【春歌】(その1)

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彪志との足掛け5日間に渡る「ロングデート」を終えて、2011年8月9日、青葉は羽田発・富山行きの飛行機で地元に帰還した。富山空港まで母(朋子)が迎えに来ていてくれたので、その車の助手席に座り、岩手で友人たちと会ったこと、彪志とのこと、彪志の両親のこと、また東京で親切にしてくれた冬子(ケイ)のことなどを楽しく母に語った。
 
「結局彪志さんと何時間一緒にいたんだっけ?」
「4日の13時に高岡駅で彪志と落ち合って、いったん6日朝8時すぎに仙台駅前で別れたから、この間が43時間。7日夜23時すぎに彪志の家に行って、8日夜22時前に福島駅で別れたから、この間が22時間半。合計65時間半かな」
「楽しかった?」
「うん。でも、この後10月24日までデートできないんだよね。一応9月11日には彪志の高校の学園祭に顔出すことにはしているけど」
 
「寂しい?」
「うん。昨日の夜、彪志と別れたあと、東京に戻る新幹線の中で凄く寂しいって気分になった」
「変だよね。あんたたち2年近く会ってない時期もあったのに」
「そうなのよ! その頃は別に平気だったのに」
 
「それが恋ってものよ」
「そっかー」
 
青葉は400kmの彼方にいる彪志に思いを寄せていた。その頃、彪志も青葉のことが気になって集中が乱れるのを、頑張って勉強に集中しようと努力していた。 

翌10日の午前中、青葉が少しボーっとしていたら、美由紀から電話が掛かってきた。 
「ね、ね、**飯店の御食事券が当たっちゃったのよ。一緒に行かない?」
「あ・・・・えっと・・・・」
 
美由紀の言葉はしばしば状況説明無しで省略されすぎて返答に困る場合がある。さすがに説明不足だったかと思ったようで美由紀が追加説明する。
 
「この御食事券、女性限定で4人まで行けるのよね。それで、私とうちの母ちゃんと、青葉と日香理との4人で行けないかなと思って」
「服装は適当で良いの?」
「うん。適当。あまり上等なの着て来て、食事で汚したらいけないから、普段着のほうがいいと思うよ」
 
会社に出ている母に連絡して承諾をもらい、念のためにお財布に少しお金を入れて待ち合わせの場所まで行った。
 
「こんにちは。お世話になります」と美由紀のお母さんに挨拶する。何度か、美由紀の家にお泊まりしたこともあるので、すっかり顔なじみである。 
「こんにちは、青葉ちゃん、可愛いの着て来たわね」
「ありがとうございます。でも美由紀のマリンルックも可愛い」
 
「でも最近、青葉って結構可愛い服を着るようになったよね」
「そ、そうかな?」
「こちらに着たばかりの頃は、色気も何も無い服ばかりだったのに」
「そうだね。可愛いのを着るのに心が慣れてなかったからかなあ」
 
「青葉ちゃん、かなり表情が豊かになってきたよね」とお母さんまで言う。「すみません。未だにまだ、かなり無表情で」
「でもかなり顔がほぐれて来てるもん。少しずつ慣れていけばいいよね」
「はい」
 
やがて日香理も来たので、一緒に中華料理屋さんへ向かった。
 
「私、外食って、ミスドとかマックとか、せいぜいファミレスくらいしか入ったことなくて、マナーとか全然分からないんで、変な事したらごめんなさい」
と青葉は言うが
「大丈夫よ。中華料理屋さんなんて、そんな難しいマナー無いから」
とお母さんは笑顔で言う。
 
招待券を出すと回転卓の席に案内された。
「何?このテーブル、どうなってんの?」
と青葉が半ば戸惑いながら言っている間に、各自のところに皿と箸が配られ、茉莉花茶が蛍焼きの磁器の湯飲みに入れられ置かれていく。
 
「お料理をこの回転する所に置くのよ。それを回して自分の好きなの取って食べればいいの。お料理来たらすぐ分かるわよ」
などとお母さんが説明するうちに前菜の冷製蒸し鶏のサラダが出てくる。 
お母さんが
「ほら、こうやって自分の前に回してきて、自分が食べる分取ればいいのよ」
と言って、やってみせると、美由紀が
「他の人の分まで取り分けてあげたりしなくていいからね。自分の分を取るのよ」
と付け加える。青葉は他人のことを考えすぎるので、言っておかないと大変だ。 
「中華料理自体は『青葉鑑賞会』でも食べたけど、回転卓は初めてだよね」
と日香理も言う。
「うん。これ何だか面白い」
と青葉は本気で面白がっている。
 
続けて湯菜のフカヒレスープ、海老料理で海老チリソース、海鮮料理でホタテとイカの炒め物、肉料理で古老肉(酢豚)と続く。
 
青葉がひとつひとつの料理に感嘆の声をあげ、そして更に食べながら「これはこうやって作ったのかな?」などと調理法を推測しながら楽しそうに話すので、みんなそれを興味深そうに聞いていた。ホタテとイカの炒め物の調味料が分からないなあ、などと言っていたら、お店の人が「お客様、それはXO醤炒めでございます」と教えてくれた。お店の人も青葉の反応に微笑んでいる。 
美由紀のお母さんが「ちょっとごめん」と言って席を立った時、日香理が訊いた。 
「ところで、青葉彼氏と会ってたんでしょ?」
 
「えへへ。4日に彼氏がこちらに来て。向こうに帰るのと私が向こうに仕事に行くのとがシンクロしたから、途中仙台まで一緒に帰った」
「で、仕事が終わってからまたデートしたのね」
「うん、まあ。彼が東京まで付いてきてくれたから」
「すっごく長いデートだね」
「うん。でも次にデートできるのは10月24日なんだよね」
「ああ、遠距離恋愛って、そういうものだよね」と美由紀。
「それと受験生だから、あまり誘い出す訳にもいかないしね」
 
「彼としたの?」と日香理。
「した」と答える時の青葉の表情が恥じかんでいる。
「何回?」
「あ・・・えっと、リアルで2回と夢の中で1回かな」
「やりまくりだなあ」
「うん。私ってふしだらだなと思う。一応月にリアル1回、夢1回以内にしようって約束したんだけどね。彼が勉強頑張ってたし、ご褒美にもう1回した」
 
「夢って例の相手も同じ夢見ているって夢だよね」と美由紀。
「あれはリアルと同じレベルだよね」と日香理。
「うん。でも、日香理にはHまだ早いみたいに言っといて、ごめーん」
「ま、いいんじゃない。カップルそれぞれだもん」と美由紀。
「うん。私はまだHする勇気が出ないもんなあ」と日香理。
「無理してすることないし。我慢させとけばいいのよ。お互いの信頼関係を育てていかないとね。身体だけの関係になっちゃったら楽しくないよ」
「だよねー」
 
