【春想】(3)

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佐織は2月1日(水)-2月28日(火)の間、東京のエヴォンに研修に行くことになっていた。1月28-29日の土日にボニアート・アサドとTKRのセミプロアーティストの貸し切りライブがあり、2日置いて2月1日の日中に東京に移動する。佐織の大学は期末試験が3月上旬に行われるので、この日程で研修が入れられたのである。ノートは友だちに頼んでおいた。ついでに自分のスマホを友だちに預けて教室に入る時に出欠チェック用のボードにタッチしてもらう。ここの大学はこれで出欠を取るのだが、結果的に友人にスマホを預けてこれをやってもらう学生を大量に生み出している。
 
なお連絡用にはその期間、レンタルのスマホを1ヶ月間使用することにした。
 
29日のイベントが終わって、月山オーナーと2人だけで片付けをしていた時に、オーナーが突然ハッとしたようにして言った。
 
「私、うっかり、研修に行く3人、同じ部屋に泊めるつもりでいたけど、マキコちゃん、まだちんちん付いてたよね?」
 
やはりその問題に気付いてなかったのか!
 
佐織は微笑んで言った。
 
「実はタマタマだけじゃなくて、ちんちんも取っちゃったんですよ」
「え!?そうなの?」
「見ます?」
「うん。確認させて」
 
それでいったんお店の片付けは中断して、オーナーの自宅の方に移動し、2階のC室まで行ってから、佐織はスカートとパンティを脱いでそこを見せた。
 
「女の子の形になってる!」
「とっても調子いいです」
 
「これタックじゃなくて?」
「本物ですよ。触っていいですよ」
 
それで使い捨てのビニール手袋(調理用に大量ストックしている)をした上で触られる。わざわざあそこを開けてみる!
 
「本物だ!いつの間に手術したの?」
「実は私も、半分夢でも見ている感じだったのですが」
 
と言って、佐織は正直に、青葉と夢の中で会って、去勢してもらったこと、その後、仙台の街で千里と会って、彼女のホテルの部屋で手術?されてこの形になってしまったことを言う。
 
「どこか痛かったりはしない?」
「全然痛くないです。手術跡とかも無いし」
 
「これ誰かに言った?」
「誰にも言ってません。信じてもらえるとは思えないし。親にも言ってないから知られた時にパニックになりそうですけど」
 
「青葉ってあまりにも強力な霊的能力を持っているから、あの子の周囲では時空が歪んでいるんだよね」
「ああ。歪みは何となく感じました」
「それで時々不思議なことが起きてしまう。でも佐織ちゃん、こういう身体になっても良かった?」
「嬉しくて嬉しくてたまりません。つい、ビキニの水着とかタンガと買っちゃいました」
 
「あれが付いていると、タンガはさすがに穿けないだろうね」
「そうなんです。今まではこぼれてしまっていたんですよ」
 
「でもこれなら、他の女の子と一緒に生活しても全く問題無いね」
「そんな気がします。もっとも私、高校の合宿とかで他の女子と同室になってましたから」
「へー!」
「少なくとも男子と同室にはなれないし」
「そうだよね!」
 
なお、研修に同行するルシアとリズはそもそもマキコが男の娘であったことを知らない・・・と思う。
 
佐織はひょっとして、青葉あるいは千里から手術代金の請求書が来ることはないだろうか?と聞いたが、和実はそれは無いと断言した。
 
「そもそも、それって本物の青葉とか千里じゃないと思うし」
「ああ、やはり?」
 
それで結果的に去勢手術代は使わなかったので借りた32万円を返却したいと言ったのだが、
 
「東京で何か思わぬ出費があるかも知れないし、それ取り敢えず預けておくよ。出張の仮払いということにしよう」
 
と言って、先日佐織が書いた借用証書を出してきて、その場でシュレッダーに掛けてしまった。
 
「それでこちらに戻って来てから、精算して」
「分かりました!」
 
「ルシアとリズが何かお金が必要になった時も出してあげて」
「はい」
「でも領収書を取っておくようにね」
「それは2人にも言っておきます」
 
その後で、和実は「そうそう。忘れない内にマキコちゃんにはこれあげておこう」
と言って、1月分の給料をくれた。
 
「とりあえず3月までは1ヶ月6万円と言っていたけど、マキコちゃんには今月特に頑張ってもらったから色付けておくね」
 
などと言う。封筒の中身を見ると10万円入っている!
 
助かったぁ!「使い込んじゃった」分を母に泣きついて出してもらわなくても済む!!と思って佐織は安堵した。
 

2月1日の朝、佐織はルシア(光恵)・リズ(鈴香)と仙台駅に集合した。月山オーナーも一緒である。そして9時に到着する新幹線で東京から戻ってきたライム(美登利)たち3人を迎える。
 
「お疲れ様。大変だったでしょ?」
と月山オーナーが彼女たちをねぎらう。
 
「ええ。でも楽しかったです」
と美登利は答えた。
 
「それはよかった」
 
駅近くの和食の店で簡単な報告会を開く。向こうのオーナーさんも各店の店長さんや先輩たちも親切で優しく、とても楽しい研修であったと彼女たちは言っていた。
 
ライムはエヴォンに過去に夏休みの間2ヶ月間務めたことがあり、コリンは盛岡のショコラにやはり夏休みだけ務めたことがある。クロミはショコラに約1年間勤めていた。
 
「みなさん凄く意識が高くてびっくりしました」
とコリン。
 
「エヴォンは将来自分でカフェとかレストランとかを経営したいと考えている女の子が多いんだよ。それで凄く意欲が高いよね」
 
「私最初接客時間が長すぎると注意された」
とクロミが言っている。
 
メイドカフェなので客席にオムライスを運んでから、お客様の希望の文字をオムライスに入れるのだが、その時の会話が長すぎると注意されたのだろう。
 
「うん。エヴォンは2分以上お客様と話してはいけないことになっている。長く話すと、それは接待行為とみなされるんだよ。エヴォンにしても、うちにしても飲食店営業だから接待行為は厳禁なんだよね」
 
