【春泳】(上)

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「去年卒業した先輩でまだ持っていた人がいたのよ。希ちゃんの写真見せたらこんなに可愛い子だったら、男の娘でも、あげていいよと言ってたから」
と女子更衣室の中で、美由紀は拉致ぎみにここに連れてきた希に言った。 
「本当ですか」
「ちょっと着替えてごらんよ」
 
それで希はちょっと恥ずかしそうにしながらも学生服の上下を脱いだ。白いブラウスを通してブラジャーをしているのも見える。キティちゃんのパンティに若干の膨らみがあるのは見なかったことにしてあげる。ソックスは女子生徒仕様のハイソックスを穿いている。ふくらはぎまでの丈のものである。
 
それでスカートを穿いてセーラー服の上衣も着ると、どう見ても女子高生にしか見えない可愛い子のできあがりである。
 
「可愛い!」
「似合ってる!」
と周囲に居た女子たちが声をあげた。
 
「授業中は男子制服着てないといけないかも知れないけど、放課後になったらその服に着替えて部活においでよ」
「そうします」
「それで下校もするといい」
と美由紀が言うと
 
「え〜どうしよう?」
と本人は言うものの、一連の様子をニヤニヤしながら見ていた希の姉・萌は 
「朝出る時もその服で出て、帰りもその服で帰ればいいんだよ」
 
と笑顔で言った。
 

青葉は物心ついた頃から、曾祖母の指導の下、主として佐竹伶(慶子の父)に泳ぎを習った。これはいわゆる古式泳法と呼ばれるものの一種である。 
青葉は幼稚園には女児の制服で通っていたが、夏の水遊びの時も女の子水着を母に買ってもらって着ていた。その時着たのはスカート付きであったので、お股の付近を他の子に見られることは無かった。
 
小学校に上がった時、青葉は男の子なんだから男の子の服を着なさいと言われ1年生の内は渋々アウターだけ男物を着ていた(下着は男児下着は断固として拒否し女児用を着ていた)。それで水泳の授業があるが、男児ということで、水泳パンツを母は用意していた。しかし青葉はそんなもの絶対つけたくないと思ったので、1年生の水泳の授業は全部見学で押し通した。
 
しかし当時青葉は悩んでいた。女児用のスクール水着を着たい。お祖母ちゃんあたりに言えば買ってくれるかも知れない。でも女児用スクール水着はお股の所のラインがきれいに出てしまう。おちんちんで盛り上がった状態のお股を友人たちの前にさらすのは絶対嫌だ。
 
青葉は何か方法が無いかずっと考えていた。
 
そして2年生になった春、友人の咲良が行方不明になる事件があった後、学校に女の子の服で出て行くようになる。そして水泳の授業も女児用スクール水着を着ようと決断した。それであれこれ考えた結果、アンダーショーツであの付近をしっかり押さえて外に響かないようにした上で引き締まるタイプのスクール水着を着るという方法を見付けた。
 
「あおばのあのあたりがとってもきになる」
「えへへ。付いてないように見えるでしょ」
 
結局その後青葉はずっと女の子用スクール水着で毎年水泳の授業に参加したり、また友人たちと一緒にプールや海で泳いだりしていたのである。それは中学に入って授業中は学生服を着ているように言われた中1の時も、水泳の授業だけはその方式で押し通した。
 
そして震災の後、高岡に転校した中学2年以降は、女生徒扱いにしてもらったので、女子制服を着て登校し、当然水着も女子用スクール水着を着て水泳の授業に参加していた。
 

2015年春、青葉は出羽の夏の修行に1晩だけ参加させてもらい、自分の体力不足を痛感した。そこで以前から誘われていた水泳部に入ることにし、競泳用水着(もちろん女子用)を着けて、毎日朝練でプールをたくさん往復していた。 
(正確には4月14日に顔貸してと言われて水泳部に登録だけはしていた。その直後18-19日に出羽に行ってきた後、本気で練習に参加するようになった) 
そして6月上旬。青葉は
 
「川上、かなりスピードが出るようになったな」
 
と男子部長の魚君から褒められた。
 
「でもまだまだです。普通の人よりは速い程度だもん」
「確かに短距離では厳しいけど、スタミナがあるから長距離でもあまりペースが落ちない。今度の大会は800mで出ようか?」
「はい!」
 
高体連の水泳種目では男子は1500mが最長だが、女子では800mが最長になっている。確かに今の青葉の泳力では50mや100mで上位に食い込む自信は無かった。 
なお、水泳部の女子部員は青葉も含めて4人しか居ないので、リレーおよびメドレーリレーにも出ることは確定である。
 
そして最終的には青葉は個人では400m,800m,400m個人メドレーにエントリーすることになった。他は女子部長の杏梨が50m,100m,200m, 2年生の才花が平泳ぎの100m,200m, 200m個人メドレー、1年生の多恵が背泳ぎの100m,200mと自由形200mにエントリーした。
 

6月12日。軽音の大会が小松市で開かれた。
 
青葉が部長を務めている合唱軽音部はこの日みな楽器を持って高岡駅に集合し、小松市に出かけた。あいの風とやま鉄道・IRいしかわ鉄道の直行便で金沢まで行き、その先はJRで小松まで行くという乗り継ぎになる。
 
今回は全員参加の「THSバンド」の他、青葉や空帆たちの「Flying Sober」他小編成のバンドが8個エントリーしている。
 
今回大編成バンド部門のエントリーは6校であった。敦賀市・福井市・金沢市・七尾市・安曇野市の高校と青羽たち高岡T高校である。
 
大会は先に大編成バンドから始まる。各持ち時間10分+入れ替え時間5分で朝9時から10時半まで掛かった。青羽たちの学校はスクエアの『El Mirage』とスタンダードナンバー『Memories of You』を演奏した。
 
その後、小編成バンド部門になるが、その演奏を12時前にいったん中断して大編成部門の成績発表が行われる。優勝は福井の高校、2位は安曇野市の高校で青葉たちは3位になった。すぐ行われた表彰式で、部長の青葉が壇上に上がり笑顔で賞状をもらってきた。
 
