【春会】(1)

Before前頁次頁目次

 
「ATMの怪ってのがあるらしいよ」
と純美礼は言った。
 
「すーちゃん、もう怪談の季節は終わったよ」
と日香理は言うが、純美礼は話をやめない。
 
それは10月も下旬の頃であった。
 
「何も無い山道の途中に小さなお店があってその端にATMがあるんだって。ある男性ドライバーが、雨の夜、その道を走っていて、ちょうど財布の中身が心細くなっていたので、ここでお金降ろしておこうと思って車を停めてそこに入ったんだけど、故障しているみたいで、カードは吸い込まれたまま出て来なくなる。お金も出て来ない」
 
「なるほど」
「それで管理会社に電話しようとするんだけど、ATMの中の電話はつながらない。携帯は圏外。でもカードが吸い込まれているから、放置もできない」
 
「話の先が読めてきた」
「そこに美女が出てくるんじゃないの?」
「何で分かるの!?」
「やっぱり」
 
「困っていたら、お店の中からきれいなドレスを着た美女が出て来て、うちから管理会社に電話しますよ。ちょっと休んでいてくださいと言ってお店の中に招き入れられる」
「ああ、だいたい分かった」
 
「それでお茶も頂いて座って休んでいたんだけど、いつの間にか眠ってしまってるのよ」
「ふむふむ」
「深夜の怪談ドラマなら、その美女とセックスして眠っちゃう所だよね」
 
「それでふと目を覚ますと、もう朝なのよね」
「そこは廃墟なんでしょ?」
「なんで分かるの〜?」
 
「よくある話」
「廃墟の中で寝ていたのでびっくりして起きる。そしてもっと驚くことに昨夜美女が着ていたドレスを自分が着ていたという」
 
「女装させられるのか!?」
「それは新しいパターンかも知れん」
 
「そして一説によると、身体も女の身体になってしまっていたという」
「そこまで行くと出来の悪いネット小説」
 
「それで、その人がそこの店をやるようになるわけ?」
「いや、廃墟だから無理だと思うな」
 

「でも、そんな感じの廃墟のATMってさ、**から**に抜ける農道の途中にあるよね」
「ああ、あそこちょっと気持ち悪い」
 
「よし、そこを探訪しよう」
 
「誰が?」
「このメンツでだよ」
「でもあそこ歩いては行けないよ」
「すずちゃんのお姉さん、車持ってたよね。借りられない?」
と純美礼が訊く。
 
「土日なら、いいと思うよ」と凉乃。
「じゃ、行くのは4人か」
「車の定員からそうなるね」
「私とすずちゃんは行くし、青葉には当然来てもらうけど」
 
「なんで〜〜!?」
「だって危ないことがあっても青葉がいたら安心」
「相手次第では守り切れないこともあるよ」
 
「あと1人誰が行く?」
「はいはいはい!」
と美由紀が言った。
 

「何か幽霊でも出そうな場所なんだけどね」
と彪志は電話で言った。
 
「不動産屋さんが管理してる物件だから、抵当権とか面倒なものは大丈夫だと思う。でもこないだは夕方行ったから、昼間1度、自分で行って見てみようかと思うんだよね。ただバス路線とかから外れてる場所だし、足をどうしようかと思ってるんだよ」
 
「あ、だったら、ちー姉に頼んでみようか?こないだ車買ったんだよ」
と青葉は答える。
 
「へー、それは凄い。何買ったの?」
「ミラだって。3万円だったらしい」
「3万?30万じゃなくて?」
「ちー姉って貧乏性だもん。スクーターも2万円で買ったと言ってたし」
「2万円のスクーターも凄いけど、3万円のミラはちょっと怖い」
「走行距離がルート5だったって」
「国道5号線??」
「あ、そっちじゃなくて平方根。22万3606km。富士山麓オーム。きれいな数値だったので思わず気に入って買ったと言ってた」
「ミラで20万kmも走ってるって、もうガタガタだと思うけど」
 
「知り合いの巫女さんにお祓いしてもらったから大丈夫だとか言ってたけどね」
「へ。へー」
 

図らずも青葉たちが山道のATMを探訪しに行く日と、彪志たちが不動産を見に行く日が同じ日になった。
 
その日青葉たちは高岡駅に集合して、凉乃のお姉さんのヴィッツに乗って、その農道へと入っていった。凉乃が前に乗って、後ろに純美礼・美由紀・青葉と乗り込んだが、ヴィッツは狭いので身体が接触する。そして美由紀は重心移動なんてことは何も考えていないので、カーブになる度に純美礼にもたれ掛かったり、青葉にもたれかかったりして「重い重い!」と言われていた。
 
けっこうなヘアピンカーブの連続、そしてすれ違いが困難な細い部分なども通って、たんぼが広がる所を走っていた途中に、そのATMは唐突にあった。
 
駐車できるような場所もないので路上に車を駐めてみんなで降りてみる。 
「これは何でこんな場所にATMを立てようと思ったんだ?というのが疑問だな」
「誰も使わなかったんじゃない?」
 
「私もATMができてるなというのは思ったけどさ。人通りがあまりにも無いじゃん。車が1時間に数台通る程度の道。怖くてここに車駐めてATMに入ろうとは思わなかったよ。そのうち潰れてしまったみたいね」
と凉乃のお姉さんが言う。
 
「ここ圏外ですね」
と青葉は自分の携帯を見て言う。
 
「ここで何かあっても助けも呼べないわけか」
 
「青葉、ここ何か居る?」
「そうだね。居たね、さっきまでは」
「へ?」
「掃除しちゃったから、今はもうきれいだよ」
 
「いつの間に!?」
「つまんなーい。じゃ怪談とか起きなくなっちゃった?」
「怪談になるようなものじゃないよ。せいぜい幽霊を見る程度」
「充分怪談じゃん」
 
「もっともこのまま1年くらい放置してたら、また雑多な霊がたまるかもね」
「すると1年後くらいにまた来たら幽霊が出たり?」
「こういう《入れ物》を使わないまま放置すると、浮遊霊とかが溜まりやすいんだよ。廃墟に幽霊が出るのはだいたいそういう仕組み」
 
「じゃ女装させちゃう美女もその手の類い?」
「あの話は幽霊より狸か狐って感じがするなあ」
「ああ。昔話に原形がありそうな気もするね」
「たぬきじゃなくて、たのきゅーだったりして」
「ああ。女装する話があったね」
 