会話はお母さんが戻ると、自動的にふつうの話題に移行してしまう。友人の噂話や芸能界の話題などで盛り上がっていった。
 
料理の方はやがて揚物の春巻き、野菜で麻婆豆腐、そして麺飯物は五目焼きビーフンで締めて、点心に小龍包、デザートに杏仁豆腐が出てきてコース終了である。
 
女性4人で食べるにはけっこうなボリュームだったが、日香理がけっこう頑張って食べたので、ほぼ完食することができた。最後微妙に残っているものは全部青葉が食べた。
 
「だって残すなんてもったいない」と言ってせっせと食べている。
「こういう時に収まる場所を別腹って言うんだっけ?」と青葉。
「別腹ってのはおやつが入る場所だね」と日香理。
「ああ、じゃ杏仁豆腐が別腹に入ったのかな?」
「そうそう」
 
「あ、でも私、別腹でもうひとつくらいデザート入るかも」
などと美由紀が言うので、メニューを出してもらって、別会計で頼む。「じゃ、これの分は割り勘にしましょう」と日香理。
「うんうん」
 
美由紀は桃饅、日香理はマンゴープリン、青葉は豆腐プリン、美由紀のお母さんはココナッツミルクを注文した。更には4個入りごま団子をとって1人1個ずつ分けて食べた。
 
「別腹もおなかいっぱい!」
「私も!」
 
ということで全員満腹となった。
 
「でも美味しい料理だったなあ」と青葉。
「ここは美味しいし、けっこう安いのよね。今日のコース、料金払った場合はいくらくらいか分かる?」
「うーんと。。。。4人で12000円くらい?」と日香理。
「それが8000円なのよね。1人あたり2000円」
「安い!」
「ね」
「デザートも1つ300円だったしね」
 
青葉はそもそも外食をあまりしないので値段の相場が高い安いもよく分からなかったが、変に堅苦しくなくていい店だったなと思った。
 
中華料理店の後、美由紀のお母さんが「おごるからお茶飲んでこう」と言って、近くのスタバに入る。
 
「そういえば、青葉ちゃんって霊感少女だって言ってたっけ」とお母さん。「青葉は、むしろ霊能者だよ」と美由紀。
「私、何かそのあたりの違いがよく分からないわ。いや、昨日うちの姉が誰かそういう方面に強い人知らない?とか言ってたものでね」
「何かあったんですか?」
 
「姉が引越を考えてるんだけどね。10年くらい前に開発された新興住宅街で売りに出ていた家を買おうかと思って、現地に行ってみたらしいんだけど、何か変な感じがしたというのよ。それでそこ買っていいかどうか悩んでるというもので」
「変な感じがしたというのは十中八九、やばいです」と青葉。
「やっぱり、そうよね」
 
「何でしたら、行って見てみましょうか?」
「ほんと?助かるわ」
 

翌日、青葉は営業用の巫女衣装(白い小袖に緋袴・千早)を着て、清めの塩も振ってから美由紀の家に行った。
 
「おお。インパクトがある」と美由紀。
「これは戦闘服なんだよね。万一とんでもないものがいたりした場合、この服のほうがパワーを出しやすいんだ」と青葉は説明する。念のためお母さんと美由紀にも清めの塩を振った。
 
お母さんの車で、お姉さんの家に向かう。都古さんというそのお姉さんは底抜けに明るい感じの人だった。このタイプの人にはしばしば表裏の激しい人が多いのだが、この人の場合は裏がなくて本当の明るい性格のようである。そこから都古さんの夫の車で問題の住宅街に連れて行ってもらう。美由紀のお母さんは留守番して、都古さん夫婦と、青葉と怖い物見たさの美由紀とで行く。 
「どうですか?」
「ひょっとして、そこの杉の木の右側の家ってことありませんよね?」
「ぴんぽーん」と都古さん。
「やっぱり問題ありますか?」と都古さんの夫。
「霊道が2本クロスして通ってます。死にたくなかったらやめときましょう」
「やっぱりそうか」
 
「霊道なら動かせないの?」と美由紀。
「動かせるけど、風水的にも問題が多い。ここは湿気がたまりやすい場所なのよ。霊道をいったん動かしても数年で元に戻ると思うな。それに、この付近の土地自体の気があまり良くないんだよね」
 
「よし。ここは止め。他の所にしよう」と都古さんの夫
「ねね、幾つか他にも候補に考えていたところがあるんだけど、ついでに見てくれない?」と都古さん。
「いいですよ」と青葉は笑顔で答えた。
 
車に戻ろうとした時「おーい」と呼ぶ声がする。黒いクラウンに乗った男性が運転席の窓を開けて、こちらに声を掛けている。
 
「あら」
「青葉ちゃん、ここでお仕事?」
それは旧知の霊能者で神戸在住の竹田宗聖さんだった。
 
「竹田さんもですか?」
「うん。家の中で幽霊見たってんで、応急処置してきた。でもこの住宅街はどの家でも出るよね」
「出てもおかしくないですね」
「霊道がかすってたんで、とりあえず家から離してきたけど、命に関わるからできるだけ早く引っ越した方がいいと言ってきた」
「ですね。これは防御したり風水改善したりして何とかなる類じゃないです」
「青葉ちゃんも何かした?」
 
こちらが何かしていたら、その影響で自分の方の仕事も再調整が必要になると思って尋ねたのであろう。
 
「何もしていません。まだ買う前でしたので、やめときましょうと言った所」
「うん。買う前にこの手の問題が分かる人にチェックしてもらえたら、絶対ここは買わないよね」
「全くです。でも少し勘の強い人なら、ここに来て変な感じしたり頭が痛くなったりして買うのやめると思う」
 
「ここは何人もの霊能者が仕事してるよね」
「です。あちこちに霊道を動かした跡があります。でもここまでひどいともうパズルですよね」
「そうなんだよ。僕が動かした霊道も2年くらいは大丈夫とは思うんだけど、その間に他の霊能者が何かすると、2年もたない可能性もある」
「私はここは関わりたくないです」
 
「ほんと、ほんと。じゃ、また会おう」と言って竹田さんは車で去って行った。 
「忙しい人だなあ」と青葉は苦笑する。
「あの人・・・・テレビに出てるよね」とお姉さん。
「はい。古い知り合いです。あの人、マスコミ好きなんですよね」
と青葉は言った。
「うちにも良く来てたので、小さい頃よく飴とかもらいました」
「へー」
どうも竹田さんのおかげで青葉が「本物」らしいと都古さん夫婦は思ったような感じであった。
 
「でもここは何なの?」と都古さんの夫。
「たぶん古戦場です。1000人以上死んでますよ。それがベースになって、他にもいろいろあったみたいですが、竹田さんにも言ったように関わり合いになりたくないです」
「はあ」
 
