【春弦】(上)

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この物語は「春心」の最後の方と重なる時期のストーリーである。
 
青葉たちが秋の大会に向けて、コーラス部と軽音部の練習をしていた頃のことである。
 
2013年7月31日(水)。呉羽ヒロミ(男性名:大政−ひろまさ)の父は久しぶりに早く帰宅し、珍しく親子3人で夕食の宅を囲んだ。父・母・子の3人が一緒に夕食を取ったのは数年ぶりのような気もした。父はいつも残業で帰宅は12時前後になることが多く、母もしばしば8時か9時頃になるので、ふだん3人はバラバラに夕食を取る。朝も父はだいたい早朝出かけるから、朝食も母とヒロミのふたりだけである。ヒロミは小さい頃、たまに父が家に居るのを見て、誰か知らないおじさんがいる、などと思い「いらっしゃい」と挨拶したことがあったらしい。 
ところでヒロミは4月から「女子高生」生活をしていることを実はまだ父に打ち明けていなかった。夕食の席でも、ふだん自分1人の時や母と一緒の時は女の子の服を着ているが、今日は(バストを隠すのに)厚手でサイズにゆとりのあるポロシャツにジーンズという中性的な服である。
 
「お父さんがこんな時間に家に居るのって珍しい」
と正直にヒロミは言った。
 
「明日は早朝からイベントの準備があるからな。今日は早めに上がることにした」
と父。
 
「早朝からって何時に出るの?3時頃?」
 
「いや、準備は6時からだから5時くらいに家を出る」
「だったら普段とそう変わらない気がする」
 
「ああ、そうかな?」
と父は言った上で、
「このビーフシチューうまいな。さすが母さんだ」
などと思い出したように言う。
 
「それ、ヒロが作ったんだよ」
と母は言い
「ついでに、ビーフシチューじゃなくてビーフストロガノフだけどね」
と付け加えた。
 
「へー、ヒロ、お前、料理なんかするんだ?」
と父。
 
「だいたい晩御飯はヒロが作ってるけど」
と母。
 
「あ、そうだったんだっけ? お前料理うまいな」
「自己流だけどね」
 
「ヒロはレパートリー広いよ。パエリヤなんかも上手に作るし、オムレツとかお店で出てくるのみたいに、きれいな形にするしね」
と母が言う。
 
「へー。そこまで出来るなら、嫁さんに行けるな」
などと父は笑いながら言う。
 
するとヒロミは
「お父さん、私、お嫁さんに行ってもいい?」
と訊いた。母がちょっと緊張した顔をする。しかし父は冗談と思ったようで、 
「おお、行けるもんなら行ってもいいぞ」
などと言っている。
 
「そう? じゃ、私お嫁さんになっちゃおうかな」
とヒロミは言った。
 
「あれ?お前、自分のこと『私』って言うの?」
と父。
 
「だって、私、女の子だから」
とヒロミ。
 
「おお、女の子だったら明日のイベントに徴用したいな」
「何のイベントなの?」
 
「アメリカの取引先から会長・CEO・COOと揃って来日するんで、純日本風におもてなしをしようということでさ。振袖の女の子をたくさん揃えて、お琴を弾いたり、胡弓を弾いたり、篠笛を吹いたり、お茶を点てたり、お花を活けたりするんだよ」
 
ヒロミは父の《胡弓》の発音がちょっと気になった。地域によっては《呼吸》と同様に《きゅう》にアクセントを置くが、富山では《こ》の方にアクセントを置く言い方が普通である。和楽器にあまり詳しくない故だろうが。
 
「ヒロ、あんた琴も胡弓も篠笛もできるよね?」
 
という母は胡弓の《こ》にアクセントを置いて正しく発音してくれる。母も子供の頃、少し胡弓を習ったことがあるらしいが、ものにならなかったという。 
「うん、できるよ」
「おお、それなら手伝ってもらいたいな。振袖着られるものならな」
などと言って父は笑っている。
 
「場所はどこなの?」
「涼風樓だよ」
「ふーん」
「もし来てくれるなら、俺の名刺を渡せばいい」
と言って父は名刺入れから自分の名刺を1枚ヒロミに渡す。
「でも振袖を着て来ないといけないぞ」
と言って、父はまだ笑っていた。
 

翌8月1日(土)。
 
父は実際には4時頃出かけて行ったようであった(朝御飯はヒロミが寝る前におにぎりなどを作っておいたのを食べて出る)。ヒロミは6時頃起きてきて朝御飯を作り始める。すると作っている最中に母が起きてきて、御飯を茶碗に盛ったり、箸を揃えたりをしてくれた。
 
