【春望】(3)

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翌日は、希望コース別の行動になった。
 
京都東山コース、嵯峨野散策コース、御所桂離宮コース、奈良コース、宝塚観劇コース、伊賀信楽コース、淡路徳島コース、などが設定されていたほか、自主計画コースもあり、3人以上のグループで事前に自分たちで作ったコースに従って京都の1日パスを使い見学して回ることもできた。
 
青葉は「四国に行ってうどんが食べたい!」という美由紀の意見で、淡路徳島コースに参加した。当然日香理も一緒である。日香理は最初嵯峨野を歩きたいと言っていたが、青葉と美由紀が徳島コースというので、そちらに一緒に行くことにした。
 
徳島コースは人数が少ないのでマイクロバスになる。この日最初の見学ポイントは鳴門の大渦であったが、この日の渦が見られる時刻が朝8:40の前後1時間ということで、朝6時に朝食を取り、7時前に旅館を出て淡路島南の福良港に行った。
 
明石海峡大橋を渡る時間帯には、バスの中で寝ている子もいて、美由紀も渡り終えてから起きだして「えー?もう渡っちゃったの?」などと言っていた。
 
朝一番の臨時便、日本丸に乗って観潮コースをクルージングする。この時間を狙ってやってきたツアー客が多く、朝早い時間にもかかわらず乗客はかなり多かった。
 
「なんか格好いい船だね〜」と美由紀。
「これ、海王丸と似てない?」と青葉。
「似てて当然。姉妹船だもん」と日香理。
「えー?そうなんだ!」
 
海王丸は富山新港に係留されている帆船で、8月に青葉はそこで行われたお祭りにコーラス部で参加し、翌日は彪志とデートをした。
 
「元々、日本丸と海王丸は一緒に作られたんだよ。日本丸がお姉さん、海王丸が妹。そっくりさんだけど、船首像が違う。日本丸の船首は手を合わせて祈る女性、海王丸の船首は横笛を吹く女性」
「わあ」
「ただし、海王丸の船首像はあとで就航した海王丸2世に引き継がれたから、新湊の海王丸には付いてないけどね」
「へー」
「日本丸の方も今実働しているのは2世で初代は横浜の日本丸メモリアルパークにある。それと、この日本丸は2世のレプリカで本物の半分くらいのサイズだよ」
「本物はどこにいるの?」
「日本丸2世も海王丸2世も練習船として現役だから、あちこちの港に行ってるよ」
「なるほど」
 
やがて船は潮流の激しい海域にさしかかる。
 
「ここ川だっけ?」
「海だよ。でもまるで川みたいに流れてるね。かなりの急流。今は川を下る感じ。これ非力な船は流れと逆向きには走れないだろうね」
「そういう非力な船で来ると怖いな」
「この潮を見る観光船はみんなパワフルな船ばかりだよ」
「だろうね」
 
「そういえば昔中国人が瀬戸内海を見て『日本人が黄河・長江が凄いと言うけど、日本にも中国にも負けない立派な川がありますね』と褒めたという話がある」
「ああ、中国人の感覚では瀬戸内海そのものが川か・・・」
 
そしてやがて船は大渦の付近にさしかかる。
青葉も日香理も「わぁ、すごーい」と声をあげてその激しい渦に見とれている。しかし美由紀は「ごめん、目が回った」といって、船室の中央の方に行ってしまった。
 
「確かに目が回るよね、これ」
「これ、巻き込まれたらひとたまりもないな」
「今日は旧暦で何日?青葉」
「えっと、旧は8月5日」
「じゃ、まだ大潮って感じだよね。渦が大きい」
「あ、そうか。大潮の時は潮汐が大きい分、渦も大きくなるのね」
「そうそう」
 
ふたりはしばし天然の激しいエネルギーに見とれていた。
 

観潮船で1時間のクルーズをした後は、淡路島の中央付近まで戻り、淡路一宮を見学した。渦を見て気分が悪くなった美由紀も陸に戻るとすぐ元気になり、バスの中で持参したポテチを食べ始め、日香理に「胃は大丈夫?」と訊かれていた。船に酔った訳ではないようだ。
 
バスを降りて鳥居をくぐる。
 
「神社の名前が読めない」と美由紀。
「いざなぎ・じんぐう(伊弉諾神宮)だよ」と青葉。
 
「へー。どんな神様が祭られてるの?」
「日本列島を作った神様」
「わあ」
「伊勢の神宮に祭られている天照大神(あまてらすおおみかみ)のお父さんだよ」
「お、すごく偉い神様なんだね。御利益(ごりやく)ありそう」
 
「そうだね。伊弉諾(いざなぎ)神は、日本列島を作り、たくさんの神様を生み出した後で『淡海』に引退したとされているんだけど、この『淡海』の解釈で昔から淡路(あわじ)説と近江(おうみ:旧仮名遣い:あふみ)説があるんだ」
と青葉は手帳に漢字で書きながら説明する。
「へー」
「淡路説だとこの神社、近江説だと琵琶湖のそばの多賀大社がその地」
「実際はどっちなんだろうね。青葉、霊感で分からないの?」
 
「さあね。でも淡路島と琵琶湖って、同じサイズ・形をしてるんだよね」
「何〜?」
青葉は携帯の地図アプリを開き、関西方面を表示させた。
 
「あ、ほんとだ。すごーい。今まで気づかなかった」
「まるで、淡路島の部分が琵琶湖のところから飛び出して播磨灘に落ちて淡路島になって、飛び出した跡が琵琶湖になったみたいでしょ?」
 
「隕石でもぶつかって、そんなことが起きたのだろうか?」
「そんなことは無いと思うけど、地球って不思議だね」
 
「でも神様を産むのに、男の神様ひとりで産めたの?」
「奥さんがいるよ。伊弉冉神(いざなみのかみ)」
「ああ。やはり有性生殖なのか」
「ちゃんとHする場面まで古事記・日本書紀には書かれている。バックだったみたいだね」
「バック〜!」と美由紀が叫ぶので、青葉も日香理も「しーっ!」と言う。あまり女子中生が大きな声で叫ぶ単語ではない。
 
「って、後背位?」と小さな声で美由紀。
「ちゃんと知ってるじゃん」
「う、今度図書館で読んでみよう」
「古事記・日本書紀を?バックを?」と日香理。
「どっちにしよう・・・」
 
「でも、天照大神とかは、伊弉諾(いざなぎ)神がひとりで産んだという説もある」
「どこから産むんだ?」
 
「太陽神である天照大神は伊弉諾神の左目から、月の神である月読神は伊弉諾神の右目から生まれたという話」
「目から子供が産めるのか・・・・」
「神様だから」
 
「青葉も目から子供産んだりしない?」と美由紀。
「うーん。目からの出産は痛そうだよ。できたらお股から産みたいな」と青葉。「青葉ならお股から産めるかもね」と日香理も優しい顔で言った。
 

