【春乱】(1)

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青葉は3月26日(日)までは東京と高岡を数回往復してかなり忙しかったのだが、その後は少し時間が空いたので、大型二輪の免許を取りに行った。
 
大型二輪の教習時間は第1段階5時間と第2段階7時間である。それでいつもの教習所に行き「あら、あんたまた来たのね。今度は何?」と受付のおばちゃんに言われ、大型自動二輪コースに入学する。
 
「ところであんたまだ性別は男のままなの?」
「5月が誕生日なので、それまで直せないんですよ」
 
3/27,28,29日の3日間で順調に第1段階をクリア。30,31,4/01の3日間で第2段階をクリアして、4月3日(月)に卒業試験をクリア。4月4日(火)に運転教育センターに行って大型二輪免許を取得した。
 
これで昨年10月ノリで買ってしまったYamaha FJR1300AS を運転することができることになる。青葉は運転開始する前に整備させるよと言っていた月見里折江さんに連絡した。彼女はすぐに来てバイクを持っていき、一週間後、整備済みのバイクを持って来てくれた。青葉は、お店の人で分けてくださいと言って菓子箱を渡した(*1).
 
(*1)月見里折江(やまなし・おりえ)は「玉梨乙子(たまなし・おとこ)」の源氏名で、金沢市内でスートラという名前のオカマバーを経営している。彼女自身は名前の通り玉は取っているものの、性転換手術を受ける気は無いらしい。実際女性と結婚しているので、棒はあった方がよいのだろう。スートラという名前は「カーマスートラ」に掛けていて、おカマのお店である。ここには現在、後に全国区のバラエティタレントとして売れることになる桜クララがこの時期はサクラ・アキナの名前で在籍している。
 

青葉は更に、4月3日に卒業試験をクリアしたその日に、今度は準中型のコースに入学した。
 
「あんた忙しいね!」
と受付のおばちゃんに言われる。
 
これは第1段階が4時間、第2段階が9時間、それに教科が1時間ある。これをまず4月3,4日で第1段階をクリア、4/5に仮免試験を受けて1発合格する。
 
教習を受けていて、青葉があまりにも上手いので
 
「あんた準中型とか面倒なもの取らずに大型取ったら?」
と教官から言われたが
 
「すみません。未成年なもので」
と言い
「うっそー!?」
と驚かれるのはいつものことである。
 
第2段階に入り、4月6,7,8日で第2段階をクリア。4月10日(月)に卒業試験を受けて無事合格。翌11日(火)にまた運転教育センターに行って準中型免許を取得した。
 
これで青葉の免許は原付・小特・普通・準中型・普通二輪・大型二輪・大特・牽引の8種類となった。
 
(7種類セットされた免許証は1週間しか使用しなかった)
 
フルビッターになるために、あと取らなければならない免許は、中型・大型と、普通・中型・大型・大特・牽引の各二種である。
 
中型は普通免許取得後2年経過しないと取得できないから今年の9/29以降になる。大型および二種は3年経過しないと取得できないので来年の9/29以降である。
 
なお、4月10日からは新学期が始まっているので、青葉はアクアは明日香に任せて金沢との往復をしてもらい、自動車学校や免許センターへの往復はこの2日間はYZF-R25を使った(FJR1300ASはこの段階では整備中)。
 

4月17日(月)。この日桃香は千里のことで大いに混乱した。昨夜急にお腹の中の子が暴れたのを千里が駆けつけて来て、自宅近くのF産婦人科に運んでくれた。ここまではよかったのである。
 
朝御飯を食べてから少したった所で電話が入るのだが、見たこともない電話番号である。少し警戒しながら電話に出る。
 
「あ。桃香、ごめん。私の携帯壊れちゃって、緑電話から電話してるのよ」
「ああ、そうだったのか」
「後で携帯ショップに行ってくる。それで大間さんに転院して出産まで入院しているという方向で進めていいよね?」
 
「あ、うん」
「じゃ向こうに電話してみる。また後で連絡するね」
「よろしく」
 
10分ほどの後、また千里から電話があり、大間産婦人科の許可が取れたということであった。それで今入院しているF産婦人科の方にそれを話して欲しいと言われたので、桃香は電話をいったん切って、ナースコールした。それで先生の時間が取れた所で話してみるが、転院はOKと思いますよと言われた。
 
携帯が壊れたというのであれば、こちらから千里に連絡する手段が無いので、向こうからの連絡を待つ。
 
10:40頃、080で始まる番号から電話が掛かってくる。
 
「桃香?私新しい携帯買ったから。番号を伝えるね」
「えっと、今その新しい携帯から掛けてるの?」
「そうそう」
「だったら、伝えなくてもこちらのスマホに表示されているから、それで登録するよ」
「へー!そちらで分かるんだ!」
と千里は感心しているようだ。
 
「ふつう分かるもんだ」
と桃香は今更ながら呆れている。
 
それで桃香はF産婦人科の許可が取れたことを千里に伝えた。こちらの退院は15時過ぎにしたいと言うと、千里がアテンザで迎えに来てくれるということであった。千里の新しい番号はアドレス帳に千里の番号として追加登録した。メールアドレスは実際に会った時に登録することにする。
 

12:20。千里の新しい携帯の番号から電話が掛かってくる。
 
「ごめーん。こちらどうしても夕方まで開放してもらえなくて、午後そちらの転院に付き添えない」
「うっそー!?」
「悪いけど、朱音か彪志くんに頼めるかなあ」
「うん。連絡してみる」
 
それで桃香は朱音に連絡する。朱音はそもそも昨夜入院していたことを聞いていなかったので驚いたものの、旦那の車(ミラージュ)を運転して来てくれるということであった。
 

ところが30分もしない内に、千里から再度電話が掛かってくる。
 
「桃香今どこに居るの?」
「えっとまだF産婦人科だけど」
「病院?診察にでも行っているの?」
 
「えっと・・・入院中なのだが・・・」
と桃香が戸惑ったように答える。
 
「入院したの!?」
と千里が驚いたように言う。
 
そんなこと言われて桃香の方が戸惑うことになる。どうも千里は桃香が昨夜緊急入院したこと自体を知らないようだし、千里が桃香を病院に連れて来たこと自体を知らない雰囲気である。なぜだ〜?千里は記憶喪失か?などと思いながら、会話する。
 
それで結局千里は15時過ぎに病院を移動するのなら車で迎えに行くということであった。桃香はどうなってんだ?と思いながら電話を切った。そして切ってから気付いた。今掛かってきた番号は、元の千里の携帯の番号だ!
 
