【春想】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-09-09
8日にオールジャパンが終わった後、普段の生活パターンを取り戻した千里は13日は桃香と朝御飯を食べてから、午前中のいつもの練習の後、お昼に東京駅に集合した。松前乃々羽・湧見絵津子・渡辺純子・翡翠史帆・鞠原江美子と6人で一緒に上越新幹線に乗る。
純子とはチームメイトなので一緒に行こうかと言っていた所に純子の親友の湧見絵津子が乗っかかり、絵津子がチームメイトの史帆を誘った。乃々羽は午前中千里と一緒に練習していたので、その流れで一緒になり、江美子は実は最初から千里が誘っていた。
「こないだのオールジャパンの後で、ルナと話したんですよ。乃々羽さんとルナとで特訓やってたんですね」
と史帆が言うが
「それ内緒でね」
と乃々羽が言っている。
ルナこと雨地月夢(あまち・るな)は現在乃々羽のチームメイトであるが、高校時代は史帆のチームメイトであった。高校時代のチームメイトというのはやはり特別な存在である。
「でもオールスターの発表があった時、私はネットで『なぜこんな選手を選ぶんだ?』とか、無茶苦茶書かれていたけど、オールジャパンで私の評価は変わった感じだね」
と乃々羽は楽しそうに言っている。
「ノノちゃんが変えたんだよ。オールスターにふさわしい選手だよ」
と江美子は言っていた。
今年のWリーグ・オールスターは昨年と同じく、新潟県長岡市のシティホールプラザ《アオーレ長岡》でおこなわれる。選手は13日の夕方にいったん集合し、簡単な打合せをした。
14日は朝からイベントが始まる。
千里たちは朝食後、7時から会場で公式練習をする。この様子をSS1席(2万円)の購入者に特別公開するのである(このイベントは自由席なら2000円)。この手の「観客に見せる練習」は日本代表の活動でも散々やらされているが、お客さんに楽しんでもらうのもお仕事である。千里が遠投して夢原円がアリウープでゴールする、などといったこともやってみせ、観客から思わず「おぉ!」という声があがっていた。
午前中も色々行事は行われているものの、千里たち東軍のメンバーは近隣の体育館で軽く連携練習をした後は、各自ホテルに戻り仮眠を取った。
様々なチームからの混成になっている西軍に比べて、東軍はほとんどがサンドベージュとレッドインパルスの選手なので、連携がひじょうにうまく行きやすい。(この2チームと他チームの実力差が大きすぎるのでこういうことになってしまう)
12:00からスリーポイントコンテストが行われる。
今回の出場者はこの7名である。
中井翔子(CS) 佐伯伶美(BR) 翡翠史帆(SB) 石川美樹(SS) 広川妙子(RI) 村山千里(RI) 花園亜津子(EW/昨年優勝者)
スリーポイントライン上に設置した5ヶ所のラックに乗せられた5個のボールを1分間の間にできるだけたくさんゴールに放り込む。各ラックには4個のオレンジ色のボールと1個のカラーボール(赤・白・青に色分けされたボール)があり、オレンジ色のボールは1点、カラーボールは2点である。但しラックの内1個は全てカラーボールで、このラックは各参加者がどこでも好きな所に置いて良い。つまり最大点数は(1x4+2x1)x4 + (2x5) = 6 x 4 + 10 = 34点である。
最初に地元選出の中井さんが挑戦したが1分間では4番目のラック途中で時間切れとなり、9点であった。西軍の佐伯さんが挑戦したが彼女も最後のラックまで辿り着けずに8点、東軍の史帆が最後まで投げきって12点、西軍の美樹が11点、東軍の妙子が14点、と盛り上がった所で千里が登場する。
背中に亜津子の視線が焼き付くかのようである。
千里は最後のラックにカラーボールを5個置いた。一番不利な置き方である。万一そこまで辿り着けないとボーナスチャンスを無駄にしてしまう。
時計がスタートする。最初のラックを全部入れて6点。次のラックへ走る。そのラックも全部入れて12点、次も全部入れて18点。会場が騒然としている。次は1個だけ外して23点。そして最後5個のカラーボールを全部入れ10点を重ねて33点とした。消費時間は50秒である。
花園亜津子とタッチして端に並ぶ。妙子も美樹も史帆も「さっすが」と言っているが、中井さんは信じられない!という顔をしている。
花園亜津子も千里と同様カラーボールだけのラックを最後に置いた。千里も亜津子も「60秒も要らない」のでどこに置いても同じなのである。それなら盛り上がる最後に置くのがプロの流儀だ。
亜津子が撃つ。走る。撃つ。走る。撃つ。走る。撃つ。走る。撃つ。
この間ひたすら入り続ける。観客が息を呑んで見つめている。パーフェクト行くかと思ったら最後のカラーボールがいったんリングの中に入ったのに、そこから飛び出してしまった!
