【春音】(上)

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「呉羽〜、チアの練習に行くよ〜」
と青葉は呉羽を誘った。
 
一週間後の体育祭でチアをするメンツが足りないということで学級委員の紡希から青葉が誘われたのだが、ついでに呉羽に「ミニスカ穿いてボンボン持ってチアしない?」と誘ったら「楽しそう。やってみたい気分」などと言ったので「じゃ、やってもらおう」という話になってしまったのである。
 
「え〜?あれ冗談じゃ無かったの?」
などと本人は言うが、
 
「うん。みんな冗談だと思ってくれるから、おおっぴらにスカート穿けるよ」
などと世梨奈が言い、
「修学旅行の時の女子水着姿、違和感無かったよ。可愛くなれるんだから、可愛くなればいいんだよ」
と由希菜からも言われ、
「男女共同参画社会だから、男がチアしたって構わんよ」
などと他の男子からも言われて、
 
「じゃ・・・やってみようかな」
などと少しやる気になった所を、男子数人で拉致して(男子)更衣室に連れて行き、チアの衣装を着せてしまった。
 
女子は廊下で様子を伺っていたが、呉羽は恥ずかしそうな顔をして男子更衣室から出てきた。
 
「こいつちゃんと足の毛剃ってたぜ」
「やはり、やる気満々だったのでは」
などと男子から言われているが、週末に東京に「女装旅行」してきたので、剃っていたことを知っているのは青葉だけである。
 
消え入りそうな顔をしている呉羽を、青葉や世梨奈は
「ささ、一緒に練習しようね〜」
と言って、手を取り体育館へと連れて行った。
 

そんな呉羽も、体育館まで来て、準備運動を始めるあたりで開き直りが出来たようで、アキレス腱を伸ばしたり、手の関節を振る運動、身体を曲げたり回したりする運動などは、しっかりやっていた。その後、柔軟体操ということになるが、青葉が呉羽と組んで柔軟体操をした。
 
「川上、触った感触がほんとに女の子で、ちょっとドキドキしちゃう」
などと呉羽は言う。
「私は元々女の子だからね。でもこの一週間は、呉羽も女の子と同列だからさ、名前で呼び合わない?」
「あ、うん」
「じゃ、私のことは『青葉』って呼んでね。他のみんなもいいよね?」
と青葉が言うと、
 
世梨奈も由希菜も明日香も莉緒奈も「おっけー」と言う。それで呉羽も「分かった。青葉、世梨奈、由希菜、明日香、莉緒奈」
とためらいがちに、ぎこちなく言った。
 
「私たちは呉羽のこと何て呼べばいいの?呉羽、普段女の子してる時は何て名前使ってるの?」
 
「あ・・・いや、そんな普段女の子とかしてないけど」
「別に隠さなくたっていいじゃん、ねー」
「そうだ、そうだ」
「えっと・・・こないだ、バスの予約した時は苗字と名前をひっくり返して使った」
「へー」
 
「呉羽大政(くれは・ひろまさ)を、逆にして大政呉羽(おおまさ・くれは)ということにして」
「ああ、確かに呉羽は苗字にもあるけど、女の子の名前にも使えるからね」
 
などと言っていたら、青葉が何か考えている様子。
「どうしたの?青葉」
「今、画数を暗算で見てたんだけど、呉羽大政より、大政呉羽の方が画数が良いよ」
「へ?」
「呉羽大政だと、人格が9画で凶なんだけどね、大政呉羽なら人格は16で吉だよ」
 
「あ、それならもう大政呉羽に改名しちゃったら?」
「えーー!?」
「あ、それいいね」
「そんな改名と言われても」
「私たちがそう呼んじゃえばいいんじゃない」
 
「で、結局、呉羽って呼べばいいの?」
「ま、そういうことだよね。呉羽は苗字じゃなくて名前ってことでね」
 
「了解〜」
 
ということで、呉羽は女子たちによって勝手に改名させられて、新たな名前で「呉羽」と呼ばれることになった。
 

わずか1週間の練習でチアをやろうというので、あまり大それたフォーメーションはできない。とにかく初日は、腕をまっすぐ延ばして、ハイV(両手斜め上)、ローV(両手斜め下)、タッチダウンモーション(両手まっすぐ上)、ロータッチダウン(両手まっすぐ下)、真横に伸ばしてTモーション、をきちんとできるようにする練習をひたすらした。最後の方になってから、クラスプ・クラップと腕を胸の所に持ってくる動作を練習する。
 
「手がおっぱいの上のあたりに来るようにね」
「僕、おっぱい無い」
「あると思って。何ならバストパッド入れてくる?」
「いや、いい」
「ああ、呉羽はバストパッド持ってるよ」
「なーんだ。じゃ、明日から入れてきなさい」
「えー!?」」
 
「そうだ。明日からは下着も女の子下着つけておいでよ」
「バストパッド使うには当然ブラも必須だよね
「ちょっと待って」
「ああ。持ってるなら、着けてくるように。下も女の子ショーツだよね」
「ミニスカの下に男物ブリーフなんて有り得ないよね」
「ああ、ブルマは私が貸してあげるよ」
 
「そうそう。今日は足を上げる動作はしなかったけど、明日はやるから、ブルマ必須だね」
「えーん」
 
呉羽は元々いじり甲斐のあるキャラなので、みんな楽しくいじっていた。呉羽も女装を唆されるのは悪くない感じで言葉では抵抗しても顔はワクワクした顔をしていた。
 
「この分だと一週間後には立派な女子中学生になってるかも」
などとまで言われていた。
 

一方青葉は、コーラス部の方にも、お昼休みの練習に顔を出していた。体育祭は10月6-7日だが、半月後の10月20-21日には文化祭があり、青葉たちのコーラス部も出場する。3年生はこの文化祭で活動終了となる。歌う曲目は全国大会でも歌った『立山の春/五番・愛』と、親しみやすい曲でということでAKB48の『フライングゲット』を選んだ。各々ソロをフィーチャーし、青葉・葛葉・鈴葉の3人のソロシンガーにそれぞれ出番があるようにする。
 
「鈴葉もだいぶ高い声がきれいに出るようになってきたね」
「夏休みの特訓の成果でE6まで出るようになりましたから」
「F6間近だね」
「出る日もあるんですけどね〜。調子の悪い日は出ないんですよ」
「無理しないようにね。無理すると喉を潰すから」
「はい。無理しません。高い声出した後は、飴玉なめてます」
「うんうん」
 
