【春風】(2)

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月曜日は朝1時間目のホームルームで、各種委員が選出された。実際には特に立候補者がいなければ担任から指名する、ということで、ほぼ全員担任の氏名となり、学級委員には江藤君と佐伯徳代さんが選ばれた。
 
委員が学級委員・生活委員・保健委員・美化委員・図書委員・体育委員と6種類で男女1名ずつの指名であるが、青葉たちのクラスは男子12名・女子18名の30名なので、男子は2分の1の確率、女子は3分の1の確率で委員になったようである。しかし青葉も美由紀も日香理も委員には指名されなかった。どうも部活との兼ね合いを考えて、部活をする予定の子をできるだけ外したようであった。
 
なお、理数科の方では絢子が予想通り学級委員に指名されたが、呉羽が保健委員に指名されたと聞き、美由紀も日香理も
「大丈夫か?」
と少し心配した。
 
「あのさぁ、保健委員って、授業中に気分が悪くなった子がいたら、保健室に連れて行ったりするわけだが・・・・」
「うん。頑張る」
 
「女の子を支えて連れて行ったりすることもあるわけだが。ヒロミ、女の子の身体に平気で触れる? ヒロミが緊張すると、相手も緊張するよ」
「う・・・・頑張る」
 
「んじゃ、練習、練習。私を支えて歩いてご覧よ」
と美由紀が言うので、呉羽はおそるおそる美由紀に肩を貸すようにして歩いてみるが、美由紀の身体と直接接するので、真っ赤になってる。
 
「力抜くなよ。倒れるから」
「うん、頑張る」
 
「よし、次は私を支えてみて」
と青葉が言うので、青葉を支えて歩き出すが、数歩歩いた所で転んでしまう。
 
「大丈夫?」
「ごめん、ごめん」
 
「青葉何かしたの?」
「あ、私の方がちょっと力を抜いてみただけ」
「ああ、でもそれは気分の悪くなった子ならあり得る事態だから頑張ろう」
 
ということで、呉羽は美由紀・青葉・日香理を交替で支えて歩く練習をさせられていた。
 
しかし翌日空帆が「私先生に言って保健委員、私に交替させてもらった」と言っていた。確かに、その方が無難という気もした。
 

月曜日の放課後は、新入生の部活動開始の日であった。青葉は日香理、美津穂、そして呉羽も連れて、コーラス部に行き、入部手続きをした。
 
「川上青葉、ソプラノです」
「上野美津穂、メゾソプラノです」
「大谷日香理、アルトです」
「呉羽ヒロミ、アルトです」
 
「おっ、ヒロミちゃんすごっく低音ボイスだね。低い声しっかり出せる子は少ないから頼もしい」
などと顧問の今鏡先生が言っていた。
 
青葉たちを見て、手を振る女の子がいる。
 
「こんにちは〜、杉本さん。よろしく〜」と青葉が挨拶する。
「こんこん。川上さん。こちらこそ、よろ〜」と彼女。
 
それは中学の時、他の学校でソプラノソロを歌っていた子であった。
 
他にその杉本さんと同じ中学から来たアルトの沢田さん。また中学時代は名前までは知らなかったものの、やはり大会で見たことのあった、他の中学から来た、メゾソプラノの竹下さんとも握手をした。
 
「1年生の新入部員はこの7人だけかな」
「ちょっと寂しいね」
 
「今日は2〜3年生はお休みですか?」
 
新入生以外には、入学式の時に校歌を歌った3年生で部長の茶山さんとピアノを弾いた2年生の椿原さん、それとあと2人、2年生らしき人がいるだけである。
 
「いや、これで全員」
「は?」
 
「うん。去年の秋に1つ上の学年の人たちが退部した後は、この4人だけでやってきていた」と茶山部長。
 
「いや、1年生が7人も入って嬉しい」と2年生の菅野さん。
 
「4人で合唱になってたんですか?」
 
「ああ、康江ちゃん(椿原さん)がピアノ弾くから、私のソプラノ、都美子ちゃん(菅野さん)のアルト、真琴ちゃん(川瀬さん)のメゾソプラノで三重唱でやってた」
 
あはははは。青葉は杉本さんと顔を見合わせて溜息を付いた。
 

「いや〜、参った参った」と言ったのは空帆であった。
 
「須美ちゃんと一緒に軽音部に入りに行ったんだけどさ、新入生の部員は私たち以外に2人で4人だけ。少ないね、なんて言ってたら、先輩が居ないのよ。3年は0人、2年生が3人で、結局新入生を入れても7人。これじゃまともなバンドにならない」
 
「ロックバンドなら組めるのでは?」
と日香理が言う。
 
「私たちが入るまで、2年生の3人はギター2人、ベース1人の構成で活動してたらしい。ドラムスは打てる人がいなかったって。確かにロックバンドなら何とかだけど、私はジャスバンドやりたかったんだよね〜」
 
「ジャズバンドって何人くらい必要なの?」
「最低でも10人くらいかなあ。できたら17〜18人くらい欲しい」
「それは厳しいね」
 

「やはり進学校だから、部活やる人少ないのかなあ」
「うん、それはあるだろうけどね。コーラス部は?」
「新入生7人。でも先輩は4人。ひとりはピアノ弾くから、実質10人」
「その人数ではコーラスにならない気がする」
「うん、ならない。AKBの選抜チームより少ない。せめて20人くらいにしないと」
 
