【春音】(下)

前頁次頁目次

 
春奈のヒーリングを終えた後、自分の部屋に戻り、お風呂に入ってベッドでまどろんでいたら、冬子から電話が掛かってくる。
 
「青葉〜、エステ行かない?」
「エステですか?」
 
そんなもの受けたこと無いので、ちょっと興味を覚えて下に降りて行く。 
「ここ私たちが沖縄に来る時は常宿になってるんだけどね、毎回ここのエステが楽しみなのよ」
「へー」
 
150分のボディ&フェイシャルコース3名で予約されていた。料金が27000円というのを見てひぇーと思うが、冬子のおごりらしい(宿泊料は昨夜の分は冬子が、今夜の分はレコード会社が負担するらしい。交通費はレコード会社持ちで座席はプレミアムクラスであった)。控室で少し待ち、その間にスタッフさんがコースについての説明をしてくれる。ハーブティーを頂いて飲む。美味しい! 
予約されていたコースは「女性のお客様のみ」と書かれていて、ちょっとだけドキっとする。すると、その表情を見透かしたように冬子が言う。
 
「私も青葉も女の子になったおかげで、これをしてもらえるね」
「そうですね!」
 

隣り合うベッドに、青葉・冬子・政子の順に並んで寝てエステを受ける。わあこういうマッサージも気持ちいいなと青葉は思う。自分がしているヒーリングにも、こんな感じのを取り入れられないかなと考えてみた。
 
エステティッシャンの人に揉みほぐされていて、ああ・・・そのあたりに疲れが溜まっていたか、というのを意識する。そういう部分はちゃんとエステティッシャンも分かるようで、重点的にマッサージしてくれていた。リンパも刺激されるが、心地よい。けっこう体液も滞っていた部分があったようである。 
「青葉、かなり疲れが溜まってるでしょう?」
「そうみたいです」
「私もマーサもそんなに溜まってない感じ。青葉が日々ヒーリングしてくれているおかげかな」
「あ、はい」
「でもそれで青葉自身の負担が大きくなってるんじゃないかと気になってたからね。青葉を引っ張り回している張本人の私が言うのも何だけど」
 
「でも冬子さんも他の人の心配ばかりしてる」
「まあ、そういう性分だから。青葉とその点は似てるかもね」
 
青葉は疲れがホントにたまっていたのでエステされながら眠ってしまった。終わったところで冬子に起こされて自分の部屋に戻ったが、部屋に戻るなりベッドに吸い寄せられるように潜り込んで、ぐっすりと朝まで寝た。
 
起きた時、物凄く爽快だった。
 

翌24日はお昼頃に羽田に着く便で東京に戻り、お昼を食べた後、都内某所で春奈のヒーリングを1時間ほどしてから、いったん別れて、青葉は千葉に向かった。彪志の誕生日が今月15日だったのだが、その直後に岩手に行って現地で彪志と会うつもりでいたのが、春奈のバックアップで疲れが溜まっているから禁止と母に通告され、代わりにこの日、彪志と会うことにしたのである。 
「誕生日遅ればせながら、おめでとう」
と言って唇にキスする。
「ありがとう」
 
「はい、これ沖縄のお土産」
「ハンバーガー?」
「A&Wのハンバーガー。沖縄を知る人には人気なんだよね。これ。冷めちゃったけど」
「ううん。冷めてるの問題無い。よくマック買っといてそのまま放置して翌日食べたりしてるし・・・美味い!」
 
「美味しいよね〜。なんか癖になりそう。タコライスとゴーヤチャンプルとジューシーもあるよ」
と言って、フードパックを荷物から出す。
 
「沖縄か。いいなあ。うちは小さい頃から転勤を重ねたけど、東北ばかりで、沖縄なんて行ったことないし」
「新婚旅行で行くのもいいかもね」
「新婚・・・・」
 
と言ったなり彪志が食べていたハンバーガーを喉に詰まらせてしまったので、背中を叩いてあげる。
 
「どうしたの?」
「あ、いや、その・・・・今夜はできるんだっけ?」
「ふふふ。どうかしら。約束では受験が終わってからだったんだけどなあ。その話は夜になってからね」
 
「夜になってからか・・・・」
「5ヶ月くらい我慢したんだから、あと数時間我慢しよう」
「いや・・・ステーキを目の前にしてお預け食わされてる気分だから」
「今夜は気持ち良くしてあげるね」
「気持ち良くってヒーリングじゃないよね?」
「ふふふ。どうかしら」
 
青葉はあくまでそのことについては確約しなかった。
 

その日は彪志の部屋で、ハンバーガー、タコライス、ゴーヤチャンブル、ジューシーを食べてから少し散歩しようということで、千葉ポートタワーに出かけた。 
ここは地上にある「1階」と高層にある「2〜4階」から成っているが、観覧順序としては、1階からエレベータで高層にある4階にあがり、それから階段でひとつずつ2階まで降りてくるシステムになっている。4階で展望を楽しみ、それから2階まで降りてきた時。
 
「恋人の聖地、愛のプロムナードって書いてあるよ」
「ああ。夜景を見ながら、どさくさに紛れてキスとかする感じかな」
「キス・・・・」
と言ったまま、彪志が何か悩んでる様子。
「ふふ。これだけ周囲の目がある所じゃ、さすがにできないよね」
「そ、そうだね」
と何だか焦っている雰囲気。青葉はそういう彪志の反応を楽しんだ。
 
愛の南京錠などというのがあるのでいったん3階に戻ってショップで買ってきて、ふたりの名前を書いて取り付ける。
 
「たわいもないお遊びだと思うけど、愛っていつも確認してないと不安になったりするからね」
「そうだね・・・・」
「そのためにキスがあるのよ」
「あ・・・うん」
 
どうも彪志はさきほどから周囲の人が途切れたらキスしたいような雰囲気。でも休日だけあって人は途切れない。どちらかというと長期戦っぽいカップルが多い。青葉は彪志の意図に気付かない振りをしながら、おしゃべりを続けた。 
やがてそろそろ市街に戻って食事でもしようか、ということでエレベータで下まで降りる。その時、別のカップルと一緒になったが、向こうはゴンドラの中で人目を気にせず抱き合ってキスを始めた。彪志も青葉も「ひゃーっ」
と思う。彪志が目で誘う。まいっか、と青葉は心の中で微笑み、こちらも抱き合ってキスをした。
 

夕食は市内の焼肉屋さんに入った。
 
「あれ?ここ前回ちー姉たちと来た所だっけ?」
「そそ」
「システム変わったのかな?」
「うん。食べ放題コースとセットコースに別れたんだよ。しかも食べ放題コースは男女同一料金になった」
「へー」
「青葉みたいに少食な女の子にとっては損だよなあ」
「うん。でも女の子でもたくさん食べる子いるからね」
「確かにね。特にここは学生客多いから、食べ盛りの子が多いし」
 