全国大会3位のご褒美に、コーラス部とブラスバンド部で共同で使える個室練習室が9月の間に、コーラス部の部室となっている音楽練習室の隣に完成していた。4人部屋が6つと8人部屋2つに、中央フロアは15人くらい並べるようになっていて、各々防音が施されており、各部屋には電子キーボードとICレコーダ/プレイヤーにも接続できるスピーカーを設置していた。
 
4人とか8人とかは楽器を持って入った時の人数なので、歌を歌う場合は、4人部屋に6人、8人部屋に12人、中央フロアは24人くらいまでは入る。
 
また2つの8人部屋の間には防音ドアが設置されていて、そのドアを解放すると結果的に1つの部屋に準じて使うことができる。それで、コーラス部ではしばしば、人数の多いソプラノが音楽練習室で、アルトが個室練習室の中央フロア、男子部員が8人部屋のドア開放モードで各々パート練習をしていた。狭い部屋に無理矢理入って寿司詰め状態で歌うのも、結構楽しい感じだった。 
その日もパートに別れて練習していたら、
「部長〜」
と2年男子の田代君に呼び止められる。
 
「何?」
「俺、だいぶ練習して凄く高い声出るようになったから聞いてください」
「うん、いいよ」
 
と言って4人部屋のひとつに一緒に入る。彼は去年、自分のバックアップソロシンガーを育てようという話が出た時に、最初に立候補した子である。当時は E5 までしか出ていなかったので、申し訳無いけどその音域では無理、ということになり、他薦で葛葉を育て始めたのであった。
 
部屋に設置されているキーボードで音程を取ってから、ユーリズミックスの『There must be an Angel』の先頭のスキャットの所を歌い出した。きれいなソプラノボイスである。
 
青葉はパチパチと拍手をする。
 
「すごいね〜、田代君。D#6までちゃんと出てるじゃん」
「これD#6ですよね? D#5じゃないですよね?」
 
オクターブ離れた音というのは、結構聞き分けが難しいのである。
 
「うん。確かにD#6の音だよ。それに声質がちゃんとソプラノだよ」
「やった!」
「どうしたの?去勢した?」
「いや、去勢はしてないです。でも女声の発声を、本読んだり、ネットで調べたりもして、かなり練習しました。今音楽の時間とかコーラス部で歌う歌も、ソプラノ、アルト、テノール、バス、と全部歌って練習してます」
 
「凄い、凄い」
「でもこの上がなかなか出ないんですよ」
「ああ。だいたい人間の声ってEの付近とAの付近に壁があるんだよ。だからその上を出す時には声の『出し方』を変えないと、そのままでは上まで行けないんだよね。何かの拍子に出た時、その感覚を覚えておくようにしよう」
「ああ。やはり壁があるんですね」
「うん。換声点ってやつ」
「かんせいてん?」
「交換の換に声で、換声」
「ああ。声を換えるですか。性別を換えるじゃないですね」
「うん。性別を換えたくなったら、いろいろ教えてあげるよ。手術してくれる病院も紹介するよ」
 
「いや、性別の方はやめときます。姉の服を借りてちょっと着てみたら気持ち悪いって言われたし」
「うーん。女装って開き直りだよ。女に見えるかどうかじゃなくて、本人が自分は女であると主張してればいいんだよ」
「いや〜、ハマったら怖そう」
「ハマっちゃえ、ハマっちゃえ」
「ああ・・・部長に言ったら、女装唆されそうな気はしたんですよね〜」
 
「ふふふ。でも歌でこれだけソプラノ出るなら、女声で話せるんじゃない?」
「それもちょっと練習してるんですけどね〜。話すのはまた別の要領が必要みたい」
「うんうん。でも歌声で出てれば、話し声でも出せるよ」
「練習してみます」
「女声で話せるようになったら、出会い系のサクラのバイトができるかもよ」
「あ・・・それいいな。割が良さそうだし」
 
「最近は男の子でもファッションとしてスカート穿く子もいるしね。取り敢えずスカート1着買って部屋の中で着てみない?」
「ああ・・・それ自分が怖い」
 
田代君にはいろいろ唆しておいたが、本人もちょっと女装には興味がある様子だった。 

一方で青葉は、10月に入ってから取り敢えず週に2回、火曜と木曜の夕方に勉強会をすることにした。メンツはいつもの日香理・美由紀と、この2人と同様にT高校を狙っている美津穂、まだT高校かC高校か絞ってないけどもという明日香・星衣良の6人である。場所は持ち回りで各々の家ということにした。
 
「他にT高校受けそうなのは誰だろう?」
「紡希はT高校の合格圏内にいるみたい。勉強会にも誘ったんだけどね。ひとりで勉強する方が性に合ってるから御免、と言ってた」
「うん。紡希はそういう性格だよ」
「男子では15人くらいT高校志望がいるみたいね。最終的に受けるかどうかは1月くらいに決めるんだろうけど」
「あ、そうだ。男子か女子か微妙だけど、呉羽もT高校志望だよ」
「ああ。あの子は入学する時は男子だったとしても、卒業する時は女子高生になってるかもね」
「うんうん。たくさん女装唆してみたいな」
 
どうも完全におもちゃにされているようである。
 
最初の勉強会の時は、とりあえず各自の実力を把握しようということで、昨年の公立高校の入試問題を2日間(火水:この週だけは勉強会は3日間)に分けて解いてみた。T高校は公立高校全部の共通問題になるので、基本的に問題は易しい。その易しい問題の中で高得点を取らないと合格できないので、易しい問題をきちんと解く力、苦手を作らないようにする勉強というのが必要である。 
採点してみた結果は200点満点で、青葉が184点、日香理が188点、美津穂が176点、明日香は158点、星衣良162点、美由紀150点であった。
 
「美由紀〜、この点数じゃT高校は無理」
などと明日香に言われているが美由紀は
「これから追い込みで頑張るから」
などと言っている。
 
「美由紀の点数は、国語・理科・社会は良いんだけど、数学と英語が問題だね」
「特に英語の点数が足を引っ張ってるよね」
「朝のラジオ英語講座を聴きなよ。聞いてるだけでもかなり勉強になるよ」
「ほんと?じゃテキスト買ってくるかなあ」
「あ、テキスト買わない方がいい」
「へ?」
「テキストがあると、文字に頼っちゃうんだよ。むしろテキスト無しで耳だけで聞いた方が勉強になる」
「ああ」
「試験にはヒアリングもあるからね」
 
今回はヒアリングの所は、今日は明日香の家でやっているので、明日香のお姉さんにお願いして問題文を読んでもらったのであった。
 
「耳を鍛えるのはいいね。ヒアリングの所は結構点差が出るんだ。ここを確実に取れば有利」
「よし。毎朝テキスト無しで聞いてみよう」
 
「数学は直前になったら、色々公式を丸暗記したりとかが効くんだけど、今ならまだ基礎を鍛え直す時間が取れるよ。数式を展開する問題とか、連立方程式を解く問題とか、二次関数に関する問題とかを徹底的に鍛え直した方がいい」
 
