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青葉は12月初旬に受験予定の△△△大学・K大学・T大学から「願書提出前に1度会っておきたい」と言われ、事実上の事前面談を受けた。これは事前に青葉の性別問題で、各大学および大学入試センターに照会した所、全てから「女生徒として在籍しているのであれば、願書の性別は女でよい」という回答があったものの、実際には大学側では「どの程度女なのか」を確認しておきたかったためではないかと、青葉や教頭先生は想像した。
 
ところが、青葉同様に実質女生徒をしている理数科の呉羽ヒロミはそのような「事前面談」は受けていないと言い、更に聞いてみると、センター試験の願書もK大学の推薦入試の願書も、戸籍通りでないとまずいかなと思い『呉羽大政・男』で出したという。
 
しかし彼女の生徒手帳は『呉羽ヒロミ・女』になっている。その問題について青葉は自分の担任・音頭先生に相談した。
 
「それまずいかも知れないね」
と先生は言い、教頭先生に相談する。教頭先生は理数科・担任の松原先生を呼んで更に話し合った。
 
「え?戸籍通りはまずかったですか?」
と先生は逆に驚いていた。
 
「だってその名前では試験会場で揉めるよ。彼女が持っている生徒手帳が戸籍と名前も性別も違うから」
「あ、そうか。しまった!」
 
彼女のようなケースが初めてだったので、先生もその問題に今まで気づかなかったのだろう。
 

そこでヒロミ本人も職員室に呼んだ上で、教頭先生がセンター試験を管轄している大学入試センターに問い合わせた所、試験会場をそもそも男女で分けているので、本人が実質女子であるのなら、至急訂正届けを出してくれと言われた。またできたらこの電話をもって会場割当ての変更をしたいというので、こちらも承諾した。
 
それでヒロミは「呉羽ヒロミ・女」でセンター試験の訂正届を書き、すぐに学校の封筒に入れて投函した。
 
また教頭先生はヒロミが受験を予定しているK大学の医学類、T大学の医学部にも連絡を取った。するとどちらからもまず「通称の使用は問題無い」とした上で「高校に女生徒として在籍しているのであれば女子学生として受け入れるのは構わないが事前に一度本人と会いたい」と言われた。
 
それでもう年末もギリギリになってヒロミは12月21日にK大学、22日にT大学まで行って事前面談を受けてきた。これには教頭先生が自ら付き添って行った。青葉はしっかりしているので1人で行かせたものの、ヒロミは1人では不安だと教頭も感じたのであろう。
 
その結果、どちらの大学も「『既に性転換手術まで受けておられるのなら』女子学生として受け入れるのは全く問題無いので、願書は高校の生徒手帳に記載されているのと同じ、呉羽ヒロミ・女で提出してください」と言ってくれた。 
また既に提出済みのK大学の推薦入試の願書に関しては、その場で「呉羽ヒロミ・女」に受験生のデータベースを書き換え、新しい受験票を発行してくれた。 
性転換手術の問題はヒロミが面談で「既に手術して女の身体になっています」と言ったら、付いていた教頭先生も内心驚いていたようであったらしいが、ヒロミがそう明言したのは、青葉が事前にヒロミにそう言えとアドバイスしていたからである。確かに手術まで済んでいるのと、肉体的にはまだ男であるのとでは、向こうの対応もかなり変わるはずである。
 
実際にはヒロミは性転換手術など受けていないのだが、青葉の「親切心」と「好奇心」の『犠牲』になって、彼女は起きていて意識が明確な時は女の身体なのに、眠っている時や眠り掛けや起き抜けで意識が朦朧としている時は男の身体になっている(実際朝立ちもするらしい)という、面倒な状態にある。このことはクロスロードの集まりで、冬子の友人で医学生の奈緒が確認してくれた。
 

青葉たちの学校の授業はいったん12月24日(木)の終業式で終わったものの、高校3年生は補習がある。今年の補習は12月25-29日と1月2-4日の8日間あり、更にその後1月5-6日はセンター模擬試験を受けることになっていた。3学期の始業式は1月8日(金)である。つまり実質休みは12月30日〜1月1日と7日しか無い。
 
その12月30日には桃香が帰省してきた。桃香は「千里はソフト会社の仕事で年の瀬も正月も無いらしい」などと言っていたが、青葉は千里が大晦日には安中榛名でローズ+リリーのカウントダウンライブに出て、正月には東京でオールジャパンに出るのを知っている。
 
実際には千里のチームは1月1日の1回戦から4日の準々決勝まで勝ち上がったのを青葉はバスケット協会のサイトで見ていた。準決勝は1週間おいて9日(土)に行われる。
 

12月30日の夕方、桃香と朋子がお正月の買物に出ている間、青葉はずっと2階の自室で問題集を解いていたのだが、そこに東京の政子(マリ)から電話がある。うーん。何かまた面倒なこと押しつけられなければいいけどなあと思いながら取る。
 
「おはようございます、政子さん」
「おっはよー。大宮万葉さん」
 
大宮万葉というのは政子が勝手に付けてしまった青葉の作曲者名である。それで青葉は『ああ・・・何か曲を付けてくれということかな』と想像が付き、今は忙しいので無理ですと断る態勢になる。ところがマリはいきなり青葉に訊いてきた。
 
「ねね。因幡の白兎って、どうして皮を剥がれたのに、死なずに生きてたのかなあ。普通なら死ぬよね?」
 
「え?」
 
青葉は唐突に思わぬことを訊かれて戸惑う。
 
「えっと、そうですね。太い血管を傷つけずに表面の皮だけじょうずに剥げば即死はしないかも。実際中国には昔、皮剥ぎの刑があったらしいですが、執行された人は1日くらい苦しみ続けてから絶命していたそうですから」
 
「へー、凄い!でもそうきれいに皮を剥がせるものなの?」
 
「そうですね。人間や動物の皮剥ぎは見たことないですが、私、性転換手術の時にお医者さんがおちんちんの皮をきれいに剥ぐの見ましたよ。剥いだ皮を女性器の材料にして中身は捨てるので」
 
「ああ、なるほど〜。そのビデオは私も見たことある。何か楽しそうだったね」
 
楽しいのか!?
 
