【クロスロード2】(1)

目次
 
青葉、千里、桃香、あきら、和実、淳、ケイ(冬子)の7人は6月19日、大船渡の避難所で偶然遭遇し、お互いのことに興味を持ったのだが、その場では慌ただしかったので日を改めてまた集まろうと約束した。その機会は意外に早くやってきた。
 
このメンツの中で集まりにくいのが歌手として慌ただしい生活を送っている冬子と、北陸に住む青葉で、他のメンツはだいたい東京の近くに住んでいる。
 
それが6月29日の水曜日に政府系の団体が主宰した「震災遺児を励ます会」というのが、横浜で開かれ、津波で両親・祖父母・姉を一気に失った青葉もそれに招待されて前日28日火曜日に上京してきた。
 
火曜日は美容室が休みなので、美容師をしているあきらが動きやすい。また月曜・火曜が冬子は基本的に公休日になっているので、参加することが可能であった。
(冬子は7月1日が新しいCDの発売日なのでそれ以降は時間が取れなくなる所であった)また震災ボランティアをしている和実と淳もだいたい土日は東北方面に行くが、平日なら参加可能であった。
 
そういうことで6月28日の夕方、あきらの奥さんの小夜子の叔母さんが経営しているビストロに、多少?の付き添い付きで全員が集まってきた。
 
あきらは場所がそういう場所なので当然小夜子と一緒である。ふたりは着物が好きと言うことで(食事会なので汚しても大丈夫なように)ウールの着物を着てきていた。ちょっと見には姉妹のように見える。
 
あきらは美容師で、ふたりは1月に結婚していた。
 
和実は大学2年生で、バイトで都内のメイド喫茶に勤めている。メイド喫茶は岩手に住んでいた高校時代からやっていたということで女装を始めたのもそれがきっかけということだった。彼女は石巻の姉の家に寄っていた時に被災したが、ちょうどその前後に知り合った淳といっしょに震災ボランティアの活動をしていた。淳は都内のソフトハウスに勤めるプログラマーだが、震災当時は青森にいた。震災直前に知り合った和実と、急速に親密になり、現在は同棲中であった。和実の姉の胡桃もふたりの家に同居している。
 
和実はフルタイム女装しているが、淳は職場には男装で出かけ、日常生活は女装という二重生活であった。ふたりは「私達はレスビアン」と言っていた。
今日は胡桃も一緒に来ていた。和実はインパクトのあるゴスロリ風の服を着ている。胡桃と淳もゴシック系の服を着ているが「和実に無理矢理着せられた」
などと2人は言っていた。
 
千里と桃香は千葉の大学生で大学3年である。和実たちがレスビアンだと言った時にピクっと反応したのが(天然女性の)桃香で「私達もビアン!」と言ったが、千里は困ったような顔をしている。千里は昨年の秋頃からフルタイム女装になったということだったが、ふたりは現在同棲(千里の見解では同居)していて、とりあえず見た感じでは凄く仲の良い(ビアン)カップルに見えた。
千里は白いワンピースを着ているが、桃香はパンツルックである。
 
その2人の妹というのが青葉で、震災で家族を亡くした所を千里たちに保護され、いろいろあった末に現在は北陸に住む桃香の母が保護者になって、現地の中学に通っている。今日集まったメンツの中では最も若いが、最も「女性度」
が高い感じだった。彼女の場合、そもそも男の子の格好をして暮らしていた時期が全く存在しない。幼稚園の頃から自分の意志で女の子の服を着て暮らしていたのである。
 
そして冬子は大学2年生で歌手をしていて(芸名:ケイ)、歌手歴は途中ブランクはあるものの高校2年の夏から3年になり、その歌手を始めた時から女装をするようになっていて女装歴もまた3年ということだった。彼女はこの春に性転換手術を受けていた。彼女は親友で歌手としてもコンビを組んでいる(天然女性の)政子(芸名:マリ)と一緒に来ていた。
 
「最初に今日の話はみんなオフレコということでお願いします。芸能人さんもいるので、始まる前に念のため専門家に依頼してこのお店の中の盗聴器チェックもさせてもらいましたので安心してください。今日は貸し切りですし、このお店のスタッフは小夜子さんの叔母さんとその娘さんだけですから信用してもらっていいです」
と、今回の集まりの幹事役である和実が言う。
 
「さて最初にみなさん質問です。ここには何名のMTFあるいはMTXと、何名の天然女性がいるのでしょう?」
 
みんなお互いの顔を見回しているが、判断に迷っている感じだ。
「うーんと、MTFは5人くらい?MTXって何だっけ?」と政子。
「こないだ大船渡で会った時は6人いたと千里から聞いた。でもあの時より人数増えてるし、もしかして7〜8人いたりして?」と桃香。
「私、さっぱり分からない」と小夜子。
 
「ちなみに今発言した3人はみんな天然女性」と和実。
 
「たぶん正確に天然女性とMTFを見分けられるのは私と和実さんだけだよ」
と青葉が笑って言っている。
 
「はい、今発言した子はMTFです」と和実。
「うっそー!?」という声が数人から出る。
 
「今日付き添いで来てくれた人はみんな天然女性なのよね。だから正解は桃香姉さんがこないだ6人いたと言ったように6人」と青葉。
 
「はーい、出生届が男だった人、手を挙げよう」と和実が言い、和実・青葉・千里・あきら・淳・冬子が手を挙げる。
「で、生まれた時から女の子だった人、手を挙げて」と言うと、胡桃・桃香・小夜子・政子が手を挙げた。
 
「うーん。面白いものが見られるからぜひおいでよと冬に言われてやってきたけど、これはなかなか刺激的だ。こんなメンツの集合、なかなか見られない」
と政子が言っている。
「創作意欲が湧くでしょ?」と冬子。
「うん。芸能界にもニューハーフさん結構いるからね。ある程度は勘が働くつもりでいたけど、今日来ている人は、みんな女の子にしか見えないんだもん。
これは凄いや」
 
