【春風】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-05-26
2013年4月1日。青葉は朝からT高校に呼び出され、一緒に呼び出された日香理・美由紀、そして清原空帆という子と一緒に、校長から、呉羽を女子生徒に準じる形で学校に受け入れることになったので、色々協力して欲しいと要請され了承した。
それでまだ女の子の格好をした呉羽を空帆が見たことがないというので15時にショッピングモールのフードコートで待ち合わせることになった。
4人がジュースや烏龍茶を飲みながら待っていると、T高校の女子制服を着た呉羽が恥ずかしそうな顔をしてやってきた。
「わぁ、可愛い!」と空帆が言う。
「あ、うっちゃん!」
「久しぶり〜、ヒロちゃん」
「ちょっと恥ずかしい」などと言って呉羽は真っ赤になっている。
「おお、恥ずかしがるところがまた可愛い」
などと美由紀まで言っている。
美由紀がお腹が空いてきたと言うので、マクドナルドのセットを買って来て、食べながらおしゃべりする。
「ね、ね、ヒロちゃん、その胸に触らせてよ」と空帆。
「うん」
と言って、また呉羽は恥ずかしそうにしている。
「凄いリアル。まさか本物?」
「うん」
と言って、またまた真っ赤になっている。
「すごーい。おっぱい大きくしちゃったんだ? ね、ね、下は付いてるの?」
「えっと、それは・・・」
とまた恥ずかしそうにしている。
「ね、ね、ヒロちゃん下は手術してるの?」
と青葉たちに向かって訊く。
「うーん。どうなんだろうね。私たちもよく分からないんだよね」と美由紀。
「青葉の場合は医学的に物凄く特殊な例ということでアメリカの病院でも検査された上で、最終的には国内で性転換手術してもらったみたいだけど、ふつうは去勢手術でも中学生にはしてくれないよね」と日香理。
「じゃ、まだ付いてるの?」
「よく分からないけど、付いてたとしてもずっとホルモン飲んでて機能は既に停止してると思う」
「ふーん、だったら付いてないのと同じようなものか」
「そそ。私たちもそう思ってるよ」
「あ、そうそう。それでさ、今日は私たち4人、学校に呼び出されて呉羽と仲良くしてあげてと言われたんだけど、私たち元々仲良しだから、特に何もしないけど、いいよね」
「あ、ありがとう」
「体育の時の柔軟体操とかは、私か美由紀か青葉と組んで」と日香理。
「うん」
「あ、私とでもいいよ」と空帆が付け加える。
「同じクラスになるのは私だけだから、休み時間は私とおしゃべりしてようよ。席も取り敢えず一学期は私と前後になるみたいだから」
「うん。うっちゃんとなら話しやすいかな。小学校の頃も何度か前後になったね」
「そそ。清原と呉羽だからね。私が後ろ向くとそのまま話せる」
4月8日。高校の入学式がある。青葉がT高校の制服を着て
「行って来まーす」
と言って出かけようとしたら、1階の自分の部屋に居た朋子が呼び止める。
「待って、待って。今着替えてるからあと5分待って。一緒に出ようよ」
「お母ちゃん、その着物は・・・」
「やはり入学式だから、こんな色がいいかなと思ってね」
朋子は桜色の色無地を着て、今帯を締めようとしていた所だった。
「もしかして私と一緒に行くの?」
「もちろん。だって娘の入学式なんだから」
それを聞いて青葉は涙が出てきてしまった。
「どうしたの?」
「だって・・・・」
「そうか。青葉、お前入学式に親が来てくれたことなかったのね?」
「うん」
と言ったまま青葉は涙が止まらない。
「ほらほら、おめでたい入学式に泣いちゃダメだよ。女の子は笑顔でいなくちゃ」
「うん」
と言って青葉は笑顔を作ろうとするも、涙は止まらない。
「やれやれ、青葉の泣き上戸も随分治ったかと思ったのにね」
「ごめーん」
などと言っている内に朋子は帯を締め終わる。
「さあさ、一緒に出よう。ほら、これで涙拭いて」
朋子が渡してくれたハンカチで涙を拭くと、やっと青葉は笑顔で頷いた。
保護者は体育館に直接入るが、新入生はいったん各々の教室に入る。青葉は美由紀・日香理とハグしあった。
「へー、お母ちゃんが来てくれたの? 良かったね」と日香理。
「青葉、泣いたでしょ?」と美由紀。
「えー? どうして分かるの?」と青葉。
「やはりねぇ」
「日香理や美由紀はお母さんは?」
「うん、来てるよ」「来てるよ」
「わあ、いいなあ」
「いいなあ、って青葉も来てくれたんじゃん」
「えへへ」
やがて担任の先生が入ってくるので、各自自分の名前のシールが貼られた席につく。担任が自分の名前を黒板に大きく「音頭調子」と書く。
「えー、おんど・ちょうこです。名前だけ見たら、すっごく音楽ができそうに見える名前なんですけど、私は絶望的な音痴ですから」
と自己紹介すると、教室が爆笑になる。
「ちなみに音楽の先生にならないかと言われたけど、無理〜と言って、数学の先生をしてます。部活では囲碁部の顧問をしています」
クラスが和やかな雰囲気になった所で出席を取る。この学校は男女混合名簿である。
「明石誠也君」、「石井美由紀さん」、「江藤和洋君」、「大谷日香理さん」、と呼ばれた後「川上青葉さん」と呼ばれて、青葉は元気に「はい」と返事した。
名前を呼ばれた生徒は全員返事をした。つまり欠席者はゼロである。先生から簡単な注意、そして入学式の進行について説明があった。
やがて時間になり、クラス単位で式場の体育館に向かう。隣の理数科の呉羽と目が合ったので青葉が手を振ると、女子制服に身を包んだ呉羽は、また恥ずかしそうにして、軽く会釈した。
やがて新入生全員が入場を終え、入学式が始まる。開会の辞の後、在校生の女子がひとりピアノの所に行き、彼女の伴奏で『君が代』を全員で斉唱する。その後、校長が壇に上がり、入学許可授与になる。新入生の名前が各クラス担任から読み上げられる。320名全員の名前が呼ばれた後「新入生代表・理数科・山下絢子」
と呼ばれ、その生徒が壇上に上がる。青葉はその生徒を推薦入試の時に見た覚えがあった。強いオーラが印象的だった。多分天才型。成績一番の子なのかな?
