【春望】(1)

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春望 杜甫
 
国破山河在 国破れて山河あり
城春草木深 城春にして草木深し
感時花濺涙 時に感じては花に涙をそそぎ
恨別鳥驚心 別れを恨んでは鳥に心を驚かす
 

「レ点って、面倒だね。中国人って、なんでこんな複雑な読み方を考えたんだろ?」
美由紀が唐突に訊いた。
 
「いや、中国人はふつうに順番に読んでるよ。日本人が中国語を読む時に日本語と中国語の文法が違うから、無理矢理日本語として読むのにレ点を使うんだよ」
と日香理が少し呆れたように答える。
「あれ?そうなんだ」
 
「『感時』だって、中国人はそのままの順序で、はい、青葉」
「カンシー」
「と読むわけ」
「なるほど! 中国人の頭の中どうなってんだろ?と思ってた」
 
暦は8月に入り、青葉たちは登校日で学校に出てきていた。
 
「ねぇ、そういえば、日香理はどこの高校受けるの?」と美由紀は訊いた。
「T高校を受けるよ」
「えー、あそこ入試難しくない?」
「東京***大学を狙ってるから、そこに行くにはT高校に行くしかない」
「なんで? 近所のL高校とかじゃだめ?」
「L高校は国立大学に合格実績が無い」
「でも塾とZ会かで補えば何とかならない?」
「高校の授業全部サボった上で、家庭教師付けて塾とZ会やれば可能性あるかもね」
 
「むむむ。青葉はどこ受けるの?」
「私は推薦入学でT高校に行くことが内々定してる」
「えー!? じゃ青葉も日香理もT高校なの? じゃ、私もT高校行く! でも、推薦入学なんて、もうやってるの?」
 
「正式のはもう少し先だと思うよ。だから内々定。それと今月末の模試で最低でも偏差値65は取ってくださいと言われてる」
「偏差値って何?」
 
青葉と日香理は顔を見合わせた。
 
「平均点から自分の点数が何点離れているかを見て、それを標準偏差で割ったもの。実際にはそれに10を掛けて50を足して平均点取った人の偏差値が50になるようにして、見やすくした数値を使う。T高校の合格最低点の人の偏差値がだいたい65くらいなのよ。私は去年夏の模試では偏差値72, 4月の模試では71だった」
 
「あ、じゃ、その数値が高いほど難しい高校なんだ」
「そうそう」
「T高校が65なのか」
「C高校が62、M高校が58、近所のL高校は48くらいだよ。国立大学行きたければT高校かC高校には行かないと。日香理みたいな国立上位狙うならT高校が唯一の選択。公立高校ではね」
 
「じゃ、今度の模試で65点取れば、T高校行けるのね? 少し勉強しようかな」
「点数で65点じゃないよ。偏差値で65だよ。たとえば、平均点が45点で標準偏差が20あれば、偏差値65というのは・・・・・75点になる。100点取って偏差値77」
青葉は電卓を叩きながら説明した。
 
「私・・・中学に入ってから中間・期末で70点取ったことない」
「4月の模試の成績表ある?」
「あ、机の中に入れっぱなしかも」
と言って美由紀は自分の机の中を探してる。
 
「あった」と言って持ってくる。
「偏差値56。これは相当頑張らなきゃね」
「きゃー、どうしよう!?」
「美由紀、今まで中間期末が60点代だったら内申点があまり良くないから、入試でギリギリだと落とされる。合格ラインを少し上回る点取らないとダメ」
「ひゃー、青葉、日香理、英語教えて」
 
青葉と日香理はとりあえず進研ゼミでもやってみるといいと勧めた。日香理がずっと進研ゼミを受けているので、1年生以来のテキストを美由紀に渡した。
 
「Z会と違って進研ゼミは丁寧だから美由紀に合うと思うよ。とりあえず夏休み中に中1,中2の分は全部あげよう。勉強って基礎が大事だから、美由紀の場合、今いきなり中3のテキストやるより、1,2年のテキストを完全に理解した方が、絶対成績は上がる」と日香理は言った。
 
「分かった。私だけ、日香理と青葉とは違う高校って嫌だから頑張る」
と美由紀も答えた。
 

この登校日には、クラスメイトみんなが青葉の体調を心配してくれた。
 
「もう大丈夫なの?」と学級委員の紡希(つむぎ)からも訊かれた。
「まださすがに万全じゃ無いんだけどね。普通に出歩いたり朝礼や授業に出たりする分には問題無いから。コーラス部の練習にも出てるし」
 
「いや、男の立場からは聞きにくいから声かけなかったけど、心配してた」
と、もうひとりの学級委員の平林君。平林君も紡希も入院中、一度お見舞いに来てくれている。
「うん。割と大丈夫だよ。ありがとう。マラソン走れと言われたらパスだけど」
 
「川上は手術室からスキップしながら自分の病室に戻ったという噂を聞いたんだけど」と奥村君。
「それはさすがにあり得ない。そこまでできたら、私は化け物だよ」
「いや、川上って化け物じみたところあるし」
 
「川上が立山から飛んで下りてきて富山湾で魚を釣ってからまた立山に飛んで戻った、という噂を聞いたことある」
と呉羽君。呉羽君も入院中お見舞いに来てくれている。彼は元々女子ともよく話す子で、明日香や日香理の携帯アドレス帳にも登録されている。
「そこまでできるのは弘法大師とか役行者(えんのぎょうじゃ)クラスかな」
 

この時期、青葉は毎日和実と千里のヒーリングもしていたが、自分自身のヒーリングもしっかりやっていた。
 
手術直後にやっていたのはとにかく傷を治すヒーリングだったが、その後気の流れを新しい自分の性器の形に流すようにする調整をした。青葉は元々自分の性器の形を無視して、女性器の形に気を流して、気の流れの上での仮想陰唇・仮想膣・仮想子宮・仮想卵巣などを作っていたのだが、手術によってリアルの陰核・陰唇・膣を獲得したので、気の流れがそのリアルの女性器に沿って流れるように再調整した。
 
気の流れの上での仮想膣はリアルの膣と完全に重なるようにする。そして仮想子宮の口をリアルの膣の最奥部に合わせる。
 
だいたい手術の一週間後くらいまでに、そのあたりの作業を終えたが、その後は、更に細かい傷の修復、どうしても発生しやすい気や体液の流れの乱れを修正する作業をし、そして自分自身の心の持ちようなどを癒やして、また全体の体調を整える全身スキャンを掛けていた。
 