「何かいい勉強方法あるかな?」
「取り敢えず、連立方程式は中2用の問題集をあげてみない?」
「よし頑張ってみよう。毎日どのくらい勉強したらいいんだろう?」
 
「まあ、入試合格まではテレビとネットは禁止にして、夜1時までかな」
「でも朝のラジオ英語講座は6時から始まるよ」
「えー?ってことは5時間しか眠れないってこと?」
「人間、1日3時間寝たら、身体はもつ」
「きゃー。でも頑張ってみる」
「よしよし」
 

チアの練習は2日目は初日の基本的な動作に加えて、左右の手が違う動きになる、ダイアグナル(左手斜め左上・右手斜め右下、またはその逆)・Kモーション(左手斜め左上・右手斜め左下またはその逆)、パンチアップ(右手まっすぐ上、左手腰)を練習した後、今度は足の動きも加えて
リーダーの世梨奈の動きに合わせて動く練習をした。これがタイミングが揃うようにするのが、けっこう大変だった。チアは全員がきちんと揃わないと美しくない。呉羽は体育の成績はあまり良くないものの(明日香的見解では女子の体力・運動能力しかないから男子として評価されると点数が低くなる)、こういうのの運動神経は比較的良い感じで、しっかり付いてきていた。 
3日目になると、2人組んでひとつの形になるものを練習する。ダイアグナルを2人組で逆方向にして大きなΛの形を作ったり、左の子が左手をまっすぐ横、右の子が右手をまっすぐ横に伸ばした、2人T字、などの形である。だいたいこのくらいで基本動作が固まった。
 
「1週間だし、スタンツは無理だね」
「スタンツって?」
「組み体操。ふたり組んで、その肩の上に乗ったりとか」
「ああ、無理無理」
「そんなことやったら確実に落っこちるよ」
「いや、多分落っこちる前に肩に登れない」
 
基本的な動作がだいたいできるようになると、曲を流して、それに合わせて一連の動作をしていく練習をする。曲は NICO Touches the Wallsの
『夏の大三角形』。振り付けは2年生の子が考えたものらしい。
 
「やっぱり組んでダイアグナルやT字作るところが、なかなか揃わないね」
「一昨日から始めたばかりだからね」
「駄目だ〜、と思ったら何も考えずに隣の人と同じ動きにしちゃおう」
「スマイルだけは忘れずにね」
「そうそう。チアでいちばん大事なのはスマイルだよ!」
 

チアの練習は木曜日には1年生,2年生と一緒になり合同練習となった。時間に余裕のある1,2年と違って3年生は受験を控えてあまり長時間の練習をしていないので、少し足を引っ張る感じにはなったものの、何とかあまり乱れない範囲で付いていくことができた。
 
その日の練習が終わってから着替えて帰宅する。
 
青葉たちが玄関を出ようとしていたら、ちょうど呉羽も着替え終わって玄関まで来た所だった。
 
「いや、参った参った」
「どうしたの?」
「チアの衣装で男子更衣室に入っていくとギョッとされて」
「ああ、されるだろうね」
「衣装脱いでも女物の下着つけてるから、更にギョッとされて」
「あはは」
「性転換したの?とか言われた」
「ああ、いっそ性転換する?」
「いや、その気は無いから」
 
「いっそ女子更衣室で着替える?」
「それはさすがにまずいかと」
「私、女の子になります!とか宣言しちゃうと、女子更衣室に受け入れてくれるよ、きっと」
「えー? 今の所まだその気は無いし」
「全然無いの?」
「あ・・・・ちょっとはあるかな」
「やはり」
 
「女の子になっちゃいなよ。呉羽、可愛い女の子になれるよ」
「う・・・う・・・なんか3年後の自分が怖い気がしてる」
 
「あ、そうだ」と青葉は言った。
「呉羽さ、T高校志望だよね。今、T高校志望の女子で集まって勉強会してるんだけど、呉羽も来ない?」
「へー。勉強会?」
「女子だけだけど、呉羽なら構わないよ」
「ああ、行ってみようかな」
「女装もさせてあげるよ」
「いや、女装はいいから」
 

その日の勉強会の会場は日香理の家であったが、青葉と明日香が呉羽を連れて行くと、日香理のお母さんは
 
「あら、男の子もいるのね」
と言ったが、青葉が
「あ、この子は半分女の子なので」
と言うと
「あら、青葉ちゃんの同類?」
などと言われる。
「そうです、そうです」
と言って青葉は笑っていたが、呉羽は恥ずかしそうな顔をしていた。しかし、またそういう雰囲気が「女の子っぽい」と思われた感じもあった。
 
勉強会が始まってからも、みんなに言われる。
 
「実際、呉羽さあ、日常的な仕草を見てると、けっこう女の子っぽい仕草が多いよね」
「そうかな?」
「あ、今の仕草もかなり女の子っぽい」
 
「きっと、小さい頃から女の子してたんじゃない?」
「えー? そんなことないけど」
「小さい頃からスカートとか穿いてなかったの?」
 
「うーん。。。。スカートとか持ってなかったから、バスタオルを腰に巻き付けたりしてたかな」
「ああ」
「あとパンツを前後ろ逆に穿いてみたりとか」
「なるほど、なるほど」
「胸の所にテニスボール入れてみたりとか」
「うんうん」
 
「今は普通に女の子の服、持ってるんでしょ?」
「ちょっとだけね。スカート3枚、女の子仕様のポロシャツ4枚、ブラジャー5枚、女の子ショーツ20枚くらいかな」
「結構持ってるじゃん」
 
「ショーツ私より多い」
「えー?女の子ってショーツは50〜60枚持ってるもんじゃないの?」
「そんな子もいるかも知れないけどレアだね」
「私12〜13枚しか持ってない」
「私たぶん7〜8枚」
「それはさすがに少なすぎない?」
「古くなったのはどんどん捨てちゃうからかな」
「ああ、僕はあまり穿かないから痛まないんで溜まっちゃったのかなあ」
 
「呉羽自分のこと『僕』って言うの?女の子の格好してる時も」
「なかなか『私』って言えなくて」
「それは慣れの問題だよ。最初は自分で『私』って言って違和感があっても、ずっと使っていればその内、それが自然になるよ」
「この勉強会にいる間だけでも『私』って言わない」
「そ・・そうだなあ、言ってみようかな」
「ほらほら」
「うん、私言ってみる」
と呉羽は言ったものの、かぁっと赤くなってしまい、それがまたみんなから「可愛い!」
などと言われていた。
 

