【春化】(2)

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古庄夏樹(こしょうなつき)は1982年6月22日2:14に千葉県佐原市(現・香取市)に生まれた。この日は夏至であったことから、夏樹と名付けられる。実際には夏至は2:23なので、その直前の生まれであり(夏至から蟹座が始まるのだが)、彼はギリギリ双子座の生まれである。彼の出生チャートを見るとほとんどの惑星が地面より下にあり、内向的な性格であることが想像できる。アセンダントは美と芸術と愛の星・金星である。
 
美の星に愛されているせいか可愛い子供で、物心ついた頃からよく女の子と間違われていた。母親はけっこう悪ノリして、彼によくスカートを穿かせて連れ回していた。本人も幼稚園の頃まではごく普通にスカートを穿いていた。
 
双子座らしい社交性で友だちは多かったが、友だちの大半が女の子だった。そもそも彼を女の子と思い込んでいる友人も結構いた。通っていたヤマハのピアノ教室でも、ほぼ女の子で通っていて、教室ではちゃっかり女子トイレを使用していた。
 
そういう子にありがちなことで、思春期を迎えると女子の友人たちが離れていく。結果的に彼は孤独な中高生時代を送ることになる。大学に進学するのに千葉市に出て来て、名前が曖昧なのをいいことに女子の振りをして大学には通った。男の子からデートを申し込まれて何度か応じたことはあるが、無論セックスは断っている。でもバージンを大事にしたいのだろうと思ってもらえた。
 
就職する時は随分悩んだのだが、就職するには健康診断書も提出しなければならないので、やむを得ず伸ばしていた長い髪も切って、男子として千葉市内の食品メーカーに就職した。この会社で彼の直属の上司となったのが、紫尾真栗(しお・まぐり)で、季里子の父である。
 
ちなみに夏樹は就職前から配属予定の部署の責任者として紫尾真栗とメールでやりとりをしていたが、真栗を「まり」と誤読して、てっきり女性と思っていたので、入社当日本人を見てびっくりした!そして実は真栗の方も夏樹のことをてっきり女性と思っていたらしい。
 
「古庄君、何なら一緒に性転換する?」
「ああ性転換いいですね。一緒にプーケットまで行きましょう」
 
などという冗談(?)を交わしていた。
 
ちなみに真栗という名前は画家のルネ・マグリッドから取られたものである。彼は1960.11.21生で、マグリットと誕生日が同じなのである。それでデ・キリコと同じ誕生日(7.10)の娘に季里子という名前をつけた。
 

この会社で夏樹はよく働き、真栗の信頼を得る。彼がなかなか結婚しないし恋人もいないようなので、真栗は心配して何度か縁談を持って来たことがあるものの、彼は見合いはするが毎回話を断っていた。それで夏樹はとうとう真栗に打ち明けた。
 
「申し訳ないです。ぼくは女性を愛せないのですよ」
「男の人が好きなの?」
「恋愛自体にあまり関心がないかも」
「そうか。御免ね。見合いとかさせちゃって」
 
夏樹が就職して4年後の2008年、真栗は仙台支店に転勤になった。夏樹は後任の課長とそりが合わなかった。そりが合わないというより、課長は彼に「男」を強制した。紫尾真栗は男女差別の無い人で、夏樹は仕事しやすかったのだが、後任の部長は、女には仕事をさせる価値が無いみたいな考えの人で、男の社員には、男であることを強制し、更には女を差別するように強要した。それで居心地が悪いので、夏樹は半年で退職することになる。その話を聞いて真栗はとても残念がっていた。
 
夏樹は千葉市内の楽器販売店に転職した。ここは芸術家っぽい人が多く、性別についても緩い感じだった。そもそも仕事の上で男女の差が全く無い。役員や管理職の数も男女ほぼ同数だった。開発部門や教育部門(音楽教室を運営している)では、みんな自由な服装で勤務しているので、男性でも長髪だったり、真っ赤なシャツを着て勤務している人などもいた。もっとも夏樹が配属されたのは事務部門なので、ここは男性はみんな背広スーツを着て仕事をしていた。それで夏樹もスーツを着ていたが、ここならその内トランスしても許されるかも、という期待を抱いた。
 

2012年になって、夏樹は真栗から連絡を受けた。
 
「千葉に戻ってこられたんですか!」
「今年の初めにこちらの販売部長になった」
「わあ、栄転おめでとうございます」
 
それで真栗から相談されたのが、彼の娘の季里子と結婚してくれないかという話だったのである。
 
「申し訳無いです。ぼくは以前にも言ったように女性は愛せないのです」
「そこを承知で、実は娘に精子を提供してもらえないかという相談なんだよ」
 
それで真栗は説明したが、内容に驚く。彼の長男は性転換して女になってしまった。次男は戸籍上女性である人と結婚したが、その人はFTMで事実上男だった。そして末娘の季里子は女性(桃香)と結婚していた。それを孫の顔を見たいと言って季里子をその女性と強引に別れさせたということを説明した。
 
「お言葉ですが、親の都合で無理矢理、娘さんを恋人と別れさせるというのには賛同できません」
 
「うん。それは分かっているけど、どうしても私は孫の顔が見たかったんだよ。それで娘はレスビアンだから、男性と愛しあうことはできない。だからこそ、この役割には、女性を愛せない古庄君が最適任のような気がしたんだ」
 
と真栗は説明した。
 
「だから娘と寝てくれなくてもいい。人工授精でいいから、娘の子供の父親になってくれないだろうか?それで子供が生まれたら離婚していいし、養育費とかも要求しない。AID(Artificial Insemination by Donor ドナーの精子による人工受精)のようなものと思ってほしい。君の戸籍を汚すことになる代償として、5000万円用意した」
 
夏樹は1分ほど考えた上で返事をした。
 
「紫尾さんのお気持ちは分かりました。お嬢さんと一度2人だけで会わせてください。それで彼女がぼくを気に入ってくれたら結婚してもいいです。でも5000万円は辞退します。それはお孫さんの養育費に当ててください」
 

それで夏樹は見合いの場所として指定された場所に女装!で出かけていったのである。男なんかとは会わないと父親に反発して言っていた季里子も女装の夏樹には関心を持った。
 
夏樹は説明した。自分はお父さんの元部下で、お父さんに義理があること。自分は実はトランスジェンダーで将来女性になりたいと思っていて、恋愛対象も男性だから、自身が女性と結婚する意志はないこと。だから結婚したとしても、同衾は求めないし、したくもないこと。でも精子は提供できるので、季里子さんが自分を受け入れてくれるなら、あなたが産む子供の遺伝子上の父親になるのはやぶさかではないということ。
 
