【春老】(1)

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2016年4月7日。
 
この日は青葉のK大学入学式である。
 
実は4日の夜遅く高知の祖父が亡くなり、朋子・千里・桃香・彪志と一緒に四国の土佐清水市まで行ってきた。昨日葬儀が終わった後、彪志は東京に戻ったが、桃香と千里は一緒にこちらに来ており、朋子と一緒に入学式に参列してくれることになっている。
 
もっとも高岡まで戻って来たのは早い便に乗った青葉だけである。桃香たち3人は最終で帰って来たので金沢で泊まっている。
 
この日青葉が目をさましたのは朝5時であった。
 
昨夜帰ってくるなりお風呂にも入らず寝てしまったので、シャワーでも浴びようかと思ったものの、あまり時間が無いのでパスする。腕や首筋、耳の後ろ、脇の下・膝の内側などをウェットティッシュで拭いた。
 
朝ご飯を作って食べ、入学式用に通販で買って、不在中にメーターボックスの所に宅配便屋さんが入れてくれていた箱からレディススーツを取り出す。タグを切り、試着してサイズが問題無いことを確認の上、いったん脱いで旅行用のバッグに入れる。母のフォーマルと桃香のフォーマルの頼まれていたのの見当をつけ、それは別のバッグに入れた。
 
また雨が降っているので、母の普段使いの傘、自分が高校時代使っていた傘、それに桃香と千里が使えそうな適当な傘を2本持った。
 

6時半にアクアを運転して家を出る。
 
美由紀・明日香・世梨奈の3人を拾って金沢に向かう。
 
美由紀のG大学は4月2日に、明日香と世梨奈のH大学は4月5日に入学式が行われて、既に学校行事は始まっているのだが、これまでは公共交通機関で大学まで行っており
 
「電車とバスの乗り継ぎは大変だったよぉ」
「車で行けると楽だあ」
「特にこういう雨の日は助かる」
などと3人は言っていた。
 
この日は8時までに3人を各大学まで送り届けた後、青葉自身は市街地に戻る。金沢駅近くのホテル玄関で待ち合わせ、フォーマルの入ったバッグと傘を3本渡した。
 
「じゃ私は先に会場に行っているから」
と青葉。
「OK。私たちも20分くらい前までには行く」
と桃香。
 
この日の入学式は、大学ではなく、コンサートでも何度か来ている金沢スポーツセンターで行われるのである。青葉は8時半に隣接する産業展示館の駐車場にアクアを駐めた。ここから会場までは歩いてすぐである。青葉はこの車内で20分ほど仮眠した後、車内でフォーマルを取り出し身につける。そして大学生だしなあと思い、母が買ってくれたお化粧品セットでメイクをした。
 
なお、今日の帰りは時間が合わないので、美由紀・明日香・世梨奈の3人は自力で自宅に戻ってもらうことにしている。
 

一方桃香たちは9時頃までのんびりと過ごし、それからフォーマルを身につけてホテルをチェックアウト。タクシーで会場まで移動する。それで9:40頃に会場で青葉と合流したのだが、桃香が
 
「酷い」
と声をあげた。朋子も顔をしかめている。
 
「何?何?」
「青葉。色々問題あるが、取り敢えずそのメイクは酷すぎる。今時オカマさんでもそんな酷いメイクする子は居ない」
 
「え〜〜〜!?」
「千里、やり直してやりなさい」
と桃香。
 
「うん。青葉おいで」
と言って千里は青葉をトイレに連行して、いったんクレンジングで全部メイクを落とした上で、きれいにやり直してやった。
 
「なんか自分でも見違えた」
「いやさっきのメイクがあまりに酷すぎた。青葉メイクの本でも買って少ししっかり勉強したほうがいい」
 
「うん」
「今更だけど、その服も問題あるんだけどなあ」
「え?」
 
「まさか、そういう服を着るとは思わなかったから。朝確認してたら別の服を何とかしていたんだけど」
 
「え〜?この服、まずい?」
 
「まずい訳では無いんだけどね」
と千里は困ったような顔をして言った。
 
「お母ちゃんに見てもらわなかったの?」
「うん。通販で頼んで留守中に届いていたから、まだ見せてなかった」
 
「私や桃香の服では青葉には大きすぎるからなあ」
 
千里はウェスト69, 桃香はウェスト公称69だが実は72cmあるのに対して青葉はウェストが60cmで、千里や桃香の服では、ウェストが余りすぎてスカートが落ちてしまうのである(桃香はウェストに「気合い」を入れたら千里の服が着られる)。
 

メイク直しで時間を使ってもう5分前なので、青葉は千里たちと分かれて法学類の新入生が集まっている所に行く。星衣良と遭遇するので手を振り合って寄っていく。 
「星衣良、可愛い服着てきたね」
「青葉は随分と地味な服を着てきたね」
「え?これ変かな」
 
などと言っていたら、学校の職員さんが青葉を見てこちらにやってくる。 
「申し訳ありません。ご父兄の方は、2階席の方に移動していただけますか?」
と青葉に言う。
「へ?」
と青葉が戸惑っていると、星衣良が
「この子、老けて見えるけど、新入生ですから」
と言った。
 
「あ、そうでしたか。失礼しました」
と職員さんは言って離れていった。
 
「私、老けて見える?」
「うん。青葉って元々大人びた雰囲気持ってるし、それにこの服では30歳くらいに見えてしまうと思う」
「え〜〜〜!?」
 
「青葉、ファッションセンス無さそうだしなあ。通学用の服も明日香か誰かに見てもらった方がいい気がするな」
 
「うーん・・・」
 

受付でもらっていた桜の花飾りを胸につけ、所定の場所に座る。やがて入学式が始まった。
 
入学許可を学長が宣言し、続いてお話がある。新入生の代表が誓いの言葉を述べた。その後、校歌を斉唱した後、ブラスバンド部の演奏で入学式は終了した。
 
続いて全学向けのオリエンテーションが行われ、行事は昼頃終了する。 

ロビーに出ると、千里が青葉を見つけて桃香・朋子と一緒にやってくる。 
「星衣良ちゃん、こんにちは」
と千里が笑顔で挨拶する。
 
「青葉のお姉さんでしたね。ご無沙汰してます」
と星衣良も挨拶する。
 
「ちー姉、よく私の友達の顔と名前とか覚えてるね」
「うん。私、そういうの覚えるの得意」
「千里は初対面の人でもすぐ覚えるよなあ。私は5−6回会っててもダメだ」
と桃香は言う。
 
