広告:ここはグリーン・ウッド (第6巻) (白泉社文庫)
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■TSBコンテスト(4)

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翌日の昼、私はこれからどうしたらいいのか、困ったなと思いながら一人で普段より少し離れたレストランで昼食を取っていた。その時、私の目の前に一人の女性が座った。
 
「玲子」私はびっくりして彼女の顔を見た。「元気にしてるみたいね」彼女は笑顔で言う。「一体何がどうなってるのか、説明して欲しいんだけど」と言うが彼女は遮り「その内説明するから、今のあなたの状況を教えて」と言う。
 
私はロサンゼルス空港で目が覚めてから日本に帰国し、就職したこと。またいろいろ友達ができたことを話し、最後に男性からプロポーズされて同意してしまったこと。しかしそれで今後どうしたらいいか戸惑っていることを話した。
 
玲子はずっと頷いていたが、私が婚約したことを聞くとヒュー!と驚いたような顔になり、私の悩みを真剣に聞いてくれたようである。そして「良かったじゃない。結婚を申し込まれたなんて。いい奥さんになるのよ」と言う。
 
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「だってバレたら」「バレる訳ないわ。あなたが黙っている限り」
「でも身元とか調べられたら」「その程度で問題が発覚するような安いことしてないわよ」と言う。「自分の戸籍は取ってみた?」と聞く。
 
私は頷いた。それはやってみている。山橋美智子の両親は死んでいて、兄弟はないことになっていた。「そうしておくのが楽だからね」と玲子は言った。
 
「そうだ。私があなたの中学時代の同級生ということになってあげるから、結婚式に呼んでよ」それは、そういう人がいたら助かる。こちらは本来は履歴の中身が空っぽである。「連絡先は?」と聞くと、そうかと言い、携帯の番号を交換してくれた。しかし結局詳しい話は何もしてくれないまま玲子は去っていった。
 
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私は翌週淳次の実家に連れられて行った。淳次ももう30歳を過ぎているのが効いたのか、私のことについては、あまり聞かれず、結構気に入ってもらったようであった。
 
半年後、私たちは結婚式を挙げた。玲子が約束通り中学生の時の同級生としてスピーチをしてくれ、式自体にも親族代わりに出席してくれたので、なんとか格好が付いた。私は春前美智子になった。
 
しばらく後、彼が大阪に転勤になったため、私は仕事をやめて付いていき専業主婦になった。ようやくペースをつかんで来た頃、玲子が自宅に訪ねて来た。彼女はいつも突然だ。
 
「今日は何?そろそろ少し話してもらえるのかな」とお茶を出しながら言うと、玲子は1枚の紙を出した。『はぁ???』私は心の中で眉をひそめながら「何これ?」と玲子に尋ねた。
 
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玲子が見せた紙には「TSB Contest Gold Prize」と書かれていた。
「あなたが優勝したのよ」と玲子は言った。
 
「つまりね、このコンテストは性転換を施した人がどれだけ新しい性別で社会に適合できるか、というところまで評価の対象になっているの。ただきれいに性器を形成できたらそれでOKという世界じゃない。だから何の説明もなくて申し訳なかったけど、あなたを一人で空港に放り出させてもらったのよ」
 
私はどっと疲れる気がした。「じゃ今までずっとコンテストの最中だったんだ」「そういうこと」「もしかして私ずっと監視されてたの?」「行動はチェックさせてもらっていた。室内で何をしているのかまでは関知しないけど」
 
どうりで玲子がいいタイミングで出現する訳である。
 
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「TSBコンテスト自体は毎年行われているけど、モデルの選定からトランスの医学的措置、そしてその後の生活状況チェックまで含めると3年ごしのスパンがあるのよね」なるほど、と私はやっと納得することができた。その時私は大事なことを思い出した。
 
「そうそう。私残っていた返済のを返そうと少しずつ貯金していて、何とか結婚前までに200万円ほど貯めたの。こちらで今は専業主婦なので返済ができないけど、少し落ち着いたらパートに出て少しずつ残りを返していくから、振込先、教えてくれない?」
 
私が言うと玲子は「それは賞金と相殺しましょう」と言った。「優勝賞金は80万ドルで日本円で約1億円。その内5割が医師グループの取り分、3割がコーディネーターの私の取り分、2割があなた本人の取り分で2000万円ほどあるわ。未返済の金額を差し引いても1200万円前後になると思うから。正確な計算書はあとで送るけど、残額は来月くらいに口座に振り込むね」と言う。
 
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「それから山橋美智子名義の口座に入っていた100万は...」
「あれは経費だから、そのままもらっていていいよ」と玲子は言う。
いったいどれだけのお金を掛けてこのコンテストは行われているのだろうか。大きなスポンサーが付いているのか。それを尋ねると玲子は、大きな企業ではあるけど、名前は出さないことになっていると答える。あくまで社会への貢献?のためにしているらしい。
 