ふたりで「カップルセット3980円」を注文する。
 
「ここは私のおごりね。ヒーリング代金、たくさんもらえるから」
「たくさんもらわなくちゃ。凄いハードスケジュールみたいだし」
「うん。クライアントにしても私にしてもね」
と言って青葉は笑った。
 
「私、あまり食べないから、彪志たくさん食べてよね」
「うん。それは任しといて」
「おお、頼もしい」
 
楽しく会話しながらお肉を食べていたが、青葉はふと近くの席で大学生グループがビールの大ジョッキを飲んでいるのを見る。
 
「あ、ごめーん気付かなかった。彪志ビール飲んでもいいよ」
「いや、やめとく。未成年だし」
「えらーい。みんな18過ぎたらアルコールは飲んでいいものと思ってる感じなのに」
「あ、いや、コンパとかでは飲んでるよ」
「ふーん」
「でもこれから青葉とデート本番という時に酔いつぶれたりしたらもったいない」
「ふふ。本番できるといいね」
「できないの?」
「どうだろうね」
と言って青葉は悪戯っぽい笑みを見せる。
 
カップルセットのお肉をきれいに食べて(彪志がだいたい8割食べた)しまってから、デザートに杏仁豆腐を頼み、それもきれいに食べてお店を出た。 
コンビニに寄って、食糧・おやつを少し調達した後で、彪志のアパートに戻る。 
「あ、でも焼肉食べた後で、更に食糧調達というの、俺は思いつかなかった」
「ああ、男の子はだいたいそうらしいよ。食事した後で、次の食糧を確保しようとするのは、女の特性だって」
「常に保険を掛けておくってことかな。人間の生存能力って女の方が強いのかもね」
「あ。それはそうだと思う。男は特攻的な面があるよね」
 

彪志が紅茶を入れてくれて、それを飲みながら少しおしゃべりした後、青葉が 
「ああ、汗掻いちゃった。シャワー借りていい?」
と訊く。
「あ、11月だし、シャワーじゃ寒いよ。お湯を溜める」
と言って、彪志は浴室に行き、浴槽を洗った上でお湯を出した。
 
「溜まったら止まるから音で分かるよ」
「便利ね」
 
「そういえば俺、昔旅行先で泊まったビジネスホテルでさ」
「うん」
「お風呂に入ろうと思って、お湯を出して、しばらく部屋の中で漫画読んでたんだけど」
「うんうん」
 
「なんか5分もしない内にお湯が止まっちゃうんだよね」
「へー」
 
「部屋の中誰もいないしさ。もちろんお湯はまだ底の方に少ししか溜まってない」
「うん」
「その時、読んでたのが寺尾玲子さんの心霊相談漫画で」
「おお!」
「俺、ちょっとゾゾっとしたよ」
「何か霊でもいたの?」
 
「それがね、そのお風呂は予めお湯の水位を蛇口のひねり方で決める方式になってたの」
「ああ」
「俺が、勢いよく出ると音が凄いから、急がないしと思って、ちょっとだけ蛇口をひねってたんで、ちょっとだけお湯が溜まった時点で自動的に止まってしまったのね」
 
「なるほど、そういうシステムだと知らないと、一瞬戸惑うよね」
「しかも読んでた漫画が漫画だったから、怖くなっちゃって」
「あはは。でも寺尾玲子さんの本は『鍵』を絶対描かないから安全だよ」
「ああ・・・」
「描かれなかった鍵を『想像』したりしない限りはね」
「それやっちゃう人もいそう」
「うん。霊感体質の人には時々そういう自分で危ない所に首を突っ込んでしまうタイプもいる」
「俺なんかは基本的には君子危うきに近寄らずがモットー」
 
「それが長生きのコツだよ。でも心霊漫画の中には、多分漫画家さんがそういうのに詳しくないからだろうけど、まともに鍵を描いちゃってるのもあってさ、こらー、心霊現象を全国にバラまくつもりか? って思うものもあるよ」
 
「ああ、それは逆に霊能者の人が監修してあげないと、その辺りは分からないよ」
「そうかもね」
「でもまともに『鍵』が描いてあったのを読んじゃったらどうするの?」
「見なかったことにする。忘れる」
「ふむふむ」
 
「それから、この漫画家はやばいぞと思ったら、怪しそうなページは見ない。台詞を読まない」
「あ、それは俺もやってる。恐怖感を無理に水増ししてる雰囲気の漫画家とか、話を都合良く作ってる人とか、無関係の事にこじつけが多い漫画家は警戒する」
 
「実際、これ心霊現象じゃないでしょ?と思うものも多いよね」
「ほんとほんと。これはただの不注意だろってのが多い」
「そうなのよ。私の所に来る心霊相談でも実際問題として9割は心霊と無関係」
「ああ、そんなものだろうね」
 

何だか心霊漫画の話で盛り上がっている内にお湯が溜まって給湯が止まったので「お先に〜」と言って青葉はバスタオルを出してもらってそれを持ち、お風呂に入った。
 
しかし彪志にも言われたけど、我ながら今月はハードスケジュールだよなと思う。先週は菊枝にカバーしてもらったが、週末の度に北海道、大阪、沖縄と出かけるのは、若い青葉にとっても、なかなかの体力的負担である。しかしアイドルの春奈はそれを年中やってるのだから凄い。アイドルって体力勝負の仕事だなと思った。しかも自分の仕事などもそうだが疲れているからと言って、そんなそぶりを客に見せる訳にはいかない。いつも元気いっぱいの自分を見せておかなければならない。霊能者の所に相談に来て、その霊能者本人が暗い顔をしていたら、客は逃げてしまう。
 
政子さんがそんな生活を4ヶ月やったので消耗して、そこから浮上するのに3年の月日が必要だったのも無理ないという気がしてきた。冬子さんの方は自分と似たタイプで、パワーがあって切り替えが速いけど、政子さんはデリケートな精密機械だから、あまり無理させられないタイプだ。
 
冬子さんは「複雑すぎて自分でも仕組みが良く分かってない」というローズ+リリーの運営資金や報酬の流れを一度説明してくれたが、結果的に自分たちのペースで仕事をすることができる体制になったのは良いことだと青葉は思った。 
ただローズ+リリーの方は良いのだが、ここ1年ほど政子さんがローズクォーツの方にも(音源製作のみではあるが)引っ張り出されているのは負担になっているのではという気もする。今度ケイさんだけと会った時に言っておいた方がいいかもと思った。
 