全身スキャンは掛けながら寝ることができるので、毎晩寝ながらやっていた。電車通勤している人が寝ながらちゃんとつり革に捉まっていられるように、青葉はいったん確立させたスキャンのパターンを自身が眠ったままの状態でずっと繰り返し掛けていたのである。
 
青葉は布団の中に入り、この全身スキャンを掛け始める時間が好きだ。自分の身体を頭から足の先まで少しずつマッサージでもするかのようにヒーリングの波動で刺激していく。
 
顔の付近では毎日の勉強で疲れやすい目や、コーラス部の練習でたくさん使っている喉などを集中ヒーリングする。
 
胸にはかなりよく発達したバストがある。青葉は昨年の秋からCカップのブラを付けていたが最近少しきつい気がしてきていた。Dに変えるべきかなあ、などとも悩みながらバストマッサージするかのようにヒーリングする。揉まれる感触が心地よい。やがてスキャンはお腹の付近まで来る。最初に体内の膣の部分に掛かる。膣という器官がそこにあるのを感じるだけで嬉しくなってしまう。
 
ここはシリコン製の留め置き用ダイレーターを入れっぱなしにした状態でヒーリングする。これは広がった状態でヒーリングを掛けないとやばいからだが、寝ている間にヒーリングすることにしている千里と和実にも寝る時は確実にダイレーターを入れておいてくれるよう言ってある。
 
青葉はこの時期、ダイレーション(膣拡張作業)は毎日1回していた。普通なら最初の2〜3ヶ月は毎日2時間×3回の作業が必要なのだが、青葉にしても千里にしても2週間ほどで、松井先生から「これならダイレーションは1日1回でいいね」
と言ってもらえる状態になった。(和実の場合は8月中旬まで1日3回していた)
 
ダイレーションしていると、ここにダイレーターではなく、おちんちんが挿入される状況をどうしても想像してしまっていた。早くやってみたいなあという気持ちになる。彪志もやりたがってるみたいだし。今のところ彼に捨てられる気配も無いし。
 
膣の集中ヒーリングが終わると陰核・陰唇付近の集中ヒーリングをする。この付近も、かなり触って平気な状態になってきている。青葉はこないだから自分の陰核を揉み揉みしてみたくてたまらない気分になっていたが、我慢していた。私って、男の身体だった頃はほとんど性欲無かったのに、女の身体になったとたん性欲が出てきたみたい。不思議。などと思う。
 
このあたりのヒーリングをしていると、つい自分の目で見たくなって、よく起き上がってパンティを下げ、そこをまざまざと見てしまっていた。思わず笑みがこぼれる。
 
すっきりしたお股。自分を15年間苦しませた、おちんちんはもう無い。割れ目ちゃんはタックしていた時のようなフェイクではなく、ちゃんと開けることができる。そのスリットを指でそっと開けてみると、その中には陰核と尿道口と膣口がある。何度見ても心の奥から喜びがこみ上げてくる。私、幸せ。。。。
 
毎晩、それをやってからまた青葉は横になり、足のヒーリングに移っていった。
 

登校日の週の週末、青葉たちのコーラス部はT市で開かれた山祭りの歌謡ステージに参加した。これは青葉と美津穂が寺田先生と話して決めた「葛葉強化策」の一環であった。
 
「葛葉、自分でも言ってるけど、やはり本番に弱い性格、プレッシャーに弱い性格みたいね」
「割と引っ込み思案だもんね」
「歌自体はすごくうまいのにね」
「でも私が抜けた後はコーラス部の中心になっていって欲しいしなあ」
「やはり場慣れさせるしかないね。成功体験を積み重ねていくことで自信も出る」
「じゃ、ステージ経験させて、ソロ歌唱もたくさん経験させよう」
 
ということで、とにかく人前で歌う経験をたくさん積ませようということになったのであった。
 
「葛葉〜、私まだ体調万全じゃないし、明日の山祭り、それから来週の海祭りと夏祭りで、ソロ歌ってね」
「ううう。中部大会はごめんなさいでした。頑張ります」
「中部大会はドンマイだよ。よろしくね〜」
「でも、去年はこんなにあちこちの祭りに参加しませんでしたよね?」
「うーん。去年全国大会まで行ったので、今年はあちこちからお声が掛かったみたいよ」
「へー」
 
実際は寺田先生や、あれこれいつもバックアップしてくれている教頭先生が知り合いに掛け合って、歌える場を確保したのである。
 
その日の山祭りではコンクールでも歌う『立山の春』と、お祭りなので観客になじみのある曲ということでAKB48の『ヘビーローテーション』を歌った。ヘビーローテーションには特にソロパートは無かったのだが、寺田先生が急遽ソロパートを書き、前日に数時間練習して出て行ったが、葛葉はこういう譜面を覚えるのも割と得意なようであった。
 
「なんか心臓が縮みました」
などと本人は言っていたが、良い出来だったし、うまく歌えたので本人も笑顔だった。やはりお祭りの開放感があるので、気楽に歌えるのだろう。
 

8月7日には彪志が富山にやってきた。
 
彪志は6月からピザの宅配のバイトを始めていた。基本的には夜間の時間帯にシフトを入れていたが、夏休みの間はお店から要請があれば昼間も応じていた。8月はお盆の時期は稼ぎ時になるので、その前に少し休ませてもらうことにして3日間の日程でこちらに来たのである。
 
「元気そうじゃん」と彪志は青葉の家に来ると第一声で言った。
「うん。いたって元気だよ」と青葉。
 
「今日は青葉ひとりなの?」
「うん。お母ちゃんは仕事だし、お姉ちゃんたちは、桃姉がちー姉に、ずっと籠もってばかりじゃだめだよとか言って、車でイオンまで出かけた。ちー姉は家に居たい感じだったけど。まだ結構きついみたいだし」
 
「青葉が元気すぎるんだよ。手術の跡はまだ痛い?」
「痛い。でも我慢できる範囲だよ。私とちー姉が同じ日に受けて、一週間後に和実だったけど、私とちー姉は昨日診察してもらったのでは、普通の患者なら3ヶ月くらい経過した状態だって言われた」
「特急で治してるね」
「和実は石巻のお姉さんとこに今いるんだよね。淳さん今仕事が無茶苦茶忙しいから、和実の面倒を見てあげられないってんで。気分が悪くなったりした時に対応できないからって」
「ああ、SEは大変だもん」
「美容室とアパートは300mくらいの距離なのよね。それで実際には着付けの人手が足りない時とか借り出されているらしい」
「おやおや」
 