「私も一度おちんちんの皮を剥いでみたいなぁ」
 
などと政子は言っている。うーん。マリさんって、やはりどこか壊れているよなあ、と青葉は思う。
 
「でも人間や兎がまるごと皮を剥がれたら、やはりいつかは死ぬよね?」
「丈夫な人でも2〜3日で死ぬと思いますよ」
 
「だったら、剥がされそうになったら逆襲しないといけないよね?」
と政子は訊く。
 
「そうですね。死にたくなかったら必死に戦うべきですね」
と青葉は答えた。
 
「やはり戦わなくちゃね。じゃ、FAX送るからよろしく」
と政子。
「は!?」
 
「期限はセンター試験が終わった後の1月20日まででいいから」
「え!?」
 
「じゃ、またね〜」
と言って政子は電話を切ってしまった。
 

それで青葉が1階に降りて行くと、家電のFAXに政子の書いた『白兎開眼』という詩が送られて来ていた。岡崎天音名義である。つまりローズ+リリーではなく、たぶんKARIONか誰かに提供する曲なのだろう。詩を読んでみる。 
洪水で沖の島に流されてしまった白兎が、陸地に戻るのに、ワニを欺して1列に並ばせる。そしてワニたちの上を歩いて岸まで行こうとする。ところがその嘘が途中でバレてしまいワニは怒って白兎の皮を剥こうとする。それで剥がされてはなるものかと、白兎は開眼しスーパー・パワーアップ・ホワイトラビットになりワニと必死で戦う。
 
バトルを表す擬音がバシャパタ・ズダーン、グリチャリ・ドキュバンッ、などと並んでいる。ここは16分音符の連続だよな。早口言葉的に歌ってもらわないとなどと考える。この部分にうまく曲を付けると本当に楽しい曲になるぞ、と青葉は思った。
 
そして最後は「ワニ皮のハンドバッグって素敵ね」という白兎のセリフで終わっている!?
 
いいのか〜〜〜!?
 
と考えていた時、青葉はハッとした。
 
でもでも・・・・
 
私、曲付けますって同意したっけ!???
 

大晦日の日も青葉は晩御飯を食べた後、自室で勉強していたが、23時過ぎてから「年越し蕎麦を食べよう」と言われて居間に出ていく。そばを入れた丼が4つ並んでいる。
 
「4つ?」
「うん。ひとつは千里の陰膳だ」
「へー!」
 
ちー姉は今たぶん安中榛名の特設ステージでキーボードを弾くか龍笛を吹いているんだろうなと思いながら、青葉はお蕎麦を食べた。千里の陰膳は結局桃香が「代理」と言って食べていた。
 
スポーツしているちー姉がたくさん食べても太らないのは分かるけど、桃姉もけっこう食べる(本人は男に負けない食欲と言っている)のに、そんなに太くないのは、どこで消費しているのだろう?と青葉はふと思った。
 

やがて0時の時報が鳴り、2016年の新年になる。
 
「明けましておめでとう」
と言い合う。
 
「青葉も正月くらいいいだろ?」
と桃香が言って、日本酒を3つのグラスに注いだ。青葉もまあいいかなと思ったので、あらためて「明けましておめでとう」と言ってグラスをチンと言わせる。 
「おとそ代わりね」
と桃香は言っている。
 
青葉は一口飲んだが、何だかフルーティーな香りが口の中に広がる。これ美味しいじゃん!
 
けっこう行けるかなと思って2口、3口と飲んでいる内、いきなり頭がくらっとする。
 
うっ・・・
 
と思った所で母が
「そこでやめときなさい」
と言って停めてくれた。
 
グラスに残った分は桃香が飲んでくれた。
 

「いや、今酔いそうになったけど、美味しかった」
と青葉は言う。
 
「これ例のお酒だっけ?」
「そうそう」
 
先日のJ市の妖怪騒ぎとクラクション事件の解決御礼にと言って年末に水城さんがわざわざこちらまで持って来てくれたのである。今回は一升瓶のセットで、大吟醸2本と清酒・生酒1本ずつであったが、今出したのは大吟醸らしい。 
「正月の間にこの開けた奴は飲んでしまうと思うから生酒1本持ち帰ろうかな。残りの2本は次私か千里がこちらに戻って来た時に持ち帰るよ」
などと桃香は言っている。
 
「次はいつ帰ってくる?」
「うーん。ゴールデンウィークかなあ」
「だったら、桃姉、もしかしたら私が次東京に行く時に持って行けるかも」
「あ、だったら頼む」
「未成年がお酒とか持ってて、大丈夫?」
「私だいたい大人びて見えるから多分大丈夫」
「なるほど」
 

元旦に起きてからは、お雑煮を食べ、朋子が「お年玉」と言って、青葉、桃香、千里にポチ袋を配る。
 
「千里ちゃんのは桃香、渡しといてね」
「うん。預かる」
 
「今年は桃姉がお母ちゃんにお年玉渡すのかと思った」
と青葉が言うと
「いやー、お金が無くて」
などと桃香は言っている。
 
桃香は目の前にあるお金は全部使ってしまうタイプだから貯金とかもできないだろうなと青葉は思う。例の千里とお揃いのマリッジリング?を買ったお金は大学1〜2年の頃に友人(と言っていたが多分恋人)の女の子に勧められて買った株が意外に値上がりして、それを売却した資金を使ったらしい。 
「まあ私がまだ現役の内はいいよ。年金暮らしになったら娘3人に期待しておこう」
と朋子は言っていた。
 
そのあと初詣に行くが、桃香が「私はお酒飲んじゃったし」と言って青葉に「運転してよ」と言う。青葉も、もう無免許じゃないしと思い、母のヴィッツを運転して近くの神社まで行き、お参りをした。
 
おみくじを引くと学業は「成る。気を引き締めよ」とあり、縁談は「よし。大事にせよ」とあった。勉強は油断するなということ、そして彪志とのことは、彼との絆を大事にするように行動しないといけないなと思った。どこかで彪志の実家にも顔を出しておきたいな。
 
桃香のおみくじは「金運、悪し」「縁談、悪し」「売買、悪し」となっていた。ところがそれでも「末吉」なので
 
「なぜこれが吉なんだ〜〜!?」
と桃香は言う。
 
「まあ末吉って、実際には軽い凶だよね」
と朋子は言っている。朋子のおみくじは中吉で全体的にまあまあの雰囲気の内容になっている。
 
ただ桃香のおみくじで「お産」だけば「すこやかなり」となっていて良好なようである。
 
「ふーん。赤ちゃん産むのは吉なのか。赤ちゃん産んじゃおうかなあ」
などと桃香は言っていた。
 

この日(1月1日)、千里の40 minutesは九州代表の大学生チームに勝ったので「おめでとう」のメールを青葉は送っておいた。夕方、桃香と千里は電話で15分ほど話していたが、バスケットの話題は出ていない雰囲気だった。 
やはり、ちー姉はオールジャパンのことを桃姉には言わないんだ?などと思う。千里はどうも昨年アジア選手権で優勝してオリンピック出場権を獲得したことも桃香に言っていないようである。ユニバーシアードは「補欠で繰り上げ出場した」と言っているようなのだが。その後のオーストラリア・ニュージーランド合宿や中国遠征もフル代表の活動であることは言っていないようで、桃香はU24(24歳以下世代)の強化活動の一環と思っているようだ。
 