その日、青葉が自宅に帰ると、母から
「冬子さんから電話があったよ」
と言われる。
 
「伝言とか無かった?」
と訊くと
「レコーディング中だから、また掛けるって言ってた」
ということだった。
 
冬子からの電話は夜22時頃に掛かってきた。
 
「忙しい時にごめんね」
「いや、忙しいのは冬子さんの方のはず」
「まあね。それでね。来月、スリファーズのツアーに帯同して全国を飛び回ることになったんだけど、11月23日に沖縄に行くのよね」
「はい」
「それで、もし青葉、都合が付いたらいっしょに沖縄まで来て欲しいんだけど」
「何か『お仕事』ですか?」
 
「うん。実は沖縄にいるローズ+リリーのファンで数年前から難病と闘っている女の子がいて」
「ああ、『神様お願い』の人ですね」
「そうそう」
「その人を青葉、ちょっと見てあげてくれないかと思って」
「私は医者じゃないですよ〜」
 
「うん。でも医者じゃないから見えるものがあるかも知れないからさ」
「そうですね。見るだけなら構いませんが」
「時間は取れる?」
「取れます。それとお役に立てなくても出張料は頂きますよ」
「もちろん、もちろん」
 
「あ、そうだ。沖縄に知り合いのユタさんがいるのですが、彼女にも見させましょうか」
「ああ、それは心強い。そちらにも、もし何もできなかったとしても、充分な謝礼は払うから」
「了解です。あ、彼女の名前と生年月日、分かったら出生時刻、それと出生場所、それから診断されている病名を教えて下さい」
 
「病名はね○○○○症候群というの」
「○○○○症候群」
青葉は病名を書き留めた。
 
「知ってる?」
「いえ、聞いたことないです」
「凄く珍しい病気らしいんだよね。実は名前が付いたのも4年前で、彼女の症状が悪化して緊急入院した時点では、まだ病名が無かったんだよ」
「ああ」
 
「出生時刻は訊いてそちらにメールする」
「はい、お願いします」
 

冬子からのメールは30分後に来た。青葉は患者のホロスコープを作成してみたが「うーん。。。」とうなる。また医学情報サイトにつなぎ、○○○○症候群に関する情報を再確認した。
 
「あの人なら、まだ起きてるかな・・・・」
と呟くと、青葉は知人の医師で、そちら方面に詳しそうな人にメールをしてみた。九大医学部教授の肩書きを持っている。彼から電話が掛かってきたので青葉は彼と少し話し、少し気になったことを何点か訊いてみた。
 
「それ、もしかして患者は沖縄の○○大学病院に入院している子じゃないよね?」
 
この症例の患者は国内に10人もいないらしい。それで青葉が冬子から聞いている範囲で気になったことを投げてみたのだが、その話で向こうはその患者の見当が付いてしまったようだ。
 
ちなみに、こういう患者数が極端に少ない「希少難病」の最大の問題点は、医学者も製薬会社もまともに研究してくれないことである。製薬会社にしてもその病気の治療薬を何十億と費用を掛けて開発しても投与できる患者が数十人程度では全く採算が取れない。医学者にしても同様で、もっと患者数の多い病気の研究をしろと言われてしまう。そのような、研究者が相手にしてくれない「希少難病」が7000種類はあると言われている。
 
「えっと済みません。守秘義務でお答えできませんが、こちらで頼まれたクライアントに役立つかも知れない情報でしたら、そちらも守秘義務に反しない範囲で教えて頂くと助かります」
 
「ああ、図星っぽいな。あの患者の場合はちょっと特殊なんだよ」
「へー」
 
彼はけっこう色々その患者について聞いたことを話してくれる。
 
「つまり他の同様の症例ならもっと病気が進行する所が、彼女の場合は停止してるんですか」
「そうなんだよ。むしろ症状が軽減して行ってる。こんな症例は他に無いんだよね。みんな病気が進行して、だいたい発病後2〜3年以内に死亡しているのに。この患者は病気が進行したのは最初の1年くらいだけで、その後は一進一退の状態を続けて、特にここ1年ほどは快方に向かっている。それでこの患者は今世界中から注目されているんだよ」
「なるほど」
 
「この患者がもし退院できる所まで回復したら凄いことだし、治療方法に道が開ける可能性もある。今まで彼女に投与した薬、特に快方に向かいだした頃に使った薬が、他の病院でも試されているんだよね」
 
「ああ」
 
青葉は更にその病気の症状の出方、患者の病変細胞を分析した結果などについても話を聞いていた。すると、そういう話を聞いている内に、頭の中に漠然とひとつのストーリーが出来てきた。
 
「○○さん、患者が快方に向かい始めた頃に投与した薬のリストありませんか?『治療と関係無く投与した薬』を含めて」
 
「・・・・なるほど。それは考えなかった。照会してみる」
「はい」
 

金曜日はT高校に呼ばれて午後から顔を出してきた。
 
高校側も来年度に向けて色々予算獲得などにも動き出すので、再度入学の意志を確認するのと、前回は校長室で面談をしただけであったので、学校の様子を見学していってくださいという趣旨であった。小坂先生と保護者の朋子に同伴してもらって高校まで行く。青葉の中学からT高校までは電車で10分の距離である。 
「ああ、それではもう性転換手術を受けられたのですね」
「はい。7月に受けました。これが証明書です」
 
と言って、青葉は松井医師に書いてもらった、性別適合手術完了済の診断書を提出する。治療の内容:陰茎切断・膣形成・陰核形成・小陰唇形成・大陰唇形成。他に睾丸は手術前の治療段階で自然消滅済み。乳房の発達、乳頭・乳輪の発達が認められ、髭は無く体毛も少ない。体脂肪の分布も女性型である、と書かれた上で『患者に男性の機能は既に無く、男性としての義務や制限から解放される。患者は完全に女性であり、女性としての全ての権利を受けられることを証明する』
と書かれている。
 
校長は診断書を読み、頷いて受け取った。
「性転換手術というのは大変な手術と聞いていますが、もう体調は大丈夫なんですか?」
「ええ。とても経過が良くて。手術の10日後には、私、コーラス部の中部大会で名古屋で歌いましたし、その後8月の全国大会でも東京で歌いましたし、もうプールや温泉にも入って良いという診断を受けまして、先月は修学旅行で京都・徳島まで行って、実際神戸近郊の温泉にも浸かってきました」
 
