【春園】(上)

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3月上旬。
 
溝潟が校門を出て下の大通りまで降りていこうとしていた時、目の前に何かが落ちてくるのを見た。
 
何だ?と思って見ると、折り紙を半分くらいにした感じの長方形の赤い紙である。思わず拾い上げてしまったが、紙には何も書かれていなかった。あたりを見回すものの、どこかこういうものが落ちてきそうな場所も見あたらない。どこかの飾りか何かが落ちてきたのかとも思ったのだが、飾りが付いているようなものも見あたらない。
 
溝潟はその紙を邪魔にならないように道端に移動して置くと、そのまま道を先に行く。そして20-30歩も行った時、脇道から出てきた22-23歳くらいの女が「すみません」と声を掛けてきた。
 
「はい?」
「すみません。このあたりに大きなショッピングセンターがありませんでしたっけ?」
「降りていった所にジャスコがありますよ。何でしたら一緒に行きましょうか?」
「あ、お願いします」
 
それで溝潟は女と一緒に坂を下りていった。
 

3月下旬。
 
ホシとナミが心配そうな顔で待っていた所に、事務所の春吉社長は悲痛な表情で部屋に入ってきた。
 
「大堀さんどうでした?」
とホシが訊くと、社長は首を振った。
 
ホシとナミが息を呑む。
 
「彼女の実家に連絡した。すぐに上京するそうだ。お葬式をどうするかはお父さんが来てから決める」
と社長は言う。
 
「またこんなことが起きるなんて・・・・」
とナミが言う。
 
「私たち呪われるのかなあ」
 
ナミは半分何も考えずに言ったようだが、社長は腕を組んだ。
 
「一度お祓いに行ってみようか」
 

4月下旬。
 
その日アクアは事務所社長の秋風コスモス、レコード会社担当の三田原課長と直前に迫ったゴールデンウィークのツアーの件で打ち合わせていた。
 
話が一段落した所でコスモスが言った。
 
「課長、北川奏絵さんの状況とか聞いておられます?」
「ああ。アクアは北川君にちょっと見てもらったこともあったね」
「ええ、それで子宮癌と聞いてびっくりして」
 
「私もまだお見舞いに行ってないんだけど、行ってきた何人かに聞くと本人はいたって元気らしい」
「そうですか」
「癌といってもごくごく初期段階だったらしくて。治療もわりと簡単らしい。ただ半年近く入院しないといけないらしい」
「あらあ。化学療法か何かですか?」
 
「PDTとか言ってたかな。何か最新の療法らしいよ」
「へー」
 

「でも癌は怖いですね。気づかない内に進行している場合もあるし」
「うん。★★レコードの制作部のスタッフとか、忙しくて健康診断サボッてる人も多いから。私も新しく向こうの課長になった森元君に言ったのよ。こういう事態が出てきたということは、健康診断受けてない社員は出勤禁止くらい言って強引に全員受けさせた方がいいって」
 
「それ私も賛成」
とコスモス社長。
 
「制作部の方で癌で亡くなったりした方とかはおられないんですか?」
とアクアは何気なく訊いた。
 
自分自身が小さい頃に、難しい部位に出来た腫瘍で2年近い入院生活を送っている。もっとも、アクアの場合、病気の原因が分かるまでが大変だったのである。原因が腫瘍だというのが分からず「どこも悪くないみたいだし、精神的なものかも」などと言われて、向精神薬まで処方されている。(ただしその診断を信用しなかった(父親代りの)上島雷太が「この薬は飲むな」とアクアに言ったためアクアは飲まなかった) 
ただアクアの場合は腫瘍が良性で発病してから原因が分かるまで1年以上の時間があったにも関わらず、あまり大きくはなっていなかったし、転移なども無かったので、命拾いをしたのである。もっとも小学5〜6年生頃になってから支香おばちゃんに聞いたのでは、万一転移していた場合は覚悟していて下さいと医者からは言われていたので、手術が終わってから1〜2年の間は気が気でなかったいうことだった。
 
「去年梶鷹君という人が亡くなっている。まだ28歳でね。将来を期待していたのだけど」
 
「わあ」
「それもあって今年の検診は強引に受けさせましょうよという話を加藤さんと森元さんでしたみたいで。それで北川さんの癌も見つかったんだよ」
 
「それは良かったです」
 

少し時を戻す。
 
2016年4月4日深夜。
 
「あらぁ。今日100歳のお誕生日だったのにね。うん。夕方100歳のお祝いをした時までは元気だったんだ?でも大往生だよねぇ。了解。桃香にも連絡して、都合が付けばそちらに向かわせる」
と電話に出た朋子は言った。
 
「おじいちゃん?」
と青葉は尋ねる。
 
「うん。高知のおじいちゃん、亡くなったって。青葉、大学はいつからだっけ?」
「7日が入学式だから、その日の朝までに戻ればいい」
「じゃ一緒にお葬式行こう」
「うん」
 
朋子が桃香に電話すると、桃香は明日朝から行くとの連絡であった。千里はまだ帰宅していないらしいが、訊いてみて都合が付けば一緒に行くと言っていた。 

青葉が桃香の祖父・和彦、祖母・咲子と会ったのは2011年に青葉が桃香たちに保護された年の9月であった。
 
朋子が震災で家族を丸ごと亡くした子を養女にした(実際には入籍せず後見人になっただけである)と聞き、一度会わせてという話はあったものの、その年は8月下旬まで青葉はコーラス部の活動が忙しく、なかなか高知まで行けなかった。 
(ゴールデンウィークにも一度菊枝に会いに青葉は高知県に行っているが青葉の日程表を見てハードスケジュールなのに呆れ、朋子は同行しなかった) 
それで9月の連休にやっと高知に行ったのである。これには桃香も同行し、桃香に強引に連れられて千里も一緒に行った。
 

この時、和彦は95歳。高齢でやや足取りが怪しいものの、自分で家の中を歩き回れるし、カラオケでモーニング娘。を歌うのが大好きという、精神的には若いおじいちゃんであった(石川梨華と高橋愛のファンだと言っていた)。 
また咲子は87歳だが、見た目も精神年齢も若く、まだ60代かなという感じであった。華道・茶道・着付けの講師免許を持っていて、実際に地元の公民館を使って茶道教室を開いていた。
 
