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■春事故(3)
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群発地震が続く能登半島であるが、3月29日に小さな地震があった後、2023年4月はほとんど地震が無かった。
珠洲市飯田に住む桜坂奈那は2023年4月七尾市のN高校に入学して通い始めた。しかし能登地区で数少ない進学校なのでかなり広い範囲から生徒が来ている。奈那の場合はバイトすることになったケーキ屋さんの親会社が運行している新交通システム(鉄道との違いはレールが無いことと自動運転であることらしい)で飯田6時の列車に乗ると7時半に七尾小島に着くのでそこから歩いて10分で高校に到達できる。しかしJR・のと鉄道の利用者も多いし、けっこう保護者の車で送迎してもらっている子もいるようである。
入学して最初に「みなさん何か信活動にも入ってくださいね」と言われたが、スポーツはできないし、吹奏楽部に行ったら得意のフルートのセクションは既に5人もいて「トロンボーンかホルンなら」と言われる。金管楽器は自信無かったし、そもそもあまり気が進まないので、結局JRCに入ることにした。ここに中学時代からよく模試とかで遭遇していて知り合いであった穴水町の和枝ちゃんという子がいた。また志賀町から来ている日登美ちゃんという子とも仲良くなった。
入学から一週間ほどした頃、奈那かウィングライナーを降りて校門まで歩いて来た時、キキキという車の急ブレーキの音、そしてドン!という衝突音を聞いた。驚いて見ると軽自動車が止まっていて、女子生徒が崩れるように倒れた。
「日登美ちゃん!」
と叫んで駆け寄る、
「誰か119番を」
「それより、その車で運んだ方が早い。すぐそこにX総合病院が」
「誰かその子を車に乗せて」
奈那はその時目の端に男子生徒の姿を見た。
「吉岡君、日登美ちゃんを車に乗せて」
「よし」
彼はサッカーをしていて体格もいい。彼は自分の制服が汚れるのも構わず日登美を抱いて車の後部座席に乗せてくれた。日登美が助かったのは
彼のお陰に寄るところが大きい。
しかしそれで日登美はすぐにX総合病院の救急救命センターに運び込まれたのである。
青葉(L)が生後1ヶ月の紗織にお乳をあげながらサンルームにいたら、制服姿の女子高生が玄関に来てピンポンを鳴らした。青葉(R)が出て行き応対する。
「桜坂さんのお嬢さんだったっけ?どうしたの?」
「金沢ドイルさん、お願いです。友人を助けてください」
と桜坂奈那は泣いて青葉にすがり付いた。
「どうしたの?」
Rは彼女を取り敢えずサンルームにあげて事情を聞いた。Lの方は紗織を連れて第2リビングに移動した。
「友人が3日前に車にはねられて、意識不明のままなんです。ドイルさん何とか彼女を助けてもらえませんか」
「私は医者じゃないよ」
「でもドイルさんはこれまで何人もこういう状況の患者を助けてくださってると皆山(幸花)さんから聞きました」
幸花も色々よけいなこと言いふらしてるなあと思う。
「でも取り敢えず一緒に御見舞いに行こうか」
「はい」
それでRは真珠の運転で桜坂奈那と一緒に七尾市のX総合病院まで行ったのである。
面会に行くと、救命病棟の集中治療病室で日登美は深く眠るようにしていた。
『ああ、なるほど』
青葉はだいたいの状況を把握した。
「夢の中で迷子になってるね。奈那ちゃん、日登美ちゃんを助けに行こう」
「はい」
それで、青葉は奈那の手を握ると一緒に日登美の夢の世界に入り込んだ。
そこは20年くらい前の古い街並みだった。
「まず日登美ちゃんを探そう」
「はい」
青葉は目を瞑ってセンサーを広げていく。
「居た」
奈那の手を握って歩いて行く。工場(こうば)の隅に彼女は居た。
「日登美ちゃん」
と奈那が声を掛ける
「奈那ちゃん」
「帰ろ」
「うん」
それで、奈那は日登美と手をつないだ。歩いていくと、鉄骨を組んだだけという感じのお店がある。中に入ると食品を売っているようだった。
120円のスナック菓子が110円になっている。籠に入れる。90円のパンが2つで50円になっている。安い!これも籠に入れる。レジの所にいく。現金で払おうとしたら
「うちはペイペイだけなんですよ」
と言われた。それで日登美はスマホを出した。ペイペイを起動したらそこに
takahashi@kikuchikogyo
というアドレスが表示された。
「これはあなたのアドレスですか」
と尋ねられた。これは日登美が以前バイトしたことのある会社の人のアドレスである。取り敢えずこれで払っておき、あとで本人に現金で返せばいいと日登美は判断した。それでお店の人に言った。
「メインのアドレスではないですがメールは受け取れます」
「だったらいいですよ」
といって、そのバーコードで決済してくれた。
お店を出て歩いて行くと雑踏の中に出る。人を掻き分けるようにして歩いて行く。唐突にアンパンの袋を渡される。見ると神田あきらちゃんである。
「朝6時のあんぱんサービスです」
と言われる。
どこかで時計が6つ鳴った。歌まで聞こえてくる。
My grandfather's clock was too large for the shelf,
So it stood ninety years on the floor;
It was bought on the morn of the day that he was born,
And was always his treasure and pride;
「ありがとうございます」
と奈那は答えて、袋を日登美に渡した。
「お腹空いてるでしょ。食べるといいよ」
「ありがとう」
「君たち早いね」
と声を掛けられた。N高校の教頭先生である。奈那と日登美は慌てて
「おはようございます」
と挨拶した。教頭先生が神田あきらに声を掛けた。
「そこの台に並んでるのは何?」
「昨日のパンの売れ残りなんです。でもまだ充分美味しく頂けますよ。3個入り1袋500円でいかがですか?」
「じゃ1袋ちょうだい」
といって教頭先生は500円出して昨日のパンを1袋買った。そしてその
袋をそのまま日登美に渡した。
「君、顔色が悪いよ。朝御飯ちゃんと食べた?これでも食べなさい」
「ありがとうございます」
教頭先生は自販機で紙パックの牛乳も買って日登美に渡した。それで
日登美は牛乳を飲み、パンを食べた。
「なんかだいぶ落ち着いた」
と本人も言っている。
「さ、朝だし学校行こう」
と言って、奈那は日登美の手を握り、一緒に校門を通った。
そこで日登美は目を開けた。
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