淡路一宮を出た後は大鳴門橋を渡り徳島県内に入る。鳴門市内のうどん屋さんでお昼御飯となった。
 
「美味しい、美味しい。満足」と美由紀は感激の様子。
「徳島のうどんを讃岐うどんって言うんだっけ?」
「違う、違う。讃岐は香川県。徳島県は阿波だよ。阿波踊りの地」と日香理。
「あ、そうか。じゃ、これは讃岐うどんじゃないの?」
「ここは鳴門市だから、鳴門うどん。最近は『鳴(なる)ちゅるうどん』と言うらしい」
「へー」
「讃岐うどんが有名になったから徳島県内でも讃岐うどんが食べられる店が増えたみたいだけど、鳴門のうどんは、この麺の太さが不揃いで、柔らかいのが特徴。讃岐はもっと麺の腰が強いんだ」
と日香理は解説する。
「あ、この不揃いな麺は何でだろうと思ったが、それも特徴なのか」
 
青葉もへーという顔で聞いている。
 
「徳島の名物って、やはり阿波踊り?」
「そうだね。あとジャストシステムかな。ATOKは阿波徳島の略という俗説が昔からある」と日香理。
「おお」
「食べ物では鳴門金時とか徳島ラーメンとか」
「あ、ラーメンも美味しいんだ?」
「そうそう。金ちゃんラーメンは徳島製粉だよ」
「あぁ!」
 
「でも、なんか私たち3人って、いい組合せだね」と美由紀。
「ん?」
「神様とか仏様とか、あちらの世界のことは青葉が何でも知ってる。食物とか社会科的なものとか、世俗のことは日香理がよく知ってる」
「美由紀は?」
「私はふたりの話を聞く役。知識を持ってても、聞き手がいなきゃ伝えられない」
「ああ、確かに」と青葉と日香理は言った。
「だから私もふたりと一緒にT高校行くよ!」
「うん。頑張って」
 

お昼を食べた後は徳島市に入り、阿波おどり会館、徳島工芸村など数ヶ所のスポットを見てから帰還となる。途中寄った土産物店で、美由紀は讃岐うどんと徳島ラーメンを買い求めていた。青葉も讃岐うどんと徳島のお菓子を買っていたのだが、日香理がふたりの肩を叩く。
 
「ねえ、そこのスナックコーナーで讃岐うどん食べられるみたい」
「お、食べていこう、食べて行こう」
 
土産物店での自由時間は20分ほどあったので、3人は他に数人の子も誘って、讃岐うどんを食べた。引率の先生が「お前ら、もう腹が減ったのか?」と呆れるように言っていた。
 
日香理が「ぶっかけうどんがお勧め」というので、青葉も美由紀もそれを頼んだが、青葉はそれまで持っていた「うどん」のイメージと全く違うものなので「わあ、面白い」と言っている。美由紀も「この麺の腰の強さ、癖になりそう」
などと言う。
「長時間掛けて打って足で踏んだりして腰を強くしてるからね。鳴門は逆に短時間で打つようにして柔らかく仕上げる」と日香理。
 
「でも値段が300円ってのが、やはり感激だね」
「こんなに具があるのにね」
「量も食べ頃でいいと思わない?」
「あまり多いと辛いもんね」
「こういう量だから、たくさんのうどん屋さんをハシゴして色々な味を楽しむ人たちがいるのよね」
「でもダシが美味しーい!」
 
「鳴門のうどんとどっちが好き?」と日香理が訊くが、美由紀は
「どっちも好き!」と嬉しそうな声で答えた。
 

今夜の宿は大阪市内のビジネスホテルである。取り敢えず部屋に荷物を置き、到着時に指定された時刻にレストランに行って夕食を食べる。コースによってホテルへの到着時刻が異なるため、夕食もコース単位で実際に到着してからレストランの混み具合も見ながら時間を指定しているようであった。
 
「旅館での大部屋での食事も楽しいけど、やはりこういう所の方が落ち着く」
などと日香理は言っている。
「食事の内容もこちらが好きかな」と美由紀。
昨日の夕食はお刺身や豚肉と野菜の一人用鍋料理などがメインだった。昔風の温泉旅館の食事という感じ。今夜はメンチカツにコロッケ、ミートスパゲティと現代っ子向きだ。
 
「しかしツインに4人押し込むというのは凄いな」
「その分安くなるんだから、いいんじゃない?」
「部屋面積がエキストラベッドで完璧に埋まってたね」
「それに2人ずつで泊まるより4人の方が楽しい」
「2人部屋で、相手があまり親しくない子だったりすると悲惨だな」
 
部屋に戻ったら先に世梨奈が(食事も終えて)戻っていた。世梨奈は伊賀信楽コースに参加したので、忍者屋敷の様子などを楽しそうに語っていた。信楽焼のタヌキのストラップを携帯に付けている。「ノリで買っちゃったけど少し後悔してる」などと言っている。
 
今日はお風呂も大浴場ではなく、各部屋に付いているお風呂を使う(大浴場に行っても良いが、混雑時間帯は避けるように言われていた)。狭いのでひとりずつの入浴だ。青葉たちはじゃんけんで順番を決めて、ひとりずつ入りながら、残りのメンツでおしゃべりを続けていた。青葉はじゃんけんに負け続けて4番目の入浴になった。
 
最初は今日見学したところの話題やお昼御飯などの話題だったのが、青葉がお風呂に入る頃は、英語の尻取りになっていた。
 
「reaction」「native」と来て、青葉は「expose」と答えて、お風呂に入った。
 
まずは湯船の中で身体を洗い、髪を洗い、最後は湯船にお湯を溜ながら手足を揉みほぐしていたが、お湯がたまるまでの間、身体が冷えてしまう。青葉は時々シャワーに切り替えて身体にお湯を宛てながら、お湯が溜まるのを待ったが、これって、こういう入り方で正しいのだろうか? もっと楽な入浴方法は無いのだろうか?と疑問を感じた。あがってから日香理に聞いてみようかな・・・などと思っているうちにお湯がたまってきたので、湯の中で身体を少しずつ伸ばしては、少しずつ身体をヒーリングしていく。あ、少し腎臓が少し疲れてる。水分が足りなかったかな? などと思ったので、洗面台で水をたくさん飲んだ。
 

再度身体を暖めてから、お湯を抜き、簡単に湯船の掃除をしてからあがる。
 
服を着てバスルームから出た時のことであった。
 
「せーの」というかけ声とともに、青葉は3人に身体を取り押さえられた。
 
「ちょっと、ちょっと、どうしたの!?」
「解剖〜」
「えー? 何なら自分で脱ごうか?」
「だめだめ。こういうのは無理矢理やるのが楽しい」
 
「なんで、私解剖されるの?」
「いや、さっき青葉がお風呂に入る前に最後に言った単語が expose(露出)だったな、という話から、青葉って、少し露出症っぼくない? って話になってじゃ、露出させてみようということで話がまとまった」
「やれやれ」
「ねー、抵抗しないの? 青葉」
「抵抗した方がいいの?」
「その方が楽しい」
「もう・・・・」といって、青葉は抵抗するような振りをしてみる。
 
