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■夏の日の想い出・クリスマスの想い出高校編(2)

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袖で待つこと約15分。大きな拍手が起き、男性デュオが下がる。スタッフの人たちがステージの端にあったピアノを中央に移動する。進行の人が、歌う予定であったAkikoが急病のため代わりに友人の歌手・Keikoが歌いますとアナウンスする。ボクは譜面を片手に出て行き、観客に挨拶した。ピアノの前に座り、最初の音をピアノで出してから再び立ち上がり、ピアノの横に立った。不思議と緊張はしなかった。大きく息を吸い込み、ボクはマイクに向かって裏声で歌い始めた。
「荒野の果てに、夕日は落ちて・・・・」
 
最後の「In excelsis Deo」を歌いきった所で大きな拍手が来る。わあ、なんかこれ気持ちいい!
 
ボクは気をよくしてピアノの前に座ると『恋人はサンタクロース』のサビの部分を前奏変わりに弾き、それから和音を弾きながらAメロを歌い始めた。
 
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『荒野の果てに』は裏声で歌ったが『恋人はサンタクロース』『ホワイトラブ』
はいづれも実声の高い部分を使って歌った。家で何度もエレクトーンを弾きながら歌ったことがある曲なので、各々の曲のいちばん高い音が自分が出る限界のD5になるような調を知っている。そこでその調でピアノを弾き歌ったが、低い部分はどうしても男声っぽくなりがちである。そこでその部分はわざと声を弱くし、周波数の低い倍音が発生しにくいようにして誤魔化した。
 
(喉の鍛錬!の結果、喉の緊張度合いを調整してこの声域でちゃんと声を出しても中性っぽく聞こえるようにできるようになったのは翌年の8月である)
 
『クリスマスイブ』は元々男性の歌だし、比較的狭い声域で歌える曲なので、Aメロをアルトボイス、Bメロを裏声と使い分けて歌うことで破綻無く歌えたが、かえってまるで《ひとりデュエット》したような雰囲気になり、これはこれで良かったようであった(この時期は実声と裏声の切り替えに2〜3拍程度の間が必要で、後にボクが《宴会芸》として覚える、ひとりデュエットのような細かい切り替えはできなかった)。
 
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最後の『きよしこの夜』はピアノでは和音だけを弾いて、裏声で透き通るようなイメージで歌った。最後の「輝けり、ほがらかに」というところをたっぷり音を伸ばして歌い終わると、大きな拍手が来た。
 
ボクは立ち上がり、観客に向かってお辞儀をする。たくさん拍手が来るので両手を斜めに挙げて、その拍手に応える。再度礼をしてから、下手袖に下がった。絵里花がボクをハグしてくれた。
 
「すごーい。冬ちゃん歌手になれるよ!」と絵里花。
「そうかな?」
「ただし女の子の歌手ね!」
「あはは、やはりそうだよね」
 
マネージャーさんも「You Great!(君すごいね!)」と褒めてくれて握手を求められた。
 

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ボクと絵里花は、ケーキの配達の時間が迫ってきていたので、楽屋に戻ると、お母さんへの挨拶もそこそこにホテルを出て、絵里花のお父さんのケーキ屋さんに向かった。すぐにふたりとも女の子サンタの衣装に着替え、手分けしてケーキの配達を始めた。
 
夕方からの配達は40軒で、それを20軒ずつボクと絵里花で配った。基本的にはわりと狭い町の中で配っているので、だいたい1軒5分くらいのペースで配達することができる。しかしたまに配達先の人が話し込んで、時間を食う場合もある。
 
ある家に配達に行った時
「あら、あなたさっき○○ホテルで歌ってなかった?」
と訊かれた。
「あ、はい。知り合いの人が歌うはずが、風邪でダウンしちゃったんで代わりに歌ったんです」
「へー。あなたもCDとか出してるの?」
「いえ、そういうのは出してないです」
「出すといいと思うなあ。きっと売れるよ」
「ありがとうございます。じゃ、その節はぜひCD買って下さいね」
などとボクは笑って言った。
 
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(この人にも後、高3の時、再会したが、当時出ていたローズ+リリーのCDを全部持って来てくれていたので、ボクはその全部にサインした。彼女からも当時、頑張ってねと励まされて、心が支えられる思いだった。ボクが高校を卒業したら歌手に復帰しようという気持ちを固めていった背景にはこういうありがたいファンの応援があった)
 

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ステージが好評だったということで、化粧品会社のマネージャーさんはギャラを約束の額より2割り増しで払ってくれたらしい。晃子のお母さんはそれを全額ボクに渡そうとしたが、そんなにもらえませんと押し問答し、晃子さん側とボクとで折半することで妥協が成立した。
 