それで32点である。
物凄い拍手がある。
しかし亜津子は両手を頭にやって、物凄く悔しそうな表情であった。戻ってきて「負けた〜」と言って、取り敢えず千里とハグした。なお亜津子の消費時間は53秒であった。
上位3人が表彰されるのだが、3位の妙子は
「上の2人とレベルが違いすぎる」
と言って、辞退してしまい、千里と亜津子だけがゲストで来ていた三木エレン(昨年春で引退)から表彰された。3位賞金は妙子の希望で、赤い羽根共同募金に寄付された。
13:00からは今度はスキルズチャレンジが行われる。今度はドリブル・パス・シュートの総合プレイをタイムで競うものである。
ボールを持ってまずはレイアップシュート。横向きに置かれた丸い枠の中にダイレクトパスとバウンドパスでボールを放り込む。その後、コート内に置かれた障害物(敵選手に見立てる)をかわしてドリブルしていき、フリースローの距離からジャンプシュート。その後スリーポイントを決めて終了。シュートやパスは失敗したら成功するまでしなければならない。
出場したのはこういうメンツである。
加藤絵理(EW) 渡辺純子(RI) 鈴木志麻子(BM) 湧見絵津子(SB) 大野百合絵(FM) 夢原円(SB) 馬田恵子(EW/昨年優勝者)
先頭に純子たちの世代の《四天王》が並んでいる。
最初に観客にルールを説明するために、地元新潟の女子高校生選手・奥野黎美(新潟G学館)がデモンストレーションをしてみせた。彼女は1つも失敗することなくスリーも1発で決めて33秒で回って観客から凄い拍手を受けた。
そして本番である。
絵理はパスを1回失敗、スリーが3回目に決まって44秒である。純子はいきなりレイアップを失敗してそのあとパスも失敗したものの、スリーは1発で決めて41秒だった。志麻子は途中の失敗はなかったものの、スリーがなかなか入らず56秒も掛かってしまった。絵津子はパスを1回失敗しただけで34秒。百合絵はパスを1つ失敗、スリーに3回掛かり40秒。円は途中の失敗無し・スリーが4回目で41秒。そして恵子も途中の失敗無し・スリーが3回目で35秒だった。
結局絵津子が優勝、恵子が2位、百合絵が3位であった。
それで3人が表彰されたのだが・・・
メダルと賞金が3人に渡された後で、金メダルをもらった絵津子が表彰台を降りると最初にデモンストレーションをしてくれた女子高生の所に行く。
「この子が私より速かった。だから、この子が本当の優勝」
と言って、メダルと賞金を押しつけようとする。
でも奥野さんはびっくりして
「私は参加者じゃないからノーカウントです!」
と言う。
結局、三木エレンが間に入り、メダルだけ奥野さんがもらい、優勝賞金は絵津子がそのままもらっておくことにした。
「私は銀メダルと2位の賞金、もらったままでいいよね?」
と馬田恵子が言っている。
「もちろんもちろん」
と絵津子も三木エレンも言った。
それで奥野さんと絵津子は肩を組んで笑顔で一緒に記念写真に収まっていた。
「でも私より三田さんの方が速かったんですけどね〜。今朝予行練習でやった時にやった子で」
などと後で奥野さんは言っていた。
「なんでその子がデモンストレーションに出てこなかったの?」
「いやぁ、うちの部の男子選手なので」
「とりあえず男子は対象外で」
「女装してやる?とも言ったのですが、俺が女装したらお笑いの人にしか見えないからと言って辞退したんで、私がやりました」
「黎美ちゃんがやって正解だったと思う」
13:45から、地元のミ・アモーレプロジェクト任命アーティスト3人と上塩小学校の生徒32名による歌『故郷はひとつ』(阿木燿子作詞・宇崎竜童作曲)が披露される。14:00から発光ブレスレットを配っておいた観客と一体となった光のオープニングイベントが行われる。
新潟県出身の全盲シンガーソングライター・佐藤英里(さとうひらり)さんによる国歌斉唱のあと、15:00から試合が始まる。
東軍・西軍ともに、ファン投票で選ばれた5人が、1人ずつ名前を呼ばれスポットライトを浴びてコートに入る。
西軍 PG.武藤博美(EW) SG.花園亜津子(EW) SF.佐伯伶美(BR) PF.中塚翼沙(SS) C.馬田恵子(EW)
東軍 PG.田宮寛香(SB) SG.村山千里(RI) SF.広川妙子(RI) PF.平田徳香(SB) C.夢原円(SB)
そして西軍馬田恵子・東軍夢原円のジャンプボールでゲームは始まった。
試合前にコーチから両軍選手に言われたことは3つである。
・怪我しないように・させないように。無理なプレイは控える。
・観客にアピールするような動きを。勝利より魅せるプレイを。
・スピーディーなプレイを。無駄なパス回し厳禁。
それで千里と亜津子のスリーポイント合戦、そして恵子と円の空中戦が炸裂する。第1ピリオドでは千里と亜津子が各々スリーを3本入れ、恵子と円のダンク合戦もあり、25-25の同点でピリオドを終えた。
第2ピリオドはスターターの5人は休み、他の選手でやる。ここで地元選出の中井さんを使った。彼女は得点には絡めなかったものの、観客から暖かい拍手をもらっていた。第2ピリオドは18-17と東軍1点のリードである。
ハーフタイムの前半はまた観客が持つ発光ブレスレットを使った光のショー、後半はこれも観客と一体となったダンスタイムとなった。
ゲームは後半に入る。
第3ピリオドでは両軍ともできるだけ長身のプレイヤーを揃えて空中戦の醍醐味をたっぷりと観客に堪能させる。馬田恵子(190cm)がダンクしようとしたのを夢原円(187cm)がブロックしたり、石川美樹からのロングパスを富田路子(183cm)がアリウープでゴールに叩き込んだりなど、まるで男子の試合のようなパワープレイが続き、おそらく女子バスケのファンが200-300人は増えたなという感じであった。得点は20-18で西軍が2点のリード。ここまでの合計は62-61で西軍が1点のリードとなる。
