【春色】(3)

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「年度末で忙しいのにごめんね」
と桃香は大学時代の友人・美緒に言った。
 
「問題無い、この時期は逆に授業がほとんど無いからわりと負担は小さいんだよ」
と美緒は言う。
 
彼女は大学を卒業した後、地元の群馬県に戻って高校の先生になった。大学時代はさんざん男遊びをしまくっていた彼女が、先生なんかになっていいものか?と友人達は随分不安を持ったものである。
 
「いやスカートなんて穿いたことないから、どんなのがいいのかさっぱり分からなくて。会社の通勤着にズボンはやめてくれと言われたんでスカート買わなきゃと思ったんだけど、そもそも用語が分からないし。千里はなんか忙しいみたいだし」
 
「まあ私なんかは割と服装は適当だし、ズボンで学校に出て行っても別に何とも言われないけどね。でもだいたいはスカート穿いていく日が多いよ」
 
「なんかスカートなんて女装させられてるみたいでさ」
「桃香、男の子になりたいわけじゃないよね?」
「うん。そのつもりは無い」
 
「じゃ見に行こう、見に行こう」
と言って美緒は桃香をブランド・ショップに連れて行った。
 

「どんなのが好み?」
「あまり女、女、してないのがいい」
「そうだなあ。これとかは? 結構ビジネスっぽい」
 
「ふーん。2800円か。結構するなあ」
「桃香、1桁読み違ってる」
「ん?」
「スカートが2000円や3000円で買える訳ないじゃん」
「うっそー!? これ2万8千円!? たかがスカート1枚なのに」
 
「スカートは安い所でも1着5000-6000円するよ。桃香、上場企業のOLになるんでしょう? このくらいの服を着ていかなきゃ笑われるよ」
「ひぇーー!!女ってなんて大変なんだ?」
「やっぱり性転換する?」
「男は男で大変そうだしなあ」
 
「千里からは予算20万円程度でスカートとかセーターとか4-5セット適当に見繕ってあげてと言われているし。取り敢えずこれキープね。千里のクレカ預かってきてるんでしょ?」
 
「うん」
と言って桃香は千里のVISAカードを見せる。
 
「お、ゴールドカードじゃん。限度額は気にせず使えそう。じゃこのカードは今日は私が預かっておこう」
「頭がくらくらする」
 

さて3月15日の午前中、青葉のいる高岡では、先週事故を起こしていたのを助けた女性(?)遊佐さんが青葉の自宅までやってきて、これに合わせて、美由紀・日香理もやってきた。吉田君は「あの人が男だったか女だったか、結果だけあとで教えてくれ」などと言っていた。
 
遊佐さんが美由紀のリクエスト通り、ケーキを持って来てくれたので美由紀はご機嫌である。輪島のケーキ屋さんで吉野屋というところのケーキらしいが、田舎のケーキ屋さんのものとは思えない美味しさである。
 
「車の修理は終わったんですね?」
「ええ。実は昨日受け取ったんですよ。修理代10万も掛かりました」
「大変でしたね!」
「自分が居眠りしたのが悪いんですけどね。でもなんか最近車の修理ばかりしていて。車屋さんにとっては上得意って感じですけど」
 
「そんなに事故が多いんですか?」
「もうホント呪われてるんじゃないかと思うくらいですよ」
 
「お、呪いなら青葉の出番じゃん」
と美由紀が言う。
 
「もしかして何か霊関係のお仕事か何かなさっているんですか?」
と遊佐さん。
 
「青葉は日本一の霊能者ですよ」
と美由紀。
 
うーん。。。結局関わることになりそうだなと青葉は思う。本当は呪いにはできるだけ関わりたくないのだが。
 
「実は私を呪いたくなる人なら心当たりがあるんです」
と言って遊佐さんは語り始める。
 
彼女は現在フリーランスのライターで、様々なコラムを雑誌等に執筆しているらしい。イラストの腕もあり、挿絵とセットのコラムも人気があるということであった。
 
彼女が心当たりがあるといったのは、彼女がまだこの仕事を始める前、会社勤めをしていた時の同僚らしい。
 
当時、社内に病弱でちゃんと執務ができない状態になっている社長を廃して、メインバンクから送り込まれてきていた専務を新社長にし銀行の全面的な支援を背景に会社を建て直すべきと考える人たちと、社長の弟でMBAの資格を持ち、当時こちらの会社の経営からは離れ独自に自然派化粧品の会社を興してそちらの社長をしていた人を呼び戻して社長をさせるべきと考えている人たちが対立していた(両社には資本関係などは無いしメインバンクも別であった)。 
遊佐さんはできるだけ中立を保ちたかったものの、結局専務派の友人に誘われてクーデターに参加し、社長は解任されて専務が新社長になった。しかしこの新社長が企画して出した新商品がいきなり大コケしたのであった。また新社長はクーデターの論功行賞のため、社内にやたらと多数の役職を作り、あわせていわゆるライン&スタッフ型の社内体制を確立しようとしていた。遊佐さんも取締役商品開発企画室長という、意味があるのかないのかよく分からない役職に就けられる(室長といっても部下はいない)。社員が150人しか居ないのに取締役の人数が20人にも及んだ。
 
しかしこの会社はこれまでトップの数人の取締役以外は全員基本的には平等なフラット型で、プロジェクト毎にリーダーを定めて仕事をする方式であったので社内には戸惑いの声が多かった。係長や主任が大量に生まれたが、主任になった層から係長になった人と給料に格差が付けられたことへの不満が高まったし、取締役になったことで残業手当がもらえなくなった層はこれまで凄まじい仕事をして高額の時間外手当をもらっていた人ばかりなので、住宅ローンが払えないなどといった悲鳴が出た。社内の手続きも煩雑化し、単純な書類の決裁にも時間が掛かるようになった。
 
また新社長は会社の業績が不安定なことから、ずっと取引があった大手メーカーにこちらの株を35%くらい買ってもらうことを画策していた。事実上の会社売却方針であり、これには古株の社員の中にかなりの反発が生まれる。
 
そこに前社長の弟から接触があったのである。
 
あの新社長のやり方ではこの会社は長くもたない。再度クーデターを起こさないか?自分を社長にしてくれ。この会社は自由な気風がないと運営していけない。メーカーに売却したら資産や顧客だけ取り込まれて社員は大半が解雇されるのが目に見えている。自分は社員のやる気を引き出す運営をしたい。役職の数もぐっと減らして社内の風通しをよくしたい。それで志気を高め、会社の業績を回復させようというのである。
 