「ほほお、それは回復が速いですね。随分軽く済んだんですね」
と校長は感心している。朋子は少々異論を言いたい気分だったがやめておいた。 
「それで志望学科は社文科ということで良かったですね?」
「はい。それでお願いします」
 
この高校は普通科5クラスの他に、理数科・社文科の各1クラスがあり、青葉も東京外大を目指す日香理も社文科の志望であった。各々理学部や工学部・医学部など、あるいは法学部や経済学部・文学部などへの進学を希望する生徒を集めてゼミ形式などで少人数単位の指導がなされ、進学指導も熱心な分、合格水準も普通科より高くなっている。
 
「志望大学はどちらでしたっけ?」
「名大の法学部を想定しています。ちょっと今の成績では恐れ多いですけど」
 
本当は地元の大学ということで金沢大学の法学課程を考えているのだが、小坂先生から「大きく言っとけ」と言われていたのである。実際できるだけハイレベルの目標を持った方が、挫折した場合でもそれなりに実力が付くということを青葉はこれまでの魔術関係の勉強でも認識していた。
 
「それは頑張って下さい。昨年はうちから名大に10人合格していますし、今年も20人ほど受ける予定ですから、やはり去年と同程度合格しますよ」
「はい。こちらの高校で鍛えてもらって、目指したいと思います」
 
ちなみに代ゼミの「合格難易度」の数値は金大法は77, 名大法は83。東大文1になると93という<雲の上>の世界になる。私立だと慶応法でも68で、国立の法学部が「狭き門」であることが分かる。国立が厳しいのは医学部になるともっと顕著になる。(医学部と法学部は元々設置大学が少ない。そのため、いわゆる「駅弁大学」とは医学部と法学部の無い国立大学、という見解もある) 

校長室での面談の後、ちょうど社文科・理数科の「ゼミ」が行われているということでそれを見学に行った。見学したゼミでは、理数科では Pascal を使ったプログラミングをテーマにして生徒が発表をしていた。社文科のほうでは裁判員制度について、その仕組みや課題などについて報告が行われていた。生徒が活き活きとした顔をして報告をしていて、青葉は「ああ、これいいな」
と思った。
 
その後、校内の施設を色々案内してもらう。芸術棟の音楽室に行った時「そういえばコーラス部で2度全国大会に行ったんでしたね」
と校長から言われる。
 
「ええ。そのコーラス部の中核メンバーが私の他に2人、こちらを受けますので」
と言うと
「それは楽しみだ」
と校長は言う。
「こちらにも・・・コーラス部ありましたよね?」
 
「ええ。コーラス部、ブラスバンド部、軽音学部、それに弦楽部というのがありますよ。音楽関係の部活では」
「わあ、ぜひコーラスやりたいです」
「うんうん。やはり勉強もして、部活もして、というのが良き高校生活ですからね」
と校長は青葉の反応に好感しているようであった。
 
その他、図書館、理科棟、体育館、武道場、講堂、研修館と案内してもらい校長室に戻ってまた少しお話してから、
 
「それでは来年春からよろしくお願いします」
と挨拶して帰った。
 
ただし公式には来年の2月に一応ちゃんと推薦入試を受けて合格手続きとなる。 

チアの練習は金曜日で終わる予定だったのだが・・・・
 
「やはり、今の状態ではまずくない?」
「いくら受験勉強中で時間が取れないと言っても、1,2年生に恥ずかしい」
「明日も少し練習しようか?」
という話になり、土曜日も少し練習することになった。体育館が部活で埋まってて使えないので、代わりにF公園に午前11時に集まり1時間くらい練習しようということになる。
 
「チアの衣装で集合するの?」
「それはさすがに恥ずかしい。私服で集まって、公園のトイレで着替えればいいよ」
 
「呉羽は女の子の服着ておいでよね」
「えー!?」
「だって、普段は女の子の服で出歩いてるんでしょ?」
「してない、してない」
「あ、じゃ女の子の服を持って来て、公園で着替えればいいんじゃない?」
「なんか趣旨が良く分からない、それ」
「取り敢えず、着てくるか、持ってくるかどちらかはしようね。女の子の服」
「うーん。。。」
 

その日、青葉が帰宅すると「FAX来てるよ」と言われる。
 
○○医師からのFAXだ。カルテを切り貼りしてFAXしたものを更にFAXしたという感じである。ちょっと読み取りにくい文字もあるが、青葉は文脈で薬剤の名前を判断した。
 
「やはり・・・・」
青葉が思っていた通りの薬の名前がそこにあった。
 
すぐに電話する。
「こんにちは。川上です。FAXありがとうございました」
「うん。何か分かった?」
「****が怪しいです」
 
「えー!?」
「これ、毛生え薬ですよね」
「そうそう。投薬している薬の副作用で、患者は全部髪が抜けちゃってね。一応ウィッグ付けてたんだけど、そこはうら若き女子高生じゃん。恥ずかしいから、髪が生える薬が欲しいと言って、それで治療にあまり影響のないような薬で育毛効果のある薬を選んだんだよ。沖縄に行った時、△△君が笑って話していたのを思い出した」
 
「これって、***のエキスでしょ。主成分は」
「うん・・・天然の成分って、意外な効果があったりするよね。でもなぜこれではないかと思ったの?」
 
「○○○○症候群の進行の仕方とか、発生メカニズムって、△△△△症候群に似てませんか? 症状の出方は全然違うけど」
と青葉は同じく難病ではあるものの患者が数万人単位でいる病気の名前を挙げた。
 
「ああ、それは昔から言われてて、実際△△△△症候群と共通の投薬も多いんだよ」
 
「ちょっと記憶で言うので、間違っているかも知れませんが、1年くらい前に確かロシアで、△△△△症候群の患者に###のエキスを投与したら、病状に改善が見られたという論文があった筈です」
「何?」
と○○医師は驚きの声をあげ・・・・すぐに端末で検索しているようである。 
「ごめん。###って、ロシア語では何というんだっけ?」
「%%%%ですよ」
「スペル教えて・・・・・よし、これで検索・・・・・これか!」
 
医師はブラウザの自動翻訳で論文を斜め読みしているようである。
 
「ロシアじゃなくてウクライナだね」
「あ、すみません」
「いや。でも論文はロシア語で書かれているよ。この研究結果、追試があまり良い結果出なくて、偶然ではないかということで、そのまま放置されてしまったみたいだね。効果の出た治験者もあったようだけど全く効果の出なかった治験者も多かったみたい。しかし再度研究してみる価値はあるな」
 
