【春想】(1)

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青葉は遠刈田温泉に1月1日は滞在し、2日に冬子たちと一緒に新千歳に移動。札幌市内に泊まって1月3日の公演に出る。3日は札幌に泊まり、4日午前中に冬子たちと一緒に羽田に飛んで、そのまま大宮の彪志のアパートに入る。 
ここに朋子も高岡から出てきているし、桃香まで転がり込んでいる。
 
「明けましておめでとうございます」
と言って、青葉はこの日やっと、お正月という気分になった。
 
今年のおせち料理は、朋子がこちらに出てきてから作った。桃香にも手伝わせようとしたのだが、途中で朋子が「あんたはいい。座ってなさい」と言って結局ほとんどひとりで作った。
 
朋子は年末年始に誰も帰ってこないので、仕事納めの後、東京に出てきて、桃香のアパートで過ごしていた。そして今日桃香を連れて彪志の所に移動してきたのである。朋子は6日金曜日まで休暇を取っており、8日日曜日の新幹線で高岡に戻る予定である。
 
彪志は12月31日から1月3日まで会社に当直で詰めていたので、4-6日と9日が代休になっている。つまり4日から9日まで6連休である。
 

「千里も来れたら良かったのだが、千里はここの所、物凄く忙しいようなのだ」
と桃香が言っている。
 
「まあ8日まではとても時間取れないだろうね。来週も凄く忙しいはず」
と青葉が言うと
「ああ、そんなこと言っていた」
と桃香は言った。
 
8日まではオールジャパンだし、来週末の14日には今度はオールスターがある。 

次のローズ+リリーのライブは7日宮城なのだが、青葉は前日の6日昼過ぎ、楽器を持って新幹線で仙台に移動した。そして和実の自宅を訪れる。
 
「きれいにできあがったね〜」
と青葉は言う。
 
前回ここに来たのは11月26日で、建物の外観が完成間近の時期であった。年末のカウントダウンの時は、仙台からそのままM市方面に行き、M市からは他の出演者と一緒に遠刈田温泉に移動している。
 
「結局3月オープンになったのね」
「うん。でもそれまででも、予約があれば適宜対応する」
と言って和実はパンフレットを見せてくれた。
 
「オールスタンディングでmax 470人か。確かにここは500-600人入るよ」
と青葉はできあがっている客席空間を見て言った。
 
「消防法の規定を純粋に適用すると実は850人入る」
と和実は言う。
 
「確かに入るかも!」
 
「最初の予定でも680人入る面積だったんだけど、冬子が音響面のことで色々言ってきてさ。それで結局、設計を変更して、この広さになった。冬子は設計に口出ししたお詫びにといって、無利子でお金を貸してくれたんだよ」
 
「そういう《言い訳》をちゃんと用意してくれるのが冬子さんのいい所だね」
「うん。何も無しでお金貸すと言われても、こちらとしては申し訳無いもん」
「それでこういう客席の形になった訳か」
 
ここの客席はまるでホールのように、末広がりの形で、床も後ろの方が高くなるスロープが付けられている。後ろの席の客がステージを見やすくなる配慮である。
 
「でもあまり密集するのは危険だし、飲食物を配れないから470人と公称している。一応消防署の許可は850人で取っているから、イベントの内容によっては相談に応じる」
「そのくらいのゆとりがあった方がいいかもね」
 
「そうだ。冬子さんが、今年の震災復興支援イベントが終わった後、ここで打ち上げさせてくれないかって言ってたよ」
と青葉は冬子からの伝言を伝える。
 
「それいつ?」
「3月12日日曜日宮城ハイパーアリーナ。実は昨夜決まったばかりなんだけど」
 
「もしかしたらその時期は内装工事とぶつかるかも知れない」
「ああ」
「ちょっと後で冬子と話してみよう。今日は無理だよね?」
「ライブ前だから。急用以外は避けた方がいいかも。1月9日でツアー終了だから、10日の午前中くらいがいいかも」
「OK。その日に電話してみる」
 

青葉は和実といっしょにいったん外に出ると、お店の駐車場側へ歩いて行く。 
「ベルトコンベヤ?」
 
店舗と自宅玄関の間にベルトコンベヤが設置されているのである。
 
「椅子を並べたり、撤去したりを頻繁にやっているもんだから、スタッフから付けてくれと言われて付けた。100万円で買えた。意外に安いもんだね」
 
100万円が安い!?和実って、大きな取引を大量にやって、どうも金銭感覚が崩壊しているみたいだなと思い、青葉は少し心配になった。
 
「あのベルトコンベヤの上に作ってる屋根って、建築許可取って作った?」
 
「あの屋根は実は細長いテントなんだよ。10分で立てられて10分で撤収できる。建築物ではないから問題無い」
 
「すごーい」
 

青葉は、千里がいつの間にか作ってしまっていた結界を利用して《姫様》の力を借りてここに財運が溜まるように調整した。いわば朱雀の効果を強めるものである。
 
『姫様、この結界ってこんな広いエリアをわずか4ヶ所のキーポイントだけで維持していて、人間業とは思えないんですけど、姉はどうやって作ったんでしょうね?』
 
『そんなの千里に直接訊けば良かろう?』
『姉が答えるわけ無いです!結界って何?私素人だから分からなーい、とか言われますよ』
 
『あはは』
 

青葉が和実と店舗内に入って話している内に、ジーンズ姿の25-26歳かなという感じの女性が入ってくる。
 
「おはようございます」
「おはよう、マキコちゃん。こちら、大晦日の時も会ったよね」
「おはようございます、大宮万葉先生」
 
「すごーい!ちゃんと覚えてるとは」
「私、一度会った人の顔は覚えますよ」
「客商売向きだね」
 
「さてここで問題です」
と和実は言う。
 
「マキコちゃん、大宮万葉さんの年齢を当ててみて」
「うーん。。。。鴨乃清見先生より年上に見えるけど、実は大宮先生の方が妹さんということだったから・・・・25歳?」
 