朝食の席でヒロミは言う。
「今日、私、お父ちゃんの所のイベントに行ってくる」
 
「そう・・・。振袖どうするの?」
「昨夜、友だちにメールしてみたら貸してくれるって」
 
「・・・私が若い頃着たのがあるけど、着てみる?」
と母が言う。
 
「ほんと? じゃそれ借りようかな」
「うん」
と母は明るい顔で言った。
 

朝食の後、ヒロミは母の振袖を着せてもらった。
 
肌襦袢、裾除け、長襦袢から借りる。
 
「肌襦袢や裾除けは直接肌につけるものだから、お友だちから借りられるものじゃないと思うよ」
と母。
 
「あ、そうなんだ?」
「和服のこと、あんたあまり知らないだろうしね。って私もあまり詳しくないけど」
と母は微笑んで言う。
 
「でもこれ大変そう」
「うん。振袖着るのは大変なんだよ。私は下手だから着せてあげるのに30分以上掛かるけど、上手な人でも15分くらいは掛かると思うよ」
 
「ひゃー。おしっこ近い人は大変」
「そうそう。振袖はそういう大変な服だよ。女の子の最高の晴れ着だしね」
 
と言ってから母は少し複雑な表情をする。
 
「ごめんね。私、女の子になっちゃって」
「ううん。いいのよ。あんた可愛いし」
と母は首を振りながら気を取り直したように言った。
 
「それにこの振袖、私は今更着られないし、もういっそ処分しちゃおうかなとも思ってたから、ヒロが着てくれて嬉しいよ」
「えへへ」
 
「でもあんた、これ胸が結構あるね」
「うん」
「女性ホルモン飲んでるの?」
「うん。ごめん。勝手にそんなことして」
「まあ、いいんじゃない? ごっつい身体になっちゃったら、女の子の服を着ても変態みたいに見えるかも知れないし。あんた、充分ふつうに女の子で通ると思うもん」
 
母はどうも女性ホルモンについては察していたようであった。
 
「これ2〜3年は女性ホルモン飲んでるよね?」
「ごめんねー」
 
「まあいいけど。でもホルモン剤って高いんじゃないの? お金大丈夫?」
「うん。月1500円くらいだし」
「変なバイトとかはしてないよね?」
「なに、それ〜〜〜!?」
 

それで、母から和装用のバッグ、草履、カンザシなども借りてタクシー代ももらって会場に出かけた。篠笛と胡弓は持参する。さすがに箏は手で持って行けないが、琴爪は持っていく。
 
旅館の入口で、会社名を言うと中居さんが部屋に案内してくれる。入口の所にいた少し年配の色留袖を着た女性に声を掛けて名刺を見せる。
 
「お早うございます。業務部の呉羽智哉の娘ですが、今日の接待のお手伝いに来ました」
「あら、呉羽部長さんにこんなお嬢さんが居たんだ! 全然知らなかった」
 
《お嬢さん》という所があまり突っ込まれたくない所である。
 
「一応、篠笛と胡弓は持って来ました。箏も生田流の簡単な曲なら弾けます。箏は重いので持って来ていませんが、琴爪だけは持って来ました」
 
「おお、頼もしい! 箏を弾く人が足りないなと思ってたから助かる」
 
ということで、箏を弾く係になることになった。
 
会場に持ち込まれている箏を弾いてみせると
「上出来、上出来、じゃお願いね」
 
と言われた。箏の係はヒロミの他に2人予定しているということで、20分交替で2回弾くことになった。
 

時間までは別室で他の楽器担当の女性たちと打ち合わせ(≒おしゃべり)している。
 
箏の独奏をする人がヒロミを入れて3人、胡弓と三味線の合奏の人が1組、琵琶を弾く人が1人、尺八と三味線の合奏の人が1組、で、合計6組8人である。その内、社員さんは2人で残りは社員の家族や友人などのようである。一応、演奏予定曲目を出し合い、重複しているものを他のに替えることにした。 
「わーい、若い人が来てくれて助かった。ちょっと心細かった」
などと19歳くらいかな?という感じの恵規(さとみ)さん。
 
「ごめんねー。年寄りばかりで」
などと50代くらいのKさん(でもしっかり振袖を着ている)。
 
「いえ、自分が最年少だと心細かっただけで」
と慌てて恵規さんが言う。
 
「私が最年少みたいだから、みなさんのお茶係しますねー」
と言って、ヒロミはお茶を入れて回っている。
 
「中学生?高校生?」
「高校1年です」
「へー。どこの高校?」
「T高校です」
「すごーい!優秀なんだ」
 
「でもそれ、笛と・・・胡弓?」
「ええ、そうです」
「どのくらい演奏するの? 弾いてみてよ」
 
などと言われるので、まず篠笛で祭り囃子っぽいものを吹いてみせる。 
「あ、うまい、うまい」
「胡弓は〜?」
 
ヒロミは胡弓をケースから取り出すと、調子笛で音を確認してから『荒城の月』
を弾いてみせる。何だかみんな聴き惚れている感じなので少し緊張したが、何とか1コーラス演奏を終える。
 
思わずみんな拍手をする。
 
「どうも、お粗末でした」
「いや、うまい」
 
「ヒロミちゃんだっけ? おわらの胡弓弾ける?」
と胡弓で出ることになっている杏那さん。
 
「あれ、あまり得意じゃないんですけど」
 
などと言いながらも、越中おわら節の伴奏を弾いてみせる。
 
「うまい、うまい」
「私たちと一緒に出ようよ」
「えー?」
「だって折角楽器持って来てるんだし」
「そうそう。使わないともったいない」
 
「ちょっと練習練習」
 
などということで、演奏予定の4曲をその場で合わせてみた。おわらに関しては、ヒロミが普通の伴奏を弾き、杏那さんが旋律を弾くことになった。 
しかし女性たちとおしゃべりをしていて、ヒロミは自分がこの場にちゃんと溶け込んでいることを自覚していた。ふだん、空帆や青葉たちと普通にガールズトークをしているのが大きいなという気がする。これが1年前の自分だったら、女性ばかりの場では気後れしていたであろう。
 