「あ!やっと分かった。おふたり『ローズ+リリー』ですよね?」と小夜子。
 
「はーい、ローズ+リリーのケイです」「ローズ+リリーのマリです」
 
「何?何?有名な歌手なの?」とあきら。
「結構騒動になったんだけどなあ、当時」と小夜子が語る。
「彗星のごとく現れた女子高生デュオだったんだけど、個人的な情報をあまり明らかにしてなかったのよね。しかもテレビには出ず、ラジオ出演とライブ活動だけだったし、いきなり売れっ子作曲家・上島雷太が曲を提供していたから、ひょっとして有名アイドル歌手の覆面なのではとか、本当は存在してなくて、ボカロイドではとかまで言われたんだけど」
「へー」
「実はメインボーカルのケイちゃんが男の子だったというのが週刊誌にスッパ抜かれて」
「参りました、あの時は」と冬子(ケイ)。
「騒動で1ヶ月以上、学校に出て行けなかったもんね」と政子(マリ)。
 
「私、そういう活動してたこと親にも言ってなかったから、親からも随分詰問されて、精神的にきつかったです」と冬子。
「親もショックだったと思うよ。知らない内に息子が女の子の格好して歌手をしてたなんて」と政子。
 
「おふたり現役復帰したんですか?あの騒動のあと休養状態になってたと思ったけど」と小夜子。
 
「実は1年前に私だけ『ローズクォーツ』というバンドで復帰したのです」
「あ、避難所に来たのが、そのバンドか!」とあきら。
「でもバンド名を名乗りませんでしたよね?だからてっきり地元のアマチュアバンドか何かとばかり・・・。演奏がプロ級だからメジャーデビューしたら人気出るんじゃないかと思ったんだけど」
 
「あの避難所訪問の企画を作ったレコード会社の方針で、バンド名を名乗らない、持ち歌を歌わない、物販をしない、というのをやってたんです」
「何それ?」
「いっさいの売名行為をせずに純粋に避難所の皆さんを元気付けようという企画で。今月は1ヶ月で300ヶ所以上回りました」
「凄い。かなりのハードスケジュールですね」
 
「でもあの男声・女声を切り替えながらの『ふたりの愛ランド』は凄かったです」
「あれは、避難所限定のスペシャル版です。私はもう2度と男声は使わないよ」
「じゃもう聴けないの?」とあきら。
「まあCD音源にはあるけどね」とニヤニヤしながら政子。
「えー?教えて教えて」
「ローズクォーツの『萌える想い』というシングルに収録されてるよ」
「もう」と冬子が不満そう。
 
「あの・・・おふたりはビアンではないんですよね?」とあきら。
政子と冬子は顔を見合わせている。
「それ、高校時代からよく訊かれたんだけど」と政子。
「友達だよねえ」と冬子。
 
「ごめんなさい。仲の良さがハンパじゃない感じだから」
「ううん。いいんです。よくそう思われたりするみたいだし。でも、あきらさんと小夜子さんって、基本的にビアンなんでしょうけど、ふつうのビアンとはまた微妙に違う感じ」と冬子。
 
「私達はね。男と女とか、女と女という枠に自分たちをはめてないの。
私は晃が好き。晃は私が好き。ただ、そういう事実があればいい。だからHする時は、晃の男の子機能使うこともあれば、タックした状態でビアンのままやることもあるし。あまり形にこだわってないの」
「ああ、素敵ですね」と和実。
「だけど、ここに来ている4組のビアン・カップルの中でヘテロ型でもしてるのはもしかして私達だけだったりして」
と小夜子。
 
「あれ・・・4組って、誰々だっけ」と冬子。
「冬、気にしない、気にしない」と政子が笑っている。
小夜子は自分の『謎掛け』を政子が受け取ってくれたので微笑んでいる。
 
「私達最初何度かヘテロでもしたけど今はビアンでしかしてないね」と和実。
「私達、セックスレスなの。でも1回だけヘテロでしたね」と桃香。
「おふたりもまた雰囲気が特殊ですね。桃香さんはビアンと言ってるけど千里さん、それに同意してない感じ」
千里はまた何も言わずに微笑んでいる。
 
「でも否定はしないんだ、千里は」と桃香。
「もっとも私は千里が男の子を好きになったりした時はいつも応援してるけどね。でもいつも一緒に寝てるし、触りっこはいつもしてるし」と桃香。
「同棲してるんですよね?」
「うん。でも千里は同居だと主張するの。友人たちはみんな同棲だと思っているみたい」
千里は微笑んだままノーコメントを続けている。
 
「政子さんと冬子さんは一緒に住んでいるんじゃないですよね」
「ええ」
「でも、泊まる時は同じベッドに寝るよね」
「うん、まあ。冬がまだ女の子の身体になってなかった頃からそうだよね」
「一緒には寝るけど、何もしないよね」
「うん、Hは1度しかしてないね」
「ちょっとちょっと」
「オフレコ。オフレコ」
「もう・・・・あと、政子はいつも私の身体、あちこち悪戯するけどね」
 
「あ、何となく私達の関係に似てるのかも」と桃香。
「よし。ここらで質問大会の続きだ」と和実。
 
「ここだけの話。女の子とH経験がある人、手を挙げて」
青葉以外の5人が手を挙げる。
 
「うっそー」と青葉が叫んでいた。
「みんな男の子の機能一度は使ってから、女の子になってるのね」
 
「手は挙げたけど私、女の子とレズでHしたから男の子機能は未使用。未使用というか、既に機能喪失してるから今後も使用不能だけどね」と和実。
 
「ひょっとして恋愛対象が男の子だけっての、私と青葉だけじゃないのかな?」
と千里。「みなさん、雰囲気的にレズかバイっぽい」
 
「質問するまでもないとは思うけど、女子トイレを使う人手を挙げて」
あきらと淳以外の全員が手を挙げる。
 
「私は会社には男の格好で行ってるんで、その間は男子トイレです。普段は女子トイレだけど。でも最近、仕事に行ってる時、男子トイレに入るのに凄い抵抗感感じるの」と淳が説明する。
 
「あきらさんは男子トイレ使うんですか?」
「少なくともこの半年くらいは使ってないはずよ」と小夜子。
「じゃ手を挙げよう」と和実。
あきらは頭を掻きながら手を挙げる。
 
