【春化】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-05-22
女将(おかみ)さんは客が途切れた所で、渚を店の外に連れ出して、値段が少し高めの洋食屋さんに入り、好きなものを頼んでと言った。渚はカツカレーを頼んだ。女将さんはハンバーグ定食を頼んだ。
少し世間話などしながら食事が来るのを待つ。やがて料理が来るので世間話をしながら食べる。食事が終わってデザートが出て来た所で、女将さんは渚の前に銀行の封がしてある札束を置いた。こんな現金見たことないが、きっと100万円だ。
そして女将さんは頭をテーブルの上につけるまで頭を下げて言った。
「お願い、息子と別れてくれない?」
「どういうことでしょうか?」
「あんた、息子と付き合ってるよね?」
「ええ、見ての通りですが」
「結婚するつもり?」
「指輪を見せられて受けとってくれと言われました」
「受けとったの?」
「今年中に返事すると言いました」
「で、気持ちは?」
「私、今の状態では彼と法的に結婚できないので、取り敢えず法的に結婚できるようになってから、再度話し合いたいと言っています」
「その結婚できないというのは・・・」
「私、男ですから」
「だよね。あんた女にしか見えないけど」
「それでホステス10年やってたんですけどねー」
浜川渚は1987年7月6日20:26、青森県佐井村に生まれた。仏ヶ浦で有名な下北半島西岸の小さな村である。中学まで村で育ち、高校はむつ市の高校に下宿して通った。高校卒業後の2006年春、大阪に就職で出て来たが、女装癖!がバレてクビにされる(不当解雇だと思う)。バイク(Honda 250CF "Hornet" MC31) を買ったばかりで絶対に手放したくなかったので、高賃金を期待できそうな所としてゲイバーに面接に行き即採用。でもお客としてきた女性客に
「あんた女にしか見えないから、こんな所に居ないでうちにおいでよ」
と勧誘され、お店には謝って在籍3ヶ月でそちらに転職。キャバクラ嬢となった。
それから10年間、2016年までキャバクラ3軒で働いたが、勤めていたお店が潰れたのを機に、自分の年齢も考えて“カタギ”の商売に転じるとにした。2年ほどコンビニでバイトしていたが、昨年2018年に今の町食堂Mount Fujiyamaに転職した。
この店名は創業者の苗字が藤山だから!でも常連客からは“富士食堂”と呼ばれていたりする。店の壁に昔の銭湯か?という感じの富士山のタイル絵があり、この店のシンボルになっている。『珍百景』でも取り上げられたことがある。
渚自身がよくここにお昼を食べに行っていたのと、お店の“若店長”藤山竜太がコンビニの常連で、お互いに知っていた前提で、彼のお父さんが亡くなり、人手が足りないので、よかったら手伝ってくれないかと頼まれたのである。
竜太は店長ではあるが、実は料理音痴である!それで実際の料理は彼の母親・藤山峰子が作っていて、竜太は会計とか配膳・出前・仕入などの作業をしていた。渚は女なら少し料理の手伝いとかできるだろうと見込まれたのだが、実は峰子より上手かった!
それで渚が入ってからのこの食堂は、渚が主として料理を作り、峰子はサポートに回ることになった。おかげで父親の死後一時期客が減っていたのが、持ち直してきた。そして竜太は先月、渚にプロポーズした。
実際には渚と竜太はもう昨年の秋から恋人同士の関係にあり、既に半同棲状態にある。一応渚はアパート暮らしなのだが、竜太が渚のアパートに泊まることもあれば、渚が竜太の家(お店が入居しているマンションの4階の部屋)に泊まることもある。
そういう関係なので、今更「息子と付き合ってるよね?」は無い。付き合ってもいない男女が一緒に泊まるわけがない。むろん竜太は渚が肉体的に男であることは承知であり「自分はゲイじゃないけど、渚のことは好き」と言っている。
ちなみに渚は10年間のキャバクラ嬢生活の間に、去勢する一方女性ホルモンを摂取していて、バストは現在Bカップである。喉仏は削り、足や脇・顔などの無駄毛も永久脱毛しているので、女性として全く違和感が無い。むろん堂々と温泉の女湯に入る。肩なども、張ってくる前に去勢したので、女性のような撫で肩である。ウェストもくびれ、ヒップは大きい安産型だ。
竜太とのナイトライフでは、M傾向のある竜太をたっぷり言葉責めして高揚させてから、最後は口や手あるいはスマタで逝かせている。渚はAを使うのは好きではないので、竜太との関係では使用しない。渚はキャバクラ勤めの時期はお客さんには一度も身体を許しておらず、一度50代の既婚男性と半年ほどにわたり恋愛をしたことがあるだけである。彼が既婚ということもあり、別れたものの、彼のセックスは優しく、渚に「女としての自信」を持たせてくれた。本当に褒め上手な人だった。実はスマタの技術は彼に指導してもらったものである。「だいぶうまくなった。もはや普通の女より気持ちいい」と言ってもらった。
なお、渚はおっぱいもあるし、下は常時タックしていて、実は竜太は渚の男性器を目にしたことがない。単に“穴”が無いだけだが、実際にはスマタで竜太を逝かせてしまうので(元彼に褒められた程だし)、渚の数年前に1年ほど女性と交際したことのある良太にも、渚に“穴”がないことに、最初の数回は全く気づかなかったらしい。男だなんて信じられないというので、あそこを接着していることを手で触らせてみせて、やっと納得してくれた。竜太は渚が男と知っても別れるとは言わなかった。玉が無いのなら女と同じなんて言ってくれた。
「その内、性転換手術とかするの?」
「自分としては今のままでも特に不便してないんたけどね」
「女になって僕と結婚してくれない?」
「もう私たち結婚しているものと思ってた」
「だったらアパート引き払って一緒に住もうよ」
「お母さん認めてくれるかなあ」
「今更な気がするけど」
なんて言っていたのだが、どうも案の定、自分が男であると聞いた峰子は、息子と別れてくれと言ってきた。
「でも竜太さんはどうおっしゃってるんですか?」
「絶対別れないと言っている。だからあんたから身を引いて欲しい」
「私は別れたくないです。結婚できないなら彼の愛人でもいいですよ」
「愛人?」