「きゃー」とか「やめてー」などと小さな声で叫んであげたりしている内に、青葉は下着も全部外されて、完全ヌードにされてしまった。
 
「解剖完了。観察、観察」
「写真撮る?」
「いや、それはさすがにやばいからやめとこう」
「こないだ、どこかの高校生が悪ふざけして撮った同級生のヌード流出させて大変なことになってたね」
「ああ、あれかわいそう」
 
「バスト大きいねー」
「ブラは何着けてんの?」と言って美由紀が青葉のブラを手に取る。
「C65か・・・」
「この胸はCカップじゃないと思うぞ」と日香理。
「奈々美に、来週からDカップ付けて来いと言われた」
 
「ああ、言われてたね」
「奈々美の意見に賛成」
 
「ウェスト細ーい。青葉ウェストいくつ?」
「58かな。少し大きくなっちゃった。体重も42kgまで増えちゃったし」
「それはバストの成長に引っ張られたんだろう」
「体重の増加もバストの重さが増えた分だよ、きっと」
 
「お股はふつうに女の子だね」
などと言って美由紀はスリットの中に指を入れて開けてしまう。
 
「ちょーっ」とさすがに青葉が声をあげる。
「大丈夫、大丈夫、処女には傷つけないから」
「あれ? 青葉は非処女だったはず」
「いや、この身体になってからはまだ処女だから」
「じゃ、中にまでは入れないことにしよう」
「もう・・・・」
青葉はダイレーターを外しておいて良かったと思った。
 
「ほんとに普通の女の子の形だ」と日香理。
「私、普通の女の子の形が分からない」と世梨奈。
「自分のを見れば分かるじゃん。鏡使えばよく見える」と美由紀。
「えー、そんなの見るのなんか気持ち悪い」
「自分のはよく観察して少し研究した方がいいぞ」と美由紀。
「何なら、この後で世梨奈も解剖してあげようか?」
「それは勘弁してー」
 
「私を手術してくれたのが女の先生だからね。自分と同じ形にしてあげるんだって言ってたよ」と青葉。
「へー」
「性転換手術する先生の中には、たとえば、おしっこ出る所を少し下にして、おしっこが飛び散りにくいようにする、なんて先生もいるけどね。私はそれは余計な親切で、ふつうの形にしてくれた方が患者さんは喜ぶ気がする。性転換手術って、心を満たすための手術だもん。多少不便でもそう気にしないと思う」
「基本的に美容整形と似たようなもんだよね」
「私は美容整形の一種だと思うよ。鼻を高くしたり、胸大きくしたりするのと同類」
「お股の形をちょっと変えるだけだもんね」
 
「実際、性転換手術を受けるような人はそれ以前にもうほとんど実質的な性転換は完了してるんだ。服装、生活、仕事、人間関係、性生活、全て」
「ああ、そうだろうね」
「性転換手術は、性を転換するための手術じゃなくて、既に性は転換済みの人の身体を調整してあげる手術なんだよね」
「なるほど」
 
「よし。観察終了〜。青葉、服着てもいいよ」
「はーい。何か観察して分かった?」
「青葉が完全に女の子であることを確認した」
「それはそれは」
「誰かから、青葉が身体のことで疑われたら、私たちが青葉が確かに女の子であることを証言してあげるから」
「それはまた御親切に」
と言って青葉は笑った。
 
「でも、青葉、おしっこだけは手術前の方が便利じゃなかった?」
「全然。手術した後の方が楽になったよ」
「へー」
「飛び散りかたも小さくなったし」
「ほおほお」
「向きの定まらないホースが付いてるより、ホースを外して蛇口から直接水を出した方が、水の行き先は定まるでしょ?」
 
「なるほど。性転換手術というのは、ホースを取り外す手術なのか」
「意味深だ・・・・」
「女の子って蛇口から直接出していたのね・・・」
 
「おしっこする時だけホース付けられたら便利なのにね」
「それやりたいなら『マジックコーン』を使えばいい」
「何それ?」
「女の子が立ちションできる道具」
「へー!」
「自作してもいいと思うよ、あれ」
「帰ったら調べてみよう」
 

翌日の朝の御飯はヴァイキング方式だった。分散させるためクラスごとに指定された時刻に行って、レストランで好きな物を好きなだけ取って食べる。青葉はこの方式の食事は初めてだったので「へー、こういうのもいいね」などと感心したように言っていた。
 
最終日は海遊館組とUSJ組に分かれて行動した。最終日の行き先で、海遊館派とUSJ派で意見が別れて、希望者を聞いてみても半々くらいだったため、各々が行きたい方に行くということになったのであった。
 
青葉は美由紀・日香理とともに、海遊館コースを選択した。ミーハーな明日香は当然USJに行った。美津穂は「あんまり映画には興味ない」と言って海遊館、世梨奈はかなり迷ったようだったが、USJ組は参加費用が1万円増しになるので「お金もったいない」と言って、海遊館コースにした。
 
館内に入り、最初アクアゲートで圧倒される。
 
「すごーい。海の底にいる感じ」
「こういう視線で魚たちを見れるのは何か素敵だよね」
 
いったん上まで上がり、ゆっくりと回りながら下りてくるが、ジンベエザメなどのいる巨大水槽の前で立ち止まる。
 
「水槽が凄い大っきい!」と言って青葉が感激の声をあげる。
 
「大きいよね。普通のガラスじゃ、こんな巨大な水槽作れないのよね。これはアクリルガラスっていうのよ。日本の工業技術の成果物のひとつだよね」
「へー」
「沖縄の美ら海(ちゅらうみ)水族館にはこれより更に巨大な水槽があるよ。このガラスを作ったメーカーの最高傑作」
「わあ、沖縄か・・・1度行ってみたいな」
 

午前中海遊館をのんびりと見学してから、お昼は隣接する天保山マーケットプレイスで取る。今日のお昼は600円分のクーポンを配られた上で各自好きなものを勝手にということになっていた。向こう岸にUSJが見える。
 
「向こうでは楽しんでるかな」
「たくさんお金を使ってるよ」
「確かに。高すぎるよね。入場券とエクスプレスパスで結局1万越えるし、食事も高いし」と日香理。
「あ、明日香からメールだ。ハンバーガー1580円に絶句中と書いてる」
「こちらはステーキ定食700円とメールしてやろう」
「この後、みんなでたこ焼き食べに行こう」
「たこ焼き12個入り520円とメールしてあげよう」
 