「いっそ、軽音部とコーラス部、合同で大会に出たりしてね」
と話を聞いていた美由紀が言う。
 
「ん?」
青葉と空帆は顔を見合わせた。
 

青葉と空帆の提案に、双方の部長は興味を持ってくれた。取り敢えず4人で話し合いを持った。
 
「軽音の大会は?」
「9月22日。コーラス部の大会は?」
「9月15日」
「良かった!ずれてるんだ。実は吹奏楽部に多少の応援を求められないかというのも考えたんだけど。吹奏楽部の大会は軽音の大会と同じ日なんだよ。場所もこちらは氷見市、向こうは黒部市で」
「そりゃ両方は無理だね」
 
「軽音部のメンバーは全員女子だし、ほとんどの子が歌えると思うから、女声合唱に参加できるだろうけど、コーラス部のメンバーは楽器どうだろう?」
 
「何かの楽器ができる子は多いと思うよ。ただ、軽音部でやるような楽器が使えるかどうかは何とも未知数だね」
 

それで、両方の部のメンバー合同の打ち合わせを持った。
 
軽音部の部員は全員、あまり練習が辛くない範囲であれば、女声合唱に参加してもいいと言ってくれた。
 
コーラス部の部員も軽音には興味を持ってくれた。
 
「じゃ毎日、1時間コーラスの練習して、1時間楽器の練習しようよ」
という提案で了承された。
 
「でも楽器はみんなどうなんだろう?」
「それぞれできる楽器、やったことのある楽器を言ってみよう」と青葉。
「多分リコーダーとかハーモニカとか木琴とかはみんなできるだろうから、それ以外ね」
 
「取り敢えず、私はピアノとフルート、龍笛、法螺貝」と青葉。
「法螺貝?」
「面白いもの吹けるね」
「いや、出羽山の修験者の人から直伝で」
「すごっ」
 
「私はピアノ、ギター」と日香理。
「ピアノ、エレクトーン、クラリネット」と美津穂。
「ギター、トランペット」と呉羽。
 
「おお、トランペットが吹けるって心強い」
「でも小学校の吹奏楽部以来吹いてないから、出るかどうか自信無い」
「やってたのなら短期間で思い出すよ」
 
「ピアノ、ヴァイオリン」と美滝(杉本さん)。
「エレクトーン、ギター、ウィンドシンセ」と立花(沢田さん)。
 
「おお、ウィンドシンセが吹けるならサックス吹けるよね?」
「それは吹いたことない」
「いや、音の出し方はほとんど同じハズ」
「うん、練習すればすぐ行けるよ」
 
「ピアノ、ホルン」と公子(竹下さん)。
「わあ、ホルン吹きさんがいた!」
「ホルンが吹けるなら、大抵の金管楽器は行けるよね?」
「いや、吹いたこと無い」
「だって、ホルンは金管楽器の中ではいちばん難しい部類だもん」
 
「ピアノ、三味線、尺八」と康江(椿原)さん。
「民謡系?」
「うん。うちのお母ちゃん、民謡の先生だから」
「へー!」
「尺八吹けるなら、サックス行けそう」
「触ったことないよう」
 
「ギターくらい」と都美子(菅野)さん。
「ピアノ、ギター。小学校の吹奏楽部ではオーボエ吹いてたけど、もう4年やってないから音が出るかどうか」と真琴(川瀬)さん。
「オーボエできるなら、木管はどれでも行ける」
 
「私はエレクトーン、ギターかな。クラリネットも一時期吹いてたけど、もう忘れてそう」と敏子(茶山)部長。
 

軽音部のメンバーも自己申告する。
 
「ギター、ベース」と空帆。
「ほとんど何もできなくて申し訳無い。ファイフくらい」と須美。
「ギター、トランペット」と1年生の治美。
「ピアノ、トロンボーン」と1年生の真梨奈。
「ピアノ、ギター」と2年生の郁代部長。
「エレクトーン、ギター」と2年生の朝美。
「ギター、ベース、クラリネット」と2年生の美香。
 
全員の自己申告を書き留めていた青葉が空帆と一緒に行けそうな楽器を当てはめてみた。
 
「トランペット、治美さん、ヒロミさん、公子さん」
「サックス、立花さん、敏子さん、真琴さん、青葉さん」
「トロンボーン、真梨奈さん、朝美さん、都美子さん、日香理さん、美滝さん」
「クラリネット、美津穂さん」
「ピアノ、康江さん」
「ギター、空帆さん、郁代さん」
「ベース、美香さん」
「ドラムス、須美さん」
 
「こんな感じでどうでしょ?」
 
「私ドラムスなんて触るどころか間近で見たことさえない」と須美。
「いや、須美ちゃん、何もしたことないというから、どれ覚えても同じ」と青葉。
「うむむ、確かに」
 
「木管の経験者をサックスに割り当ててみた。それから、管楽器未経験の人をトロンボーンに入れてみた。トロンボーンって割と楽に音が出るんですよ。音程はスライドで調整できるから、トランペットみたいに吹き方で音程を変えるという技までマスターしなくても何とかなるから」
と空帆は説明する。
 
「フルートも入れたいんだけど、吹けるというのが青葉だけで、サックス担当にしてるから、サックスは最低4人はいないとまずいから諦めるかなと」
 
「楽器は学校にあるんだっけ?」
「うん。サックス、トランペット、トロンボーンはある。ドラムスもある。だから、みなさん申し訳無いけど、管楽器担当の人はマウスピースとリードだけ自己負担で買ってもらえませんか?1万円程度だと思うのだけど」
 