悩んだ末、遊佐さんは新社長に不満を持っていた元常務でクーデター後は副社長になっていた人を巻き込んで、この再クーデターに参加した。それで元社長の弟が会長、元常務が社長に就任し、遊佐さん自身も新しい常務になってこの3人によるトロイカ体制で新しい秩序を確立した。取締役も7人に減量、旧取締役の大半は残業手当をもらえる、取締役ではない部長に降格。次長・部長補佐・室長などの微妙な役職も課長に統一。係長・主任も廃止して実質フラットに近い体制を復活する。それで5年ほど仕事をし、確かに会社は元気を取り戻し業績もあがった。しかしさすがに常務という仕事は心労も多く、副業でやっていたイラストの方の仕事をけっこう注文してもらえるようになってきたことから、会社を辞めて、能登に引き籠もったのであった。
 
基本的にネットさえあればどこでしてもいい仕事であったのもあったが、ここで能登を選んだのは、とにかく自然が豊かで仕事をするのに必要な発想を得るのに良かったこと、当時健康を害していて、空気や水のきれいな所に住んで身体を回復させたかったことなどがあった。
 
「それと実は妻の実家がこちらにあったもので」
と遊佐さんは初めて、自分に「奥さん」がいることに言及した。
 
「お子さんもおられるんですか?」
と美由紀が興味津々な様子で訊く。
 
「2人居ます」
「性別は?」
「そのあたり細かいことは勘弁してください」
と遊佐さん。
 
「美由紀、個人情報保護法、個人情報保護法」
「はーい」
 

「でもその2回のクーデータで私はけっこう恨みを買ったと思うんですよ。最初のクーデターでは当時、社長の奥さんから、かなりきつい恨み言を言われました。社長本人は、実質仕事ができない状態になっていたこともあり、仕方ないと受け入れてくれたんですけどね。私は社長にいちから仕事の仕方を習ったようなものだったから『ブルータスお前もか』という感じだったと思うんですよ」
 
と遊佐さんは言う。
 
「更に2回目のクーデターでは、結局自分は最初のクーデターを起こした同志を裏切った訳だから、ひどい罵り方もされました。私は会社を守り社員の生活を守るにはこれしかないという苦渋の決断だったんですけどね」
 
「そういうのって辛いですよね」
「彼らに理解してもらえるとは思っていません。でもそれで会社から追放された人の中に、私とけっこう心霊的なネタでよく話していた人がいましてね。あの人が本気で私を呪おうとしたら、利くんじゃないかという気もして。そもそも常務をしていた時代に私が健康を壊していったのが、ひとつはその呪いのせいではないかという気もしてですね」
 
青葉はじっと話を聞いていた。
 
そしてじっと目をつぶって考えていたが、やがて言った。
 
「これは呪いではありません」
 

「ほんとですか!」
 
と遊佐さんは嬉しそうに言う。
 
「強いて言えば、遊佐さん自身で、自分はいけないことをしたのではないかという罪悪感を持っていて、それが膨らんでしまったものです。そこに土地に関わるものが作用して、体調をくるわせたり、心の隙間を広げたりしているんですよ」
 
「そうか・・・・要するに自分が悪いのか」
「そうです」
 
「そんな気も半分はしていたんですよね」
「呪いかも知れないと思うのは、自分の心の弱さから来るものです。みんな物事がうまく行かないと誰か他人のせいにしたくなるんですよ」
 
「私がしっかりしないといけないんですね」
と遊佐さんは目をつぶるようにして言った。
 
「お子さんがふたりおられるんでしょ? ママとしても頑張らなきゃ」
と青葉は言った。
 
遊佐さんは顔を下に向けて苦笑するようにした。
 
「私ね、けっこう子供のお友達とかからは誰々ちゃんのママとか言われるんですよ」
「それでいいと思いますよ。親であり女性であればお母さんなんです」
 
「私、それでいいんですよね?」
「いいと思いますよ。あなた女性でしょ?」
 
と青葉が訊いたのに対して彼女は少し考えてから決意したように
 
「はい、私は女性です」
と答えた。
 

「遊佐さん、これをお渡しします」
 
と言って青葉は先週、七尾城で女装の男の子からもらった白い勾玉を彼女に渡した。
 
「これは神棚とかにでも置けばいいのでしょうか?」
 
青葉は考えた。そして言う。
 
「家の南側の敷地内に埋めて下さい。遊佐さんの家・・・・南側に窓がありませんか?」
 
「よく分かりますね。居間の窓が南に面しています」
「その窓のすぐ下に埋めるといいです」
「分かりました! ありがとうございます」
 
「土地の物の影響については、今日は午後から予定があるので来週にでもそちらにお伺いして見てみましょう」
 
「済みません。よろしくお願いします。あ、でも・・・」
「何か?」
「相談料はおいくらくらいお支払いすれば」
「気持ちでいいですよ」
と青葉は笑顔で言う。
 
そばから美由紀が補足する。
「この子はお金持ちからはたくさん、貧乏な人からは少ししか取らないんですよ。同級生の相談事は、おやつ1個で受けてますから」
 
「では適当な額を」
と遊佐さんは言った。
 

遊佐さんが帰って行った後で、青葉は美由紀・日香理や、他に空帆など総勢10人ほどで富山に移動して、KARION富山公演を見に行くことにする。青葉は富山に向かう、開業したばかりの《あいの風とやま鉄道》の電車デッキから千里に電話した。
 
「バスケの練習中だよね。ごめん」
「うん。いいけど何?」
 
「ちー姉。数日前に大船渡まで付き合ってもらったばかりで申し訳無いけど、来週って時間ある?」
 
今回の案件では千里の力を借りた方がいい気がしたのである。
 
「私は全日本クラブバスケット選手権があるから18日まではその練習に集中したい。19日は休んで、20日は某所に行って、21日から23日までは京都でクラブ選手権に出た後、28日までユニバーシアード代表候補の合宿」
 
「忙しいね!」
 
「そうそう。だから会社には全然出られない。でも19日だけ空けてたから、その日の15時くらいまでなら付き合ってもいいよ」
 
「じゃ、ちょっと**市まで付き合ってくれない?」
「いいよ。何か小道具要る?」
 
青葉は考えた。
 
「★★院の御札が欲しいかも」
「それって取りに行けばいいの?」
「でもいつ取りに行こう」
「今から行くとかは?」
「そうしようかな」
「今日の練習は19時くらいに終わるから、その後★★院まで付き合ってあげるよ。矢鳴さんが今日の夕方そちらにインプを取りに行くことになっていたんだけど、東京じゃなくて大阪に回送してもらう」
 
