【春望】(その2)

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翌日、コーラス部は急遽学校に出てきた校長に全国大会3位の報告をした。その後、全員で市内のステーキハウスに移動し、ステーキランチを食べた。最初教頭先生がひとりで全員分おごるつもりだったようであるが、校長先生も「私も一口乗せて」と言って、校長・教頭ふたりでのおごりになった。部員は東京まで行けなかった子たちでも、ずっと夏休みに練習に出てきていたメンツには招集を掛けて一緒におごってもらった。寺田先生も教頭先生も「全国3位は、実際に大会で歌えなかった生徒まで含めて全員で取ったもの」と言った。 
「寺田先生、何か欲しいものは無いですか? 予算ぶん取りますよ」と校長。「コーラス部はブラスバンド部と違って特に楽器とかも必要ないですしね。昨年立派な練習部屋を用意して頂きましたし」と寺田先生。
 
「パート別練習できる場所があると便利かな。ブラスの人も欲しがってるから共同で使えるものでいいので」と美津穂が言った。
「音楽準備室の隣の空き部屋を改装して細かく間仕切りして、カラオケ屋さんみたいな構造になってるといいかも知れませんね」と日香理が補足した。「ああ。そういうのがあるならピアノ伴奏とか他のパートを録音した音源を流しながら練習できるといいからICレコーダ1個とMP3プレイヤー何個かがあると便利かな」と青葉も付け加えた。
 

その日の夕方、石巻から和実がこちらにやってきた。手術から3週間がたち、松井医師の検診を受けるのと、もうひとつは青葉のヒーリングをダイレクトで受けるためである。和実は青葉のヒーリングを毎日リモートで受けていて、かなり手術の傷も癒えては来ているのだが、9月15日に銀座店がオープンして、そこの店長をすることになっているので、それまでにできるだけ体調を万全にしておきたいということで、しばらく高岡に滞在して青葉の集中ヒーリングを受けたいという希望だった。本当はもう少し早くこちらに来たかったようだったが、コーラス部の全国大会までは青葉も時間的な余裕が無かったので、それまで待ってと言っていたのである。
 
「それにリモートでやってもらうことで、余分な負担が青葉に掛かってるんじゃないかというのもあったんだよね」と和実。
「うん。確かにこちらもダイレクトでやる方が楽」と青葉。
 
和実は高岡でホテル暮らしするつもりだったようだが、青葉が
「私の家に滞在してくれる方が、私も移動しなくて楽なんだけど」
と言うので、青葉の家に泊めてもらうことにした。
 
青葉の部屋に泊めたのだが、和実は料理などをできる程度には体力が回復しているので、朋子が仕事で出ている間に御飯を作ってくれて、特に日々のお昼御飯が充実したし、晩御飯も少し時間の掛かるメニューなども登場するようになり、桃香が「御飯がグレードアップした」と言って感動していた。
 
「いや、桃香が御飯作りしてくれていれば、今までも問題無かったんだけどね」
などと朋子は言っていた。
 
「でも、娘が4人もいるみたいで、私何だか幸せ」
「私が男に性転換していたりしたら、娘0人になる所だったね」と桃香。 
「それはさすがに悪夢だわ。でも千里ちゃん、女の子になれたことだし、このまま桃香のお嫁さんになってくれないかしら?」
「そうですね・・・・私できたら男の人と結婚したいけど、私と結婚してもいいなんて男の人いないかも知れないし。30歳まで独身だったら考えてみようかな。でも、桃香だって男の人と結婚するかも知れませんよ」
 
「いや、それはあり得ない」と桃香と朋子が同時に言った。
青葉と和実は吹き出した。
 

23日にはスリファーズの春奈が性転換手術を受けたアメリカから帰国し、付き添いのお母さんと一緒に高岡にやってきた。所属レコード会社の部長さんの大学時代の友人が高岡に住んでいて、その人に同年代の娘さんもいるということで、そこに9月中旬まで滞在させてもらうことになっていた。
 
高校生の春奈は本当は青葉たちと同様に学校が夏休みに入った直後くらいに手術を受けたかったようであるが、8月の夏フェスに出演が内定していたので、そのステージ終了後に渡米して手術を受けたのである。
 
「あまり休むと出席日数が足りなくなっちゃうので、9月の連休明け18日からは学校に復帰したいって春奈は言ってるんです。私は最悪留年してもいいから、身体をゆっくり休めた方がいいって言うんですけどね」と春奈のお母さん。『春奈』と彼女のことを呼ぶ時に一瞬ためらった様子だった。本人の意志で改名したその名前をまだ受け入れきれずにいるのだろう。
 
「やはり春奈さん、普段から、お仕事の都合で学校を休まないといけないこと多いんでしょう?」
と滞在している家のお嬢さんで、高校生の希美(のぞみ)さんが言う。
 
「ええ。一応学業優先ということにはさせてもらっているんですが、やむを得ないものもあるんですよねー」と春奈。
「ああ、私もこのお仕事してて、都合でけっこう学校休んでるもんなあ」
と青葉も言った。
 
「除霊とかのお仕事するんですよね?」
「相談がほとんどですよ。健康相談とか家相の相談とか。霊とか全然関係無くひたすらグチを聞いてあげるというのも多いです。除霊が必要なようなものは年に数回ですね。こういうヒーリングは余技なんで、基本的には知人とかから特に頼まれたりした場合のみです」
 
「私が受けられたのはケイ先生のおかげだなあ」と春奈。
 
「身体と並行に手を動かしてますよね。それで血液とかの流れをよくするんですか?」と希美さんが尋ねる。
「血液より『気』の流れですね」
「き?」
「『気のせい』とか『気配り』の『気』」
「へー。それで調子良くなるんですか?」
 
「希美さん、その右肘、痛めてるでしょ?」
「あ、凄い。どうして分かったんですか? 3日前にドアの取手にぶつけて」
 
「ちょっとその肘貸して」
というと、青葉は希美の肘のところにヒーリングを始める。
 
「あれ?何か気持ちいい・・・・」
青葉はヒーリングを5分ほど続けた。
「あ・・・・痛みが弱くなった」
「気の乱れを修正しただけです。自己治癒能力を高めると共に過度の痛みを緩和します」
「すごーい」
「また明日もヒーリングしてあげますよ」
 
「なんか凄いですね」と春奈のお母さんも言っている。
「お母さんも、少し疲れがたまってません?」と青葉。
「ええ。飛行機の乗り継ぎでけっこう大変で。でも、む・・・春奈の方がもっとたいへんなのに」
 
