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■寒菊(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-05-03
 
その夜のことを青葉は一生忘れないと思う。それは小学4年生の秋のことだった。家でお風呂に入るのに服を脱ぎ、浴室に入って体を洗っていた時に青葉はそれを発見した。
 
足に生えた1本の黒い毛。
 
ショックだった。お風呂から上がり、姉におやすみを言ってから自分の部屋に入り鍵を掛ける。最近青葉の部屋にも姉の部屋にも鍵が掛けられていた。両親が勝手に部屋に入ってきて、いろいろものをあさったりしないようにである。青葉はベッドで毛抜きを使いその足の毛を抜いた。
 
足の毛はまだ生えてくるだろう。最初のうちは1本ずつ抜いていればいい。しかし一度にたくさん生えてきたら・・・・
 
それよりも怖いことが青葉にはあった。声変わりしてしまったらどうしよう?男の子の声になっちゃうなんて嫌だ。でも早い子は5年生くらいで変声してしまう。青葉は自分が比較的早熟な方であることを自覚していた。その晩、青葉はなかなか寝付けなかった。
 
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翌日。学校が土曜日で休みだったので、青葉は気分転換に一関まで出て市のプールで泳いできた。2時間100円なので1時間半泳いでプールから上がり、更衣室で少し休んでいた時に、少し年上くらいかなと思う女の子2人が話をしていた。
「もう生理来た?」
「私はまだなのよね。でも少しおっぱい膨らんで来てるし、そろそろ来ないかなあと思うのだけど」
 
生理か。。。それにおっぱい。。。。どちらも青葉には手が届かないものだ。青葉はこれまでずっと女の子として振る舞ってきた。でも同世代の女の子達にはこれから生理がくるし、同級生の女の子たちの中には既にバストが膨らみはじめている子もいる。何かの間違いで私にも生理来たりしないかなあ。。。。
 
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一関から戻ると青葉はいつもの防空壕に行き、瞑想をした。今日は心が動揺していて、なかなか深い所に入っていくことができない。かなり時間を掛けて、やっと比較的浅めの領域に入った。このエリアは阿頼耶識とはつながっていない。青葉の心の中の無意識だ。
 
どこかを友達と一緒に歩いている。早紀がいる。咲良がいる。椿妃がいる。やがて分かれ道に来た。「じゃね、青葉」と早紀が言って、みんな右の方の道に行ってしまった。え?私は?
「こっち来いよ、青葉」
そんな野太い声がして、青葉は男子の同級生に手を引かれ、左側の道に連れて行かれる。
嫌だ! 私だって女の子なのに。。。。。。
 
瞑想から凄く嫌な覚め方をした。涙が出ている。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、男なんかになりたくない。私だって女になりたいよ。おっぱい欲しい。生理来て欲しい。花嫁さんになって、お母さんになって。。。。青葉は涙がどんどん出てくるのを止めるすべを知らなかった。
 
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とぼとぼと家に帰る。少し遅くなっちゃったかな・・・と思ったら、玄関の所に姉と少し離れた町に住む祖母がいた。
「あ、おばあちゃん、こんにちは」
「こんにちはという時間じゃないよ、青葉。今日遅かったじゃん」
「ごめんなさい」
「今日はおばあちゃんが御飯に連れてってくれるって」
「わあ」
「青葉が戻ってこないから、もう置いて出ようかと思ってたよ」
「ごめん。考え事してたら遅くなっちゃった」
 
祖母が呼んだタクシーで、国道沿いにあるファミレスに行った。
祖母と青葉と未雨の3人で歓談しながら、青葉はハンバーグ定食を食べた。こんな食事の仕方って、物凄く久しぶりな気がする。
「でも、未雨も青葉も、美人になってるね」などと祖母が言う。
祖母は青葉が小さい頃から、青葉の女装に理解を示してくれていた。
 
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「だけど青葉もそろそろ思春期だからね。女の子続けるの大変になるよ」
「そうかい?青葉はきっと、これからますます女の子らしくなっていくと思うよ、私は」と祖母はニコニコして言う。
 
祖母にそんなことを言われると、青葉はもしかしたら自分も立派な女子中学生、女子高校生になっていくことができるのかも知れないという気がした。昨夜お風呂で1本の毛を見つけて以来の絶望のような心境の中に投じられた祖母の一言は青葉にとって初めて見出した光明のような気がした。
 