「店のお客さんにも馴染んでもらっているし、料理長兼竜太さんの愛人とかは、いけません?私、入籍(誤用)にはこだわりませんよ」
「それならいいかも知れないけど・・・でも私、孫の顔を見たいんだよ」
「私、物凄くひょっとしたら赤ちゃん産めるかも」
と渚は言った。
「卵巣の移植手術とかあるんだっけ?」
「私、わりと霊感強いんですよ。自分が赤ちゃんに授乳している姿を遠視したことがあるから、自分は産めるのかも知れないという予感があって」
「へー」
「最悪ですよ、竜太さんの種であれば、私の遺伝子上の子供でなかったとしても構いませんよね?」
峰子は一瞬考えたものの
「構わない」
と言った。
「だったら、女将さん、この100万円もらってもいい?」
「うん」
「それと1ヶ月くらい休みもらえません?行ってきたい所があるの」
「いいよ。海外で性転換手術受けてくるとか?」
それには渚は答えず
「ちょっと準備も必要だから、そうだなあ。9月下旬から10月上旬くらいまで。連休にぶつけて9月21日(土)から10月14日(日)くらいまでお休みもらませんか」
と渚はスマホのカレンダーを見ながら言った。
「うん。OK」
「それで私が竜太さんの赤ちゃん産めそうだったら結婚を認めてください。自分で産めそうでなくても、女将さんが孫の顔が見られるように何とかしてみます。それで私はこれまで通り料理長兼竜太さんの愛人ということで」
「考えてもいい」
それで渚は9月から10月に掛けて3週間ちょっとのお休みをいただくことになった。その夜、竜太は店が終わった後、渚と一緒に彼女のアパートに来て彼女を抱いた上で言った。
「俺、絶対お前と別れないから。休みを取るのはいいけど、絶対ちゃんと帰ってこいよ。そして俺の指輪を受けとってくれ」
渚は返事した。
「帰ってくるよ。心配しないで。指輪を受けとるかどうかはその時決めさせてね」
それで渚はもらった100万円で、バイク店に行きゴールドウイング・ワルキューレ(Gold Wing Valkyrie, or GOLDWING F6C 1832cc 水平対向6気筒!)の中古を買っちゃったのである。それで3週間どこかにツーリングしてくる魂胆だ。町食堂に転職して以来全く休めずツーリングできていなかったので、欲求不満が溜まっていた。
ワルキューレって女戦士という感じで格好いい!と思った。なんか派手なバイクだし。これまではCB600F Hornet(PC36)に乗っていたが、売却してワルキューレの購入資金の一部に充てた。
女将さんに「準備が必要」と言ったのは、バイクの買い換え・受け取りに時間が必要だったからである! 渚は女の身体になりたくないわけではないが、実は手術を受けるのが少し恐い。「痛いよぉ」とか「死ぬかと思った」なんて話を聞くとビビってしまう。
竜太との関係は愛人でもいいかなと思っている。誰か友人にお金を渡して代理母になってもらえないかなあ、などとも考えていたのである。“子宮が遊んでる”子はたくさんいるし。人工授精とか面倒くさいから、一晩竜太と寝てもらって妊娠してくれてもいいし。
H君は明日のペニス移植手術を控えて入院していたのだが、この日(2019.8.7). 急にお腹の調子が悪くなり、落ち着いた後トイレに来た。そしておしっこをしたら“出てくる感じ”が違うので、自分のお股を見てみて仰天した。
今までは、何も無いお股に、おしっこの出てくる穴がポツンと開いているだけだったのが、皮膚に縦の亀裂ができていて、おしっこはその亀裂の中から出てきているのである。亀裂のあちこちからはみ出してきている感覚なので、指でその亀裂を開いてみた。
すると亀裂の中の1ヶ所からおしっこは出てくるようである。
やがておしっこが終わった時、その付近一帯がたくさん濡れている。それでトイレットペーパーを取って拭いたが、たくさん拭かなければならず、大変だった。亀裂を開くのに使った左手の指も濡れているのでそれも拭く。
なんでこういうことになっているんだろう?という疑問はあったものの、取り敢えず便器から立ち上がり、パンツを穿き、ズボンを穿く。個室を出て手を洗い、部屋に戻った。
体調はいいみたいなので、また本を開いてさっきの続きを読む。この本のいい所は、ひとつひとつの話が短いので「続きが気になって」読み続けて夜更かししたりすることがないことである。2〜3個読み飛ばしても平気だし、1度読んだのをまた読んでしまっても気にならない。それでなかなか結末も楽しめる。
それで読んでいる内に唐突に、そのことに思い至った。
「もしかして、俺、女になってない?」
それでベッドの周囲のカーテンを引いて他の患者さんからは見えないようにした上で、ベッドの上でズボンとトランクスを脱いでみた。そしてお股をあらためてよく見てみる。
うん、これって女のお股って気がする。
女のお股なんて、じっくり見たことはないけど、母ちゃんのお股がたぶんこんな感じだった気がする。母ちゃんのお股をじっくり見たわけではないが、噂によると女のお股って、なんか割れ目があって、その中におしっこの出てくる所があるんだと聞いた気がする。それって、まさに今の俺のお股じゃん!
H君はドキドキしながら、その“割れ目”を開いてみた。あらためて観察する。
おしっこが出て来たのは・・・ここみたい。なんか穴がある気がする。それより少し手前になんだかコリコリした所があって触ると凄く気持ちいい。まるで、ちんちんがあった頃、それをいじっていた時のような気持ち良さ。これって何なんだろう?そしてずっと指を後ろのほうにやっていくと、直接は見えないのだが、割れ目の一番後ろの所に、おしっこが出てくる穴より大きな穴があることに気づく。
これは何だろう?これも何か出てくる穴?うんこが出てくる穴は別にあるし。ここからは何が出てくるんだろう?と考えたが分からなかった。
H君は10分くらいそこを観察していたが、あまり長時間見ていてはいけない気がして、トランクスを穿き、ズボンもあげた。そして手をウェットティッシュで拭いた。
再度ベッドの上で本を読んでいるが、急に気になる。
それで本を左手で持ったまま、右手を毛布の中でそっと下にやり、服の中に入れ、割れ目の中に入れて、例のコリコリした所を触る。
なんか凄く気持ちいいんですけど!?