青葉たちは1時半に集合し、大阪城にバスで移動。1時間ほど掛けて見学、記念写真を撮った上で、道頓堀で下ろされ、のんびりと心斎橋筋を北へ向かって歩き、大阪の街を満喫した。
 
「やはり、こちらのコースが大阪らしい大阪を楽しめたね」と日香理。
 
「私、こういう商店街を歩くのって初めてかも」と青葉。
「ああ。。。青葉、いつも仕事で飛び回ってるから、こんな感じの所に来る機会が無いよね」
「雰囲気がいいなあ・・・活気あって。エネルギーがあふれてる」
 
「田舎じゃ、人はみんなイオンとかアルプラザに集まるからね。こんな大規模な商店街は、もう成立しなくなってるね」
「交通機関が衰退してるから、車の駐められる所にしか人は集まれないもん。こういう大きな商店街は発達した公共交通機関網に支えられているんだよ」
 
夕方、新大阪駅裏でUSJ組と合流。青葉たちは17:46のサンダーバードで高岡に帰還した(20:46着,来る時と同様に臨時増設車両)。夕食は車内で京風の少し上品なお弁当とペットボトルのお茶が配られた。
 
明日香が
「せっかく大阪に来たのに、たこ焼き食べてない!」
などと叫んでいたが、
「明日香は大阪じゃなくてハリウッドに行ってたんだから仕方ないね」
などと日香理に言われる。
 
「でも、なんでそのハリウッドにキティちゃんがいるんだ?」
「さあ・・・キティちゃんがハリウッドに遊びに行ったんじゃない?」
「高額の入場料が払えなくて、働いて返してる最中とか」
「むむむ」
 

修学旅行が終わった翌週の火曜日。青葉たちは学活の時間に来月上旬の体育祭の出場者を決めていた。学級委員の平林君と紡希が前に出て、自薦・他薦でリレーの出場者や応援のリーダーなどを決める。
 
体育祭クライマックスのスウェーデンリレーの代表を決めるのに男子は4人がすんなり決まったが、女子は3人決まって後1人が決まらない。あれこれ揉めていた時、ひとり「もう紡希、走りなよ」と言う子がいた。
 
「ああ、紡希は2年生の時まで陸上部だったしね」
「400mで地区大会入賞したじゃん」
 
などと言われている。そう言われた紡希が一瞬困ったような顔をした。その時、青葉はふと、修学旅行の時、お風呂場で紡希の波動に違和感を感じたことを思い出した。反射的に青葉は手を上げていた。
 
「私、スウェーデン・リレーに出たい」と発言する。
 
「おお、立候補者が出た」
「青葉400m走る?」
「うん。走っていいよ」
「じゃ、4人目の代表は川上さんということで」
と紡希は締めたが、ほっとした表情をしていた。
 

その日の昼休み、購買部に行ってお昼用のパンを買ってきた紡希を、青葉と日香理はふたりで拉致して、階段の下に連れ込んだ。
 
「紡希、話がある」と青葉が言う。
「何だろう?」と戸惑うような表情の紡希。
 
青葉は単刀直入に言った。
「紡希、妊娠してるでしょう?」
 
紡希は驚いたような表情をし、それから泣き出した。
 
日香理が紡希をハグしてあげる。
 
しばらく泣くに任せていたら、2-3分泣いたところで彼女も落ち着いてきたようである。
 
「どうしてわかったの?」とまだ泣き顔の紡希。
「修学旅行で一緒にお風呂入った時、身体の線で分かった」と青葉。
「えー? 凄いね。まだ2ヶ月くらいだと思うんだけど。あ、それで?さっきリレーの代表に名乗り出てくれたの」
 
「正直修学旅行の時はあれ?とは思ったものの、すぐ忘れちゃったのよ。さっきの学活の時、走るの得意なはずの紡希がなぜ躊躇ってるんだろと思った時、修学旅行の時のことを思い出して、そうだ、あの身体の線は妊娠してるせいだと気が付いたの」
「ありがとう。この身体では走れないから、どうしようと思った」
 
「妊娠検査薬、使った?」
「使った。陽性だった」
「病院行った?」
「行ってない。ちょっと勇気が無くて」
 
青葉と日香理は顔を見合わせる。こういう時ちゃんと行動できそうな紡希が、悩んでしまうほど、やはり妊娠って重大事件なんだなと青葉も日香理も思った。
 
「Hした日付から妊娠何週目かは分かるよね?」
「うん。今たぶん7週目」
 
「私たちが付いてってあげるから、病院に行こう」
「うん。でもお金がなくて中絶ができない」
 
「お金は、友だちみんなでカンパできると思うよ。取り敢えず私が立て替えてもいいし」
と青葉。
「誰が妊娠しちゃったのかは伏せてカンパするからさ。青葉はお金持ちだから気にすることないよ」
と日香理。
 
「そんなお金持ちじゃないけど、中絶の代金くらいは払えるよ」と青葉は補足した。
 

あまり色々な人に関わらせない方がいいだろうとは思ったものの、カンパのことを考えて、もうひとり隣のクラスの奈々美にだけ打ち明け、4人でその日の午後産婦人科に行った。
 
「ごめんね、こんな所まで付いてきてもらって」と紡希。
 
「いや、ここに患者として来るのは私だったかも知れん」と奈々美は言う。
「私も、最初の時は付けずに彼氏とやっちゃったからなあ。幸いにもその時は妊娠しなかったけど生理が来るまで凄く心配だった。来なかったらどうしよう、どうしようって思ったよ。それで、その後は絶対付けさせてるけど、あの時妊娠していてもおかしくなかった。男ってさ、何だか付けたがらないんだよ。でも絶対付けさせなきゃダメだよ」
 
「私もかなり『したい』と言われるのを、高校入試が終わったらさせてあげると言って引き延ばしてるんだけど、1度だけ素股でやらせたのよね。その時ちゃんと付けてと言ったら、入れないんだから付けなくてもいいだろう?とか言うのよね。精子が飛散して侵入する危険あるし、付けずにやりたいとか言うのなら別れると言ったら付けてくれた。何であんなに付けるの渋るかね、男って」と日香理。
 
「やはり私の意志が弱かったんだなあ。ずっと片思い続けていて、やっと思いが届いてデートして、なんとなく雰囲気でセックスしちゃったんだけど、私も彼も避妊具の用意がなくて」
「そんな時は次回しよう、って方向に持って行かなくちゃね」と日香理。「避妊具買う勇気が無い時は青葉に言えばもらえるからさ」と奈々美。奈々美はここ1年ほどの間に5回ほど青葉から避妊具をもらっている。
 
「奈々美の場合は彼氏に買わせればいいのに」と青葉。
「うん、まあそうだけどね」
「で、紡希、彼とはどうなったの?」
「結局別れちゃった」
「あんまり早くセックスさせると、早く別れやすいよ」と日香理。
「そうかもね」
 