「私、ちゃんと女子中学生、女子高校生できるかな」
「できるできる、青葉なら」と祖母は青葉を励ましてくれる。
「そうね。おばあちゃんがそう言うと、私も青葉ならこのあと男っぽくなるんじゃなくて、女っぽく変化して行くのかもという気がしてきた」
と未雨まで言い出した。
 
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曾祖母が亡くなって以来、全く頼りにならない両親の下、青葉はこの祖母が唯一の『頼れるおとなの肉親』だった。学校の先生や、佐竹さんなどにもいろいろ相談事をしたりはするが、青葉が大人っぽい話し方をするだけにみんな対等の会話になりがちである。祖母には青葉は甘えることができた。(姉の場合はどちらかというと青葉が姉を保護している感じであった)
 

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でも私って、女の子のこと、よく考えたら全然知らないな、と青葉は思った。そもそも女の子の股間の構造がよく分かっていない。自分に付いてないし、実物も見たことないし・・・・生理のことも分かってないよな。それに・・・最近時々友達から言われる単語『性転換手術』というのがどういうものかも分かってない。だいたいそういう言葉を投げかけてくるのは男子の級友だ。「おまえ、性転換手術しちゃえばいいのに」とか
「おまえ、そのうち性転換手術するんだろ?」とか言われる。
 
青葉は翌日の放課後、町の図書館に行き、そこに置いてあるインターネット端末を使って、そのあたりのことを調べようとした。ところが青葉が知りたいようなことは大抵フィルターに引っかかってしまい、全然調べられない。うーん。。。。やはりあそこまで行くか。
 
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青葉は図書館の公衆電話から佐竹さんの所に電話した。佐竹さんは出かけていて娘さんが電話に出た。そちらに行きたいというと、ちょっと待ってと言われる。誰かと話しているようだ。やがて娘さんは、ちょうど「足」を持っている子が来ているから迎えにやると言われた。しばらく図書館の前で待っていると、赤いアルトが停まり「青葉ちゃん!」と声を掛けられた。
 
「こんにちは、菊枝さん!」
「久しぶりね」
何度か集会で会ったことがある子だ。青葉はアルトの助手席に乗りシートベルトを締めた。アルトが荒々しく発進する。青葉は内心ひぇーっと思う。菊枝の運転はダイナミックというか、メリハリがあるというか、キュッと停まってはブンッと発進するという感じで、青葉は片手をドアの取っ手に捉まっていた。
 
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「菊枝さんは大学生ですか?」
「今1年生だよ。運転免許は高3の夏休みに取ったからもう若葉マークも卒業した」
「富士の集会で会った時から、随分色っぽくなったなとか思った」
「あんたもお世辞とか言うのね。でも青葉ちゃんも相変わらず美少女してるじゃない。小学5年生くらいだっけ?」
「4年生です。お世辞ありがとうございます」
菊枝も笑っている。
 
青葉は初めて菊枝に会った時のことが忘れられない。それまで自分はけっこう霊的な力がある方だと思っていた。しかし菊枝に会った瞬間、自信が粉砕された。
「あれ?菊枝さん、またパワーが上がってますね」
「ふふふ。分かる?この夏に高野山でかなり縦走したからね」
「すごい。そもそも菊枝さんに初めて会った時、こんなに凄い人がいるのかと私、驚いたんですよね。私少し自惚れてたから」
「それは私も同じだよ。青葉ちゃん見た時に末恐ろしいと思った。青葉ちゃんも前回会った時から結構パワーアップしてる」
「こちらには何か調べ事ですか?」
「うん。先代(青葉の曾祖母)の資料を見たくて」
「じゃ同じ部屋に用事かな。私はあそこのパソコンを使いに」
「ふーん」
 
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佐竹の家の前にアルトを停め、「ただいま」「こんにちは」と言って中に入る。ふたりとも資料室に入り、青葉はパソコンの前に座り、菊枝は奥の方で何やら年代物の本を読み始めた。
 
ここの資料は青葉の曾祖母が個人的に集めたものであるが、かなり貴重な資料があるため、調べ物をするためにここにやってくる知り合いの霊能者は時々いる。資料は2年前からスキャンして電子化もすすめているが、まだ全体の3割くらいしか電子化は済んでいない。
 
青葉が座ったのは、その資料を閲覧するほうのパソコンではなく、ここに置きっぱなしにさせてもらっている青葉の個人所有のパソコンである。資料集のデータベースにはつながっておらずネットにつながっている。パスワードを打ち込んでログインする。
 
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気配で菊枝が遠くにいるのを確認して、青葉は調べたいことを調べ始めた。
 
