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会場では順番にステージに番号札で呼ばれて何か一芸をするというのを参加者はしていた。歌を歌ったり、ギャグを言ってみたり、ステージに用意されている道具(電子キーボード、電子ヴァイオリン、太鼓、バトン、バスケットボール、お手玉、縄跳び、チャイナリング!?など)で何かしたりする。
やがて玲羅の番となり、電子キーボードを弾きながら「Maybe your love」を歌った。司会者に声を掛けられる。
「それジャニーズか誰かの曲ですか?」
「はい、そうです。KAT-TUNとYa-Ya-yahのコラボ曲なんです」
と玲羅は答えるが、司会者はKAT-TUNもYa-Ya-yahも知らない雰囲気。玲羅がジャニーズの新鋭グループだと説明する。
「この着物の絵柄もジャニーズの人?」
「はい。KAT-TUNの亀梨君ですよ」
「へー。絵もきれいに描けてますね」
「はい。亀梨君、大好きです」
30分後くらいに千里の順番になる。だいたい歌を歌う人が多かったが、千里は電子ヴァイオリンを借りて・・・・弾こうとして音が変だというのに気付く。
「これ音がくるってるみたいなんですけど」
と千里。
「あらら。誰か調整できる人いないかな?」
と司会者が言うが、スタッフの中には分かる人がいない感じ。
すると会場の中に1人手を挙げた男の子が居た。何だかレーシングカーの絵を描いた男性用の和服を着ている。短髪で筋肉質っぽい体形。わぁ、格好良い人と思って彼がステージに上がってくるのを見ていた。
「はい、調弦したよ」
と言って笑顔で楽器を渡してくれる。
「ありがとうございます」
と言って受け取る。
それで千里は『アメイジング・グレイス』を弾く。けっこう聞き惚れている人がいる感じで、多くの出演者は歌を歌い始めても1分程度で停められたのに(玲羅は2分くらい歌った)、千里の曲は最後まで演奏させてもらえた。
千里のヴァイオリンは実は自己流である。左手の使い方がアバウトだし、この『アメイジング・グレイス』は実はG線だけで全部弾いてしまっている。実は移弦も苦手である! ヴァイオリンを少しは弾く佳美に言わせると「そんな適当な弾き方でこんなに美しく鳴るのは天才だ」ということだ。
しかしとにかくも、今日のスタッフと観客にはそういう「自己流演奏」であることは気付かれなかった感じで、何だかたくさん拍手をもらった。
「ヴァイオリン巧いですね!」
などと司会者さんから言われる。
「いやぁ、下手なんですけどね」
と正直に言うが、謙遜していると思われている感じだ。
「着物の絵柄もきれいですね。この滝はオシンコシンの滝ですか?」
「あ、いえ。銀河流星の滝です」
「あぁ、そっちの方か。あ、確かにこちらが細く広がっていて、こちらは太くまとまっていますね」
「ええ、あとはラベンダーをたくさん描き込みました」
「このラベンダーも部品じゃないですよね?」
「ええ。5個くらい手描きして、あとはコピー&ペーストです」
「なるほど!」
ということで、司会者さんと結構しゃべってから解放される。
その後、ずっとステージを見ていたら、例のヴァイオリンを調弦してくれた男の子はチャイナリングで巧みに手品っぽいことをしてみせて、拍手をもらっていた。千里もたくさん拍手をした。
やがて結果発表となる。
「3位。ジャニーズの顔の絵の和服で、ジャニーズの歌を歌ってくれた、村山玲羅さん」
どうも司会者は結局KAT-TUNという名前を覚えきれなかったようだ。年齢的にフォーリーブス世代?という雰囲気なので仕方無いか。玲羅が「やった」と言って走ってステージに上がっていく。
「2位。旭橋の絵柄の和服で、大井追っかけ音次郎を歌ってくれた、****さん」
最近の歌でも演歌系はしっかりフォローできているようだ。20代の女性が静かに歩いてステージに向かった。
「そして1位。銀河流星の滝の絵柄の和服で、ヴァイオリンで何だかきれいな曲を弾いてくれた、村山千里さん」
ひゃーと思いながら千里は席を立ちステージに行く。『アメイジング・グレイス』
という曲名を告げているのだが、カタカナ言葉は覚えきれないのだろう。
それで賞状と記念品のカンザシに、副賞でこの遊園地のフリーパス引換券をもらってしまった。
「本日の入選者は3人とも女性ですね」
などと司会者が言うので、玲羅が笑うのをこらえて苦しそうだ。
ともかくも3人並んで記念写真を撮り、観客からたくさん拍手をもらった。
「私もお姉ちゃんも入場券もらっちゃったね」
「じゃ私だけチケット買えばいいか」