それで「絶対に一緒に寝ないし、男性器を絶対に自分には見せない」という条件で、季里子は夏樹と結婚したのである。結婚式はせずに、記念写真を撮って双方の両親・きょうだいとともに食事会をしただけである。夏樹の両親は女になるつもりかと思っていた息子が女性と結婚するというので驚いたものの歓迎してくれた。
 
記念写真は夏樹がタキシードを着たものを食事会出席者全員に配ったが、実は夏樹も後でウェディングドレスに着替えて、ウェディングドレス同士で並んだ記念写真も撮って、夏樹と季里子だけがその写真データを保有している。
 
ふたりは結婚するとすぐに人工授精をした。それで 2013.06.03 に長女・来紗(らいさ)が産まれる。続いて2度目の人工授精をしたが、妊娠が安定した2013年12月、ふたりは円満離婚した。季里子は 2014.08.10 に次女・伊鈴(いすず)を産んだ。季里子は結局桃香とよりを戻して、桃香から再度結婚指輪を受けとったらしい。
 

2019年8月、その伊鈴が5歳の誕生日を迎えたのを機会に、夏樹は自分のトランスを進めようと思った。夏樹は大学生時代に足や顔のむだ毛はレーザー脱毛してしまっている。就職してから最初のボーナスを使って去勢してしまっていた。実は去勢前に念のため精子の冷凍を作っていたのを病院に提供して季里子の人工授精はおこなわれている。このことは季里子も知らない。喉仏も去勢した翌年のボーナスで削ってしまった。また夏樹は去勢した後はずっと女性ホルモンを飲んでいた。それでおっぱいも膨らんでいるのだが、Aカップ程度しか無いので、結婚している最中、季里子は夏樹におっぱいがあることに気づかなかった。
 
それで夏樹はいよいよ性転換手術を受けることにして、バンコクの病院に手術の予約を入れた。手術は(2019年)12月にしてもらえることになった。夏樹としても40歳になる前に女になって人生の後半は女として送りたいという気持ちが強かった。
 
母親にそのことを打ち明けたら、母は覚悟していたように言った。
 
「あんたはそうなっちゃう気がしたよ。私が唆した部分もあるけどね」
「おかあちゃんのせいじゃないよ。ぼく自身、そういう性格だったんだよ」
「・・・」
「どうしたの?」
「あんた、女の子になるのなら、“ぼく”じゃなくて“私”って言いなよ」
「努力する!」
 
母からはちゃんと父親にも言うように言われたので、夏樹は実家に行き、父親と話した。父親は残念そうだったが、孫も作ってくれたしと言って容認してくれた。
 

「だったらお前、お遍路に行ってこい」
と父は言った。
 
「お遍路?」
 
「結局俺の息子の夏樹は死んで、代わりに娘の夏樹が生まれるようなものだろう?だったら息子の菩提を弔うのにお遍路してきてはどうかと思うんだよ」
 
「いいよ。やってこようかな」
 
夏樹は12月に手術を受ける時に有休を最大限使いたかったのであまり休みたくなかったのだが、後のことは後で考える(性格なので)ことにして、9月の連休(9.21-23)にぶつけて行って来ようと考えた。
 
計画では、9月20日(金)の晩、仕事が終わった後でバイク(Yamaha YZF-R3 320cc)で一晩かけて千葉から徳島まで(約700km 夏樹的所要時間=10時間)走り、バイクで徳島から順打ち(時計回り)で八十八箇所を21日(土)から29日(日)まで9日間かけて回る。そして日曜の晩にまた一晩かけて千葉まで走り、30日(月)は、ちゃんと会社に出社するというものである。すると23日(月)が秋分の日の祝日、更に実は9月27日が会社の創立記念日でお休みなので、有休は24(火)-26(木)の3日間だけ取ればよい。
 
それで上司にお願いし許可をもらったので、その日程で行ってくることにした。
 

理都は(2019年)8月7日の夕方、「“痴漢”さん出ないかなあ」と思いながら、コンビニの所から歩き始め、神社の方にむかっていたのだが、やがて神社の入口まであと50mくらいの所で、向こうの方の街灯の下にコートを着て、サングラスに帽子までかぶった男が立っているのに気づいた。
 
あの人かな?と思ってワクワクする。私のちんちん取ってくれますように、と思いながら近づいて行くと、理都が男の4-5m前くらいまで来たとき、男は突然コートの前をはだけた。
 
裸である!
 
「キャー!」
と思わず理都は声をあげてしまった。
 
何でこの人、裸なの?などと思って頭の中が混乱する。女の子からはパンティを取るらしいとは聞いていたが、裸を見せるなんて話は聞いていなかった!
 
男が近づいてくる。理都は急に恐くなって逃げ出してしまう。
 
「あぁん。私のちんちん取って欲しいのに。逃げたらダメじゃん>私」と思うものの、変なことされそうで恐くなったのである。
 
あまり距離が無かったのですぐ追いつかれると思ったのだが、そうでもない。この男、足が遅い?などとチラッと考えた(本当は理都が速すぎる)。
 
それでチラッと後ろを振り向くと突然男の背丈が3mくらいに伸びた。
 
嘘?何これ?
 
と思ったら男の足が速くなる。コンパスが長くなった分スピードアップしたのだろう。それで追いつかれそう!と思ってスピードアップしようとしてた時、ちょうど落ちていた空き缶に躓き、理都は転んでしまった。
 
空き缶の投げ捨て反対!
 
と思った時、理都のそばに車が走ってきて停まる。中から24-25歳くらいの女の人が飛び出してくる。
 
理都は起き上がりながら、後ろを見た。
 
女の人が理都を守るように男に向かって立った次の瞬間。
 
痴漢の男がはじけるようにして消滅してしまった!
 
何?何?
 
