【春色】(2)

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青葉たちは七尾駅前のパトリアの6F駐車場に車を駐めると、4Fの会場に行ってみた。入口付近に七段飾りのひな人形がいくつか並んでいるので 
「わあ、きれいだねぇ」
などと言いながら、メイン会場の中に入ったのだが。。。
 
圧巻であった。
 
長方形の部屋の短い方の辺側に24段の雛壇が作られ、そこに大量の雛人形が並んでいる。幅は10m, 高さは6-7mあるだろうか。青葉たちは声も出せずに見とれていた。
 
「ね、ね、あそこで記念写真撮ろう」
 
雛壇の前に、赤い毛氈で覆われた小さな壇があり、代わる代わる小さな女の子などがそこで記念写真を撮ってもらっている。
 
「よし4人そこで並んで」
と桃香が言う。
 
日香理・美由紀・青葉の順に並び、「早く早く」と言われて
「俺も〜?」
などと言いながら吉田君も一緒に並ぶ。
 
「男が雛人形の前に立つのも」
「だったら女の子っぽい服を着る? 私の着替えを貸してもいいよ」
「やだ」
 
4人並んでいる所を桃香が持って来たカメラとスマホとで写真を撮った。 
こういう時のお約束で、カメラを扱うのは必ず桃香でなければならない。千里がカメラを扱うと絶対に何も写ってないのである!
 
「千里君、これは一体何を撮ったのだね?」
「富士山を撮ったつもりだったのだけど」
「何かは私にも分からないが赤いものを近接撮影している」
 
などという会話がふたりの間にはよく交わされている。
 
その後、桃香と千里も並ばせて、吉田君が写真を撮ってあげた。
 

パトリアに入っているお菓子屋さんで金沢の銘菓『中田屋のきんつば』を買った上で、七尾港の道の駅『能登食祭市場』に移動して、海鮮丼を食べた。その後、帰ることにする。
 
七尾市内は七尾ICの開通に伴い、道路工事の真っ最中で変則的な進行になっていたが「→能越自動車道」という案内を見ながら車を走らせていると変な所に来てしまう。
 
「これは絶対七尾ICじゃないよね?」
「ちょっとそこのセブンイレブンに駐めて考えてみる」
 
と千里も言って休憩する。
 
おやつを買ってから、お店の人に素直に聞いてみた。
 
「ええ、ここは七尾城山ICなんですよ。七尾ICはいったん町まで降りてから左手に進行してください」
 
と教えてもらった。
 
七尾IC開通・北陸新幹線開通の特集をしている雑誌が何冊も出ていたので千里が1冊買って、実際にその地図の上でお店の人に場所を確認した。
 
「城山ってお城があるんですか?」
と美由紀が訊く。
 
「七尾城ってのがあったんですけど、古い山城なんですよ。ほんとに山の中ですよ」
「行ってみよう!」
 

1576年9月、上杉謙信は1万の大軍を率いて能登に侵攻した。
 
大義名分は、畠山家の当主の相次ぐ死で国が乱れているので、かねてから畠山氏より上杉に人質として差し出されていた畠山義春(畠山義綱の弟)を新しい当主に据えて能登の治安を回復させるというものであった。
 
謙信は大軍で能登各地の支城を落とし本城の七尾城に迫って降伏勧告するものの長続連はこれを拒否する。籠城戦が続くが、1577年3月、北条氏政が北関東に進出してきたという報せを受け、謙信は本国安堵のためいったん帰国する。 
この隙に長続連は上杉が残していった兵を各個撃破し、再び能登全体の支配を回復する。しかし上杉は1577年7月再度大軍を率いて能登に侵攻する。長は奪還していた各支城を放棄して全兵力を七尾城に集結させ、あわせて領民も多数城に籠もらせた。この時、七尾城に入った兵士・領民は1万五千人とも言われ、数だけでいえば、上杉軍を大きく上回った。
 
あわせて長続連は織田信長に援軍を乞うべく、息子の長連龍を派遣する。信長は了承し、8月柴田勝家を総大将とする援軍が能登に向けて出発した。
 
しかしその間に七尾城では疫病が発生し、当主の畠山春王丸も感染して7月23日病死してしまう。結局、当主不在のまま長続連が「城代」として上杉に対抗することになった。
 
(春王丸には弟がいたとされるが、当主を継承したような記録は無い。また、畠山氏には松波城城主の畠山義親など成人の親族も居たものの、この時代は長続連が実質下克上したも同然であった。なお畠山氏は足利氏の系列で源氏だが、長氏は平家一門である) 
しかし1万人以上の兵士・民衆が城に籠もっていると物資が不足する。特に山の上は水が乏しい。長は水は不足していないということを上杉側の偵察兵に見せるため、米を落として滝があるように見せかけた。ところが上杉側がよく見ると、その「滝」に小鳥が寄ってきてつついている。
 
それを見た上杉側は、あれは水の滝ではなく、米か麦の類いを落として滝のように見せかけているのだということに気づいたのである。
 
結局上杉は内部に揺さぶりを掛ける。
 
家臣団の中にも、長続連をあまり快く思っていないもの、信長に反感を持つ者、上杉と親しい者たちがいる。彼らと密かに連絡を取り、反乱を唆したのである。彼らは実際籠城戦を続けても勝てる訳が無いと考えていた。
 