最後のピリオドは両軍とも「そろそろ決着を付けようぜ」という感じになる。こういうメンツで出て行く。
西 PG.武藤博美(EW) SG.花園亜津子(EW) PF.加藤絵理(EW) PF.鈴木志麻子(BM) C.馬田恵子(EW)
東 PG.松前乃々羽(HP) SG.村山千里(RI) SF.湧見絵津子(SB) PF.鞠原江美子(RI) C.夢原円(SB)
先日のオールジャパンで大活躍した乃々羽の登場に観客席が大いに沸く。そして実は千里・絵津子・江美子というのは乃々羽の「パスが取れる」メンツなのである。
乃々羽と森田雪子は、どちらも思わぬ所にボールが飛んでくるポイントガードであるが、ふたりの大きな違いは、雪子が意図した所にボールを正確に投げているのに対して、乃々羽は自分でもどこにボールが飛ぶか予想が付かないという点である。ふたりとも発想が凄いので、相手は意表を突かれてしまう。相手だけ意表を突かれるのが雪子で、味方も意表を突かれるのが乃々羽である!全てを計算し尽くして組み立てているのが雪子なら、本能と偶然で組み立ててしまうのが乃々羽だ。
このゲームでも乃々羽の普通ならあり得ない試合組み立てに、西軍は大混乱に陥る。西軍の防御態勢が崩壊して、東軍の攻め放題の状況となり、千里の4連続スリーもあって一時は66-77と10点以上の差が付いてしまう。
しかしここで西軍はタイムを取って態勢を建て直す。もう相手の攻撃は停めない!と開き直って、負けずに点数を取る作戦で行く。するとここから少しずつ盛り返してきて、残り1分で4点差まで追い上げる。
更に亜津子がスリーを入れて1点差に迫るも、江美子が2点入れて3点差に離す。恵子のダンクで1点差にして残りは20秒。ここから乃々羽から絵津子へのパスを鈴木志麻子が絶妙なカット。亜津子につないで亜津子がしっかりスリーを入れ、土壇場で逆転。
しかし東軍はタイムを取らないまま、千里の長ロングスローインを円がシュート。と思ったら恵子がブロック。
ところがこのブロックがファウルを取られてフリースローになる。
ここで円はフリースローを2本とも決めて、試合は延長戦になった。
白熱した試合に観客は興奮のるつぼであった。
延長戦は両軍ともベテラン選手を出してきた。
取り敢えず観客が名前を知っている選手が多いのでスタジアムは大いに沸く。これも点の取り合いになったものの、最後は西軍が1点差で逃げ切った。
大会のMVPは花園亜津子になったものの、得点女王・スリーポイント女王はいづれも千里が獲得しMIPに選出された。アシスト数1位は西軍の武藤博美であった。
大会後、亜津子と千里がお互いに
「負けたぁ」
と言い合っていたので、日吉紀美鹿が
「あんたたちは本当に面白い」
と言っていた。
「まあ最後、Wリーグ・プレイオフのファイナルで優勝して、スリーポイント女王も取ればいいんだけどね」
「まあそれがいちばん大事だよね」
Wリーグは1月21日から再開される。
青葉は束の間の《甘い生活》の後、15日夕方の新幹線で高岡に帰還した。この後大学は今月いっぱい講義があり、2月4-10日に後期試験がある。その後は春休みに突入する。
10日から15日までは東京に滞在し、妊娠中のフェイと桃香のメンテ作業には行っていたものの、彪志との甘い《新婚生活》で心が充足していた。ああ、私やはり東京の大学に出てくれば良かったかなあ、などと若干後悔もするがそれだと堕落していたかも知れないなという気もする。
彪志とまた分離生活が始まるのが、ちょっと寂しいなという気がした。そのせいか、その夜は“いつもの”夢とリアルの境界のような夢を見る。
この夢は、本当に半分リアルで、この夢の中に出てきた人物は向こうも同じ夢を見ていて、起きた後それを覚えているのである。要するに青葉の精神が様々な人の精神の中に勝手に侵入しているもので、青葉の昔からの悪い癖だ。被害者は多数だが、青葉がこの夢で侵入できないのは、親しい人の中では菊枝と桃香だけである。
菊枝に侵入できないのは、菊枝が青葉より遙かにレベルが高いからで、桃香に侵入できないのは桃香が唯物論者で心霊的なものを全く信じておらず、入り込む隙が無いからである。
ただ、千里姉は微妙だよなあという気がする。こちらが勝手に侵入して好きなようにしているのだが、ひょっとしたら、孫悟空がお釈迦様の掌の上で弄ばれたように、自分も千里姉の掌の中で勝手なことをしているのかも、という気もしないではない。
この夜、青葉がまたいつもの夢空間にいることを認識すると、寝る前にずっと彪志のこと考えていたし、これ彪志とつながったかな?と思った。
向こうの方に誰かいるので歩いて行ってみると、そこに居たのは彪志ではなく先日会った、クレールの女子大生メイド・マキコちゃんだった。
「こんばんは〜」
「こんばんは〜」
と挨拶を交わす。
マキコが積極的に話しかけてくる。
「青葉さん、やはり19歳なら19歳っぽい服を着ようよ」
「それここ1年ほどひたすらみんなに言われ続けた」
「以前は言われたことない?」
「高校の時は、制服だったからかも」
「なるほどー!」
するとマキコは
「洋服見てあげますよ」
と言って、青葉をファッションビルに連れて行く。
「青葉さん、取り敢えずリズリサとか、ハニーズとか、オリーブデオリーブとかのお店で服を買うようにしません? 青葉さん、お金の心配はしなくてもいいだろうから、ユニクロやしまむらとかセシールを使う必要無いですよ」
などと言われる。
「そのブランド名は聞いたことある気がする」
「ちなみに、青葉さん、高校生の時、どっちの制服だったんですか?」
「女子制服だよ。マキコちゃんも女子制服でしょ?」
「えへへ。これ内緒にね」
「だってマキコちゃんの体型で男子制服が着れるわけない。バストが収まらないでしょう?」
「着てみたことあるけど、確かに収まらなかった」
「やはりね〜」
「あそこの炎症収まった?」
「実はまだ」
「痛いでしょう?」
「痛いんですよ〜」
「ちょっと見せてみて」