女の人に続いて、幼稚園生くらいの女の子も車から飛び出してきた。そして
 
「お母ちゃん、凄い!」
と言った。
 

 
理都はまだ半分身体を起こしただけだったのだが、女の人が理都の手を取って「怪我してない?」と言いながら起こしてくれた。
 
凄くしっかりした手だ。スポーツ選手かな?という気がした。
 
「はい、大丈夫です」
と理都は答えた。
 
膝を軽くすりむいているが、大したことはない。
 
「あ、膝をすりむいているね。消毒してあげるね」
と女の人は言い、除菌ウェットティッシュで叩くようにして拭いてくれた。
 
「叩くんですね」
「横に拭いたらダメだよ。ばい菌を広げちゃうし、皮膚をめくってしまうから」
「へー。看護婦さんか何か?」
「看護の勉強はしたことないけど、私は女山伏だから、応急処置とかは習っている」
「山伏さん!?凄いですね」
 

「でも私を襲ってきた奴、どうなったのかな?」
と理都が疑問を口に出すと、幼稚園生くらいの女の子が言った。
 
「あの程度の魔神はお母ちゃんの敵じゃないよ。一瞬で消滅したね」
 
「ああ。京平が倒してくれたのね。なんか変な奴だと思ったけど、一瞬で破砕されたね」
と女の人は言った。
 
京平は、もしかしておかあちゃん、自分が倒したという自覚無いの〜?と思ったが、《きーちゃんさん》が『1番さんは今世界最強の霊能者』と言っていた意味が分かった。1番お母ちゃんは、霊的能力が暴走している!! これこのまま放置していていいんだろうか?でもボクには停められないし、などと思う。
 
「きょうへいさんって言うの?男の子っぽい名前ね」
と理都は言った。
 
「ボク男の子だよ」
と京平が答える。
 
「嘘?なんでスカート穿いてるの?」
 
「スカート好きだから穿いてるだけ」
「女の子になりたいとか?」
「女の子にはなりたくないな。ボク男の子だもん」
「でもスカート好きなんだ?」
「うん。別に構わないよとお母ちゃんもママも言うし」
 
“お母ちゃん”と“ママ”の違いがよく分からないけど、理都は『そうだよね。男の子がスカート穿きたいと思っても構わないよね』と思って、少し気持ちが楽になった。もっとも私の場合は女の子になりたいんだけど。
 

「君、どこに住んでいるの?もう暗いし、家まで送っていくよ」
と女の人は言った。
 
「ありがとうございます。でも自転車で来てるし」
「自転車は車に積んでいけばいいよ。どこに置いているの?」
 
それで女の人は男の子に神社の中で待つように言って(社務所に知り合いがいるのかなと思った)、理都を車に乗せ、まずは自転車を駐めていたコンビニまで行く。女の人は「駐車場代かわりに」と言ってコンビニでアイスを買い、理都に渡してくれた。
 
「いただきます」
と言って食べる。その間に女の人は車の後部座席を倒して、そこに自転車を載せた。ひとりで軽々と自転車を持ち上げるので「すごーい」と思った。
 

「お名前、教えていただいていいですか?あ、私は理都です。理科(りか)の理に、都(みやこ)」
「私は千里。百の十倍の千(せん)に、里見浩太朗の里ね。私はプロバスケット選手なんだよ」
 
「すごーい。それで?」
 

それで女の人は理都を助手席に乗せ、自宅前まで送ってくれた。
 
「理都ちゃん、スポーツか何かしてるの?」
「あ、はい。サッカーを」
「それでか。わりと筋肉あるよね」
「そうでしょうか。サボってばかりだけど。千里さんはやはり凄い練習しているんでしょうね」
 
「私は中学生の頃は全然筋肉無かったんだよ」
「そうなんですか?」
「女みたいに筋肉の無い奴だと言われてたね」
 
「女みたいって・・・女じゃなかったんですか?」
「ああ。私は中学生までは男の子だったんだよ」
「そうなんですか!?」
「でも高校1年の時に女の子になっちゃった」
「性転換したんですか!?」
「それがさあ。君は本当に男なのか?って言われて、病院で検査受けてくれと言われたから検査受けたら、君は女だと言われて」
「半陰陽?」
「私もよく分からないなあ。ただ自分としてはずっと女のつもりだったから、細かいことは気にしないことにした」
 
ジョークなのか本当のことなのか、理都には判断がつかなかった。でも女のつもりでいるならそれでいいと言うのには賛同した。
 
「それいいですね」
「それで私は、女の子になってから、男に負けないくらい強くなろうと思ってとっても頑張って身体を鍛えたんだよ」
「へー」
 
「だから、私、夫よりバスケ強いよ」
「それは凄いです」
 

「理都ちゃんも、男の子に負けないくらい身体を鍛えるといいね」
「どうやって身体を鍛えたんですか?やはり毎日何時間もバスケしてました?」
「バスケはせいぜい1日に2時間くらいだよ。でもたくさん歩いたよ」
「歩くんですか?」
「歩いたり走ったりするのが一番身体を鍛えられる。これは多くの人が言ってる」
「走ろうかな」
「うん。特に中学生の内は、そういう基礎体力を鍛えるのがいい。バスケで40分間コートを走り回る体力は、ひたすら歩いたり走った人だけが得られる」
 
「サッカーもひたすら走るスポーツなんですよ」
「そうそう。バスケとサッカーは似ている所があるね。野球やゴルフは瞬発力が問われるけど、バスケやサッカーは持久力が問われるスポーツ」
 
「私も朝のジョギング頑張ろうかな」
「いいんじゃない?」
「今は月に1−2回くらいしかしてないんです」
「理都ちゃんもサッカー強くなりたいなら、毎日1kmでもいいからジョギングするといいかもね。週に1回10km走るより毎日1km走る方が鍛えられる」
 
「それはそんな気がします」
 

「あとたくさん休むことだね」
「休むんですか?」
「筋肉はね。寝ている間に育つの。だから8時間連続で練習するより、2時間練習して2時間休むのを2回繰り返した人の方が育つ。休んでいる間は半分は仮眠でもした方がいい」
 
「それもそんな気がしてきました」
「まあ、頑張るといいね。何か困ったことあったら、いつでも連絡して」
と言って、千里さんは運転しながらバッグの中から名刺を出して理都に渡してくれた。見ずによくちゃんと取り出せるなと感心した。
 
「なんかエンブレムが格好良い!」
「ああ。それはよく言われる」
 

自転車では30分以上掛かったのだが、自動車だとほんの10分程度で家に到着した。
 
「ありがとうございました!」
「女の子の夜道の一人歩きは危ないよ。できるだけお友達と一緒に行動した方がいいよ」
 
「気をつけます」
 
理都はよくよく御礼を言って別れた。
 

理都が家に入っていくと、姉の月紗(つかさ)が
「あんた、そんな格好で出かけたの?」
と言う。
「ちょっと寒かったかも」
「いくら夏でもね〜。それにそんな格好で歩いていたら、あんた可愛いから痴漢に遭うよ」
「私を家まで乗せてくれた女の人からも言われた」
「ああ、誰かに送ってもらったのね」
「うん。私が暗くなってきた道を歩いてたから心配して乗せてくれた」
 
「それ女の人だからいいけど、男の人に送ってあげると言われても乗ったらダメだよ」
「うん。私もそこまで無防備じゃないよ」
 
「ちょうどお風呂入れたんだよ。先に入っていいよ」
「ありがとう。じゃもらうね」
 

それで理都は自分の部屋に行き、着替えのショーツとブラジャー、女の子シャツに部屋着の上下(カットソーとスカート)を持ち、お風呂に入った。
 
いつものようにスカートを脱ぎ、Tシャツを脱ぐ。ブラジャーを外し、それから胸に貼り付けておいた粘着性のシリコンパッドを外す・・・
 
つもりが剥がれない?
 