「うむむ。お母ちゃんに泣きついてみよう」
 
そういう訳で、軽音部とコーラス部が合体して各々の秋の大会を目指すことになったのであった。
 

これでも元々のコーラス部11人と軽音部7人というので、もう少し増やしたいというので、青葉たちは徴用を試みた。
 
「明日香〜、星衣良〜、世梨奈〜、あんたたち音痴じゃないよね?」
「うん、音痴ではないけど」
「じゃ、コーラス部に入ってよ」
「9月まででもいいからさ」
「うーん。9月までならいいか」
 
「ついでにあんたたち管楽器できない?」
「へ?」
 
聞いてみると、明日香は小学校の吹奏楽部でトランペットを吹いていたというので、即トランペット隊に組み込んだ。星衣良はウィンドシンセを練習したことがある(但し挫折したらしい)というのでサックス隊に組み入れ、世梨奈はフルートが吹けるということだったので、そのままフルート担当ということにした。
 
美由紀が「私、音痴だけど手伝えることある?」と言ったので、ピアノの譜めくり役として徴用することにした。
 
青葉たちはもうひとり徴用を試みた。
 

「紡希さあ、ピアノ凄くうまいよね」
「うん、まあ。少しは自信あるかな」
 
「ねね、コーラス部のピアノ弾いてくれない?」
「えー? 私勉強に集中したい。私、東大理1狙ってるし」
 
「9月まででいいからさあ。1年生の内はまだ少し余裕あるじゃん」
「何なら大会とその少し前の練習だけでもいいよ」
 
「ちょっと噂に聞いたけど、今年はコーラス部に入ると、もれなく軽音部にも参加という話が」
「ああ、それは紡希に関しては免除するよ。ピアノ担当の康江さんに歌の方に参加してもらって、少しでも歌う人数を増やしたいんだよ」
 
「そうだなあ、青葉たちには恩義があるし。じゃ、練習も時々でいいのなら、やってもいいよ」
「サンキュー、助かる!」
 
そういう訳で、コーラス部は紡希にピアノを任せて、康江さんは本番では歌で参加することになった。
 
更に、美滝が練習には参加できないけど、本番とその直前練習くらいだけなら歌ってもいい、という子を4人見つけてくれた。それでコーラス部は25人で大会に出られることになった。
 
合唱大会の高校の部は参加人数が歌唱者40人以内ということにはなっているのだが、最低について規定は無いものの25人未満での参加の場合は、よほど優秀でない限り、事実上採点対象にしてもらえない。これを俗称「参考参加」と言うらしい。25人以上だと「通常参加」になるので青葉や美滝はほっとした。
 
敏子部長は
「通常参加できるなんて嘘みたい!3年生までやってて良かった」
などと感激していた。
 
この高校のコーラス部はここ5年ほどずっと10人前後で、参考参加だったらしい。
 

木曜日。美由紀の親戚の温泉宿を使った、久々の「青葉鑑賞会」が行われた。但し、青葉はもう性転換手術して完全に女の子の身体になってしまったので、今回はそれを再確認するのはあるものの、実質参加者の関心は、女体疑惑がささやかれる?呉羽に移っていた。
 
参加者は中学の時の同級生などが20人ほど、更に話を聞きつけて参加希望した、空帆と須美もいた。学校がバラバラなので、結局送迎バスで、氷見線の越中国分駅・越中中川駅・高岡駅・北陸本線福岡駅・城端線戸出駅の5箇所で参加者を拾ってもらい、温泉まで行った。
 
約1ヶ月ぶりに会うメンツもいて、あちこちでハグし合う姿が見られ
「こら、危ないから車内で立つな」
と幹事役の明日香から注意されていた。実際ハグしたつもりがバスが揺れてキスしてしまった子もいた。
 
呉羽が女の子になっていたことを知らなかった子も何人かいて
「うっそー!」
「いつの間に!?」
といった声があがっていた。
 
「ね、呉羽、女子制服着てるけど、まさか女湯に入らないよね?」
「いや、それを女湯に連れ込んで観察しようというのが今日のメインテーマ」
「そうだったのか!」
「性転換済みの青葉の裸体を鑑賞するものとばかり」
 
「私の身体は前菜で、呉羽がメインディッシュね。でもヒロミちゃんと呼んであげて」
「ヒロミ?」
「そそ。学籍簿には呉羽ヒロミで登録されてんだよ」
「すっごー!」
 
「でも私たちだけじゃなくて、他の泊まり客もいるのに、呉羽を女湯に連れ込んでも大丈夫?」
「あ、全然問題無い。新入生合宿でも呉羽は女湯に入って、女子生徒の部屋で寝たから」
「へー!」
 
「おっぱいもちゃんと出来てるしね」
「ほほお」
 
「下の方は?」
「どうなっているのかは事情により非公開らしい」
「ふーん」
 
「でも少なくとも男性機能はもう存在しないらしいよ」
「なるほどねえ」
「秋頃からずっと女性ホルモン飲んでたらしいから、もう男性機能は消えてしまったみたいね」
 
「じゃ、もう赤ちゃん産めない身体になっちゃったの?」
「私、最初から赤ちゃん産めないけど」と本人。
 
「ああ、呉羽まだ生理来てないらしいのよ」
「生理が来てないと赤ちゃん産めないね」
 
「でも呉羽、こないだお風呂で見た時はけっこうバスト膨らんでたから、そろそろ生理も始まるかもね」
「おっ、早く生理来るといいね」
「生理来たら、赤ちゃん産めるようになるよ」
 
