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■夏の日の想い出・心の時間(3)

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「悔しがる?」
「ケイちゃんたちに負けたと思ったからさ」
「えー?」
「上島はもう『その時』を捨てて別のを書いてやろうかとも思ったらしいよ。でも自分が町添さんに電話してすぐデビューさせてなんて言っちゃったから、もう書き直す時間が無かったんだよ」
「きゃー」
 
「でも、雨宮先生が上島先生に私たちのことを話してくださったのは、やはり熱海で『明るい水』のCDをお渡ししてからですか?」
 
「そそ。あれをもらってからすぐ上島の所に持って行って聴かせた。デモ音源の方も聴かせた。何か凄い子たちが出てきたね、と上島も言っていたよ」
 
「あ・・・」
「どうしたの?」
「上島先生、おっしゃってたんですよね。『明るい水』のCDのジャケ写の私たちの顔を見ていたら、何か恋物語のモチーフが浮かんで来たので、それで『その時』
を書いたって。でも、上島先生が★★レコードの廊下で浦中さんと偶然遭遇して、浦中さんが「この子たちに1曲書いてくださいませんか」と言ってお渡ししたCDは4ロット目か5ロット目くらいにプレスしたものだったはずで、ジャケ写は素材集から取った、バラとユリの写真だったはずなんです」
 
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「そりゃ私が、ケイちゃんとマリちゃんの写真がジャケ写になっているCDを上島に見せたからね」
「そうだったのか・・・・」
 
「上島が『その時』を書いたのは、私が『明るい水』のCDを聴かせた日だよ。浦中さんから曲を頼まれたのはその数日後だよ。ジャケ写が違うから、最初同じCDということに気付かなかったらしいね。『その時』の譜面は私がケイちゃんに連絡して渡すつもりだったんだけど、浦中さんのルートが来たからそちらに渡した」
 
「あれ?ということは、あの日山折大二郎さんのライブに行く予定をキャンセルして『その時』を書いたというお話は」
「関係無い。ライブは面倒だから最初からキャンセルするつもりだったと思う。上島はめったにライブには足を運ばないよ。時間が惜しいと言って」
「あらら」
 
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「あ、そうだ。それでさ。『明るい水』のCDだけど、ここだけの話。あれの中核は実際は『明るい水』じゃなくて『ふたりの愛ランド』だよね?」
「はい。間違いなくそうです」
 
「あのCD聴いた時、『ふたりの愛ランド』だけ、他の曲と毛色が違うと思った」
「そうですか?」
 
「あれもしかしてさ、『ふたりの愛ランド』はケイちゃんがアレンジしたんじゃない?」
 
「ふふふ。それは超機密事項ということで」
「やっぱり!」
「第1ロットと第2ロットで全曲ミクシングが変わっていたのも?」
「うふふ」
「第1ロットは素人のミックスなのに第2ロット以降のは明らかにプロの手だった」
 
「あのCD作った時に、須藤さんは『明るい水』とそれに『七色テントウ虫』に凄くリキ入れて私たちに何度も歌わせたんですけど、私どちらも売れないと思ったんです」
「うんうん」
 
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「『ふたりの愛ランド』こそが、私とマリのデュエットの魅力を出せる曲だと思ったから。私としてはあのプロジェクト自体をあまり長く続けるつもりはなくて、本当はそのプロジェクトが終わった後で、あらためてマリとふたりで売り込んでメジャーデビューを目指すつもりだったんですが、前のプロジェクトで作ったCDがあまりにひどかったら、評価してもらえないでしょ? それで最低限の輝きのあるものにしておきたかったんです」
 
「なるほど、それで」
「はい。須藤さんが目を離した隙にちょっとイタヅラを。ついでにほぼ一発録りで練習時間が無かったのでマリの歌がけっこう音を外していたから多少ピッチの修正を。須藤さんってそういうの改変されていても気がつかない性格だと思ったし」
 
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「ああ、あの人は物事が全てアバウトっぽい」
「それだから、わがままなアーティストともうまくやっていけるんだけどね」
「マネージャーとしては優秀だけど、プロデューサーとしては才能無いね」
 
なんか須藤さん、無茶苦茶言われてる!
 
