【春園】(2)

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5日の日はみんなダウンしていたこともあり、帰り方については、6日朝にみんなが起きてから話し合った。
 
「いやあ、春彦さんや夏彦さんなどとすっかり仲良くなっちゃった。何なら週末まで滞在してもいいよと言われたんだけど」
と桃香が言うが
 
「私は土曜日から合宿があるから、8日金曜日の夕方までには東京に戻らないといけない」
と千里。
 
「私は新入社員なので、取り敢えず祖父の葬儀ということで休みはもらいましたが、一刻も早く帰る必要があります」
と彪志。
 
「私は7日が入学式だから、明日の朝までには戻らないいけない」
と青葉。
 
「むむむ。みんな忙しいな」
 
「桃香、あんたは仕事大丈夫だったの?」
と朋子が訊く。
 
「大丈夫だと思うけどなあ。ちゃんと休みますってメールしといたし」
「電話してないの?」
「電話が必要なもん?」
「普通休むのなら上司に電話して許可を取るもんだ」
「そうだっけ?」
 

「今日は何時頃終わるんですか?」
と彪志が尋ねる。それで朋子が事実上葬儀を取り仕切っている佑子さん(山彦の長男・春彦の奥さん)に電話して尋ねた所、おそらく15時半頃ではないかということであった。
 
桃香は乗換案内を見ている。
 
「15時半に終わって葬儀社の送迎バスで中村まで送ってもらうと中村16:47の特急に乗って18:34に高知駅に着く。それで19:10の伊丹行きに乗れば19:55に着くから、それで大阪駅20:54の最終サンダーバードに乗ると23:29に金沢に着く」
 
「それ高知駅から高知空港への連絡は36分では無理。飛行機は出発の30分前には空港に到着してないと乗れないよ。伊丹空港から大阪駅までも59分というのは微妙。飛行機が遅れたらアウトだし荷物が出てくるまで時間が掛かる場合もある。手荷物無しならいいんだけどね」
と千里が言う。
 
「荷物全部機内に持ち込む?」
「それは叱られると思う」
 
「だったら他の人たちに相談しないといけないが、来る時に空港で借りたエスティマを使わせてもらえないかな? それで走れば18時半までには空港にたどり着くだろう。どっちみち向こうで返却しないといけないし」
 
「JR使うよりそちらがいい気がする。それにしてもサンダーバードへの乗継ぎが厳しい」
と朋子。
 

「これはどうかな。19:10の伊丹行きに乗って19:55に伊丹に着いた後、新大阪に移動して21:33の新幹線に乗り22:10に米原到着。すると22:48の最終しらさぎに間に合うから0:39金沢到着」
 
と来る途中に買ったJTB時刻表の4月号を見ていた青葉は湖東経由のルートを提案する(新幹線の新函館北斗延伸に伴い、JRのダイヤは3月26日、航空ダイヤは3月27日に大改訂された)。
 
昨年青葉はこの逆ルートで大阪に出てきている。
 
「ああ、それなら行けそうだね」
 
「そのルートはうまくすると21:06の新幹線に間に合う可能性がある。その場合はひとつ前のしらさぎに間に合って23:48金沢着」
と千里も青葉の時刻表を覗き込みながら言う。
 
「私たちはどうする?」
と桃香が千里を見て言う。
 
「どっちみち19:10のに乗るにはJRで移動していては間に合わない。エスティマで移動するなら、この5人で乗って高知空港まで行こう。そして私たちは19:15の羽田行きに乗ればいいと思う。洋彦さんたちも乗るかも」
 

「なるほど。待て。青葉、明日は入学式なんだっけ?」
「うん」
「だったら、千里、私たちも金沢まで行って、青葉の入学式を見るぞ」
「え〜〜!?」
 
「青葉たちも深夜に金沢に着いたら、無理して高岡まで戻らなくてもそのまま金沢市内に泊まればよい。それで翌日そのまま大学に出て行って入学式に出る」
 
「入学式は大学のキャンパスじゃないんだよ。金沢スポーツセンター」
「あそこか。だったらなおさら金沢市内に泊まればいい」
 
「僕は東京に帰っていいですか? 青葉の入学式は見たい気もするけど新人であまり休むとクビにされかねないので」
と彪志。
 
彪志は法事ということで上司に許可を取り、2日間休みをもらって来ている。
 
「うん。彪志君はそのまま羽田に飛べばよい」
 

「でも私、入学式に着ていく服を持って来てないよ」
と青葉。
 
「それは誰か1人が自宅まで行って全員分の服を持ってくればよい。私が往復してこようか?」
と桃香。
 
「一応、来る時金沢まで走ってきたから、金沢駅そばの《時計駐車場》に私のヴィッツを駐めているんだよ」
と朋子が言う。
 
「だったら私がそれを使って往復してこよう。千里、私たちの服はどうする?確か私はグリーンのフォーマルが、伏木の家に置いてあったはずだけど」
 
「私はピンクのフォーマルなら一緒に持って来てるよ」
「じゃそれでいいな。青葉のと母ちゃんのだけ持ってくればいい」
「自分のを忘れないように」
「それが危ないな」
 

朝食の場でエスティマを使ってよいかと朋子が相談すると、他の人たちもやはり仕事や学校の都合があるので、できるだけ早く帰りたいということで、高知空港でレンタルしたバスに、空港を使う人が全員乗って帰ればいいという話になる。
 