さっきも「む」という口の形をしてから「春奈」と言った。たぶん「娘」という言葉を言えないのだと青葉は思った。でももう「息子」と言う訳にも行かないということだろう。
 
青葉はまた春奈のヒーリングに戻り、左手をずっと身体に並行に動かすが、「こういう時は、本人よりかえって周囲の方が疲れたりしますもんね。お母さんも頑張ってくださいね」
と言って、青葉はさりげなく、お母さんの手を右手で握った。
 
「でも青葉さん、ほんとに凄い。手術を受けた直後にしてもらったヒーリングのおかげで、最初もう耐えられないくらいの痛さだったのが、どんどん痛みが軽減していったから」
 
春奈のヒーリングをしやすくするため、青葉は6月下旬に岩手に行った時、仙台市内のホテルで春奈に会い、2時間ほどのヒーリングをして霊的コンタクトを作り、同時に準備しておいた自分の依代を渡した。
 
その時も春奈は「わあ、凄い。疲れがどんどん取れていく!」と、感激している様子であった。手術直後にはその時に渡した依代を、付き添いの人に春奈のお腹の上(青葉が言う所の「子宮の上」)に置き、向こうからこちらに電話を掛けてもらってリモートヒーリングをしたのであった。
 
(1度でも直接ヒーリングしていないとリモートのヒーリングはできない。リモートヒーリング自体には依代は不要だが、あると、より強いヒーリングができる) 
8時間の時差があるので、春奈の手術が終わった現地時間の16時が日本では朝の8時になった。こちらは全国大会の目前の時期だったが、うまい具合に午前中なので、お昼近くまで4時間連続ヒーリングしてあげた。そのことで春奈は激痛に苦しむ時間がかなり短縮されたのであった。
 
青葉はしばらく左手で春奈のヒーリングをしながら、右手はお母さんの手を握ったまま、あれこれ会話をしていた。そのうち、お母さんが「済みません。少し眠くなってきた」というので、希美さんが案内して奥の部屋に行った。 
その姿を見送ってから青葉は春奈に訊いた。
 
「でも、春奈さん、手術の終わった後の自分のお股見てどう思いました?」
「感激。何かもう言葉で言い表せない嬉しさでした。青葉さんは?」
「私は下半身麻酔で手術の様子を見てたんですけどね。どんどん女の子の形になっていく経過見てて、嬉しくて大声で叫びたい衝動を抑えてました」
 
「下半身麻酔・・・・・性転換手術を下半身麻酔で受けたんですか?」
「ええ。様子を見たいからってわがまま言って」
「あり得なーい! 今日から『超人・青葉先生』って呼ばせてください」
 

8月の最後の日曜日には、青葉たちは県下一斉の模試を受けた。この模試で偏差値65は取ってくださいと進学予定の高校から言われていた青葉、自分の成績がやばそうだということにその月の頭になってやっと気づいた美由紀、そして今のところ進学希望の高校の合格圏内には入っているものの気が抜けない思いの日香理、それぞれ各自の意義を持って受験した。
 
「なんだか自分が思っていた以上に問題がすらすら解けてびっくりした」
と美由紀は終了後言っていた。
 
「美由紀、進研ゼミのテキストはどこまで進んだの?」
「毎日1月分あげてきたんだよね。何かあげる度に頭が真っ白になる感覚だったけど」
「ああ。あれは脳で集中して血液使ってるから、終わった後、身体がバランス回復するのに脳内の血圧が下がってホワイトアウトするのよ」
 
「そういうこと?? お盆の間はちょっと休んだけど、昨日2年生の3月号を仕上げた。だから、まだ3年生のテキストは全然やってなかったんだけど」
 
「勉強は基礎が大事だもん。1-2年の範囲をしっかりやってたら、かなり実力が上がったはず」と日香理。
「美由紀は今まであまり勉強してなかったから、伸び代があるんだよね。これからの勉強次第で、かなり成績が上がるよ」と青葉も言った。
 

9月上旬に桃香と千里が千葉に帰還した。大学は9月いっぱいまで休みなのだが、千里がもう体調がかなり回復したからバイトに復帰すると言い、戻ることにしたのである。バイトは基本的に夜間なので、夏休み中は昼間アパートではできるだけ寝ているようにし、毎日青葉のリモートヒーリングを3〜4時間受けていた。食事はあまり調理に時間のかからないメニューを中心に千里が作るようにした。(買物は桃香担当) 
「桃香に任せてたら栄養のバランスが取れないもん」
と千里は言っていた。
 
千里が桃香のところに頻繁に泊まるようになったのは大学2年の秋頃からだが、それまでの桃香の食生活は、学食で食べる以外は、カップ麺・レトルトカレー・ホカ弁のオンパレードだったらしい。
 

9月に入ると、青葉も「食事当番」に復帰した。当面の間は朝ご飯を青葉が作り、晩御飯は主として和実が作るというシステムにしたので、朋子は「ああ、なんて楽なのかしら」と言っていた。(お昼は和実ひとりなので、適当食べていた) 
「青葉がうちに来る前は3食自分で作ってたはずなんだけどね。青葉が全部御飯作ってくれるようになってから、怠けてたから、特に和実ちゃんが来てくれるまでは大変だったわ」
などと朋子は笑って言っていた。
 
この時期はだいたい朝4時から7時くらいまで和実のヒーリングをし、学校の授業が終わり部活をして帰宅し自宅で夕食を取った後、夜7時頃から10時頃まで春奈の静養先に行ってそちらのヒーリングをしていた。往復は希美さんのお母さんが車で送り迎えしてくれた。
 
「青葉さん、実は今日」
とある日春奈は切り出した。
「どうしました?」
「お母ちゃんが、私のこと初めて『うちの娘』って言ってくれたんです」
青葉は微笑んだ。
 
「良かったですね」
 
「『春奈』って名前で呼んでくれるようになったのも、4月以降なんですよね。高校に入る前に戸籍上の名前、変えちゃったから、結果的にはその名前で呼ばざるを得なくなったのもあったんでしょうけど」
「お母さんも戸惑いながら、春奈さんのこと少しずつ受け入れてくれてるんですよ」
 
「そうなんでしょうね。中学1年頃までは『うちの息子』とか『この馬鹿息子』
とか言われてたんだけど、その後さすがに『息子』とは呼ばれなくなって、男名前由来の愛称で呼ばれていた時期が長くて・・・」
と語る春奈は嬉しそうだ。
 
「ね、青葉さん」
「はい」
「私のヒーリングしながら、青葉さん、よくお母ちゃんの手を握ってますよね。あれ、何かしてるんですか?」
青葉は微笑んで答えた。
「心のヒーリングです。息子だったはずの子が娘になっちゃったショックを少しだけ緩和してました」
 