これってまさか新しい番号から掛けてきた方はオレオレ詐欺ってことは?
 
・・・さすがに無いか!
 
桃香には借金は100万くらいあるが、貯金は20万も無い。
 

千里が来てくれるということだったので、朱音には、悪いけど転院のお手伝いは不要になったと伝える。朱音はだったら明日様子を見に行くよと言ってくれた。
 
15時頃、先生の診察を受けて退院許可をもらう。精算は千里がしてくれるはずである。病室に戻り、荷物らしきものもないのだが、空き缶などを片付け、病院のパジャマを普段着のマタニティウェアに着替える。このマタニティウェアも随分お世話になったけど、あと少しかなあなどと考えていたらなにやらメールが着信する。個人別着信音ではなく、一般のメール着信音が鳴ったので、DMか?などと思いながらも開いてみると、千里からである!?
 
《千里です。新しいスマホ借りたから電話番号とメールアドレス書いておくね》とあって、実際その番号とアドレスが書かれている。
 
桃香は悩む。午前中に新しい携帯買ったと連絡があったから、最初はその携帯のことかと思ったのだが、その時伝えられた番号とは違うのである。買ったばかりの携帯を即番号変更するとは思えない。しかも《借りた》とある。買ったのではなく、借りた??
 
桃香は誤変換の可能性も考えた。千里の誤変換はもう日常茶飯事である。『鬼義理』とか『惨度一致』とか、何だそれ?と一瞬悩むものもあれば、『今小学校占拠してる』などというメールはとうとう千里がテロリストになったか!?と悩まされた。
 
千里はポケベル打ちをする。『かった』は2143*41、『かりた』は219241だ。それだけなら誤入力の可能性は低い。しかし最初の『か』(21)を打った所で、変換候補に『借りた』『買った』が出た時に誤って『借りた』を選んでしまった可能性はある。
 
しかし本当に『借りた』のかも知れない。
 
そもそも千里はやたらともらったもの、借りているものが多い。大学時代の教科書はほとんどが先輩から譲ってもらったものだった。なにやら立派な横笛を持っているのを見たが、知り合いが買ってくれたもので代金は払おうとしたが受け取ってくれなかったと言っていた。フルートを持っているのも見たことあるが、それはタダでもらったと言っていた。パソコンを何台も持っているようだが、実際には大半が借り物だと言っていた。車もよく色々借りているようである。
 
千里はずっとガラケーを使っているので、LINEなどのアプリが使用できない。それでLINEかあるいはTwitterなどで千里とコネクトが取れずに困っていた誰かが、電話代は持つからこれ使いなさい、と言って渡した可能性は充分ある気がする。
 
千里は妙にお金持ちの知り合いが多いのである。
 
それで取り敢えずその番号をアドレス帳の千里の所に追加した。そういう訳で、桃香のアドレス帳には千里の携帯番号が3つ並んだ。
 
15:30頃、その千里が来た。
 
いきなり白い箱を出される。
 
「ハッピー・バースデイ桃香」
と千里が言う。
「忘れていた!」
と桃香本人はマジで言った。
 
箱は不二家である。千里は「中身はモンブランとイチゴショートね」と言った。実は桃香は高級洋菓子店のケーキより、不二家とかシャトレーゼなどといった庶民的なお店のケーキの方が好きである。実はスーパーで売っているヤマサキのケーキでもよい!
 
「でも今の状態じゃ食べられないかな?」
「明日くらいに食べる」
「じゃ病室の冷蔵庫に入れておけばいいね」
「うん」
 

下着交換する?などと言うので、
「うん。助かる」
と言って、ベッドの周囲のカーテンを引いて着換える。その間に千里は精算に行ったようである。やがて戻って来て一緒に退院する。着換えやベビー雑誌などは車に積んでいるということだった。
 
先生や看護婦さんたちに声を掛けて、あらためて夜中に受け入れてくれてありがとうございましたと言い、病院を出る。午前中に電話で話した時に千里がアテンザと言っていたこともあり、この病院に運び込まれた時に使用したアテンザかと思っていたら、千里はランドクルーザー・プラドに乗り込む。
 
「随分大きな車だね」
「うん。借りてきた」
 
昨夜使ったアテンザも借り物だと言っていた。やはりほんとに千里は色々な人からの借り物が多い。車だけでも、過去に、インプレッサ、アウディ、ボルボ、クラウンマジェスタ、フェラーリ、アルファロメオなどに乗せてもらったことがある。モーター・クラブにも入っていてレースに出て、国際C級ライセンス取ったよなどと言って見せてくれたこともあるので、ひょっとしたらその関係なのかなあ、などとも思った。
 

2列目に寝ててと言われる。このプラドは7人乗りのようだが、3列目は続きのシートにはなっておらず、2つの座席が独立しているので横になることができない。それで2列目なら寝られるので、そこに乗ってということのようである。
 
出発する。
 
千里の運転は慎重である。揺れがひじょうに少ない。発進や停止もソフトにおこなうので加速度が小さい。千里ほんと運転うまいよなあと桃香は思った。さすが国際ライセンス持ちである。
 
「ところで千里、新しい携帯だかスマホだか買ったか借りたかしたんだっけ?」
と桃香は訊いてみたのだが、千里は
 
「え?私別にスマホとか買ってないけど」
と言う。
 
「私、静電体質だから、スマホは触ったら壊れちゃうし」
「そう言ってたよな?」
 
と答えて桃香はやはり訳が分からんと思った。
 
千里は勤めているソフト会社も忙しそうで、それに趣味でバスケットもやっているようで、その上、自動車レースとか、楽譜の清書のバイトまでしているようだし、千里の活動は信じがたい。
 
桃香は千里って実は何人かいるのでは?と思うことがよくある。実際千里と話が通じないこと、つい昨日言った話を覚えていないことがある。それは前々からなので、あまり気にしないようにはしているのだが、今日の携帯の話はどうも不可解だ。
 