「その彼には妊娠のことは言ったの?」
「言ったけど知らんって言われた」
「ひどいな」
 
「付けずにやること自体が問題だし、それで女の子を妊娠させて逃げるのは無責任すぎる」
「そんな男だったと思うしかないね」
「うん。そう思うことにする」
 
「でも、困ったなって思ったら、誰かに相談するようにしようよ。ひとりで悩んでちゃダメだよ」
「それは思ったけど、私ってあまり他人に相談するのに慣れてないから」
 
「そのあたりは青葉も同じだよね。紡希にしても青葉にしても、他人から相談されることが多くて、自分で誰かに相談するって無いよね」と日香理。「あ、私何度か美由紀に相談した」と青葉。
 
「ああ、美由紀はそういう時便利な性格かも。美由紀に話している内に自分で解決方法見つかるでしょ」
「美由紀って、こちらが実は考えていたようなことをズバリと言ってくれるんだよね」
「不思議な天性の勘を持ってるよね、そういう面では」
「今頃くしゃみしてるな」
 
「今度からは私でもいいし、青葉でもいいし、相談しなよ」と日香理。
「うん」
 
「私、ちょうど紡希が悩んでいた時期に自分の体調回復で忙しすぎたかも知れないなあ」
「あ、確かにその時期は他人事まで手が回らなかったかもね」
 

やがて診察室に呼ばれて4人で一緒に入った。お医者さんから色々聞かれて、紡希は少し泣きながら答えていた。
 
血液検査、尿検査、心電図などが取られて健康状態には問題がないということで翌日中絶手術をすることになった。
 
「明日は朝から何も食べないでいてください」
「分かりました」
 
その日の病院代は青葉が出してあげた。
 

翌日、青葉や奈々美たちは、各々のクラスで女子の友人たちで、口の硬そうな子、彼氏持ちで共感してくれそうな子を中心に、自分たちの学年の子で不用意に妊娠してしまった子がいるので、中絶費用をカンパして欲しいというのを言って回った。男子の中でもこういうことに理解がありそうな子には話して頼んでみた。
 
美由紀などは、そういうこと起きてるなら水くさい、自分にも相談してくれれば良かったのにと言い、カンパを求める方で動いてくれた。
 
明日香などはどう見ても言いふらしそうなので趣旨を説明しないまま「ちょっと、困っている子のためにカンパ集めてるんだけど」と言ったら1000円協力してくれた。
 
美由紀の元思い人N君などは、美由紀がカンパを頼むと美由紀には借りがあるしと言って、1万円も寄付してくれた。(一応あの事件ではN君のお母さんが青葉に30万円払ってくれている)
 
カンパは一部、他のクラスまでも広がり、結局合計30人からN君の分まで入れて7万円も集まった。あと少し足りない分は青葉が出してあげることにした。紡希は涙を流していた。
 
その日の午後はうまい具合に先生たちの会議で午後の授業が無かったので、紡希は4時間目が終わってすぐに青葉に連れられて学校を出て病院に行き、妊娠中絶手術を受けた。手術を受けている間に、日香理と奈々美も来てくれた。この時ふたりがカンパのお金を持ってきてくれた。
 
回復室のベッドの上で「赤ちゃん、ごめんなさい」などといって泣いているので、青葉は紡希の手を握って心のヒーリングをしてあげた。そのヒーリングと、みんなとのおしゃべりで紡希はかなり気分が楽になったようであった。
 

回復室で3時間ほど休ませてから紡希を家まで送って行ってあげた後、青葉と日香理・奈々美は3人でお茶を飲みに行った。
 
「みんな、お小遣いはたいちゃったろうし、ここは私のおごりね」と青葉。「わあ、それじゃハンバーガーとか頼んじゃっていい?」と奈々美。
「いいよ。私も食べようかな。私の分も買ってきて」と言って1000円札を渡す。
「おっけー」
と言って奈々美は買ってきたが、ハンバーガー3個とポテトのLだ。
 
「3個?」
「私、青葉、日香理」
「あ、私のも?」と日香理。
「食べない?」
「食べる」
 
ということで、3人でハンバーガーを食べながら、しばし話した。少し話していたら窓の外を美由紀が通り掛かり、お店の中に入ってきて、会話に参戦した。青葉は美由紀の分もハンバーガーと飲み物をおごってあげた。
 
「あの子、最後まで彼氏の名前言わなかったけど、S君だよね」と日香理。「うん。私もそうだと思った」と青葉。
「凄いショック受けたような顔して、結局12750円出してくれたからね」
「あり金全部って感じだったし」
「750円という端数に彼の最低限の責任感を感じた」
 
「でも、青葉のヒーリングって、身体の表面に沿って手を動かすのだと思ってたけど、今日はずっと手を握ってあげてたね」
「そうそう。身体の不調な部位とかを治すのはそこで手を動かすけど、心を治す時は手を握ってあげる」
「へー」
「震災の後は、こちらのヒーリングをたくさんしたよ」
「わあ、大変だったよね」
 
「でも私、セックスしたら妊娠するんだということを、改めて認識した」
と奈々美は言う。
「セックスって半分ファンタジーだけど、妊娠はリアルだからなあ」
「あの子みたいな、しっかりした感じの子でも、どうしたらいいのか分からなくなっちゃうのね」
「でも今回のことで私、彼女によけい親近感を感じちゃった」と日香理。
「青葉以上にとっつきにくい所あるもんね」
 
「青葉はバリアはあるけど、バリア突破した後はフレンドリー」
「ツンデレか?」
「ツンとはしてないけど、それに近いね」
「でも彼女の場合はバリア突破しても、凜としてるからね」
 
「あんたらの会話で、やっと私、妊娠したのが誰か想像が付いてきた」
と美由紀。
「あの子ならちゃんと彼氏に『付けてくれ』と言えそうなのに」
 
「それがその場ではなかなか言えないのが恋愛なのよ」
「やはり、私たちそのあたりの認識がまだまだ甘いんだろうね」
「女の子は生理始まった時から、妊娠できる状態になってるのにね」
「昔なら、私たちの世代って、もうお嫁に行ってるもんね」
 
「私も今は付けさせてるけど、青葉もちゃんと付けさせろよ」と奈々美。「ちゃんと付けてくれてるよ。リアルでも夢でも」と青葉。
 
その会話を微笑んで聞いていた日香理が、ふと思いついたように言う。
「青葉、例の夢の中では生理あるんでしょ?」
「うん。実は今生理中。夢の中でナプキン付けてる」
「へー」
「じゃ、夢の中でコンちゃん付けずにやったら妊娠する可能性あるのね?」
 
「うん。だから彼と結婚できたら、夢の中で付けずにやってみようって言ってる」
「ああ、それで赤ちゃん産む気だな」
「そう。その子は夢の世界でちゃんと存在し続けると思うのよ」
 