「それから、今からあなたの就職先を紹介することもできるんだけど....いらないよね、たぶん」
 
私は笑って頷いた。玲子はこうも言った。「あなたが結婚してなかったら、私と同様にコーディネーターにならないかって誘おうと思ったんだけどね」
と。その時私は初めて気づいた。「もしかして玲子も以前....」
 
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「うん。あなたより5年前のコンテストで準優勝だった」信じられない気がした。玲子のことをこれまで一度も元男性などとは疑ったことはなかった。
「元男だとね、男の気持ちいい場所がよく分かるから、こういう仕事にはいいのよ。今も一人若い男の子をトランスさせようとしている最中なんだよ」と彼女は言った。「でも、その男の感じる部分が分かるというのは奥さんとしても使えるよ。頑張ってね」という。私は頷いた。
 
玲子の説明によれば今回のコンテストの参加者は10名。優勝が私で、自然に女性として社会にとけ込むことができた上に、結婚までしたことが大きなポイントとなったらしい。2位は賞金15万ドル。エジプトの人で、男女のしきたりの厳しいイスラム世界でうまく順応できたことが評価されたらしい。その彼女はエジプトで看護婦として暮らしているとのこと。3位は賞金5万ドル。フランスの人で現在は幼稚園の先生をしているそうであった。
 
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「今回リタイアは4人ね」と彼女は付け加えた。「どうしても、完全に男性として暮らしている人を連れてくるから順応に問題がある人がいてね」と言う。3人はホルモン投与をしている最中に女としての自分に耐えられなくなって中止を申し出たらしい。リタイアした場合は、参加報酬の取消しでかなり高額の負債が掛かってくるとか。それも怖い話である。「あと一人は性転換した後で不適合を起こして。ちょっと可哀想だったわ」私はその人のその後については、尋ねるのがしのびない気がした。
 
玲子は笑顔で手を振って去っていった。
 
それから10年がたつ。玲子とはそれ以来一度も直接は会っていない。淳次はますます忙しくなり、私たちは数年おきにあちこち転勤を繰り返した。しかしその方が私のような人間にとっては好都合である。もちろん子供はできないが、そのことで特に問題は起きていない。子供がいないおかげで、逆にずっと「夫婦」のままでいられるような気もする。
 
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自分が元男であったことについては自分の中で精神的に決着が付いてしまった気がする。多分永久に誰にも打ち明けることはあるまい。彼との夫婦生活があるのでディレーションはもうしていない。セックスレスになってしまったら必要になるとは思うが、ずっとこのままかも知れない。女性ホルモンの補給だけは必要なので続けている。コンテストが終了したため自費になったが玲子の紹介のある場所から購入している。自分の貯金があるのでこういうのには便利である。
 
思えば自分が女になって、そして男性と結婚して奥さんとしてうまくやっていけるなんて、想像もできないことだった。自分はホモだったつもりはないが、女になってみると、こうやって男性との生活に特に支障は感じない。そして本当に彼のことを愛していると思う。それは多分ヘテロとしての愛なのだろう。身体が女になったことで、あるいは女性ホルモンの影響で、自分の思考自体が変わってしまったのかも知れないという気もする。
 
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そんなことを一度玲子に電話で話したら、そういう人は珍しいと言われてしまった。実は玲子はいまだに男性と恋愛関係になったことはないらしい。それでも酒場などで若くて素質のありそうな男の子を見付けると、酔い潰して自分の身体に溺れさせ、女の子にならないかと誘っているらしい。私の後でも10年間で5人の男の子を無事女の子に転換させたと言っていた。また誘いにはのらなかったものの自分で女装を始めヤミツキになってしまった男の子も20人はいるとか。しかし、充分に行けると彼女自身判断しない限り、モデルには推薦していないらしい。その結果、彼女がコーディネイトしたケースでは性別不適合などのトラブルが皆無ということで、優秀コーディネイターとして表彰されたとか。彼女も元気でやっているようだ。
 
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一度彼女にどうしてそんなにトラブルが無いのか?と聞いたことがある。すると彼女の答えは「要するに自分と同じ空気を持っている人を探しているのよ」
と答えた。更に彼女は言う。「たぶんね、美智子ちゃん。あなたは私と出会わなくても、何かのきっかけで自分からトランスの道を歩んでいたかも知れない。わたしがしたのは、あなたのスイッチを入れただけ。だからね、あなたは元々女の子だったのよ」
 
その話を聞いて、私は自分の今の状態にとても自信が持てたような気がした。
 
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