「***も###も同じ+++科の植物でしょ」
「川上君、今君は凄い発見をしてくれたよ」
 
「私は祈祷師ですから、適当に勘で物を言ってるだけです。何の根拠もありません」
「いや。その勘ってのが、科学者には欠落しがちなんだよ。しかし、よくこんな研究結果を知ってたね」
 
「知人が幹部をしている宗教団体の関連会社で###を使った健康食品を出しているんですよ。その人が私の所にも売り込みに来て、その売り込み自体は丁寧にお断りしたのですが、その人が###は凄い。難病の△△△△症候群も治った、なんて言ってたので、ほんとかな?と思って、念のため、その時検索してみてたんですよね」
 
「あぁ・・・・そこで検索してみるのが川上君の凄さだよ」
 
「情報の一端に触れた時は、少しだけその一端を引っ張ってみておくんです。するとニューラルネットワーク(脳神経網)に刻み込まれる知識になるんです」
 
「それって名言だね」
 
「ただの雑学の勧めです」
 

翌日の午前11時。青葉は少し楽しい気分で、私服のカットソーにプリーツ・スカートという出で立ちで、F公園に出かけていった。世梨奈と由希菜が既に来ていたが、他のメンバーはその後、ぼちぼちと到着する。
 
「みんな遅いなあ。もう10分過ぎ」
「あと来てないのは、明日香と・・・呉羽か」
「呉羽、女装するかどうかで悩んでたりして」
 
先に練習を始める。11:15になって明日香が「ごめーん。遅刻」と言って走り込んできた。すぐにトイレでチアの衣装に着替えて練習に加わる。
 
そして呉羽が来たのは11:22くらいであった。
 
「おぉ!!」
みんなが歓声をあげる。
 
「可愛いよ!」
「その格好で来たのに免じて、遅刻の件は問わないことにしよう」
 
呉羽は、マリンルックのワンピースを着てきていた。頭には小型のハットを付けている。しかし本人は、物凄く恥ずかしそうにしている。
 
「チアの衣装は持って来てるよね」
「うん」
「じゃトイレで着替えて来て」
「うん。着替えてくる」
 
と言った呉羽が、トイレの入口の所でためらった感じで、最初男子トイレの方に入ろうとしたので、明日香が走って行って止める。
 
「こらこら、女の子が男子トイレに入ってはいけません」と明日香。
「えー、だって」
「この格好してきた以上、ちゃんと女子トイレ使いなさい」
「でも・・・」
「呉羽、こないだはちゃんと女子トイレ使ってたじゃん。女子トイレ慣れてないの?」と青葉。
 
「まだ女子トイレって3回くらいしか入ったことない」
 
「じゃ今日が4回目ね。はい、そちらで着替えてきて」
「一番奥の個室が洋式で着替えやすいよ」
「分かった」
 
呉羽はそれでも恥ずかしそうな素振りで、恐る恐る女子トイレに入って行った。 
「呉羽、この一週間でかなり女の子にハマったね」
「中学卒業と同時に男の子からも卒業しちゃったりして」
「ああ、そうなるように唆そう」
 

その日の練習は始まりが遅れた分、少し遅くまでやり、12時40分に終わった。練習の後、普段着に着替えて、取り敢えず近くのスーパーに入り、フード・コーナーで、鯛焼きやアイスなど、思い思いのものを頼んでしばしおしゃべりする。
 
「でも今日1時間練習したので、かなり形になったね」
「うん。昨日までとは随分違うよ。見違えった」
「呉羽も見違えった」
「そうそう。凄い可愛い服持ってるね」
 
「うん・・・これ、こないだ東京に行った時に池袋で買った」
「へー」
「質問です。東京でこの服を買った時は、男の子の格好だったのでしょうか?女の子の格好だったのでしょうか?」
「・・・・女の子」
と言って呉羽はまた顔を赤らめて俯く。その仕草がまた可愛いので、みんなから
「可愛い〜」
「わあ。純情乙女だ」
などと言われている。
 
「ねえ。月曜日から、女子制服で学校に出てきたら?」
「そんなの持ってない」
「私の姉ちゃんが一昨年この中学を卒業して、まだ制服を捨ててないよ。何かの時に私が予備に使えるようにってんで。あれ、もらってこようか?」
「いえ、いいです」
 
という感じで、その日は、みんな楽しく呉羽をいじっていた。呉羽はスーパーの店内でもトイレの男女表示の前で悩んでいたので、莉緒奈が手を引っ張って女子トイレに連れ込んでいた。
 

翌日。10月7日(日)。青葉の中学の体育祭が行われた。
 
青葉が出る種目は、午前中に全学年全員参加の100m走、3年全員参加の七人八脚、午後から3年女子全員参加のダンス、そしてプログラム最後のスウェーデンリレーであるが、その他に午後1番に行われる応援合戦ではチアリーダーとしてアクションするし、それ以外の時間帯でも、1年生・2年生と30分交替で、各種目の応援をした。 
100m走は6人で走って3位だった。一応賞状と記念品の鉛筆をもらう。
「青葉、もっと速いと思ってたのに」
と明日香から言われたが、
「私はどちらかというと長距離ランナーだから」
と言って笑っていた。
 
七人八脚では真ん中に入り、両隣は美由紀と世梨奈だった。
 
チアとして各種目の応援は午前中に2回やったが、結構みんなノリが良くて、良い雰囲気で出来た。呉羽も完全に開き直ってミニスカを穿いた足を上げてアクションしていた。
 
「呉羽、親は見に来てないの?」
「うん。多分来てないと思うけどな」
「来ても、息子を認識できなかったりして」
「うむむ」
 
ちなみに、今日はチアの衣装は着たままで、競技に参加する時は、その上に体操服を着て、ミニスカなどはショートパンツの中に収めていた。呉羽もその方式だった。(この中学の夏用体操服は男女ともショートパンツ) 

お昼のお弁当は、美由紀・日香理と一緒に食べたが、それぞれの母が来ていて6人での食事になる。食べ始めた頃に、少し離れた所で呉羽がひとりで食べているのに気付いたので、美由紀が拉致してきて、一緒に食べることにした。 
「呉羽ちゃん、チア可愛いかったよ」
などと日香理の母に言われて呉羽は照れていた。
 
「呉羽ちゃんの御両親はお仕事?」と青葉の母、朋子が訊く。
「ふたりとも商店勤めなんですよ。ですから日曜は出てこれなくて。小学校の頃からいつも運動会・体育祭は、ひとりでお昼食べてました」
 