「彼氏とHするときは、ちゃんとコンちゃん付けさせなきゃダメだよ」
「そそ。生理来てなくても、セックスしたので生理始まるケースってあるらしいよね」
 
などと言われて、呉羽はまた赤くなっている。
 
「可愛い!」
「純情!」
 
などという声があがっていた。
 

旅館の部屋は4人部屋を6つ確保していたが、とりあえずひとつの部屋に集まり持参のおやつを食べながら、しばらくおしゃべりする。
 
呉羽の話題もあるにはあったが、やはりお互いの高校の様子を情報交換していた。
 
「へー。じゃC高校の先生たち凄く燃えてるんだ?」
「今年富山X高校の進路指導していた先生が転任して来たんだよ」
とC高校に通う奈々美が言う。
 
「凄い。県内のトップ高じゃん」
と世梨奈。
 
「それでその先生を中心に、進路指導の体制やシステムが一新されて。おかげで、こちらは来週から1年生も朝の補習が始まるよ」
と奈々美。
 
「すごっ。T高校は連休明けからの予定なのに」と明日香。
「なんかT高校に追いつけ、追い越せみたいなムード」と奈々美。
 
「実際問題としてC高校に行った子の中には元々素質はあるけど、あまり勉強してなかった子たちがいるだろうから、その子たちが伸びると本当にT高校を追い越すかもね」
と日香理。
 

「へー。M高校は部活が少ないんだ?」
「一時期は30くらいあったらしいけど、生徒がそもそも600人しかいないのに、そんなに部があったら、ひとつの部あたりの人数が悲惨じゃん。部活をやる子は1〜2年でも全体の3割程度だし。それで3年前に生徒会の代表と学校側とで協議して、部は体育部5つ、文化部4つだけになって、それ以外でどうしてもやりたい人は同好会で、ということになったんだよ」
と燿子。
 
「T高校がまさにその悲惨な状態だなあ。全校で900人くらいなのに部が40あるもん」
と日香理。
 
「それって、2〜3人しかいない部もあるのでは?」
「T高校なんて、勉強に集中したい子が多いだろうから、部活する子の率がかなり低そうだし」
 
「うん。2人とか酷い所は1人なんてのもあるみたい」
「1人!?」
「それ、部と言えるの?」
「ただの個人活動では?」
 
「ああ。応援部は3年生1人だけで新入生の入部者もいなかったと言ってたね」
「応援部はみんな入りたがらないだろうね」
「3年生1人しかいないのなら、この秋には自然消滅か」
 
「うちはコーラス部が新入生入れても11人、軽音部が新入生入れても7人だったから、両方合同で、軽音の大会と合唱の大会に出ることにした」
 
「ああ、助っ人頼まなきゃ、大会にも出られないよね。うちは元々の吹奏楽部と軽音部と合唱部と太鼓部が合体して音楽部になっちゃったんだよ」
「ああ、こちらも数年後にはそうなるかも知れんなあ」
 
「うちの弦楽部も本来はストリング・オーケストラにしたいという野望はあるらしいけど新入生入れて4人で、仕方無いから弦楽四重奏やるなんて言ってた」
「まあ四重奏になれてよかったね」
「弦楽二重奏だと寂しいね」
 

ある程度おしゃべりした所で、みんなでお風呂に行こうということになる。
 
呉羽は逃げ出したいような顔をしていたが、美由紀と明日香にしっかり両脇を固められて、女湯へと連れて行かれる。
 
「美由紀、今日のお客様はあまり多くないんだよね?」
「うん。私たち以外には女性客は敬老会の団体が入っているくらいだって」
「ああ、でも他のお客さんもいるなら、騒がないようにしなきゃ」
 
「まあ、呉羽が逃げようとしない限りは大丈夫でしょ」と明日香。
「いや、さすがにもう開き直ったから逃げないよ」と本人。
「よしよし」
 
みんなで「女湯」と書かれた赤い暖簾をくぐる。
 
全員の注目を集めながら、美由紀に促されて呉羽は女子制服の上を脱ぎ、ブラウスを脱いだ。
 
「へー、結構胸あるね」
「B75だって」
「秋頃からホルモン始めたって言うんでしょ? 半年でよくこれだけ育ったね」
「ああ、青葉がトリートメントしてあげてたみたいね」
と美由紀。
 
「なるほどー」
 
「私も中2の時、おっぱい小さかったのが青葉にやってもらったおかげで2ヶ月くらいでAカップからCカップになったもん」
と日香理が言う。
 
「すごっ」
 
お股の付近をタオルで隠しているのは不問にすることにして浴室に入る。
 

各自からだを洗ってから、また浴槽の中で集まっておしゃべりする。
 
「青葉は手術前から、堂々と偽装したお股を見せてたけどね」
と美由紀。
 
「でも青葉って、それで小さい頃からやってたみたいだから、経験の長さが違うよ」
と明日香。
 
「青葉、いつ頃から女湯に入ってたの?」
「えっと、小学6年のゴールデンウィークに温泉に行った時が最初かな。その頃から胸が膨らみ始めたから。それ以前は胸無いから女湯には行けなかったよ」
 
