【春牛】(4)

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3月6日、千里と青葉は、無観客公演をすることになった仙台での復興イベントのため、一緒に仙台に行った。行く時は千里の車を使って2人で交替で運転している。復興イベントに参加予定だった美津穂と世梨奈は出演しないことになった。出演者をできるだけ減らすことになったのである(ギャラは払う。それで世梨奈は結果的に10月に冬子から借りたお金も完済したことになつた)。
 
この時、現地でマリさんが元気無い気がしたので、ケイさんに聞いてみたら、誰にも言わないでねと断った上で、マリさんが先週、彼氏と別れてしまったことを青葉には教えてくれた。
 
「それは大変でしたね。慰めることはできませんけど、これでもあげて下さい」
と言って、青葉は千里姉からもらっていた六本木・瀬里奈の御食事券を2枚渡した。
 
「ああ。マリにはこういうのが一番効くよ。ありがとう」
とケイさんは言っていた。
 

復興支援イベントの後は、クレール若林店の徹底した感染対策を施された店舗で打ち上げしたあと、竣工したばかりでまだ誰も入居してない女子寮で仮眠した。
 
「男性の方には“今夜だけ女”パスを配りますね。永遠に女になりたい人はご相談します」
などと和実は言っていたが、“永遠に女になりたい”という希望者はいなかった!
 

9日にはみんなでクレール青葉通り店の建設現場に行った。
 
ここに来たのは青葉と千里、和実、冬子、コスモス、★★レコードの八雲係長、加藤部長、TKR仙台支店の山崎さんなどである。
 
「もうかなりできてるね」
とコスモスが言った。
 
「フレームは完成しています。地下はもう防音板の貼り付けまで終わっています。1〜3階は壁までできているので、これに3年間眠っていた、アール・ヌーボーの壁板を張りつけます。4−5階は外壁だけの状態だから、このあと内側の壁板を貼って、防音板を貼り付けていきます。その上でパーティションを切っていきます」
と和実は説明する。
 
「来月にはできるよね?」
「4月上旬引き渡し予定でしたが、コロナ対策の改造をするので少し遅くなる予定です」
「大変だね」
「絶対にクラスターだけは発生させないよう万全の対策を取りますから」
「そういうののモデルケースになるといいね」
 

「中間層に演奏させようかな」
とコスモスは言っていた。
 
「中間層というと?」
と青葉が尋ねる。
 
「花咲ロンド、石川ポルカ、原町カペラ、桜木ワルツ、山下ルンバ、桜野レイア」
 
「ああ。あとひとつ伸び悩んでいる層と、少し年齢が高くてアイドルとしては売れない層だな」
と加藤部長が言うと
 
「そうハッキリ言ったら可哀想ですよ」
と千里が言った。
 
「山下ルンバとかは、もっと早くデビューさせてあげれば良かったんですけどね。売り出すのにも結構なパワーが必要だから」
とコスモスは言う。
 
「あの子はあの子なりの生き方を見つけたと思うよ。たぶんあの子は20年後もこの業界で生きて行ってる」
と加藤部長。
 

「まあルンバは今更アイドルもできないし、タレント性を磨いていくか、実力派シンガーとして売っていくしかないと思う」
などと冬子は言っている。
 
「あの子はたくさんの想定シナリオを予め考えているから、あたかも機転が利くようにみえるけど、実は想定外のことでツッコまれたりした時に、巧い受け応えができないんですよ」
 
「だったら、やはり実力派シンガーの道しかないな」
 
「そういうツッコミとかへの対応がうまいのはアクアだよね」
「あの子は本当に機転が利きます。本人は俳優志向だけど、タレントとしてもやっていけると思うんですけどね」
 
「あの子、性転換しても、お笑いタレントとして生きていけるよ」
「まあ性転換した場合は、その一択でしょうね」
 
「あの子、高校卒業前に性転換手術受けたりしないの?ここだけの話」
と加藤部長が尋ねる。
 
「川崎ゆりこが、休暇あげるからタイで手術受けておいでよ、と声を掛けたらしいですが、ボクは女の子になるつもりはありませんと言ったらしいですよ」
 
「でも、あの子、女の子みたいな香りまですることもあるから、間違いなく女性ホルモン飲んでいると思うし、どこまで信じていいのか分からないなあ」
と加藤さんは言っている。
 
「まああの年齢で声変わりしないのは女性ホルモン飲んでいるか去勢しているかしかあり得ないから、ファンもアクアは実際には多分去勢しているのだろうと思っているよね」
などと千里まで言っている。
 
「TKRはアクアが性転換した場合の対応シナリオを作っているみたいですけどね」
と冬子。
「万が一の場合は一部の社員を★★レコードで引き受けてくれと松前さんから言われているよ」
と加藤部長。
 
ともかくもそういう訳で、クレールの青葉通り店では、高校生以上の研修生や、リセエンヌ・ドオ、花咲ロンド、石川ポルカ、原町カペラ、桜木ワルツ、山下ルンバ、桜野レイアといった面々の演奏が行われることになったのである。
 

現場を見た後は、全員で更に若林店の方に行って、結局和実の家の居間で、数時間にわたり色々意見交換をした(窓を全開放し、扇風機まで掛けている。むろん全員マスクをしている)。
 
青葉はこの後、大船渡で慰霊祭に出て彪志の実家にも寄るつもりだったのだが、中止。結局千里と一緒にまた車を交替で運転して高岡に戻った。
 

斎藤種雄(60)は、羽咋市の小さな神社の次男に生まれ、皇學館大学を出て神職の資格を取得した。最初の数年間は石川県の神社庁に勤務し、あちこちの神社の祭事の手伝いをした。その後、県内のあちこちの神社に数年ずつ奉職したが、白山市のH神社に奉職した6年間が最も充実していて、人脈もできた。50歳を過ぎてから、津幡町の菊姫神社の宮司に任命され、恐らくはここが自分の最後の奉職先と思って赴任してきた。最初は色々苦労したものの、何とかなってきて町の人たちにも親しまれるようになってきた。
 
昨年10月になじみの建設会社から、起工式の執行を頼まれる。かなり大きな土地ということで、緊張したものの、H神社時代には自分が斎主ではなかったものの、巨大な再開発地の地鎮祭に関わったこともあるので、気合いを入れて当日は出向いた。
 