「星衣良ちゃんは誰かと一緒に来たの?」
「いえ。私は一人です」
「あ、じゃ何なら一緒に示野あたりでご飯食べない?おごってあげるから」
「頂きます!」
 

それで青葉のアクアに5人で乗って、近くの示野町のイオンタウンに移動した。 
「ちょっと親戚の集まりがあって、みんなで移動してたのよ。それで3人も付き添いが来ることになっちゃって」
と千里がアクアを運転しながら言う。
 
「うちの母は着て行く服が無いからやめとくと言ってました」
と星衣良。
「うちの場合は新入生本人の服が酷かったね」
「そんな服を着るとは思わなかったもんで」
「誰も青葉が着るつもりだった服を見ていなかったのよね」
「なるほどですねー」
 
「だから、食事の後は取り敢えず青葉の通学用の服を見ようと」
「ああ、それがいいです」
 

それでイオンタウンの駐車場に駐めて、サイゼリヤで食事をした。
 
「しかし誰が青葉の服を選ぶかは問題だな」
と桃香が言う。
「桃香は古着屋さんで300円のスカートとか200円のブラウスとかを買いあさる気がする」
と千里。
「まあ千里ちゃんの方がセンスはまともだよね」
と朋子。
 
「何なら私も協力しましょうか?私もあまり自信無いけど、青葉よりはマシだと思うし」
などと星衣良が言い
 
「うん。同世代のふつうの女の子に見てもらうのが一番いいかも」
 

という結論に達し掛かった時、ちょうどお店に入ってきた24-25歳くらいの女性がこちらにやってきて声を掛ける。
 
「桃香、久しぶり〜」
 
桃香は驚いて飲んでいたジンジャエールを吹き出しそうになり、ゴホンゴホンと咳をしている。
 
「優子ちゃんだったっけ?」
と朋子が言う。
 
「お母さんもご無沙汰しております」
 
その会話の雰囲気、桃香の様子、そして千里の嫉妬するような顔を見て、青葉はこの人は桃姉の元恋人かな?と判断した。しかしちー姉があからさまに嫉妬の表情を見せるのは珍しい。
 

「桃香、こちらに戻ってたの?」
「いや、色々行事があって来ていただけだよ。今日中には東京に戻る。優子はこちらに戻って来たの?」
 
「私、赤ちゃん出来ちゃってさ。実家で産もうと思ってパート辞めて戻って来た」
 
「パートしてたんだっけ?」
「うん。会社倒産した後は秋に居酒屋のバイト見つけて週3回出ていた」
 
優子は昨年夏に勤めていた会社が倒産して困っていたのを桃香に相談し、桃香の勧めで買ったばかりのアテンザを売却したのである。しかし桃香は何の車かまでは聞いていなかったし、まさかその優子が売った車を実質買ったのが千里だとは思いもよらない。そのあたりの事情は千里も知らないことである。優子との車の買取り交渉をしたのは雨宮先生なので、千里は優子と会っていない。 
「しかしそれでは生活も大変だったろう?」
「まあ何とかぎりぎり暮らしてた感じかな」
 
優子はその時期、自分のアパートを引き払い、信次のアパートに同居していたので、何とかなっていた。先月ふたりは別れることにして優子が新しいアパートを借りるのに敷金とかは信次が貸してあげるよなどと言っていたのだが、妊娠が発覚したため、優子はアパートは借りたりせず、実家に戻ることにした。 
「それは大変だったね」
と朋子も言う。
 
「しかし赤ちゃんって、優子、男と付き合ってるの?」
「ちょっと変わった男だったけどね。もう別れたけど」
 
「妊娠したことはその男には言ってる?」
「実は自分が妊娠するなんて思いもよらなくてさぁ、そいつに指摘されてまさかと思って病院に行ったら、おめでたですと言われた。出産の費用も、妊娠中に病院に通う費用も、そいつが出すと言っている。子供産まれたらちゃんと養育費も毎月払うと言ってる」
 
「結婚しないの?」
「私が男と結婚する訳無い」
「それは分かるが、私は優子が男と付き合ったこと自体信じられん」
「私がタチであいつがネコだったからね」
 
「はぁ〜〜〜?」
 
「あいつはホモの女役で、私はレズの男役だから、カップルとして成立したんだよ。でも気分で私がネコにもなったから」
 
朋子は会話の内容がぶっ飛び過ぎていてポカーンとしている。星衣良は興味津々という雰囲気だ。
 
「優子がネコというのは珍しい」
「桃香と付き合ってた時以来かも」
 
「認知はどうしたんですか?」
と千里が心配そうに訊く。どうも桃香と復縁しそうな雰囲気は無いと見て、嫉妬の気持ちは抑え込んだようだ。
 
「胎児認知した」
「でも結婚はしないんだ?」
「私、奥さんとかにはなりたくないし」
「だろうな」
 

「ところで、こちらの髪の長い和風美人は、桃香の彼女?」
と優子が千里を見ながら訊く。
 
「私の妻の千里だ。指輪も交換したぞ」
と桃香が言うと、千里は急に言われて頬を赤くする。
 
「へー。そちらが噂の。後の2人はお友達か何か?」
 
「こちらは私の妹の青葉と、そちらはその友達の星衣良ちゃん」
と桃香は紹介する。
 
優子は「ん?」という顔をする。
 
「青葉ちゃんのことも聞いてた。こちらが青葉ちゃんだっけ?」
と優子は星衣良を見て言う。
 
「私は星衣良です」
「じゃ、あんたが青葉ちゃん?」
「はい」
「あんたいくつ?」
「18歳ですが」
 
「うっそー!!」
と優子は声をあげた。
 
「あんた32-33歳に見える」
と優子。
 
「ああ、正直に言われたな」
と桃香。
 

「青葉のファッションセンスがあまりに酷すぎるので、この後みんなでもっと若い子が着るような可愛い服を選んであげようと言っていたのだよ」
と桃香は説明する。
 
「よし、そういうことなら私に任せなさい。桃香もセンスひどいもん。あんた古着屋でワゴンセールの50円のTシャツとか100円のスカートとかばかり買いそう」
と優子。
 
「言えてる言えてる」
と朋子。
 
「私があんたに合いそうな、可愛い服を選んであげるからね。若い子はもっとちゃらちゃらした服を着るべき」
と優子は青葉に微笑んで言った。
 
「あんたそんな服だと30代で女を忘れつつある人か、あるいは勘違いして変な女物の服を着てるオカマにしか見えないもん。ここは18歳の女子大生に性転換してもらおう」
 
「そういうのも性転換って言うんだっけ?」
「少なくともこの服には女らしさのカケラも無い」
「それは言えてるなあ」
「でも一応スカートだよ」
「最近は男でもスカート穿くし」
「たまに見るな」
 