「私も和彦もピンコロが理想だね〜、なんて言ってるのよ。寝たきりになって家族に負担掛けたくないし」
としっかりした口調で咲子は言っていた。
 

なお、桃香がまだ25歳なのに祖父母の年齢が高いのは、桃香の父・光彦が兄弟でいちばん下で、和彦39歳・咲子31歳の年の子供であり、また光彦も結婚が遅れて、しかも最初なかなか子供が出来ず、桃香が生まれたのが光彦35歳・朋子30歳の年であったことによる。
 
光彦のいちばん上の兄・山彦は光彦の12歳年上で、この2011年当時でも山彦には5人の孫がおり、それが青葉と似たような世代である。
 
青葉が
「初めまして。朋子さんの娘にして頂きました青葉と申します」
と和彦・咲子に挨拶すると
 
「あんた、めんこいね」
と言った。
 
青葉は東北弁らしきものが出てきたのでびっくりする。
「おばあちゃん、東北のご出身ですか?」
「うん。私が生まれたのは八戸」
 
「へー!」
「だから、あんたが大船渡だというのでちょっと楽しみにしてた」
 
「まあ同じ三陸だよね」
と桃香が言う。
 
「高園一族は放浪の民だからね」
「へー」
 
「そもそも和彦(にぎひこ)じいさんは内務省の役人してて、全国あちこち転勤して回ってるんだ。だいたい毎年引っ越していたというんだよね。青森で咲子ばあさんと出会って結婚したけど、結婚した翌週転勤の辞令があって宮崎に飛ばされた」
と咲子と一緒に住んでいる山彦(たかひこ)伯父が解説する。
 
「大変ですね!」
「どこか1ヶ所に数年滞在すればそこの言葉を覚えるんだけど1年単位での転勤ではいちいち覚えてられないから、結局おばあちゃんは南部弁で押し通していたらしい」
と山彦伯父の奥さん、珠子さんが補足する。
 
「親が頻繁に引っ越しているおかげで、子供もあちこちに住んでいるのよね」
と咲子さんは言う。
 
「まあ、俺たちは日本一遠い距離に住んでいる兄弟だな」
と山彦さん。
 
「いちばん上の俺が高知、2番目の風彦(たつひこ)は北海道の稚内、3番目の洋彦(きよひこ)が千葉、4番目の聖火(みか)が沖縄の与那国島、5番目の光彦(あきひこ)が富山」
 
「本当に北の端から南の端までですね!」
と青葉は驚く。
 
「ついでにみんな読めない名前ばかり」
と桃香が言い、字を書いてみせると青葉は絶句した。
 
「まあ今でいうドキュン名前の走りかな」
などと山彦伯父は言うが《ドキュン》などという言葉を知っているのが凄いと青葉は思った(実は青葉も当時知ったばかりであった)。
 

「自分の名前が和彦(にぎひこ)で、私の名前が咲子だから、邇邇芸命(ににぎのみこと)と木花咲耶姫(このはなさくやひめ)になぞらえて、子供に山彦・海彦と付けたかったらしいのよね」
と咲子は言う。
 
「へー」
「でも山彦はいいけど、海彦は衰えた氏族だから不吉だと反対されて2番目の子は風彦という名前にした。でも3番目はもう自分の父親が死んで反対する者がいないのをいいことに当初の予定通り海彦と付けようとして、でもそのままはまずいかなと思い直して字を変えて洋彦にした。4番目は女の子だったし、その年はちょうどヘルシンキ・オリンピックの年で、日本がオリンピックに復帰したので、それにちなんで聖火」
 
「そして親父はそこでふと気づいたんだな。これまでの子供の名前が山は地、洋は水、そして火に風。これは四元素になっているではないかと」
 
「ほほぉ!」
 
「それで、地水火風光にしようと5番目は光の字を使って光彦にした」
 
「ちょっと待って下さい。地水火風空ではないのですか?」
と青葉は尋ねる。
 
「うん。そこが親父の思い違い」
 
「え〜〜〜!?」
 
「《くう》と《こう》って音が似てるから」
「いやあ、済まん。済まん。俺も光彦が3歳くらいになった時、気がついた」
と和彦は言っていた。
 

なお、咲子や山彦たちには、青葉が戸籍上男であることは言っていない。桃香が「言う必要は無い」と断言したので、朋子としても迷っていたが、言わないことにした。
 
現地で山彦の娘・秋子さんに誘われ、桃香・青葉・千里は、秋子さんと娘の女子高生・安子(咲子の曾孫)と一緒に近くの温泉に行っていたが、別途珠子さんの買物につきあっていて、そのことを後から知った朋子は
 
「うーん・・・・」
 
としばらく悩んでいた。実際問題として桃香も当時若干悩んだものの、現場で千里と青葉のヌードを見て「まあ、いいか」と思った。千里は2011年3月に東北地方でボランティアをした時も堂々と女湯に入っている前歴があるし、青葉はこの年、しばしば「青葉鑑賞会」と称して、同級生と一緒に温泉に連れて行かれていた。
 

「そういえば桃香ちゃんの隣に並んでいる美人さんのこと、聞きそびれた」
とお風呂の中で秋子は言ったが
 
「ああ、これは私の奥さん」
と桃香は明快に言った。千里は困ったなあといった感じの顔をしていた。 
「桃香ちゃん、女の子と結婚したの?」
「まあ籍は入れられないけどね」
 
この時期、実は千里は貴司と撚りを戻していたこともあり(*1)、千里は桃香とはあくまで友人であると主張していたものの、寝るのはいつも一緒に寝ていたようである。ちなみに当時千里はまだ戸籍上の性別を変更していないので、実は千里と桃香は法的に婚姻可能な状態にあった。
 

(*1)桃香にも色目を使っていた沢居研二が、貴司にしつこく絡んでいた緋那と婚約したことから1年半ほど続いた「四角関係」が終了して、2011年7月末に千里は貴司の妻の座に復帰したが、桃香もまた千里に熱心になった。ただし緋那は自分が婚約したにも関わらず、翌年春、研二の転勤に伴い九州に引越すことになり正式に結婚式を挙げて婚姻届けを出すまでは貴司への干渉を続けたため、一時期、千里・緋那・安倍子の3人が競い合う状況が生じていた。 

今回青葉たちは早朝朋子のヴィッツ(運転は青葉)で金沢駅まで行き、朝一番のサンダーバードで大阪に出た。阪急とモノレールを乗り継いで伊丹空港に行き、10:20の高知行きに乗る。
 
