【春色】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-06-29
3月20日(金)。
北海道。
早朝留萌から札幌に向かうバスの中で、千里の両親は口論していた。
「あなた、玲羅も今日卒業式だけど、千里も25日卒業式なんですよ。あの子にせめてお祝いのハガキがなんかでも書いてあげません?」
「千里?それ誰さ?」
「あの子からはこんなハガキが来てたんですよ」
と言って、母は父に千里からのハガキを見せる。「お父さん、親不孝しててごめんね。卒業おめでとう」などと書いてある。父は不快そうな顔をして母からそのハガキを取り上げると、細かくちぎってゴミ袋の中に捨ててしまった。
「それちょっと酷いんじゃない?」
「二度と千里なんて名前を俺の前で言うな」
ふたりの口論が何分も続くので、たまりかねた前の席の人が
「うるさい!静かにできないんだったら、お前らバスを降りろ」
と文句を言った。
それでふたりとも黙ったが、今度は全く口も聞かなかった!
バスは少し遅れて9時頃札幌に到着する。タクシーで玲羅のアパートに行く。
「へー、可愛いね」
と母が言うと、玲羅も嬉しそうである。玲羅はこの日、青いフォーマルドレスを着ていた。胸にはバラのコサージュを付けている。
「なんか色あせた花だな」
と父は母との喧嘩の後遺症で少しぶすっとした顔で言う。
「これ高いんだよ。サントリーが開発したアプローズっていう青いバラを友だちでH大学の応用化学科にいる人が、そちらで開発中の特殊な保存液を使ってプリザーブトフラワーにしてコサージュに加工したのを借りてきたんだよ」
「へー、これ青いバラなのか」
と母が感心したように言う。
「青というよりは薄紫って感じだよね」
と玲羅。
「なんか珍しいものなの?」
と父。
「本来、青いバラというもの自体が存在しないんだよ。バラの遺伝子の中に青い色を発現させるものは存在しない。でもそれを遺伝子加工技術を使って作り出したんだよ。だからこれ生花(なまばな)で確か1本1000円くらいするんだよね」
「高い!」
「それと普通はプリザーブトフラワーにする時は色が抜けてしまうんだけど、この保存液はほとんど色が変わらないんだ」
「へー」
「でもこの保存液でも青系統の色をプリザーブトフラワーにするのは凄く難しいらしい。赤系統の花なら簡単らしいんだけどね。それを色々実験しているらしくて。これは割とうまく行ったケース。もっとも保存できる期間はせいぜい3ヶ月くらいだろうという話」
「ああ、やはり花って、はかないものなんだね」
「うん。そのはかない命を少しだけ長持ちさせるのがこの技術みたい」
「ふーん。でもそんな貴重なものなら、加工されてない生の花でも見てみたいな」
と父は言った。
「お父ちゃんの卒業祝いに手配しようか」
と玲羅。
「おお、それでは花束で欲しいな」
と父。
「あなた、高いわよ、それ」
と母。
「いいよ。5年半も頑張って卒業するんだもん。そのくらいお祝いにあげるよ」
と玲羅は言う。
お姉ちゃんから1万円もらってるし、そのくらい買えるんじゃないかな、と玲羅は思った。
すると、父は
「よし、楽しみにしておこう」
と機嫌を直して答えた。
12時から学内のホールで卒業式が行われ、学生総代の人が代表で学長から卒業証書を受け取る。その後、各クラスごとに教室に入り、クラス担当教官からあらためてひとりずつ卒業証書をもらった。
そのあと今度は札幌市内のホテルに移動して、パーティーに移る。これに母が付き添ってくれた。母も濃紺のフォーマルドレスを着ている。母のコサージュは玲羅が作ろうと努力はしてみたものの、うまく作れず千里に連絡して千里が送って来てくれたリボンフラワーである。
なお、父はパチンコ!しながら待っているという話だった。
そしてそのパーティーが始まって間もなく
「卒業おめでとう!」
と言って、振袖姿の千里が姿を現した。長い髪は夜会巻きにしてピンクの石飾りが付いたカンザシで留めてある。
「お姉ちゃん!」
「千里!」
「昨日の予定がずれ込んだから間に合わないかもと言ってたけど」
「うん。何とか間に合わせた。可愛い妹の卒業式だもん」
「ありがとう」
実は千里は19日の内に北海道に移動するつもりでいたのだが、遊佐さんの家に夜中すぎまで滞在することになったことから、それができなかった。それで結局今朝6時に家を出てから桃香の運転するミラで小松空港に向かい、朝8:20の新千歳行きに乗ったのである。そして11時半頃札幌に到着したあと、ブーケを調達してから卒業パーティの会場に入ったのである。
「でも寝不足で顔が酷い」
などと千里は言っているが
「私よりは美人だよ」
と母は言ってくれた。
千里は
「これお祝いね」
と言って、手にしていたバッグの中から胡蝶蘭のブーケを取り出して渡す。
「わぁ、きれい!」
「卒業式っぽいね」
「何の花にしようかと悩んだんだけど、結局無難なところで」
「嬉しい!ありがとう」
「ご祝儀もあげておくね」
と言って千里は玲羅に祝儀袋を渡す。
「花よりこちらが嬉しい」
「あはは」
「でも玲羅そのドレス似合ってる。良かった」
「うん。思ったのよりシックで上品なんだよね。私の顔がこの服に追いつけるか心配したんだけど」
「玲羅、可愛いからこういうのが合うんだよ」