この1年で自分って随分、女の子として成長したのかもという気もする。身体もなぜか・・・・ああなっちゃってるし。身体のことについては自分でもなぜそうなっているのか良く分からないのだが、とにかくもヒロミは新しい自分の身体にもかなり慣れてきていた。
 
でもそういう身体であることが、女の子としての自分の自信にもなっている気もするのである。
 

それで最初の出番が来る。ヒロミは廊下で座って「失礼します」と声を掛け、(襖は開いているので)そのまま中に入ると、箏の所に座り、『六段の調べ』
を演奏し始めた。
 
部屋の中では、以前のイベントでも見たことのある社長・専務・常務が、外人の男性2人・女性1人と英語で話している。父がその場には居なかったので少しホッとした。
 
話している内容を何となく聞いていると、専ら最近のパソコン技術の話だとか、2020年の五輪開催地がどこになるだろうかなどという話、プロ野球で連勝を続けている楽天の田中の話などが出ていて、ビジネスの話はしていないようだ。そういう話は、あるいは別途誰も入らないところでやるのかも知れない。どうも外人さんの方は、この女性が会長さんのようである。
 
40分ほど置いて、今度は杏那さんたちと一緒に胡弓を持って出ていく。 
今度はお部屋で話していたのは、外人の男性2人と、こちらの専務・常務に営業部長だ。こちらの社長と向こうの会長さんはどこか別室で話しているのだろう。 
話題は何だか食べ物の話だ。すき焼き、しゃぶしゃぶ、天麩羅、など日本の食の話が出ている。その内、お魚の話も出て、Tuna(マグロ), Bonito(カツオ), Salmon(サケ), Trout(マス), Sea Bream(タイ), Flounder(ヒラメ), などといった魚の名前が出た後で、こちらでは Yellowtail(ブリ)が美味しいんですよ、などという話にもなっている。この外人さん2人は日本に何度も来ているようでお寿司も体験しているようだ。
 

更に40分後に今度は箏で出て行く。3度目なので緊張感もやわらぎ、「さて、弾いてくるか〜!」という感じで気軽な気持ちで出て行ったら、部屋に父が居る。ぎゃっと思ったが、もとより父にこの姿を見られるのは覚悟というか、むしろ、見てもらうために出てきたのである。気持ちを引き締めて箏の前に斜めに向いて座り、「平常心、平常心」と自分に言い聞かせながら演奏を始める。
 
部屋の中に居るのは、今度は外人の女性会長と、こちらの社長、営業部長に、業務部長の父である。話に集中しているようで、父にしても営業部長にしても、相手会社の会長さんだけを見ている。話はけっこうビジネスの核心になっている雰囲気だ。細かい問題点を話している。そしてヒロミも自分の演奏に集中した。 
演奏は続くが、誰も琴の音色には注意を払ってない。
 
演奏は20分で4曲する。その内3曲まで演奏を終えて4曲目に入る。その曲の先頭付近を弾いていた時、ふと父が何かを考えるようにして視線を泳がせた。そしてこちらを見た。
 
ヒロミは箏を見ているが、父がこちらに目をやったのは認識する。へ!?という顔の父。メガネを外して目を擦り、再度メガネを掛けてこちらを見る。目をパチクリさせている。ヒロミは見られているのは意識しているが平常心で演奏を続ける。父もすぐ仕事を思い出し、話に集中する。しかし時折こちらに目をチラッチラッとやる。
 
そして演奏を終えて退席する時、ヒロミは父に向かってニコっと微笑んだ。父がドキッとしたような顔をした。
 

40分後、今度は胡弓で出て行く。
 
ちょうどお昼の時間帯で、向こうは会長・CEO・COOが揃っているし、こちらも社長・専務・常務に、営業部長・業務部長(ヒロミの父)・管理部長、それに朝ヒロミが話をした色留袖の女性(金沢支店長で向こうの女性の会長の話し相手含みで列席したらしい)まで顔を揃えている。天麩羅・お刺身・茶碗蒸しに、湯葉や野菜の煮物を器に盛ったもの、すき焼き風の鍋物、ぶりかま、等が並んでいるのが見える。
 
ヒロミが部屋に入って行った時、父がしっかりヒロミを見た。ヒロミは笑顔で首を傾げて《女の子式会釈》をした。父は戸惑ったような顔をした。
 
それで杏那さんと一緒に胡弓を演奏するが、ヒロミの心は妙な開き直りに似た境地になっていた。それで心が落ち着いているので、自分の演奏も凄く決まっている気がした。この微妙なコブシのような揺らぎの入る、おわらの伴奏が元々苦手なのに、この時の演奏は物凄く良く音が「踊っている」感じだったのである。隣で旋律を胡弓で弾いている杏那さんが驚くような顔をしていた。そして父はヒロミの方を見ながら時々頷くような仕草をしていた。
 