「でも違約金に1万ドル払えとか言ってたから出演料は5000ドルくらいあるかと思ったのに、500ドルだったんた!」と絵里花。
「500ドルでも破格でしょうね。あの手のイベントなら普通2〜3万円じゃないかなあ」
 
ボクたちは24日のお昼頃、絵里花の家でお茶を飲みながら話していた。この日は学校の終業式が終わった後で、やはり一度家に戻ってから絵里花の家に来ていた。また夕方にケーキ配達である。
 
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「で、その2割増し600ドルを晃子さんとボクで折半して、ボクの取り分は約3万5千円。高校生にとっては驚きの臨時収入。秘密のお小遣いにしよっと」
 
「何か買うの?」
「お洋服が欲しいと思っちゃった」
「女の子のだよね」
「もちろん」
「高校の制服が買えるんじゃない?」
「実は思っちゃった」
「買っちゃえ、買っちゃえ」
「うーん。少し考える」
 

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書道部は秋に3年生が抜けて部長が代替わりし、2年生の静香先輩が部長を継承したのだが(石川先輩とジャンケンして、静香先輩が負けたので引き受けた)活動の方はますますのんびりというより停滞している感じだった。ボクや政子は個人的に検定試験などを受けに行ったりもしていたが、部室にはボクと政子以外は誰もいないこともよくあった。ボクと政子はひたすらふたりでおしゃべりをしていたが、花見先輩は出て来てないので嫉妬の視線を受けることもなくて気楽であった。たまに圭子と理桜も来て、4人でのおしゃべりになることもあった。しかし、この時期、ほんとに実際に書道をしていることはめったになく、科学部の琴絵から「あんたたち全然活動してないね」などと言われていた。
 
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冬休みは部活の予定もなく、学校の補習も無かったので、特に出て行くつもりは無かったものの、25日に図書館で本を見たくなったので出ていったら、バッタリ政子と出会った。
 
「今日は暇?」と政子から訊かれる。
「うん。時間は取れるけど」
「じゃ、夕方うちに来ない?クリスマス会しようかなと思って」
「いいけど」
「そうそう。折角だし、女装しておいでよ」
「え?」
 
などという会話をして、その日は家では夕飯の当番では無かったので、友だちの家に行ってくるねと言って、出かけていった。
 
政子から「女装しておいでよ」などと言われたせいで、少し変な気分になって、女物のパンティにブラを付けた。まさかこの寒い中で『解剖』されたりはしないだろうと思い、このくらいいいよねと思う。姉から押しつけられた通販失敗物のレディスのポロシャツを着、ブーツカットのジーンズを穿く。モカ色のケーブル柄のセーター(姉が「あとひとつ買ったら送料無料になるから」と言うので選んだレディスのもの)をその上に着た。更に寒いので白いダウンジャケットを着た。
 
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電車で政子の家の最寄り駅まで行き、5分ほど歩いて到着。「こんばんは」と言って家の中に入ると、お母さんが「いらっしゃい」と言って迎えてくれた。お父さんは残業で遅くなっているということだった。
 

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「でも政子が女の子の友だちを呼んでクリスマスをするなんて珍しいと思って。政子の話ではよく冬ちゃんというお名前は聞いてたんですけど、仲良くしてやってくださいね」などと言っている。
『女の子の友だち』などと言われてしまうと戸惑う。ボクは政子の話の上では女の子ということになっているのだろうか?それならできるだけ女の子っぽく振る舞った方が良い?
 
などと思っていたら、政子があっさりボクの性別のことは言ってしまう。
「あ、違う違う、冬は男の子だよ」
「えー!?」
「あ、すみません。性別紛らわしい格好で」
「お姉さんのお下がりの服だよね」
「うん。私、体型が女性体型なんですよねー。男物の服合わないもんで。姉がいろいろ押しつけてくるのをありがたくもらって着てます」
「へー。でも雰囲気が女の子っぽい・・・・なんて言ったら失礼よね」
「あ、そう言われるの慣れてるから大丈夫です」とボクは笑顔で答えた。
 
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「冬の場合、『女の子らしい』というのは褒め言葉になるんだよ。そんなこと言われると、けっこう本人喜んでいる」
「あら」
「だから、私と冬は『女の子の友だち同士』に近い感覚なの」
「うん、まあそんな感じかな」
「へー」
 
「ところで今日は何人集まるの?」
「私と冬だけ」
「あ、そうだったんだ!でも花見さんは?」
「啓介とは日曜日にクリスマスデートしたよ。夕方17時までの時間限定デート」
「花見さんとデートしてくるというから、てっきり夜遅くまで帰らないかと思ったら、夕方に帰ってくるから、私何かあったの?って聞いたんですよ。そしたら元々この時間に帰るつもりだったって」
 
「夜遅くまでデートしたら、やっちゃったと思われるのが嫌だし」
「ちゃんと避妊するんなら、してもいいんじゃないの?クリスマスだし」
とお母さん。なんて物わかりのいいお母さんだ!
 