校長が入学許可証を読み上げ、代表として山下さんに渡した。その後、山下さんは壇を降り、校長が祝辞を述べる。その後「新入生の決意」ということで再び山下さんが壇上に上がって、決意の文を朗読した。その後、在校生代表の祝辞、更にPTA会長・同窓会会長・来賓などの祝辞が続く。その後、校歌の紹介となる。
コーラス部の部長さん(後で茶山敏子さんと知る)が壇上に上がり、別の生徒(同じコーラス部の2年生ピアノ担当:椿原康江さん)がピアノを弾いて、校歌を歌った。
「それでは皆さん、一緒に歌いましょう」と茶山さんが言い、椿原さんのピアノに合わせて、みんなで歌う。青葉は茶山さんの声がきれいだなあ、と思いながら唱和した。
この校歌斉唱の後、閉会の辞があり、入学式は終了した。
各自の教室に戻る。体育館を出た後はもうクラスも入り乱れバラバラになる。青葉は取り敢えず理数科の呉羽の所に寄って行きハグした。
「わっ」などと呉羽が声を上げるので
「女の子同士普通のことだよ、これ」
と言うと、
「そうだよね」
などと言いつつも、少し恥ずかしそうな顔をしていた。
「川上〜、俺ともハグしない?」
などと同じ理数科に入った元同級生・吉田君から言われる。
「ハグするのは女の子同士だけね。吉田君も女の子になる?」
「いや、ならん、ならん。でも呉羽が女になってたんで、びっくりしたぞ」
「いや、私たち女子もびっくりだったのよ」
その日はあらためて担任と副担任の紹介があった後、時間割が配られたり、進路などの調査票の類いが配られ翌々日までに提出するよう言われたり、様々な説明が行われたりで終始した。
今日は教室の後ろに保護者が並んでいる状態なので、どちらかというと親子で聞いておいて欲しいような話が多かった。入学者説明会の時にも一応説明があった校則の要点、それに進学に関する話なども行われた。理数科は既に何年も前から設置されていて国立医学部や旧帝大の理学部・工学部などへの充分な合格実績があるものの、社文科は青葉たちが2期目で、まだ実績が無いので、その分逆に先生も気合いが入っている感じであった。
1学年上の社文科(20名)の場合は、東大文1・慶應法学部の志望者が各1名、他に旧帝大の法学部・経済学部の志望者が7名いるということが紹介されていた。ちなみに青葉たちのクラスは30名で上の学年より人数が増えている。
学校が終わってから、美由紀母子、日香理母子、青葉母子の6人で何となく、お茶でもという話になり、高校から少し離れた所にあるマクドナルドに入った。
「いや何だか話聞いてたら、うちの娘ギリギリ一杯のスレスレ合格だったみたいで」と美由紀の母。
「併願していた私立の入学金払わなかったから、冷や汗ものでした」
「トップだろうとビリだろうと、合格したら同じですよ。卒業する時にトップになればいいんですよ」
と青葉は言うが
「いや、トップ卒業はどう考えても無理」
と美由紀は言う。
「高校出たら専門学校にでも行かせるかなと思ってたんですけど、本人どうも大学に行く気になってるみたいですし。でもうちの娘みたいなのが入れる大学なんてあるのかしら?」
「名前さえ書けば入るような所もありますけどね。でも美由紀ちゃん、頑張れば国立でも行けると思いますよ」と日香理。
「社文科や理数科は無茶苦茶鍛えられるみたいですしね」と青葉。
「元々の授業数が多い上に、補習もたっぷりあるみたいだもんね」と日香理。
「青葉は名大法学部狙ってるんだっけ?」と美由紀。
「ああ、あれはここ受ける段階で大きく書いとけと言われてたんで書いてただけで実際は、金大の法学コース狙い」
「日香理ちゃんは東京外大でしたっけ?」と青葉の母が訊くが
「それ、今お母ちゃんと協議中なんですよ〜」と日香理。
「私は富山大か金沢大でもいいじゃんと言うんですけどね〜」と日香理の母。
「まあ、3年生の夏か秋までに結論を出せばいいし、ゆっくり話し合えばいいですよ」
「ええ」
そんな話をしていたら、お店に呉羽母子が入ってくるのが見えた。日香理が手を振ると、向こうも気付いて、こちらに寄ってくる。
「呉羽、お母さんといっしょだったんだ」
「うん」
と答える呉羽は嬉しそうな顔をしている。
「いや、考えてみたら私、この子の入学式にしても授業参観にしても、全然出たこと無かったなと思って少し反省して今日は会社休んで出てきました」
と呉羽の母。
「呉羽は泣かなかった?」と美由紀が訊く。
「え?」
「青葉は泣いちゃったらしいよ。青葉も入学式にお母さんが来てくれたのなんて初めてだったらしいから」
「えへへ。やはり中学の時の入学式との落差が激しいなと思って。中学の入学式は、私、制服も買ってもらえなくて私服で出たから」
「卒業したお姉さんの制服は、お母さんがブルセラショップに売っちゃったと言ってたね」
「うん、まあね」
「それは酷い親だ」と呉羽の母が憤慨している。
「でも今となっては全てを許していい気がしてるよ」と青葉。
「あんたもこの2年間で成長したんだね」と青葉の母は言う。
「でも私、この子がこんなことになってるって全然気がつかなくて」
と呉羽の母。
「いや、私たちもびっくりでした」と日香理。
「この子、時々女の子の服を着てるみたいだな、とは思ってたんですが」
と呉羽の母。