「それで仙台の婦人科でチェックしてもらってるんだけど、春先くらいに手術なさったんですか?と訊かれた、と」
「そちらも特急か。でも自分も含めて3人も同時に治療してて大丈夫?体力足りる?無理しちゃダメだよ」
 
「菊枝からパワー融通してもらってるから大丈夫」
「ああ。。。。」
「私も8月いっぱいは一般の仕事は入れない。慶子さんにも詩子さんにも言って断ってもらってる」
「それは当然そうしなきゃ」
「8月はあと1件だけ入れるけどね」
「何するの?」
「スリファーズって知ってる?」
「あ、うん」
 
「そのスリファーズのリーダーの春奈って子が今月15日にアメリカで性転換手術を受けるんだよ。人気アイドルだから、騒がれたくないってんで情報公開してないけど。冬子さんの妹分みたいな子なんで頼まれて、そちらのヒーリングもやる予定」
 
「オーバーワークだ」と彪志が言う。
「4人の中でリモートでやるのは和実だけ。ちー姉は8月いっぱいうちにいるし、春奈さんは退院して帰国したら高岡市内某所で9月中旬まで静養予定。だから私が春奈さんの静養先に実際に行ってダイレクトにヒーリングするから」
 
「青葉のヒーリングを受けるために高岡に来るんだね?」
「そういうこと。高岡滞在中は一切外出禁止を申し渡されてるらしい。居所が分かっちゃうと騒がれて静養にならないから。健康状態と傷の治り具合を診てもらうのも、お医者さんに往診してもらう」
「若い子には1ヶ月も籠もってる方が辛かったりして」
「だと思う」
 
「でもリモートの方がパワー使うんだよね?」
「当然。だいたい2割増しのパワーが必要で効果は7割くらいしか出ない。でも和実の場合は本人にも霊的な力が少しあるから、それを利用するとダイレクトにやるのとほとんど同じくらいの効果が出るんだけどね」
 
「まあ、仕方ないなあ。俺のパワーも使えそうだったら遠慮無く使って」
「うん。というか既に日々使わせてもらってるよ」
「そうだったの!?」
 
「しかし、性転換ラッシュだね」
「ほんとに! まあ、去年の6月にMTFの集団遭遇があったから、その結果だけどね」
「なるほど」
「その時既に性転換手術済みだったのは冬子さんだけだったんだけど、冬子さんが『早く手術しちゃった方がスッキリするよ』とか、かなりみんな煽ってたから、和実なんかも、それでやる気になったような感もあったしね」
 
「お父さんとお姉さんの仮葬儀の日の翌日って言ってたっけ?」
 
「そうそう。4つのグループが一挙に遭遇したんだよ。お姉ちゃんの遺体が見つかったって連絡受けて向こうに行って着いたら、お父さんの遺体も見つかったって聞かされて。それで彪志に来てもらって仮葬儀して。その翌日に、その大遭遇が起きたんだ。その場では連絡先だけ交換して、ゆっくり話したのは次の週だけどね。考えてみると全部お姉ちゃんの引き合わせなのかもって気がする」
 
「俺も未雨ちゃんの引き合わせみたいなもんだしな」
「そうだよね!」
「リアルでは、いつも青葉が未雨ちゃんを守ってあげてたんだろうけど、結構未雨ちゃんも、青葉にいろいろしてくれてたのかもね。そして今もしてくれているのかも」
 
「・・・・かもね」
 

彪志は来てくれているものの、青葉はコーラス部の全国大会が目前なので、毎日練習に出かける。日中結果的に彪志は放置されてしまった。初日は一緒にお昼を食べたあと、青葉が学校に練習のため出かけたのと入れ替わりに桃香と千里が戻ってきたので、桃香につかまって3人で桃香の部屋でおしゃべりすることになる(千里は布団に入り横になっている)。
 
同じ理学部なので、数学や物理などの話題から、教官の噂話などまでけっこう話がはずんだ。
 
「でも同じ学部にいる割には学内であまり遭遇しないよね」
「そうですね。まだ2-3回しか会ってませんね。でも、何度か会った時、いつも桃香さんと千里さん、ぴたりとくっついていて仲よさそうだなあと思ってました」
「うん。私たちは仲良いから」と桃香。
 
「同じ授業を取ってるんですか?」
「うん。ゼミは違うからそれだけは仕方ないけどね。それ以外の授業は全部一緒」
「すごいなあ。同学年だとそういう付き合い方できますよね」
 
「彪志君はピザ屋さんのバイトと言ってたね」
「ええ。配達ばかりで店内の接客が無いから結構気楽です。お二人はバイトどうしてます?」
「私は通販会社の電話オペレータをしてたのだけど、事業縮小で6月いっぱいで終了。でも勉強の方も忙しくなってきたから新たなのは入れてない。当面は奨学金頼り。でも千里が体力回復するまではずっと付いていてあげたかったから、ちょうど良かったけどね」
 
「そうですよね。理学部は忙しいから上の学年になるほどバイトも選びますね」
「そうそう。千里は1年の時からファミレスに勤めていて、今、夜間店長なのだよ。取り敢えず7月下旬から8月いっぱいは休職の予定。このまま辞めたら?とも言ったのだが頑張ると当人は言っている」
 
「ファミレスは体力使いそう」
「ピザ屋さんも夜間のシフトはけっこうきついだろ?」
「午前中の授業が辛いです。一応朝2時間くらいは仮眠取ってますが」
「千里もほとんど夜のシフトだが、千里が授業中に居眠りしているの見たことがない。どういう体力してんだか」
 
「大学が終わってから夕方までの2時間、晩御飯たべてから出勤までの間の3時間、勤務時間中の休憩で1時間、帰宅してから大学に出るまでの1時間で、合計7時間寝てるから大丈夫だよ。火曜と水曜は休みだから、その間にも寝るし」
と布団の中から千里が言う。
「お買い物は桃香がしてくれてるしね」
 
「私は千里が書いてくれているメモ見ながら買ってるだけだけどね。ただ、私はあまり料理が得意ではないから、見当外れのものを買っていって千里が当惑していることがある」と桃香。
「そういえば、切干大根を頼んで青首大根が転がってた時はどうしようかと思った」
と千里。
 
「ジャガイモと書かれていれば分かるが品種を指定されると見ても分からんし」
「メークィーンくらいは覚えて欲しいけど」と千里。
「ああ、でも買い物って難しいですよね」
 

青葉は夕方16時頃帰って来たが、シャワーを浴びた後、リモートで和実のヒーリングを少ししていた。その内朋子が帰宅し、晩御飯を作る。晩御飯の当番も、8月いっぱいは朋子がやるということになっていた。
 
