【春弦】(下)

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翌朝、青葉は東京都内にある、兄弟子の瞬法さんが住職をしているお寺を訪れ、呪符と弦のお焚き上げをしたいので協力して欲しいと言った。
 
「邪悪だね、これ」
と呪符を見て、瞬法さんが言う。
 
「この形は初めて見ましたが、見ただけで効果は分かりました」
「うん。1枚目はダミー。2枚目は生殖関係、3枚目は精神だよね」
 
「ええ。ただ、これを所有した人が株で3億損したらしいんですけど」
「関係ないだろ? 株やってれぱ、普通にその程度は起きること」
「ああ、やはり呪いとは無関係かな」
 
「だと思うよ」
と瞬法さんは言う。
 
「しかし、それ人間の腸?」
と弦の方を見て言う。
 
「だと思います」
「ある程度敏感な人間はこれ見ただけで気分悪くなるはず」
「これまで所有した人はみんな鈍感だったんでしょうね」
 
般若心経を唱えながら一緒にお焚き上げをした。
 

『今回は私の出番が無かった』
と、噴水の女神様が少し不満そうに言う。
 
青葉はヴァイオリンのケースを抱えて帰りの《はくたか》に乗っていた。 
『このヴァイオリン、もう《きれい》ですよね?』
『そのヴァイオリン本体に何か封じ込めてやろうか?』
『よしてくださいよー』
 
ヴァイオリンをケースから取り出してあらためて見てみた。その時、棹の端の女性の彫刻の、目が光ったような気がしたが、気付かなかったことにした。まあ、女神様も色々遊びたいのであろう。
 

夕方、桃香と一緒に山田さんの所を訪問する。
 
「東京で専門の技術者さんに裏板を剥がしてもらい、呪符の書かれた紙は剥がしました」
と言って、きれいになったヴァイオリンを返還する。むろん弦もちゃんと張ってある(弦は冬子が張ってくれた)。
 
「おお、じゃこれで解決ですか!」
「ええ。もう大丈夫ですよ」
 
と青葉は笑顔で答えたが、すると山田さんは思わぬことを言った。
 
「だったら、あれかなあ。《呪いの壺》も見てもらった方がいいかな?」
 
「は!?」
青葉は全く予想もしてない言葉だったので本当に驚いたが、後ろで噴水の女神様は笑っている。くそー。知ってたのか!
 
「見てもいいですけど、別途依頼料を頂きますよ。それから今回の東京への出張費と、ヴァイオリン技術者さんの技術料も実費として請求させて頂きますので」
「うんうん、払うよ」
と山田さんは何だかご機嫌である。
 

それで出てきたのは、いわゆる《青花》の壺である。
 
青葉は溜息を付いた。天を仰ぎたい気分である。
 
「元時代の景徳鎮だと言われて2000万円で買ったんだけど、どうだろう?」
「えーっと、少なくともここ20-30年の内に作られたものだと思いますが」
「えーー!? じゃ偽物?」
 
「まあ骨董屋さんに持ち込んだら200円かなあ」
「そんなに酷い!?」
 
「山田さん、これ私が見ても、安物にしか見えません」
と桃香まで言う。
 
「うむむむむ」
 
骨董好きの人には、目の良い人と、全く目利きのできない人の両極端があるという話は聞いたことがあるが、この人は完璧に後者のようである。
 
「それに呪いとか何とか以前に、これも人骨を焼き込んでありますよ」
「えーーー!?」
 
「ボーンチャイナなんですよ。普通のボーンチャイナは牛の骨を混ぜて白い色を出すのですが、これは牛の骨じゃなくて人の骨を使ったものです」
 
「じゃ、呪いは本物?」
「本物ですね。これを持っておられたら、かなり運気が下がりますよ」
「お祓いとかして何とかなる?」
「これは無理です。焼き込まれているから、所定の方法で破壊するしかありません」
「じゃ、これ処分してくれない?」
 
「いいですけど、処理料で実費込み、30万円頂いていいですか?」
「うん、払う払う」
 
青葉はちょっと疲れる思いで、その壺を引き取った。
 

「山田さん、他にも怪しいものとかありませんか?」
と桃香が尋ねる。
 
「そうだなあ。龍の置物とか、鏡とか、写真立てとか・・・あと時計もあったかな?」
 
青葉は思わず桃香と顔を見合わせる。
 
「あのぉ、お宅のその怪しげなコレクションを見せて頂けますか?」
「うん」
 

それで、山田家の蔵に行った。
 
「良かったら、この中から危ないものを全部取りだしてくれない?」
などと山田さん。
 
「分かりました」
 
それで青葉は目を瞑って蔵の中をセンサーでスキャンしていく。依頼された以上、危険なものは全部見つけ出したい。青葉は数ミリ単位で中を探査した。 
その間、山田さんが余計なおしゃべりなどして青葉の集中を乱さないように、桃香は少し離れたところで山田さんの囲碁に付き合ってあげた。桃香は囲碁は「黒が先に打つ」「交互に打つ」「相手の石を囲んだら取り上げる」というのが分かる程度のレベルだが、山田さんもヘボ碁でなかな良い勝負であった。 
「ねね、桃香ちゃんだっけ? この碁盤は江戸時代のもので、本因坊道策が使っていたといって200万円で買ったんだけど、どう思う? ほらここに道策の署名が」
 
「えっと少なくとも江戸時代のものには見えないですよ。これどう見ても10年くらいしか経ってないと思います」
「じゃ、これも偽物かなあ」
「その署名もおかしいです。シンニョウの点が1つしかない。新字体じゃないですか。江戸時代の道策が第二次世界大戦後にできた新字体を書く訳ないです」
 
「そうかぁ!」
 

やがて「もう打つ所無さそう」となった所で、(ふたりとも整地ができないので)そのまま地を数えたら黒の桃香が3目多かった。コミ6目半を入れて山田さんの3目半勝ち・・・と思ったら、山田さんが「コミなど要らん!」と言うので、結局そのまま桃香の勝ちということにした。
 
そのヘボ碁が決着付き掛けたころ
 
「12個ほど見つかりました」
と青葉は言った。
「取り出して来ていいですか?」
「よろしくー」
 
それで中に入って10分ほど掛けて取り出してくる。
 
青葉が見つけたのは、軟玉っぽい素材で作られた緑色の龍の置物、古風な銅鏡、自殺した俳優のサイン入りTシャツ、白い金属製の写真立て、何の変哲も無さそうな童話の絵本、錘で動く方式の和時計、何だかあやしげな黒い革表紙の本、青い長袖の上衣、割箸で作られた帆船の模型、万年筆、不思議な模様の風呂敷、それに箱庭細工であった。
 