「夏頃から女の子同士で始めた勉強会に、ちょっと悪戯心で引き込んだんですけどね。女の子の中に男の子がひとり混じっているような空気が無かったです。以前から、男の子にしては話しやすい相手だとはみんな思ってたけど、勉強会していて、わあ、この子、男の子というよりはむしろ女の子だって、みんな感じてましたよ」
と青葉。
「でも女の子の服を着て参加するようになったのは、かなり後の方だよね」
と美由紀。
「そそ。それ以前にもみんなで一緒にイオンとか行く時、ふざけて女の子の服を着せたりはしてたけどね。自主的に女の子の格好で来るようになったのは11月頃からかなあ」
と日香理。
「でもふざけて女の子の服を着せても全然違和感無いから、この子絶対普段から女装してるって、みんなで噂してました」
と美由紀。
「あと、呉羽って話し方が女の子なんだよね」と日香理。
「そうそう。だから声がそんなでも、聞いている側は女の子が話しているように聞こえてしまう」と青葉。
「最近、家ではずっとこんな感じの話し方だよね」と呉羽の母。
「うん」
「私たちの前でもそんな感じで話すようになったのは年末頃からかなあ」
「でも実は小さい頃から、その話し方は、こっそりやってたらしいですね」
呉羽は恥ずかしそうに俯いている。その件はお母さんの手前、みんなで締めあげて、鳥の羽でくすぐって、はかせたとは言えない。
翌日9日の2時間目には身体測定が行われた。女子は視聴覚教室、男子は物理実験室で体重・身長・胸囲・座高の測定、視力検査、聴覚検査、校医による診察などが行われた。呉羽は別途ひとりで1時間目のうちに測定と診察を受けたようであった。
問診票に既往症や入院などの履歴を記入する。青葉は面倒なので昨年の性転換手術に伴う入院については記入しなかった。「生理痛・生理前症候群」については「特に問題なし」、「生理の乱れ」は無しと記入した。この手の問診票にしては妊娠を尋ねる項目が無いなと思ったが、高校生でそこまで訊くとよけい苦情が入るからかなとも思った。
服をめくって校医の先生から聴診器を当てられる。問診票と身体測定結果をざっと見て頷いている。
「身長157cm 体重47kg か。まだ身体が成長期なのかな。胸は割とあるね」
「はい、中2の春はAカップだったのに、ここ2年でかなり大きくなりました。身長も7cm伸びてるし」
「ほお。中学生でそれだけ伸びるのは珍しいね。でもこの2年でそれだけバストも成長したのなら、身長の伸びはそろそろ止まるかも知れませんね」
「あ、はい」
青葉は中学1年の時までの栄養状態がよくなかったため、それで成長が全体的に遅れていることを感じていた。しかし確かに身長の伸びはあと1年程度で停まるかもしれないなという気はした。
「貧血とか起こすことはない?」
「あ、それは経験無いです」
「生理は乱れない?」
「ええ、乱れません」
健診が終わってから教室に戻る。先に美由紀と日香理が戻っている。
「ね、ね、青葉さ」
「ん?」
「生理の乱れとか問診票にはどう書くの?」と美由紀。
「乱れることは無いから、生理の乱れは無しと書くよ」
「うーん。。。確かに乱れることは無いか」
「うふふ」
「でも青葉、ナプキン入れ持ってるよね」と日香理。
「入れてるよ」
と言って、ポーチの中から取りだして日香理に見せる。
「わ、普通にパンティライナーとナプキンが入ってる」
「私、実際28日周期くらいで出血があるんだよね。そう量は多くないから軽い日の昼用があれが充分。パンティライナーはその前後に使う」
「それって生理じゃん!」
「病院で経血の成分を検査されたことあるけど、普通の女性の経血と同じだと言われた。先生、首をひねってたけどね。何かの病変があったらいけないからというのでMRIで検査もされたけど異常なし」
「やはりきっと卵巣と子宮があるんだな」
「私さあ」
「うん」
「誰も信じてくれないだろうけど、自分ではその内子供が産めるような気がしてて」
「ああ、青葉なら産めるかも知れない気がするよ」
と日香理がマジメな顔で言った。
「でも私のヴァギナって人工のものだから、赤ちゃんの頭のサイズが通過できないんだよね。赤ちゃんの頭は10cmくらいあるのに、私のヴァギナは伸びてもせいぜい4cmくらいまでしか広がらない。でっかいおちんちんが何とか入るサイズ」
「おちんちんのでかいのって4cmもあるんだ?」と美由紀が驚く。
「そうみたい」
「私の彼の、本人が一度測って測ってとか言うから測ってあげたら横幅3.2cmだったよ。長さは15cmだった。彼、体格的には小柄だから、身体の大きな男の子だとそのくらいの子もいるだろうね」と日香理。
「おお、そういう実践的な情報は貴重だ」と美由紀は喜んでいる。
「でもまあ、帝王切開という手もあるでしょ」と日香理。
「うん。それしか無いかもなとは思う」と青葉は答える。
しかし青葉はどこかで帝王切開の現場を見ておかないといけないな、などと考えていた。だって、それ自分で手術しないといけない確率大なんだもん!でもお腹の上に体重掛けて子宮から押し出す所は彪志にやってもらわなくちゃねー。
3時間目の授業が終わった後、美由紀・日香理と一緒にトイレに行ったら、トイレの前で呉羽が何だかもじもじしている風なのを見る。
「どうしたの?」と美由紀が声を掛ける。
「あ、えっとトイレに行こうと思って来たんだけど・・・」と呉羽。
「もしかして、女子トイレに入る勇気がなくて、ここでもじもじしてるとか?」
と青葉。