「ふふふ。今日は素直に褒められておこう」
と言ってから玲羅は
「でもお姉ちゃんの振袖もきれい」
と言う。
「蝶々とツツジ?」
と母が訊く。
「うん。オオムラサキ。日本の国蝶だよ」
「羽が紫色なのね」
「うん。でも実はオオムラサキの羽が紫色になるのはオスだけなんだよね」
「へー。これはオスの蝶か」
「それでオオムラサキをモチーフにした下妻市のキャラクター・シモンちゃんは一見女の子の萌えキャラに見えるけど、羽が紫だから実は男の娘ではなどとネットでは言われている」
「それ知らない。後でググってみよう」
「でもこんな柄の振袖初めて見た」
と母が言う。
「インクジェットだからね。絵柄が自由だけど安っぽくなるのは宿命かな。卒業生より豪華なの着ちゃ悪いから安物の振袖を着てきた」
「髪留めもなんかきれいだね」
「重たい髪を支えきれないといけないから8本足のコーム」
「そのピンクの石は?」
「ローズクォーツだよ」
「へー」
「そうだ。このお母ちゃんが付けてるコサージュも、お姉ちゃんありがとう。お姉ちゃんって機械とかには弱いけど、こういう手芸とかは得意だよね」
と玲羅は言ったのだが
「ごめーん。実はそれは青葉のお友達が作ったもの」
と言う。
「へー!」
「凄くうまいよね。こないだもらってたんだけど、それがちょうどいいと思ったから、ストラップになっていたのをコサージュに私が改造してそちらに送った」
「なるほど〜」
「あ、そうだ。お父ちゃんがさ、卒業祝いに青いバラの花束が欲しいなんて言ってたんだけど、東京で青いバラを買えるお店、分かるかな。当日買って会場に入ろうかと思って」
と玲羅が言う。
「青いバラってサントリーの?」
「そうそう」
「花束にするって言ったら高いよ」
「あれ1本1000円くらいだったよね?」
「1本3800円だったはず」
「うっそー!?」
「お店のリストはあとで確認してメールするよ。渋谷近辺がいいよね」
「うん」
「お金も追加で渡すよ」
「ごめーん」
玲羅も1本1000円くらいなら10本でも1万円かなと考えていたようであるが、1本3800円とあっては、予算オーバーだった。しかし結局千里がお金を出してくれるようなので、それで当日買うことにした。
パーティーが終わった後、3人とも普通の服に着替えた後、千里は先に新千歳空港に移動し(実はターミナルビル内のリラックスルームで仮眠した)、玲羅と母がパチンコをしていた父と合流して札幌駅に行く。それで玲羅は父と母が北斗星に乗って東京に向けて旅立つのを見送った。父が途中で腹減ったと騒がないように、お弁当を4つ・おにぎり5個とお茶のペットボトルも5本渡しておいた。
お父ちゃん、御飯でないとダメだからなあ。パンとかポテチとかじゃ、食べた気がしないって言うんだもん。
そんなことを考えながら玲羅も快速エアポートに乗って新千歳空港に入った。千里と連絡を取って落ち合い、一緒に晩御飯を食べることにする。迷った末、結局旭川ラーメンの梅光軒に入った。
「札幌のラーメンにも随分慣れたけど、なんか旭川ラーメン食べるとホッとするのよ」
などと玲羅は言っている。
「まあ私たち子供の頃から旭川にはよく出ていたからね」
「うん。札幌は遠い国だった」
「だけど今日の玲羅のドレス姿、ほんとにきれいだったよ」
「ありがとう。どこかに着ていくあてもないしレンタルでもいいかと思ったんだけどねー。軍資金出してくれた人があったから」
「ふふふ」
「でもお姉ちゃん、スタッフの人からチューリップもらいそうになってた」
「まあ浪人したりしてると私くらいの年齢の卒業生ってのもいるかも知れないからね」
「でも時々考えるけど、私、お姉ちゃんが男の服とか着ているの全然見たことない気がするよ」
「中学の時はガクラン着てたじゃん」
「そうだっけ?お姉ちゃん、中学の時はセーラー服着てなかった?」
「セーラー服は持ってたけど、学校には着てってないよ」
「あれ〜?そうだったっけ?」
千里と玲羅は18:00のエアドゥ機で羽田に移動し、玲羅はその日は都内のホテルに泊まったが、千里は翌日から京都で全日本クラブバスケット選手権があるので、新幹線で京都に移動して、40minutesのチームメイトが宿泊しているホテルに入った。
翌日、3月21日。
真白は少しボーっとしながら中学の玄関で、他の生徒たちがやってきた母親のドレスにコサージュを付けてあげているのを見ていた。今日は卒業式である。
「真白のお母さんかお父さん、来てくれそう?」
と美里が声を掛けてくれた。美里の母は先ほど来て、美里にコサージュをつけてもらい、保護者控室の方に行った。
「分からない。お母さんは仕事を休めないみたいだし、お父さんは今日締め切りのイラストがあるみたいだったし」
と真白は答える。
「たいへんね〜」
と美里は言ったが、
「あ、来てくれたじゃん!」
と声をあげる。
貞治は今回も中学の駐車場に駐めた車の中でかなり迷った末にこの服を選択。その上できっちり顔もメイクをしてから学校の玄関に入った。すると入口のところに立っていた担任が不快そうな顔をする。
「遊佐さん、そういう格好で来られるのは困りますと言ったはずですが。ちゃんとズボン穿いてきてくださいよ」
それに対して貞治は答えた。