「ブッブー。さて大宮万葉さん、このマキコちゃんの年齢を当ててみよう」
 
「うーん。。。。凄く落ち着いた雰囲気だけど・・・・意外に若いような気もする。24歳?」
 
「ブッブー。正解は、大宮万葉は19歳、マキコちゃんも19歳」
 
「うっそー!?」
と青葉もマキコも声を挙げた。
 

「ついでに2人とも戸籍上は男だ」
と和実は言ったが
 
「あ、それは見た瞬間分かった」
とどちらも言うので、それには和実の方が驚いていた。
 
「私は来年誕生日が来たら、すぐ戸籍の性別を変更申請するつもり」
と青葉は言う。
 
「ああ、手術は終わっているんですね」
「うん。マキコちゃんもでしょ?」
「私は取り敢えず去勢したいんですけどね〜」
「まさかまだどちらも付いてるの?」
「ええ。おっぱいは大きくした、というか大きくなっちゃったけど」
「信じられなーい!」
 
と言ってから青葉は和実に言った。
 
「ね、この子ってここのチーフさんでしょ?」
「サブチーフなんだけどね」
「でもチーフのライムさんが今東京で研修中だから、今月は私が中心になってオペレーションしないといけないんですよ」
とマキコは言っている。
 
「ねえ、この子の去勢手術代、和実、出してあげたら?」
と青葉は言った。
「なんか最近、私、凄く気が大きくなっている気がして。こないだから若葉にだいぶ叱られた」
と和実。
 
うん。確かに確かに、と青葉は思う。
 
「大丈夫ですよ。頑張ってここでバイトしてお金貯めてから手術受けますから」
と当人のマキコは言っている。
 
「でもこの子、主力メイドでしょ?グランドオープン前にやってもらっていた方が助からない?」
 
と青葉は言う。
 
「そんな気はする」
と和実も言う。
 
「マキコちゃん、手術代、前貸ししようか?」
「マジですか?」
「それで来週の平日に手術してこない?」
「来週ですか!?」
 

青葉は早めの夕食を和実の自宅でマキコと一緒にごちそうになった。明日、この店でカウントダウンの前座としても出演していたボニアート・アサドのライブをするので、その準備でマキコは出てきたらしい。
 
「こけら落とし?」
 
「こけら落としは1月2日にやったんだよ。やはりボニアート・アサド。1ドリンク制の立見で365人入った」
「それ凄いと思う」
「うん。彼女達もお客さんがこんなに居る!って、はしゃいでいたよ」
「微笑ましいね」
「急に決めたし、宣伝もツイッターに書いただけだったんだけどね」
 
「いや、彼女たちのファン層ならネットがいちばん反応がいい。TVにCM流すより、ネットに流した方が効果がある」
「うんうん。そうだと思う」
 

青葉は5時半頃お店を出て、明日ローズ+リリーのライブが行われる宮城ハイパーアリーナを下見して来ようと思ったのだが、 
「良かったら私が送って行きましょうか?」
とマキコが言う。
 
「あ、いいのかな?」
「マキコちゃん、送って行きたいんでしょ?」
と和実が笑って言っている。
 
それでお願いした。青葉は車かと思ったのだが、バイクなのでびっくりする。 
「バイクは渋滞関係無いですから、こういう時間帯に威力を発揮するんですよ」
「確かに確かに。でもいつ免許取ったの?」
 
「自動二輪は高3の夏休みです。だからもう2人乗りできるんですよ。大型二輪はこの春に取りましたが」
 
「まあこんなマシンに乗っている人なら大丈夫だろうね」
「原付時代から通算すると走行距離はもう5万km越えてるから安心してください」
 
「凄い凄い。でもニンジャか!私の友だちでニンジャ大好きな子がいるんだよ。彼は250Rに乗っているんだけどね」
 
「私も最初は250R買ったんですよ。でも大型二輪免許取ったから、これに乗り換えたんです」
「すごーい」
 
それで彼女のバイクの後ろに乗ったが、すぐに指摘される。
 
「青葉さんも、バイクに乗るんですね?」
「うん。よく分かったね」
 
「だってちゃんと一緒に体重移動してくれるもん。すごく走りやすい」
「ああ。バイク乗る人同士だとそのあたりの感覚が分かりますよね〜」
「今何に乗っておられるんですか?」
「今、ヤマハのYZF-R25」
「ああ。いい感じですね」
「でも実はFJR1300ASをノリで買っちゃったから、春休みに教習所に行って大型免許取らないと」
「わあ。頑張って下さい」
「うん。ありがとう」
 
彼女は安全運転であったが、渋滞と無関係に進行できることもあり、25分ほどで着いてしまった。
 
「ありがとう。助かった」
と言って青葉はバイクを降りる。
 
「いえ。こちらもヒーリングして頂いてありがとうございました」
とマキコは言っている。
 
「あ、分かった?」
「凄く気持ちいい波動を感じました」
 
「なんか炎症起こして痛そうだなあと思ったから、ついやっちゃった。勝手にやってごめんね〜」
 
「たぶん、説明すると面倒だからかな」
「うん。実はそう。マキコちゃん、霊感が思ったより強そう」
「あまり霊感があるとは言われたことないんですけどね」
「うん。マキコちゃんの霊感は見えにくいんだよ」
 
ある意味、千里姉に近いタイプだよなあと青葉は思った。
 

青葉は翌7日の宮城ライブを終えた後、8日は冬子たちと一緒に移動して金沢公演に出る。そして9日はツアー最終の大宮公演なのだが、8日のライブが終わった後、冬子から
 
「ちょっと一緒に来て」
 
と言われ、佐良さんの運転するレンタカー・ヴォクシーに乗った。佐良さんは東京から新幹線で移動してきたのだが、富山で降りてこれを借りてきたらしい。金沢で借りなかったのは、金沢ではレンタカー屋さんの閉店時刻に間に合わなかったからである。
 