「ショコラではあまりうるさく言われなかったんですけどね〜」
「うん。あそこはオーナーがアバウトだから」
「ああ、それはあるかも」
 
「でもショコラでも初期の頃、メイド全員にカラータイマーを持たせようかという話もあった」
「ウルトラマン?」
 
和実は実はショコラの創業以来のスタッフだった。
 
「そうそう。それではメイドカフェではなくて、ウルトラマン・カフェになっちゃうということで、その案はボツになった」
 
「なるほどー」
「それも楽しい気がするけどね」
 

一通りの報告を受けた所で、美登利が3つまとめたマンションの鍵を佐織に渡したので、佐織は光恵と鈴香に1個ずつ渡した。
 
それで11:30の《はやぶさ》に乗り、3人は東京に出た。上野駅で降りて山手線で移動し、神田店に入る。ここが都内に3店あるエヴォンの中でいちばんオーソドックスな営業をしているし、だいたいオーナーの永井さんか、奥さんで元メイドの麻衣さん(メイド名もも)がここに詰めているというのもあり、最初の一週間はここで勤務することになっていたのである。
 
この日は麻衣さんが詰めていて歓迎してくれ、簡単にシステムの説明を受けた。その後、神田店チーフを務める秋菜さんから制服を渡され、簡単な応答の練習をする。それで即お店に投入された。
 
光恵と鈴香はショコラに過去に務めたことがあるが、佐織はこの手の店が初めてである。しかし高校時代に普通のカフェに勤めていた経験で、何とかうまく対応できる。普通のカフェと違う所はフロアスタッフと調理スタッフが分離されておらず、基本的には注文を受けたメイドが自分でコーヒーやオムライスを作って客席に持っていき、オムライスの文字とかを入れることである。またスタバなどのように自動でエスプレッソを入れるのではなく、全てが手作業になる。なお、一部のメイドは注文と給仕だけをするが、佐織たち3人は調理までする前提で作業に入った。
 
3人がお店に到着したのが13時半頃、店内のオペレーションに投入されたのが14時すぎで、お客さんの少ない時間帯でまず慣れてもらおうということのようであったが、結果的にこの時間のお客様の対応をほぼこの3人でやることになる。しかし光恵や鈴香が戸惑っている所を佐織がうまくカバーして何とか回していったので、レジの所に座って見ていた秋菜チーフが感心していたようである。
 
もっとも佐織は未経験で、光恵や鈴香は経験者なのだが!年齢も佐織は他のふたりより10歳近く若い。
 
なお、エスプレッソを作る時にいちばん難しいタンピング(抽出の前に粉を圧縮する作業)は3人とも1発で合格と言ってもらった。カフェラテのラテアートについては、佐織だけができたので、今日の所は佐織が全員の分を作ってあげた。光恵と鈴香は個人的に材料費を払って練習すると言ったのだが、秋菜は「常識的な範囲では仕事の練習するのにお金を払う必要は無い」と言って、2人にまずは簡単な形のものを何度も練習させてくれた。
 

この日は19時であがって、マンションに帰還する。マンションは吉祥寺の住宅街にある3LDKのマンスリーマンションで、3つの個室を3人でひとつずつ使用することになっている。光恵が朝に弱いという話だったので、夜23時までには寝よう、というのも話した。
 
「ところでですね」
と鈴香が言った。
 
「佐織ちゃんは実は男の娘なのではという噂もあるのだけど」
「あははは」
 
性別のことはオーナーたちに言った他は、他のスタッフには話していなかったのだが、どこかから漏れたのかも知れない。カウントダウンやボニアート・アサドの最初のライブで手伝いに入っていた伊藤さんあたり怪しいよな、などと佐織は思った。いかにも口が軽そうである。
 
佐織はバッくれることにした。
 
「私、性格が男勝りだから、時々誤解されることあるんだよ。でも正真正銘の女だよ。何なら、あそこ見せようか?」
 
「うん。見せて」
 
それで佐織はスカートとパンティを脱いで、あそこを2人に見せた。
 
「本当に女の子だね!」
「ごめんね。変なことで疑って」
 
「お詫びに私のも見せてあげるね」
と言って鈴香もスカートとパンティを脱いでしまう。
 
「だったら私も」
と言って光恵も脱いだ。
 
「私たちお互い、確かに女であることを確認したね」
「まあ、銭湯とかに行っても分かったことだけどね」
「ああ。銭湯に行ったようなものか」
「何ならお風呂一緒に入る?」
「さすがに3人で入るには狭すぎる気がする」
 

バスケット日本男子代表は12月に68名もの強化選手を発表し、その内の50名を12.11-13あるいは12.18-20の合宿に参加させた。そして1月17日は30名の選手を発表して1.23-24あるいは1.30-31の合宿に参加させる。その上で1.31日に最終的に15名に絞った日本代表を発表した。貴司はこのメンバーに選ばれていた。
 
このメンツでの試合は2月10-11日に札幌でイランを迎えて国際強化試合が行われる。貴司は10日の試合では第2ピリオドに出て得点に絡み、日本に流れを呼び込む活躍をしたものの、11日の試合では一度も出番が無かった。
 
そして・・・結果的にはこの大会が貴司が日本代表として出場した最後の公式試合になってしまったのである。
 

女子のWリーグはオールスター後の1月21日からリーグ戦が再開され、2月7日、レギュラーシーズンは終了した。
 
今季のレッドインパルスはリーグ戦では19勝8敗で、27勝0敗のサンドベージュ、20勝7敗のブリッツレインディアに次ぐ、3位の成績に終わった。
 
最終的な優勝者を決めるプレイオフが2月18日から始まるが、その前に2月17日、WリーグAwardが開かれ、今季レギュラーシーズンの成績優秀者が発表された。
 
まず各部門別成績であるが、サンドベージュの夢原円が得点・リバウンド・ブロックショットの3部門を独占、エレクトロウィッカの武藤博美がアシストとスティールを獲得する。フィールドゴール成功率はフラミンゴーズの大野百合絵、フリースロー成功率はエレクトロウィッカの花園亜津子と千里が分け合い、そしてスリーポイント成功率は千里が取った(亜津子は僅差の2位)。
 