青葉は年末年始もずっとひたすら勉強していた。桃香は・・・ひたすら寝ていた! たまに起きてくるとコタツでお酒やビール飲んでおせちを食べながらお正月のTVを見ている。年末は有馬記念外したとか言っていたし。31日の午後はパチンコに3時間ほど行っていたようだし。
 
桃姉、最近かなり「男性化」してないか? いやむしろ「おやじ化」か? 
「桃姉って、あまり女の子っぽい趣味が無いよね?」
と青葉は訊いてみた。
 
「うん。私は料理も裁縫もダメだし、お菓子作りとかもしたことないし。編み物とかもしないし。会社の女子と全く話が合わん。むしろ男子社員とは結構頻繁に焼鳥屋とか行って飲んでるぞ」
 
「ああ。男子と話が合うかも」
「私は男子のオナニーの話も平気だし」
などと桃香が言うと朋子が顔をしかめている。
 
「私はそれ苦手〜」
と青葉は言う。
「千里も苦手っぽい」
「なるほどねー」
「お前、実はチンコ付いてるだろ?なんて男子の同僚から言われる」
「ああ」
 
「でもスカート穿いて出勤してるんでしょ?」
「そうそう。まるで女みたいで、どうも好かん」
「女みたいでって、桃姉、男の意識じゃないよね?」
「うーん。私はレスビアンであってオナベのつもりはないけど、まあ間違って性転換手術されちゃったら男としても生きていけると思う」
 
「そうかもね。でも性転換するつもりはないんだ?」
「無い。ちんちんはいつもくっついていたら面倒な気がする」
「うん。あれは邪魔だよね」
「その点は私も千里も青葉も意見が一致するな」
「うふふ」
 
朋子はどうも分からんという顔をしていた。
 

そういう年末年始を送る中、青葉は感じていた。朋子が自分にかなり気を遣ってくれていることを。
 
桃香と千里のセットで帰ってきている時は、自然に関わりが分散するし桃香は何だか隙あらば千里とHしようとしているのが目に見えているので、朋子も割と適当なのだが、桃香だけが帰ってきている状態というのは、いわば「三角関係」である。
 
朋子がもし実子である桃香にあまり関わりすぎると青葉はやはり嫉妬してしまうだろうと思うし、逆に里子である青葉にだけ関わっていると、青葉のほうが桃香に対して「心の負荷」を感じてしまう。朋子はそこのバランス感覚が絶妙で、桃香と青葉にできるだけ均等に関わるように気をつけている感じなのである。
 
2日は朋子はひとりで初売りに出かけたが、同じ種類のケーキを3つ買ってきて3人で1個ずつ食べた。また「これ安かったから」と言ってマフラーを4つ買ってきて、
 
「青葉は多分白、桃香は青が似合うよね。千里ちゃんは多分赤が似合うかな。桃香、これ千里ちゃんに持っていって」
と言って配った上で、残ったグレイのを自分で取った。
 
「何か今年の冬は凄く寒くなりそうだもんね」
「うん。きっと雪がたくさん降るよ」
 

「青葉、今年の初夢はどんなだった?」
と桃香が訊く。
 
「私は何だか大きなお寺のお堂でずっと座禅していて、お香の匂いがしていた。そのあと、山野をひたすら回峰して。それでふと気づくと周囲にいる人がみんな男性ばかりなんだよね。あれ〜?と思っているうちお見合いすると言われて、ビキニの女の人がたくさん並んでいる所に連れて行かれて、みんな相手を選んではデートするのに出て行く。そして私の番になって、私も巨乳のビキニの女の子と組み合わされてデートして来いと言われて、私、女の人と結婚したくないよぉと思った。そもそもおちんちん無いのにと」
 
と青葉は言う。
 
「うーん。それは青葉の心の中にあるレスビアン願望だな」
「え〜〜〜!?」
「レスビアン楽しいぞ?テク教えてやろうか?」
「いい!要らない!!」
 
「桃姉は?」
 
「私はどこかのボロ家で自分が産んだ子供をあやしていたんだよ。するとそこにどうも私の夫らしき人が戻ってきてさ。唐突に3〜4ヶ月くらいの元気そうで丸々太った男のあかちゃんを置くんだ。ダイちゃんって言ってたかな。誰?と訊いたら『俺の子供だ。サツキと一緒に可愛がってくれ』と言われたのよ。え〜?この子どういう経緯で出来たのよ?と思った。それでそのダイちゃん自体は可愛いんだけどさ。私、自分のサツキとダイちゃんを等しく可愛がってあげられる自信が無いよおと思った」
 
と桃香は言った。
 
その桃香の最後の「等しく可愛がってあげられる自信が無い」ということばに朋子がピクッとした気がした。たぶん桃香と青葉のことを考えたのかなと青葉は思う。しかし青葉は別のことも考えていた。そのダイちゃんって、実際にはちー姉が産んだ(?)京平君のことではなかろうかと。京平に関することはちー姉は一切桃香に明かさないつもりのようだし、青葉も気をつけて触れないようにしている。京平はいわば、ちー姉の隠し子のようなものだ。しかし青葉は更に別のことも考えた。
 
「桃姉の赤ちゃんって、サツキちゃんって言うんだ?」
「うん。その名前いいなと思った。だから私は最初の子供にはサツキという名前を付けようかと思う」
と桃香。
 
「あんた、それ女の子の名前?」
と朋子が訊く。
 
「サツキというのは男でも女でも行ける。江田五月は男だが隣のトトロの姉妹はサツキにメイだ」
 
「あの名前はひどいよね?」
「うん。5月に生まれたからといってサツキだけ、メイだけならいいけど、姉妹それというのは可哀想だ」
 
と言った上で桃香は
「あれがリアルの姉妹ではなく、どちらかが実はイマジナリー・フレンドならありえるけどな」
と付け加えた。
 
「でもサツキって名前なら5月生まれ?」
「うん、8月くらいに授精させれば5月くらいに生まれるかな。しかし知り合いに6月生まれのヤヨイという子と2月生まれのカンナという子がいるぞ」
 
「それもひどいなあ」
 
そんなことを言った青葉も桃香も数年後に自分たちが「8月生まれのカンナ」と関わることになるとは夢にも思っていなかった。
 

2日の日、千里たちのチームはWリーグのプロチームを倒して勝ち上がった。青葉は《おめでとう。プロに勝つなんて凄いね!》というメールを送った。桃香と千里はまた夕方少し電話で話していたが、例によってバスケの話題は出ていないようであった。
 