また呉羽は恥ずかしそうに俯いている。
「おお、可愛い」などと美由紀は言い
「じゃ、一緒に入ろう入ろう」と言って呉羽の手を取ると、一緒に女子トイレに入った。
「呉羽、別に女子トイレに入ったことない訳じゃないんでしょ?」
「うん、まあ・・・」
「折角女子高生になれたんだから、もっとしっかり女の子ライフ楽しもう」
「うん、でも列ができてるような所にはあまり入ったことなかった。人の少なさそうな所探して入ってたし」
「まあ女子トイレに列ができるのはデフォだから頑張って慣れよう」
「うん」
6時間目は理数科・社文科の合同で男女別に体育だった。また3人でおしゃべりしながら更衣室の方に向かっていたら、呉羽と空帆が並んでいるのをキャッチし、そのまま一緒に歩いて行く。
女子更衣室の前まで行ったところで、呉羽が「じゃ、また後で」と言って向こうの方に行こうとする。美由紀が飛びつくようにして停める。
「どこに行く? まさか男子更衣室に入るつもりじゃないよね?」
「まさか。その先の教材準備室で着替えてと言われてるから」
「別にそんな所行かなくても私たちと一緒に着替えようよ」
「えーっと」
「ささ、おいで、おいで」
と言って美由紀が手を引っ張って女子更衣室に連れ込んだ。
「私たちとおしゃべりしながら着替えていれば、誰も変に思わないよ」
「うん。呉羽、女の子なんだから、普通にここで着替えればいいんだよ」
呉羽は恥ずかしそうにしながらも服を脱ぎ始める。
制服の上、ブラウスと脱ぐと、ブラジャーをしている。
「おお、結構大きいんだね」
と言って空帆が胸を触っている。
「これ、ブラジャーはBカップ?」
「うん。B75付けてる。ちょっと隙間があるけど」
「へー、アンダー75か」
「その隙間、夏くらいまでには無くなるよ」と青葉。
「青葉が言うなら間違い無いな」
体操服の上を着た後、スカートを脱ぐ。ショーツが顕わになるが、特に変な盛り上がりなどは無い。
「ああ、上手に処理してるね」
「うん、まあ」
「これなら、女子更衣室で着替えても全然問題無いじゃん」
「いつもこちらで着替えようよ」
「でも・・・・」
「女の子の下着姿見て興奮する?」
「まさか」
「じゃ問題無いね」
「呉羽は女子更衣室で着替えるということでOKだね」
そういう訳で、呉羽は、なしくずし的に美由紀たちで毎回女子更衣室に連れ込まれることになった。
翌日10-11日は校内の施設・研修館を使って新入生合宿が行われた。定員400名の2階大ホールを使い、富山大学の先生など外部の講師による講義が行われた。図などは講師が用意しているPowerPointの画面をプロジェクターで大きなスクリーンに投影し、講師はマイクで話す。
1日目の午前中は、万葉の里・高岡に関する講義、国際社会と外国語によるコミュニケーションに関する講義が行われた。お昼を食べた後、午後からは食の安全性に関する講義、スポーツのメンタル・トレーニングに関する講義が行われ、1日目の最後はT高校の先生が講師となって、男女に分かれて性教育の講義が行われた。男子は大ホールをそのまま使い、女子は定員200人の1階の小ホールに移動した。そちらでもPowerPointとプロジェクターを使って講義は行われた。
席が自由なので、私たちは勉強会のメンツ(青葉・美由紀・日香理・美津穂・明日香・星衣良・世梨奈および呉羽)、そして空帆の9人で固まっていた。女子として性教育の授業を受けるというのを呉羽が恥ずかしがっていたが、呉羽には必要なことだよ、と言って半ば拉致するかのように連れてきた。
色々な中学から来た子がいるので、先生は女性器・男性器の構造や月経の仕組みなど基本的な話から始めて、そして性交と妊娠の仕組み、更には様々な性的行為(オーラルセックス・アナルセックス・及び身体の様々な場所を使った非侵入型の性行為など)についても説明した。オーラルセックスの説明には、一部の生徒から「うっそー!」なんて声が上がっていた。やはり結構うぶな生徒もいるようである。また子宮頸癌ワクチンの摂取に関する説明も行われた。
女性器の構造や月経の仕組みを説明する所で呉羽が俯いているので「ほらしっかり見てなきゃ。呉羽も手術したらこういう形になるし、その内月経も始まるから」
などと言って、スクリーンの方を向かせる。
「私、月経来るのかな・・・」と呉羽が戸惑うように言うが
「ああ、高校生にもなってまだ来てない子は珍しいだろうけど、その内来るから心配しないで」と青葉が言うと
「そ、そうなの?」と、やはり困惑するような返事。
「青葉は生理あるよね?」と明日香が訊くと
「もちろん、ちゃんと毎月来てるよ」と青葉は笑顔で答えた。
空帆が少し不思議そうな顔をしていた。
男女がセックスするシーンがアニメで流される。これにはみんな息を呑んで見ている感じであった。
「今のアニメの中でもちゃんとコンちゃん付けてましたが、これは実際にやってみましょう。この中に誰かペニス持ってる子がいたら、サンプルになる?」
などと講師をしている保健室の先生が言う。
青葉たちのグループでは一瞬全員の視線が呉羽に集中するが、先生は
「誰もいないよね? じゃ代わりにこれを使います」
などと言ってフランクフルト・ソーセージを出してくる。
「誰か代表で付けるのやってみよう。あ、君、これやったことある?」
と言って先生が指名したのは、最前列で見ていた紡希だ!