「でも小学4年生くらいなら、胸が全然無い子もいるよね」
「まあ確かに」
 
「青葉、女の子水着は小学2年の時から着てたと言ってたよね?」
「うんまあ」
「本当はその頃から、女湯にも入ってたんじゃないの?」
「えーっと・・・」
 
「青葉って真顔で嘘つくからなあ」
「ああ、結構騙されるよね」
「あはは」
 

「でも女の子の身体になってから9ヶ月? やはり色々変わった?」
 
「変わった。やはり今まで自分の周囲で滞ってたものが全部スムーズに流れるようになった感じ」
「ああ、青葉って物凄くパワーアップした感じだよね」
 
「私あまり良く分からないんだけど、オーラがかなり大きくなってない?今までがビジネスジェットくらいだったのが、ジャンボジェットになった感じ」
 
「うん、確かにそのくらい強くなった気はする」
「へー」
 
「サイコキネシスで物を動かしたりできるようになる日も遠くないんじゃない?」
「そんな。私は超能力者じゃないよぉ」
 
「青葉って超能力者かと思ってた」
「ただの霊能者だよ」
 
「そこいら辺の違いって、よく分からん」
 
「霊能者と霊感体質ってのも違うよね?」
「違う。霊感体質の人は霊的なものに対する感覚が発達してるけど、霊的な操作はできない」
「それって、霊感体質の人が訓練したら、霊能者になれるもの?」
 
「まず無理だと思う。傾向が違いすぎるんだよ。霊感体質は看護婦さん、霊能者はお医者さんみたいなものだから、必要な素質も修めるべき修行も違いすぎる」
 
「青葉って小さい頃から修行してたんだ?」
「物心付く前から山野を走り回って滝行したりしてたよ」
「すごー」
 
「でも霊能者とか超能力者って偽物も多いよね」
「うん。超能力者はほぼ100%偽物。本物は凄まじくレア。霊能者も多分9割は偽物だよ。本人もそれに気付いてない。しばしばタヌキやキツネの類いに騙されてんだよ」
 
「青葉は本物なの?」
「さあ、偽物かもよ」
と言って青葉は微笑む。
 
「でも私、青葉に貧血直してもらったしなあ」
「私も生理不順直してもらった」
「取り敢えず、青葉は本物かも、って線でいいと思う」
 
「うん、そのくらいで考えてもらってた方がいい」
と言って青葉は楽しそうな顔をした。
 

「でも呉羽、実際問題として、どのくらい女の子になってるんだろう?」
「去勢は済んでるんだっけ?」
「え。えっと」
 
青葉や日香理たちは本人の口から既に睾丸は無いことを聞いているが、ここでは敢えてそれについては触れない。
 
「もしかしておちんちんも無かったりして?」
「ど、どうかな?」
 
「まあ、呉羽は女の子の身体なのかも、って線でいいと思う」
「そうだね〜」
 
「呉羽、次にみんなでお風呂に入りに来る時までには、偽装で構わないから、みんなにお股を公開できるようにしておこう」
「うん、ちょっと頑張ろうかな・・・って、またお風呂に来るの?」
「当然」
「次はいつ頃にする?」
「高校に入ってみんな忙しそうだし、次は夏かなあ」
 
「ヒロミ、タックの仕方って分かるよね?」
と青葉は訊いた。
 
「うん。修学旅行の時に実際にしてもらって感激したから勉強した」
「練習した?」
「したけど、なかなかうまく行かなくて」
「頑張って練習してれば、できるようになるよ。私もちゃんとできるようになるのに数ヶ月掛かったよ」
「わあ」
 
「まあ、おちんちんが既に無いのなら、今更タックを覚える必要もないけどね」
「ああ、その付近は謎だね〜」
 

そんな話をしていた時に携帯の着信音が鳴る。
 
「ん?」
という反応があるが、青葉は浴槽の縁に置いていた携帯を取って
「おはようございます、冬子さん」
と返事した。
 
「おはよう。って、別に『こんばんは』でいいよ」と冬子は笑って答える。時刻は18時半である。
 
「何かお仕事ですか?」と青葉。
「察しがいいね。青葉、高校在学中は仕事をセーブすることにしたというのに申し訳無いんだけど、近々東京にちょっと出てこられない?」
「いつくらいがいいですか?」
 
「本当はそちらは土日がいいんだろうけど、今こちらは土日は例の作業で埋まってしまっているのよ」
「ああ。内容によっては平日に行ってもいいですけど」
「秘密のプロジェクトなんで、ここでは詳しいことは言えないけど、どうしても青葉の力が必要なんだ。報酬は最低でも300万払う」
 
「その報酬がとっても怖いんですけど」と青葉は苦笑いする。
「危険な作業ですか?」
「危険性は無いよ。ヒーリング系。可能だったら、今月中に来られない?」
 
「今週末はどうしても外せない用事で奈良に行くんですよ。来週だったらいいです」
「じゃ、申し訳ないけど、23日か25日に来られない?」
 
「冬子さん、今仙台の準備もしてますよね?」
「うん。連日それに向けての練習してる」
「じゃ、遅くなるほど、そちらが大変だろうから、23日に行きましょうか?」
 
「助かる。御免ね」
「いえいえ」
 

電話を切ると質問される。
 
「青葉って、いつもお風呂の中まで携帯持ってくるの?」
 
それには日香理が代わって答えた。
「電話が掛かってくるって分かってたから、持ち込んだんだよね」
「うん」
と青葉は笑顔で答える。
 
「青葉は特に親しい人からの電話なら、掛かってくる1時間くらい前から分かるみたい」
と日香理が解説する。
 
「へー!!」
「すごっ」
「やはり、青葉って超能力者なのでは?」
 
「今の、もしかしてローズ+リリーのケイさん? 青葉、『冬子さん』とか言ってたし、この時間帯に『おはようございます』とか芸能関係の人だよね?」
とミーハーな明日香が訊く。
 
