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■ある朝突然に(2)

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「やぁ、誰かと思ったら山元さんか。お化粧してないんで分からなかったよ。お疲れさま。昨日はみんな遅くまで頑張ってたみたいだね」「うん、そうみたいね」「あれ、山元さん、声の調子がおかしいみたい。低音で、そのまま聞いたら男の声だよ」「あれ、そう?」「しかし僕、山元さんのスッピンは初めて見たよ」「あ、なんだか今日は気分が変で」「飲み過ぎじゃないのかな?あまり無理しない方がいいよ」「ありがとう。すぐ帰るようにする」田中君はそんな会話をすると、電算室の方に入っていってしまった。
 
会話の内容を分析してみると、やはり自分は「女」ということになっているようだ。どうも訳が分からない。私は机の中を開いてみた。使い慣れている机だ。中の書類は全部見覚えのあるもの。昨日、送別会に出る前に途中まで仕掛けた書類もちゃんと引き出しの中に入っていた。あちこち書類を探していると、課の名簿が出てきた。自分の名前が並んでいるが、振り仮名はやはりノリエになっている。ご丁寧に性別欄には「女」と印刷されていた。この名簿自体は今年の春に印刷されたもののようだ。端の方がよれていたりして、新しいものではないことがわかる。
 
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ふう、っとためいきを付くと、私はロッカーの方に行ってみた。男子社員のロッカーはオフィスの脇のほうに並んでいる。しかしそこに山元という名札のあるロッカーはなかった。本来は村上君と和田君の間に私のロッカーはあったはずなのだが、村上君の隣りに直接和田君のロッカーがあった。私は給湯コーナーの先にある女子更衣室の方に行ってみた。ちょっとここを開けるのは勇気が要る。ここには大きな荷物の上げ下ろしを頼まれて2〜3度入ったことがあるだけだ。私は念のため田中君の方を伺い、彼が電算室で一所懸命仕事をしていて、こちらを見ていないことを確かめてからそこを開けた。
 
女子社員のロッカーが並んでいる。果たして、そこに山元という名札のロッカーはあった。私はため息をついて、そこを開けてみる。女子用の制服が掛かっている。ほかに雑誌が置いてあったり、小型の折り畳み傘があったり。
 
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私はロッカーのドアを閉めると、とりあえず今日は家に帰ることにした。
 
帰ろうとして私はトイレに行きたくなった。自分の課を出てそのフロアのトイレの所まで来て、ハタと困った。どっちに入ればいいんだ? 私はそこでかなり迷った末に、思い切って女子トイレに入った。幸い休日だから誰もいない。
 
女子トイレ。初めて入ったが変な感じだ。入るとただ個室だけが並んでいる。私は出やすいように一番手前の個室に入り、そこでズボンを下げ、パンティーを下げてしゃがみ、おしっこをした。ちんちんから出てくるおしっこが、何だか頼りない感じがする。女子トイレの中にちんちんが付いている自分が入っているというのは本当にいいのだろうか。私はよく分からなかった。
 
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水を流して個室を出て手を洗う。そしてドアの外に出るまでドキドキした気分が続いていた。
 
アパートに戻り鍵を開けようとして、あれ?と思った。開いてる。私は戸惑いながらドアを開けると、男の声がした。「あ、帰ったかい?勝手に入ってたよ」
と男は言う。「どうしたのさ?11時待ち合わせなのに、いつまでも来ないし、携帯はつながらないしさ」男は少し怒っているようだ。これは誰だ!?
 
私は靴を脱ぎながら考えた。待ち合わせ?そして勝手に入ってきたということは鍵を持っているということ?つまり「私」の恋人か?「ごめん。風邪ひいたみたいで、ちょっと薬買いに行ってたの」私は自分で少し気持ち悪いかな、と思いつつも女言葉でそう答えた。
 
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「風邪か。そういや声の調子も変だな。それにしても電話くらいすればいいのに」「御免ね。少しぼーっとしてて」やはり女言葉使うなんて自分でも相当気持ち悪い。「どれ?熱は?」あっと思った時はもう遅い。抱きしめられて唇にキスされた。げー、男とキスなんて!! 「熱はないみたいだけど、肌が荒れてる感じだね」私は彼が舌を入れてこようとするのを、何とか避けながらあまり不自然にならない程度に手で相手の身体を押して、身を外した。
 
「御免。それ以上キスすると風邪移しちゃうから。悪いけど、今日は寝ていたいから、帰ってくれない?あとで埋め合わせするから」「そうだね。そばにいちゃ、ぐっすり眠れないだろうし。お昼は食べた?」
「あ、まだ」「じゃ、近くのコンビニでお弁当でも買ってきてあげるよ。あまり油っこくないのが、いいのよね?」「ありがとう。じゃなにか適当に」その彼は親切だった。出かけていくと5分くらいで戻ってきたが、手に一杯荷物を抱えていた。「和風弁当買ってきたよ。それから、おにぎりにアンパンに、レトルトのおかゆも買ってきたから、食欲があまり無い時はこれを食べるといい。お茶と、君の好きなポカリスエットも買ってきたよ」「ありがとう、助かる」「じゃ、僕は帰るけど、気分悪い時は呼んでね。すぐ駆けつけるから」「うん」
 