「ああ、やっぱりそうだったんだ。確かに親としてはショックだろうなあ。でもたいてい途中でお母ちゃん眠くなってしまうみたい」
「心の緊張がほぐれると眠くなりますし。それに心を癒やすのにも寝るのがいちばんなんですよ。もし春奈さん、失恋とかした時は、ひたすら寝ましょう。どうしても眠れなかったら、横になって目を瞑っているだけでもいいですよ。寝る度に少しずつ心の傷は治っていきます」
「覚えとこう。私きっと何度も失恋するだろうし」
 

9月4日火曜日。先週受けた模試の結果が受験した生徒に届いた。青葉は偏差値74であった。今回は難しい問題が多く、平均点が低かったため、高得点出した子の偏差値は高めになったようであった。T高校の入試担当の先生宛に成績表をFAXしておいた。
 
「美由紀、偏差値いくらだった?」と青葉は美由紀の携帯に電話して訊いた。「62だったよぉ。青葉、65に到達できなかった」と少し泣き声。
 
「大丈夫だよ。4月の模試が56だったんだから、大進歩だよ。特に今回の模試は問題が少し難しかったしね。4月に56、8月に62なら、12月には68かもよ」
「そっかー。じゃ私、また勉強頑張る」
 
2学期は頭から、3年生の進路指導が活発化したが、美由紀はT高校を受けたいと言って、小坂先生から一瞬絶句されたものの、8月の模試の成績表を見せると、「随分頑張ってるね。頑張り次第では可能性あるから、とにかく2学期は全力で勉強しなさいね」と言ってもらった。
 
日香理は今回の模試は難問に苦しんだようで、4月より偏差値を落としてはいたものの、まだT高校の合格範囲内にあるので、とにかく気を抜かないようにと言われていた。
 

9月12日(水)に和実は東京に戻った。かなり体調が良くなったようで、最後の数日はエヴォンの店長・永井とけっこう長時間電話で話して、新しくオープンする店のことについて打ち合わせなども進めていたようであった。
 
和実は東京に戻る時、20万円入りの封筒を青葉に渡し、
「ヒーリングの代金は多分60万くらいだよね。悪いけど残りはしばらく貸しにしておいてくれない?年末くらいまでには払えると思うんだけど」
と言った。和実は別途「食費」として3万円を青葉の母に渡していたが、こういうのはお互い様、青葉がそちらに泊まった時はよろしく、などと言われて全額返されていた。
 
青葉は封筒の金額を確認した上で、
「震災の復興のためにたくさんお金使っちゃったんでしょ? 私も側面協力ということで、10万でいいよ」
と言って、10万、和実に返した。
「じゃ、お言葉に甘えて、そうしてもらおう。この後は毎回5000円払うから」
 
和実はこの後も取り敢えず年内くらい、週2回くらいヒーリングして欲しいと青葉に頼んでいた。
 
「そうだね。毎回もらうの面倒だし振込手数料ももったいないからまとめて月1万円ってのはどう?」と青葉。
「それは料金安すぎるよ」
「和実が経済力回復したら、もっと高額の料金取るから心配しないで」
「じゃ、体力と経済力と頑張って回復させなくちゃ」
 

9月17日(祝)。冬子が朝1番の飛行機で高岡にやってきた。その日東京に戻ることになっている春奈を迎えに来たのである。
 
本当はスリファーズの彩夏と千秋が迎えに来たがっていたのだが、春奈と彩夏と千秋の3人が揃ってしまうと、あまりにも目立つので、代わりに冬子が迎えに来ることにしたのである。冬子自身が少し青葉と話したいというのもあった。 
冬子は目立ちにくいように友人の礼美に「監修」してもらった「出張するOL風」
の出で立ちで、朝7:55に富山空港に着く飛行機で到着し、空港連絡バスで高岡へ。オープンな場所での露出をできるだけ短時間にするため、朋子が車に青葉を乗せて駅前まで迎えに行った。
 
「青葉、すっかり元気になったね」
と冬子は車に乗り込み青葉を見ると、開口一番に言った。
 
「うん。先月18日に東京に行った時、1晩何もせずにのんびりとビジネスホテルで過ごしたんだけど、そしたら翌日の大会の時、凄くパワーがみなぎるのを感じたんだよね」
「のんびりと過ごす時間を持てたことで、スーパー回復したんだろうね。青葉は、自分が大変な時に、人の世話を焼きすぎたんだよ。 って、その世話を1人分頼んじゃった私が言うのも何だけどね」と冬子。
「なんか、性転換ラッシュだったもんね」
「短期間に集中したね」
 
「この子ったら、自分が手術を受けて部屋に戻ってきた数時間後にはお姉ちゃんのヒーリングを始めたんですよ。みんなスーパーマンとか神様とか言ってたけど、私はもうこの子自身の身体が心配で心配で」
「だって、ちー姉が物凄く苦しんでたんだもん。本当は一晩寝てから朝からヒーリングするつもりだったけど、あの苦しみようは放置できなかったから」
 
「たぶん、放置して寝ようとしても、気になって眠れなかったでしょうね」
と冬子。
「お姉ちゃんの方は、あそこで1時間ヒーリングしてもらったので、自分はこのまま死んでしまうかも、と思ったほどの激痛が緩和されて、頑張ろうという気持ちが出てきた、って言ってましたけどね」
と朋子。
 
「そういう時に行動できるのが青葉の凄い所だと思うな。私なんかきっと、どうしようどうしよう、と思っている内に時が過ぎてしまう」
「でも冬子さんは、そういう時、嘘みたいに幸運なことが起きて、問題が解決しちゃうんです。神様に愛されてるんですよ」
 
「ああ。。。そうなのかもね。私、ハプニングに強いって言われるけど、実はあまり深く考えずに行動してるんだ。とにかく目の前にある出来事を何とかしようとするだけで」
「目の前の事態をきちんと処理していく内に運が開けていく。そういう時の集中力が凄いんですよね。そこがやはり芸術家としての強さだと思いますよ」
 
「その集中力とか判断力ってのが、実は女の子の格好をした時だけに出ていたのよね。それに気づいたのが小学4年生の時で」
「男装してると、その男装でエネルギーを使われて本来の力が出なかったんですよ。女の子の格好することで、そのストレスが無くなって本来の力が出たんでしょうね。性転換手術が最後の封印を解除したんでしょう。だから性転換した後の作品『キュピパラ・ペポリカ』は大ヒットになったんですよ。ただ、冬子さんが実力を完全に発揮するには、政子さんも一緒にいないといけない」
 