H君は本は放置して、目を瞑り、そっとその快感に身を委ねた。
最初どうすればいいのかよく分からなかったものの、その内そこの上で指を往復させたり、回転したりすると気持ちいいことに気づく。
これいい〜〜!こんな感覚初めて!ちんちんいじってるより気持ちいい気がする!快感が「ダイレクト」な感じなのである。
それで夢中になってそれをいじっていたが、やがて「気持ち良さのピーク」に到達した気がした。それで指を動かす速度を落とす。少しずつゆっくりにしていく。そして2分ほどした所で指を動かすのをやめた。
指は停めたものの、まだ心臓がドキドキしている。脳内はまだ「気持ち良さ」で満ちている。
ドアが開く音がする。
ギクッとする。
服の乱れをさりげなく直す。ウェットティッシュで指を拭く。
まだ心臓はドキドキしているし、脳内に「気持ち良かった」余韻が残っている。
入ってきたのは、さっきの看護婦さんたちだった。「失礼しまーす」と言ってカーテンをめくって中に入ってくる。
今度は子供は連れていないようで2人だけである。子供たちはナースステーションにでも置いて来たのだろうか。
「検温しますね」
と言って若い看護婦さんが、再び体温計を出してH君の脇にはさんだ。
15秒ほどでピピッとなる。体温計を取り外す。
「36.7度です」
「あら、さっきより高くなっている。体調悪くない?」
と訊かれてギクッとする。
「大丈夫です」
と答えたものの、心当たりがありすぎる。
きっと“運動”したから体温があがったんだ。
脈拍とかも測られたらやばいなあと思ったものの、それは測られなかった。
「大丈夫ならいいかな。何かあったらナースコールしてね」
「はい」
それで看護婦さんたちは出て行った。
H君はしばらくドキドキしていたが、本でも読もうかなと思った時、また急にお腹が痛くなった。さっき痛くなったのと同じ感じである。H君はよほどナースコールしようかと思ったが、今呼ぶと、女の子みたいになっているお股を見られて騒ぎになる気がした。それで目を瞑り、お腹に手を当てて温め、しばらくじっとしていた。
下腹部でお腹の中身が移動でもしているような感覚なのである。
そして10分ほどで、その感覚は終了した。
良かった。おさまったと思う。
H君はそのまま目を瞑っていたら眠ってしまった。
30分ほどで目が覚める。
トイレ行ってこようと思う。
ちょっと不純な動機もある。女の子みたいになっているお股からのおしっこを再度経験してみようという魂胆なのである。
あれも悪くない気がするなあ。明日になったら、ちんちんがある状態になるからこれを体験するのは今夜が最後だし、などとも思う。
それでトイレの前まで来た時。H君は迷った。
これまでは何も考えずに男子トイレに入っていた。でも考えた。
俺、今女みたいになってるだろ?だったら、男トイレに入ってはいけなくて、むしろ女トイレに入らないといけないってことは?
彼はそこで10秒くらい悩んでいたが、思い切って女子トイレに入ってしまった。
結構ドキドキする。見つかったら痴漢と思われないかな?でもその時はお股を見てもらえば、俺が女だということを納得してもらえるかも。
初めて入った女子トイレは異世界のようだった。
小便器が無く、個室のドアだけが並んでいる。
それが異様に感じた。
女子トイレって、こうなっていたのか!と驚く。H君はいちばん手前の個室のドアをそっと開けると、中に入った。奥の方の個室まで行ったら、何かあった時に入口まで行くのが大変で見つかりやすいから、できるだけ手前の方の個室にしておこうと思ったのである。そしてこれまで男子トイレの個室でしていたのと同じようにズボンとパンツを降ろして便器に座る。
これ犯罪じゃないのか?という気持ちもするが、俺今女なんだから、女トイレを使う権利があるはず、などと自己弁護する。
それでおしっこをする。
え!?
とびっくりして、おしっこを停める。
何?この感覚?
と思って、自分のお股を見たH君はまたもや悲鳴をあげそうになった。
そこには余計なもの・・・ではなく、H君にとって大事なものが付いていたのである。
なぜ付いてるの〜〜?まさか今眠っている間に手術が終わっちゃったとか?
H君は頭の中が混乱した。
でもこんなの付いてるのに女トイレ使っているのが人に見つかったら、俺痴漢として警察に突き出されてしまうかも、と恐くなった。
5分後ではなかったが、30分後の意外な結末だった。
翌日に予定されていた、ちんちんの移植手術は中止になった。
夜中に女トイレを使ったことは誰にも秘密である。あの後、急いで出たので、ちゃんと流してきたかどうか不確かだが、確認しに戻る勇気なんて無い。
H君にとって1度だけの女子トイレ体験となった。
そして結果的に、男性器を息子に提供した後、男の形に復帰するか、いっそ女の形にしてもらうか、若干悩んでいた?H君のお父さんは、せっかくの“性転換”チャンスを失うことになり、男のままの人生を歩むことになった。
でも「女になれなくて残念だったね」などと言って、H君のお母さんが買ってきたスカートを穿いてみて、お父さんは、恥ずかしげな表情をしていた。その様子がなんだか“可愛い”感じがした。お父さんのスカート姿には違和感がなく、お父ちゃん、これいつも穿いててもいいのでは?という気がした。
スカートを穿いているお父さんを見たH君は、俺ももし女になっていたらスカート穿くことになっていたのかなあ、などと思いながら両親の楽しそうなやりとりをながめていた。
「今度は女物のパンツも買って来ようか?」
「俺のはハミ出ると思う」
「ハミ出るようならお医者さんに切ってもらえばいいのよ」
「あまり切られたくない」
「でもHにあげるつもりだったんでしょ?無くてもいいんじゃない?」
まさか、父ちゃん、本当にちんちん切ったりしないよね?