「ああ、どれも《呪いの品》だと言われて買ったものだ」
と山田さんはむしろ面白そうに言っている。
 
「そういう危険なことは、おやめになった方がいいですよ。特にこの箱庭は近くに居る人の寿命を食います。鬼が封じ込められているんですよ。元々はどこかのお寺にでもあったのではないかと思いますが」
「うん、それお寺から借金の形に取ったものだと前持ってた人が言ってた」
「恐ろしい」
 
「これ全部処分したら、息子の無実は証明されるだろうか?」
と山田さんが訊く。
 
青葉はチラっと後ろに気を向ける。女神様は知らんぷりである。
 
「弁護士さんを、もっと腕の立つ人に変えた方がいいです」
「そうか? やはり10万円で何でも引き受けますって弁護士じゃだめか?」
 
「本裁判の弁護で10万円ってことは無いです。特に事実関係を争うなら絶対にあり得ません。多分その弁護士、罪を認めさせて情状酌量に持ち込むつもりですよ。事実を争う場合、痴漢裁判は女性側の証言だけで物的証拠が無いのでひじょうに難しいんです。着手金だけで50万取ってもおかしくないです。息子さんの一生が掛かっているんでしょ?ケチっては駄目です。できたらこの手の裁判の経験のある弁護士さんに頼みましょう」
青葉は珍しく熱弁を振るった。
 
「そうか。ちょっと考え直してみるかな」
と山田さんは少しは真剣な表情で言った。
 

山田さんの蔵から回収したものを車に積み込み、青葉はいったん自宅に戻った上で、千里にも同乗してもらい、高野山に行くことにした。
 
1個や2個なら近くのお寺でお焚き上げしてもよいのだが、こんな大量の物品の処理はふつうの場所では出来ない! 遠出になるので運転を交替でしてもらうために千里に乗ってもらったのだが・・・・。
 
「ごめーん。私、まだ高速を運転する自信が無い」
などと千里が言う。性転換手術から1年経っているが、まだ体調が完璧ではないのだろう。
 
「やはり青葉が運転すればいいな」
と桃香。
 
「仕方無いな。じゃ夜間は私が運転するよ」
 
ということで、結局、桃香と青葉が交代で運転し、千里には助手席で睡眠防止のおしゃべり相手になってもらうことにした。
 

2時間交替で運転し、早朝、高野山の★★院に着いた。
 
ここの主の瞬醒さんは今、山の上で、回峰行をしている人たちの食事係をしていて留守だが、見知ったお坊さんが何人もいるので、そこで千里と桃香には休んでいてもらうことにするが、処分しなければならない荷物が多くて青葉ひとりでは持てない!
 
それで、醒春さんという30代の僧が荷物持ちを兼ねて付き合ってくれることになった。
 
最初に青葉は自分と醒春を紐でつなぐ。
 
「これは・・・?」
「こうしておかないと、醒春さん、多分あそこから脱出できなくなります」
「うーん・・・」
 
それで山道を2時間ほど歩いて、その場所にやってきた。
 
「何なんです? ここは!?」
「醒春さん、もし処分したい恥ずかしい写真とかあったら、ここに持って来て放り込んだら、絶対出てきませんから」
 
「いや、そもそも自分が脱出できないと思う」
 
なるほど、その程度の判断は付く程度の能力は持っている訳だ。2人で協力して問題の品を、般若心経を唱えながらそこに放り込んだ。
 
そしてその場を《脱出》してから言う。
 
「そもそも硫黄の臭いが凄まじかった。あそこに放り込んだ物ってどうなるんです?」
「数千度のマグマの中で分解されちゃうでしょうね」
「あれ、そんなに高温ですか?」
「あそこで見える部分はせいぜい100度か200度ですよ。でも内部は凄まじい高温のはずです」
「でもこんな所に火山があるなんて。地図にも載ってないのに」
「航空写真にも写らないようですね。空間が歪んでるんです」
「なんか凄い場所なんですね」
 
「ここは事象の地平みたいな所ですから。それで五感だけでは外に出る道が分からなくなるようです」
 
私が最初に来た時は、いきなり1人で出て見ろと言われたなあ。あの時は脱出に30分掛かった。師匠は外で待っててくれてるかと思ったら庵に帰ってたし!あの程度脱出できなかったら弟子じゃないからなどと言われた。そりゃ脱出できなかったら死ぬしかないから弟子ではなくなるよな。
 
「何年くらい修行したら、あそこから自力で出られるようになりますかね?」
「たぶん10年」
「なるほど。いや、これは自分の修行不足をよくよく再認識できました」
と醒春さんは言った。
 
「多分あと5年くらい修行したら、回峰行に参加できるようになります。それを5年くらいやったら、ここから脱出できる程度の力は付くと思いますよ」
 
「それを目標に頑張ります」
 

桃香と千里は奈良まで出たついでに大阪の友人に会ってくるということだったので、青葉だけ先にサンダーバードで富山に戻った。
 
翌日はふつうに部活の練習に出る。
 
練習はコーラスの練習を2時間した後、軽音の練習を2時間である。軽音で空帆たちと一緒に彼女のオリジナル曲『Love in the Air』を練習していたのだが、この曲で主役となるギターの空帆が首をひねっている。
 
「どうかしたの?」
「うん。どうも自分のイメージと違うんだよなあ」
「誰の演奏が?」
「自分の演奏」
「うーん。それは自分で練習を重ねて解決するしかないね」
「だよねぇ」
 
その時、青葉は後ろで例の女神様が何か企んでいるような顔をしているのが少し気になった。
 

桃香と千里は2日遅れで戻って来た。その千里がヴァイオリンケースを抱えているので
 
「あれ、ちー姉、ヴァイオリン買ったの?」
と訊くと、
 
「友だちがくれたー」
と言う。
 
何でも小学生の頃に弾いていたヴァイオリンをもう10年以上放置していたので弾くのならあげるよと言われてもらってきたらしい。
 
「楽器は弾いてあげないと可哀想だから」
と千里。
 
「ストラディヴァリウスとかグァルネリとかで高価な楽器だからと大事大事に仕舞い込まれているものもあるが、あれは可哀想だよ。楽器に生まれたからには鳴りたいだろ? それも凄く良い音を鳴らせるのにさ」
と桃香は言う。
 