「あ、いえ。やったことないです」と紡希。
「じゃ、経験しておこう。付けずにやって妊娠しちゃったら大変だからね」
と先生。
すると紡希は
「ほんとにそうですよね」
などと言って笑顔で答え、演壇の所に出てきた。青葉や美由紀・日香理はちょっと顔を見合わせた。紡希は例の件についてその後自分たちにも何も言わなかったが、あの表情を見ると自分で乗り越えたのだろう。やはり、強い子だ。
隣にいた生徒にCCDカメラを持たせて映像をスクリーンに投影する。紡希が渡された避妊具を開封する。カメラの前で「こちらが表ですね」などと言いながら、取り出し、そのまま先生が持つフランクフルトの先端にかぶせると、2本の指で押さえるようにして、きれいにくるくると広げていき、全体にかぶせた。
「はーい。ご苦労さん。じょうずに出来たね。慣れてないと、表と裏を間違いやすいので気をつけましょう。もし表裏を間違った場合は、必ずそれは捨てて新しいの使ってください。いったんペニスの先端にくっつけてしまった部分を外にして装着したら、確実に精子が付着したところを中に入れてしまうことになるからね」
と先生は注意した。
「ところでこのフランクフルト、要る?」と先生。
「あ、じゃ私が後でおやつに食べます。皮を剥いちゃえば問題無さそう」
と紡希。
「うん。フェラチオの練習に使ってもいいよ」
と先生が言うと、場内で笑い声が起きるが
「はい、それ練習した後で食べます」
と紡希も返して、再度笑いを取っていた。
青葉・美由紀・日香理はお互いの顔を見合わせて微笑んだ。
講義が終わった後は、同じ1階にある食堂で夕食となった。この研修館は1階が食堂と小ホール・自習室、2階が大ホール、3階・4階に宿泊可能な和室が20室ずつある。今回の合宿では、3階が男子、4階が女子となっていた。6畳の和室に8名詰め込みである。お風呂は3階・4階にそれぞれあるが、そんなに広くないので、部屋番号5個単位で、30分交替で時間が指定されていた。青葉たちは20:30-21:00という指定であった。
部屋割はだいたいクラス単位を基本に行われていたが、青葉たちの部屋は、社文科の青葉・美由紀・日香理、6組の紡希と黒川須美さん、理数科の呉羽・空帆に、新入生代表も務めた山下絢子さんという、組合せになっていた。部屋が一番端で、建前的には人数が半端になったので、6〜8組から生徒を集めたという感じである(理数科は通称7組、社文科は通称8組となっている)。
黒川さんは空帆と同じ中学の出身ということだった。山下さんだけが他の子とのつながりが無かったようであるが、空帆が
「多分、山下さん、理数科のクラス委員に指名されそうだから、ヒロミのこと知っててもらおうというので、ここに入れられたんじゃないかな」
などと言っていた。
「ごめん、まだ苗字と名前の対応が飲み込めてなくて、ヒロミさんって、呉羽さんかな?」
「そうそう」
みんな制服に付けているネームプレートは苗字のみが彫られている。
「ヒロミさん、何かあるの?」と山下さん。
「この子、戸籍上は男子だから」と日香理。
「えーー!?」
「でも、身体はもうほとんど女の子だよね?」と美由紀。
「えっと、どうだろう」などと本人は恥ずかしそうにしている。
「いや、全然気付かなかった」と山下さん。
「学校側では、ヒロミの性別のこと、生徒たちにオープンにすべきか特に何も言わずに知ってる人だけが知ってるということにしようか、かなり議論したみたいだけど、結局何も言わないことにしたみたい」
と空帆。
「あ、ちなみにもうひとり、こちらの青葉も戸籍上は男子」と日香理。「はーい。一応今の所そうです」と青葉は手を挙げて言う。
「うっそー。青葉さん、声もそんなソプラノボイスなのに」
「この子は小学5年生頃から女性ホルモン優位になってて、声変わりもしてないんだ。それで、もう性転換手術済みだから、肉体的には完全に女の子だよ。ほら、触ってごらん、感触が女の子だから」
と日香理。
「へー」と言って山下さんは青葉の身体に触れて
「ほんとだー。普通に女の子の感触」
などと言っている。
「ヒロミも、既におっぱいはあるし、多分・・・去勢済みだよね?」
と日香理は言った。ここ数ヶ月の呉羽の様子や言動から、推測したのだろう。
「あ・・・確かに無いかも」
と呉羽は初めてそれを認める発言をした。
「へー、そうだったのか。最近急速に女らしくなったと思ってたのはそれか」
と美由紀が感心するように言った。
「じゃ、ヒロミさんも青葉さんも普通に女の子ということでいいね?」
と山下さん。
「そそ。私たちは普通に女の子の友だちとして接している」
と日香理は言った。
「じゃ、取り敢えず全員あらためて自己紹介しようよ」と空帆が言う。「右回り〜」と言って隣に座っている黒川さんに視線を投げる。
「§§中学出身、6組、黒川須美。氷見市生まれ。蠍座」
「◎◎中学、社文科、石井美由紀。高岡市生まれ。水瓶座」
「◎◎中学、理数科、呉羽ヒロミ。新湊市生まれ。乙女座」
「◎◎中学、社文科、川上青葉。埼玉県大宮市生まれ。双子座」
「◎◎中学、社文科、大谷日香理。長野県大町市生まれ。天秤座」
「◎◎中学、6組、田村紡希。福井県小浜市生まれ。牡羊座」
「##中学、理数科、山下絢子、石川県金沢市生まれ。獅子座 」
「§§中学、理数科、清原空帆。石川県輪島市生まれ。魚座」
「なんか美事に全員生まれた町が違う」と美由紀。