「実は女の子の千里と男の娘の千里と2人いるんだったりして」
と思ったりしたが、それがただのジョークでは無い気さえしてくる。
 
「千里って女の子だっけ?男の子だっけ?」
と運転している千里に訊いてみたら
「何を今更!知っている癖に」
と言われた。
 
1時間ちょっとで大間産婦人科に到着した。先生の診察を受けて、少し検査などもされて入院となる。手続きは千里がやってくれた。
 

1時間ほど話してから千里は帰っていった。なんでも合宿の日程が変わったとかで、4月24日までは来られるということだった。お腹の中の子も、その間に出てきてくれると助かるのだが、F産婦人科の先生もこちらの病院の先生も、すぐには出てくる兆候は無いということなので、やはり予定日くらいになるのかも知れない。予定日通りだと、やはり千里はアメリカにいるらしい。その場合は、朱音を頼るしかないなと桃香は思った。
 
入院したことは母・朋子にも連絡しておいた。母は驚いていたが、千里が最近忙しいので、誰も対処できない時に急に赤ちゃんが出てきたらやばいので入院しただけというと「その方が安心かもね」と言っていた。
 
母は一度出てくるということだった。
 
電話を切ってから、桃香は通話中にメールが入っていたことに気付いた。見ると千里からで「今退院した。今日は転院手伝えなくてごめんねー」と書かれていた。桃香は大いに困惑して
 
「今日の千里は支離滅裂!」
と声を出した。
 

病院の夕食を食べながら、たまごクラブを読んでいたら電話が鳴る。知らない番号である。
 
「はい」
「お世話になります。黒猫運輸ですが」
「あ、どうもどうも」
 
「高園様宛に本日配達日指定のお荷物が来ているのですが、本日お昼頃と先程と2度訪問したものの、お留守だったもので」
 
桃香は何だろうと思った。通販とかは頼んだ覚えが無い。
 
「どこからの荷物ですか?」
「村山千里様からです」
「ありゃ。中身とか分かります?」
「生菓子と書かれています。実はクール便指定になっておりまして」
「わっ。それは何度も配達に来ていただいて済みません。実は入院していまして」
「病院はどちらですか?」
「あきる野市なんですが」
「でしたら、良ければすぐそちらにお持ちしますので、ご住所と病院名を教えて頂けますか?」
 
「はい」
 
通常の荷物ならメーターボックスの中にでも入れておいてもらい、後から朱音に取りに行ってもらう手もあるが、クール便なら、そういう訳にもいかない。それで時間が遅いのに申し訳無かったのだが、持って来てもらうことにした。
 
宅配便屋さんは20時頃に来た。
 
見ると大きなケーキの箱である!長野の洋菓子屋さんのようでAmazon経由で送られて来ている。開けてみたら直径16cmほどもある大きなラウンドケーキでHappy Birthday! というチョコレートのプレートが立っている。
 
それはいいのだが、桃香は大いに疑問を感じた。
 
「こういうのをAmazonで頼んでいたのに、なぜ千里は別途不二家のケーキを買ってきたんだ!??」
 

翌18日(火)。
 
千里は昨日は夕方くらいに来るみたいなことを言っていたのだが、実際には午前10時くらいに来てくれた。しかし千里の第一声はまたまた桃香を戸惑わせる。
 
「昨日は転院を手伝えなくてごめんねー」
 
桃香は不可解な顔をして言う。
 
「何言ってるの?昨日、千里、車でF産婦人科に来て、私をここまで連れてきてくれたじゃん」
 
「え?嘘?」
 
やはり千里は複数人いるとしか思えんと桃香は思った。千里が複数人いるのなら、ソフト会社に勤めながら趣味のバスケにもかなり入れ込んでいて、かつ自動車レースに出たりという異様な量の活動も少し理解できる気がする。
 
そして千里は
「1日遅れちゃったけど、ハッピーバースデー」
と言って、白いケーキの箱を出す。
 
見るとシャトレーゼのケーキである。
 
「チョコレートケーキとミルフィーユなんだけど、桃香好きな方取って」
「えっと・・・」
 
「昨日買ったんだけど来られなくて渡せなかったんだよ。堅くなったりはしてないと思うんだけど」
 
「千里、昨日私に不二家のショートケーキをくれたではないか?」
「えーー!?そうだっけ?」
「更にAmazonでラウンドケーキも頼んでいたし」
「うっそー!?」
と千里が困惑するような顔で言う。
 
その「うっそー!?」は私のセリフだぞ、と桃香は思った。
 
「千里以前にも2度バレンタインくれたことあったけど」
「ごめーん。あれ完璧に自分が既に渡していたこと忘れてて」
「今日のもまた忘れてたのか?」
「そうかもー」
 
「まあケーキはいくらあってもいいよ。じゃシャトレーゼのを先に食べて不二家のはおやつにしよう。ラウンドケーキは日持ちするだろうから明日くらいに」
「うん」
 
それで千里がティーバッグで紅茶を入れて、ふたりで今朝千里が持って来てくれた方のケーキを一緒に食べた。桃香がチョコレートケーキを取り、千里がミルフィーユを取る。昨日持って来てくれた不二家のケーキと宅配便で送られて来たラウンドケーキは冷蔵庫に入ったままである。
 

それで話している内に千里が
「いや、16日夜に雷に撃たれてさあ。それで私、少し記憶がおかしくなっているのかも知れない」
などと言い出す。
 
「雷に撃たれたって!?」
と桃香は驚いて言った。
 
「おかげで携帯が黒焦げになっちゃったんだよ。私自身は無事なんだけどね。それで昨日1日入院していた」
「入院していたの!?」
「でも、平気だよ」
 
あまり・・・平気ではない気がする。しかし雷に撃たれたのなら、多少脳内が混乱していても不思議ではないかもと桃香は思った。それで昨日の異様な千里の行動が結構納得いく。
 
「それで結局、スマホ買ったんだっけ?」
「あ?これ?」
と言って、千里は金色のボディのiPhone 7 plusを見せる。
 
「おお、アイフォンか。いいなあ」
「これ着けさせられた」
 
と言って千里が左腕を見せる。変なブレスレットしているなとは思ったのだが、静電気防止ブレスレットだったようだ。しかも5つも着けている!
 