早速取り出して、千里は『アメイジング・グレイス』を弾いた。
 
「美しい!」
と朋子が言う。
 
「凄い!」
と青葉は言った。
「弦1本だけで、そんなに弾けるなんて!」
 
「ん?」
「へ?」
桃香も朋子もそれは気付かなかったようである。
 
「そうそう。青葉。実は私は移弦が苦手なのよ」
と千里。
「じゃ、一緒に練習しよう! 私はどこを押さえたらどの高さの音が出るかの感覚を作る所からだけど」
と青葉。
 
「うんうん。一緒に練習しよう」
と千里は笑顔で答えた。
 

「でも、ちー姉、ヴァイオリン弾いてたんでしょ? 以前弾いてた楽器は?」
 
「壊されちゃったんだよ。近所のガキに」
「あらあら」
 
「元々お母ちゃんが教本とレッスン用カセットテープ・ケース・松脂・弓付きで3万円で買ったヴァイオリンだったんだけどね」
「それはまた安い」
 
「お母ちゃんがまだ会社に就職してすぐの頃に友だちにヴァイオリンやらないかと唆されて通販で買ったらしい。でも挫折してずっと放置してたのを、私が小学3年生の頃に見つけて『これ弾いていい?』と訊いたら『いいよ』というから勝手に弾いてたのよね。ヴァイオリン習ってる友だちが持ち方とか弓の動かし方とかは教えてくれたけど、実質ほとんど自己流だった」
 
「でも自己流でそこまで弾けるようになったのは凄い」
「まあ自己流は自己流だけどね」
 
「壊されて私が泣いてたら、お母ちゃんがまた買ってあげるよと言ったけど、結局それは実行されなかった。うち貧乏だし、一番安いのでもヴァイオリンとか買う余裕は無かったんだろうね」
 
「子供2人抱えていたら、まず食費確保優先だよなぁ」
と桃香も言う。
 
「でも千里が特待生になったのでも随分家計は助かっただろうな」
「うん、それ狙いで敢えて私立を受けたからね。公立には特待生は無いから」
 
千里は札幌の私立高校の出身である。バスケットで活躍していたのと成績が優秀だったので、そこに推薦で入ったと聞いていたが、千里はその頃のことをあまり語りたがらない。
 

8月30日(金)。青葉は美由紀・日香理・ヒロミと一緒に、早朝から《はくたか》に乗っていた。
 
実は春に大船渡で早紀や椿妃に会った時、今度温泉にでも行こうよという約束をしていたので「じゃ夏休みにでも」などという曖昧なことを言っていたのだが、全員の日程がこの8月末の週末は何とか都合が付くということで、集まることにしたのである。
 
最初青葉1人で行くつもりだったのだが、青葉が早紀に会いに行くと言うと、美由紀が自分も連れて行けと言い、美由紀が行くなら日香理もという話に(本人も聞いていない内に)なっていて、それならついでにヒロミも連れて行こうということになってしまったのである。
 
「でも温泉に行くんでしょ? ヒロミ大丈夫なの?」
と日香理は心配したが、
「だって去年の修学旅行でも、今年春の新入生合宿でも、ヒロミは女湯に入ったじゃん」
と美由紀は言い、
「そういえばそうだったね」
と日香理も言って、ヒロミは半ば強引に同行(連行?)されることになった。 

越後湯沢で上越新幹線に乗り換え、大宮で東北新幹線に乗り換えて、お昼過ぎに盛岡駅に到着した。
 
大船渡からは早紀と椿妃に柚女、八戸から咲良が集まって来て総勢8名である。取り敢えず記念写真を撮った上で、お互いの自己紹介を兼ねたハグ大会をして(女の子同士のハグに慣れていないヒロミは恥ずかしがって『純情!』と言われていた)、駅構内で岩手名物?のそば(立ち食いそばだが美味しかった)を食べてから、温泉街の送迎バスに乗り、温泉旅館に入った。
 
「よし、まずお風呂行こう!」
ということで、荷物を部屋に置いたらすぐみんなでぞろぞろとお風呂に行く。 
脱衣場に入り、おしゃべりしながら服を脱ぐが、早紀や椿妃・咲良たちは何となく青葉に目をやっているし、美由紀と日香理は何となくヒロミに目をやっている。
 

「青葉、どの辺を手術したんだっけ?」
と早紀が訊く。
 
「えっと・・・アレとアレを取って、アレを作ってから、あのあたりをきれいに整えたんだけど」
と青葉が言う。
 
「中1の時にお風呂で一緒になった時もこんな感じだったよね?」
と早紀は椿妃に確認するかのように訊く。
 
「うん。何も変わってない気がする」
と椿妃。
 
「私たちも中2の時に何度も青葉と一緒にお風呂入ったけど、最初から青葉は女の子にしか見えなかったよ」
と美由紀が言う。
 
ちょっと女湯でするには危険な会話をしながら、浴室に移動する。東北組が青葉の方に注意している間、富山組はヒロミの裸を見て「うーん」と腕を組んだりしていた。
 
各自身体を洗ってから、湯船の中で集合する。
 
「青葉、実は何も手術してないとか」
「ああ、あり得る、あり得る」
「青葉って、手術の1週間後に名古屋まで行って合唱大会のソプラノソロを歌ったんだよね」
「それはあり得なさすぎる」
 
「普通1週間後なんて、そもそも歩けないのでは?」
「歩けないことはないよ。椅子に座るのは辛いけどね」
 
「やはり去年手術したというのが嘘で、実は元から女の子だったとか」
「そうだったらいいけどね」
 
「だいたい、アレがついてる所、誰かに見せたことある?」
「うーん・・・・」
と言って青葉は少し考えてみた。
 
「お母さんと、菊枝さんには見られてる」
 
青葉が《お母さん》と呼ぶのは産みの母の礼子のこと、今一緒に暮らしている朋子のことは《お母ちゃん》である。
 
「それって、いつ頃?」
「お母さんに最後に見られたのは小学2年の時かなあ。菊枝さんに見られたのは小4の時だと思う」
 
「早紀は見たことあるの?」
と咲良が訊く。
 
「実物は見たことない。でもパンティが膨らんでいるのを小学2年の春に見ているってか、その場に咲良もいたじゃん」
「記憶無いなあ」
「ほら、咲良がお人形を池に落として」
「ああ、あの時、青葉うちで着替えたよね。でもお股は普通だった気がするなあ」
「うーん・・・」
 