「どこに行くんですか?」
「安曇野(あずみの)まで」
「・・・長野ですか!?」
「そうそう」
「でも明日は大宮公演ですよね?」
「だから明日の昼くらいに安曇野から大宮に移動する。今夜は夜2時から5時まで、打合せ」
 
「凄い時間帯にしますね?」
 
疲れているので、2列目に冬子、3列目に青葉が座り、実際には身体を横にして仮眠していた。
 
しかし上信越道は例によって妙高高原付近で濃霧である。佐良さんがずっと1人で運転して消耗しているようだったので、妙高SAから姨捨SAまで青葉が運転した。
 

千里は1月6日の朝、用賀のアパートで作曲作業をしていたら秋風コスモスからメールがあった。電話がしていいですか?とあるので、いいよ〜と返信すると掛かってきた。
 
「醍醐先生、8日の深夜なのですが、少しお時間取れませんか?」
と言われる。
 
「8日? その日は試合がある可能性があって、そのあと打ち上げもあるから、22時くらいまで拘束されると思うんだけど」
「実は8日の26時、つまり9日の午前2時から、アクアに関する打合せをしたいんです。場所は長野県の安曇野なんですが」
 
「なんか凄い時間に不思議な場所で打ち合わせするね!」
 
「申し訳ありません。実は関係者全員の都合のつく時間帯がその日の午前2時から朝5時までの3時間しか無かったもので。場所も当日新潟や金沢、名古屋にいる人もあって、安曇野が全員のいる場所からベストの距離になるんですよ」
 
「分かった。こちらの宴会の後、そちらに向かうよ」
 

それで8日、17時から18時半までオールジャパンの決勝戦を戦った後、都内のレストランで打ち上げをし、これを21時半で終えた後、解散した所に矢鳴さんにアテンザで迎えに来てもらった。
 
「もしかしてお抱え運転手さん?」
と妙子から訊かれる。
 
「お世話になっております、キャプテン」
と矢鳴さんも挨拶する。
 
「私の書いている曲の貢献比率が高いもんだから、レコード会社が安全のため付けてくれているんだよ」
「なるほどー! でもあんたよく、作曲とかしている時間あるね。いつ見ても練習しているのに」
「その練習している時に、曲を思いつくんですよね〜」
「ああ、そういうのあるかもね」
 
千里がこれから安曇野に向かうと言うと、渡辺純子と黒木不二子がもし良かったら同行していいですか?という。千里は矢鳴さんのおしゃべり相手にちょうどいいと思ったので、2人に同乗してもらった。実際、千里は疲れているので車内ではひたすら眠っていたが、その2人が矢鳴さんとおしゃべりしていたので、彼女は眠気防止に助かったと言っていた。
 
千里たちは1時に安曇野の指定の宿に到着。矢鳴さんと純子・不二子は案内されて客室に行き、千里は旅館内の中宴会場という感じの所に案内される。既に来ているのは、秋風コスモス・川崎ゆりこ・アクア・絹川和泉(KARION)の4人である。コスモスたち3人は東京からだが、和泉は新潟から車で移動してきたらしい。
 
「お疲れ様です。すみません。こんな深夜に。何か飲まれます?」
とコスモスが言うので、千里はヱビスビールの琥珀350ml缶をもらった。 
「ワインだとリセットされちゃうけど、今日はリセットしない方がいいみたいだから」
と千里は言った。
 
「ごめーん。私は既にリセットしている」
と安曇野産の赤ワインを飲んでいた和泉が言う。
 
コスモスとゆりこはさすがにお茶である。アクアはコカコーラゼロを飲んでいた。 

たわいもないおしゃべりをしていて、千里もビールを1缶飲み終えたあたりで 
「じゃちょっと移動しましょうか」
とコスモスが言う。
 
ああ。ここで会議するのではなかったのかと千里は思ったが、案内されて行ったところが旅館内の温泉なのでびっくりする。
 
「ここでやるの?」
「朝5時まで貸し切りにしています」
とコスモス。
 
それでコスモスもゆりこも女湯に入って行く。和泉もそれに続くが、アクアは 
「あのぉ、ボクは?」
と言って困っている。
 
「アクアに関する打合せだから一緒に来てもらわなくちゃ」
「まさか女湯に入るんですか〜?」
「いつも入っている癖に」
「それは・・・そうですけど・・・」
などと言って恥ずかしがっていたが、実際には脱衣場まで行くと、アクアはお股はタックしているし、ブレストフォームも付けている。
 
「それでは男湯に入れなかったじゃん」
と和泉から指摘されて恥ずかしがっている。
 
まだ恥ずかしがっている所がアクアだな、と千里は思った。丸山アイだと、堂々と女湯に入っているみたいだしと考える。
 

それで各自身体を洗って湯船に浸かっていたら、すぐに冬子と青葉が到着した。この2人は金沢から来たらしい。更にその後、上野陸奥子と(男子用水着を着けた)今井葉月(天月西湖)が到着した。彼女たちが名古屋方面から移動してきたらしい。
 
葉月は「え〜?女湯に入るんですか?」などと声をあげていたが、アクアがいるので少し安心したようである。今夜のメンツの中で男の子はアクアと葉月だけだが、実はアクアは女体偽装している。そのことに初期段階では葉月は気付いていなかった。
 
今回の打合せの議題は、アクアの性別問題であった。
 
コスモスはこの場で再度アクアに本人の性的な傾向を問い糾した。コスモスは「君が本当は女の子になりたいのであれば、事務所側もそういう方向で対応する。怒らないし、違約金も請求しないから正直に言って欲しい」と言った。 
それに対してアクアは「ぼくは男の子です」と即答した。
 
