【クロスロード3】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2014-05-09
2011年7月21日。
震災で津波にさらわれ行方不明になっていた、青葉の実母(礼子)の遺体が見つかったという報を学校で大船渡の佐竹慶子から受けた時、青葉は、まず自分と一緒に住んでいて「お母ちゃん」と呼んでいる後見人の朋子に連絡し、それから「お姉ちゃん」と呼んでいる千葉の桃香と千里に連絡し、それから恋人の彪志や何人かの親友、震災で一緒に亡くなった実姉・未雨の同級生である鵜浦さん、また高知に住む姉弟子(実質的に青葉の指導者)の菊枝に連絡した。その後、慶子やメールをした友人などとやりとりをしていたら、突然和実から電話が着信した。
驚いて取ると
「何かあった?」
と訊かれた。
「あ、えっと・・・実はお母さんの遺体が見つかって」と青葉が言うと「ああ、お母さんの遺体だけまだ見つかってないと言ってたね」と和実は言う。
「うん。それでずっと仮葬儀のままだった家族の本葬儀をまとめてしようかと」
「そうか。じゃ、こないだ集まった人たちに連絡していい?」
「うん。。。でも、何で『何かあった』かって思ったの?」
「直信が入ったような感覚があったよ」
「凄い霊感!」
「青葉の影響だよ」
和実は元々小さい頃から何度か幽霊を見たりしたこともあり、弱い霊感体質であったのだが、仙台で震災に遭遇し、走って津波から逃げて気がついたら自分の後ろには誰もいなかったなどという、ギリギリで助かる体験をした後、突然霊感が高まった。そして6月に青葉と遭遇したことで刺激されたようで、かなり高度の霊感体質というか、巫女体質になっていた。(この状態は震災一周忌の頃まで続いた)
そういう訳で青葉の両親・祖父母・姉の葬儀のことは、和実から、冬子とあきらにも連絡され「クロスロード」のメンバーが三度(みたび)、集結することになったのであった。
和実から連絡を受けて、あきらはすぐに小夜子と共に葬儀にいくことを決めて青葉におよその到着時刻を連絡した。冬子は翌日発売する予定の新譜のキャンペーンで全国を駆け巡る予定ということで、22日は北海道から青森、23日は仙台・山形などを回る予定なので、ひょっとしたらその途中で顔を出せるかも知れないが分からないので、青葉には多忙で行けないと伝えておいてくれと言った。一応政子が2人を代表して葬儀に出席するということであった。
来てくれる人たちの送迎に関してまとめている内に青葉は悩む。
「仙台空港が臨時運用中だから、遠くから来る人は花巻空港使う人が多いみたい」
と半ばひとりごとのように言ったら。
「花巻の方がそもそも大船渡に近いんじゃないの?」
と朋子が言う。
「そうなんだけど、仙台の方が便がたくさんあるという思い込みがあったんだよね。ところが仙台空港は7月25日定期運行再開なんだよ」
「だったら、仙台と花巻とで送迎する?」
「いや。待って。それなら新幹線で来てくれる人たちもいっそ花巻まで来てもらった方がいいかも」
「それは言えてるね」
「ちょっと時刻を再度調べてみよう」
と青葉は言ったが
「それ大変だから桃香にやらせよう」
と言って、朋子は桃香に電話して、こちらからFAXする旅程を花巻ベースで練り直してくれるように頼んだ。
桃香からの返事は2時間後にあった。
「大変だったぞー。飛行機は旅行代理店でバイトしてる友だちに電話して、どれが本当に飛んでいるのか全部確認してもらった」
それで桃香が送ってくれた予定表を見ながら、今度は来てくれる人全員に電話して旅程の変更を頼む。この作業は、青葉・朋子・千里・桃香の4人で手分けして電話を掛けまくった。
最後の方、青葉と朋子から連絡の取れなかった何人かについて桃香たちにフォローを頼み、ふたりは21:40の高速バスに乗った。
翌日朝6:30に仙台に着く。さすがに長時間バスに揺られると身体が疲れているので駅近くでお茶を飲んで一休みする。桃香と千里が乗っている新幹線は8:30に仙台に到着するので、その列車に青葉たちも乗り込むことにする。お弁当を買ってから新幹線に乗り込み、車内で桃香たちと合流した。
9:49に新花巻に到着。駅前のトヨレンでエスティマ・ハイブリッド(8人乗り)を2台、3日間ということで借りて、これで弔問客をピストン輸送することにした。
最初に朋子が1台のエスティマに桃香・青葉を乗せて大船渡に向かい、千里がもう1台のエスティマで花巻空港に向う。ここで出雲から来る直美とその夫を待つ。
13:30に伊丹からの便が到着する。ふたりが荷物受取所から出てくると千里が近づいて行く。
「こんにちは。私、川上青葉の姉で、千里と申します。藤原民雄さん・直美さんですか?」
「はい、あなたのことは聞いてますよ。色々大変でしたね」
「お疲れ様でした。駐車場にご案内します」
千里はさりげなく直美が持っている荷物のひとつを持ってあげる。
「でも会ったことないのに、よく私たちのこと分かりましたね。写真とか見ました?」
「いえ。でも私、人を見つけるのとか、失せ物探しとか割と得意なんです」
「へー!」
エスティマの後ろの座席に案内する。