「でもその年の夏に水着姿を見た時は膨らみの無い平らなお股だったよ。それ以降に青葉のパンツ姿・水着姿は何度も見てるけど膨らみがあったことはない」
と早紀。
 
早紀は実は青葉のおちんちんを幼稚園の時に見ているのだが、忘れているようなので青葉もその件はバッくれている。
 
「ということは、小学2年生の春から夏に掛けての時期に切ったのか」
 
「いや、膨らんでいるのを見たと言っても、実は何か詰め物してたのかも」
「うんうん。実はもっと早い時期に取ってたのかも」
 
「青葉、実は幼稚園の頃におちんちん、取っちゃって、去年の手術というのは単にヴァギナを作るだけの手術だったとか」
「まさかあ」
 
「でも女の子が欲しかったのに男の子が生まれちゃった場合、お医者さんに頼んで、おちんちん切って女の子にしちゃう場合もあるらしいよ」
 
「そんなの無い無い。だいたい、うち貧乏だから、そんな手術代出る訳無い」
などと青葉が言うと
 
「確かにそうだ!」
と納得されてしまった。青葉の家の貧乏度は早紀も咲良も良く知っている。 
うん、貧乏というのは色々なことを証明してくれるなと青葉は思った。 

「ところでヒロミはそれ、どうなってるんだっけ?」
と美由紀が訊く。
 
「えっと・・・・」
とヒロミが言いよどんでいると、早紀が
 
「え?ヒロミちゃん、何か問題あるの?」
 
「うん。少なくとも1年前の修学旅行の時はまだ男の子だったからね」
「は?」
 
「うん。男の子に女の子水着を着せて女湯に入れてみても通報されないかという実験をしたんだけどね。ヒロミはその犠牲者だったのだ」
 
「うっそー」
「あんたたち、なんちゅー無茶な実験を」
「それで逮捕されて、罰として強制的に性転換されちゃったとか」
「ほんとにそうだったりして」
「それライトノベルの読み過ぎ」
 
「でも、ヒロミちゃん女の子にしか見えない」
「春の新入生合宿の時も一緒に女湯に入ったけど、あの時はお股を隠していたのに今日は堂々と見せてるね」
 
ヒロミは自分でもそういえばそうだと思った。やはり数ヶ月の女子高生生活で女としての自分に自信が付いてきたのかも知れないという気もした。
 
「胸は本物だよ」
とヒロミは言う。
「去年の秋から女性ホルモン飲み始めたから」
「へー、1年弱でここまで成長するって凄いね」
「これBカップ?」
「うん、Bのブラ着けてる」
 
「で、下の方は?」
「ごめーん。誤魔化しー」
 
「青葉も去年・一昨年、私たちと一緒に温泉に行った時、誤魔化してると言ってたね」
「よく誤魔化せるね。まるで付いてないように見えるけど」
「隠してるだけだよ」
 
「それって実は付いていることを隠してるの?それとも実は付いてないことを隠してるの?」
 
「それが私たちも分からないのよねー」
と日香理が言うが
 
「その辺の追求は勘弁してー」
とヒロミは言う。
 
「でももうタマは無いと言ってたね」
「うん、それは認めてもいい」
「で、棒も無いんだっけ」
「えっと・・・・」
 
「その反応、既に棒も無いとみた」
「そんなことはないと思うけど」
 
「なんか明確に否定しないのが怪しい」
「ヒロミ、恥ずかしがることないよ。棒なんて付いてたら邪魔なだけじゃん」
「うーん。。。確かに邪魔だったけど」
 
「今《邪魔だった》と過去形で言った」
「じゃ既に無いんだ?」
「凄い。取っちゃったんだ。だいたーん」
「手術はしてないよー」
「じゃ自然消滅とか?」
「そんなことあるんだっけ?」
 
「なんか縮陽とか言うらしいよ。おちんちんが少しずつ小さくなっていって、最後は消滅してしまうことあるんだって」
「へー。世の中いろんなことあるもんだね」
「手術してないけど、今はもう無いんだったら、それ?」
「そんなの聞いたことない」
「あ、分かった。自分で切り落としたんだ」
「痛そう」
「ヒロミ、医学部志望だから自分で傷痕は処置できそうだし」
「うーん・・・・」
 
「タマも棒も無いなら、もう女の子に準じて考えていいよね」
と美由紀が言う。
 
「勝手に決めないように」
と本人。
 
「タマも棒も無いとしたら、次の問題として穴はあるのかという問題だな」
 
「ヒロミはナプキン使ってるよね」
「え、うん」
「ということは、生理があるということではないかと」
「うーん。。。実はある」
とヒロミはその問題を認めた。
「だいたい28日周期で出血するんだよね」
 
「ほほお」
「ふつうにそれ生理じゃん」
「生理があるということは、当然卵巣も子宮もあるということだよね」
「いや、そもそも出血って、ヴァギナがあることは前提だよね」
「当然、当然」
 
「実は出血するの、なんでだろと思って、病院に行ってみたんだけど」
「あ、それ診察券持ってた、レディスクリニック?」
「うん」
「異常無いですよと言われた」
 
「・・・ねぇ、それ女の子として異常無いという意味だよね?」
「そうなのかなあ」
「内診台に乗った?」
「うん。恥ずかしかった」
 
「つまり、ヒロミは今完璧な女の子だってこと?」
「よく分からない」
 
「ヒロミ、実は元々女の子だったとか」
 
「私が去年まで男の子だったのは美由紀も青葉も見てるでしょ?」とヒロミ。「うん。女の子水着を着せるのに、あそこに触ったからね」と青葉。
「私もそばで見てた」と美由紀。
 
「でも取り敢えず、ヒロミは性転換済みということが確かなようだ」
 
「そうなのかなあ」
と本人はまだ言っている。
 
「だって内診台に乗せて、男の子のが付いてたら、あんたふざけないでと言われると思う」
「うんうん」
「やはり、付いてないということで確定?」
「ってか性転換済みで確定だと思う」
 
「うーん・・・」
と本人は悩んでいる雰囲気である。
 

お風呂から上がってから、コーラやバヤリースのファミリーサイズを開けて一休みする。部屋は10畳あるので、ここに8つ布団を敷いて寝る予定である。 
「まあ、それでこれが電話で言ってた楽器なんだけどね」
と言って、柚女が荷物の中から小さな洋琴を取りだした。
 
「わぁ、可愛い!」
「かなりの年季物だね」
「描いてある絵も可愛い」
「その絵の具の色合いがかなり古いものっぽい」
「うん。18世紀のものではないかという話」
「凄い」
 
「これ、何? リラとかいうやつ?]
「これを私の所に持ち込んだ人はライアと言っていた」
 
「色々な言い方があるよね。リラとかリュラとか。ライアも含めて地域的なぶれだと思う。メンチカツのことを一部の地域ではミンチカツと言うようなもの」
と日香理が言う。
 
「おちんちんのこと、カモと言う地域とガモと言う地域があるようなもの?」
「なぜ突然、そういう話に」
「おまんこのことも、おめこと言う地域があるよね」
 
「もう、あんたらは・・・」
と言って日香理はその琴に触っていたが、ハッとしたように手を引っ込めた。 
「何これ?」
と日香理が言う。多少の霊感がある日香理だから、何か感じたのだろう。青葉は腕を組んでマジ顔で見詰めている。
 