演奏が終わった後で、別室で御飯を頂いた。とても美味しい御飯だった。 
「ヒロミちゃん、2度目の胡弓の演奏、凄く良かった。習いに通わない?才能あるよ」
と杏那さんが言うが
 
「ごめんなさい。勉強で忙しいから」
「ああ、そうだよねー。高校卒業してからでもいいけど。って、大学行くんだっけ?」
 
「阪大の医学部を志望校にしてます」
「ひゃー! さすが凄い所だ。じゃ、高校出たら大阪に行っちゃうのか」
「実際には、受験時点での学力考えて最終的に志望校は決めますけどね。東京医科歯科大あたりにするかも知れないし、案外近くの金大(きんだい:金沢大学)にするかも知れないし」
 
正直な所、ヒロミは親元から離れてひとりで伸び伸びと女の子ライフをしたい気分であった。
 
「でも凄いなあ。女の子でも頑張る子いるんだなあ。志望校決めるのに親と揉めなかった?」
「今の高校に入る時に、近くの高校でいいじゃんと随分言われたんですけどね」
「ああ、そうだよねー。女の子は別に難しい学校行かなくても、と言われがち」
 
「私ももう少し頑張れば良かったかなあ」
と恵規(さとみ)さんが言う。
 
「私は本当は東京の△△△に行きたかったし、学校の先生も充分入れると言ってくれてたんだけどねー。父親が女の子を東京にまでやれん、とか言って、今、福短(富山福祉短大:富山県射水市)に行ってるのよ。でも短大では『なんで君みたいな人がこんな学校に来た?』とか教官に言われるし、実はクラスの中で私、浮いちゃってるんだよ。話が合わなくてさ」
 
「自分の実力と合わない学校に行くとそうなります。今からでも再受験する手はあると思いますよ。2浪くらいの人はいっぱい居ますし。特に難関大学とか、医学部とかには」
とヒロミは言う。
 
「そうだよね。マジで考えてみようかな」
と恵規さんは本当に考えている感じだった。
 

「でもヒロミちゃん、あんなに胡弓上手いなら、ヴァイオリンとかは弾かないの?」
 
「ヴァイオリンは触ったことないです」
「一度弾いてみるといいよ」
 
「今度カラオケ屋さんとかで会わない? ヴァイオリン持ってくるから弾かせてあげるよ」
 
「膝に抱えて弾くのと肩と顎で支えて弾くかの違いだよね」
「随分違いますよー!」
 
「ヴァイオリンというと、こないだ私、《呪いのヴァイオリン》という話を聞いたよ」
 
「何それ?」
「凄く美しいヴァイオリンなんだって。普通のヴァイオリンの持つ所の端が普通は渦巻きになってるじゃん。あそこが綺麗な彫刻になってるらしくて」
 
「へー」
「でもそのヴァイオリンに魅せられて手にした資産家が没落したり、愛用した演奏家が気がくるったりとか、とにかく関わった人がみんな不幸になったんだって」
 
「こわー」
「宝石には良くその手の伝説があるけど、ヴァイオリンにもあるんだ?」
 
「凄く古い名器ではあるらしいよ。ストラトバリウスとかガダネリより古いものらしくて買うと何億とするんだって」
 
惜しいなとヒロミは思った。ヴァイオリンならストラディヴァリウスだ。ストラトヴァリウスはロックバンドだ。ガダネリは多分ガルネリとガダニーニがごっちゃになっている。
 
「何億も出して買ったから、お金が無くなって没落したんだったりして」
「あるかも!」
 
何だか最後は落語的な落ちになってしまった。
 

ヒロミが帰宅すると母が笑顔で訊いた。
 
「どうだった?」
「うん。楽しかった。他の出演者の人たちと控室でおしゃべりとかしてたけどみんな、私のこと普通に女の子だと思ってる感じだった」
 
「そりゃ、ヒロは女の子だもん」
と母が言うと、ヒロミはジーンときてちょっと涙が出た。
 

父が帰ってきたのは夜22時すぎであった。これでも父の帰宅時刻としては早い方である。
 
ヒロミは敢えて下着の線が見えるようなTシャツに膝丈スカートという格好で部屋から出てきて「お父さん、お帰り」と言った。
 
「おお、ヒロ。今日はびっくりしたぞ。まさか本当に振袖を着てくるとは思わなかった。何だか美人になってたな」
と父は笑って言うが、ヒロの格好を見て、顔をしかめる。
 
「なんで、お前また、そんな女の子みたいな格好してんの?」
 
「だって私、女の子だから。これまで男の子の振りしてたの。ごめんね」
とヒロミは女声で答える。
 
「ちょっと待て。どういう冗談? それにまるで女の子みたいな声」
 
「そりゃ、女の子だもん。だから私、振袖も着るし、学校にも女子制服を着て通っているんだよ」
 
「はぁ〜〜〜!?」
 

それでヒロミは部屋から高校の女子制服(夏服)を持ってくると、その場で着替えてみせる。途中一時的にブラとショーツだけの姿になる。
 
「お前、ブラジャーなんて着けてるの?」
「女の子は高校生にもなれば普通にブラつけるよ」
「まるで胸があるみたい」
「胸くらい普通にあるけど」
「チンコ付いてないみたいに見える」
「女の子におちんちんは無いと思うけど」
 