その日、彪志は自宅アパート前で千里・桃香に拾ってもらった。千里が行く以上当然桃香も一緒である。千里が運転し、桃香が助手席で、彪志は後部座席に乗るが、ミラの後部座席は狭いので、なかなか窮屈である。
 
携帯のカーナビに目的地をセットして出発する。車は千葉市郊外の坂道をごく低速で登っていった。
 
「なんかスピードが落ちてるね」
と桃香が言う。
 
「この車ターボ付いてないから、上り坂はこんなもの。急な坂だと私ひとりしか乗ってなくても時速10kmくらいまで落ちることある」
「4人乗ってたら?」
「途中で停まって、押して登るハメになったりして」
「雨の日は大変だな」
「雨の夜はライトやワイパーにパワー取られてもっとスピード落ちやすい。当然エアコンは切る」
 
「しかし10kmまで落ちても停まらない限りは自分の足で歩くよりは楽だ」
「確かにこの坂は歩いては登りたくないですね」
 

やがて、その場所に来る。車から降りてみる。千里はその場所の10mくらい手前の路上に駐めた。3人で歩いてそこに行く。
 
「これはまた荒れ果ててるなあ」
と桃香が言う。
 
「20年くらい放置してた感じですね」
と彪志。
 
千里は無言でその荒廃した家屋を眺めていた。そしてやがて言う。
 
「この家の裏手に回ってみない?」
「うん」
 
家と林との間の狭い通路を通り向こう側に出る。裏側も4-5mくらいの奥行きの雑木林である。3人はそれを通り抜ける。
 
「ここ、手摺りか何か設置しないと怖いね」
「この崖から落ちたら大怪我しそうだね」
「でも見晴らしが良い」
「あそこ、私たちの大学だね」
 
「ああ、ちょうどきれいに見えますね。地図で見てたぶん見えるだろうとは思ったのですが、こないだ来た時は夜だったから、ここまで入ってみなかった。ロケーションとしては良いなあ。でもここ、幽霊とか出ませんかね?」
と彪志は言ったのだが
 
「ここ何も居ないよ。きれいにしてる。幽霊は出ないと思うよ。ちょっと山の形を眺めていたんだけど、ここ、個人の家を建てるのにも、商売をするのにも風水的に問題があるけど、神社を建てるのなら、全然問題無い。むしろここに神社を建てることによって、この場所がとても良い場所になると思うよ」
と千里は言った。
 
「その風水とか家相とかいうのはさっぱり分からんな」
と桃香は言うが、分からないというより信じていないというのが正しい。 
今、千里とふたりで住んでいるアパートも、元々は大学に入った時に、自殺者が出て安くなっていた所を敢えて借りたものであるが、幽霊なんて見たことないし、だいたいそんなもの居るわけないと豪語する。お陰で千葉市内中心部にあるにも関わらず、家賃が異様に安い。そして千里は「安いの大好き」な子であり、千里も生まれてこの方幽霊は見たことないと言う。但し千里は「幽霊はいるよ。でもうちのアパートには居ないね」という言い方をする。
 
「時々思いますけど、千里さんって、少し霊感ありますよね」
と彪志が言う。
 
「そうかな?まあ、テストの山勘は当たるよ」
と千里。
「そういう勘は私も欲しいな」
と桃香。
 
「でもここに決めていいと思うよ。絶好のロケーションだし」
と千里は笑顔で言った。
 

彪志からの連絡で、11月9日(土)、青葉は富山から千葉に出て来た。千里のミラに4人乗りしてその場所に行く。彪志は4人で乗ったら、ほんとに車が途中で停まったりしないか?と不安になったが、何とか停まったりはせずに、車は廃墟の所まで到達した。
 
「まあ青葉は軽いからね。大丈夫とは思った」
などと桃香は言う。
 
今回、千里は廃墟の真ん前に車を駐めた。
 
「土地の広さとしては30坪くらいだよね。裏の雑木林まで含めてひとつの筆になっているみたい。左右の林は市の所有になっているみたいだけど、ここだけ個人の家があったのは、元々のこの付近の大地主だった人の分家さんがここに家を建てたからではないかと不動産屋さんは言ってた。それが所有者を転々として、最終的に住んでいた人が亡くなって、そのあと10年以上放置と聞いたけど、20年近く放置されてんじゃないのかなあ、これ」
と彪志は説明する。
 
青葉は首をひねっている。
 
「どうしたの?青葉」
と桃香が訊く。
 
「いや、ここがあまりにもきれいなもので」
「へ?」
「こんな場所に廃墟があれば、ふつう雑多な霊が溜まっていてもおかしくないと思うんだけど、何にも居ないんだよ」
と青葉。
 
「何も居なければ問題無いのでは?」
「でもなぜこうなったのかが分からない」
 
青葉は幾つかの可能性を考えてみた。
「とんでもない大物がいる場合、一定の時間あるいは特定の季節に特殊な風が吹いてここをクリーンにしてしまう場合、誰か別の霊能者がここに手を入れた場合」
 
「ここ、ネットで調べてみたら、ローカルの心霊番組で何度か取り上げられたことあるみたいだから、その時、引っ張り出された霊能者が処理しちゃったのかも知れないね」
と彪志。
 
「ああ、その可能性が高いかな。確かにそもそもあまり大した霊は集まらないとは思うんだよね。怨みとか悔いとかネガティブな念は感じられない。集まっても小物ばかりだろうね。でもここを霊能者さんが処理したとしたら、凄く筋のいい霊能者さんだと思う。変な跡が残ってない」
 
「じゃ、ここにする?」
「うん」
 

それで不動産屋さんを呼び出し、更に色々説明を受けた。
 
「ここに祠を建てる場合、都市計画法とかそこら辺の規制にはひっかかりませんかね?」
と桃香が心配して尋ねる。
 
「建築確認は出さないといけませんが、問題無いと思います。市街化調整区域ではありませんので」
と不動産屋さん。
 
「ここの崖側に手摺りを付けたいんですが、安全のため、この土地の部分だけじゃなくて市の土地にまで手摺りを伸ばしたいのですが可能でしょうか?工事費は全部こちらで出します」
と青葉が訊く。
 
「それは市と交渉しなければいけないけど、お金をこちらが出すのであれぱ応じてくれる可能性高いと思いますね」
と不動産屋さん。
 
「じゃ、そのあたりは弁護士に交渉させようか?」
と桃香が言う。
 
千葉市内には、青葉が震災で両親と姉を失った時以来、何度かその青葉の法的な扱いや財産の管理について相談した弁護士さんがいる。父親の所有していた土地にまつわる面倒な債権者との交渉もうまくやってくれた。
 