「で、何なの?」
とヒロミが訊くので、柚女が
 
「呪いの竪琴なのよ」
と言う。
 
「きゃーーー!!」
 
「どういう呪いが?」
 
「この竪琴を弾いているとひとりで弾いている気がしないんだって。それで物凄く疲れるらしい」
 
「貸して」
と言って青葉はそのライアを手に取った。
 
『こんにちは』
と青葉は話しかけた。
『あれ、私が見えるの?』
 
青葉は真剣な顔でその琴に憑いている霊に語りかける。
 
『もうあなたの時間は終わってますよ。次のステップに進むべき時です』
 
この霊は話せば分かりそうだというのでそういう選択をした。相手次第では問答無用で祓わなければならない場合もある。というか、青葉の所まで持ち込まれてくるのは、そういうやっかいな相手が多い。
 
『私はまだまだ練習したい』
『来世でまた練習できますよ』
『また琴弾きになれるか?』
『あなたの思いが強ければ自然とそういうことになるでしょうね』
 
『・・・でもどこに行ったらいいんだろう?』
『上を見てごらんなさいよ。明かりが見えるでしょ?』
『・・・あ・・・』
『お経を唱えてあげますから、それであの光を見失わずに行けますよ』
『うん』
 
それで青葉はバッグから愛用の数珠を取り出し、般若心経を唱え始める。 
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空度一切苦厄・・・・」
 
周囲のみんなは静かに聴いている。
 
青葉が最後の「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶 般若心経」
という所を唱えた時、その霊は静かに目を瞑って上に上がっていった。 

「明るくなった」
と日香理が言う。
 
「うん。私も感じた」
と柚女。
 
「何か感じた?」
と美由紀。
「さっぱり」
と早紀。
 
まあ、この2人は霊感は無さそうだ。
 
「もうこのライア、大丈夫だよ」
「やはり何か憑いてたんだ?」
「琴弾きの霊だね。生前自分の演奏に満足できなくて、たくさん練習してたんだけど納得できる所まで弾けるようにならなかった。それでこの琴を練習する人に自分の分まで練習させてたんだ」
 
「それって悪くないかも」
「強制的に練習させられる訳だし」
 
「それはそうかも知れないけど、不自然な状態で留まっているのは良くないから上にあげたよ」
「あげるって、どこに行くの?」
 
「どこだろうね・・・・」
 
と言って青葉は天を見上げた。
 

お料理はごくふつうの「温泉旅館の料理」という感じではあったが、海の幸・山の幸をふんだんに盛った、ボリューム感のあるものであった。
 
「わあ、サンマだ! もう出てるんだ?」
「美味しい−」
「こちらはサバだっけ?」
「うん、サバに見えるよ」
「これも美味しいね」
 
その時、青葉の後ろに居る女神様が、チラッと視線を送ったので、そちらを見る。大皿に天麩羅がまとめてどーんと盛ってあるのだが・・・
 
「仲居さん、その天麩羅が盛ってある大皿って、何だか良い皿ですか?」
と青葉は近くに居た仲居さんに尋ねてみた。
 
「あ、そういえば何とかいう高い皿なんですよ。でも名前忘れちゃった。ちょっと待ってね」
 
仲居さんはわざわざ連絡用の電話で女将さんに問い合わせてくれた。
 
「それ、コイマリとかいう皿だそうですよ。先代の主人の趣味でその手の皿が全部で30枚くらいあるんです」
と仲居さんが答える。
 
「へー!」
「古伊万里ですか!」
「高そう」
「そういえば、趣味の良い皿だと思った」
 
青葉は女神様がその皿に興味津々な感じなのを見て、ふーんと思った。 
「でもそういう高価な皿を普通のお客さんに出すんですね!」
「私もここに入った時、びっくりして女将さんに訊いたんですけどね、皿は食べ物を盛るために生まれてきたもの。それを食器として使わないのは可哀想じゃない、って言われました」
 
「へー、なるほど」
「でも割ったら大変」
 
「実は震災で3枚割れたんですけどね」
「ひゃー、損害額が凄そう」
「専門の接ぎ屋さんに頼んで修復してもらって、内輪で使っているんですよ」
「なるほどー」
 
「凄くきれいに接いであって、見た目は接いでいるって分からないんですけどね。さすがにお客さんに出すのは失礼かなと言って。片栗粉を使って接ぐ特殊な技法らしいです」
 
「へー。片栗粉で陶磁器の接ぎができるんですか!」
「金で接ぐのは有名ですよね。でも耐久性に問題があるらしいです。片栗粉でつないだのは結構丈夫みたいですが、これできる人は少ないらしいです。食器として使わないのであれば瞬間接着剤でくっつけちゃう手もあって、それだと耐久性も高いらしいのですが」
 
「瞬間接着剤って、何でもくっつきますもんね」
「あれ、元々は医療用だったんでしょ?」
「そうそう。内臓とかを切ったのをくっつけるのに開発されたんだよ」
 
「へー。だったら、おちんちんでもくっつくかな?」
「なぜ突然おちんちん」
「おちんちんくっつけるって、どういうシチュエーション?」
「いや、おちんちん要らない人から切り取って、おちんちん欲しい人にくっつけちゃえばいいのではないかと」
 
「でも血管とか神経とかもつながないといけないのでは?」
「うん、それも瞬間接着剤でつなぐ」
 
「うーん。。。ぜひ医学部に行って、そういう研究を」
「じゃ誰か、おちんちん切ってもいい男の子と、くっつけて欲しい女の子を見付けなければ」
「ああ、それは募集掛けたら、たくさん来そうだよ」
 