「プールに行く時、女子水着を着る人・・・・やはり全員ですよね」
「男子水着なんて着れない・・・」とあきら。
「胸を人前にさらしたくないよね。平らな胸でも」と淳。
「ちなみに女子更衣室使う人・・・・あれ?あきらさんと淳さんは?」
「いや、女子更衣室になかなか入る勇気なくて」とあきら。
「じゃ、男子更衣室で女子水着に着替えるの?」
「それも最初の頃何度かやったことあるけど、変な目で見られるので」
「そりゃそうでしょうね」
「最近はもう開き直って女子更衣室に入っています」とあきら。
そばで小夜子がクスクス笑っている。
 
「うーん。私も似たようなもんだ」と淳。
 
「じゃ女湯に入ったことのある人・・・・なんだ全員か」
「もう男湯には入れない身体になっちゃった」と千里。
「私は和実に乗せられちゃって1度入っちゃったけど、次は手術するまではそういう所には行かないつもり」と淳。
 
「そう?淳さん、問題無く女湯行けそうだけど」とあきら。
「私は無理だけどね」と付け加えたが「あきらさんこそ問題無さそうじゃん」と淳がいう。
「でもまだバスト作ってないのは私達2人だけか」
「年齢は私達2人が高いのにね」
 
「青葉ちゃんのその胸、どうやって作ったの?」と和実。
「私、気功に似た手法で、自分や他人の体内の『気の流れ』を調整できるの。
それで間接的にはホルモンの分泌も調整できるから、自分の体内で女性ホルモンを大量に分泌させて、バストも発達させた」
「すごーい。じゃホルモン剤を飲んでる訳じゃないんだ」
「うん。そのうち飲もうと思ってたんだけど、病院の先生からも飲む必要もないですねと言われた」
 
「和実さんは?それもホルモン剤飲んで作った胸じゃなさそうだけど」と青葉。
「私はね。高校の時に一時期わざと太って、そこから急速に痩せたの。そしたらバストが残った」
「それ、危険っぽい」と千里。
「うん。あとで聞いた姉ちゃんから殴られた。後はバストマッサージとかツボ押しとか」
「あ、マッサージとツボ押しは私もかなりやった」と青葉。
 
「千里さんのはSub-Qですか?」と和実。
「うん。そう。でも最近は青葉からヒーリング受けてて、ヒアルロン酸の水増し分だけじゃなくて、本物の脂肪もかなり付いてきた。乳腺も発達してるのを感じるし」
「わあ、凄い」
 
「なんかみんな特殊なやり方で胸発達させてるのね。シリコンとホルモン剤をまともにやってるのは、私だけ?」と冬子。
「冬子さん、そのシリコン、抜きません?」と青葉。
「えー?」
「ホルモンでもかなり発達してるでしょ?」
「うん。シリコン入れた時Dカップだったけど、今Eカップが少しきついくらいで、Fカップに替えようかと思ってたところ」
「じゃシリコン抜いてもCカップはありますよね」
「たぶん」
 
「手術したのって、1年くらい前?」
「そんなもの」
「まだ痛いでしょ」
「うん」
「抜いてから、私がヒーリングしてあげますよ。そしたら痛み無くなるから」
「でも・・・・」
「冬子さんの体内の女性ホルモンも活性化させてあげますから。そうしたら2ヶ月くらいでDカップまでは戻すの保証します。同級生でAカップしか無かった子を私、2ヶ月でCカップにしましたから」
「凄い」
 
「それと、性転換手術の跡もかなり痛くないですか?」
「うん。まだ結構痛い」
「それも私、ヒーリングしてあげますよ」
「ほんと?」
「応急処置だけ、今していい?」
「うん」
青葉は冬子を隣り合っている和室に寝せると、左手を身体の上にかざすようにして、胸からお股の付近まで、身体と並行に動かし始めた。
 
「な?なに?この感触は?」と冬子。
「何か感じるの?」と政子。
「不思議なフィーリング・・・・身体の中で何か滞ってたものが流れていくみたいな感じ」
「へー」
「全身エステとかでマッサージされている時の感触に似てるけど、もっと身体の深いところで流れができていってるみたいな。それから体内でなんかレゴが組み替えられてるっぽい感触。レゴというより水道管ゲームかな」
「あ、それうまい表現だと思う」と千里。
「私がされる時もそんな感じ」
 
青葉はヒーリング中は何も言わない。そしてそれを10分間くらいしていた。
 
「取り敢えず応急処置完了」
「あのね・・・・ヴァギナの痛みが凄く軽くなった」
「へー」
 
「あの状態では痛かったと思います」と青葉。
「バスト発達させるのとか日常的なメンテとかは電話を通しての遠隔ヒーリングでも出来るけど・・・・お忙しいんでしょう?私も北陸だしなあ。もう少し時間取れたらもっと本格的な部分もヒーリングしてあげられるのに」
 
「私、そっちに行くよ。大学も来月下旬からは夏休みに入るし」
「スケジュール大丈夫ですか?」
「何とかする。よし、胸のシリコンも抜いちゃおう!」
 
「シリコンはどうやっても異物だから、そこで気の流れが妨害されちゃうんですよね。だから完全に痛みを取ることが難しいです。性器の方は、もともと身体に付いてた物を素材に作られているから、その手の問題が起きにくいです」
 
「じゃ、シリコン入れるより、お腹の脂肪をとって注入する方がマシ?」
「あれは問題外です」と青葉。
 
「だけど、この中で性転換手術済みなのって、私だけなのかしら?みんな凄く完璧に女の子なのに」とテーブル席の方に戻った冬子。
 
「私、来月くらいに去勢しちゃう。でも性転換どころか、そもそも身体にメス入れてるのが今の所、冬子さんだけみたいね」と千里。
 
冬子が初女装から性転換手術まで2年8ヶ月だというと、そんな急進展の人も珍しいとみんなが言う。
「えー?でもおちんちんなんて付いてるだけ邪魔じゃん、みんな取っちゃおうよ」
と冬子が煽る。
 