9月13日、城内の反抗勢力から近く内応を起こすという連絡が上杉に入る。謙信はその報せを聞いて勝利を確信し、このような七言絶句を詠んだ。
 
「九月十三夜陣中作」という題名で今に伝わるものである。
 
霜満軍営秋気清

数行過雁月三更

越山併得能州景

遮莫家郷憶遠征

 
霜、軍営に満ちて秋気は清し。

数行の過ぎゆく雁、月は三更。

越山と併せ得る、能州の景。

遮莫(さもあらばあれ)、家郷は遠征を憶わん。

 
ここで「三更」とは夜を5つに分割した内の3番目のことで要するに真夜中である。大雑把に言えば初更が8時頃、二更が10時頃、三更が12時頃となる。 
そして9月15日、親謙信派の遊佐続光が、家臣団内で本来は政敵であった温井景隆やその実弟の三宅長盛らと示し合わせて七尾城内で反乱を起こし、長続連やその一党を倒し、城を開放した。長一族で生き残ったのは、織田信長の元に援軍要請に行っていた長連龍の他は数名の幼児のみである。
 
一方の柴田勝家の援軍のほうは、陣中で勝家と羽柴秀吉が喧嘩して秀吉が勝手に帰ってしまうなど軍内の規律が乱れ、一向一揆勢力とも各地で衝突したりして、なかなか進軍することができずにいた。それでこの七尾城攻防戦に間に合わなかったばかりか、加賀の手取川の戦いで上杉勢に大敗して、ほうほうのていで逃げ帰るはめになる。
 
織田勢の反撃は、謙信が亡くなった後まで待たねばならない。
 

青葉たちは、コンビニで買ったおやつを車の中で食べてから、七尾城に行く細い道を登っていった。城にはすぐ辿り着いた。
 
「確かにこれはただの山だ」
「天守閣とか無いんだっけ?」
「天守閣が作られるようになったのは戦国がほぼ終わってからだよ。あんな非実用的なものはこの時代には無いから」
「天守閣なんてただの権威の象徴だろうね」
 
青葉はその場所で緊張していた。見ると千里も緊張しているようだ。あまり長居しない方がいいようだ。美由紀は思っていたのと違う(姫路城や熊本城のようなものを想像していたようだ)のでがっかりするも、何か「戦利品」がないかあちこち見ている。写真も色々な場所で撮っているけど、変なものが写っていなければいいがと心配した。
 
そんなことを考えていた時、突然青葉に「何か」が襲いかかってきた。驚いて手で払いのける。次の瞬間、その「もの」は消滅した。千里が
 
「こういう場所で油断しちゃダメだよ」
と言う。
 
どうもその「何か」は千里が「処分」してしまったようだ。青葉には検知できないのだが、おそらく千里の眷属がやったのではないかと想像した。
 
その時、トントンと青葉の腰を叩く者がいる。
 
「はい?」
と言って振り返ってから青葉は
 
しまったぁ!
 
と思った。隣で千里が渋い顔をしている。しかし青葉はその赤い小袖のような服を着たお下げ髪の「男の子」に尋ねた。
 
「どうかしたの?坊や」
「あれ?僕が男の子だって分かった?」
「分かるよ。君、元気そうだから、きっと長生きするよ」
「そう? よかった。うちの父上もその伯父上も、なんか二十歳くらいで死んじゃったから、僕もあまり長生きできないのかなあと思ってた。兄上もまだ小さいのに死んじゃったし」
 
「君はきっと八十歳くらいまで生きると思うよ」
と千里が隣から言った。
 
「ほんと?そんなに長生きできたらいいなあ」
とその女装(?)の男の子は言うと
 
「お姉ちゃんたち、今、僕を襲ってきたもの倒してくれたね」
「うん。私たちもやられそうだったから倒しただけだよ」
「お姉ちゃんたち強いんだね。御礼にこれあげる」
 
と言って、男の子は青葉に透明な勾玉のようなものを手渡した。青葉は反射的に受け取ってしまってから、あれ〜?これもらって良かったのかなと思う。 
しかし、次の瞬間、青葉は目の前に誰もいないことに気づいた。
 

「誰だろう?」
と青葉は千里に尋ねた。
 
「さあ。でも悪いものではないと思ったよ」
と千里も言う。
 
「じゃ、いいか。これはもらっておいて」
と青葉。
 
「たぶんそれが必要になるから」
と千里。
 
「何が起きるの〜?」
と青葉。
 
「青葉は物事に首を突っ込みすぎるんだよね。その性格直さないと早死にするよ」
と千里は言っていた。
 

山を下りる。言われた通り降りてから左折して走っていると、やがて突然快適なバイパスが出現した。市街地近郊によくこんな立派な道を通したものである。 
そしてやがて「能越自動車道 10.七尾 高岡方面」と書かれた緑色の標識が見える。 
「ここを左折すると七尾ICに行けるのかな」
と桃香が言う。
 
「たぶん」
と言って千里はそちらに車を向けた。
 
おそらくインターチェンジがあるのだろうと思い、控えめの速度で走っていたのだが・・・・
 
「ねぇ、もしかしてこれ既に本線なのでは?」
と運転している千里が言う。
 
「どうもそんな気がしてきた。じゃさっきの三叉路が実は七尾ICだったのか!」
「たぶんそうだよ」
「全然ICらしくなかった」
「あれ間違って進入する人もいそう」
「でも入ってしまった以上、山の向こうまで行かないと戻れない」
「うん。七尾城山ICはハーフICで、七尾ICから来た車は降りられないから」
 
その七尾城山ICを通過する。青葉はさきほど出会った女装の男の子のことを思い出していた。七尾城攻防戦のことは日本史の時間に先生が余談として話してくれたので知っていたが、あまり細かい話は聞いていなかったので、あれがどういう人物に該当するのかは分からなかった。ただ、どうも七尾城に籠もっていた側の誰か。それもかなり重要な人物のようには思えた。
 