「千里むしろアース着けた方がいいのでは?」
「それも言われた!」
 
「これ電話番号は?」
と桃香は訊いた。
 
「えっとね」
と言って千里は触っていたものの、どうも電話番号の表示の仕方が自分では分からないようである。1分くらい悪戦苦闘している。
 
「ちょっと貸して」
と言って桃香が取って、ほんの3-4秒で表示させてやると、
「すごーい!」
と言って、千里は感動していた。
 
結局その番号は昨日の午前中に千里が電話して来た番号だった。桃香はメールアドレスも表示させて、それを自分のスマホに登録しておいたが、千里はそのメールアドレスの表示の仕方も分かっていないようであった。
 
結局千里はお昼前に帰って行った。
 

そしてこの日、夕方19時すぎに電話が掛かってきた。
 
「今日は会いに行くつもりだったんだけど、予定変わっちゃって、そちらに行けないみたい。ごめん」
 
「いや、千里、午前中に来てくれたじゃん」
「え?私行ってないよ」
 
桃香はまた混乱する。しかし、もしかしたら落雷にあった後遺症で記憶が消えやすくなっているのかも知れないと思い、気にしないことにした。千里とは結局30分ほど話していた。
 

4月17日の夜、桃香から入院したという連絡を受けた朋子は驚いたものの、まだしばらく出てきそうにないということ、また何かあった時に千里がすぐ対応できない状況だったらやばいということで、安全のため入院しただけだと聞くと、取り敢えずホッとした。
 
緊急性も無いようではあるが、取り敢えず1度行ってみるねと答えておいた。
 
それで青葉とも話し合い、19日(水)に行く方向で調整することにした。
 

18日会社に出て行き、19-20(水木)の有給休暇願いを出して承認してもらう。青葉も19-20日の金沢往復は明日香に頼むことにした。明日香も免許を取って1年近く経ち、運転はかなり上手くなっている。最近は美由紀も騒がなくなった。
 
それで朋子と青葉は新高岡を4/19 9:35の《はくたか558》に乗り、12:40に東京に着く。ここでお昼を食べてから、青梅特快に乗り、拝島で五日市線に乗り継いで秋川まで行った。秋川駅に着いたのが14:41であった。
 
駅から桃香のスマホに電話したら、千里が迎えに来てくれた。
 
「ちー姉、プラド持って来てたんだ?」
と乗り込んでから青葉が訊く。
 
「うん。ちょっと用があって借りてきた。今晩返すけどね」
「へー」
 
じゃ貴司さんとデートしていたのかな?などとも思うが、朋子もいるので青葉としても千里を追及できない。しかし結果的に青葉も朋子も京平が東京に来ていることを知らないままになった。
 

時間を巻き戻して、この日19日の朝から桃香の視点で見る。
 
桃香が朝御飯を食べ終わった所で千里が来てくれて、不二家のケーキを一緒に食べ、午前中は一緒に過ごした。千里は24日までは来られると言っていた。それで千里はお昼に帰って行ったのだが、また14:30頃来る。
 
「あれ?また来たの?」
と言うと、千里は午前中来たことを覚えていないようで、むしろ昨日は来られなくてごめんなどと言っている。やはりこれも落雷の後遺症なのか?
 
ともかくも千里と話していた時、母と青葉が秋川駅まで来たという連絡がある。
 
「ああ、私が迎えに行くよ」
と千里が言うので、お迎えを頼む。
 
10分ほどで3人で戻って来たが、桃香が元気そうなので、朋子も安心したようである。
 
「そうそう。桃姉、これ誕生日プレゼントに」
と言って青葉が高岡のポンヌフという洋菓子店のケーキの箱を出す。
 
「あははは。もうケーキ豊作だ」
と桃香は言っている。
 
「あ、ごめん。きっとちー姉もケーキ持って来てたよね?」
「取り敢えず人数がいる所でその冷蔵庫に入っているラウンドケーキを片付けよう」
「こういうのがあったのか」
「いや、美味しいおやつはいくらあってもいい」
 
それで結局、青葉が紅茶を入れて、みんなでラウンドケーキを切り分けて食べた。青葉が持って来たケーキは明日に回すことにする。
 

食べ終わった後で、朋子は再度高岡に戻ってこないかと言ったものの、桃香は拒否と言う。
 
「だって1ヶ月も入院していたら、これ健康保険も利かないだろうし、費用も凄いんじゃないの?」
と朋子は言う。
 
「ああ、その費用については大丈夫ですから」
と千里が言ったので、朋子は生命保険とかから出るのかなと思ったようである。
 
桃香は費用のことは何にも考えていない!
 
青葉は(差額ベッド代が加わり多分30-40万円くらいと思われる)1ヶ月程度の入院費は、千里姉にとっては大したことのない金額だろうからなと解釈した。
 

桃香があくまで東京で産むというので朋子もそれは妥協したようである。
 
昨年4月に亡くなった高知の和彦じいさんの一周忌のことが話題になった。桃香は今の状態ではもちろん行けないのだが、千里が5月3日なら、とんぼ返りになるけど行くよと言った。たまたまその日だけ、日程が空いているらしい。その話に青葉は首をひねっていた。
 
その後、千里が16日夜に雷に撃たれたという話を聞き、朋子も青葉も驚く。青葉は千里に「手を握らせて」と言って、千里の身体をスキャンさせてもらった。
 
一瞬顔をしかめる。千里の体内に明確に子宮と卵巣が存在するのを認識したからだが、青葉はこの問題についてはもう考えないことにしようと思った。実際再度その付近をサーチすると今度は卵巣も子宮も見えず、逆にさっきは存在していなかったはずの前立腺があるのを認識する。
 
たぶん千里姉は自分の見せたいように体内の臓器の状態を見せているにすぎない。しかし何なんだ?この凄まじいエネルギーの量は?
 
「身体には異常は無いと思う。それに前よりパワーが上がっている気がする!」
と青葉。
 
「パワーって分からないけど、ひょっとしたら雷で電気エネルギーがチャージされちゃったんだってりしてね」
と言って千里は笑っていた。
 
千里は落雷で携帯が焼けてしまったので、新しい携帯を買ったからといって、桃香に青葉にアドレスデータを転送してあげてと言った。
 
「なぜ私から転送する?千里のスマホから転送すればいいのに」
「私がそんな操作できる訳無い」
「確かに!」
 
それで桃香から転送してもらったが、電話番号とメールアドレスが3つもある!
 