ベスト5は、武藤博美、村山千里、大野百合絵、湧見絵津子、夢原円と発表される。そしてレギュラーシーズンMVPは優勝に貢献したサンドベージュの夢原円、ルーキー・オブザイヤーには千里が選ばれた。
 
取り敢えずここに選ばれたのは全員リオ五輪のメンバーである。
 

「千里、ルーキーとして表彰されてたけど、確か去年もいたよね?」
「いや確か10年くらい前から居たはず」
 
などと言われたのはいつものことである。
 

青葉は2月10日(金)に期末試験が終わると、東京に出てきて、アクアの次のCDの制作の指揮を執った。アクアの制作は一応青葉がプロデューサー、KARIONの和泉さんがディレクターを務めて今後制作していくという方針が固まっているのだが、その和泉さんは現在KARIONのアルバム制作(4月上旬発売予定)で多忙なので、結局、青葉とゴールデンシックスにも参加していた長尾泰華さんの2人で進めることになった。
 
泰華さんはKARIONのツアーアーティストを何度もやっており、和泉とは旧知である。青葉も何度かライブで一緒になったことがあるのだが、青葉は泰華が男の娘であることを知らない。
 
今回収録する曲は『星の向こうに』(岡崎天音作詞・大宮万葉作曲)と、『ナースのパワー』(葵照子作詞・醍醐春海作曲)の2曲である。
 
基本的には青葉が楽曲の品質面を管理し、制作そのものに関しては慣れている長尾さんが見て行くという形で進められた。
 
エレメントガードに加えてスタジオミュージシャンを6人入れており、重厚なサウンドが作られていくが、みんな上手いのですいすいと制作は進んだ。
 
このCDは3月22日に発売予定である。
 

「そういえば龍ちゃん、この時期は受験勉強とかしなくていいの?」
と青葉は心配して尋ねた。
 
「いえ、もう合格通知もらったんですよ」
「ああ、それは良かった! 早いんだね」
「ええ。公立は3月に入ってから入試なんですけど、私立の推薦は1月中に結果が出るんですよ」
と龍虎は言う。
 
「へー。どこの高校に入るの?」
「東京北区のC学園です。XANFUSの音羽さんとか、スリファーズの方々とかの出身校なんですよ」
 
「え?C学園、共学になったの?」
とエレメントガードのヤコ(槍田湖寿絵)が言う。
 
「私、そのC学園の出身なんだけど」
「わっ先輩でしたか!」
と龍虎も驚いて言う。
 
「実は今年の春から、高等部の芸術科に限って、男子を最大3人入れることになったんですよ」
「そうなんだ!」
 
「音楽関係で実績のある人ということで、他に入る2人はあちこちのコンクールに入賞経験のある人とかで。そんな中にボクみたいなのが入っていいかなと思ったんですけど、クラシックだけでなくポップス系も受け入れるということで」
 
「へー。じゃ普通科は女子のみ?」
「そうなんですよ。クラス編成は普通科も芸術科も混合なんですけどね」
「なるほどー」
 
「ボクがそこに入ることにしたと言ったら、中学の友だちが2人、1人だけでは寂しいだろうから、自分たちもそこに行くよと言って、普通科で一般入試ですけど、受験してくれたんですよ。彼女たちも合格しました」
 
「それは良かったね!」
「友人がいると心強いです」
 

「だけどC学園の制服って凄く可愛いですよね〜」
などと龍虎が言うと、エレメントガードのエミ(柿田江美)が尋ねる。
 
「やはり龍ちゃんも、あの制服着るの?」
 
すると龍虎は一瞬「あっ」といった感じの表情をした上で答える。
 
「いくらボクでもスカートの制服は着ませんよ〜」
 
するとみんなが
「いや、アクアはスカートを穿いても平気なはず」
と言う。
 
「じゃ男子制服ができるの?」
 
「人数が少ないので、男子制服は作らないらしいです。ですから、学生らしい服装ならいいよということでした」
 
「なるほどね〜」
「中学の時の学生服で通おうかなあと思っているんですけどね」
「女子制服着ればいいのに」
 
「女子制服着てもいいよとは言われましたけど、さすがにボクが着たら変ですよ〜」
 
「いや、絶対変じゃない!」
ということでその場の意見が一致した!
 

実を言うと、1月下旬に合格発表があり、すぐに入学手続きをした後、入学のための案内資料と一緒に2月19日(日)に制服採寸会という案内も送られてきていた。むろん、それは女子制服の採寸会だろうから、自分は関係無いよな、と龍虎は思っていた。
 
ところがその日の朝、友人で一緒にC学園に入ることになった彩佳と桐絵が龍虎の自宅に来て誘う。
 
「龍〜、制服採寸会に行こうよ」
「ボクは別に行かないよ」
「だって今日頼まないと、オリエンテーションに間に合わないかも知れないよ」
「いや、制服採寸会って、女子のでしょ?ボクは関係無いし」
「そんなことは無いよ。生徒手帳にプリントする写真も撮るって書いてあったでしょ?」
 
「え?そうだっけ?」
 
慌てて案内を見ると、確かにそんなことが書いてある!
 
「分かった。じゃ、写真だけ撮りに行くよ」
「ついでにちゃんと制服の採寸」
「それは必要無いって!」
 

それで龍虎は彩佳たちと一緒に採寸会の会場に行くことにした。
 
「でも採寸会って女の子たちの採寸してるんでしょ?男のボクがその会場に入ってもいいのかなあ」
 
「龍ちゃんは女子更衣室に居ても何も違和感無いから、大丈夫」
「それはそうかも知れないけど」
 
それで電車で赤羽駅まで行き、駅近くのショッピングモール内に設置された特設会場に行った。モール自体の開店と同時に入ったせいか、まだ会場には誰も来ていなかった。受付で採寸に来たと彩佳が告げる。それで彩佳と桐絵が記名する。
 
「君は?」
と龍虎が訊かれたので
「生徒手帳の写真だけ撮りに来ました。制服の採寸は不要です」
「ああ、お姉さんからもらうか何か?」
「そういう訳では無いのですが」
 