女装していたのはおそらく男なら皆殺しにされかねないのを避けるためだろう。あるいは開城で混乱している隙にあの格好で城から逃げ出したのかも知れない。 

カーブの多い山道(県道18号)をひたすら走ってきた往路に比べて、新しくできたばかりの能越自動車道を通る復路は快適だった。ただしトンネルの連続である。1760mの七尾トンネルをはじめ、小栗トンネル、麻生トンネル、と幾つもののトンネルを通って能登半島東岸に出るが、富山県側でも数百メールの長さのトンネルが10個ほど氷見北ICに辿り着くまでつらなっている。
 
「全然空が見えない」
「うん。地下高速って感じだね」
「東海北陸自動車道とかも凄いよね」
「あそこもひたすらトンネルだよね」
 
桃香は助手席でずっと「鷹狩り」をしていたが電波が弱い区域や圏外の区域が多く、なかなかうまく狩れないようであった。
 
「こらぁ!こんな所で町娘出てくるな! 時間が無いんだぞ!」
「嘘!?なんでここでここの電波が入る?」
などと桃香は叫んでいる。
 
「電波の弱い地域って、ちょっとした地形次第で意外に遠くの基地局の電波を拾っちゃうんだよね。天然のパラボナアンテナができていたりするんだ」
と千里が言う。
「珠洲市の一部で新潟のFM放送が聴ける地域があるらしいですよ」
と日香理も言う。
 
「あ、そこトンネルに入る前にちょっと停まって」
と桃香。
「高速でそんな無茶言わない」
と千里。
「ああ!圏外になっちゃった」
「鷹狩りには下道を通らないと難しいかも」
 
それでも後で確認すると狩りたかった「空」の中で狩りそこねたのは1つだけで目的の「空」はほとんど狩れていたようであった。
 
「でも道がまっすぐなのはいいなあ」
と大半の子の意見。
 
「県道18号も国道415号も凄いカーブばかりだからね」
 
やがて車は高岡北ICを降りて伏木の町に入り、吉田君を先に自宅前で降ろしてから美由紀・日香理も各々の自宅前で降ろして青葉の自宅まで戻った。 

3月9日(月)。この日、富山県の県立高校生は10-11日に高校入試が行われるので、その準備のため、早いところでは午前中、遅い所でも15時頃で授業は打ち切られた。この日は部活も禁止で青葉たちのT高校では1時半には全員強制下校となり、先生たちが教室を見回り、残っている生徒を追い出した。 
それで青葉も2時には自宅に戻る。それから青葉・朋子・桃香・千里の4人で借り物のエルグランドに乗り、岩手に向かって出発した。この車で高岡に行ったあと大船渡まで走ることは冬子の了承済みである。
 
伏木万葉大橋・新庄川橋を越え、国道415, 472を走る。立体交差の鏡宮交差点で8号線と交わり、ひたすら南下して小杉ICから北陸自動車道に乗った。 
能登・高岡近辺から北陸道の新潟・東京方面に乗る時はこの小杉ICを使うことが多く、鏡宮交差点はひじょうに交通量の多い交差点である。能越道方面から来た場合も、実はかなり離れている小矢部砺波JCTまで回り込むより、高岡北ICでいったん降りて8号線を走りあらためて小杉ICから乗った方が早いこともあるのである。
 
なお「新庄川橋」は「((新庄)川)橋」ではく「新((庄川)橋)」である。庄川に掛かる新しい橋ということで長さ417-418mのワーレントラス橋である。また、伏木万葉大橋は橋自体がS字型をして湾曲して架かっている美しい橋で長さは610mある。2009年8月に完成したもので、この橋ができるまで両岸の行き来には渡し船(如意の渡し)が利用されていた。
 
富山には氷見漁港の美しい斜張橋・比美乃江大橋、射水市の長さ3600mの新湊大橋、その新湊の遊覧船コースにも入っている「屋根のある橋」東橋など、見る価値の高い橋が多い。
 

運転は千里と朋子が交代で運転することにしていた。借り物でしかも新車を桃香に運転させて万が一にも傷つけたりしたら申し訳無いということで今回も桃香はドライバー役からは排除されている。
 
「ふたりとも疲れている時は青葉運転してね」
などと朋子は言っていた!

 
車は北陸道をひたすら東行し、新潟中央JCTから磐越道に入り、郡山JCTから東北道に入った。
 
また、過去に青葉が彪志の運転する車で大船渡に向かった時はだいたい一関から国道284号を通るルートで気仙沼市に出てそこから海岸沿いに北上していたのだが、今回は花巻から釜石自動車道で釜石市に出てそこから海岸沿いに南下するルートを試してみた。
 
途中適宜休憩しながら進行する。(千里運転)名立谷浜SA(1600-1800)(朋子運転)阿賀野川SA(2000-2100)(千里運転)安達太良SA(2230-000)(朋子運転)長者原SA(200-300)(千里運転)花巻PA(400-430)(朋子運転)釜石市内のコンビニ(530-700)と進んで最後釜石から大船渡までのカーブの多い道は千里が運転した。 
名立谷浜SAで夕食、安達太良SAで夜食、釜石市内の駐車場の広いコンビニで朝食を取っている。大船渡に到着したのは3月10日朝8:30頃であった。
 