それで食事の後、車で香林坊に移動することにする。
 
「優子はタクシーか何かで来たの?」
「母ちゃんの車借りてきた」
 
「でもお母さんも大変だったのでは?」
「うん。それまで乗ってたベルタを売って、代わりにこのソリオを2万円で買ったんだよ」
「2万円!?」
「すごーい」
「40万km走っているからね」
「凄い走行距離だね」
「地球を10周走っているのか」
 

桃香が「優子の車に若い女の子は乗せられん」と言うので、優子の車には朋子が乗って、アクアの方に千里・桃香・青葉・星衣良と乗った。
 
裏側にある駐車場のひとつに駐め、香林坊109、アトリオなどを見て回り、そのあと片町方面に流れていく。
 
「えー?こんな可愛いお店に入るの?」
「何を女装初心者みたいなこと言ってる?」
 
と、青葉が心理的な抵抗を示すような店に入っていき、主として優子と星衣良で「かぁいい」服を選んでは青葉に試着させる。
 
「青葉ちゃん、あんたスタイルはいいから、サイズでは苦労しないね」
と優子が言う。
 
「支払いは私に任せて。青葉に払わせると『こんなに高いの?』とか言い出すから今日の買物は全部私のプレゼントで」
と千里。
 
「お姉さんもそう言っておられる。値段気にせず可愛いのを選ぼう」
 
傘も青葉が使っている傘は高校生らしいが色気が無さ過ぎるということになり、女子大生らしい少しおしゃれな傘を買った。
 
「星衣良ちゃんにも買ってあげるよ。付き合ってくれた御礼」
「ありがとうございまーす」
 

ある程度見て回った後で
 
「フォーラスに行こうよ」
と言って、また車2台で金沢駅前に移動する。
 
西口時計駐車場に駐めてフォーラスに入る。ここでも可愛い服のあるお店をいくつも回る。
 
「なんか荷物が随分増えてきた」
「私の車でも運んであげるから大丈夫」
 
「でも結構買ったね。いくらくらい使った?」
「うーん。ここまで6万くらいだと思うけど」
「ひー」
と悲鳴をあげたのは青葉である。
 
「でもお姉さん、大丈夫?」
と星衣良がさすがに心配するが
 
「来月頭には大きな入金の予定があるから大丈夫」
と千里は答える。
 
「じゃ、あと2〜3軒行こう」
と優子が言い、結局この日は香林坊で2時間、フォーラスに移動してからも1時間以上掛けて、大量の洋服を購入した。本当に荷物がアクアだけでは乗り切れないので、優子のソリオにもだいぶ積んでもらった。
 

「じゃ、晩ご飯食べてから帰ろう」
「入学祝いも兼用かな」
 
などと言って、金沢駅構内に移動して、加賀屋で会席料理を食べてこの日の打ち上げ(?)とした。
 
桃香は、今日はこのあと運転する必要は無さそうだというので農口酒造の山廃純米吟醸を頼んで開けている。
 
この「山廃(やまはい)」というのは近年一般的に使われている製法より熟成に数倍時間が掛かる代りに濃厚な日本酒が得られる方法だが、技術を要するし手間も掛かる製法である。
 
元々日本酒は山卸(やまおろし)という手法で作られていたのを明治時代に開発された新しい酵母でこの課程を省けるようになったので「山卸廃止」で山廃と言う。しかしその後もっと簡単な方法が開発されたため、山廃はいったん消滅した。それを1983年に鶴来町(現白山市)の菊姫が復活させた。農口酒造はその菊姫の杜氏・農口尚彦さんが2013-2014年度の2年間杜氏をした酒蔵で、今桃香が飲んでいるのは農口氏作の2014年物である。
 
「それ美味しそう。一口下さい」
と星衣良が言う。
 
「ん?君、年齢は?」
「はたちでーす」
「はたちなら、飲んでもいいな」
と言って桃香は星衣良の杯にもお酒を注いでいた。
 
「わあ、これ美味しい!」
「若い内にこういうまともなお酒をよく飲んでおくといい。安い酒ばかり飲んでいたら、舌も悪くなるから」
などと桃香は言っている。
 
「安物大好きの桃香とは思えん言葉だ」
などと千里から言われている。
 
「私も飲みたいけど、妊娠中だからやめとこう」
などと優子は言っていた。
 

「でも優子さんにも本当にお世話になって」
と朋子が言う。
 
「まあ桃香のファッションセンスも改良したいんだけど、まずは若い子を教育しないとね」
と優子。
「いいけど、誘惑はするなよ」
と桃香。
「大丈夫。さすがに出産までは変なことしない」
と優子は言っている。
 
「優子さんにレスビアンの話も聞きたいけど、聞いていたらいつの間にか自分がベッドの上で手ほどき受けている気がするからやめときます」
 
などと星衣良は言っている。若干酔って大胆になっている雰囲気もある。 
「うん。こいつは物凄く手が早いから気をつけろよ」
と桃香も注意していた。
 
「私、高校時代は桃香と《北のモモ・南のユウ》と並び称されていたから」
「まあ私たちに誘惑されて道を踏み外した女子が10人は居るよな」
 
「何か怖い話を聞いた気がした」
 

食事の後はまた2台に分乗して高岡に戻った。帰りは優子のソリオは朋子が運転し、アクアの方は青葉が運転した。最初に星衣良を自宅に送り届けた後、青葉たちの自宅に行って荷物を下ろし、取り敢えず自宅でお茶を飲んで一息つく。
 
「桃香たちはいつ帰るの?」
と優子が尋ねる。
 
「今日の最終新幹線は何時だっけ?」
「富山を21:19, 新高岡なら20:39」
「だったら今出れば間に合うね」
 
「よし。私が新高岡駅まで送っていくよ」
と優子が言うので、遠慮無く彼女に送ってもらった。
 

「あ、そうだ。聞いた?燐子、結婚するって」
と運転しながら優子が言った。
 
「ほんと?良かった」
と桃香。
「例の去年レイプされた子か」
と千里。
 
「相手の人はレイプで妊娠して中絶したのはノーカウントだって言ってくれたらしい」
と優子。
「それは良い人に巡り会えた」
と千里。
 
「あの件では千里にも面倒掛けたね」
と桃香。
「私は何もしてないよ。冬子と政子のおかげで助かった」
と千里。
「ああ、何かお金持ちの友達から中絶代とか引越し代を借りたって言ってたね」
と優子。
 
「ところで結婚するって、相手は男?女?」
と桃香が訊く。
「あ、それは聞いてなかった。あの子バイだっけ?」
と優子。
「基本はレズだけど、女性的な面のある男なら平気みたいだよ」
と桃香。
「ほほお」
 