「なんで3つも番号とアドレスがあるの?」
「ああ、壊れた携帯の番号と、新しい携帯の番号」
「壊れたら、新しい携帯にその番号を移行すればいいじゃん」
「え?そうなの?」
と千里が言うので、もういいや!と青葉は思った。
 
千里は16時半頃「仕事があるから先に帰るけど、お母ちゃんたち、帰りはタクシーで帰って」と言って、タクシーチケットを青葉に渡して帰って行った。
 
青葉たちはこの日面会時間の終わりまで居てから帰ることにした。千里からもらったタクシーチケットで秋川駅まで移動しようかとも思ったのだが、その先の乗り継ぎを確認すると、かなり大変そうである。そこで彪志に電話してみたら「迎えに行くよ」ということだったので、彼の車で大宮のアパートに行くことにした。
 
彪志と連絡を取ったのが18時半頃で、20時くらいに迎えに来てくれたので、青葉が運転して、彪志のアパートへ行き、泊まった。
 

19日はそういう訳で、桃香の病院には、午前中と午後の2回千里が来て、午後の訪問はちょうど青葉・朋子と重なった。
 
20日は千里は朝来てお昼まで居たが、昨日午後の来訪を全く覚えていないようであった!話がややこしくなりそうだったので、桃香は昨日の午後、朋子と青葉が来たことも話さなかった。
 
それで千里が帰っていって、お昼を食べていたら、朋子と青葉がやってきて午後いっぱいいてくれた。ふたりは夕方の新幹線で高岡に帰っていった。
 
入院生活は最初の数日だけ16日夜の影響が残っていて、ややお腹に不安があったのだが、落ち着いてくると暇になってくる。ああ、パソコン持ってくればよかったと思い、21日に千里に言ってみたら、1日4時間以内なら使ってもいいと言うのでそれでいいよと言ったら、翌22日に持って来てくれた。
 
昨日言っていた「1日4時間以内」という紙が貼り付けられている!しかし気にせず使うことにする。
 
しかし使い始めてから4時間経つと「あと10分」という表示が可愛い男の娘!?のアイコンと一緒に出て、その男の娘がストリップ!をしていくのに連れカウントダウンして行き、10分経過して平らな胸に、やや盛り上がりのある女の子パンティ1枚だけの姿になった所で、「ここまでね」というメッセージとともにハイバネート(休止)してしまった!
 
その後はどんなに頑張っても起動しない。セーフモードでも起動しないのでハード的に何か組み込んでいる感じだ。桃香は翌日、稼働している最中に何とかその設定を解除できないか試みたものの、挫折した!千里にこんな難しい仕掛けができる訳無いから、きっとソフト会社の同僚に設定してもらったのであろう。
 
しかし男の娘のストリップというのは誰の趣味だ!?
 

千里は24日までは毎日午前中に来てくれたが、24日に来た時、このあと29日まで来られないと言った。更にその後5月13日までアメリカに行ってくることになるらしい。確かにアメリカ遠征の話は最初からあった。桃香は少し不安はあったものの、入院しているから何とかなるだろうと思った。13日だったら、予定日に近いし、もしかしたら千里の帰国後に産まれるかも知れないし。
 
それで、千里は病院のお昼が来た所で帰って行った。
 
ところが桃香がお昼を食べ、その後、しばしパソコンで動画など見ていたら、千里から電話が掛かってくる。
 
「桃香今どこ?」
「どこって、病院にいるけど」
「病院って、桃香どうかしたの!?」
 
何を今更〜〜!?
 
千里と電話で話していると、どうも千里はそもそも16日に切迫早産?になり病院に運び込まれたこと自体を知らない雰囲気なのである。桃香はここ数日千里の“病状”が落ち着いていた気がしていたのだが、またぶり返したのかな?と思う。それで結局、千里はこれからこちらに来るということであった。15時くらいになってからやってきて、
 
「放置しててごめんねー。ここの所忙しくて。かろうじてお誕生日のケーキだけ送っておいたんだけど」
などと言っていた。
 
そして千里は
「実は明日からしばらくフランスに行ってくることになったんだよ」
と言った。
 
桃香はこれが本当なのか千里の妄想(?)なのか判断が付きかねたものの、適当に話を合わせておいた。だいたい午前中はアメリカに行くと言っていたのに!?なぜ行き先がコロコロ変わる?
 
結局この日千里は夕方まで居て「渡航の準備があるから帰るね」と言って、帰って行った。
 

そういう訳で、24日は午前中と午後の2度千里は来て、午前中に来た時は次は29日まで来られなくて、30日からアメリカに行くと言っていたのに午後に来た時は明日からフランスに行くと言われた。
 
そして千里が5月3日に高知まで和彦の一周忌に行ってくると言っていたことも思い出した。まさかアメリカやフランスから一周忌のためにピンポイント往復するつもりか???
 
しかし千里は25日の朝7時にやってきて!おやつや飲み物などを置いて行った。桃香はもう「しばらく来られない」という話は気にしないことにした!
 
桃香が好みのおやつなどを言うと「じゃ明日持ってくるね」と言った。この日は仕事があるからと言って1時間ほどで帰って行った。
 
これが29日の朝まで続いたが、29日の夕方に再度千里はやってきた。つまり29日は2度来た。
 
「数日来られなかったの、ごめんねー」
などと言っている。そして
「明日から13日までアメリカだから」
と言っていたので、桃香はもう呆れて
 
「じゃ気をつけてね。シアトル行くならお土産にマイクロソフト饅頭か、アマゾン煎餅でも」
などと言っておいた。
 

しかし千里は30日の“朝”は出てこなかったものの、午後1時頃に出てきた!ただ忙しいようで1時間ほどで帰って行く。
 
「千里、海外とかに出る予定は無いんだっけ?」
と念のため訊いてみたのだが、
 
「桃香が出産するまでは国内に居るよ」
と千里は言う。
 
「それは助かる」
「7月はインドに行ってくるけど、それまでには赤ちゃん出てきてるよね?」
 
アメリカ・フランスと来て、次はオーストラリアとでも言うかと思ったら、インドかい!?と桃香は呆れたものの、
 
「さすがに7月までお腹から出てこないということはない」
と答えた。
 
「だったら、ちゃんと付いているから安心して」
と千里は言った。
 
「千里が居るんなら私も安心だ」
「赤ちゃん産まれたら、最初に抱かせてよ」
「それは当然頼む」
と桃香も言って微笑んだ。
 
千里は5月13日までは高知に行く5月3日以外は、毎日昼過ぎくらいに出てくると思うから、欲しいものがあったらメモ書いて、というので雑誌やおやつ、飲み物などを頼んだ。
 

世間では連休に突入する。
 
青葉は和彦の一周忌に行くため、5月2日(火)は大学を休んで朝からヴィッツに朋子と2人で乗って金沢に行き、新幹線(金沢6:13-9:20東京)で東京に出てきた。東京駅に千里がアテンザで迎えに来ているので、それに乗って、あきる野市の大間産婦人科まで行く。ここで1時間ほど桃香と過ごすと、またアテンザに乗って羽田に向かう。空港の駐車場に車を駐め、3人は千葉から出てきた洋彦夫妻と一緒に高知行きの飛行機(羽田14:00-15:20高知)に乗った。
 