などと思いながら、たった1度だけ経験した、女のお股からのおしっこの記憶を呼び戻していた。あれはあれでいい気がするなあ。あそこいじるのも気持ち良かったし。女の子にあんなのが付いてるなんて全然知らなかった。
翌年、H君には13歳年下の妹が生まれ、その子のお世話でおしめ換えなどして、H君は女の子のお股をよく観察?することになるのだが、そのことはまだ誰も知らない。
「これはこれで気持ち良かった」
と慶太は言った。
「俺、こういうのするの初めてだったんだけど、うまくできたかなあ」
と不安そうに学は言った。
「それはちゃんとできたと思うよ」
と慶太は答えた。
慶太の方はこの仕事を始めてから、そういう趣味なのかと誤解されて彼女に振られるまで、数回恋愛をして、セックスした相手だけでも3人いるらしい。
しかし学はその手の経験は無かった。中学生時代、お互いけっこう意識していた女の子はいたものの、別の高校に進学したのでそれっきりになったし、デートも告白もしていない。1度だけ、偶然映画館で遭遇し、隣り合う席で映画を見たのが良い想い出だ。なんであの後、お茶にでも誘わなかったのだろうと悔やんだけど、当時はそういう勇気も無かった。あれが唯一の恋愛経験である。
実を言うと大学時代に男子!のクラスメイトからデートに誘われたことがある。「男の子には興味無いので」と言って断ったが「レズなの?」などと言われた。別に女装とかもしてなかったのに!?あれはいまだに謎である。
もちろん学はソープとか風俗にも行かない。慶太はソープは経験無いものの、風俗には何度か行ったことがあるらしいが、この仕事を始めてからは契約上常時女装していなければならないので、原理的に(?)行けなくなり、性欲の解消が大変みたいなことを言っていた。毎日オナニーしていたみたいだし。なお学はオナニーは週に1回程度である(若い男にしては頻度が少ないことに学は気づいていない)。
「俺たち、いっそこういうことになっちゃう?」
と学は尋ねた。
慶太は考えているようだった。
「何なら指輪買ってやろうか?俺、お前のこと嫌いでもないしさ。料理とか掃除とかは今まで通り俺がするし、別に奥さんとかしなくてもいいよ。何なら結婚式あげてもいいい。契約上、どちらもウェディングドレスということになるけど、最近そういうカップルわりと多いし」
「指輪?結婚式?」
「どう?」
慶太はかなり考えていた。そして言った。
「僕は嫌だ!」
(2019年)8月8日(木)朝。
昨夜“性転換”して女の子になってしまった理都は、朝のジョギングに出た。千里さんからも言われたし、少し頑張ってみようと思った。
ところが自分が凄く疲れやすいことに気づく。
これまでは2kmくらい全力疾走しても全然平気だったのが、500mくらいで息があがるのである。
なんで〜〜?
と疑問に思うが、きつくても走っている内に、ひとつのことに思いが至った。
女の子になって筋肉が落ちたんだ!
そういえばこの身体は昨日までより華奢な感じがする。全体的に脂肪が厚くついていて柔らかな感じの身体なのだが、筋肉が少ない分、体力も多分落ちているのだろう。
女の子らしい身体なのは嬉しいが、体力の無いのは困ると思った。こんなんじゃ今度の合宿は辛いぞ。
どうする?
理都は走りながら考えていたのだが、出た結論はひとつである。
練習するしか無い!
昨日、千里さんも自分は元男の子でその頃は女みたいに体力が無いと言われていたけど、女の子に変わってからしっかり鍛えて、男に負けないような身体を作ったと言っていたではないか。だから自分もたくさん練習すればいい。
合宿開始までわずか11日だから、その間に上げられる体力は大したことないだろうけど、それでも何もしないより毎日がんばった方が少しでも強くなれる。
理都はそう思った。
それで普段は朝のジョギングは公園を2周(3km)+公園までの往復(0.8×2=1.6km)で合計4.6km走るのが、この日は公園を倍の4周走って合計7.6km走った。帰宅して母から
「今日は遅かったね」
と言われたので
「合宿に行く前にたくさん鍛えておこうと思って」
と答えた。
「おお、やっとやる気を出したか」
と姉は言った。
母が言った。
「あんた今まであまり練習してなかったでしょ?急に練習たくさんして大きな負荷をかけたら、身体壊すよ。今日は休み休みやりなよ」
「そうしようと思ってた」
千里さんも休んでいる内に筋肉はできるんだと言ってたもんね。
ちなみに母は理都が“女子の”合宿に参加するということを知らない。
「それと、筋肉を育てるためにはその材料が必要。あんたお肉嫌いみたいだけど、たくさんお肉食べた方が良い。今日のお昼は親子丼にでもしよう。たくさん、タンパク質を取った方がいい」
「頑張る」
「お昼から親子丼というのは嬉しいな。だったら晩御飯はスキヤキとかしない?」
と月紗。
「いいよ。今夜はスキヤキね。ただし予算の都合で豚肉ね」
と母。
「豚肉かぁ。でもいいよ」
と月紗は言った。
それで理都は朝御飯の後2時間仮眠し、10時にまた公園まで走って行くと、一周だけジョギングした後は、鉄棒をしたり、ベンチのシート部分の下を利用して腹筋をしたり、シャトルランみたいなことをしたりして筋トレ的なことをした。懸垂ができなくなっていたのは我ながら衝撃だったが、この日は鉄棒で前回り・後回りなどをたくさんした。
お昼に整理運動代わりに1周走った後、自宅に戻り親子丼を食べたらまた2時間くらい寝た。そして夕方4時に再度公園に行くと公園を6周(9km)走ってから帰ってきた。
理都はしばらくはボールには触らなくてもいいと思った。
今自分に必要なことは少しでも筋肉を増やし、鍛えることだ。
ボールプレイはたぶん筋力が付けばちゃんとできるようになる気がした。
理都は合宿までの期間、このように毎日を送った。母は理都のために毎日、タンパク質たっぷりの料理を作ってくれた。この日が豚肉ですき焼き、翌日は鶏肉を1kg投入したカレー(父が「肉が多い!」と驚いていたが、半分くらい理都が食べた)、土曜日は豚肉たくさんの焼きそば、翌日は挽肉倍量の麻婆豆腐、という感じである。
理都は結果的に朝のジョギング、午前中の筋トレ、夕方のジョギング、と、毎日たっぷり運動しているので、夜8時には寝て朝4時くらいまで熟睡した。