「私、手術しちゃおうかな・・・・」などと和実が言っている。
「私は来年くらいかなと思ってる」と千里。
 
「私少し迷ってたのよね」と和実。
「震災までは、自分の性別認識自体が揺れてたんだけど、あれで九死に一生を得て、それで自分の内面で全てが変わってしまった感じで。もうちゃんと女の子になっちゃおう、と思ってるんだけど」
「あれは内面が変わるよね」と青葉。
 
「でもいざ、手術しようかと思うと、なかなか踏ん切れなくて」
「とりあえず、診断書2枚、もらいに病院に通ったら?」
「だよねー。それ取らないと手術してもらえないし」
「あぁ。私も診断書もらいに行かないと」と千里。
 
「じゃ、また質問大会。この中で数年以内に性転換手術受けるつもりの人?」
和実、青葉、千里の3人が手を挙げる。
 
「あきらさんは。。。たぶん手術しないよね?」
「うん。そのつもり。10年後には分からないけど。豊胸手術くらいはするかも知れないけど、下の方は少なくとも当面は生殖機能を維持しておきたいし」
「淳さんは?」
「私は5-6年先かな・・・性転換しちゃうの」
「ふふ。そんなに我慢できるかな?」と和実が笑いながら言う。
「ね、一緒に病院に通わない?診断書取りに」
「それもいいかな・・・・」
 
「ところで、あきらさん、男性機能はむしろ活性化させつつ、身体の上半身は女性ホルモン優位にしてバストを発達させるなんてこともできるんだけど」と青葉。
「何それ?」
「私が今それやってもらってる」と千里。
「私、訳があって去勢前に精子の保存をしているの」
「あああ」
「それで精子を採取する前日からあの付近だけ男の子にして、でも上半身は常時女の子にしてバストが発達してきてる」
 
「私もやってもらおうかしら」とかなりマジな顔で、あきら。
「でも男性機能は強くなりすぎないほうがいいです。生殖が可能な程度で」
「その辺は調整できるよ」
「男性器自体が自分に付いていることには嫌悪感があるから」
「じゃ、そのうち性転換するの?」
「小夜子との関係が大事だから、結婚生活の維持が優先。だから性転換まではするつもり、あまり無いのよね」
「あら、私は別にそれ無くなっても構わないけど。もうひとり子供が出来た後だったらね」と小夜子。
「おやおや」と淳。
「じゃあきらさんのおちんちんはそれまでの命?」と冬子。
「千里姉さんにやってるのは時間限定でしかも部分麻酔に似た感じで、ターゲット付近のみを男性ホルモン優位にして男性機能を活性化させているんだけど、常時、あの周囲だけ男性ホルモン優位、それ以外の部分は女性ホルモン優位にもできます」
 
「それって、ほとんどふたなり状態?」と和実。
「近いね」と青葉。
「和実さんの、さっきからちょっと見てたんだけど、男性機能はまだ死んでないよ。
わずかに残ってるから、活性化させることもできるよ」
「いや、いい。私は使う気無い。精子の保存もいいや」
 
「でも私、和実と3ヶ月以上一緒に暮らしていて、和実の男の子部分、一度も見たことない」と淳が言うと「好きな人にそんなもの見せられません」と和実は答える。
「あ、その気持ち分かる」と千里さん。
「ふふーん」と桃香。
 
「でもあそこで和実に子供が出来るって言いましたよね?青葉さん」と淳。
「そんなこと言ったっけ?」と青葉。
「言ってた」と千里。
「うーん。記憶無いなあ」
「後ろのお姉さんが言ったとか言ってたよ、青葉」と桃香。
 
「え?」
というと青葉は斜め後ろの方に気を集中するような仕草を見せた。そして 
「この部屋の中にいる人、みんな子供が出来るか、既に子供がいるかだって。
あ、子供が既にいるってのは、あきらさんと小夜子さん、ビストロのオーナーさんの3人だね。あきらさんと小夜子さんには、もうひとり出来るって」と言った。
 
「ほほぉ」と桃香がニヤニヤして言う。桃香はこの手の青葉の発言はあまり信じないのだが、この発言だけはどうも信じている感じであった。
 
「うーん。やはりそうなのかなぁ。ひょっとしたらそんなことあるかもな、という気がしたことは以前あるんだけど、青葉ちゃんに言われると本当かもという気がしてきた」と和実。
 
「私はさすがに無理だよね。完全撤去済みだから」と冬子。
「うーん。。。」と言って青葉はまた斜め後ろの方に気を集中していたが「えーん。後ろのお姉さん、微笑んでるだけで何も教えてくれない」
その時、政子が一瞬微妙な表情をしたことに気付いたのは、小夜子だけであった。
 
「ところで青葉ちゃん、今日のヒーリングの代金はおいくらくらい払えばいい?」
「お気持ちで。学校で同級生にやってるのとかは、おやつ1個ですよ」
「へー」
「岩手に住んでいた時は、これで生活してたから現金でもらってたけど」
「え?」
「この子、親からネグレクトされてて、御飯ももらってなかったのよ」と桃香。
「きゃー」
「それで同級生からヒーリングの代金100円とか200円とかもらったりおにぎりやパンもらったりして暮らしてたんだけど」
「なんか壮絶ね」
 
「高岡に来てからは、新しいお母さんにちゃんと御飯もらってるから、ヒーリングの代金はおやつということにしたんです」
「御飯もらってるというより、朝晩の御飯は青葉が作ってるから、母ちゃん、楽でいいと言ってたよ」と桃香。
「お。すごい」
 
「料金は、一般の人の相談とかは大抵3000円くらいでやってるよね」と桃香。
「うん。ふつうの相談はそんなもの。難易度の高いものとか危険なものとかはもっともらうけど」
「津波で行方不明になった遺体の捜索は1件3万円取ってたね」
「あれはその値段にしないと、依頼が殺到してたまらなかったのよ」
 