ともかくも記名してというので、送られて来ている資料に記された管理番号とタシロ・リュウコという名前の読みを書き込む。
 

それで会場内に入るのだが
 
「はい、こちらに来て」
と言われて3人各々に洋服屋さんのスタッフさんかなと思う人が寄ってきて、別の方角に連れて行かれる。そして身体のあちこちをメジャーで測られる。
 
「あのぉ、ボク別に制服は作らないんですが。写真撮影のためだけに来たんですよ」
と龍虎は係の人に言う。
 
「あ?そうなんですか?でも写真撮影のために、いったん試着用の制服を着てもらうので。そのために合わせる制服のサイズを確認するのに採寸が必要なんですよ」
 
「ああ、なるほど」
 
「作る必要が無い場合は、後でその旨言ってください」
「分かりました!」
 
それで、結局
「この服で合うと思うけど、試着してみて」
と言われ、試着室に入ることになる。
 
ちょっと待って。やはりこれ女子制服じゃん。これを着て写真撮るの〜?と思ったものの、試着せずに出て行って事情を説明する自信が無い。それで結局「まいっか」と思って、その女子制服を着てみた。着ていたセーターとシャツにスリムジーンズを脱ぎ、ブラウスを着てスカートを穿き、ブレザーを着る。ちょっと胸がきついなと思う。実は龍虎はドラマの撮影の都合でブレストフォームを貼り付けたままにしているのである。
 

「試着してみました」
と言って外に出て行くが
「あなた、胸の所がきつそう」
と言われる。
 
それでひとつバストの大きなサイズのをもらってまた試着室に入り着換えて来た。
 
「ああ。これでいいね。じゃこのサイズで作るね」
「はい、よろしくお願いします」
 
よろしくお願いしますって言っちゃったけど、ボクこれ着るハメにならないよね?などと思っている。確か後で注文しないと言って下さいと言われたので、後で言えばいいかと思う。
 
そして
「ここ座って」
と言われるので、ライトブルーの幕の前に椅子が置かれている所に座る。
 
何だろう?
 
と思ったのだが、どこかで
『笑顔作って』
という聞き慣れた声がした気がした。
 
それで龍虎は営業用のスマイルをする。
 
するとその瞬間パッ!とフラッシュが焚かれ、どうも写真が撮られたようである。
 
「お疲れ様でした!脱いでいいですよ」
と言われるので、龍虎はまた試着室に入って、制服を脱ぎ、着て来た服に着替える。それで
 
「はい。これ管理番号です」
と言われて、なにやら伝票のようなものを渡された。それで龍虎が、制服は実際には製作不要というのは、どこで言えばいいんだろう?と思っている内に、彩佳と桐絵が寄ってきて
 
「終わった?」
と訊く。
 
「うん。写真撮影した。でも制服は実際には作らなくてもいいというのは、どこで言えばいいのかな?」
と龍虎は言った。
 
「それはもちろん」
「もちろん?」
 
「龍はちゃんと制服を作ってもらえばいいと思いまーす」
「賛成ー!」
 
「え〜〜!?」
 
「でも龍、中学の時もちゃんと女子制服持ってたじゃん」
「あれは夏恋さんに乗せられて」
「でも女子制服、ちょっと着てみたくない?」
と彩佳が誘惑するように言う。
 
「着なくても持ってていいかな・・・」
「そうそう。それで行こう」
 
と言われて、結局龍虎は、制服は作らなくてもいいと言うのは言わずにそのまま会場を出てしまったのであった。
 

龍虎たちが出て行くのと入れ替わりくらいにやってきた生徒が居た。
 
「あれ?あれって、まさか大人気アイドルのアクア?」
などと独り言のように呟いたものの。
 
「まさかね〜。C学園は女子校なんだし。アクアが性転換したなんてニュースも無いし」
と言って、受付の所で管理番号と名前を記入する。
 
「タナカ・ナルミちゃんね。こちらにどうぞ」
と言って、係の人が連れていき、採寸する。
 
「身長169cmかな。背が高いね。スポーツか何かしてた?」
などとスタッフの人が訊くので、
 
「いえ別に。私そんなに身長高い方じゃないと思いますけど」
「そう?中学は身長の高い子が多かったのかな。女子で169cmは割と背の高い方ですよ。でもよかった。そのくらいの背丈まではサンプルの用意があるんですよ」
 
と言って、多数の試着用の服が掛かっている中の一番端にあるものを取ってきてくれる。
 
「いや、私男子だから。中学の時は前の方から数えた方が近かったですよ」
と成美は言っている。
 
「あらあら。男子だなんて。あなた、男勝りの性格なのかな?」
 
「いや、戸籍上男子なんですけどね。あ、スカートはもう少し丈のあるものありません?」
 
「ごめーん。これがいちばん長い。でもちゃんとあなたの足の長さに合わせて作るからね。この長さだと膝上になって違反になるもんね」
 
「校則上は膝下ってなってますけど、実際問題としてどのくらいまではお目こぼしされるんですかね?」
「それは何とも言えないけど、たぶん2-3cmくらいは許容範囲じゃないのかなあ。女子でもたまに高校になってから背が伸びる子いるしね」
 
「僕は男子だから、これ以上は伸びないかも知れないなあ」
「男子のほうが高校になってから伸びる子多いけど。でもあなた面白い子ね。しっかりした感じだから、男の子っぽい言い方も似合うし」
 
「いやだから私男ですから」
「はいはい。了解しましたよ」
 
とスタッフさんは言って、成美の採寸を終えた。
 
「じゃそちらで生徒手帳用の写真を撮りますから。写るのは上半身だけだからスカート丈が短くてもいいからね」
 
「分かりました」
 
それで田中成美は採寸と写真撮影を終え、制服を脱いで、来る時に着てきたセーターとスカートを身につけると会場を出た。
 

制服採寸会(兼生徒手帳用写真撮影会)は、10時のモール開店から、夕方17時までだったのだが、その17時近く、ギリギリになって飛び込んで来た男子生徒がいた。
 
「すみません。撮影会まだやってます?」
と受付の所で訊く。
 
実は龍虎同様に、制服採寸会と一緒に生徒手帳の写真撮影をするということに気付いていなかったのである。C学園に進学する旧知の友人女子から「忘れてないよね?」という電話があり、慌てて家を飛び出してきた。
 
「えっと・・・ここはC学園高校の制服採寸会・写真撮影会の会場ですけど、あなた、どちらの高校?」
 
と受付の人が訊く。女子校と思っていたので、男子生徒が飛び込んでくるのは想定外である。
 
ちなみに、龍虎も成美も、お店のスタッフからは何の疑いもなく女子と思われていた!
 