筋トレは自宅でする日もあった。母がダンベルを買ってきてくれたので、それをたくさんする。父が理都の部屋の壁に腹筋をしやすいように足を留められるスティールの棒(実は百均のタオル掛けハンガー)を取り付けてくれたので、それで腹筋をしたり、側筋・背筋に、腕立て伏せ、V字腹筋、押し入れの段に手でつかまってのスクワット(こうしないと膝を痛めると言われた)、それに柔軟運動などもたくさんした。柔軟運動では姉が背中を押してくれたりもした。
「女の子は身体を鍛えなきゃね」
と姉。
「そうだよね!」
「今時はたくましい女の子が魅力的なんだよ」
「日本人は男が弱いから女が頑張らなきゃ」
千里1は8月4日の夕方、青葉から緊急に石川県まで同行してほしいと頼まれ、青葉・瞬法と一緒にアテンザに乗って石川県X町まで走った(実際には緊急事態ということだったので、青葉たちが眠っている間に小杉IC近くまで、くうちゃんに頼んで“ワープ”させている)。
事件は青葉と瞬法の力ですぐ解決(千里的解釈)したが、8月5-6日の2日間かけて後処理に追われた。そして6日の夕方、千里は瞬法を乗せてアテンザで東京に戻った。これは普通に走ったので7日朝東京に到着した。その日は2日間留守にしたので早月と由美にたっぷりサービスしていたら夕方京平が来て“痴漢”の対処を頼まれる。それで取り敢えず行ってみることにした。
(2019年)8月7日の夕方、変な痴漢が出るという女化神社のそばまで京平と一緒に行った千里(千里1)は、暗くなってきた通りを、身長3mほどの大きな男に追いかけられている中学生くらいの少女を見かけた。車を停めて飛び出し、少女と大男の間に立ち塞がった。
しかし千里がその巨大な男を睨んだ次の瞬間、男は弾けるようにして消滅してしまった。拍子抜けした感じで何だ?と思っていたらスカートを穿いている京平が車から降りてきて
「お母ちゃん、凄い」
と言った。
千里は倒れている少女の手をとって起こしてあげた。女の子にしては筋肉質だ。むしろ触った時、一瞬男の子の手のような気もした。きっとスポーツ少女なのだろうと解釈する。少女がひざをすりむいていたので消毒してあげる。
「私を襲ってきた奴、どうなったのかな?」
と少女が言うと、京平は
「一瞬で消滅した」
と言った。
「ああ。京平が倒したのね。さすがだね」
と千里は言った。
少女は「理都」と名乗った。こちらも名前を「千里」と「京平」と教えた。京平が神社の中で待っていると言うので、千里は少女を車で家まで送って行ってから、京平を迎えに神社に戻った。
神社の前に車を駐めたら、40歳くらいに見える女性が出て来て
「そこに駐めておいたら駐車違反の切符切られるから、こちらへ」
と言ってチェーンも下げて誘導してくれたので、千里は車を神社の境内に駐める。
京平と、京平より1-2歳年上かなという感じの男の子が出て来た。京平がスカートを穿いているので、一見兄妹のようである。
「こちらは、信濃命婦(しなののみょうぶ)様だよ」
と京平が40代っぽい女性を紹介した。“しっぽ”が5本見えるので、結構なランクのお姉様のようである。
「初めまして。お世話になっております」
と千里は挨拶する。
「千里殿、悪いが私にちょっと付き合ってくれまいか?」
と命婦様は言った。
「いいですけど、何か?」
「実は私の娘が体調が悪くて今夜は休んでいるのだよ。それでそなたにその代行をしてもらえないかと思ってな」
「いいですけど、何をすればいいんでしょう」
「バイトの掛け持ちかな」
「へー!」
京平と一緒にいた男の子はトマトちゃんと言った。随分可愛い名前だ。トマトなどという名前なら女の子でもいい気がするが彼は男の子である。念のため訊いてみたが、女の子になるつもりは無いらしい。トマトは
「女の子にはなりたくないです」と答える時、なぜか恐怖におびえるような表情をしたので、何だろう?と千里は思った。
遅くなりそうなので、桃香に放置されているだろう早月と由美のお世話は《たいちゃん》に頼んだ。それで《たいちゃん》もこの夜のことは知らない。(この夜、千里1をガードしていたのは《とうちゃん》と《りくちゃん》のみだが、2人はこの夜起きたことの意味が分からなかった)
「ではまずこれを着て」
と命婦様は言った。
「白衣とか着て何するんですか〜〜?」
「看護婦のバイト」
「私、看護婦の資格とか持ってないですけど」
「平気平気。バイトだから」
いいのか?と思ったが、千里はその命婦様に付いていった。
それでひとつの病院に入っていき、トマトちゃんの誘導で、ある病室に入る。そこに居た小学6年生か中学1年生くらいの男の子の検温をした。
「30分後にまた来るね」
と言って病室を出ると、また別の病院に行く。
「なんであちこちの病院に行くんです?」
「うちの娘はあちこちの病院を掛け持ちしていたんだよ」
千里は結局5つの病院で5人の患者さん(全員男性で年齢は小学生?から40代まで)の検温をした。そのあと別の服を渡される。
「西和急便の制服にみえるのですが」
「うん。荷物の配達をして」
「看護婦しながら、宅配便のバイトもしてるんですか?」
「どちらも給料安いからね。掛け持ちなんだよ」
千里は疑問は持ったもののまあいいかと思い、あちこちに荷物を配って回った。結局7箇所のアバートやマンションを回り、各々の人(今度は全員女性だった)に荷物を届け、ハンコをもらった。
その後、また白衣に着替える。
「行き先は分かったから、あんたたちは帰ってなさい」
と命婦様が言ったので、京平とトマトは神社に戻ったようである。
それで千里は命婦様と一緒に白衣姿で最初に回った5つの病院を回り、5人の患者の検温を再度した。
それでこの日の“バイト”は終わった。
「千里ちゃん、ありがとね。これ今日のバイト代」
と言って、命婦様は封筒を渡した。
「ありがとうございます」
「京平殿もお疲れであった。新幹線の切符をあげるから、明日母上殿と一緒に帰宅なさるがよい」
と命婦様が言うと、トマトが
「命婦様、ぼくも新幹線に乗っていい?」
と尋ねる。
「いいよ。あんたにも切符あげるね。あんたたちついでに伏見にご挨拶しておいで」
それで命婦様は、千里にチケットほ渡した。大人1名と子供2名で、大人と子供1名は東京都区内から神戸市内までの往復、子供1名は神戸市内まで片道である。指定席になっていた。
命婦様はどこかに帰っていった。千里はその夜はその神社に泊めてもらった。神職はさんは80歳をすぎた人でトマトのことも認識していたので「トマト殿のお知り合いですか。こちらの部屋を使ってください」といって親切にしてくれた。