高知空港でプリウスのレンタカーを借りる。
 
青葉が運転席、洋彦が助手席、後部座席に恵奈・朋子・千里と乗って土佐清水市を目指した。途中で千里に運転交代して、目的地に到着したのは18時頃であった。
 
和彦の遺影に手を合わせた後、この日は用意してもらっていた旅館に入った。
 

この日は疲れていたので、みんな早く寝た。
 
青葉は21:50頃、千里が部屋を出るのに気付いた。自販機にでも行くのかなと思ったもののなかなか戻って来ない。
 
『もしかしてどこかに移動したのかな?』
と思い至った。
 
その後、青葉も1000kmほどの移動で疲れているので後ろの子で体力がありそうな子に監視を頼んで熟睡していたのだが、起きてから尋ねてみると、千里は結局一晩中戻って来なかったらしい。そして朝7時頃、まるでその付近を散歩でもしてきたかのような顔で戻って来た。どうも温泉にも入ってきたようだ。
 
青葉は“千里”が日本代表候補の一員として現在、アメリカのテキサス州ダラスに行っているはずだということを知っている。
 
千里がこの旅館を不在にしていた時間は22:00-7:00 これをダラスの時刻(中部夏時間)に直すと、8:00-17:00 である。
 
ひょっとして、ちー姉その間、向こうに飛んでアメリカ合宿をやっていたとか!?5月3日に一周忌に出られると千里姉が言ったのを聞いたとき、青葉は内心、そんな無茶なと思ったのだが、まさか日本とアメリカが地球の裏側になり、昼夜逆転するのを利用して、こちらの夜の間が向こうの昼だから、それで向こうで練習していたとか!?それで温泉に入ってその汗を流してきた?
 
でもでも・・・そんなの体力的に無茶すぎる!
 
実際千里の様子を見ても、そんなに疲れているとか、眠そうにも見えない。日本代表の合宿なんて、無茶苦茶ハードだろうに。
 
青葉は千里の体力が底知れない気がした。
 

和彦の一周忌(無宗教)は5月3日の午前中に行われた。昨年は周囲の圧力?で仏式で葬儀をしたものの、一周忌は本人が無宗教だったからやはり無宗教でということになり、“高園和彦を偲ぶ会”ということになっている。坊さんもお経も無しで、和彦が好きだったモー娘。の曲のオルゴールバージョンが会場には流されていた。
 
「アマより」という札の立った大きなお花が飾られている。子供一同名義で5人共同で出し合って用意したお花より大きい。
 
「あれは?」
「咲子さんの妹だって。去年の葬式の時も200万円香典送ってきたのよね」
「わっ」
「それで全員の交通費を渡せたのよ。今年もお花と100万円送って来ているからちゃんとみんなに交通費渡すね」
「へー。でもそういう資力のある妹さんがおられるんですね」
「お互い年だからもう会うことはないだろうけどって」
「ああ年取ると旅行もままならないですよね」
 

佑子さんが司会を務めて式典が始まる。
 
山彦・風彦・洋彦・星火の4人の子供と、光彦の代理で青葉が5人で一緒に追悼のメッセージを読み上げた(書いたのは山彦の息子の春彦)。山彦が音頭をとって献杯したあとは、カラオケ大会となった!
 
今回は出席者が葬儀の時の半分くらいなので、来ている人の中で若い子は全員歌うことになる。青葉が『Blue Island』(鴨乃清見)を歌ったら、千里は『黄金の琵琶』(大宮万葉)を歌った。
 
「ふたりとも歌がうまーい。歌手になれるよ」
と安子が言っていた。
 
「少なくとも私よりは遙かに上手いね」
と言って、忙しいスケジュールの合間を縫ってこの会に出席した波歌(三つ葉)がケーキを摘まみながら言っていた。
 
「でも波歌(しれん)ちゃん、よく出席できたね」
「事務所の社長(シアター春吉)が、そういうものにはちゃんと出るもんだと言って、スケジュール空けてくれたんですよ」
 
「あの人、仕事には厳しいけど、義理とかを重んじるからね」
と千里は言っていた。
 
なおさすがに波音は契約上勝手に歌えないのでと言って、カラオケはパスさせてもらっていた。
 

午後からは、会場をホテルに移動して、咲子の誕生祝い(93歳)が行われた。咲子は夫の和彦を亡くしてからこの1年でかえって若返ったかのようで、まだ70歳代くらいかという雰囲気であった。巨大なバースデイケーキに立てられた大きな蝋燭9本と小さな蝋燭3本の火を3回の息でしっかり吹き消していた。
 
そして・・・今度の余興は「抽選大会」と言われた。
 
「何か当たるんですか?」
と青葉が訊くと
 
「うん。当たる。取り敢えず春彦君引いてみよう」
と来彦さんが楽しそうに言っている。
 
それで春彦さんが嫌そうな顔をして引く。その表情を見ただけで青葉はこれって要するに罰ゲームのようなものか!と思い至った。
 
春彦が引いたのは「女装して可愛く『つけまつける』を歌え」というものである。
 
「ひぇー!」
と春彦が悲鳴をあげている。
 
「ちなみにこちらの青い箱は男性用、こちらの赤い箱は女性用」
と来彦は言っている。
 
要するに男性用には女装しろとかいうのが何枚も入っているのだろう。
 
春彦は奥さんからスカートを貸してもらい「女装」したことにするものの
 
「『つけまけつる』ってどんな歌よ?」
と言っている。まあこの年代の男性なら知らないかも知れない。
 
歌詞を見せてもらう。
 
「これ日本語?」
「まあ意味不明だよね」
 
それでとにかくも歌っていたが、すぐに歌詞と曲のシンクロがずれてしまう。大量に歌詞が余ったままの状態で終了。
 
「訳が分からなかった!!」
と言っていた。
 

千里は「逆立ちしてピザを食べろ」というのに当たった。
 
「逆立ちできる?支えておこうか?」
と春彦が心配していたが
 
「ああ、平気平気」
と言って千里はいとも簡単に逆立ちすると左手だけの片手立ち状態に移行して、青葉からピザを一切れもらい、平気で食べていた。逆立ちしているのにスカートがめくれないのはどうなってんだ?と青葉は思ったが、それより逆立ち片手立ちに歓声があがる。
 