「じゃ空港行きのバスは15時半ジャストに出発することにしよう。葬儀の日程は15:15くらいまでには終わらせる。食事の途中でも強制終了」
と夏彦さんが言う。
 
「バスには何人乗るんだ?」
 
その場で全員の希望を出させ、この場に顔を見せてない人たちには電話して確認すると、結局高知空港を使う人が18人と、中村駅からJRで帰る人が27人いることが分かる。
 
岐阜の芳彦(と婚約者の舞耶)、高知の礼彦、岡山の安子一家は自分たちの車で来ていたので、それで帰る。
 
「中村駅は葬儀場の送迎バスで送らせて、高知空港に行く人がバスを使えばいいな」
と夏彦さん。
 
「バスは誰が運転するの?」
「俺が運転するよ」
と来る時も運転した来彦さんが言う。
 
「送迎バスは27人乗る?」
「子供が8人いるから定員の計算上は25人。乗るよ」
 
「エスティマはどうする?」
「そうだなあ・・・・」
 
と言っていた時、
「エスティマはいちゃいちゃ組に乗ってもらおう」
と芽依さんが言い出す。
 
「何それ!?」
 
「芳彦君と舞耶さん、満彦君と紗希ちゃん、青葉ちゃんと彪志君。この6人で高知まで乗っていく」
 
「へ!?」
 
「その3組さあ、せっかく遠出してきて、いちゃいちゃしたかったろうに、全然する機会が無かったでしょ?だからせめて高知までの区間、車内でいちゃいちゃ」
 
と芽依さんは言う。姉の萌枝さんが呆れたような顔をしている。
 
「確かに昨夜は未婚カップル組に敢えて酒を勧めて酔い潰した気もするな」
と大輔さん。
 
「でも他のカップルもいるのに?」
と清さんが言うが
 
「それはお互いに見ざる・聞かざる・言わざるで。エスティマの3列の座席を各々のカップルで占有すればいい。まあプレイは運転している人がびっくりしない程度で」
と芽依さん。
 
「まあ、いいけど」
と満彦が笑って言う。
 
「いちゃいちゃしすぎて乗り遅れないように、その3組は14:30出発にしよう」
「まあ精進落ちまでは出なくてもいいよね。お弁当は持って行ってもらえばいい」
 
それで満彦が芳彦に電話してみた所、芳彦は自分の車で岐阜県まで戻るのでということだったので、結局エスティマは、青葉&彪志、満彦&紗希の2カップルで使用することにした。位置的な問題を考えて、満彦たちを高知駅に置いて青葉たちは高知空港まで行き、そこで車を返すことにした。
 
「じゃ前半は僕が運転するから、後半は彪志君運転してよ」
と満彦。
「了解。じゃ中村付近で交代する?」
と彪志が尋ねる。
「そちらこの付近の道に慣れてないだろうから、高速に乗る直前まで僕が運転するよ。そのあと頼む」
「OK」
 

そういうことで、結局レンタカーのバス組は16人、中村駅への送迎バス組は25人ということになった。その他にエスティマが4人、自分の車で帰る人が6人、土佐清水市在住者が6人である。
 

この日は朝10時から葬式を行った。この日の受付には青葉と、笑美さんの娘で女子大生の月音(だいな)さんの2人で立った。笑美さん夫妻は稚内で風彦夫妻の近くの家で暮らしているが、月音さんは札幌の大学に通っており、学生寮に入っているということであった。
 
「一人暮らし、楽しいでしょ?」
と青葉は言った。
 
「うん。親元から離れる開放感はなかなかいいよ。学生寮じゃなくてアパートならもっと楽しい気もするけど、まあお金がかかるからね」
と月音。
 
「稚内から札幌に出てくるだけでも色々掛かるよね」
「そうそう。アパート借りた友人とかは、最初敷金とか払うのも大変だったみたい。それでなくても入試でお金掛かって、更に入学金・授業料と払って」
 
「大変だなあ。私は自宅通学だけど、それでも3月は資金繰りが綱渡りだった」
 
「あれ何とかして欲しい気分だよね」
「全く」
 

「青葉ちゃんとこの桃香さんと千里さんって、夫婦なんだっけ?」
「ええ。そうですよ。籍は入れてないですけど、結婚式はあげたみたいです。結婚指輪を右手薬指にはめてるのは、桃香姉がいつも浮気ばかりしているのに千里姉が怒っているからなんですよ」
 
「なるほどー。それで右手な訳か」
「桃香姉が千里姉に贈ったダイヤのエンゲージリングもあったし」
「桃香さんが千里さんに贈ったということは、桃香さんが旦那さんで千里さんが奥さん?」
「そうみたい。家事とかも桃香姉は苦手で、料理はいつも千里姉がしてるし。代りに桃香姉は大工仕事とか電気の配線とかが得意なんですよ。自分は間違って性転換手術されて男になってもやっていけるとか、よく言ってますよ」
 
「男になりたいんだっけ?」
「それとは違うみたい。だからトランスジェンダーじゃなくてレスビアンなんですよ」
 
「そのあたりの微妙な所が私はよく分からないなあ」
と月音さん。
 
「本人もよく分からないケース結構あるみたいですよ」
「ああ、そうなのかもね」
 

「そちらの従姉の美咲さんと由佳さんもビアンですよね?」
 
「そうそう。美咲は1人っ子だったから、最初は孫ができるのが絶望的になる同性婚というのに親はかなり難色を示したみたいだけど、最終的には娘が2人になるようなものということで、関係を認めてあげたらしい。籍は入れられないけど、ごく内輪で結婚式も挙げたんだよ。私は式には出てないけど、ご祝儀だけあげた」
「すごーい」
 
「まあ50人も子供・孫・曾孫・玄孫がいればLGBTもそれなりに出るよ」
 
「だよねー。じゃ沖縄組の2番目の人って」
 
「うん。生まれた時は男だったけど今は女だね。一昨年、外国に行って手術してきて、女の身体になったらしい。昨夜は旅館のお風呂で女体披露になってたね。奥さんの愛さんが苦笑いしてたけど」
 
「夫婦で一緒に温泉に入れるのは便利ですね」
「思った。あそこはだから結婚した時には男女だったけど、今はビアンになってしまっている」
「以前はふつうに男の格好してたんですか?」
「10年くらい前の親戚の集まりで見た時は、背広着てたけど、女の人にしか見えなくて、私、この人なんで男の服を着てるんだろうとか思ってたよ」
 
「なるほどー。私も女の人と思い込んでいたら声が男でびっくりした」
 
「元の名前は清(きよし)なんだけど、役場に届けて『さやか』と読み方を変更したらしい」
 
「ああ。名前の読み方って裁判所とかの審判不要で、単に役場に届けるだけで変えられるんだよね」
「うん。私も最近知った。私も月音と書いてタケオとか読むように変更しちゃおうかな?どうせ私の名前読めないし」
 