翌日(8月8日)ヴィッツは神社に置かせてもらったまま、京平・トマトと一緒に、棒那駅までタクシーで行く。そしてまず電車で東京駅に出る。それから新幹線で京都まで行くが新幹線の旅を京平もトマトも喜んでいた。男の子はやはり電車が大好きなようだ。京都で途中下車して奈良線に乗り換え、稲荷駅まで行く。
伏見稲荷にお参りする。
本殿でお参りした後、京平たちを連れてお山を一周ぐるりと回った。京平たちはお山の中でどうもたくさん“お友だち”とお話ししていたようである。
山を下りてから、境内の食堂で稲荷寿司を頼んだら、ふたりともたくさん食べていた。京平は20個、トマトは21個食べた。千里はその様子を楽しそうに見ていたが、ふと千里は昨日命婦様から渡された“バイト代”が気になり、バッグの中から封筒を取りだしてみた。
なんか凄く厚い気がする。
中身を数えたら36万円もあった。
「うっそー!これ何かの間違いでは?本当は3600円だったということは?」
と千里はひとりごとのように言ったが、トマトは言った。
「本当は1200万円くらい払わないといけない所だけど、予算がないからそれで勘弁してと命婦様が言っていたよ」
「だって私、検温したり荷物届けたりしただけなのに」
「でも千里さんはたくさんの人を救ったんだよ」
千里は考えたが分からないので、いいことにした。
千里たちは京都駅まで戻ってから新幹線の自由席で新神戸まで行った。新神戸で降りたのは11時頃である。タクシーで京平を家まで送り、阿倍子には会わずに帰る。会うと京平と一緒だったことを説明できないし、そもそも阿倍子は午前中は寝ていると京平も言っていた。朝御飯はだいたい京平が自分で作って食べているらしい。
京平と仲の良い《げんちゃん》などが食事を作ってくれることもあるということだった。《げんちゃん》は、かなり京平の手助けをしてくれているようだ。そういえば近くに居ないこと多いなと千里(千里1)も思った。
(げんちゃんは小樽でせいちゃんの手伝いをしていることが多いが、京平と仲良くなってしまったので週に1度は新千歳−神戸の飛行機で神戸まで往復している。せいちゃんは大抵ついでに大阪の電器店で買い出しを頼んでいる)
京平と別れた後、千里はトマトを海遊館に連れて行き、たっぷり遊ばせてから一緒に東京に戻り、棒那市の女化神社まで行った。海遊館で買ったジンベエザメのぬいぐるみと京都で買ったおたべさんを神職さんにはお土産に渡したが
「神様からお土産を頂くとは」などといって感激していた。その後、この神社の神殿にはジンベエザメのぬいぐるみが、まるで御神体のように置かれることになる!
それでトマトとは別れて、千里は1人でヴィッツに乗り経堂のアパートに帰還した。
女化神社前の通りの痴漢はこのような経緯で出なくなったのだが、神職さんは地元の自治会と話し合い、痴漢がまた出たりしないよう、神社前の街灯の数を増やすことにした。街灯の光も、犯罪防止に効果があると言われる青色に変え、光量も明るいものにした。この工事には千里も篠田京平の名前でわずかながら寄進させてもらった。
星良(つつ・あきら)は2000年8月31日10:21福岡県前原市(*2)に生まれた。兄2人(星好:たかし・星佳:まこと)の下の三男であった。
(*2)前原は1992年に前原町が単独で市政施行して前原市となり、2010年に二丈町・志摩町と合併して糸島市となった。
兄弟3人の名前の特徴は、全く読めない!ということと3人とも「よし」と読める漢字が使用されているということである。実際、良は自分の名前をまともに読んでもらったことがない。「よし」さん?とか「りょう」さん?と読まれることが多く、時には苗字とくっつけて「せいら」さん?と言われることもある。
実際小さい頃からの友人は「せいら」ちゃん、と良のことを呼んでいた。良のことを「せいらちゃん」と呼ぶひとつの理由は、良がほとんど女の子だったからというのもある。両親は男ばかり3人生まれて、1人くらい女の子が欲しかったというのもあり、良に女の子の服を着せて育てた。それで幼稚園に行くまで、良はスカートを穿いて過ごしていた。幼稚園は男女で制服が違わない所だったので、幼稚園に入っても、友人たちは良を女の子とみなしていて(本当に女の子と思い込んでいる子もたぶん多かった)、幼稚園時代はふつうに女子トイレを使っていた記憶がある。
それで小学校の入学式の時は「なんで、せいらちゃん男の子みたいな服を着てるの?」などと言われた。
ちなみに父の名前は星平(ほし・とおみ)、母の名前は星和(ほし・なごむ)で、母の旧姓は森である。母は署名する時に「森和」と書くと「苗字だけでなく下の名前まで書いてください」とよく言われていたらしい。そして結婚する時は絶対2文字苗字の人と結婚しようと思っていたらしいが・・・・
前原市は福岡市のベッドタウンであり、福岡都市圏の中にある。良は小さい頃から福岡市に出るのは「町の中の移動」の範囲だった。両親に連れられて兄たちと一緒に筑肥線(福岡市営地下鉄に直通運転)で、よく天神に出て、天神地下街を歩き、三越や大丸などで買物をしていた。三越前のライオンは良にとって原風景のひとつである。
そういう時、女の子みたいな格好をしている良は、わりと親切にしてもらえることが多く、女の子って得だなと思っていた。つまり女の子ライフに味をしめた。
良は小学5年まで前原市/糸島市で過ごしてから小6になる時、長兄の高校進学に合わせて一家で福岡市内に引越し、良も福岡市内の公立中学を経て、同市内の公立高校に通った。結構な進学校で良は物凄く勉強を頑張った。それで大阪大学理学部に合格し、2019年春から豊中市のアパートに引越し、そこから通学することにした。
兄たちは、好(たかし)兄は第一薬科大学、佳(まこと)兄は久留米大医学部に進学しており、親からは「理学部なら、九大でもいいじゃん」と言われたのだが、良はひとり暮らしがしたいという気持ちが強かった。それは女装したいから!であった。
合格通知をもらった後、母と一緒に新幹線で大阪に出て、豊中市内で安いアパートを探した。ただ母は、安くても住宅環境や建物そのものに問題のある所は困ると言って、不動産屋さんと交渉しててくれた。結果的には大学まで歩いて15分と少し遠いものの、家賃3万円のアパート(鉄骨構造なので業界基準的にはマンションに分類されるらしい)の4階を契約した。
「ここは安いですけど入口は常に施錠されていて電子キーが無いと開けられませんから、オートロックではないのですが、それに近いんですよ。女子学生さんは何かセキュリティの仕組みがあった方が安心ですよね」
とスタッフさんは言った。
母は「ん?」という顔をしたもののスルーしてくれた!