「相手はオカマさんだったりして」
「そして向こうは結婚後性転換して結果的にレスビアンになったりして」
 
「まあそれは冗談だ(と思う)けど、子作りした後で夫が性転換するケースって、結構聞く気がしない?」
 
「結構そのパターンある気がする」
「稀に性転換した後で子作りするケースも」
「それ、原理がよく分からない」
 
「でもあの子、中学時代に言い寄ってきた美形のボーイフレンドに女装を唆したことあると言っていたよ。花火大会に夜だから分からないよと言って女物の浴衣着せてビアンデートしたりしてたって」
「その子、たぶん人生変わったな」
 
「うーん。さっきのは冗談のつもりだったが、冗談ではなかったりして」
「ふたりともウェディングドレスで結婚式とか」
「あ、そのパターンの結婚式はわりと聞く」
 
「あんたたちも結婚式あげたの?」
と優子が訊く。
「あげた。ふたりともウェディングドレス着て三三九度して記念写真撮った。提出はできないけど婚姻届けも書いた」
と桃香が言う。千里は照れている。
 
「普通の婚姻届けを若干改造して、妻になる人の欄を2つにした婚姻届けね」
「あ、それいいな」
「両親との続柄の欄も、夫になる人の所は○男となっているから、そこも○女と改造」
「ほほお」
「婚姻届けには性別欄って無いけど、代わりに続柄欄があるんだよね」
「うーん。まあ長男で性別女とかは、あまり無いから」
 
「でも結婚式の半月後に桃香が浮気して破談」
と千里は言う。
 
「ああ、桃香らしい」
と優子。
 
「だから私と桃香は現時点では元夫婦」
「というのが千里の見解だが、私の見解では現在でも夫婦。指輪はそのまま持ってるし」
「あの指輪、返そうか?」
「いや、持っててくれ」
 
「まあいいや。私は出産するまでは恋人作る気無いし」
 
「でも、どういう形のカップルでも愛し合って行ければいいんじゃない?」
「だねー。カップルの形って、カップルの数だけあるしね」
 
新高岡駅で
「赤ちゃん、お大事にね〜」
と優子に言って別れた。
 
千里と桃香はそれで最終の新幹線で東京に帰還した。
 

青葉は入学式の翌日、4月8日は今度は本学キャンパスで、法学類の新入生向け履修ガイダンスに出席した。他の学類は午前中だけで終わるが、法学類だけは特別に朝から夕方まで、みっちり行われる。
 
6:40に家を出て伏木駅に行く。
 
青葉が各家を回って全員を乗せるのは負担が大きすぎるよと美由紀のお母さんが言い、それで伏木駅に6:45に集合して、それを拾って金沢に向かおうということになったのである。もっとも明日香は
 
「このシステムが成功するかどうかは美由紀が寝坊しないかどうかに掛かっている」
などと言っていた。
 
この日伏木駅前に車を駐めると既に集まっていた3人が乗ってきたが、この日助手席に座った世梨奈が
 
「あ、青葉が若くなっている」
と言った。
 
「え?」
と言って、いったん後部座席に座った美由紀と明日香も降りてきて運転席の青葉の服装を見ている。
 
「おお、これならちゃんと女子大生に見える」
「なんか昨日の入学式では、父兄と間違われたと聞いたし」
 
なぜその情報がもうこの子たちに伝わってるんだ!?
 
「桃姉のお友達が『若い子がこんな服を着てはいけない。もっとちゃらちゃらした服を着るべき』と言ってさ。大量に若い子向けの服を買ったんだよ」
 
「青葉はこれまでのファッションセンスなら、社会人入学の方ですか?とか4年生から言われそうだったよね」
 
「あはは」
「これなら十分22-23歳くらいに見える」
「まだそのくらい〜〜?」
 

服装の件は大学に行ってから教室でも言われた。
 
「今日は川上さん、若い服装してきましたね」
と珠洲市から出てきて金沢市内にアパートを借りて住んでいる蒼生恵(たみえ)ちゃんが言う。
 
「ああ、ちなみにこの子、これでも18歳だから」
と星衣良が言うと
 
「うっそ〜〜!てっきり法曹資格を取るために入って来た社会人の人だとばかり昨日は思ってました」
などと彼女は言っていた。
 

彼女とはこの件で仲良くなってしまい、お昼休みには星衣良も入れて3人で一緒にご飯を食べ、それでおしゃべりしていた。その時、高校時代の水泳部の同輩で数物科学類に入った杏梨が学食にやってくる。
 
「青葉〜。もうガイダンス終わったでしょ? 水泳部行こう」
などと誘う。
 
「法学類は夕方までみっちりあるんだよ」
「え〜?そうなの?」
「それに私、水泳部には入らないよ。何か忙しすぎる感じでさ」
 
「そう言わずにさあ。何ならちょっと顔出して、ちょっとインカレに出て、ちょっと優勝してくれるのでもいいから」
 
「それ無茶すぎる!」
「でもインターハイに出たじゃん」
「あれはまぐれ」
「インターハイで全国入賞したんだから、インカレくらい簡単に出られるって」
「そう簡単にはいかないよ。大学生はレベル高いもん」
 
「午後のガイダンスは何時から始まるの?」
「1時半から」
「だったら、それまで少し時間あるじゃん。とにかくちょっと顔出してよぉ。新入生は最低3人勧誘して来いという話でさあ」
「何、そのネズミ講的なノルマは?」
と星衣良が呆れる。
 
「うーん。それならちょっと顔出してそのまま辞める。顔出せば一応勧誘はしたことになるよね?」
「うん。取り敢えず、それでもいいから来て来て」
 

それで青葉は杏梨と一緒に水泳部に顔を出したのだが、この日はすぐ午後からガイダンスに出るし、水着も持って来ていないので顔合わせだけである。 
「先輩〜、こちら高校時代の同輩で、インターハイ800m全国7位の川上青葉です」
と杏梨が紹介すると
 
「おお、すばらしい!」
「歓迎、歓迎」
「インターハイで入賞したって、凄い実力者じゃん」
 
と何だか浮かれているようである。
 
「どこかスイミングクラブとか入ってる?」
「いいえ」
「そんな優秀な人ならちょっと物足りないかも知れないなあ。今うちは週4回1日2時間くらいしか練習してないんだけどね」
 
と部長の筒石と名乗ったガッチリした体格の4年生男子に言われるので 
「済みません。そんなに出られないので辞めさせて頂きます」
と言って青葉は帰ろうとする。
 
「待って待って。じゃ週2回でもいいから」
「無理です。私、バイトもしてるし、週1回アナウンススクールにも行くから時間が取れないです」
「じゃ週1回」
と筒石さん。
 