「女性のズボンは略式になりますから、こういうフォーマルな場所では失礼に当たります。私はきちんと第一礼装でフォーマルのスカートスーツを着て来ました」
「女性って、あなた男性でしょ?」
「私は女性です」
とハッキリと貞治は答える。
そこに真白が寄ってきた。
「お父さん、来てくれてありがとう。今日の服も綺麗だよ」
そう言って、真白は貞治の胸にコサージュを付けてあげた。
そしてちょうどそこに教頭先生が通りかかる。
「こんにちは、遊佐さん。今日はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「真白君の手作りコサージュが綺麗ですね」
「親より器用みたいで」
「控室はそちらですから」
と教頭先生。
「ありがとうございます」
と貞治も答え、息子と一緒に保護者控室の方に向かった。近くに居た美里が笑顔でそれを見送っていた。
同じ3月21日東京。
玲羅は困っていた。千里からもらったリストにあったフラワーショップに行ってみたものの、青いバラは売り切れだというのである。そもそもあまり数を多く仕入れないものなので、この時期、あちこちで卒業式が行われていることもあり全部出てしまったようである。
しまったぁ、東京ならたくさん置いてあるだろうと少しなめていた。ちゃんと予約しておかないとやばかったと後悔するが今更どうにもならない。取り敢えず千里に、青いバラがどうしても調達できなかったので、赤や白のバラの花束を持っていくとメールした。
この日、渋谷区のNHKホールでは11:00から放送大学の卒業式が行われていた。父はこの式にスーツ姿で参列しており、この間、母と玲羅は近くのファミレスで待機していた。
「青いバラより、この赤や白のバラのほうがよほどきれいだと思うなあ」
などと母は言っている。
「でも私がちゃんと昨日の内に予約しておかなかったのが敗因。せっかくお姉ちゃんにお金も出してもらったのに」
「お父ちゃんが何か文句言ったらお酒でも飲ませたら、またご機嫌になるよ」
などと母は言っている。
やがて式典が終わった後、13:30から赤坂のホテルニューオータニで卒業記念パーティーとなる。これに玲羅と母も付き添った。玲羅は今日は黒いドレス、母は玲羅の卒業パーティーにも着た濃紺のドレスである。
父は玲羅が赤や白のバラの花束を渡すと、案の定「青いバラじゃないのか」と文句を言ったが、母が「パーティーが終わったら、どこかでいっぱいやりましょうよ」と言うと、かなりご機嫌を直した。
しかし凄い人数である。
玲羅の大学の卒業パーティーは22歳の学生に会費1万円は結構きついということもあり、参加者がそう多くは無かった。しかし放送大学の卒業生はみんな社会人で経済力があることもあるのだろう。会場はかなり混雑していた。食べ物を取りに行ったり、父が同じ北海道の受講生でスクーリングで会ったことのある人と立ち話をしたりしている間に、3人ともバラバラになってしまう。
パーティーもたけなわとなった、15時頃であった。
武矢は
「ご卒業、おめでとうございます」
という若い女性の声に振り返った。
見ると、きれいな振袖を着た、背が高く髪にきれいなカンザシを付けた女性が笑顔で、薄紫色の花束を差し出している。
「ありがとうございます」
と言って、武矢は反射的にその花束を受け取った。
「こちらは、奥様とお嬢様に」
と言って、その花束になっているのと同じ花っぽい、1輪だけラッピングされたものを2つ渡される。
「あ、ありがとう」
「では失礼します」
と言って、振袖の女性は人混みの中に消えていった。
武矢がそれを見送っていると、
「お父ちゃん、やっと見付けた」
と言う声がする。
玲羅である。
「この人混みの中で、はぐれると、なかなか会えないね。お母ちゃんは?」
「分からん。それより何だか花束をもらった。卒業生へのサービスかな」
などと武矢が言うので玲羅が見てみる。
「これ、青いバラじゃん!」
「え?これが青いバラなの?」
「確かに昨日私が付けてたコサージュの色とは色合いが違うね」
あのコサージュは貴重な品で借り物なので、昨日返却している。
そして武矢が持っている花束には生の青いバラが10本包まれているのである。
「それとこれ、奥様とお嬢さんにと言われて渡されたんだけど」
と言って、1本だけ青いバラを包んだものも2つ持っている。
「すごーい。私に?」
と言って1本もらう。
「あ、お母ちゃんのも預かっておくね。でもいい香りだぁ」
と玲羅は言っている。
「確かになんか凄い強烈な匂いがするな、これ」
「うん。バラって香りが強いからね。それが10本も束になっていると、本当に凄い匂いだ」
「でも何で俺に女房と娘がいること分かったんだろ?」
玲羅は直感した。が念のため父に訊いてみる。
「渡したのどんな人だった?」
「あれ?何でかな?顔が思い出せない。でも紫色の蝶々の絵の入った振袖着てた。あ、髪に桃色の石が沢山ついたカンザシをしていた。背丈は俺より高かった。最近の女の子はでかいなあと思った気がする」
やはりお姉ちゃんだ!
お姉ちゃん、私の卒業式の時もオオムラサキの振袖を着てローズクォーツの石が沢山ついたカンザシしてたもんね。
今日は京都でバスケの試合だから行けないって言ってたのに、試合が終わってから駆け付けてきたのだろうか? でもよく、この青いバラをこんなにたくさん入手できたね!!