「ごめーん。クライアントに関する質問には答えられません」
 
「あ、そうか。守備義務ってやつだっけ?」
「守秘義務だよお」
 
「でもそれじゃ、青葉、来週東京に行くんだ?」
「うん。重要な案件みたいだし、行ってくる。学校多分火水と休むことになりそう」
 
「あ、じゃお土産は東京ばな奈で」
「了解〜」
「あ、私たちにもお土産ちょうだいよ」
と奈々美。
「じゃ、取りに来てくれれば」
「よし。各校代表1名、25日にT高校まで取りに行けばいいね」
 
「各校代表って誰だろう?」
 
「C高校は奈々美、M高校は燿子、J高校は水輝、L高校は美希絵、K高校は小浪、S高校は比呂奈、R高校は由希菜、H高校は望都世、D高校は莉緒奈。T高校まで来るのは大変だろうから、K高校・R高校・D高校・L高校は中川駅で、他の高校は高岡駅で渡そう」
と明日香。
 
「それが青葉鑑賞会の連絡網か」
「そそ」
「まあ、メーリングリスト作ってるからね」と由希菜。
 
「へー。それで明日香がT高校代表で幹事なんだ?」
 
「えっと幹事は奈々美かな」と明日香。
「いや、明日香でよい」と奈々美。
「まあそのあたりは適当に話し合ってもらって」
 
「まあでもK高校は代表といっても私ひとりだけだけどね」と小浪。
「誰か勧誘して参加させるとか?」
 
「ああ、しばらくは呉羽をおもちゃにできそうだから楽しいよ」
 

お風呂から上がって服を着る時は、合宿の時と同様にみんな呉羽に背中を向けてあげたので、呉羽もその間に急いで下着を身につけていた。
 
お風呂の後、いったんまたひとつの部屋に全員入っておしゃべりしていたら夕食の案内があったので、ぞろぞろと食堂になっている大部屋に行く。中2の時は毎月のように来ていたので、その度に食事もいろいろなバリエーションを組んでもらっていたのだが、今回は久しぶりだったので、旅館の典型的な料理になっている。しかし料理は好評だった。
 
「わあ、美味しそう」
「その鰤カマ、かなり食べ甲斐がありそう」
「鰤も春先にはいったん味が落ちるけど、今くらいからまた味が戻ってくるよね」
「ああ、寒鰤の反動がちょっとあるよね」
 
「だけどお風呂の後で食事という順序は重要だよね」
「そそ。先に食事だったら、食べた後の裸体を晒すことになるから、安心して食べられないもん」
 
とても美味しそうな料理なので携帯で写真を撮っている子も何人もいた。
 

翌日も学校があるので、あまり遅くならない内に寝ようということになる。部屋割は事前に明日香と奈々美が話し合って決めていたので、その組合せで各自の部屋に入る。
 
青葉は呉羽、美由紀・日香理と同室になっていた。
 
「まあ自然な組合せだね、これ」
「うん。ヒロミは青葉とセットにした方が処理しやすい。青葉がいると私と日香理はくっついてくる」
 
「ヒロミもこのメンツなら、合宿の時より寝やすいのでは?」
「うん。わりとリラックスできるかな」
 
「でも合宿ではこれと同じ程度の広さの部屋に8人寝たね」
「結構布団が重なり合ってた」
「隣に寝てた空帆が寝相悪くて、上に乗られてた」
 
「じゃ、寝よう」
「おやすみー」
と言って灯りを消し、各自布団に入る。
 
「ヒロミ、眠れなかったらオナニーするといいよ。振動を感じても黙ってるから」
「しないよぉ」
 
「ヒロミってオナニーする時は、ふつうにアレ握ってやるの?」
「えっと・・・・指で押さえてグリグリかな」
「ああ、女の子式なんだね」
「う、うん」
「じゃ、それしていいよ」
「しないよぉ」
 