「うーん・・・・それも休むかも知れないですけど」
 
と青葉も少し妥協して、取り敢えず週1回、授業が終わったから18時までということで青葉は水泳部に顔を出すことにした。
 

履修ガイダンスは17時近くにやっと終わった。
 
「疲れたね〜」
「星衣良は今日はどうやって帰るの?」
「バスで金沢駅まで行って電車で津幡まで行って、津幡駅から自転車」
「頑張るなあ」
「なんなら、金沢駅まで乗せていってくれたりすると嬉しい」
「津幡駅まで乗せて行こうか?」
「それはもっと嬉しい」
 
それでいったん待ち合わせ場所のショッピングセンターまで移動して店内を見てようかと言っていたのだが、星衣良が図書館に行ってきたいと言うので18時に学食で再度落ち合ってから帰ることにした。
 
青葉はその間、生協でものぞいてようかなと思っていたのだが、春休みが慌ただしかったので、ノートやシャープペンシルの芯などをまだ買っていなかったことを思い出した。それに生理用ナプキンも切れかかっていたことに思い至る。 
「ノートとかは生協より100円ショップとかの方が多分安いかな?」
と独り言のように言い、車は校内に置いたまま歩いて校門を出、坂を下っていった。
 

5分ほど歩いた時、青葉の目の前に突然何かが降ってきた。
 
何だ?何だ?
 
と思って見ると、メモ帳程度のサイズの赤い紙が落ちている。
 
へ?これどこから落ちてきたの?
 
と思ってあたりを見るものの、近くにはそのようなものがあったようなものが何も見あたらない。
 
でも何だろう?と思って青葉がその紙を拾おうとした時
 
『ダメ!』
 
と強い口調で青葉の眷属《雪娘》が警告した。
 
『これ危険なもの?』
『死にたくなかったら無視』
『え〜〜!?』
 
と言っていた時、青葉の視界に21-22歳くらいの感じの女性が入って来た。青葉は心理的に緊張したが、外見的にはまるで気づかなかったように反応した。そして先に行こうとするが、彼女は声を掛けてきた。
 
「すみません」
と明らかに青葉に話しかけるが、青葉は黙殺して歩いていく。
 
「すみません、お願いします」
と言って彼女は青葉の前に回り込んだ。
 
それでも青葉は知らん顔して先に行く。すると彼女は再度青葉の前に回り込んだ。物凄く素早い動きである。
 
「待ってよ」
と彼女は言ってから、青葉の顔を見てから言った。
 
「あれ〜?あんた女の子?」
と彼女は言う。青葉は立ち止まったものの返事はしない。
 
「ごめーん。男の子のように思ったから声掛けちゃった。それにあんた紙に触らなかったし」
などと言っている。
 
やはりあの紙に触るのが極めて危険なことだったようである。
 
「あ、それにあんたもう死んでるんだね?」
などと彼女は青葉の匂いを嗅ぐような仕草をしてから言った。
 
「ごめーん。死んでいる子で、女の子には用はないや。私レズの趣味は無いし。でもあんた死んでるんなら早く成仏しなよ」
 
それで彼女とは結局何も言葉を交わさないまま、青葉は先に進んだ。
 
『青葉、お葬式の時に遺灰を手に付けたでしょ?』
と《笹竹》が言う。
『そのおかげで青葉には死臭がまだ付いてる。それであいつ青葉が既に死んでいると勘違いしてくれたんだよ』
 
そういえば、私まだ四国から戻ってきたあとお風呂に入ってない!
 
昨日もハードスケジュールだったので、お風呂にも入らないまま眠ってしまったのである。
 
『それって、結果的におじいちゃんが私を守ってくれたってこと?』
『それプラス、桃香のファインプレイだな』
と《海坊主》が言った。
 
うーん。。。さすが桃姉!
 

その時、青葉の目の端に、水泳部の部長、筒石さんが後方から来るのが目に入った。筒石さんは青葉に気づいたようで、こちらに追いつこうとしたのだが、その彼の前に赤い紙が落ちてきた。
 
驚いたようにした彼は反射的にその紙が地面に落ちる前につかんでしまった。 
『あれ、やばいよね』
と青葉は《雪娘》に言う。
『やばい』
と《雪娘》は言う。
 
『スポーツマンの反射神経が災いしたね』
と《蜻蛉》が言っている。
 
『つまり私は反射神経が悪いってこと〜?』
『危険なものだったらいけないからすぐには手を出さない癖が付いてるんだよ』
と《笹竹》がフォローするように言った。
 
案の定、さっき青葉に声を掛けた女が筒石さんに声を掛けた。青葉は気づかない振りをして先に進みながら耳をすませる。
 
「すみません。このあたりに大きなショッピングセンターがありませんでしたっけ?」
「降りていった所にジャスコがありますよ。何でしたら一緒に行きましょうか?」
「あ、お願いします」
 
それで筒石はその女と一緒に下り始めた。青葉はもう彼らから20mくらい先を行っていた。
 

青葉は気になったので、《笹竹》を筒石のガードに付けた。筒石のそばにいる女は明らかに「この世にはあらざる」ものである。
 
それで自分の方は、取り敢えず100円ショップでノートとシャープペンシルの芯、それに大学に入って気分を一新しようと思い、新しいシャープペン本体やマーカーなども買う。またいつも使っているスリムガードの羽付きを1パック、イオンで買った。それを通学用のリュックに入れて学校に戻る。学食で待つ内に、まず《笹竹》がいったん戻って来て
 
『女は筒石さんと別れて帰ったよ』
と報告する。
 
『じゃ大丈夫かな?』
と青葉は半ば自問するように言うが
『いや、あれはかなりタチが悪い。これだけで済むとは思えない』
と《雪娘》は言う。
 
『じゃ、笹ちゃん、悪いけど筒石さんに取り敢えず1週間くらい付いててあげてくれない?』
『分かった。また行ってくる。男の子のそばに付いてるのは苦手なんだけどねぇ。男の子ってすぐオナニーするでしょ?』
『まあ、それは見ぬふりして』
 
『何なら俺が付いてようか?オナニー始めたら棒をポキッと折ってやってもいいぞ』
と《海坊主》が言うが
 
『まあ折るのはいいとして、あんた不親切だから、筒石さんが殺されそうになっても放置しそう』
と青葉は言う。
 
『よく分かるな』
と《海坊主》。
『棒を折るのはかまわないわけ?』
と《蜻蛉》。
『まあ少し人生変わるかも知れないけど、いいんじゃない?』
と青葉は言った。
『根本から切り落とすのでもいいけど』
『海ちゃんにしては親切なこと言うね』
 

そうこうする内に星衣良が学食に来る。
 
「いい本あった?」
「それがまだ学生証が無いから中に入れなかった」
「あらら」
「でも指導教官とバッタリ会って、法学類の図書室を見せてもらったよ。今日は教官の顔パスで」
「良かったね」
「目的の本ではないけど、色々おもしろそうな本が置いてあった。法学類の学生なら、自由に利用できるって」
「今度私も行ってみよう」
 