「一応、お弁当とおにぎりは買っておきました。ホカ弁やコンビニおにぎりで申し訳ないのですが」
と言ってお弁当を勧める。
「もしかしたら禁忌があるかも知れないとは思ったのですが、食べられそうなのがあったら食べてください。お茶やコーヒーとかもたくさん買ってますからお好きなだけどうぞ」
「あ、今控えているものは特にないから大丈夫。トンカツ弁当もらっちゃおう」
「じゃ僕はチキン南蛮弁当で」
と言って1個ずつと取り敢えずお茶のペットボトルを1本ずつ取る。
車は空港を出て新花巻駅に向かう。
「出雲から大変でしたね。でも伊丹経由だったんですね。羽田経由かと思った」
「ああ。羽田から花巻までの便は飛んでないんですよ」
「あれ?そうでした?」
「震災後一時的に飛んでたんですけどね。復興してきたので運行終了しました」
「へー」
「昔は定期便があったんですよ。でも東北新幹線ができたので、羽田−仙台、羽田−花巻ともに廃止されたんですよね」
と仕事で全国飛び回っているので交通に詳しい直美が言う。
「そうだったんですか!私の友人で羽田から三沢に飛ぼうとしてたら天候不順で仙台に降りちゃって、その後新幹線で移動したと言っていた人がいたので、てっきり羽田から仙台の便もあるのかと思ってました」
と千里。
「いや、そのお友だちは貴重な体験をしている」
「へー!」
「ねぇ、訊いていい?」
と直美が言う。
「はい、なんでしょう?」
と千里。
「あなた確か、青葉ちゃんの新しいお姉さんの内、ビアンさんの方よね?」
と直美。
「違います。私はMTFの方です」
「えーー!?ごめんなさいね」
「どっちみちセクシャル・マイナリティですね」
と千里は笑いながら言う。
「でも声がふつうに女の人の声」
「ああ。これそのビアンのお姉さんに鍛えられました」
「凄い凄い」
「女性の声の出し方って、窓から声を出す感覚なんですよ。男性の声は玄関から出す感覚。だから誰でもちょっと心をシフトするだけで実は男の人でも女の声は出るし、女の人でも男の声は出るんですよね」
「うーん。何となく分かるけど、私はたぶんかなり練習しないと男の声は出せないよ」
「ええ。かなり練習させられました」
と言って千里は笑う。
「誰でもちょっとだけなら異性の声が出るけど、安定して声を出すにはやはりその部分の筋肉を鍛える必要があるみたいです。女の声を出すのに使う筋肉と男の声を出すのに使う筋肉は違うんですよ。声出すって結構筋肉使う。以前精神的な失語症に陥った人と会ったことがありますが、その人も声失っていた間に声を出す筋肉が衰えてしまっていて、そのリハビリにけっこう掛かったと言っていました」
「ああ。声も出してないと筋肉が衰えるよね」
「ええ。歌手なんかもそうですね。練習している人としてない人の差は歴然としてます」
「言えてる、言えてる。かつては上手かったのに・・・という人いるもん」
「マドンナとかあの年齢であの声って凄いです」
「うん。マドンナは凄い」
「あの人、多分若い人の倍くらい歌ってますよ」
「かも知れないね」
「でもあなたのチャクラは凄くきれいな女性型ね。MTFの人やFTMの人って結構男性型と女性型が入り乱れていることが多いのに。性転換手術は終わっているんだったっけ?」
「まだですよ。でも3日前に去勢しました」
「3日前!じゃ男性廃業したてのほやほや」
「そうですね。それで私が手術したというのを聞いて青葉が私の気の流れを女性型に変更してくれたんですよ」
「ああ、それで!しかし青葉ちゃん、美しい仕事するなあ。普通の女性のチャクラの流れと全く区別が付かないよ」
「そうですか?私、そういうの全然分からないから。でも凄く気分がいいなあとは思ってます」
「やはり睾丸があった頃はけっこうチャクラが乱れていたのかもね」
「そうかもです」
「でもあなた少し霊感あるよね?」
「ええ。何度か友人から言われたことあります。私が物探し上手いのもそれがあるからじゃないかって、中学時代の霊感の強い友人が言ってました」
「幽霊とか見る?」
「その手のもの、見たこと無いんですよねー」
「いや、見えない方がいいんだけどね」
「青葉は何でも見えてしまうから、大変みたいです」
「うん。あの子は曾祖母さんが付いてたから、そのあたりのコントロールができるようになったんだけど、見えちゃう子で近くに力のある人がいなかった子は精神を病んでしまうと思う」
「しばしばあの傾向の子は短命みたいですね」
「うん。取られちゃうんだよ」
「取られるって・・・何にですか?」
「うーん。説明が難しいなあ」
「青葉は自分では寿命は50歳くらいかもなんて言ってます。私はもっと長生きできると思うんですけどね」
と千里は言う。
「あの子、物凄く早熟だったからね。早く生きすぎてるんだよ。私が青葉ちゃんに初めて会ったのはあの子が小学3年生の時だったんたけど、その時既に大人と話しているような感覚だったもん」
「青葉は小学2年生の時に自分の感情に鍵を掛けたと言っていました。私があの子に避難所で会った時、その能面のような表情に戸惑ったのですが、新しい生活の中で徐々に表情が出て来ているようです」
「そうそう。あの能面のような表情で、更に大人びて見えてたのよ。でもこないだ会った時に凄く表情豊かになってたのでびっくりした」