え?
 
そしてしばらく考えている内に今日は、シリコンパッドはつけて行かなかった!ことを理都は思い出した。
 
最初つけて出ようとしたのだが、“痴漢さん”からブラジャー寄こせと言われて渡した場合、ブラジャー無しでシリコンパッドをつけていると、粘着性とはいえ、接着剤みたいな強いくっつき方ではないので、自転車に乗っている振動でパッドが落下すると思った。それでつけていくのをやめたのである。
 
だったら、ここにある、このおっぱいのようなものは何?
 

理都はたっぷり3分くらい考えてから、
 
これはおっぱいだ!
 
という結論に達した。
 
何で私におっぱいがあるの〜〜〜!?
 
そしてふと思った。
 
まさか・・・・
 
パンティを脱いでみる。
 
おちんちんが無い!
 
なんで無いの〜〜〜〜〜!??
 

脱衣室のドアがトントンされた。
 
「理都、まだお風呂入ってないんだっけ?」
と姉の声である。いつまでもボイラーの音がしないので、変に思ったのかも?
 
「あ、入る、入る」
と言って、理都は浴室とのドアを開けてそちらに移動した。
 

取り敢えず全身にシャワーを掛ける。顔を洗う。おっぱい!を洗う。
 
そしてあそこにシャワーを当てて洗うがドキドキする。こんなの初めての体験だ。これ多分開いて中を洗わないといけないよね?
 
それで左手の指2本で開き、そこにシャワーを当ててよく洗った。
 

お尻や足の裏なども洗ってから、浴槽に入り、身体を温めた。
 
何でこんな女の子みたいな身体になっているんだろう・・・と理都は湯船の中で考えていたが、やがてある結論に達する。
 
私、もしかして女の子になっちゃったのでは?
 
「女の子みたいな身体になっている」と考えるより「女の子になっている」
と考えた方がスッキリする。多分そうなのだろう。
 
なぜ女の子になったのかはよく分からないけど、取り敢えずこれ合宿に行くのに凄く助かる、と思った。
 
突然女の子になったのなら、突然男の子に戻る可能性もある気がした。でもこれ神様か何かが助けてくれたのかも?きっとこのまま合宿の間は女の子のままなんじゃないかなあ。
 
楽天的な理都はそう考えて、なぜ女の子になってしまったのかとかについては、深く考えないことにした!
 

湯船に5分くらいつかってから、髪を洗い、コンディショナーをかけている間に石鹸を手に付けて、顔、耳の裏、首、胸!と洗う。
 
いいなぁ、これだけ胸があるのいいなあと思った。さっきシャワーを掛けた時は、戸惑っていたけど、今度は大きな胸をたっぷり堪能しながら石鹸で洗った。
 
でも・・・これ今持ってるブラジャーじゃ入らないよ!新しいブラジャー買うのにお金足りるかなあ。でも取り敢えず1枚は買わなくては。
 
その後、脇を洗い腕を洗う。お腹の付近を洗ってから、ちょっとドキドキしながら、お股を洗う。嬉しい!こんなのが私のものだなんて。でも女の子の構造がよく分からない!あとでゆっくり研究してみよっと。
 
足を洗い、膝の裏、指の間などもよく洗ってから髪のコンディショナーを流す。再度身体全体にシャワーを当てて流してから、また浴槽に浸かる。
 

理都は女の子だったらしてみたかったことを色々考えて、どんどん楽しい気分になってきた。
 
うん。ずっとこのままで居られるのかどうかは分からないけど、やはり女の子って様々な可能性があって、いいと思うなあ、と希望が湧いてくるし、自分の人生が明るいものとなったような気がした。
 
10分くらい浸かってからあがった。
 

お風呂からあがり、姉に声を掛けてからトイレに行ってみる。
 
ちょっとドキドキしながら便器に座る。理都は物心ついて以降、立っておしっこをしたことは無い。最初ちゃんとできるかなと不安があったけど、おしっこする要領自体は、お股に余計な物がついてた時と同じ感じでできた。でも・・・
 
凄い!
 
これが女の子のおしっこをする感覚か!と感動した。
 
おしっこが出て行く感じが全く違うのである。
 
アレがついてた時は「出て行く」感じだったけど、女の子って「落ちていく」感じ。体内の容器から直接落下していく感じである。凄くスムーズに出るから、気持ちいい。
 
考えてみると、随分余計な経路を通って排出してたんだよなあと思う。男の子って大変ネ!女の子のこの出方が自然なんだよ。
 
これ本当に素晴らしい!
 
と感激して、理都はおしっこを終えた。おしっこの後で拭くのは、これまでもしていたが、拭く場所が違うので、またそれで感動してしまった。今までは拭く時に、アレが動くのでやりにくかったけど、これは動かないから楽だ。ただ、拭かないといけない面積は広いな、と思ったが、これは大きな問題では無い。
 

理都は感動の中、トイレを終えると自分の部屋に戻り、日記を開いてひとこと書いた。
 
2019年8月7日(くもり)。
 
今日、私は女の子になった!!
 