「確かに月音と書いて『だいな』と読むのは難易度が高いね」
「青葉ちゃんも千里さんも一発で私の名前を読んだからびっくりした。似たような名前の人でも知ってた?」
「いや、あれは字だけ見てもダメだけど、本人を見たらふっと思い浮かぶんだよ。千里姉も同様だと思う」
「すごーい」
 
「でも月音ちゃん、タケオと読ませるなんて男になるの?」
「それもいいかなあ。ちんちん自分にあったら楽しそうだなという気はするけど」
 
「ちんちんはどうなんだろうね。面倒そうな気もするけど。でも清さんの所は子供は最初からそういうパパの姿を見てれば意外に抵抗感無いかもね」
と青葉。
 
「かもねー。うちのパパはちょっと変わっているなというくらいで。そもそも清さんはセクシャリティの問題で結婚が遅れたんで、子供もまだ小さいみたい」
と月音。
 
「でも理解してくれる女性を得られて良かったんだろうね」
「うん。それまでこっそり女装していたのを奥さんがうまく唆していつもあの状態になったみたいだよ。仕事は元々背広着て仕事したくないから、服装規定の無い、委託契約の仕事してたんだって。だから性別がどっちでも問われないのでスムーズに切り替えられたらしい」
 
「ほほお。でも背広着ても男装しているようにしか見えない人なら女装するのが自然だったかも」
 
「そんな気がする。やはり物心ついた頃から自分は女という意識あったらしい。そのあたりの話も安子ちゃんから聞いた」
 
この手の情報は(女子の間では)だいたい高速に伝搬するものである。青葉は自分のことも色々噂されてそうだなと思った。
 
「へー。でも堂々と女の礼服で出てくるには、けっこう兄弟とかの抵抗があったでしょうね」
「うん。特にお姉さんの萌枝さんが強硬に反発してたみたい。でも咲子ばあちゃんが気に掛けてくれて、自分の本来の姿で来てくれるのがいちばん供養になるからって、聖火さんに言ったらしいよ。咲子ばあちゃんから言われたら萌枝さんも引っ込まざるを得ない」
 
「なるほどなるほど」
 

参列者が多いので、葬式が終わったのがもう11時頃。それから出棺して火葬は11:10くらいから始めた。
 
その間に昼食となるが、千里・青葉・月音・美咲・由佳、それに満彦の婚約者・紗希、芳彦の婚約者・舞耶あたりが給仕に動いていた。なお、桃香はこういうのをする訳もなく、男性親族たちと一緒に日本酒や粟焼酎を飲んでいる。高知には粟焼酎の老舗・無手無冠(むてむか:四万十町)がある。
 
「前回来た時にちょっと飲んで、これ美味しい!と思ったんですよ」
などと言いながら春彦さんたちと盃を交わしていた。
 
食事が終わった後、12時すぎから収骨となった。咲子さんが最初に大きな骨を拾い、5人の子供とその配偶者が一緒にわりと大きめのものを拾う。ここで光彦の分は桃香が代行したので朋子と桃香で一緒に拾った。その次に11人の孫(青葉も孫としてカウントされる)が各々の配偶者と一緒に小さめの骨を拾って骨壺に入れる。ここで桃香は再度登場して千里と一緒に女2人で拾ったが、それ以前に清・愛がやはり女2人でしているので、(桃香本人は平気だが)朋子の心理的負担も少しは小さかったようである。
 
孫たちの中で最後に骨を拾ったのが青葉で彪志とはまだ籍を入れていないので彪志は遠慮し、月音さんと2人で拾うことにしていた。青葉は5年前に自分の家族の葬儀が相次いだ時のことを思い出し涙が出てきた。
 
この時、桃香が青葉に骨箸を渡そうとして、うっかり手をすべらせて遺灰の中に落としてしまう。
 
「あ、ごめんごめん」
と言って桃香は箸を拾って青葉に渡した。この結果、桃香も青葉も手に遺灰が少し付いた。斎場の係の人が
 
「これでお拭き下さい」
と言って濡れティッシュを渡してくれたので、青葉はそれで骨箸と自分の手を拭いてからあらためて月音と一緒に骨を拾ったものの、その時、青葉がふと千里を見たら、千里が一瞬ニコッとした気がした。
 
青葉は、今和彦さんの遺灰に触れたことが何か意味があるのかも知れないという気がした。
 
孫たちの後は、曾孫世代で大学生以上の子のみが骨を拾った。芳彦と礼彦が拾い、満彦だけ単独で拾い、安子さんと夫、そして最後に美咲さんが由佳さんと一緒に拾った。
 
芳彦さん・満彦さんは婚約者を連れてきているものの、まだ結婚はしていないので彪志同様、骨拾いには参加しなかったようである。美咲さんと由佳さんは結婚式まであげているのでふたりで一緒に拾ったようだ。ふたりは左手薬指にお揃いの結婚指輪をつけている。
 
しかし孫世代の最後は性転換者の自分で、曾孫世代の最後はレスビアンの美咲さんというのも凄いなと青葉は思った。
 
「一昨日までは動いとって文句ばかり言っとったのに、こんな骨だけになっちゃうなんてね」
 
とポツリと咲子が言うと、みんな涙を新たにした。
 
「まあ、人間ってあっけないよな」
と長男の山彦も言った。
 

この後、ホールの方に戻り、初七日法要を行った。その後、本来は精進落ちとなるのだが、その前に故人が残したメッセージがあるというので、それをみんなで聞くことになった。
 
いわば声で残した遺言である。これは毎年誕生日の後に本人が弁護士さんの所で1人だけで録音していたらしい。100歳の誕生日の直後に亡くなったので今年の録音は無い。1年前のメッセージである。
 