「青葉も性転換手術したことで、封印が解けたみたい」
「はい、私もそう思います」
と青葉は微笑んで言った。
 

自宅に着くと、朋子が気を利かせて自分の部屋に入ったので、青葉はお茶を入れて、居間でのんびり冬子と話した。春奈の所には11時頃行く予定である。 
「へー。夢の中で結婚式をあげたんですか」
「そうそう。私と政子と、結婚式の巫女さん役をしてくれた琴絵の3人が同時に同じ夢を見たの」
 
「それって、私が時々冬子さんの夢の中に無断侵入しちゃう時みたいな夢?」
「ああ、あれに似てるね。あんな感じの現実感があったのよ」
 
「でも夢の中に出てきた小道具が全部リアルで獲得できたというのも凄いですね。杯、お酒、鈴」
「でも3つ目の鈴をもらった女の子が誰なのか、結局いくら考えても分からない」
「政子さんと冬子さんの間の子供でしょ?」
と青葉は断言した。
 
「やっぱりそう?」
「それしか考えられません。でも、その子はまだ生まれてない。生まれてないのに既に自分の力を行使している。霊的な力の凄く強い子ですよ。その夢自体、その女の子が3人に見せたんでしょうね」
「うーん・・・・でもどうやって生まれるんだろ??」
 
「そういえば、政子さん、最近新しいボーイフレンドでも出来ました?あるいは結婚するかもってくらい強烈な」
「え? よく分かるね。先々月から新しい彼氏と付き合ってるんだよ。その人、すごく熱心だから将来的に結婚まで行く可能性はあると思う」
 
「先々月か。。。。私の勘もちょっとくるったかな。ごく最近、半月以内くらいに新しい出会いがあったように感じたんだけど。冬子さんの心に映っている政子さんの影から」
「うーん。政子は多情だけど、ひとりの男の子と付き合っている最中は他の子には興味持たないと思うけどなあ」
 
「本人直接見てないから少し焦点ぼけたかな・・・。でも、そんな感じの現実感の強い夢を見たのは初めてですか? 私の無断侵入の時以外では?」
 
「ずっと前、高校を卒業した直後に、政子とデートしてて鬼怒川温泉に泊まったんだけどね」
「ええ」
「その時、やはり政子と私の2人が同じ夢を見たんだ。その夢のことを書いたのが『影たちの夜』なのよ」
「へー」
「実はその夜こそが私と政子が結婚した日じゃないかって、私と政子の間では認識している」
「なるほど」
 
「その時の夢って不思議でね。当時は私の身体は未加工だったのに夢の中では完全に女の子だったのよね」
「ああ、私も性転換前から夢の中では女の子でした。生理もあるんですよね」
 
「その生理がリアルでの例の生理みたいなのと連動してるの?」
「そうです、そうです」
 
「私と政子がその夢を見た時は、夢の中でおやつとか夜食とか食べたのに、朝起きたら、その食べ殻がゴミ箱に入ってたの」
「あの夢って、けっこう現実世界と連動してるんですよね。単なる夢じゃなくて、まるで、もうひとつの現実みたいな感じ。私の部屋にあったはずのボールペンが、翌朝夢で侵入した相手の部屋に転がってたこともあるんですよ」
 
「おお。そんなことも。しかし食事や生理も含めて、夢の中と現実が連動してる訳か・・・・・青葉、夢の中で彼氏とセックスするんでしょ?」
「ええ。夢の中でしか、これまではセックスできなかったというか」
「彼氏は現実に戻った時、射精した感覚が残ってるのかしら?」
「実際に射精した後のような感覚らしいです」
 
「夢の中で避妊せずにセックスしたら、夢の中で妊娠するんだろうか」と冬子。「しそうな気がします」
「妊娠すると、10ヶ月かけて胎児が育って行くのかな」
「そうなりそうな気がします」
 
冬子はひょっとしたら自分と政子との間の子供が夢の中で生まれるのでは?という可能性を模索しているようである。
 
「夢の中で妊娠している時は現実でもお腹が大きくなってたりしてね」と冬子。「まさか」
 
「それで夢の中で出産したら、現実世界でも子供が生まれてたりして」
「えー!?」
 
「でも、私と政子のどちらが産むんだろうか??」
「うーん。。。」
 

11時少し前に母に車を出してもらい、春奈の静養先に出かけた。これまで毎日してきたようにダイレクトヒーリングをするが、ヒーリングしながら、静養先の家の娘の希美さん、春奈、冬子、そして青葉の4人でおしゃべりを楽しんだ。 
「まだまだ痛みはあるけど、ふつうに歩いたり、希美ちゃんと一緒にお菓子作りしたりとか、結構できるようになりました」
「うん。春奈ちゃんの回復が思った以上に速いってんで、11月1日に新曲発売が決まったから」と冬子。
 
「えー!? 11月1日発売なら、今月中に録音ですか?」
「音源製作は24日から一週間の予定」
「う、う、う。もう少し休んでいたいのに」
 
「11月は全国ツアー10ヶ所ね」と冬子が言うと春奈は
「きゃー、鬼〜!」と叫んだ。
「私もツアーに帯同しようか? 同じ性転換手術体験者として何かサポートしてあげられるかも知れないし。そこのスケジュールは調整可能だから」
と冬子が手帳を見ながら言う。
 
「それだと心強いです。まださすがにちょっと不安です」
 

春奈のヒーリング代金については、所属レコード会社が払ってくれた。アメリカでのリモートヒーリングと高岡での1ヶ月弱のヒーリングで合わせて80万円と冬子はレコード会社の部長さんに言ってくれたようだが、実際には100万円払ってくれた。
 
春奈の体調が過去に性転換手術を受けた所属歌手より遙かに速いスピードで回復していたので、これでも安いかも知れないけど、などと向こうの部長さんは電話口で青葉に言っていた。
 
「正直、来年の3月くらいまでは無理かな、とも思ってたんだけどね」
とも部長さんは言っていた。
 
また、取り敢えず年内、リモートで週に2回ヒーリングしてあげることにし、その分を月15万円でお願いできないかと言われ、青葉は了承した。
 
レコード会社としては春奈は体調さえ良ければ月数百万稼いでくれる大事な稼ぎ手なので、そのくらいの出費は十分必要経費ということだろう。青葉はお金のない人の相談は1件3000円程度(風水系は3万程度)で仕事を受けるが、お金のある人からはしっかりもらう主義である。
 
「そういえば、ケイちゃんから聞いたけど、君、アナウンサー志望なんだって?」
とレコード会社の部長さんは電話口で言った。
「はい。将来アナウンサーになれたらと思っています」
 