「間違いなくC学園です。この春から芸術科に限っては、男子も若干名入ることになったんですよ。でも僕は男子なので女子制服は着ませんから、採寸は無しで、写真撮影だけして欲しいんですが」
 
と武野昭徳は説明した。成美は問題外として!龍虎もこのように説明すれば良かったのである。
 
「あら、そうでしたか。分かりました。撮影の服はどうします?制服を着ますか?」
 
どうも係の人も若干混乱しているようである。
 
「僕は男子なので女子制服は着ません。今着ている学生服で撮影して頂けませんか?」
 
「分かりました。こちらへ」
 
それで係の人が昭徳を撮影ブースに連れて行き、そこで写真を撮ってくれた。中にはまだ採寸をしている女子が数名いたので、男子が入って来たのに、え?という顔をしていたものの、着衣の状態で採寸していることもあり、特に声をあげたりする子は居なかった。
 

2月18-20日。
 
Wリーグプレイオフの準々決勝が行われ、3位レッドインパルスは6位のビューティーマジックと対戦した。しかし第1試合を73-54で落としてしまう。第2試合で頑張って勝ったものの、第3試合は激しいつばぜり合いの末、2点差で敗れてしまい、準決勝に進出することができなかった。
 
千里は敗戦のショックでコート上に座り込んでしばらく立てなかった。
 
準々決勝の結果は下記の通りである(括弧内はレギュラーシーズンの順位)。
 
FR(8)×−○SB(1)
FM(4)×−○EW(5)
BB(7)×−○BR(2)
RI(3)×−○BM(6)
 
準決勝は2月25,26,28日に行われ、ブリッツレインディアがビューティーマジックを倒し、サンドベージュがエレクトロウィッカを倒した。
 
(この試合が花園亜津子のWリーグでの最後の試合になった)
 
そして3月8,10,12日に行われた決勝戦ではサンドベージュがブリッツレインディアに3連勝して今年の優勝を決めた(第4,5戦は中止でチケット払い戻し)。
 
サンドベージュの優勝は9年連続である。
 
プレーオフのMVPには夢原円が選ばれた。レギュラーシーズンMVPとの2冠である。
 
なお、レッドインパルスは準々決勝敗退チームの中で最高勝率ということで、今年は5位ということになった。
 

2月20日(月)
 
和実が頼んでいたフランス製の家具(椅子・テーブルおよび若干の調度)と壁や天井に貼り付ける板が到着した。
 
それで業者さんに頼んで、その装飾板を貼り付ける工事をしてもらおうとしたのだが・・・
 
たまたまこの日こちらに来ていた紺野君が待ったを掛けた。
 
実は紺野君は、さすがに臨月で動けない若葉に代わって「和実がどうも暴走気味だから、ストッパーになってあげて」と言われて、こちらに来ていたのである。
 
「この客室は音響効果を考えて、吸音板とかを壁に貼ってるじゃん。その上にこの壁板を貼り付けたら、絶対音響が悪化すると思う」
 
「う・・・。でも私はここをアールヌーヴォーにしたい」
と和実は言う。
 
「何ならシミュレーションしてみようか?」
 
と言い、送られて来た板を1枚持って仙台市内の大学(若葉のコネ)に行き、その板の音響的な性質を測定してもらった。その上でコンピュータ上で現在のクレールの音響状態と、この板を貼り付けた時の音響状態をシミュレーションしてもらう。
 
その音の響きを聴き比べる。
 
「これひどーい」
と和実自身も言った。
 
「だからこれ貼るのは無しにしよう」
「でも今のままじゃ殺風景だよぉ」
と和実は半分泣き顔で言う。
 

「そうだなあ・・・」
と紺野君が腕を組んで考えていた時、同席していたライムが言い出した。
 
「この壁板の模様をですね。今貼ってある吸音板に描き移しちゃったらどうでしょう?」
 
「え〜〜〜!?」
と和実やクロミが声をあげるが、紺野君は「おぉ!」という声をあげた。そして大学の助手さんに尋ねる。
 
「吸音板にペイントした場合、吸音効果って落ちます?」
 
すると助手さんは答えた。
「使用する塗料と塗り方によります」
 
助手さんが言うには、そもそも吸音効果を落とさないタイプの塗料があるということ。そしてそれを刷毛(はけ)で塗ってはいけないこと。吹き付ける必要があること。
 
「吹きつけなら、マスキングしてそこだけ色が入るようにしてやれは模様も出せますよね?」
「はい。物凄く手間がかかりますけど」
 
「和実ちゃん、それやろうよ」
「だけど、この壁板の模様を勝手に描き移すのは、著作権問題無い?」
 
「作ったのはフランスの工房だもん。バレないって」
 
つまりバッくれるのか!?
 