と直美は言う。
「あの子、自分という存在を滅却して、ただ霊能者としてだけこの5−6年生きてきていたみたいだから、普通の女の子に戻れたらいいなと私は思っています」
と千里が言うと、直美も全く同感だと言った。
やがて新花巻駅に到着する。千里は美由紀たち3人が入口の所に立っているのを見て車を降り、近づいて行く。
「美由紀ちゃん、日香理ちゃん、お久しぶり〜」
と声を掛ける。
「あ、青葉のお姉さんでしたね?」
千里と美由紀・日香理は5月下旬、青葉の誕生日の時に会っている。そして千里はもうひとりの女性に向かって言う。
「こんにちは。川上青葉の姉の千里と申します。小坂巻子先生ですか?」
「ええ。お迎えありがとうございます」
「長旅お疲れ様でした。それにお待たせしてしまいまして」
「いえ長時間列車に揺られていたから、かえって足が地に着く所で少し休めてよかったです」
「ではまた車での移動で恐縮ですが、こちらへ」
と言って3人をエスティマに案内して、3列目に乗ってもらう。藤原夫妻は2列目に座っている。
「冷めてしまったけど一応ホカ弁を買ってますし、おにぎりもありますし、お茶やコーヒー・コーラとかもありますので、もしよろしかったら」
と千里が言うと、
「頂きます」
と言って美由紀と日香理はお弁当とコーラ・コーヒーを取っている。小坂先生は「私はおにぎりでいい」と言って、2個ほどと烏龍茶を取っていた。
「まだ余ってるけど」
と美由紀が言うので
「余ったのも食べていいですよ」
と千里が答えると
「もらっちゃおう」
と言って、美由紀は焼肉弁当と唐揚げ弁当を美味しそうに食べていた。
「でも今から走る道、けっこう凄いですよね」
と日香理が心配そうに言うが
「カーブはゆっくり走るから大丈夫ですよ」
と千里は笑顔で答えた。
実際車は国道283号・国道107号といった道を通っていくが、かなりの山道である。特に前半走る283号は急カーブの連続である。しかし千里はそのカーブをスローイン・ファーストアウトで丁寧に走って行く。特に曲がり方の大きなカーブや急傾斜は低速度で走る。
民雄が
「村山さん、凄く運転うまいですね」
と言った。
「ありがとうございます。ただ丁寧に走っているだけですけどね。私ブレーキ踏むのあまり好きじゃないから」
と千里は答える。
「今ちょっと危ない言葉を聞いた気がした」
「いやエンジンブレーキを多用してできるだけブレーキペダルを踏まなくて済むような運転をしているだけです」
「そういう意味か!赤信号でアクセル踏むタイプかと」
「それやったら都会では捕まりますから」
「免許取って何年ですか?」
「高校を卒業してから取ったので2年ちょっとです。だからまだグリーン免許なんですよ」
「へー。それでここまで運転できるのは偉い。じゃかなり乗ってるでしょう?普段は何に乗っているんですか?」
「インプレッサです。運転した距離は2年間でまだ5万km程度だから、ドライバーとしてはヒヨっ子かな」
と千里が言うと
「それ、僕が免許取ってから13年間で乗った距離より多い!」
と民雄は言った。
千里はあまりスピードを出さずに丁寧に走ったので大船渡に着いたのは16時近くであった。山道にしてはあまりGの掛からないドライブだったので、その間に美由紀は結局お弁当を3つたいらげたが、青葉から仕出しが余っているけどと言われると食べる!と答えて日香理がちょっと呆れていた。しかし、美由紀につられて日香理も仕出しを食べた。
お通夜・葬儀には青葉が思っていた人数を遥かに超える人が集まりつつあったので、その対応で桃香がてんやわんやであった。千里もすぐその手伝いに入る。決断力のある桃香は主として葬儀場の人や仕出し屋さん・旅館などとの交渉事を担当し、物腰の柔らかい千里は弔問客とへの挨拶やお話・相談などを担当することにした。
美由紀たちが到着して間もなく高知の菊枝が、自分の車(パジェロ・イオ)に高野山の山奥に住む瞬嶽を乗せて到着する。
瞬嶽が来てくれるとは思ってもいなかったので青葉はびっくりする。朋子がすぐ出て来て
「娘がお世話になっておりまして」
と挨拶し、一方の瞬嶽は
「弟子がお世話になることになって」
と挨拶する。
桃香と千里も出て来て瞬嶽と菊枝に挨拶する。
「どうもお世話になっております。えっと青葉の幼稚園の時の園長先生でしたっけ?」
などと桃香が言うので
「違うよ。桃香姉さん。私の霊的な技術のお師匠さんだよ」
と青葉は訂正する。
「じゃダンブルドア校長みたいな人?」と桃香。
「うん。ダンブルドア校長より凄いと思うよ」と青葉。
「ああ。ダンブルドアはなかなか優秀」
と瞬嶽が言うので青葉はびっくりして
「ハリー・ポッターをご覧になったんですか?」
と尋ねる。
「下界に降りた時に、瞬高がビデオで見せてくれた」
と瞬嶽。
千里も瞬嶽に
「どうもお世話になっております」
と挨拶したが、瞬嶽は千里を見るなり
「うーん・・・・」
と考え込んでしまった。
「師匠どうなさったんですか?」
と青葉が訊く。
「あ、いや。お姉さんは、元男の人?」
と瞬嶽は千里に訊いた。
「そうですね。生まれた時は男の子でした。3日前に去勢手術を受けて、その後、青葉に気の巡り方を女性型に調整してもらったんですが。来年くらいには性転換手術を受けるつもりです」