「じゃ、おやすみー」
「おやすみー」
 

4月20日土曜日。青葉は朝一番のサンダーバードに乗り、大阪に移動した。新大阪駅で菊枝の車に拾ってもらい、更に瞬高さんも拾って3人で高野山の奥、★★院まで行く。
 
既に弟子筆頭の瞬嶺や、同じく高弟の瞬法、瞬海なども来ていた。
 
「お前たち5人だけで師匠を送ったってずるい。俺にも声掛けてくれたら良かったのに」
と瞬法は言うが、
 
「瞬法ちゃん、足が悪いから、冬山の決死行は無理だと思ったんだよ」
と瞬嶺。
 
「いや、あれは本当に命懸けで雪山突破した感じでした」
と★★院次席の瞬醒が言う(首席は瞬嶽であった。一周忌に継承予定)。
 
「若くて活きの良いそこのふたりを連れてったから、何とかなったね」
と言って青葉と菊枝の方に手を向ける。
 
「ああ、僕たち年寄りだけでは途中でギブアップしてたよ」
と瞬高。
「このふたり、女の子だけど、パワーが凄いから」
 
「瞬花(菊枝)ちゃんは元々パワー凄かったけど、瞬葉(青葉)ちゃん、何だかとんでもなくパワーアップしてない?」
と瞬海が訊く。
 
「性転換手術したせいだと思います。今までと自分でも感触が違うのを感じてます」
と青葉。
「おお、本当の女の子になったんだ!」
「はい」
 
「瞬葉は、それまで男の身体で、女の方法で気を操ってましたから。女の身体になったことで、本来のパワーが出るようになったんですよ。いきなりパワーアップしたから私焦ってます。このままなら1〜2年以内に追い越されそうで」
と菊枝が言う。
 

翌日になると、全国から全部で30人ほどの弟子が集まってきた。出雲の直美夫妻も来て、直美は青葉・菊枝とハグして泣いていた。
 
来ている人たちは、みな瞬嶽から認められた人たちなので、物凄いパワーの持ち主ばかりである。このグループのことを「長谷川一門」と呼ぶ向きもあるらしい。どこかのお寺の住職をしている人も多いが、菊枝や直美などのように敢えて僧職には就かず、霊能者として活動している人もまた多い。
 
瞬嶺が導師を務め、瞬法と瞬高が脇を務めて葬儀は進んで行った。
 
長い長い読経が終わり、焼香を始めようとした時だった。先頭に立ってひとりの僧形の老人が焼香する場所の方に行き、作法通りに香を指先に取って掲げるようにしてから、火の中に投じた。
 
へ?
 
青葉は隣に座っている菊枝、その向こうに座っている直美の顔を見た。ふたりも気付いていた。その老人は向き直ると、3人の方に向かってニコっと笑った。そして参列者席の中に吸い込まれるようにして消えた。
 
「今の・・・師匠だよね?」
「間違い無い」
「気付いたの何人くらいだろう?」
「多分私たち以外では瞬醒さんくらいかも」
 
「師匠すごい。自分の葬儀で焼香するなんて!」
「でも師匠らしい!」
「うん。茶目っ気のある人だもん」
 

葬儀の後、参加者全員で精進落としの料理を頂く。瞬高さんが司会をして、一門の主座を瞬嶺さんが引き継ぐことで了承を得た。実際問題として師匠が山奥に引っ込んでいるので、ほとんどの事務的な処理はもう20年以上、瞬嶺さんが決済していたのである。
 
また師匠の遺品が、師匠自身により、袈裟は瞬花に、鉢は瞬葉に、鈴は瞬嶺に、書籍は瞬高に、庵と寝具は瞬醒に、毛筆と硯は瞬海に託されたことが報告され、その了承をお願いしたいと言ったら、自分は何ももらっていない瞬法が
 
「師匠が自分で託したんだから、それでいいじゃん」
と言った。
 
何ももらっていない瞬法さんの発言だった故に誰も異論を出さなかった雰囲気だった。恐らく師匠はこれを言わせるために瞬法さんには敢えて何も遺さなかったんだろうなと青葉は思った。
 
自分たちはそもそも瞬嶽からたくさんの教えを頂いた。本当はそれだけでも充分な遺産なのである。
 
「ご承認ありがとうございます。それで私が庵、瞬嶺さんが鈴をもらったのですが、これを交換することにしました。そして庵の新たな主となる瞬嶺さんの主宰で毎年夏に1ヶ月ほどの回峰行を実施しようと思います。日程が厳しい方は1週間の参加でもいいですが、もし参加なさる方は、事前に私の方までご連絡ください。食糧を運び込むのに2ヶ月くらい期間が必要なので」
 
霞の食事ができるのは、瞬嶺・瞬高・瞬醒に菊枝と青葉の5人くらいで、他の人は、瞬法や瞬海クラスや直美でも、それでは身体をもたせられない。最低でもお粥くらいは食べる必要がある。
 
「あの庵、私は瞬法さんとか、瞬醒さんとかに連れて行ってもらわないと辿り着けないんだけど、あそこって道を付けることとかはできません?」
という声が出る。
 
「道を付ける予定です。難工事になると思うので数年掛かりになるかも知れませんが」
「どこかの土木屋さんに頼んだら今年中に作れないかな。普通の工事の5倍くらいは工事費出さないといけないだろうけど、費用はみんなで出し合えばいいよね」
 
「それがあそこで一般の人を入れて工事したら、行方不明者が続出しそうで」
「ああ」
「あそこはルートから5m離れたら私でも元の道に戻れないと思う」
 
「作業する人全員に命綱を付けさせたらどうだろう?」
「なるほど」
「それはひとつの方法かも知れませんね」
 
それで庵までの道を作ることはコンセンサスが得られ、工事方法に関してはもう少し検討することになった。
 

青葉は最初土日に瞬嶽の葬儀に出たあと、いったん富山に戻り月曜は学校に出てから、火水とまた東京に行くつもりだったのだが、それではきついから奈良から東京に直行しなさいよと母から言われた。
 