「女の子の服を着るのは好きだけど、女の子になりたい訳ではないです」
と彼は言う。
 
「女湯にも実際問題としてしばしば入っているよね。それは自分が女だと思っているからではないの?」
とコスモスは訊くが
 
「男湯に入ろうとしても、摘まみ出されるんですよぉ」
とアクアは言う。
 
「いや、それで女湯に入れるところが凄い」
「女湯に入って、興奮したりすることないの?」
 
「興奮って何ですか?」
とアクアが訊くのでみんな顔を見合わせる。
 
「実際アクアはアセクシュアルなんですよ。女性に興味がないから女性の裸を見ても何も感じない。実際、今アクアと葉月を見比べてみると分かりますよね。葉月は凄く居心地悪そうな顔をしている、あそこを隠しているから、ちょっとやばい状態ではないかという気がする。でもアクアは普通にしている」
 
と川崎ゆりこが言った。
 
葉月が俯いて真っ赤になっている。
 
どうも今夜、わざわざ女湯の中で会議をしたのは、そのあたりのアクアの性的な傾向を確認するためだったようである。葉月が連れてこられたのは「比較対照とする同年代男子のサンプル」ということだったようだ。
 

アクアの声変わり問題についても再度確認がされる。
 
アクアは正直に女性ホルモンも微量使用していることを認めた。更にアクアは自分の希望で、専門家に依頼して、自分の体内のホルモンバランスを精密にコントロールしていることも明かした。
 
専門家というのは実は青葉なのだが、この場にいる多くの人が医師の管理下にあるのだろうと解釈したようであった。もっとも青葉は声変わり問題については、千里も何かしているようなので、それが何なのか気になっていた。 
「だからぼく、声変わりもまだしばらくはしないけど、おっぱいが大きくなったりもしないんです」
と彼は言う。
 
「おっぱいは実は欲しいんじゃないの?」
と上野さんがツッコミを入れるが
 
「まだ無くてもいいです」
などとアクアは言っている。
 
さっきは自分は男の子だ。別に女の子になりたくはないと言っていたのに、おっぱいに関して『まだ』無くてもいいと言うあたりが、実際のアクアのまだ迷っている心情を表しているのだろう、と青葉は考えた。
 
またアクアはボイトレで獲得したという『男声』も披露した。
 
“普通の男の娘”だと必死で練習して《女声が出るようにする》のだが、アクアの場合は、頑張って練習して《男声も出せるようにした》のである。この声を4月から放送される『ときめき病院物語3』で公開しようとコスモスは言っていた。
 

この他、アクアの制作方針として、昨年はアクアの負荷が高すぎたとして、映画を制作する場合は、最低でも3ヶ月程度の期間を取り、その間はそれだけに専念させてドラマや歌手活動とは並行させないこと。またアルバムの制作はせず、当面シングルのみで行くことなども確認した。
 
この夜の打合せの最後、朝5時になって、そろそろ解散しようかという時になって、コスモスは言った。
 
「でもアクアに女の子になる気が全く無いのであれば、安心してたくさん女装させられるな」
 
「え〜〜〜!?」
 
みんな笑っていたが、アクアは物凄く期待するような表情をしていた。 
やはりこの子って基本は《女装好きの男の子》なんだな、と青葉は微笑ましい気分で彼を見ていた。
 
「ところでアクアちゃん、アイちゃんたちのCBF(女湯の会)には入ったの?」
「会員証が送られてきました!」
「あはは」
 

冬子と青葉はこの打合せの後、旅館の部屋に移って昼くらいまでぐっすりと寝ると、その後、佐良さんの運転で今回のツアーの最終公演地・大宮に移動した。
 
ローズ+リリーの大宮公演は1月9日(祝)21時すぎに無事終了した。マリとケイの2人は何度も何度も2万人の大観衆にお辞儀をしていた。
 
出演者・伴奏者は東京都内のホテルに移動して、そこの宴会場でツアーの打ち上げをした。高校生以下の伴奏者は最初の乾杯にだけ参加して、その後は仕出しと飲み物をもらって部屋に引き上げる。実際には個人的に特定の部屋に集まって遅くまでおしゃべりしていた子もあったようである。
 
ケイから「今年の復興支援イベントの概略が決まったので」という発表がある。(実はカウントダウンライブの後の打ち上げの席で決めてしまったものである。会場も5日には決まった) 
「期日は3月11-12日、土日です。例によってこのイベントではギャラをお支払いすることができません。それどころか交通費・宿泊費も自腹です。ですから、基本的には私とマリ、それにスターキッズだけでやろうと思っています」
 
とケイは説明した。
 
「それ結構アレンジを変更することになるよね?」
と鮎川ゆまが言っている。
 
「まあ何とかなるでしょう」
とケイは言った。
 
「スコアの書き直しくらいはボクがやってあげようか?」
とゆまが言うので
「助かるかも」
とケイも答えている。ゆまは昔からアレンジ譜の作成がひじょうに早かった。 

「ローズ+リリーだけでやるの?」
「ローズ+リリー, KARION, XANFUS, ゴールデンシックスの4組が主宰です」
「ああ、そこにゴールデンシックスが出てくるのか」
「同年代ということで」
「08年組でもAYAはプロダクションの制約があってなかなかその手のイベントに参加できないからなあ」
 
「それと§§ミュージックが参加してくれることになったんですよ」
「おお」
「それでアクアが2日間とも午前中に登場して11日の午後は§§ミュージックの他の女の子たち、まあ一部女の子じゃない子もいますが」
「ああ。ネオン君か」
「あと12日の午後が、主宰の4組ですね」
「真打ちだね」
「まあそういうことで」
「アクアは2日間登場か」
「確実に彼だけでその枠は完売するので、たくさん被災地に寄付できますから」
 

宴会は次第に小グループに分かれて各々で話が盛り上がる感じになっていく。近藤さんと鷹野さんにリダン♂♀の中村さんが飲み比べをしているのを七星さんが冷たい目で見ている。
 
ケイは桃川春美・野乃干鶴子と話し込んでいたが、マリはムーンサークルの2人と一緒に食べ歩きをしていた。ふたりが「マリさん、ほんとによく入りますね!」と感動?しているようであった。
 