これが11:05に高知空港に到着するが、11:15に着いた羽田発の便に、桃香・千里、千葉の館山から出てきた洋彦・恵奈夫妻、千葉市内から出てきた彪志、そして札幌から飛んできた月音さんの6人が乗っていた。
 
千里と桃香、洋彦夫妻、彪志はお互いに連絡を取り合い羽田で落ち合っていたのだが、月音さんはここで洋彦が気づいて声を掛け、一緒になった。
 
「クイズです。この子の名前は何と読むでしょう?」
と言って、洋彦が
 
《花山月音》
 
と彼女の名前を書いてみせる。
 
すると青葉と千里がそれを見た瞬間
「かやま・だいな」
 
と読んでしまうので、洋彦がびっくりする。本人もびっくりしている。 
「ちゃんと読んでもらったの、私、初めて」
と本人は言っている。
 
「知ってたの?」
と洋彦。
「いいえ」
と青葉・千里。
 
「見れば分かるよね?」
と千里が青葉を見て言うので
「まあ、そういう人もあるかもね」
と言って青葉は微笑む。
 
「ほとんどの人が《はなやま・つきね》と読むんだよね」
と言って月音は笑っている。
 
「いや、私は《かやま》と読むことは知っていたけど、《つきね》ちゃんとばかり思っていた」
と桃香が言う。
 
「この苗字を《はなやま》でなく《かやま》と読む人はたまにいるけど、下の名前をこれで《だいな》と読むのは他では見たことない」
と朋子が言っていた。
 
「《だいあな》の略なんでしょ?」
と千里が言う。
「うん。お父ちゃんは最初《だいあな》と読ませようとしたんだけど、4音は長いかなと考えて《だいな》にしちゃった。それで難易度が増した」
 
「たまに《月》と書いて《るな》と読む人はいますよね」
「そうそう。私の名前の読み方難しいよと言うと『るなさんですか?』とか『ゆえさんですか?』と聞く人はいる」
 
「月の女神の名前と分かれば、ルナ、セリナ、ダイアナ、ディアナ、といったところを思いつくけど、その系統ではルナちゃんが圧倒的に多いと思う」
 
「水泳選手に今井月(るな)ちゃんっているもんね」
「あそこはお兄さんの名前も凄い。読めない」
 
「この子の妹と弟も凄いのよね」
と恵奈が言っていた。
 
「でも私《だいな》と名乗ると男の人と間違えられることもある」
と月音はいう。
 
「確かに《だい》という音はあまり女性の名前では使われませんね」
と青葉。
 
「何度か私自身を見て性転換したんですか?と言われたこともあるし」
と月音。
 
「性転換してないよね?」
と桃香が確認する。
 
「少なくとも物心ついた時から女だったなあ」
と月音。
 
「性転換する人って、だいたい物心ついた頃から自分は女だと思っているよね?」
と桃香。
 
「うむむ」
 

洋彦と春彦(山彦の息子)との電話連絡で、この8人で空港のトヨレンでエスティマを借りて土佐清水市を目指すことになった。
 
運転は彪志と千里が交代でして14:00前に斎場に到着した。
 
青葉たちは早速葬儀の準備作業に参加した。大型免許を持っている千里はトラックを運転して物を運ぶ作業をし、青葉も秋子さんや葵さんのお手伝いでこちらも車の運転を多数することになった。彪志は「若くて元気そうな男の子が来た」と言われて力仕事に動員されていた。桃香は控え室で暇そうにしながらビールや日本酒を開けている男性親族たちのお世話をしていたが、その内自分が大量にお酒を飲んで
「桃香ちゃん、飲みっぷりがいいね」
などと言われていた。
 
青葉は他の高校生・大学生世代たちの子(青葉も含めて大学生5人・高校生4人)と一緒に「実働部隊」として届けられたお花や供物などを運んだり、青葉も含めて免許を持っている子はあちこちお使いに行ったりなどしていた。
 

「この人、誰だっけ?」
と珠子さんが飾られたお花の送り主名を見て言う。
 
「それ私の妹」
と咲子さんが言った。
 
「お母さんの妹さんがいたんだ?」
 
「年賀状とかも億劫だから交換してないけど電話では時々話してるよ」
「へー」
「たくさん姉妹がいたけど、私とこの子の2人だけになってしまったよ」
「みんな周囲が死んでいくと寂しいですよね」
「今回行きたいけど、体力に自信無いからお花だけで失礼すると言ってた」
「いや、それは無理しない方がいいです」
 

さて、今回親戚全員が集まるのに「日本一遠い距離に住んでいる兄弟」だけに、みんな土佐清水市までたどり着くのが大変だったようである。
 
まず土佐清水市内に6人住んでおり、他に高知市内に住んでいる1人、高松の2人、岡山の5人、大阪の3人、岐阜の2人は和彦の100歳の誕生日を祝うのに土佐清水市内に来ていたので、このメンツは朝から稼働できた。
 
遠くから来た組では最初に到着したのが青葉たち8人であった。
 
博多5人・平戸5人の合計10人の九州組は新幹線で岡山まで来て、岡山8:51発の南風3号に乗り、13:24中村駅到着。彼らは葬儀場の送迎バスで14時すぎに斎場に入った。青葉たちが着いて間もない頃である。
 
那覇組の4人(大人2人幼児2人)は7:10の福岡行きに乗り、そこから新幹線と南風7号・あしずり3号と乗り継いで、15:31に中村駅に到着した。彼女らのために、九州組を迎えに行く時、礼彦さんがチャイルドシート2個を装着した車を運転して中村駅まで行き、車を駐車場に駐めたまま自分は送迎バスで九州組と一緒に戻って来ていたので、清(さやか)さんがその車を運転して、4人で土佐清水市まで来ることができた。彼女らは16時半頃葬儀場に到着した。 
最後に到着したのが北海道組と与那国組である。
 
根室組2人は早朝から釧路空港に3時間掛けて移動し、釧路9:50-11:40羽田に乗る。稚内組4人は早朝から4時間掛けて旭川まで移動して旭川組2人と合流。旭川10:15-12:00羽田で移動して羽田で根室組と合流する。そして10人で一緒に羽田13:40-15:00高知という便に乗った。
 
一方与那国組6人は与那国9:20-9:55石垣10:30-13:30羽田14:05-15:30高知という飛行機を3本乗り継ぐ連絡で来ており、この6人と北海道組10人で、こちらは29人乗りコースターを空港のトヨレンで借りて、大型免許を持っている根室の来彦さんが運転して18時頃に土佐清水市に到着した。
 