千里はその日、京都の島津アリーナで9時半からの1回戦に出た。32チームでトーナメントをしているので、この日はこの1試合だけである。それで試合が終わるとすぐに会場を飛び出し、円町駅から山陰本線の電車に飛び乗る。そして12:05京都駅発の新幹線に乗ったのである。これが14:25に東京に着き、そこから丸ノ内線で赤坂見附まで行き、7分ほど歩いてニューオータニに入った。青いバラは玲羅から連絡をもらった後、実は桃香に頼んであちこち電話を掛けまくってもらい、確保できた所に取りに行ってもらって、東京駅で受け取ったのであった。
「でも妹さんの卒業式にもお父さんの卒業式にも顔出せて良かったな」
と桃香は言っていた。
「うん。今回は桃香にもだいぶ無理してもらったね。ごめんね」
と千里。
「それは気にしなくていい。私と千里の仲じゃん。水くさいこと言うな。青葉にも隠すことなかったのに」
「いや実際今回はどちらもタイムスケジュールが厳しくて、本当に顔を出せるか自信が無かったんだよね」
と千里は言う。
「それに青葉のお仕事の手伝いして、それで玲羅の卒業式に間に合わなかったりした場合、それが青葉に知られたら、青葉が気が咎めるじゃん。だから取り敢えず黙っておきたかったんだよ。桃香が小松から飛ぶ方法があるの見付けてくれて、本当に助かった」
昨日の場合、羽田から飛ぶ方法、新潟から飛ぶ方法、小松から飛ぶ方法、伊丹から飛ぶ方法などがあったが、玲羅の卒業パーティーに間に合うのは小松から飛ぶ方法だけであった。
最初に考えたのが羽田から飛ぶ方法だったのだが、これだと羽田に入るのがどうしても9時半になってしまうので札幌駅に13時過ぎにしか着かない。そもそもあの日は千里は自分で運転する体力がなく桃香頼りだったのだが、桃香の運転だと9時半に着けるかどうかも心許なかった。
新潟空港・伊丹空港を使うパターンは朝1番の便に乗れるといいのだが、それ自体がひじょうに微妙であった。富山→新千歳は14:20→15:50しか無いので話にならない。
ところが小松→新千歳は(この月は)8:20→9:55があり、これを使うと現地でブーケを調達した上で卒業パーティーには先頭にちゃんと間に合うという計算が成り立ったのである。高岡から小松までは(桃香の運転でも)1時間で移動できるのでこの飛行機には確実に乗れたのである。
これを遊佐さんの家から高岡に戻る途中、青葉に運転してもらっている間に千里は桃香にメールして調べてもらったのであった。航空券は残席3だったのを即押さえ、ブーケも桃香が朝一番に札幌の花屋さんに電話して予約しておいたものである。
今回は2日とも、千里と桃香の連携プレイだったのである。
「今日のバラの調達もほんとに助かった」
「うまい具合にストックのある店が見付かって良かったよ」
「今日の行程も綱渡りだったんだけどね。でもまあ両方間に合ったから後は青葉にも情報解禁ということで」
「OKOK。バスケの試合も勝てて良かったな」
「うん。ありがとう」
「だけどあの青いバラ、ほんとに高いな。青いサイネリアなら10分の1の値段で買えるのに」
「だって青いバラって、ご所望だったんだもん」
「千里の父ちゃんなら、きっとバラとサイネリアの区別はつかん」
「ああ、そうかも知れないけどね〜」
そして千里は父に青いバラの花束を渡した後、また新幹線で京都にとんぼ返りして、チームメイトの泊まっているホテルに戻ったのであった。
なお父が千里の顔を「思い出せなかった」のはあの場で揉めないようにするため、父が千里の顔を認識できないよう《くうちゃん》にブロックを掛けてもらっていたためである。
3月23日(月)。
真白は高校の合格発表を見に行った。自分の受験番号があるのを確認する。
石川県の公立高校では最初に受験者数が発表された後で1度だけ志望校を変更することができるようになっている。それで金沢市などの一部の有力校を除いてはだいたい定数とほぼ同程度に受験者が調整されてしまうので面接によほど非常識な服装で行くとか、変な言動をしない限りはまず落とされることはない。
真白もまあ落ちる訳が無いとは思っていたものの、番号を見たら安心した。高校の校舎内に入り、入学関係の書類を受け取る。それで帰ろうとしていたらちょうど美里がこちらに来る所だった。
「真白合格してた?」
「うん。美里は?」
「おめでとう。こちらも合格」
「そちらもおめでとう」
「あ、一緒に帰ろうよ」
「あ。うん」
それで海辺の道を一緒に歩いていたのだが、美里が突然思い出したように言う。
「真白、こないだから、神社にお祓いに行かなきゃって言ってたじゃん。行った?」
「あ、まだ行ってなかった」
「じゃ、一緒に行かない? 高校合格のお礼参りも兼ねて」
「そうだねー」
それでふたりは市内中心部から少し外れた所にある大きな社殿を持つ神社に行く。実はお正月にもふたりは偶然遭遇してここに一緒にお参りしたのであった。
「今気づいたけど、この神社って姫神様なんだね」
「うん。**町の**宮と対らしいよ。祭られている神様が姉妹なんだって」
「へー」
「私たちも考えてみると、いつも姉妹みたいにしてたね」
「僕、一応男なんだけど」
「女の子になってもいいよ」
「ごめん。そのつもりは無い」
「女装はしないの?」
「美里に女装させられた時だけだよ」
「まあ私たちこのまま姉妹みたいな友だちってことでいいかな」
「姉妹というのにはひっかかるけど、僕たちは友だちでいいよね?」
美里も頷いていた。
社務所で祈願の趣旨を説明すると「開運厄除でいいかな」と宮司さんが言い、紙に書いていた。祈願料に(実は父からもらっていた)五千円を払う。使い込む前で良かったなと真白は思った。
待つ人も居ないのでそのまま祓処に案内され、巫女さんから2人とも大幣でお祓いを受ける。そして昇殿する。
巫女さんが太鼓を叩く中、宮司さんが祝詞を奏上する。「**市**に住まいする遊佐真白の開運厄除」と名前が読まれるのを聞くと、ちょっと面はゆいような気分だ。
しかし真白は祝詞を聞いていて、心の中が洗われていくような感覚を覚えた。これ何だか気持ちいい・・・・。巫女さんの鈴祓いを受けると心身ともにきれいになったような感覚である。渡された玉串を捧げる。更に祝詞は続く。巫女さんが笛を吹く。真白は美しい音色だなと思って聞き惚れていた。
「なんかいろいろもらったけど、これどうすればいいんだっけ?」
と真白が訊く。
「御札は神棚の左側に置けばいいよ。お米はふつうにご飯に混ぜて炊けばいいし、削り節は豆腐にでも掛けて食べればいいんじゃないかな」
と美里。
「お酒は?」
「まあ神棚に置いておけばいいんじゃないかと。真白んち、お父さんもお母さんもお酒飲まないって言ってたよね?」
「うん。うちの親はふたりとも酒もタバコもしない。健全というか面白くないというか」
「私たちで飲んじゃう?」
「入学前に退学になるようなことはやめとこーよー」
「だよねえ」
「ねぇ、真白のお祓いに付き合ってあげたから、私にもひとつしてくれない?」
「うん、いいけど」
「じゃ、ちょっと目を瞑って」
「何するのさ?」
真白は笑って目を瞑った。
すると突然真白は唇に柔らかく生暖かいものが接触するのを感じた。
何これ!?
と思って目を開けると、そこには超至近距離に美里の顔があった。美里は目を瞑っている。
まさかこれキス!??
なんで美里が僕にキスするの〜〜〜!???