お風呂からあがり、新品のベビードール(春に持って来たのとは別のタイプ)を身につけて出て行くと、彪志がわあ!という顔をしている。布団は既に敷いてあった。今日青葉が来ることを意識してか、新品のシーツが敷かれている感じだ。
 
「俺も汗流してくる」と言ってお風呂場に飛び込む。
 
青葉は微笑んで部屋の灯りを消してから、ベビードールのまま布団の中に潜り込み、、目を瞑って待った。5分もしない内に浴室のドアが開き、彪志が布団の所まで来た。彪志は裸のようだ。布団の中に潜り込んでから遠慮がちに「してもいい?」と訊く。
 
青葉は微笑んで答えた。
 
「私の身体は彪志のものなんだよ。だからいつでもしたい時にしていいんだよ」
 
彪志はごくりと唾を飲み込み
「じゃ、しちゃうよ」
と言う。
 
青葉は返事代わりに彪志の顔を両手でつかみ、ディープキスをした。彪志も最初は遠慮がちに舌を入れて来て、ふたりは身体を絡め合わせた。
 

自分のヴァギナが性的に興奮すると充分濡れることは確認済みだったが、今回は初めてなので念のため、ローションを入れておいた。おかげで彪志の肉体はスルリという感じで入って来た。きゃー。
 
ダイレーションで毎日、おちんちん類似物は入れているものの「本物」は初めての経験。でもきっとうまく行く。そう思って青葉は彪志にされながら背中を撫でていた。
 
彪志はあっという間に逝ってしまった。ええ?もう逝っちゃったの?と青葉が拍子抜けするほどだったが、かなりお預けを食わせていたし、精神的には今日の午後会った時からずっと前戯をしていたようなものであろう。
 
まだ性転換手術から4ヶ月しか経っていないので当面は1日1回までと医師から厳命されていて、そのことは彪志にも言ってある。彪志はなごり惜しそうに自分の肉体を青葉の中から抜いたが、青葉はそれをティッシュで拭いてあげてから、口に咥えた。「わっ」と彪志が声を立てる。
 
優しく優しく舐めてあげる。
 
「き、気持ちいい・・・」
と彪志は言っているが、出した直後なので、まだ柔らかいままだ。青葉はそれが回復して硬くなるまでずっと舐めてあげた。そして彪志はまた青葉の中で逝ってしまった。
 

その夜は、その後、手で刺激して大きくしてから素股で1度やり、そのあと彪志も青葉のを舐めてあげたいというので、彪志が下になる形でシックスナインをした。最後はコンちゃんを付けて、バックでAの方に受け入れて結合したものの、さすがに4回も逝った後なので、彪志は逝けなかった。それを悔しがっているのが、ちょっと可愛く思えた。
 
横に抱き合ったまま寝た。ちょっと腕が痛かったものの、とても幸せな気分だった。 
こうしてふたりの「初夜」は過ぎていった。
 

朝目が覚めるとまだ彪志は寝ていた。腕を彪志の身体の下から外すが、当然のことながら痺れている。青葉は彪志を起こさないようにそっと布団から抜け出すと服を着て、トイレに行った後で、朝御飯を作り始めた。
 
お米を研いで御飯を炊き、時間を見計らってからタマネギと若布の味噌汁を作る。冷凍室から鰤の切り身を出して、それを照り焼きにする。この鰤は予めクール宅急便で送っておいた、氷見の鰤である。能登半島の寒鰤は12-1月がいちばん美味しいが、11月になるともう既にかなり脂が乗ってきている。
 
ちょうどお魚が焼き上がった頃、彪志が起きてきた。
 
「あ、惜しいなあ。『あなた、朝ご飯とお味噌汁が出来たわよ』と言ってキスして起こすのやってみたかったんだけど」
と青葉が言うと
 
「あ、それやってやって」
と言って彪志は再び布団にもぐりこむ。青葉は微笑んで、彪志にキスをして「あなた、朝ご飯とお味噌汁が出来たわよ。お魚も焼けたわよ」と言った。 
「ありがとう、マイハニー」
「おはよう、マイダーリン」
 
その日は午前中楽しくおしゃべりをして過ごし、お昼は千里・桃香と会って一緒に昼食を取り、それから青葉はスリファーズの公演がある横浜に向かうことにする。彪志は千葉駅まで送って行く、と言っていたのだが、結局横浜まで付いてきた!
 
公演の後、春奈のヒーリングをすることになっているホテルの前で握手して別れた。青葉が着いたのは公演が終わる30分くらい前だったのだが、そこに先に会場から出てきた冬子がやってきた。
 
「青葉〜、いいところに。私のヒーリングして〜」
「ええ、いいですよ」
と言って、ソファに寝かせていつものヒーリングをする。
 
「今回は自分のライブ以上に疲れたよ」と冬子。
「春奈ちゃんの体調を気遣ってあげないといけないから、精神的に消耗しますよね。春奈ちゃん、割と無理しちゃう方だし」
「そうなのよ」
 
と言ってヒーリングされながら冬子は何かのアレンジ譜を書いている。 
「でも忙しいですね。編曲ですか」
「そそ。できたての曲」
「へー」
「いや春奈がツアー完走記念と、性転換のお祝いに何か曲を書いてというものだから、ステージ上で即興で作ったんだ」
「すごっ。あれ?性転換したことを公表したんですか?」
 
「うん。今日のステージでした。レコード会社も保護者も承認済み」
「わあ」
「部長から、これ今年中に発売しようなんて言われたから、今日中にアレンジ譜を作って送らなきゃ」
 
「たいへんですね。政子さんの詩?」
「そそ。政子がステージ上で即興で詩を作ってくれたのを彩夏に書き取らせた」
「そのあたりの才能ってふたりとも凄いですよね」
「うーん。正直、天才度では、私は政子にはかなわないと思ってる」
「でも、政子さんの才能を形にするのは冬子さんの才能だから」
「うんうん。私は政子のインターフェイスなんだよ」
 
青葉は頷いた。
 
「それで気になっていたんですけど」
と言って、青葉は政子が『夏の日の想い出』以降、ローズクォーツの音源製作にも引き出されていることで、過負荷になっていないだろうかという懸念を表明した。
 
「こんなこと言うのは、僭越なのは充分承知なんですが」
と青葉は付け加えたが、冬子はしばらく考えている風であった。そしておもむろに言う。
 
「実は私もちょっとだけ心配していた。最初は、ずっとステージから遠ざかっていた政子に歌う感覚を取り戻させる、リハビリ効果を期待して、むしろ引きずり込んでいたんだけど、さすがにちょっと活動が多くなりすぎたかなという気もしていたんだよね」
 
「これからローズ+リリーの方の活動も本格化しますよね。冬子さんはパワフルだから掛け持ち行けると思うけど、政子さんには無理ですよ」
「うん、それは間違いない。また潰れて数年浮上できないと困るしな。その件、ちょっと部長とも話し合ってみる」
「ええ」
 