桃香が
「花巻から釜石まですごくいい道だったから、これはいいと思ったが、最後はやはり凄い道だった」
などと言っていた。
 
「だから寝ておくといいよと言ったのに」
と千里は言っている。
 
「大船渡の道路事情はまだ30-40年は改善されないでしょうね」
などと青葉は言った。
 
桃香は花巻まで寝ていて、そのあと釜石自動車道を走る区間は起きて景色を見ていた。この日の天文薄明は4:24, 夜明けが5:19, 日出が5:53であったものの、あいにくの雪であった。しかし桃香は
 
「遠野の民話がどういうところで生まれたのか、その一端を感じた」
などと言っていた。
 

佐竹家に寄ると、盛岡の大学の4年生・真穂が戻って来ている。
 
「ちょっと早いけど真穂さん、卒業おめでとうございます」
と言って青葉は昨日高岡で桃香が買ってくれていた花束を渡す。
 
「ありがとう!」
と嬉しそうに言って真穂は花束を受け取った。
 
「真穂さんの卒業式は何日ですか?」
「24日なのよ。既に論文の審査も終わってるし、それまではすることがないんだけどね」
 
「アパートは引越ですか?」
「うん。今住んでいる所は大学生・専門学校生限定になってるから、市内で別の場所にアパートを借りる。家賃が今まで4万だったのが6万になっちゃうから大変」
 
「私は仕送りしなくて済むようになるから楽だ」
などと母親の慶子は言っている。
 
「こちらに仕送りしなくてもいいから、結婚資金は貯めておいてよね。私はとても結婚式の費用なんて出してあげられないから」
「大丈夫。私、結婚とかしないから」
 
どこの娘も困ったもののようである。
 
「お仕事は4月1日から?」
と千里が訊く。
 
「そうそう。1日に入社式をするらしい。全社の新人社員を1ヶ所に集めてセレモニーやるんだって。紺色のビジネススーツで、立ったら膝が隠れて、座ったら膝上5cm以内のもの、アクセサリー禁止と指定された」
 
「めんどくさいね!」
「男はスカート丈とか何も言われないのに」
「いや、男にスカート穿かせるわけにもいかないし」
 
「いや。うちみたいに振袖着て来いというのよりはマシだよ」
と桃香が言っている。
 

10時頃、彪志が母と一緒に車で来たので、一息付いてもらってから出かけることにする。
 
車は3台もあると大変なので、エルグランドに8人乗り込んで1台だけで行くことにした(千里・桃香・青葉・朋子・慶子・真穂・彪志・文月)。運転はこの付近の道に明るい慶子がすることにした。
 
最初に青葉の父が亡くなった場所に行き、青葉が般若心経を唱えるのに全員唱和して冥福の祈りを捧げた。続いて母とそのボーイフレンドが亡くなった場所、祖父母が亡くなった場所に行き、最後に未雨が亡くなった場所に行って各々祈りを捧げる。
 
そのあと££寺に行き、川上家・八島家の墓にお参りしようとしたのだが、お寺に声を掛けたら御住職の川上法嶺さんが出てきて
 
「青葉ちゃん、お帰り。僕がお経をあげてやるよ」
と言いだす。
 
「ご住職、お忙しいのでは?」
「明日はね。そうだ、明日は青葉ちゃんも檀家回り手伝ってよ」
などと言う。
「まあいいですけど」
 
「もっともほとんどの所は法要はこないだの土日にやったんだよ」
「ああ、そうでしょうね」
「4年もたつとわざわざ坊さんまで呼んで法事する家は少ないしね。2年後の七回忌の時はまた忙しいだろうけど」
 

そんなことを言って出てきた御住職は墓の前で長い長い経をあげてくれた。桃香があきらかに「まだ続くのか〜?」という顔をしていた。
 
なお、この墓に入っている仏様は、青葉の姉・未雨、両親の川上広宣・礼子、礼子の両親(青葉の祖父母)の川上雷造・市子、雷蔵の両親の川上法潤・桃仙、市子の妹の双乃子、市子の両親の八島陸理・賀壽子と10人である。そのうち5人が2011年の震災で命を落とした。
 
30分ほどにわたるお経が終わった後、青葉は慶子たちには寺で休んでいてもらって、住職・青葉・彪志・桃香・千里の5人だけでもうひとつのお墓にお参りした。それは母のボーイフレンド・平田さんのお墓である。
 
未雨と青葉の姉妹は小さい頃から、随分平田さんに御飯を食べさせてもらった。そして震災の時、ふたりが亡くなった位置から、ふたりは祖父母を助けに行こうとしていて間に合わずに津波に呑まれてしまったことが推察された。それ故に青葉はこの人を弔い、墓を建てたのである。死亡届も青葉の弁護士が出した。平田さんの親族については弁護士に調べてもらったものの、よく分からなかった。
 
なお、平田さんが住んでいた場所は高台にあって、震災では無事であった。その土地については、相続者も居ないものの、平田さんは借金なども無かったようで(クレカの利用料金残高は青葉が支払った)、誰も相続財産管理人の選任を請求していない。そのためその土地家屋は平田さんの名義のまま放置されている。
 
固定資産税については青葉が代理で支払っており、除草・清掃・家屋の傷んだところの修理、庭の除雪なども、地元のシルバー人材センターに委託している。そのため4年間も主が居ないまま、その家は震災当時のまま、きれいな状態で維持されているのである。
 
桃香が「お経の長さは負けてくれ」などといったので、住職のお経は15分で終わったのだが、青葉が平田さんの家の現状について説明すると、桃香は考えるようにして言った。
 
「それは青葉が特別縁故者を名乗り出る資格があると思う」
 
千里はそれに対して少し考えていたが
「そのままにしておいてもいいと思う。利害関係者が誰もいない訳じゃん。だったら、このまま青葉がそこの清掃を依頼したり、何なら植木を植えたり、自分の荷物を運び込んだりしててもいいと思う。それに誰も文句をつけない。そしてその状態が20年続けば、この土地は時効取得によって青葉のものになる」
 