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男は帰っていった。しかし彼は何という名前なんだろう。そのくらい知っておかないとヤバイ。私はハンドバックの中に入っていた携帯を取り出すと電源を入れ短縮のリストを見てみた。1番に「けんちゃん」というのが入っている。これだろうか?着信履歴を見ると、この「けんちゃん」がたくさん入っている。どうやらこれがさっきの彼のようだ。しかしフルネームも知りたいものだ。
 
私は冷蔵庫の横にノートパソコンが置いてあるのを見て、台所のテーブルの上に乗せスイッチを入れた。電話回線にもつないである。メールを見てみよう。メーラーは?Outlook Expressかな?お、入ってる。それはたくさん見つかった。大井健児という名前のメールがたくさん入っている。見てみると、明らかに恋人へのメールという感じ。これがさっきの彼の名前なのだろう。しかし、文章を流し読みしてみると、これを自分が言われていると思うと妙にむずかゆい。
 
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しかしこれからどうしたらいいのか。
 
私は考えても仕方ないので、彼が買ってきてくれたお弁当−暖めてあった−を食べ、とりあえず寝ることにした。
 
目が覚めて時計をみると夕方の5時だった。部屋の状況は特に変わっていなかった。自分の身体も念のため確かめてみるが、特に変わっていなかった。タンスを開けてみるが、やはり入っているのは女物ばかり。バッグの中の運転免許証、保険証、社員証もやはりノリエのままだ。
 
考えている内に、自分がミチヒデという男だったという記憶自体が間違っているのではないかという気がしてきた。自分は最初からノリエという女だった?だったらこの男の身体はどうしたのだ?性転換でもしたというのか?いや性転換という意味では、自分の社会的な性別のほうが性転換させられてしまったみたいだ。肉体的な身体の上での性はそのままで。
 
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私は本棚の中を探して、自分が確かにミチヒデであったという証がないかどうか探してみた。高校の卒業アルバム!! 最初にクラスごとの集合写真がある。自分は3年4組だった。探すがよく分からない。男子の顔の中に自分の顔がない。そして女子の顔の中に.....確かに自分がいた。女子の制服を着ている?そのあとに個人別の写真がある。ページをめくっていく。いた。確かに自分が。確かに女子の制服を着ている自分が。
 
もし自分がどこかの秘密機関か何かの陰謀で突然こんな目に遭っているとしても(それも荒唐無稽な話だが....だいたいどうして自分みたいな年収400万円いくかいかないかの人間に陰謀を仕掛ける必要がある?)、それにしてもまさか高校の卒業アルバムまでは改竄できないだろう。やはり自分はノリエであって、ミチヒデであったという記憶が間違っているのだろうか。
 
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パラレルワールドか.....
 
私が出した結論はそれだった。SFにあるではないか。そこに迷い込んだら性別が全員逆転していたなんて話が。ただこの場合は自分の性別だけが違っているようだ。すると、代わりにこの世界にいたノリエさんが自分のいた世界に紛れ込んで、女のからだなのに、男として扱われて戸惑っているかも知れない。本棚の奥に押し込んであったちょっと過激な写真集なども今頃見付けて「げー」などと思っているだろうか。そんなことを考えると、少し愉快な気分になってきた。
 
何かの間違いでパラレルワールドに迷い込んだのなら、また何かの拍子で戻ることがあるかも知れない。しかし戻らなかったら?
 
私はためいきを付いた。この世界で生きていかなければならないのだ。ノリエという女として。
 
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「そうなったとしたら、このチンチンどうしよう?」私はそこに触りながら、またため息を付いた。「それと、この胸もな....」自分には恋人がいるようだ。彼には鍵を渡しているくらいだから、当然肉体関係はあるとみて良い。しかし今の自分の身体では、男性とのセックスは無理だ。これも何とかする必要がありそうだ。
 
何とかする?そう考えてから私はピクッとした。何とかするって、まさか性転換手術でもして女になるとか? 参った。私はその問題は今は考えないことにした。首を振ったらドレッサーが目に入った。お化粧か?やり方、分からないよな。
 
私は気分を変えるのに下着を変えてみた。パンティーは何だかよく分からない。少しずつ開き直りの気分が出てきたので、ヒョウ柄の少しハイレグのを履いてみた....だめだ。チンチンがこぼれてしまう。ということは、ハイレグは無理か。私はもう少し股の所の幅が広いもので、バックプリントで可愛いネコの柄が入っているものを選んで履いた。うん、これなら大丈夫。ブラジャーも付けてみることにした。胸なんかないけど、女で生活するなら付けてもいいだろう。どれがいいのか分からないので適当に選ぶ。しかし付け方が難しい。肩ひもを腕に通し、カップの部分を胸に当てて、後ろでホックをはめようとするのだが、なかなか大変だ。かなり苦労して付けることができた。
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