と千里が言う。
 
「えっと・・・」
青葉はすぐ頭が付いていかない。
 
「だから青葉はそちらの打ち合わせが終わったらサンダーバードで新大阪までおいでよ」
 
「あ、何となく分かった!じゃそうする」
 

千里の6-19日の行動

 
6日夜 桃香と一緒にエルグランドで東京を出る。7日朝高岡到着。

8日 桃香・青葉・美由紀・日香理・吉田を乗せて七尾往復

9日 午後から桃香・青葉・朋子を乗せて大船渡へ(朋子と交代で運転)

10日 青葉の家族の終焉の地を回る (運転は慶子)

11日 エルグランドで一関に移動(同乗者:朋子・桃香・宗司)。

 インプに乗り換えて矢鳴と交代で運転して高岡へ(同乗者:朋子・青葉)。

 ※エルグランドは佐良が運転して桃香を乗せて東京へ。

12日 日中、矢鳴と交代でインプを運転して大阪へ。

 矢鳴はそのあと新幹線で東京に戻る。

13日 夜インプを運転して富山へ。

14日 富山市で冬子・龍虎・支香を拾って高岡へ。

15日 朝、新幹線で東京に戻り40minutesの練習に合流。

 午後矢鳴が新幹線で高岡に来て、インプを運転して大阪へ(1700→2200)

 青葉は富山での打合せ終了後サンダーバードで新大阪へ(1911→2225)

 千里は練習終了後、東海道新幹線で新大阪へ(2000→2233)

 矢鳴は大阪で休憩し、その間に千里と青葉が高野山へ(夜0時着)

16日 130→300 ★★院から大阪の瞬高の寺へ

 330 矢鳴と合流。矢鳴が青葉を乗せてインプを運転し高岡に戻る(330→800)

 千里は大阪で休憩後朝一番の東海道新幹線で東京に戻り40minutesの練習に参加。

 インプはその後矢鳴が高岡から東京に回送。

18日 夜桃香とふたりでミラに乗り高岡へ。

19日 桃香は高岡で留守番。青葉と千里がミラで能登へ。

20日 夜3時頃青葉と千里が高岡に戻る。朝6時頃、ミラで桃香と千里が高岡を出る。

 

青葉が瞬醒さんに電話すると「御札は用意しておく」と言ってくれた。この御札は、見た目は★★院に行くとふつうに参拝客に売っているものと同じなのだが、少しだけ特殊な「加工」がされたものを使うのである。
 
青葉はその後、友人たちと一緒にKARIONの富山公演(ゲストにアクアこと龍虎が出演している。震災イベントの衣装が「お姫様みたい」と言われてしまったので今回はマイケル・ジャクソン風の男っぽい衣装で「アクアちゃんが男装してた」と書かれた)を見て、そのあと空帆・冬子と一緒に東京のテレビ局の人と打ち合わせた。その打ち合わせが18時頃終わったので、テレビ局の人と空帆と冬子が夕食を一緒にという話は冬子に任せて!青葉は新幹線に飛び乗り、金沢でサンダーバードに乗り継いで、22:25に新大阪に到着した。
 
(冬子が「私は青葉のマネージャーのようだ」と半分マジに文句を言っていた。この「日本一忙しいミュージシャン」を便利に使わせてもらっているのは、多分政子や蔵田さん・雨宮先生以外では青葉くらいだ) 
少し遅れて22:33に千里が乗った新幹線が新大阪に到着する。少し早く大阪に着いていた矢鳴さんに連絡してインプレッサで新大阪駅の表口の所まで来てもらい、運転席に千里。助手席に青葉が座って高野山に向けて出発した。この行程でも青葉は寝せてもらっていた。
 
「そろそろだよ」
 
という千里の声で目を覚ますと、車は山道を走っている。
 
後部座席からのぞき込むと車は60km/h近い速度を出している。曲がりくねっていてガードレールも無い細い山道。カーナビにも掲載されていないのでカーナビの画面に頼ることもできない。むろん街灯なども無い。更に今夜は雨が降っている。普通の人なら晴れた昼間でも20-30km/hでしか怖くて走れない道だ。ここを雨の夜中にこんな速度で走るなんて超感覚的知覚無しには絶対無理だ。まあ、ちー姉には全然問題無いんだろうなと青葉は思った。
 
やがて車はお寺の前に駐まる。ふたりで傘を差して降りて行くと、瞬醒さんと醒春さんが表まで出てきて歓迎してくれた。
 
「疲れたでしょう」
と言って、お茶をもらった。千里が
「仮眠できる場所があったら」
と言うので、醒春さんが部屋を用意してくれて、千里はそちらに行った。 
「これ頼まれていた御札。特製」
「ありがとうございます」
と言って受け取る。
 
「なんか大きなものに巻き込まれているみたいだね」
と瞬醒さんは言う。
 
「完璧に仕組まれているみたいです」
「君たち姉妹が関わってくるのを向こうは待っていたんだよ」
 
青葉はふと思いついて尋ねてみた。
 
「瞬醒さんはうちの姉の力量をどう見ますか?」
「あの人は僕らとは系統が違うから、僕にはよく分からない」
と瞬醒。
 
「神社体質ですよね?」
「そうそう。僕なんかは基本的にお寺体質」
「姉はやはり凄い人なんでしょうか?」
「僕には凡人に見える」
「そうなんですか〜?」
「でもね。たとえば僕があの人を呪い殺そうとしたとするでしょ」
「はい?」
「そしたら確実に僕は返り討ちにあうだろうね」
「そんなことを海藤天津子も言ってました」
 
「海藤君はまた僕らとも君の姉さんとも別系統だな」
「海藤のお師匠さんって、まだご存命なんですか?」
 
「羽衣さんか」
と言ってから瞬醒さんはお茶を飲み干した。
 
「名前だけは知られているけど、実際に会ったことのある人はごくわずか。性別も不明だし、そもそも人間なのかどうかも不確か」
 
「人間なのかどうかもですか?」
「いや、瞬嶽師匠も、晩年はもう人間辞めてたと思わない?」
 
「思います!」
 
「でもひとつ言えることはだね」
「はい」
「川上君は、多分そういう様々な霊的関係者のクロスロードに位置しているんだよ。君、竹田宗聖さんとか中村晃湖さんとかとも交流があるでしょ」
 