「20年で時効なんだ!?」
「それが他人の土地であることを知らないまま占有していた場合は10年だけど他人の土地であることは知っていて占有していた場合は20年」
と千里は説明する。
 
住職も言う。
「実質自分のものと同様の感覚で使っていればいいよ。あそこは国道沿いではあっても、山の中で他の家からも離れているし、多分誰も欲しがる人はいない。資産価値としても恐らく200-300万円。多大な裁判費用掛けてまで取得しようとする人も無いと思う。だから勝手に使っていればお姉さんが言うように20年経てば青葉ちゃんのものになるし、誰か何か言ってきたら裁判をすれば特別縁故者として認められる可能性もあるし、それが認められなかったら青葉ちゃんが所有権の確定した人から買取ればいいんじゃないかな」
 
「じゃ開き直っちゃおうかな」
「うんうん」
 
「この震災でたぶん、同様の状態になってしまった土地があちこちにあるよ」
と御住職は言った。
 

その日の午後は、青葉は早紀の家に行き、そこに椿妃や他に数人の友人も来て、久しぶりの再会を楽しんだ。結局、青葉はそのまま早紀の家に泊まることになった。
 
なお、彪志は青葉を全く占有できなさそうなので、いったん一関に戻ることにした。朋子と桃香・千里は大船渡市内の旅館に泊まる・・・つもりだったのだが、結局「勝手に使っていた方がいい」という話に基づき平田さんの家に泊まった。 
「ちゃんと電気・水道が来ているのか」
と桃香が驚いていた。
 
「電気代を毎月ちゃんと払っているということだよね」
 
「ガスは止めてあるみたいね」
と朋子。
 
プロパンガスなのだが、ボンベなどは設置されていない。
 
「誰もいない家でガスが使えたら、どう考えても危険だよ」
と桃香。
 
「でも水は赤さびがほとんど出なかったね」
と言って千里も驚いている。
 
「それって逆に漏水してない?」
と言って3人で調べてまわると、土間の水道から凍結しないように土の中にパイプを通して、庭の池に水が供給されていることが分かった。
 
「池に魚がいるぞ」
 
見るとけっこう大きな鯉が数匹泳いでいる。
 
「4年間生きてたのか?」
「エサは?」
 
それで青葉に電話して確認すると、ここの池の鯉は越冬期を除いてはシルバー人材センターの人に餌やりもお願いしていたということだった。しかし水が水道から供給されていたのは青葉も知らなかったという話であった。
 
「流してる量が少量だし、基本料金以内だから青葉も気づかなかったのかも」
「定期的に清掃しているから、掃除機を動かすために電気は来ていたし、水も使うだろうからということで、電気と水はずっと青葉の口座からの引き落としで料金を払っていたらしい」
 
なお水道の方は平田さんの名義のまま青葉の口座から引き落としているものの電気の方は名義を一致させてくれと東北電力から言われて青葉名義の契約に変更しているらしい。またこの家の排水は浄化槽によって処理されたあと近くの川につながる溝に流されているが、浄化槽のメンテは毎年冬になる前の10月にしているらしい。
 
桃香は家の玄関の所に「用事がある人は下記に連絡して下さい」と書いた紙を貼った。連絡先には桃香の携帯番号を書いておいた。
 
「これで占有している感じが出るだろ?」
などと桃香は言っている。
 
「シルバー人材センターの人がお世話してくれるのなら、プランターに花とか植えてもいいかもね」
と千里。
 
「青葉も頻繁に大船渡に来てるんだから、その時はここに泊まればいいんだ」
と桃香。
 
「それがいちばん自然だろうね」
と朋子も言った。
 

翌日3月11日。この日はひたすら雪である。
 
大船渡市では、当日2時半から市内のホールで東日本大震災四周年大船渡市犠牲者追悼式という式典が行われた。
 
しかし青葉は朝から大忙しであった。以前££寺で作ってもらった法衣に瞬高さんからもらった袈裟を着て、川上家の一員として法事を頼まれていた家を雪の中何軒も訪問した。
 
主として青葉のことを知っている人の家を回ったのだが、
「青葉ちゃんこそ大変だったね」
と言って、おやつをごちそうになったり、亡くなった家族の話を聞いてあげたりなど、どうにも時間を食うことが多かった。
 
青葉が性転換したことを知らなかった人もいて
「ますます女の子っぽくなってる。あなた高校には学生服で通ってるの?」
などと訊かれ
 
「女子制服です。身体ももう手術して女の子になりました」
と言うと
「すごーい。でも良かったね」
と言ってもらえた。
 
青葉が性別・女の生徒手帳を見せると
「セーラー服、似合ってるね!」
などと言ってくれた。
 

今回、この檀家回りをしているのは、住職の法嶺(69)・長男の法満(45)、次男でふだんは神奈川県のお寺にいる法沢(43)、一関市の本家から手伝いに来てくれた法願(36)、法満の長男の法健(21)、そして青葉の6人である。法健はまだ住職の資格を持っていないのだが、人手が足りないので担ぎ出されている(青葉は住職の資格を持っている)。
 