そんなことを言いながら女子制服を着ると
 
「何だかふつうに女子高生に見える」
と言われる。するとヒロミは
 
「女子高生だもん。これ、私の生徒手帳」
 
と言って、ヒロミは自分の生徒手帳の最後のページをみせる。女子制服を着た写真が写っている。名前は《呉羽ヒロミ》になっているし、性別は女に○が付いている。
 
父は何を言って良いか分からないようで、思わず母の顔を見る。
 
「ヒロ、春頃にもお父ちゃんに自分の性別のこと打ち明けようと何度かしたみたいだけど、お父ちゃん、忙しいとか言って、話を聞いてあげなかったでしょ」
 
と母は言う。
 
「こいつ、いつからこういうことになってるの?」
と父。
 
「高校に入る時にちょっと勘違いがあって、間違って女子の制服を作っちゃったのよ。でもこの子、その女子の制服で通いたいと言ってね。それで高校側と相談したのだけど、本人が女の子になりたいと思っているのであれば、学校側としては女子生徒として受け入れると言ってくれたので、それで通ってるんだよ」
と母。
 
「何?じゃ、間違って女子制服を作ったから、それで通ってるの?」
と父は呆れたような顔をする。
 
「それはきっかけにすぎない。私、そういう間違いが無くても、自主的に女子制服を作っていたと思う」
とヒロミはしっかり父を見詰めながら言う。すると母が言う。
 
「私もちょっと悩んでさ。お父ちゃんと話したかったけど、お父ちゃん、全然話を聞いてくれないんだもん」
 
母は父に対して不満そうな顔をする。父は突然矛先が自分に来て少したじろいでいる。 
「ちょっと考えさせてくれ」
と父は外に出ようとする。
 
「あ、このカメラの中にヒロの最近の写真が入っているから」
と言って、母はデジカメを父に渡した。
 

父が帰ってきたのは深夜2時過ぎだったが、母もヒロミもずっと待っていた。父は少し酔っていた。
 
「あまりにも思わぬことで、正直まだ考えがまとまらん」
と父は言う。
 
「でも、今日の振袖姿は可愛いと思った」
それだけ父は言った。
 

翌8月2日(金)の朝。
 
父は母・ヒロミと一緒に朝御飯を取った。ヒロミは青いコットンのサマードレスなど着ている。むろん朝御飯はヒロミが作った。七分搗きの御飯、豆腐とタマネギの味噌汁、切干大根を人参と煮たもの、父の好物の沢庵、そして鰤の照焼だ。 
「ちなみに今日の朝御飯もヒロが作ったよ。私はお味噌汁を盛っただけ」
と母が言う。
「そうか」
と言ったまま父は何か考えている。
 
「今日は会社休むから、お前も仕事休め」
と父は母に言う。
「うん。いいよ」
と母。
 
「どこか遊びに行かないか?」
「どこに行く?」
「取りあえず、動物園にでも」
と父は言うが
 
「子供じゃあるまいし!」
とヒロミ。
 
「私、お買物とかしたいな」
などと母が言う。
 
「じゃファボーレにでも行くか」
と父。
 
「なぜわざわざ富山市まで。イオンモール高岡でもいいじゃん」
「いや、その・・・」
 
どうも父は地元のショッピングモールに行って、知り合いと出くわすと嫌だと思っている雰囲気だ。
 
「いいよ。車で1時間だしね」
とヒロミ。
 
「うん、そうそう」
 

父の車、20年物のスプリンターに乗り、8号線を東進して富山市まで行き、神通川の手前から南下してショッピングモール・ファボーレに行く。
 
取りあえず2階のフードコートに行き、お茶など飲む。
 
「なんかこうしていると娘がいるみたいだ」
などと父が言うので
 
「良かったら、私のことはお父さんの娘だと思って」
とヒロミは言う。今日は高校の女子制服を着て出てきている。
 
その言葉に父は少し考え込む感じである。家を出てからずっとヒロミは車内でも女の子の声で話している。
 
「でもお前、この後、高校・大学と、その格好で通うつもり?」
「うん。私、女だもん」
「会社にもそれで就職するのか?」
 
「私、医者になるつもりだから。でも女性の医師はたくさんいるよ」
「女医さんか・・・・」
 
「お前、その・・・・性転換とかするつもり?」
「そのつもり。20歳になったら戸籍の性別と名前も変更するつもり」
 
「・・・そうか・・・・」
それでまた父は考え込む。
 
「その内、ちゃんと結婚もするつもりだよ」
「・・・結婚って、花婿になるの?花嫁になるの?」
「花嫁になるよ」
「・・・じゃ、相手は・・・女?男?」
と父が訊くので
 