「そういえばそうかも知れませんね」
 

1時半頃、千里が起きてきたので、青葉は千里と一緒に瞬醒に御礼を言って★★院を後にする。買い出しに行かせたいものがあるとかで醒春を大阪まで同乗させてもらえませんか? というので乗せていくことにした。
 
その醒春さんは★★院から麓に降りる道で悲鳴をあげる。
 
「こんなに速度出してだいじょうぶですか?」
「このくらい平気ですよ。それにこの車は凄くグリップのいいタイヤを履いているんですよ。燃費は悪いですけど」
「へー。でも道路の線形とか見えないじゃないですか」
「そんなの見えなくたって分かるよね?」
と千里は青葉に同意を求めるように言うが
 
「ちー姉、私にもこの道を夜中にこんな速度で走るのは無理だよ」
と青葉は答えた。
 
その千里が突然スピードを落とし車をいったん停止させる。何だろう?と思って前方を見ると、20mほど先で若いタヌキが道路の中央で固まっていた。車の音に驚いていわゆる「狸寝入り」状態になってしまったのだろう。タヌキはこれをやるので、夜間よく轢かれるのである。しかし車が停まったのを見て、安心したのかトコトコと道の脇に消えていった。
 
「ちゃんと先が見えているんですね!」
と醒春さん。
 
「そりゃ見えてなきゃ動物だけじゃなくて人間だってはねちゃいますよ」
と千里。
 
「いやさすがにこの時刻にこの道を人間が歩いている訳無い」
と醒春さん。
「そうですか? 何度か道の端に立っている人を見たけど」
と千里。
「それ、本当に生きている人でしたか〜?」
「生きてない人もいるの?」
「このあたりは多いです!」
「そういうのはよく分からないなあ」
 
ちー姉、都合が悪くなると自分は分からないって言うなあ、と青葉は思う。 
「でも、これだけのカーブのある道を正確に走れるって、瞬里さん、レースドライバーになれますよ」
などと醒春さんが言ったら
 
「あ、私国内A級ライセンス持ってますよ」
と千里は言った。
 
「ひゃー!道理で」
 
と醒春さんは、それで千里のドライビングテクニックを納得したようであったが、実際には昼間ならいざ知らず、全く道路が見えない夜中にこの走りをするのは、「国際」A級ライセンスを持っているドライバーにも厳しいのではと青葉は思った。
 
「でも、ちー姉いつの間にそんなライセンスなんて取ったの?」
「車に乗るのも女に乗るのも大好きという大先生に言われて取ってきた」
「なるほどー」
「今月もちょっとレースに出てきてと言われたけど忙しいから断った」
「ほんとに忙しそうだもん!」
 

麓まで降りた後は阪和道・近畿道を走り、結局わずか1時間半で大阪市街地に辿り着き(一応スピード違反はしていない。千里は全行程を制限速度ジャストで走りきった)、瞬高さんが住職をしているЛЛ寺で降ろした。すると全然連絡していないのに、瞬高さんが自身で迎えに出てくれて
 
「お疲れさん。安全運転(!?)で来たみたいね」
などと言った。
 
ちゃんとこちらの到着時刻が分かっていたふうなのはさすが瞬高さんである。青葉は瞬嶽師匠の弟子の中で、いわば客人格の自分や菊枝を除けば、この人が最も力量が大きいのではと、しばしば思う、
 
その後千里は車を新大阪駅前のカラオケ屋さんの所に寄せる。電話連絡で矢鳴さんが店の前に出てきていたので、千里とタッチして、矢鳴さんが運転席に座り、青葉を高岡まで送ってくれた。矢鳴さんと青葉が高岡に帰着したのは16日の朝8時で、青葉はそのまま学校に出て行った。
 
矢鳴さんはそのあとインプを運転して東京に戻っていった。青葉はひょっとして矢鳴さんは冬子の担当ドライバー佐良さんよりヘビーな仕事をしてないか?と思った。千里がしばしば「神出鬼没」なのは多分インプであちこち走り回っているからだ。JALのサファイヤ、ANAのプラチナだとも言っていたし、などと青葉は思う(実際には飛行機の搭乗が多いのは半分は雨宮先生のせい)。 
一方の千里は新大阪のカラオケ屋さんで朝まで寝てから、6時の新幹線で東京に戻り、16日から18日まではバスケの練習でたっぷり汗を流したようである。 

月曜日、青葉は学校で郷土史に詳しい黒呉先生に、七尾城の攻防について教えて欲しいと言い、先生は資料なども取り出して詳しい経緯を話してくれた。 
「その上杉謙信に内応して長一族を倒した遊佐続光とかはその後どうなったんですか?」
 
「謙信が生きていた間は良かったんだけど、やがて謙信が死んで越後の国が後継者争いの御館の乱(おたてのらん)をやっていた間に織田信長が侵攻して結局能登は信長の物になってしまう。それで前田利家が七尾城に入ったんだけど、利家はその城を使わず、七尾港のそばに小丸山城を築いて居城とした。現在の七尾市街地はこの小丸山城の周囲に発展したんだよね」
 
「はい」
 
「それで信長は長一族を殺したのは許さんと言って、遊佐一族を処刑してしまう」
「ああ・・・・」
 
「でもなんか不条理ですね」
と話を聞いていた日香理が言う。
 
「戦争に正義なんて無いよ」
と黒呉先生は言う。
 
「勝利した側が、負けた側を悪と決めつけるだけ」
 
「まあ、そんなものかもね」
と近くで話を聞いていた小谷先生も言う。
 
「実際現代の歴史学では、そもそも畠山義慶・義隆を殺したのが遊佐続光なのではということになっている」
と黒呉先生。
 
「それも都合良く罪を押しつけられたって気がするけどね。だって正史を綴ることになった信長側から見たら長一族は都合の良い人で、遊佐は都合の悪い人なんだから」
と小谷先生。
 
「勝てば官軍、負ければ賊ですか」
と青葉も言う。
 
「そうそう。どんなに酷い悪事を働いていても、権力を握っている間はその人が正義なんだよ」
と小谷先生。
 
「世の中なんか間違っているなあ」
と日香理は言う。こんなことを言える日香理はやはり純情な心を持っているんだろうなと青葉は思った。
 
「遊佐続光と一緒に内応をした温井景隆・三宅長盛の兄弟は信長勢が侵攻してきた時、逃げ延びて上杉家に保護され、本能寺の変の後、再度能登を奪還しようと上杉景勝の支援のもと、石動山(いするぎやま)を拠点に天平寺門徒と一緒に軍を起こすのだけど、前田利家・佐久間盛政と長連龍の連合軍に敗れて戦死している」
 