「うん。それがいいと思う。建築確認も含めて、そのあたりの手続きも代行してもらおう」
 
「そもそも青葉は未成年だから、青葉が役場に行っても、お母さん連れてきなさいと言われるだけだし」
 
「面倒くさいなあ」
「まあ20歳になったら好きなようにするといい」
 

その後、不動産屋さんの事務所に行って手続きをした。
 
「土地は31.41坪、103.65uで1205万円です。お支払いはどうなさいますか?」
と不動産屋さんが尋ねるので
「現金で。振込先を教えて頂ければ今すぐ振り込みます」
と青葉が言う。
「1000万円を越える金額振り込めますか? 最近銀行はどこも振込限度額を50万円とかに設定しているので」
「大丈夫です。手続きして、限度額を1億円にしていますので」
「だったら行けますね」
 
「ところで物は相談だが、その1205万円、5万円まからんか?」
と唐突に桃香が言う。
「えーー!?」
「即金で払うんだからさ」
「ちょっとお待ちください」
 
担当者が席を立ち、奥に居た店長さんと話をしている。その店長さんが一緒に出て来た。
 
「売買代金はちょっと変更できないのですが、印紙代を私どもが負担するというのではいかがでしょうか?」
と店長。
 
「印紙代っていくらだっけ?」
「契約書を2枚作り、それぞれに印紙を貼らなければならないので3万円です」
「じゃ、それで」
 

「不動産屋さんが出してくれた印紙代で、千里の車が買えたな」
と不動産屋さんを出た後入ったカフェで桃香が言った。
 
「いや、あそこで値切るという発想はなかった」
と青葉。
 
「ふつう値切るだろ?」
「そうですか〜?」
 
「取り敢えずあの家屋を解体しないといけないよね?解体祓い、青葉が自分でする?」
と千里が訊く。
 
「私にもできるけど、私は正式な神職ではないので、できたら千葉市内の神社の人にしてもらった方がいいかな。地鎮祭も」
と青葉。
 
「じゃ、私の知り合いの人がいる神社でしてもらおうか?」
「どこの神社?」
「L神社なんだけどね」
「あ、そこは確かあの人とつながりがあった気がするな」
 
と言って青葉はちょっと意識を山形方面に飛ばす。美鳳さんがニコっと笑ってOKのサインをしたのを見た。
 
「じゃ、L神社にお願いしてもらえる? 費用は振り込むから、って色々お金が必要そうだから、ちー姉の口座に取り敢えず500万くらい振り込んでおこうか?」
「了解」
 
「君たち、解体するのに神社の手配をするのはいいが、その前に建築業者の手配もしなければならないのでは?」
と桃香が現実的なことを言う。
 
「祠を建てるのに、依頼するところはだいたい目当て付けていたので、そこに解体作業もやってもらおうかなと思ってたんだけど」
と青葉は答えた。
 
「ふむふむ」
 

それでその後、弁護士さんの所に行き、今回の祠建設にまつわる「細々とした手続き関係」の代行をお願いして快諾を得た。依頼料として前金で取り敢えず50万円払っておいた。
 
「いや、たぶんこの金額で全部できるとは思いますが、もし想定外の作業が出た場合はご相談させてください」
と弁護士は言っていた。
 
その後更に、青葉が「目当てを付けていた」工務店に行く。工務店の人はその場所を訊いて地図で確認していたが
 
「ああ、ここなら祠とか神社とか建てるのは問題無いはずです。建築確認は必要ですけど」
と言う。
 
それでそのあたりの細々とした手続きに関しては、青葉が富山県在住であることと、未成年であることから、千葉市内の弁護士さんに代行してもらいますということで、それも承認を得た。また現在ある古家の撤去もお願いし、解体祓いと地鎮祭については千葉市内のL神社に依頼するつもりであることも話して了承を得た。L神社はそこの末社の修理に関わったことがあるので大丈夫ですと話していた。
 
(工務店の中には、そこの工務店と関わりのある神社以外での地鎮祭を拒否する所もある。大工さんには迷信深い人がよく居るので、知らない神社が関わることを不安がるのである) 

その後、L神社に行くつもりだったのだが、遅くなったので、その件は千里が自分がその知り合いに話しておくよということだったこともあり、今回は見送ることにした。
 
「知り合いって、神職か何かしてるの?」
「うん。ずっと巫女してる人なんだよ。もう5年くらい」
「ちー姉の知り合いなら大丈夫かな。じゃ、そちらはお願い。年末にもう1度くらい来るつもりだけど、来れなかったとしても御神体を納める時にはどっちみち来るから、その時に挨拶に行こうかな」
 
その日青葉は彪志の所に泊まり、翌日東京に出た。この春からずっと青葉にサックスを指導してくれている鮎川ゆま先生に会うためである。発端はほんの数日前のことであった。
 

唐突に空帆が言い出した。
 
「ねぇ。今月末に金沢で軽音楽フェスタがあるんだって。それに出ない?」
「誰が?」
「Flying Soberで」
「ということは?」
「ギター私、ベース治美、ピアノ真梨奈、ドラムス須美、サックス青葉、フルート世梨奈、クラリネット美津穂」
 
「私も入るのか!」
「だから声を掛けた」
「世梨奈に連絡しなくちゃ」
 
「でも何日よ?」
「30日」
「あまり時間が無いね」
 
「曲は何をやるの?」
「こないだ作った『細い糸』。アレンジは済ませてある」
と言って空帆は五線紙をパラパラと振る。
 
「たださあ。アレンジにトランペットの音が欲しくて、それを入れちゃったのよね」
「トランペットなら治美が吹けるよね」
「でも治美がトランペット吹くとベースが居なくなる」
「あ、ヒロミがトランペット吹けばいいんだよ、ヒロミおいで〜」
 
と言われて少し離れた席に居たヒロミがびっくりしてこちらを向く。
 
「そういえばヒロミ、とうとう女子高生していることをお父さんにカムアウトしたんだって?」
 
「うん。たいへんだったけど認めてくれた」
「よかったね〜」
「なかなか親に認めてもらえなくて揉めるケース多いみたいね」
「多いというか、ほとんどがそうだと思う。包丁持って心中してやるとか言われて追いかけられたって話もあるし」
 
そういえば、ちー姉もお父さんに日本刀で斬られそうになったとか言ってたなあと青葉は思い起こしていた。結局その後、千里は実家とは(正確にはお父さんと)絶縁状態のようである。
 