真白は頭の中が混乱していた。
千里は22,23日と全日本クラブバスケット選手権に出場し、チームは美事優勝を飾る。そして23日、同じユニバーシアード代表候補に招集されているチームメイトの森田雪子(N大学・修士課程1年)とともに、新幹線で東京に移動して、NTC(ナショナル・トレーニング・センター)で合宿に入った。合宿は3月28日までである。
一方桃香は25日、大学院の修了式に臨んだ。千里がいたら面倒くさい服を着させられるかも知れないが、居ないし適当でいいよね〜、などと自分に言い訳してアパートを出ようとしていたら、何と館山に住んでいる伯父夫婦(洋彦・恵奈)が出てきた。
「桃香ちゃん、卒業おめでとう」
と恵奈が言って、小さなお菓子の箱を渡す。このお菓子は箱は小さいもののとっても高い。そしてとっても美味しい。桃香のお気に入りのお菓子だが、高いので桃香は絶対に自分では買わない。
「どうもどうも。これ大好き。でも大学は2年前に卒業して、この2年間は居残りでもしていたようなものだから」
などと桃香は言うが
「修士なんて凄いじゃん。これお祝い」
などと祝儀袋ももらう。
「あ、もらえるものはもらっておきます。ありがとう」
と言って受け取る。
「じゃ行ってきますね」
と言って、セーターにコットンパンツなどという格好で出かけようとしたのだが、伯母に停められる。
「あんたまさかその格好で卒業式に出るつもり?」
「いや、卒業式なんてただのセレモニーだから」
「セレモニーだから、ちゃんとした服を着なきゃだめじゃん。何か服無いの?」
と言って勝手にタンスの中を見ている。
「あら、きれいな振袖持ってるじゃん。これ着たら?」
「私自分で着られないし」
「うーん。私も訪問着とかなら着せてあげられるけど、振袖は難しいからなあ」
と言って更に見ている。
「あら、これピエール・カルダンじゃん」
と言って取り出したのは、千里のビジネス・スーツである。千里が値段は聞かないでなどと言っていた服である。
「それは千里の服なのだが」
「ああ、千里ちゃんのか。何かクラブ活動の大会とぶつかって卒業式に出られないんだって?」
「うん」
日本代表なんて言ったら、その話だけで時間を食いそうなので桃香はそれでいいことにしておいた。
「それなら借りちゃいましょうよ」
「え〜?」
実は桃香はこの手の「良い服」を全く持っていなかったのである。基本的に服に1081円以上は使わない主義である。498円、298円大好きなので安っぽい服やデザインに難のある服で桃香のタンスは埋め尽くされている。先日美緒に見繕ってもらった品の良いスカートやビジネススーツなども、どうせ4月からしか使わないからと思って、新居の方に持って行ってしまっている。
会社の面接に行った時は、イオンで買った5400円のスカートスーツを着て行っている。実は桃香の服でスカートは当時その1着しか無かった! めったにスカートを穿かないので、たまに穿いていると、朱音などから
「どうしたの?今日は女装してきたんだ?」
などとよく言われたものである。
結局伯母に言われてその千里の服を着せられてしまう。千里の方が身体は大きいので千里の服を桃香が着るのはだいたい問題無い(ただしウェストに問題が発生する場合はある)。
「じゃ一緒に出ましょう」
と伯母。
「いや、大学院の修了式に付き添いとか、みっともない」
と桃香は言うが
「ノーベル賞の授賞式にも奥さんとか付いていくじゃん」
と伯母は言って、結局会場まで一緒に行くことになった。
そして、会場の千葉文化会館まで行くと、入口の所に、何と母、青葉・彪志に玲羅までいる。
「何なんだ?このギャラリーは?」
「桃姉とちー姉の卒業式だから」
母は訪問着、青葉は高校の制服、彪志はグレイの背広上下、玲羅は青いスケータードレスを着ている。物理的にはワンピースなのだがベルトの部分が細く絞ってあって、パッと見には同色のカットソーとミニフレアスカートを穿いているようにも見えるタイプである。
「桃姉、卒業おめでとう」
と言って青葉が桃香に色とりどりの蘭の花束を渡した。
「ありがとう。しかし私に花束など似合わないぞ」
「今日は卒業生だからいいのでは?」
「そうだなあ」
玲羅が
「桃香さん、うちの姉への花束も代理で受け取ってもらえませんか?」
と言うので
「OKOK、代理代理」
と言って受け取る。
「お姉ちゃん、卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
玲羅の花束は色とりどりのカーネーションである。
花束は取り敢えず「荷物係」の彪志が紙袋に入れて持っておく。その紙袋に入れてここまで持って来たのだが!