桃香の会社は1月4日(月)から始まるので、桃香は3日午後の新幹線で東京に戻った。その桃香が新幹線に乗っている最中に千里の試合が行われていた。この日も千里たちのチームはプロの中堅くらいのチームに勝った。この日は青葉は桃香がいないので直接千里に電話して「おめでとう」を言った。 
「ありがとう。昨日の相手はプロと言っても大学生チームと大差無い所だったんだけど、今日のチームは充分強かったよ。でもうちのチームも強くなったね。戦っていてみんな凄いと思った。私は今日の試合で、私が4月から抜けてもちゃんとやっていけるなと確信した」
 
「明日その4月に移籍するチームだよね?」
「うん。勝てるとは思わないけど頑張る」
「でも、ちー姉、オールジャパンのこと桃姉に言ってないみたい」
「ごめーん。色々都合があって。それ桃香には内緒にしといて」
「まあいいけどね」
 
桃姉からもちー姉にこれは言わないでとか言われている件が色々あるからなあと青葉は思う。双方から「内緒にして」と言われていることが増大していくので青葉はそれをノートに書き出して整理している。
 

さて、桃香が新幹線に揺られて東京に戻り、東急に乗り換えて経堂のアパートに戻ると、千里が帰ってきていて夕飯の支度をしていた。
 
「帰省お疲れ様」
と言って桃香にキスする。そして一緒に晩御飯を食べながら、帰省中の話を聞いた。
 
もっとも千里本人はこの日祝勝会で江東区のお店で中華料理を満腹になるまで食べており、アパートで桃香と一緒に夕食を食べたのは、実際には桃香に言ったように「暮れも正月も無い」状態でJソフトでシステムの作り込みをしていた千里Bのほうである。
 
(千里Bは千里Aに「セックスまでは勘弁して」とは言っているものの桃香とキスくらいはする) 
千里Bも『取り敢えずまともな御飯が食べられた』などと千里Aに言って桃香がお風呂に入っている間に会社に戻った。そのあと千里Aが祝勝会から戻ってきて、桃香と一緒に寝た。
 
Jソフトの方に年末年始詰めていた千里Bは実際ここの所、ホカ弁・コンビニ弁当やピザ・ラーメンの出前などで過ごしていた。
 

千里B(きーちゃん)がアパートに戻っている時間帯は、会社には千里C(せいちゃん)が例によって女装して出ていた。千里Cも最近はやっと女子トイレに慣れたようであるが、それでも「女子トイレのドアを開ける度に数秒躊躇する」し「女の子たちに混じって列に並ぶ時は凄く緊張してつい下を向いてしまう」と言っていた。それって小学3−4年頃の自分の姿かも知れないと千里Aは思っていた。
 
「でも女子トイレに入る度につい『おいた』してしまう」という話は千里Aは聞かなかったことにしたものの、《てんちゃん》から『蹴られて』しばらくうごめいていた。
 
『もう取っちゃったら?』
『いやだ、それだけは絶対嫌だ』
 
『でもあんたたち、取っちゃったらどうなる訳?』
『さあ・・・』
と言っていたら、ふだんはまじめなことしか言わない《くうちゃん》が発言した。
 
『数千年前のことだけど、争いであれがもげてしまったオスの龍の一物がそれ自体新しいオスの龍として生まれて、もげてしまってオスからメスになってしまった元の龍と交尾して、更に子供が生まれたのを見たことがある』
 
『それは凄い』
『まあ母体と結合したんだな』
 
どうも今のは《くうちゃん》のダジャレのようだなと千里は思った。
 
『もげた腕が新しい龍になるのは見たことあるけど』
『やはりアレって息子なのね』
と《こうちゃん》が言うと、《いんちゃん》が睨んでいるので、《こうちゃん》は慌てて自分のお股(龍のお股ってどこだ??)を押さえていた。
 
『もげてしまったあとで子供が産めるということは本来両性具有なの?』
と千里が訊くと《くうちゃん》は答えた。
 
『人間も本来そうなんだよ。男として生きている個体も実は女として生きる潜在的な能力を持っているし、女として生きている個体も実は男として生きることが可能なんだよ。表現形はあくまで表層的なものにすぎない』
 

4日の日は千里(千里A)は、仕事始めで振袖を着るという桃香に振袖を着せ、ミラでお茶の水の会社そばまで送り届けた後、自分はそのまま代々木に移動して準々決勝に出た。そして自分が4月から移籍するチームであるレッドインパルスに勝利する。
 
その日の夕方は、千里Aの方は祝勝会でしゃぶしゃぶを食べていたので、千里Bがまたまた千里Cを会社に残していったん経堂のアパートに帰宅し、桃香が放置している振袖をたたんでタンスに収納した上で、晩御飯を作って桃香と一緒に食べた。
 
その上でしゃぶしゃぶ屋さんでの祝勝会が終わった千里Aと交代して会社に戻る。千里Aはその後桃香と秘め事をして寝た。このあたりは昨日と同じパターンである。 
5日(火)から8日(金)までは、千里Aが朝御飯を作って桃香を会社に送り出し、自分はその後、40 minutesの練習場に行き、時間帯ごとにかわるがわるやってくるメンバーたちの練習を見てあげる。実際には雪子・渚紗のように仕事を辞めてしまい1日中練習しているメンバーもおり、千里の指導も熱が入った。そして夕方には帰宅して晩御飯を作り、桃香と一緒に食べて寝た。
 
普段なら平日の午後はレッドインパルスの練習に出るのだが、千里は12月19日以降、オールジャパンが終わってシーズンが再開する1月23日の前日22日まではレッドインパルスの練習には出ないことにさせてもらっていた。
 

ある日、お昼を食べている時に渚紗から千里は訊かれた。
 
「千里、私をスターターにするために40 minutesを辞める訳じゃないよね?」
「何それ?」
 
「千里がいる限り、私は控え選手でしか居られない。それは納得の上で私はむしろ千里から少しでも技術を盗もうと思ってここに入った。でも千里って、すぐ自分を犠牲にしようとする性格だからさ」
と渚紗は言う。
 