石動(いするぎ)というと、鉄道ファンには山口県の特牛(こっとい)駅と並ぶ難読駅名として有名な「石動駅」(小矢部市)が知られているが、そちらの石動は元々、この石動山の虚空蔵菩薩像を前田利秀(利家の甥)がその地に移転したことから生まれた地名である。石動町と石動山は30kmほど離れている。 
「ああ、そこで長連龍が出てくる訳ですか」
 
七尾城攻防戦の時に織田信長に支援を求めて行っていたため、長一族で唯一生き残った人である。
 
「一族の恨み晴らすべしというので凄い殺戮をしたみたいだよ。石動山って昔は何千人もの僧がいる山岳仏教の一大拠点だったんだけど、比叡山の焼き討ち同様に敵陣に居る者は幼い子供でも容赦なく殺し尽くしたらしい」
「わぁ・・・」
 
「でも命令とはいえ子供を殺すのは織田側の武士も辛かったと思うよ」
と小谷先生が言うと
「やはりそうですよね」
と日香理は納得するように言う。
 
「一方畠山家で生き残った畠山義春は上杉謙信の養子になり、上条上杉家を継いでいる。この家は関ヶ原では東軍に付いて家康に可愛がられ、徳川家の旗本としてその後ずっと存続したんだよ」
と黒呉先生。
 
「へー。なんかそういう話を聞くと救われる気がする」
と美由紀が言う。
 
「春王丸の弟も上杉家の家臣・北条景広の養子になったらしいけど、彼の消息はよく分かっていない。北条景広は御館の乱で上杉景虎側に付いちゃったからね。景広自身はこの戦いで死んでいる。畠山義春の方は上杉景勝側に付いたから、その後も生き延びるんだけど。春王丸の弟は七尾城攻防戦は生き延びたけど、御館の乱で養父と一緒に死んだ可能性もある。もっとも畠山家の子孫であれば大事にしてもらった可能性もある」
 
「そういうのって、どっちにつくべきか凡人は悩みますよね」
「それで運命は大きく変るからね」
 

青葉からもらった白い勾玉を居間の窓のそばに埋めた時、貞治は突然家の中が明るくなったような気がした。
 
「すごーい。あの子、まだ高校生ってのにかなりのパワー持ってるんだろうな。でもこれで私、まだあと2〜3年は生きられるかなあ」
 
そんなことを思いながら貞治は今日の晩御飯を作るために台所に行った。 
実を言うと、真白が中学を卒業する姿は見られないと思っていた。それを見ることができそうなだけでも自分は幸せだと思う。さすがに真白が高校を卒業する姿は自分は見られないだろうけど・・・・ひょっとして見られたら嬉しいな。貞治はそんなことも考えていた。
 

真白はまた夢を見ていた。夢を見ているということ自体を意識している。 
またあのホールに居るようである。いけない。やはり早く神社にお祓いを受けに行って来ないと、と思った。
 
ホールでは、ジュースもお酒もお茶も無かったら水でもいいから誰か汲んできてくれなどと言われたので、真白は水を入れるタンクを持ってホールの外に出た。 
このホールの夢を見るのはもう6回目くらいだ。真白は毎回何かを調達してこようと外に出るのだが、決してそれは見付からないのである。そして夢の最後ではなぜか自分が女の子になっているのだ。
 
私、実は女の子になりたい気持ちがあるのだろうか? そんなこと意識したことも無かったのだけど。確かに女ばかりの家族で自分だけ男だとけっこう肩身が狭い思いはしてるけどなあ。
 
売店に水分のあるようなものが売ってないのは確認済みである。廊下を歩いているうちに、何だか足が動かない感じになってくる。よく見ると地面に雪が積もっていて、その雪に足を取られていたようだ。
 
今年の雪は深いからなあ。
 
そんなことを思いながら、地面をしっかり踏みしめながら坂を下っていく。両側に切り立つ崖があり、凄く狭い通路を真白は歩いて降りた。
 
開けた所に出るが幅8-9mくらいの道路である。道に雪が積もっていて車が通った跡は少しあるものの、交通量はあまり多くないようだ。
 
真白はその道を左側のほうに歩いて行った。
 
曲がり角で、道ばたで座り込んでいる和服の女の子が居た。
 
「君どうしたの?」
と声を掛ける。
 
「男の子たちはみんな戦争に行って死んでしまった。残っているのは女だけ」
と彼女は言った。
 
その子は同級生の美里の顔をしていた。
 
「**君も**君も**君も、もう居ない」
と彼女は男子の同級生数人の名前を挙げる。
 
「真白も**君のこと好きだったんでしょ?」
と言われてドキッとする。
 
「でも美里、その振袖可愛いよ」
となぜか真白は言っていた。
 
「真白もその制服、可愛いよ」
と彼女は言った。真白は自分が着ている服を見た。
 
あれ〜? なんで私ってこんな服を着てる訳〜?
 
「真白はそれを着ていたから死なずに済んだんだね。私もだけどさ」
と美里は更に言った。
 
「もう戦いは終わらせない?」
と美里。
「私も終わらせたい」
と真白。
 
「その真白の鈴、私にもらえる?」
 
真白は自分が腰のところに鈴を付けているのに気づいた。
 
「いいよ」
と言って真白は鈴を美里にあげた。
 
「じゃ、一緒にそのふたを開けちゃおうよ」
美里が言うので、真白は美里とふたりで一緒に水を入れるタンクのふたを開けた。そのタンクのふたは白くて、勾玉のような形をしていた。
 
その時、天に光が射して、周囲が明るくなっていくのを感じた。
 
そしてタンクには水が満ちていて持つ手が重たいと思った。
 
あちこちで歓喜の声が上がるのを聞いたような気がした。
 

3月19日(木)朝。千里と桃香がミラを夜中交代で運転して高岡に来てくれたので、桃香にお留守番をお願いして、そのミラに千里と青葉の2人で乗って能越道を走り、遊佐さんの自宅まで行った。
 