※川上家の家系概略

 
(1)川上法光(1860-1949)の3人の子供

 長男・法海 大船渡の££寺を継ぐ。

 次男・法空 一関の¢¢寺の住職になる。

 長女・珠  鶴岡の僧・山原顕大に嫁ぐ。

 
(2)法海の家系

 長男・法潤 お寺を継がずに猟師になってしまう。

   法潤とイタコの遠敷桃仙の間の息子が川上雷造で青葉の祖父である。

   つまり実は青葉は本来、川上家の元々の本家筋なのである。

 
 長女・トラ 仙台のお寺にお嫁に行く。

 次男・法隠 招集されて26歳で戦死(1944)。

  彼の死亡で後継者が居なくなったため一関の法越が大船渡に来ることに。

 
(3)珠の家系

 珠の娘・道は出羽の修験者・佐竹旺と結婚して佐竹伶を産む。

 佐竹伶は青葉の曾祖母・八島賀壽子の弟子となって大船渡に住む。

 伶の娘が佐竹慶子、その娘が真穂である。

 
(4)法空の家系

 長男 法博 そのまま一関の¢¢寺の住職を継ぐ。

    法博の息子が法雲、その息子が法願、その息子が法泰。

 
 次男 法越 大船渡に戻って££寺の住職を継ぐ。

    大船渡在住の女性と結婚。

 
(5)法越の家系

 長男 法嶺 ££寺を継ぐ。青葉の祖母・八島市子と同級生。

 次男 法楽 花巻のÅÅ寺の住職になる。

 
 法嶺の長男・法満 法嶺の後継者。££寺の副住職。

 法嶺の次男・法沢 神奈川県の大きなお寺に居る。

 
 法満の長男・法健 現在大学生で仏教系の学部で勉強中。

 

午後2時でいったんあがって、朋子・桃香・千里・慶子・真穂とともに追悼式に出席する。この式典にあわせて一関から彪志と、今日は父の宗司が出てきてくれたのだが、青葉は式典が終わると、またお寺に戻って檀家回りである。 
結局青葉が「お坊さんのお仕事」を終えたのはもう18時すぎであった。彪志はその間ずっと待たされることになったので、手持ちぶさたでもあったので平田さんの家に行き、雪下ろしをした上で、父子で家の中を見て回り、床の傷んでいる所などを補修したりしていた。
 
桃香も結構作業を手伝っていたが、千里と朋子は食料品とIHヒーター、電気炊飯器・電気ケトル・ホットプレートを買ってきた後は、御飯を炊いておにぎりを作ったり、家の中の掃除をしたりしていた。
 
18時過ぎに法健さんに車で送ってもらって青葉が戻って来たが、
 
「取り敢えず精進明けで焼肉しよう」
などと桃香が言って、平田家の居間で新しいホットプレートを置いて焼肉を始めると、青葉が涙を浮かべて
 
「私、子供の頃よく、平田さんとお母さんと未雨姉ちゃんと4人でこの居間で焼肉していたんだよ」
と言った。
 
「じゃここで焼肉すれば平田さんの供養にもなるな」
と桃香が言うと、青葉も
 
「うん」
と言って、焼肉をつつき始めた。
 

食事が終わったあとはきれいに掃除をする。食器は洗ってきれいにしまう。ゴミは彪志が
「うちに持ち帰りますよ」
というのでお願いすることにしてカムリに積み込んだ。
 
「さて帰ろうか」
という話になった時、彪志のお父さんが
 
「すみません。私を一関まで乗せてもらえませんか?」
と千里に言う。
 
「え?」
「私の車は彪志が運転して、青葉ちゃんを一関まで連れて行くと思うので」
「なるほどー!」
 
「じゃ、私たちは先に帰ってしまうけど、後はよろしく〜」
と桃香が言う。
 
青葉は「え〜?」という感じで手で口を押さえているものの、結局青葉と彪志を残して、他の4人で先に出発して行った。
 

「えっと、私たち何すればいいんだっけ?」
と青葉が言うが
 
「俺たちは愛し合ってるんだから愛し合えばいいんだよ」
と彪志は言った。
 
「そうだね」
と青葉も言い、ふたりは熱くキスをした。
 

青葉は平田家の布団を借りて彪志と睦みごとをした後で、きっとお母さんはこの布団で平田さんと寝てたのかなあ、などと思うと感慨深いものがあった。お父さんは・・・・お母さんと平田さんのことを知っていたのだろうか。もし知っていたら嫉妬しなかったのだろうか。そんなことを考えてみたが、それはもはや誰にも分からないことだと思った。
 
おとなってどういう感覚で浮気をするのだろう?と考えるが分からない。 
ちー姉はなぜ桃姉と愛し合っているのに、細川さんとの関わりも続けるのだろう。桃姉もなぜちー姉のこと好きなのに、他の恋人を作ろうとするのだろう。千里の元彼の細川さんも、なぜちー姉を振って今の奥さんと結婚したのに、未だにちー姉との関わりを続けるのだろう。
 
全然分からないや!
 
青葉には、冬子が政子と同棲生活を送る一方で、男性の婚約者・木原さんとの関係もキープしていること、政子さんも冬子さんのこと好きなはずなのに、やはり男性の恋人・松山さんともしばしば会っていることも理解できない。
 
きれいに片付け、お布団は「この布団干してください」というメモを置いて家を出た。シルバー人材センターの人は週に1度は来てくれるはずである。 
「この家、彪志も自由に使っていいよ。鍵を1本渡しておくから」
と言って彪志に渡した。
 
「これコピーして返せばいい?」
「ううん。そのまま持ってて。震災の後、鍵を付け直したから、その時オリジナルの鍵を3本もらったんだよね。1本は慶子さんに渡して私が2本持っていたんだよ。だから1本は彪志に」
「了解」
 
「秘密の趣味の道具とかをここに隠してもいいよ」
「特に秘密にしている趣味は無いけど」
「女装したければ私の服を着てもいいけど」
「青葉の服が俺に着れる訳無い」
「確かに」
 