確かに渚紗は優秀なシューターだ。たぶん実業団の強豪やWリーグの中堅以下のチームであれば確実にレギュラーになれる素材である。しかし彼女は2014年春にTS大学を卒業した後、いくつかの球団からの誘いを断り、40 minutesに入団した。彼女がプロ選手になることに両親が難色を示したのがひとつの要因だったようである。両親は中学と高校の教諭免許を取った彼女に教師になって欲しかったようで、実際渚紗も教員採用試験を受けたものの、落ちてしまう。 
「私、コネとか無いしなあ」などと彼女は言っていた。それでふつうの会社に就職はしたものの、バスケができる環境を求めて40 minutesに入った。 
彼女にはとりあえず1〜3月は月10万円の活動支援金を支給し、4月からは年俸408万円(月額34万円)で契約することで合意している。しかし彼女は会社を12月20日(給与計算基準日)付けで辞めてしまった(ボーナスまではしっかりもらった)ことをまだ親には言っていないらしい。
 
「私はむしろ渚紗がいたからこそ、渚紗に負けないよう頑張らなくちゃと思ってこの2年間やってきたよ」
と千里は笑顔で答えた。
 
「確かに2014年春に千里を見た時は正直、ややがっかりした感じはあった。でもその後の回復が凄かった。やはりサンって凄いんだとあの時期私は思っていたよ」
と渚紗は正直に言う。
 
「リトが居なかったら、その回復は無かったかもね」
と言って千里は微笑む。
 
「じゃ、私、千里が辞めた後、その背番号もらっちゃおうかなあ」
「うん。いいよ。33に変更してもらっても。ユニフォームは橘花がまた調整してくれるよ」
 
40 minutesのユニフォーム(L/XL/XXL - 雪子と誠美は特注サイズ)は未使用在庫があるので、新入団選手があった場合は、橘花が内職的にそれにネームと背番号を入れてくれているのである。
 
「私が33を付けてたらさ、他のチームが『あ、あの凄いシューターだ』と思うじゃん。それでガッカリされないように私、頑張るよ」
「うん。橘花や夕子が34とか23とか選んだのもそういう励みにするためだと思う」
と千里は笑顔で言った。
 
「うん。23や34を付けてへなちょこなプレイはできないよね。32や33もね」
と渚紗も答える。
 
23は何と言ってもマイケル・ジョーダンの背番号として有名だが、最近ではレブロン・ジェームズもこれを付けている。32は偉大なるマジック・ジョンソンの背番号である。伝説的なスリーポイントの名手フレッド・ブラウンもこれを付けていた。
 
34はシャキール・オニールやアキーム・オラジュワン、レイ・アレンなどが付けている。千里が付けている33も実は人気番号でパトリック・ユーイングの番号であり、スコッティ・ピッペンやアロンゾ・モーニングもこれを付けている。 
「レッドインパルスでは背番号は何になるの?」
「決まってない。来月中旬に2次ラウンドが終わったあたりで、退団する選手、入団する選手とかがだいたい確定するから、その時点で調整すると言われた。今は仮の番号ということで93番を付けているんだけどね」
 
「33を使っている選手は居ないの?」
「居ない」
「じゃ33を下さいと言いなよ。千里の実績があればそのくらい言えるでしょ?」
「そうだなあ。それもいいかな」
「そしたら来年のオールジャパンでは、33の私と33の千里で対決できる」
「うん。それはやりたいね」
 

1月5日、△△△大学の願書受付期間が始まったので、青葉は初日に願書を提出した。いよいよ受験シーズンの到来である。
 
年末にセンター試験の志願票訂正届けを出したヒロミはこの日、新しい受験票を受け取った。前の受験票は呉羽大政・男であったが、新しいのは呉羽ヒロミ・女と書かれている。その「女」という印刷を見てヒロミは感動しているようであった。
 
「受験場所も変わった?」
「場所は同じだけど、教室番号が違う」
「たぶん、前の教室は男ばかりで、新しい教室は女ばかりなんだよ」
「ああ、そうかもね」
 
「私たちのとは随分違うね」
と言って隣から空帆が覗き込む。ヒロミの教室番号は231だが、空帆のは208になっている。青葉は216だが、これは理系と文系で受験科目が異なるからだと思った。
 
「たぶんヒロちゃんは最後に追加する形で入れられたからじゃないかなあ」
「心細くなったら、208番教室にいる私たちを呼んでね」
「216番教室にいる私でもいいよ」
「万一性別を疑われたら、私たちが証言してあげるからね」
 

1月9日、千里たちの40 minutesは千里のライバルである花園亜津子が所属するエレクトロ・ウィッカに負けてしまい、千里たちは今回のオールジャパンでは3位に留まった。青葉は千里に電話した。
 
「残念だったね」
「あっちゃんの気魄に負けたよ」
「でもきっと花園さんもちー姉に負けたと思っているよ、今日の試合」
「まあ痛み分けかもね。でも試合ではこちらの負け。それはどうにもならない」
 
「でもこれで銅メダルでしょ。日本の頂点の大会で銅メダルって凄いよ」
「私、高校時代もインターハイで2年連続銅メダルだったから」
 
「でも3年の時はウィンターカップで銀メダル、国体で金メダルじゃん?」
「国体はメダルが無いんだよ。賞状と賞品の椎茸くらい。賞状は本体は学校に保管してカラーコピーを参加したメンバー全員に配ったけどね」
「あ、そうだったんだ?」
「あとはU18アジア選手権では金メダルもらったくらい」
「そっちが更に凄い気がする」
 
「じゃ次は青葉が受験でメダル取る番だよ」
「受験にはメダル無いよ!」
「K大学に合格したら私が金メダルあげるから頑張りなよ」
「うん」
 

1月11日(月)、宮城県某所国道を疾走する赤いGT-Rは、やがて細い脇道に折れて、海岸そばで停車した。
 
「ワイルドで素敵な運転だった」
と男は言った。
 
「そう?私自分の運転を褒められたの初めて}
と女は言った。
 
「彼女が亡くなったのが、このあたり?」
「分からないけど、たぶんこの付近だと思う。遺体は結局見つからなかったし」
「それって行方不明のままになっているの?」
「ううん。死んだのは確実だったから、お父さんの手で死亡届が出されている。お墓もあるよ。実はお墓には毎年3月11日にお参りしているけど、ここに来たのは初めて」
 
「遺体が見つからなかったら失踪宣告したの?」
「いや。失踪宣告には7年必要だけど、震災で大量に行方不明者が出たから遺体が見つからなくても死亡届を受け付けたんだよ」
「そうだったのか」
 
2人は車外に出る。1月の宮城県は寒い。特に海岸は風で無茶苦茶寒い。 
男がローズマリーの花束を海に投じる。彼女の大好きな花だったと女は聞いていた。そういえば女が男と彼女を最初に見た時も、男がローズマリーの花束を持っていたことを思い起こす。
 