弁護士さんが咲子さんと子供5人(光彦の分は桃香が代行)に封印がきちんとなされていることを確認してもらってから、封を切る。録音はUSBメモリーに入っていた。
 
「やあ、みんな元気かぁ? 俺、和彦(にぎひこ)。いやあ、この録音が公開されているってことは俺は死んじまったってことだけど、みんな仲良くやっていってくれ。それと咲子をよろしく頼む」
 
と本人はとっても明るい声である。
 
「とりあえず俺の歌を聞いてくれ」
と言って、いきなりモーニング娘。の『恋のダンスサイト』を歌い始める。みんな、呆気に取られている。「セクシービーム!」と和彦さんが言った所では、思わず笑い声が漏れていた。
 
「まあ、そういう訳で長生きのコツは毎日思いっきり歌うことだと思う。身体に新鮮な空気を取り入れて、ちんちんたいしゃ(本人の発音のママ)を促す」
 
ここでも笑い声が漏れる。
 
「あと、男が長生きするには去勢するのが効果ある」
との発言に
 
「はぁ!?」
という声が子や孫たちの特に男性陣から漏れた。
 
「平均寿命が女の方が長いのは、やはり男性ホルモンと女性ホルモンの影響なんだよ。だから睾丸を取った男は長生きする。卵巣を取った女は短命になる。これはちゃんと医学的にも証明されている」
 
などと本人は言っている。
 
「だから俺は光彦を産んでからまもなく睾丸を取ってもらった」
 
と爆弾発言。これはどうも咲子以外は誰も知らなかったようで、みんな顔を見合わせていた。
 
「だから、山彦、風彦、洋彦、長生きしたかったら去勢するといいぞ」
 
という発言にその3人が嫌そうな顔をする。
 
「あと、清(さやか)は睾丸を取ってしまったようだが、きっと長生きするだろう。長生きする分、親孝行してやれ」
 
という発言。これに清さん本人はしんみりとした顔、その親の聖火夫妻は頷いていたものの、お姉さんの萌枝さんが少し不快な顔をしていた。
 
清さんの性別問題で九州沖縄組の中に不和があることを気に掛けていて、その問題について遺言してくれたのだろう。
 
「あと、俺が死んだので、子供、孫、曾孫(ひまご)、玄孫(やしゃご)が大勢集まってくれたと思うが、死んだ時ばかり集まるのは寂しい。次は咲子の誕生日に集まってやってくれないか。今回の葬式の時の交通費、それから咲子の誕生日に集まる時の交通費に充てるのに、JR東海株を1単元ずつ売却して当ててほしい」
 
子供たちがお互いに顔を見合わせて頷いていた。
 
「それでは最後にもう一発俺の歌を聴いてくれ」
 
と言って和彦はまたまたモーニング娘。の『ハッピーサマーウェディング』を歌った。途中の台詞の中の「証券会社に勤めている杉本さん」「お父さんと一緒で釣りが趣味なの」といったところを「八戸高等女学校出身の咲子さん」「お母さんと一緒で裁縫が趣味なんだ」などと言い換えていた。
 
この歌にもみんな笑いを漏らしながら聞いていた。
 
この歌が終わるとともに「んじゃ、俺のメッセージは以上」と言って録音は終了していた。
 

「あのぉ、財産分与とかについては何も?」
と風彦の奥さん・三恵さんから質問が出る。
 
「それについては公正証書遺言がございます」
と弁護士は言い、弁護士事務所で保管されていた遺言書の写しを取りだし、読み上げた。
 
声の遺言には法的な効力が存在しないので、きちんと公正証書にしていたと弁護士さんは説明した。
 
その遺言状によると財産についてはこの遺言書が公開された時点で咲子が存命であれば全ての財産(土地家屋と若干の株式)は咲子に残したい。もし咲子も自分と前後して亡くなっていた場合は、ずっと一緒に暮らしてくれた山彦に全部譲りたいとした上で、遺留分がどうしてもほしいという子供には、自己所有株式を処分して払ってやってくれと書き残してあった。
 
これについては風彦が
「俺はいらん。相続放棄する」
と最初に言い、洋彦・聖火、それに光彦の代襲相続者である桃香も同様に相続放棄すると言った。山彦も同様に相続放棄することを述べ、それでその件は、弁護士が用意していた書類をその5人に渡し、その場で署名捺印してもらった。
 
「また今回のみなさんの交通費に関しては、故人の遺言テープにあったように東海旅客鉄道株式会社の株を1単元(約200万円)売却し、葬儀費用が香典のみで不足していた場合はそれを先に補填した上で、残りのお金を皆様が実際に掛かった費用に応じて按分計算して送金することを、高園咲子様と話し合って決めさせて頂きました。おのおのご帰宅後、掛かった交通費の明細を私の事務所までメールでよいですので、送っていただけますか?ただしビジネスクラスやグリーン車の料金はカットさせて頂きます」
 
と弁護士は言い、あとで全員に名刺を配ると言っていた。
 
「香典が余った場合は?」
「少額の場合はこの交通費分与にプラス致します。もしかなりの金額の剰余が出ました場合は追ってご相談させて頂きます」
 

この遺言公開の後、精進落ちとなる。献杯の挨拶は風彦が行った。ほかに洋彦、聖火、そして桃香もひとことずつ故人の思い出を語った。
 
その挨拶が一段落した所で芽依さんに促されて「イチャイチャ組」の青葉と彪志、満彦と紗希の4人が「お先に失礼します」と言って先に会場を出た。これが13時頃であった。
 
残った者たちで故人の思い出を語りながら食事をする。
 
「しかし和彦じいさんが、去勢していたというのは知らんかった」
とみんな言う。
 
「ダミーのシリコン製のボールを入れていたんだよ。だからお風呂とかに入っても誰にも気づかれなかったと思う」
と咲子が言う。
 
「しかし、親父もまあ思い切ったことを」
と洋彦が言う。
 
「子供が5人できて、もうこれ以上は要らないけど、だからといってコンドームつけてセックスするのは嫌だと言って」
 
「それ去勢しなくても、不妊手術すればいいじゃん」
「あれは確実ではないとか言って」
「でも去勢したら立たなくなるのでは?」
「あの人、80歳頃まで立ってたよ」
「すげー」
 