彼らが到着するのを待って18:30頃からお通夜を始めた。
 
如才無い千里が町内会の女性・横山さんと2人で受付けの所に立った。 

今回集まった親族は和彦・咲子の子供世代9,孫世代22,曾孫世代24,玄孫1(配偶者あるいは婚約者を含む)で、咲子まで入れると57人である。
 
玄孫1人というのは前回来たときは女子高生だった安子さんが昨年産んだ赤ちゃん・伸子ちゃんである。
 
この他に地元の町内会・老人会の人などご近所さんが100人以上来ていて、盛大な葬式となった。
 

「しかし、これだけ離れて住んでいるとなかなか全員集まる機会は無いな」
と千葉の洋彦が言う。
 
「前回勢揃いしたのは光彦の葬儀の時(*1)、その前が光彦の結婚式の時じゃないかな」
と風彦。
 
(*1)24年前の1992年で和彦はまだ76歳。高岡市内で葬儀をしたので彼にとっては最後の大旅行になった。
 
「孫世代の結婚式の時は子供世代までしか集まってないね」
と聖火。
 
「んじゃ次みんな集まるのは私の葬式の時かな」
などと咲子が言う。
 
「んじゃ、母ちゃん、葬式に使う可愛い写真撮っておいてよ」
「OKOK。セーラー服着ようかな」
「振袖でもいいよ」
「民謡大会とかに出る時は振袖を着てるよ」
「凄い」
 
「山彦兄、母ちゃんより先に葬式するはめにならないよう頑張れよ」
 
山彦は今年73歳である。
 
「兄貴も葬式用の写真撮っておけよ」
「兄貴もセーラー服着る?」
「振袖にしとこうかな」
 
などと言うと珠子さんがしかめ面をしている。
 
「でも俺は伸子の赤ちゃんが嫁さんに行くまで頑張る」
「伸子の赤ちゃんが男だったら?」
「取り敢えず性転換して」
 
と何だか凄い会話をしていた。
 

「しかし父ちゃんも100歳の誕生日に逝くとは凄いな」
「まあ大往生だね」
 
「私はあの人があまり苦しまずに逝ったみたいだから良かったよ」
と咲子は言う。
 
和彦はずっと元気でいたのだが、亡くなる3日前に風邪を引き、最初の日は熱も出たものの、その後下がって快方に向かうかなと思っていたらしい。 
4日の日は100歳のお誕生日のお祝いをし、和彦もいったん起きてきて孫や高知や岡山などからやってきた大勢の孫・曾孫たちに囲まれて笑顔でケーキを食べたりもしていた。ところがその日、もう寝ていて夜遅く「咲子」と奥さんの名前を呼ぶ声に咲子が「はい」と返事をして自分の布団から出て近寄ると、もう息をしていなかったという。
 
咲子が同居している山彦・珠子夫妻を呼んできて、かかりつけの病院の先生に来てもらい死亡が確認された。医師は死因を急性気管支炎のためと書いた。珠子さんが見ていたテレビの番組進行から死亡時刻は22:44とされた。
 
それで死亡日時は2016.4.4 22:44 とやたらと4が並んでいる。和彦の誕生日は1916.4.4である。
 
そのあと近くに住む春彦一家や、高知や大阪などから誕生日を祝うために家族ごと来て旅館に泊まっていた秋子や安子たちも呼んで
 
「じいちゃん、夕方まで元気だったのに」
などと言っていたらしい。
 
「まあピンコロだね」
と咲子は感慨深げに言う。
 
「じいちゃんも、ばあちゃんもピンコロが理想と言ってたね」
と秋子。
 
「私もそれで逝きたいね」
と咲子。
 

「父ちゃんは何時生まれだったんだろう」
と洋彦が訊く。
 
「夜生まれだったとは言ってた」
と咲子。
 
「ひょっとしたら自分が生まれた時刻に逝ったのかもね」
と山彦。
 
「あり得るあり得る」
と春彦。
 
「しかしオカマの日に生まれてオカマの日に逝くとは」
「父ちゃんはオカマの趣味は?」
「若い頃女装したら女の子たちに可愛いと言われたなんて言ってたから、まんざらでもなかったかもよ」
「ほほお」
「振袖着て写真撮ってもらったことあるなんて言ってたけど、その写真は私も見たことが無い」
「それ出てきたら凄いな」
「葬式の写真に使ってあげたいくらいだ」
「それはさすがにやめようよ」
 
実際には和彦がカラオケ大会で特別賞をもらった時の記念写真を葬儀には使うことにしたらしい。
 

多くの参列者が小さな略式の数珠を持っているのに対して、青葉と千里が本式の108玉の数珠を持っているので
 
「あんたたち凄いね」
 
と言う人もあった。
 
青葉の数珠は淡いピンク色のローズクォーツ、千里の数珠は同じ水晶でもミルキーなラベンダー色のいわゆる藤雲石である。
 
「ちー姉のその数珠は初めて見た。なんか凄いパワーだね」
と青葉が言うと
「これは青葉のその数珠を買った時に一緒に買ったんだよ」
と千里は答える。
 
「そうだったんだ!」
 
「実は桃香用にもうひとつ買ったから3つ色違いのお揃いなんだけど、桃香は数珠とか分からんし、そんな大きな物は壊しそうだと言うから、別に取ってある」
 
「知らなかった。桃姉は安い数珠使ってたね」
「うん。ダイソーで買った100円の数珠。桃香は安いの大好きだもん」
 
「確かに確かに」
 
その時唐突に青葉は思いついた。
「桃姉の使ってない数珠って、もしかしてグリーン・アメジスト?」
「よく分かるね。さすが青葉。水晶の数珠で3種類そろえたんだよ」
「なんか今のは自然と浮かび上がった」
と青葉。
 
「でもこういう本格的な数珠って、桃香じゃないけど、私みたいな素人が持ってても宝の持ち腐れだよね。青葉のその数珠貸して」
と千里が言う。
 
「あ、うん」
 
それで青葉が自分の数珠を渡すと、千里は青葉の数珠を右手で受けるように持ち、自分の数珠を左手で掲げるようにし、自分の数珠から青葉の数珠に注ぐようにする。
 
「はい、充電完了」
と言って青葉に数珠を返す。
 
「凄いパワーアップしてる!!!」
 
「まあ、死なない程度に頑張ってね」
 
「うーん・・・・」
 
ちー姉がこんなこと言うってことは、私、これから死ぬ目に遭うんだったりして!?
 