「桃香がやってくれると助かるんだけどね」と朋子。
「冷凍食品とレトルトだらけになっても良ければ」と桃香。
 
彪志は夕食の時に、青葉が物凄い量食べるのに驚く。
 
「青葉。。。。こんなに食べてたっけ?」
「24時間ありゃジェット機だって治る。食い物持って来い・・・って状態」
「よく、その映画知ってたね」
「お母ちゃんがTSUTAYAで毎週2枚DVD借りてきてくれるんだよ」
「なるほど」
「自分も含めて3人分の傷を治してるから、ここのところずっと4人分くらい食べてるよ」
「凄い。いつものんびりお仕事の青葉の胃腸さんが、ずっとこき使われてるんだ」
「うん。たまには頑張ってもらわなくちゃ」
 

夕食後、青葉は桃香の部屋に入り千里のヒーリングをする。ヒーリングのため千里が肌を露出するので、彪志は目を瞑っているように桃香から言われ、目を瞑り青葉に手を引かれて中に入り、会話に参加した。おやつなどを青葉がとってあげているので「あ、いいな」などと桃香は言っている。
 
10時頃、ヒーリングを終えたが、彪志は青葉から「絶対ひとには見せられない作業があるから」と言われ、居間で1時間ほどテレビを見ながら待機していた。やがて携帯メールで「もういいよ」と言われて、青葉の部屋に行く。彪志が行くと青葉は布団の中で横になりヒーリングの波動で自分の身体を覆っていた。
 
「あ、そのままでいいよ」と彪志は言い、布団の脇に座って青葉の右手を握った。
「ありがとう」
 
「青葉きつそうだし、今日はHやめとこうよ」
「そうだね。でも一緒に寝たい」
「添い寝してあげるから」
「うん」
 
彪志は服を脱ぎ、裸になって青葉が寝ている布団の中に潜り込む。そっとお腹に手を当てる。
「あ、気持ちいい。その手、そこに置いててくれる?」
「うん。『手当て』だよね」
「そうそう」
 
「青葉、裸なんだね」
「というか服で身体を拘束したくないから」
「なるほど」
「裸でお布団の中に入るの、気持ちいいじゃん」
「うんうん」
 
「彪志、手はきれい?」
「さっきお風呂に入ったばかりだよ」
「だったら触っていいよ。でもまだ揉んだりしないでね」
「あ、うん」
 
彪志はおそるおそる青葉の新しい股間に触る。茂みの中に柔らかいスリットがある。
 
「タックと違って、そこ開くから」と青葉が微笑んで言う。
「うん」
彪志はおそるおそるその中に指を入れた。ほのかな湿度がある。
「でも俺が触って痛くない?」
「触るだけなら問題無いよ。いじられたらちょっと痛いかも」
「じゃ、そっと触るね」
 
「わあ、すっかり女の子になったね・・・あ、ここ」
「そこがヴァギナの入口。まだ使えないけど、使えるようになったら、彪志のおちんちんを入れてね」
「うん」
 
「でも、青葉って、ずっと前からこういう身体だったみたいな気がする」
「そう?そう思ってくれると嬉しいかも。私も昔のことは忘れたから」
 
あまり長時間触ってると痛いだろうからと言い、彪志はその日はちょっと触るだけでやめて、また青葉のお腹の上に手を置いてあげた。お腹の上に戻す前に指を舐めたら「やだ」と青葉が恥ずかしがるように声をあげた。
 

12時頃、青葉は彪志が眠ってしまったのを確認してから、そばのポーチを取りダイレーターをそっと挿入した。これ入れてる所はさすがに見せられないもんねー、おやすみ、と心の中でつぶやいてから眠りに就いた。
 

翌日は青葉たちのコーラス部が隣町で行われる港祭りに出るというので彪志はその時間に見に行った。隣町の中学のコーラス部が歌い、それに続いて友情出演という名目でステージに上がる。そちらのコーラス部の顧問の先生が寺田先生と大学の同期だったことで、出してもらったらしい。
 
彪志はてっきり青葉が歌うのかと思っていたら、青葉はステージ脇で立って見ている。彪志は寄って行って声を掛けた。
 
「青葉は歌わないの?」
「まだ体調が完全じゃないからね」
「ああ、やっぱりそれを笑顔と空元気で誤魔化してるんだな」
「ふふふ。それより、私がまだ万全じゃないってことにして、2年の子にソロを歌わせる場数を踏ませてるのよ」
「へー」
「見てて」
 
彪志が見ているとAKB48の『ヘビーローテーション』で出だしの部分「I want you」
から「ヘビーローテーション」までの所を、ひとりの子がソロで歌い(もうひとりのソロ歌唱者がそのエコーを歌い)、他の子たちはハミングで和音を奏でている。その後、「ポップコーンが」から全員合唱になる。
 
「うまいじゃん」
「そう。うまいのよ。表現力だけ見れば私よりうまい。でもこの子、無茶苦茶本番とプレッシャーに弱いんだ」
「ああ。それはほんと場数を踏ませるしかないね」
「でしょ?」
「あとは、緊張する時間が無いくらい突然言ってやらせるか」
「なるほど。その手はあるな」
と青葉はイタズラでも考えるかのような顔をした。
 

その日、港祭りでのステージが終わった後、学校に移動するバスの中で数人の2年生女子から質問が出た。
 
「川上せんぱ〜い、さっきステージ横で話していたのは誰ですか?」
「あ、私の彼氏だよ」と青葉はあっさり認める。
「きゃー」
 
過去にさんざん青葉のおのろけを聞き出している3年生たちはニヤニヤしてる。
 
「大学生ですか?」
「うん。今年、大学に入った」
「どこの大学ですか?」
「千葉大学だよ」
 
「わあ、遠距離恋愛になっちゃったんですね」
「あ。彼とはもう遠距離恋愛を3年続けてるから」
「えー?」
「私が小学6年生の時からの付き合いなんだけどね」
「すごーい」
「でも付き合い始めてすぐ、彼が青森県に転校しちゃったから。当時私は岩手に住んでたんだけど」
 
「青森と岩手って、こことどこくらいの距離ですか?」
「直線距離では高岡から長岡くらいまでだけど、交通の便が悪いから東京くらいまで行く感覚に近いかな」
「わあ、小学生にとっては絶望的な距離」
「よく続きましたね」
 