「山彦兄は現役かい?」
「すまん。もう男は引退した」
「引退したのなら、もう睾丸要らんだろ。取ったら長生きするかもよ」
 
「ちょっと考えさせてくれ」
 

「ところで光彦を産んだ後とか言ってたけど、和彦じいさんが産んだ訳じゃないよな?」
「私が産んだよ」
と咲子。
 
「いや、睾丸取ったら子供産めるようになるのかと一瞬考えた」
「玉だけ取っても、穴を作らなきゃ産めないだろうね」
「確かに子供を出す所が無いよな」
 
「清(さやか)は子供産めるの?」
「私、子宮が無いから無理。それに精子の調達先が無いし」
「ああ、精子無しでは無理だな」
 
「でも清のこと、じいさんも言ってたしさ。聖火ちゃん、許してやれよ」
「私はちゃんと娘と思ってるよ」
と聖火。
「ただ、嫌そうな顔してる人が若干いるのが私も困っている所でね」
と聖火は付け加える。
 
「まあ和彦さんに言われたら仕方ないな。じゃ、清(きよし)のこと女だと思ってやることにするよ」
と聖火の夫・明夏(あきよし)。
 
「父ちゃんは自分の名前が女とよく間違えられていたから、清(さやか)姉のことも嫌がってたんじゃないかね」
などと、聖火の「唯一の息子」である透さんが言う。
 
「ああ、この人の名前はよく『あきな』とか『あきか』と読まれて女の子と思われるんだよ。本人見たら、がっちりした男だからびっくりされる」
と聖火。
 
「ついでに、母ちゃんの名前が男と思われる」
「まあいいけどね」
 
「でも父ちゃんもああいっているし、萌枝姉貴も認めてやれよ」
と透。
 
不快そうな顔をしていた萌枝が仕方ないという顔をして
「じゃ、とりあえず握手」
と言って、清(さやか)と握手をした。
 

「ところで咲子ばあちゃんの誕生日はいつだったっけ?」
と孫の透から質問が出る。
 
「4月28日」
「わっすぐだ!」
 
「じゃ夫婦とも4月生まれだったのか」
 
「でもそれなら1年後のゴールデンウィークに和彦じいさんの1周忌も兼ねてみんなで集まらないか?」
と来彦が提案する。
 
「ああ、それでいいんじゃない?」
「じゃロウソクを93本用意して」
 
「4月28日というと、ゴールデンウィークの直前か?」
「私は昔から、なんで29日に生まれなかったんだよと言われてた」
 
「まあ平日ではみんな来られないだろうから、1日ずらして29日の夕方か30日くらいにお祝いということで」
 
「どうせずらすなら、5月3日か4日までずらそう。その方が遠くから来やすい」
 
来年の4月28日は金曜日である。29-30日が休みの後、5月1-2日が平日で3-7日が連休になる。
 
「私はいつでもいいよ。みんなから誕生日プレゼントもらえるなら」
と咲子は言っている。
 
「じゃビキニの水着でも贈ろうかな」
「ああ、嬉しいね。着ちゃおうかな」
 
このあたりも本当に冗談なのかよく分からない所だ。
 
「そのついでに和彦じいさんの一周忌法要もすればいいな」
 

一方早めに斎場を出た青葉たちは、駐車場に昨日から駐めたままのエスティマの所に行く。満彦さんが運転席に座るのかと思ったら紗希さんが座る。ETCカードも紗希さんが自分のを挿していた。
 
「みっちゃんが運転するというから、僕に運転させろと言った」
と紗希さんが言う。
 
「いや確かにさっちゃんの方が運転うまい」
と満彦。
 
「じゃ後半は彪志じゃなくて私が運転しようかな」
と青葉。
 
「青葉しっかり若葉マーク持って来てるもんなあ」
と彪志。
 
「青葉ちゃん、若葉?」
「はい」
「でも運転歴は5〜6年あるみたい。僕より上手いです」
「だったら大丈夫ね」
 

それで青葉たちが3列目に乗って、紗希が車をスタートさせたが、確かにうまい運転だと青葉は思った。
 
「僕二種免許持ってるから」
「さすがですね!」
 
「じゃそちらは適当にイチャイチャしててね。裸になってもいいよ。僕たち気にしないから」
と紗希さんが言う。
 
「ありがとうございます。でも紗希さんって僕少女ですか?」
「ううん。僕は男だから」
 
「え〜〜〜!?」
「冗談だけど」
 
「びっくりしたー」
「僕のところ、上3人が男でさあ。お母ちゃんも早く死んでしまって男だけの家庭で育ったから、女言葉を話す手本が手近に居なかったんだよねー。だからおまえ男みたいだって言われるのにも慣れてるし」
 
「なるほどー」
「おっぱいも男並みに無いし」
「えっと・・・」
「残念ながらちんちんは付いてないんだよねぇ」
「まあ、あれはあると邪魔ですよ」
 
「ふーん。まあバイト先では《わたし》って言ってるし、今回も親戚の手前《わたし》と言ってたけど、このメンツなら、かったるいから普段の話し方でいいかなと」
 
「うん。お互い遠慮なしで」
 
「ところでここだけの話、青葉ちゃんこそ実は男の子ということは?」
「ああ、バレましたか」
 
「他は誰も気づいてないと思う。凄く完璧なんだけどさ。あまりにも女らしすぎるんだ、青葉ちゃんは」
 
おそらく本人自身が性別に微妙な問題を持っているからリードできたのだろうと青葉は思った。
 
「確かに友達から女より女らしいと言われてた」
「身体も直してるの?おっぱいは僕よりはあるみたいだなと思って見てたけど」
 
昨日、紗希さんは酔いつぶれていたらしく、旅館の女湯には来ていなかった。
 
「全部直しました。20歳になったら戸籍の性別変更を申請するつもりです」
「おお凄い凄い」
「でも親戚60人も集まったら、LGBTもいるよねえ」
「そうですね」
 
そんな話を月音(だいな)さんともしたなと青葉は思った。
 
「みっちゃんはホモっぽいし」
と紗希は言うが
「僕はノーマルのつもりだけど」
と満彦自身は言っている。
 
「いや絶対怪しいと思ってる。入れられてる時に凄く気持ち良さそうだし」
と紗希が言うと満彦は頭を掻いている。
 

こちらもイチャイチャしてるから、そちらも適当にやっててと言うので、青葉と彪志は3列目で、キスした上で、服までは脱がないものの、彪志がズボンを下げて青葉が刺激してあげる。どうも満彦たちも運転しながら色々している雰囲気だ。満彦さんがバンドメイドのCDを掛けて、お互いの音があまり聞こえないようにする。
 