通夜は18:30から始めたが、読経がやたらと長かったし参列者も弔電も多かったこともあり(明日の告別式をできるだけ早く終わらせたいので弔電は来ている分は全部通夜で読み上げた)、通夜自体が終わったのが21時頃、その後の通夜振る舞いの食事が終わったのはもう23時近くであった。それで途中で帰る人も多かったので朋子・美咲・由佳らや町内会の人などで、帰る人たちにお土産を渡した。
 
また19:45になった所で高校生以下は先にホテルに帰すことにし、その子たちを旅館に連れていくのは、千里と赤ちゃん連れの安子さん、子どもが全員小学生以下の芽依さん(聖火さんの次女で福岡から)と愛さん・幸恵さんの5人で引率していった。
 
安子さんがベビーシートを装着した自分の車で伸子ちゃんを運んだ他は、千里が29人乗りコースターを運転して14人(+大人4人)を一気に運んだ。
 
「こんな大きな車をなんか楽々と運転しているみたい。すごーい」
と運転席そばの席に座ってくれた芽依さんから感動された。
 
「私、大型二種免許持ってますし、国際C級ライセンスも持ってますから」
 
「レースとか出るの?」
「去年は2度出ました。今年は取り敢えず夏までは本業が忙しいので出るとしたらその後ですね」
「へー」
 
「C級ライセンスの上にB級ライセンス、A級ライセンスってあるんだっけ?」
 
「そうです。国内B級・A級の上が国際C級。その上が国際B級・A級ですが、国際B級以上は実際問題としてレーサー専業でないと取れないし維持できないと思います。国際C級までは持っているだけでもいいんですよ。私の場合は、仕事上の上司が気まぐれで『ちょっと取って来て』と言って費用も出してくれたので」
 
「やはり車を用意するだけでも大変だよね?」
 
「車は所属しているカークラブの備品を借りたのですが、それでもレース用の車に乗るために身につける服が特殊で、それだけで100万円ほど個人的に掛かるんです」
「ひゃー」
 
「まあレースはお金の掛かる趣味ですね」
 

子どもたちを各々の割り当てられている部屋に入れて寝るように言う。愛さんと幸恵さんは各々の子供の所に付いているが、千里は芽依さんに誘われて安子さんの部屋に行った。生後7ヶ月の伸子は、おっぱいを飲んで、すやすやと眠っている。
 
「向こうももう少ししたら通夜が終わって宴会になるだろうし」
 
と言って、アクエリアスで乾杯(芽依さんだけビール)して、持って来たおやつを摘みながらおしゃべりする。千里はこの後、バスで葬儀場にいる残りの人たちを迎えに行くのでお酒が飲めず、安子は授乳中なのでやはりお酒が飲めない。 
なお、千里は23時頃迎えに来てと言われていたので30分くらい前に出ることにする。
 
「でも前回来た時に高校生だった安子さんが今はママだから5年で人は変わるものだなあと思いましたよ」
と千里が言う。
 
「まだ20歳にもならないのに結婚するの?なんて言われたけど、おかげで和彦じいちゃんに、玄孫(やしゃご)の顔を見せてあげられたし」
と安子。
 
「凄い孝行だよね」
「安子ちゃんはちゃんと結婚した後で妊娠したから偉いと思う」
「最近、そのあたりの順序が怪しい人も多いですよね」
 
「それにしても学生結婚して子どもも作っちゃうなんて大胆」
「結果的に出産前後は1年休学したけどね。勉強も頑張らないといけないし、子育ても大変だし。まあ若干後悔した」
 
「後悔もするだろうけど、まあ気楽にやっていきなよ」
「そうそう。難しく考えると辛いよ」
 

「ところで、千里さんって、誰の所の人だったっけ? 何か人数が多くてもう誰が誰やら分からなくて」
と芽依さんが言う。
 
千里はどう答えていいか「えーっと」と言って悩んだのだが、安子さんが 
「千里さんは、光彦さんの娘の桃香ちゃんの奥さん」
と答える。
 
「え?もしかして女同士で結婚してるの?」
「うーん。。。桃香的見解ではそうですが、わたし的見解ではただの友達のつもりなんですけどね。まあ一緒に暮らしているし、夜も一緒に寝ますが」
 
「おお!」
 

「でも、女同士で結婚してるって、女同士で色々あんことしたり、こんなことしたりするわけ?」
 
と芽依さんはどうもレスビアンに興味津々である。芽依さんはひとりビールを飲んでいるので軽く酔いも手伝って大胆になっているっぽい。
 
「ふつうの男女のカップルとそう違わないと思いますよ。まあ、女にはちんちんが無いから、そこがちょっと違うだけで」
「いや、大いに違う気がする」
 
「ちんちんみたいなの付けてやったりするんですか?」
と安子さん。20歳ではあっても結婚しているとこの手の情報は色々見聞きしているようだ。
 
「それも使うことありますけど、私たちの場合はそれはあくまでお遊びの範疇ですね。お互いに刺激しあうのが気持ちいいんですよ。男の人とのセックスでいえば前戯をひたすらやっているようなものですね」
 
「それ凄く気持ちいい気がする」
と芽依さん。
 
「芽依さん、女の恋人作ってみる?」
と安子さん。
 
「ハマりそうで怖い。でもそれも浮気になるのかなあ」
「考え方次第かも。別に男とする訳じゃないし」
と安子。
 

「でも結局今回、レスビアンカップルが3組いるんですね」
と安子が言う。
 
「美咲さん・由佳さん、桃香ちゃん・千里さん、それにうちのお姉ちゃんの清(さやか)・愛(めぐみ)さんだよね」
と芽依。
 
「お姉ちゃんと呼んであげているんですか?」
「私は小さい頃からお姉ちゃんと言ってたよ。実際お兄ちゃんには見えなかったし」
「ほほぉ!」
「でも萌枝姉ちゃんが嫌がっていたね、昔から。もう10年以上、萌枝姉ちゃんは清姉ちゃんと話をしてないはず。今回も女の喪服を着てきたの見て嫌そうな顔してた」
 