後から契約書をよく読むと、どうもこのアパート(マンション?)は女性専用で男子禁制のようである。四等親以内の親族(従兄弟まで)以外の男性を中に入れてはいけないと書かれていた。
不動産屋さんを出てから母に「いいんだっけ?」と訊いてみたのだが
「あんた“女の子”でしょ?」
と言われた。
そうだよね!
「大阪では女の子の服を着て暮らすの?」
と母はストレートに良に訊いた。
「そうしたいなあと思ってる」
「だったら服を買うのに付き合ってあげるよ」
と言い、良を連れてバスでイオンモール伊丹まで行き、買物に付き合ってくれた。
まずは女学生らしいスカートとか春先は使いそうなカットソー・チュニックなどの類い、それから下着類、ショーツ、キャミソール、ブラジャーなどを買う。ブラのサイズは売場のお姉さんに測ったもらってB65にした(実はシリコン製のバストパッドを入れている)。
そして「少しお化粧も覚えた方がいい」と言って、資生堂のビギナーズセットを買ってくれた。
母は最後に言った。
「入学式までに性転換手術受けちゃう?」
ドキッとする。手術受けたーい。
「あれは予約してから1年くらい待つみたい」
「大変ね!」
「それにお金もかかるし」
「いくらくらい?」
「だいたい120万円くらいかなあ」
「そんなに掛かるんだ!だったらあんたバイトして貯めなさいよ。10万円くらいなら出してあげようかと思ったのに」
「10万円で性転換できたらいいね」
と良は笑顔で言った。でも私が女の子になってもいいみたい。
「父ちゃんが、良が女の子だったら、早く赤ちゃんの顔見られるのにとか言ってたよ」
確かに女子の方が概して結婚年齢は低い。しかも兄たちは6年制の学部である。順調にいけば、良は次兄の佳と同じ年に卒業することになる(大学院まで行かない場合)。
「赤ちゃん産むのはせめて大学卒業してから」
と良は焦って言う。
「まあそれがいいかもね」
と母は言った。
でも私、赤ちゃん産めるかなあ。あまり自信無いなあ。
良は母と別れた後イオンに置いてあったバイト情報誌を見て、マクドナルドに面接に行き、採用してもらった。ちょうど春休み中だし一週間くらい研修を受けて、その後は大学の授業が始まったら、週2回くらいシフトを入れようかということになった。それでまずは制服の袋を渡されて着換えて来てと言われるる
それで言われた更衣室に入り、着替えようとして「あっ」と思った。
ボトムがスカートである。
つまり・・・自分は女子と思われたようだ。
まあいいよね、と良は思い、そのままスカートの制服を着て、その日の研修を受けた。ある程度教えられたところで、受付にも立ったが、そつなく笑顔で接客できたので「君、すじがいいね」と褒められた。なお、半年間試用して、よければ本採用ということであった。
ところで理都だが、やはりブラジャーを買うお金がどうも足りない感じだったので、母に素直に頼んでみることにした。
母は結構文句も言いながらも理都の“女装女子中学生生活”に協力してくれている。実はセーラー服の冬服は自分のお小遣い(祖母からもらった入学祝い)で買ったものの、夏服のセーラー服を作るお金がなくて困っていたら、母が出してくれたのである。
理都は母に言った。
「合宿に行くのにさ、私が持ってるブラジャー、全部けっこう傷んでいるのよね。新しいの買いたいから、お金もらえない?」
「あんた合宿に女の子下着つけて行くつもり?」
「だめ?」
「まあいいか。それで他の参加者にからかわれても知らないよ」
「それは慣れてるから平気」
それで母は理都に3000円渡してくれた。理都は、しまむらに行き、店のお姉さんにバストサイズを計ってもらって新しいブラジャーを4枚も買った。ジュニア用の可愛いデザインのものが買えた。しまむらって結構可愛いよね、などと思う。代金はついでに買ったワゴンセールのショーツ3枚も含めて3693円(税込)になったが、不足分は自分のお小遣いのストックで何とかなった。
ちなみに理都のバストサイズはB65だと言われた。実はC65でもいいと言われたのだが、Cカップなんて“恐れ多い”気がして今回はBにした。そもそもCカップのブラとかつけてたら、母に不審に思われて女の子になっちゃったことがバレるかもという気もした。今の段階では理都としても、いつ男の子の身体に戻るかも知れないので、女の子になっていることを親に知られたくなかったのである。
理都は夏休み中はだいたい自宅で身体を鍛えながらそその合間に学校の宿題などもしていたのだが、8月16日(金)は、新キャプテン・2年生の早希さんから「市立グラウンドの予約が取れたから久しぶりに練習しよう」という連絡があり、出かけて行った。サッカーボールに触るのも練習試合以来、3週間ぶりだ。
これは3年生が1学期までで抜けて秋からの2年生以下による新チームの初動となった。中学サッカーでは3年生は夏までという所が多い。秋以降の大会は参加資格が2年生以下である。
今回の練習では「動きがよくなっている」と言われた。
理都としては、女の子になっちやって筋力が落ちているから、そのことを指摘されるのではと、ヒヤヒヤだったのだが、みんなはむしろ向上しているように感じたようだ。実際チームメイトたちと1on1をやったら、誰も理都に勝てず「さすが都の合宿に呼ばれただけのことある」と2年生の先輩たちから言われたる
「やっぱり練習してた?」
「ジョギングとかしてただけ」
「ああ。でもジョギングがいちばん鍛えられる」
「でも2kmを10分くらいのゆったりとしたペースなのに」
「ゆっくり走ることで速く走れるようになるんだよ」
「へー!」
そういう訳でこの日は気持ち良く練習を終えることができた。
練習が終わった後、顧問の伊ノ木先生がマクドナルドをおごってやるぞというので歓声があがった。練習のあと汗を掻いた服を着替えてから市民グラウンド近くのショッビングモールにあるマクドナルドに行くことにする。着替えはグラウンド付属の更衣室を使ったが、理都は女のの身体になっているので、堂々とみんなと一緒に着替えた。(今までも堂々と女子と一緒に着替えていたが!)