「でもヒロミ、既に性転換も済ませていることはカムアウトしたの?」
「それはまだ・・・って、私、まだ性転換してないけど」
「私たちにまで嘘つかなくてもいいのに」
 
「でもおっぱいはあるんでしょ?」
「うん」
「タマタマは無いんだよね?」
「うん」
「おちんちんも無いんでしょ?」
「あるよー」
「でもヴァギナはあるよね?」
「ないけど」
「でも生理はあるんでしょ?」
「えっと・・・」
「否定しないんだから、あるんだよ」
「生理がある以上、ヴァギナが無いって有り得ない」
「ってか、生理があるということは、子宮と卵巣もあるのでは?」
 
「一度裸にして確認してみたいね」
「裸にしただけでは子宮や卵巣は確認できないよ」
「じゃ、CTスキャンだな」
「MRIの方がいいかも」
「やはり青葉の霊視で」
 
「そんな透視みたいなことはできないよー」
と青葉は言ってから、悪戯っぽく付け加えた。
 
「でもヒロミ、将来、赤ちゃんを産むと思うよ」
「ほほぉ」
 

そういう訳で、その放課後から早速『細い糸』の練習を始めたのだが、メンバーから苦情が出る。
 
「この曲、曲はいいけど、アレンジがまとまってない」
「せっかく格好良い曲なのに、各パートが勝手なことしてる感じ」
「ベースラインも平凡だし、サックスやフルートにもう少し遊び心が欲しい」
「ってか、このライン、フルートの演奏じゃないよー。フルートはこんな吹き方しないもん」
 
「うーん。。。私ってこないだの曲もアレンジがあまり良くないと言われたな」
と本人も少し悩んでいる。
 
「誰かアレンジできる人?」
「青葉、できないの? 槇原愛の『遠すぎる一歩』とか青葉が書いたんでしょ?」
「私は作曲しただけだよー。アレンジは音楽大学の作曲科出たような人がしているはず」
「青葉も編曲はだめか」
 
「そうだ。青葉の先生とかに頼めない?」
「へ?」
 
「青葉、鮎川ゆまさんからサックス習ってるんでしょ?」
「鮎川ゆまさん、Lucky Blossomの曲のアレンジほとんどやってたよね」
「クレジットは編曲:Lucky Blossom だったけど実質鮎川さんがひとりでしていたという話」
 
「鮎川先生は忙しいよぉ。それにプロがアレンジしたら、軽音フェスタの規定に反しない?」
「今回のフェスタはコピー部門、オリジナル部門が分かれてないから、コピー曲ということにすればいい」
 
「へー」
「もし見てもらえるなら、プロがこの曲をどう料理するのか見てみたいな。全部アレンジしてもらえなくても、ポイントとか教えてもらったら凄く参考になると思う」
と空帆自身も言う。
 
「うーん。。。だったら訊いてみるけど、依頼料も高いと思うよ」
「それはお金持ちの青葉が払ってくれるということで」
「うむむ」
 
取り敢えずそれで青葉が鮎川ゆまに電話してみたところ
「今度の日曜の午前中でよければ、見てあげてもいいよ」
ということになったのである。
 
それで青葉と空帆が、日曜日鮎川先生に会いに行くことにしたのである。青葉はこれと一緒に神社の件を進めようと土曜日の朝から千葉に入り、候補地、不動産屋さん、弁護士事務所、工務店と駆け回った。空帆は少し遅れて東京に入り、土曜日は都内で楽器店や書店などを回ったらしい。
 

そして、その日、青葉が鮎川ゆまの所に行くというと、前々から鮎川ゆまのサインが欲しいと言っていた桃香が、私も連れて行けと言ったのである。 
それで結局朝から千里のミラに4人で乗って都内に入った。池袋のサンシャイン近くの大型駐車場に駐め、池袋駅で空帆と落ち合って鮎川先生と会う約束のスタジオに行く。彪志はそちらの用事が終わるまで池袋周辺で待機するということであった。
 
「何か人数が多いような」と空帆。
「こちらは私の姉の、桃香と千里」
「昨夜はお姉さんたちの所に泊まったの?」
「ううん。彼氏の所だよ。彼は本屋さんとか見てるって」
「うーん。。。。大人の世界だ」
 
スタジオのロビーで待っていたら、男物のトレーナーにブラックジーンズを穿いた鮎川ゆまが入ってくる。
 
「こんにちは」
と言って挨拶する。
 
「こういう時、お早うございます、じゃないの?」
と質問が出るが、
「私は取り敢えず引退して今はただのサックスの先生だから」と鮎川さん。「私はただの女子高生だから」と青葉。
 
それで青葉が、空帆を紹介した上で、桃香と千里を「うちの姉の桃香と千里です」と紹介し、桃香が熱心な鮎川先生のファンでサインが欲しいと言っているというと、
「いいよ」
と言って気軽にサインに応じてくれた。
 
桃香持参の色紙とサインペンでサインし日付を書いて「高園桃香様」と宛名書きし、桃香と握手をする。そして鮎川さんは千里を見たが
 
「あれ・・・もしかして、旭川の村山さん?」
などと言う。すると千里は
 
「お久しぶりです、鮎川さん。よく覚えていて下さいましたね」
と言って微笑む。
 
「わぁ、懐かしい! 忘れないよ。恩人だもん。そうか。今千葉に住んでおられるんでしたよね?」
などと訊く。
 
「ええ。今千葉で大学院生です」
と千里。
 
「ちょっと待て。千里、ゆまさんの知り合い?」
と桃香が訊く。
 
「村山さんはLucky Blossom の仕掛け人なんです」
と鮎川さん。
 
「えーーー!?」
と一同が驚く。
 
「仕掛け人は大げさです。たまたまきっかけになっただけですよ」
と千里。
 
「Lucky Blossomのマネージャーを務めた谷津さんが、旭川に行っていた時、占い師をしていた村山さんに、何月何日に高崎に行けと言われたらしいんです。それで谷津さんがその日高崎のライブハウスに来たら、ちょうど私が所属していた Red Blossomというバンドと、もうひとつLucky Tripperというバンドが続けて演奏して最後、その場のノリで合体演奏したんですけど、それを谷津さんが気に入って両方のバンドをまとめてスカウトして Lucky Blossom が生まれたんですよ」
と鮎川さんは説明する。
 
「Lucky BlossomがLucky TripperとRed Blossomの合体というのは知っていたがそこに千里が関わっていたのか?」
と桃香は驚いて言う。
 
「更に、デビューに当たって、私はサックスじゃなくて歌を歌った方がいいんじゃないかとレコード会社から言われたのを、サックスの方が売れると占ったのも村山さんなんです」
 