「大変ですね〜」
 
「男同士のカップルはいないのかな?」
「うちの弟の満彦は少し怪しいと思っていたんだけどね〜。女性と婚約したから、へーと思った」
と安子。
 
「ほほお」
「偽装結婚ということは?」
と芽依。
 
「そうでないことを祈っているんですけどね」
と安子。
 
「満彦さんの彼女の紗希さんが実は男の娘ということは?」
と芽依さん。
 
千里は芽依さん、かなり酔ってるなと思った。
 
「彼女と一緒に温泉に行ったことありますよ」
と安子。
 
「既に手術済みだったら?」
「うーん。手術済みなら、もう女の子と同じだから全然問題無い気がします」
「そっかー!」
 

「でもさあ、男の人が好きで男の恋人を作ったつもりが相手が性転換して女の身体になってしまった場合、その恋愛関係って維持できるの?」
と芽依さんは訊く。
 
「そういうケースはたいてい別れちゃうんですよ」
と千里は指摘する。
 
「やはり」
 
「紗希ちゃんたち大丈夫かなあ」
 
と芽依さんは勝手に紗希さんを男の娘だとみなしている感じだ。
 
「桃香も万一私が男になったら別れるとか言いますよ」
「ふむふむ」
 
「千里ちゃん、男になりたい?」
「男って面倒そうだから、いいです」
 
「千里ちゃんは、男装しても女にしか見えない気がする。私は結構男装好きだけどね」
などと安子。
 
「安子ちゃんは男装似合いそうね」
 
安子は身長も172cmある。
 
「実は別に男装してなくても男と間違えられることあるのよね。いっそ性転換しちゃおうかな」
 
「ママが性転換したら伸子ちゃん困らない?」
「そうですね。取り敢えず授乳が終わってからかな」
「それか代わりに成明さんに女になってもらうとか」
「あいつの女装はちょっと想像が付かないな」
 

「成明さん、ガッチリした体つきだよね。高校時代は野球部だったって言ってた?腕が凄く太い」
 
成明さんは身長185cm体重90kgである。筋肉質の身体付きだ。
 
「私、自分の身長が高いのがわりとコンプレックスだったけど、成明といると背の高さが目立たなくていいのよね。会社の野球部に入ってたんだけど、子供産むのにお金がいるから野球まではできないというので、辞めたんですよ」
 
「色々大変ね」
「落ち着いたらまたやりなよと言ってるんですけどね」
「そうだよね。経済的に余裕が出来たら」
 
「でも千里ちゃんも腕は太いね」
と言って芽依は千里の腕を触る。
 
「私もスポーツ選手だから。あ、名刺あげときますね」
と言って千里はレッドインパルスの選手の名刺をふたりに渡す。
 
「すごーい。バスケット選手なんだ」
「このチームのエンブレム格好いいね」
「でも大企業だ」
 
「でもバスケットの特に女子はマイナーだから、なかなか観客が入らないんですよ。うちは大企業がバックに付いているから安定経営だけど、一般には女子バスケットチームで採算取れているチームは少ないです」
 
「ああ、そうかもね」
「男子チームだと上位の方は年間売り上げが億の単位のチームも結構ありますけど、女子チームは多くが数千万円。親会社からの補助がないとやっていけない所がほとんどですね」
 
「でも売り上げってやはり試合の入場料収入?」
「ええ。それとファンクラブの会費、グッズの売り上げなどですね」
「なるほど」
 

「でも何人かに言われてたけど、千里ちゃんのその数珠も凄いね」
「ええ。一応本式の108玉の数珠ですね。義理の妹の青葉のもですけど、湯殿山で頂いた数珠なんですよ。真言宗の数珠は八宗兼用といって、どの宗派の法要にも使えるんで便利なんです」
 
「ああ。数珠にも宗派の違いがあるんだ?」
「この房の部分の形が違うんですよ」
 
「今日来てたお坊さんも真言宗だよね?」
「そうそう。高知県は真言宗王国」
「神葬祭の所も多いでしょ?」
「うん。坊さんと神主さんと両方来て葬式する所もある」
「うちの家は無宗教で、どこの檀家にもなってなかったからなあ」
「仏壇も神棚も無かったね」
「和彦さんが無神論者だったしね」
「そうそう。死体なんてただの物体だから、生ゴミにでも出してくれとか言ってたらしい」
「ああ。うちの桃香も同じこと言ってますよ」
「おお」
「でも本当に生ゴミに出す訳にもいかないし」
「珠子さんの実家のツテで坊さん頼んだみたいね」
「なるほどー」
 
「でも湯殿山というと『語るなかれ、聞くなかれ』の?」
「ええ。怖い話が広まってますけど、あそこの神社の方のご神体はユニークです」
 
「私、学生時代の貧乏旅行で行ったけど、楽しいよね」
と芽依が言う。
 
「私は同じ出羽三山の羽黒山の、女修験者の鑑札持ってるんで、あそこ何度も山駆けしてますが、山駆けの後に入る湯殿山の温泉は格別ですよ」
 
「ひゃー。山駆けとか凄いね」
「青葉は高野山で修行したみたいで。でもそちらでは特にお数珠とか使っていなかったので、私が湯殿山の方で一緒に頂いて渡したんですよね」
 
「同じ系統なんだっけ?」
「湯殿山も高野山も同じ真言宗ではありますけど、湯殿山は真言宗中興の祖と言われる興教大師・覚鑁(かくばん)が興した新義真言宗の系統なので、まあ兄弟の宗派のようなものですね」
 
「へー」
「お互いに転籍したりする例もあるみたいですよ」
「なるほど」
 

「その青葉ちゃんってのが、震災で親御さんを亡くして、朋子さんが養女にしたっていう人?」
と芽依さんが尋ねる。
 
今回、苗字が違うと面倒なので青葉は高園青葉を名乗らせている。ついでに千里も高園千里ということにしている。
 
「ええ。両親、祖父母にお姉さんまで5人、一挙に亡くなったんですよ」
「きゃー」
 
「亡くなった場所もバラバラで。祖父母は自宅ですが、お母さんは逃げる途中車ごと津波に呑まれ、お姉さんは学校に居て逃げ遅れて、お父さんは木材の売買をしている最中に崖崩れにやられたんですよ」
 
