えた上で、きちんと締まるタイプのスクール水着を身につけてみたのである。学校の『青葉専用更衣室』で試着してみた。OK。付いてるようには見えない。
青葉は今度また一関に出た時に、アンダーショーツを何枚か買っておこうと思った。これってふだんでも使えるじゃん!
その水泳の授業は翌週1回目があった。青葉が見学せずにちゃんとスクール水着を付けてプールに出てきたので、級友たちから歓声があがった。
「そのスクールみずぎ、ちょっとかっこいいね」と咲良。
「咲良のも可愛いじゃん」と青葉は答える。
「わたし・・・・あおばのあのあたりがとってもきになる」と早紀。
「えへへ。付いてないように見えるでしょ」と青葉は答えた。
池に咲良が人形を落とした時に見せたように青葉の水泳の腕はすばらしかった。25mのプールを何往復もしてみせると、男子の方からも「すげー」という声が出る。
「でも変わった泳ぎ方だね。クロールと少し違う感じ」
「ひいおばあちゃん仕込みだから。小抜き手何とかって言ってたよ」
と青葉は答えた。後で佐竹さんにちゃんとした名前を聞いておこうと思う。
「ね、なつやすみもたくさんプールであそぼう」
「うん」
昨年早紀たちに付き合えなかった分も今年はたくさん遊びたいなと青葉は思った。
夏休み、青葉は学校のプールにも何度もいったが、ある日は咲良の母に早紀ともども盛岡市内の大きな商業プールに誘われた。いつもふたりにお世話になっているお礼にというのでプール代や食事代も咲良の母がもつということで、咲良の母が運転する車で盛岡までの往復であった。3人ともチャイルドシートを卒業できる身長があったので、後部座席に青葉・咲良・早紀の3人が並んでシートベルトを付け、仲良くおしゃべりしながらの日帰り旅行となった。
4人で入場し受付けで赤いベルトのロッカーの鍵を4つもらった。早紀はちょっとだけ青葉のことを心配したが、青葉は平気な顔をしている。大丈夫なんだろな、と思う。女子更衣室に入り、4人は並びのロッカーに荷物を入れ、服を脱ぐ。青葉は最初から服の下に水着を着けていた。なるほど、これなら大丈夫よね。青葉の今日の水着はセパレート型で青地に赤い金魚の模様である。スカートも付いている。
「あおばの、かわいい!」早紀も咲良も声をあげた。
「咲良のはプリキュアね」
咲良のはプリキュアの変身スーツをイメージした水着だ。
「わたし、ふたりにまけた」などと言っている早紀もシナモロールのワンポイントが入った水着を着けている。
「早紀のだって可愛いじゃん」と青葉はにこやかな笑顔で言った。
早紀は最近青葉の笑顔が減っているような気がして心配していたが、こんな笑顔が出るなら大丈夫かなと思った。青葉の家庭が乱れているようなので、そのせいなのではなかろうかと思っていたが・・・・・
大きなプールで泳いだり、水の掛け合いをしたりして遊ぶ。流れのあるプールで流れに沿って泳いだり歩いたりし、またスライダーで滑り落ちて軽いスリルを楽しんだりする。
午前中1時間泳いでからお昼にプールサイドでハンバーガーを食べ、少し休憩してからまた午後3時間泳いだ。同じ学校の4年生の女子が来ていて、青葉を見つけると「あなたかなり遠泳できるよね、私と競争しない?」と誘ってくる。早紀たちが「私達応援してる」というので、ふたりで25mプールに入り、並んで泳ぎ始めた。4年生はクロールでぐいぐい泳いでいく。青葉は最初クロールで泳いでいたが、離されていくので独自の泳法に切り替えたらスピードが上がり、やがて4年生に追いついてきた。ふたりは抜きつ抜かれつつ、結局25mプールを20往復くらいしたところで「疲れた!」と4年生が言ってゲーム終了となった。
「あんた、クロールじゃないのね」
「まだクロールは苦手です。今年から練習しはじめたので」
「来年までにはクロール覚えててよ。またやろう。私ももっとスピード出るように頑張るから」
「はい、また」
ふたりは握手して別れた。早紀と咲良はパチパチと拍手して青葉を迎えた。長距離を泳ぎ切ったせいか、青葉の顔に満足げな自然な微笑みがある。早紀はすごくいい顔してるなと思った。
プールは1時間おきに10分間の強制休憩時間が入る。4時の休憩時間で4人はあがることにし、更衣室に移動した。早紀は青葉がどうするのか気になって仕方がないが青葉がロッカーに入れていた着替え用のバスタオルを取り出すと、拍子抜けして、つい笑い出してしまった。
「どうしたの?早紀」
青葉が不思議そうに見ている。
「うん。何でもない」
と言って早紀は自分も着替えはじめた。青葉は心配しなくてもちゃんと、女の子として破綻しないようにやっていけるんだなと思った。思えば人形を取りに池に入った時は緊急事態で準備が無かったからなのかも知れない。
青葉が女の子でいる限り、早紀もふつうに仲良しの友達でいれる。そのうち思春期が来たらどうなるのか分からないけど、男の子っぽくなっていく青葉が想像できない。早紀は、何となく思春期が来たら青葉はむしろ今より女っぽくなっていきそうな気がした。
【寒桜】(1)