マクドナルドでは、ハンバーガーセットを食べながら、みんなで楽しくおしゃべりをする。
秋の大会のことが話題になるが、新キャプテンになった早希さんや、それに続く存在の瀬奈さん、そして1年生の治美ちゃんや理都などもいて、今年の陣営は充実しているから組合せ次第では都大会BEST8くらい狙えるかもなどという話をした。
「でも理都ちゃん、前はもっとおっぱいが小さかった気がする」
などと同じ1年の明梨が指摘するので理都はギクッとする。
先月までは小さいというより実は全く無かったからなあと思う。今日、理都は汗を吸ったブラジャーを交換するのに、生おっぱいを曝している。先月までは着替える時に絶対にブラジャーを外していない。
「おっぱいも成長期なんだよ」
と理都は言った。
「サッカーも成長期、おっぱいも成長期、いいね」
「私のおっぱいも成長して欲しい」
などといった声が出ていた。
マクドナルドで解散になったが、理都は何となく月季、由利、羽奈と4人でショッピングモールの中を歩いた。月季(つき)ちゃんは、理都と同じクラスで、理都をサッカー部に誘った張本人である。由利(ゆり)は月季と小学校の時に同じクラスだったらしい。羽奈(はな)は特に深い関係があるわけではないが、何となくくっついてきた。
4人はダイソーを覗いてあれこれ見ていたが、結局何も買わずに出る。理都はお小遣いが残り500円しかないのであまり大したものは買えない。
楽器店を覗いて、展示してあるキーボードを由利が弾いてみていた。
「手つきがいいね。ピアノか何か習ってる?」
「エレクトーン習っているよ」
「すごーい。あれ足でも弾くんでしょ?」
「そうそう。両手両足使うから全身運動」
「よくそんなに動くね」
「まあ慣れだね」
「でもエレクトーンは持ち歩けないからね。ギター弾きがうらやましい」
「ああ、ギターくらいなら持ち歩けるね」
「フルートもお嬢様っぽくてよくない?」
「お金持ちのお嬢様って感じだよね」
「フルート自体も高いんじゃない?」
「吹奏楽部の美千代ちゃんが使っているフルートは総銀製で60万円だって」
「恐ろしい!!」
「だけど私が弾いているエレクトーンだって160万円だよ」
と由利。
「ひぇー!」
「なんで楽器ってそんなに高いの?」
「ピアノは1桁上。ヤマハのコンサートグランドピアノは2000万円」
「安いマンションが買えない?」
「いちばん高いのはヴァイオリンかな。これは上限が無い」
「上限が無い?」
「ストラディヴァリウスとかグァルネリとかは数億円」
「うっそー」
「そんなの誰が買えるの?」
「昔は有名なヴァイオリニストが自宅を売却してそのお金でストラディヴァリウスを買ったといって話題になったらしいけど、今や自宅を売ったくらいではとても買えない」
「何かもうお金の感覚が分からないね」
などと言いながら、何も買わずに楽器店を出る。
「あ、そうだ。ナプキンが残り少なくなってたから買わなくちゃ」
と由利が言い、それにみんな付き合う。
理都は女の子がナプキンを買うというのにドキッとした。ナプキンというものが何のためのものかくらいは知っているが、小学生までの理都には無縁のものだった。
それでドラッグストアに入る。
「ゆりちゃん、何使ってるの?」
と羽奈が訊く。
「私はスリムガードの羽つき。やはり運動してると、羽無しはズレるんだよね」
「ああ、それは問題だよね」
「はなちゃんは?」
「私はコンパクトガード・羽つき」
「やはり羽つきだよね〜」
「私はお母ちゃんが買ってきてくれるのをそのまま使ってる。センターイン。羽はついてないかな」
と月季が言う。
「ズレない?」
「ズレてる時はあるから、生理用パンツ穿いてる」
「あれは蒸れる気が」
「うん。確かに蒸れるかも」
そんな会話を3人が交わしていたが、月季は
「りっちゃんは?」
と訊いた。
焦る!
生理用品のブランドとかに関する知識が全く無い!
そもそも“羽つき”“羽なし”って何なんだ!?
でも知らないのはおかしい。何か答えなければと思う。
「私もやはり羽つきかなぁ」
「やはりそうだよね」
「りっちゃん運動量多いから、羽つきでないとズレるよね」
「どこのブランド?」
ブランド名を知らない!!
その時、理都は近くに“きれいスタイル”2P 400円というポップがあるのを見る。それで理都は言っちゃった。
「きれいスタイルかな」
ところがこれは“外れ”だった。
「パンティライナーじゃん」
あれぇ。なんか違う商品だった?と焦る。でもパンティライナーって何?その時、近くの棚に別の商品名があるのを見る。多い日用とか特に多い日用とか書いてあるの、これたぷんナプキンだよね?ね?それで言ってみる。
「ナプキンはしあわせ素肌かな」
「ああ。お肌がわりとデリケートなのかな」
「そうかも」
良かった。当りだった!!
「りっちゃん、合宿いくのにストック充分ある?」
「うーん。生理は来ないと思うけど」
実際これまで生理なんて来たことないもんね。
「でも合宿みたいに環境の変わる所に行くと急に来ることもあるよ」
「そうそう。旅行なんかでも予定無かったのに急に来ることあるもんね」
「だったら買っといた方がいいかな」
「うん。そうしなよ」
それで理都は生まれて初めて生理用品なるものを買ってしまったのである。ロリエ・しあわせ素肌・昼用・羽つき、1パック 税込み475円のお買い上げ。
これでお小遣いは残額25円である!
買った時、ナプキンはレジのお姉さんが、由利のも理都のもいったん黒いビニール袋に入れてから普通のレジ袋に入れてくれたので、へー、ナプキン買うとそうするんだ?と今まで知らなかった“女の子事情”をひとつ覚えることになった。
しかし理都は生理用品なんて持っているのがバレたらお母ちゃんに叱られる気がしたので合宿に持っいく予定のバッグにレジ袋ごと押し込んでおいた。
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【春化】(3)