その日は星衣良と一緒に車で坂の下の所にあるイオンまで行き、ここで美由紀たちと合流して、今日は5人で乗って帰ることになる。星衣良は下宿先から津幡駅まで自転車で来ているので、彼女を津幡駅で降ろした後、高岡まで走り、美由紀・明日香・世梨奈を自宅まで送り届けた。
 
「やはり帰りも車で帰られるのは助かる」
などと彼女たちは言っていた。
 

土曜日は、ここまで放置状態になっていた旅の荷物を片付けたり溜まっていた洗濯をしたり、また大学でもらった分厚い資料を読んだりしている内にもう夕方になってしまった。
 
筒石さんの方は《笹竹》の報告では、この日の夕方、筒石さんは例の女に“偶然遭遇”し、10分ほど一緒に歩いて少しおしゃべりしただけで別れたらしい。今のところ筒石さんに何か危害を加える雰囲気は無いものの、いつ何が起きるか分からないと青葉は思った。少なくとも女がしばらく筒石さんに干渉を続けるつもりであることだけは確かである。
 
日曜日も色々と溜まっている物事を片付けようとしていたら、高校時代の合唱軽音部の同輩・美滝から電話が掛かってくる。
 
「青葉今日は暇?」
「えっと、今の所予定は入ってないけど」
「じゃさ、ちょっと金沢まで付き合ってくれない?」
「いいけど、何があるの?」
「知らない?『スター発掘し隊』って先週始まったテレビ番組で女性歌手オーディションをやるんだよ。それに出ようと思ってさ」
 
「へー。そんなの金沢でやるんだ?」
「全国26ヶ所でビデオ録画方式でオーディションして、優秀な人は東京に呼ばれてステージオーディションに参加」
 
「それって全国26ヶ所もやるんなら、そこで1位かそれに同点くらいの成績でないと東京には行けないんじゃない?」
 
「だと思う。だから金沢大会で優勝すればいいんだよ」
「お、積極的だね」
 

ただ彼女が言うには、オーディションなんて受けるの初めてで不安だから、青葉に付いてきてくれないかという話であった。
 
「じゃ車も出すよ。送ってってあげるよ」
「助かる!」
 
それで8号線沿いの、高岡の道の駅で待ち合わせた上で、青葉は美滝を乗せて金沢に向かった。
 
「でもそういうオーディションって高校生くらいが対象じゃないの?」
「14歳以上と書いてあったから、14歳以上なら20歳でも30歳でもいいと思う」
「うーん。さすがに30歳は合格させてもらえないと思うよ」
 
香林坊の裏手の駐車場に駐める。それで会場の方に向かおうとしていた時、向こうから中学生っぽい女の子が歩いてくる。
 
青葉たちが「でもオーディションってどういうことするの?」「3分間の持ち時間の中で何してもいいんだって」などと言いながら歩いていて、彼女とすれ違いそうになった時、唐突に彼女が訊いてきた。
 
「あのお、もしかしてスター発掘し隊のオーディションに出る方ですか?」
「ええ、そうですけど」
 
「会場のきらりビルってこっちですよね?」
と言って彼女は武蔵方面を指さす。
 
「きららビルね。こっちだよ」
と美滝は反対方向を指さした。
 
「きゃー!危なかった。私、方向音痴なんですよ」
「ああ。方向音痴の人って、わざわざ逆向きに歩きがち」
「一緒に行こうか」
「済みません! お願いします」
 

「あ、私は美滝」
「私は青葉」
「私は八島(やまと)です」
 
「へー。やまとちゃんか。中学生?」
「はい、中学3年です。みたきさんは高校生ですか?」
「あ、私は大学1年生」
「へー。まだ高校生に見える。青葉さんはその・・・お母さん?」
 
美滝が吹き出した。
 
今日青葉はドライバー役だけだからと思い、その付近に干してあったTシャツを着てきている。それでやまとの目には結構高い年齢に見えたようである。 
「えっと私も大学1年生」
「うっそー!? 若いお母さんだなあとばかり。あ、ごめんなさい」
 
「ああいいよ、いいよ。この子はみんなから老けて見えると言われてるから」
などと美滝は言っている。
 
「でもマジで青葉はそのファッション改善した方がいい。その服は50代のおばちゃんが着るような服」
 
「こないだそう言われて、大量にちゃらちゃらした服を買った」
「それ着てくれば良かったのに」
「だって今日はドライバーと付き添い役だけと思ったんだもん」
 

会場の片町きらら(旧ラブロ片町)の特設エリアで登録する。これは番組でオーディションのことが発表されて間もないので、事前に応募する形ではなく、誰でもその日に来てその場で登録すればいいことになっていた。
 
美滝たちが並んでいたら、その少し後から吉田君がやってきた。
 
「吉田、何しに来たの?」
と美滝が尋ねる。
 
「何かオーディションがあるというから来てみた」
「今日のオーディションは女性歌手オーディションなんだけど」
「え?男はダメ?」
「うーん。性転換すればいいかもね」
 
「登録するのに戸籍謄本とか特に必要ないし、登録だけしてみる?」
 
「そうだ。俺、なんか大学に女で登録されてるみたいでさ」
「それ変だよ。だって健康診断の時、男性は午後からと言われてたじゃん」
「でもあの時、よく考えたら係の人、別にモニターとか見ずに俺だけを見て、そう言ったんだよな。だから実は最初から女として登録されていたのかもしれん」
 
「もしかしたら女子として合格していたのかもね。だから今更男子ですと申告したら不合格になったりして」
「え〜〜〜!?」
「ここはいっそもう女子学生になっちゃおうよ。女の子の服を選ぶの協力してあげようか?」
「うーん。。。。女装はハマったら怖いからやめとく」
「お化粧は楽しいよ」
「うーん。。。興味が無いと言えば嘘になる」
「じゃ思い切って女の子になっちゃおうよ」
「そういうあまり迷うようなこと言わないでくれ」
 
「でもそれ早めに学生課で相談した方がいいよ。月曜日にも行ってみなよ」
と青葉は言う。
 
「そうしようかな」
「吉田の学生証、性別女と印刷されてたりしてね」
「え〜?・・・・マジでどうしよう?」
 

取り敢えず吉田君はそれで帰って行ったが、やまとは話を半分くらいしか聞いていないようで
「あの人、女の人なんですか?」
などと尋ねていた。
 
「女の子になりたい男の子なのかもね」
「ああ、最近そういう人多いですよね〜。私のお兄ちゃんもちょっと怪しい気がしていて」
「ほほお」
「そういうお兄ちゃんは積極的に女装を唆すといいんだよ」
「そういうもんですか?」
「そしたらきっと5年後には立派なお姉ちゃんになってるよ」
 