「わぁ」
「しかし悲惨だね」
「一家全滅みたいな所は結構あったようです
「ほんとに大変だったね」
 
「でもどういう縁で朋子さんに引き取られたの?」
 
「私と桃香が震災直後のボランティアで行っていた時、避難所で縁があって保護したんですよ。最初は私と桃香が後見人になろうと言っていたのですが、後見人って親代わりだから、未婚の私たちが後見人になれば結婚の障害になると朋子さんが言って、代わりに後見人になってくれたんですよ。ですから私と桃香は姉代わりということで」
 
「そういうことか」
「だから、桃香と私と青葉は三姉妹ということにしています」
「ほほお」
「そんなこと言ってたら朋子さんまで自分も入れて四姉妹でもいいよと言ってましたが」
 
「それは年齢的に無理があるな」
と芽依さんは、にべもない。
 

「でも保護した縁って?」
 
「最初は佐賀県にお祖父さんがいるというので、そこに送り届けたんです。でもそのお祖父さん自身とうまく行かなかったみたいで逃げ出してきて。東京に出て年齢ごまかして働くつもりだから、仕事を見つけるまでの当座の生活資金だけ貸してなんて言うもんだから、中学生が無茶言わない、と言って保護したんですよ」
 
「そりゃさすがに無茶だ」
 
「でも保護してから気づいたんですけど、青葉は元々私とも桃香とも遠い親戚だったみたいで」
「あら、そうだったんだ?」
 
「じゃ私たちとも元々の親戚?」
「ちょっと待って下さい」
 
と言って千里は考えている。
 
「えっとですね。どこか遠い所ではつながりがあるような気もするのですが、取り敢えず、青葉の母系統が私の父系統とつながっていて、青葉の父系統が桃香の母系統とつながっているんですよ。ここの高園の家は桃香の父系統ですから、直接は関係ないのではないかと思います」
 
「親戚の親戚くらいの感じかな」
「そんな所じゃないでしようか」
 

千里は自分の財布の中から金色の《猿の根付け》を取り出した。
 
「これ、似たようなのを咲子さんが持ってますでしょ?」
と千里が言うと
 
「あ、そういえば見たことある」
と安子さんが言う。
 
「咲子さんの根付けはネズミなんです。私のはお祖母ちゃんからもらったものですが、そのお祖母ちゃんは自分の伯母さんからもらったという話で。咲子さんもお母さんからもらったらしくて」
 
「へー」
 
「5年前に咲子さんと会った時にこれに気づいて、これって元々姉妹か、あるいはごく親しい友人が持っていたものかもしれないねと言い合ったんですよ。材質が同じみたいで、細工の仕方とかも似てるんです。量産品の鋳金ではなく手作りの彫金(*1)で、造りがやや素人っぽいし、おそらく金属加工の趣味のある人が作ったものではと」
 
「わあ」
「だから私と高園家もどこかでつながっているのかもしれない気がします」
 
「もう古い時代の親戚関係は分からないからね」
「そうなんですよね」
 

(*1)金属工芸には大きく分けて鋳金・鍛金・彫金があり、他に七宝や細線粒金細工などがある。
 
一般に販売されている根付けの多くは型に金属(真鍮など)を流し込んで造る鋳金(ちゅうきん)である。彫金(ちょうきん)は金属の固まりを彫って形にしていく。鍛金(たんきん)は刀剣類などを作る技術で金属を金鎚などで叩いて伸ばしたり曲げたりして加工する。七宝(しっぽう)は金属製の下地の上に釉薬で絵柄を描き、高温で焼いて定着させるもの。
 
細線粒金細工は古代メソポタミアなどの遺跡から出土している美術品に見られるもので、細線や粒状の金属を地金の上に鑞接(ろうせつ:ハンダ付けの類)したもの。伸縮性の高い金(きん)を使って、細さ0.1mmくらいの物凄い細かい細工が施されており古代の工芸技術の高さが偲ばれる。現代では失われた技術。レーザーの無い時代にこれほどの細かい細工ができたのは驚異的である。物凄く精密な目の視力と指のコントロールが必要だし、鑞接する粒や線のサイズに合わせた鞴(ふいご)の細かい温度調整なども必要であったと考えられる。まさに神業。 

千里は22時半に旅館を出てバスを運転して斎場に他の人たちを迎えに行った。 
57人の内、自宅に戻るのが土佐清水市内の6人だが、春彦一家3人が咲子宅に泊まり込み、春彦の家に芳彦夫妻と礼彦が泊まり込み、大阪組3人は別のホテルを取っていたので、旅館に泊まるのは残りの45人である。この内高校生以下の子を含む19人は既に旅館に移動しているので、この時運んだのは千里も入れて26人で、バスの定員ジャストであった。
 
「凄い。まるで最初から計算していたかのようにピタリと座席が埋まった」
などと満彦さんが感心したように言っていた。
 
やがて千里が車を出す。もうひとり大型を運転できる来彦さんは今日は大量にお酒を飲んでしまっている。
 
「お姉ちゃん、運転うまいね」
と半分酔っている透さんが言う。
 
「大型二種免許持ってますから」
「バスとかトラックとかの運転手さんしてるの?」
 
「私、音楽関係の仕事してるので。ライブとかの荷物を運んだり、スタッフの移動とかに、しばしば借り出されるんですよ。人を乗せることがあるから二種取っておけと言われて取ったんです。実際に料金を取って人を乗せたことはないです」
 
「なるほどー」
 
「コンサートのスタッフとかしてるの?」
と秋子さんから訊かれる。
 
「いえ、制作側の手伝いなんですよ。名前は出せませんけど、某有名作曲家の助手をしているので」
 
「へー。なんか凄いね」
 

青葉は千里が乗っている親戚たちと交わしている会話を聞いていて、ちー姉って実に様々な面を持っているんだなというのを考えていた。ちー姉の活動の全貌を知る人は誰も居ないのではという気もした。
 
バスケット選手(が本業だと本人は親しい人に言っている)で、作曲家で巫女でソフトウエア技術者(?)。最後のは実態が怪しいし、巫女は今は副巫女長というのも実質名前だけのようだけど。
 
自分や冬子さんはそのあたりまで知っているけど、いちばん近い所にいるはずの桃姉は時々巫女のバイトしているソフトウエア技術者で趣味でバスケしているくらいの認識かも、と青葉は思った。
 
まだ自分も知らない面もあるのだろうか??
 