「済みません。わざわざ来てくださいまして」
「いえ、土地絡みのものはどうしても現地まで来ないと分からないもので」
「ここは何か悪い場所なんですか?」
 
青葉は目をつぶってしばらくその周囲の空気を感じ取っていた。
 
「悪い場所ではないのですが、様々な結界が入り乱れているんですよ」
「結界ですか」
 
「能登は古くは日本海の交易で栄えた土地なので、多数の有力な神社があったと思うんですね。海の関連で宗像(むなかた)の神もあったし、ある経緯で菅原神社も分布しています。他の土地ではだいたい天満宮になっている神社ですね。またここは白山文化圏なので、菊理姫(くくりひめ)を祭る白山神社もたくさんあるし、この地には古い格式を持つ式内社もいくつもある。それらの結界が今でもちゃんと生きているんですよ」
 
「神様同士の勢力争いですか?」
「こういうところでは下手に気の流れを触れないのですよね。出雲とか奈良とかもこれに近い感じです。あるものをただ受け入れるだけです」
 
「あるものを受け入れるか」
と言って遊佐さんは何か考えている。
 

「勾玉はここに埋めたのですが」
と遊佐さんが案内した場所を見て青葉は当惑する。
 
「このバラは最初からあったものですか?」
 
居間の窓のそばの地面に1本のバラがあって、薄紅色の可愛い花を咲かせているのである。
 
「実は勾玉を埋めた後、はえてきて、今朝この花を咲かせたんですよ」
「ここは以前からバラが咲いたりしていたのでしょうか?」
 
「それなんですが、うちの息子がここのところずっと悪夢を見ていたらしくて占い師さんに相談したら、神社とかでお祓いを受けた方がいいと言われ、魔除けにといって植物の種をもらったらしいです。それを植えたらこのバラが生えて来たということのようです。慌てて支えになる棒を立てたということで」
 
「それはいつですか?」
「種を植えたのは今月11日らしいです」
 
「バラってそんなに早く成長しましたっけ?」
と青葉がひとりごとのように言うと
 
「だいたい種から育てると開花まで半年かかるよ」
と千里が言う。
「だから、これは青葉が渡した勾玉の作用だろうね」
 
青葉はその周辺の気の流れ、結界の掛かり方を観察する。この家には元々弱い結界が作られていたようである。かなりの年代物だ。しかしその結界がこの窓の下付近でほころびが出来ていた。このバラはたった1輪ではあるのだが、そのほころびができていた所を美事に塞いでいるのである。
 
「ここにバラというのは凄く適切ですね」
と青葉は言った。
 
「じゃその占い師さんの判断が適切だったんですね!」
「あそこで新しくビルを建てておられますよね」
「ええ。元は古い3階建てのビルが建っていたのを老朽化しているということで崩して、新しく5階建てのを建築している最中なんですよ」
 
「もしかして、息子さんが悪夢を見始めたのって、その古いビルを取り壊した頃ではありませんか?」
「お待ち下さい」
 
遊佐さんは2階の部屋に居る息子さんを呼んだ。降りてきた中学3年生という息子さんは、何だか凄い美少年である。ちょっと女装させたいくらいだなと、青葉は思った。
 
「ああ、確かにその頃からですよ。僕があの夢を見始めたのは。でもなんか先日、とうとう解決編を見たんです」
 
と言って、彼はいちばん最後に見た夢の内容を話してくれた。
 
「私の勾玉と、その占い師さんのバラの種との力で、解決してしまったようですね」
と青葉は言う。
 
「おそらく、このバラはあのビルが完成するまで咲き続けると思います。そしてあのビルが完成してしまうと、また気の流れは元に戻って、この家に悪影響を及ぼすことはなくなりますよ」
 
「それは良かった。その占い師さんにもあらためて御礼がしたいね」
と遊佐さんは言う。
 
「名刺は頂いたんだよ。東京の占い師さんで、こちらまでたまたま出張してきていたらしい」
と言って、真白君が名刺を見せる。
 
千里も青葉も思わず相好を崩した。
 
その名刺には《占い師・中村晃湖》と書かれていた。
 
「凄い人に見てもらいましたね」
と青葉は言う。
 
「なんかお知り合いの方ですか?」
「まあ私もお姉ちゃんも知り合いだよね」
「うん。私もこの人と何度か一緒に食事したことある」
 
「この人はふつうは1件最低10万円取ります」
と青葉が言うと
「きゃー」
と遊佐さんが悲鳴をあげる。
 
「この人、あの時は1件3万円って言ってましたけど」
と真白が言うが
「あまり高い金額を言っても仕方ないと思ってそんなこと言ったんでしょうね」
と青葉は答えた。
 

青葉は念のため家の中を点検させてくださいと言い、各部屋を見回った。 
「奥さんはお買い物か何かですか?」
「いや、仕事です。看護婦をしてるんですが、交代制の勤務なんで昼も夜も無いし、休みとかも全然取られないんですよ」
「それは大変ですね」
 
「お母ちゃん、夜中に病院に出て行ったりよくしてるよね」
と真白。
 
「とても家事とかまでできないから、私が主婦してます」
と遊佐さん。
 
「まあお父ちゃんは主婦が似合ってるよ」
と真白。
 

青葉は遊佐さん夫婦が寝ているという寝室で不思議な札を発見した。
 
「済みません。これどこの御札でしょう?」
「ああ、それはこの家に前に住んでいた人が貼っていたものなんですが、剥がせないんですよ」
 
青葉は思わず千里と顔を見合わせた。
 
「お姉ちゃん、これ何だと思う?」
「封印でしょ?」
「だよねー」
「青葉なら剥がせるだろうけど、これは剥がさない方がいいよ」
「剥がすととんでもないものが出てきそうだね」
 
「何か変なものが入っているんでしょうか?」
「この御札が利いている限りは、それはこの家に幸運をもたらすと思います」
と青葉は言う。
 
「じゃ絶対剥がしちゃいけないんですね!」
「たぶんこの家自体を崩さない限り、この封印はこのままでしょうね」
 
千里はしばらくその封印の前に立って眺めていたが、やがて言った。
 
「この御札が向いている方角に、なんか神社があるよね?」
「ちょっと待って」
 
青葉も今千里が立っていた位置に立ってその方角に感覚を飛ばす。
 
「これはなんか凄い古い神社だ」
 
「ちょっと行ってみない?」
「うん」
 

それで青葉・千里と遊佐さんが車に乗り、そちらに向かって行ってみる。車は10分ほど走った。
 
「このあたりだと思うけど・・・」
「あ、あったあった」
 
と言って3人は車を駐めて降りる。駐車場のようなものがないので、車をできるだけギリギリまで道の端に寄せて駐めた。
 
「こんなところに神社があったなんて知りませんでした」
と遊佐さんは言っている。
 
社務所などの類いは無いようであるが、石段にゴミなどが落ちてないのを見るとおそらく地元の人が定期的に掃除しているのだろう。
 
石段を登って拝殿まで行ってみる。石段は70段ほどもあった。拝殿は格子状の戸があるが鍵が掛かっている。青葉はその格子の中に五百円玉を1個落とし込みお賽銭として、2拝2拍1拝でお参りをした。千里・遊佐さんもお参りする。 
「これは格式の高い神社だ」
と千里が言う。
 