「高岡生まれは私だけか」
「星座も全員違うんだね」と紡希。
「でもひとつ共通してることがあるね」と青葉。
「何?」
「全員、強烈に個性的」
「ああ、確かにみんなあまり友だちが出来なさそうなタイプ」
「でも私たち、個性的な子同士で仲良くできそう」
「じゃ、取り敢えずこのメンツ同士では名前で呼び合おうよ」
と日香理が提案する。
「OK、OK」
「ところでこのメンツなら、みんな知ってるよね。合宿明けの明後日は新入生の抜き打ちテストがあること」
と日香理が念のため訊くが、全員頷いている。先輩などから情報を得ていたのだろう。
「お勉強しなくちゃ!」
「やはり中学の復習をしといた方がいいよね」
「私、進研ゼミの中学スピード復習の問題集持って来た」
「あ、私も〜」
「私、タブレットのアプリ版で持って来た」
という声が数人から上がる。
「じゃ、お風呂上がった後、一緒にやらない?」
「いいね」
「みんな部活はどうするの?」
「私はコーラス部」と青葉。
「右に同じ」と日香理。
「私は美術部」と美由紀。
「私は軽音部」と空帆。
「私どうしようかなあ」と須美が言うので
「私と一緒に軽音部しない?」と空帆が誘う。
「私あまり楽器自信無いけど」
「覚えればいいよ」
「うーん。じゃ、私が出来そうな楽器パートが空いてたら」
「私は部活はパス。勉強に集中したい」と紡希。
「右に同じ」と絢子。
「ヒロミはどうするの?」と日香理が訊く。
「あ、えっと。どうしようかな」
「私たちと一緒にコーラス部に来ない?ヒロミ、結構歌うまいし」
「でも私、女の子の声がうまく出せなくて」
「だから練習すればいいよ。結構中性っぽい声は時々出てるじゃん。話すのより歌う方が、女の子の声って出やすいからさ。あの声の出し方をもう少し頑張れば、アルト領域は歌えると思うよ」
と青葉。
「女の子の声で歌えるようになれば、女の子の声で話せるようになるのも見えてくるよね、多分」
と紡希。
「そそ。女の子の声で歌う方が、女の子の声で話すのより易しいんだよ」
と青葉。
「ソプラノ領域は、さすがに青葉みたいに声変わりをキャンセルできた子しか出ないよね?」
と日香理。
「うん。声変わりしてしまったのにソプラノ出る人はたまにいるけど、凄まじくレアだと思う」
と青葉も言う。
「ローズ+リリーのケイとか凄い声域持ってるよね?」
と空帆が言う。
「あの人は3オクターブ半くらいだよね。滅多に公開しないバリトンボイスまで入れると4オクターブ。歌詞は歌えなくてスキャットだけなら出るトップボイスを入れると5オクターブ近く。その上のホイッスルボイスまで入れると6オクターブ以上あると思う。ホイッスルボイスは本人もどこまで出るのか良く分かってないみたい。体調にもよるみたいだし」
と青葉は《公開情報》だけを使って答えた。
「凄いな」
「でもそのケイさんから紹介されて会ったことのあるmap(エムエーピー)のカンナさんは普通に歌える声だけでも5オクターブある。マライア・キャリー並み。生で聴いて衝撃受けた」
「あの人、そんなに出るんだ!」
「あれ、ケイと知り合いなの?」と空帆。
「お友だちだもんね」と美由紀。
「そそ。MTFつながりで」
「わあ!」
「ひょんなことでお互い知り合ったMTF/MTXのグループがあるんだよ。私たちはクロスロードと呼んでるんだけどね。もう2年近い付き合い」
「へー」
「ケイさんと青葉と、もうひとり東京のライブ喫茶の店長してる人とが中核メンバーだって言ってたね」
「うん。私たち3人が何となく、あのグループの運営委員みたいになってる」
「おお」
「ヒロミも今度集まりがあった時に連れてってあげるよ。凄く刺激されると思うよ」
「う、うん」
「ライブ喫茶?」
と空帆が訊く。
「うん。本来はメイド喫茶なんだよ。でもオーナーの趣味でセミプロクラスの演奏者によるライブ演奏を始めたら、なんかそちらの方が話題になって、結構新人バンドや歌唱ユニットとかの登竜門になっちゃってる感じ。あそこで演奏しててレコード会社から声が掛かってメジャーデビューしたユニットもあるよ」
「へー!」
おしゃべりしている内にやがてお風呂の時間になる。みんなで着替えとお風呂セットを持ち、浴場の方に行く。が、ヒロミだけみんなと別れてエレベータの方に行こうとした。
「待て」
と言ってまた美由紀に捕まっている。
「どこに行く?」
「あ、えっと私、管理室付属のシャワールームを使ってと言われてたから」
「青葉。この子、私たちと一緒にお風呂入れていい気がしない?」
「ああ。大丈夫じゃない? だって中学の修学旅行では女湯に入ったしね」
と青葉が言うと
「うっそー!」
と空帆が驚いている。
「じゃ、もうそういう身体になってるんだ?」と空帆。
「いや、修学旅行の時は水着を着て入ったから」とヒロミ。
「こないだ体育の時間に更衣室で見た感じでは、たぶん水着でなくても行ける」
と日香理も言う。
「まあ、私たちのグループの中にいれば、何とかなるでしょ」
と紡希まで言い出す。
「よし、じゃヒロミも私たちと一緒に入ろうね」
と楽しそうに美由紀が言う。
「あ、うん・・・」
とヒロミは恥ずかしそうにしているが、美由紀に腕をつかまれて、そのまま浴室の脱衣場に入った。
青葉はさっさと全部脱いでしまった。
「へー。ほんとに完全に女の子の身体なんだね」
と絢子が言って、何だかあちこち触っている。