「呉羽って、あまり男の子の友だちいないもんね」
「もしかして、こういう傾向あったから、男の子と友だちになれなかったのでは?」
「それは・・・あるかも」
 
「こういうのをカムアウトしちゃったから、今度からは女の子の友だちと一緒にいればいいよ」
「う、うん」
と言って、またまた俯いて赤くなってる。
 
「ほんとに純情乙女だな」
と美由紀が少し呆れるように言った。
 

お昼休みが終わってから応援合戦になる。青葉たちは、1年,2年のチームと合同で、『夏の大三角形』の曲に合わせて踊る。合同練習は1度しかしてないのだが、その割にはけっこう揃った感じで踊ることができて、課題だった2人組んでのダイアグナル、T字モーションも間違わずにこなすことができた。 
この応援合戦で青葉たちの組はいちばん良い成績を修めた。
 

応援合戦が終わった後は、3年女子全員によるダンスである。青葉たちは急いでチアの衣装の上に体操服を着て、集合場所に行こうとしたが、その時、青葉はちょっとボーっとした感じでそういう女子たちの動きを見ている呉羽に気付く。 
「呉羽も参加しなよ」
と言ってみた。
 
「えー!?」
「女子が練習してたの、隣で見てなかった」
「・・・見てた」
「じゃ、踊れるよ。呉羽、運動神経いいもん」
「でも・・・」
 
「分からなくなったら隣の子の真似すればいいから」
 
「あ。呉羽、ダンスに参加する?」
「おお。女子としての自覚が出てきたな。おいで、おいで」
 
などという感じで、みんなに引っ張って行かれるようにして呉羽は入場門の所に行き、そして音楽と一緒に校庭中央に出てしまった。隣は青葉と明日香である。
 
その向こうの方からも「お、呉羽ちゃん、ダンスに参加するのね」と楽しそうな声が掛かる。
 
やがて、AKB48の『エブリデイ・カチューシャ』の曲が流れはじめ、それに合わせてみんな踊り出す。呉羽はぶっつけ本番なので、さすがに最初はみんなから少し遅れる感じではあったものの、なんとか踊りに付いてくる。そして途中からはだいたい感覚が分かったのか高確率でぴったりの動きをするようになった。 
「おお、ちゃんと踊れてる」と隣の明日香から言われる。
 
途中横にいるふたりで組んでの動きも、青葉と組んでうまく踊った。
 
「ねね、もしかしてこれ練習してた?」
「ううん。ただ見てただけ」
「それにしては、動きが良すぎる!」
 
結局、約3分間のダンスを呉羽はほとんどノーミスで踊りきった。
 
「呉羽すごー」と明日香から言われている。
 
「もうこれで呉羽は、3年女子の一員だね」
と青葉の隣にいた学級委員の紡希も言ったので
「おお。学級委員から認められたから、月曜から呉羽は正式に女子生徒だよ」
などとまた明日香から言われて、呉羽は『えー?どうしよう?』という感じの顔をしていた。
 

そして体育祭の最後の種目は、各学年別のスウェーデンリレーである。1年生の男子から始まり、2年生の女子が終わって、次は先に3年生の女子をやる。青葉たちの組の第一走者は明日香だった。号砲とともに走り出し、100m走った所で第二走者の世梨奈にバトンタッチする。この段階では2位・3位争いをしていたが、200m走る世梨奈が離され3位に落ちる。その状態で第三走者の燿子にバトンタッチ。しかし300m走る燿子が頑張って再び2位と身体ひとつくらいの距離まで詰め寄る。
 
そして400m走る最終走者にバトンタッチ。この燿子から青葉へのバトン渡しが物凄くうまく行って、この渡す部分だけで青葉は競っていた組に1〜2秒のアドバンテージを得た。
 
そうなると1位の子に追いつけるかどうかだ。しかし最終走者はどこの組もだいたい速い子を置いている。青葉は必死に走った(午前中の100m走は個人競技なので、元男子の自分があまり活躍してはというので手抜きしたもの)。1位の走者との距離は最初は10mくらいあった。そして彼女も結構速い。それでも青葉は少しずつ距離を詰め寄った。8m, 7m, 6m,... もう既に200mのトラックを一周している。しかしさすがに400mは長いので、先を走る子に疲れが見えてくる。そこで持久力のある青葉がそれに追いついていく。5m, 4m, 3m, 2m, .... もう手を伸ばせば前の子の背中に触れそう、という所まで来て、前の子も後ろの走者を意識してラストスパートを掛けた。 
もうゴールまでの距離は20mくらい。こちらも必死に走るが前の走者も必死である。それでも青葉は全力で走った。
 
そして、ほとんど同時にふたりはゴールのテープに到達した。
 
ふたりがペースを落としながらオーバーランして、やがて足を停め、大きく息をする。ゴールのテープを持っていた2人と審判員の先生が何か話し合っている。青葉はハアハアと息をしながら結論が出るのを待った。
 
やがて1位と2位の旗を持った子が近づいてくる。
 
1位の旗の子は青葉と競った子の方に行き、2位の旗の子が青葉の方に来た。 
残念!
 
審判の先生が近づいて来て言った。
 
「ほとんど同時に見えたけど、胸ひとつの差で○組の勝ち。川上さんのバストがFカップだったら分からなかったわね」
 
青葉は笑って、1位になった子と握手をした。
 

「青葉、惜しかったね」
 
青葉が自分の席に戻った時にはもう3年男子のスウェーデンリレーがゴールする所であった。
 
「私のバストがFカップだったら分からなかったって」
「おお、バストサイズの差で負けたのか」
「青葉、頑張ってバストマッサージして、Fカップになろう」
「ああ、青葉が夢の中で出てくる時のバストサイズね」
「頑張ってね」
「そうだね」
と言って青葉も笑った。
 

体育祭が終わり帰宅してメールチェックをしていたら、盛岡の大学に行っている、佐竹真穂からメールが入っていた。
 
へー、珍しいと思って読んでみる。
 
《ハロー! ちょっと相談。私が住んでる所、似たような感じの学生アパートが10個くらい並んでるんだけど、その中で私のアパートの隣の隣のアパートで8月に女子学生が自殺したのよ。凄い美人で成績も良かったのに何だったんだろうね。でその後、そのアパートの階段の所に髪の長い女の人が立ってたとか、夜中にその子が住んでいた部屋に灯りが点いてたとか、隣の部屋の子が話し声を聞いたとか噂が広まってて。私も居酒屋のバイトして帰宅するのが深夜で、そのアパートのそばを通らないといけないから怖くて怖くて。自殺した子が迷ってるのかな? 私霊感弱いから良く分からなくて。大家さんはお祓いはしたらしい。でも両隣の子は気味悪がって引っ越ししちゃったみたい》 
真穂ほどの霊的なパワーを持っていて、霊感弱いも無いよなと青葉は苦笑した。 
確かに隣に住んでいた同世代の子が自殺したとなると引っ越したくなるだろうな・・・とは思ったものの、青葉は真穂の住むアパートの付近をGoogleで見てみる。確かに似たような感じのアパートがずらっと並んでいる。数えてみたら13個ある。おお。なかなか良い数字だ。そして真穂の住んでいるアパートは、南側から2番目なので、隣の隣ということは南から4番目か。13個の中の四番目とか、安いジュニアドラマにも出てきそうな舞台設定だ。
 