香月さんと酒向さんが話し込んでいた時に、香月さんと呉羽ヒロミの視線がたまたまぶつかった。香月さんがヒロミを手招きする。
 
「まあお疲れさん」
と言って香月さんがビールを注ごうとするが
「すみません。まだ未成年なので」
と言って、断る。
「だったら」
と言って酒向さんがボーイを呼び、コーラを持って来てもらって3人で乾杯する。 
「ローズ+リリーのツアーへの参加は初めてだったよね」
「はい。実は大宮万葉さんのコネでの参加だったんです」
「ああ。青葉ちゃんのお友達か」
「はい」
 

「君もしかして男の娘?」
と酒向さんが訊く。
「ええ。実は」
「声のトーンが低いからもしかしてと思ってた」
「声は苦労してます。まだなかなか高い声が出ないんですよ」
 
「身体はどこまで直してるの?」
「一応全部終わってます。20歳になったら性別変更を申請します」
「おお、それは凄い」
「ケイや青葉ちゃんもそうだけど、最近は若い内に手術しちゃう子が多いよね」
 
ケイ自身は20歳になる直前の4月に性転換手術を受けたと主張しているものの、周囲の人間でさえ、その話をほとんど信じていない。多くの人が高校生の時に手術したものと思っている。
 
「でもトランペット上手いね」
「中学のブラスバンドで吹いていたんです。でも一時期女性ホルモンの影響で筋肉が落ちて、うまく吹けなくなっていたんですよ」
「ああ。やはり男の身体を女に作り替えていくと、筋肉がめちゃくちゃ落ちるだろうね」
「握力が男性時代の半分に落ちました」
「そんなに落ちるのか!」
「だからその後、徹底的に鍛え治してまた吹けるようになったんですよ」
「それは頑張ったね」
 

「ちょっとヒロミの身体についてはちょっと私責任感じていて」
と青葉が寄ってきて言う。
 
「女の子になりたがっていたのをかなり煽って、その気にさせちゃったから」
と青葉は言う。
 
「でも煽られていなかったら、たぶん私30歳くらいまでぐずぐずしてたと思う。高校の先生たちのおかげで、大学には女子として入学することができたし」
 
「ああ、それは良かったね」
 
「大学は何学部?」
「医学部です」
「すげー!」
 
「だったら勉強忙しいでしょ?」
 
「ええ。でも小さい頃からお医者さんになりたいと思っていたから嬉しいです」
「あとは6年間頑張って勉強して国家試験受けて」
「そのあと更に5年間の研修医期間が待っているんですよね〜」
「一人前の医者になるのに11年間か」
 
「まあでもそのくらいは必要だと思いますよ。アメリカなんか普通の大学を出たあと、更に医学学校に通ってやっと医師の資格が取れるから。どこの国も安易には取れない資格になっているんですよね」
 
「でも医者って余っているのか足りないのかよく分からない」
と香月さんは言う。
 
「どうしても偏在してますよね。都会では余り気味、田舎では完全に不足」
「うちの田舎の町立病院で産科が廃止になって、子供産むには50km離れた都市まで出なければいけなくなった」
「産科医は特に都市集中が激しいです。でも逆に田舎では経営的に成り立たないんですよ。田舎に若い人が居なくなってしまっているから」
 
「そのあたりは日本の構造的な問題という気がする」
 
「あと産科医の場合、お産の事故を減らす為にも複数勤務態勢にしようということで、敢えて都市部に集めたのもあるんです」
 
「確かに1人しか医師が居ない所で2人同時にお産が始まったらどうにもならん」
 

「離島とかではリモート医療の試みとかもされているね」
 
「ええ。その内、あれは一般的になると思いますよ。どうしてもリモートではできないような患者は自衛隊とかに緊急搬送してもらってとかに連れてくるとしても、普通の風邪とか小さな怪我はけっこうリモートで治療できると思うんですよね」
とヒロミは言う。
 
「その内盲腸の手術くらいはリモートでもできるようになるんじゃないの?」
と香月さんが言うので、青葉はギクッとする。
 
青葉は実は「夢の中で」急性虫垂炎の手術をして台風の最中、自衛隊でも搬送ができなかった患者を助けた経験がある。
 
「それは多分10年以内にできるようになると思います。看護師クラスの医療知識のある人が患者にモニター用の機械を取り付けた上で、注射器とかガーゼ、縫合針、レーザーメスや剪刀、ピンセットや鉗子などといったものをロボットハンドで代わる代わる持っては手術していく」
 
「その場合、たぶん自動で手術する方法と、遠隔地にいる医師がリモートで手術する方法があるよね?」
「はい。そのどちらも今後発展していくと思います。急性虫垂炎とか帝王切開はひょっとすると、リモートより自動の方が安全度が高くなるかもしれません」
 
「あり得る、あり得る」
 
「リモートでやる場合って、やはりパワーグローブとか使うの?」
「色々やり方はあると思いますが、MR (Mixed Reality)的にあたかも自分で目の前にいる患者を手術しているような感覚でする方法がたぶん有望だと思います」
とヒロミは言う。
 
「ああ、それはいいね!」
「実際MRは既に手術の現場に導入されているんですよ。事前にMRIで撮影して確認しておいた病巣部分が、現実の視界に重ね合わされるようになっていて、間違い無くそこを切除したりするのに使うんです。自動車の修理とかでも同様のことをしていますよ」
 
「そういうのやっていれば、患者がリアルに目の前にいても、実際には遠隔地にいても、大差無い気がする」
 
「ええ。だから20年後くらいには、偉い先生の手術を全国どこの病院の手術室でも受けられるようになったりすると思います」
 
「そういう時代が来るのは時間の問題だろうね」
 
「MRって色々な場面で使えそうだよね」
と香月さんが言う。
 
「2014年春のツアーで、ローズ+リリー、ローズクォーツ、KARIONのツアーを同時進行させた時にケイさんがホログラフィでローズクォーツの会場に登場しましたよね」
と青葉が言う。
 