「キス済みですか?」
「もちろん」
「セックス済みですか?」
「まだ女の子の身体になってからはしてないけど、手術前には何度かしたよ」
「きゃー」
 
「じゃ、新しい身体ももう予約済みなんですね?」
「そうそう。高校に合格したら、しようって約束してるよ」と青葉。
「あ、それいいな」
「私も彼氏とそんな約束しちゃおうかな」
「あんた、彼氏いたの?」
「これから作る」
 

その晩も彪志は青葉と裸で添い寝をした。青葉は夜間ヒーリングの波動を出しっぱなしにして寝ていると彪志に説明した。朝までにたっぷり手術の傷の治療が進むという仕組みである。青葉は彪志に「少しパワー貸してね」といい、添い寝している彪志を「電源」の一部として使わせてもらっているようだった。
 
「でもさ、青葉。ヒーリングするにはエネルギーを使うわけだろ? 寝ている間にずっとヒーリングしてたら、傷は治せるかも知れないけど、疲れないの?」
と、朝起きてから彪志は訊いた。
 
「パソコンを充電しながら使っているようなものよ。睡眠で身体を休めているから大丈夫。夜間大量にエネルギー消費するから夕食たくさん食べてるしね。ここのところ、4時くらいまで自分をオートで治して、朝4時に目が覚めたら、隣の部屋で寝てる、ちー姉のヒーリングを6時くらいまでしてる」
 
「なるほど、それで4時にエネルギー補給するために、おにぎりを持ち込んでいるわけね」
「そうそう。隣の部屋くらいならダイレクトにそばでやるのと使うパワーは大差ないんだよ。特に私とちー姉って、元々のリンクが深いから」
 
「へー」
と言ってから彪志は
「俺よりもリンク深い?」
と訊く。
 
青葉はニコっと笑い「彪志の波動を女の子の波動に変えちゃったら、ちー姉より深いリンクになるよ」と言う。
 
「いや、それは遠慮しとく」と彪志は慌てて答えた。
 
「でも私の『家族』の中では彪志が一番長い付き合いだからね、それ忘れないでね」
と青葉が真顔で言う。
 
「うん」と答えて彪志は青葉にキスした。
 

3日目は桃香が「せっかく彪志君来てるのに、あんたらデートくらいしなさい」
と言って午前中、車でふたりを海王丸パークまで送ってくれた。昨日港祭りで来た場所である。港に留め置かれている帆船・海王丸を見学し、遊覧船に乗った。
 
「昨日来た時も思ったけど、大きな橋だね」
と彪志が新湊大橋を見上げて言う。
 
「帆船の前に、あの橋に目が行くよね」
「あれ?昨日は気づかなかったけど、まだ開通してないのかな?」
「そうそう。もうすぐ開通予定だけどね。彪志が次に来た時はもう通れるようになってるよ」
 
海王丸は巨大な人口港である富山新港に留め置かれていて、新湊大橋はその富山新港によって東西に分離されている両地区を結ぶ長さ3600mの巨大な橋である(嵐太郎が言っていた「大きな橋」は伏木港側の伏木万葉大橋-長さ600m-のこと。ただし嵐太郎がこの地に公演に来た時はまだ建設中であった)
 
遊覧船は海王丸の前から出発して、富山新港と伏木港を結ぶ内川をのんびりと走って行く。この内川に架かる橋が観光スポットになっており、屋根付きで、まるで建物のような東橋、ステンドグラスで彩られた神楽橋などは、青葉もここに来たのは初めてだったので「わあ!」などと声をあげていた。
 
お昼前に桃香が千里を連れて海王丸パークまで迎えに来た。パーク内でお昼を食べてからまた青葉を(コーラス部の練習のある)学校まで送っていき、それから自宅に戻った。
 
「彪志君、青葉とセックスしたか?」
と自宅に戻ってから、桃香が唐突に訊く。
「あ、いえ、まださすがにあそこはまだ使えないということで」と彪志。
「みたいだね。私も千里にやらせろと言っているのだが、まだ無理だと言う」
 
「ふつうは半年くらい無理だよ。でもたぶん連日の青葉のヒーリングのお陰で2ヶ月もすれば、無理しなければ使えるレベルになるかも」と千里。
 
「一応、青葉とは青葉が高校に合格してからしよう、なんて言ってたんですが青葉がもう高校は内々定になっちゃったので、一応推薦入試の内定者発表がある2月かな、なんて言ってるんですけどね」
 
「じゃ、千里も2月くらいになったらHしよう」と桃香。
「しない、しない」と千里は笑って答える。でも笑うのも少し辛そうだ。お腹に力が入らないのだろう。
 
「桃香さんと千里さんの関係も面白いですよね。桃香さんの話だけ聞いてると日常的に性的な関係を持っているみたいに思えちゃうけど、実際は僕と青葉より頻度低いですよね?」
「そうなのだよ。私のヴァギナは結局千里のペニスを5回しか受け入れなかった。内4回は寝ている千里を襲って、本人の意識が無い内に入れてしまったのだが」
「レイプですか!?」と彪志。
 
「そうそう。目を覚ました後は、ちゃんとしてくれたけどね」
「だって入ってしまってたら仕方ない」と千里。
「私の男性能力が弱くなってたから最後まではできなかったけど」
「結局ちゃんとやったのは1回だけだね」と桃香。
「うん。でも、桃香にやられたの、それぞれ記念の日だったしね」
 
「千里さん、優しい」と彪志。
「彪志君も凄く青葉に優しいね」と千里に言われて彪志はドキッとする。
 
「でも、私たちは普段は裸で抱き合って寝ているだけだよ。フェラとかシックスナインはしてたけど」と桃香。
「でも同性愛カップルには、わりとそういう人たち多くありません? 手をつないで寝るだけとか」
「ああ。そういう話は聞くけど、そんな淡い関係って私は経験が無いな。恋人になったら、やりまくるもんだと思ってる」
「おやおや」
「彪志君も、どんどん青葉をやっちゃえ」
「あ、はい」
 
千里が笑っている。彪志は結局自分は性転換前の青葉と何回セックスしたんだっけ?と考えていた。
 

 
「結局9回だよね。7月にサンライズの中、8月にここと冬子さんの家、3月に一ノ関の実家、大船渡の旅館、4月に俺のアパートで2回、5月の誕生日にここで、そして6月に一ノ関」
と、青葉が戻って来てから、彪志は青葉の部屋で数の確認した。
 
「へー、私が出てる間にそんなこと考えてたんだ?」
「いや、そういうことばかり考えていた訳でもないけど」
 
「今回はしなくて良かったの?」と青葉。
「青葉体力無さそうだもん。素股でやったとしても、青葉体力使うだろ?」
「うん」
「だから今回はパス」
「ありがとう。せめて、手でしてあげようか」
「あ、えっと」
 