その件に関してはその日の夜、冬子がレコード会社の部長と電話で話し、その結果を受けて、部長と冬子たちのプロダクションの社長との電話会談が行われ、ローズクォーツの活動から政子が外れる方針が決定され、翌月頭に開かれた「ローズ+リリー制作委員会」でその方針が承認されるに至る。
 

25日は冬子の後で、公演が終了してホテルにやってきた春奈のヒーリングを2時間して(その間、スリファーズの3人に冬子・政子、更にはレコード会社のスリファーズ担当の女性も合わせて7人でひたすらおしゃべりをしていた)、青葉は最終の新幹線で高岡に帰還した。彪志は千葉に帰ると言っていたのだが、実際には青葉の仕事が終わるのを横浜で待っていて、青葉の仕事が終わる頃にメールしてきていて、横浜駅で再合流。そのあと越後湯沢まで付き合ってくれた。 
「こんなに私にくっついてて、お勉強の方は大丈夫?」
「今夜頑張ってやるから大丈夫」
 
高岡まで帰還するのに使える最終新幹線が21:21に越後湯沢に着くので(はくたかに乗り継いで23:38高岡着)、その後彪志の方は越後湯沢から東京行きの新幹線に乗ると、0時すぎに千葉に帰還できるのである。ふたりは新幹線の座席に並んで座り、ひざに毛布を掛けて、それに隠れて少しHなこともしたりしながら、楽しくおしゃべりして時を過ごした。
 
月曜日、青葉が沖縄土産のちんすこう・サーターアンダギー・紅芋タルトを持って学校に出て行くと昼休みを待たずに、あっという間にそのおやつはなくなってしまう。 
「青葉、沖縄で少しは観光できた?」
「してなーい。ホテルとクライアントの所2ヶ所に行っただけ。お土産は人に頼んで買ってもらった」
 
時間の取れない青葉に代わって、レコード会社の現地スタッフさんが買い物をしてくれたのである。彪志の所に持ち込んだタコライスやゴーヤチャンプルー、ジューシーもスタッフさんが近所のスーパーのお総菜コーナーで買ってきてくれたものであった。
 
「ホテルでは寝れた?」
「うん。今回は特に2日目にぐっすり寝れたよ。エステの全身マッサージコースも受けられたしね」
「良かったね」
「わあ、エステとかしたんだ?」
「気持ち良かった〜。顔から足までずっとマッサージしてもらって。マッサージされながら眠っちゃったけどね」
「へー」
 
「首里城とか美ら海水族館とか見た?」
「見てない、見てない。空港とホテルと病院を行き来しただけ」
「やはりもったいないことしてる」
 

少し時間を戻して11月上旬。10月末の模試の成績が帰って来て、美由紀はついに偏差値65を越えた。
 
「偏差値66か。ほんとに頑張ったね、美由紀」
と日香理も青葉も褒める。ちなみに日香理と青葉はふたりとも偏差値73であった。 
「これで合格できるかなあ」
などと美由紀が言うので、
「美由紀は内申点が低い分をカバーしないといけないから」
と日香理が言う。すると美由紀は
「内申点って?」
などと言い出す。日香理は頭を抱えた。
 
「あのね。高校入試は、実際の試験の点数と中学時代の成績との合計で合格を判定するの。試験が200点満点、中学の成績から出る内申点が150点満点。その内、純粋に成績の部分は135点で、部活や学園生活などの採点が15点。美由紀は2年の時や3年生1学期の点数が悪いから、内申点が低いよ」
 
「えー?それどうやったら挽回できるの?」
「2年の成績も3年生1学期の成績も今からは挽回のしようがない。だからそちらが低い分を入試でカバーしないといけない」
「きゃー。どのくらいカバーしないといけないの?」
 
「うーん。。。美由紀、2年生の時の中間・期末の成績は?」
「えっと。。。だいたい平均60点くらいかなあ」
「3年生になって1学期の成績もそのくらい?」
「うん」
 
「美由紀は遅刻欠席がほとんど無いし、美化委員とか保健委員とかもちゃんとやってたし、部活も美術部で頑張って副部長を務めてコンテストで入賞経験もあるし、学園生活の点数は満点に近い点数もらえると思う。成績の方は2年生の成績が9教科×5点の45点満点、3年生の成績は90点満点なんだよね。2年と3年の前半が100点満点の60点なら、45点満点では27点。美由紀、2学期の中間テストはほぼ満点だったし、期末も満点を取るものとして計算すると、内申点の合計は114点になる」
 
と日香理は携帯の電卓を叩きメモも取りながら言う。
 
「T高校の合格ラインはだいたい入試点と内申点を合わせて350点満点の290点くらいだと思うのよね。すると試験では200点満点の176点取らないといけない。つまり100点満点に換算すると平均90点くらい取らないと合格できない」
「ひぇー!」
 
実際には美由紀は美術とか家庭は通知表の5を取っていたはずなので、もう少し内申点は良いだろうと思ったが、ここは低めの点数を言っておいた方が無難だと日香理は思った。
 
「諦める?」
「諦めない。青葉や日香理と同じ高校に行きたいもん、私」
「じゃ頑張ろう」
「うん。頑張る!」
 
そういう訳で、美由紀はまた新たな目標に向けて勉強を頑張り始めたのであった。 

その夜、青葉は睡眠中にふと意識が覚醒した。
「あ・・・いつもの『夢』の中だ。今日は誰の夢の中だろう。彪志かな?」
 
などと思いながら、見回す。あ!美由紀か!
 
その美由紀は勉強机に向かって、はちまきをして、そのはちまきにボールペンを2本立てて(何のおまじないだろう?)、どうも数学の図形問題を解いている雰囲気だった。
 
『美由紀、頑張ってるね』
『あ、青葉! 図形問題って難しい』
『図形問題はね、漠然と問題文を読むんじゃなくて、実際に問題文に描かれている図形を頭の中でもちゃんと描いてみて把握することが大事。その把握がうまく行けば、かえって連立方程式とかより楽に解けるんだよ』
『私たぶんそのあたりが苦手』
 
『おかしいなあ。美由紀は絵がうまいから、そのあたりの空間認識は得意だと思うのに』
『だってPとかQとか、xとかyとか記号見ただけで頭痛くなる』
『ああ、そういう人は多いよね。多分苦手意識があるから、よけい空間認識が阻害されてるんだよ。一度できるようになると、逆に美由紀にとっては得意分野になると思う』
『その一度できるようになるのができない』
 