「うちの会社も資本参加している所なんだけど、民放FM主催のアナウンススクールがあってね、そこが来年4月に金沢教室を開講するんだけど、興味ある?」
「はい。それは是非受講したいです」
 
「それまでの間は、どこか他の地区の教室に出る? そこからだと、どちらが近いかなあ。大阪と名古屋に今教室があるんだけど」
「大阪と名古屋だと、時間的には大差無いですね。大阪の方が人が多くていいかな」
「じゃ、月に1回くらいでも、大阪の基礎講座に行ってみる?」
「はい。ぜひお願いします」
 
「じゃ、書類送らせるから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 
そういうことで、青葉は取り敢えず来年の3月まで、大阪のアナウンススクールに月1回出席することになったのである。なお、スクールは平日に講義が行われるので、水曜日の夜20時からの講座を受けることにした。その教室が新大阪駅の近くにあるので、中学の授業が終わってからサンダーバードに飛び乗ると、ちょうどレッスンの始まる少し前に新大阪に到着できるのである。
 
帰りは大阪から富山までの夜行バスを使い、木曜日の朝戻ってくる方式にした。 

春奈たちを富山空港で見送り、希美と希美のお母さんと3人で空港の玄関を出る。その時、青葉は何かを感じて立ち止まった。
 
何気なく右を見たら、女子高生の集団がいた。何だか可愛い制服だ。ミッション系だろうか? 見たことのない制服なので、東京方面からでも飛行機で来た生徒たちなのかも知れない。何だかにぎやかにおしゃべりに興じている。
 
ふと左を見ると、背広を着たビジネスマンという感じの集団がいた。会議か何かででも来たのだろうか。少し緊張感のある空気が漂っている。ちょっと近寄り難い雰囲気だ。
 
あれ?これどこかで見たような構図だと思ったが、小学4年の時に瞑想してて見たヴィジョンだということに気づく。
 
左手に男子の同級生たち、右手に女子の同級生たちがいて、あの時、青葉は男子の同級生たちに連れられて左手の方に行ってしまった。
 
少しぼーっとしていたら、希美が声を掛ける。
「青葉さん、どうしました?」
「あ、ごめん、ごめん」
「さ、帰りましょう」
といって希美は青葉の手を取り、右手の方にある駐車場へと向かった。 
女子高生の集団の横を通る時、青葉はつい微笑んだ。
 

帰宅後、青葉は久しぶりにのんびりとした夜を過ごしていた。
 
「久しぶりだね、こんなのんびりした夕飯は」
と晩御飯を食べながら母が言う。
「そうだね〜。一時期5人で食べてた夕飯もお母ちゃんと2人だし、この後私外出もしないし」
 
「ヒーリングも一段落?」
「うん。和実と春奈さんは、このあと週2回だから、そんなに負荷にならないし、ちー姉に毎日2時間ヒーリングする以外は、自分自身のヒーリングだけでいいから。朝走るのを復活させようかなあ、私」
「まだだめ」
「はーい」と青葉も素直に返事する。
 
「あんた自分では100%と言ってるけど、まだ実際には半分くらいでしょ?」
「お母ちゃんには嘘つけないなあ」
「だてに1年半一緒に暮らしてないからね」
「でも実際日常生活にはもう全然問題無いよ。体育の授業にも出てるし」
「でもまだ無理はできないでしょ?」
「うん」
「でも新しい身体には、かなり慣れてきたみたいね」
「慣れた。最初はとにかく嬉しいけど何だか自分の身体じゃないみたいで」
 
「でも、たかが棒が1本付いてるか付いてないかの違いだから、あまり気にすることないよ。付いてたって付いてなくたって、青葉の身体なんだから。身体にとらわれすぎずに、自分の生きたいように生きていけばいい。女の子の身体になったから、これからは女として生きなきゃってのもあまり深刻に考えなくてもいい。自分の心の中に男の子としての自分があったら、それも認めてあげればいいのよ。青葉、きっと生まれながらの女の子だったら結構『漢らしい』とか言われてるタイプという気もするよ」
 
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「何か似たようなことを昔、お母さんに言われた気がした」
 
青葉は朋子のことを「お母ちゃん」、礼子のことを「お母さん」と呼ぶ。 
「小学2年生の時かな。私、幼稚園までは完璧に女の子の服着てたけど、小学校に入る時、お母さんから男の子の服を着なさいって言われたのよね。抵抗してパンティだけは女の子のを穿いていていいことにしてもらったし、髪の毛も切らずに長いままでいいことにしてもらったけど」
「うん」
「でも小学2年生の時にちょっとした事件があって。私女の子の服に戻しちゃったのよね。その頃、お母さん、もうキッチンドリンカーになってたから、酔っ払ったままだったけど・・・・・」
 

青葉はその時のことを思い出していた。
 
「あんた、その格好で学校に行くの?」
と言って完璧に酔っ払っている礼子は、いきなりスカートをめくって、青葉のあそこをつかんだ。
「こんなもの付いてるけどスカート穿くんだ?」
「穿きたいもん」と青葉。
「そんなの付いてるけど、私は女の子だもん」
 
「あぁあ。変態息子にも困ったもんだ。まあいいや。ねぇ、青葉、酒が切れそうなんだよ。安いのでいいから日本酒1升買ってきてよ」
「子供には売ってくれないんだよ」
「めんどくさい世の中だなあ」
「そうだね」
「男とか女とかも面倒くさいね。性別なんて無くてもいいのにね」
「それもいいかもね」
 
「何かもうどうでもいい気がしてさ。金無いし、酒無いし、息子は自分は女だと言うし。何か死んでもいい気がしてきた。ね、青葉、一緒に死なない?」
「気分転換に少し遊んできたら? お小遣いあげるよ」
と言って、青葉は財布から5000円札を出して渡した。
 
「おお、サンキュー。パチンコ行ってこよう。でも、青葉、あまり深刻に悩むなよ。世の中わりと、どうでもいいじゃん。青葉も女の子したい時は女の子の服を着ればいいし、男の子したい気分の時はそれも無理せず男の子の服を着てもいいんじゃない? ちんちんも要らないと思ったら切っちゃえばいいし、欲しいと思ったらまたくっつけちゃえばいいし。自分をあまり規定しないほうがいい」
 
「お母さんもあまり深刻に悩まない方がいいよ。晩御飯、お母さんの分まで作っておくから、あまり遅くならないうちに帰ってきて食べてね」
「おお、助かる、助かる。良い娘を持った」
 