それだけ書くと、取り敢えず夏休みの宿題の数学をやる。3ページくらい進んだところで母から「りっちゃん、ごはーん」という声が掛かるので「はーい」と答えて居間に出ていった。
 

 
里出満利(さといで・みつとし)は、物心ついた頃から、自分は女の子だと思っていた。男の子のパンツを穿くのが嫌で、ちんちんを出す所がない後ろ側を前にして穿いたりしていたし、バスタオルを腰に巻いてスカート穿いている気分になったりしていた。ひとりで留守番をしている時は、こっそり母のスカートを穿いたりしていた。
 
女性的な傾向は周囲の友人たちにはすぐ分かるので満利(みつとし)の名前を「まり」と読んでもらい「マリちゃん」と呼ばれて、半分は女の子みたいな扱いをしてもらっていた。小学2年生頃までは女の子たちとばかり遊んでいた。
 
小学5年生頃から自分の身体がどんどん男性化していくのに絶望に似た思いを抱いた。睾丸があるからいけないんだということを知ったのでハンマーで叩き潰そうとしたこともあったが、簡単には潰れない。体内に押し込んでおくといいし温めておくのもいいと聞いたので、体内に押し込んで落ちてこないように、お小遣いを貯めて買ったガードルで押さえておいた。更にホッカイロを入れて温めておいた。おかげで、他の男の子よりは男性的発達は遅いかもという気がした。
 
女子の友人が制服を貸してくれて校内で着替えて記念写真を撮ったりした。凄く嬉しかった。女子トイレを使っている所を見られてしまったこともあるが「マリちゃんならいいよ」と言ってもらえた。
 
高校を出たら大学に行くという名目で東京に出て来て、一人暮らしを始めるが、勇気を出して女の子の服を買ってきて、それを着て1日過ごすようになった。もちろん大学にもその格好で行ったが、
 
「最近そういう子多いもんね」
などといってクラスメイトたちは受け入れてくれた。女子の友人がお化粧の仕方を指導してくれた。
 

そんな時、棒那市に“ちんちんを取っていく”痴漢が出ているという噂を聞く。
 
これだ!と思った。
 
満利は初めて男物の服を買ってきて着る。長い髪も服の中に隠す。夕方痴漢が出没するという噂のある場所に行ってみたら、女の子がひとり歩いている。あまり近づくと自分が痴漢と誤解されると思い、その子とは少し距離を空けて付いていく。
 
前方の街灯の下に夏なのにコートを着た男が出現する。見ていると、いきなりコートの前を開ける。下は裸である。女の子が悲鳴をあげて、こちらに逃げてきた。こちらも男にみえるので一瞬たじろぐが、裸コート男よりはマシだと思ったのだろう。こちらに走って来た。満利は女の子を自分の後ろにやってかばうような位置に立った。
 
満利は彼女に「私に任せて。君は逃げて」と言った。女の子は頷いて逃げていった。コート男が満利のそばまで来る。
 
「どけ。俺はあの女の子からパンティを取りたい」
「やめなよ、そんなの。パンティが欲しかったらお店で買ったら?」
「新品のパンティには興味無い」
「困った人だね」
 
「どかぬのなら、お前のちんちんを取るぞ」
「なんでそうなるのさ?」
「俺は可愛い女の子からはパンティを奪うが、見苦しい男からはちんちんを奪う」
「取れるもんなら取ってみたら?」
 
「ほんとに取るぞ」
と言って男は満利を押し倒してズボンを引きちぎった。
 
更にパンツまで破り取る。
 
まあ、乱暴ネ!と思っていたら、そのあと、満利のちんちんをギュッと握ると、グイって引き抜いた。満利は何もなくなったお股を見て「やった!」と思った。
 
男は
「お前、よく見たら顔は可愛いじゃないか。今度は可愛いパンティ穿いてスカート穿いて来たら、パンティを奪ってやる」
などと言い、引き上げていった。
 
しかし満利は思った。
 
ズボンもパンツも破られて、私、どうやって帰ったらいいのよ!?
 

満利はそうやって、まんまと男を廃業することができたのだが、お股に何も無いという状態は結構困る。
 
どっちみちトイレなどは女子トイレしか使っていなかったし、便器に座ってしていたから大きな問題はないのだが、まずオナニーできない!これまで満利は自分の大きなあれをクリトリスに見立てて指で押さえて回転運動を掛けてオナニーしていた。ところがお股に何もないから、それさえもできない。
 
満利は性欲が解消できなくて悶々としていた。
 
睾丸が無くなっても性欲って残るんたなあ、と新しい発見をした思いだった。
 
そしてお風呂に行けない!
 
満利はお風呂の無い安アパートに住んでいるので、お風呂は銭湯に行く必要があった。満利の容姿で銭湯に行き、男湯に入ろうとすると
「あんた、そっちは男湯、女湯はこっち」
などと言われるのだが、できるだけ低い声で
「ぼく男です」
と言うと、
「あら、てっきり女の子かと思った。ごめんねー」
と言われながらも入れてくれた。脱衣場で他の客がギョッとした感じでこちらを見るものの、満利が服を脱いで、男性器を露出させると、ホッとしたような空気が流れていた。
 
しかし!
 
満利は男性器が無くなってしまったので、もう男湯には入れない。
 
しかしバストが無いので、女湯にも入れない。
 
お風呂どうしよう?と真剣に満利は悩んだ。
 

青葉(主人公である)は、8月2-4日に東京でワールドカップに出た後、〒〒テレビの神谷内さんから緊急事態が起きたと言われて呼ばれ、千里(千里1)・瞬法と一緒に4日の夜中にアテンザで走って石川県X町にかけつけた。
 
事件は“霊力暴走中”の千里のおかげで、あっけなく解決したが、8月6日までその後処理に追われた。7日には一度大学に顔を出してから8日には鹿児島に移動。全国公水泳(8.10-11)に出場した。12日に高岡に戻ってきたが、その後、13-15日には、千里2と一緒にバイクで裏磐梯から浄土平を走って来た。15日の午前中、郡山JCTで千里と別れ高岡に戻る。その後は9月頭のインカレに向けて大学にも顔を出して毎日大学のプールや自宅近くの高岡プールなどで泳いでいた。
 
その日は、水泳部の友人・杏梨・夏鈴・春貴、吉田君と5人でイオンタウン金沢示野に来ていた。
 
「性別がよく分からない集団だ」
と吉田君は言った。
 
法的な性別でいうと、青葉・杏里・夏鈴の3人が女で、吉田君と春貴の2人は男だが、遺伝子的には杏里と夏鈴の2人がXXで、青葉・春貴・吉田君はXYである。しかし見た目では、女装している春貴は女に見え、丸刈りでショートパンツを穿いている夏鈴は充分男にみえるので、一見女が3人(青葉・杏里・春貴)で男が2人(夏鈴・吉田)にも見える。
 
(夏鈴が丸刈りにしているのは別に男になりたい訳ではなく、水泳のスピードアップと練習後に髪を洗うのが面倒なためである)
 