さて小編成部門はオリジナル部門に20バンドほど、コピー部門に80バンドほど参加している。数が多いので、コピー部門はメインホールのステージ中央に仕切りを設置して、右半分と左半分に分けて使う方法で、入替え時間無し、1バンド5分で行われた。オリジナル部門はサブホールで演奏時間5分・入替え時間5分で行われた。
 
「入れ替え時間が無い方式って、前のバンドがノリのいい演奏すると、次のバンドも結構影響うける感じね」
「そのあたりは運だね」
「けっこう接続ミスで一部の楽器の音が出なかったバンドがいた」
「そういう事故はどうしても起きるよね」
 

Flying Soberはオリジナル部門で13時頃の演奏と言われていたが、若干ずれこんで13:20くらいになった。空帆の書いた『愛の風』を演奏する。今回参加したFlying Soberのメンツはこういうラインナップである。
 
Gt.空帆 B.治美 Pf.真梨奈 Dr.須美 Sax.青葉 Fl.世梨奈 Cla.美津穂 胡弓:ヒロミ  
『愛の風』は富山地方で見られる風「あいの風」に掛けた曲である。胡弓をフィーチャーした曲になっているので、それが弾けるヒロミに参加してもらっている。ヒロミは実は合唱軽音部の部員ではないのでTHS Bandにも参加していないのだが、このFlying Soberに参加するためだけに小松市まで同行してきてくれている。
 
この曲は秋頃にCDでも出す予定である。Flying SoberのCDは2014年1月に最初のCDを制作(同2月発売)、2年生の夏休みに2枚目(9月発売)、冬休みに3枚目を制作して、今度の夏休みに制作するのが最後のCDになる予定である。高校卒業後はメンバーがバラバラになってしまうので、一応4枚目のCDの発売と同時に解散式をしようということになっている。
 
このオリジナル部門は14時半頃に全ての演奏が終了。審査時間を置いて15時すぎに結果が発表された。Flying Soberは2位で、代表の空帆が笑顔で賞状をもらってきた。
 
「1位の所も3位の所も上手い!って思ったもん」
「いや3位の所にも負けたぁと思ってたんだけどね」
「僅差だったのかもね」
「1位のバンドは曲も凄く良かったね」
 

大会が終わったのはもう18時過ぎであるが、夏至が近いのでまだ外は明るい。(この日の日没は19:12)それで会場を出て徒歩で小松駅に向かう。Flying Soberがオリジナル部門で2位だったし、コピー部門でも2年生のバンドが7位になったので、みんなわいわいと盛り上がっている。
 
そして青葉は、ふと、なんかこの手の大会に参加する度に事件に巻き込まれていたよなあ、などと思い出した。
 
1年生の9月の軽音大会(氷見市)の後も、2年生の6月の大会(C市)の後も竹田宗聖さんと遭遇した。9月の合唱の大会(砺波市)の後では新幹線建設にまつわる事件に関わることになり、考えてみるとちー姉がソフト会社に就職するハメになったのは、あの事件のせいだと思うと、青葉はちょっとだけ心が痛む。 
千里が実際問題として適当な時期にあの会社を辞めたいと思っているふうなのは春以降千里と何度か会った時に感じたことである。
 
しかしまた竹田さんと遭遇したりしないよなあ、と思いながら駅舎に入っていった時、青葉は「あぁ・・・」と心の中でため息をついた。
 
「川上さん、久しぶり!」
と言ったのは、霊能者というよりは最近ではスピリチュアリストという肩書きを好んでいる火喜多高胤さんである。以前は竹田宗聖さん以上によくテレビに出ていたのだが、最近はめったに出て来ない。しかしたまに見せる顔が「神がかってきている」というのがオカルト好きな人の間では言われている。
 
「こんにちは、火喜多さん」
と青葉は笑顔で挨拶するも、変な事に巻き込まれないといいけどなあ、などと内心は思っている。
 
「青葉、火喜多高胤さんとも知り合いなんだ?」
と声が出るが
 
「ある程度以上のレベルのスピリチュアリスト同士はたいていお互いどこかで会っていますよ」
などと火喜多さんは言う。
 
「川上さん、何か学校行事?」
「ええ。今終わった所なんですけどね」
「だったら、もしよかったらちょっとだけ付き合ってくれないかな。僕はあまり神様関係は得意じゃなくてさ」
 
青葉はやれやれと思う。今鏡先生を探して、知人に会ったので、少し話してから帰りたいということを言い、許可をもらった。
 
「でも川上さん、1時間に1度連絡入れて。それと自宅にも連絡しておいてね」
「分かりました」
 

それで青葉は他の子たちと別れて火喜多さんにしばし付き合うことにした。 
「最近、火喜多さんあまりマスコミに露出しておられませんよね」
「うん。関東ローカルでやってた『不思議探訪』と、全国ネットでやってた『心の闇を解き放ちます』が終わった所で、もうテレビ関係の仕事は基本的に入れないことにしてね。実は**の法を学んでいた」
 
青葉は緊張した。そんなとんでもないものを伝授できる人はたぶん国内に唯一人しか居ないはずである。
 
「泳晶さんの所におられるんですか?」
「まああの人以外にはできる人いないよね。弟子入りさせてもらうのに1年かかった」
「1年で弟子にしてもらったのは凄いです」
 
「目標は**明王の秘伝なんだよ」
 
青葉は再度考えた。
 
「それを継承していたのは、うちの瞬嶽師匠だけだと思いますが、もう師匠は亡いので、誰も得られないと思います」
 
「僕は8年前に瞬嶽さんに会ったんだよ。それで**明王の秘伝を学ぶには先に**の法を修めなければならないと言われた。そして僕がそれを修めた時、ある場所にコピーしてある、**明王の秘伝にアクセスできるようになると言われた」
 
青葉はハッとした。それって・・・・・
 
「泳晶師匠からは先月、**の法の免許皆伝を認定された。それでいよいよ**明王の法だと思ってね。それがどこで得られるか考えていた時に、ふと川上さんの顔が浮かんだんだよ」
 