「私は質問されたから占っただけ」
と千里は言う。
 
「確かにフロントパーソンが歌っていたら、Lucky Blossomは並みのバンドだったと思う。歌わずにサックスを吹くという玄人好みのスタイルが、日本のポピュラー音楽史上に名前を残すことになったんだよ。でも、千里、占い師なんてしてたの?」
と桃香。
 
「嗜み程度だよ。当時私、高校生だし、見料ももらってないし。Lucky Blossomのファーストライブと毎年の横浜アリーナ公演に東京ドームでのラストライブに招待してもらって、CDは毎回献納してもらったけどね」
 
「それで千里、Lucky BlossomのCDを全部持ってたのか?」
 
「でも村山さん、当時と雰囲気が全然変わらない。あの当時は凄く長い髪の女子高生で。今もけっこう長い髪ですね」
と鮎川さんが言う。
 
すると桃香と青葉が「え?」という顔をする。
 
「さすがにあの長い髪はメンテが大変だったんですよ。このくらいなら、まあ適当にしておいても維持できるから」
と千里。
 
「千里・・・後でちょっと追求したいことがあるのだが」
と桃香が言った。
 
「でも青葉ちゃんが村山さんの妹だなんて、全然知らなかった。あれ?苗字が違うのは?あれれ?今気付いたけど桃香さんも苗字が違う???」
 
「まあ、そこは話せば長くなることなんですけどね」
「へー」
 

空帆は思わぬ展開があり驚いていたが、本題に入り、鮎川さんは空帆の書いた曲をチェックしてくれた。
 
「確かにお友だちに言われたというように、まとまりが弱いよね。それから各楽器の特性が活かされてない。これCubaseか何かで書いた?」
「はい」
「結構打ち込みで色々作ってるでしょ?」
「やってます」
 
「エレクトーンプレイヤーとか、打ち込み系のクリエイターにありがちなパターンでね。何となく格好良いんだけど、実は各楽器の特性を充分把握できてないのよね。だから、このフルートにしてもサックスにしても、フルートの音が出るギター、サックスの音が出るギターという感じになっちゃってるの。音域はしっかり把握されてるけどね」
 
「ええ、それも友だちから言われました」
と空帆も言っている。
 
「それぞれの楽器のイメージをもっとしっかり掴んだ方がいい。できたらその生楽器の上手な人の演奏をよく見る」
 
「なるほど」
 
「まとめ方については全体を俯瞰する力を鍛える必要があるよね。私もできないけど、オーケストラの編曲とかは凄いよ。それぞれの楽器が一緒に演奏しているところを全て把握できないといけない。将棋や囲碁で全体の戦況を見る俯瞰力というのが言われるけど、50人のオーケストラで演奏する曲を書くには50個の駒を動かしている将棋指しになる能力が求められる」
 
「そのあたりって一朝一夕にできることじゃないですね」
「そうそう。だから大編成のバンドの編曲ができる人は少ない。クラシックでもいいし、グランドオーケストラやビッグバンドでもいいけど、大編成の楽団が演奏しているところを実際に見たり聴いたりして、各々の楽器がどういう役割をしているか、そして全体の中でどういう位置付けになっているかを観察する」
 
「ちょっと勉強してみます」
と空帆。
 
「その時、一流のものを見ることが大事だよ。クラシックなら、ベートーヴェンとかモーツァルトといった超一流作曲家の作品を、カラヤンとかマリナーとか一流の指揮者が演奏したものを聴く。グランドオーケストラならポール・モーリア、ビッグバンドならグレン・ミラーとか、やはりトップの人の演奏を聴く」
 
「そのあたりって、超一流の人とふつうの一流の人の落差、激しいですよね」
「そうなんだよ」
「そのあたりを聴いてみよう」
「ポール・モーリアみたいな楽団の演奏聴いて、それを自分でスコアに書きだしてみるのも勉強になる」
「やってみます」
 
「それで先生、今回はこの曲、先生が編曲していただけないでしょうか?細かい楽譜まで書くお時間無いと思うので、概略の指示でもいいですが」
と青葉が言う。
 
「うん。じゃ、こんな感じでやってみようか」
と言って鮎川さんは、空帆と青葉にアレンジに関するアドバイスをしてくれたのであった。
 
桃香が言った。
「これ、私は今、物凄く贅沢な場面を見ているのではなかろうか」
 
千里が言う。
「たぶん、そうだよ。鮎川さんも、青葉も、そして清原さんも音楽家として一流だと思うもん」
 

鮎川さんは、空帆の曲のアレンジを見てくれた後、青葉に
「サックス、どのくらい進展してるか見せてもらおうか」
と言って、演奏をチェックし、また色々アドバイスをしてくれた。その後、千里とメールアドレスの交換をして別れた。
 
遅めのお昼を食べるのに手近なファミレスに入る。
 
「まあ、それでだね、千里」
と桃香は切り出す。
 
「Lucky Blossomがデビューしたのは2006年で、私も千里も高校1年生だったはずなのだよね」
「うん」
 
「その時、千里は《髪の長い女子高生》だった訳? 私は千里は高校時代、バスケをしていたので五分刈りの頭だったとか聞いた気がするのだが」
 
「鮎川さんに会った時はロングヘアのウィッグを付けてたんだよ」
「それで女子高生の格好をしていたと?」
「まあ、そうかな」
 
「つまり、千里って、大学に入ってから、私が唆して女装外出させる以前にもしばしば女装で人に会ったりしてたんだ?」
 
「うーん。まあ知り合いの居ない所でなら女装したことはあったよ。谷津さんとは偶然イオンのフードコートで会ったんだよ」
 
「ああ。そういうことか。でも千里の昔の写真って1枚も無いもんなあ」
「男の子の格好してる写真、残したくないから全部処分したんだけどね」
「実は女の子の格好してる写真が大量にあるから隠しているということは?」
「まさか」
 

空帆がここで発言する。
 
「あのぉ、話が見えないんですが、もしかして千里お姉さんって、男の人なんですか?」
 
「生まれた時は男の子だったけど、もう性転換手術もして、戸籍も変更して女になったよ」
と千里は答える。
 
「えーー!? なんか凄い。じゃ、千里さんと青葉って、兄弟から姉妹への転換?」
「そうそう」
 
「でも兄弟そろって性転換って話は、わりと聞くと思わない?」
と桃香が言う。
 
「うん。兄弟って性格も似やすいから、そういう傾向も似やすいんだと思う。親は頭痛いだろうけど。もっとも、私と青葉の場合は、お互い似た境遇であったことから呼び合ったんだろうけどね」
 