1時間ほど調べて青葉はふっとため息をついた。さすがネットは凄い。学校の性教育ではさっぱり分からなかった内容がかなり分かったが刺激的というか、ショッキングな内容も多かった。性転換手術のことも理解したがそれを受けることを躊躇わせるような内容の手術だと思った。少し頭の中で整理してから、また明日見に来ようかなと思っていた時であった。
 
「ふーん、そういうのを調べていたのか」と声が掛かる。「え?」
真後ろに菊枝が立っていた。
「ふつうの人なら気配で気付くのに。周囲に結界も張ってたのに」
「ふつうじゃないからね、お互い様だけど」
青葉は開き直った。
「私、こういうことに全然無知だなあと思って」
「うん。知っておくべきことだよ。学校って肝心のこと教えないからさ」
「ええ。学校の体育の時間のスライドとか使っての説明じゃ、さっぱり分かりませんでした」
 
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菊枝は少し考えている風であったが
「ね。青葉ちゃん、あなたそろそろ二次性徴とか始まっちゃう時期でしょ。そうしたら男の子に戻るの?それとも女の子になりたいの?」
「女の子になりたいです。男の子にはなりたくないです」
 
「ね、私が泊まってるホテルまで来ない?あなたが女の子になれるかどうか調べてあげる」
「はい?」
 
青葉は佐竹さんの家の電話を借りると、しばらくタイミングを見計らった上で自宅に電話をした。はたして姉が電話を取った。
「あ、お姉ちゃん?私、佐竹さんの知り合いのお姉さんとこに寄ってくるから。少し遅くなるかも。うん8時頃までには帰れると思う」
菊枝が感心している。
「ちゃんとお姉ちゃんが出るタイミングで電話したのね」
「はい。父や母だと受話器を上げるなりそのまま降ろすので話もできません」
「変な家ね。まあいいわ。行きましょう」
 
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菊枝はアルトを運転して宮城県寄りの幹線沿いにあるビジネスホテルまで青葉を連れて行った。
「さて、ここまで来た以上、脱いでもらおうか」
「全部ですか?」
「もちろん」
青葉は素直に服を全部脱いだ。あの付近を他人に見せるのは、たぶん4歳頃以来だ。幼稚園でも小学校でも決してそれは他人には見せていなかった。
「ベッドに寝て」
「はい」
青葉は菊枝の気のエネルギーが自分の体の中に入ってくるのを感じた。力強いパワーだ。気の通しかたが巧い。青葉はこの感覚をちゃんと覚えておこうと思った。
「ふーん。。。まだまだほぼ中性だけど、少し男性化しはじめてるね」
「一昨日、足に1本太い毛が生えてるの発見して、すぐに抜きました」
「それが初めて?足の発毛は」
「はい」
 
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「青葉ちゃん分かっているだろうけど、男女で気の操り方は少し違うんだよね。青葉ちゃんは元々女の子の使い方をしてるね」
「はい、それ佐竹さんにも言われました。男の子の使い方すればもっとパワー出るのにって」
「でも女の子の使い方をしたいんだ」
「はい」
「じゃ、青葉ちゃん自身が女の子になっちゃうしかないね」
「そのつもりです」
「青葉ちゃんの基本的な波動を性転換しちゃっていい?」
「菊枝さんできるんですか?」
「過去に1度、他の人がやってるのを見たことがあるだけ。自分ではやったことない。そんなことしたがる人、なかなかいないからね。だから実験」
「お願いします」
「これやるとたぶん一時的に青葉ちゃんのパワー下がるけど、慣れたら今よりたくさんパワーか出るようになるよ」
「はい」
 
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「じゃ、やるよ」
と言って菊枝も服を脱いだ。
「青葉ちゃん、私の体をよく見て」
「はい」
菊枝の豊かなバストがどうしても目に入る。そしておまたの所の形。。。。。
「私の体は、青葉ちゃんにとって自分が成るべきサンプルだよ。こういう体になりたいとしっかり念じて」
「はい」
菊枝は自分の裸体を見ても青葉の性器が大きくなったりしないのに気付いていた。この子、心は完璧に女の子なんだろうな・・・・
「一時的に、気を一体化するからね」
「はい」
菊枝は自分もベッドの上に乗ると、自分の気の巡りと青葉の気の巡りを・・・・つないだ!
『わっ』『ひゃっ』
青葉も菊枝もその凄まじい気のエネルギーに一瞬たじろいだ。
『落ち着け、私』
と菊枝は自分に言い聞かせて、青葉の気の波動を・・・・合わせた!
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