都古さんたちはその後、青葉たちを3箇所の引越候補先に連れて行った。その中の2番目のところがまた問題ありだった。1ヶ所目と3ヶ所目は霊的には問題無いようであったので、その2ヶ所で考えてみると、都古さんたちは言っていた。 
「でも鑑定料、おいくらくらい払わないといけないかしら」と都古さん。「それはご厚志で」と青葉。
「3万くらいでもいい?」
「はい、いいですよ」
 
ということで、都古さんは鑑定料を3万円くれた。そしてこれが青葉の北陸での初仕事となったのであった。
 

8月20日、青葉たち◎◎中学のコーラス部は全国大会に出場するため東京に出た。朝一番のはくたかに乗り新幹線に乗り継いで東京に9:55に着く。大会は11時からである。
 
出場校の生徒や一般の見学者が見守る中開会式が行われ、さっそく各学校の演奏が始まった。
 
全国8ブロックから各3校ずつの代表が集まってきている。演奏は休憩をはさんで全部で5時間近く掛かる長丁場である。東北代表で青葉が昨年所属していた中学も出てきているが、人がたくさんいるので会場で会ったり声掛けしたりするのは困難という感じである。大会が終わった後、交流のための時間があるので、その時に会おうと椿妃たちとは連絡を取っていた。
 
先に演奏したのは椿妃たちの中学の方であった。課題曲を歌った後『夜明け』を歌う。この曲のソロパートを歌里と柚女のどちらが歌うのか青葉は注目していた。地区大会では歌里、県大会では柚女が歌った。そして東北大会では前半を歌里、後半を柚女が歌ったのであるが・・・・
 
前半ソロの所で声を出しているのは柚女だ! 先月一緒に練習した時よりもうまくなっている。かなり練習したなと思った。そして歌の後半にもう一度ソロがあるのだが・・・・今度は歌里が歌っている! こちらも凄く上手い。これは顧問の先生も悩んだろうなと思った。柚女たちの中学と歌里たちの中学が合同で出てくるのは今年限りである。来年は元々の○○中学と△△中学に別れるから、来年はこのふたりは別の学校のライバルとして戦うことになる。
 
約1時間後に青葉たちの中学の演奏があった。こちらの自由曲は『島の歌/フィナーレ・幸い』である。ここまで出て来ただけのことはあって、ほんとにみんな上手くなった。春先には凄まじく音程が不安定だった男子たちもかなり安心して聴ける音を出している。やがてソロパートが来る。前半をふつうの音程で歌い、後半はオクターブ上げて歌う。最高音は F6 である。『夜の女王のアリア』の最高音と同じだ。その部分を歌った時、会場内に「わぁ」という感じの反応があり、青葉はちょっと快感であった。
 
全国大会だけあって、ほんとにレベルが高いと思った。正確に歌うのは当然。合唱としての調和がちゃんととれているのも当然。その上で表現力やその歌に対する解釈の深みなどが問われるハイレベルな戦いである。青葉たちは順位などは気にせず、のびのびと歌った。
 

大会は4時半に終わったが、表彰式があり、最後に課題曲を会場に居る全参加者で一緒に歌った後、隣接する体育館に移動して交歓会が開かれた。歌好きの子たちばかり集まっているだけあって、あちこちで、にわかグループによる歌声が上がっている。このコンクールは、この交歓会での参加者同士の交流が売り物のひとつであり、ここから地域を越えた様々な繋がりや、また音楽ユニットが生まれたりもしている。
 
遠くから来ている学校は途中で切り上げ、あるいは最初から不参加であるが、椿妃たちの学校は東京20:16発のやまびこ、青葉たちの学校は東京20:12発のとき、で帰るので、結果的に同じくらいの時間まで会場にいて、同じくらいの時間に会場を出ることになる。
 
青葉と日香理は携帯で連絡を取りながら、無事、椿妃・柚女・歌里と会うことができた。日香理と椿妃は先月の葬儀の時にも顔を合わせているので握手をしていた。
 
「お疲れ様でした」
「椿妃たち良いできだったのになあ。表彰台は遠いね」
「青葉たちもきれいにまとまっていたのになあ。みんな僅差だよね」
 
今年の優勝校は東北大会を1位で通過した福島県の中学校だった。椿妃たちの学校は6位、青葉たちの学校は9位であった。青葉たちは混声で出た学校の中では2番目の成績である。しかし10位くらいまでの学校の差はほんとに僅かであったと審査員長さんは言っていた。
 
「3位になった学校は女声合唱だったけど男子がひとり混じってたね」
「うん。大会規定でも参加者の性別と、演奏形態は無関係ってなってるしね」
「聞いていても男声は混じってなかったから、あの子女声で歌ってたのかな」
「出る子はいるからね。最近は女声の出し方かなり知られてきたし」
 
「性別と演奏形態が別ということは、男子部員ばかりで女声合唱やったっていいし、女子部員ばかりで男声合唱や混声合唱やってもいいってことだよね」
「それできる学校があったらね!」
 
「せっかくだから何か歌おう」と椿妃が言い出して、5人でmiwaの「春になったら」
を歌い始める。するとそれを聞いて近くで一緒に歌い始める子たちがいて、みるみるうちに人数が増えていく。しかもいつの間にか二部合唱になってる!さすが合唱好きの子たちである。
 
歌い終わってお互いに拍手し、また近くの子たちと握手もする。
 
「よし『441』行こう」という声が掛かって、続けて同じmiwaの『441』を歌う。更に『オトシモノ』『chAngE』とmiwa特集という感じになった。 
青葉は何人かの子たちと連絡先を交換してから解散した。日香理も椿妃と携帯のアドレスを交換していたようであった。
 

青葉たちは20日東京に日帰りで往復したのだが、22日には東京の冬子(ケイ)が富山まで1泊で青葉のヒーリングを受けるためにやってきた。
 
「20日に東京に来たんなら、そのまま東京に残ってくれていたら良かったのに」
と冬子。
「でも一応団体行動だから」と青葉は笑って答える。
 
「でも胸の手術跡はもうほとんど痛み無くなったよ。凄く調子が良い」
「良かった。私は組織つなぐ所までは出来ないから。私にできるのは身体が持っている治癒能力が正常に働くように後押しするだけ」
 
「でも身体って、物理的な物質で出来ている面と、機能とか反射とかいった『動き』の集合体という面とがあるんだね」と冬子は言う。
 
「ええ、そうです。数学で言うとオブジェクトとファンクションですよね。西洋医学はオブジェクトの部分に注目しすぎて、ファンクションの方を忘れがちなんです。漢方をはじめとする東洋医学は割とファンクションを見ていますね。私が操作できるのも、そのファンクション部分ですよ」
と青葉は答えた。冬子が頷く。
 