「あ、はい」
それでマキコはスカートをめくり、パンティを下げてその付近を見せてくれた。この美少女にこんなものが付いているなんて、絶対間違っている、と青葉は思った。
手かざししてヒーリングしてあげる。
恥ずかしい場所を見られてマキコはドキドキしているようだ。しかし性的に興奮してしまうと傷むのでそれは気持ちをコントロールして興奮しないように努力しているように思われた。女性ホルモン優勢の状態にある人は結構意志でこれを押さえ込むことができる。
「これあんまり痛いんで、もう根本から切り落としちゃおうかと思ったんですけどね〜」
「根本から切り落とすともっと痛いよ」
「ですよね〜。でも青葉さん、これ自分で切ろうとしたことありません?子供の頃?」
「何度もあるよ。少し切って血が出てきたこともある」
「私も〜」
その時、突然青葉は《余計な親切心》が出てしまった。
「これ切ってあげようか?」
「え!?」
「これ夢の中でしょ?」
「そうみたいですね」
「だから切っちゃっても問題無いよ」
本当に夢の中で済むといいけどね。
「・・・・切ってもらおうかな」
「じゃ横になって」
というと、マキコは近くにあったベッドに横になる。都合良くベッドがあるのが、やはり夢の中である。
「じゃ取り敢えず剃毛〜」
と言って、まずはハサミと電気カミソリで毛を剃ってしまう。
そして患部を消毒し、切り落としてあげようかとしたのだが、その時マキコが言った。
「でもおちんちんだけ切って、タマタマが付いてたら、おしっこする時に邪魔になりませんかね?」
「ああ。だったら、先にタマタマ取っちゃおうか?」
「でも私23日に去勢手術受けることになっているんですけど〜」
「そちらはキャンセルしてもいいんじゃない?。これ要る?」
「要りません。邪魔で邪魔でしょうがなかったです」
「じゃ取っちゃおう」
と言うと、青葉は麻酔を打ち、まずは麻酔が効いてくるまで待つ。
「この辺、感触ある?」
「ないです」
「ここ感触ある?」
「ないです?」
「じゃ、取っちゃうね」
と言って、青葉は陰嚢を少し切開すると、睾丸を取り出し、精索を結索してから切断した。
「1個終了。もうひとつも取っちゃうね」
「はい」
それで2個目も取り出して切断した。
いったん傷口を縫合する。
「じゃ、いよいよ、おちんちん切っちゃおう」
「痛いかな」
「夢だから大丈夫」
「あ、そうかも」
それで青葉がペニスの裏側根本にメスを当て、包皮を本体から分離しようとした時のことであった。
「あっ」
とマキコが声をあげると、青葉の視界から消えてしまった。
ありゃ〜。起きちゃったかな?
と青葉は思った。
おちんちんは切ってあげられなかったけど、睾丸は除去できたから、手術代が助かるよね?
などと考えながら青葉は自分を深い睡眠に導いた。
佐織(マキコ)は1月14-15日のクレールでのイベントが終わった後、自宅に戻って寝ていたのだが、その夢の中に先日会った青葉さん(大宮万葉)が出てきた。
佐織は彼女に「もっと可愛い服を着た方がいいです」と言って、リズリサ、オリーブ・デ・オリーブ、ハニーズなどを勧めておいた。自分もそのあたりを主力にしている。一般的に女子大生に人気のローリーズファーム、レッセパッセ、ミッシュマッシュ、ロペなどは「背伸びしたい女子」には良いのだが、佐織のようにそもそも大人びて見えるタイプはよけい上の年齢に見られてしまう。だからむしろハイティーンに人気のブランドの方が良いのである。
その後、青葉に「あの付近の炎症治った?」と訊かれる。
「まだです。痛くて痛くて、もういっそ根本から切り落としたいくらいです」
と言ったら、
「切り落としてあげようか?」
と言う。
それでなぜかベッドに寝せられて、
「じゃ、切っちゃうね」
と言われたのだが、ちんちんだけ切ると、おしっこする時にタマタマが邪魔になるかもと言う。
「だったら先にタマタマを取っちゃおう」
と言われ、部分麻酔を打たれる。それで青葉は佐織の陰嚢を切開すると睾丸を取り出して切っちゃった!
あはは。私、男の子廃業しちゃった。
「この睾丸どうする?庭に埋めると次は男の子になって生まれて来て、屋根に放り投げて捨てると、次は女の子に生まれてくるんだよ」
「じゃ女の子になれるように屋根で」
と佐織が言うと、青葉は佐織の睾丸を屋根に放り投げた。
佐織はその屋根のある家が、震災で崩壊した昔の自分の実家だということを認識した。
そしてその震災のことを考えたせいかな、と佐織は後で思った。
「じゃ次はいよいよおちんちん切っちゃうね」
と青葉が言うので
「お願いします」
と佐織が言い、青葉が佐織のおちんちんの根本にメスを当てた時のことであった。
強い揺れを感じる。
地震!?
それで佐織は「あっ」という声をあげて、夢から覚めてしまった。
しかし地震は現実だった。
結構強く揺れている。佐織の部屋はかなり物を積み上げている。本とかが上から落ちてくるかもと思い、取り敢えず布団の中に潜り込んだ。
揺れはわりとすぐ終わった。
結構大きかったなあ。震度4くらいあったかなと思う。しかし震災以降余震が頻繁に起きるので、何だか地震に慣れてしまった感もある。
震度が大きかったせいで、少し部屋の中の物が落ちている。それを片付けていたら、母がこちらに来て、ドアを開け
「地震、大丈夫だった?」
と言う。
「うん。大丈夫だよ。お母ちゃんたちは?」
と佐織は可愛いキティちゃんのパジャマ姿で母に言った。
「こちらは大丈夫。じゃ、おやすみ」
「おやすみ。あ、トイレに行ってから寝ようかな」
と言って、佐織は母と一緒に1階に降りて行くと
「サト、大丈夫だったか?」
と心配そうに言う父親にも
「だいじょうぶだったよ」
と答えてトイレに入った。
父親はいまだに自分のことを出生名の佐理(さとし)の変化である「サト」という愛称で呼ぶ(母は「さっちゃん」と呼ぶ)。
それで便器に腰掛けておしっこをしていたのだが、した後で拭こうとして何か違和感がある。
ん?