「法律上も外見上も女が3人と男が2人」
などと杏里は言っている。
 
「吉田も女装すれば全員女でも通るかもね」
と青葉は言っておいた。
 
「変な道に誘い込まないでくれ」
と吉田君は言う。
 
「吉田が女として就職するという話はどうなった?」
「男として就職するよ。既にH銀行の内々定ももらっているし」
「H銀行の女子制服、可愛いのに」
 
吉田は翌年まさか自分か本当にH銀行の女子制服を着ることになるとは思いもよらない。
 
「春貴はさっさと法的な性別を変更すればいいのに」
「お父ちゃんの説得に時間が掛かっているんだよ。卒業までには裁判所に申請したいんだけど」
 
春貴は昨年10月に“朝起きたら女になっていた”。しかしそんな話を信じない父は春貴が親にも言わずに勝手に性転換手術を受けたと思い込み、態度を硬化させているらしい。むろん春貴は20歳をすぎているので性別変更に父の同意は必要無い。しかしちゃんと父が納得してから変更しなさいと母は言っている。なお、水連の登録は病院の診断書の提出(更に水連側が指定した医師による精密検査)により、既に女子に変更済みで、今年はずっと女子として大会に出場している。大学の学籍簿は戸籍上の性別が変更されるまでは変更できない。それで卒業前には変更しておきたいのである。
 

「私は性転換したことないから分からないけど、春貴さん、女に変わってから水泳に色々変化がありました?」
と夏鈴が尋ねる。
 
「やはり筋力が落ちたよ。これは睾丸が無いから仕方無い」
「ああ。やはり睾丸で筋肉が変わるんだ?」
「睾丸というより男性ホルモンだよね。だからIOCが、性別判定の基準を、遺伝子ではなく性ホルモンに変更したのは正しいと思う」
 
「XXでも睾丸がある人って、稀にあるみたいだもんね」
「というか、それで随分揉めてきたよね」
「睾丸まで無くても、副腎の病気とかで男性ホルモンの多い女子は多い」
「それはもっと揉めている」
 
「あと、女の子の身体は凄く浮きやすい。脂肪が増えたからだと思う」
「うん。女の身体は浮きやすい」
と夏鈴も言っている。もっとも夏鈴は厳しく身体を鍛え上げているので、女性にしては、かなり脂肪が少ない。夏鈴の体格は千里姉に似ているよなと青葉は思っていた。
 
「脂肪って、浮きみたいなもんなんだよね。特におっぱいなんて凄い浮き」
「ああ。私も、おっぱい邪魔だなと思う。さすがに切除するつもりまではないけど」
と夏鈴。
 
「そんなに浮くの?」
と吉田君が言うので
 
「吉田もちょっとおっぱい作ってみる?」
と言うと
「男湯に入る時に困るからいい」
と吉田君は言った。
 
(この5人の中で、おっぱいが無いのは吉田君だけで、男湯に入るのも彼だけ)
 

5人はサイゼリヤで2時間ほどおしゃべりした後、ヴィレッジヴァンガードとGUを覗いてから、ダイソーで適当なものを物色し、それからマックスバリュで食料を買い込んだ。
 
それで駐車場に駐めている青葉のアクアまで行こうとしていたのだが、何だか悩んだ顔をしながら、ずっと車を色々眺めている感じの女性がいる。
 
最初青葉たちは、車上狙いか何かではないよね?と思った。
 
杏里(このメンツの中では外見も法律上も遺伝子上も女なのは彼女だけ)がその女性に声を掛けた。
 
「何かお探しですか?」
「あ、いえ。実は自分の車をどこに駐めたか分からなくなってしまって」
と女性は言った。
 
「ああ」
「ここ、駐車場が広いもんね」
 
ここは1500台駐車が可能である。日中はその7-8割が埋まっているので、分からなくなると辛い。
 
「実は能登方面から昨夜走って来て、そのままここで車中泊したんですが、ぼーっとした状態で降りて買い物していたら、分からなくなっちゃって」
 
「ああ、寝起きの時は危ない」
「普段なら車を降りる時に、建物のどの付近の前かって見ておくんだけどね」
 

「こういうの探すの、川上得意じゃない?」
と吉田君が言った。
 
「まあ探せると思うよ。車種は何ですか?」
と尋ねる。本当は車種までは知らなくても探せるが一応訊いておく。
 
「本当ですか?助かります。車種は白いプリウスです」
 
「ああ、石を投げれば当たるプリウスか」
などと杏里。
「特に白いプリウスは多そうだ」
と春貴。
 
青葉はその女性の“波動”を確認する。ここでこの女性が実は男だということに気づいたが、性別など些細なことなので気にしない。
 
それから(余計なインプットを除外するため)目を瞑り、自分の感覚を気球を膨らせませるかのようにどんどん広げていき、女性の波動が残存する車を探す。
 
「あった」
と青葉は言った。それで自分たちの荷物を青葉のアクアに載せてクーラーを掛けるために車を始動しアイドリングさせてから、青葉が感じ取った場所へみんなで歩いて行く。
 
「ああ、それだ!」
と女性は嬉しそうに言った。
 

「よかったですね」
「助かりました」
と言って女性はリモコンで車をアンロックし、荷物を中に置いた。
 
青葉たちは女性が自分の鍵で車をアンロックしたことで、この車が確かに女性のものであることを確認できた。
 
「でも凄いですね。どうして分かるんですか?」
と女性は訊く。
 
「この子、金沢ドイルっていって霊能者なんですよ」
「わっ、金沢ドイルさんでしたか!」
 
石川県在住者の間では金沢ドイルは有名人だ。
 
「でもてっきりもっと年上の方かと思っていました」
「ああ、金沢ドイルって40代と思っている人は多い」
「でもまだ20代ですよね。27-28歳かな?お若い方だったんですね」
と女性が言ったのは、もう気にしない!ことにしたが、杏里や夏鈴は笑っていた。
 
「でも金沢ドイルさんなら、ちょっとご相談できません?鑑定料は払いますので」
「えっと今とても多忙なこともあって、鑑定依頼とかは全部お断りしているのですが」
 
「多分30分で終わると思うので」
「だったら話だけでも聞きましょうか」
 
それで杏里たち4人はサーティーワンに行ってくることにし、青葉はその女性と2人で手近なカレー屋さんに入った。
 

 
女性は志賀町に住む、志浦博美(しうらひろみ)と名乗った。
 
「ネット上では“高浜アリス”なんて名乗っているんですが」
「可愛い名前ですね」
「実は苗字の志浦(siura)をアナグラムするとアリス(arisu)になるんですよ」
と彼女は書いて説明してくれた。
 