「夢の中だけじゃなくて、リアルでも存在してたりしてね」
「まさか」
 
「だって、いつだったか夢の中で青葉に書いてもらったメモ、起きたらちゃんと枕元に残ってるんだもん。あれはびっくりした」
「へー」
 

青葉たちは紡希が今回の件で落ち込んだりしないだろうかと心配していたのだが、翌日学校に行ってみると紡希は至って元気だった。
 
「あ、青葉〜、体育祭の応援のチアの頭数が足りないのよ。青葉、やってくれない? 青葉運動神経いいから、すぐ踊り覚えるよ」
と普段の明るい笑顔で言う。
 
「うん。そうだなあ。やってもいいよ」
「じゃ、リストに入れとくね。よろしくー」
と言って、楽しそうにして向こうに歩いて行く。
 
青葉と日香理は顔を見合わせた。
「元気だね」
「なんかふだんの紡希だよね」
「やっぱり強い子なんだよ」
 
そこに呉羽君が「何、何、何の話?」と言って寄ってくる。
 
「呉羽君って、彼氏とHする時、ちゃんと彼氏に付けさせてる?」
「ちょーっ、なんで僕に彼氏がいないといけないの?」
「じゃ、彼女いるの?」
「いないけど」
「彼女できたとして、セックスするとして、ちゃんと付ける?」
「そんなの付けないってのがあり得ない」
 
「やはり、ちゃんとした男の子もいるのね」と青葉。
「いや、ちゃんとしているのは確かとして、男の子であるかどうかに多少の疑問があるけどね」と日香理。
「確かに」
 
「なんでー? 僕男じゃないの?」
「呉羽君、今度はふつうの女装させてあげようか?」
「いや、遠慮しておく」
 
「そうだ。今度の体育祭でチアリーダーするとかは?」
「はあ?」
「ミニスカ穿いて、ボンボン持って」
「う・・・・なんか楽しそう。やってみたい気分」
「よし。紡希に言っておこう」
「待って、冗談だから」
 

その週の土日、9月29-30日は久しぶりの岩手行きであった。久しぶりなので案件が溜まっていることもあり、滞在時間をできるだけ長くしようということから、28日夕方の「はくたか」と新幹線を乗り継いで一ノ関まで行き、彪志の家に泊めてもらう。大宮から彪志も同行した。彪志とも1ヶ月半ぶりのデートである。9月前半に1度彪志が富山に行こうかという話もあったのであるが、前半は和実と春奈に集中ヒーリングをしていたので、あまり時間が取れないということで無理はしなかったのである。
 
「週末は本当は忙しいんでしょ? ごめんね」
「いや、土日でないと青葉動けないし」
「今日もお仕事だった?」
「うん。5時までバイトして、そのあと京成で出てきた。速いし実はJRより安い」
「へー」
 
「お仕事溜まってそうだよね」と彪志が訊く。
「3ヶ月ぶりだからね。先週の日曜は北陸方面の霊的な相談の溜まってるのをやったんだけど、朝9時から始めて、結局夕方8時まで掛かった」
「わあ」
「かなり断ってもらってたんだけど、ぜひというのが多くて」
「北陸方面は、まだそんなに口コミは広がってないんだろ? それでそんなに仕事あるなら、こちらは凄いだろうね」
 
「一応29日は大船渡と陸前高田、30日は南三陸と気仙沼。でも30日の終わりが何時になるか見当も付かない」
「でも帰らなきゃ」
「そうなのよね。一ノ関21:15の新幹線に乗って仙台から高速バスに乗り継ぐのが、学校の始業時間に間に合う最終連絡だから、気仙沼を19時には出るつもりでいないと」
 
彪志には帰りに、気仙沼から一ノ関まで送ってもらうことにしている。
 
「『きたぐに』が無くなっちゃったのは辛いね」
「そうなのよ。あれが無くなったから、JRで帰るには一ノ関18:06の『はやて』
に乗らないといけない。でもそんな時間までに仕事が終わるとは思えない」
 
「まあ、高速パスに乗り遅れたら、高岡までそのまま車で走るかだな」
「それは無茶だよ。無休憩で走っても仙台から高岡まで6時間かかるはず。一ノ関からなら8時間。途中3時間休憩したとして11時間。それで朝学校に間に合わせるには一ノ関を21時に出ることになって、それならふつうに新幹線・高速バス乗継ぎ方式で帰れる」
 
「俺と青葉が交替で運転したら?」
「・・・・悩んじゃうじゃん、そんなこと言われたら」
 

その日、28日は彪志の実家に泊めてもらった。一ノ関21:43の着だったが、駅までお母さんが迎えに来てくれた。
 
「お疲れ様〜」とお母さん。
「なんか済みません。いつも非常識な時間にばかり到着して」と青葉。
「遠いところからだもん。仕方ないわ。あんたたち、御飯は食べた?」
 
「彪志さんが駅弁を買ってきてくれていたので新幹線の車内で一緒に食べました」
と青葉が言うが、
「あ、でも夜食歓迎」
などと彪志が言うので、彪志の家に着いてから、お母さんが作ってくれていたカレーをみんなで食べた。お父さんは残業で遅くなり、青葉たちが到着する直前に帰宅したところで、結局4人で「遅い夕食」を取りながらの団欒という感じになった。
 
「もう手術の跡の痛みとかは無いんですか?」
「まだ少しありますが、もうかなり調子いいです」
「今までも十分女らしいと思っていたんだけど、なんか以前に増して女らしさがアップしている感じ。やはり手術した効果かしらねぇ」とお母さんから言われる。「胸もかなり大きくなってるしね」と彪志。
 
まだみんなお風呂に入っていなかったので、食事の後は交替でお風呂に入る。お茶を入れて青葉が持って来たお菓子を頂きつつ、また更に会話は弾んだ。
 
「青葉ちゃんがこちらに来てくれないと、彪志もうちに戻ってこない感じなのよね。結局、夏休みはお盆の少し後にちょっと戻って来た以外は、ずっと千葉にいたし」とお母さん。
「理学部は上の方の学年になると忙しくて、とてもバイトできないし、1〜2年の内に少しでも学資を貯めておきたいと彪志さん言ってました」
「理系はどうしても忙しいわよねぇ」
 
「でも、青葉ちゃんも、そろそろ高校受験の方、忙しいんじゃないの?」
とお父さんから訊かれる。
 
「一応推薦入学で高校に行けるようになったので、試験は受けなくてもいいのですが、一応11月中旬にこちらに来るのを最後に、合格内定の日まではこちらに来るのは休ませてもらうことにしています。推薦で決まってるからと言って、あまりあちこち出歩いてたら、同級生たちに悪いし」
「そうよねぇ」
 