礼子は出かけるのに顔を洗い、楽しそうにお化粧を始めた。
礼子は機嫌の良い時だけ、青葉のことを「娘」と呼んでくれていた。
 

「いろいろ聞いてるとさ、青葉のお母さんって、飲んだくれたりお小遣いをせびったりしながらも、結構青葉のことを理解してくれてたんじゃない?」
「そうかも・・・・」
 
「世間体とか気にする親よりはマシだったかもよ?」
「ああ、それは思うことある!」
 

9月19日(水)から21日(金)までは、修学旅行であった。青葉たちの中学は広島・神戸・大阪・(京都)というコースであった。
 
宿泊の部屋割りを決めるのに、小坂先生は青葉の名前のところで一瞬考えて、そして微笑んで、素直に美由紀・日香理・世梨奈との同室を決めた。修学旅行が1学期にあっていたら、ここで少し悩んでいたろう。青葉が2年の時から度々クラスメイトの女子などと一緒に温泉に行っていて女湯に入っているというのは聞いてはいたが、学校の教師の立場としては、青葉の身体がまだ男の子であった場合、部屋割りや入浴で考えざるを得ない。しかし青葉はもう女の子の身体になってしまったので、何も考慮する必要が無いのである。 
部屋割りの作業は、男子の方はあまり考える必要が無いのだが、女子の方は相性の悪い子を必ず別の部屋にするのを第一原則にして、その上でできるだけ仲の良い子を同室にしてあげる、というので決めて行った。パズルのようなものだが、こういう時に誰とでも仲良くしてしまう明日香のような子は便利である。 
青葉もわりと誰とでも仲が良いのだが、美由紀・日香理といっしょにいる時間が長いし、また美由紀と日香理がどちらも友人の少ない子なので、そのふたりがいちばん仲良くしている青葉を入れて最近その3人とよく話している感のある世梨奈を加えた。つまり今回の修学旅行の部屋割りは、青葉より美由紀と日香理に考慮しての部屋割りになったのであった。
 

19日は早朝高岡駅に集合し、6:26のサンダーバード(臨時増設車両)で新大阪まで行って新幹線に乗り継ぎ広島に昼前に入る。大きなお好み焼き屋さんで少し早めの食事をしてから原爆ドームに行った。
 
「ここ、お昼前に来てたら、お昼が食べられなかったね」
と繊細なタイプの子が言っている。青葉たちは平和資料館の中を見学していた。 
「私ダメ、先に出る」と言って走って外に出て行ってしまった子もいた。 
「青葉は平気なの?こういうのに敏感すぎて針が振り切れたりしないかってちょっと心配したけど」と日香理。
「今、閉じてる」と青葉は答えた。
「あ、そうか。開いたらたまらないよね」
「ここではとても心を開けられないよ。感性が敏感な子はみんな自己防衛的に閉じてると思うな。美由紀も今閉じてるじゃん」
「その開けたり閉じたりとかよく分からないけど少し身構えた」と美由紀。「さっきだめーとか言って走って出て行った子がいたけど」
「敏感なのに、閉じ方を知らない子もいるからね」
「ああ」
 
「私、長崎で生まれたから子供の頃、長崎の平和資料館に連れて行かれて、トラウマになった」と星衣良が言った。
「小さい子供に見せるべきもんじゃないと思う」と青葉。
「でも、そのショックのお陰で、私は閉じ方を覚えた気がするよ。あの後数日悪夢にうなされたもん」と星衣良。
「星衣良も霊感強いもんね」と青葉。
 
資料館を出てから原爆ドームをバックにして何人か記念写真を撮っている。 
「ねえ、こういう場所で写真撮ったら心霊写真にならないの?」と美由紀。「青葉、私今開いてるんだけど、何も感じないんだけど」と星衣良。
「うん。ここはきれいだよ。とってもクリーンで変な霊とかいないよ。ここで写真撮っても、心霊写真にはならないだろうね」
と青葉が言う。
 
「どういうこと? こんなにたくさん死んでるのに」と美由紀が訊く。「つまりさ。原爆の熱が猛烈すぎて、霊ごと蒸発しちゃったんじゃない?」
「ひぇー!!」
「原爆って、そこまで猛烈なのね」と話を聞いていた日香理が顔をしかめて言った。 

広島を出たあと新幹線で神戸に移動する。阪神淡路大震災の資料を集めた「人と防災未来センター」に行く。
 
「今回のコースはつくづく東北大震災の側面復習だな」と美由紀。
「そうだね。広島で原爆、神戸で地震とは」
「青葉、大丈夫?」
「うん。自分のPTSDは早々に治療したから平気」
「青葉でもPTSDになったんだ!?」
 
「あれ、ならない方がおかしい。ただ私の場合、さっさと治療してしまったからPTSDじゃなくて、その前段階のASDになるかもね」
「ASD?」
「命に関わるようなショッキングな体験してできた心の傷で様々な障害が出る状態で、1ヶ月以内で治ってしまうのをASD, それ以降続くのをPTSDと言うんだよ。私の場合、心の傷の深さ自体はPTSDクラスだと思うけど、2週間くらいで特急で治しちゃったから」
 
「やはり青葉は化け物だ」と美由紀。
「いや、PTSDだと思う。この場合、治ったまでの時間は関係無い」と日香理。 
「震災の一週間後には、行方不明になってる家族を探してって依頼が飛び込み始めたからね。自分が落ち込んでなんかいられなかったもん」
 
「青葉は他人のために行動している時が強いね。震災でもそうやって他の被災者のためにいろいろ頑張ったから結果的に自分の心も治しちゃったんじゃないの?この夏の性転換手術だって、自分がたいへんな状態で、同時期に受けた他の人の傷を治すヒーリングやってたんだから」と日香理。
 
「そうだね・・・・他人に役に立っているということが自分の存在意義だったのかも知れないね、私って。子供の頃から」
と言って青葉は少し遠い目をした。
 
「私に霊的な力が無かったら、どうなってたんだろう」
と青葉がつぶやくように言った。
 
「それでも私は青葉と友だちになってたよ」と美由紀が言う。
「私も。たぶん、青葉とは色々気があってたと思う」と日香理も言った。青葉は微笑んだ。
 

その日は神戸近郊の温泉の旅館に宿泊した。
 
「青葉、もう温泉に入ってもいいの?」と日香理。
「うん。先週末に病院でチェックしてもらって、温泉・プールもOKと言ってもらった」と青葉。
「よかったね」
「セックスもOK?」と美由紀。
「あ、えっと・・・セックスは1ヶ月後くらいにはOKだろうと言われた」
「おお、楽しみだね」
「いや、彼とは2月に高校の内定通知を正式にもらってからしようと約束してるから」
「そんなに我慢できるかなあ」
「青葉って、けっこう節操無いもんね」
 