「すげー!」
と歓声が上がっていた。
 
「あんなの、俺にもできん」
とアマチュア野球選手の成明が言う。
 
「まあ、千里姉はバスケットの日本代表ですから」
と青葉が言うと
 
「日本代表か!女子でも凄いね。さすが」
と成明は感心していた。
 
もっともその日本代表の活動でアメリカに行っていることになっているんだけどねと青葉は思って腕を組んだ。
 

青葉は「日本酒一升瓶一気飲み」というのに当たる。
 
「うっそー!?」
と声をあげてから
「すみません。私未成年なんですけど」
と言ってみたものの
「お姉ちゃん、そういう冗談は5年前に言いなさい」
と言われた。
 
どうも誰も青葉が未成年だとは思いも寄らないようである。それで仕方なく地酒の一升瓶を開けて、一気とはいかないものの5回くらいに分けて飲んだ。
 
それで拍手をもらう。
 
でも飲んだ後、足腰が立たなくなった!
 

座り込んだ所で千里姉が
「青葉、運転免許証見せて、未成年だということを主張すれば良かったのに」
と言った。
 
その手があったか!
 
「運転免許証って性別が印刷されていないのもいいことだよね」
「うん。それは割と思う」
 
青葉の足がふらついていて気分も悪そうにしていたら、千里が
「ちょっと青葉」
と言って手を握り、その手を千里が自分の服をめくって、千里の胸の所に触らせた。千里姉の大きな胸に触ることになるので少しドキッとする。そしてその状態でしばらくいると、急速に辛さが減っていく。
 
ちー姉こんなこともできるの!?と青葉は驚いた。普段は「私は霊感とかも何も無いから」と言っているのに、青葉がちょっとやばいかもと思って特に助けてくれたのかも知れない。
 
「2合程度飲んだ状態まで軽減したと思う。あとは自分の体力で解決して」
「ありがとう」
 
ちなみにこの一気飲みをやった時、朋子はちょうど席を外していた。
 
更に青葉が酔っているのを見て朋子は青葉を叱った!!
 

そしてこの抽選大会が終わった後は、またカラオケ大会になる!
 
青葉は今度はアクアに自分が提供した『エメラルドの太陽』、千里も自分がアクアに提供した『もっとオブリガード』を歌った。
 
「『エメラルドの太陽』の歌詞が違う」
と波音が言った。
 
そういうのに気付いた人は少数だろう。
 
「今青葉が歌ったのが本来の歌詞なんだよ。でもぶっ飛びすぎるからというので一般発売したバージョンでは歌詞を少しトーンダウンしたんだよ」
と千里が説明すると
 
「一般発売されたバージョンでも充分ぶっ飛んでいるのに!」
と波音は言っていた。
 

千里は仕事があるので今日帰るということだったが、朋子はもう1泊しないと辛いということだったので、青葉は朋子に付き合うことにした。
 
千里は岡山の満彦・紗希のカップルの車に同乗させてもらって岡山まで行き、そこから新幹線に乗り継いで大阪に移動して1泊。朝1番の新幹線で東京に戻ると言っていた。満彦たちもやはり今夜中に帰らなければならないらしい。
 
青葉はそれを聞いて、大阪での1泊はやはり貴司さんとデートするのかな?と思った。
 
この日帰らなければならないのは他には芸能活動で多忙な波音などである。彼女は千里たちより一足早く、17時頃に父の大輔さんが運転するレンタカーで高知空港に向かい、羽田行き最終に乗ったようである。大輔さんはそのまま東京まで波音に付き添うが、大輔さんの奥さんの笑美(わらい)さんや、姉の月音(だいな)・弟の太陽(みとら)は居残り組である。
 

千里が部屋で荷物をまとめている時、青葉が声を掛けた。
 
「さっきの酔いを覚ましてくれたのありがとね。でもちー姉のああいう力って初めて見た」
 
「さっきのは瞬嶽さんの力。解毒の効果がある」
「わっ!師匠の」
「私の身体には瞬嶽さんの色々な術が封印されているから」
「そういえば、そんなこと言っていたね」
「でも私には起動できない。私はただの置き場所だから。だからさっきのは青葉自身の力を使わせてもらったよ」
「そうだったのか!」
 
と言いつつ、そういえば去年の春も千里が青葉の力で師匠の風遁の術(?)を起動して悪霊の集団を倒したんだったと思い起こす。もっとも他人の能力を勝手に利用できるちー姉って、それ自体が凄いぞという気もした。
 
「青葉があと120-130年修行を積んでくれると、私の身体に封印されている術を全て継承できると思うんだけど」
「ごめん。さすがにそんなに長生きする自信は無い」
「死んでも修行続ければいいんだよ」
「それ無茶だと思う」
 
と青葉は千里が冗談を言ったと思って答えたのだが、千里は真面目な顔をして
 
「青葉は取り敢えず、死んだ後も生き続ける術を覚えるべきだな」
と言った。
 
青葉は腕を組んで考え込んだ。
 
「ちー姉はそれもう覚えたの?」
と青葉が訊くと
「私は死ぬことも老いることも許してもらえないらしい」
と困ったような顔で言った。
 

青葉は千里に“解毒”してもらったこともあり、その日はわりと平気だったのだが、翌朝起きると凄い頭痛がした。
 
「完璧に二日酔いだね。こういう場では飲まされやすいから気をつけなきゃ」
と朋子は苦言を呈し
「ごめーん」
と青葉も素直に謝った。
 
朋子の勧めでオレンジジュースをたっぷり飲んだ。
 
青葉たちは結局翌5月4日に次のような連絡でJRを乗り継いで金沢に帰還した。
 
中村13:24-15:04高知15:13-17:41岡山17:53-18:38新大阪18:46-21:22金沢
 
そもそも来る時に金沢にヴィッツを駐めていたので、その車に乗って高岡の自宅に戻った。こういうルートで帰るつもりだったので、行く時も金沢に出て車を置いておいたのである。今回は帰りの道は青葉が運転するつもりだったのだが、アルコールチェッカーで確認すると、まだ完全には抜けていなかったので、朋子が運転することにした。金沢市内で24時間営業のジョイフルに寄ってそこで2時間くらい休憩してから帰った。
 