「ああいうのは多分もっと一般化すると思うんですよ。あれはおふざけでやったんですけど、集団アイドルのメンバーの一部がホログラフィとかいうのは普通に行われるようになっていく気がします」
 
「ホログラフィではないけど、以前男性アイドルグループのメンバーが1人欠席した時に、映像出演させたことあったよ。残りの4人が歌って踊る背面に鏡みたいな衝立を立てて、そこに欠席したメンバーの映像を流したんだよ」
 
「ありましたね!」
 
「その内、全員が映像かホログラフィになってたりして」
と酒向さんが言うと
 
「それ笑えない」
と香月さんは言っている。
 
「観客も全員ホログラフィだったりして」
「会場の建物もホログラフィだったりして」
 

青葉はこの日聞いた話の中にどこか引っかかるような内容があった気がした。しかしそれが何なのかはよく分からなかった。
 
宴会が終わった後は、終電に飛び乗って大宮まで行き、彪志に駅まで車で迎えに来てもらって、彼のアパートに転がり込んだ。このまま1月15日までここで過ごすことを母から認めてもらっている。束の間の《夫婦生活》である。学校の方は14-15日がセンター試験で、大学の講義はその後16日から再開される。
 

一方千里は8日深夜(9日早朝)の安曇野での会議が終わると、すぐに単独でアテンザを運転して東京に戻った。渡辺純子・黒木不二子はもとより、矢鳴さんも置き去りである。そして朝1番で川崎のレッドインパルス体育館に行くと《すーちゃん》相手に練習を始めた。
 
オールジャパンが終わったばかりだが、オールスターも目前である。
 

竹西佐織(メイド名マキコ)は面倒なので、クレールのオーナー月山和実(*1)の先輩で温泉旅館・玄武閣のオーナー小比類巻悠子(*1)の《姪》ということにしているもの、正確には悠子の従姉の息子である。つまり従甥(いとこおい)にあたる。佐織の祖母と悠子の母が姉妹という関係だ。
 
出生名は佐理(さとし)だったのだが、物心付いた頃から明確な女性志向があり、いつもスカートを穿いていた。幼稚園や小学校低学年ではみんなから漢字を音読みした「サリー」と呼ばれており、小6の時に「佐織(さおり)」への改名が認められたので、中学にはその名前で入学することができた。愛称は「サリー」のままである。
 
女性ホルモンは小学4年生の時から摂っているものの、外科手術はまだ何もしていない。和実には中高生時代は学生服をやむを得ず着ていたと言っておいたものの、実は女子制服で押し通している。最初は生活指導の先生からあれこれ言われたものの、頑張ってそれで通してしまい(結構味方してくれる先生もいた)、最終的には学校から黙認状態にされていた。
 
高校を出たらできるだけ早い時期に取り敢えず去勢しようと思っていたものの、困った状況になりつつある。
 

(*1)工藤和実は月山淳との結婚により月山和実になった。佐々木悠子は小比類巻伊織との結婚により小比類巻悠子になった。
 

それはバイクの趣味にお金が掛かりすぎることである。
 
性転換手術代を自分で貯めようと思い、高校1年の時からバイトをしていて、そのバイトの関係でまず原付の免許を取った。高校3年の夏休みに普通二輪の免許を取り、大型に乗り換えた先輩から10万円で譲ってもらったカワサキ・ニンジャ250Rに乗る。
 
この時点では去勢手術代として既に20万円溜めていたものの、母親から手術はせめて高校を卒業してからにしなさいと言われたので、取り敢えず10万くらい流用してもいいかなと思ったのである。もっとも高校3年の秋からは受験勉強のため、バイトする暇は無かった。
 
高校を卒業して大学に合格し、取り敢えず春休みは大型二輪の免許を取りに行ったが、その学費で10万払うと貯金が無くなってしまった!
 
春からファミレスのバイトをするが、バックレて女子大生ということにして仕事に励んだ。それで4〜7月で(ゴールデンウィークにフルで働いたこともあり)30万円貯まったのだが、ここでもっと大きなバイクに乗り換える誘惑にかられてしまう。
 
ローンで中古のNinja-H2を200万で買っちゃおうかなと思ったものの、母から「中古車はどこか傷んだりしていて事故につながると怖いから新車にしなさい」
と言われてしまう。自分の性別のことを容認してくれている母から言われると佐織は弱い。それで結局Ninja-H2の新車(約300万円)を10年ローンで買ってしまったのである。貯金の30万を頭金として入れ、これまで乗っていた250Rも下取りしてもらい、残りの返済は毎月約25000円である。
 
それでそれ以降、貯金が全く貯まらないのである!
 
250ccバイクはガソリン代以外には大してお金が掛からなかったのが、リッターバイクは税金も掛かるし、母から言われて任意保険に入ったらその保険料が毎月結構掛かるし、それに加えてローンの返済があるので、ファミレスのバイト代が全部そういうのに消えてしまい、新学期になって教科書買うお金が無くて母に一時的に借りたりしていた。
 

このままではいつまでたっても身体をいじれない!いっそ先に去勢してしまってバイクは頭金無しで買うべきだったかと後悔したが、使ってしまったお金は元には戻らない。
 
それで思いあまって、いっそ風俗のバイトをしちゃおうかと思い、ファミレスを辞めて、着衣の男性の足の上にこちらも着衣(ミニスカート)のまま跨がり身体を動かす、というお店(世の中色々なお店があるものだと佐織は思った)に行こうとした所を母に見つかる。
 
それで叱られて、そこには謝って入店はキャンセルしたものの、何か新しいバイトを見つけなければならない。
 
その時、悠子からメイド喫茶のメイドをしないか?という話があったのである。 
母はメイド喫茶なんて、いかがわしい店では?と最初思ったようだが、悠子の話を聞き、そういうしっかりしたお店なら、と容認してくれた。それで面接に行き、即採用される。一応4月からということだったので、その間3ヶ月はデータ入力オペレータのバイトでもしようかと思っていた所が、急遽1月から頼むということになり、こちらは大歓迎だった。
 