「物凄いパワーの神社だ」
と青葉は言う。
 
「あの御札はここの神社の力を借りているね」
「おそらく、この神社に関わった人が、あの封印をしたんだよ」
 
青葉と千里はその神社の境内で「使える」石を探した。
 
「これいいよね?」
「あ、うん。これもいいと思わない?」
 
全部で6個の石を拾う。
 

再び遊佐さんの家に戻り、他の部屋を見てまわっていたのだが、真白の部屋で青葉は悩んでしまう。
 
「このお部屋って最初から真白さんの部屋でしたか?」
「亡くなったこの子の大伯母、妻の伯母ですが、その人がここを真白の部屋にしなさいと言ったんです」
 
「これは、女の子用の部屋だよね?」
と青葉は千里に確認する。
「うん。ここは女の子を育てるのに良い部屋」
 
「ああ、じゃ、僕女の子になっちゃおうかなあ」
などと真白は言っている。
 
「えっと、女の子になりたいですか?」
「一応ノーマルなつもりではあるんですけどね〜。でも僕女の子の友だちの方が多いですよ」
と真白が言っていたら、妹の礼恩が出てきて
 
「お兄ちゃん、女の子になるなら、ちんちん私にちょうだい」
などと言っている。
 
「あげない」
と真白。
「ケチ」
と礼恩。
 
「礼恩ちゃんは男の子になりたいの?」
「あ、男だったら良かったのになあと思うことはありますよ。立っておしっこしてみたいし」
「なるほどねー」
 
その礼恩の部屋を見てみる。
 
また青葉と千里は顔を見合わせた。
 
「この部屋は男の子を育てるのに良い部屋なのですが」
「ありゃ」
 
「ここも大伯母さんが設定なさったんですか」
「はい」
 
「たぶん、大伯母さんは、真白さんの部屋と礼恩さんの部屋をうっかり逆に伝えたんですよ」
と青葉は言った。
 
「あら〜〜〜!」
 
「お前たち部屋交換する?」
「うーん。別にいいや」
「私も今のままでいい」
 
「じゃ、そのままで」
 

その日の夜0時。
 
青葉は遊佐家の居間で、その気配に意識を覚醒させた。
 
これは凄い。
 
昼と夜でこんなに違うものなのか。
 
例の建設中の家の影響で、日中は山の上から流れ混んでくる「気」の塊がダイレクトにこの家に当たっていて、中村さんが真白に渡したバラで補修された古い結界によってかなり緩和されたかに思えたのだが、夜中になってみると、山よりむしろ里の方から、得たいの知れない「邪気」が押し寄せてくるのである。 
千里を見ると、千里もかなり緊張した顔をしている。
 
ちー姉、借りるね、と心の中で言うと千里も頷いている。それで青葉は千里の左手を右手で握り、★★院で瞬醒さんに用意してもらった御札を自分の利き手である左手で持った。
 
真言を唱える。
 
御札の中から凄まじい量の「水のようなもの」が吹き出す。そしてこの家に押し寄せてくる邪気を全て押し返してしまった。それと同時にこの家の周囲に新たな結界ができあがる。
 
「凄い。これ」
と真白が言った。
 
「分かりました?」
「家の中が凄くきれいになったし周囲に壁ができましよね?」
「はい、山の上から来る物もあったけど、里からも来てたんですね。でもこの結界はさっき押し寄せてきたものを覚えました。また来ても追い返しますよ」
 
「今できた結界はどのくらい持つんですか?」
「それを今からずっと持つように補強します」
 
と青葉は言った。
 
青葉と千里と2人で、神社で拾ってきた石を家の周りの6箇所に埋めた。そして青葉が真言を唱えると、あきらかにその埋めた石が、例の封印の御札と連動する感覚があった。
 
「これでこの家の守り神がこの結界を補強してくれるようになりました。これで恐らくは10年くらいはもつと思います」
「10年ですか」
 
「その頃にはたぶん真白さんも礼恩さんも都会に出ているんじゃないかな」
「ああ、そんな気がします」
 

締め切りの迫った原稿を完成させるのに外に出ていた遊佐さんが0時半頃戻ってきて、結果を聞き、
 
「ほんとうにありがとうございました」
と言っていた。
 
遊佐家を出たのは夜中の1時である。
 
車は遊佐家を出る時は千里が運転してたものの、すぐに青葉に交代している。 
実は★★院の御札を「超起動」するために千里のエネルギーを大量に使った。そこで帰りは夜中だしということで青葉がミラを運転することにしたのである。千里は後部座席で目をつぶって身体を休めている。
 
「青葉ほんとに運転がうまいね。今度MTの操作教えてあげようか?」
「いや、あまり調子に乗ってやってたら、おまわりさんに見付かりそうな気がする」
「あはは、そんなの見付かったら、青葉退学だろうね」
「でも、ちー姉がインプのシフトレバー操作してるの見てたら、何か面白そう」
 
「うん、楽しいよ。青葉、車買う時はMT買ったら?」
「どうしよう。ハイブリッドにも心が動くんだけど」
「ハイブリッドはみんなCVTだもんね。でもどうせ青葉、目的は遠距離恋愛でしょ? 遠乗りするならハイブリッドよりMTの方が燃費はいいよ」
「そうかも!」
 

「でもちー姉、ごめーん。15時までと言っていたのに」
「ううん。いいよ。青葉のお手伝いができたし」
「何か用事があったんでしょ?」
「うん。何とか辻褄を合わせる」
「ごめーん」
 
千里は最初寝ていたようであるが、車が氷見あたりまで来た頃目を覚ます。 
「ありがとう。結構眠れた。運転代わろうか?」
と千里が言うが
「とりあえず高岡の近くまでは私が運転するよ。町中に入る前に代わって」
と青葉は答える。
 
