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■寒梅(2)

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その日はもう暗くなるので、出発は明日にすることにした。公衆電話を見つけ、しばらく『チェック』していた。今だと思うタイミングですばやく祖父の家の番号をプッシュする。1回コール音が鳴っただけで梅子が出た。
「すみません。青葉です。逃げ出しちゃってごめんなさい」
「あなた、今どこにいるの?」
「とりあえず、知り合いの家に移動している最中です。向こうに着いたらまた連絡します。おばさんには凄くお世話になったのに、こういうことになっちゃってごめんなさい」
 
「それはいいけど、あなたお金とかは大丈夫?」
「ええ。向こうに着くまでの交通費と食費は何とか」
「足りないようだったら、一度こちらに戻って来て。どこかで待ち合わせて渡すから」
「はい。でも何とかなると思います」
「あの人が頑なでごめんね。これに懲りずにまた来てね」
「はい、その内またご挨拶に来ます。ここ2週間そちらで過ごさせて頂いてほんとうにありがとうございました」
 
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その日はまたまた青葉は公園のトイレで1夜を明かした。
ついでに服もズボンを脱いでスカートに替える。
 
翌朝商店街の100円ショップで、ホワイトボードとマーカーを買った。ついでに朝御飯用にパンなども買う。バスで国道34号沿いの適当な場所まで移動した。
『さて始めるか』
 
青葉はホワイトボードに『北九州方面』と書き、胸のところに持って乗せてくれる車が来るのをひたすら待った。
 

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青葉のヒッチハイクはけっこう難航し、5日の昼前から始めて、千里たちの住む町に到着したのは8日のもう夕方近くであった。
 
千里と桃香が一緒に暮らしていたのには少し驚いたが、ふたりは優しく青葉を保護してくれた。銀行関係とかの手続きしなきゃなどと言っていたら、ふたりはお金を出し合って弁護士を付けてくれて、弁護士は青葉の家庭の資産状況を調べてくれた。
 
弁護士は両親の借金は700万くらいで土地を売却した場合の売却代金とほぼ相殺できるが、他にも借金があったら怖いので合計200万ほどの両親の預金は諦めて相続放棄したほうがいいと言った。青葉もその点は同意した。ここ数年はふたりの生活はかなりひどい状態だったので、あれならどこに何百万借金があっても不思議ではないと青葉は思っていた。しかし自分と姉名義の預金が200万ずつあったのには驚いた。考えてみれば、父は一応仕事はしていたし、その収入をぜんぜん家には入れてなかったのだから、そのくらいの隠し資産があっても不思議ではなかった。
 
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そのうちの青葉名義のものは問題無く使えると弁護士は言ったので、とりあえず30万引き出してもらい、先日借りた交通費と弁護士代の分を千里たちに返そうとしたが、いろいろお金がいるだろうから取っておきなさいと言われた。そこで青葉は郵便局にとりあえず口座を作り入金しておいた。なお姉名義の預金は相続順がきょうだいより直系尊属優先なので太兵が相続人になる。弁護士は放置しておけばいいですよと言っていたが、青葉は後で梅子に電話し、姉の預金をそちらで相続できるから姉の認定死亡が出たら手続きをしてくださいと伝えた(ついでに父の分は相続放棄しないと危険であることも)。後に梅子は相続した200万のうち半分を青葉に送金してくれた。
 
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青葉はこの震災で親権者を失ってしまったので、最初千里が後見人になってあげると言っていた。が、そこにちょうど桃香の母が北陸から出てきて反対。確かに千里や桃香の年代の娘が青葉の後見人になってしまうと、結婚に障害が出てくる可能性がある。それに青葉にとってふたりは「お姉さん」的な存在だ。後見人では「お母さん」になってしまうので、さすがに違和感がある。そういうわけで桃香のお母さんが後見人になってあげると言ってくれた時はホッとしたし嬉しかった。
 
そして何よりも、千里も桃香も、そして桃香の母・朋子も自分のことを優しく扱ってくれるのが、嬉しくて嬉しくて涙が出た。青葉は自分の心の封印が完全に解けたのを感じていた。
 
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朋子の家がある北陸の町に行くと、なんだか懐かしいような匂いがした。ああ、ここいいなあと思った。自分の生まれ育った町と何となく雰囲気が似ている気もした。朋子に連れられて中学に行き、朋子がとてもうまく自分のことを説明してくれたおかげで、青葉はその中学に「原則女子生徒」として通うことができるようになった。翌日制服の採寸をされ、就学までの一週間は千里たちの町で過ごした。その一週間の間に青葉は、朋子に連れられて映画や寄席、遊園地などに連れていかれた。どれも今まで体験したことのないことだった。青葉の表情は日に日に豊かになっていったが、内面的な感情もまた豊かに満ちあふれるようになっていた。
 