「でも『キュピパラ・ペポリカ』すごく面白い曲ですね。曲自体も何だか無国籍だけど、歌詞がまた凄いです」と青葉は言う。
「うん。すっごく無国籍。『キュピパラ・ペポリカ』ってどういう意味ですか?って随分訊かれたけど、私にも分からないんだよね。夢の中に出て来た言葉だから」
と冬子。
 
「え?スペイン語でしょ?」と青葉は言った。
「スペイン語なの?」と冬子が聞き直す。
「政子(マリ)さん、スペイン語できるし。だから書いたんだと思ったのに」
「どういう意味?」
 
「cupi para peporica, cupi para celusica って定型句ですよ」
「へー」
「peporica(ペポリカ) も celusica(チェルシカ)も香辛料の名前。peporicaはすごく辛い唐辛子。celusicaの方はあまり辛くないです」
「ほほお」
 
「paraは英語の for に当たる前置詞」
「あ、それは分かる」
「cupiは cupido の省略形で天使のことです」
「なるほど」
「だから、ペポリカの天使、チェルシカの天使、というので、これは恋に効く呪文として知られてるんです」
 
「ほんと!?」
「嘘です」と青葉。
 
冬子はしばらく絶句してから「あのね・・・おとなをからかうのもいい加減にしなさい」と笑って言った。
 
「でも女の子ってしばしば平気で嘘言えると思わない?」と冬子。
「ああ、嘘ついてるように聞こえないように嘘つけるのが女の子の特技ですよね」
「男の子はその点だめだよね」
「男の子の嘘はすぐ分かりますね」と青葉。
 
「でも、冬子さん、ここ1〜2日の間に男の子との出会いがあったでしょ」
「え? そんなのあったかな??」
冬子はマジで考えている様子であった。
 
「冬子さんの大きな運命の糸が動いてる感じですよ」
「へー。でも私は男の子との恋愛とか結婚って半ば諦めてるしな。性別変えた女の子って、どう考えても結婚対象外だよ」
 
「諦めることないんじゃない? 少なくとも冬子さんに恋しちゃう男の子はいますよ。私なんかも諦めるつもりないし。男の子と結婚する気満々です」
「あ、そうか、青葉ちゃん、彼氏いるからね」
「ええ。向こうの両親に気に入ってもらってます」
「そっかー」
 
「既成事実作っちゃえばいいんです。私、赤ちゃんも産んじゃう気満々」
「赤ちゃん!?」
「冬子さんだって子供できると思う」
「そういえば6月に集まった時に、そんなこと言ってたよね」
「あの後考えてたんだけど、冬子さんには子供ができるって確信した」
 
「ほんとに? でも結婚は分からないけど恋くらいはすることあるかな・・・・」
と言った冬子は、そういえば羽田に向かう途中で高校の同級生の木原君と久しぶりに再会したな、というのを思い出していた。
 
「そうそう。和実がまた10月くらいにみんなで集まれるよう計画立てるって言ってました」
「和実ちゃんか・・・・あの子もちょっと面白い子だね」
「ええ。かなり面白い子です」
 

翌週の土日27-28日は、青葉がまた岩手に行って、現地で何件かの霊障相談やヒーリングをこなしてきた。28日に彪志の模試があるので、今回は彪志と会うのは遠慮して、電話で少し話しただけであった。
 
そのあとの月火29-30日はまた冬子が富山に来てヒーリングを受けていった。そして9月3日の夜、青葉は美由紀と日香理を誘って富山市の八尾(やつお)に行き、風の盆を見た。夜9時頃から始めて朝4時くらいまでの徹夜コースである。風の盆というのは公式行事は3日の夜9時で終了するが実はその後が本番で、公式・非公式の多数の街流しが、美しい石畳の街を練り歩く。
 
富山市内の民謡酒場の人に冬子がおわら節を習ったので(青葉の所にヒーリングを受けに来たついでに富山市に寄ってお稽古を受けていた)、その人の縁で風の盆の(非公式)街流しに冬子が参加することになり、青葉たちはそれを見に行ったのである。 
美由紀も日香理も「『キュピパラ・ペポリカ』大好きです」と言って、冬子と握手をしてサインをもらっていた。
 
民謡酒場のオーナーさんのお母さんが八尾在住なので、その縁でのことだった。お母さんの友人夫婦(このふたりも八尾在住)の踊り、お母さんの三味線、オーナーさんの胡弓、オーナーの妹さんの太鼓、それから酒場の常連さん2人と冬子の3人で、交替で歌とお囃子をしていた。青葉たち3人はお揃いの青い浴衣を着て、隊列の後を付いて行っただけなのだが、ここまで街流しの一部と思われている感もあり、沿道の観光客たちから随分カシャカシャと写真を撮られた。 
「でも、公式の保存会の人たちの踊り手さんが着ているピンクの浴衣、凄く可愛いね」
「うん。あれは地元出身の若い未婚の女性しか着られないのよね。超限定品」
 
私たちは1時間流すと1時間休憩して他の街流しを見ていた。
 
「浴衣とは言うけど絹だよね」
「そうそう。雨に濡らせないから、雨が降ったら中断だよ。元々八尾は絹の名産地だったからね。♪歌の町だよ八尾の町は〜歌で糸とる、オワラ桑も摘む」
と冬子は途中からおわら節の一節を歌ってみせる。
 
「元々おわらって桑や蚕の世話をする時の労働歌だったんでしょうか?」
「だろうね。今みたいに芸術性の高いものになったのは昭和初期みたいだけど」
「あれ・・・一本刀土俵入りに出て来ました?」と日香理。
「そうそう。曳山会館の所にその歌碑があるよ」
 
「何だかいろんな歌詞がありますよね」
「たぶん1万種類以上あるんじゃないかという話。新作も毎年作られてる」
「わあ、凄い」
 
美由紀・日香理は生まれた時から富山県に住んでいるが、風の盆を見に来たのは初めてだと言っていた。
 
「だけど、女踊りも優雅だけど、男踊りも格好いいですよね」
「富山県は男踊りの格好良いものが多いね。おわら節と並んで富山三大民謡といわれる、麦や節・こきりこ節もそう」
「こきりこ、『True Tears』でもちょっと出て来たね」
 
「青葉や冬子さんはもしこの付近で生まれてたら、男踊りじゃなくて女踊りを覚えてましたよね」と美由紀が言うが
「覚えるのは両方覚えたと思う」と冬子。
「祭りでは女物の浴衣を着て、女踊りをしたろうけどね。ね。両方踊れる人、けっこういますよね」と言うと、
 
「あ、踊ってみせようか」とお母さんの友人夫妻の旦那さんの方が立って踊り始める。オーナーさんが胡弓を弾く。
 
最初は直線的な動きの多い男踊りだ。跳ねる動作、かかしのように片足で立つ動作、さらにはサービスでトンボ返りもしてみせる。手の動きがピシッ、ピシッとしていてとても男性的で格好いい。しばらく踊ってから、
「じゃ、性転換しまーす」
と一言言うと、踊りが突然女性的になった。
 
柔らかな手の動き、身体の動き、しなやかで曲線的な女踊りである。何だか色っぽい!
 