と彪志が返事をちゃんとせずにいる間に青葉は彪志のファスナーを下げ、彪志の棒を取り出すと左手で掴んで、動かし始めた。
「あ・・・・」
 
彪志は「待って」と言い、ズボンとトランクスを脱いだ。
「この方がいい」
「OK」
 
彪志はされるがままにしている。彪志は1分もしないうちに逝ってしまった。青葉が右手で出てきた物を受け止める。ティッシュでていねいに拭いてあげる。
 
「へへ。男の子が逝くところを見てみたい気もしたのよね」
「あ、そうか。青葉自分のでも経験無いんだもんね」
「私女の子だもん。おちんちんなんて無いから経験できないよ」
「そうだね」
 
「青葉の見せてよ」
「うん」
青葉はスカートとパンティを脱いで、そこを露出する。すっきりしたお股に縦の筋がある。
 
「わあ・・・・凄いな」と言いながら彪志が触るが、青葉も
「ふふ」と笑って、触られるままにしている。、
 
「俺みたいな形が、こんな形になっちゃう、ってのも凄いね」
「魔法みたいだよね。彪志もこんな形になりたい?」
「別になりたくないけど」
「彪志も性転換したくなったら、してもいいよ。私たちレズになっちゃうけど」
「したくない、したくない」
 
「でも彪志、性転換手術はしてもいいけど、戸籍は男の子のままにしてくれると助かるな。私は戸籍女の子にしたいから、彪志まで戸籍の性別変更すると、私たち結婚できなくなっちゃう」
「いや、だから性転換するつもりなんて無いから」
「何なら女装してみる?」
「勘弁して」
「ふふ」
 
「でも青葉は小さい頃から、こういう形になりたかったんだもんね。やっとなれたね。嬉しい?」
「うん。とっても。でもこないだから、女の子の身体になれたってのが夢で目が覚めたら男の子だった、なんて夢を3回も見たよ」
「それはまだ青葉の心が、新しい身体を完全に受け入れてないんだよ」
「鞠村先生からもそれ言われた」
「でもすぐに慣れると思うよ」
 
「うん。でも小さい頃、よく夢見てたなあ」
「どんな?」
 
「お母さんに連れられて病院に行くの。お医者さんに診察されて、おちんちんをいじりまくられるの。それで、そこに寝てって言われて、横になったら、『今から切るね』って言われて、お医者さんがメスでさっと切って。切られたおちんちんをお医者さんが手に持ってて『これ、どうしますか?』ってお母さんに訊くとお母さんが『捨ててください』って言うの」
「ふんふん」
 
「あとはお母さんとお姉ちゃんと一緒に温泉に行って服脱いだら、お母さんが『あれ?あんた、おちんちん付けてるの?』『女湯に入る時は外さなきゃ』
『外しかた知らないの?』って言われて、お母さんが私のおちんちんを少しひねってから、最後ぐいって引っ張ったら抜けちゃって、何も無いお股になって、それでお姉ちゃんから『私とお揃いだね』と言ってもらって」
「ほほお」
 
「お母さんがお裁縫して私にスカート作ってくれて、それを穿かされるんだけど、あらスカート穿くのに、これ邪魔ねっていって、裁縫用の裁ちばさみで、私のおちんちんをチョキンって切っちゃうの。女の子パンティ穿かされてスッキリしたシルエット見て嬉しくて」
「なるほど」
 
「幼稚園の入園式で、みんな列を作ってるの。制服の赤いのと青いのと好きな方を選んで良いんだけど、赤を選んだ子はその場でパンツ下げられて、おちんちんをつかまれて、大きなハサミでチョキンと切られちゃうの。切られたおちんちんがテーブルの上に並んでて、青い服を選んだ子には、その並んでるおちんちんを手に取ってぐいっとお股に押しつけられて、くっつけられるの。その内、私の番になって、もちろん赤い制服を選んで私もおちんちん掴まれてチョキンって切ってもらったのよね。それで取られたおちんちん、どんな子にくっつけられるのかなって、様子を見てるの」
 
「へー。でも男の子になりたい女の子と、女の子になりたい男の子で、生殖器を交換できたら便利だろうけどね」
「できたらいいけど、なかなか組織が適合しないよね」
「うん、そうだろうね」
 
「でも彪志はそんな感じの夢見たことない?」
「無いよ」
と彪志は困ったような顔で答えた。
 
「でも、青葉は幼稚園の制服、どちら着てたの?」
「もちろん女の子のだよ。私、女の子だもん」
「それって、最初から?」
 
「私、女の子の服しか着てなかったからね。幼稚園の入試にも女の子の服着て行ったみたい。入園願書の性別は男だったらしいし、制服も男の子用で注文したらしいけど、間違いだろうと思われたらしくて女の子用渡されたんで、お母さんも『ま、いっか』と言って、女の子の制服着て通ったらしい。自分では記憶無いけど、そのあたりは後で聞いた話」
 
「お母さん、けっこう青葉のことに理解あったんじゃない?」
「当時はそうかもね。下着とかも女の子用を買ってくれてたみたいだし。上着とかスカートとかはお姉ちゃんからのお下がりだったみたいだけど、さすがにパンツとかは個別に買ってたみたいだから」
 

帰宅した朋子が彪志と青葉を乗せて高岡駅まで行き、彪志は18:47の「はくたか」
で千葉に帰還した。
 
「越後湯沢まで付いていかなくても良かったの?」と母から訊かれたが、
「付いて行きたいと言ったけど、体力無いのに無理するなって言われた」
と青葉は答えた。
 
「今回はしなかったの?」
「私単に横になってるだけで彼に勝手にしてもらおうと思ってたんだけどね、寝てるだけでもセックスって体力使うはずだから、やめとこうって言われた」
「大事にしてもらってるね」
「うん。手術の後で2回夢の中でも会ったんだけど、その時もしなかった。夢の中でしても、それなりに体力使うはずって言われて」
 
「青葉、正直に言いなさい。今体調何%?」
「25%くらいかな」
「やはりね。あんたまるでほぼ全快したみたいな顔してるんだもん。来週の東京行きは仕方ないけど、それ以外は今月はとにかく身体をやすめてなさい」
「うん。そうする」
 

大会前にはもう1度、市の夏祭りでもステージに出させてもらって『立山の春』
と『ヘビーローテーション』を演奏した。むろんどちらも葛葉のソロをフィーチャーした歌唱である。
 