『そうだなあ』
と青葉が思った時、青葉の心の奥の方で「鈴」が鳴った。あ、そうか。これ、「鈴」で出来るかも。
 
『じゃ美由紀、そのあたりが分かるようになる魔法掛けてあげる』
『おお、青葉の魔法は効きそうだ。やって』
『目を瞑って。心を静かにして』
『うん』
 
青葉は「鈴」を起動して、美由紀の頭脳の中のニューラルネットワークに意識を集中する。空間認識を司るのは・・・・ここだ。ここと・・・・数学的な把握は・・・・ここか。この間にリレーションを作ってあげればいいんだよね? 
「鈴」を青葉のイメージの中で可能な限り巨大にして、それによって周波数をぐっと低くする。まず一方のネットワークでいったん鳴らす。そしてもう一方のネットワークでも鳴らす。同じ周波数の鳴動を経験したことで、両者のつながりができやすくなったはずだ。
 
『魔法掛けたよ』
『サンキュー。あ、気のせいかな。PとかQとかの記号見ても、そんなに嫌な気分がしない』
『良かったね』
『よし、頑張るぞ!』
『うんうん。ファイト!』
 
青葉は微笑んで美由紀の傍を離れた。美由紀が「気のせいかな」と言ったが、実際問題として、こういうのは「気のせい」の部分が大きいのである。多分鈴の作用より、青葉が魔法を掛けてあげたということで、美由紀の意識が変わったはずだ。
 

季節はめぐって12月となる。11月末に行われた期末試験の結果が出そろい、進路について三者面談が行われる。
 
日香理の場合は、高校を出た後の進学希望する大学について、本人が東京の某国立大学を希望しているのに対して、親は地元の国立大学でいいじゃない、などという意見の不一致はあったものの、T高校の社文科を受験するという点では親子間の妥協が成立していたため、大学についてはまた高校在学中に考えましょうよと担任が言ったこともあり、基本的には円満に終了した。 
青葉の場合は、そもそも既にT高校社文科に内々定しているので、話は高校に進学してからの勉強の仕方や生活などに関するものが主であった。性別問題についてはT高校側が、青葉が性転換手術済みでもあるし、あまりにも完璧に女子なので「何も配慮しません。普通に女子生徒として扱います」と言っているということを先生が伝えると、母も「ああ、それでいいです」と言って笑っていた。
 
青葉の「お仕事」について先生が「霊的な仕事は可能なら少し絞った方がいい」
と言い、母もそれに同意だと言った。青葉は双方から言われると「確かにそちらに振り回されて勉強する時間がなくなると辛いし」と言い、何らかの形で仕事を絞り込む方策をとることを約束した。
 
美由紀の場合は、そもそも親が近隣の高校の難易度を全然把握しておらず、親は近くのL高校でもいいと思っていたものの、娘がT高校に行きたいと言っているので、そう遠くでもないし、それでもいいかなと思っていたなどということだったが、現在の美由紀の成績ではボーダーラインだと言われ、私立の併願を勧められた。
 
「でも、お嬢さん、ほんと頑張りましたよ。1学期末の成績では絶対無理という感じだったのに、この4〜5ヶ月間で物凄く成績を上げましたからね。2学期の期末テストも、校内で10位以内に入ってますし」
と先生が言うと親は
「ああ、確かに最近よく勉強してるなとは思ってました」
などと言う。現在テレビはずっとカバーを掛けていて、パソコンや携帯も没収していることについては、先生も「家庭でそれだけ協力してくれるというのは素晴らしいことです」と評価してくれた。
 
ここまで来たら可能性は微妙でもT高校を受けてみようということについて、三者の意見が一致する。ランクを落としてM高校あたりを受けるのであれば私立併願する必要も無いが、T高校やそれに準じる水準のC高校なら、中学浪人するハメにならないように学費が少し大変ではあるが私立併願した方が良いという先生の意見に親も同意したので、その方向で進むことになった。 
もっと大変だったのは呉羽だった。呉羽の父は、息子の勉強のことについて全く把握していなかったようで、T高校の理数科を志望しているということも全然知らなかった。
 
「T高校は電車に乗って通学になるじゃん。L高校なら歩いて通学できるのに」
などと父から言われたが、自分は医者になりたいから、T高校の理数科に行ってたくさん勉強したいというが「そんな医学部なんて金の掛かる所にはやれん」
などと言い出す。それで呉羽が「医学部でも国立は、他の学部と学費が同じ」
と説明すると、それも知らなかったようで「へー!」と驚いた様子だった。 
予定時間を大幅にオーバーしつつ、先生は父の説得を続けた。彼の成績は良いので、県内随一の難関であるT高校理数科にも充分通る可能性があるし、万一落ちても普通科が併願できるので普通科には風邪など引いたりしない限り、彼の成績ならほぼ確実に通るということ。T高校からは国立大学の医学部に毎年何人も入っているということ、T高校に通っていれば塾などまで行く必要は無いし、今は公立高校は授業料が実質無料で、補習代とかは幾ら幾ら程度、そして国立大学医学部は他の学部と同額だし、彼が希望している大学なら自宅からも通学可能だから、本当に費用が掛からないということまで説明して、やっと父は彼のT高校理数科受験を認めてくれた。
 
なお、C高校にするかT高校にするか迷っていた明日香と星衣良は、いづれもT高校を狙うことにした。またC高校志望と言っていた勉強会のメンツ世梨奈は、担任から「2学期になってから急成長したから、今のままならT高校でも行けるかも」と言われ、最終的な決断は2月の願書提出時点ですることにした。世梨奈は内申書的には美由紀よりずっと条件が良いのである。
 

そして12月16日・日曜、最後の模試が行われる。この模試は多くの受験生にとっては、志望校決定の材料ではなく、むしろ本番試験の予行練習としての意味合いを持つ。年明ければ、もう私立高校の推薦入試が始まる。
 
青葉は美由紀が試験終了後、とても良い顔をしていたので、ああこれだと美由紀とまた高校も一緒に通えるかな、という気持ちになった。
 

その夜、青葉はまた「夢」を見ていた。
 
あ・・・またいつもの夢だ。今日は誰の夢だろう? と思っていたら、T高校の制服を着た女の子が鏡をのぞいている。あれ? 日香理かな?紡希かな?あるいは美由紀がもう合格した気になってるのかな? と思ったら意外な人物だった。
 
『呉羽、可愛いじゃん』
と呼び掛けられて、呉羽は慌てていた。
 
『あ、青葉か。びっくりした』
 
呉羽は青葉たちのグループの勉強会にほぼ毎回参加しているが、そのメンバーとは、最近ようやく名前で呼び合うのが自然にできるようになってきていた。 
しかし呉羽の夢に侵入したのは初めてだ。私、男の子の夢にはあまり侵入しないんだけど、呉羽はやはり私の心の中では女の子に分類されてるのかな? 
『高校入ったら、こっちの制服で通学するの?』
『できたらいいなとは思うけど無理だろうな』
『なんで? 自分は女の子だから、こちらの制服を使いますって宣言しちゃえばいいよ。私のことで、T高校の先生たち、かなり性同一性障害について勉強してくれたみたいだから、きっと受け入れてくれるよ』
 