今年の連休は、このようになっている。
 
4月29日(土祝),30日(日) 休み
5月1-2日(月火) 平日
5月3-5日(祝),6-7日(土日)5連休
 
青葉は3-4日に高知に行って来た他は、順調に水泳部の練習はサボり、友人と映画を見に行ったり、イオンとかでおしゃべりしたりしていた。むろん他に作曲活動をしたり、サックスやフルートの練習をしたりもしていた。
 
5月1-2日は実際には休講になった講義も多かった。青葉も1日は出て行ったものの2日は高知に行くのに休んでいる。
 

5月9日(火)。
 
青葉はこの日、金沢の大学に行っていたのだが、15時頃、朋子からメールで桃香の陣痛が始まったという連絡がある。ちょうど4時間目の講義の時間中ではあったが、たまたま休講で図書館に居たので、すぐにバス停まで行き、着たバスに飛び乗った。
 
(K大学の図書館からバス停まではすぐである。中庭を走り、大きな階段を駆け下りるだけである)
 
明日香にメールして今日の帰りのアクアは明日香が運転してくれるように頼む。金沢駅を15:55の《かがやき510》に飛び乗る。朋子は同じ新幹線に富山駅から乗ることで連絡が取れていた。
 
車内で青葉の隣の席の人にお願いして朋子の席と交換してもらい、並んで座る。
 
新幹線の車内から朋子が千里に連絡しているので、青葉は驚く。
 
「ちー姉、桃姉のそばに付いているの?」
「うん。仕事を中断して来てくれたらしい」
「へー」
 
青葉はバスケット協会のフェイスブックをチェックしていたので、昨日10:46(=5/7 20:46 CDT)のタイムスタンプで、女子日本代表候補チームがダラスから同じテキサス州内のサン・アントニオに移動したという記事が書かれていたのを見ている。青葉が来ることは分かっているから、桃香のそばに居るのが、千里本人だろう。だとすると、ひょっとしてアメリカに行っているのは、千里姉の眷属か何かの代理かもという気がしてきた。それなら先日の高知にも千里本人が来ていたのが理解できる。
 
もしかしたら、ちー姉の眷属の中に、日本代表で活動しても遜色ないほどのバスケのうまい子がいるのかもしれない。
 

18:28に東京駅に到着する。到着時刻は千里にメールで報せていたのだが、実際に千里が車(オーリス)で迎えに来てくれた。
 
「この車は初めて見た」
と青葉が言うと
 
「例によって借り物〜」
と千里は言っていた。
 
夕方で渋滞していたので、結構な時間がかかり、病院に着いたのはもう20:30くらいであったが、桃香はひたすら寝ていた。
 
「寝てるね」
と朋子。
 
「陣痛は10分に1回くらい来ているようですが、今の段階では寝られたら寝ていた方がいいと言ったら、実際寝ちゃったようです」
と千里は説明する。
 
「うん。寝られるなら寝ていた方がいい」
と朋子も言っている。
 
青葉は千里が、到着するなり、看護婦さんとかと特に会話する間もなく、即桃香の状況を説明したので、眷属に見守らせておいて自分は青葉たちを迎えに来たんだろうなと考えた。3〜4時間留守にしたはずである。
 
「どっちみち出産は明日になると思うから、お母さんと青葉はホテルに泊まってて」
「そうするか」
 
それでふたりは助産師さんからも話を聞いた上で、ホテルに行くことにする。千里が車でふたりをホテルまで運び、荷物を置いてから、歩いて近くの和風料理店に入って夕食を取った。
 
この時、千里は青葉たちに「先に席に座っていて」と言って、携帯を取り出すとどこかに電話を掛けていたようである。やがてこちらの方に来る。
 
オーダーをした後で青葉は尋ねてみた。
 
「ちー姉、バスケの練習の方はいいの?」
 
「うん。今日はお休みさせて下さいと連絡したよ」
 
「ああ、それを今電話していたのね」
と朋子が言った。
 
まあ追及しても仕方ないよなと青葉も思い、それ以上はその件は言わなかった。現在千里が本来参加しているはずの日本女子代表の一行は、サンアントニオで多分日本時間の23時から朝6時くらいに相当する時間帯に練習をするはずである。しかし今夜は桃香から目を離せないので、お休みするということであろうか。
 
食事の後は、青葉と朋子はホテルに戻り、千里は病院に戻ったようである。
 

翌日、青葉と朋子は朝食を取ってから病院に出て行く。
 
「今日来るかなあ」
「初産だから時間掛かるかも知れないよね」
 
などと話していたが、病院に着いてみると、陣痛は既にかなり間隔が短くなっているようである。
 
「あ、お母さん、青葉、そろそろ起きているだろうから電話しようと思っていた」
と千里が言う。千里はずっと桃香のお腹をさすっていたようである。
 
「ちー姉、それ私が代わるよ」
「うん。よろしく」
 
それで青葉は千里に代わって桃香のお腹をさすり始める。朋子は桃香の手を握る。しばらく様子を見ていた朋子が千里に言った。
 
「千里ちゃん、これまだ数時間かかりそうだし、御飯食べておいでよ」
「じゃそうします。よろしくお願いします」
と言って、千里はふたりに任せて出て行った。
 

その千里が不在中に桃香のスマホに着信がある。むろん桃香はとても出られないので朋子が取った。
 
「あら?千里ちゃん」
「桃香さんの様子はどうですか?」
「特に変わりは無いよ。私と青葉が付いているから、そちらは少しゆっくりしてきて」
「分かりました。しばらく通信途絶しますが、何かあったらメール下さい」
「あ、うん」
 
それで電話を切ったが、通信途絶というのは、電波の届かない地下か何かに入るのかな?と朋子は思った。
 
しかし千里は15分ほどで戻って来た。
 
「あら、もう少しゆっくりしてくれば良かったのに」
と朋子が言う。
 
「ここで少し休ませてもらいます。またしばらくしたら、お腹さするの交代するよ、青葉」
 
「うん」
と答えながら、青葉は何か違和感を感じていた。
 

「これ料理番組みたいに、こちらに産まれた子がございます、なんてことにはならないものかね」
などと桃香は言っているが、そんなことを言えるのは、苦しい中にも若干の精神的余裕があるのだろう。
 
「赤ちゃんは料理とは違うからね」
と朋子も呆れて言う。
 
9時半頃には朱音も来てくれて、色々話しかけてくれるので、朋子はおしゃべりは彼女に任せて少し休む。
 
 
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【春乱】(1)