「えー?遺体の捜索とかもできるんですか!」
「そういうのとか霊的な相談とかの方がむしろ本職だよね」
「うん。ヒーリングはむしろ余技」
「凄い。霊能者さんなんだ」
「ひいおばあちゃんが凄かったんだって」と千里。
「幼稚園の頃から、ひいおばあさんの助手みたいなことしてて、小学2年の時にひいおばあさんが亡くなった後、実質継承したの」
「形式的にはお弟子さんだった人が継いだのよね」
「うん。小学生が出ていっても信用してもらえないから」と青葉。
「で、実際には青葉ちゃんがやってたんだ」
 
「田舎だからね。病気平癒祈願とか多かったよ。でも万一、お医者さんに見せるべき患者さんだったら、やばいじゃん。だから医学や薬学はいっぱい勉強した」
「青葉、注射うまいよね」と桃香。
「それあまり人前で言わないで。医師法違反だから」
 
「この子、知識が偏ってるんだ。医学とか薬学とか外国語とか、魔術とか神道とかそういう知識は物凄いのに、この春まで『落語』とか『ジェットコースター』を知らなかった」と桃香。
「あはは」
「面白い子だなあ、なんかいっぱい個人的に話したくなった」と和実。
「私のおっぱいも少し大きくしてよ」
「いいよ」
 
「で、料金はこの子、相手の懐具合に応じて取るみたい」と桃香。
「うん。それで同級生からはおやつ1個だし、ふつうの人からの一般的な相談は3000円とかだし」
「お金持ちからはどっさり取ってるよね」
「というより、向こうが払ってくれる。払ってくれたものは遠慮無く頂く」
 
「じゃ、今日の代金、このくらいでどうかしら?」と冬子は万札を3枚出す。
「多すぎです」と言って青葉は1枚だけ受け取り、2枚は返した。
「遠慮無くもらうんじゃなかったの?」
「いや、それでも多すぎだから」
「ふふふ」
 
「そういえば私、こないだ会った時に、青葉ちゃんのインパクトが凄すぎてさ」
「はい」
「歌を作っちゃったの。ちょっと聴いてくれる?」
「ええ、聴きたいです」
 
冬子はお店の端に置いてあるアップライトピアノを「貸してください」と言ってオーナーさんに断ってふたを開くと、弾き語りで『聖少女』を歌った。
 
「すごーい。生で聴いたの初めてだけど、上手い!」と小夜子が感動している。
 
「これ11月くらいにシングルで発売しようと思ってるの」
「冬子さん・・・・」
「何かまずかった?」
「その歌に、私のヒーリングの波動が入ってる」
「え?ほんと?ごめん」
「ううん。いいんです、というより、冬子さん、私がヒーリングしている所、ちょっと見ただけなのに、それを取り込んじゃうって凄い。それにそもそも波動は耳で聴けるものでもないのに。やはり冬子さんって、天才なんですね!」
 
「この歌聴いた人、みんなヒーリングされちゃったりして」と胡桃。
「多少の効果あると思います。悩んでる人とか聴くと少し楽になると思う」
「わー。でもそれなら、私この歌の作曲印税の半分、青葉ちゃんに払う。というより、青葉ちゃんを共同作曲者として登録するよ」
「いや、別にいいですよ」
「ううん。だってそうしないと、私の良心が許さない」
「分かりました。じゃお願いします」
 
この時点では冬子も青葉もその「作曲印税の半分」が1千万円を超えることになるとは、思いもよらなかった。
 
「だけど、みなさん声がちゃんと女の子だよね」と胡桃。
 
「私の場合は変声期前に去勢しちゃったからね」と青葉。
「私の場合は変声障害で、ほとんど変声しなかったのよ」と和実。
 
「私はメラニー法の練習頑張った」と淳。
「私、そのメラニー法を知らなかったのよね」と冬子。
「カラオケ屋さんで色々練習してるうちにこの声を発見したの」
「私は桃香にだいぶ指導されて、女の子らしい声を見つけてもらった」と千里。
 
「私はある日突然、何かの拍子に女の子の声が出ちゃったのよね。そのあとしばらくは、男の子の声のほうが出し方分からなくなっちゃって」とあきら。
「結局、もう男の子の声、使ってないよね」と小夜子。
「うん。当時、男の子の声思い出すのに一週間くらいかかった。それから一時期は両声類してたけど、最近はもう女声ばかりで。男声出そうとしてもすぐ出ないことが多い」
 
「淳さん以外は、もうフルタイムですよね?」と青葉。
 
「私、美容室のスタッフ一覧の所に、最初は『男性』と書かれていたのだけど、そのうち性別『?』にされちゃって、ついに先月からは『女性』にされた」
と、あきら。
 
「ふつうに女性客の着付けをしてるよね」と小夜子。
「そうそう。男性扱いだった時は、着付けの技術はあっても、あまりさせてもらえなかったんだよね」
「あ、そうだ、昨年着付け技能士1級取られたんですよね」と胡桃。
「ええ、そのモデルしてもらったのが縁で小夜子と結婚したんです」
「おお、おめでとうございます」
 
「私も今年1級受けてて、年末に実技の方、受ける予定です」と胡桃。
「まだ学科の結果は出てないけど、まさかあれで落ちてはないと思うので」
「おお、頑張って下さい」
「私の場合、モデルは妹の和実使いますけどね」
「だいぶこないだから振袖を着せられてます」
 
「私達もだいぶ着たね」と小夜子。
「うん、毎日やってたからね」
 
「でも和実さんは『妹』さんなんですね、もう」と小夜子。
「だってこれを『弟』と言えないもん。諦めました」
話が盛り上がるものの、けっこうな時間が過ぎていくので、冬子がうちのマンションに来ませんか?と言い、全員を招待した。
 
「よし、二次会だ」と和実は楽しそうである。
 
「このマンションは男子禁制にしてるんだけど、男子はここにひとりもいないから大丈夫ですね」と冬子が笑って言う。
「わあ。セキュリティ付きのマンションって初めて」と青葉。
「分譲マンションですか?」
「いえ、賃貸ですよ〜」
「家賃訊いていい?」
 