「まあ、とにかく一緒にお風呂入りに行こう」と世梨奈。
 
4人で一緒に大浴場に行く。途中で何人かの男女クラスメイトたちと一緒になり、わいわい騒ぎながら浴場のある最上階へのエレベータを昇っていった。 
「川上〜、俺たちと一緒に男湯に来ないか〜?」と奥村君から言われる。「私が男湯に入ってたら、係の人が青くなって飛んでくるよ」
と青葉は笑いながら答える。
「でも、戸籍上は男なんだから、男湯に入る権利あるんじゃない?」と呉羽君。「そんな権利は放棄する」
 
「しかしここ、男湯と女湯の表示が分かりにくいな」
「一応色分けで青と赤になってるから間違えにくいとは思うけど、色弱の人には辛いね」
「間違っちゃった振りして女湯に入ってみようかな」と呉羽君。
「入れば?通報してあげるから」と美由紀。
「いや、冗談、冗談」
 
「男湯が『天の湯』で、女湯が『花の湯』というのも、少し悩むね」
「一応、右端に men と lady という表記はあるから、外人さんは大丈夫かも知れないけど、逆に日本人のお年寄りには分からなかったりして」
「だけどmenとladyって不釣り合いだ。menならwomenだろうし、ladyならgentlemanだろうし。そもそも片方は複数で片方が単数ってのは。。。」
「まあ、日本人の英語力なんて、そんなものでしょ」
 
「おーい、川上、こっち来いよ〜」とまだ言ってる奥村君たちに笑顔で手を振って、青葉は美由紀たちと一緒に『花の湯』の暖簾をくぐった。
 

みんなとおしゃべりしながら服を脱いでいく。
 
「青葉、胸大きくなった?」
としばらく、青葉と温泉に行ってなかった女子からチェックが入る。
 
「そうかなあ。去年の秋からずっとCカップだけど」と青葉が言うが
「待て待て」と言って奈々美が後ろから青葉のバストを両手でつかむ。青葉はいきなりされたので、小さく「きゃっ」と叫ぶ。
 
「これはDカップあると認定するぞ」と奈々美。
「青葉は来週からDカップのブラを付けてくるように」
「えー? そんなに大きくなくてもいいのに」
「小さいブラを無理に付けてると良くないよ」と星衣良。
 
「青葉、夢の中に出てくる時はFカップじゃん。きっと、あそこまでは成長を続けるよ」と美津穂も言っている。
「ひゃー」
 
青葉がショーツを脱ぐ時にも、かなり周囲から視線が集まる。青葉はこういう状況でみんなに見られるのが実はけっこう好きである。
「ジャジャジャジャーン、本邦初公開、私の新しいお股です」
と青葉は言うが
 
「何か以前から変わったっけ?」と美津穂。
「前お風呂に一緒に入った時も、こんな感じじゃなかった?」と別の女子。「私、去年の段階で既に手術済みなんだと思い込んでた」とまた別の女子。 
「青葉は昔から女の子だったよね」と美由紀。
「うんうん。20年くらい前からずっと女の子だよ」と日香理。
「私、まだ15歳なんだけど・・・・」
 

浴室にみんなで移動する。
 
「だけど、いったんフルヌードを晒した上で、タオルで前を隠すのって無意味な気もするな」と青葉。
「別に見せたければ、隠さなくてもいいんじゃない?」と美由紀。
「いや、みんな隠してると私も隠したくなる」
 
おしゃべりしながら身体を洗い、湯船につかる。
 
最初はみんなおとなしくおしゃべりをしていたのだが、ひとりの子が隣の子を羽交い締めにして胸を揉んだのが発端になって、たちまち、おっぱいの触りっこが湯船の中に拡散した。青葉も、周囲にいた5〜6人から触られ、触られた分は、みな触り返した。凄い騒ぎになってしまったが、ちょうどそこに学級委員の紡希(つむぎ)が入ってくる。
 
「ちょっとみんな何やってんの?」と紡希が言うと、近くにいた明日香が「見ての通り、おっぱいの触りっこ。紡希も参加しよう」
と言って、早速紡希の胸を触っている。
 
紡希は大きく息を吸い込むと「静かに!」と大きな声で叫んだ。
 
ぴたりと騒ぎが止まる。
「他のお客さんもいるんだし迷惑でしょ? 修学旅行だし、楽しむのはいいけど、節度を持とう」
と紡希が言うと、みんな「了解〜!」とか「はーい」と答えて、ようやくおっぱいの触りっこは終わった。
 
あらためて紡希は身体を洗って湯船に入ってくる。
 
「お疲れ様〜。学級委員も大変ね」と世梨奈。
「学級委員関係無い。注意すべき所は注意する」
「いや、それができるから紡希は、みんなに信頼されてるんだよ」
と騒ぎをかなり煽っていた明日香が言う。
 
「まあ、私は自分のできることをしていくだけ」
などと言う紡希の顔がりりしい。紡希って、あまり親しい友人はいないみたいだけど孤高の美しさがあるよなと青葉は思った。
 
ちょっと見とれていたら
「何か顔に付いてる?」と紡希から訊かれる。
「ううん。ちょっと見とれていただけ」と青葉。
「青葉ってレズっ気あったっけ?」と明日香。
「無い無い」
と青葉は笑ったが、ふと紡希の持っている波動に何か違和感を感じた。あれ?これ何だったっけ?と考えるが、おしゃべりは別の方角に進んでいき、青葉はその違和感のことは忘れてしまった。
 

「でも湯船の中はタオル禁止だから、全員無防備だね」
浴室を出て、脱衣場で服を着ながら世梨奈が言う。
 
「都会の学校だと、水着付けて入浴する学校もあるらしいよ」と明日香。「裸の方が気持ちいいのに」と青葉。
「それに水着じゃ身体洗えないじゃん」
 
「いや、青葉みたいに胸が大きければ、むしろ見せたいかも知れないけど、胸が小さいと、やはり気にするんじゃない?」
「うーん。水着を着ても胸のサイズは分かる気がするぞ。ってか、水着なら男の子でも女湯に連れて来れる気がする」
「・・・・それ、凄く実験してみたい」
 

こういう悪戯好きの明日香が、数人の男子と話し合って『生け贄』は呉羽君と決まった。
 
本人がヘッドホンで音楽を聴いてたところを数人の男子で飛びかかって手足を押さえつける。
「痛い目に遭いたくなかったら、おとなしくしているように」
と言われて、本人も
「何なんだよ、いったい?」
と笑っている。そこで、ひとりの男子が部屋に置かれている安全カミソリを使って、呉羽君の足の毛を剃ってしまった。
 