青葉は微笑んだ。
 
「たぶんそのコピーのありか、分かると思います」
「やはり!」
 
青葉は手帳を見た。
 
「ただ、本人は今物凄く忙しいんですよ。たぶん7月下旬まで時間が無いんじゃないかなあ」
と青葉は言う。
「やはり霊能者さんなの?」
 
「本人は霊感無いと主張してます」
「ほほお」
「でも多分、私より凄い人です」
「なんか面白そうな人だね」
「私の姉なんですよ」
「へー! あれ?君のお姉さんは震災で亡くなったと聞いたけど」
 
青葉は微笑んで言う。
 
「私が家族を全部震災で亡くして、途方に暮れていた時にボランティアで来ていた女子大生2人が私を保護してくれたんです。そのふたりを私は姉と呼んでいます。その1人なんです」
 
「それは、きっと魂が呼び合ったんだろうね」
「今になって思えば、きっとそういうことだったろうと思うんですよ。でも私が姉の力量に気づいたのはごく最近なんです。ほとんどの霊能者や霊感体質の人が姉を見ても、ごくふつうの一般人にしか見えないと思います」
 
「ふーん。羽衣さんと似たタイプかな」
「火喜多さん、羽衣さんに会われたことあるんですか?」
「1度だけ会った。向こうから声を掛けてもらえなかったら全然気づかなかったと思う。どこにでもいるふつうのおばちゃんにしか見えなかった。瞬嶽さんはその凄まじいオーラに跪く以外の選択肢が無かったのに」
 
「羽衣さんって女性だったんですか!?」
「うーん。あの人も謎が多いよね。僕が見た時は女性に見えた。本当に女かどうかは分からない。そもそもあの人、どうも人間という存在を超越してるっぽい」
 
「やはり・・・・」
 
「弟子もほとんど取らないから、実態が見えない。でもたぶん瞬嶽さん亡き今、日本で最高の霊能者だよ」
 
「そうでしょうね」
 
青葉はとにかく姉に連絡を取ってみて、その件についてはあらためて連絡すると答えた。
 

「まあそれで今回の案件なんだけどね。実際僕は今ずっと修行している身なので相談事は基本的に受けないことにしているんだよ。でも知り合いを通してどうしてもと言われると断れなくてね」
 
「分かります」
 
「F市の郊外で小高い丘の斜面に古いお稲荷さんがあってね。90歳近いお婆さんが管理していたのだけど、数年前に亡くなってね。そのお婆さんが生きている頃からけっこう管理が適当になってて、荒れ放題だったらしい。不審者が潜んでいたりして、地域でも問題になってて。それでお婆さんが亡くなった後、あとを継いだ60代の息子がそこを潰して更地にしてしまったんだよ」
 
「ああ・・・・」
 
「跡地には市内の学習塾の業者と話して学習塾の校舎を作った」
「なるほど」
「ところがその学習塾が開校してすぐ、その息子が突然死してね」
「当然ですね」
「更には学習塾の校長まで亡くなった」
「可哀想に。怒りの矛先が向いちゃったんですね」
「それでよくよく調べてみると、工事をした工務店の社長も亡くなっていた」
「ああ」
 
「取り敢えず学習塾はまだ20代の息子が名前だけ校長を継いで、ベテランの講師さんたちに運営を任せている。でもね」
「出るんですか?」
「まあそういうことだ。それでこれお稲荷さんの祟りではないかという噂が出ていて、誰か更に取り殺されるのではと」
 
「それで相談されたんですか?」
「基本的には再度お稲荷さんをきちんとお祀りすべきだと思うんだけど」
 
「それうまくやらないと神社建てようとした段階でかなり事故が起きますよ」
「やはり?」
「そもそも、お婆さんが亡くなる前から荒れていたのが第1の問題です」
「だよね〜」
「お稲荷さん、かなり怒ってますよ」
 
と言いながら青葉は、こんな面倒な話、誰なら処理できる?と悩んでいた。 
「川上さん、こういうの処理できない?」
「私にも無理です。でもちょっと処理できそうな人がいないか、知り合いに聞いてみますよ」
「うん、頼む」
 

火喜多さんとの話は2時間近くに及び、青葉は小松を8時半の列車に乗り、10時頃、高岡駅まで帰着した。駅まで母が迎えに来てくれた。
 
青葉は車内で千里にメールを送っていたのだが、本当に忙しかったのだろう。千里から連絡があったのは、もう夜中過ぎであった。
 
「ごめんね。忙しい時に」
「うん。いいけど、面倒な話って何?」
 
それで青葉は火喜多高胤さんが**明王の秘伝を受けたがっているという件ともうひとつF市のお稲荷さんの話をした。
 
「うーん。火喜多さんはまだ**の法を完全には修めてないと思う」
と千里は言った。
 
「え〜〜〜!?」
「それ習っているお師匠さんにね、『**の法、雲の巻も伝授してください』と言ってみてと言っておいて」
「くもって空の雲?」
「そうそう」
「それが終わったら私の所に来ればいいよ。生きたまま修め終えることができたらね」
「うむむむ」
 
「お稲荷さんの件は、仲介してあげるから、こちらの準備が整った所で青葉、私の所に来てよ。処理できる人を青葉に預けるから」
 
「処理できる人って・・・・人じゃないよね?」
「まあ想像に任せる」
 

この年の春、千里は大学院卒業と共に、6年間巫女のバイトをしていた千葉市のL神社を退職した。そもそも千里をL神社に誘ってくれたのは辛島栄子さんというこの神社の巫女長さんだったのだが、その辛島さんも夫の禰宜・広幸さんと一緒にこの神社を退任し、越谷市のF神社の宮司・巫女長に転任した。 
(神社本庁に所属している神社の場合、神職は全て本庁から派遣されているというのが建前である) 
千里は初日に「ちょっと見においでよ」と言われて、F神社にお邪魔したのだが氏子さんたちがきて宴会が始まり、なりゆきで千里も同席。何だか氏子さんたちにも随分気に入られてしまった。それで、その後も何度かF神社を訪問して、栄子さんのおしゃべりの相手をしたり、神社の様々な仕事のお手伝いをしたりもしていた。氏子さんもよく出入りしているようで、どうやら地域の交流の場になっているようである。自治会の会議を宮司宅(4DK)の座敷で開くこともあるようだ。
 