「第2ロット以降のはそもそも私がコピーしてもらい再調整していたものを須藤さんがコピーしたものです。須藤さん、まさか再版はあるまいと思って即削除してしまっていたから」
「それはまあ普通そう思うよね」
 
「でもあのCDが4万枚も売れるとは思いませんでした」
「CDなんて何曲入ってようと関係無い。その中に1曲でも光るものがあれば売れるのさ」
 
「逆に光るものが複数入っているようなCDこそレアだよね」
「『甘い蜜/涙の影』はそのレアなCDだね」
「あれ、ひょっとしたら最終的にミリオン行くかも」
「まさか!」
 
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「ところでローズ+リリーはいつ頃から再起動するのさ?」
 
「それがちょっと困っているのですが」
と私は正直にその問題を打ち明けた。
 
「マリは親の許可を得ずに歌手をしていたことをめちゃくちゃ叱られて」
 
「まあ叱られるだろうね。ケイちゃんだって叱られたでしょ?」
「私の場合はそれより性別問題で呆れられましたから、歌手活動についてはもう半ばどうでも良かったようで」
「ああ、なるほど」
 
「それでマリはあまりにも叱られすぎて、自信を失ってしまったようなんですよ。元々マリは自分の歌が下手だというのを認識していたので、こんなに下手な歌をお金を取って聞かせてよいものかと悩んでいたというんですよね」
 
「そんなこと言ったらアイドルなんてほとんど全滅」
「私もそれ言うんですけどね。一時期は鼻歌さえも歌えない状態だったのを私とか秋月さんとかで、励まして、何とかまたそのうち歌ってもいいかな、なんて言うほどまでは回復したんですけどね」
 
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「ああ、少し休養期間が欲しいのかな。どのくらい休ませて欲しいと言ってるの?」
 
「今マリは500年くらい休みたいと言ってます」
「ちょっと待った」
「あんたたち生きてるの?」
 
「最初は1000年と言っていたのですが、最近やっと500年になりました」
「マリちゃんの心の中の時間なんだな」
 
「実際には、大学受験が終わるまでは仕方無いかなと思ってます」
「ああ、それは逆に休ませてもらってもいいんじゃない?」
「ええ。元々受験の前半年くらいは休ませてくださいと、津田さんとも話していたんですよ」
 
「じゃ実際には大学に入ったら復活という線?」
 
「多分ですね・・・・マリは大学に入ってからは音源制作にはすぐ復帰してくれると思うんですが、ステージへの復帰にはもう少し時間がかかりそうな気がしています」
 
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「ああ。でもそれでもいいと思うよ。CDは出すけどライブしないアーティストだっているもん」
「ですね。ただマリ本人はライブはしたいみたいな雰囲気なんですよね」
 
「ふんふん」
「ライブはしたい。でもライブをする自信が無いと言うんです」
「難しいな、それ」
「なんかうまい手がないかね」
 

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雨宮先生たちと会った翌日の4月5日。私は町添部長と秘密の会談をした。私はいつものように高校の女子制服を着て電車に乗り、登戸駅で落ち合い、そこからタクシーで小さな料亭に入った。
 
「ケイちゃんも3年生だね。明日新学期からはその制服で通学するの?」
「いえ、学生服で通うつもりですが」
「ふーん。でも今更君が学生服を着ていたら、その方がいろいろ問題起きそう」
 
「3学期は体育は男子更衣室から追い出されて、別途個室で着替えてました」
「あはは。そりゃ女の子が男子更衣室で着替えてたら、他の男子たちが目のやり場に困るよ」
「そうですね」
 
「ケイちゃんって、変な所が意気地が無いというか」
「それこないだ貝瀬日南ちゃんにも言われました」
「ほほお」
 
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「マリちゃんの様子はどう?」
「だいぶ落ち着いてきた感じです。まだちょっと人前では歌えない感じですけど」
「その内復活できそう?」
「復活します。今も自信が無いと言いつつ実は歌いたがっています」
「ふーん。ケイちゃんがそう言うのであれば、いよいよローズ+リリーの新しいCDを作ることにしよう」
 
「ああ、既存音源を使ったものですね?」
「うん。多分リリースは君たちのお父さんと約束した期日のギリギリくらいになるかと思う。でも今までマリちゃんの気持ちに配慮して僕は待っていたんだよ」
 
「たぶんもう大丈夫です。先月くらいだとまだ少し怪しかったですけど」
「秋月もマリちゃんと定期的に会ってて、そろそろ行けるのではと言っていたけど、やはりケイちゃんにも確認しておきたかったから」
 
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「内面的にはかなり意欲が戻って来ているんですけどね。詩の創作の方はもう完全に復調しましたし」
「なるほどね」
 
私たちはゆっくりとお茶を飲み干した。
 
「君たちが2月にこっそり吹き込んでくれた音源、『長い道』をタイトル曲にするよ」
「わあ」
「『ローズ+リリーの長い道』というタイトルにしようかと思う」
「長い道か・・・」
 