ところが式を執行しようとしたら、祭壇から神様に睨まれているような気がした。こんな体験は初めてだったが、このままでは神様を怒らせると判断した。それで式を中断し、以前可愛がってもらったH神社の宮司(当時はまだ禰宜だったが)の宮本に連絡してきてもらい、何とか起工式を無事済ませることができた。
 
宮本からは「君らしくもない」と叱られたものの「ここは自分でもビビったかも知れない。物凄く尊い神様がおられる」と言っていた。斎藤はやはり自分の判断は正しかったようだと思ったものの、起工式をひとりで執行できなかったこと自体で少し落ち込んだ。自分も60になったし、そろそろ引退を考えるべきだろうかなどと悩む。
 
斎藤は珠洲の神社に奉職している次男と話してみようかなとも考えていた。
 

3月3日・ひな祭りの夜、斎藤は夢を見た。
 
赤い振袖を着た6−7歳くらいの女の子が鞠を撞いていた。斎藤は一瞬昔見た映画『世にも怪奇な物語(Histoires extraordinaires)』のラストで、妖しげな化粧をした幼い女の子が鞠を撞いているシーンを連想した。しかしこちらを向いた女の子はそのような妖しげなものではなく、とても可愛い顔をしていて、むしろ神聖さを感じた。斎藤は瞬間的にこれは神様だと思った。
 
女の子は斎藤に言った。
「妾(わらわ)はそちが気に入ったぞ。そなたが妾(わらわ)を祀れ」
 
目を覚ました斎藤はこれは“お告げ”ではないかと思った。そこで白山市のH神社まで出かけて行き、旧知の宮司・宮本に相談した。
 
旧友の宮本は斎藤に言った。
 
「それはお告げかも知れないし。ただの夢かも知れない。しかし起工式の中断の件もあったし、施主さんが許してくれれば汚名挽回で、君がそこの宮司になってもいいかも知れないね」
 
「汚名を挽回するのは困ります」
「あ、間違った。名誉挽回だね」
 

それで、宮本と斎藤は、3月11日の午前中、高岡に青葉の自宅を訪れた。青葉は仙台で復興支援イベントに出た後、高岡に戻ってきた所であった。千里も一緒にこちらに来ていたので、この話はふたりで聞いた。
 
「どこかの神社さんに管理の委託をしなければと思っていました。ぜひお願いします」
 
「ありがとうございます。起工式では大変みっともないことをしてしまって」
 
「いえ、あれが1人では無理なことにお気づきになったことが、斎藤さんの力量があることを示していると思いますよ」
と千里が言った。
 
「御祭神については何か考えておられますか?」
と宮本さんが尋ねる。
 
「それなんですけど、神様同士の話し合いで、どうも決まってしまったようで」
と言い、青葉はこのように説明した。
 
・神社は三殿構成の建物とする。
・主祭神は、玉依姫命(たまよりひめのみこと)と言い、千葉市花丘の玉依姫神社に祀られているほか、火牛神社の旧社にも仮住まいしている神を勧請する(実際はわざわざ勧請しなくても来ているのだが)
・左殿には地主神の津幡姫命(つばたひめのみこと)をお祀りする。
・右殿には倶利伽羅峠にある火牛神社の主神を勧請する。
 
また青葉は自分が玉依姫様をお祀りするようになった経緯、火牛神社との関わりについて語ったが
 
「ああ、あなたは金沢ドイルさんか!」
と2人が気づくと、青葉の説明を結構信じてくれたようであった。それで宮本さんたちは青葉の方針を追認してくれて、この神社には↑の三神が祀られることが確定したのである。
 
「神社の名称はどうしますかね?」
「それについては易卦を立ててみたのですが」
と青葉は言って、立卦の記録を見せる。
 
火牛神社 山風蠱
玉依姫神社 水澤節
津幡姫神社 水澤節
辺来神社 坤爲地
辺来の里神社 風火家人
 
「そういう訳で、辺来の里(へらいのさと)神社というのが良いようです」
「あそこの土地の名前ですか!」
 
「それがいちばん無難な感じですね」
 
「うん。地名を神社の名前に使うするのはよいことだと思いますよ。単に辺来神社にすると、そこの代表みたいだから“の里”を付けたほうが反発されませんね」
と宮本さんも言い、この神社の名前は辺来の里神社ということで確定した。
 

宮司は斎藤さんが、菊姫神社と兼任で務めることになった。巫女さんは募集して20代の経験者1名を正採用したほか、女子大生のバイト巫女を2人入れた。
 
斎藤さんは数年後には、菊姫神社の宮司を次男の真雄に譲って、こちらの専任になってしまう。
 
「いや、津幡姫様とお絵描きとかして遊ぶのにすっかりハマってしまって」
 
と言う種雄の言葉を真雄は、認知症の発現なのか、妄想癖かと悩んだものの、特に他人に害を加えたりというのもないようなので、暖かく?見守ることにした。姫神様に愛されたせいか、種雄は地元の人や、デファイユ津幡に来る多くの人に親しまれ、100歳まで生きることになる。
 

2020年3月13日(金)、日本水連は4月2-8日に予定していた日本選手権の日程短縮(4/2-7)と無観客実施を発表。延期もあり得るとした。
 

2月下旬のある日。
 
和実が石巻市内の胡桃のアパートに寄ったら、胡桃が住宅情報誌を見ていた。
 
「姉ちゃん、これ昨日打ち合わせで東京に行ってきたからお土産」
と言って、東京ばな奈を渡す。
 
「ありがとう。これ美味しいよね。私もだいたい東京土産はこれ」
と言いながら、早速箱を開けて食べている。和実は勝手知ったるアパートなのでコーヒーを煎れて胡桃愛用のスナフキンのカップに入れて渡す。
 