「お姉ちゃんって欲しいような気もするなあ」
 

列の順番がはけて、美滝が名前と生年月日・住所・一言アピールを書いて番号札をもらった。青葉がそのまま美滝と一緒に待合所の方に行こうとすると「あなたは?」
と係の人に訊かれる。
 
「私は付き添いです」
「ああ、お母さんですか。了解です」
 
青葉は物凄く不愉快な気分になった。美滝がまた吹き出していた。
 
もののついでで美滝と青葉は、やまとが登録するのも見ていたら雪丘八島/すすぎ・やまと/2001.8.10と書いている。
 
「それで『やまと』って読むの!?」
と美滝も青葉も驚いて言った。美滝たちが驚いた声をあげたので係の人も改めて見て、やはり驚いている雰囲気である。
 
「はい、八島って日本の古名らしいです。それでこういう漢字に。やまとという読みは、8月10日生まれだからなんですけどね」
 
「へー!!」
 
「苗字も読めない」
「電話で伝えるとだいたい全国苗字No.1の鈴木さんと誤解されます」
「だろうね!スズキじゃなくてススギか」
「うちの親戚以外でこの苗字見たことないです」
「私も初めて見た!」
「すすいだら白くなる、雪も白いということらしいですよ」
「クイズみたいな苗字だ」
 
彼女はひとことアピールは『歌が大好きです。ローズ+リリーのケイさんみたいな歌のうまい歌手になりたいです』と書いていた。
 
「ケイみたいな歌のうまい歌手か」
「確かにケイは今売れてる歌手の中では一二を争う上手さかもね」
と美滝が言う。
 
「やまとちゃん、男の娘ではないよね?」
「あ、男の娘だったらいいなと思うことはありますけど、生まれた時からちんちん付いてなかったみたいです」
 
「男の子じゃなくて男の娘がいいの?」
「だって男と女の両方生きられるって楽しそう。本人の都合の良い時は男、本人の都合の良い時は女になって」
「いや、それはむしろ周囲の都合の良い時は男とみなされ、周囲の都合の良い時は女とみなされている」
「だいたい男の苦労と女の苦労の両方をしているみたいね」
 
「あ、そういうものなのかなあ」
 

金沢会場の参加者は200-300人くらいいるのではという感じであった。美滝の番号が56, 八島(やまと)の番号が57なのだが、会場では200番台の番号を付けている人も見た。
 
ビデオを撮影する機械は5台あり、それを3分交代で使う。録画は3分でピタリとスイッチが切れる仕様になっているらしいので、時間内できちんとパフォーマンスを終えなければならない。
 
やがて美滝たちの順番が来て、美滝は1番左のボックス、八島はその隣のボックスに消える。青葉は外で待っていたので、結果的に双方のパフォーマンスを見聞きすることになった。
 
美滝は歌の上手さをアピールしようと、ローズ+リリーの『門出』をカラオケを原曲キーに変更して歌った。この曲を歌えるということは物凄い声域を持つということである。4オクターブの声を持つ美滝の歌唱力をアピールするには十分だろう。
 
ただ・・・・青葉は今回のオーディションは多分こういう実力派の歌手を求めるオーディションではないのではと思った。こういう歌でアピールできるのは1月に内々に行われた『鴨乃清見の歌を歌う歌手募集』のようなオーディションである。
 
八島はAYAの『停まらない!』を歌っていた。中学生にしては音程が安定していて、なかなか上手い歌い手だと思った。高音がうまく出なくてやや苦労しているようだが、アイドル歌手ならこの程度歌えたら十分である。この子、結構いい点数を取るのでは青葉は思った。
 

翌日、11日月曜日。この日は法学類のオリエンテーションが行われた。これは朝10時と金曜日よりは少し遅い時間に始まったものの、また夕方までたっぷりと時間を使って行われた。他の学類はみな12時とか遅いところでも14時には終わっているのに法学類と薬学類だけ夕方まで掛かったようである。
 
この日のオリエンテーションで、やっと学生証が配られた。ICカードになっていて、お金をチャージすることにより、プリペイドカードとして学食などでも使えるということであった。
 
「これって性別は入ってないんだね〜」
と受け取った学生証を見ながら星衣良が言っていたが、隣に座っていた蒼生恵が 
「それ表面には印刷されてないけど、ICカードの中には性別も書き込まれているらしいよ」
と言っていた。
 
「なるほどー」
「運転免許証などと同様か」
 

「吉田、性別問題は相談してみた?」
と星衣良は近くの席に座っている吉田君に尋ねる。
 
「オリエンテーション始まる前に学生課に行って相談した。確かに女で登録されていた」
「やはり。だったら性転換手術を受けて、登録に合わせよう」
 
「勘弁してよぉ。受験生のデータベースまでチェックしてちゃんと入試の書類は男で出ていることを確認して、学生データベースは変更してくれた」
 
「なんだ。つまらん」
「でも学生証はもう作ってしまっているから、変更が間に合わないんで、来週までに新しい学生証を作って交換してくれるって」
 
「ああ、やはり中に性別が書き込まれているのね?」
「それまでは女と書き込まれた学生証を使わないといけないみたい」
 
「女子更衣室に入れたりして」
「それ絶対痴漢として警察に突き出される!」
「まあ吉田がもっと美少年だったら、女の子と間違えられる可能性もあったろうけどな」
 
「少なくとも女と間違われたことは1度も無いな」
「でも合唱の時のセーラー服姿はけっこう様になっていたのに」
「あれは黒歴史で」
 

「ところで青葉ちゃん、水泳部に入ったの?」
「週1回だけ顔を出すということにした。でも今月いっぱいくらいで辞めようかなと」
「やはり、例の噂で?」
「え?何か噂があるの?」
 
「ちょっと変な噂を聞いたもんだから。私も高校時代は受験勉強が忙しくてしてなかったけど、中学時代水泳していたから、入ろうかなとも思ったんだけど、その噂聞いてやめたのよね」
 
「どういう噂?」
「あ、いや。問題なければいいんだけどね」
 
と蒼生恵はその時は具体的な話はしなかった。
 

昼休み。
 
青葉は杏梨から
「午後からまたオリエンテーションあるにしても、昼休みちょっと水泳部に来ない?」
 
と言われて、筒石さんの様子も自分の目で確認しておきたかったので行ってみた。
 
今日は水着を持って来ているので、着替えて取り敢えず800mを泳いでみせると 
「凄いスタミナだね。全くスピードが落ちなかった」
「君なら間違いなくインカレに出られる」
「これ国体も行けるんじゃない?」
 