夜9時頃、彪志の父のカムリにふたりで乗り込んで、雪の夜道を出発した。 
「気をつけてね。急がなくていいから」
「うん。慎重に運転するよ」
「眠くなったら言って。運転代わるから」
「うん。でも青葉、夏休みになったら即運転免許取りなよ」
「そうしようと思う。学校が許可してくれるかどうかという問題はあるけど」
「進学校だもんな!」
 
「彪志、来年卒業したら何の仕事するの?」
「一応中学と高校の先生の免許は取得できる見込みだけど、実際にはコネも特別なアピールポイントも無ければ難しいと思ってる」
「かもねー」
「自分の性格を考えると大企業とか公務員向きじゃないし、コンピュータ関係をやるような精密思考って俺ダメなんだよな」
「ああ」
「自動車関係は親父がやめとけと言ってるし」
「なるほど」
「飲食店とかアパレルとかはとても3年もたないと思うし。今少し考えているのは、ひとつは塾の先生」
「へー」
「もしくはちょっと狙っているのは統計関係の仕事」
「それってどういう会社?」
「製薬会社とか、金融関係とか、大手の製造メーカー関係でもその手の仕事はあるんだよね」
 
「ニッチだ」
「でも出来る人が少ないんだよ」
「統計とか分布とかいう話は難しいもん」
「幸いにもそういうの俺は強いから」
「もしかしたら行けるかもね〜」
 

「彪志はさ」
「うん?」
「浮気したいとか思う?」
「なんで?青葉浮気したいの?」
「そんな難しいこと、私きっとできない。恋人が複数いたら誰と何を話したか誰とどこに行ったか分からなくなって、すぐにバレちゃうと思うよ」
 
「それ、浮気する人はさ」
「うん」
「両方の恋人と同じ所でデートするんだって」
「へー!」
 
「そしたら、こないだスペースマウンテン楽しかったね、と言っても安心」
「その手は考えつかなかった」
「それどころか、同じニックネームになる子としか浮気しないという人もいる」
「呼び間違いしても平気って訳か!」
 
「でも俺も浮気する気にはならないな。青葉以外の女の子とキスしたりセックスしたりって、そんなことしたらきっと自分の良心の呵責に耐えられないと思う」
 
「あ!私もそういう感覚なのよ」
 
「浮気する人って、そのあたりどう心の中で整合性を取るんだろうね。俺には分からないよ」
 

3月11日(水)。
 
地元の県立高校の入学試験を受けた真白は、数人の友人と一緒に近くのショッピングモールに寄った。都会ならいろいろ遊ぶ所もあるのかも知れないが、田舎ではゲーセンもカラオケも無いし、中高生が息抜きできる場所なんて、こういう所くらいのものである。
 
飲み物を買ってフードコートの椅子に座り、飲みながら友人たちと話していたら、その一角でふたりの女性が何やら話しているのに気づく。真白たちが注目したのは、そのひとり、40代くらいで髪の長い女性が細い竹の棒のようなものを多数手に持ち、しばしばジャラジャラやっていたからである。
 
「占い師さんだよね?」
「そうなの?」
「あれ筮竹(ぜいちく)だよ」
「あれで占いができるの?」
「易(えき)って言うんだよ」
 
やがてその相談していた人が御礼を言って立ち上がった。その女性が去った後、美里がそのテーブルに近づいて行き声を掛けた。
 
「あのぉ、占いをなさってるんですか?」
「はい、そうですよ」
とその女性は笑顔で答える。
 
「私たちとかも占ってもらえます?」
「いいですけど、私、あまり安くないですよ」
「えっとお幾らですか?」
「基本的には1回3万円頂いています」
「きゃー」
 
「でも私、もう帰ろうかと思っていた所だし、あなたたち中学生かな。今日だけは15分1000円で見てもいいですよ」
「じゃ、それでここにいる4人お願いします」
「いいですよ」
と女性占い師は言ったが
 
「え?私も」
「僕も?」
と友人たちは声を挙げた。
 

最初に美里が占ってもらっていたが、他の3人は離れた席で別途おしゃべりをして待っていた。
 
「なんか美里泣いてるよ」
「恋愛相談でもしてるのかなあ」
「美里の好きな人って誰?」
「さあ」
「少なくとも真白ではないよな」
「僕と美里はそういう関係じゃないよ」
「うん。それは美里も言ってるね」
「だいたい真白って、あまり男の子っぽさが無いよね。いい意味で」
「なんか気軽に声を掛けられるんだよなあ」
「真白、GIDとかじゃないんでしょ?」
「そのつもりは無いけどなあ」
「真白のお父さんは?」
「まあ見ての通りだよ。僕は物心ついた頃からああいうお父ちゃん見てるから別にそれが普通で気にしてないけどね」
「なるほどねー」
「だから僕って女家族の中の唯一の男なんだよ」
「ほほお」
「だから女の子に対して垣根が無いのかもね」
「ああ、それはありそう」
「真白のお父ちゃんって、おっぱい大きくしてるの?」
「知らない。絶対に裸を見せないんだよ」
「へー」
 

優梨、佳恵が見てもらった後、最後に真白が見てもらった。
 
「あなたはご相談事は何でしょうか?」
 
真白は焦った。実は何を相談するか何も考えていなかったのである。
「えーっと」などと言って考えてみた時、先日から見ていた夢のことを相談してみようかと思った。
 
「あのお、夢判断とかできますか?」
「どういう夢を見たんですか?」
「実はこのところずっと同じ場所が夢の中に出てきて」
 
と言って真白はそのシリーズの中で最も印象が強く残っている、最初に見た夢の内容を話す。すると話を聞いている内に、次第に占い師さんの表情が険しくなっていくのを感じた。
 