「さんきゅさんきゅ」
 
和実も自分用のミニーのカップが置いてあるのでそれに入れて飲む。
 
「さすがプロだよね。私が入れたのと味が違う」
「何見てたの?森田さんのアパート探してあげるの?」
 
「あの子のアパートも探してあげないといけないのかな?その前に自分の引越先のアパート探していたんだけど、仙台市内はやはり高いね」
 
「姉ちゃんは、うちに引っ越してきてくれるのかと思ってた」
と和実が言うと、胡桃はハッとしたように
 
「そうか!その手があったか!」
「家賃は要らないよ。朝、私と一緒に出勤しようよ。ガソリン代も要らないし」
「そうさせてもらおうかなぁ」
「それで月曜日(美容室の店休日)は、希望美と明香里の面倒見ててよ」
「それが目的か!」
 
「淳はいつこちらに来てくれるのかなあ」
「まだ日にち決まらないの?」
 

その日、淳は熊田専務のデスクの前に行き言った。
 
「専務、先日からお話ししていた件ですが」
「ああ、旦那さんが住んでる仙台に引っ越す件ね」
「向こうが妻で、私は夫なんですが」
「そうだったっけ?ごめんごめん」
「**興行のシステムも順調に動作しているようなので、あと少し資料整備などもして、3月いっぱいで退職させて頂きたいのですが」
 
「ああ、その件で話さなきゃと思ってた。ちょっと外で話そうか」
と言って、専務は淳を応接室に連れて行った。例によって応接室のドアは開放したままである。最初お茶を飲みながら世間話をしていたのだが、近くの高級割烹の仕出しが届く。
 
淳はとてもいやな予感がした。専務からこの高級割烹に連れられていく度に、淳はたいへんな仕事を押しつけられているのである。今回はコロナ騒動でお店で話すのはやばいので仕出しになったのだろうが、どっちみち鬼門っぽい。でも今回はもう退職するんだから大丈夫かな?などと考える。
 

「いただきます」と言って食べ始める。食べる最中はあまり話をしない。それで美味しく食べ終わってから、専務は唐突に思い出したように言った。
 
「そうだった。君にこれを渡す」
 
専務は淳に書類を渡した。
 
「辞令!?」
「月山君、君を仙台支店長に任命するから」
「仙台支店!?そんなものいつできたんです?」
「4月に開設する」
「そこに赴任しろと?」
「要は仙台に移住できたらいいんだろ?仙台の南町通りにオフィスを確保したから。あおば通駅の近くだよ」
「スタッフは?」
 
「現地で経験者2名と大卒の女子1名、専門学校卒の男子2名を採用予定。あと事務の女の子。高卒の18歳で簿記2級・英検2級・漢検2級、秘書検定にMOSも取ってる。実はこの子男の娘なんだけど、君はそんなの気にしないよね?凄く可愛い子だよ。絶対性別を間違って生まれて来たとしか思えない。その6名を君の配下に組み込むから。でも新人ばかりでは不安だろうから、墨田君にも仙台支店副支店長兼営業部長として赴任してもらう。彼は塩竈市出身なんだよ。月山君のほうは支店長兼システム部長ね」
 
と専務は一気に言った。
 

「それで前々から話があった東北衣料さんのシステム、構築を頼む。君が以前構築したフュナールのシステムと似たような感じになると思うんだよ。こちらも女性用下着が主力だし。まあ若干男性用も作っているのと、年齢層が少し高めかな。東京から毎回打ち合わせに行くのも大変だと思っていたんだよね」
 
そうだ。前々回専務に高級割烹をおごってもらった時、そのフュナールのシステムの構築を頼まれ、先方が女性SEにやって欲しいと言っているからと言われて、淳はそれ以来、女性SEとしてこの会社に勤めているのである。あれがもう8年近く前のことである。
 
大学を出てこの会社に入り、8年間は男性SEとして勤務(淳の公式見解)し、8年は女性SEとして勤務した。なんか女として勤務するようになってから、凄く“楽”になったような気もした。
 
「東北衣料は山本さんがすることになっていたのでは?」
「彼女は2月いっぱいで退職するというから」
「私も3月いっぱいで退職すると言っていたはずですが」
「君の退職願いは却下」
「彼女の退職願いは受け付けて、なんで私のは却下なんです!?」
と淳はさすがに怒った。
 

「彼女は結婚して熊本に行くというからさ」
「私も結婚していて仙台に行きたいんですけど」
「うん。だからうまい具合に仙台の案件だから、ちょうどいいじゃん」
「そんなぁ」
 
「君は我が社初の女性支店長だよ。女子社員の希望の星だから頑張ってね」
「初の女性支店長って、そもそも初の支店なのでは?」
「うん。だから頑張ってよ。東京本社とはVPN(仮想プライベートネットワーク)で結ぶから、本社のリソースは全部そのまま使える。東京本社にいるのと大差無い環境で作業できるはずだから」
 
「そのVPNは誰が構築するんです?」
「仙台に行って最初にする作業がそれかな。まあ何度か東京と仙台を往復することになるかも知れないけど」
 
淳は「お店が2つになって大変になるから、色々お店のことで手伝ってね」と言われていたのに、和実に何て言おう?と悩んだ。
 

3月17日(火)、日本サッカー協会の田嶋幸三会長がコロナ陽性であることが判明したと発表されたが、田嶋氏の妻・土肥美智子はJISS(国立スポーツ科学センター)の医師であり、合宿している様々な競技の多くのトップアスリートと接している可能性が考えられた。
 
この事件はサッカーだけでなく、スポーツ界全体に激震が走った。
 
(幸いにも土肥は感染していなかった。また4月上旬JISSを含むHPSC全体が閉鎖された)
 

美映は参ったと思った。起きたら身体が熱っぽいのである。体温計で測ったら38.5度もある。やばぁ、これ風邪かな?インフルかな?まさかアレじゃないよね?と思う。貴司は3日前から青森に出張中だ。
 
「ママ大丈夫?」
と緩菜が心配そうに言う。緩菜に移してはいけない。
 
「ママは寝室で寝てるから、緩菜はひとりで御飯とか食べられる?」
「うん。大丈夫だよ」
 
それで美映は葛根湯を飲んで寝室に入って寝たのだが、お昼頃になると熱は39.1度まであがっていた。
 
「辛いよぉ。これ病院に行った方がいいのかなあ」
 
こんな時、誰も頼れる人がいないのは困りものだ。親は尼崎だし、親友的な人も関西にしかいない。埼玉に来てから入ったバスケチームのチームメイトはいるものの、こういう時に頼るのは悪い気がするし、今のご時世、風邪症状の人に好き好んで近づいてくれる人は無いだろう。関西にいるのなら、ミナちゃんとかテッカちゃんなら、こういう時でもお互い遠慮なく頼れるのになどと思う。
 