「なるほどー!」
 
「それと私が住んでいる所は志賀町なんですが、市町村合併前は高浜町といっていたところで、ここにアリス館って観光施設があるんですよ。それに引っかけて高浜アリスなんです」
 
「ああ、うまい語呂合わせですね」
 

それで本題に入る。
 
「実は私は女として生活はしているものの、法律上は男でして」
と彼女は言った。いきなり核心に入った感じだが、青葉は気づいていなかったかのように驚いて
 
「嘘でしょ!?女性にしか見えないのに」
と言った。まあ実際、“普通の人”には女にしか見えないだろうね。
 
「男性の恋人がいて、私が性転換手術を受け法的な性別もちゃんと女性に変更する前提で、結婚しようと言っていたんですが、向こうの親に反対されて」
 
「それは大変でしたね」
 
「それで実は思い悩んで、彼、自殺してしまったんです」
 
青葉はショックを受けた。それって、全然他人事(ひとごと)ではない。
 
「悲しいですね」
「私ショックで、半年くらい呆然としていました。それで仕事もやめてしまって、しばらく実家にいたんですが、何もできずに、実際その当時の記憶が飛んでいるんですよ」
 
それって、昨年のちー姉(1番)と似たような状況だよなと青葉は思う。
 
「向こうの御両親は、こんなことなら私との結婚を認めてあげれば良かったと言って、私のことを受け入れてくれたので、しばしば実家に赴いてはお線香をあげたりしているんです」
 
「それは本当に大変でした」
 
「私の性転換手術については、実は費用を彼が出してくれるはずだったのですが、御両親が出してあげるよとおっしゃっているので、来年にでも受けてこようかと思って、今コーディネーターさんと打ち合わせしている所で」
 
「それは良かったです」
 
「それで気になっているのてすが、心霊相談の本とか読むと、自殺した人って成仏できないみたいなこと、よく書いてあるのですが、彼は成仏できたろうかと心配で」
 
青葉はローズクォーツの数珠を取り出すと、目を瞑って霊視してみた。
 
「彼は大丈夫です。ちゃんと成仏してますよ」
と笑顔で答える。
 
「よかった!ずっと気になっていたんです」
 
青葉はその彼が成仏した上で現在は彼女の守護にも入っている(どうも自殺した罰として修行しているようだ)ことにも気づいたが、これは言わない方がいいなと思った。知ってしまった場合、彼の修行が終わった時に、彼女は2度目の別れを体験しなければならない。
 
「彼・・・あきさとさんかな?もうきれいになっています。そしてあなたのことを案じてますから、しっかり生きて下さいね」
 
「ありがとうございます。よく名前まで分かりますね!」
と言って、彼女は涙を流している。名前を当てたことで、彼女は全面的に青葉を信用したようである。
 
そして様々な思いが一気に込み上げてきたようで波だが停まらない。
 

「実は彼、生前、癌の治療を受けていて」
「はい」
「その時、放射線治療を受けて、睾丸に影響がでるかも知れないというので精液を冷凍保存していたんです」
「ああ」
 
「本当はこういう冷凍精液は本人が死んだら廃棄しないといけないらしいんですが、私、御両親と話して、この精液で代理母さんに妊娠してもらって、彼の子供を作っちゃおうか、なんて言っているんですが、どう思われます?」
 
それはルール違反の筈、と青葉は思った。しかし御両親の思い、そして博美さんの思いを察すると、とてもそんなことは言えない。
 
「法律とか医学界のルールとかはあると思いますが、私は止めませんよ。ただ認知はできないと思いますが」
 
「それは全然構いません。じゃ、やっちゃおうかなぁ」
と博美は言った。
 
「あと、彼の菩提を弔うのに、やはりお墓を建てたほうがいいですか?実は、彼の両親は分家だったのでお墓がなくて、今お骨は実家の仏檀に置いているんですよ」
 
その時、なぜ自分がそんなことを言ったのか、青葉は分からない。
 
「そうですね。お墓はいづれ建てた方がいいですが、それよりお遍路に行ってこられませんか?できたら歩いて」
 
「お遍路ですか!」
 
「それが彼の菩提を弔うのにはいいと思います。歩いて回れば、2ヶ月近くかかりますし、その間の食費・交通費で結構なお金もかかりますけど」
 
そこまで言った所で青葉は、これは今彼女の守護に入っている彼にとっても修行になることに気づいた。お遍路を満願したら、きっと彼は次の段階に進むことになるのだろう。彼女は少し寂しくなるかも知れないが、彼(の魂)にとっては必要なことだ。それで私は彼女にお遍路を提案したのかと思い至る。
 
「構いません。性転換手術代については彼の御両親が出してくださるんですが、その代わりと思って、代理母とか頼むお金は私も貯金しているので、それをそっちに転用しちゃいます。代理母の代金はまたあらためて貯金します。お墓はその後かな」
 
「ええ。お墓は後回しでいいと思いますよ。生きている人優先です」
と青葉は笑顔で言った。
 

青葉はその後、彼女の胸の内をいろいろ聞いてあげて、結局1時間くらい話していた。彼女はたくさん泣いていたが、その泣いたことで随分心が軽くなったようであった。食料品を買った時に入れた氷が融けちゃうかもという気はしたが、この人の人生のほうが大事だ。車のクーラーは入れているからお肉などが傷むことはないはずと思う。
 
彼女は鑑定料は30万円くらいでいいですか?と尋ねたが、青葉は「お遍路の資金としてとっておいた方がいいですよ」と答え、3万円だけ受けとった。
 
なお、買物の荷物だが、実際には青葉が時間が掛かっているようだったので、吉田君がアクアを運転して、荷物は全部取り敢えず吉田君のアパート
(ここから一番近い)の冷蔵庫に置いて来ていた。
 

「こないだから何悩んでんの?」
と学は尋ねた。
 
「しばらくローズクォーツの仕事してるから、あまり無いと思うけど、来年の春でこのお仕事終わったら、またドサまわりじゃん。その時、今の身体では男湯にも女湯にも入れないなあと思ってさ」
と慶太は答えた。
 
「ああ、確かに。チンコ無いと男湯に入れないし、おっぱい無いと女湯にも入れない」
と学。
 
「だよな?」
「でも誤魔化して女湯には入ったじゃん、俺たち」
「あれはとても男湯には行けない雰囲気だったからやむを得ず入ったけど、見つかれば逮捕されて、へたすればムショ行きだよ」
 