一週間して北陸の町に戻る。できあがった制服を受け取り、家に戻ってそれを身に付けてみた。1年生の間も女子制服は着ていたが、あれは先輩から譲り受けたものであった。今度のは自分のサイズで採寸して作ってもらったもの。なんだかそういう経験があまり無いので、物凄く嬉しかった。
 
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「これで青葉も立派な女子中学生ね」
と桃香と千里から言われた。
 
翌日青葉は新しい決意を胸に新しい学校へと登校していった。
 

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青葉が震災後、ふたたび岩手の地を訪れたのは5月の連休であった。こちらの学校に入ることになったというのは、早紀や咲良・椿妃ら、慶子さんなどにも連絡してはいたのだが、あれからずっと会っていなかったので顔を見ておきたかった。
 
あの地域の被害がひどかったため、青葉たちのいた中学は隣の中学と臨時に合併されて新学期の授業がおこなわれていた。早紀と椿妃はその中学に入っていた。久しぶりの再会で、早紀や椿妃と抱き合う。
 
「それ新しい中学の制服?」と早紀に訊かれる。
「うん。ほぼ女子として扱ってもらってるから」
「良かったね」
「青葉、胸大きくなったか?」といって椿妃にはさっそくバストチェックされた。
「おお、成長しているではないか」
「えへへ。やっとAカップ卒業したよ。今回の旅からBカップを付けてる」
「女性ホルモンとか飲んでないんでしょ?」
 
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「うん。飲んでない」
「私もバストマッサージ頑張ろう。青葉そちらの中学では何部に入った?」
「コーラス部だよ。当然のようにソプラノに入れられた」
「そりゃ、その声は財産だもん」
「うちのコーラス部も頑張って全国大会まで行けたら、青葉たちと会えるかもね」
「うん、お互い頑張ろう」
 

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慶子さんとは何度も電話で連絡を取り合っていたのだが、実際に会って打ち合わせしたいことも多かった。
 
佐竹の家は地震保険に入っていたので、それを原資として再建することができるということであった。ただ建築業界が立て込んでいるため、いつ建築できるかは分からないと言っていた。青葉は建てる時にしなければならない秘儀があるので「地鎮祭の後で」自分がそれをできるように取りはからって欲しいといい、了承された。資料館については、家が再建されたあとで、とりあえず再度購入できるものについては、予算の中から順次購入していきましょうということになった。電子化したデータベースは現在菊枝のところと、自分のところに1セットずつあるので、こちらの家が再建されたら、ここにも1セットおくことにした。
 
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慶子さんは、再発行してもらった青葉の通帳を渡してくれた。個人用1冊と青葉のいうところの「みんなのもの」2冊である。個人用については青葉が今後は自分で管理することにしたが、「みんなのもの」については引き続きそちらで管理してほしいと頼んだ。菊枝と青葉と慶子さんの3人が役員になって法人化しませんか?と言ってみたが、自分はそういう役職とか苦手なので雑務係でいいなどと言っていた。なお、「みんなのもの」の残高は合計約2000万円、個人用の残高は約25万円であった。
 
なお今後の霊的な相談については、リモートでできるものは青葉がリモートで処理し、直接行く必要があるものは数ヶ月に1度まとめてこちらに来て処理することにした。相談料については慶子さんの取り分2割を外してから、残りの1割を青葉の個人用口座に振り込み、残りは「みんなのもの」口座に入金してくれるよう頼んだ。
 
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青葉はリモートで処理する場合にこちらに気を移しやすいように「寄代(よりしろ)」
にする自分の愛用のボールペンを祭壇に置かせてもらった。祖母から小学5年生の時にもらったものでいつも学生服の内ポケットに入れていたため、ほぼ唯一奇跡的に残った青葉の日用品であった。他のものは全て津波で失われてしまった。
 

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咲良は咲良の母が勤めていた会社の支店が被災して営業不能になったため、八戸市郊外の同系列の支店への転勤を打診され、生活のためには行かざるを得ないというので、八戸に引っ越してしまい、咲良もそちらの公立中学に入っていた。そこで青葉は八戸まで足を伸ばして、咲良と会ってきた。
 
「わーい。久しぶり」と言って抱き合う。
中学に入って別れてからはほとんど会えなくなっていたので、ほんとに久しぶりであった。
 
「私と早紀と咲良と、2年生からはまた一緒に通えるかなと思ってたんだけどね。3人ともみごとにバラバラになっちゃったね」
「ほんとに。でも去年通った学校では私息苦しかったけど、今度の中学ではみんな仲良くできて、毎日が楽しいよ」
「よかったよかった」
「青葉は新しい中学どう?」
 
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「少し嫌がらせとかもされるかな・・と少しは覚悟してたんだけど、みんな優しい。ふつうに女の子として扱ってもらえてる感じで、とっても楽ちん」
「だって青葉のその表情の豊かさを見ると、楽しんでるなというの分かるよ」
「あはは、それは早紀たちにも言われた」
「青葉の笑顔とかほんと何年ぶりに見たんだろう」
 

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