と思ってその付近を触ってみる。
嘘!?あれが無くなっている!!?
さっきのは夢じゃなかったの〜〜〜?
この時期のクレールは土日にイベントをしているだけで、月曜から金曜までは休みである。それで佐織は16日の月曜日は普段通り大学に出て行った。
ライダースーツに身を包み、ヘルメットと手袋をして愛車Ninja-H2にまたがり大学まで行く。学校のトイレで女子大生らしい、ブラウスとプリーツスカートといった出で立ちになる。そして授業を受けながら、佐織は例の問題について考えていた。
朝起きてから再度確認したが、やはり睾丸は消失していた。体内に入り込んでないよな?と思い探ってみるも、無いようである。取り敢えず朝一番に病院に電話して去勢手術はキャンセルした。これでは去勢のしようが無い!
しかし不思議なのは、手術したのなら傷口が痛みそうなものだが、全然痛く無いし、そもそも傷口が存在しないように見えるのである。
これもしかして、いわゆる心霊手術ってやつだったりして!?
そして青葉さんから請求書が送られてきたりして!?
佐織は手術代もオーナーに返さなきゃと思っていたのだが、もし青葉さんから請求書が送られてきた場合に備えて少し待つことにした。
そんなことも考えながら1日過ごしたのだが、佐織は
これいい!!
と思った。
凄く調子がいいのである。
ひとつはやはり邪魔にならないという問題である。睾丸があると、トイレのあと、いちいち睾丸を体内に押し込んで、おちんちんでふたをするようにしてパンティを穿く。この操作が不要で、単におちんちんを後ろにやってパンティを穿くだけで済む。
佐織はタックもするが、タックした状態でバイクに乗ると痛いので、特に必要な場合を除いてはあまりしていない。お風呂も家族と暮らしているので内風呂で済み、銭湯に行く必要が無い。
そして、もっと大きかったのは「衝動」が完全消失したことである。佐織は小学生の時から女性ホルモンを飲んでいて、睾丸の機能は停止していたはずなのに、それでも日に数回は男性型の衝動を覚えることがあった。しかし今日はそれが全く来ないのである。やはり睾丸ってほとんど死んでいても何らかの機能を果たしていたんだろうなと考えた。
(それで実は衝動が来ないので、あれの中身が大きくなることもなく、炎症を起こしている所が傷まず、凄く助かっている)
唐突にアクアのことを考える。
彼は自分は恋愛には興味が無いんですと言っていた。それは普通にアセクシュアルなのだろうと思っていたのだが、女の子の裸を見ても何も感じませんよ、とも言っていたなというのを思い出し、ひょっとしたら物理的に去勢しているのではという気がしてきた。そもそも彼は小さい頃、大きな病気をしたという。その治療のために強い薬を使い、髪の毛も全部抜け落ちて、おちんちんも縮んじゃったんです、などとラジオの番組で言っていたのを聞いたことがある。
ひょっとしてその時、睾丸は治療の必要か、あるいはそこに転移したか何かで取ってしまっていたのだったりして? それだと彼の成長が遅いこと、男性的な身体の発達がまるで無いようであることとも符合する気もするのである。
その日は学校が終わった後、バイクで町に出た。来月は1ヶ月間東京暮らしになるので、少し可愛い洋服とか買っておこうかなと思ったのである。一緒に研修に行くルシア・リズと同じマンションで共同生活になるから、下着も新しいのを少し買っておきたいし。
(男性部分が残っているマキコが純粋女性のルシア・リズと同じ部屋で暮らすことについて、オーナーは特に心配している様子は無かったが、実は単に何も考えてないだけかもという気もした。むろん佐織は普通の女性とプライベート空間を共有するのは平気である。高校の合宿でも普通に女子の友人と同室で過ごしたり、一緒にお風呂に入ったりして何の問題も無かった―解剖されて確かに女子であることも確認されたが!)