と千里は答える。
「ああ。だったら青葉と似たようなタイプなんだ?」
「はい」
「青葉があんたを頼った理由(わけ)がよく分かった」
「似た立場なので、理解しあえるものがあるみたいです」
やがて££寺のご住職・川上法嶺(青葉の祖父・川上雷蔵の又従弟)が到着し、通夜が始まろうとしたが、法嶺は、瞬嶽の気配に気付き、こんなお偉い方がおられる席で自分が導師など務められないと言う。そこで瞬嶽が通夜・葬儀の導師をすることになり、瞬嶽の読経で通夜は始まった。
その読経が行われている最中に、歌手の冬子(ローズ+リリーのケイ)が到着する。彼女は新曲(『夏の日の想い出』)のキャンペーンで全国を駆け巡っている所だったのだが、この日青森でのキャンペーンを終え、翌朝仙台の放送局に出るのに移動中でこちらに立ち寄ってくれたのである。上等なブラックフォーマルを着て大粒の真珠のネックレスをしている。
喪主席に居た青葉(喪主席には青葉と朋子が就いている)と、弔問客の対応で場内を動き回っていた千里が冬子の所に寄っていく。
「お忙しい所、ありがとうございます。よくお時間取れましたね」
と青葉が本当に驚いたような顔で言う。
「うん。青森のキャンペーンが15時で終わって、それからこちらに移動してきた。明日は仙台から」
「ハードですね!」
「あ、これ札幌から来たから、白い恋人。青葉、お友だちがたくさん来てるみたいだし、その子たちで分けて」
と言って冬子が袋を渡す。千里が取り敢えず預かる。
「そうだ。千里」
と冬子が言う。
「うん」
「駐車場が分からなかったんで、取り敢えず会場の前に車駐めちゃったんだけど、よかったら移動してもらえない?」
「いいよ。明日朝仙台なら、今夜はここに泊まるよね?」
「そうさせて。朝から北海道に飛んで、南下してきて、盛岡から運転してきたから、さすがに疲れてる」
「じゃ、宿の駐車場の方に回送しておくから。車は何?」
「助かる。白いプリウス」
と言って冬子が車のキーを渡すので千里が預かる。
「でも会社で運転手は付けてくれなかったの?」
「プライベートな用事だからひとりで運転してきた」
「でも冬子に万一のことがあったら、プライベートな問題では済まないよ。日本中のファンが悲しむし、★★レコードも大打撃だよ。遠慮せずに、運転手付けてくれと言うか、個人的にドライバーを雇うかすべきだと思う」
と千里は言う。
「ありがとう。そういうこと言ってくれる人は少ないから肝に銘じるよ」
と冬子は答えていた。
そんなことまで話した時、冬子はふと何かに気付いたように言った。
「ね。あのお経読んでる導師の方、何者?」
「私のお師匠さんなんです」
と青葉が答える。
「何なの?あの物凄いオーラは?」
と冬子。
「ああ、冬子さんにも分かりますか?」
と青葉。
「私、ふつうオーラとか見えないけどさ、さすがにあのオーラは分かる」
と冬子が言う。
「千里、少し霊感あるよね?千里にも分かるでしょ?」
「うん。私も普通オーラとかチャクラとかさっぱり分からないけど、瞬嶽さんのオーラは凄い。まるで巨大宇宙戦艦」
と千里が言う。
「ああ、冬子さんもちー姉も分かるのか。あの師匠のオーラってかえって普通の霊能者や霊感体質の人には見えないんですよ。凄くうまく隠しているから。私は直弟子だから見えるけど。でもかえって霊能者ではない、勘の鋭い人の中には気付く人がいるんですよね」
と青葉。
「青葉のオーラも凄いけどさ。青葉のオーラがジャンボジェットなら、あの人のオーラは空母だよ。いや千里の言うように宇宙戦艦かも」
やがて焼香が始まるが、この会場ではお坊さんの席と祭壇との間に焼香する所が設置されている。それで焼香する人は、左側から焼香台の前に進み、焼香をしたあと、振り返ってお坊さんに一礼し、右手に抜けてそこで喪主(青葉と朋子)に挨拶し、自分の席に戻るというルートになる。
美由紀や日香理、早紀や椿妃たちは、身内に準じるポジションなので桃香・千里、彪志とその両親が焼香した後、それに続けて焼香をした。そして自分たちの席に戻って、他の弔問客の焼香を見ていた。
日香理はこの焼香を見ていて4度「え?」と思うような場面があった。いづれも焼香をする人の周りに巨大なオーブ(玉響:たまゆら)が出現したような気がしたのである。
その4度というのは、最初に焼香した青葉自身、4番目に焼香した千里、一般参列客の中で焼香したケイ、そして葬儀委員として最後に焼香した佐竹慶子の娘・真穂であった。全員焼香を終えて導師席に一礼した瞬間に、そのオーブが出現した気がしたのである。
青葉と千里でオーブが出現したのを見て、ふたりともMTFなので何か性別と関係するのだろうか?と考えたりもしたが、隣に座っている美由紀は多分オーブなんて見えていないので相談相手にならないなと思い、黙っていた。
3人目その時点では誰なのか知らなかった女子大生風の人の所で出現した時に、日香理は考えていて「そうか!あの人はローズ+リリーのケイちゃんだ」ということに気付く。彼女もMTFだし、やはり性別絡みだろうかと考えたものの、最後に真穂にも出現したのには首をひねった。
あの人も、実は男の娘ってことはないよね!?