カフェのバイトは高校生時代に経験があり、ドリップコーヒーもエスプレッソも入れることができたし、当時上手な先輩から習って、ラテアートも色々と作ることができるようになっていたので、オーナーさんから「頼もしい」と言われた。オーナーさんは20歳くらいかと思ったら、25歳というので驚き!ついでに、オーナーの彼氏(彼女?)が女装者であることに気付いて、ここちょっと親しみが持てるかもと思った。
 
彼氏が女装者なのだったら、私も普通の女の子的に扱ってくれるよね?きっと、などと思う。一応自分の性別は悠子がバラしてしまっている。
 
オーナーさんは昨年夏に子供を産んだばかりということで可愛い赤ちゃんを抱いていたが、佐織はその子供のタネはどうしたんだろう?と疑問を感じた。彼氏はどう見ても女性ホルモンをやっている。精子がある訳無い。タネは別の人のものなのか、あるいはまだ精子があった頃に冷凍保存していたものなのか。 

初仕事は12月31日のローズ+リリーのカウントダウンライブに出す出店になった。お店自体のオープンは6月頃という話だったのだが、オーナーの月山さんはローズ+リリーの2人とお友達ということで、直前にキャンセルした出店の代わりに急遽出店することにしたらしい。
 
この会場にまだ客を入れる前、出店に姉妹のミュージシャンが訪れた。ただ、妹の方は天然女性のようだが、姉の方はどうも男の娘っぽい。それが鴨乃清見と大宮万葉と聞いてびっくりした。鴨乃清見は大ヒット曲がいくつもあるし、大宮万葉といえばアクアの事実上の仕掛け人という噂のある人物である。見た感じは30歳くらいに見えたのだが、てっきり23-24歳くらいでそちらが妹と思っていた鴨乃清見のほうがお姉さんということだったので、実際には鴨乃清見が28-29歳で、大宮万葉は26-27歳だろうかと想像した。
 
本来の年齢より年上に見られやすいというのは自分も昔からそうなので大宮万葉には少し親近感を感じた。佐織は高校の時、引率の先生と間違われたことがある。 
それと・・・妹の大宮万葉は何だか凄い霊能者だぞと佐織は思った。お姉さんの方も少し霊感があるようであった。佐織はあまり人から言われたことはないのだが、個人的にはわりと霊感がある気がしていた。それでこういうのもわりと分かる。そもそもクレールの月山オーナーも結構な霊感の持ち主である。 

その大宮万葉が1月6日の午後クレールを訪れ、その日は佐織も明日のライブの仕込みのため、店を訪れていた
 
それで彼女が19歳と聞いて仰天する。
 
19歳なら、19歳なら。。。
 
もっと若い服を着ろよ!!
 

話している内に、彼女(以下、大宮万葉というペンネームではなく本名の青葉で呼ぶ)は、やはり佐織が思っていたようにMTF-GIDで、既に性転換手術も終わっており、来年5月に誕生日がきたらすぐ戸籍の性別変更を申請する予定だという。わぁ、いいなあと思った。
 
彼女は佐織も既に性転換手術を受けていると思ったらしいが、こちらはまだ何もいじっていない。ところが彼女は、佐織が去勢手術を受けられるように、お金を貸してあげたら、とオーナーに言う。
 
佐織は
「大丈夫ですよ。頑張ってここでバイトしてお金貯めてから手術受けますから」
 
と答えたのだが、青葉は主力メイドである佐織が、手術のために休まれると困るのではないか?だったら、グランドオープン前に手術を受けてもらった方がいいと言う。
 
しかし自分は2月にはメイドカフェの運用に慣れるため、東京のエヴォンという店に研修に行くことになっている。そうなると確かに受けるなら1月中という気もしないではない。
 
それで話している内に、オーナーが
 
「マキコちゃん、手術代、前貸ししようか?それで来週の平日に手術を受けておいでよ」
と言い出した。
 
佐織は
「来週ですか!?」
とマジ仰天した。
 
確かに近い内に去勢したいとは思っていたが、来週!?
 
それでノリだけはいいオーナーは自分で仙台近郊の、その筋ではわりと有名な病院に電話して、来週去勢手術ができないかと問い合わせていた。すると、来週では無かったが、1月23日(月)なら、ちょうど1件キャンセルがあったので、入れられるという話である。
 
「マキコちゃん、手術しちゃう?」
「あはは、手術しちゃおうかな」
 
とマキコもノリで答え、それでマキコは半月後に男性を引退することになったのであった。費用は諸経費込みで32万円ということだったので、その場でオーナーが32万円現金で渡してくれた。マキコも借用証書を書いて渡した。
 
でもこれそれまでに使い込んじゃったらどうしよう!?
 

一緒に早めの夕食をオーナーさんから頂いて、そのあと青葉さんは明日のライブの下見に行くというのでバイクで送って行ってあげることにした。その時、青葉のオーラが自分を包み込み、特にあの付近に作用しているのに気付く。 
凄く気持ちいい!
 
これはヒーリングだ。
 
実は佐織は先月下旬頃からあの付近が炎症を起こしていた。佐織は女性ホルモンを飲んでいるので、どうしても性器全体が萎縮しがちである。それで実はあれを覆っている皮が縮みすぎて、中身より小さくなってしまっており、それで何かの拍子に中身が少し膨らむと、それを覆いきれずに一部切れてしまうのである。これが物凄く痛い(だから実はHなことを想像する度に痛くなる)。
 
血が出るので、ずっとパンティライナーを付けている。実は一度大量出血してパンティが真っ赤になり、ナプキンを付けていた日もある。その痛い部分が彼女のヒーリングで痛くなくなって行っているのである。
 
実はここ数日あまり痛いので、いっそ根本から切り落としたい気分だったのだが(切り落としたいのは小さい頃からずっとそうだが)、彼女の《治療》で、思いあまって切り落としたりしなくても済みそうな気がしてきた。
 