それで街を歩いていたら、バッタリと千里さんに会う。会釈を交わす。
鴨乃清見という名前を使ったらまずいかなと思い、実名で呼びかける。
「千里さん、こちらお仕事ですか?」
「あ。ちょっと食事しに来ただけ。マキコちゃん、おくずかけの美味しい店、知らない?」
「おくずかけと言ったらおたま茶やとか有名かな」
おくずかけなどといったものに興味を持つというのは、牛タンとかは既に食べ尽くしているのだろうなと思う。
「じゃ、一緒に行かない?おごってあげるから」
「ご一緒します!」
それで佐織の案内で地下鉄で移動し、おたま茶やに行く。
お店に入り、おくずかけとずんだ餅のセットを2人前頼んだ。
「マキコちゃん、普通に使っている名前教えてもらっていい?」
「はい。佐織(さおり)です。もう法的に改名しているんですよ」
普通なら「本名教えて」と言う所をわざわざ「普通に使っている名前教えて」と言ったというのは、自分がMTFであることを知っているのだろうと思った。妹さんから聞いたのかな?などと思いながら佐織は話す。
「ああ、改名しないと色々問題が起きるよね」
「そうなんですよ。小学生の頃、変な名前書かずにちゃんと本名書きなさい、とか言われたりしましたよ」
「ありがち、ありがち」
「でも私の性別のことは、妹さんから聞かれました?」
と念のため聞いてみる。
「え?そんなの見ればすぐ分かるよ」
「わ、そうでしたか」
自分はわりとパス度には自信があり、中学以降は、女の子でないことを一発で見破られたのは、過去に3回しか経験が無い。今日の千里さんで4回目だ。
「それに青葉は守秘義務に厳しいから、他人のことを安易に言ったりしないよ」
と彼女は笑顔で言う。
「それはしっかりしてますね」
「あ、でもそれなら、あの後、青葉と会ったの?」
「はい。先日、ローズ+リリーのライブが仙台であったので、そのついでにいらっしゃって、オーナーと話しておられましたよ」
佐織はたぶんこのくらいは守秘義務違反にはならないだろうと思いながら話した。大宮万葉がローズ+リリーの宮城ライブに出演したのは公開された事実でもあるし、と考える。
「あの子も忙しいよね〜。あの子、物事を断るのが下手だし」
「ああ、気が良いんですね」
「うん。性格が良すぎる」
「そういえば、その後で、青葉さんが私の夢の中に出てきたんですよ」
「へー。あの子に何かされなかった?」
佐織は夢のことは何気なく言ったのだが、この千里の言葉に“その話”までしてみることにした。
「実は・・・私、夢の中で青葉さんに去勢手術をしてもらったんですが・・・」
「それ本当に去勢されていたりしない?」
「・・・実はそうなんですけど」
「去勢されても良かった?」
「それは全然問題無いです。実は近い内に去勢手術を受けに行く予定だったんですよ」
「あの子の悪い癖でね。色々よけいな親切を起こしてしまう。過去にも友人を性転換手術しちゃったことあるんだよ」
「あのぉ・・・あれって現実なんですか?」
「夢と現実が入り交じっているよね。だから夢の中で起きたことと、実際の結果が微妙に違うこともある」
「へー!」
「登山中の事故で指を4本切断した人の縫合手術をしてあげたことがあるらしい」
「そういう手術もするんですか?」
「夢の中では2本だけ接合したのに、実際は夢が覚めたら4本ともつながっていたって」
「凄い」
「佐織ちゃんも、去勢だけのつもりが実はおちんちんも無くなっていたりしない?」
「えっと、おちんちんはまだあると思いますが」
「ほんとに?」
「そうあらためて言われると自信が無くなってきた」
「どこかで確かめてみない?」
「トイレに行って来ようかな」
と言って佐織はお店のトイレに行こうとしたのだが、あいにく塞がっている。しばらく待ったものの、中の人はなかなか出てこない。
「なかなか空かないね。何なら、私の泊まっているホテルにでも来る?」
「あ、はい」
それで何となく、千里についてホテルまで行ってしまう。まさかこの人レスビアンで私を襲ったりしないよな?と一瞬考えたものの、自分の性別を知っているのだから、それもあり得ないだろうとすぐ判断する。それに佐織はこの大作曲家さんが、どんなホテルに泊まっているのだろうというのも少し興味があったのである。
果たして連れて行かれたホテルはウェスティンホテル仙台なので、さっすがぁと思う。私はここにはたぶん一生泊まることは無さそうだ。それもスイートルームである。これは多分1泊10万円する。佐織はお部屋が広いので思わずあちこち見渡してしまった。
「確かめてみる?」
「そうでした!」
それでバスルームを借りようとしたのだが
「私も見てあげるから、ここで脱いでごらんよ」
と言う。
「あれって偽装されていて、付いているように見えても無くなっていることあるから」
「そうなんですか!?」
それでその場でスカートを脱いで、パンティも下げてみた。
「やはり付いているように見えます」
と佐織が言うと
「どれどれ」
と言って、それに触っちゃう!
「これ本物かなあ。ちょっと確認してみよう」
と言って、千里さんはそれを、ひょいと引き抜いてしまった。
えぇ〜〜〜〜!?
千里さんは佐織から引き抜いたちんちんを灯りにかざしたりして調べている感じだ。
「確かに本物っぽい。じゃおちんちんまでは切らなかったんだね」
などと千里さんは言っている。
佐織は自分の股間を見てみる。そこには何も無くなっている。陰嚢があるが中身が無いので、ぶらさがったりせずに、肌に張り付いている。
「ごめんごめん、戻すね」
と言って千里さんはそれをお股にくっつけようとしたが、ふと手を止めて
「今考えたけど、これ外したままの方がいい?」
佐織は半ば思考停止しているので、目をぱちくりしたものの、
「無い方がいいです」
と言った。
「じゃこれ預かっておこうかな。それとも要らないなら、これ欲しがっている子にあげたりしてもいい?」
などと千里は言う。
「あ、欲しい人がいたら、あげていいです」
と言ってから、佐織は考える。
「でもそれ無くなっちゃうと、私、ヴァギナ作る時に材料に困るかな。もっともS字結腸法で作る手もあるけど」
「ああ。ヴァギナ欲しい?」
「欲しいです」
「じゃ、作ってあげるよ。そこのベッドに寝て」
「はい?」
それで佐織はお部屋のベッドに寝た。
凄い柔らかい!!