「ローズ+リリーの活動は4ヶ月で停止してしまったけど、これはまだふたりの序章にすぎない。これからふたりは長い道を歩いて行く。そういう意味」
 
私は頷いた。
「私も頑張ります。この長い道を歩いて行きます」
「うん」
 

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「一応使用する既存音源だけどね。これを使おうと思っている」
と言って町添さんは曲目リストをプリントしたものを私に見せてくれた。
 
私はリストを眺めて答えた。
「妥当な線だと思います。既存音源を使用してまとめるとなると、実際こんな感じにならざるを得ないでしょうね」
 
「『あの街角で』はどうする?」と町添さんから訊かれる。
 
「あれ、本当はシングルで出したいんですよ」
「うん、僕も出したい」
 
「音源としては2月に録ったのがあるけど、出所を説明できないんですよね。困ったことに。あれ、ラジオ放送で例の大騒動の直前の12月17日に昨夜マリとふたりで『あの街角で』という曲を作りました。春くらいのシングルに入れるつもりです、と私言っちゃったんです。それで20日に例の週刊誌報道があったので、あの曲をスタジオで収録する時間は無かったはずなんです」
 
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「なるほど」
「うちの父はかなり軟化しているんですけど、マリのお父さんはまだ頑なだから協定違反がバレると態度を硬化されかねないので」
「うん、それは避けたいね」
 
「いい曲なんですけどね。もう少し時間を置いてほとぼりをさまさないと使えないかと思ってます」
「仕方無いね」
 
「君たちがデモ音源で作ったのはどうしよう?」
「私ひとりで歌った『花園の君』『あなたがいない部屋』、マリとふたりで歌った『雪の恋人たち』『坂道』ですね」
「うんうん」
 
「私がひとりで歌ったものは今あまり表に出したくないです。私はあくまでマリとペアでいたいので。でもマリとふたりで歌ったものは《既存音源》に相当すると思いますよ」
「今回のアルバムに入れる?」
 
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「それはどうでしょう。ベストアルバムという趣旨だから、発表された音源を使うべきだと思うのですよね」
「うんうん、実は僕もそう思って、今の所ラインナップに入れてなかった」
 
私は少し考えてからある案を提示した。
 
町添さんは少し考えてから答えた。
「なるほどね。君は策士だね」
 
町添さんは楽しそうであった。
 

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「そういえばこないだから、私、関係してそうな人みんなに聞いているんですが」
「うん?」
「私たちがメジャーデビューすることになった経緯が、どうにもよく分からなくて」
 
「まあ上島フォンが最終的な引き金ではあったけど、実際問題として僕は君たちのメジャーデビューは7月の時点で決めていたよ」
「7月? じゃローズ+リリーの結成前ですか!?」
 
「うん」
「でも、どうして?」
 
「そもそもは多分6月だったと思うけど、雨宮君が加藤の所にデモ音源を持ち込んで来たんだよね」
「あ、はい。それは私がひとりで歌ったものを雨宮先生が編集してくださって、随分あちこちに聞かせて回ってくださったみたいで。レコード会社10社くらいから照会がありましたよ。もっとも全部私たちがデビューした後だったんですが」
 
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「この世界は早い物勝ちだよ。僕はあの歌を聴いて即、この子をできるだけ早くメジャーデビューさせようと加藤に言ったんだ」
「わあ」
「ところが雨宮君がなかなか捕まらなくてね。あの人、所在がなかなかつかめないでしょ。電話しても留守電だし、メールしても読んでくれないし、自宅にもめったに戻らないし」
 
「あはは、確かに雨宮先生にはこちらからはなかなか接触できないですね」
 
「そんなことをしている内、7月初旬に君の第2のデモ音源を入手した」
「え? 私とマリが歌ったものですか?」
「うん」
 
「誰から? だってあの音源は他の人に聞かせたのは8月なのに・・・」
「まあ、とあるルートだよ。それを加藤と一緒に聴いて、これの片割れはこないだ雨宮君が持ち込んだ音源の子だよね? うん、そうだと思います、ということで」
「きゃー」
 
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「それで両方の音源をあらためて聴き比べてみたが、純粋な音楽性ではケイちゃんひとりで歌っている方がいいけど、売れるのは絶対ケイちゃんとマリちゃんが一緒に歌っている方だ、という結論に達した」
 
「そうだと思います。そもそも私ひとりの音源を作った時に雨宮先生もおっしゃったんですよ。この歌には何かが足りないって。それがマリだということに私も気付いて、マリを音源制作に誘ったんです」
 
「なるほど」
「彼女、本人も言う通り音痴だけど、ゆっくりと教えたら結構歌えるんです。ですから、スタジオ借りて半月は音程の練習ばかりしてました。それからやっと、歌を吹き込むに至ったんです」
 
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