通夜が終わった後、お食事会をする。ここに出席したのは、導師の瞬嶽と脇導師を務めた川上法嶺、青葉・朋子・桃香・千里、彪志・彪志の両親、小坂先生・美由紀・日香理、早紀・早紀の母、椿妃・椿妃の母、柚女、咲良・咲良の母、藤原夫妻、菊枝、冬子、慶子・真穂と総勢25名であった。
冬子の両隣は菊枝と真穂だったのだが、真穂が
「凄く大きな真珠ですね」
と冬子のネックレスを見て言う。
「あ、これ淡水真珠の安物なんですよ」
と冬子はあっさり言う。
「嘘!だって、これ真珠がきれいな球形なのに」
と真穂。
隣から菊枝が言う。
「淡水真珠は形が長円だったりいびつだったりするものが多いけど、その中でも高級品の湖水真珠の中には稀にきれいな真円形のものがあるんです。でもレアだから、値段はふつうの淡水真珠と1桁違う。ましてやそれを同じサイズ色合いで40個とか揃えられたら凄まじくレア。これ逸品ですよ」
「ええ。このネックレスは20万円です。普通の淡水真珠なら多分3000円」
と冬子。
「でもこれが本真珠なら500万以上しますよね」
「うんうん。そのくらい」
と菊枝が言う。
「ちょっと見せてもらえます?」
と菊枝が言うので冬子はネックレスを外して菊枝に渡す。菊枝はしばらくそのネックレスをいじっていたが、やがて
「これ、ほんとによく出来た品ですよ。30-40万円してもおかしくない」
と言って、冬子に返した。
「お金持ちのお嬢さんかと思った」と真穂。
「いや、この人はお金持ちだと思う」と菊枝。
「私、今年ここまで100万くらいしか収入無いです」
と冬子は言ったが
「でも確定申告は多分億でしょ?」
と菊枝。
「ひぇー」
と真穂が声をあげるが
「そんなに行ったらいいですけどねぇ」
と冬子は答えた。
「あのぉ、何をなさってる方ですか?」
と真穂がおそるおそる訊くので、冬子は
「一種の水商売です」
と答える。
「へー。でもそれで億稼げるって凄い」と真穂。
「運が良ければですね。運が悪ければ収入ゼロ」と冬子。
「だから水商売と言うんだろうね」
と菊枝は言った。
「ところでそこに書いておられるABCとかEFGとかの記号の列は何ですか?」
と真穂が訊いた。
「ああ。私、よくこういうアルファベットの悪戯書きする癖があるんですよねー」
と冬子。
「へー。何かの暗号か、そうでなかったらギターコードか何かかと思った」
と真穂。
菊枝が吹き出しそうになっていた。
食事の後、早紀・椿妃・柚女は自宅に帰り、咲良母娘は早紀の家に泊めてもらうということで一緒に退出し、川上法嶺もお寺に戻り、慶子と真穂も自宅に戻り、残りの15名で宿に移動することになる。
冬子が青葉の所に寄って言った。
「青葉、私、宿に着いたら即寝ていい?」
「即寝てください!」
それで冬子が明日朝4時に起きて仙台に向けて出発しなければというので、いつも4時に起きる習慣のある青葉が起こしてあげることにした。
「じゃ安心して寝てよう」
その時ふと青葉は冬子のネックレスに気付いた。
「そのネックレス、ここに来られた時に着けておられたものと同じ物ですよね?」
「え?そうだけど。そんなに何個も持ち歩けないよ。これは実は今着ている礼服と一緒にいつもボストンバッグに放り込んでるネックレス」
「色が見違えている」
「へ?」
「ここに来られた時はそのパールが凄く疲れてるなと思ったんです。でも今そのパール、凄く活き活きとしてる。何かありました?」
「え?何もしてないよ。さっき食事の席で隣になった菊枝さんだっけ?なんか凄いオーラ持ってる人にちょっと見せたくらいかな」
「菊枝さんか!」
と言って青葉が菊枝の方を見ると、彼女はVサインをしている。
「冬子さん、このネックレス、今回のキャンペーンの間、服のポケットにでも入れておくと結構疲れが取れます」
と青葉は言う。
「凄い!」
宿の部屋割は、青葉・朋子・千里・桃香で1部屋、彪志親子が1部屋、藤原夫妻で1部屋、瞬嶽と菊枝が1部屋、美由紀・日香理で1部屋、小坂先生と冬子はそれぞれ個室である。瞬嶽はどうも菊枝に何かの口述筆記をさせているようであった。
宿では、最初、瞬嶽の部屋に、青葉・菊枝・直美という3人の弟子が集まり、色々とお話をした。その後、青葉が美由紀と日香理の部屋に移動すると、そこに青葉の移動に気付いた桃香と千里、朋子、小坂先生に彪志親子までやってきて、六畳の部屋に10人も入り、賑やかな談笑の輪が出来て24時近くまでその部屋は明るい声が絶えなかった。
翌23日。葬儀当日である。青葉は4時過ぎに目を覚ました。
「しまった!冬子さんを起こさなきゃ」
と思って彼女の部屋に行く。冬子を起こしたのはもう4:10くらいだった。
「ありがとう。放送は8時からだから7:40くらいまでに仙台の放送局に着けばいいから、4:30までにこちらを出ればいいはず」
冬子はすぐ出発できるようにだろう。ポロシャツにジーンズという格好で寝ていた。
「でもまだ少し眠い。10分くらいジョギングしてきて身体を覚醒させようかな」
などと言っていたが、青葉は
「むしろヒーリングしましょう」
と言って、冬子に再度横になってもらい、性転換手術をしてまだ3ヶ月しか経っていない女性器を中心に、ヒーリングを施す。
ところが青葉は「え?」という顔をする。
「どうしたの?」
「ヴァギナの傷はもう完全に癒えてます」
「へ?昨日とかでも1日で1600kmも移動したから、盛岡からここまで運転してくる最中結構痛くて。でも実は痛いおかげで常に覚醒してて居眠り運転せずに済んだんだけどね」