これが高級ホテルのベッドかと思う。
そして千里は
「じゃヴァギナ作ってあげるね」
と言い、佐織のおまたの付近をなにやらいじっていた。たくさん指で触られる。金属の感触も感じるものの、痛くは無い。もしかして麻酔されている?と思うものの、麻酔をされていたら、そもそも指や金属の感触も感じないはずだ。何かが身体に入ってくる感じがある。今トンネル工事中かな?と考える。でも痛くない。むしろ心地良い感じだ。佐織はそこに1時間近く寝ていた。
「できたよ」
という声に起き上がって、そこを見た。
わぁ。。。。
そこには完璧に女の子の股間ができていた。
きれ〜い!と思う。
やはり男の子のお股って美しくないよね。やはり女の子のお股の方が美しいよね、と佐織はあらためて思った。
「ちゃんと大陰唇、小陰唇作っているからね。ここクリトリス作って神経は全部つないでいるから、ちゃんと感じると思う。おしっこの出る所はここ、ヴァギナはここにある。普通に性的に興奮したら濡れるようにできているから」
「これどうなっているんですか?まるで魔法みたい」
「夜12時になったら、元に戻ったりして」
「そうなんですか!?」
「まあ今夜12時になったら、どうなるかは分かるね」
佐織はこんな素敵なこと、夜12時までの時間限定でもいいと思った。
「お酒、本当は行けるでしょ?」
などと言われて、ホテルのバーに行く。
「佐織ちゃん、日本酒派?ワイン派?ウィスキー派?」
「実は水割り大好きです」
「じゃ、カティーサークでも行く?」
「あ、それ好きです」
それでカティーサークをボトルで注文する。佐織がグラスに氷を入れて水割りを作り、ふたりで乾杯する。
「佐織ちゃん、カウントダウンライブの時に見ただけだけど、凄く要領がいいと思った。和実からも褒められたでしょ?」
「オーナーからは頼りがいがあると言ってもらいました」
「こないだ作ってもらったラテアートも凄く可愛かったし」
「はい。でも私のは邪道なんですよね」
「邪道?」
「オーナーとかハミー副社長のとかは、スティームミルクの注ぎ口だけで形を作ってしまうんです。でも私はあらかたそれで作った後、コーヒーのクレマで造形していくから」
「でも猫とか熊とかの顔はその方法でないと作れないよね?」
「そうなんですけどね。でも注ぎ口だけでバラの模様とか作ってしまうハミーさんは凄いと思います」
「あの子は完全に趣味でメイドやってたからね。あの子自分自身の資産も400億あるし、実家はその1桁上の資産家だし」
「そんなお金持ちでメイドやってるんですか!?」
「あの子、男性恐怖症なんだよ。それで男の人に少しでも慣れるのにメイドしていたんだって」
「そんなお金持ちなら、わざわざ男性に慣れなくても、いくらでも結婚したいという男性はいるだろうに。あれ?でも例の元彼との関係は?」
「どうもセックスの練習相手を務めてもらっていたみたいね」
「そういうことですか!でもそれで赤ちゃんできちゃったんですね?」
「赤ちゃんは人工授精らしいよ」
「え?」
「赤ちゃんのタネは彼のタネなんだけど、セックスと妊娠は別とかいって」
「私、よく分からない」
「うん。私もよく分からない」
と言ってから千里はふと気付いたように
「あれ?でも今ハミー副社長って言った?」
「はい。クレールの副社長になられたんですよ。少し出資もなさったようですよ」
「なるほどー!」
と言ってから千里はスマホを取り出した。そしてどうも和実に掛けたようである。
「ね、ね、若葉がクレールに出資したんだって?」
「あ。うん。19%だけどね。それで副社長してもらうことにした」
「私も1口乗せてくれない?9%でいいから」
「うん。いいよ。じゃあとで株式申込書送るね」
「うん。よろしく〜」
電話を切ってから千里は言った。
「でも和実は、気が大きくなっている感じだ。9%は250万くらいだろうと思うけど、たぶん2500円貸して、うんいいよ、という感覚っぽい」
「それ、ハミー副社長にも言われてました!」
結局23時すぎまで水割りを飲みながら千里と話して、佐織はホテルを出た。結局水割りを5杯くらい飲んでいる。このまま帰宅して母に見とがめられたらまずいなと思う。和実の所に電話して
「今夜泊めてもらえませんか?」
と言ったら、いいよと言われたので、タクシーでそちらに入った。
結局バイクは商店街の駐車場に駐めたままである。
「あれ?佐織ちゃん酔ってる?」
と和実から指摘される。
「ごめんなさい。実はそれが母にバレたら叱られそうなので、今日は家には帰りたくなくて」
「いいよ、いいよ。お風呂入りたくなったら勝手に使ってね。御飯も冷蔵庫の中のもの好きに食べていいし、キッチンも勝手に使っていいから」
「はい。お風呂は朝くらいに頂きます」
それで佐織は月山家のキッチンで、食パンとハム・チーズでトーストを作り、日曜日のイベントに合わせて作ったオレンジジュースの残りっぽいものをマグカップにもらって、2階Cの部屋に入った。月山夫妻と希望美ちゃんはBの部屋に入っている。この家の1階洋室は、店舗の物置と化しているので結局2階で生活するようにしたようである。
佐織はオレンジジュースを飲みながらスマホでネットの書き込みを見ていた。
23:50くらいにトイレに行ってくる。トイレの中で女の子の股間からおしっこが出るのを見て感動する。実は、この形になった後トイレに行くのはこれがもう4回目である。これずっとこのままであって欲しいと思う。
部屋に戻ると、スカートもパンティも脱いで、じっとそこを見つめていた。
やがて0時になる。
そこの形はそのままであった。女の子のままである。
やったぁ!変わらなかった!男に戻らなくて済んだ!