「何?女装でもさせられるの?」
と呉羽君はまだ笑っている。他の子にしたら、いじめになりそうなことも、呉羽君の場合は本人が面白がる性格だ。そのため『生け贄』には最適とみんなに思われてしまった。
 
「もうちょっとやるぞ」
と言われて、呉羽君はパンツを下げられ、あの付近の毛も全部剃られてしまう。「ちょっと、ちょっと、何させるつもりさ?」
と言いながらもまだ本人は笑っている。
 
「川上〜、やってくれ」
という声が掛かったので、青葉は彼らの部屋に入る。見学者の女子数名も入る。 
「ねぇ、呉羽君、おちんちんを切っちゃうのと、接着剤で留めるのと、どちらが好き? どちらでもしてあげるけど」
「その二択なの〜? 男やめたくないから、切らないで欲しいな」
「OK」
 
というと、青葉は呉羽君のタマを体内に押し込み、陰茎をひっぱって後ろに仮留めすると、それを陰嚢の皮膚で包み込んでいく。青葉に触られて呉羽君の陰茎は立ってしまったが、青葉も厳密にやるつもりは無いので構わず包んでは瞬間接着剤でくっつけ、テープで仮押さえしていく。
 
慣れた作業なので、5分ほどでタックが完成した。仮留めのテープを外す。 
「すげー。あっという間に女みたいな股間になった」
「私も作業してるところ初めて見た」
と男女双方から声が上がる。当の呉羽君自身も
「すごい。魔法みたいだ」
などと感心している。
 
「ということで、これを着てね」
と言って、ワンピース型の水着を取り出した。旅館の売店で、この計画に荷担した数名でお金を出し合い買ってきたものである。
 
「水着女装か! ちょっと楽しいかも」
などと言って、呉羽君は嬉しそうに?その女の子水着を身につけた。元々身長が160cmと小柄なので、用意した水着を無理なく着ることができた。
 
「眉毛少しカットしていい?」
「あ、いいよ」
 
青葉が自分の眉毛カットはさみを使って、呉羽君の眉を細く整えていく。「こんなんでいいかな」
「で、僕この後、どうすればいいの?」
「私たちと一緒に、女湯にご案内〜」
「えー!?」
「さっき女湯に入りたいなんて言ってたじゃん」
 
「男子に女子水着を着せて女湯に入れても逮捕されないか?という実験なのよ」
「ちょっと待て。逮捕されたら、僕どうなんの?」
「内申書の点が悪くなるかもね」
「君、もしくは君の性器が逮捕されあるいは殺されても当局は一切関知しない」
と明日香。
 

もうクラス別の入浴時間は終わって、旅館の大浴場には人が少なくなっている。「ちょっとさすがにまずいよー」
とびびっている呉羽君を、男女数人で連行して大浴場まで行く。女湯の入口からは、女子でガードして脱衣場へ。ガード役の女子たちは先に自分たちが脱いでから、呉羽君の浴衣を脱がせる。
 
「大丈夫だよ。私たちで周りをガードしてるから」
「何かあったら一緒に逃げてくれる?」
「放置して逃げて通報してあげる」
「勘弁して〜」
 
そのまま浴室に誘導し、身体を洗った上で浴槽につかった。水着を着ていることで、他の客から少し視線を受けたが、今時そんな子もけっこういるので、特に問題にはされていない感じである。
 
「ミッション成功。今どんな気分?」と明日香。
「逃げ出したい」と小声で呉羽君。
「ふだん女装しないの?」
「何度かしたことはあるけど、さすがに女湯は初体験」
 
「私たちのおっぱいとか見て、あそこ大きくならない?」
「なんか押さえ付けられてるから、大きくなれないみたい。それとできるだけ誰の身体にも視線が行かないように気を付けてる」
「今夜は女の子同士だから、見てもいいのに」
「遠慮しとく。自分が分からなくなりそうだもん」
 
浴槽内で10分ほどおしゃべりしてから、上がることにする。
 
脱衣場で女子水着を脱がせる。胸は無いが、お股はタックしているので、大きな問題は無い。
 
「中学生だと、まだ全然胸の無い子もいるからね」
「そうなの?」
 
身体を拭いた上で旅館の浴衣を着る。そしてみんなでガードして、部屋まで帰還した。
 
「ミッションコンプリート。その水着は記念にあげるね」
「水着女装にハマっちゃったらどうしよう」
「逮捕されない程度にね」
「きちんとお股の処理してればプールまではバレないかも知れないけど、お風呂は逮捕確率高いよ」
「女の子の声を出す練習はした方が良いね。声かけられた時に男の声で答えたりしたら即通報されるから」
 
「あ、このお股、どうすればいいの?」
「この剥がし液で、自分で外して」
「何かさっきからトイレ行きたくて」
 
「それ、そのままおしっこできるよ。トイレに座って試してごらん」
「ほんと?」
「おしっこ、後ろに飛ぶから気をつけてね」
「体験してみよう」
 
「それ、ずっとしてても、そのまま生活できるけど、あまり何日もしてたら睾丸の機能障害起きて子供作れなくなるから気をつけてね」
「今夜中に外す! 明日お風呂入れないし」
「女湯に入ればいいじゃん」
「そんな何度もしたら、さすがにバレる」
 
「もし、ハマっちゃって、おちんちん切りたくなったら病院紹介してあげるね」
「それ、3年後の自分が怖い」
 
呉羽君はそんな感じで、その夜の体験がまんざらでもない様子だった。そういう訳で、男の子に女の子水着を着せて、女湯に入れるかというその日の危険な実験は成功したのであった。
 

「呉羽君、ふだんからあれ女装してるよね」と奈々美。
実験に参加した女子で取り敢えず奈々美たちの部屋に集まり、感想など話す。 
「あ、絶対してると思った」星衣良。
「機会あるごとに女装を唆してたら1-2年後には立派な女子高生になってたりして」
と青葉。
「おお、唆してみたーい」と世梨奈。
 
「でも、青葉、呉羽君のお股を処理する時、平気で触ってたね」と明日香。「あ、そうそう。私もモロに見ちゃったけど」と星衣良。
「平気じゃ無いけど、触らなきゃできないし」と青葉。
「男の子のに触ったことあったの?」と世梨奈。
「うん。彼氏のには触ってるから」と青葉。
「わあ、凄い」と世梨奈。
 
「いや、ちょっと待て。青葉は自分のにも触ってたんじゃない?」と奈々美。「あ、忘れてた。青葉にも付いてたんだっけ?」と星衣良。
「さあ。私、昔のこと忘れちゃったし」と青葉。
「青葉にはあんなの付いてなかったと思うよ」と明日香が言い、
青葉はニコリと微笑んだ。
 
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