「42万円。それまで家賃8万円のアパートにいたんですよ。でも去年再デビューする時に、セキュリティ付きのマンションに移ってといわれて。当初は家賃払えるかなと思ったんだけど、幸いにも払える状態が続いてる」
「大変だよね。芸能界って売れる売れないは時の運だし」と和実。
「そうそう。実力あるのに売れない人って多いもん。あ、それからここは盗聴器の検知機を作動させてるから」
「わー」
「じゃ、ここでもオフレコで色々話せるね」
 
「未成年の人、手を挙げて」
青葉、和実、冬子の3人が手を挙げる。
 
「じゃこの3人はオレンジジュースとかウーロン茶とかで」といって、冬子は冷蔵庫から、ジュース類を出して来た。
「他の人は水割りでいいかな?」と政子がウィスキーと氷を持ってきた。
「帰りに車を運転する人・・・・いないですね」
 
冬子が全員分のグラスを揃えている間に政子は居間に置かれた大型の冷蔵庫からお菓子の箱を3つほど取り出してきた。
 
「政子さんはよくこちらにも来るんですか?。勝手知ったって感じ」
「週に1〜2度は来るかな。冬が東京にいる間は。ま、居ない時も勝手に来るけど」
「政子のタンスもあるし」
「冬子のタンスもうちにあるね」
「なんかおふたりの関係がだいぶ分かってきた」と和実。
「あまり勝手に誤解しないように」と冬子が笑っている。
 
「ファンからの頂き物で、お菓子類にしても飲み物にしても豊富なんです」
「私の分もこちらに持ち込んでるしね。置き場所の問題で。だからこちらにおやつを求めて来ることもある。この居間の冷蔵庫はもらったお菓子専用」
と政子。
 
「ローズ+リリーの活動はずっと休止中なんだけど、ローズクォーツがそこそこ売れているから、私の方にもけっこうプレゼント贈られてくるのよ」
「こないだの政子の誕生日には凄く大量に贈られてきたね」
「うん。あれはびっくりした。事務所から冬の車でこちらに運んだもんね」
 
「こちらに移動中に携帯で少し見てました。来月久しぶりにアルバムを発売するんですね?」と小夜子。
 
「メモリアル・アルバムね」
「メモリアルって、追悼版?」
「そそ。私は現役復帰するつもりないから」と政子。
「もったいない!」
「でもこれ昔の録音とかじゃなくて新録音ですよね」
「実は去年録音したの。大人の事情で発売を1年延ばしてたんだ」と冬子。
「へー」
 
「今年また録音して来年発売するとか?」
「今年も新曲録音するよ、とは言われてるけど、発売については聞いてないね」
「えーっと、聞いてないことにするんだった」
「オフレコ〜」と和実。
「今年はすぐ発売するよ。秋くらいの発売。でも絶対誰にも言わないでね」
「わあ。発表になったら即予約入れよう」
 
「政子がどんどん新しい詩を書くから、私がそれに曲を付けて、どんどん曲ができていくから、時々それをアルバムとしてリリースしようという趣旨なのよね。
だからこのあと毎年、メモリアル2,メモリアル3,メモリアル4,...と1年に1枚くらいのペースで、私達の創作の泉が枯渇するまで続けていくつもり。これって、アマチュアのアルバムの作り方に近いけど、なぜか上島先生が嗅ぎつけて、僕の曲も入れてね、なんて言ってくるの。すると商業ベースに乗っちゃう」
 
「あの先生も忙しいのに、よく私達に目をかけてくれるよね」
「息抜きらしいのよ。売れる売れないに関係無く自由に曲を書けるからって」
「ああ、あれだけ忙しいと、そういう曲の作り方もしたいんでしょうね」
 
「政子さんと冬子さんは私と同じ学年かな?」と和実。
「だよね。大学2年生」
「千里さんと桃香さんが3年生ですね」
「そうそう」
「青葉ちゃんは中学2年だったね」
「淳さんは・・・・27くらい?」
「30になりました。あきらさんは私と同年代ですよね?」
「31です。小夜子とはもともと高校の同級生だったんですよね。当時もわりと仲良かったけど、恋人になったのは大学を出てから。たまたま私の勤めていた美容室に小夜子が来たのがきっかけ」
「一度は晃の女装趣味に付いて行けないと思って別れたのよね。だって晃ってデートにスカート穿いてくるんだもん。あり得ないよ。ホテル行ってみるとブラジャーまで付けてるしさ。でも、去年偶然再会して、今度は3度目の正直で結婚しました」
「わあ、大ロマンスだ」と政子は言うと、何か思いついたような顔をして、バッグからノートを取り出し、ペンを走らせ始めた。
 
みんなが静かに見守っている。政子のペンは1度も停まることなく、10分ほどで、50行ほどの詩が完成した。「Long Vacation」というタイトルが付けられている。
 
「冬〜、今すぐこれに曲付けて」
「了解。というかほとんど出来てる。五線紙頂戴」
「はーい」
と言って政子がバッグから五線紙を取りだし、今自分が使っていたペンと一緒に渡す。
 
冬子は『出来てる』という言葉の通り、ほとんど迷わずに五線譜に音符をどんどん書き連ねていった。政子が詩を書いているのを見ながらもう作曲していたのであろう。また誰も声を出さずに見守っている。曲は15分ほどで完成した。
 
みんながパチパチパチと拍手する。
 
「凄い。ローズ+リリーの創作現場を見てしまった」と和実。
「おふたりとも凄いですね。いつもこんな感じで制作するんですか?」と小夜子。
「ふつうは冬が先に曲を書いて、私が詩を書き込んでいくことの方が多いよね」
「うん。今みたいに突然曲が湧いてきた時はね。今みたいに政子の方が先に詩を思いついて、私が曲を付けていくパターンは珍しいです」
 
「ここまで凄いインスピレーションで書いた場合でない時は、私が自分の詩のノートに書いておいて、それを冬が作曲したい時にぱらぱらと見て気に入ったのがあったら、それを見ながらキーボードとか弾きながら曲を付けていきます。
そういう作り方する曲が9割くらいですが、たまに今みたいに突発的なインスピレーションから短時間で曲を書き上げることがあるんです」
 