それで学校は月曜から水曜まで休むことにしていた。車で菊枝・瞬高と同乗して大阪に戻った後、新幹線でそのまま東京に移動した。
 
青葉はその日はホテルに泊まるつもりだったのだが、こちらの行程を説明したら「うちに泊まって。ついでにヒーリングして」と冬子から言われたので、日曜の夜遅く、冬子たちの新宿区のマンションに行った。元々夜間の活動の多い人たちなので、夜遅く訪問するのに全く気兼ねが無い。
 
「こんばんは〜。これ奈良のお土産です」
と言ってお菓子を渡すと、政子が
「おお、これ好き!」
と喜んでいた。
 

その日は七星さんもマンションに来ていた。青葉は七星さんとは初対面だったので挨拶する。冬子が「日本一のヒーラー」と紹介したので七星さんが驚いていた。更に「まだ高校1年生だけど、実は昨年性転換手術を受けて女の子に生まれ変わった」と言うと、更に驚いていた。
 
「中学生でも手術してもらえるんだ!?」
「医学的にとても特殊な事例ということで、特例中の特例中の特例だったみたいですよ。アメリカの病院の倫理委員会で手術認可をもらったので、結果的には国内でも手術することができたみたい」
「へー」
 
「でもヒーリングは私より凄い人が何人もいます」
と青葉は言った。
 
最初に七星さんをヒーリングした。
 
「何?この心地よさは!」
と感動しているようであった。ヒーリングしている内に青葉は微妙な違和感を感じる。その元を辿っていくと・・・
 
「あれ?左手の薬指が・・・」
 
「あ、これこないだ戸棚を閉めようとしてうっかり挟んじゃって」と七星さん。
「ちょっと失礼します」
 
と言って青葉は七星さんの左手を両手で包むようにする。目を瞑って心の中で真言を唱える。そのまま5分くらいしてから手を離した。
 
「ん?なんか痛みが取れた」
「今夜お風呂に入って下さいね。暖めることでまた更に回復すると思います」
「わあ、ありがとう」
 
「管楽器奏者が指を痛めてると辛いですもんね」
「そうそう。ここ3日ほど凄く辛かったんだよ。よしお風呂入ろう。冬ちゃんお風呂貸してね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
 
その後、政子、冬子の順でヒーリングをした。政子は結局ヒーリングされながら眠ってしまった。冬子のヒーリングが終わった頃、七星さんがお風呂から上がってきた
 

「へー、それじゃ青葉、今度はサックス練習するんだ?」
「フルートが吹けるなら同じ木管楽器だしサックスも行けるでしょ?ということで」
「かなり違う気がする」
「ですよねー」
 
「青葉、こないだはフルートきれいに吹けてたけど、いつ練習したの?」
「私、龍笛を吹くんです。同じ横笛だから、多分似たような感じかなと思ったら、音が出ました」
 
「ああ。だったら、普通のフルートより、フラウト・トラヴェルソの方がもっと吹けたりしてね」
「フラウト・トラヴェルソ?」
「キーとかが付いてなくて、木の管に直接穴が空いているフルートなんだよ」
「へー! そういうのがあるんですね」
 
「ちなみに、この七星さんは、フルート、フラウト・トラヴェルソ、サックスの名手だよ」
「わ、そうだったんですか!」
 
「サックス、少し教えてあげようか?」
「え?でもお忙しいのでは?」
「私のさっきのヒーリング代と相殺というのどう?」
「ああ、いいですね」
 

青葉はここ一週間ほど、ひたすらマウスピースだけ吹いてましたと言って、取り敢えずマウスピースを咥えて吹くところを見せる。
 
「それ、咥え方がおかしい」と七星さん。
「えー?」
 
「ちょっとごめんね・・・こういう感じ」
 
と直接触って正しい咥え方に訂正してくれる。それで吹いてみると、よく音が出る!
 
「うーん。やはり素人同士教え合ってると危ないなあ」
「元々サックス吹く人いないの?」
「そうなんです!」
 
「危なっかしい部だ。吹奏楽?」
「いえ、軽音部です」
 
「あれ?青葉、高校では合唱じゃなくて軽音部に入ったの?」
「いや。それが、軽音部が7人、コーラス部が11人しかいなくて、どちらもまともな演奏にならないから、お互い協力して、両方の部合同で、両方の大会に出ようということで」
 
「要するに相互助っ人か!」
「そうなんです。でも軽音部には管楽器の経験者が少なくて。トランペットとトロンボーンはひとりずついたんですが、サックスやったことある人はいなかったんですよ」
 
「でも中学高校の部活だと、そんなものかもね〜」
 
「正しい吹き方教えてもらったから、これみんなに教えなくちゃ」
 

「サックス本体はどうするの?」
「学校の備品を使います」
 
「青葉、お金持ちでしょ。サックスくらい自分のを買ったら?」と冬子。「あ、私が見立ててあげようか?」と七星さん。
 
「わあ、買っちゃおうかな?」
「じゃ明日一緒に見に行こう」
「はい、ありがとうございます!」
 
「七星さん、この子、お金はあるから、安いのじゃなくて一生使えそうなのを選んであげてください」と冬子。
「了解」と七星さん。
 
そんなやりとりをしていたら、眠っていた政子が起き出した。
 
「ああ、気持ち良かった。そのまま眠っちゃったよ」
 
青葉がサックスを練習することになったというと
「うん。どんどん楽器覚えると良い。若い頃に色々経験しておくと大きいよ。40代くらいになってから始めてもなかなか上達しないからね」
 
などと言っている。
 
 
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【春風】(2)