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「結婚するまではしたくないもん」と政子。
「よく政子さん、そういうこと言ってますよ。今時珍しいですよね」とボク。
「でも、冬さんが男の子と聞いて、政子もしかして啓介さんから冬さんに乗り換えるつもり?と一瞬思ったけど、そういう仲ではないみたいね」
 
「ええ。私と政子さんは純粋な友だちですよ。でも書道部で一緒にいた時はさんざん嫉妬されたなあ」
「ふふふ。友だちだからこの時間帯に呼んだのよね。私恋人とはこんな時間まで一緒にいたくないもん」
 
「じゃ、花見さんを夕食とかに呼んだことないの?」
「ないない。彼氏は17時が門限」
「やはり政子は、面白い」
「冬もかなり面白いけどね」
 
その夜は、私が持参したケーキ(来る途中に絵里花のお父さんの店で買ってきたもの)を食べ、政子のお母さんの手料理を頂き、3人で9時頃までおしゃべりを続けた。
 
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帰りがけ、玄関まで出てから、お母さんが「あ、そうそう。お土産あげる」
と言ってお母さんがいったん奥に戻った時、政子はさっと私の胸に手を当てた。
「あ・・・」
「やはり」
「えっと」
「ちょっと安心した」
「そう?」
 
「冬が来る前にね。自分の部屋で冬はどんな服着て来るかなって想像してたら可愛いピンクのブラとパンティ付けて、その上に赤いケーブル柄のセーター着てる姿が浮かんできたんだ。色は外れたけど、ケーブル柄は当たったから、ブラも付けてないかなと思って確かめたかったんだ」
 
「ブラとパンティの色は当たり」
「おお」と政子は嬉しそうだ。
「私が女装して来てって言ったから、そんなの付けてきたの?」
「そういう訳でもないけど」
「いつもそういうの付けてるの?」
「たまにだよ。ちょっと今日はそんな気になっただけ。普段は男の子の下着付けてるよ」
 
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「ほんとかなあ。。。。。でも冬は私の思ってる通りの子のような気がする。ね、ブラは何サイズ付けてるの?」
「B70」
「うん。素直でよろしい」
と言って、政子はボクの額に素早くキスをした。
「あ」
「友情のキスだからね、念のため」
「うん」
 
「あ・・・・」
「どうしたの?」
「ね、ちょっと来て」と言い、政子はボクの手を引いて居間に戻る。
 
「あら?どうしたの」とお母さん。
「うん。冬、そこに座ってて」
「うん」
 
政子は部屋の隅に置いてあった愛用のトートバッグから、ボールペンを取り出すと、棚に置かれたプリンタの用紙フィーダーから数枚PPC用紙を取り、何か書き始めた。お母さんはコーヒーを入れてくれたので、ボクはそれを飲みながら、政子が書くのをじっと見ていた。
 
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政子は途中「うーん」とか「そうだなあ」とか言いながら20分ほどで詩を書き上げた。タイトルの所に「ピンク色のクリスマス」と書いてある。政子には珍しい、明るくて楽しい感じの詩だ。
《だから私はピンクのブラを身につけて》という一節にボクは心の中で苦笑した。
 
「可愛いポエムだね」
「ねえ、冬、これに曲付けられる?」
「うん。じゃ冬休みの間にやってみるよ」
 
「でもこのボールペン、ほんとにいいなあ。物理的に書きやすいってだけじゃなくてさ、私の発想の邪魔をしないの」
「へー」
「これを使ってると、自分のイメージをストレートに文字として紡ぎ出せるのよね」
「よかったね」
「あ、それ冬さんから頂いたんでしょ?高価そうなのに良かったんですか?」
とお母さん。
「ええ、政子さんなら活用してくれそうな気がしたから」
 
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「このボールペンもらってから、何か詩を書くペースが上がったんだよね。それも、こんな感じで以前より明るい詩が増えたのよ」
「へー。書道部でもよくそのボールペン使って詩を書いてるね」
 
「それがさ・・・・冬が近くにいる時に特にいい詩が書ける気がするんだ。だから、今も冬を引っ張ってきた」
「面白いね」
 
「そうだ。冬、初詣に行こうよ」
「いいよ。いつがいい?」
「1月2日、○○神社。朝10時」
「了解」
 

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夏の日の想い出・クリスマスの想い出高校編(2)

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