式典の後、大学のキャンパスに移動して教室で学位記を桃香が自分の分と千里の分の両方をもらってきた。桃香は千里の学位記の写真を撮って千里の携帯に送っていた。
その後パーティー会場に入る。
玲羅は
「自分の卒業パーティー、お父ちゃんの卒業パーティー、お姉ちゃんの卒業パーティーと三連チャンだ」
などと言っている。
「ちー姉、玲羅さんのパーティーにもお父さんのパーティーにも顔出したのね」
と青葉が言う。
「だけど自分の卒業パーティーには出られないんだから、千里らしい」
と桃香が言う。
「ちー姉って、誰かを除外する場合に真っ先に自分を自然に犠牲にするんだよね」
と青葉が言うと
「そのあたりの性格が青葉と千里は同じだ」
と桃香が指摘する。
「豪華客船に乗っていて氷山にぶつかり、救命ボートに定員オーバーで乗り込んでしまった時、まっさきに船が揺れて落ちたふりをして海に飛び込んでしまうのが千里だ」
と桃香は言う。
「確かにあの子、そういう性格よね」
と朋子も同意する。
「青葉はそのあたりが修行不足で、このままだとボートが沈む、というので全員に一瞬緊張感が走ったところで『さよなら』と言って海に飛び込む」
と桃香。
青葉は額に手をやって苦笑している。
「でも玲羅さんの卒業パーティーに行く予定だったのに夜中過ぎまで私の仕事を手伝ってもらって申し訳無かった」
と青葉は言うが
「ちゃんと間に合ったんだから問題無い」
と桃香は言った。
「でも付き添いが6人というのはなかなか凄いね」
などと恵奈伯母は楽しそうに言っている。
「いや、この6年間、おばちゃんには色々お世話になった」
と桃香。
「でも卒業後も東京に住むのなら、頻繁に会えるね」
と恵奈。
「桃香ちゃんが結婚して孫ができるくらいまで俺も頑張らなきゃ」
と洋彦。
「そうですね。桃香が産む子供は洋彦さんたちにとっても孫のようなものですよね」
と朋子が言う。
洋彦夫婦には子供がいないので、桃香は娘のような感覚なのだろう。特に桃香の父・光彦(洋彦の弟)が若くして亡くなったこともあり、桃香には色々期待している感じもある。
「うーん。私は結婚するつもりは無いが、子供は産むつもりだから、孫はできるかもね、運が良ければ」
「まあそれでもいいかもね〜」
「取り敢えずタネは確保してるんですよ」
「あら、彼氏居るの?」
「居ない、居ない。精子だけもらった。冷凍保存中」
「へー!」
子供ということばを聞いて、青葉は今大阪で千里の元夫・細川さんの奥さんの胎内で育っている子供のことを思い起こした。もうすぐ8ヶ月目に入る。これからなら何かあっても早めの出産ということで切り抜けられるだろう。ここまであの子が流産しないようにケアするのでは青葉はかなり神経を使ってきている。あの奥さん、ほんとに生理関係の回路が弱いんだもん。あの子は、細川さんと奥さんと、千里と自分と、4人の共同作品のようなものだ。
まあそれと卵子提供者とのだけど・・・・。その卵子提供者が誰なのか千里は教えてくれない。千里の言い方を聞いていると、まるで千里の卵子であるかのようにも聞こえるのだが、千里に卵子がある訳無いし。
でも天津子は千里には卵巣も子宮もあると言っていた。
まさかね。
自分と千里と冬子には生理があるのだが、それは瞬嶽師匠の「悪戯」である。医学的には人工的に作った膣の最奥部が子宮のような役割をしていて、その部分に生理周期に合わせて軽い出血が起きるのである。量的にはふつうの女性の生理に比べてずっと少ないものであるがPMSなども伴っている。エストロゲンとプロゲステロンの濃度もふつうの女性と同様の変動をしていることを松井先生は青葉の身体の検査で確認している。
普通、男の子は胎内にいる間に生理周期を司る回路が破壊されてしまうのだが、青葉の場合も千里・冬子にしても、それが壊れずに残っていたのではないか。それを再活性化させたのだろうと出羽山の美鳳さんは言っていた。
もっとも美鳳さんも何か隠している気がするのだが・・・。
瞬嶽師匠が「悪戯」をしたのは、青葉の家族の葬儀の日で、その時点で千里と自分はまだ手術前だったのだが、手術後に利いてくるような仕掛けをしていたようなのである。
もっとも千里は2012年に性転換手術をしたと言っている一方で2006年に手術をしたとも言っているので、本当に「手術前」だったのかはよく分からないのだが。
青葉は時々千里は2人いるのではないかと思うことがある。
「私、キスってしてみたかったの。だからしちゃった」
と美里は言った。
「僕、美里に恋愛感情を持っているつもりはなかった。でも好きになることはできると思う。僕たち恋人になった方がいい?」
と真白は尋ねる。
「そんなこと言う真白の性格が好きだなあ」
と美里は言って微笑む。
「私たちの関係は友だちのままでいいと思う」
と美里。
「じゃ、今のキスは無かったことにする?」
「ううん。友だちでキスしたっていいじゃん」
「それ恋人じゃないんだ?」
「うん」
「友だちのままでいいのなら、僕もそのつもりでいる」
「セックスしてもいいよ」
真白はしばらくどう反応していいか分からなかった。
「私とセックスしてみたくない?」
「正直に言うと、美里のうなじを見てウッと思ったことある。後、うっかり美里の胸に触っちゃってドキッとしたこともある」
「胸くらいいつでも触ってもいいけど」
「それしてると自分に歯止めが利かなくなりそう」
「歯止めしなくてもいいのに」
「じゃ、高校卒業しても美里がまだそういう気持ちでいてくれたら、セックスさせて」
「いいよ。じゃ、その確認のキス」
それでふたりは今度はお互いの意志で30秒ほどキスをした。
「でも僕たちは恋人じゃなくて友だちということでいいんだよね?」
「うん。そのつもりで」
ふたりは微笑んで見つめ合った。
「あ、そうそう。もし真白が女の子になりたいんだったら、女性ホルモンとか飲み始める前に精子を冷凍保存しておいて欲しいんだけど。私、気が向いたら真白の子供産んであげたくなるかも知れないし」
「いや、別に女の子になるつもりはないから」
「でも真白も高校生にもなるんだからブラジャーくらいつければいいのに」
「男はブラジャーつけないって」
「真白はブラのサイズはいくら?」
「そういう誘導尋問には引っかかりません」
「くっそー。絶対真白は女の子になりたいと踏んでいるんだけど」
「それ絶対誤解してる」
青葉は千里と桃香の卒業式のあと彪志のアパートで数日過ごしていた。
28日の夜、都内の施設での合宿を終えた千里が戻ってきた。取り敢えず千里・桃香・青葉・彪志の4人でファミレスに行き、卒業祝いと合宿打ち上げを兼ねて一緒に食事をした。
「千里、これ玲羅さんから卒業のお祝いの花束」
と言って桃香が千里にカーネーションの花束を渡す。
「ありがと、ありがと」