「あれ?実の姉妹じゃないの?もしかして」
 
と空帆が訊くので、青葉は自分が震災で家族を亡くして天涯孤独になり避難所でこのあと、どうしようかと思っていた時に、ボランティアで来ていた千里が自分を保護してくれたんだということを説明する。
 
「ボランティアの女性の中に、ひとり私と同じ女装者の人が混じっているのに気付いて、着替えを譲ってくれないかと頼んだんだよ。でもそれがきっかけで保護者になってくれたんだ」
 
「そういう巡り合わせがあったのか」
と言って空帆は何か考えている雰囲気。
 
すると青葉がさっと空帆の前に五線紙を出した。
 
「今、ちょっと感動してない?その感動を譜面に書いてみない?」
 
「よし」
と言って、空帆は譜面に向かって音符を書き始めた。
 

「でも、私はちー姉が占いしてたというの、びっくりした。ちー姉と占いのこととか話したこと無かったし。どんな占いしてたの?」
と青葉が訊く。
 
「易とタロットだよ。これは中学生高校生時代の10代独特の勘があったから、できたんだと思う。もう占えないよ」
と千里は答える。
 
「うーん。確かに天才少女占い師・天才少女霊能者が大人になると、平凡になっちゃう例は凄くたくさんあるけど」
 
「だいたい、私に占い師ができるほどの霊感があったら、青葉とっくに気付いていたんじゃない?」
 
「そうなんだよねー。彪志の霊感とかもすぐ気付いたし。ちー姉は普通の人よりは霊感があると思うよ。だから、占い師ができないことはないと思うけど」
 
「まあ、その程度の占い師だったんだと思うよ。まあ、占いハウスとか電話占いの占い師くらいなら、今でもやる自信はあるけどね」
と千里は言ったが
 
「それ充分凄いじゃん!」
と桃香は言った。
 

昼食後は新宿区に移動して冬子(ケイ)のマンションを訪れた。桃香と千里は冬子と何度も会っているので同行するが、空帆に
 
「どこかで待ってる?付いてくる?」
と訊くと
 
「ローズ+リリーのケイさん・マリさんに会うの?行く、行く!」
と言うので一緒に連れていった。
 
「これ、私の友人の清原空帆です」
と言って青葉は空帆を紹介したのだが
 
「友人って恋人って意味?」
などと政子(マリ)から訊かれる。
 
「違いますよー! 私の恋人は彪志だけです」
と青葉は言う。
 
「男の恋人2人と女の恋人3人くらい作れば楽しいのに」
と政子。
 
「私、恋愛対象は男の人だけだし、そんなにたくさん恋人作りません」
と青葉は答えるが、空帆は呆気にとられている。
 
「それで頼まれていた曲、とりあえず3曲書きました」
と言って青葉は冬子に譜面とUSBメモリを渡した。
 
「ありがとう」
と言って譜面を見ている。
 
「多少手直ししてもいい?」
「はい。自由にいじってください。やはり問題ありますか?」
「枝葉の部分だけだよ。凄くよく出来てると思う」
 
「この辺りを少しいじりたい」
と言って、冬子はテーブルの筆立てからサインペンを取ると、各々の譜面に微妙な修正を加えた。
 
「わっすごい」
と言って空帆がその修正作業を見ている。
 
「ヒット性を出すための変更だよ」
と冬子。
 
「意図は分かります」と空帆。
「君も作曲するの?」と冬子。
「はい!」
 
「午前中、書いた曲を鮎川ゆま先生に添削してもらったんですよ」
と青葉が説明する。
 
「ああ。ゆまさんとは、私色々なチャンネルでつながりがあるんだよね」
と冬子は言う。
 
「古い友人だとおっしゃってましたね?」
 
「ゆまさん自身とも8年くらいの付き合いだよ。Lucky Blossomのマネージャーしてた谷津貞子さんとも8年くらい。知り合ったのは、ゆまさん自身より谷津さんの方が古い。当時は谷津さんは篠田その歌のマネージャーだったんだけどね」
「へー!」
 
「それからゆまさんの先生の雨宮三森先生とは6年ほどの付き合いだし、ゆまさんの親友の宝珠七星さんは、今私の最重要スタッフ、ローズ+リリーの事実上のサウンドプロデューサーで、付き合い自体はローズ+リリーのデビュー以来5年の付き合いだけど、実は9年ほど前から微妙にすれ違っていたんだよ」
「縁は不思議ですね」
 
「ふむ。するとゆまさんは冬が私に隠している昔の冬の実像を知っているんだな」
と政子が言う。
 
「何も隠してないけど」
「いや、隠していることは、多分本を20冊くらい書けるほどある」
「そんな馬鹿な」
 

そんな話をしていた所に、ふらりとその七星さんがやってきた。
 
「おお、リーフちゃんが居る!」
と青葉を見るなり言う。
 
「お世話になっております」
「青葉ちゃん、いつまで東京に居るの?」
「今日の最終便で帰りますが。東京駅8時の新幹線です」
 
「じゃさ、サックス吹いてよ。来月発売予定のスターキッズのアルバム、もうだいたい音源製作終わってるんだけど、青葉ちゃんがいたら、デュエットしたかったんだよ」
などと七星さんは言う。
 