青葉は笑っていたが、ヒロミは恥ずかしそうに俯いていた。
 

食事が終わってから、またお部屋に戻る。既に布団が敷いてある。4×2の配列である。
 
「えっと、誰がどこに寝ればいいかだけど」
「ヒロミ、左上に寝なよ」と青葉が言う。
「あ、うん」
「その隣に私が寝るから」
 
「ああ、そこまでは確定かなと思った」と日香理が言う。
「私がヒロミの下に寝るね」
 
「じゃ、私がその隣かな」と美由紀。
 
「じゃ、私は青葉の隣に」と早紀。
「その下が私かな」と椿妃。
 
「じゃ、私は早紀の隣」と咲良。
「残った所が私ね」と柚女。
 
「あ、きれいに定まったね」
「ごく自然な配列という感じ」
 
「要するに夜這いを掛けたい人の隣に陣取った人が数人いると」
「何だか怖いな」
 
「Hする人はあまり音を立てないように」
「うんうん、安眠妨害しなければ恋愛は自由」
 

「じゃ、取り敢えずヒロミを解剖してみる?」
と早紀が言う。
 
「えーーー!?」
と本人。
 
「いや、私、すっかりヒロミを解剖するつもりでいたんだけど、解剖するとシャレにならん気がするので、今夜は控えようかなと」
などと美由紀が言う。
 
「同感。お風呂での会話で、ヒロミはどうやら性転換済みということでほぼ確定した感じだし」
と椿妃。
 
「いや、性転換はしてないよ」
とヒロミは言うが
 
「今更そういう見え透いた嘘は言わないように」
などと言われてしまった。
 
結局危険な遊びはやめて、椿妃持参のトランプでナポレオンをやりながらその晩は12時近くまでワイワイと騒ぎ(但し消灯時間以降は他の宿泊客の迷惑にならないよう会話のボリュームを落とす)、12時の時報を聞いたところで「お休み」を言って寝た。
 

盛岡から戻り、2学期も始まって、部活で軽音の練習に行くと、空帆が何だか目を赤くしている。
 
「どうしたの? 寝不足?」
「うん。ここしばらく深夜2時頃までギター弾いてたから」
「凄い熱心に練習してるね!」
「でもそんな時刻までやって近所から苦情が来ない?」
 
「ああ、うちは左右が空き家だから」
「へー、それは音楽を練習するには良いね」
「でも頑張るなぁ」
 
「いや、自分としてはそんなに頑張るつもりなくて、もっと早く寝たいんだけど、何故か寝られないんだよ」
「なんで?」
 
「ギター弾いてると、誰かが一緒に弾いているような気がするんだよね。それでその人に促されるように練習を続けてしまうんだ」
 
「・・・それって、よくある呪われたギターって奴じゃない?」
「きっと、ギタリストの霊が憑いてて、そのギター弾く人に強制的に練習させるんだよ」
 
「ああ、それなら問題無いな」
と空帆は言う。
「問題無いの〜?」
「それでたくさん練習できるなら。私、プロを目指してるから、自分でも怠けたくなったような時にも叱責して頑張らせてくれるような霊なら大歓迎。ずっと憑いてて欲しいくらいだよ」
 
「おぉ凄い」
 
青葉はチラッと後ろに気をやる。女神様が慌てて視線を逸らす。自分の守護霊がくすくすと忍び笑いをしている。やれやれ、この女神様の仕業か。眷属を送り込んだか? まあ、少なくとも悪霊とかが憑いてる訳じゃないから、このままでもいい・・のかな?
 

青葉が自宅に戻ったら、桃香が「杏那から電話があったよ」
 
と言うので連絡してみる。
 
「ね、青葉ちゃん、こないだのヴァイオリンだけど、何か変なんだけど、また見てくれない?」
「どうしたんですか?」
 
「いや、あのヴァイオリン、伯父さんが自分はヴァイオリンなんて弾いてもノコギリみたいな音しか出せないし、自分が持ってるのはまさに宝の持ち腐れだから、杏那ちゃんヴァイオリン弾くならこれ弾いてよと言われて。私、1億なんて出せませんと言ったんだけど、無償貸与するからと言われて預かったんだけどね、あのヴァイオリン弾いてると、ひとりで弾いてる気がしないのよ」
 
青葉はまた後ろに気をやる。女神様は余所見して口笛など吹いている。守護霊は大笑いしている。
 
「何だか誰かに指導されている感じでさ。その指導者が弾く通りに弾くと、自分でも信じられないくらいに上手く弾けるんだよね。そしてついつい長時間練習してしまって、練習終わるとクタクタになるの。で、こないだお母ちゃんから訊かれたのよ。お前、誰か先生に来てもらってるんだっけ?って。お母ちゃんにもヴァイオリンの音は2つ聞こえたらしい」
 
「あぁ・・・」
「ね、見てもらえない?」
 
電話で伝えてもいいが自分が行った方が安心するなと思い、夜ではあったが桃香に車を出してもらい、杏那の家まで行った。
 
「大丈夫ですよ。ここに入っているのは悪霊ではありません。良き霊が入っています」
と青葉は言った。
 
「そうですか!良かった!」
「どちらかというと善意でレッスンを付けてくれているみたいですね」
「わぁ、面白いかも。じゃ、ヒカ碁の佐為みたいなものかな?」
「ああ、それに近いかも」
「どんな人ですか? 美形の貴族?」
 
「女性ですよ。だから、おやつなど・・・・あ、この人、お団子が好きだそうです。あ・・・、みたらし団子が好きなんて言ってます」
 
青葉はその美しい装飾ヴァイオリンに触りながら説明した。
 
「へー!」
「だから、みたらし団子をレッスン料代わりにお供えするといいですよ。そしたら丁寧に指導してもらえますよ」
 
「それ悪くないかも知れないな」
「1年後くらいにはヴァイオリンのコンクールに出られたりして」
「よし、それなら頑張ってみよう!」
 

杏那の家でクッキーと紅茶など頂いてから、帰途に就く。
 
青葉は女神様に話しかけた。
『姫様は弦楽器が好きなのですか?』
 
『その昔、琴(こと)の上達を願って大勢の娘たちが私の所に祈願にきたものだ』
『へー。琴(こと)というと、琴(きん)とか箏(そう)とか和琴(わごん)とか琵琶(びわ)とかですか?」
 
『まあ、色々だな。撥弦楽器も擦弦楽器もあったよ。神前で演奏を奉納する者たちも多く居た。その中には波斯(はし:ペルシャのこと)由来の琵琶というか、本来はバルバットであろうな。そんなものを持ってきた者もおった』
 
『それ、まるで宇津保物語みたいですね』
『それは何か? お話か?』
『ええ。波斯由来で弾くと天変地異が起きる琵琶の物語です』
『おお、天変地異は楽しいなあ。起こしてみようか?』
 
『それは勘弁してください。でも、ご存じないのでしたら、今度本を買ってきましょうか』
『うん。実物を奉納してもらえたら、中身は読めるぞ。最近の電子ブックは苦手だ。中に入っているビット列は細かすぎて読みにくい。普通の紙の本なら読める』
 