「11月は彪志さんの誕生日の直後になるので、こちらにまた寄せてもらいますね」
「はいはい」
というお母さんは何だか嬉しそうだ。
 

12時すぎに彪志と一緒に部屋に入る。「一応」布団はふたつ敷いてある。
 
何だか彪志がそわそわしている。こういう感じの彪志を見るのは、青葉は好きだ。
 
「ね、青葉、体調はどう?」と聞く彪志の顔は明らかにそのことを考えている。
 
「えっとね。こないだ修学旅行に行く前に、温泉に入っていいか確認してもらうのに検診受けたんだけど、その診断で温泉・プールはもうOK。セックスは1ヶ月後くらいなら、ふつうの体位でする分には、そう続けて何度もしたりしなければOKと言われた」
 
「1ヶ月後か・・・・まだ、その時から1ヶ月経ってないんだっけ?」
「検診受けたのは14日だよ。半月前」
「じゃ、今日はまだだめか・・・・」
 
「ふふふ。今夜はどちらにする? 素股で行く? お口でするのが好き?」
「な、悩むな・・・・」
 

翌日は朝から彪志に大船渡まで送ってもらう。むろん車の中でもデートという感じである。慶子の家の駐車場(一応慶子の車も含めて最大4台駐められる)に駐め、彪志にはそこで休んでいてもらって、慶子の車で依頼主の所に行く。その日は、大船渡・陸前高田で、健康相談系のものを合計7件こなした。
 
震災の影響でPTSDを起こして、健康不調からなかなか回復できない人が多く、青葉は主として対話により心の中の「詰まっている部分」を少しずつ解放するとともに、内臓系やリンパ系にヒーリングをすることで身体に出ている影響を緩和していった。
 
こういう人たちには継続的な治療が必要な人も多く、今回巡回したクライアントの内4人は以前からの相談者で、内2人は青葉がこちらに来られなかった間も電話でいろいろ話を聞いてあげていたのである。
 
また初めて健康相談をする人たちには病院で血液検査を受けてもらうようにしていた。その検査結果表を見て、血糖値やコレステロール値に異常がある人たちには食事の指導などもした。けっこう自分では気づいていないが血糖値の高い人というのは、いるし、血糖値改善方法については世の中にあまりにも誤った方法が流布しているので、正しい方法を教えるのがまた大変なのである。青葉が話していて相手の反応から、この人は改善する気無いなと思った人もいた。本人に改善の意志が無いケースはどうにもならない。
 
また、今回の相談者の中で1人、内臓付近の気の乱れ方と、血液検査の数値から、内臓疾患の疑いを持った人がいたので大きな病院で検査してもらうよう言った。
 
「何かもう、お医者さんと組んで巡回したい気分だったよ」と青葉。
 
夕方、慶子の家に戻り、彪志と一緒に3人で夕食を食べながら青葉は言った。
 
「でも、祈祷師と医者が並んで診察してる図は怪しすぎる」と彪志。
「そうなんだよねー。だからこちらとしては医者に行けと言うしかないけど、行かないだろうなあ」
「そこには根本的な医療不信があるんだけどね」
「まあ、藪医者も多いからね」
 

その日は大船渡市内の旅館に彪志とふたりで泊まった。慶子は、うちに泊まればいいのに。別にHしてもいいよ、とは言っていたが、さすがに遠慮した。
 
「彪志、今日はとっても気持ちいいことしてあげる」
と青葉は悪戯っぽい目で言った。
 
「え?」という彪志は何かを期待するかのような顔。
 
「裸になって、お布団で寝て」
「うん」
そそくさと服を脱ぎ、布団の中に入る。青葉も裸になったが、すぐには布団に入らず、横でお姉さん座りをする。
 
「ふふふ。ヒーリングしてあげるね」
「え?」
「彪志、かなり無理してバイトしてるでしょ」
「あ。。。えっと」
「疲れが凄く溜まってるよ。今晩ずっと癒やしてあげる」
「えっとセックスは?」
「セックスより気持ちいいよ」
「俺、セックスしたい」
「たまには、こんな夜もいいものよ」
と言って青葉は布団の中に入り、彪志を抱きしめた。青葉のオーラが彪志を包み込む。
 
「なんか気持ちいい・・・・」
「眠っていいよ」
「俺実は今日の日中ずっと寝てた」
「ほんとに疲れてるもん。彪志に倒れられたら私困るから」
「なんか眠くなってきた」
「おやすみ」
と言って青葉は彪志にキスした。彪志は深い眠りの中に落ち込んでいった。
 

翌日は朝慶子に迎えに来てもらい、彪志の車と一緒に2台で気仙沼まで行く。気仙沼までは青葉は彪志の車に乗っていたのだが、そこから慶子の車に移り、彪志には休んでもらっていて、青葉は慶子と一緒に南三陸町に入る。
 
2件が健康相談、1件は家相に関する相談だった。お昼過ぎに気仙沼に移動し、昼食を彪志と一緒に3人で食べた後、気仙沼市内でまた4件の相談を受けた。3件目の相談が終わった時、時計を見ると15時半だったので、これはひょっとして次のがさっと片付くと一ノ関18時の新幹線に間に合ったりして・・・・と淡い期待をしたのだが、相談者の家の玄関に立った時点で、潔く諦めた。
 
「何じゃ〜、この家は。よく人が住んでる!」と思うような化物屋敷だ。霊感のそう強くない慶子でさえ、小さく「わっ」と叫び、青葉と顔を見合わせた。
 
ふたりとも霊鎧をしっかりまとってから中に入る。居間の中で青葉は慶子に『座っても良い場所』を目で示した。変なところに座ると、幽霊をお持ち帰りする羽目になる。
 
「えっと健康か何かのご相談でしょうか?」と青葉。
「健康もですが、ここ数年何だか運気が悪い感じで」
 
そりゃ、こんな家に住んでいたら運気も落ちるだろう。
 
「こちらは借家ですか?」
「いえ。5年前に退職金で買いました」
「運気が落ちたのは、ここに来てからでは?」
「そうなんです。やはり家相が悪いのでしょうか? 東京に住んでる妹がここを買う時、随分反対したのですが、妹はずっと賃貸暮らしなので嫉妬でもされたかと思って、構わず買ってしまったのですが」
 
「妹さんが正解ですね。買ってしまったものは今更どうしようもないですが、もし命が惜しいと思うようでしたら、引っ越しをお勧めします。ここにいたらまずいですよ」
「そんなに家相が悪いのでしょうか?」
「家相以前の問題ですね」
「はあ」
 
それからの2時間は、この頑固な老人を説得するための2時間であった。奥さんの方は「やっぱり」と言い、青葉が「出ません?」と聞くと「もう慣れっこになりました」と言う。誰もいないはずの部屋で人の声がしたり、階段を上り下りする音、玄関のベルが鳴ったので開けても誰もいない、そんなのが日常茶飯事らしい。どうも、この奥さんは視覚的なものでは見ないものの、音を聞いたり雰囲気を感じたりはするタイプのようである。
 