母が
「ヒロは花嫁さんになるんだから、相手は男の人に決まってるじゃん」
と言う。
 
「お前、男と結婚するの?」
と父。
「娘が女の子と結婚したら、レスビアンじゃん」
と母。
 
「お前、男の恋人いるの?」
と不安そうな父。
 
「今は誰もいないよ」
とヒロミが言うと、父はちょっとほっとするような表情を見せた。
 

午前中少し買物をする。母は自分の服、父の新しい背広などを買った上でヒロミにちょっと可愛い感じのブラウスとスカートも買ってあげた。そういう服を買うところを父に見せたかったという雰囲気もあった。可愛い服を試着したヒロミを見て父は複雑な顔をしていた。
 
お昼を食べてから映画を見た。父が3Dの映画を見たことがないということだったので『モンスターズ・ユニバーシテイ』を見たが、父は目が疲れたなどと言っていた。
 
「この後、どうする? まだ早いけど帰る?」
と母が訊いたら
 
「あ、そうそう。取引先の放送局の人から何とかいう歌手のチケットをもらってたんだよ。それがちょうど今日なんだ。本当は最初社長がもらったんだけど、社長は夫婦ふたりで子供も居ないし、名義を書き換えてもらって、俺がもらってたんだ。それ見に行こう」
などと父は言う。
 
「誰のコンサート?」
「誰だっけ。何とか何とかって」
「それじゃ分からないよ」
とヒロミが笑って言う。
 
父は鞄からチケットを取り出す。
「これなんだけどね」
「ローズ+リリーじゃん! プラチナチケットだよ、これ。発売後15分くらいで売り切れたはず」
 
「そんな凄いチケットなの? じゃプレミアム付いて高くなってるとか?」
「それは無い。記名式で身分証明書とかで名前を照合しながら入場させるから転売は不可能」
「ひゃー。あ、確かにこれ呉羽智哉様・奥様・ご子息様と印刷してある」
と父。
 
「ねぇ、ご子息と書かれていたら、ヒロを入れるのに引っかかったりして?」
と母。
「私、男装するのは嫌だよ」
とヒロミ。
「うーん。。。大丈夫だと思うけどなあ」
と父は言う。
 
念のためということで、チケットを頂いた放送局の人に電話してみる。「すみません。頂いた時に、すぐ確認しておけばよかったのですが、うちの子、息子じゃなくて、・・・娘なもので」
 
《娘》という言葉を言う前に父が一瞬躊躇うのをヒロミは感じた。
 
「ああ、そうでしたか。済みません。聞き間違ったんでしょうね。こちらからイベンターに連絡を入れておきますので、入場する前にスピカ北陸の社員さんに声を掛けてください。チケットを交換してもらいますので」
 
「分かりました。ありがとうございます!」
 

それでフォボーレを出て、ライブ会場に移動した。富山駅近くの駐車場に駐め、そこから徒歩で入る。
 
会場は列が出来ていたが、入口の所に居るスタッフの人に
「チケットの名義が間違っていたのを連絡していたのですが」
と言うと、まだ開場前ではあるが、中に入れてもらった。
 
「ああ、呉羽様ですね。連絡を受けております」
と30代くらいの男性が対応してくれる。どうも雰囲気的にこの人がここの責任者っぽい。
 
「チケットを拝見します」
というので、父がチケットを見せる。
 
「呉羽智哉様(42)・奥様(40)・ご子息様(15)になってますね。運転免許証か何かお持ちですか?」
 
それで父が運転免許証をみせる。
「確認させて頂きました。そちらは、奥様とお嬢様ですか?」
「はい、そうです」
 

お嬢様と言われて、ヒロミはドキッとした。ヒロミは普段は女子高生として埋没していても、あらたまって女として扱われるのに、まだ慣れてないのである。 
「ご子息が都合が悪くなって代わりにお嬢さんがいらっしゃったということではないですよね?」
 
単純なミスならこの人の責任で書き換えられても、譲渡ということになると、もっと上の人の決裁が必要なのであろう。
 
「いえ、うちには息子はいません。うちの子はこの娘だけですので」
と父は言った。
 
《息子はいない》という言葉にヒロミは一抹の寂しさを感じたが、《うちの子はこの娘だけ》という父の言葉には、ヒロミはちょっと涙が出そうな感じだった。 
そうだ。自分は父の娘なのだ、ということをあらためてヒロミは認識した。そして娘と言ってくれた父に感謝した。
 
「了解です。ではこちらの権限でデータを書き換えますので」
と言って、責任者さんはノートパソコンでデータを修正し、ハンディプリンタでチケットをプリントしてくれた。
 
「これで入場できますが、もう開場時間間近なので、このまま入場して頂いてもいいですよ」
 
と責任者さんが言うので、それで入場ゲートに行く。開場間近でスタンバイしている入場係の人がチケットを受け取り、責任者さんとアイコンタクトして頷くと、チケットのバーコードをスキャンし、それで座席券を3枚発行してくれた。 

それを持ち、3人はロビーに入った。物販の人たちがスタンバイしているのを見る。
 
「あ、パンフレットを買っておこうかな」
と父は言うと、コンサートのパンフレットを買う。
 
「ひゃー、パンフレットだけで3150円もするのか!」
などと買ってから父は驚いているが
「このチケットは買えば1人8400円だよ」
とヒロミが言うと
「ひぃー!! 3人で25200円?」
と更に驚いている。招待券なので金額が印刷されていなかったのである。 
ロビーのソファに座りパンフレットを開けてみる。
 