『なるほどー』
と言ってから青葉は考える。
『でも奉納するって、どこに奉納すればいいんですかね?』
『取り敢えず青葉の机の上に置いておけば良い』
『うーん。あそこが祭壇代わりか』
 
『何なら祠とか作ってくれてもいいぞ』
『お金が無いです!』
『お金ねぇ。どーんと1億くらい儲けさせてやろうか?』
『どんな仕事なんですか!?1億もらえるって』
 
『まあでも私が画策しなくても近い内に大金が入るかもよ』
『うーん。。。怖いなあ。じゃお金が入ったらそれでできる範囲で祠作ってあげますよ』
『よしよし』
と女神様は楽しそうであった。
 

9月15日(日)。この日は青葉は富山市でコーラス部の大会があり、朝から高岡駅に集合してみんなで富山まで行き歌ってきた。この週末、実は日本は大型の台風18号が列島を縦断したのだが、被害は太平洋側に集中し、富山県ではほとんど雨が降らなかった。
 
しかしその日の深夜のことである。早紀から青葉の携帯に電話が入った。青葉は寝ていたのだが、枕元の電話が鳴るので取る。深夜に掛かってくること自体が異例だが、早紀らしくもなく何だか焦っている。
 
「夜分ごめんね」
「ううん。どうしたの?」
「私の従妹が**島に住んでいるんだけどね」
「うん」
「盲腸を発症したのよ」
「あら」
「島にはお医者さんが居ないから本土に搬送して緊急に手術する必要があるんだけど。それがこの台風で船が出なくて」
「うーん」
 
「警察から自衛隊に頼んでヘリを出してもらったんだけど、風が凄すぎて島への着陸を断念した」
「うむむむ」
 
「取り敢えず自衛隊のヘリが薬を投下してくれたんで、今それを島に居る、元看護婦さんの人が注射してくれたんだけど、そう何時間もは抑えてられないと言うのよ」
 
「まずいね」
「青葉助けてあげてよ」
「どうやって!? 私魔法使いでも超能力者でもないよ」
 
「青葉さ、夢の中で手術できるんでしょ?1度言ってたじゃん」
 
確かにその件は、早紀にだけは1度うっかり漏らしたことがあった。
 
「あれは効果無い場合もあるよ」
 
夢の中で手術したはずが、一時的に痛みが抑えられただけで何も起きていなかったこともあった。
 
「でも効果ある時もあるんでしょう。やってみてよ」
「・・・・でもそれ相手とラポールが繋がらないと」
 
「私とあの子が一緒に遊んでいるビデオがあるから、それ私のホームページにアップロードするから見てくれない?」
 
「それだけでラポール繋ぐ自信無い」
 
「とにかくやってみてよ。お願い。あの子の命が掛かっているの。台風はこれから接近してくるから、あの子を本土に運べるの、いつになるか分からない」
 
「取り敢えずアップしてみて」
「うん」
 

青葉はそのビデオをダウンロードして視聴してみた。
 
うーん。。。これだけでこの子とラポールをつなぐ??
 
青葉は早紀に電話する。
「この子と電話で話せる?」
「うん。電話番号を言うね」
 
それで青葉はその子の携帯に掛けた。
「はい」
と言って出たのは中年の女性という感じだ。
 
「**さんのお母様ですか? 私、小沼早紀の友人なのですが」
「あ、はい」
「私、巫女さんみたいな仕事をしていて。この際、藁をも掴む思いで私に祈祷をして欲しいというので、**さんと少しお話できますか?」
 
「はい!お願いします」
 
それでお母さんはその子と変わってくれた。
「**さんですね?」
「はい」
「私、小沼早紀の友人の川上青葉と申します」
「あ、話聞いたことあります。日本一の霊能者だって」
 
そういう話を早紀がしているのであれば、《仕事》がしやすい。あるいはこれは何とかなるかもという気がした。
 
「痛みを減らすのに祝詞を唱えていいですか?」
「はい、お願いします!」
 
それで青葉は彼女の耳元で《安眠誘導する!》祝詞を唱えた。すると2分もしない内に彼女は眠ってしまったようであった。お母さんが代わって、 
「娘は眠ってしまったようです」
と言う。
「そのまま寝せてあげてください。熟睡できるように明かりも消して。少し眠ったほうが本人も少し体力を回復できます」
「分かりました」
「こちらも祈祷を続けますので」
 

そう言って青葉は電話を切り、そのまま自分の布団に戻って寝た!
 
そして・・・・青葉は今自分が《例の夢》の中にいることを確信した。少し離れた所に**ちゃんが寝ている。
 
「こんばんわ」
と声を掛けると彼女が目を覚ます。
 
「あ、こんばんは。青葉さんだー」
「私のこと分かる?」
「ええ。早紀さんから写真を見せてもらったから」
 
やれやれ。しかしどんな話をしているのだか。
 
「今夜は私はお医者さんだよ」
「え?そうなんですか?」
「だってこれ夢の中だから、今**ちゃんに一番必要な人に変身するんだよ。ほら、私白衣着てるでしょ?」
「ほんとだ!」
 
「今から虫垂炎の手術してあげるから、痛みは取れるよ」
「きゃー、それは助かります」
「麻酔打つから痛くないからね」
「はい」
 
それで青葉は下半身麻酔の注射をし、本人に下半身の感覚が実際に無くなっていることを確認の上、手術を始める。実際には本人は目を瞑っている。麻酔のせいで炎症の痛みも感じないので、少しホッとしているかんじだ。
 
開腹する。実際に虫垂が炎症を起こしているのが見える。青葉はそこに至る部分の血液の流れを止めた上で虫垂を切り取った。その上で切断された血管を繋ぎ合わせて血液の流路を確保する。この作業はむしろ普通の医師には困難なことだ。1本ずつ確認しながら繋いでいくので、作業時間は40分ほど掛かった。 
手術を終えようとした時、青葉はふと患者の子宮と卵巣の位置関係が変だということに気付いた。これ生理不順になりそうだし、将来妊娠した時に流産しやすいのではないかという気がする。ちょっとずらしてみたが、すぐ元に戻ってしまう。うーむ。。。と思っていたら
 
「貸せ」
と言って女神様が出てきて、上手に子宮の位置を動かしてしまった。
 
「そこを糸で縫って固定しろ」
「はい」
 
それで女神様が押さえてくれている間に子宮をその場所に固定した。
 
「OKOK」
「ありがとうございます。親切ですね」
「親切なのは青葉だな」
 
最後に切り開いた腹部を縫合する。ここも組織や血管・神経を丁寧につなぐ。結果的に開腹の傷は残らないはずだ。実際これまでこの手の「夢の中の手術」
をした場合、この組織を繋ぐすべを覚える以前にしたものでも開腹痕が残ったことはない。ただ、きちんとつなぐようになってから患者の回復が速くなったようである。
 