「でも譜面書くのに楽器使わないんですね」と青葉。
「強いインスピレーションから書く時はだいたい楽器使わないよね」
「うん。頭の中にメロディーが流れてくるから、それをどんどん書き出していく。楽器を使って、いい音の流れとかを探す必要がないんです」
 
「この曲、今度のアルバムで使いたいね」
「ローズクォーツ?」
「ううん。ローズ+リリーだと思う。この曲調は」
 
「もし良かったら歌ってみてください」と小夜子。
「いいですよ」と冬子は言うと、奥の部屋に行き、キーボードを持ってきた。
「最初に演奏だけするから、そのあと一緒に歌おう」
「OK」
 
それは郷愁をそそるような感じの曲だった。
「わあ・・・・これ私達のことだ」と小夜子。
「うん・・・」とあきらが涙を浮かべている。
 
「そのお腹の中の赤ちゃんへのプレゼントということで」と冬子は言う。
「ありがとう」
「インスピレーションもらったお礼に、後でベビー用品とか贈りますね」
「でもあきらさんはいつ頃から女装してたんですか?」
「うーん。。。。」
「スカートは美容師始めた頃から穿いてたらしいね。でも晃的見解では、スカート穿いたり、お化粧したりするのは、単純なファッションだったというのよね」
「うん。だから女装している意識はあまり無かったのよね。最近まで」
「下着はどうしてたんですか?その時期」
「下着は昔から女物だったよね」
「スカート穿くのに下にブリーフとか穿けないもん」
「私はそれで充分女装だと思うんだけどね」と小夜子。
 
「だけど、男性の美容師さんの中にはけっこうスカート派いますよね」と胡桃。
「ね、いるよね」とあきら。
「でもあきらさんの場合は、男の人には見えないから」
「あらら」
 
「淳さんはいつ頃から?」
「物心ついた頃から女の子になりたかった」
「典型的なパターンですね」
「だから小さい頃も親の目盗んで、母のスカートを身につけたりとかしてました。私の場合、女のきょうだいがいないから、母の服が憧れだったんです。
サイズ全然合わないけど」
 
「女物の服の調達ってのは子供の頃はみんな悩んでるよね」と千里。
「この世界の人って、物心ついた頃から女性志向だった人多いけど、それを親に認めてもらえないから苦労する。私の場合は妹がいたから、それを借用したりしてたけど、スカートとか実際には小さくて穿けなかった」
 
「完全に穿けなくても身につけただけで結構満足するんだよね」と淳。
「そうそう」
 
「私の場合、幼稚園の時まではスカート穿きたいと言うのをお母さんが少し面白がって穿かせてくれてたのよね。当時はまだ姉ちゃんのお下がりが使えたのも大きいけど、けっこう私のために新しく買ってくれることもあった。
でも小学校に上がったら、ズボン穿きなさいと言われたのよ」と青葉。
 
「お姉さんがいるのはやはり理想だよね」と和実。
「和実ちゃんのこと、それ?」と桃香。
「私は女装始めたのが高校の時だったからね。でも自分で女物の服を買ってたから、姉ちゃんの服を借用したことって、何度かしかない」と和実。
 
「そのあたりの事情は私も和実さんと同じだ。私も姉ちゃんいるけど、姉ちゃんの服を借りたことは1度もない。自分の稼ぎで女物の服を買ってたもんね。高校から女装を始めたというのも同じだよね。ま、女装がばれてからは姉ちゃんから服をもらうことよくあった」と冬子。
 
「ふたりとも女装と仕事がリンクしてるから、少し特殊だよね」
 
「青葉ちゃんも自分で女物の服を買ってた口だよね」
「うん。小学校に上がった頃から、両親の仲が悪くなってしょっちゅう喧嘩しているようになって、そのうち子供2人放置されてしまって。それで私自身が小2の時に、拝み屋さんの仕事を継承して現金収入が得られるようになったから、勝手に女物の服を買って着るようになった。水泳の授業にも女子用スクール水着で出てたし。だからその頃からは、お姉ちゃんのお下がりもらえることは少なくて、私が逆にお姉ちゃんに服をあげてた。体型あまり変わらなかったし」
 
「そうか。青葉ちゃんって小学2年の時から自分の生活費を自分で稼いでいたのか。
凄いね」
「とりあえず運が良いことに、私と姉ちゃんと2人が飢えない程度にお金を得ることができたからね。ひいおばあちゃんが凄かったおかげで依頼人が絶えなかった訳だから、ひいおばあちゃんにずっと助けてもらっていたようなものだけどね」
 
「この中でダントツに若いのに、ダントツにしっかりしている感じだもんね、青葉ちゃんって」と和実。
「とりあえずフルタイム女装歴はいちばん長いよね」と千里。
「確かに・・・・・」と和実。
「2番目に長いのがたぶん、あきらさんだよね。本人は女装ではなかったと主張するかも知れないけど」と淳。
 
「フルタイム歴は・・・千里さんは1年くらい?」「うん」
「冬子さんは1年半だよね」「そうそう。和実ちゃんもでしょ?」「うん」
「やはり青葉の14年というのは凄すぎる」と桃香。
 
その晩は23時前後から終電のある人が少しずつ抜けていったが、深夜1時を過ぎても、冬子・政子・和実・青葉・千里・桃香の6人が残って話をしていた。
千葉に帰る予定だった青葉・桃香・千里の3人はとっくに終電はなくなっていたが、もうこのまま、お泊まりモードという感じだった。
 
「眠ってしまった人には毛布くらい掛けてあげるから、眠くなったらその辺りでごろんと横になって寝ていいよ。寝姿を盗撮したりはしないから」と冬子。
 
「でも自宅に防音室があるっていいですね」と青葉。
「使ってみる?」
「いいんですか?」
 
青葉は冬子の家の室内に設置された防音室の中に冬子、千里と一緒に入ると、(他の3人は半分眠り掛けている感じだった)「ピアノ借りまーす」と言ってクラビノーバのふたを開け(防音室内にはエレクトーンのSTAGEAと電子ピアノのクラビノーバが置かれている)、和音を弾きながら、コンクールで歌っている『島の歌・幸い』を歌い始めた。
 