「おっぱいはホルモンだけ?」
「そそ。胸は手術してないよ」
ヒロミの方は美由紀と日香理に挟まれて、空帆や紡希も興味深そうに見ている中で脱いでいく。
「ああ。パッド入れてるんだ?」
「うん。ちょっとカップが余るから」
バストが露わになると、空帆が触ってみていた。
「普通に女の子のおっぱいだね」
下の方はショーツを脱いだ後、タオルで隠している。
「そのタオル、取ってみない?」
「勘弁して〜」
「まいっか。そこさえ見なければ、ヒロミも完璧女の子ボディみたいだから」
「ウェストくびれてるね」
「うん。これは努力してくびれを作った」
「偉い、偉い」
「ウェストいくつ?」
「今67」
「でもこれヒップは90以上あるね」
「うん。96ある」
「なるほどー。だからこれだけくびれが目立つ訳か」
「それだけお尻が大きければ、赤ちゃん産めるね」
「ああ、産めそう」
などと言うと、またまた恥ずかしがって真っ赤になるので美由紀が喜んでいる。
「ささ、入ろう入ろう」
ということで、8人でぞろぞろと浴室に入る。各自からだを洗ってから、浴槽に入り、おしゃべりする。他の部屋の子たちともあれこれ声を掛け合い、話の輪は大きくなったが、ここではみんな呉羽の性別のことは話題にしないようにしていた。また呉羽もさすがに浴槽の中では開き直っていたようである。ただ他の子の身体に視線が行かないようにしている感じではあった。
それでも何人かの子にバストを触られて恥ずかしそうな顔をして
「おお、今時珍しい純情な子だ」
などと言われていた。
「ね、ね、この合宿が終わった後、抜き打ちテストがあるって噂聞いたけど本当?」
「本当だよ〜。12日に1日掛けて5教科テストやって、それで進路指導の資料にするのと、補習のクラス分けに使うみたい」
「わあ!私、勉強道具持ってくるんだった!」
「うちの部屋で、お風呂上がった後、中学の復習問題本をやるけど、来る?」
「あ、じゃ、行く行く」
ということで、勉強会の人数が少し膨らんだ感じであった。
浴室から出て身体を拭き、みんな体操服に着替えるが、呉羽はじっと見られているので、なかなか服を着れずにいる。服を着るには一瞬でもタオルをお股のところから外す必要がある。その瞬間にはどうしてもあそこを見られてしまう。
それを見せずにうまく下着を着けてしまうなどという器用なことができたのは青葉くらいであろう。青葉はそれを小学2年生の時からやっていたから、呉羽とは年季が違う。
「ね、可哀想だから、ちょっとだけ後ろ向いててあげようよ」
と紡希が言うので
「そうだねー」
と美由紀や空帆も言い、全員呉羽に背を向ける。それで呉羽は無事下着を着け体操服も着ることができたようであった。
部屋に戻る。ノックして勉強会に参加する子が続々と入って来て、部屋の中は20人くらいになった。タブレットを持って来ている絢子がソフトをスタートさせると自動音声で問題が読み上げられる。各自自分のノートに解答を書く。だいたい10秒ほど置いて正解が読み上げられるので、各自採点したりメモしたりする。
1教科20分で休憩をはさんで、勉強会は23時半頃まで続けられた。
「さすがに疲れた〜」
「もう頭が真っ白。グレイアウトしそう」
「でも凄く勉強になった」
「じゃ、寝よう寝よう」
「その前にトイレ〜」
ということで20人ほどでぞろぞろとトイレに行っていたら、社文科の担任の音頭先生がちょうど見回りに来て
「まだ起きてたの? 寝ましょう」
と声を掛ける。
「はーい」
とみな素直に返事をした。
部屋は六畳の部屋に8枚の布団を敷いて寝る。
一応畳が六枚敷かれている他に板間部分があるので、純粋な六畳よりは少し広いのだが、それでもかなり無茶な敷き方になる。当然布団同士が重なる。縦に2個×4列だが、呉羽の性別に配慮する。主として、青葉と日香理が主導して寝る位置を決めた。
一番奥の上側に呉羽を寝せ、その下側に日香理、呉羽の横に青葉が寝て、青葉の下側は美由紀、その後、紡希・空帆、絢子・須美、という配列になった。つまり上側は呉羽・青葉・紡希・絢子、下側は日香理・美由紀・空帆・須美となっていた。
「でも、何となくこういう配列になるというのが、お互いの頭の中に無かった?」
と絢子が言う。
「うん。私もだいたいこういうイメージを描いていた。多少異なる部分もあるけどね」
と紡希。
「まあ、若干のバリエーションが発生する余地はあるよね。美由紀と紡希は逆でも行けるね。あとこれの左右対称版もあり得るよね」
と日香理も笑って言っていた。
それで「おやすみー」と言って全員自分の布団に入り、灯りを消すが、どうも呉羽は緊張しているようだ。女の子と一緒の部屋で寝るというのが初体験なので、戸惑いもあるのだろう。
「ヒロミ、眠れないならオナニーしちゃってもいいよ。誰にも分からないよ」
「そんなのしないよー」
「じゃ、起きてる子だけで英語の尻取りしない? 反応が無かったら眠ってしまったものとみなして、次の子に行く」
「OKOK」とあちこちから声がする。
「じゃ、school」と言って青葉から始める。
「light」「time」「endless」「stamp」「pineapple」「exam」「many」
「young」「・・・・」「寝ちゃったかな。じゃgreen」「notebook」「king」
「・・・・」「寝てるみたいね。じゃgood」「dream」「mix」「x-ray」