「まあそのリスクはあるにはある」
 
と学は答えてから言った。
 
「何ならシリコン入れておっぱい大きくする手術する?」
 
「おっぱい・・・?」
 
慶太は言葉を切った後、夢想状態に入ってしまったようだ。
 
「Cカップバストが自分のもの」
「C?」
「いっそどーんとGカップくらいにする?」
 
「それは大きすぎるかな」
 
「でも、おっぱい欲しいだろ?」
と学が尋ねると、慶太は悩むような顔をしながらも
 
「そんなことないよ!」
と即答した。
 

満利はホームセンターであれこれ見ていて、結局、子供の水浴び用の、空気で膨らませるビニールプールを買ってきた。ヤカンで沸かしたお湯を溜め、そこで入浴したのである。髪の毛は台所の流しで洗った。
 
「ああ、気持ちよかった」と思いながら身体を拭き、服を着る。
 
平らな胸を見ながら
「でもこれ不便だなあ」
と思うが、豊胸手術とか美容外科の値段表見ると恐ろしい価格である。
 
80万円とか払えないようと思う。ちなみにお股に女性器を作る手術もまたお値段が高い。
 
なんでこんなに高いんだろう。みんなどうしてるのなあと思った。
 

それでともかくも入浴後プールのお湯は洗濯機の排水口から流し、濡れた髪をタオルでしっかり拭いてから寝ることにする。
 
ピンポンが鳴る。
 
こんな時間に誰だろう?と思った。ドアスコープで見ると、宅配便屋さんの制服を着た女性である。
 
なんか頼んだっけ?とは思ったものの、女性だったこともあり、あまり警戒せずにドアを開けた。
 
「りで・まりさん?」
「はい」
 
下の名前(満利)は割と「まり」と読まれる。実は図書館の登録カードなどちゃっかり「まり」の読みで作ってしまった。むろん性別は女で登録している。苗字(里出)もたまに「りで」と読まれることがある。しかし「りで・まり」だと“マリー・リデル”に似てると大学の友人女子に指摘された。
 
「誰だっけ?」
「アリス・リデルの妹」
「アリス・リデル?」
「不思議の国のアリスのモデルだよ(*1)」
「へー!!」
 
(*1)三姉妹の名前は年齢順に、Lorina Charlotte Liddell, Alice Pleasance Liddell, Edith Mary Liddell である。実はその他にもあと7人の兄弟妹がおり10人きょうだい。
 

それで満利は受取印を押して荷物を宅配便屋さんから受けとった。
 
「ありがとうございます」
と言ってドアを閉める。
 
伝票を見ると化粧品会社からの発送である。
 
「あ!こないだ応募したビギナーズセットが当たったのか!」
 
開けてみたら、化粧水・乳液・ファンデーション・口紅・頬紅・アイカラー・アイライナー・ビューラーのセットである。
 
「嬉しい!買えば1万円以上するのに」
と言って、満利はさっそく使ってみることにし、まずは顔を再度洗った。
 

翌朝、満利は気分爽快で目が覚めた。
 
やはりお風呂に入ったのが良かったかなあ。あのプール2500円したけど、これからもあれで入浴できるし、いい買い物したなと思う。毎日はお湯を沸かすの大変だから週に2回入るようにしようかな、などと考えていた。
 
今日もお化粧の練習をしようと思ったが、まずはトイレに行ってくることにする。
 
いつものように便座の蓋を開け、腰を下ろしながらネグリジェの裙をめくり、パンティを下ろしながら便器に座る。ネグリジェの裙で実はお股がみえないのだが、見えないのがいいのである。これがズボンだと、どうしても見たくないものが目に入ってしまう。
 
おしっこの出てくる感じが変だ。
 
ん?
 
満利は裙をめくってお股を覗き込んでみた。
 
え〜〜〜!?
 
満利は2500円出して買ったビニールプールを、結局1度しか使わなかった。
 

H君は明日、お父さんのちんちんを移植してもらう手術を受けることになり、その日は様々なことを考えながら病院のベッドで『5分後に意外な結末』を読んでいた。
 
そこに小さな男の子と女の子、40歳くらいと25-26歳くらいの白衣を着た女性が入ってきた。子供2人は見舞客かな?と思う。
 
40歳くらいの女性が「検温して」と言うので、25-26歳くらいの女性は
「失礼しまーす」
と言って体温計を出し、H君の脇に体温計を入れた。15秒ほどでピピッと鳴るので、体温計を取り出し「36.1度です」と言う。40代の女性が数値を書き留める。
「30分後にもう一度来ますね」
と言って4人は出て行った。
 
ん?あの子供2人は今の看護婦さんたちの連れ??看護婦さんの子供が来てお母さんの仕事に付いて回っているのだろうか???
 

H君はまた本を読んでいたのだが、急にお腹の調子がおかしくなった。何だか下腹部でお腹の中身が動き回っている感覚なのである。何これ?と思ったが、取り敢えず本を読むのをやめて目を瞑りじっとしていた。
 
すると10分くらいで落ち着いてきた感じである。
 
良かった。治った、と思う。お腹冷やしたかなあ、などと思い、取り敢えずトイレに行ってくることにする。
 
スリッパを履き、病院の廊下を歩く。トイレまで来て、当然男子トイレに入る。H君は今暫定的に、ちんちんが無いのだが、自分の意識は男なので、男子トイレにしか入らない。そして個室に入る。ちんちんが無いから小便器は使えない。明日手術が終わるとまた使えるようになるという期待感と、お父ちゃん、俺にちんちんをくれた後、不便にならないかなと心配する。
 
お父ちゃんは、H君にちんちんを提供した後、1ヶ月ほど置いてから、性器の再建手術をするらしい。お母ちゃんは「男性器を作っても女性器を作ってもいいよ」なんて言っていたか、たぶん男性器を作るんじゃないかな?お父ちゃん少し迷って?いたみたいだけど、お父ちゃん、ひょっとして女になったりして?それでお化粧してスカート穿いて仕事に出かける??お父ちゃんって呼んでいいのかな?お母ちゃんって呼ばないといけない?だったら、お母ちゃんが2人になっちゃう?などと変なことを考える。
 
個室でズボンを下ろし、トランクスを下ろして便器に座り、おしっこをしたのだが、その感覚が変だ。
 
え?
 
と思ってみると、お股の様子が変わってる!
 
何これ〜〜!?
 
と思わずH君は声をあげそうになった。
 
 
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【春化】(2)