「今痛いですか?」
「・・・・痛くない」
「でしょ?」
「でもどうして?」
などと言っていた時、冬子がハッとした顔をする。
「実は昨日、焼香した時に、青葉のお師匠さんと目が合って、ニコっと微笑まれたような気がして」
「だったら師匠、その瞬間にこんなに治療しちゃったんだ!」
「え?あの瞬間で!?」
「でも多分この後、冬子さん、月に1回くらい痛みが来ます」
「ああ、やはりまだ不完全な部分があるのね?」
「違います。生理が始まるから」
「えーーー!?」
冬子は国道45号線を南下して三陸道に入るルートで仙台まで走るつもりだったようだが、青葉はむしろ気仙沼から国道284号で一ノ関に出て東北自動車道を南下する方が、楽だし時間も速いはずと言った。
「同じようにカーブの多い道でも、海岸沿いの道より山道の方がまだマシですから」
と青葉が言うと、冬子は少し考えている。
「ね・・・もしかしてさ、青葉って運転する?」
と冬子は尋ねる。
「あ、えっと、あはははは」
と青葉は笑って誤魔化そうとした。
「まあ、いいけどね。お巡りさんに捕まらないようにね」
と言って冬子は笑顔でボストンバック1つ持って青葉と別れ、宿の駐車場に行く。
自分の乗ってきたプリウスどれだっけ?と探す。宿の駐車場が結構広い上に今時プリウスという車はやたらと多くて、ざっと見た感じでもあちこち10台くらい駐まっている感じだ。ここに車を回送してくれた千里がどこどこ付近に駐めたと言ってくれていたものの、実は昨日は疲れていてちゃんと聞いていなかった。
困ったぁ。取り敢えずぐるっと回ってみるか、と思っていた時。
「私、奥の街灯のそばに駐めたと伝えたんだけど、やはり覚えてなかったね」
と声がするので、冬子はびっくりして振り向いた。
千里が立っていた。
「あそこの街灯のそばだよ。でも私が仙台まで送って行くよ。昨日あれだけ冬子に、自分で運転するの危ないって言ったのに、充分寝ていないはずの冬子に今運転させる訳にはいかないから」
と千里。
「でも、千里、葬儀の方の作業がたくさんあるのでは?」
「桃香がたいていのことはしてくれるし、昨夜菊枝さん・早紀ちゃんと話して、青葉の霊能者関係の知り合いは菊枝さん、同級生とかの関係は早紀ちゃんが対応してくれることになった。正直私が対応するよりそちらの方がいい。それにどっちみち、今日遠方から来る人を迎えに行かないといけないんだよ。8時頃出るつもりだったんだけどね」
「千里こそ寝てないのでは?」
「冬子よりマシ。後部座席に乗って。違反になるけど、横になっておきなよ。毛布持って来たから、これを身体に掛けて」
「うん。そうする」
それで車が駐めてある所まで行って、冬子が車のキーを千里に渡し、冬子は毛布を受け取る。ドアを開けて千里が運転席に乗り、冬子は後部座席に乗って横になり毛布をかぶった。
千里がプリウスを出発させる。
「しかしスケジュール聞いたけど、無茶苦茶ハードなキャンペーンだね」
「キャンペーンは仙台・東京・名古屋・大阪・福岡5箇所の予定だったはずが、なぜか全国40箇所になってた」
「そのあたりのコントロールってどうなってんの?6月の被災地絨毯爆撃ツアーも、性転換手術なんて大手術を受けた直後の病み上がりの歌手にやらせるには無茶すぎると思ったけどさ」
「うーん・・・あれも本当は100ヶ所程度のはずだったんだけど」
「3倍に増えたんだ!」
「実は一時500箇所になってたのを知人が介入してくれて300箇所に減らしてもらった」
「それでもきつすぎる。冬子って流されやすいもんね。私もだけど。悪い意味で女の子っぽいんだよ」
「それは自覚してる。政子にもよく言われる」
「もっと自分を大事にしないとダメだよ」
「そうだけどね・・・」
「辛いかもと思ったら、誰か偉い先生に相談するといいよ。冬子ってなんかコネ多いみたいだし」
「偉い先生か・・・・」
エロい先生なら心当たりあるけどなあと思いながら、冬子はいつしか眠っていた。
7:00。青葉はハッとして目覚めた。4:30に冬子を送り出した後、いろいろ作業をするつもりでいたのだが、やはり昨日の疲れが出たのか、旅館の文机の前に座ったまま眠ってしまっていたのである。
「ああ、目が覚めた?もう少し寝ててもいいよ」
と朋子が気遣うように言う。毛布を掛けてくれていたようである。
「ごめーん。でも私いろいろしないといけないことが」
「直美さんと菊枝さんが、霊能者関係の応対は任せてと言ってた」
「彼女たちの方が顔広いから、それがいいかも」
「こちらの学校関係は早紀ちゃんと椿妃ちゃんが任せてと言ってた」
「うん。それもあの子たちの方が良いかも」
「菊枝さんが応対の方するから、花巻まで往復するのは代わりに千里ちゃんがやってくれるって。8時くらいに出ると言ってた。お母さんのお友だちとかを一ノ関駅に迎えに行く早紀ちゃんのお母さんは10時頃出るらしい」
「わあ、助かる。でもちー姉、普段車を運転してないし、車体の大きなミニバン大丈夫かな」
「昨日千里ちゃんの車に乗ってた小坂先生、千里ちゃんの運転を褒めてたよ」
「へー。そういえば桃姉の運転する車には乗ったことあるけど、ちー姉の運転する車には乗ったこと無かったな」
「桃香はあの子は・・・・」と朋子が顔をしかめる。
「ちょっとワイルドだよね」と青葉。
「あの子、免許取得早々にスピード違反と信号無視やって初心者講習受けるハメになったからねえ。だから今年の4月にブルー免許に切り替わるまで、私が免許証取り上げといたんだよ。もう運転しちゃダメって」