ふたりで合掌して黙祷を捧げた。
 
「でも女連れで来て良かったの?」
 
「あいつが生前言っていたんだよ。自分はなぜか20歳まで生きられないような気がする。もし自分が早死にしたら、新しい彼女を連れて墓参りに来てくれって。そうしないと安心して来世に生まれ変われないと言ったんだよ。だから今夜はこの付近で泊まって明日、お墓にも一緒に来て欲しい」
 
1991年5月4日生まれの彼女が震災で亡くなったのは19歳10ヶ月のことであった。女は実は彼女と同じ誕生日なのである。そのことから女は男と急速に親しくなった。但し女は7:18東京生まれ、彼女は22:53盛岡生まれで、ふたりのホロスコープは昼夜が逆であるため運命はかなり対照的になる。
 
女は7年ほど前に男と初めて会った時、その彼女に妙な影があったことを思い起こしていた。おそらく何か家系的なものがあったのだろう。あの頃、既に青葉と知り合っていたら何とかしてあげられなかったかなあとも思うが、青葉自身もあの震災で家族をまるごと失っている。
 
「でも、私、吉博の彼女じゃないけど」
と女は言った。
 
「今から彼女になって欲しい」
「私、竹美さんの代わりにはなれないよ」
「代わりになって欲しいなんて思っていない。竹美に代われる人は居ない。そして僕は純粋に君のことが好きだ」
「私、子持ちだけど」
「あの子、可愛いじゃん。あの子の父親になってもいいよ」
 
女は少し考えてから言った。
 
「私、男性恐怖症だから、たぶんセックスしようとしたら怖くなって逃げ出すと思う」
「セックスはしなくてもいいよ。実は僕も竹美以外の子とセックスする気になれないんだよ。でもキスくらいはできる?」
 
「そうだなあ。キスくらいは我慢できるかも」
 
それで男は女にそっとキスした。
 
「逃げなかったね?」
「自分でも偉いと思った」
「じゃセックスはしないけど、恋人ということにならない?」
「それでいいのなら、なってもいいよ」
「今夜も一緒に泊まってもタッチはしないから」
「そうだね。並んで寝るだけなら私も朝まで逃げずに居られるかも。50cmくらい離れていたら」
 
女はこれまで自分の男性恐怖症を克服しようとして何度も男性とデートを試みたものの、過去にたった2人を除いてはホテルから途中で逃げ出している。もっとも1人は「本当に男であるかどうか」が怪しかったが。
 
「50cmも離れたらベッドから落ちちゃうから5cmくらいじゃダメ?」
「努力してみる」
 
それで2人は再度キスした。
 
その後であらためて海に向かって一緒に合掌した。
 
「竹美ちゃん、3月11日はまた来るね」
と若葉は海に向かって言った。
 

青葉はトラベリング・ベルズの相沢孝郎さんから電話を受けた。
 
「10日が五十日祭だったんで、その霊祭が終わった後、臨時取締役会を開いて。結局俺が社長に就任することにした」
「ではKARIONの方は?」
 
「それが悩ましい所でさ。例の問題の決着を付けてから考えたいと思っている。それで、その問題なんだけど、やはりあまり会計に関する知識の無い自分が見ても旅館の帳簿にはかなり疑問点があることが分かった」
 
「ああ、やはりでしたか」
「とりあえず現在の経理担当者はその職から外した。スタッフから反発されることは覚悟で。取り敢えず、うちの女房の妹が、以前病院の事務やってて簿記の知識があるんで暫定的な担当にした。その義妹もこの帳簿はおかしいと言っている」
 
「なるほど」
 
「会計ソフトとか使ってなくて、伝票式会計でもなくて、いまだに昔風の帳簿式の簿記なんだよ。ところが行と行の間に無理矢理割り込ませた記載とかたくさんあってさ。その名目がまたどうにも変なんだよね」
 
「あぁ・・・」
 
「それで会計事務所入れて監査させることにしたんだけど、どこがいいのかよく分からなくてさ。奈良市のK会計事務所という所と、茨木市のY会計事務所という所を取り敢えずの候補と考えているんだけど、どちらがいいか占ってもらえないかと思って」
 
青葉は易を立てた。
 
「K会計事務所は震為雷、Y会計事務所は地火明夷。Kでは物事が動きません。Yなら光が射してきて隠れていたものを照らしてくれます」
 
「ありがとう。やはり大阪がいいかも知れんな。それで不正が明確になった場合の処理なんだけど、俺に何かヒントくれない?」
 
「沢風大過。原則通り進めるべきです。変に情けをかけると、かえって禍いを招くと思います」
 
「確かにね」
 
「それにですね。ここで泣いて馬謖(ばしょく)を斬ることが、この社長は手強いぞというのを社員に示すことができます。社員ってわりとドライですよ。長年恩のある人が首になったとしても、そのことより自分の身の保全が大事なんです。この社長はやり手だと思ったら付いてきてくれますよ」
 
「その言葉は肝に銘じたい。しかしあんたと話してると、まるで60-70歳の易者さんと話してるみたいだ」
「よく言われます」
 
「最後にひとつ。KARIONのことについて占って欲しい」
 
「山雷頤の上爻変。地雷復に之く」
「サンライイってこないだ出たのと同じ?」
 
「ええ。大阪の易者さんが出した卦ですね。ここではつまり相沢さんが抜けると、中に大きな穴が空くということですよ」
 
「うーん。。。辛いな」
「でもそこから地雷復で、復活していきますから、相沢さんが抜けた場合の痛手は大きいけど、何とか回復に向かいますよ」
 
「そうでないと困るよなあ。ありがとう」
 

1月16日、青葉は高岡市内の私立大学のキャンパスに出かけて行き、指定された教室に行った。途中の電車でも何人かの友人に会ったが、教室に行くと、やはり数人、同じ高校の子がいる。青葉はその子たちと目が合ったら手を振って自分の受験番号の席に座った。
 
今日と明日はセンター試験である。
 
初日の午前中は「地歴・公民」で、青葉は日本史Bと「倫理、政治経済」を回答した。後期で受けるT大学では公民は他の科目を選択してもよいのだが、前期で受けるK大学は「倫理、政治経済」の指定なので、これで受ける必要がある。ただしK大学は一般入試ではセンター試験の地歴公民は2科目なのに、推薦入試では1科目で、この場合、先に回答した日本史Bの得点が使用される。青葉は日本史は大得意なので、この順序で回答した。
 
センター試験の科目選択というのは、しばしばパズルになる。
 
お弁当を食べた後、国語、そして英語となる。英語は1時間20分の筆記試験のあと1時間リスニングがある。
 
朝9:30から18:10までの長丁場で、ずっと集中していたため、青葉はくたくたになって家に帰った。
 
受験ってほんってに体力勝負だ!
 