美映は心底関西に帰りたいと思った。
 

緩菜が寝室に入ってくる。
 
「ママ、誰かに連絡しなくていい?」
「緩菜、ママは病気だから、この部屋に入ってきたら移るかも知れないから入って来ちゃダメだよ」
 
「ママのお母ちゃんに連絡する?」
「うーん・・・」
 
最後の最後はその手かもとは思うが、実は美映は貴司と結婚したことも埼玉に引っ越したことも母に話していない。それを今更言うと叱られる気がした。
 
その時、ふと思いついた。
「ちょっと不愉快だけど」
 
と思いながら、美映はスマホから千里の電話番号に掛けた。
 

美映の電話は千里1のガラケーに掛かった。これは昨年春に千里(ちさと)が由美ちゃんを連れて関西四十五箇所?とかを巡っている途中でバッテリーが切れたので充電させてと言って千里(せんり)のマンションに寄った時、念のため番号を交換しておいたからである。
 
電話を受けた千里(ちさと)は「すぐ行く」と言ってきてくれた。マスクとゴム手袋をしている。
 
緩菜には「ママの病気が移ったら大変だから緩菜は向こうに居なさい」
と言って居間の方に行かせる。
 
それで千里は美映の熱を見た後
 
「ちょっと鼻水を取らせてね」
と言って、何かの試験紙のようなものを美映の鼻孔に入れて鼻孔の端に押しつけるようにした。
 
「数分待ってね」
と言って、その間に千里は窓を開け、換気扇を掛けて部屋の換気をした。寝室も換気する。居間のテーブルの上と寝室のベッドのヘッドボードに置いたのはクレベリンのようである。
 

「ああ結果出たよ」
と千里は言った。
 
「これは普通のインフルエンザ」
「良かったぁ。でも千里さん、そんな試験紙持ってるのね」
「ああ、妹の旦那が製薬会社に勤めているから何枚かもらっておいたんだよ」
「へー」
 
「でもどこで移されたのかなあ。チームメイトさんたち大丈夫?」
「電話してみる」
と言って美映はキャプテンに電話して、熱が39度出てインフルエンザと診断されたけど、他にも掛かってる人がいないか心配だと言った。
 
するとキャプテンもダウンしていたことが分かる!他にも2人風邪で寝ているらしい。
 
「ビバノンがインフルなら、多分私や他の子のもインフルだな。一週間寝てるよ」
「それがいいかもですねー」
 
(チームは結局このインフル騒動の後、活動休止になってしまう)
 

千里は美映が栄養のつくものを食べたいというので、ニラレバ炒めを作ってあげた。
 
「ありがとう。助かる」
「去年は私が助けてもらったしね」
「お互い様かな」
 
元々美映はあまり細かいことを気にするタイプではないので、何となく千里と仲良くなってしまった。
 
「千里さん、緩菜がスカート穿いてても何も言わないのね」
「だって緩菜は女の子だからね」
「そうだよね。やはりこの子、女の子だよね」
 
「千里さんさあ、私がもし貴司と離婚したらどうする?」
「ドロップキャッチかな」
「じゃ離婚する時には千里さんに連絡するよ」
「うん。よろしくー」
 
千里はその後3日間通ってきて、美映の体調をチェックするとともに、御飯なども作って洗濯もしてくれた。緩菜にも御飯をチンだけすればいいようにして冷蔵庫に入れてくれた。また千里はインフルエンザに利く薬も“買ってきた”といって渡してくれた。それで美映は4日目には起き上がれるようになった。幸いにも緩菜には移らなかった。貴司が出張から戻って来たのは10日後だった。
 

 
2020年3月2日(月).
 
龍虎は3年間通ったC学園高校を卒業した。卒業式にはFが出席し、そのあと教室で担任の先生から卒業証書を受けとったのはMである。
 
この日の卒業式はコロナの影響で、卒業生と3年の担任、校長・教頭のみでおこない、来賓は無しで在校生も出ない。出席者はマスクが調達できる人はつけてと言われたが、だいたい8割くらいの子が着けていた(どうしても入手できない子が結構いたようである。実は彩佳と桐絵の分は龍虎があげた)。
 
また卒業生の名前を呼び上げるのもやめて卒業生総代(元生徒会長)が代表して卒業証書を校長先生から受けとった。また謝恩会の予定があったのも中止された。
 

龍虎は卒業式が終わった後、田代の両親と一緒にケンタッキーを買って帰り、自宅マンションで、クラスメイトであり、小学校以来の友人である彩佳・桐絵たちと“ネット祝賀会”をした。彩佳・桐絵はこの日は熊谷から出て来た両親と一緒にホテルに泊まっている。
 
「じゃ過労死しないようにね」
「コロナにも気をつけてね」
「自分を大事にしてね」
という温かい言葉と
 
「セックスしたくなったら、そのくらいさせてあげるからね」
などという大胆な言葉に
 
「性転換手術受ける時は付き添いしてあげるからね」
といった親切な?言葉までもらった。
 

2020年3月、大手自動車メーカーから“アクアのアクア”が発売された。
 
人気タレントアクア×人気車種アクア
 
というコラボ企画である。
 
(車)アクアのCrossoverタイプをベース車とし、カーナビ&オーディオ、ETC、バックモニター、イモビライザー、ドライブレコーダー、後部座席テレビにエアロパーツなど様々なオプションをフル装備した上で、(俳優)アクアのイメージカラーである水色の塗装に、波を表現したアクアマークのエンブレムをフロントグリルやアルミホイールにつけている。その他、側面や背面に貼り付ける天の川シール、左右黒と白の招き猫アクアシール!そして車内のステアリングやダッシュボードにもアクアマーク、座席カバーもアクアの水色でもちろんアクアマーク入りである。また(車)アクアでは珍しい前席ベンチシートが採用されている。
 