と朋子。
「初心者講習受けてからまた3点やると合格率が超低い再試験受けないといけないもんね」
と青葉が言うと、朋子は少し考えていたが、やがて言った。
「青葉は18歳になってちゃんと免許取るまで車運転したらダメ」
「ごめんなさい」
7:15。仙台市内の道路の脇に駐めて、千里は冬子を起こした。
「あと15分くらいで到着するから、メイクとかしときなよ」
「ありがとう」
と言ってから
「15分前に起こしてくれるのがやはり女同士の良さだなあ」
などと言う。
「ああ。男の人はメイクに時間が掛かることを思いつかないだろうね」
「でもホントありがとう。ぐっすり眠れたよ」
「無理しないようにね」
「うん。助かった」
やがて車は市街地に入り、千里は放送局の玄関前に停車する。冬子は手を振って放送局の建物の中に入っていった。千里は微笑んでその様子を見送った。
『千里も休まなきゃだめだぞ』
と千里の右後ろから声が掛かる。
『うん。新幹線の中で休むよ、りくちゃん』
と千里は答えて、車をレンタカー屋さんに向けて出発させた。
冬子は守衛さんに入館証を見せて中に入りスタジオの方に行くと、顔なじみのアナウンサーさんから「早いですね」と声を掛けられた。
「ええ。ちょっと友人の家族の葬儀で気仙地方某所に寄ってきたので」
「そちらから車で移動ですか?」
「ええ。向こうを朝4時に出てレンタカーで走ってきました」
「ご自分で運転してですか」
「ええ。プリウスです」
「プリウス!最近プリウスって石を投げたらプリウス2〜3台に当たるくらい走ってますね。でも自分で運転するってきつくないですか?ケイさんほどの人なら、付き人さんとか雇って運転させればいいのに」
「ええ。でも運転しながら結構曲のモチーフが浮かぶんですよ」
「なるほどー。それで自分で運転するんですね」
そんな会話をしながら冬子は、後でレンタカーの返却しなきゃ。でも放送局の後はクォーツのメンバーと一緒にキャンペーン会場に移動するし、返却だけ誰かに頼もうかな・・・などと考えていた。
7:40。千里はプリウスをレンタカー屋さんの駐車場の中、店舗のそばに駐めると、毛布と荷物を持ち、車を降りて仙台駅に向った。ガソリンはここに来る前に近くのGSで満タンにしておいた。
7:50。大船渡。青葉の携帯が鳴る。千里からである。
「あ、青葉?今から竹田さんたち、花巻に迎えに行ってくるね」
「うん。よろしく」
青葉がふと窓の外を見ると千里らしき人影が宿の駐車場を奥の方へ歩いて行っていた。
8:00。仙台駅前のレンタカー屋さん。お店が開くと同時に女子大生くらいの女性が入って来て「レンタカーの返却をします」と言った。係員がキーを受け取り、車の状態をチェックして「OK」ですと言う。女性は書類に必要事項を記入し、お店を出た。
8:05。千里が乗った新幹線が仙台駅を発車した。
『きーちゃん、いんちゃん、お疲れさま〜。私熟睡するから、りくちゃん起こしてね』
と千里は自分の右後にいる子たちに声を掛けて深い睡眠の中に落ちていった。
あきらと小夜子は葬儀の行われる23日の朝に大宮駅に行って新幹線に乗り込み、車内で東京駅から乗ってきた和実・淳と落ち合った。あきら・小夜子は和服の礼服を着て、和実・淳は黒いゴシック風のドレスを着ていた。
「あきらさんも小夜子さんも、和服が凄く似合ってますね」と和実が言うと「私たち、和服好きだからね」と小夜子が答える。
「和実さんと淳さんはクラシカルな雰囲気のドレスですね。ゴシックっぽい」
とあきらが言うと
「これ無理矢理着せられたんです」と淳が情けない声で言う。
「似合ってると思うけどなあ」と和実。
「和実さんは、こないだ東京で集まった時もゴシックっぽいの着てましたね」
とあきら。
「淳さん、こないだも無理矢理着せられたって言ってたけど、似合ってる気がするよ」と小夜子。
「やめてー。和実が増長するから」と淳。
「似合ってるのに」と和実。
4人は10時すぎに一ノ関駅に到着すると青葉からのメールで聞いていた《自動車のカタログを持ち、黒いフォーマルドレスを着た40代の女性》を探す。
「いないみたい」
「今こちらに向かっている所なのかも」
などと話している内に、黒いフォーマルドレスの女性が慌ただしく駅構内に入ってくる。
「あの人かな?」
「でも40代?」
「女性の年齢は分からないからなあ」
などと言いながら近づいて行くと、彼女は思い出したようにバッグから車のカタログを取り出した。
「済みません。鈴江さんですか?」
と代表して和実が尋ねる。
「あ。はい!浜田さんと月山さん?」
と彪志の母は少し戸惑いながら尋ねる。
「ええ、そうです」
「ごめんなさい。私、ご夫婦2組と聞いてた気がして。どちらも姉妹だったんですね?」
と彪志の母。
和実と淳、小夜子とあきらは各々顔を見合わせるが
「すみません。情報伝達に少しくるいが生じていたみたいで」
と小夜子が言った。
「あれ、あなたは妊娠中ですか?」
「ええ。今9ヶ月目に入ったところです」
「わ!だったら今日は慎重に運転しますね」
「あと、お三方、お迎えするんですが、11時着の便なので少し休憩しましょう」
と彪志の母は言う。
「小夜子さんが妊娠中だから、実際休んだ方がいい」
と和実も言って、構内のカフェに入った。和実が手際よく注文をまとめて一緒にオーダーする。できあがったドリンクを淳とふたりで配った。
「済みません!遠くから来てくださった方を働かせてしまって」
と彪志の母が恐縮する。