「それから、これ千里の母ちゃんから千里に卒業祝い」
と言って封筒を渡す。
「ありがとう。お金無いだろうに悪いなあ」
などと千里は言っている。
「それからこれはうちの母ちゃんから千里へ」
と言って桃香はもうひとつ封筒を渡す。
「えー?それは申し訳無い」
「千里はうちの母ちゃんの娘でもあるから」
「うん。ありがとう」
「ちなみに私ももらったが、中身は1万円だから。修士卒業ならもっとあげなきゃいけないかも知れないけど貧乏なのでと言っていた」
「いや、ほんとに申し訳無い」」
「しかし千里がバスケをしていたということ自体に私は一緒に住んでいて全然気づいていなかったからなあ」
などと桃香は言っている。
「まあ私たちお互いの私生活にはあまり介入しないからね」
と千里。
「こないだ中学の友人でバスケやってる奈々美って子に聞いたら、日本代表のフル代表とかになると、どこかのチームに所属していてもそちらのチームの練習に全く参加できないくらい、ひたすら代表チームで合宿らしいね」
と青葉。
「うん。2012年の春が実はそうだった。3ヶ月間、代表チームでひたすら合宿。大学は公休扱いにしてもらったんで、レポート提出だけで単位をもらえたんだけどね」
と千里。
「ああ、そうしてもらえないと大学生とか留年しちゃいますよね」
と彪志が言う。
「その頃、桃香は季里子ちゃんとラブラブだったから、これ幸いとこちらはバスケに集中していたし」
と千里が言うと、桃香はゴホゴホと咳をしている。
「しかし千里はそんなことしながら、ファミレスのバイトもしていれば巫女のバイトもしているし」
「まあ出られる時に出ているだけだから」
「巫女さんの方も今月いっぱいで辞めるんでしょ?」
「うん。ちょうど大学を出るタイミングだし、私を可愛がってくれた辛島さんって人が転出するのに合わせて退職する。明日と31日と顔を出してそれで辞める」
30日は引越があるのである。
「そして4月1日からはソフトハウスのSEさんか」
と桃香。
「今回はリオ五輪のフル代表ではなくてユニバーシアード代表だから、何とか会社勤めとは両立できるはず」
と千里。
「逆にその程度の練習でいいもんなんですかね?」
と彪志が訊く。
「うん。練習のやらなすぎだと思うよ。各自は自分のチームで普段の練習はしているはずという前提だろうけど、代表チームでもちゃんと練習していないと連係プレイとかがうまく行かないと思うんだよね」
と千里。
「それはありそうですね」
と彪志。
「しかし4月から家賃が一気に十倍になるなあ」
などと桃香は言う。
新しいアパートの家賃は、桃香のアパートが49,000円、千里のアパートが15,000円で合計64,000円になる。現在ふたりが住んでいる千葉市内のアパートは家賃6000円である。
「私が最初選ぼうとした所は千里がダメと言って変更したんだ。そちらだと月2万で、千里のとあわせて35,000円で済んだのに」
などと桃香は言っているが、
「あのアパートに住んでたら、桃香3年以内に死んでたよ」
と千里。
「むむむ」
と桃香は悩んでいるが、青葉は千里に大いに突っ込みたい気分だった。
29日。千里がL神社で竹ぼうきを持ち境内の掃除をしていたら新人巫女の風希ちゃんが駆け寄ってきた。
「先輩済みません。掃除くらい私がします」
などと言って寄ってくる。
「ううん。今日出たらあとは明後日出て終わりだから、最後境内をきれいにしておこうと思って」
「ああ、なるほどですね」
と言って、結局もう1本竹ぼうきを持って来て、一緒に掃除をしてくれる。
「少しは慣れた?」
「まだ全然です。でも鈴を振るのはうまいと伶美歌ちゃんに褒められました」
「うん。素質あると思うよ」
伶美歌は昨年春に入った子ではあるが、巫女舞も上手いし声がいいので既にご祈祷や挙式などでは中核メンバーになっている。
「龍笛はまだまだですけど」
「玉依姫神社に出てこられる時はできるだけ事前に連絡するから、その日、向こうの勤務に入れてもらうといいよ。どうせ向こうは参拝客もそう多くないから、あちらで教えてあげるよ」
「はい」
「でも先輩、長かったんですか?」
「まあ大学に入ってすぐからだから6年間。でも出席率がとっても悪い」
「理学部なんでしょう? 忙しそうだもん。仕方ないですよね〜。私なんか文芸学部・国際創造学科とか訳の分からない名前で、何をするのかも実はよく分からない」
「就職の面接の時、どういう勉強をしてきたのかとか聞かれそう」
「ほんとにそうですね!」
「そうだ、風希ちゃんって時々変な物が見えるって言ってたね」
「実は悪夢とかも見るんですよ。そんな時は負けるものか!って気持ちを強く持つと消えてくれます」
「うんうん。死んでいる霊より生きている人間の方が強いから、気持ちで負けちゃダメなんだよ」
「やはりそうですよね」
「そうだ。御守りにこれあげようか」
と言って千里は作業用の道具類を入れていた肩掛け鞄から、未使用でビニール袋に入った龍のストラップを取り出して渡した。
「山形の羽黒山で毎年秋に女性の修行体験をやっててね」
「へー」
「その修了者だけがもらえるストラップ」
「わっ。それ貴重なものでは?」
「私は毎年参加しているからいいんだよ」
「すごーい」
「この龍は諸々の悪霊を取って食べてしまうんだ。だから風希ちゃんのような子には合うと思う」
「いただきます」
と言って風希は早速自分のスマホに取り付けていた。
まあ、この子がどのくらいマジメに取ったかは分からないけど、もしこれを持っていてくれたら《この子たち》もしばらくは「食事」に困らないかな、と千里は思った。
その日の夕方、千里が神社での奉仕を終えて帰ろうとしていたら、ユニバーシアード代表チームの篠原ヘッドコーチから呼び出された。
それで都内に出て、バスケ協会の事務所内で篠原さんと会った。
「実は4月8日に最終的な代表12人を発表するので、その人選をしていたんだけどね」
「どうもお疲れ様です」
「キャプテンとしては鞠原(江美子)君を考えているんだけど、村山君、副キャプテンをしてくれない?」
ああ、そういう打診で呼ばれたのかと納得する。
「まあいいですよ。私はキャプテンという柄じゃないけど、副くらいなら」
「ありがとう。それで、これが今考えているラインナップ」
と言って紙を見せる。
「私が見ていいんですか?」
「うん」
千里は眺めていた。うん。妥当な線だろうなと思う。しかし千里はあれ?と思う。
「13人いますけど」
「実はシューターを、村山君はもちろん入れるんだけど、もうひとりを伊香(秋子)君にすべきか神野(晴鹿)君にすべきかコーチ陣の中でも意見が別れてね。それで率直に、同じシューターの村山君から見て、どちらがいいかと思ってね」
それを私に選ばせるわけ〜?