などと先輩たちが言っている。
 
「うちの部も国体で優勝するとか、オリンピックに出るような選手が出てくると、もっと予算も取れるんだろうけど」
 
「部員があまり居着かないんだよなあ」
「部長も3代続けて亡くなっているし」
 

青葉はピクっとした。
 
「何ですか?その亡くなっているって?」
 
「あ。私もそれ聞いた。年末に新しく部長になったばかりの溝潟さんって人が3月に亡くなったんだけど、その前の部長もその前の人も在学中に亡くなっているらしい」
と杏梨が言う。
 
「だから次は俺の番じゃないかって、恐怖でさ」
と現在部長をしている筒石さんが言うが、本人はむしろジョーク的に捉えている雰囲気だ。全然恐怖を感じてないふうである。
 
「それどういう経緯で亡くなられたんですか?」
 
「死因は全部別なんだよね。だから偶然なんだろうけど。こないだ亡くなった溝潟は高電圧の線が露出している所に触ってしまって感電死」
 
「ああ、あの事故ですか!」
 
それはニュースでも報道され、そこの施設の管理者の責任が追及されるかもといった話になっていたようである。
 
「その前の多縞さんは一酸化炭素中毒で。アパートで使っていたカセットコンロが不完全燃焼起こしていたらしい」
 
「それ、自動停止機能とかは付いてなかったんですか?」
「そんな上等なコンロじゃないよ。それに先輩から譲ってもらった古いコンロで、その譲った先輩も別の先輩から譲ってもらったのでってことで20年近く使われていたのではと」
 
「よくもってましたね!」
 
「その前の木倒さんは夜中に工事現場で鉄骨の下敷きになっていた。事件か事故かってんで警察もだいぶ調べたみたいだったけど、結局不明。曖昧なまま決着したから、補償をどうするかというので、まだ揉めてるみたい」
 
「うーん・・・」
 

青葉はこの話を聞いた瞬間、背中がゾクゾクっとする感覚を覚えた。この感覚は間違い無く心霊絡みである。そして筒石さんを誘惑している怪しげな女のことも連想した。そして蒼生恵が言っていた噂というのはもしかしてこれかな、というのにも思い至った。
 
前の3人の部長というのは、あの女に殺されたのだろうか? だとすると筒石さんもこのままにしておいたら、確実に殺(や)られる。
 
青葉はどう対処すべきか悩んだ。
 
事情を話して筒石さんにあの女と会わないように説得する?しかし筒石さんって見た雰囲気、全然心霊的なことを信じてないタイプのようである。こういう人に呪いとか幽霊とかいう話をしても笑われるだけという気がする。
 
また説得に応じてくれても、無理に別れようとすると、女が怒って過激なことをする可能性もある。自分の知らない所で急襲され、《笹竹》の力だけで守りきれなかったらどうする? 戦闘力のある《海坊主》も付けるべきか?しかし2人も眷属を飛ばせば自分自身のエネルギーが足りなくなる。特に《海坊主》を使うと、こちらは走るのも辛いほどパワーを取られる。《笹竹》を使っているのは、彼女が省エネ・タイプで、自分の5%程度のパワーで動かせるからである。
 
青葉はふと千里姉のことを思った。千里は実態が見えないが間違い無く眷属を使っている。しかもかなり多数の眷属を自在に動き回らせている気がする。そのエネルギーは一体どこから来ているのだろう??
 

午後からまたオリエンテーションがある。青葉は身体を軽く拭いただけで服を着て教室に戻った。終わったのはまた17時であった。
 
「30分仮眠する!」
と宣言して青葉はアクアの車内で横になって眠った。その後、星衣良を乗せて待ち合わせ場所のイオンまで行く。
 
食料品売場で買ってきた安い缶ジュースを開けて、フードコートの座席でおしゃべりしている内に、まず美由紀が来て、そのうち明日香と世梨奈も来たので、帰ることにする。
 
この日青葉が自宅に戻ったのは20時近くである。
 
「お疲れ様。ご飯作ってたよ」
という朋子の声に
 
「ありがとう。お腹空いた〜」
と言ってテーブルに就く。
「でもごめんねー。ご飯作るの手伝えなくて」
 
「あんた高校時代は半分くらい作ってくれてたからね。でも大学は遠いから帰りがどうしても遅くなるし、当面は私が作るよ」
 
「ありがとう」
 
そんな会話をしながら、小型の手提げからスマホを取り出してテーブルに置いたら、着信が入っているのに気づいた。
 
発信元は080で始まっているので携帯電話のようだ。この番号は登録が無いものの、青葉はそれが★★レコードの氷川さんが使っている携帯の番号に近いことに気づいた。★★レコードのスタッフの誰かかなと思い、こちらから掛けてみた。 

「はい。★★レコード八雲です」
という《女声》の応答がある。
 
ああ、八雲礼朗さんだったのかと思い、
 
「おはようございます。大宮万葉ですが、何でしたでしょう?」
と青葉は答える。
 
「大宮先生、今お時間取れます?」
「いいですよ」
「じゃ、こちらから掛け直しますから」
「はい」
と言って、いったん電話を切る。
 
母には「先に食べてて」と青葉は言った。
 
すぐに八雲さんから電話が掛かってくる。
 
「こないだちょっと小耳に挟んだんですが、大宮先生って凄い霊能者さんなんだそうですね」
 
「うーん。あまり大したことはないのですが。それで口コミで頼まれた案件で私にも何とかなりそうな話だけお聞きしている状況で」
 

すると八雲さんは言った。
 
「実はあるユニットのマネージャーが3代続けて急死していまして」
 
今日は何て日だ?と青葉は思った。こちらも3代続けてか!?
 
「どういう亡くなられかたなんですか?」
 
「最初ユニットを結成した頃から担当していた長浜さんという人がもうデビューも決まって、いよいよこれからだねと言っていた時に突然死しまして。お医者さんの診断は睡眠時無呼吸症候群ということで。確かにかなり太った人だったんですよ。私ひとりであんたたちふたりの体重と同じかもなんて、ユニットの子たちに言ってたんですよね」
 
「はあ」
 
「その次の舞鶴さんという人がデビューの直前から昨年の1月まで4年ほど担当していたのですが、実際問題としてそのユニットの方向性というのは私と彼女の2人で作り上げたようなものなんですよ」
 
「ああ。八雲さんが担当なさっているんですか」
「今は外れてるんですけどね」
「なるほど」
 
「それで彼女はその時、インフルエンザに掛かりましてね。ただ本人はインフルエンザと思っていなくてふつうの風邪だろうと思っていたらしいです。それでマスク付けて仕事をしていたのが、あまり熱が出るからごめん今日は帰るねと言って帰ったものの翌日出てこないし、電話にも出ないので様子を見に行ったらもう冷たくなっていたんですよ」
 
「うーん」
 
 
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