ところで5月、友人の和実と淳が
「結婚したいのだけど、どこか式をあげてくれそうな神社とか知らない?」
と訊いてきた。
 
ふたりは来年結婚するようなことを言っていた気がしたのだが、もう同棲生活も長いし、このあたりで入籍してもいいかなと考えたのであろう。あきらと小夜子が結婚式をあげた埼玉県E市のH神社にも照会してみたのだが、あきらたちの場合は、元々男女であったことから両方花嫁姿でも容認したのだが、片方が性転換していて、しかもどちらも元々が男なのに花嫁姿というのはさすがに受けきれないと断られてしまったらしい。
 
「最初に同性婚を受け入れ始めた神奈川県のK神社の方はこういうケースもOKらしいけど、かなり先まで予約が埋まっているらしくて」
と和実は言う。
 
それで千里は栄子さんに電話して、こういう特殊なカップルの結婚式をしてくれるような神社の心当たりがないか訊いてみた。
 
「ごめん。今一瞬理解できなかった。もう一度ゆっくりと教えて」
と栄子さん。
 
「えっとですね。ふたりともMTFなんですよ。ふたりともフルタイム女性として生活していて、女性として仕事にも行っています。片方は既に性転換手術済みで戸籍も女性に直しているんです。それで現在ふたりは戸籍上男性と女性だから法的に婚姻できるんですよね。それで入籍してしまって、そのあとで、現在まだ法的に男性である側も性転換手術を受ける予定です。そちらは婚姻関係を維持するために法的な性別は変更しないものの、改名だけはして女性的な名前に変える予定なんです。実際既にその名前で仕事もしています。結婚式ではふたりとも花嫁衣装を着たいと言っています」
 
「要するに、男性の同性婚だよね?」
「出生時の性別ではそうなります」
「それなら、うちで引き受けていいかも」
「本当ですか?」
「ちょっとヒロに確認してみる」
 
取り敢えず電話ではよく分からないからちょっと来てと言われたので、その日千里は40minutesの練習は休むことにして、レッドインパルスの練習を終えたあと、そのまま越谷まで出かけて行った。いつもの電車に乗るのだが、江東区では降りずにそのまま新越谷駅まで乗っていき、そこから先は栄子さんに迎えに来てもらい、宮司と3人で話し合う。
 
「ふたりとも花嫁衣装になる訳ね?」
「はい。そうです」
「現在戸籍上は男と女なんだ?」
「そうです」
「じゃ、一応新郎と新婦でいいのかな」
「そうなります。今戸籍上男である側を夫、女である側を妻として婚姻届けを出しますので」
「その後、夫も法的に女に性別変更するの?」
「それをやると離婚しないといけないんです。ですから、婚姻維持優先で、夫側は法的な性別は変更しない予定です。名前だけは女でも通じる名前に既に変更済みなんですよ」
「なんて名前?」
「元は淳平だったのを淳に変えているんです」
「それって男でも女でも通じる感じだね」
「ええ。私の名前と同様ですね」
「花嫁は名前は変更済み?」
「花嫁は元々男女どちらでも通じる名前で和実というんです」
「ああ、そういう名前は便利だね」
「ですです」
 
「新婦はちんちん付いてるんだっけ?」
「性転換手術済みなので、ちんちんもタマタマもありません。ヴァギナがあります」
「へー!ヴァギナもあるんだ!」
「おっぱいもありますよ」
「ふむふむ」
「赤ちゃんも産めるの?」
「どうなんでしょう。本人はどうも産む気満々で」
「ほほお」
 
それで占いをしてみると、山風蠱の2爻変である。
 
「これ子供2人できるのでは?」
「うん。僕もそう思う」
「2人とも女の子だよね」
「でしょうね。この卦にこの爻なら」
 
「通常は性転換手術したって、元々が男であれば子供を産む能力は無いはずなんです。でもこの子、手術前に3度もMRIに卵巣や子宮が写っているんですよ」
と千里は説明する。
 
「じゃ、半陰陽ってやつ?」
と栄子さんは訊く。
 
「写ったのは3度だけで、その後何度撮影しても写らなかったんです」
「うーん・・・」
「でもそもそも今回結婚することにしたのが、本人曰く、赤ちゃんできてから慌てないようにそろそろ籍を入れておこうかな、という話で。正直私たち周囲のものは冗談なのか本気なのか、よく分からないのですが」
 
「新郎のほうはまだ完全に男の身体?」
「おっぱいはあります。少なくとも男湯には入れない身体ですね」
「そちらはちんちんあるの?」
「あります。タマタマもあります」
「じゃ、このふたりってふつうにセックスできるんだ?」
「できます。せっかく性転換したからということで記念に何度かセックスしたみたいですよ。でもふだんはレスビアンと同様の睦みごとをしています」
 
「どうやってそんなのするの?」
「ちんちんもタマタマも体内に押し込んで接着剤で留めちゃうんです。タックというんですけど。すると何も付いてないのと同じだから、それでレスビアン・セックスするんですよ」
 
「なんか世の中には奥深い世界があるんだね」
と栄子さんは感心している。
 
「でも話を聞いている内に、そのふたりって実はふつうの男女のカップルなのではという気がしてきたよ」
「まあ夫に女装趣味があって会社でも女装で勤務しているというくらいですね」
「なるほどー」
 
だいたい事情が分かった所で、宮司さんが水垢離した上で。占いを立ててみた。すると「沢地萃の4爻変、水地比に之く」が出た。
 
「人が集まって吉か。たくさん参列者がいた方がいいね」
と栄子さん。
「大いなる牲(いけにえ)を用いるに吉。牛一頭くらい奉納しましょうか?」
と千里。
「お金の方がいいな」
と栄子さん。
「じゃ、玉串料100万円くらいで」
「そんなにあったら階段の手摺りのグラグラしてるのが修理できる」
「あ、あそこ修理しないと危ないと思ってました」
 