(エアロパーツの分、普通のクロスオーバーより少しサイズが大きくなるが、どっちみちクロスオーバーは元々3ナンバーである)
 
価格は300万円ジャストで、通常のAQUA Crossoverにフル装備のオプションを付けたものよりアクアのブランド料として10万円ほど高いとメーカーの人は言っていた(が、車情報誌が計算したのでは逆に20-30万円ほど安いという結果になった:雑誌によって計算結果が微妙に違う)。
 
アクアだらけであることを除けば中性的なデザインだったし機能的にフル装備で実用性も高かったことから、この車の実際の購入者男女比は、女7:男3であった。年齢層もアクアの幅広い人気を反映して20代から50代まで広い年齢層になっていた。気恥ずかしいのか招き猫アクアシールなどは貼らずに使用する人も(特に男性や40代以上の購入者には)結構居たようである。
 

この車のCMはもちろんアクアが行っている。富士スピードウェイ、石川県のなぎさドライブウェイ(普通の車で走れる砂浜)、北海道の稚内港北防波堤ドーム(アーチの連続が美しい)、そして東京のアクアラインで撮影した映像を使用しているが、全てアクア自身が運転している(実際に運転したのはF)。
 
この企画は昨年の夏頃から§§ミュージックと自動車メーカーの間で打ち合わせが進み、アクアが運転免許を取得して最低3ヶ月以上500km以上運転してから撮影するという条件であった。距離数に関しては実はポルシェを使っての中央道・新東名の往復で(藤野PA-八王子)745kmを運転して軽くクリアしている。更に気球の練習からの帰りで12日間で1400km走っているし、それ以外でも10-12月の3ヶ月ほどの間に、週3日くらい Honda CR-X, Volvo V40 PHV, そして Toyota AQUA Crossover(つまりCF撮影で使用するのと同型車)などで毎回5-10kmくらいずつ300km以上運転していて2400km程の運転歴を積み上げていた。
 
実際に撮影したのは、3月3-6日(火水木金)の4日間で、アクアは千里・コスモス・山村と一緒に、3日にアクアラインで撮影した上で、4-6日は静岡、石川、北海道に1日ずつ行ってきた。千里の運転する車に同乗して各々のコースを走った後で本人が運転している。撮影に使用したのは、東京と石川が1号車、静岡は2号車、北海道は3号車である。
 
アクア自身もこの“アクアのアクア”の3号車(北海道の撮影に使用したもの)をメーカーから頂いた(経理的にはギャラの一部)。これはこの後、アクアの日常の足として活躍することになる(但し運転は主として河合や高村などがする)が、そのままだと目立ち過ぎるので、外装のシール類はCF撮影後剥がしている。フロントグリルやホイールも普通の(車)アクアのものに交換している。室内のパネル・座席などのアクア仕様だけである。また実は特別仕様(VIP仕様)で通常より少し厚い板金で製作されており、窓やフロントガラスも防弾仕様のものになっている。その分重たくなっているので、実は燃費も悪化している。
 
アクアの送迎車は2015年のデビューから2018.9までアクアを使用していたものの、事故があった後、Volvo V40 に交換されていたのだが、1年半ぶりにアクアに戻されることになった。V40は姫路スピカが使用することになる。
 
このVIP仕様の“アクアのアクア”は10台だけ制作され、No.1はキャンペーンなどに使用、No.2の車体はメーカーの博物館に納められ、No.3をアクアがもらった。その他の車体の購入者(設定価格400万円)は下記である。No.1, 2, 5-10はダッシュボードにアクアの直筆サイン入りである。
 
No.4 (欠番)
No.5 松浦紗雪(ファンクラブ会長)
No.6 某やんごとなきお方(ファンクラブ番号6番)
No.7 マリ(ファンクラブ番号2番)
No.8 初期の頃からの支援者である江藤愛来(ファンクラブ番号36番)
No.9 このCMのプロデューサーである雨宮三森(ファンクラブ番号91番)
No.10 歌手兼レーサーの小野寺イルザ(ファンクラブ番号10番)
No.11 §§ミュージック(送迎の“目くらまし”に使用)
 
事実上のトップナンバーである5番を、かねてから希望を表明しておられた某やんごとなきお方にと予定していたのだが
「私、会員番号6番だから、車体も6番のがいいな」
とおっしゃるので、5番はファンクラブ会長の松浦紗雪が取ることになった。
 
マリは2015年以来リーフに乗っていたのだが、そのリーフは高校以来の友人である詩津紅が個人的に100円!で買い取り(備忘価額)、マリはアクアに乗り換えることになった。頻繁にあちこちぶつけているので、丈夫な車に乗り換えてくれてケイは少しだけ安心したようである。
 
雨宮三森が購入した車体は半年後に千里の浦和の自宅前に放置されていたので、以降千里が管理することになった(主として“千里1”が使用する)。
 

この車のCM中流れる曲はアクア自身が歌った『ぼくのアクア』で加糖珈琲作詞・琴沢幸穂(実際には千里2)作曲である。CDは、後述の映画の挿入曲『風まかせ』(岡崎天音作詞・大宮万葉作曲)と両A面で3月4日(水)に発売された。
 

青葉は2月も3月も時間の許す限り、ずっと津幡のプライベートプールで日本代表候補のメンバー(青葉・ジャネ・南野・竹下)で練習していたのだが、その日、ジャネが青い宝石ケースを持っているのに気づいた。
 
「もしかして婚約指輪?」
と尋ねると、ジャネは少し恥ずかしがるような顔をした。
 
「あの馬鹿がさ」
 
馬鹿って・・・・
 
「筒石さんですか?」
「JISSに入ろうとして検温に引っかかってさ」
「まさか、あれですか?」
 
「そうそう。COVID-19に感染していた。すぐマラに私の姉を装って車で迎えに行かせて、引き取ってきて、尾久のマンションに寝せて絶対外出禁止を言い渡して、それでマラが食事とかの世話をずっとしてたんだよ」
 