占い師さんは黙って筮竹を手に取り、ふたつに分けた。
 
左手に残った本数を数えている。彼女はその動作を3回繰り返した。
 
「天沢履の四爻変。風沢中孚に之(ゆ)く」
「どういうことでしょう?」
 
「何かの古い霊的な罠にハマってしまっています。そこから抜け出さないと、あなた下手すると命を落としますよ」
「えー!?」
「虎の尾というのが出てくるんだけど、これは何だろうなあ」
「虎の尾を踏むとかですか?」
 
「何か古い・・・戦国時代くらいの臭いを感じる。あなた悪いこと言わない。どこか信頼できる神社に行って、お祓いを受けたほうがいい。取り敢えず何か回避策が無いかな」
 
と言って、占い師さんは自分の荷物の中を探している。
 
「これ差し上げます」
と言って小さな鈴をくれた。紐が付いている。
 
「これ昨年私が熊野古道を歩いた時に熊避けに付けていた鈴です。あそこの神域に触れているから最低限の防御効果があると思う」
「ありがとうございます」
 
「そうだ。これもあげます」
 
と言って真白が渡されたのは何かの種である。
 
「これをあなたの家の・・・・庭ある?」
「ちゃんとした庭は無いですけど、一戸建てなので、建物の周囲に地面はあります」
 
「だったらね・・・・」
 
占い師さんは目をつぶって考えている。
 
「家の南側の適当な場所に埋めて」
「南ですね。水とかは?」
「今夜多分雨が降るから、それで行ける」
「これは何の種ですか?」
「私も聞いてないのよ」
「へー」
「でもあなたの危機を救う植物が生えると思う。生えたら水くらいはあげておいて。枯れたら掘り起こして火を点けて燃やして欲しいの」
「分かりました!」
 
「くれぐれもしっかりお祓いしてもらって」
「分かりました。あのぉ」
「うん?」
「なんかたくさん見てもらって。見料はいくらお支払いすればいいでしょう?」
「千円で受けたから千円でいいよ」
「済みません!」
 

3月11日の晩、青葉と彪志は22時半頃一関に到着したが、この夜の各々の動きは少々複雑である。
 
先に19時半頃に大船渡を出た千里が運転するエルグランドは、21時頃一関に到着している。一関には★★レコードの矢鳴さんと佐良さんが千里のインプレッサを運転して持って来てくれていた。
 
一行は彪志の実家で彪志の父を降ろした後、一関IC近くのファミレスに行って矢鳴さんたちと落ち合う。そしてエルグランドは佐良さんが運転し、桃香だけを乗せて東京方面に帰還。佐良さんは千葉市で桃香を降ろした後、冬子のマンションにエルグランドを返却した。
 
桃香は翌12日、車屋さんで修理の終わったミラを受け取り、それを運転して館山まで行き、伯父に保証人の署名捺印をしてもらってから、東京の就職先に誓約書を提出した。
 
一方、千里と朋子は彪志の運転するカムリが待ち合わせポイントのファミレスに到着するのを待つ。22時半に青葉が到着したので、矢鳴さんがインプレッサを運転し、助手席に千里、後部座席に朋子と青葉が乗って、高岡に向けて出発した。カムリは彪志が運転して実家に戻り、彪志はそのまま数日実家に滞在した。 
インプレッサは実際には矢鳴さんと千里が交代で運転して、12日の朝6時に高岡に到着する。そして青葉はそのまま学校に出て行ったが、朋子は疲れたのでこの日は休むと言って会社に連絡を入れ、1日寝ていた。
 
千里は更にそのまま矢鳴さんと交代でインプレッサを運転して、12日の昼頃大阪に入る。目的は貴司との浮気!である。が、千里はわざわざその目的を矢鳴さんには言わないし、矢鳴さんも尋ねたりはしない。
 
千里が携帯で貴司と交わす会話を聞いたらふたりが浮気をしていることは当然分かるだろうが、矢鳴さんはそういうのは基本的に聞かなかったことにする。 

矢鳴さんは12日は大阪に泊まり、13日の朝、新幹線で東京に戻った。
 
一方千里は13日の夜にインプレッサを運転して大阪を発ち、14日再び富山県に入る。そして富山駅で冬子、富山空港で長野龍虎と支香を拾って、青葉の家まで行き、龍虎に青葉のセッションを受けさせた。
 
青葉は龍虎が「まだしばらく声変わりしたくない」と言っているのをサポートしてあげることにした。彼はスカートを穿いていた。女の子になりたいという訳ではないものの、そういう服を着ること自体は割と好きなようである。 
その龍虎と支香はセッションを受けた後、高岡で1泊して翌15日のKARIONライブにゲスト出演した後、飛行機で東京に戻っていった。千里の方はインプレッサを高岡に置いたまま!開通したばかりの北陸新幹線で一足早く15日朝東京に戻った。インプは夕方矢鳴さんが新幹線で高岡に来て回収するという話であった。矢鳴さんも移動量が凄まじい。恐らく★★レコードのドライバーチームの中で最も激しい移動量である。
 
(付き添い率では後藤先生担当の金子さんが最も高く、毎日朝10時頃から夜12時近くまで付き添っているらしいが移動は主として東京・千葉・埼玉・神奈川付近に限られるし一度の運転時間も30分以内が多いらしい。毎日美味しい御飯をおごってもらえて、太りそう!と本人は言っているとか)。
 
 
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