和実は「はぁ」と大きな息をつく。
 
「この壁板、2万ユーロ(約240万円)もしたのに!」
「でもそれで音響を悪くするのはもったいないもん」
「それに和実、今客室に貼り付けている吸音板の価格は作業賃込みで
1000万円だったよ」
「そんなにしたんだったっけ!?」
 

万一、フランスの製造元にバレるとまずいから、ごく内輪でやろうかなどと話し、誰かこっそり描き移しの作業を頼めるような人がいないかなと言ってごくごく親しい知り合いに照会しようかとしていたら、会計の金子さんが
 
「私の後輩で、東京の武蔵野美大に行った子がいるんですけど、話してみましょうか?」
と言い出した。
 
「武蔵野美大なんて、エリートじゃん!」
 
それでちょうど大学が春休みに入っているということで、その人に来てもらい、実際の壁板も見てもらった。
 
「これを参考に、私の独自デザインで描いてもいいですか?」
と彼女は言った。
 
「あ!その方がいいかも!」
と紺野君が言う。
 
それなら著作権問題は生じない。
 
それで彼女に参考デザイン画を1枚描いてもらった。
 
「そうそう!こんな感じのが好きなんです!」
と和実は嬉しそうに言った。
 
それで彼女にお願いすることにした。
 

彼女は実際に吸音板の効果を落とさない塗り方をちゃんと知っていた。1枚試しに塗ってもらい、それを大学の研究室に持ち込んでチェックしてもらったところ、元の吸音板よりかえって吸音効果が高くなっているという測定結果が出る。
 
「すごーい」
「じゃこれでお願いします」
 
ということになる。工賃に関しては、前金、中間金、完成時の3分割で払うことにした。なお彼女は実家が岩沼市ということで、そこから毎日通ってくることができる。
 
壁に貼り付けてある吸音板は(紺野君が)数えてみると全部で342枚あることが分かった。だいたい2枚単位で塗っていくということで、作業時間はおそらく170時間程度とのことである。平日に毎日8時間作業して22日掛かるので、ちょうどグランドオープン前に仕上がることになる。
 
「あのぉ、報酬は吸音板1枚あたり3万円、全部で1026万円とかでもいいですか?塗料とかマスキングの素材の価格別で」
と紺野君が提案してみたら
 
「そんなにもらえるのなら嬉しいです!来年分の学費が稼げる!」
と喜んでいたので、美大ってやはりお金が掛かるようだ、と彼は思った。
 
実際の作業は友人と2人でやりたいということであったが、きちんと統一感を守ってくれるのなら分担は問題無いとお返事した。
 
なお、吸音板1枚の面積は0.72平米なので平米あたりの単価は4.2万円になるが、材料費も入れると多分5万円を越す。
 
ということで早速明日から作業してもらうことにし、報酬は前金で300万円、半分くらいできあがった所で300万円、完成した所で残額払うものとし、交通費として5日分のガソリン代2500円と、材料費は週に1回精算することにした。
 
しかし結果的にここの客室の壁には吸音板1000万円と塗装代1000万円の合計2000万円掛かることになった(その他にヘーベルで200万円くらい掛かっている)。
 

「ところで天井はどうする?」
 
「提案。天井は1色で塗ってしまう」
と紺野君。
 
「それに賛成」
と淳。
 
和実は若干不満があるようだったが、天井まで凝っていたらオープンに間に合わないということで、そこは妥協することにした。
 
しかしこの天井に関しては和実が好みだというダークブラウン系の色で彩色すると客室の明るさが減り、雰囲気が良くないということが判明。結局色は塗らずに、天井板の素材そのままにすることになってしまった。
 
和実は物凄く不満そうであった。
 

青葉は2月下旬は結局ずっと東京に滞在した。アクアのCD製作の後、フェイと桃香の妊娠メンテの問題があったし、特にフェイはもう目が離せない状況になっていた。千里がWリーグの方が早めに終わったのをいいことに、青葉と千里が交代で常時フェイのそばについてずっとモニターしていた。ほんの数分でも目を離すと、危険が生じる可能性もあったのである。
 
青葉と千里は、3人の父親、朝倉医師・大間医師・松井医師と合議の上、3月3日に胎児を帝王切開で取り出すことを決めた。
 
「これ以上の妊娠維持は困難ですよ」
と大間医師も言っていた。
 
「まあここまで無事来れたこと自体が奇跡だよね」
と朝倉医師も言った。
 
「でも雅希ちゃん、当然出産の場に立ち会いたいよね?」
「立ち会いたいです」
 
「でも僕たち3人が妖精ちゃんの出産の時、廊下にいたら、僕たちの誰かが父親だって分かっちゃうよね」
 
「なんかうまい手が無いかなあ」
 

と言っていた時、丸山アイが提案した。
 
「木を隠すには森って言うじゃないですか」
 
「おっ」
 
「たくさん廊下に人間を並べればいいのか」
「男女とりまぜてたくさん」
「女子をたくさん並べるのが大事だよな」
「だから無関係の人たちもたくさん集める」
「すると、もう誰が父親か分からない」
 
「よし。そういう話に乗ってくれそうな人に声を掛けまくろう」
 

そういう訳で、3月3日の帝王切開実行の日、その前日の説明会にはたくさんの“無関係者”が集まり、誰が父親なのかの隠蔽に成功した。フェイとは《同じサークルの仲間》と言っている、丸山アイ・ヒロシ・鹿島信子の3人が手術室に入り、特にアイとヒロシは生まれたての赤ん坊を抱っこした。信子は雅希の代理である。
 
雅希は廊下に大勢の無関係の人たちと一緒に座り、祈るような気持ちでその瞬間を待った。おぎゃー!という声が聞こえた時、フェイの両親がみんなに頭を下げる前に、彼女がほっとした顔をしたのに気付いたのは、フェイの妹・愛美だけであった。
 
(愛美はフェイこと真琴が男か女かハッキリしないもので、長女と呼ばれたり次女と呼ばれたりハッキリしない状態で育った。ただ戸籍上は最初から長女であった。今回、真琴が性別を変更し戸籍を独立させたので、実は真琴も愛美も長女になった)
 
なお生まれた子供は3人の父親(アイ・ヒロシ・雅希)の話し合いで歌那(かな)と名付けられた。
 

3月11-12日(土日)には、ローズ+リリー、KARION, XANFUS, ゴールデンシックス及び§§ミュージックのアイドルたちが、宮城ハイパーアリーナで復興支援ライブをやった。2日とも午前中にアクアが登場するので、このチケットは抽選方式で競争率20倍。12日午後のローズ+リリー他4組のチケットも30分で売り切れ、11日午後の§§ミュージックのアイドルたちのチケットもお昼までには売り切れた。
 