これって体力の無い子はもう最後のリスニングは集中力が維持できないのではと思った。リスニングこそ最も集中力を必要とするのに!
 
メールで数人と連絡を取ると、空帆や徳代などは「ばっちし」と言っていた。ヒロミも「知り合いはいなかったものの、女子ばかりの教室で集中して試験を解くことができた」と言っていた。日香理も「今日の科目はだいたい満点近い点数を取ったと思う」と言っていた。彼女にしても徳代にしても難関大学を目指す子はセンター試験でかなりのハイスコアを取ることが要求される。 
美由紀は「時間が足りなかった。えーん」などと言っていた。彼女は第1志望の金沢美大に行くためには相当のハイスコアが必要で、これは無理かなぁと青葉は内心思った。もっとも美大にしても第2志望のT大学芸術学部にしてもセンター試験を何とか乗り切れば、後は実技試験の勝負になる。
 

17日も朝から出て行く。午前中は理科基礎の試験が行われるので青葉は物理基礎と化学基礎で回答した。青葉の場合、生物基礎で受けてもいいのだが、物理基礎のほうが全問正解を狙えるので、敢えてそちらを選んだ。
 
その後50分間の休憩を経て、数IAを受ける。これはK大学・T大学ともに必須科目である。更にお昼休みを経て数IIBを受ける。このあたりも青葉は満点が狙える科目である。文系の学部で数学や理科にハイスコアを出すと、著しく有利になる。実を言うと青葉がいちばん自信が無かったのは国語である! 
数IIBの試験が14:40で終わる。センター試験はこの後、更に理科発展科目の試験が行われるが、青葉はこれは受けずに帰宅する。
 
今日は昨日よりは体力的にかなりマシであった。
 

17日、試験会場から戻ると、青葉はまずは仮眠した。
 
そして夜中起き出すと、先日マリからうやむやの内に押しつけられてしまった『白兎開眼』の作曲作業を始めた。
 
先日からこの曲に関するイマジネーションはかなり膨らませていたので、夜中の集中しやすい時間帯を利用して、まずは手書きで五線紙にメロディーを綴ってみる。
 
うーん。。。。
 
なんか微妙だなあと思う。
 
それで青葉は母にちょっと声を掛けて、ヴィッツを運転し、近くの雨晴海岸まで出かけた。
 
ドアがロックされていることを確認の上、万一眠ってしまった場合に備えて毛布をかぶり、目をつむって瞑想する。夜中なので海岸の景色などは全く見えないものの波の音は聞こえる。そして天空に数体の龍が舞っているのも青葉は感じ取った。
 
龍っていつ見ても美しいよなあ、と思っていた時、唐突に1本の糸のようなメロディーの「端」を青葉はつかまえることができた。頭の中でそのメロディーの「続き」を追う。そのメロディーはまるで天空を舞う龍のように躍動した。 
パッと目を開けた青葉は車内灯を付け、今「捉まえた」メロディーを大急ぎで忘れない内に五線紙に綴った。
 
何だか凄く元気な曲だ!
 
「よし!」
 
青葉はヒントを与えてくれた龍さんたちに「ありがとね」と声を掛けると車を自宅に戻した。
 

青葉は自宅に戻ると、車内で書いたアイデアのメモのような五線紙の譜面をあらためて曲の形にまとめあげていく。
 
だいたい青葉が雨晴海岸に行っていたのが夜中の1時から3時頃までであったが、青葉が曲の形に譜面をまとめあげたのは、もう朝6時である。冬子との電話連絡で、今回はCubaseに打ち込まなくても、手書き譜面のレベルでよいことになっている。それで青葉は起きてきて
 
「青葉、あんたずっと起きてたの?」
と声を掛けてきた母に
 
「私、今日学校休む」
と宣言して、カーテンを閉め、布団に入ってぐっすり眠った。
 

目が覚めたのは18日のお昼くらいである。母はもちろん会社に行っている。「学校には連絡しといたよ」というメモがテーブルに乗っていた。
 
冷蔵庫の中からあり合わせのものを出してきてお昼を食べる。
 
それから青葉は譜面の推敲を始めた。
 
自分で実際に歌ってみて、気になった所に訂正の書き込みを入れていく。それを結局夕方4時頃までやっていた。
 
「まあこんなものかな」
と思った所で青葉は譜面を再度きれいに清書した。
 
もう一度歌ってみて、少しだけまた修正する。
 
そして夕方6時に冬子のマンション宛てFAXで送った。
 
疲れたぁ!と思っていたら、母が帰宅した。
 
「お帰り〜。お母ちゃん、お疲れ様」
と青葉は言ったが
 
「あんたもお疲れ様」
と母は優しく声を掛けた。
 

その日の夜遅く、さて明日はちゃんと学校に行かないといけないし、もう寝ようと思っていたら東京の冬子(ケイ)から電話が掛かってくる。
 
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
 
「青葉、忙しいのに作曲ありがとうね」
「いえ。センター試験が終わった後でしたから」
 
「試験の結果はいつ分かるんだっけ?」
「センター試験には合格とか不合格は無いです。私は推薦入試なので、このあと30日に面接を受けて、2月8日に合格発表です」
 
「それ青葉なら合格するよね?」
「合格できたらいいのですが、推薦で落ちたら一般入試を受け、それも落ちたら別の大学の後期試験を受けます」
 
「じゃ合格したという前提で2月28日のローズ+リリーのライブで龍笛を吹いてくれないかと思って」
「ローズ+リリーのライブがあるんですか?」
「うん。復興支援ライブなんだよ」
「ああ! でも随分早い日程ですね」
 
「11日が金曜日だから、その前の土日、3月5-6日にやるつもりだったんだよ。ところが、そのメンツの中にアクアが入っていてさ」
「あぁ・・・」
 
「アクアが入っていたらアクア目的のファンだけでチケットが買い占められてしまって、他の子のファンが全くチケット買えないじゃん。それでアクアは一週間前の28日に独立させることにした。しかしアクアだけを独立させたら、元々これって08年組のローズ+リリー、KARION、XANFUSが共同企画したものなのにと、私たちのファンからクレームが入る、と。それで巻き添えでローズ+リリーも独立」
 
「じゃ28日にアクアとローズ+リリーが出演するイベントをするんですか?」
「まさか。アクアのイベントとローズ+リリーのイベントを続けて行う。チケットは別」
「なるほど!」
 