宮司はまだ無言で考えている。表情は厳しくないので、単に卦の形を色々検討しているようだ。互卦は風山漸でこれも吉卦のはず。
 
「水地比なら、カップル円満って感じだね」
と栄子さんが言うと、宮司はやっと口を開けて
 
「そうそう。仲良きことは美しきかなだよ。沢地萃の4爻も大吉」
と言った。
 
「じゃそのカップルの式、挙げてあげるよ」
「ありがとうございます!」
 
「でも面白いね。元々は男性同性愛だったのが、ふたりとも性転換して女性同性愛になっちゃう訳ね」
「MTFにはけっこう女性が好きって人いるんですよ」
「巫女さんは村山君してね」
「もちろんです!」
 
そんなことまで言っていた時、またまた氏子の池上さんと泉堂さんが各々息子の哲朗さん、娘の深耶さんを連れてやってきて、酒盛りが始まってしまった。ただし深耶さんだけは「ドライバー」という札を首から掛けて、お酒は飲まずにジュースとかお茶とかを飲んでいる。
 
池上さんの息子・哲朗さんは初対面であったが、今28歳でさいたま市郊外で大型衣料品店の店長をしているらしい。
 
「ユニクロとかしまむらみたいな感じのお店ですか?」
「そうそう。あんな感じ。主としてレディースとジュニアに焦点を絞っているんだけどね。ユニクロとかには物量で勝てないから、ひたすら安く売る」
「子供服とか、すぐ着られなくなるから安いのがいいですよ」
 
「ふつうの衣料品店で売れ残ったやつとかを買い叩いてきて、ワゴンで1着100円とかで売る」
「それってそれなりに売れそう」
「うんうん。デザインに難があるものが多いけど、スカートとかTシャツが100円で買える店はそうそう無いから」
「いいですねー」
「ショーツとかブラジャーとかは1着50円とかで」
「なかなか素敵」
 
「最後どうにも売れ残ったやつは従業員に1着10円とか5円で売ったりもする」
「まあ5円なら」
「捨てるとお金が掛かるから」
「確かに」
「僕もだいぶ買ってる」
「そのあたりは店長さんの大変さですね」
「おかげで自宅に子供服とか婦人服があふれてる」
「ご結婚は?」
「してない。独身」
「それだとガールフレンド自宅に連れて来たら誤解されそう」
「うんうん。以前付き合っていた子に、何これ〜?と言われたことある」
「まあ驚きますね」
 
「子供服はどうにもならないから、ウエスを作っている障碍者の作業所に運び込んでいる」
「ああ、それはいいことです」
 
「Tシャツとかは結構部屋着として着てる。ピンクのラメ入ってるのとか派手なフリルの付いてるのとか」
 
「まあ誰にも見られなければ」
「スカートとかも穿いてみたりしないんですか?」
と深耶さんが訊く。
 
「まあちょっと穿いてみたことはある」
と哲朗さん。
 
「それで女装にハマったりして」
「それちょっと怖い気がする」
「今男の娘はトレンドですよ〜」
「いや、店内で『ショーツ3枚100円、タイムセール』とか叫んでると、もう女物の服に抵抗感が無くなってるしね」
「もういっそ女装してお店に出て行くとか?」
「さすがに本部から、ちょっと来いと言われそうだ」
 
「あら、性別を理由に解雇したりしたら人権侵害ですよ」
「まあそれはそうだけどね」
「今性転換したら戸籍上の性別も変更できるからお嫁さんになれますよ」
「そういうの唆さないで」
 
「でも哲朗さんが女性になって男の人と結婚したいなんて言ったら、この神社で式挙げられますかね?」
と深耶さんが訊く。
 
宮司さんは栄子さんと顔を見合わせたが
 
「池上さんの息子さんなら歓迎ですよ」
と宮司は笑顔で言う。
 
「まあその時は既に元息子の今娘だね」
と深耶さんは楽しそうに言っていた。
 
「まあ哲朗さんなら、女性になって、男性あるいは女性と結婚したいとおっしゃっても結んであげますよ」
と宮司。
 
「あ、女同士の結婚式というのもいいね」
 
「実は、この村上君の友人が女同士で結婚式を挙げたいというので相談されましてね」
と宮司は切り出した。
 
「事情を聞いてみると、片方は性転換している元男性というのでそれなら男女に準じるということで式を挙げてあげることにしたんですよ」
 
と池上さん・泉堂さんを見ながら宮司は言った。
 
「あ、一応男女であるならいいんじゃない。哲朗が女になったらさすがに仰天しそうだが。だいたい、こいつが女になったら、かなり不細工な女になりそうだ」
と池上さん。
 
「その元男だった花嫁さんって、美人?」
などと泉堂さんが訊くので、千里は写真を見せてあげた。
 
「美人じゃん!」
と泉堂さん。
「ああ、これならいいんじゃない?」
と池上さんも言った。
 

そういうことで和実と淳の結婚式は6月17日(水)に行われることになった。平日にすることにしたのは神社も平日の方が参拝客が少なく、花嫁同士の結婚式などというものに好奇心で寄ってくる人が出にくいこと、そしてこの日が淳の誕生日だからである。
 
淳は顧客と頻繁に打ち合わせしながらシステム設計の詰めをしている所であまり休めないとは言っていたものの、とりあえず17-20日の4日間だけ休ませてもらえることになった。21日(日)に先方の幹部さんたちとの打ち合わせがあるが、資料はサブリーダーの人にまとめてもらうことにしたらしい。
 
和実の方は社長からは10日くらい休んでいいよと言われたものの、淳が20日までしか休めないのでやはり21日(日)から職場に戻ることにしたらしい。何とも慌ただしい感じだ。
 
前日は和実の方は「明日結婚式なんだから」と言われて午後3時でお店を退出し、美容室に行って髪をセットしてから帰宅した。石巻市に住んでいる姉の胡桃が来てくれていて
「勝手に晩御飯作っておいたよ」
と言う。
 
「ありがとう!助かる」
それでふたりで御飯を食べていたものの、淳はなかなか帰って来ない。和実は明日の披露宴で使うウェディングケーキを作りながら待っていたのだが、結局淳が戻って来たのは深夜2時である。
 
「髪どうすんの?」
「どうしよう?」
 
それで結局、その時間から胡桃が淳の髪を切った上でパーマを掛けてあげた。終わったのはもう3時半である。和実はもう先に寝せてもらっていた。 

当日は午後2時から結婚式となった。結局淳は式の直前まで寝ていたらしい。 
結婚式はF神社の拝殿を使って行われる。拝殿の前で巫女の千里が大幣を振って参列者のお清めをして拝殿にあげる。
 