「彪志ごめんねー。今回せっかく来てもらったのに、なかなか話もできなくて」
と青葉は小さい声で言う。
「いいよ。こういう場では仕方無いよ。芽依さんのおかげでこういうことできるようになったし」
「じゃ、ドライバーがびっくりしない程度にイチャイチャしよう」
「うん」
 

高知自動車道のスタート地点(正確にはこちらが終点)、四万十町中央ICそばのローソンで休憩し、もらってきた仕出しのお弁当もここの駐車場で食べた。ローソンでお茶やコーヒーを買ったが、満彦と紗希はビールを買ってきて乾杯している。
 
「この後は運転しないから飲んでもいいかなと」
「なるほどー。彪志も飲む?」
「いや、昨日だいぶ飲まされたからいいことにしとく。一週間くらいアルコールは身体に入れたくない」
 
「ああ。なんか新顔は酔い潰しちゃえみたいな雰囲気があったね。でも美咲さんの奥さんの由佳さんは凄いお酒強いみたいで、最後までダウンしなかった」
「あの人、粟焼酎をぐいぐい飲んでたよね?」
 
「あの人たちって、由佳さんの方が奥さん?」
とビールを飲みながら満彦が訊く。
 
「よく分からない。でもレスビアンの人ってそのあたりの意識はどうなんだろう?桃香さんと千里さんの場合は、桃香さんが旦那さんで千里さんが奥さんっぽいね?」
と紗希。
 
「実際あのふたりはその意識みたいですよ。婚約指輪も桃香姉から千里姉に贈ったんですよ」
と青葉も言う。
 
「ほほお」
「そういえば僕はまだ婚約指輪もらってないな」
「夏のボーナスまで待って」
 
満彦はこの春に大学を出て就職したばかりである。実際にはその会社には2年前からバイトで勤めていたらしいが。
 
「それってタチかネコかというのと関わってるの?」
「タチが旦那さんでネコが奥さんのこと多いと思うけど、逆もあるみたいですよ。お互いのそういう役割が固定してないカップルもあるみたいだし」
 
「なんかレスビアンの世界はよく分からないなあ。ゲイは何となく想像がつくんだけどね」
と紗希さんは言っている。青葉はこのふたりはどうも紗希さんの方が主導的みたいだなと思った。
 

ゴミをコンビニで捨てさせてもらい、若葉マークを前後に貼って青葉が運転席、彪志が助手席に座る。満彦と紗希は、3列目に乗ると、持参のシーツを敷いた上で、いきなり裸になって抱き合っていた。
 
青葉が車をスタートさせる。自動車道に乗って快適に走っていく。なお高知自動車道のこの部分は2012年に開業している。今回は満彦たちを高知駅で降ろすのでどっちみち高知ICから一般道路に降りるが、高知ICから高知空港方面に伸びる予定の高知南国道路は現在工事中で、2016年4月23日に、なんこく南IC-高知龍馬空港IC間が開通した。つまりこの時点ではそこが未開業で、高知南IC-なんこく南ICの4.7kmのみが部分開業していた。
 
高速道路を運転中、彪志は後ろの2人の激しいプレイとしばしば聞こえてくる「満彦の」悲鳴に当てられてしまって、なかなか気分が乗らないようであったが、青葉のスカートの中に手を突っ込んで色々刺激したりしてくれた。
 

ふたりを高知駅に降ろしたのは、四万十町で長時間の休憩をしたこともあり、15:48くらいであった。音消しに掛けていたCDと紗希のETCカードを確実に抜いて渡す。荷物の忘れ物がないか確認する。
 
「これなら16:13に乗れるね」
「お父さんたちを待たないの?」
「面倒くさい」
「ふたりだけなら、このままイチャイチャして行けるし」
「まあ列車の中じゃ裸にはなれないけど」
 
ということで結局満彦たちは 高知16:13-18:47岡山 という南風24号で帰還することにした。
 
「青葉ちゃんたちもひとつ早い便に間に合うのでは?」
「え?」
 
ひとつ早い伊丹行きは16:50発である。
 
「間に合いそうな気がする」
「じゃすぐ移動しよう」
「そちら気を付けてね」
「うん。そちらも。色々ありがとう」
 
と言って駅前で別れた。
 

青葉の運転で高知空港まで行く。空港に到着したのが16:17で、エスティマはいったん駐車場に駐めて、荷物は彪志が持って一緒に走り、カウンターの所まで行く。青葉の19:10伊丹行きの予約を16:50に変更できないか尋ねてみる。
 
幸いにも空席があり変更可能ということで、手続きしてもらった。もう時間が無いので、空港のスタッフに先導してもらって乗り場に急ぐ。
 
「じゃ気を付けてね」
と言って保安検査場の所でキスして別れた。
 
彪志は青葉を見送った後、カウンターに戻り、自分も羽田行きをひとつ早い18:25に変更してもらった。いったん外に出て車を近くのGSに持って行き満タン給油した上で、トヨレンに移動して返却手続きをする。空港に戻ったところで桃香に電話して、青葉がひとつ早い飛行機に乗ったことを連絡した。これが16:45くらいであった。
 

一方、桃香たちは13時頃から始まった精進落ちがカラオケ大会と化していた。故人がカラオケ大好きだったので、カラオケで送ってあげようという趣旨である。故人が使っていたパソコンセットが持ち込まれ葬儀場の回線を借りてジョイサウンドが使えるようにする。
 