「凄い。F6まで出るんだ!」と冬子。
「実はC7まで出ます」と青葉。
「きゃー。下の方は?」
「D3までです」
「4オクターブか!凄いなあ」
「でも世の中には6オクターブとか凄い声域持ってる人もいますね」
「うん。6オクターブの歌手、わりと親しい人の中にも2人いるよ。でも、私、この声では2オクターブちょっとしか出ないの。実は男声では2オクターブ半くらい出るんだけどね」
「男声で2オクターブ半出るんなら、多分女声では3オクターブ出せますよ」
「そうかな」
「練習次第」
「ね、また今度でいいから、発声で少し教えて」と冬子。
 
「はい。今日は少し歌い込んでいいですか?大会が近いので」
「うん。遠慮無く使って」
「あ、そうだ。冬子さん、避難所で斎太郎節を歌う時、ちゃんと民謡音階で歌ってましたよね」
「なんかいろんなジャンルの歌を歌えと言われて、民謡教室に通わされたのよ」
「わあ、お仕事って大変だ」
「でもちゃんと音階の違いが分かるのね、さすがだね、青葉ちゃん」
 
「あの場で、青葉とあきらさんがそのこと言ってたけど、どう違うの?」と千里。
「歌い分けてみるね」と言って冬子は、斎太郎節を民謡音階と西洋音階で歌い分けてみせた。
「西洋音階の斎太郎節ってなんか変」と千里。
「変でしょ?でもこれで歌っちゃう人多いのよね。これがまた、お琴の音階は別なんだな」
「基本的には楽器ごとに音階は違うんでしょうね」
「それでこの春にリリースした『雅な気持ち』という歌では、お琴の音階でロックしたの」
「わあ、面白い」
「楽器の調律面倒だから録音したの流しちゃおう」というと冬子は防音室内に置いたパソコンから『雅な気持ち(春を待つ)』の音源を呼び出し、再生した。
 
「わあ、これはちょっと不思議な世界ですね」と青葉。
「そうだ。音階の話になったから、これ披露しちゃおう」
「何だろう?」
 
「これ去年のコンクールで岩手にいた時にコーラス部で歌ったんです」と言って青葉はピアノを弾きながら『夜明け』のソプラノパートを歌い始めた。
やがて歌がソプラノソロ『巫女の歌』の所に掛かる。冬子が驚くような顔をしている。
 
歌い終わってから2人が拍手をする。
「なんだか心の深層を動かされるような音階だった」と冬子。
「幸せを招く歌なんです、これ本来は」
「えっとこんな感じかな?」
といって冬子は今聴いたばかりの『巫女の歌』を歌ってみせた。
但し青葉の1オクターブ下で歌った。
 
「すごい。音程ピッタリ。なんで、そんなにすぐきれいに耳コピーできるんですか?」と青葉が驚いて言う。
「だって、これでも一応プロの歌手だから」と冬子はにこやかに答えた。
 

翌日、青葉は桃香と千里が大学に行っている間に和実の勤めるメイド喫茶に行き、和実の時間が取れたところでテーブルに座り、少し個人的に話をした。
ふたりは面倒だから?お互い呼び捨てで行こうということにした。メイド服を着た和実に、青葉はちょっとだけドキドキした。青葉が女の子にドキドキするのは珍しい。私、女の子にドキドキするのは菊枝だけかと思ってたのになあなどと青葉は考えていた。
 
「和実は石巻にいたの?」
「あ、姉ちゃんが石巻で、私は仙台に買物に出てたの。でもどちらもほんのちょっとの運命のアヤで津波から助かったのよね。姉ちゃんはちょうどお昼を食べに出て助かったけど、姉ちゃんの美容室の人、全滅だったし」
「きゃー」
「私自身は必死で走って、津波からやっとで逃げて、後ろ振り返ったら誰もいなかったの。私の後ろで走っていた人たち、いたはずなのに」
「うわぁ」
 
「青葉は大船渡だよね。あそこも被害が凄かったでしょ」
「うちのクラスはちょうどその時間、体育でスキーしてて山の上にいたから全員助かったんだけど、学校の方では高台に避難している最中の列の途中に堤防を突き破った津波が来て先生と生徒あわせて15人死亡」
「あああ」
「昼休みにコーラス部で一緒に練習していて、会話も交わした先輩も1人亡くなったんだよね」
「誰が生き残って誰が死ぬかって、ほんとに紙一重だったね」
「うん。私も和実も死んでてもおかしくなかったんだろうね」
 
「うん。というか、何だかいまだに自分がほんとによく助かったなという思いというか、私ってホントに助かったんだろうか?なんて思っちゃって」と和実。
「和実も?実は私もなの。私、今自分が本当に生きているのかって、いまいち自信が無くて」と青葉。
 
「だけど・・・私も青葉も、もし実はあの時死んでいるんだったら、今、私達幽霊同士で会話していることになるのかな?」
「あはは、それも面白いかもね」
 
「だけど、青葉の後ろのお姉さんが、私に子供出来るって言ってたけど」
「うん」
「私、母親になるのかなあ、父親になるのかなあ」
「うん。お姉さんにあの後でも訊いてみたんだけど、その件それ以上は言えないって。でも淳さんが父親で和実が母親かもね」
「そうなったらいいなあ。ね、それとさ」
「うん」
 
「あの部屋にいた全員って言ったでしょ?」
「そう。ビストロのオーナーさんとその娘さんも」
「青葉もなの?」
「え!?」
「だって、青葉もあそこにいた訳だから」
「あ・・・・それは全然考えてなかった。でもあり得ないよ。私生殖能力無いし・・・・あ、やはり後ろのお姉さん、微笑んでるだけ」
「私ね、冬子さんには赤ちゃんできそうな気がしたんだ、あの時。これ本人や他の人には言わないでよ。でも青葉も、マジで、そのうち、赤ちゃん産みそうな気がするよ」
「あはは・・・・産んでみたいなあ」
 
少し焦りながら答える青葉であった。
 
 
前頁次頁目次