そしてコーラス部の全国大会は8月18日、東京で開かれた。他の部員は18日の朝から出かけたのだが、青葉は日帰りの体力が無いということで、前日17日の15時半の特急で東京に出て(19時半着)、都内のビジネスホテルに1泊した。(移動中の車内で春奈・和実・千里にリモートヒーリングをした)
 
バスルームでシャワーを浴びて、ホテルのガウンを着てベッドに横たわり、ラジコでFM放送を聴きながらダイレーションをする。
 
寂しいな。誰かに電話しようかな・・・・
 
彪志はバイトに出てるだろうしなあ・・・と思う。和実はこの時間もう寝てるだろうし、桃香と千里も既に寝室に入っているだろう。冬子は明日からキャンペーンで全国飛び回ると言っていたから今日は忙しいだろう。日香理・椿妃は明日こちらに来るため早めに寝てるだろう。美由紀は必死で進研ゼミをやっているに違いない。早紀は映画を見に行くようなことを言っていた。咲良は夏休みの集中講座に行くと言っていた。今の時間はまだ講義中かも。
 
電話を掛ける相手がいない!
 
「寝よう」とつぶやくと、青葉は留め置き用のダイレーターを入れてから自己ヒーリングの波動で自分を包み、ベッドの上で、すやすやと眠ってしまった。
 

翌朝、7時に目が覚めた。こんな時間まで眠っていたのは珍しい。いつも朝4時に目が覚めるのに。のんびりと顔を洗う。自宅に電話して母と桃香と少し話した。
 
しかし、ヒーリングを10時間近く掛けっぱなしにしていたので、無茶苦茶お腹が空いている。ホテルの近くのマクドナルドに行き、マックグリドルのセットを3人分買ってきて、ぺろりと食べてしまった。満腹すると少し眠くなってきた。
 
「もう少し寝ようかな・・・・」
 
青葉は再度ベッドに入り、また自己ヒーリングを掛けて眠った。
 
起きたら9時半だった。ちょうど1時間半寝たようだ。睡眠の1周期である。身支度を調えて会場に向かう。
 

10:45に会場前でみんなと合流する。
 
「昨夜は彼氏の所に泊まったんですか?」と訊かれる。
「まさか。都内のビジネスホテルでゆっくりとひとりで寝たよ」と青葉。
「そのホテルに彼氏がやってくるということは?」
「彼は夜間はピザ配達のバイトだもん」
「そのホテルにピザを注文したとかは?」
「さすがに千葉から東京まで宅配しないよ」
 
「でも良かったんですか? せっかくこちらに出てきたのに」
「そもそも部長の私が、大会前夜に彼氏の家に泊まってたりしたら、デートの回数を減らしても練習に頑張ってきた部員みんなに示しが付かないじゃん」
「おお」
 
「部長って大変だ」
「いや、大変なのは部長の彼氏だよ」
「なるほどー」
 

先に演奏したのは柚女たちの学校であった。午前中に登場し、宮城県出身の著名作曲家が昨年書いた力作『復興組曲』の最終章『明日へ』を歌う。今年は全国大会に来た学校の中で東北のみならずこの曲を自由曲に選んだ学校が5校もあった。伸びがあり情感のあふれる歌い方をする柚女の歌声が素晴らしかった。
 
午後に入って椿妃たちの学校が登場する。こちらは有名な混声合唱組曲『蔵王』
の最終章『早春』をソロ付き女声合唱に編曲し直したものである。『蔵王』を使う学校も椿妃たちの学校の他にもう1校あった。ずっと合唱をやっていると1度くらいは練習したことのある人も多い曲なので、小さい声で一緒に歌っている人たちも会場には結構あった。
 
歌里の歌うソロはピュアなトーンが美しい。まるで人間の喉ではなく楽器から発せられているのではと思いたくなるほど純粋な透き通る声である。同じように独唱者としての素質のある柚女と歌里だが、表現力のある柚女の声質はメゾソプラノ向き、ピュアな歌里の声質はソプラノ向きだと青葉は思った。
 
かなり最後の方になってから青葉たちの学校の出番となった。寺田先生が青葉に近づいてきて「ほんとにいいの?」と訊いた。「はい、お願いします」と青葉は答える。やがてまず課題曲の歌唱者がステージに並ぶ。青葉と葛葉はソプラノの前列に並んで立った。先生の指揮で演奏が始まる。青葉も葛葉ものびのびとこの曲を歌った。
 
そして自由曲を演奏するのに歌唱者を一部入れ替える。全国大会でも中部大会と同じ12人を入れ替えることにしていた。その入れ替えが行われている時、青葉は隣の葛葉に言った。
 
「葛葉、やはり私ちょっと体調が良くないの。悪いけど、ソロは葛葉歌ってくれない?」
「えー!?」
「中部大会では私頑張ったもん。今度は葛葉が私を助けてよ」
「でも」
「全国大会だもん。どうせ上位には入れないし。順位とか関係無いから、お祭りで歌ったのと同じ感じで、気楽に歌えばいいよ」
「分かりました! 中部大会はほんとに申し訳無かったし。頑張ります」
「よろしく」
 
青葉はOKサインを寺田先生に送った。先生が頷き指揮を始める。
 
青葉はふつうにソプラノパートを歌い始める。葛葉も一緒に最初はふつうのソプラノパートを歌う。そしてやがてソロの部分。葛葉がソロパートを歌い始めたので、え?という顔をしている部員も多数いる。青葉は微笑みを湛えてふつうにソプラノパートを歌い続けた。
 
やはり葛葉うまいじゃん、それにしっかり歌っている、と青葉は自分のパートを歌いながら思った。
 
1分48秒のソロパートが終わる。葛葉は昂揚した顔をしている。気持ちいいもんね、ソロってと青葉は思った。
 
やがて演奏を終了する。先生が礼をして全員ステージ袖に下がる。
 
「青葉どうかしたの?」と3年の部員から訊かれる。
「うん。体調が微妙だと思ったから葛葉に代わってもらった」
「残念だったね。最後の大会なのに」
「やっぱりまだ完全じゃないのね? 女の子になる手術してまだ1ヶ月だもんね」
「でも葛葉うまかったでしょ?」
「うまい、うまい。葛葉は倒れたりしない限りは、うまく歌うね」
 