特に新顔は歌わされる。女性陣の中で昨日桃香以上に飲んでいて男性親族たちのアイドルと化していた由佳がトップバッターで故人が好きだったというモーニング娘。の曲から『Memory 青春の光』を歌う。上手くはないが、カラオケでは盛り上がる感じの歌い方である。千里はこの人かなりカラオケに行っているなと思った。
 
なかなか盛り上がった後は桃香が指名されるが、桃香は洋楽専門なのでアヴリル・ラヴィーンの『I'm with you』を歌った。いい曲ではあるのだが、少なくとも中年以上の人たちが誰も知らないし、英語歌詞の意味も分からないので、かなり盛り下がる。空気を感じた桃香が、途中でキャンセルして「じゃ千里」と言うので、千里はAKB48の『桜の花びらたち』を歌う。
 
千里が伸びのある声でこの名曲を歌い上げるので拍手があり
 
「きれいな曲だね〜」
「これ誰の曲?」
などと質問が出る。
 
「AKB48ですよ」
と言うと
「エーケービーにこんなきれいな曲があったのか!」
と年配の人たちが驚いていた。
 

千里が芳彦さんを指名する。芳彦さんは舞耶さんとふたりで一緒に西野カナの『トリセツ』を歌い、この曲を知らなかった人たちにも多いに受けていた。
 
芳彦が「この子、凄く歌が上手いんだよ」と言って、月音の妹、波歌を指名する。
 
「名前も難しいよね」
「うん。和彦(にぎひこ)じいさんも、読めないし、その子供世代の山彦(たかひこ)、風彦(たつひこ)、洋彦(きよひこ)、聖火(みか)、光彦(あきひこ)も読めないけど、笑美(わらい)の子供3人もマジで読めない」
 
ということで月音(だいな)の妹は波歌(しれん)である。
 
波歌は映画で話題になった曲『Let It Go』を歌った。
 
正確な音程取りである。発声法もベルカントっぽい声の出し方なので、この子、コーラスとかやっているのかなと千里は思った。
 

その後、主として10-20代の子でリレーしていく。
 
千里はジュースを飲みながら、たまたま隣の席になった萌枝さん(聖火の長女)と話していたが、半ばグチを聞いてあげている感じになった。
 
「本人がまあ女の服を着たいというのなら着るくらいは構わないと思うんですけどねえ。でもこっそりしてくれたらいいのに。あれでは子供たちが可哀想ですよ。だってずっとあの子たち、父親の問題で後ろ指をさされますよ」
などと萌枝さんはまだ清さんのことで文句を言っている。
 
ただ萌枝さんと清さんの間にはそれ以上に色々確執があるっぽい雰囲気でもあった。男女差別の強い土地で、第一子なのに、女だからということで、「弟」の清さんより下の扱いを受けて育った萌枝さん、「男扱い」されるのが嫌で長男の責務からいつも逃げていた清さんの双方に複雑な思いがあるように千里は感じた。
 
結構辛気くさい話になっていき千里も参ったなと思っていた時、北海道組の波歌が近づいて来た。
 
「こんにちは。ちょっと耳にはさんだんですが、千里さんって音楽関係のお仕事なさっているんですか?」
 
そういえば昨夜斎場から旅館に2度目に走った時、透さんたちに、そんなこと言ったかなと千里は思った。
 
「まあ余技ですけどね。本職はバスケット選手で、音楽関係は時間が取れた時に少しお手伝いしているだけなんですよ。あ、名刺あげときます」
 
と言って千里はレッドインパルスの名刺を波歌、とそれを見て「へー」という顔をした萌枝にも渡す。
 
「すごーい。このチーム名は知ってます。確か昨年は準優勝でしたよね?」
と波歌。
 
「ええ。あと少しの所で常勝チームに敗れました」
「凄いなあ」
「でも、波歌(しれん)ちゃん、歌がうまいね。コーラスとかしてるの?」
「ええ。小学校の時からやってたんですよ」
「発声法がきちんと訓練されてるなと思った」
 