キャパ7000人、PA・照明や見切席を除いて6800人の会場を使用しているので、27200枚×6000円=1億6320万円という“チケット売上げ”の全額が宮城・福島・岩手3県に寄付される。チケットの販売費用、イベンターさんや警備員の経費、会場代、著作権使用料などは、ケイ、マリ、和泉、千里の4人が個人的に負担するが、TKRの社員さんたちがボランティアで多数入ってくれたので、ひじょうに助かった。
 
(なお会場内で販売しているグッズやCDの売上げは寄付の対象外だが、実際には一部寄付が行われた)
 

この3月11日には、若葉が東京都内に作った《トレーラー・レストラン》ムーランが開店したが、若葉本人は「お店を開店させる日に赤ちゃんを産むんだ」と言って、入院しており、実際にこの日、自身の2番目の子供である若竹(なおたけ♂)を産み落とした。
 
それで実際のオープニングイベントには、ムーランの常務である和実が仙台から出てきて、若葉の謝辞を代読したり、テープカットのイベントをしたり、そして実際のお店の運営の指示をしたりした。
 
(紺野君も病院の方が落ち着いたら出てきてくれた)
 
ムーランのスタッフがまだ客対応などに十分慣れておらず、そもそも想定以上に客が詰めかけてきたため、和実はエヴォンの永井オーナーに頼んでエヴォンのメイドたちをムーランの客対応や調理などにも投入した。
 
永井も当面はムーランの運営に協力していいと言ってくれた。
 

3月11-12日に、クレールでは日中はまたボニアート・アサドのライブとTKRのアーティストのジョイントライブをやっていた。
 
ボニアート・アサドはまだデビュー前なのに、仙台の中高生・大学生に物凄い人気になっているようである。
 
そちらはもう何度もやっているので、和実が居なくてもライムとマキコが中心になってきちんと運用していたようである。
 
和実本人は、東京でムーランの開店で忙しかったため、結局12日夕方に仙台に戻って来た。
 

千里は3月3日にフェイの子供出産(子妖精遊離?)に立ち会った後は、チーム練習などが自然休止になっているので、玲央美たちと日々基礎練習をしていた。
 
11-12日には仙台で冬子たちの復興イベントに参加する。自分で言い出してゴールデンシックスを参加させたので、千里もゴールデンシックスの1人として出演し、ついでにKARIONとローズ+リリーの伴奏にも参加した。
 
イベントが終わった後は出演者の中で30人ほどのメンバーがクレールに移動し、そこで打ち上げをした。
 
クレールはこの日の日中、椅子だけを並べてTKRのアーティストのジョイントライブをしたのだが(この日はTKRのスタッフは全員ケイたちの復興支援ライブに行っていたので、クレールのライブの方は、ボニアート・アサドが所属するζζプロのスタッフが代理で運用してくれた)、そのあと和実たちはその椅子を撤去して、床だけの状態にした。
 
打ち上げに参加する人数がよく分からなかったことと、クレールのクルーがイベントの後で疲れており、月山家の部屋からテーブルを運び込むだけの体力が無いということで、風花と千里が話して床だけの状態にしたのである。
 

また、お酒を飲みたいメンバーが当然たくさん居るが、クレールは営業形態上、酒類提供ができない。それで単にクレールの場所を借りるだけという形式を取る。食べ物や飲み物はほとんど持ち込みである。一部TKRのイベントで残ったジュース類を千里が買い取った上で、自分の持ち込みということにして提供してくれた。
 
メイドさんたちの大半は昼間のイベントだけで既に帰しているので、和実(赤ちゃんの希望美も一緒)と胡桃が対応してくれたが、千里も手伝っていた。千里が手伝っているので、長尾泰華と花恋も手伝う。風花もヘルプに入ろうとしたのだが、相沢海香につかまってしまい、ふたりで話し込んでいた。
 
「このウィンナーはお店の物では?」
「後で精算しておくから問題無い」
と言って、どうもちゃんと伝票を切っていたようである。
 
なお、このお店は基本的に禁煙ということであったが、和実が
「これなら吸っていいよ」
 
と言って、新型電子タバコのプルームテックを吸いたい人に配っていた。この配る原資は「赤ちゃんのいるお母さん同盟」で千里が出したらしい。そもそも千里はこのクレールに出資したという話も聞き、冬子たちが驚いていた。
 
結局、クレールの株主構成は、和実51%、淳21%、若葉19%、千里9%となり、資本金3000万円に増資したらしい。
 

途中で、イベントが終わった後仮眠していたというマキコが起きてきてヘルプに入った。和実が
 
「この子のラテアートは私のとはまた違って可愛いんだよ」
と和実が言うので、頼む人が出る。
 
それで猫、熊、羊、犬、ライオンなどの顔を自在に作って出すと
 
「すごーい」
と言って、写真に撮っている人もいた。きっとinstagramやmixiなどにあげるつもりだろう。
 

「そうだ、千里さん、後でよかったら少しお話がしたいんですが」
とマキコが言うので
 
「うん。じゃ後でね」
と千里は約束していた。
 
それで打ち上げが終わった後、店舗2階の楽屋に入って、話を聞いたのだが、最初の青葉に夢の中で去勢してもらったという話には
 
「ああ」
と言っていた。
 
「それは青葉の確信犯(誤用)だな」
などと言っている。
 
「あの子、おせっかいの焼きすぎなんだよ」
「だったら、あれ本当の青葉さんだったんですか?」
「今度会った時訊いてごらんよ。きっと『ごめーん』とか言うから」
「いや私は去勢してもらって良かったんですけどね」
 
それでその後、千里に会って、性転換されちゃったということを言うと、千里は笑っていた。
 
「それはたぶん誰かが私の姿を勝手に借りてやったんだよ」
「それは千里さんじゃないんですか?」
 
「なんか似たような話が時々あるんだけど、私の姿って真似しやすいんだよ。このくらい髪が長い人はみんな私に見えてしまう」
 
「あ、それはあるかも」
 
「私が東京にいる時に、誰かが私の格好して、沖縄で人に御飯食べさせていたり、北海道で人を車で送って行ったり、金沢で女の子になりたがっていた子を性転換したりしてるんだよね〜」
 