別れる時佐織はヒーリングの御礼を言った。
 
「あ、分かった?」
「凄く気持ちいい波動を感じました」
 
「なんか炎症起こしてるなあと思ったから、ついやっちゃった。勝手にやってごめんね〜」
「たぶん、説明すると面倒だからかな」
 
こういう霊的な操作というのは、説明しようとすると何から説明していいのか難しい所がありそうである。しかもこういうヒーリングというのは、極めて特殊な能力という気がする。
 

仕込み作業は思っていたよりは早めに終わり、その日は自宅アパートに帰るのも面倒なので、オーナーの自宅に泊まり込んだ。
 
それで7日はボニアート・アサドのセカンド・ライブを実施。先週より更に多くのファンが詰めかけて大忙しだった。特に今回はライムやクロミが東京に研修に行っていて、不慣れな新人さん3人と一緒にオペレーションしたので、佐織の忙しさは凄まじいものがあった。
 
何とかやり遂げて、さすがに疲れたので、そのままオーナー宅で仮眠させてもらい、結局そのまま明日の《ライジンク・アップ》というセミプロのアーティスト5人によるジョイントライブの仕込み作業にも参加する。 
それをやっている最中に、今度は青葉さんの姉の鴨乃清見こと千里さんが来訪する。それはいいが彼女が、アクアと彼女、もとい彼の所属事務所の社長でもある元アイドルの秋風コスモスと3人だったので、びっくりした。 
3人は内密の打合せがあり、ここに来たということのようだ。東京近辺でやると、人に見られやすいから、こういう田舎までやってきたのだろう。 
でも超人気のアクアを身近で見られてラッキー!と思った。
 
アクアはライトブルーのブラウスに可愛いベージュのキュロットスカートを穿いていた。この子、こういう服が似合うもんなあと思う。実は佐織もアクアのCDはこれまで3回買っている。
 

こちらの仕込み作業は午前2時くらいで完了したのだが、彼女たちの対応があるので、オーナーだけは起きていると言った。それを佐織は
 
「店長こそお疲れでしょ。少し休んで下さい。私が対応しますよ」
と言ったので、マジで疲れているふうのオーナーはそれで佐織に任せて、いったん自宅の方に移動した。
 
コーヒーのお代わりという声に、佐織がカフェラテを2つと中学生のアクア用にココアを作って持って行くと、ラテアート可愛い!と言って、アクアが凄く喜んでいるが(猫さんと羊さんを描いて持っていった)、その喜んでいる本人が凄く可愛かった。
 
そしてアクアの《生声》を聞いて、この子の声は女子中生の声にしか聞こえないと思う。
 
やはりこの子、去勢してるよね?と思う。でないと、この年齢で声変わりしてないなんてあり得ない!アクアは15歳のはずである。ただ、物理的に去勢するのは色々問題があるだろうから女性ホルモン投与による化学的去勢かなあ、などとも思う。ただ女性ホルモンをやっているにしては、おっぱいは無いようなので、元々女性ホルモンのレセプターが弱いのか、あるいは医師の管理下で、凄く絶妙な投与をしているのか、などとも考える。
 
むろん守秘義務があるので、そういう話は他人とはしない。
 
この日は朝4時頃、オーナーが起きてきたのと交代して仮眠した。
 

桃香はかなり暇をもてあましていた。実際問題として11月下旬に退職して以来、日々することがないのである。
 
この時期は2週間に一度産科に行き、検診を受ける。エコー写真を撮ってもらうほかは、特にすることがない。妊婦用の雑誌など読んでもすぐ読み終わってしまう。優子や鈴子など一足先にママになった友人と電話で話すが、彼女たちは子育てで忙しいので、あまり長時間話せない。
 
千里は忙しいようで、なかなか帰って来ない。
 
週末の度にあちこちに出張に行っているようで、様々な所のお土産を持ってくるものの、短時間の滞在ですぐ帰ってしまう。12月19日は九州のお土産を持ってきて、そのまますぐ出かけて次に戻って来たのは12月29日である。その間桃香は暇で暇で死にそうな気分だった。仕方ないので図書館に行って色々本を借りてきて読んでいた。
 
12月29日に戻って来た千里は、30日は1日居てくれて、食糧のストックを少し作ってくれる。30日の午後には高岡から母が出てきてくれて、おせちを作ってくれる。母がこのアパートのキッチンを使っているので、千里はどうも自分のアパートのキッチンで色々料理を作り、それをこちらに持ち込んで冷凍室に放り込んでくれたようである。
 
そういう訳で30日の夜は母と2人で経堂のアパートで寝た。千里は用賀の方で寝たようで、31日の朝一緒に朝御飯を食べた後はまた出かけて行った。その日は彪志君のアパートに母と一緒に移動した。ただし青葉は東北・北海道方面に仕事で行っているという話であった。
 

3ヶ日は桃香と母と彪志君の3人で過ごした。4日の昼くらいに青葉が戻ってきて、あらためて、おとそ・雑煮・おせちを頂く。青葉は6日の昼前には彪志を放置してまた出て行ってしまった。
 
8日朝、千里が戻って来て、和実のお店で作ったというオムライスとホットミルクを出した。それで、桃香・母・彪志・千里の4人でオムライスを食べる。母と彪志君はカフェラテを飲んでいたが、ラテアートがとても美しかった。しかし朝御飯を食べると、千里は又出て行った。
 
この日の昼には母も高岡に帰還する。このタイミングで桃香は自分のアパートに戻った。青葉は結局10日の昼過ぎに彪志君のアパートに戻り、15日の午後に高岡に帰ったようである。
 
千里は8日朝の次は10日朝に戻って来たが、すぐに出て行く。その後、13日までこのパターンが続き、14-15日の朝は戻って来なかった。16日以降はいつものパターンに戻ったようで、平日の間は夜8時から10時くらいだけ桃香のアパートに滞在し、晩御飯だけは一緒に食べるものの、土日はまた日本のどこかに出かけているようであった。やはりSEって忙しいんだろうなと桃香は考えていた。 
 
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