マソは水泳一筋だし、片足が使えないので免許取得にはハンドコントロールという手だけでアクセルやブレーキが操作できる装置を取り付けた車を用意して教習所や試験場に持ち込むなど、面倒な手続きが必要でもあり、現時点では免許を取っていないが、マラはオカマバーの経営者だったしバンドもやっていたので、車の運転ができる(当時はノアを運転していた。現在は既に死亡しているので!免許証は無いはずだが?)。筒石が車(Volvo XC90 T8 PHEV)を所有しているので、それを使ったのだろう。
 
「大変でしたね!」
「マラは今更コロナとか感染しないから」
「まあ幽霊さんには感染しないでしょうね」
 
「そうそう。でも私も念のためと言われて感染検査されたし、しばらく筒石との接触禁止を言われたし、JISSのプールや選手村の食堂、あいつが泊まっていた部屋とかも徹底消毒して、かなり緊張が走ったみたい。選手全員検査したけど幸い他には感染者は無かった」
 
「良かった」
 

日本水泳代表候補は、断続的に合宿をおこなっていたが、コロナ対策もあり、場所を分散していた。
 
女子長距離陣は津幡のプライベートプール(金堂や永井は各々自分のクラブ)、女子短距離陣が熊谷の郷愁プール(若葉が急遽選手のための宿舎を1週間で建設し、外部と接触が生じないようにした)、そして男子は短距離陣がJISS。長距離陣がNTC-Eでと分散ししている(食事も原則デリバリーにしていたが筒石の騒ぎで結局食堂は閉鎖されたらしい)。分散合宿は人間の密度を下げるのが目的だが、結果的にはみんなたくさん練習できるというので好評のようである。
 
3月24日、東京オリンピックの延期が決まり、翌日25日には水泳日本選手権の中止が決まった。
 
JISS,NTCおよび郷愁プールでの合宿は中止になり選手は各々の地元に戻った。
 
3月30日には、東京オリンピックは2021年の7月開幕とすることが発表された。
 
4月8日にはJISSなどのあるHPSCそのものが閉鎖された。しかし津幡組は自主的な練習を続けた。ただし水連からの要請にもとづき、練習時間をコントロールし、1度に3人以上はプールに入らないようコントロールすることになった。
 

「まあそれで元々丈夫な奴だから1週間で治ったけど、水連から言われて2週間は外出禁止を言い渡されて、日曜日にやっと外出許可が出たんだよ。
 
「仕方ないでしょうね」
「千里さんが深川のサブプールを開けてくれて、あそこをあの馬鹿専用にしてもらっている」
「ああ、そんなことしてましたか」
「25mプール4コースだけど、独占して24時間泳げるというので喜んでいる」
「郷愁村の方も24時間泳げるのが喜ばれていたみたいです」
 
「まあそれでさ。外出許可が取れたので、これを買ってきてくれた」
「そういうことでしたか」
「2週間にわたってずっと世話してもらって感激したとか言ってたらしい」
 
「つまりプロポーズされたのはマラさんですか?」
「そうそう。だから結果的に戸籍上は私があいつと結婚することになる」
 
「あのぉ、マソさんは?」
「私は来年の東京も目指すし4年後のパリも目指すよ。結婚なんかしてられない」
「でも指輪はマソさんが持っているんですか」
「うちの親に見せたからね。写真とか撮られた時にマラだと写らないから私が代役をした」
「こちらに来られたんですか」
 
「練習があるからといってトンボ帰りだけどね。マラの運転するボルボで往復」
「あのぉ免許は?」
「警察に見つからなきゃ平気。君康は運転が絶望的に下手だから、やらせられないんだよ」
 
「ああ」
 
でも大丈夫か?バレたらオリンピック出場停止くらうぞ。
 
「それでマラは指輪忘れてった」
「大事な指輪を忘れていくなんて、マラさんらしい」
 

「まあ、それで来年の東京オリンピックの後で結婚式をあげることになった」
 
「随分先ですね。でも、おめでとうございます」
「写真に写らないと困るから結婚式にも私が出てと言われたけど、初夜とか新婚旅行はマラに任せた」
 
「結局マソさんはバージンのままですか?」
「別に恋愛しなくても、私には水泳があるし」
「まあ水泳と結婚しているようなものかな?」
「それは君康もだけどね。まあ気が向いたら人工授精で赤ちゃんくらい産んでやってもいいよ。パリ五輪の後で」
 
「もしかしてヴァージン・マザーになる?」
「マリア様以来、2000年ぶりの奇跡かな」
 

ひたすら分裂し続けるバンド“ラビット4”。
 
2016年にメジャーデビューした彼らは2017年春に2つに分裂(いちご組・さくら組)、2018年春にはさくら組が2つに分裂して、めろん組が出来、2019年春にはいちご組が2つに分裂して、ばなな組が出来た。
 
そろそろ分裂の時期だよな、今年は5個になるか、あるいは一気に8個になるか、と多くの人が期待?していたのだが、今年は6つになってしまった。
 
いちご組が2つ(男峰・女峰)に別れ、さくら組も2つ(山桜・川桜)に別れたのである。
 
もっともこの○○組というのは、##放送の高柳あつみアナウンサーが命名したもので、正式には6組とも単に“ラビット4”である。
 
そろそろ“ラビット4”という音楽のジャンルが必要ではという声も出てきはじめている。
 

名前の権利はどうなってるのか、ひとりの記者がオリジナル・メンバーの四屋さん(現在は山桜組)に尋ねてみたのだが
 
「その内日本中のアーティストがラビット4になるかもね」
と言って笑っていたので、きっと誰がラビット4を名乗っても許容するつもりなのだろう。
 
「ここまで増えてきたら最後は性転換だな」
と四屋さんは発言したが、誰が性転換するのかについては触れなかった。
 
ネットでは
「ひょっとして四屋さんが性転換して女になって、因幡さん(もうひとりのオリジナルメンバーで現在は男峰組)と結婚するのでは?」
「そしたら全てのラビット4が合体して30人くらいのバンドになったりして」
などという大胆な予想まで出ていた。
 
「まああの2人が結婚するなら四屋さんが奥さんだよな?」
「因幡さんの性転換はあり得なさすぎる」
「四屋さんは超絶情報局で女装して白雪姫してたけど美人だった」
「ああ。あれ見た。凄く自然だったから、この人、その気(け)あるのかもと思った」
 