その葛葉は2年生女子たちにもみくちゃにされている。それを見守って青葉は満足げな表情を浮かべた。寺田先生がポンポンと青葉の肩を叩いた。青葉は目で先生と会話した。
 
それは大会の一週間前の夜、青葉が先生の御自宅に電話してふたりで話して決めたことだった。
 
「確かに歌う直前になってソロ歌えと言われたら、松本さんも緊張する間が無いだろうけど、あなたはいいの? だってあなたにとっては最後の大会なのに」
と先生は言ったが、
 
「さすがに全国大会で歌えば、葛葉も自信が持てるでしょ? 精神的に弱すぎるソロ・シンガーを残して卒業していけません。ソロひとり育てるためなら、出番くらい譲りますよ」
と青葉は言った。
 

やがて全参加校の演奏が終了し、休憩の後、成績が発表される。全国大会では1位の学校から順に10位までが発表される。うちステージで表彰状を受け取るのは3位の学校までで、4位以下は事務局で賞状が渡されることになっている。
 
1位は今年は高知の中学であった。全員(交替する人も含めて)でステージに上がり、表彰状と盾が授与され、優勝旗が渡される。そして自由曲『千の風になって 』
を歌う。みんな知っている曲なので、会場全体が合唱状態になった。
 
2位は宮城県の中学だった。本人たちもびっくりだったようで、なんか凄い騒ぎになっている。ステージにあがるように言われるが、泣いている子もいる。部長さんと副部長さんが笑顔で表彰状と盾を受け取り、自由曲『復興』を歌った。
 
青葉たちはもう表彰式も残り1校だし、そろそろ会場を出る準備をしよう、などという雰囲気になってきていた。青葉もプログラムをバッグの中にしまい隣の席の日香理と二言・三言、小声でことばを交わしていた。
 
その時、司会の人から「3位、中部地区代表、富山県・◎◎中学」と呼ばれた。青葉は一瞬、日香理と顔を見合わせた。更に周囲の子たちとも当惑したように顔を見合わせる。動きが無いので司会の人があらためて「◎◎中学の生徒はステージに上がってください」と言う。
 
「えー!?」という声が数ヶ所から上がった。続けて「きゃー」という歓声。隣同士で抱き合って、凄い騒ぎになる。青葉は日香理と抱き合ってキスし、美津穂や、葛葉とも抱き合った。
 
「◎◎中学、早く上がってください」とまたまた司会の人から言われてしまった。みんな興奮して48人の生徒(歌唱者35+12人、ピアノ1人)と先生でステージに上がる。青葉と美津穂で前に出て、青葉が3位の表彰状、そして美津穂が盾を受け取った。
 
ピアノ担当の子がピアノの前に座る。先生が指揮台に就いた。葛葉が
「今度は川上先輩、歌ってください」と言う。青葉は頷いた。
 
『立山の春』の曲が進む。青葉も葛葉もソプラノのパートを歌っている。やがて、ソロの所が近づいてくる。青葉は隣の葛葉にニコっと微笑みかけるとソロパートを歌い始めた。
 
あれっ? けっこうお腹に力が入る。やはり昨晩ひたすら自分をヒーリングしたのが効いてるのかなと思う。青葉の声を聞いて葛葉が目を丸くしている。他にも「わあ」という感じの顔をしている生徒がいる。何だか観客席でもざわめくような反応。その時、青葉は自分の声が自分が思っているのよりも遙かにパワフルに出ているのを感じた。
 
そして・・・・・自分の体内の気の巡りが、かつて経験したことのないような力強いものになっていることにも気づいた。
 
そうだ。。。師匠から言われたんだった。手術が終わって半月もしたら今まで男の身体で封印されていた本来のパワーがちゃんと出るようになるぞって。女の身体になる手術を受けてから1ヶ月経っているが、やはりその間、他人のヒーリングをひたすらやっていたので、自分自身の回復が遅れたからだろう。
 
今青葉は女としてのスタート台に立ったことを意識した。
 

表彰式が終わり、会場の全員で課題曲を歌ったあと、解散となり、大半の学校の生徒が、隣の体育館で開かれる交流会に移動する。
 
青葉と日香理はまた携帯で連絡を取り合い、椿妃・歌里・柚女たちと落ち合った。
 
「青葉が歌うとばかり思ってたら、別の子がソロ歌うじゃん。えー?と思ったんだけど、歌ってる子が凄くうまいから、わあ、こんなにうまい子がいたら青葉でもソロを取れないんだ、なんて思ってたのに、表彰式の時の青葉の歌はもう全てを超越してたね」と椿妃。
 
「あの表彰式の時のソロ聴いて、負・け・た〜と思った」と柚女。
「右に同じです。私、この1年で随分上達したという自負があったけど、まだまだ目標は遙か先なんだということを思い知らされました」と歌里。
 
椿妃や歌里の学校は5位、柚女の学校は7位であった。
 
「青葉が中部大会で歌った時は神がかったものを感じたんだけど、今日の青葉はもう絶対最高神そのものって感じだったね」と日香理。
 
「そういう褒め方されたら、私この後どう歌えばいいのよ?」と青葉が言う。「やはり、もっともっと歌を究めていくんですよね?」と歌里。
 
「私、中学でコーラス部は卒業と思ってたけど、高校に行ってもまだやろうかなって、さっき歌った時、我ながら思った」と青葉。
 
「あんな歌を歌えて、コーラス辞めるなんて許さん」と椿妃。
「高校でもまた全国大会で会いましょう」と柚女は言い、ふたりは硬い握手を交わした。
 

帰りは、他の部員と一緒にその日最終の新幹線と「はくたか」を乗り継ぐ。5位以内になったらステーキをおごってやると言っていた教頭先生はとりあえずみんなに紅茶をおごってくれて「ステーキは帰ってから明日ね」と言っていた。
 
「先輩、ずるいです。あんな凄い歌が歌えるのに、私に歌わせるなんて」
と新幹線ホームで葛葉は言ったが、青葉は
「全国3位は葛葉の歌で取ったものだということを忘れないように。葛葉の歌も今日は凄くよくできてたよ」
と笑顔で言った。
 

その日の深夜、帰宅した青葉を迎えた朋子は
「お前、どうしたの?」
と訊いた。
「私、どうかした?」
「物凄く元気になってる。ほんとに完全回復したみたいに見える」
「私はもうパーフェクトだよ」
と青葉は笑顔で答えた。
 
その日の夜は青葉は夜間の自己ヒーリングをする必要を感じなかったので、代わりに石巻にいる和実に連絡してラポールを架けヒーリングしてあげた。するとヒーリングを始めて間もなく《何かあったの?凄いパワーアップしてる》と和実からメール。青葉は微笑んで《100%女の子になったから》と返信した。
 
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【春望】(1)