「実際には村山君以外にも何人かに尋ねている。それはあくまで参考意見としてあらためてコーチ陣内で検討するけどね」
なるほど〜。じゃ江美子や彰恵にも訊いたんだろうなと千里は考える。
「でしたら、シューターは伊香と神野の2人ということで」
「へ?」
「私が辞退しますから」
「え〜〜?」
「だってふたりとも凄い練習してますよ。どちらも4月から修士課程に進学して引き続き大学のバスケ部でたくさん練習できると思うんですよ。それに比べて私は一般企業に就職しちゃったし、あまり練習量が確保できないと思うんですよね。ここは若い2人に任せた方がいいと思います。若い人の方が体力もあるし」
「しかし」
「やはり練習量の凄い人が本番では役に立ちますよ」
篠原さんは少し考えている。
「ね、今更だけど、君、そのソフトハウスへの就職ってやめてさ、どこかの実業団かクラブチームとプロ契約しない? 僕が斡旋するよ」
「クラブチームなら、自分のチームがあるんですけどね」
「そうだった!」
篠原さんとの対談は夜9時すぎまでに及んだ。千葉に戻ってきたのはもう11時近くである。
「ごめんね〜、遅くなって」
と言って千里は桃香にキスする。
「たまには自分で料理作ってみようかと思ったのだが、何だか訳の分からないものができた」
などと桃香は言っている。
「あ、でもお腹空いたから食べる」
と言って千里は、桃香の作ったシチューとも筑前煮ともつかないものをニコニコしながら食べた。
「美味しい?」
「うーん。ちょっと個性的な味かな」
「私は不味いと思う」
「不味いってことはないと思うけどなあ」
食事が終わってから桃香はウィスキーを出してきて自分で水割りにして飲む。千里はブラックコーヒーを飲む。
「このアパートでの夜も今日が最後だな」
「そうだね。桃香はここに6年、私も4年住んだから、ちょっと感慨深いものもあるね」
「それでさ、その千里が私のアパートに引っ越して来た時にさ」
「うん」
「千里、引越のついでに男物の服は処分したなんて言ってたじゃん」
「そんなこと言ってたかなあ」
「あの時、ほんとに男物の服なんて持ってたの?」
「えっと・・・」
「それ持ってたとしたら、実は細川さんの服だったんじゃないの?」
「あはは。お互いの恋愛には突っ込まないという約束で」
「まあそれは協定としていいけどさ。ひとつ正直に答えろ」
「何?何?」
「細川さんが結婚した後で、千里、細川さんと何回セックスした?」
千里が一瞬「まずい!」という感じの顔をする。
「セックスはしてないよ。彼が今の奥さんと婚約した後は1度もしてないもん、私たち」
「それ絶対嘘だ!」
「ほんとにしてないって」
「嘘をつく子にはおしおきをせねば」
と言って桃香はズボンとパンティを脱いだ。
「それちょっと大きくない?」
「Lサイズだからな」
千里がふと目を覚ますともう2時すぎだった。トイレに行ってきてからまた布団の中に入ったら、桃香が熱い口づけをしてくるのでこちらも応じる。激しくお互い愛撫していたら、桃香が言う。
「大学2年の時にさ」
「うん」
「12月くらいだったかな。千里、私に初めてヌード見せてくれた時」
「その頃だったっけ?」
「あの時、千里のヌードがまるで女の子なんで、私が千里いつの間に手術したのって言ったらさ」
「うん」
「バストはヒアルロン酸注射で、お股はタックしてると言ってたけど」
「うん」
「本当はあの頃、既にもうおっぱいは女性ホルモンで膨らんでいたんだろ?」
「うん、まあそれは認める。私さ、中1の時に病院にかかったら、中学1年でこんなに胸が発達していないのはおかしいと言われて大量の女性ホルモン打たれちゃったんだよ。飲み薬ももらってたし」
「お医者さんに女の子と思われてしまったんだ?」
「そうそう。こちらは好都合だから、そのまま投与してもらっていた」
「なるほどね〜」
「それでも天然女性にはかなわないから、胸が小さいのがコンプレックスだったんだよね。だからあの頃、本当にヒアルロン酸も少し打ったんだよ」
「あとから考えると、何も無い胸にヒアルロン酸を少し打ったくらいであんな大きなバストになる訳が無かったんだ」
「ふふふ」
「下も本当は手術済みだったんだろ? それで本物の割れ目ちゃんを接着剤でくっつけて、あたかもタックであるかのように装っていた」
「いや、あれは本当のタックだよ。おちんちんはまだあったよ。実際あの時、桃香、中に指を突っ込んで、おちんちんに触って確認してたじゃん」
「あれはニセおちんちんだったんだよ。ほら、こういうやつ」
と言って桃香は千里の手をそこに触らせる。
「ちょっ。これさっきのと大きさが違う!」
「性的に興奮すると大きくなるんだよ」
「そんな馬鹿な。大きすぎる! 私壊れちゃう!」
「たいしたことない。55だ。赤ちゃんの頭よりはずっと小さい」
「無理〜。私のは最大でも40までしか広がらない仕様なんだから」
「試してみないと分からん」
「やめて〜。そんなんで病院に駆け込みたくない」
「嘘ばかりつく子にはおしおきしないと」
「待って〜。助けて〜! せめて42-43にして〜」
春なのに熱い(?)夜は更けていった。
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【春色】(4)