青葉はGoogleの写真を見ながら、そこに意識を飛ばしてみた。
 
あぁ。。。。。
 
青葉はすぐに真穂に返事を書いた。
 
《ハロハロ。自殺の原因は恋愛問題。本人確かに迷ってるけど、そのアパート付近には居ない。片想いしてた男の子が住んでる所に居る。その付近で起きている怪異は、周囲の人が持った恐怖心に寄ってきた雑多な霊の仕業。都会だし、半年もすれば消えてしまう。真穂さん自分で防御できる筈。そのアパートの横を通る時は霊鎧をまとって。怖かったら光明真言か般若心経を唱える。心経は記憶が不確かだったら『羯諦羯諦・波羅羯諦』だけでもいいよん。九字は切っちゃダメだよん。光明真言を書いた紙を折りたたんでお財布とかに入れておくのも効果あり》
 
その後、お母さん(慶子)の方から来ていた正式の霊障相談のメールを見て霊査し、返事を書いて送ったら、真穂の方から返事が来ていた。
 
《ね、ね、光明真言の入ったメールが携帯に入っていても効果あるよね?そちらから、私の携帯に光明真言メールしてよ》
 
青葉は微笑み返信した。
 
《オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン》
 

返信した所で今日は疲れたし寝ようと思ってお風呂に入り、それからパジャマに着替えて布団に入ったら、冬子から電話が掛かってきた。
 
「ごめーん。青葉、ここの所の連日のレコーディングで疲れちゃって。少しヒーリングしてくれない?」
「はい。いいですよ。ベッドに寝ててください。途中で寝ちゃってもいいですから」
 
と答えて起き上がり、ガウンを羽織った。いったん電話を切り、スカイプでつなぎ直してから(千里や和実に遠隔ヒーリングする時もこういうやり方をしている。でないと電話料金が恐ろしい)、まずは冬子の身体を全身スキャンし疲労の溜まっている所をチェックする。やはりレコーディングということでたくさん歌っているのだろう。喉が疲れているし耳も疲労が溜まっている。また胸の付近にもやもやしているものがある。ストレスだなと思った。演奏がうまく行ってないのか、あるいは制作方針などに不満があるのか。
 
それを開放してやる。
 
冬子とはヒーリングしながら、あれこれおしゃべりしているのだが、今日の体育祭の話題にもなる。
 
「へー。胸の差で負けたのか。でも青葉、もうDカップでしょ?」
「ええ。でもFカップなら勝負分からなかったとか言われた」
「あはは。青葉はふつうに小学5年生の頃から、おっぱい膨らみ始めてるからFまで行くかもよ。夢で出てきた時みたいに」
「ええ。夢のことは、みんなからも言われました」
 
青葉はしばしば友人の夢に無断侵入してくるのだが、その時の青葉はFカップの胸を持っている。
 
「でも冬子さんも小学5年生頃から女性ホルモン飲んでたんですよね?」
「・・・・黙秘権」
「はいはい」
と言って青葉は笑う。
 
「そういえば、うちのクラスに隠れ女装っ娘を発見しちゃったんですよ」
と言って、青葉は呉羽のことを話す。
 
「へー。可愛くなるんならいいじゃん。女装と可愛さは無関係だから」
「まあ天然女性でも、可愛い人と必ずしもそうではない人といますし」
「そうそう」
などと言い、お互いの知り合いの女装っ娘さんの噂話などもする。
 
「へー、その子にミニスカ穿かせてチアをしたんだ?」
「ええ。彼女は元々身長が160cmくらいなので、女の子の服を着ても他の子の中に埋没しやすいんですよね」
 
呉羽を受ける代名詞は「彼」ではなく「彼女」である。
 
「ああ。身長で悩むニューハーフさんも多いもんね〜。しかも身長って奴は手術とかでも修正のしようが無い」
「ええ」
「彼女、運動神経も良かったですよ。チアの動きもしっかりしてたし、応援合戦の後、女子のダンスだったんでそのまま引っ張っていったら、ぶっつけ本番でちゃんとダンスできてたし」
「それはセンスいいね」
 
「チアやらせて、最初なかなかうまく行かないのが、きちんと腕をピシッと伸ばすとか、動きをピタっと止めるとかなんですけど、彼女は最初からそれが出来てましたから」
と言った時、突然冬子が無言になった。
 
ん? と思って向こうの様子を探ってみる。おお。今の話に刺激されたのかな。冬子は何か曲を書き始めていた。そっとしておき、ヒーリングだけ続ける。 
冬子は15分ほどで曲を完成させた。冬子にしても相棒の政子にしても、こういう感じで「降りてきた」曲を書く時は物凄く速い。普通は1曲作るのに1時間とか2時間とか掛けるものだが、ほとんど完成形に近い形で「降りてくる」のだという。だから冬子たちは曲をイマジネーションの中から「掘り出している」
のである。夏目漱石の「運慶」にそのような話が出てくるし、ライダー版タロットの作画者パメラ・スミスという人が、そういう画家だったらしい。あの神秘的な絵柄はそのようにして、イマジネーションの大地から「掘り出す」ように描いたのだ。
 
「できた〜」
と冬子が言うので
「歌ってみせてください」
と言うと、歌ってくれた。この曲の聴衆第一号だ。もっとも冬子が曲を書いている最中に、隣に政子が来ていたので、政子と青葉がこの曲の最初の聴衆になった。
 
「Hey, Girls! Stand up! Let's Go! 1,2,3,4....」
と威勢の良いコールで始まるマーチ風の曲は、聴いているだけで元気付けられる感じである。冬子が作る曲はだいたい明るい曲、元気な曲が多いし、本来はかなり暗い詩を書く政子も、冬子と組んで書く詩には、そういうポジティブなものが多い。「私は楽天家だから」と冬子はよく言っていたし、政子も「冬と一緒に居ると明るい気持ちになれる」と言っていた。
 
その後ヒーリングは更に30分くらい続けたが、今度は政子もおしゃべりに加わってきて、3人での会話になった。
 
そして・・・青葉は政子が彼女にとってはとても珍しい「二股」をしているようだというのに気付いた。
 
 
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