「私、素人ですー」
「素人かどうかはCD買ったお客さんに判断してもらえばいいよ。でも今日は何しに出て来たの?」
 
それで青葉か友人の空帆が書いた曲を鮎川ゆまさんに添削してもらったのだと言うと
 
「おお、ゆま! よしあの子も呼び出そう」
と言ってその場で、鮎川さんに電話してスタジオに呼び出した。
 

それでその場の流れで、空帆や桃香・千里まで含めて全員、スタジオに移動する。
 
「この曲なんだよ」
と言って七星さんは現在できている『Moon Road』という曲の音源を再生する。 
「きれいな曲ですね!」
と言って空帆が感動している感じ。
 
「ヴァイオリンの三重奏をしてますね」
「そそ。うちの鷹野とケイちゃんと、ケイちゃんの古いお友だちで松村さんというヴァイオリンの名手」
「わあ」
 
やがて鮎川さんが来て、青葉と空帆が居るのを見て
 
「あれ、奇遇だね〜」
という。
 
「お世話になっております」
 
改めて『Moon Road』を流す。
 
「この曲のサックスも三重奏にする構想があったのだけど、適当な演奏者が思い浮かばなくて見送っていたんだよね。せっかく青葉が来ているから、私とゆまと青葉で三重奏」
 
「ああ、青葉ちゃんならメンツに入れていいね」
と鮎川さん。
 
「私、この春から始めたばっかりなのに!」
「いや、青葉ちゃんはセンスが良い」
 
それでいったん没にしていたというサックス三重奏の譜面をパソコンの中から取り出し、プリントして渡す。
 
「30分練習してから収録」
「OK」
 
それで、鮎川さん、青葉、がそれぞれ別の個室に入って練習する。七星さん本人もまた別の個室で練習する。青葉の個室には、冬子と千里が入って演奏を見てくれた。
 
なお空帆は鮎川先生の演奏が見たいといってその個室に入り、政子と桃香はおしゃべりをしていた。
 

青葉の演奏に色々冬子がアドバイスしているのを見て、千里が
「あれ?冬子さん、サックス吹くんですか?」
と尋ねる。
 
「私はウィンドシンセを吹くんだよ」
と冬子が答える。
 
「あ?じゃ、もしかして水曜日に出たKARIONの『雪のフーガ』の中の『月に想う』
でサックスの三重奏していたののひとりは冬子さん?」
と千里が訊く。
 
「KARION?」
と冬子は驚いたように言い、青葉の顔を見る。青葉が慌てて首を振る。 
「え?だって、冬子さん、KARIONの結成以来のメンバーですよね?」
と千里。
「なぜ、それを知っている?」
 
「なぜって、KARIONのCDを聴けば、歌っている声のひとつとピアノ演奏が冬子さんだと分かりますよ。というか、私はKARIONの方を先に聴いていたから、ローズ+リリーがデビューした時、あれ?柊洋子さん、他の子と組んで別のユニットも掛け持ちするんだ?と思ったんですけど」
 
「歌の声が分かるのはいいとして、なぜピアノ演奏も私だと?」
「だってローズクォーツとかで弾いてるのと波動が同じだったから」
 
「波動で分かったの〜〜?」と冬子。
「え?そんなの誰でも分かりますよね?」と千里。
 
青葉は半分呆気にとられていたが、やがて言う。
「ちー姉、それが波動で分かる人は、日本国内に10人もいないと思うよ」
と笑顔で言った。
 

だいたい練習が終わった所で、千里は
「この3人だけの秘密ね。桃香には内緒にしといて」
と言って、自分の携帯の中から1枚の画像を呼び出した。
 
「鮎川ゆまさんと会った頃の私だよ」
 
そこにはブレザーの女子制服を着て、お腹の付近まである長い髪をした少女の写真が写っていた。
 
「女子高生してる!」
と青葉が嬉しそうに言う。
 
「多分、冬子さんって、私と似たような女子高生生活をしてたんじゃないかな」
と千里が言うと、冬子は咳き込んでいた。
 
「でも今もう占いができないのは本当。霊感も随分衰えたから、多分今の私なら、KARIONの4人目が冬子さんってことに気付かなかったかもね」
と千里は昔を懐かしむかのように言った。
 

収録は結局『Moon Road』のみでなく、他にも2曲サックス三重奏を入れることになり、結局夜11時過ぎまでかかってしまった。彪志から何度か青葉の所にメールが入っていたが、作業中で青葉は取らなかったので、結局彪志は諦めて千葉に帰ってしまったようであった。作業が終わった所で「ごめんねー」とメールしておいた。
 
「遅くなったね」
「仕方無いです。明日は学校休みます」
「それはいけない。私が送って行くよ」
と鮎川さん。
 
「へ?」
「君たち富山市だったっけ?」
「その少し先の高岡市です」
「だったら、今から私のポルシェで走れば3時間で着くね。3時前にはお家に帰れるよ」
と鮎川さんは言った。
 
鮎川さんの愛車はポルシェ・パナメーラである。
 
しかし冬子が言う。
「ゆま、その3時間ってのは明らかにスピード違反」
 
「それ送って行ってあげるというより、深夜のドライブがしたいだけでは?」
と七星さんも言う。
 
「大丈夫だよ。オービスの場所は知ってるし、こんな夜中に警察も居ないって」
「車で行くなら速度制限守って」
と冬子。
 
「うーん。まあ、守っても5時間かな」と鮎川さん。
「それに1人でそんなに長時間走るのは無茶」と冬子。
「誰か交替ドライバーが居た方がいいね」と七星さん。
 
「じゃ、良かったら私が運転しましょうか? MTでも運転できますよ」
と千里が言うので、鮎川さんと千里で交替で運転して高岡に帰ることになった。 
「じゃ、千里、ゆまがスピード違反しないように監視してて」
と冬子は言っておいた。
 

千里と青葉の苗字が違う件について、午前中は省略した説明をきちんしたら、「そんなことがあったんだ! 青葉ちゃん、大変だったね」
と鮎川さんはほんとに同情するように言っていた。
 
「でも今は桃香姉さんにも千里姉さんにも、よくしてもらっているし、新しくお母さんになってくれた、桃香姉さんのお母さんにも、ほんとの母娘のようにしてもらっているから、私ほんとに幸せです。正直、元の家では、家の中で心の安らぎって、得られなかったから」
 
「いろんな家庭があるんだよね。芸能界には、なんかすさんだ家庭で子供時代を過ごした人がけっこういるよ」
と鮎川さん。
 
「だから芸能界に来たんでしょうね」
「だと思う」
 
「でも千里さんと会ったのも、Lucky Blossomが解散した時以来2年ぶり、というか、ゆっくり話せたのはデビュー前の頃から7年ぶりだよ」
と鮎川さん。
 
「あの頃、音楽のことを熱く語ってましたね、鮎川さん」
「うん。燃えてたよ。当時はドリームボーイズのバックダンサーしつつ本格的な芸能活動を目標にレッスンにも励んで。お金も無かったけど、なんか毎日が楽しかった。Lucky Blossomも充実してたけど、全力疾走して最後体力が尽きて倒れちゃったという感じの解散だったね。しばらくは何もする気力無かったけど最近また何かしたいなという気分になってきた」
 