患者は結局下半身麻酔で手術している間に眠ってしまったので、そのまま青葉は自らを覚醒させた。
 
ふっと溜息をつく。そして早紀に電話した。
「手術したよ」
「ありがとう!」
「でもこのことは他言無用でね」
「うん。でも恩に着るよ」
 
翌日、早紀から連絡があり、患者はすっかり元気になり、お腹の痛みも全然無いということだった。
「**ちゃん、手術のことは何も覚えてないみたい」
「うん。あの夢の中で手術した場合、相手には記憶が残らないことも多いみたいなんだよ」
 
「なんで? だって会話したこととか覚えてるし、青葉が夢の中で使っていたペンライトが朝こちらに来てたことあったよ」
 
「私これまで夢の中の手術って10回以上やってるけど、相手がそれを覚えていたのは3回だけ」
「不思議だね!」
「記憶が変形している場合もある。私と一緒にずっとトランプしてた夢を見ていた人もいた」
「面白い」
 
更にその翌日また早紀から電話がある。
 
「やっと船が渡れるようになったんで、漁船にお願いして本土に渡してもらって病院に連れて行ったんだよ」
「うん」
「それでさ《虫垂の炎症は治まってますね》と言われたらしい」
「良かったね」
 
「青葉、手術で虫垂を切除したんじゃないの?」
 
青葉はどこまで早紀に言ってもいいか少し考えながら言葉を選びつつ話す。 
「実はね。あの夢の中の手術って実際の効果は結構ぶれがあるんだよ」
「ぶれ!?」
 
「虫垂炎の手術は今回がもう4回目だけどさ」
「よくやってるな」
「内2度は確かに患者の虫垂は無くなっていた。でも以前にも1度健康な虫垂が残っていたことがあった」
 
「どういうこと?」
「こちらでは病巣のある虫垂を切ったつもりが実際には病巣だけを切ったんだろうね。元々お互いのイメージの中でしていることだし」
 
「うむむ」
 
「骨折した人の折れた所を修復したつもりでも、全く修復できてなかったこともあった。ただ骨の位置が正しい位置に戻って痛みも軽減していただけ」
「それだけでも大きいよ」
 
「指の切断をしてしまった人の縫合手術をしたことある」
「高度な手術してるな」
「夢だし」
「うーん・・・」
 
「登山中の事故だったんだよ。救助を呼んだけど吹雪ですぐには行けない状況だった。それで人差し指から小指まで4本切れていたけど、薬指と小指は組織が潰れていて接合不能と見て、人差し指と中指だけを接合した」
「で?」
 
「翌朝、本人の指は4本とも繋がっていた」
「なんで!?」
 
「だからぶれなんだよ。本人は指が切れたこと自体が夢だったのかもと思ったみたい」
「まあ、それ以外に説明のしようは無いよね」
 
「ただお医者さんに見せたら、指は4本とも折れていると言われてリハビリに1年かかったみたいだけどね」
「まあ、そのくらい良いでしょう」
 

電話を切ってから、少し《例の問題》について悩んでみた。
 
青葉は《よけいな親切心を起こして》昨年12月にヒロミを夢の中で性転換手術してしまった。その手術の内容は、陰茎・陰嚢・睾丸の除去、陰核・陰唇・膣の形成である。しかしその実際の結果はどうなっているのか、実は青葉にも見当が付かない。
 
本人は睾丸が無いことは認めているが、陰茎はどうなのだろう? 本人の言葉からはどうにも判断できない。また生理があるのはいいとして(!?)婦人科に行って内診台に乗せられて異常無いですと言われたというのはどういうことなのだろうか? やはり完全性転換状態なのだろうか? 性転換はしていないと本人が言っているのは、単に恥ずかしがっているだけ? それともやはり陰茎は残っている??
 
更に「異常が無い」と言われたって・・・・まさか、卵巣や子宮もできていたりして。
 
「まあ、あとは本人が好きなようにするかな」
と独り言のように呟くと、女神様が
「私も親切心を起こしてあげようか」
などと言う。
 
「そうですねぇ。じゃ、祠を作った後で考えましょうか」
 
それで青葉は彪志に電話した。
「あのさ、ちょっと土地を探してるんだけど」
「土地?」
「千葉市内でね。見晴らしのいい所がいいんだ。交通の便は悪くても構わないし今は荒れたりしててもOK」
 
「何の土地?」
「うん。個人的に買うかも」
 
「まさか、俺と一緒にそこに住むとかじゃないよね」
「ごめーん。私、北陸に定住するつもりだから」
「俺との結婚は〜?」
「そうだなあ、どうしようかな」
「結婚はしてくれるんだよね?」
「もちろんですわ、旦那様」
「良かった」
 
「まあ、ある種の別荘みたいなものになるかも知れないけど、そんな感じの所を探してくれないかなあ。できたら、彪志の大学が見える所がいい」
「へー! じゃちょっと地図で見当付けて休日に少し走り回ってみるよ」
「うん、よろしくー」
 
『御神体にはふつう鏡だろうけど、私は皿がいいぞ』
と女神様は言った。
『皿ですか』
 
そういえば岩手の旅館で古伊万里の皿を見ていたなと青葉は思い出した。 
『それに貢ぎ物のお菓子とか御飯とかを載せてもらう』
『ああ、いいかもですね。あ、みたらし団子買ってきてたの忘れてた』
 
と言って青葉は鞄の中から団子を取り出す。
 
『これ、学校の近くにある団子屋さんなんですけど、美味しいんですよー』
『どれどれ』
と言って女神様は1本団子を取る。
 
女神様は人目があれば物体的には取らずに「中身だけ」取る(残った物理的な団子は味が無くなる)のだが、青葉しか見ていないので、物理的に1本取り、美味しそうに食べている。
 
『気に入った。ここの団子を毎日買ってくるように』
『毎日じゃお小遣いが持ちません。週に1回程度で』
『お前、依頼料で何十万円も取ったりしてお金あるんじゃないの?』
『それは自分では使いませんから。私のお小遣いはお母ちゃんからもらうお金だけで運用しています』
『面白い子だねぇ』
 
と言って、女神様は更に団子を1本取ると、青葉の守護霊に手渡していた。守護霊がびっくりしていた。
 
『あ、そうそう。青葉、お前赤ちゃん2人産むことになるぞ。あのヒロミちゃんも赤ちゃん1人産むぞ』
と女神様は言った。
 
でも青葉は聞かなかったことにした。
 
 
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