「いや、そもそもあの2人ホモではという噂あったよ」
「四屋と因幡の2人だけでやってた頃は同じアパートに住んでたし」
と古くから彼らを知る数人のミュージシャンが発言したが、それについて四屋さんも因幡さんも、何もコメントしなかった。
 

“性転換して結婚”というキーワードが4月4日オカマの日に突如話題になった。元は男2人の漫才だった男女漫才“ハルラノ”の鉄也と桜(元:慎也)が4月4日に婚姻届けを提出したことを発表したのである。これでふたりは夫婦漫才になることになる。
 
「抱いてみたら結構気持ち良かったから結婚してみることにした」
と鉄也の弁。
「実はずっと好きだったから、結婚しようと言われた時は涙が出た」
と桜の弁。
 
2人とも結婚指輪を付け、桜は更にダイヤのエンゲージリングも左手薬指につけたのを見せて会見していたが、鉄也は
「こいつの方が俺より号数大きいんだぜ」
と言って笑いを取っていた。
 
「妊娠していますか?」
という記者の質問には桜が
「鉄也が妊娠しています。妊娠4ヶ月のお腹を見せてあげて」
と言うので鉄也がその美事な腹を見せると
「かなり大きくなってますね」
という声も飛んでいた。
 
ネットでは
「本人たちが良ければ良いのでは」
「まあおめでとさん」
「鉄也はもう4−5年前から妊娠中だな」
 
などといったテキトーな雰囲気のお祝いメッセージがあふれていた。
 

トライアル&エラーが再結成を発表した。
 
この再結成に参加したのは、ベースでリーダーだった四島光平、ギターの作音洋介、ドラムスの伍代竜矢の3人で、ピアノの杏堂真一は参加していない。
 
その件について四島は「誘ったが遠慮すると言われた」と述べた。実は杏堂はオリジナルメンバーではなく、デビュー前に解雇された香田という人に代わって事務所が加入させたメンバーだったのである。元々「トライアル&エラー」は、四島・香田・作音・伍代の4人の頭文字をならべると「しこうさくご」になる所から来ている。デビュー時にはそれを「四島光平」で「しこう」にして杏堂を「&」にしてこじつけたのである。
 
杏堂の所にも記者がインタビューに行ったのだが、杏堂真一が女性になっていたので驚いていた。杏堂は堂々と女性になった姿をカメラに曝し、もう既に7年ほど前から女性として暮らしていることも語った。名前も「真一」から「真子」に改名したらしい。そして現在は萌枝茜音の名前で作曲家活動をしていることも語り、萌枝茜音の正体が杏堂だったことも大きく驚かれた。萌枝茜音は現在中堅の作曲家のひとりである。多数の女性アイドルが萌枝茜音の歌を歌っている。
 
「実は中高生の頃から、自分の生徒手帳の「真一」の「一」の上に「了」と書き加えて「真子」にしていたんですよね。厳密にいうと公文書偽造だけど」
 
「ずっと女性になりたかったんですか?」
「物心ついた頃からぞうでしたよ」
と杏堂は語る。
 
「失礼ですが、現在の戸籍上の性別は?」
「女ですよ」
と言って彼女はマイナンバーカードを提示した。性別女と印刷されている。戸籍上の性別を変更したということは、既に性転換手術も終わっているのであろう。
 
結果的に翌日のニュースは「萌枝茜音は元・杏堂真一だった。7年前に女になる」というのが大きく取り上げられてしまい「トライアル&エラー再結成」の方は小さくなってしまった。これについてはその日の内に「四島君たちに悪い」と杏堂本人がツイートしていた。
 

3月20日(金祝)の深夜に石川・富山両県で放送された『金沢ドイルの北陸霊界探訪・幻のワゴン車を追え』は大きな反響を呼んだ。多くの人が指摘したのが
「今回は話がシナリオっぽい」
という点である。それについては、
 
「多分特定の事故から生じたものということにすると、その事故の関係者に批判が集まるので、わざと曖昧にしたのでは」
という意見が多数あった。視聴者もだいたい裏事情をよく分かっているようだ。
 
しかしどうもこの事件は解決したようだというのは多くの人の認識となる。実際ここしばらく幻のワゴン車関連の書き込みが見られず、確かに出没していないようなのである。
 
またデファイユ津幡の様子もレポートされた。年末に完成した体育館で、女形ズとレディ加賀が親善試合(1月に撮影)をしている所、体育館にテニス用カーペットを敷いて、中学生が練習している所なども放送された。実際この冬はテニスでの利用申し込みもひじょうに多かったのである。春には大会があるのに、冬季は屋外のコートではほとんど練習ができない。臨時プールでの日本代表候補の練習の様子も放送された。
 
ジョギングコースも放送され、この放送以降、ここでジョギングする人が急増した。一般の道路と違い、自動車の心配をしなくて済むのが良い。しかも雨雪に関係無く使えるし、コロナ対策で空気の通りをよくしているし、クマ侵入対策までしていたドアは結局全て開放した。またスマホによる予約制にして、ジョギングコースに一定以上の人数が入らないようにした。このため、全てのドアにゲートを設置してQRコード認証で入るようにした(ゲートを飛び越えれば中に入れるがそこは良識に任せる)。
 
体育館の利用料は6-9h/9-12h/12-15h/15-18h/18-21h/21-24h/0-3h/3-6hの各時間帯ごとに個人は220円・グループなら1100円(いづれも中学生以下半額)だが、意外に会社が終わってから21-24hの時間帯に練習に来る人や、朝練で6時から来る人も結構あった。こんな時間帯に使える体育館は他には無いのである。
 
ただし当面は5人以上の団体の利用は不可とし、あくまで個人の利用限定とした。
 
なお体育館地下のスポーツクラブは4月営業開始予定であったが、コロナの影響で開業延期(時期未定)となった。(最終的には出店中止になった)
 

2020年3月22日(日).
 