新郎側の親族は愛媛に住む両親と2人の叔母およびその夫、青森の叔母、黒石の伯父夫婦、都内に住む兄の恭介夫婦、千葉に住む従妹の佳奈・比奈。これに上司の専務と同僚の女性2人で合計16名。
 
新婦側の親族は盛岡に住む両親、石巻の姉・胡桃、花巻に住む伯母夫婦、一関に住む叔父夫婦、都内に住んでいる従姉2人の9人。これに友人として小学校の頃からの親友である梓・照葉、メイド仲間の若葉・悠子・秋菜・瑞恵、大学の友人の美優・晴江、更にエヴォンの店長・永井夫妻、ショコラの店長・神田夫妻で12名、合計21人。
 
更に新郎新婦共通の友人としてクロスロードの仲間である、冬子・政子・桃香・あきらが参加している。小夜子は臨月なので結婚式はパスして披露宴の方に直接行く(母の五十鈴が付いている)。千里は巫女役である!そして青葉は平日なので学校に行っていた。
 
参列者が全員あがった所で、栄子巫女長に先導されて新郎の淳が、千里に先導されて新婦の和実が拝殿に上がる。しかし新郎と新婦と言ってもどちらも白無垢を着ているので分かりにくい!
 
そう広くも無い拝殿に41名の参列者、新郎新婦・祭主と2人の巫女、雑用係を買って出てくれた巫女装束の泉堂深耶さんと友人の朱美さんも入れて合計48名も並ぶと、満員御礼!という感じである。
 

式は厳かに進んでいった。
 
宮司さんの祝詞では「愛媛県N市に住まいする月山聡士の次男・月山淳と、岩手県盛岡市に住まいする工藤照彦の次女・工藤和実の婚礼(とつぎのいやわざ)を執り行わん」と読み上げられていた。一応男女の婚姻という立場である。花嫁衣装は着ていても次男と言われてしまった淳だが、男名前の淳平ではなく女名前の淳で読み上げてもらった。実は淳の法的な改名はこの春に認可されたばかりである。和実はちゃんと「次女」と言ってもらった。このあたりは、宮司さん・栄子さん・千里の3人で話し合いながら、途中何度か占いをして神意を確認しながら、祝詞の文面を決定したらしい。
 
三三九度では、千里が銚子、栄子さんが提子を持ち、祭主が大中小の素焼きの杯を重ねたものを持って新郎新婦の前に出る。
 
栄子さんが提子から銚子にお酒を3度に分けて注ぎ、祭主が小杯をまずは新郎に渡す。千里が小杯に銚子からお酒を3度に分けて注ぐ。新郎の淳はお酒を3度に分けて飲み干し、杯を祭主に返す。今度は祭主は小杯を新婦に渡し、千里がまたお酒を3度に分けて注ぐ。新婦の和実はお酒を3度に分けて飲み干す。杯を祭主に返し、祭主は再びその小杯を新郎に渡す。千里が3度に分けてお酒を注ぎ、新郎は3度に分けてお酒を飲み干し、杯を祭主に返す。
 
これで小杯が終わり、次は中杯を新婦→新郎→新婦とリレーする。最後に大杯で新郎→新婦→新郎の順に飲む。古式にのっとった方式である。多くの神社では近年もっと略式の三三九度を行なっている。
 
千里は目分量でお酒を注いでいるが、大雑把に小杯30cc, 中杯40cc, 大杯50ccとした場合、新郎は30x2+40+50x2=200cc, 新婦は30+40x2+50=160cc飲むことになる。
 

和実と淳がいっしょに「誓いの言葉」を読み上げ、玉串奉納・指輪交換と進む。指輪の交換のところは記念写真を撮る人が多くあった。
 
そのあと、千里の龍笛、祭主の太鼓に合わせて、栄子さんが舞を奉納する。物凄く力強い千里の龍笛の音色に、参列者一同の中には陶酔するような表情の人もあった。
 
例によって舞のクライマックスで落雷があるので、半数以上の人がギョッとする。
 
その後、参列者全員に素焼きの盃が配られ、千里と栄子さんで全員にお酒を注いで回る。それで親族固めの盃を空ける。車で来ている人は飲まないでというのは事前に言ってあった。
 
最後に祭主のお話があって式は終了した。
 

式の後は参列者全員で記念写真を撮った。写真屋さんが、花嫁同士の結婚式というので驚いていたようであったが、とりあえず花嫁衣装は着ているものの新郎である淳を左、花嫁衣装を着ていて新婦である和実を右に並べて、その後ろに親族友人一同を並べて撮影した。
 
この撮影の時は千里も巫女衣装を脱いで振袖を羽織って!写真に写った。 
その後、千里は普段着に着替えて、披露宴会場に移動するのに手配しているバスが来るのを待っていたのだが、まだ巫女衣装を着けたままの深耶さんがチョコレートを持ってキョロキョロしている。
 
「どうしました?」
と声を掛ける。
 
「なんか小さな男の子がいたから、お菓子でもあげようと思って。どこに行ったかな?」
 
「男の子がいました?」
「ええ。誰か参列者に付いてきたんでしょうけど」
 
千里は、まさか・・・・と思ったら、本人がこちらを見付けて走ってきた。 
「お母さん! お母さんが結婚したんじゃないのね」
「私はまだしばらく結婚しないよ。京平、何やってんのさ?」
「暇だから遊びに来た。こちらまで来る**龍王さんに乗っけてもらった」
「あんた、あと10日くらいだけど、ちゃんと面倒掛けずに生まれておいでよ」
「うん。頑張る」
 