「えー!?」と思わず美由紀と日香理が声を挙げた。
 
「日常的な動作でも、男っぽい動作・女っぽい動作って、けっこう頭で考えて演出したりもできるもんなんだよね」
「考えればできるけど、習慣になってる部分もありますよね」
 
「うん。宝塚の男役の人とかも男性的な仕草が身についてるから、つい出ちゃう時があるなんて言うしね。私や青葉みたいな種族は、だいたい小さい頃から女の子意識があったから女の子の仕草ができるけど、青葉は特別として私みたいに女性志向をある程度の年齢まで隠してた子は、男の仕草と女の仕草の両方ができる代わりに、うっかり男の仕草が出ちゃう場合もあるね。特に疲れている時は危ない。そういうのを恋人に見られると『こいつ、やっぱり男か』なんて思われるから要注意だよ」
と冬子は笑いながら言っていた。
 
「ケイさん、踊ってみます?」と今踊った人。
「やってみようかな」
と言うと、冬子はまず歌に合わせて女踊りを踊る。通常の「平唄」なので、比較的シンプルな踊りである。
 
「凄い凄い。練習したことありました?」
「いえ、踊りは初めてですよ」
「さすがプロ歌手ですね。振り付けをすぐ覚えられる」
 
続けて同じ平唄で男踊りの方も踊ってみた。
「ほんとに要領よく覚えちゃいますね」
「私、民謡に関しては8割歌手って、新潟の民謡教室の先生に言われました」
と冬子。
「8割?」
 
「どんな民謡聴いても、私ってすぐそれを真似して歌っちゃうんです。素人が聴いたら一発でコピーできたように聞こえるけど、その民謡知ってる人の耳には8割の出来に聞こえるって」
「ああ、でも8割できたら大したもんですよ。だけどその8割と10割の差が分からない自称民謡の達人ってのも、この世界には多いんですよ。真顔で私は全国の民謡を200種類歌えるとか言う人がいますから。おわらだって、佐渡おけさだって、モノにするには最低でも4-5年は掛かりますよ」
「そうでしょうね」
 
「でもこの踊りなら、青葉ちゃんたちもすぐ出来るでしょ」
「8割踊りですね」
「そうそう。やってごらんよ」
と言うことで、青葉・美由紀・日香理も少しずつ教えてもらいながら踊ってみた。「あ、何となく行けた!」
 
その場で輪になって、オーナーさん、オーナーの妹さん、冬子、青葉たち3人で「輪踊り」の形でしばらく踊った。何だかそんなところも観光客に写真を撮られる! 
そして、その夜最後の街流しでは、冬子も青葉たち3人もお母さんの友人夫婦の後について踊りながら30分ほど町を歩いたのであった。むろん、冬子も青葉たちも女踊りであった。
 
「この瓢箪(ひょうたん)の唄ってのが、おしまいだよという合図なんですか?」
「そうそう。♪浮いたか瓢箪、軽そに流るる。行先ぁ知らねど、あの身になりたや。これでおしまい、という合図」
「面白いですね」
 
「ああ、私も流れる瓢箪になりたいなあ」と突然日香理が言った。
「世の中、自分の意志で切り開いていかないと行けないことが多いけど、時には流されるままってのも、ある意味楽だよね」と美由紀。
「まあ、いつもフルパワーで頑張ってたら、すぐ力尽きちゃうもん。いざって時に頑張れるように、普段は流れ任せってのもありだと思うよ」と青葉。 

翌週9月10日の土曜日。また青葉は金曜日の晩の長距離バスを使って岩手に行った。先々週行った時は彪志の模試とぶつかったので会うのを遠慮したのだが、今回は彪志の学校が10-11日の2日間文化祭ということで、仕事が早く終わったらそちらに行こうと言っていたのだが、うまい具合に11日の午後2時頃に仕事は片付いたので、いつものように慶子に一ノ関まで送ってもらい、彪志の学校に行った。 
さて、彪志はどこに居るかな? 青葉は校門をくぐった所で、目を瞑って彼の波動を探した。「生きてる人」を探すのは、青葉は大得意である。「こっちだ」
と小さく呟くと、体育館の方に歩いて行く。今日は彪志が学生服を着ているだろうからと思い、それに合わせて自分の学校の制服を着ていた。
 
中に入ると、舞台では何か演劇が行われていた。青葉はほとんど迷わずに歩いて行って、やがて男女数人のグループがいるところで彪志を肉眼で見つけた。すぐ後ろまで行き、肩をトントンとする。
 
「わ、青葉。気付かなかった」と彪志。
「お邪魔して済みませーん」と笑顔で青葉は周囲の子たちに挨拶する。「誰?妹さん?」
「彪志の彼女です。初めまして」
「わあ、可愛い彼女。あ、こないだメールしてた相手ね」
「あ、うん」と彪志は照れている。
 
結局青葉がそのグループの会話の輪の中に入る形になったが、あれこれ訊かれる。「中学生? でも見たことない制服」
「今富山県に住んでるんです。今年の3月までは大船渡に住んでいたんですが」
「ああ、震災で引っ越したのね」
「ええ」
「富山県じゃ、凄い遠距離恋愛になっちゃったね。こちらへは時々来るの?」
「ええ。ちょっと用事があって月に2回来てます」
「じゃ、月に2回会えるんだ?」
「先々週は会えなかったんですよね。彪志さん模試だったから。今回は1ヶ月ぶりです」
 
「キスした?」
「はい」と青葉は笑顔で答える。
「セックスした?」
「はい」と青葉はこの質問には少し恥じいりながら答えた。
「わあ、進んでる!」
彪志は頭を掻いている。
 
一緒にいた集団の特に女の子たちから「詳しく聞きたい」などと言われ、みんなで模擬店の喫茶店に移動した。
「彪志、彼女の分はちゃんと出してやれよ」
「そりゃ出すよ」
 
「ちゃんと避妊してる?」
「ええ、彪志さん、ちゃんと付けてくれます」
「でもどこでセックスするの?」
「私の家で1回、お友達の家で1回、列車の中で1回しました」
「列車の中って大胆」
「夜中だから車掌さん、回ってこなかったし」
「あ、車掌さんは『やってるな』と思ったら、そこ飛ばして検札とかは後回しにするらしいよ」
「現場見たくないもんね。車掌さんだって」
 