「それで場所は今回は福島市内なんだけどね。例によって復興支援ライブで、売上を全て被災地に寄付するから、出演料が払えないだけじゃなくて、交通費・宿泊費・食費も、全て出演者の自腹になるんだけど」
 
「きゃー」
「だから、そういう無理が言える人、かつ経済的な余力のある人にしか声を掛けていない」
「なるほどー」
 
とは答えつつ青葉は少し悩んだ。
 
アクアが11月25日に発売したCDの印税が4月末(但し4月30日が土曜なので実際に入金するのは5月2日)に入るしなあと思う。入る金額はまだ集計結果をもらっていないが、恐らく1000万円を超す。それなら福島まで自腹で往復くらいしてもいいかと思った。でもその1000万円が入る前に入学金も授業料も払わないといけないし、あまりお金を使いたくないので福島までは高速バスで往復しようかなというのまで考える。
 
実は最近霊関係のお仕事はあまりしていない上に、先日の妖怪騒ぎとか愛奈のアパートの件のように、高額の費用が掛かったにも関わらず報酬を受け取れなかったものもあり、霊関係のお仕事がかなりの赤字になっている。現実問題として今青葉は貯金が100万円を切っているのである。
 
そこで青葉としては、その貯金から2月中旬に払わなければならない大学の入学金、4月末(こちらは4月29日まで)に払わなければならない前期授業料(合計約80万円)を払っておき、通学用の車に関してはアクアの印税が入るまで買えないので、4月いっぱいは朋子のヴィッツを貸してもらえないかと頼むつもりでいた。朋子は車を使わない場合、通勤に倍の時間が掛かってしまうのだが。
 
もっとも朋子は入学金とかは心配するなとは言っていた。しかしあまり負担を掛けたくないとも青葉は思っていた。
 
「でも万一K大学に落ちた時は、対応できないので、その場合は例えば千里姉とかには頼めないでしょうか?」
と青葉は冬子に言う。
 
「いや、実は青葉は受験中だからと思ったし、先に千里に照会したんだよ」
「わ、そうでしたか」
「そしたら、その日は秋田で試合があるらしいんだ」
「ありゃー」
 
「それで出演できないから青葉を推薦すると言われて」
「あはは」
「千里は青葉はもうその時点で合格を決めているはずだからと言っていた」
 
うむむ。それはちー姉の「期待」なのだろうか、それとも「神託」か何かなのだろうかと青葉はいぶかった。
 
「まあいいですよ。では合格していたら出演するということにさせてもらえませんか?」
「うん。それでいい。よろしく」
 

ところが冬子との電話を切ってすぐに今度は千里から電話が掛かってくる。 
「夜分ごめんね」
と千里。
「大丈夫だよ」
と青葉。
 
「たぶん、冬と電話していると思ったから、それが終わったくらいのタイミングで電話してみた」
などと言っている。まあちー姉なら電話できるタイミングは分かるよね。 
「それで福島のローズ+リリーのイベントの件だけど、青葉してくれる?」
「うん。行くよ。その時点で合格を決めていたら」
「青葉は大丈夫のはず。それでその旅費は私が出すから」
 
「それ助かる! 実は5月2日になるまでちょっとお金が無いんだよ」
「青葉のことだから、高速バスで0泊で往復するつもりじゃないかと思ってさ」
「実はそのつもりだった」
「そんなんじゃまともな演奏にならないよ。音楽って楽器が鳴るんじゃない。楽器というチャンネルを通して自分を奏鳴させるんだよ。だから自分の体調をしっかり管理することが大事」
 
「確かにそうかもね」
「だから体調を整えるためにもちゃんと新幹線で行って前泊しなよ」
「ちー姉がお金出してくれるならそうしようかな」
「青葉も進歩したね。昔なら私や桃香に言われてもヒッチハイクで行って野宿しようとしていたから」
「うーん。私も少しは常識的になってきたかも」
「でさ」
「うん」
 
「このことを現地で冬子に言っておくといいよ。私に言われて費用も出してもらったから体調を整えるために新幹線で来て前泊したって」
と千里は言った。
 
へー! 要するに私をダシに使って、冬子さんに体調管理について忠告しようというのか。まあいいけどね。冬子さん本当にいつもハードスケジュールだし、冬子さんに遠慮無く忠告できるのって、私やちー姉に和実、奈緒さん・若葉さんくらいだもん。氷川さんは会社の立場との板挟みになりやすいから思っても言えないことが多い。
 
「了解〜」
 
「あと大学の入学金も払わないといけないんでしょ?」
「そうなんだよ」
「その大学の入学金・授業料も私が出してあげるから」
「え〜!?」
「あと、通学用の車も買わないといけないよね?」
「あ、うん」
「車ってお店で買ってから諸手続が終わって実際に手にするまで結構時間がかかるよ。だから合格したらすぐにも買いに行った方がいい。その資金も私が200万円くらい貸しといてあげるからさ」
 
「それも助かるかも」
「アクアの分の印税が入ってから車の代金は返してもらえばいい」
「そうする」
「入学金・授業料の分は返さなくていい」
「ありがとう」
 
「じゃチケット取れたら、そちらに持たせるね」
「ありがとう」
 
と言って電話を切ってから、青葉は千里の最後の言葉が気になった。普通なら郵送するとか言うところを「持たせる」と千里は言った。それってちー姉の眷属さんが持って来てくれるんだったりして!?
 

入学金・授業料の問題については、翌日19日の夕方に朋子から言われた。 
「青葉、あんたの大学の入学金・授業料なんだけどね。私も頑張って貯金してたから何とか払えるかなと思っていたんだけど、今日のお昼に桃香から電話が掛かってきてね」
「うん」
「桃香が入学金・初年度授業料は全部出してあげるから心配するなと言ってた」
「わあ」
 
実際にはちー姉が自分が出すと言うとお母ちゃんが心理的に負荷を感じるので桃姉に頼んで、桃姉が自分の貯金で払うとお母ちゃんに言ったんだろうなと青葉は想像した。
 
「あの子もお金な無いみたいなこと言っていたのに、あんたのために頑張って貯めていたんだね」
「桃姉って、前にも貯金して、ちー姉とお揃いの指輪を買っていたし」
「あ、そうだったよね!」
 
「あれ、エンゲージリングが80万円、マリッジリングが10万円×2で合計100万円使ったみたいだもん」
「よく貯めたもんだよね」
「国立大といってもけっこう初年度納入金は高いもんね〜」
「貧乏人には辛いよね。こんな設定だと、才能があるのに貧乏な人が大学に行けなくて、結局日本の国力が衰えてしまうと思うんだけどね」
と朋子は半ば憤慨するように言っていた。
 
 
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