旅館に着いてから、お風呂に入る。
 
男性陣は軒並みお酒の飲み過ぎでダウンしており、禁酒している洋彦さんが 
「男湯はがらがらだった」
などと言っていた。
 
それを聞いて笑美さんが
「だったら、男湯に入っちゃえば、のんびりと入れたかねぇ」
などと言って
「お母ちゃん、痴漢で逮捕されるようなのはやめてね」
と月音に言われていた。
 
ほとんどの女性親族に「女体初公開」となった清(さやか)さんは
「おっぱい大きいね」
「ほんとにちんちん取っちゃったんだ」
などと言われて、笑美さんや渚さんなどに随分触られていた。
 
「でも清ちゃん、小学生の頃にもこっそり女湯に入ってたよね」
と秋子さんに過去の犯罪?を暴露されると、彼女は真っ赤になっていた。 

お風呂から戻ると、もう夜中の1時を回る。朋子・桃香・彪志はお風呂にも入らず寝てしまっている。朋子は旅程で体力を消耗した上に亡夫の親戚との関わりで神経もすり減らしたようである。桃香は飲み過ぎでダウン、彪志は肉体労働をたくさんした上にかなり飲まされてダウンしていた。
 
それで結局千里と青葉が、部屋の隅で「お連れ様」と言ってコーヒー缶を開け、桃香たちの睡眠を妨げないように小さい声で話しながら、おやつをつまんだ。 
「ちー姉、受付とかバスの運転とかお疲れ様」
「青葉もお疲れ様。だいぶ車で走り回ってたみたいね」
 
「うん。珠子さんと佑子さんが会場内でばたばたしてるんで、お使い関係は秋子さん・葵さんあたりが主としてやっていたんだけど、私や紗希さんはそのドライバー役で。紗希さんも運転うまいみたい」
 
「へー。でも今日の様子見てたら山彦さんと風彦さんが元々仲良しで、北海道系と四国系は交流が多かったみたいね」
と千里は言う。
 
「そうそう。秋子さん(山彦の娘で高松在住)と笑美さん(風彦の娘で稚内在住)も同い年というので気が合うみたいで、ネットでつながっていていつもコメント付け合っているし、何度かお互いに訪問したと言っていた」
 
「それと洋彦さんと亡くなった桃香のお父ちゃんが仲良かったみたい」
「そうみたい。聖火さんは女の子ということもあり、独立派」
「たぶん潤滑油というか緩衝材だったんじゃないかな。山風派と洋光派の」
「かもねー」
 
「戦中派と戦後派で考え方の基盤が違うのかも知れないよ」
「内務省時代と建設省時代かな」
 

「そうだ。こないだから聞きたいと思ってたんだけど、税務申告の時、節税のこと言ってたでしょ? ちー姉はどうやって節税してるのかなと思って」
と青葉が訊くと
 
「まずは会社を作ればいいんだよ」
と千里は言った。
 
「え!?」
 
「個人の所得だと最高税率は所得税と住民税を合わせて55%、ところが会社の場合は税金の種類が多くて面倒なんだけど、大雑把な税率を表す法定実効税率が35%くらいで、これを取り敢えず今年は30%に引き下げて、数年以内にもっと下げて20%代になる予定」
 
「じゃ会社を作るだけで税金が半分くらいになるわけ?」
と青葉が驚いたように言う。
 
「そう。ただし税金の計算はかなり面倒になるから全部専門家に計算させた方がいい。印税の入る月を考えた上での月次決算を作って管理しないといけないから専門知識を持っている経理担当をひとり雇うか、会計事務所とかに外部委託しないと無理」
 
「それはやるよ」
「それから、会社を作って、売り上げを全部そこに付けた場合、自分はその会社から給料をもらって生活することになる」
 
「なるほど」
「その給料にも所得税がかかるから気をつけて」
「税金、二重取りされるの?」
 
「でも贅沢して、もらった印税とかをまるごと使ってしまったりしない限りは給料にかかる所得税はそう大きなものではないよ。会社に内部留保しておいて何か欲しいものがあったら会社の経費で落とせばいい。そもそも法人化しておくと、個人事業主では経費として認められにくいものが結構経費で落とせる」
 
「なるほど。行ける気がする」
 

「ちー姉も会社作ってるの?」
「うん。フェニックス・トラインという会社」
 
「なんか格好いい名前だ。会社って3人いないと作れないんじゃなかったっけ?」
 
「株式会社は今は1人でも作れるようになった。合同会社にしたらもっと簡単。でも一応社会的な信用を考えたら、株式会社にして、募集設立して、取締役会設置会社にした方がいい」
 
「それどう違うんだっけ?」
「発起設立は発起人だけで全ての株式を引き受ける。募集設立は発起人が一部の株式を引き受けて、それ以外の株主を募集して設立する」
 
「えっと・・・」
 
「取締役会非設置会社は、いわゆる1人会社も可能。取締役会設置会社なら、最低3人の取締役が必要」
 
「ちー姉の会社は?」
「募集設立した株式会社で、取締役会設置会社。株主には高校時代の友人とかになってもらったんだよ。1株500円で」
 
「ああ、500円なら出してくれるかも」
「毎年結構配当しているから、お得お得と言われている」
 
「ちー姉の会社なら配当大きそう」
「青葉もうちの株買う?」
「金額にもよる」
 
ちょっと3000万くらい買わない?とか言われそうだと青葉は思った。
 
「あと、うちの取締役は社長が私、専務はお母ちゃん、常務が美輪子叔母ちゃん」
「なるほどー。親族を取締役にするわけか」
 
「数人に分散して給料を払うことによって、会社の見かけ上の収益を落とすことができて、それも節税になる。これもみんなやってることだよ」
 
「それ結構節税と脱税のボーダーラインのような気がする」
「うん。あまり酷いと、本当にこの人は会社の仕事をしていて、それに対する報酬なのかと税務署に突っ込まれる」
 
「だろうね」
 

「ちー姉、この後かなり忙しくなるよね?」
「うまい具合に今回は合宿の直前になった。昨日4日に40 minutesの運営会社を設立して。9日からはオリンピックに向けての第一次合宿。この後は8月まで、ほとんど時間が無くなる。青葉もうまい具合に新学期の始まる前だったんでしょ?」
 
「うん。2日に新入生の健康診断があって、7日が入学式なんだよ」
 
「この時期は高校生・大学生とかも来やすかったと思う。みんなが無理なく集まれるタイミングで死ぬなんて、孫・曾孫孝行なじいさまだ」
 
「それ言葉が間違っている気もするけど、みんな助かったね」
 
 
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