「またできると思いますよ。たぶん春頃には何か新しいお仕事が入るんじゃないかなあ」
と千里は言った。
 
青葉は、あれ〜?ちー姉たら、占いはもうできないと言いながら、ちゃんと占いしてるじゃん、などと思った。恐らく今のは無筮立卦だ。
 
「千里ちゃんがそういうなら、そうなるかもね」
「だけど毎年数千万稼いでいたのが、お仕事やめて突然無収入になったら、住民税辛くなかったですか?」
 
「びっくりしたー! こんなん払えないよぉと思ったんだよ。でもドリームボーイズのリーダーの蔵田さんが、代わりに払ったくれたんだよ。その後、2年がかりで返した」
 
「よかったですね」
「ダンサー仲間でいろいろ助け合ってたからね。ダンサーリーダーの葛西さんも蔵田さんに助けてもらったことあると言ってた」
 
「いや、でもその葛西さんが蔵田さんと結婚したのは驚きました」
と千里。
 
「あれは日本全国度肝を抜かれたんじゃないかな。交際してるって知ってたのはたぶん事務所の社長くらいじゃなかろうか。だってそもそも蔵田さん、男の子にしか興味無いと公言していたのに」
 
「事情は明かせないけど、葛西さんは例外だって言ってましたね」
 
「まあその事情を知っているのも、ダンサー仲間数人だけだと思うよ」
「へー」
 

千里があまり昔のことに触れられたくなさそうにしているのを鮎川さんが感じ取ったようで、車内での会話は、最近の話題曲の批評や演奏技術の話、芸能界の噂話など、音楽関係の話題に終始した。
 
また、青葉と空帆の2人についても、高崎を過ぎたあたりで
「明日学校があるから寝た方がいい」
と言って寝せた。
 

2人を高岡の各々の自宅に送り届けた後で、やっと昔話が出る。
 
「でも千里ちゃん、高校時代も可愛かったけど、ずっと可愛さが変わらないよね。今23くらいだっけ?」
 
「22です。私、早生まれなので」
 
「でも青葉ちゃんと姉妹と言われて、ちょっとびっくりしたけど、この2人が姉妹なら納得するとも思ったよ。千里ちゃんに会った当時、この人、全てを見通すような目をしていると思ったから。今でも龍笛吹くの?」
 
「龍笛は吹けますよ。気持ちを統一する時とかに吹くといいんです」
と千里。
 
「ああ。私が考えがまとまらない時、取り敢えずサックス持って思うままに音を出していると頭の中が整理されていくのと似ているかな?」
「楽器弾く人って、みなそうかも知れませんね」
 
「ヴァイオリンの方は?」
「下手なままです。私、練習嫌いだから上達が遅いんです」
「でも横笛はハマったのかな?」
「そうですね。相性が良かったんだと思います」
「女性であれだけ龍笛吹ける人は少ないもんね。私も龍笛はやってみたけど、なかなかあの龍が鳴くような音が出ないんだよ。今度また千里ちゃんの龍笛、聴かせてくれない?」
「私のでよければいつでも」
 

高岡に戻った空帆は、『細い糸』の譜面をかなり大々的に改造した。
 
鮎川さんに指導された分もあるが、その後、冬子が青葉の曲を修正するのを見て、更にスターキッズ『Moon Road』の制作現場に立ち会ったことが、空帆の創作意欲を物凄く刺激した。彼女はメロディーの一部まで改変する大改造をおこなった。完成した譜面を鮎川さんにメールし、《編曲:鮎川ゆま・清原空帆》のクレジットを使ってよいかと打診した。すると、鮎川さんは空帆のスコアを更に修正してくれて《編曲:清原空帆・鮎川ゆま》にしようと逆提案。それで行くことにした。
 
新しい譜面を Flying Sober のメンバーに見せた所
 
「すっごく格好よくなってる」
「フルート、これ凄く自然なライン」
「これCDにしたら売れたりして」
 
などという声も出た。
 
「うん、CD出そうよ、と鮎川先生に言われた。インディーズのレコード会社の人を紹介してあげるよと言われてる」
 
「おお、取り敢えずインディーズか」
「まあいきなりメジャーというのは有り得ない」
 

女神様は青葉から、祠(ほこら)を設置する場所が決まったと聞き、ちょっとその場所へ行ってみた。今にも崩れ落ちそうな古い家が建っていて、その家の前に、竹ぼうきで掃除をする、白小袖に緋袴を着けた巫女が居た。千葉市内の神社に管理を委託するとか言っていたから、そこの巫女だろうか?
 
「なんか汚い家が建ってるなあ」
とひとりごとを言ったら、
 
「その家は崩してきれいな祠を建てるから大丈夫ですよ」
と巫女が女神様の方を見て言った。
 
「そなた、私が見えるのか?」
「ごめんなさい。私は見えないんです。でも感じることはできます。この感じは女神様ですよね。私も毎日は来られませんが、来られる範囲で来てお掃除くらいはしますので」
 
「今気がついた。そなた、物凄いパワーを持っている」
「眷属が凄いだけです。ここら辺に居た雑多な霊は、うちの《こうちゃん》が全部処分しちゃいました」
「いや、眷属も凄いが、それだけの眷属を従わせている、そなたのパワーはもっと凄い」
「眷属さんは、私に付いているメリットがあると思うから、付いててくれるだけです。そもそもこの子たちの主人は私ではなく出羽に居ます。私は預かっているだけ。ただのしがない巫女です」
 
「そんなことはない。相応のパワーが無ければ預かることもできない。それにそなた、そのパワーを隠している。軽自動車の中に航空母艦を隠しているんだ。そなたを見て凄いパワーがあることに気付く人は少ない」
「そうでしょうか」
「あの子は気付いてないだろ?」
「取り敢えずパワーが衰えたという話を信じてくれたみたい」
「衰えたんじゃなくて隠し方がうまくなったんだな?」
「ふふふ」
 
「そなたが《毎日》掃除してくれるのなら、ここに住んでもいいかな」
「私は《時々》しか来られませんけど、それで良かったら」
「ふむ。神様との付き合い方を知ってるな」
 
と楽しそうに言って女神様は
「気に入った。ここに住んでやるから、さっさと祠を建ててくれ」
「多分、春頃までには建ちますよ。来週には解体工事が始まります」
「うん。よろしく」
 
と言って女神様が廃屋を見詰めると、その家は一瞬で崩壊した。
 
「解体の手間を省いてやったぞ」
「まあ、築60-70年だったみたいだから、崩れることもありますよね」
「戦後間もない頃に建てた家だろ? その頃の家って適当な造りなのが多いんだよ」
「解体作業するつもりで来た工務店の人、廃材片付けの作業になっちゃいますね」
「工事費、少し安くなるかな?」
「あの子は同じだけ払うと思います」
「大阪では暮らせん奴だな」
「でも工期は短くなりますよ」
「それはよいことだ」
 
と女神様は楽しそうに言った。
 
 
Before前頁次頁目次