「ふーん。この2人が、ローズたすリリー?」
などと父が言うので
「ローズ・プラス・リリー」
と母が訂正する。
「ああ、『たす』じゃなくて『プラス』か」
と父。
 
「ローズとかリリーとか英語なのに、なぜ『たす』と日本語になる?」
と母が少し呆れたように言う。
 
「その左側がケイちゃんで、右側がマリちゃんだよ」
「ふーん。ローズちゃんとリリーちゃん、という訳じゃないのか」
 
「ジュディ・アンド・マリーがジュディちゃんとマリーちゃんじゃないのと似たようなものかな」
と母が言ったが
 
「あ、そうなの?」
と父。母はその父の反応に、額に手を当てて「うーん」とうなっている。 
ちなみに父はピーター・ポール・アンド・マリーは、ピーター・ポールさんとマリーさんの2人組と思っていたらしい。
 

「あ、そうそう。その左側に立ってるケイちゃんは、元男の子なんだよ」
とヒロミが言う。
 
「えーー!? この子が? 普通に女の子にしか見えない」
と父。
「ヒロミも女の子にしか見えないね」
と母が言うと
「そうだな」
と父はあらためてヒロミを見詰めながら言った。ヒロミはまたドキっとした。 
「まあ、ケイちゃんはもう3年くらい前に性転換手術を受けて戸籍も女に変更済みだけどね」
とヒロミ。
 
「あぁ」
と言ってから父はあらためて
「お前も、性転換手術受けるの?」
とヒロミに訊く。
 
「受けるよ」
とヒロミは明解に笑顔で答えた。
「そうか」
と父は言って頷くようにした。
 

「でもなんだ」
「何?」
「性転換手術って高いの?」
「だいたいタイで受ける人が多いけど、男から女への性転換手術は100万円くらいだよ」
「あぁ」
「女から男への性転換手術はもっと高い」
 
「それ、男から女に変えて、再度女から男へとかもできるの?」
「できないことはないけど完全に男に戻れる訳じゃないよ。生殖能力も最初の手術で放棄することになるし。今の技術では勃起するような、おちんちんは作ることができないし」
 
「じゃ、お前も子供ができなくなるのか?」
 
「ごめん。私、もう子供はできないと思う」
「え? まさかお前、既に性転換手術してるとかはないよな?」
 
「まだだけど、女性ホルモン飲んでるから、男性能力は既に無くなってるの。ごめんね」
 
取りあえず《性転換手術を受けた覚え》は無いんだけどな。まあ性転換される夢なら、何度でも見てるけど。
 
「そうか。。。。まあ、仕方無いか」
 

「お前、女になったら、子供が産めるようになる、ということは無いんだよな?」
「子宮が無いから無理」
 
無い・・・はずだよなぁ。でもなぜ生理があるんだろう・・・。レディスクリニックの先生は「異常無しですよ」と言ったけど、異常無しってどういう状態?どうもヒロミは自分でも分からなかった。
 
「性転換手術って、子宮は作らないの?」
「子宮の素材になるようなものが無いから。ヴァギナはおちんちんの皮を再利用して作るんだよ」
「へー!!」
 
「20年後くらいには、IPS細胞使って、子宮や卵巣を作れるようになるかもね」
「あぁ」
「私がまだ40代くらいの内に、そんな技術が確立したら、実験台ででもいいから子供産んでみたい。そうしたら、お父ちゃんの孫を見せてあげられるかも」
「あはは。それに期待しておくか」
 
全く可能性が無い訳でもないということだけでも、父は随分違うようだとヒロミは感じた。
 

やがて一般の入場者が続々と入ってくる。ヒロミたちも座席に移動して開演を待った。1階席の最後尾の列、中央ブロックの端の席である。このホールは1階と2階がスロープ状に一体化しているので、1〜2階として捉えると真ん中付近ということになる。
 
「これ、割と良い席なのでは?」
と母。
 
「うん。結構良い位置だと思う。こういうのの関係者枠って、無茶苦茶良い席も出さないけど、あまり悪い席も出さないんだよ。ほどほどに良い席を渡すんだよね」
とヒロミは以前ライブに熱心に行っている友人から聞いた話をする。
 
「わぁ。これ良い席なのか。申し訳無いな」
 

やがて照明が落ち、緞帳が上がる。拍手と歓声が上がり、みんな総立ちになる。ヒロミと母も立ち上がるので、それを見て父も立たないといけないのかな?という顔をして立ち上がる。
 
ステージ上に浴衣を着た女性がふたり居る。ひとりは椅子に座って胡弓を弾く。越中おわら節の胡弓の伴奏だ。そしてもうひとりがその伴奏に合わせて踊る。ヒロミは胡弓を弾いているのがケイ、踊っているのがマリと認識した。静かなオープニングに観客は拍手をしてみんないったん座る。
 