「だいぶ鍛えられましたから」
と本人は言っている。
 
「それでですね。私、将来、歌手になれないかなと思っているんですけど、どう思います」
 
と波歌が訊く。
 
「うーん・・・・」
と千里は悩んだ。
 
「難しいですか?」
 
「歌は高校生にしてはうまいと思う。そして可愛いから、歌手になるための最低の条件は満たしていると思う」
と千里は言葉を選んで話す。
「何が足りませんか?」
 
「雰囲気」
と千里は言った。
 
「えっと・・・・」
 
「波歌(しれん)ちゃんは目立たないんだよ」
「うっ」
と声をあげてから嘆くように言う。
 
「確かに、私、友達が近くで話しているそばに居ても『あれ?そこに居たっけ?』とか言われちゃうことあるんですよ」
 
「でもそれはちょっと改善してあげる。ちょっと目を瞑って」
「はい」
 
それで千里は彼女の手を握り、某所にある《スイッチ》をonにしてあげた。あまり霊的な操作が得意ではない千里でも、この程度はできる。
 
「あ、なんか雰囲気が変わった」
と萌枝さんが言う。
 
「これで少し目立つようになったから、オーディションとかに出てごらんよ」
「オーディションですか。それってやはり東京に出て行かないといけないですかね?」
 
「えっとね。これ現時点では未公開情報だけど、今度の日曜日に札幌で全国的なオーディション番組の予選があるんだよ」
「ほんとですか?」
 
「明日の夕方に放送開始される『スター発掘し隊』という番組を見て。詳しいことはそこで発表されるから」
 
「分かりました!ありがとうございます」
 

結局15時すぎに精進落ちが終了し解散することになった。高知空港に向かうバス(レンタカー)と、中村駅に行く葬儀場の送迎バスとに分乗して移動することになる。
 
「空港行きのバスは15:20ジャストに出発するから、みんな遅れないように」
と来彦さんが言っていたものの、ここで奥さんの渚さんからチェックが入る。
 
「ちょっと、あんたお酒飲んだ?」
「あ、つい勧められてビールを1杯」
「何考えてんのよ!? 運転できないじゃない」
「ビールくらい大丈夫だよ」
 
「来彦、呼気検査しろ」
と言って春彦さんがアルコール・チェッカーを持ってくる。
 
「アウトだな。誰か大型バスを運転できる人?」
と春彦さん。
 
「千里、アルコール飲んでないよな? 運転できないか?」
と桃香が言う。
 
「うん。飲んでない。じゃ運転しようか?」
「ああ。昨日も旅館と葬儀場の間を運転してたね。じゃよろしく」
 
ということで、結局千里が運転して空港まで行くことになった。
 

車は市街地を出てからまず快適な以布利バイパスを走り、大岐地区を抜けた後は海岸沿いのワインディングロードになる。
 
「千里ちゃん、昨日も思ったけど、運転うまいね」
という声が上がる。
 
「うん。曲がりくねった道なのに、そんなに辛くない」
「加速度ができるだけ掛からないように運転してるだけですよ」
 
しかし少し運転するうちに
 
「でももう少しスピード出さない?」
「こういう道はあまり走ったことない?」
という声も出る。
 
「今300mほど後方に覆面パトカーが居るので出せません。あれと別れたらもう少し速度あげます」
 
「よくそんなの分かるね!」
 
千里が運転するバスが制限速度ジャストで走っているので、イライラした後ろのプリウスが《ハミ禁》区間であるにも関わらず、無理矢理対向車線を使って追い越して行った。すると少し後方にいた白いクラウンがサイレンを鳴らしてその車を追いかけていき、捕まえたようである。
 

千里の運転するバスはその覆面パトカーと捕まったプリウスを横目に見ながらその場所を通過。
 
「ああ、可哀相に」
「こちらは捕まらなくて良かった」
 
その後千里はやや速度を上げて四万十市まで行き、黒潮町を経て四万十町に入る(とても紛らわしいのだが、四万十市と四万十町がある)。
 
四万十町中央ICそばのローソンで少し休憩する。青葉たちがここに居たのは2時間ほど前である。
 
休憩中に彪志から桃香に電話が入った。
 
「了解了解。そちらも気を付けてね」
と言って桃香は電話を切る。
 
「青葉はひとつ早い飛行機に間に合ったからそれでサンダーバードに乗り継ぐらしい。彪志君が調べてくれたのでは21:22金沢着ということ」
 
「ああ、そんなに早く到着できるなら良かったね」
と朋子も言っていた。
 

笑美さんが点呼して全員乗っていることを確認の上、高速に乗る。千里の運転で車は快適に高知自動車道を走っていく。
 
高知空港に着いたのは17:45くらいであった。
 
「これ18:25にも間に合うのでは?」
 
幸いにも多少空席があったので、館山に帰る洋彦夫妻がそちらに振り替えてもらって搭乗した。洋彦以外にも数人駆け足で保安検査場に行く人の姿があった。洋彦たちは結果的に彪志と同じ便に乗ったことになる。
 
北海道に帰る11人はどっちみち都内で1泊なので、19:15の便を待つことにした。
 
一方でみんなを降ろした後、千里はバスを近くのGSに寄せて満タン給油。それでトヨレンに行き、ETCカードを抜き、忘れ物が無いか車内を見て回ってから返却手続きをした。歩いて空港内に戻る。
 
千里がその作業をしている間に、青葉から桃香に電話が入った。
「こちら伊丹から新大阪に移動して来たところ」
と青葉。
「こちらはあと少ししたら搭乗になると思う」
と桃香。
 
「それで私が早く金沢に着くから、私が高岡まで服を取りに行ってくるよ」
と青葉が言う。
 
「しかしきつくないか?」
「大丈夫。サンダーバードの中でぐっすり寝ていくから」
「そうか?」
 
「それに考えたんだけど、私そのまま高岡で寝て朝金沢に出てこようかなと」
 
桃香は一瞬考えたものの、疲労を考えるとその方がよさそうな気がする。
 
「分かった。じゃ青葉は自宅で寝て」
「うん。それで友達を乗せて金沢に移動するよ」
「ああ。お友達を4〜5人乗せて通学することにしたんだっけ?」
「5人は乗らないよ! 基本は3人、場合によっては4人」
「了解了解。無理しないように」
「うん」
 
千里が戻ってきた所で桃香がそれを伝え、千里は金沢のホテルでツイン2つ予約していたのを片方をシングルに予約変更した。
 

千里・桃香・朋子の3人は予定通り19:10-19:55の伊丹便に乗ったが、やや出発が遅れ、伊丹には20分遅れで到着した。そこからモノレールと地下鉄で新大阪に移動すると21:10であった。
 
「惜しかったな。21:06のこだまは出たばかりだ」
 
21:06に乗れば最終便のひとつ前に間に合ったのである。
 
「やはり青葉は先に返して正解だったようね」
「うん。こちらは結局最終便になっちゃう」
 
青葉に電話すると、向こうはもうすぐ金沢に到着するということだった。あらためて「運転気を付けてね」と言っておいた。
 
千里や桃香たちはコンビニで晩御飯や飲み物を調達した後、新大阪駅発21:33の新幹線で米原に移動。22:48発の《しらさぎ65号》に乗った。
 
3人ともかなり疲れていたこともあり車内で深く眠ってしまったようである。予定通り0:39に金沢に到着。そのまま駅そばのホテルに入り、ぐっすりと朝まで寝た。
 

一方、一足早く到着した青葉は、金沢駅を出た後、自分が持っているヴィッツの合鍵で車を出し8号線を走って22時半頃に自宅に戻った。メーターボックスの中に通販で頼んでおいたレディススーツの箱が入っているのでそれを取り出して家の中に入る。それから桃香に連絡すると、向こうは今米原で《しらさぎ》を待っている所ということだった。
 
青葉もさすがに疲れたなあと思い、取り敢えず寝た。
 
 
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【春園】(2)