「あと2回、夢の中でしました。こちらが気持ち良かったかな」
「夢の中か。確かにそちらの方が気持ちいいかもね」
「夢の中だと妊娠の心配も要らないよね」
「でも彪志さん、ちゃんと付けてくれましたよ」
「へー」
 
「いや、その夢ってのが俺も同じ夢を同時に見てるの」と彪志。
「えー?」
「俺と青葉はしばしば同時に同じ夢見てて、この1ヶ月の間にも5回夢で逢ってるんだよね」
「じゃ、彼女が鈴江君とセックスする夢を見ている時は、鈴江君も彼女とセックスする夢を見てるんだ?」
「うん。別にセックスばかりしてる訳じゃないけど」
「ええ。だいたいおしゃぺりして時間を過ごすことが多いです」
 
「不思議な縁があるんだね」
「鈴江君、霊感あるからかな」
「青葉の霊感がまた半端ないから」
 
「へー、霊感強いんだ。ね、ね、私の守護霊誰だか分かる?」とひとりの女の子。青葉はその子を見ていたが
「守護霊さん、3人いるけど中心になってるのは、お姉さんじゃないかな。生まれる前に亡くなってる」
 
「凄い! ほんとに私の前に流れちゃった子がいたらしいのよ」
「その人が、生まれてこれなかった自分の代わりに、自分の妹を守ってあげているみたい」
 
「ね、ね、私の守護霊さんも見て」
 
などという感じで、彪志と青葉の関係の話から、いつしか霊視大会になってしまった。
 
1時間ほどのおしゃべりの後で、やっと解放してもらって彪志とふたりで校内を散歩した。やがて校舎の裏手の倉庫のかげで座って話をする。
 
「何時の列車で帰るんだっけ?」
「一ノ関駅を18:06のはやて。ここを17時には出なくちゃ」
「じゃ、30分くらいおしゃべりできるね」
「うん」
 
「お勉強はちゃんとしてる?」
「うん。先々週の模試の結果はまだ出てないけど、かなりの手応えがあった」
「頑張ってね」
「かなり先だけど、青葉はどこの大学に行くつもり?」
「私は地元の富山大学か金沢大学だと思う。お母ちゃんのそばに居たいんだ」
「青葉にとって初めての家族だったろうしね」
「・・・・うん」
 
「俺は多分、東京近辺に住むと思うんだ。その時は出て来てくれる?」
「もちろん。結婚したら彪志と同居するよ」
「お母さん、寂しがるかな」
「それまで10年間、親孝行するつもりだから」
「うん」
 
もうそろそろ時間というところで周囲に目が無いよなと思ってキスをした。でもキスを終えたところで数人の生徒に拍手をされた。
 
「あ、鈴江君、富山県から鈴江君の彼女がひとりで来てるって言ったら、小野寺先生が駅まで送ってってあげるって」
「わあ、それはありがたい」
 
小野寺先生のタントの後部座席に乗せてもらい、一ノ関駅に向かった。 
「あなた、ひとりでいつも来るの?」
「ええ。地元の大船渡に用事があるので来るのですが、その帰りに一ノ関に寄って鈴江君と会っています。でも先々週は模試だったから会えず、今度の25日も模試だし、来月上旬の連休は連休明けに中間試験だから遠慮して、結局、次会えるのは10月下旬の連休です」
 
「遠いとそんなものよね−。ふだんはメールや電話?」
「ええ。鈴江君の携帯から私の携帯に掛けた通話は月390円で定額なので、しばしば夜中につなぎっぱなしにしたままお互い勉強してます」
「うんうん。スカイプは使わないの?」
「寂しい時は使いますけど、スカイプで顔見ながら話してると、お互い勉強も停まっちゃうから、週に1度、原則1時間ってことにしてます。鈴江君の受検が終わるまでは」
「そうね。今は勉強優先だよね」
 
「大船渡で被災して家族みんなで富山に引っ越したの?」
「あっと・・・」
「先生、青葉は震災で家族をみんな亡くしたんですよ。お父さん・お母さん、お姉さん、お祖父さん、お祖母さん、5人亡くなったんです」と彪志。
「きゃー」
「それで、知り合いのお姉さんが私を保護してくれて。そのお姉さんのお母さんに後見人になってもらったんです」
「そうだったの。大変だったわね」
 
「だから、私にとっては鈴江君は一番の親族みたいなもので」
「正式に婚約した訳じゃないけど、双方の家族に交際を認めてもらってるし、俺も青葉とは将来結婚するつもりでいます」
「そうだったの。大事にしてあげてね」と先生。
「はい」と彪志。
「でも受検勉強も頑張ってよね」と青葉。
「うん」
 
駅で先生に御礼を言って一緒に下りて、彪志は入場券を買い、一緒に中に入り、新幹線ホームまで行った。
 
「彪志のお友達も、先生も私の性別には気付かなかったみたい」
「青葉は女の子だろ?」
「うん」
「みんな、その通り女の子だと思ってたんじゃない?」
「そうだよね」
「自分の性別について不安がるのはやめようよ。もう青葉は年齢誤魔化してでもさっさと性転換手術受けちゃった方がいいな」
「そうかもね・・・・ほんとに誤魔化して受けちゃおうかな」
「それかいっそ自分で手術しちゃうとか」
 
「できないこともないとは思うけど、できたら手術経験のあるお医者さんにやってもらいたい。それに自分で自分を手術している最中に万一意識を失ったらやばすぎる」
「確かにすさまじくやばいね」
 
「でも青葉って何でもできるね。注射もうまいし」
「それ医師法違反だから」
「車の運転もうまいし」
「それもナイショにして。18歳になったら免許取りに行きたいから」
「飛行機の操縦もできたりしない?」
「さすがに自信無いなあ」
 
やがて新幹線が入ってくる。青葉はまわりの目は無視して、すばやく彪志にキスをすると、笑顔で手を振って列車に乗り込んだ。
 

青葉が彪志の学校の文化祭に行った翌日、出雲の友人霊能者・直美の夫、民雄から電話が掛かってきた。
 
「青葉ちゃん、君の性転換手術をしてくれるかもって所を見つけたよ」
「え、ほんとに? どこの病院ですか?」
「アメリカの病院。アメリカって、州によっていろいろ法律が違うし。ここの州は医療に関するルールが比較的ゆるくてね。妊娠中絶なんかもこの州ではフリーだから、この州に来て中絶していく人もかなりいるんだ」
「ああ」
 
「それで、そこの州立病院で性転換手術をけっこう手がけているお医者さんがいてね。ここでは15歳以上なら親の同意があって、委員会の審査に通れば手術してくれる」
「わあ」
「君、誕生日は5月だったよね。だから来年の5月すぎたら手術受けられるよ」
「嬉しい」
「取り敢えず、診察と委員会の審査受けに行かない?」
「はい」
 