『うーん。学校の前に親を説得できない』
『ああ』
 
『親は僕が時々女の子の服を着ていること全然知らないから』
『時々どころか最近、下着はずっと女物だって言ってたね』
『うん。体育のある日以外は女の子下着つけて学校に行ってる』
『よくバレないね』
『僕が洗濯して干して取り入れるから』
『ああ、両親共働きだし、そういうの全部呉羽がするのね』
『うんうん』
 
青葉は少し考えていた。
 
『呉羽としてはどうなの?女の子の服を着たいの?女の子になりたいの?』
『女の子になりたい。実はね・・・こないだ青葉に教えてもらった輸入代行店で女性ホルモン買っちゃった』
『へー。もう飲んだ?』
『飲んじゃった。飲み始めて最初の数日はなんかすごくオナニーしたくなっちゃってたくさんしたけど、その後はもうしなくてもいい感じになって。もう1ヶ月くらいオナニーはしてない』
 
『ふーん。何飲んでるの?』
『ダイアン35のジェネリック』
『ああ。男の子を辞めるのにはいちばんいいホルモンだね』
『でもこれではおっぱい大きくならないみたい』
『おっぱい大きくしたかったら、プロゲステロン飲まなくちゃ。もちろんエストロゲン飲んでる前提でね』
『そうだったのか』
 
『もしかして医学部志望ってのはお医者さんになって自分で自分を手術して女の子になるためとか』
『それは考えたことあるけど自分の手術はさすがに無理だと思う。でも、お医者さんになってお金貯めて性転換手術受けたい、みたいな気持ちはある』
『ああ。確かにふつうの人にとっては性転換手術代を貯めるのも大変だよ。高すぎるからね』
 
『青葉はそんな経験無い? 僕自分であれを切っちゃおうとしたことある。勇気がなくて切れなかったけど』
『それはこういう傾向の子、みんな経験してると思うよ』
『やはりそうだよね・・・』
 

その時、青葉はちょっと親切心を起こしてしまった。
 
『私が切ってあげようか?』
『へ?』
『この夢の中でだけど(ふふふ。夢の中限定で済むといいね)』
『ああ・・・性転換手術されちゃう夢は何度か見たことある』
『じゃ今夜ももう一度そういう夢を見よう』
『あ・・・うん』
 
『そこの手術台の上に寝て』
 
見ると近くに手術台があり、上に無影灯が付いている。
『えー?でも・・・・』
『おちんちん必要?』
 
『おちんちんは別に無くてもいい』
『おちんちん使ったオナニーできなくなるけどね』
『オナニーはもうしないと思う。女性ホルモン飲み始める前もずっと止めたいと思ってたけど、どうしても止められなくて辛かったんだ、しちゃう度に凄く悲しい気分になってたから、女性ホルモンのおかげですごく楽になった。勉強も進むようになった』
 
『ふーん。じゃ、おちんちん無くなってもいいね?でも無くなるとお婿さんになれないよ』
 
『お婿さんになるのって想像がつかない。花嫁さんになる夢は見たことあるけど』
『おちんちん付いてたら花嫁さんになれないよ。やはり取っちゃおうよ』
『そうだなあ・・・・』
『要らないものをくっつけてても邪魔なだけだよ。おちんちん付いてたら、女の子パンティ穿いても、盛り上がりができちゃうでしょ?』
『うん。なんかみっともないよね』
『じゃ取っちゃえばいいのよ』
『えーっと』
『私に任せて』
『うん』
 
呉羽は不安げな顔で手術台に横たわった。
 

青葉は呉羽を寝せたまま、スカートを脱がせ、パンティも脱がせて下半身裸にしてしまう。パンティはレースたっぷりのエレガントなのを穿いてる。呉羽の趣味だろうか。
 
男性器が露わになる。ふふ。こんな可愛い子にこんなものが付いてるなんて許せない。取ってあげよう。などと思ってから、これ松井先生と同じ発想じゃん!と思って心の中で笑ってしまった。まずは陰毛をきれいに剃ってしまう。まるで小学生のおちんちんみたいに毛の無い状態になった陰部を見て、呉羽がわあぁなどと言っている。
 
『麻酔打つね』
『うん』
『手術経過が分かるように下半身麻酔でしてあげる』
『えー?全身麻酔じゃないの?』
『これ夢の中だからさあ。全麻しちゃうと、呉羽の存在がこの夢の中から消えてしまって、手術できないのよ。痛くはないから』
『分かった』
 
ほんとうは全麻しても夢から消えないのは経験済みなのだが、このあたりは単なる青葉の趣味である。
 
『それに手術されてる所を見たら、医者になるのにも勉強になるよ』
 
『ちょっと待った。青葉って手術経験あるの?』
『夢の中での手術なら今まで10回くらいしてる。リアルでも実は1度経験ある』
『へー!』
 
性転換手術は初めてだけどね、と心の中で付け加える。
 
青葉は呉羽に硬膜外カテーテルを入れ、下半身麻酔を掛けた。硬膜内まで針を入れて麻酔を掛けるのはこれまで何度もしているのだが、硬膜外は初めてだ。しかしうまく行った感じである。
 
『ここ感じる?』
『感じない』
『ここは?』
『感じない』
『じゃ始めるよ』
『ね。目を瞑っててもいい?』
『問題なし』
『じゃ目を瞑ってる。やはり自分が切られてる所見たら気分悪くなりそうだもん』
 
ああ、それが普通の感覚だよねー。私はきっと異常なんだ。
 
青葉はまず陰嚢の中心線に沿ってメスで切開し、中に入っている睾丸を袋から取り出す。そして精索をハサミでちょきん!と切ってしまった。睾丸はゴミ箱に捨てる。ふふ。これで呉羽をこれ以上男性化させてしまうものは無くなったよ。きっと(リアルでも)ヒゲは生えなくなるよ。呉羽まだ体形がそんなに男っぽくないから、とても女の子らしい女の子になれるよ。
 
それから陰茎の皮にメスを入れ、皮を剥いでしまう。更には尿道も本体から分離して、更に切開して短冊状にする。それから亀頭を切り離し、陰茎海綿体は根元からチョキンと切り離してこれもゴミ箱に捨てた。
 