などといったことしている内に、15分ほどで全員眠ってしまった。英語の尻取りというのは特に k とか x のようにそれで始まる単語が少ないものの所で考えている内に眠ってしまうという罠がある。最後まで起きていたのは結局青葉で、みんなに向かって「Good night」と言って、眠りの世界に入っていった。
翌日は午前中、大ホールで、部活や委員会活動などを紹介するビデオ、それから今年有名大学に合格した卒業生のビデオメッセージの紹介などがあった。その後お昼は共同作業の訓練も兼ねて、部屋単位で協力しあって食堂でカレーライスを作る作業をした。女子のグループの方はだいたいグループ内に料理の得意な子がいて、何とかなっていても、男子のグループの方には何だか悲惨なことになっていたところもあったようである。
午後からは、まず国語の小谷先生が「作文苦手な人でも1時間で小論文が書けるようになる方法」と題して、ひじょうに楽しい講義をしてくれた。その後更に社会の黒呉先生が「歴史年号暗記法」と称して、大量の年号語呂合わせ暗記法を紹介してくれた。この講義も楽しくて、多数の笑い声に包まれていた。
また英語の生の発音に慣れようという趣旨で『ハリーポッターと秘密の部屋』
を字幕無し、英語音声で上映した。でもこれは場内を暗くしたこともあり、結構眠ってしまった子もあったようである。美由紀も途中で寝てしまったが、青葉も日香理も起こさずそっとしておいてあげた。
最後は近隣のお寺、禅祐寺からご住職と数人のお坊さんが来て、坐禅体験をする。全員、大ホールの椅子に座ったまま、目を瞑って瞑想をした。でも美由紀は小さな声で「ね、ね、そろそろお腹空かない?」などと言っていて、どうも瞑想ではなく迷想になっているようであった。
住職は警策を持って場内を循環していた。美由紀は軽く叩かれていたが、青葉の所に来て、ビクッとする。
「君、お寺の娘さんか何か?」
と青葉に小声で訊いた。
「いいえ。でも私、既に住職の資格を持っているので」
と言ってニコっと笑って答える。
「それでか! でも君、それにしても凄いね」
「ありがとうございます」
18時で解散になった。青葉・美由紀・日香理・呉羽の4人で一緒に帰る。
「丸2日、完全に女子として埋没して生活して、かなり女の子としての自覚が育ったんじゃない?呉羽」と美由紀。
「うん。頭の中がかなり組み替えられた感じがする」と呉羽。
「まあ女子高生としての通過儀礼みたいなものかな」と日香理。
「そうだ、青葉。お坊さんと小声で話してるの聞いたけど、青葉って住職の資格持ってるんだ?」
「持ってるよ。法衣と袈裟も持ってるし。親戚のお寺で檀家さん回ってお経あげてきたこともある」
「へー凄い。じゃ、学校出たら尼さんになるの?」
「ならないよー。私はアナウンサー志望」
「アナウンサーか。。。。それで裏家業は霊能者なのね?」
「そそ」
「漫画みたいな設定だなあ」
「ふふふ」
学校を出るまでの間、青葉の仕事をセーブするということに関しては、青葉の「首席保護者!?」を自認する桃香が、春休み中に大船渡の慶子、高岡の詩子と会って話し合い、結局、高校在学中は、霊的な相談事については1件最低3万円+実費とすること(特別な事情がある場合を除く)と、週に1件を限度とすること(緊急の場合を除く)を決めた。それで青葉の岩手行きも取り敢えず高校在学中は月に1回程度とすることを決めた。また高校3年生の1年間は原則として、霊的なお仕事は休養することも決めた。
「でも青葉って休養してても仕事してそうな気がする」
と千里に指摘されていたが、
「それでも建前上休養中と言っておけば、かなり減らせるだろ?」
と桃香は言った。
合宿明けの金曜日の新入生テストは、実施を告げられると教室内で
「えーーーー!?」
という声が上がっていたが、実際には半分くらいの生徒は行われることを知っていたようであった。
60分+休憩5分の変形時間割で、午前中に英語・国語・社会が行われ、午後から理科・数学が行われた。国語は現国2:古文1:漢文1の割合。社会は日本史・世界史・地理・政経、理科は物理・化学・生物・地学で各々4等分されて問題が出ていた。
「なかなかハードだったね〜」と帰り道一緒になった明日香が言う。
「頭がマラソンした感じ」と世梨奈も言う。
「そうそう。こういう試験は脳味噌の持久力が必要なんだよ」と日香理。
「私、結構ちゃんと解答できた気がする」と美由紀。
「美由紀は入試の時、追い上げで凄く勉強してるから、それがまだ残ってるんだよ。美由紀の入試の成績って、内申点を入れると最低ギリギリだったかも知れないけど、純粋に入試だけの成績だったら、多分トップクラスだったはず」
と日香理。
「そうそう。私もそう思う」と明日香。
「補習のクラス分けでは恐らく、美由紀いちばん上のクラスに入れられるね」
「日香理やヒロミも多分いちばん上のクラスだろうね」
「青葉もでしょ?」
「うーん。私は微妙だと思うなあ。実はあまり勉強してないし」
「勉強より仕事たくさんしてたよね」
「うん。でもさすがに高校在学中はかなり仕事をセーブすることを、窓口になってくれている人たちと話し合って決めた」
「まあ、中学の時もちょっと仕事しすぎって感じだったね」
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【春風】(1)