母に話した所、実際に手術を受けるかどうかは別として、とにかく診断だけでも受けてみようということになり、渡航手続きを取ることにした。
 
母は2年前に韓国旅行に行ったことがあったのでパスポートを持っている。桃香と千里も一緒について行くと言ったので、青葉・桃香・千里の3人がパスポートを申請した。
 
青葉の本人確認書類には少し悩んだ。ふつうは健康保険証と学生証で作れるのだが、青葉の学生証は性別が女になっている。戸籍の性別と同じものでないと使用できないので、どうしようと言っていたら、中学生以下の場合は、健康保険証と、親権者の本人確認書類で良いということであったので、朋子が運転免許証を提示して受け付けてもらった。
 
青葉のパスポートも千里のパスポートも性別が M になっている。青葉は千里と早くこれを F にしたいね、などと電話で話した。
 
英語に最も堪能な青葉が直接向こうの病院と電話で話して、渡航は10月上旬ということになったので、青葉の10月8-10日の岩手行きはキャンセルとなった。 

9月の下旬、先日引っ越し先の住宅の件で相談を受けた、美由紀の伯母さん・都古さんから連絡があった。
 
「私の友だちでね、どうも身体の調子が悪くて、病院で見てもらうんだけど原因らしきものが分からないって人がいるの。ちょっと見てくれないかしら?」
「取りあえず生年月日、出生時刻、生まれた市町村名を聞き出してもらえますか?」
「待っててね」
 
都古さんはいったん電話を切ってから5分後に掛けて来た。
「****年**月**日、**時**分、氷見市生まれ」
「分かりました。ちょっと見てみますね」
 
青葉はホロスコープと四柱推命の命式を作り、双方をチェックしたが、あまり問題になるような点は見つからなかった。ノートパソコンを持って直接会いに行った。また先日と同様の仕事着(巫女服)を着た。詩子さんという人だった。 
「お腹のこの付近が痛いんです」
「肝臓付近ですね」
「ええ、お医者さんもそうおっしゃって検査されたんですが、肝臓にも近くの膵臓とかにも異常は見当たらないって。神経的なものかもと言われて、お薬をいただいたんですが、全然効かないんです」
 
「けっこう多いんですよね。自覚症状があるのに病変が認められないケースって。そのお薬はいったん中断しておいた方がいいと思います」
「うん。私ももう1ヶ月くらい飲んでない」
 
青葉は詩子を霊査してみるが、特に何かに取り憑かれているということもない。ただ、何かよく分からない「影」のようなものが見られる。これは何だろう? 
「ご自宅にお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ」
 
と言って、詩子さんの車で自宅に向かおうということになる。その車の駐まっている駐車場まで行ったところで青葉は絶句した。
 
「原因が分かりました。この車です」
「えー!?」
 
「この車を買ったのはいつですか?」
「3年前です。あ。その後だわ、体調が悪くなったの」
 
「事故車?」と都古さんが訊く。
「ですね。人を轢いてますよ」
「きゃー」
「この車は放棄した方がいいです」
「すぐ廃車にする!」
 
取りあえず足が必要なので、ご自宅までその車で移動し(青葉が自分と都古さんと詩子さんに清めの塩を振った)、ご自宅をチェックした。
 
「この家は特に大きな問題は無いですね。家の中をひととおり見させていただいていいですか?」
「ええ」
 
寝室にお邪魔した時、枕元に置かれていたランプに目を留める。
「このランプは?」
「えっと4年くらい前にがらくた市で買ったんだけど・・・やばい?」
「ここに置いてたら運気を下げますよ。運気が下がった結果、変な車を買っちゃったのかも」
「何かのろいのランプとか?」
「前使っていた人が重い病気で亡くなっています。かなり苦しんだみたいで、その念が残っています」
「これどうしよう?」
「袋に入れて、塩を振って閉じて、そのまま燃えないゴミに」
「分かった!」
青葉が持参していた清めの塩を半分詩子に渡した。
 
詩子さんは早速ランプを処分し、また車もすみやかに廃車の手続きを取り、代わりの車を青葉にチェックしてもらって買った。その結果、詩子さんのお腹の痛みはケロッと治ってしまった。詩子さんはお礼と言って青葉に10万円もくれた。 
そしてこの後、詩子さんはあれこれ友人知人などの相談事をしばしば青葉の所に持ち込むようになるのである。
 

10月6日の木曜日。青葉は性転換手術をしてくれるかも知れないというアメリカの病院でとりあえず診察を受けるため、朋子・桃香・千里とともに渡米した。成田空港で落ち合ってロサンゼルス行きの航空機に乗る。出国手続きの時に、青葉と千里が「性別が違う」と言って咎められたが、桃香が「このふたりニューハーフなんです」と言ったら納得してもらえた。しかしアメリカでの入国審査の方が大変であった。(成田を午後発の飛行機で到着は日付変更線を越えるので同じ日の朝になる) 
千里の方は(日本の)運転免許証を持っていたので顔写真を照合され、また男声も出せるのでそれを出して男であることを何とか証明したが、青葉は免許証は持っていないし男声が出せない。学生証には写真が添付されているが、性別が女になっているのでパスポートの性別と違うと言われる。
 
「裸になりますから、それで確認してください」と青葉は言って、別室で全裸になった。こういう場合にそなえてタックを外していたので、男性器を認められて、やっと男であると納得してもらえた。しかし青葉の身体が、確かに男性器は付いているものの、バストもCカップあるしウェストもくびれていて完全に女性体型なので、最初係官が『やはり君は女じゃないか』と言ったほどであった。男性器を主張してみたが、本物か?作り物をくっつけているのでは?などと言われて、かなりいじくり回された。係官はかなり長時間青葉の身体を検査していたが、最終的に男と認めてはくれたものの、あまり納得していない感じであった。
 
「ね、アメリカで性転換手術を受けて帰国する時は、もう身体で証明するのが不可能だよ。どうする?」と桃香から言われる。
「ほんとにどうしよう!?」と青葉もホントに悩んでしまった。
 
アメリカの国内線の航空機に乗り、病院のある州へ行く。空港からはバスで目的地に着いた。
 
日本国内でもらっている2枚のGID診断書を見せるが、病院独自の検査もあれこれと受けた。また自分史についても詳しく聞かれた。お医者さんは最初 
「え?君ほんとにMTFなの。手術済み?」
などと言った。青葉が手術は済んでいないこと、でも女性ホルモン優位になっており、それで自然にバストも発達し、睾丸は自然消滅済みであることも語る。医者は信じられないというふうに頭を振って、しかし丁寧に検査をしてくれた。「東洋の神秘です」などと青葉はジョークで言うが、それに対して医師は「その東洋の神秘で、卵巣や子宮も勝手に出来ちゃったりしてね」などとジョークを返した。
 