と佐織は思わず祝杯をあげたい気分になった。
その夜、千里が遅くまで作曲の作業をしていたら、《こうちゃん》が帰還してきた。
『どこに行っていたの?』
『あ、いやちょっと』
『何か悪戯してきたでしょう?』
『ちょっと可愛い女の子の望みを叶えてあげただけだよ』
『まあいいけどね』
『あ、そうそう。和実ちゃんのお店に千里、少し出資することになったから』
と《こうちゃん》が言う。
『和実の?うん。まあいいけど。いくら?』
『9%と言っていたから、資本金3000万円なら270万円かな』
『270万も!?』
『お金足りない?』
『足りないことないけど、高額だからびっくりしただけ』
『和実は軽くOKOKと言っていたよ』
『あの子、絶対金銭感覚がおかしくなってる』
『若葉からも再三注意されているみたい』
『誰か近くに監視者を置いた方がいいな』
『ああ、それがいいかも』
翌日の朝、龍虎は朝起きてトイレに行った時、何か妙な違和感を感じた。それでよくよくあの付近を見ると、どうも、おちんちんが昨日までのと違っているようである。
また《交換されてる〜!》と思う。龍虎のおちんちんは実はここ2年ほど半年に1回くらい、新しいものに交換されているようなのである。
あれ〜。でも今回のはこないだまでのより小さいみたい、と龍虎はそれに触りながら思った。
もっともボクは小さい方が好きだけどね。
大きいと邪魔なんだもん。
数日後、クレールを尋ねて来た人物が居た。
「お電話した金子と申します」
「はいはい、スタッフに応募ということでしたね」
それで和実は面接をしたが、感じのいい人物である。履歴書を見ると25歳ということだが、もっと若く見える。それにわりと強面の感じなのが良い。簿記の2級と英検の2級を持っているというのも頼もしい。運転免許も大型を持っているというのは助かる。
男性スタッフはグランドオープンの直前に採用するつもりだったのだが、先日から貸し切りライブのために店を開けていて、何度か入場や支払いでトラブっている。TKRの山崎さんが入って対応してくれたのだが、本来はその付近はクレール側で対処すべき問題である。それでこの時点で男性スタッフもひとりは採用して良いかなと思った。
「趣味がバスケットと書いてありますね」
「はい。小学校でミニバスに入って。そのあと中学・高校とやっていました。高校を出た後は地域の趣味のサークルで活動していたんですが」
「うち3月末にグランドオープンなんですが、それまでの間は土日だけ貸切りで臨時開店するんですよ。そちらの大会にぶつかったりしないかな?」
「大丈夫です。うちのチーム既に敗退したので、次は4月の春の大会までありません」
「だったら当面大丈夫かな」
もうひとりは日曜日に出てこられる男子大学生を採用すれば良い、と和実は思った。
「じゃ仮採用ということで。取り敢えず3ヶ月間、4月までを試用期間として問題無ければ本採用ということで」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「服装は今日はカジュアルな服装でいらっしゃってますが、勤務に入る時はスーツにネクタイであれば問題ないですから」
「あのぉ、メイド服ではないのですか?」
「へ?」
この人、女装趣味でもあるのだろうか??
「女性キャストはメイド服ですけど、男性スタッフはスーツなんですよ」
と和実はやや困惑したように言う。
「私、女ですが」
「え!?」
慌てて履歴書を見直す。性別の所はちゃんと女の方に○が付けてある。
気付かなかったぁ!
てっきり男の子だとばかり思った!!
「ごめんなさい。性別を勘違いしてました」
「いや、わりと誤解されることはあるのですが」
と言って彼女は頭を掻いている。
「名前もてっきり、ヨシタカさんかと思ったけど、ちゃんとユキってふりがなが振ってありますね」
「はい、それも実はヨシタカと誤読されることがわりとあります」
彼女の名前は金子由貴である。男性と思い込んでいたので、うっかりヨシタカと読んでしまった。
「ついでにどちらが苗字か分からないと言われます」
「それは子のつく苗字の人は言われますよね。星子さんとか、益子さんとかも」
「中学の同級生に星子って苗字の男の子がいて、女と誤解されるって言ってました」
「ありそう、ありそう」
そんな会話をしながら和実は焦っていた。採用と言ってしまった。でもこの子メイド服を着せると、女装している男に見えたりしないか?などと思う。
「あのぉ、でも今メイドは割と足りているんですよ。もし良かったら会計係とかお願いできないでしょうか?」
と和実は言ってみた。
「あ、それでもいいですよ」
「確か簿記を持っておられましたね?」
と言いながら履歴書を確認する。
「はい。高校1年で簿記4級、2年で3級、3年で2級を取ったんですよ」
「それは凄い。実務の経験は?」
「高校を出てから最初に入った会社で、経理の助手をしました。そこは1年で辞めてしまったのですが」
「ちなみにどういう関係の会社ですか?」
「建材店だったんですが。個人経営の」
「ああ。だったら大丈夫かな」
大企業の経理などにいた人なら、部分的な作業しかしていないだろうから結構使い物にならないことも多いのだが、個人経営の店の助手だったら多分何でもやらされているだろうから、使える確率が高い。
「そしたら服装はどうしましょうか?」
「金子さん、ウェストは?」
「66です」
「意外に細いね!」
「背が高いので、XLとかの服を出してこられることもあるんですが、実はMで入るんですよ」
「ちなみに身長と体重は?」
「175cm 62kgです。バスケットではセンターをしています」
「センターとしては貴重な高さだよね」
「そもそも背が高いというのでバスケットに誘われたもので」
「なるほどー。じゃちょっとメイド服を試着してみる?」
「はい」
それで着せてみたのだが、11号の服は確かにウェストは入ったものの、背が高いので、上着の裾とスカートの間に隙間が空いてしまい、ヘソ出しルックになる。
「ちょっと着丈が足りないみたい。悪いけど、女性用スーツで勤務してもらえない?」
「分かりました。それで勤務します」
と彼女が言ってくれたので、和実はホッとした。
実際彼女のメイド服姿は、予想通り、女装した男にしか見えなかったのである!
「念のため訊いておくけど、戸籍上も女性だよね?」
「はい。生まれた時から女だったようです」
「ごめんね〜。変なこと訊いて」
「いえ。それもよく聞かれるので。しばしば性転換した元男と思われるみたいで」
「大変ね〜」
しかしこの後、彼女に会計の所に座ってもらったら、ほとんどトラブルが起きなくなったのである。
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【春想】(2)