呉羽のおちんちんバイバーイ。これで君はもう男の子じゃなくなったよ。 
シリコンの棒に尿道を切り開いたもの、陰嚢の一部、そして陰茎の皮を組合せて巻き付け、筒状にして縫い合わせる。血管や組織も青葉の力を使ってつなぎ本当に一体化させる。女性のヴァギナがあるべき位置に器具を使って深さ10cmほどの穴を開け、この筒状のものを埋め込み、ここからは霊能者だけができる操作で、呉羽の体内でこのヴァギナと周囲の神経や血管をつないで行った。こういう作業はふつうの外科医にはできない。前立腺がいわゆるGスポットのあるべき場所に来るよう留意した。ヴァギナには詰め物をする。
 
更に亀頭の一部を切り取り、女性の陰核があるべき位置に設置して、ここも血管や神経をつないでいく。亀頭の残り部分はこれもゴミ箱にポイ。尿道の余っている部分をラッパ状に広げて固定し、尿道口とする。最後に残っている陰茎の皮・陰嚢の皮を折りたたんで小陰唇・大陰唇を作り上げ、陰核・尿道口・ヴァギナのある部分を覆い隠す。ここも血管や神経をしっかりつなぐ。 
これで女の子完成である。
『手術終わったよ』
と呉羽に声を掛ける。
 
『え?もう?』
『見てごらん』
と言って身体を起こして見せてあげる。
 
『きゃー、女の子みたい』
『だって女の子にしちゃったんだもん』
『なんか信じられない』
『これで女の子パンティを穿いても盛り上がりはできたりしないよ』
 
『なんか嬉しい・・・これ夢じゃなかったらいいのに』
『そうだね(夢じゃないかもね)』
 
そこまで会話したところで青葉は目が覚めてしまった
 

翌日・月曜日。呉羽は学校を休んでいた。うーん。「手術」の痛みが残っていたりしないよな? と青葉は少しだけ心配になったが、火曜日は普通に出てきていた。しかし雰囲気が先週までと明らかに違う。呉羽は元々仕草の中にしばしば女っぽい動作が含まれていたのだが、その日の呉羽は100%女という雰囲気で、実際問題として男子の制服は着ていても男装女子みたいに見えてしまった。その日の勉強会でも、他の女子たちに指摘される。 
「呉羽、本当に女の子になっちゃったみたい」
「何かあったの?」
「ううん。別に」
 
その日、呉羽は勉強会ではスカートを穿いていた。ふだんは学校からまっすぐ来るので平日は学生服で、土日の勉強会では中性的な服装(たまにスカート)だったのが、今日は女の子の服を持参してきていて、着替えていた。胸にもパッドを入れていて、普通に膨らみがあるように見える。
 
「呉羽、もし学校にも女子制服で出てきたかったら、私の洗い替え用の予備を貸そうか?」
「いや、いい。まだそこまでの勇気が無くて」
 
「『まだ』ってことは、その内女子制服にしたいのね?」
「うん・・・・でも、それいつになるか分からない」
「おお、頑張れ。頑張れ」
 
その日、呉羽は青葉と視線が合わないように避けていた感じだったが、青葉がよそを見ている時は青葉の方にしばしば視線をやっているのが感じられた。 
この後、呉羽は勉強会には必ず女の子の服で参加するようになった。
 
「学生服の下でもブラジャー付けてパッド入れてるね?」
「うん」
「下も女の子パンティだよね」
「うん」
「女の子パンティ穿いてたら、トイレはどうしてるの?」
「最初の頃はパンティの上から出してたんだけど・・・実は今月初め頃からは個室を使うようになった」
「そうだね。女の子は立ってしないからね」
「うん」
 
「実はもう立って出来ない身体になってたりして」
と青葉が試しに言ってみたら、呉羽は俯き加減で恥ずかしそうな顔をしていたので、周囲の女子は呉羽の態度を測りかねていた。
 

この年は土日の関係で12月21日金曜日が終業式だった。
 
学校は冬休みに入るが、青葉たちのグループは毎日誰かの家に集合して勉強会を続けた。奈々美たちのグループも勉強会を冬休みの間は毎日するということで、世梨奈は前半奈々美たちの方に出て、後半は青葉たちの方に出るというのをしていた。向こうの勉強会で分からなかった問題をこちらに持ち込み、解いてもらった結果を向こうに電話で伝えたりもしていた。
 
そして呉羽はずっと女の子の格好で出てきていた。
 
「前から疑問に思ってたけど、その格好で家から出てきて、その格好で家に帰るの?」
「私の家、以前半分人に貸してたから、玄関がふたつあるの。そして私の部屋って以前その人に貸していた部屋だから、直接そちらの玄関から出入りできるのよね。それで親に見られずにこの格好で出入りできる。それに両親とも仕事してるから、昼間は誰もいないし」
「はあ」
 
最近呉羽は、勉強会ではこんな感じで女言葉で話すようになっていた。声は男声なのだが話し方が女の子っぽいので(いわゆる「フィッシュアイ話法」に近い)、普通に聞いている分には、女の子が話しているように聞こえてしまう。この話し方は(呉羽を締め上げて白状させて判明した結果)、実は小さい頃から、結構していたらしく、声変わりする前は、女装していなくても話し方で女の子と思われていたらしい。
 
「呉羽、兄弟とかいなかったんだっけ?」
「上にお姉ちゃんが2人いるけど、2人とも大学生で、富山市内と金沢市内のアパートに住んでる」
「何年生?」
「大学3年と1年」
 
「あ、もしかして呉羽がこうやって女の子してるの、下のお姉さんが家を出て監視の目が無くなったからだったりして」
「う・・・それは実はある。今年の春からFでの外出が増えた」
 
Fというのは女装という意味である(男装はM)。
 
「でも親にはカムアウトしないの?」
「なかなか勇気が無くて・・・」
「でも、せめてお母さんには言っておいた方がいい気がするよ」
「うん。でも実はね・・・」
「うん?」
「お母ちゃんには、なんかバレてるような気もしてる」
 
「ああ、それはだいたいバレてるもんなんだよ」
と青葉は言った。
 

クリスマスイブには勉強会兼クリスマスパーティという感じになる。本来ならみんなでクリスマスの料理を作るのだが、受験勉強中ということで各々のお母さんやお姉さんにお願いして作ってもらい、持ち寄った。ケーキはみんなでお金を出し合って、これも買ってきてもらった。
 
まずはケーキを8等分してシャンメリーで乾杯する。
 
「ね、ね、ここにいる全員ちゃんと志望校に合格できたらお祝いパーティーでまたケーキ食べようよ」
と美由紀が言うので
「それ、いちばん危ないのがあんたでしょ」
などと言われている。
 
「でも美由紀もボーダーラインっぽいけど、私もT高校だとボーダーラインだからなあ」と世梨奈。
「C高校なら充分合格圏に入っているけど、みんなと一緒に勉強してて私もみんなと同じ所に行きたい気分になってきた」
 