「了解了解」
 
「でも、あの斜め上のビルをいったん崩したので、神様がお引っ越しをしたよね?」
 
「うん。たぶん、山の上から里宮に移動したかったのに、あのビルが邪魔で移動できなかったんだ。だからあのビルの改築自体も何かの仕組みの中の一部だと思う。ただ移動で変なものを起こしてしまって、夜な夜なあの家に里の方からおかしな邪気が押し寄せてくるようになった。私たちが神様に呼ばれてしまったのは、それであそこの家に迷惑を掛けたので、私たちを使って補償してくれたんじゃないかな」
と千里も言った。
 
「恐らく、あの人たちの家系に関わりがある気がしたんだけど、私もさすがにそのあたりまで突っ込んで調査する気にはならない」
「うん。この案件はあまり深く関わらないほうがいい気がする。おかしなものまで呼び起こしたら、私や青葉もただでは済まないよ」
 
「山宮に戻る時はまたあのビルを崩さないといけないのかな」
「たぶん戻らないんじゃない? 里宮の方がきっと居心地がいいんだよ」
「かもねー」
 
「結局、私たちは神様たちの手駒なのかな」
「まあ便利に使われた感じ。中村さんもね」
 
「夢の中に出てきた真白君が鈴を渡したガールフレンドってさ・・・」
「あの家に封印されている式神だよね」
「だから中村さんは結局、真白君を通して、その式神にパワーを与えたんだ」
「凄く正しい処理方法だね」
 
「真城君のセリフを素直にとれば、その式神は男の娘なのかも」
「だとすると、真白君が女の子用の部屋で暮らしているのは、実は理にかなっているのかもね」
 
「中村晃湖さんって、ちー姉の高校の先輩なんでしょ?」
「そそ。あの人は青葉のひいお祖母ちゃんの友だちのお孫さんって言ってたね?」
「うん。関係者なんだか無関係なのかよく分からない関係」
 
「あの人はうちの高校の女子バスケ部のスポンサーのひとり」
「へー」
「私の高校時代、あの人と、最近はあまり作品を出してないけど漫画家の村埜カーチャさんとかが活動資金を提供してくれていたんだよ」
 
「じゃ、ちー姉たちが活躍できたのも中村さんたちのおかげか」
「今は当時の1.5倍くらいの資金を使っている」
「やはり強豪校はそれなりに費用も掛かるよね」
「その半分を私が寄付してるんだけどね」
と千里はさらりと言う。
 
「ちー姉、実は高額納税者だよね?」
「桃香には内緒でね」
 
やれやれ。
 
「でもちー姉、今日はどこ行くの?」
「内緒」
 
「ちー姉、それが多すぎるよ!!」
 
「でも今回は後で教えてあげるよ。桃香にもね」
「へー!」
 
高岡に戻ったのはもう夜中の2時半であったが、千里はやはり疲れていたようで、そのまま眠ってしまい、朝6時に桃香を起こして朝ご飯も食べずに一緒に千葉に戻ると言う。しかし千里の寝不足を桃香が心配して、自分が運転すると言った。それで桃香がミラを運転して帰って行った。朋子がおにぎりを作ってふたりに渡していた。
 

3月20日(金)。
 
宮古島。
 
朝一番の連絡(羽田625-915那覇1000-1050宮古)で秋風コスモスとともに宮古島に到着した紅川は迎えに来てくれた娘の車の助手席で
 
「清子(ヒバリ)ちゃん、どんな感じ?」
と尋ねた。
 
今日のコスモスは実用的なネイビーのビジネススーツである(銀座山形屋のパターンオーダー。女性用ビジネススーツのイージーオーダーを扱う店は実はひじょうに少ない)。
 
「電話でも日々言っている通り、ほとんど普通の子という感じだよ。お薬は一応飲んでいるけど、もっと軽いものに変えてもいいんじゃないかという気がするよ。あれ清子ちゃんが持っていたシートを見て調べたけどかなり強い薬だよ」
と娘は言う。
 
「そのあたりは病院の先生に訊かないと、僕ら素人の判断ではいけないと思う」
「でも病院の先生って、病気を治すことにしか興味無いからさ。人間を治すことには無関心なんだよ」
「うーん。それはそうかも知れないけどね」
 
実家に辿り着くとヒバリは大先輩の秋風コスモスが来てくれたことを物凄く喜んだ。
 
「わーい! コスモス先輩、ご心配掛けてすみません」
「なんだ、ヒバリちゃん元気じゃん」
と言って秋風コスモスはヒバリをしっかりハグした。
 
「あのね、あのね、聞いてもらえます?」
「うん」
「私、東京に居た時も、福岡の病院にいた時も、毎晩のように黒い兵隊に取り囲まれて攻撃されていたの。でも宮古に来てから、全然攻撃されなくなったの」
 
「へー。きっと悪い奴らもこんな遠くまでは攻めてこれなかったんだよ。ここに来て良かったんだよ」
 
「そうかも知れない。私、ずっとコスモス畑を見ていて、コスモス畑が枯れるまでここにいるつもりだったんだけど、それが枯れちゃったんですよね」
「うん」
「でも、もう少しここに居たいなあという気がして」
「じゃ、コスモス畑の代わりに秋風コスモスが君にここに居て良いという許可を与えるからもう少しここに居なさい」
「いいんですか?」
 
「まだ公表してないけど、今度私が§§プロの社長になるんだよ」
「え?ほんとですか?」
「秋風コスモスの社長命令。取り敢えず本州でコスモスが咲く頃までは沖縄に居なさい」
「はい!」
 
とヒバリは嬉しそうに言った。
 
その日、紅川と秋風コスモスも一緒に付いて行き、ヒバリは母とともに宮古島の精神科を訪れた。彼女のこれまでの病歴を説明した上で、彼女が宮古島に来てからの3週間で急速に元気になってきていることも説明した。
 
「これが今、福岡県の**病院で頂いているお薬なのですが」
と言って母親が見せる。
 
医師は付き添いの3人をいったん室外に出してヒバリとふたりだけになっていろいろ本人と会話をした。15分ほどにも及ぶ診察を経て、母親だけを呼び入れる。
 
「病状は明らかに快方に向かっています。お薬をもっと軽いものに変えて様子を見ましょう」
「はい!」
 
「それとお嬢さん、元々絵が好きらしいですね」
「ええ。この子、歌手になってしまったんですけど、いつも音楽の成績は1で。でも図工の成績はいつも5だったんですよ」
 
「何か画材を買って来て、たくさん絵を描かせるといいです。それがきっと治療の役に立ちます」
「やってみます!」
 
 
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