「あのぉ、千里さんのお子さん?」
と深耶が驚いたように言う。
 
「この子のお母さんになってあげる約束したんですよ」
と千里が笑顔で言うと
 
「へー」
と言って深耶さんも笑顔になる。それできっと友人か誰かの子供で母親が居なくて、千里と仲が良いのだろうと解釈してくれた気がした。
 
「あ、これあげるよ。名前は?」
「お姉ちゃん、ありがとう! ぼく京平」
 
と言って京平は深耶からチョコレートを受け取った。
 
「お姉さんの名前は?」
「深耶(みや)だよ」
「みやお姉さん、ありがとう」
 
「これ美味しい!」
「いい子にしてたら、またあげるよ」
と千里は言う。
 
「うん。いい子にしてる」
「帰り方、分かる?」
「**龍王さんは鹿島に寄ってから伏見に戻るって言ってたから、その帰りに乗せてもらう」
「1人で来たの?」
「泳次郎様と一緒」
 
千里はその名前を以前にも聞いたことがあった。かなり「大物」だったはずである。 
「帰りにちょっとその人とお話させてくれない?」
「いいよ」
「じゃ気をつけてね」
「うん。じゃ、お母さん、またね」
 
と言って京平は向こうの方に走って行った。
 
「あの子、見ておかなくても大丈夫ですかね」
と深耶が心配そうに言うが
「大丈夫ですよ。親戚のお兄さん・おじいさんと一緒に来ているみたいだし」
「ああ、じゃ大丈夫ですね」
 

青葉はこの日、6月17日、普通通りに朝は水泳部の朝練に行き、昼休みは合唱の練習に行って、放課後の練習はパスさせてもらい、6時間目が終わるとすぐ学校を出た。
 
迎えに来てくれていた母の車で富山駅まで行き、16:13の《かがやき530号》に飛び乗って18:02に大宮に到着。タクシーで披露宴の行われるホテルに入った。 
「ああ、青葉お疲れ〜」
と言って千里がホテルの玄関まで来てくれている。何時に着くというのは特に連絡していなかったのだが、まあちー姉ならこのくらいは普通かなと青葉は思い
「ありがとう。そちらもお疲れ様」
と笑顔で言う。
 
「私、高校生だし制服でいいよね?」
「振袖用意しているから、こちらで着せてあげる」
 
それで千里は青葉を女性用控室に連れていき、振袖を着せる。
 
「これちー姉が2013年のお正月に着ていた振袖だ」
「そういうの、よく覚えてるね」
「京友禅じゃん」
「女の子の身体になって初めてのお正月だから少し頑張った」
「2011年に成人式に出た時は男の子の身体だったの?」
「まさか」
 
青葉は一瞬考えたが
「まあいいや」
と言ってその振袖に袖を通した。
 
なお千里と桃香はふたりとも成人式の時に着た振袖を着ていた。
 

披露宴の出席者は、東北方面から来てくれた友人や親戚、ふたりとボランティアつながりの人たち、また和実の勤めているメイド喫茶の関係者、淳の勤めている会社の同僚なども来てくれて100人近い大規模なものになった。結婚式には大事を取って欠席した小夜子も、大きなお腹を抱えて出席している。
 
席は青葉や千里と同じテーブルである。左からあきら・小夜子・桃香・千里・青葉・冬子・政子となっていた。それであきらや桃香とおしゃべりしながら、笑顔でジュースを飲んでいた。
 
披露宴の司会は政子がしてくれたのだが(それで青葉から見て冬子の向こう側の政子の席はずっと不在であった)、いつもながらのズッコケ司会でかなり笑いを取っていた。また媒酌人は立てていないが、それに相当する役割を冬子がしてあげていたようで、冬子もしばしば席を立っていた。
 
新郎新婦入場、司会者の政子によるふたりの簡単な紹介の後、恭介が淳のことを「ちょっと変態な弟」と言い、胡桃は和実のことを「少し変わった妹」と言って各々挨拶する。このあたりは「元男で今は女である者同士の結婚」というひじょうに変則的なカップルであることで多くの参列者が感じるかも知れない抵抗感を少しでも緩和するのに「実は男女のカップル」という線を提示しておこうという配慮なのである。
 
しかし淳の上司の専務は「普通の女性以上に女性らしい」と淳のことを言ってフォローしていた。和実の上司の永井は和実の性別のことには触れずに、単に「世の中には色々な人がいるけど一番大事なのはお互いがずっと愛し合っていけること」とスピーチをしていた。
 
そのあと新郎新婦によるケーキ入刀、そして淳の叔父が乾杯の音頭を取った。あちこちでシャンパンのグラスがカチッカチッと合わせられている。
 
「ちー姉はウーロン茶なんだね」
と青葉は言った。
 
「このテーブルで飲んでいるのは、あきらさんと桃香だけだな」
と千里。
 
小夜子さんは妊婦だから当然アルコール禁止。青葉は未成年、政子は司会をしている。冬子も仕事がかなり溜まっていてアルコールなど飲んだら仕事に差し支えるということらしい。冬子と政子は海外ツアーをしていて昨日帰国したばかりなのである。当面はツアー中に書いた曲のとりまとめで無茶苦茶忙しいらしい。
 
「ちー姉、結婚式では堅めの盃とかしなかったんだっけ?」
「私、巫女だから」
「あ、そうか!」
 

やがて余興の時間になるが、千里が前に出ていってピアノを弾き、友人たちが歌を歌う。千里はホテル所有の大量の楽譜の本をピアノの上に置いていたが、リクエストがあると、ほとんど迷わずにその中の1冊を取り、一瞬でページを開いて伴奏してあげていた。
 
青葉は微笑んでそれを見ていた。ちー姉が物凄いことをしていることに気づく人はほとんどいないだろうなあ。あれはとんでもない霊感の持ち主にしかできないワザだ。私にも無理!
 