「世梨奈、奈々美たちの勉強会のほうはどう?」
 
「あちらでは基礎を再度鍛えられてる感じかな。こちらでは実践的なものが多いし、両方に出てることで私はバージョンアップしてる感じ」
「向こうはどこ受ける子が多いの?」
「C高校半分とM高校半分って感じ。奈々美は今ボーダーラインでどちらにするか悩んでる」
 
「呉羽は今男の子と女の子のボーダーラインだよね」と星衣良が言う。「ああ、呉羽は夏頃はまだ男の子だったけど、もう少し頑張れば女の子になれるね」
「何を頑張るの?」
 
「おっぱいマッサージして大きくするとか、取り敢えずおちんちんは取っちゃうとか」
「取り敢えず取っちゃう訳?」
「おちんちん無ければ私たちと一緒に温泉に行けるし」
「でも呉羽はおちんちん付いてても修学旅行で女湯に入ったね」
「青葉もまだおちんちん付いてた頃から女湯にいつも入ってたね」
「まあ気合いだよね、女湯に入るのは」
「でも青葉はおっぱいあったからね」
「呉羽もやはりおっぱい大きくして一緒に女湯に入ろう」
 
そんなことを言われて、呉羽は恥ずかしそうに俯いて顔を赤らめていた。 
「そうだ。春休みにみんなで温泉に行かない?」
「あ、美由紀の親戚の温泉宿、しばらく行ってないけど、また行きたいね」
「奈々美たちのグループも誘おう」
「その時は呉羽には女湯に入ってもらおう」
「おお、そうしよう」
 
「う、うん」と呉羽が少し恥ずかしがりながらも同意するかのような返事をしたので、他の女子たちは「へー」という感じの顔をした。
 

その日の夜は彪志と電話で長時間話して愛を確かめ合った。
 
「バーチャルセックスしちゃおうか?」
「それどんなの?」
「彪志がテンガに自分のを入れて出し入れしたら、私はダイレーターを自分のに入れて出し入れするから。私、電話を通して彪志の呼吸は分かるから、ちゃんと彪志がしているのに合わせて出し入れできるよ」
 
「あ・・・・テンガはもう全部使っちゃったかな」
「ああ。それは残念だったね」
 
「じゃ何もしないの〜?」
「そうだなあ。私が見ててあげるから、カメラでそちらの様子を動画撮影しながら、セルフサービスで」
「うーん。。。それは詰まらない気がする」
 
「しょうがないなあ。この力をこういうことに使いたくないんだけど。そこでパンツ脱いで横になって。気持ち良くしてあげるから」
「あ、それは新展開だね」
「もっとも、ひとつ問題点があるんだけどね」
「なあに?」
「私の力使って気持ち良くしてあげるとさ、それやってることが菊枝とか師匠とか他の兄弟子・姉弟子とかにも筒抜けになるんだよなあ(見ようと思えば見れるだけで実際にはわざわざ見ないだろうけど)」
 
「やめ!それはやめとこう」
 

翌25日。青葉が欲しい本があったので、ちょうど母がイオンモールまで行くと言っていたので車に同乗させてもらい一緒に出かけた。現地で母と別れて2Fの喜久屋書店に行き、目的の本をゲットした後、少し雑誌など眺めていたら肩をトントンとされる。
 
「あ、奈々美」
「へー、青葉も漫画は読むのか」
「私だって漫画くらい読むよ〜たまにだけど」
「やはり」
 
最近あまり話していなかったので、話がはずむ。はずみすぎてここじゃ迷惑だから場所を移動しようということになり、サブウェイに行ってローストビーフのサンドイッチを食べながら、また更におしゃべりを続ける。かなり話した後で 
「あ、そうだ、私、ナプキン買っとかなくちゃ」
と奈々美が言うので付き合う。
「ついでだから私も買って行こう」
と青葉。
「そうか。青葉、生理があるって言ってたね」
「そうなんだよねー。だいたい28日周期で来る」
「凄いね」
 
「何か病変とかがあったらというので経血を病院で検査されたけど、普通の女性の経血と成分がほとんど同じと言われた。なぜこういうものが身体から出てくるのか理解不能と言われたけどね」
「ああ、それは青葉のヴァギナは四次元子宮につながってるんだよ」
「うむむ」
「だからきっと四次元妊娠可能だよ」
「うむむ!」
 
1階に降りて食品・雑貨の売場に行き、ついでに少々おやつを調達した上で、ナプキンを選ぶ。
 
「へー、奈々美はソフィ派か」
「うん。ボディフィット。このスリムの羽付きが好き。青葉はロリエなんだ」
「うん。スリムガード。私も羽付き。羽無しだとどうしても外れちゃって」
「そうなんだよね〜」
 
などと会話を交わしていたら、目の端に何だか逃げようとする雰囲気の女の子の姿を捉える。青葉は反射的に彼女に飛びついた。その子はウィスパーの昼用ナプキンを手にしていた。
 
「呉羽〜、ナプキン選んでたの?」と青葉が言うと
「あ・・えっと・・・」と呉羽は焦っている雰囲気。
「へー、呉羽、ナプキン使うんだ?」と奈々美が不思議そうに言う。
 
「こっちの勉強会に奈々美来てないから知らないよね。最近、勉強会ではもうほとんど女の子になっちゃってるんだよ。ここ10日程、ずっと女の子の格好で出てきてるし」
「へー。凄い」
「学生服で学校に出てきても、勉強会では女の子の服に着替えてる」
「おお」
 
呉羽が弁解がましく言う。
「ちょっとあの付近から出血して・・・とりあえず昨日はお母ちゃんのを無断拝借して当ててたんだけど、まだ止まらないから買いに来た。近所だと知ってる人に会ったら恥ずかしいと思って・・・・」
 
「それでここに来て、やはり知ってる人に会ったと」
 
「出血? 病院に行かなくて大丈夫?」と奈々美が心配そうに言う。
「多分」と呉羽。
「呉羽は女の子だから出血するのは別に普通だよ」と青葉が言う。
「そ、そう?」
「じゃ、お大事に〜」
 
と言って解放すると、早歩きでレジの方に行ってしまった。
 
「青葉、呉羽に何かした?」と奈々美。
「うーん。ちょっとした親切心かな」と青葉。
 
「やはり。まあ、いいよね。ああしてるの見たら、女の子にしか見えないし。でもそうしたら、あの子、高校は女子制服で通うつもりかなあ」
 
「通いたい気分になってきてるみたい。勉強会のメンツで散々唆してるし」
「ああ、たくさん唆すといいよ」
と言って、奈々美は笑った。
 
 
前頁次頁目次