充分うまいなとヒロミは思った。恐らくこの富山公演のために猛練習をしたのだろうが、それにしてもうまい。元々ケイは胡弓を弾くのであろうか?ただヒロミはケイの胡弓の弾き方に微妙な違和感を感じた。マリの踊りの方は、まあ一応ちゃんと練習したよなという程度のレベルである。
 
おわらは「唄の町だよ・八尾(やつお)の町は・唄で糸とる・オワラ・桑も摘む」
というように、七・七・七・(オワラ)・五というのが基本でこれに沿って踊るのを《平踊り》と言う。ケイはこの平踊りの伴奏を2度繰り返し、マリもステージ上を左端から右端まで往復しながら2度踊った。
 
その後、突然胡弓は調子を変えて、西洋音階の何かの曲の前奏っぽいものを弾く。ヒロミの記憶のどこかにその旋律があったが、すぐには思い出せない。その内マリが歌い始める。それでヒロミもこの曲の正体が分かった。『聖少女』だ。 
ローズ+リリーではなくローズクォーツで出した曲だったと思うが、その辺りは割とアバウトに流用するのだろうか。そしてヒロミはケイの胡弓に感じた違和感の正体も分かった。
 
この胡弓はまるでヴァイオリンを弾くかのように奏でられている。
 
そうだ。この人はヴァイオリン弾きなんだ。それがケイの胡弓のおわら節を聴いた時に感じた違和感だ。
 
でもケイがヴァイオリンを弾くという話は聞いたことがなかった。ローズクォーツでも電子キーボードは弾いていたけど。
 
隣に座っている父が小声で訊く。
 
「今胡弓を弾いてる子が元男の子だったという子だよね?」
「そうそう」
「やはり男みたいな声だから歌わずに伴奏してるの?」
 
「違うよ。ケイちゃんの声はマリちゃんより高い、ハイソプラノだよ。胡弓は弾き語りがしにくい楽器だから伴奏に集中しているだけだと思う」
「へー」
 

そして歌は1番が終わり間奏に入るが、そこでピンク色のサックスを持った少女が出てきて、サックスソロを吹き始めた。ローズ+リリーのバックバンドには確か凄く上手い女性サックスプレイヤーが居たと思ったので、ヒロミは最初その人かと思ったのだが、その女性はかなり若い気がした。
 
で、顔を見たら青葉だ!
 
「わっ」
と思わずヒロミは声を出してしまった。
 
嘘!なんで青葉がここで出てくる訳!?
 
「どうしたの?」
「いや、あのサックス奏者、うちの学校の生徒」
「へー」
「隣のクラスの子だよ。ってか中学の時は同じクラスだったんだけど」
「ほほぉ。高校生でもプロのミュージシャンなの?」
「ううん。プロではない筈。だいたい、あの子サックスを練習し始めたの今年の4月なんだよ」
 
「それにしてはうまいね。そこら辺のライブハウスとかで演奏してもおかしくないレベルだと思う」
 
父は接待でその手のライブハウスにも良く行っているから、アイドル歌謡とかよりはその方面に強そうだ。
 
「うん。凄くうまい。よくここまでレベルアップしたなあ」
とヒロミは本気で感心していた。
 
「でね、お父ちゃん」
「うん?」
「あの子も元男の子なんだよ」
「へー!」
「更に去年性転換手術受けて、女の子の身体になっちゃった」
「去年って、お前と同級生なら中学生だったのでは?」
 
「うん、彼女の場合、特例中の特例中の特例で15歳で手術してもらえたらしい」
「特例ねぇ」
「普通は特例でも18歳以上なんだけどね」
「ふーん」
 

サックスソロの後、再び歌に戻る。青葉はケイの弾く胡弓にハモるようにサックスを吹いている。そしてマリの歌は2番、3番まで歌って演奏終了した。 
ケイが胡弓を手に持ち椅子から立ち上がり
 
「『聖少女』の共同作曲家、Leafさんでした」
と紹介する。割れるような拍手が起きた。青葉がお辞儀をして退場する。 
そしてあらためて
「こんばんは! ローズ+リリーです」
とケイとマリで挨拶し、ライブはスタートした。
 
ふたりの歌声や時折挟まれるケイのMCを聞いていて父は
「とても男の子だった子の声には聞こえん」
などと言っていた。
 

前半のステージが終わり、幕間のゲストが紹介される。出てきた女の子2人を見てヒロミは苦笑いして頭を抱えた。
 
「どうかしたの?」
と父が訊くので答える。
 
「あの子たち《鈴鹿美里》っていって双子なんだけどさ」
「ああ。そういえば似てるね」
「男の子と女の子の双子なんだよね」
「はぁ!?」
 
「片方は男の子です、と公表されているけど、どちらが男の子なのかは公表されていない。ファンの意見も鈴鹿説と美里説の真っ二つに分かれてる」
 
父はしばらくふたりが話すのを聞いていたが
「分からん!」
と言う。
 
「どちらも普通に女の子にしか見えないよね」
 
「今日はどういう日なんだ?」
と父。
 
「女の子になりたい男の子、というか女の子になっちゃった男の子が随分出てくるね」
と言ってヒロミも本当に凄い日だなと思った。
 
 
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