血液検査やMRI、また心理的な検査など丸2日掛けてチェックされた。青葉が英語ペラペラなので、心理的な検査なども通訳不要でスムーズにできた。朋子も話を聞かれたが、朋子はあまり英語が得意ではないので、千里が通訳をかって出て話が進んだ。
 
「あれ?今気付いたけど、あなたもGIDですね。Post-op?」
と2日目になって初めて千里の性別に気付いた医師が言う。
「いえ、Pre-opです」
「あなたも手術希望ですか?」と先生から言われたが、千里は
「あ、すみません。私は既にタイの病院で来年の夏手術することにしていて予約済みです」と答えた。
 
7日の夕方近くまでたっぷり検査され、担当の医師以外にも何人かの医師やカウンセラーから話を聞かれ、心理テストのようなものもあれこれされた。最後は担当医からあらためて手術方法に関する説明を受ける。15歳以上でないと予約自体が入れられないらしく、こちらの病院で手術を受けたい場合は、15歳になってから申し込んでくれと言われた。そのあと、1時間ほど半ば雑談的に担当医とあれこれ話をした上で、診察・審査終了となる。結果は来週中に直接郵送しますといわれた。
 
せっかくアメリカに来たんだからと病院の検査が終わった翌日8日土曜日はカリフォルニア州にある本家ディズニーランドにみんなで行って、しばしの休日を楽しんだ。
 
帰りは9日日曜日の午後の便に乗ったが、到着は日付変更線を逆に越えて10日月曜日の夜20時すぎになった。例によってアメリカでの出国手続きで千里と青葉のふたりがまたまた「性別が違う」と言われ、今回はふたりとも別室で裸になる羽目になった。日本での入国手続きの方は、わりとすんなり行った。 
「でも、自分の性別問題がこんなにやっかいだってこと、あらためて認識した」
と青葉はほんとに疲れた様子で言った。
 
その日は千葉の桃香と千里のアパートで4人で泊まりである。2DKなので、桃香と千里は奥の4畳半でひとつの布団に寝て、6畳のほうには、ふたつ布団を敷いて青葉と朋子が寝る。
 
「それは私もだよ。ふだんは女として埋没して生活してるから、あらためて、ああいう場で性別を問題にされるとふだん考えてもいないことで大変だった。私、夏にもう手術が終わったら速効で戸籍の性別変更するよ」
と千里。
 
「いいなあ。私は手術してもらっても戸籍を変更できるのは5年後だもんなあ」
「その間に外国に行く用事ができたら大変だね。どうやっても青葉が男ということを証明することが不可能だよ」
「ほんとに!」
 

翌11日。もう連休が終わって学校は始まっているが、青葉は今日まで学校を休むことにしていた。富山へは夕方の新幹線で帰還するので、それまでの時間を利用して、青葉は千里・桃香と一緒に、あきら・小夜子夫妻の家を訪れた。3人が行くというので、朋子もついでに付いてきた。
 
先月10日、ふたりの間に赤ちゃん、みなみちゃんが生まれていたので、見せてもらいに行ったのである。青葉たちは生まれた日すぐにお祝いのメールを送り、共同でベビー用品なども贈っていた。
 
この日は火曜日で美容室もお休みなので、あきらも在宅であった。和服好きだけあって、あきらは小紋の服を着ている。小夜子の母も紬(つむぎ)の着物だが、小夜子自身はまだ出産後充分体力を回復していないので、ゆったりとした服を着ていた。
 
「わあ、可愛い!」とみんな声をあげる。
 
「女の子ですか?」
「生まれた時は男の子だったんだけど、お医者さんに頼んでおちんちん切ってもらったから、もう女の子だよ。出生届けも女で出した」
「えー!?」
「冗談、冗談。生まれた時からおちんちんは無かったよ」
「びっくりしたー」
 
「抱いてみます?」などと小夜子が言うので「いいんですか?」と言って、青葉と千里が、そっと抱かせてもらった。桃香は「私、優しく扱う自信がないからパス」などと言っている。
「自分の赤ちゃんは抱かなきゃいけないよ」と朋子が言うが
「千里に抱かせる」と桃香は言っている。
 
「何か赤ちゃん抱いてると、凄く幸せな気分になりますね」と青葉。
「まだ産んじゃだめよ。中学生の出産は早すぎるからね」と桃香。
「うん。ちゃんと避妊してるよ」と青葉は答える。
 
「でも、私自分が結婚できるとも思ってなかったから、ここにこうやって自分の遺伝子を受け継ぐ子がいるの見て、もう天にも昇る思いですよ」とあきら。「みなみちゃん、耳の形があきらさんそっくり」
「それ、みんなから言われてます」というあきらは本当に嬉しそうだ。 
小夜子の母がお茶を入れてくれて、青葉たちが持参した和菓子をみんなで一緒に食べる。
「ケーキにしようかとも思ったんですけど、あきらさんたちの顔を思い浮かべたら、和菓子になりました」
「私たちいつも和服だもんね」
「会社には洋服ですよね?」
「うん。さすがに付下げ着てコンピュータの端末叩いてたら、みんなに引かれそう」
「でも和服着て営業に出たら、けっこうインパクトあるかも」
「あるかもね!」
「あきらさん、絣(かすり)で美容院に出る?」
「一度出たことありますが、あまり実用的じゃなかったんで、ふつうのカットソーとスカートに戻しました」
 
「でも美容室で男物の服なんて着ていきませんよね」
「もうそれは長いことしてないなあ。今の美容室に移ってからは一度もしてないと思う」
「もう美容室のホームページでも性別ちゃんと女って書いてありますもんね」
 
「もうひとり子供できた後は性転換してもいいからね」などと小夜子が言っている。「うーん。あまりその気は無いんだけどなあ」とあきらは頭を掻きながら答えていた。 
来客があって小夜子のお母さんが席を立った時、桃香が唐突に訊いた。 
「あきらさん、男性としてセックスする時って、男性感覚ですか?」
「えっとね。たぶん、千里さんもそうじゃない? 相手に感情移入して、自分が相手を受け入れているような感覚になっている」とあきら。
「ええ、私もそういう感覚ですね」と千里も微笑みながら言った。
 
「つまり物理的に男としてセックスしてても、心理的には女としてセックスしてるのか」と桃香は千里の顔をチラッと見ながら言った。
「男の肉体は自動的に動いている感じで、心は女性側に同居してるんですよ」
 
「でも私のはタマ取っちゃったし気の流れも外してるからもう立たないからね」
と千里は言う。
「でもさ、青葉。その空っぽになってる男の肉体の中に、私が感情移入したらこちらの勝手に動かせないものかな?」
「さあ。それは実験してみて」と青葉は笑って言う。
「よし、今度やってみようよ、千里」
千里は何も答えずに笑っている。
 
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