「御飯食べさせるのも、性転換しちゃうのも同レベルですか!?」
 
「まあ余計な親切かもね」
「いえ。私は助かりました。だって、私バイクの趣味でたくさんお金が掛かって、いつ性転換手術代貯められるか、見当もつかない状態になってしまったので」
 
「ああ、そういうお金のかかる趣味を持つと辛いね。性転換手術代って高いし」
「そうなんですよね〜」
 
千里は青葉が手術代を請求することはありえないし、千里の振りをしたどこかの誰かさんが代金を請求してくることもあり得ないと断言した。
 
「私の本物と偽物の見分け方1」
「はい?」
「私は微かに乳の匂いがする。偽物はしない」
 
「あ・・・何か臭うけど、牛乳を服にこぼしたのかと思いました」
「私、一昨年子供産んで、まだその子が完全にはおっぱい卒業してないから、おっぱいが出るんだよ。一応デオドラントの乳パッドしてるけど、どうしても完全に臭いをカットすることはできない」
 
と言って、ブラジャーの中から乳パッドを取りだしてみせる。
 
「臭いかいでみる?」
と言って手渡す。
 
「ああ。この臭いをさっきから微かに感じていました」
と佐織は言ってそれを返す。
 
「私の本物と偽物の見分け方2」
「はい」
「私はガラケーを使っている。偽物はスマホを使う」
 
と言って、千里は愛用のAU TOSHIBA T008 Rose-Pink 折り畳み携帯を取り出して、パッと開けてみせる。
 
「ああ、あの千里さんはスマホを使ってました!」
 
千里の携帯のボディがキラキラと星のように輝いている。きれーい!と佐織は思った。
 
「私は静電体質だから、スマホが使えないんだよ。ショップでうっかり触ったら2度とその端末は起動しなかった」
 
「わぁ」
 
「銀行のATMを落としちゃったこともある。基本的にはATMに触る前にどこか金属に触って放電させるようにはしているんだけどね。うっかりやっちゃったことはある」
 
「だったら最近の駅の自動販売機も危なくないですか?」
「うん。だから必ずどこか金属に触るように気をつけている」
 
「大変ですね!」
 

両親にどうやって性転換してしまったことを話そうか悩んでいると佐織が言うので、1年くらい経った所でお金が貯まったのでタイで性転換手術を受けたいとか言って、何とか両親を説得して、実際にはタイには観光旅行にでも行ってくるといいと言った。
 
「ローズ+リリーのケイなんかも実際には小学生の内に性転換手術を受けていたのを、大学生になってから性転換したみたいなこと本人は言っているけど、実際は大学生の時にタイに行った時は単に観光していたらしいから。これマリちゃんから聞いた話」
 
「ああ、やはりそうだったんですね。でも小学生の時って凄い!」
「レインボウ・フルート・バンズのモニカも小学生の内に性転換手術を受けているし、そういう人は稀に良くある」
 
「いいなあ。私も小学生で性転換したかった」
 
「結果的に性転換して女の身体になっちゃった場合、いつ手術したかなんて、分からないじゃん。その後であらためて国内のどこかの病院で診断書取って戸籍の変更をすればいいんだよ」
 
「そっかぁ。これから性転換するみたいな振りをすればいいのか」
 
「しばらく仮想男子を両親の前では演じておくんだね」
「それはできそうな気がする。作り物のおちんちん買っておこうかな」
「ああ、それは結構誤魔化すのに使える」
 
その時、佐織は、まさかアクアって実は性転換手術していて、偽物おちんちんで誤魔化しているなんてことはないよな?などと思ってみた。
 
「まあ正面突破する手もあるけどね。例えば結婚したい男性とか出てきた場合は早く戸籍を直したいだろうから、もう正面突破しちゃう」
 
「当面、ボーイフレンドは要りませんけどね〜。私バイクが恋人みたいなものだし」
「たくさん貢いでいる恋人ね」
「そうなんですよ!」
 
「でも明日人間の男の子に恋をするかも知れないよ」
「もう少し考えてみます」
「うんうん」
 

そのアクアこと龍虎の自宅には3月上旬、
「C学園の制服が仕上がりました」
という葉書が、《田代龍子様》宛てに届いていた。
 
それを見た田代母が龍虎に訊く。
 
「あんた、もしかして女子制服作ったの?」
 
「それなんだけど、制服採寸会が生徒手帳の写真撮影会を兼ねていたんだよね。それでボク、写真撮影だけするつもりだったんだけど、写真撮影する時に制服を着てもらいますから、どのサイズのが合うか寸法を測らせてくださいと言われて。それでお姉さんからもらうとかで、制服自体は作らなくてもいい場合は言って下さいと言われたんだけど、それ結局言いそびれちゃって」
 
ほとんど言い訳である。
 
「言いそびれたならあとで電話でも掛けてキャンセルすれば良かったじゃん」
 
「いやそれが彩佳に唆されて・・・・着なくても作るだけならいいかな、と思っちゃって」
 
「なあんだ。着たかったのなら、恥ずかしがらずにそう言えばいいのに」
 
「え〜!?でもさすがにボク女子制服で通学したりはしないよ」
「女子制服を着たかったんでしょ?」
 
「うーん。。。それはそうだけど・・・。でもボクの通学途中なんて絶対写真撮られるから、女子制服のブレザーとスカートで通学していたら騒がれちゃう」
 
「それ今更だと思うけど」
 
その時、龍虎は唐突に思いついた。
 
「そうだ!女子制服のブレザーにさ、同色系のズボンを組み合わせて穿くとC学園の男子制服っぽく見えないかな?」
 
「はぁ!?」
 
「学生服でもいいけど、ブレザー着れば他の子ともお揃いだし。でもボクは男子だからスカートじゃなくてズボンということで、どう?」
 
母はちょっと呆れているようであったが
 
「まあそれでもいいんじゃない?仮想男子制服ね」
と言った。
 

「でも女子のブレザーなら、左前袷じゃないの?」
「ボクそれ全然気にしないし」
「そうね。“あんたは”気にしないかもね」
 
と母は投げ遣り気味に言った。
 
 
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