青葉はK大学を卒業した。卒業式はおりからのコロナ騒動で大幅に縮小され、各学部の総代1名のみが出席。来賓などもなくなり、各総代が学長から卒業証書をもらうところをライブ中継した。
 
桃香・千里も金沢まで来ると言っていたのだが、結局高岡の家で、朋子・青葉・桃香・早月・千里・由美の6人でささやかな祝いの膳を囲んだ。
 
思えば、大船渡時代、幼稚園の卒業式、小学校の入学式・卒業式、中学の入学式には親は来てくれなかった。中学の時なんて制服も用意してもらえなかった。
 
「あんた、お母さん来てないの?」
とか言われて、早紀のお母さんが親切にしてくれたなあ、などと思い出す。しかし高岡に来てからは、朋子母さんが、中学の卒業式・高校の入学式・卒業式と出てくれて、参観とかにも来てくれたし、大学の入学式では、朋子母さんだけでなく、桃姉・ちー姉まで来てくれた。
 
青葉は高岡に来てはじめて“家族”というものを得たと思っている。
 

千里が氷見で買ってきてくれた鰤の刺身を食べながら青葉は、桃香と千里が漫才のようなやりとりをしているのを見て、桃姉はちー姉と結婚しないのかなあ?などと考えて、ちー姉は細川さんがいるから、あくまで桃姉は浮気相手なのかな?などと考える。この2人の関係はいまひとつよく分からない。
 
(青葉は季里子の存在を知らない)
 
しかし京平君はとうとうちー姉と一緒に暮らすよになったし、今年は何か色々な人間関係が動きそうな気がするよ、と青葉は考えていた。
 

卒業式の翌日23日(月)、青葉は〒〒テレビに行き、4月1日から自分の上司になる砂原アナウンサー室長、そして漆野報道部長にあらためて挨拶をした。
 
漆野さんと話していたら、そこに石崎制作部長が顔を出す。
 
「この子は川上青葉としては漆野君の物だけど、金沢ドイルとしては僕の物だからよろしくね」
などと青葉の肩を抱いて(セクハラだと思う。それに濃厚接触!)言っている。
 
「まあ2人分働いてもらえばいいよね」
「それお給料は2人分頂けるんでしょうか?」
「そこはバーチャル・コアということで」
 
そんなことを言っていた時、局のADさんが飛び込んで来た。
 
「すみません。11:40の北國新聞ニュースを読む予定の田代アナウンサーが見当たらないのですが、どうしましょう?」
 
「今日お休み?」
「いえ、朝は見ました」
「どこに行ったんだろう?」
 
「だったら僕が読むよ」
と砂原室長が言ったのだが、漆野部長が止めた。
 
「アナウンサーならここに1人いるじゃん。この子に読ませてみよう」
「え?でも入社前ですけど」
「研修ということで」
「できる?」
と砂原が心配そうに訊く。
 
「はい、読ませて下さい」
と青葉はハッタリの笑顔で答え、スタジオに出て行った。
 

それで原稿を渡されたが、何じゃこの酷い字は?と思わず言いたくなった。でも負けないぞ。
 
もう前読みする時間は無い。ぶっつけ本番だ。
 
キューが来る。カメラに向かって笑顔をつくる。
 
「北國新聞ニュースです」
と言ってから、原稿を読む。
 
「兼六園の桜がそろそろ満開です。今年の春は気温が高めであったことから、例年より早めの開花となっております。今週末は見頃となるでしょうとのことです。早くも兼六園を訪れた観光客たちの中には、徽軫灯籠(ことじとうろう)と桜を両方入れて記念写真を撮る人なども見受けられました。なお新型コロナ感染予防の観点から、座り込んでの飲食、長時間立ち止まっての鑑賞はお控えくださいますようお願いします。ご来園なさる方はマスクを着用し、前の方との距離を2m程度以上空けて散策してくださいますようお願いします」
 
「次のニュースです」
 
と言って次の原稿を読む。
 
「石川ミリオンスターズの選手が白山市の老人ホームを慰問しました。慰問で訪問したのは、山出(やまで)コーチ、矢鋪(やしき)選手、金山(かなやま)選手、荒谷(あらたに)選手、の4人。感染予防の観点からステージと観覧席の間にビニールのシートを垂らし、また席の間隔を広く空け換気を充分した上でのものとなりました。トークショーのほか、キャッチボール、更には女装して水原勇気のものまねパフォーマンスまであり、コロナで外出禁止になっている中、お年寄りたちの歓声や笑い声があがっていました」
 
野球選手も大変ね〜。次はテニス大会の話題か・・・今日はマジでニュースが無いんだなと思ったら、ここでADさんが新たな原稿を青葉の前に起き「代わりにこれ読んで」と小声で言われる。
 
「次のニュースです」
と言ってから、瞬間的に原稿の内容を見て
「事故のニュースです」
と言う。
 
「今朝10時頃、JR西日本動橋(いぶりはし)駅近くの交差点で、軽貨物車とワゴン車が出会い頭衝突する事故がありました。軽貨物車に乗っていた70代の女性が病院に運ばれましたが、意識などはしっかりしているとのことです」
 
ここまで読んだ所でまだ8秒ある。無言は許されない。
 
「皆様もお出かけの際は安全運転にお心がけください。北國新聞ニュース。川上がお伝え致しました」
 
とアドリブで言ったところで時間ジャストになった。
 

砂原さんが拍手してくれた。
 
「難読駅名とか読み方を迷うような氏名とか、よく読んだね。最後の時間調整もうまかった」
 
「徽軫灯籠(ことじとうろう)は兼六園の名物ですし、北陸3県の全駅名、石川ミリオンスターズとツエーゲン金沢の選手の名前は全部頭に叩き込んでおきました」
 
「おお、偉い偉い」
と砂原さんは褒めてくれた。
 
そういう訳で青葉の“初鳴き”は入社前に行われたのであった。
 
(もっともその前に『作曲家アルバム』の取材をたくさんしているのだが!)
 

デファイユ津幡のアクアゾーンは、アリーナの改造が割り込んだので予定より半月遅れの4月17日に竣工。検査も合格して同日ムーラン建設からムーランに引き渡されたが、若葉はコロナの状況が厳しいのでオープンを無期限延期にしている。地下のスパ・リラックスゾーン、2階のショッピングゾーンや宿泊施設もオープンを保留する。ただしここには水泳日本代表候補のメンツが宿泊しているので、そのお世話をするのに最小限のスタッフだけは勤務する。
 
 
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【春牛】(4)