それにしても、ちー姉はピアノがとても上手い。いつ頃からピアノの練習していたんだろう。ちー姉の家、貧乏だからピアノ自体家には無かったろうし、当然ピアノのお稽古などにも通えなかったろう。
 
青葉は小学6年生頃からピアノの練習を始めた。それでそれなりに上達はしたものの、やはり小さい頃からやっている人にはどうにもかなわない、大きな壁が存在することを感じていた。
 
あきらがkiroroの『Best Friend』を歌ってきたが、まあ他の人が自信を持てるような出来であった。その後、青葉が出て行きMISIAの『Everything』を歌う。これは大きな拍手をもらった。桃香がスティービー・ワンダーの『I just call to say I Love You』を歌う。桃香は英語の発音はとってもきれいだ。まあ音程は気にしない方がいい。しかしそれ以上に近くの別のテーブルで
 
「あのオカマさん、けっこうきれいに振袖着こなしてるね」
「お化粧も上手だよね。どうかした女の子より上手い」
「声も女の声と思えば女の声にも聞こえる声だよね。あれで長い髪のウィッグでもつけたら女に見えないこともないかもね」
「やはり花婿がオカマさんだから、オカマさんのお友達もいるのね」
 
などというささやき声が聞こえてきたのには笑いをこらえるのが辛かった。 
そして桃香の後、冬子と政子が『Long Vacation』を歌ったのには、会場のあちこちでどよめきが起きていた。ふたりはマイクをオフにして肉声だけで声を会場の隅まで届かせていた。
 

披露宴は会社が終わってから来てくれる人のために20時から始めた。一応22時で終了予定だったのだが、余興も盛り上がって21時半くらいになった頃であった。青葉から見て桃香の向こう側に座っていた小夜子が突然お腹に手を当てて顔をうつむき加減にした。
 
「サーヤ?」
とあきらが声を掛けるもおろおろしている様子。桃香も
 
「小夜子さん、どうしたの?」
と言って声を掛ける。青葉はすぐ席を立って小夜子のそばに行き
 
「来ましたか?」
と訊く。小夜子は返事もできずに頷く。政子と冬子も席を立ちそばに寄る。 
その時、歌の伴奏をしていた千里がそれを中断してこちらまで走ってきた。 
「病院に運ぼう」
と千里は言った。
 

あきらと新郎の兄・恭介さんが小夜子を支えて駐車場まで連れて行く。小夜子は自分のウィングロードで来ていた(来る時はお母さんが運転してきたらしい)。小夜子のお母さんは近くで待機しているということだったのだが、電話しても通じない。
 
それでアルコールを飲んでいなかった千里が運転することにし、あきらの他に桃香も付き添って、かかりつけの病院まで行くことにした。
 
「青葉、あとの伴奏頼む」
「了解」
 
それで恭介さん・青葉・冬子・政子が会場に戻り、恭介さんが代表して妊婦を病院に連れて行ったことを報告する。テーブルの付近は若葉や梓・照葉がホテルのスタッフと一緒に掃除をしてくれていた。
 
それで披露宴を再開する。青葉が伴奏を引き受けたが、千里とは違って楽譜の載っている本を探すのに苦労し、ページを開くのに苦労する。しかしそれでも頑張って何とかまだ歌い足りなかった人たち4人の歌の伴奏をした。
 
披露宴はそのあと、淳と和実の両親への感謝の手紙の朗読でクライマックスに達し、淳の父、和実の父が参列者への感謝の辞を述べ、新郎新婦退場の後、司会の政子が中締めを宣言して終了した。
 
今夜はふたりはさいたま市内のホテルに泊まり、明日から新婚旅行に出かけるということであった。
 

青葉は披露宴が終わるとすぐに千里に電話した。
 
「生まれたよ。母子ともに元気」
「ほんと!良かった!!」
「男の子?女の子?」
「どちらがいい?」
 
「そんなの、こちらが決められるの〜?」
「まあ女の子が良ければおちんちん切っちゃえばいいし」
「じゃ男の子だったの?」
 
「分娩室で小夜子さんの手を握っていたんだけど、私が見た時はお股には割れ目ちゃんがあった。でも私が見る前に、生まれた瞬間おちんちん切り落とされていたら分からない」
 
ちー姉もどこまで本気でどこから冗談か分からないことあるよなあと青葉は思った。
 
ちなみに分娩室には桃香も付き添おうとしたものの「男性はご遠慮下さい」と言われて追い出されてしまったらしい(ふたりは病院に着いてすぐ振袖を脱いで普段着になっている)。結局桃香とあきらは病室でおろおろしながら待っていたということであった。
 
それで、青葉・政子・冬子・若葉の4人と、ホテルのロビーで困ったような顔をしていた小夜子の母・五十鈴も入れて5人で冬子の車を使って病院に行った。 
「みなみちゃんとともかちゃんは誰かに預かってもらっていたんですか?」
「うん。うちの妹の家に預けてきた。妹が悲鳴あげてそうだけど」
「ああ、それは大変そうだ」
 
「ところで今日の結婚式の新郎新婦というのが、私よく分からなかったんだけど、ふたりとも花嫁衣装着てたね」
と五十鈴が言う。
 
「そうなんですよ。同性婚なんです」
と運転しながら冬子が答える。
 
「へー。でも好きならそれでもいいかもね。正直、うちの娘たちのも最初は私もけっこう悩んだんだけど、あきらさん良い人だから認めたのよね」
 
「小夜子さんとあきらさんも見た目は女同士に見えますけど、これで子供3人ですからね」
と青葉。
 
「うん。びっくりした。このふたりの結婚を認めてあげてもきっと孫はできないんだろうなと思ってたから」
 
「きっともう1人くらい作っちゃいますよ」
「あの子たち何人作るつもりなんだろうね!?」
と五十鈴は言ってから
 
「今日の新郎さんは女装していたけど、去勢とかもしてるの?」
と尋ねる。
「まだしてないですよ」
「あら、そしたらあのふたりも赤ちゃんできるかも知れないのね」
と五十鈴。
 
政子は若葉と顔を見合わせていたが、助手席に座る青葉は笑顔で答えた。「あのふたりもきっと子供2〜3人くらい作りそうですね」
 
「子供作れるなら、女装趣味くらいいいわよね」
 
「たぶん子作り終わってから、性転換するんじゃないかな」
と青葉。
「へー。まあ子供作り終わってからなら、もうおちんちん無くてもいいかもね」
と五十鈴。
 
「そうですね。おちんちんは用済みだし。子作り終わった男性はみんな去勢させてもいいんじゃないかなあ。前立腺肥大防止にもなるし」
などと政子が言う。
 
「それはさすがに無茶」
と冬子。
 
「まあ日本人夫婦って、どっちみちおちんちん付いていても10年も経てばセックスレスになるカップルが多いですからね」
と若葉も言っていた。
 
 
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