ということで母だけチケットを買い、11時半頃に遊園地に入場した。千里も玲羅も和服を着たままである。賞品のカンザシを髪に挿している。千里のはラベンダー、玲羅のは芝桜である(2位の人は鈴蘭だった)。着て来た服はコインロッカーに預けた。
その日は母と娘2人の感覚で遊園地の中を動き回った。
玲羅がジェットコースターに乗りまくるので、千里も付き合わされたが、重力を無視したようなコースターの動きに、千里は目が回る。
「お姉ちゃん、次行こう! あれ3回転だよ。スリル満点!」
「ちょっと待って。重力の方向を確認してからにしたい」
「酔ったの?」
「この手の苦手〜〜!」
お昼の後、周囲のアトラクションなど眺めながらぼんやりと歩いていたら、人とぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい」
「あ、ごめん」
と言ってから相手を見ると、何だか見覚えのある人だ。そしてレーシングカーの絵の和服。
「あ、さきほどはヴァイオリンの調弦をしてくださってありがとうございました」
と千里は礼を言う。
「ああ、さっき優勝した女の子か。『アメイジング・グレイス』巧かったね」
「ありがとうございます。でも自己流なんですよ」
「ああ。G線だけで弾いてたもんね」
「ええ。よく分かりましたね! ヴァイオリンなさるんですか?」
「昔やってたけど、もう3年くらいやってない。最近は部活の方が忙しいし。一応絶対音感持ってるから調弦とかは笛とか無しでもできるんだけどね」
「凄いです。私、4つの弦の間の音程が違うというのは分かったけど、自分では合わせきれないし、そもそもの音の高さも分からないし」
立ち話も何だしということで、近くのベンチに座る。
「部活は何をなさってるんですか?」
「うん。バスケット」
その時、千里ははっとした。
「あ!今気付いた。細川さんですよね!」
「あれ、僕のこと知ってるんだ?」
「同じ中学なので。こないだの試合見てました。最後のシュート惜しかったです」
「ああ。あれは惜しかった。でもその前にあと1点取っておきたかった。あれは延長戦になっていても負けていたよ。もうこちらは体力限界だったもん」
「確かにひとりで凄い活躍なさっていたし」
「あれ? 僕も君、見覚えがあると思った。君、女子のバスケット部?」
「もしかして、先日の試合見てくださったんですか?」
「うん。見てた」
「きゃー。でも正式部員じゃないんです。女子のバスケ部は人数がぎりぎりなのに1人休んじゃったからと、たまたま近くに居た私が引き込まれちゃったんです」
「あはは。でも君、3ポイントをバシバシ決めてたじゃん」
「ええ。偶然ですけど。才能がある。一緒にやらないか、なんて誘われたんですけどね」
「うん。やろうよ。バスケは楽しいよ。あ、名前は何だっけ?」
「村山です。でも私、実はルールもよくは知らなかったんですよ。あそこから打ったら3点になるというのも、あの場で初めて知ったくらいで。でもバスケ楽しいなとは思いました」
と千里。
「ふーん。村山さんか。放課後の練習では男子バスケ部がほとんどの時間使わせてもらってるけどさ。昼休みとかは部活の子もそうでない子も自由に、男女入り乱れてバスケやってるから。あれに君も参加しない?」
と細川君。
「ああ、そういうの、いいかも知れないなぁ」
千里が細川君と話している最中に、トイレの終わった玲羅が通りかかる。でもこちらをチラっと見ただけで、そのまま向こうに歩いて行った。そして少ししてから携帯にメールが着信する。細川君に断って見ると母からで「こちらは適当に遊んでいるから、帰る時には連絡して」とあった。
「あ、ごめん。誰かと来てるんだっけ?」
「母と妹と。でも向こうは向こうで適当に遊んでるからとメールが」
「それはうちも同じだな。母ちゃんと妹2人と4人で来たんだけど、妹たちが迷路とかメリーゴーランドとか動物の乗物とかばかりやってるから、ジェットコースター行こうよと言ったら、お前ひとりで行ってこいと言われた。折角遊園地に来てるんだから、ジェットコースター乗らなくちゃ。女はああいうのは苦手なのかなあ。あ、ごめん。君も女の子なのに」
「いえ。でもジェットコースターは確かにスリルがありますよね」
と言いながら千里は、あれ待てよ〜。今自分は女の子と思われてる?などと今更ながら思い至っていた。
「あ、ジェットコースター嫌いじゃない?だったら一緒に乗らない?」
などと誘われる。
「そうですね。乗ってもいいかな」
と千里は答える。本当はあまり乗りたくない気分だが、誘われたら嫌と言えないのが千里の性格だ。