奥さん、青葉、慶子の3人で御主人を説得した結果、17時半くらいになって、ようやく「ここ売って引っ越そうか」と言い出した。
 
「しかし震災の影響で今はなかなか不動産が売れないみたいで」
「逆に買うのは安く買えますよ。この家土地を担保に銀行からお金を借りる手もありますし」
と言うと、「ああ確かに」と言う。
 
株をやっているらしいが、5年前にここに越してきた時は3000万円あった金融資産が半分以下の1200万になってしまったなどと言う。
 
「今は株は持っている分には下がって行きやすいのですが、変動が割とあるから、売買益は出しやすいですよ。この家にいる間はあまり取引なさらない方が良いですが、新しい家に引っ越したら、少し積極的に売り買いなさいませんか?」
と勧めてみると「そうだな。それもいいな」と本人も少しやる気を出したようであった。
 
この家を結局18時すぎに辞した。そのままではとても帰られないので、近くの神社に寄らせてもらい、青葉自身、慶子、そして車を霊的に洗浄させてもらった。それから、彪志に連絡を取り落ち合うと、青葉は慶子に別れを告げ、彪志の車で一ノ関に向かう。いったん彪志の家に寄り、御両親を乗せて駅まで行く。4人で駅前のラーメン屋さんに入って取り敢えず一緒にラーメンを食べながら、あれこれ話した。
 

 
「彪志、何か凄く元気になってる」とお母さん。
「ああ、この2日間、俺ひたすら寝てたから」と彪志。
「私がずっとお仕事だったので、申し訳無かったです」と青葉。
「昨日は佐竹さんちでひたすら寝て、ゆうべは旅館でHもせずにひたすら寝て、今日も車の中でひたすら寝てた」と彪志。
 
「それだけ寝たらね」とお母さん。
「彪志さん、かなり疲れが溜まっていたようでした」と青葉。
「それを昨夜は青葉にヒーリングしてもらったんだ」
「ああ、なるほど、それでそんなに元気になったんだ」
 
「夜間のバイトだから、昼間少し仮眠したりしても、どうしても睡眠不足が続いていくんですよね」と青葉は言う。
「彪志、そこやめて他のバイト探す?」と心配してお母さんが言うが
「今時楽なバイトなんて無いから。でも学業に影響が出ると思ったら辞めるよ」
と彪志は言う。
 
「うん。勉強するのが本業だしね。なによりも健康を損ねたら、病院代で1〜2年分のバイト代はすぐ吹っ飛ぶよ」
「無理はしないよ」
 
「何なら私の助手のバイトでもする?」などと青葉が言うと
「いや、青葉の助手なんて、どう考えてもピザの配達より重労働だ」
と彪志は言った。
「ちょっと、そこの幽霊片付けといてとか、結界張っといてとか、呪いの人形処分しといてとか、頼まれそうだし。たぶん身が持たない」
 
「うーん。読まれてるな」
と言って青葉は笑った。
 

駅の改札口で御両親と別れ、彪志とふたりで21:15の新幹線に乗る。仙台まであれこれおしゃべりしながら、また近くに他の客がいないのをいいことに少しHなことなども、こっそりやりながら30分ほどの旅を楽しんだ。
 
仙台駅で青葉が降りて高速バスに乗り換える。彪志はそのまま東京まで乗る。彪志は今朝青葉が「ちょっとだけね」と言ってしてくれたフェラの快感を思い起こしながら、またすやすやと眠りの世界に入って行った。
 
青葉は駅前のコンビニで低血糖に陥った時の用心にパンを買うと高速バスに乗り、ヒーリングの波動で自分を包み込んで眠りに就いた。ああ、今日は私も疲れたから夢の中で彪志と会えないや、と思った。
 

今回はやはり相談件数が多く、30分単位のハードスケジュールで動いたこともあり、疲れがたまって熟睡していたようであった。ふだんなら朝4時に目が覚めるのに目が覚めたのは朝5時。バスは越中境PAに到着。乗降は取り扱わないが開放休憩ポイントである。
 
頭をすっきりさせようと車を降りてトイレに行く。ゆっくりと用を達し手洗所で手を洗おうとした時、隣の蛇口のところにいた自分と同じくらいの年齢の女の子がビクッとする様子。へ?と思って見ると、何だか見た記憶のある顔だが、すぐには思い出せない。その子は明らかに逃げようとした。青葉は反射的に彼女の首に抱きつくように飛びついた。
 
「わっ」と彼女が小さい声をあげるが男声だ!
「ね、もしかして呉羽〜?」青葉。
「見逃して〜」と小さい声。
「可愛いよ!」
呉羽は花柄の刺繍があるピンクのトレーナーに、白いプリーツスカートを穿いていた。髪はウィッグだろう。女学生らしいセミロングの髪にしている。
 
ふたりで外に出て話す。青葉は少し低血糖ぎみになっていたので缶コーヒーを2本買って、1本呉羽にあげた。開けて飲みながら尋ねる。
 
「そちらの出発時刻は?」
「5:10」
「じゃ、こちらと同じだね」
「みんなには内緒にしててくれない?」
「いいよ。でもみんな言ってるよ、呉羽君、絶対普段から女装してんじゃないかって」
「そ、そう?」
「カムアウトしちゃいなよ。女の子たちともっと親しくできるよ」
「うーん。。。。」
 
「どこ行ってきたの?」
「東京。親戚の法事に出たんだけど、ひとりで行ったのをいいことに往復の行程ではこの格好で。実は女名前で予約したら女性専用車になってて。法事では学生服を着ていたけど、向こうでこの格好で池袋の街を少し歩いた。川上は?」
 
「私は岩手。仙台からのバス。女性専用車じゃ、学生服では乗れないね。しかしこんな所で遭遇するなんて凄い偶然。でも見た感じが自然。ふつうに女子中学生に見えるけど、よく女装してるの?」
「自分の部屋の中では時々してるけど、女装で外を出歩いたのは今度の旅行が初めて」
「こないだの水着女装でなんかブレイクしちゃった?」
「したかも」
「家族にはカムアウトしてんの?」
「ううん」と首を振る仕草が女の子っぽい。
この子、たぶん小さい頃から女装してたな、と青葉は思った。
 
「じゃ、服とか隠すの大変でしょ?」
「うん。洗濯とかもけっこう苦労してる」
「何なら洗うのとか服を置いとくのとか協力してもいいよ」
「わあ・・・頼むかも」
などと言って、両手で少し口を押さえる仕草もまた女の子っぽい。こういう仕草、私にもできんぞ!と青葉は思った。
 
「そろそろ、パスに戻らないといけないね。また話そう」
「うん」
「あ、そうそうチアガールの件、紡希に呉羽君がやりたがってるって言ったら、ぜひ頼むって言ってたから明日からって、もう今日か、一緒にチア練習しようね」
「えー!?」
 
青葉は呉羽に手を振って、バスに戻ったが、とっても楽しい気分になった。
 
 
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【春望】(3)