「いえ、私たちも身内みたいなものですから」
「和実は喫茶店に勤めているから、こういうの手際いいんですよ」
「なるほど!」
「次の便で来るのは、どういう方ですか?」
「なんか青葉ちゃんを小さい頃から知っていた方たちらしいのですが・・・」
30分ほど待って到着した新幹線から降りた客が出てくる。それを見ていて和実が
「あ、多分あの人たちです。みんな休んでて」
と言って和実がひとりでお店を出て近づいて行く。
「こんにちは。川上青葉のお知り合いの中村さん・村元さん・山川さんでいらっしゃいますか?」
と和実が尋ねると
「ええ、そうです」
と30代かなという感じの女性が答えた。この人が中村さんであった。
その人たちもお店に連れ込み、一息ついてもらってから出発する。
淳が助手席に乗り、2列目にあきら・小夜子・和実と乗り、3列目に山川さん・中村さん・村元さんが乗ってエスティマは出発した。
取り敢えず車内で座ったまま自己紹介する。
「一ノ関に住んでおります鈴江文月です」
「東京に住んでおります月山淳です」
「同じく月山和実です」
「埼玉に住んでおります浜田あきらです」
「同じく浜田小夜子です」
「静岡の山川春玄(しゅんげん)です」
「東京の中村晃湖(あきこ)です」
「栃木の村元桜花(おうか)です」
「中村さんも村元さんも山川さんも、霊能者の方ですよね?」
と和実が訊く。
「ええ、そうですよ」
と優しそうな雰囲気の中村さんが答えた。
「あなたも、けっこう霊感が強いわね」
「いえ、御三方の前では私はアリみたいなものです」
と和実は答える。
「そのパワーの差が分かるというのは、君の霊感がそれなりに強い証拠だよ」
と山川さんが言った。
「だけど、和実さんも淳さんもあきらさんも、凄くパス度が高いですね。女じゃないなんて思う人、まずいないでしょう?」
と中村さん。
「え?淳さんとあきらさんは男性だけど、和実さんは天然女性でしょ?」
と山川さん。
「私もそう思ったけど・・・」
と村元さん。
「中村さんが正解です。私、まだ男の身体ですよ」
と和実。
「えー?だって波動が女性なのに!」
と山川さんと村元さん。
「青葉にも、『よくよく注意してみないと女にしか見えない』って言われました」
「うん。こういうの見慣れてないと分からない。私、過去に5人性転換した人のヒーリングしたことあるから。でも私、和実さんは性転換済みと思ってたけど、まだ手術してないのね?」
「ええ。去勢もしてません」
「あり得ない。。。。去勢もしてない身体でこんな波動が成立してるなんて」
と山川さん。
「すごくレアだよね。この子。こんな凄い子は青葉ちゃん以外見たことない」
と中村さんは言う。
「青葉ちゃんは例外中の例外と思ってたけど、こんな子がいるんだね!」
と村元さん。
「あの・・・・月山さん御姉妹、浜田さん御姉妹、男の方だったんですか?全然気付かなかった」
と運転している彪志の母。
「いえ、小夜子さんは生まれながらの女性ですよ。そもそも妊娠中だし」
と中村さん。
「あ、そうですよね!びっくりした」
「妊娠8ヶ月くらい?」と山川さん。
「9ヶ月です。9月10日が予定日です」と小夜子。
「わあ、大事にしてくださいね」
「それにどちらも御姉妹じゃなくて御夫婦ですよね?」
と中村さんは言う。
「はい、そうです。話がややこしくなりそうなので、鈴江さんから姉妹ですかと言われてもそのままにしておきました」
と和実が言う。
「えーーー!?」
と彪志の母はまた叫んでいる。
「ちょっと待って。あれ?姉妹じゃなくて夫婦で、女に見えるけど男で、あれ?あれ?あれ?じゃ男同士の姉妹?じゃなかった。夫婦ということは?あれれ?」
「鈴江さん、あまり深く考えずに運転に集中して」
と助手席に乗っている淳が言う。
「そうします!私もう分かりません!!!」
と彪志の母は言った。
時計を戻して9:15。千里の乗った新幹線が新花巻駅に到着する。千里は列車を降りると、駅前のレンタカー屋さんに入り、エスティマ・ハイブリッドを1台半日ということで借り出した。
それで予約を入れていたお弁当屋さんに寄ってお弁当・お茶などを受け取り、それから花巻空港に移動する。駐車場に駐めて空港のビルの中に入る。到着予定表を見ていたら、伊丹からの便は20分ほど遅れると出ている。そこで千里はそのまま2階のレストランに行くと、まっすぐに窓際のテーブルに座っているブラックフォーマルを着た女子大生の所に行く。
「こんにちは。私、川上青葉の姉で千里と申します。越智舞花さんですか?」
と声を掛けた。
「こんにちは。越智です。お話は聞いてますよ。大変でしたね。取り敢えず座りません?」
というので、千里はコーヒーをオーダーして舞花の向いに座る。
「でも今まだ飛行機が暫定運用中だから、朝早い出発になっちゃいましたよね」
「ええ。でも私、兄に起こしてもらって。兄に車で新千歳まで送ってもらったので、空港に着くまで寝てました」
「ああ、それがいいですね」
それでしばらく話していたら、
「千里さん、イントネーションが。もしかして北海道のご出身?」
と訊かれる。
「ええ。留萌出身で、旭川の高校を出ました」
と千里が答える。
「わあ。私の知っている所かな?」
「旭川N高校というのですが」
「テニスとかバスケとか強い所だ」
「そのバスケ部でした。越智さんは札幌のL女子高ですか?」
そこは札幌でいちばんのお嬢様学校である。越智さんほどの子なら多分そこだろうと見当を付けて千里は訊いてみた。
「ええ、そうです。今は同系列のL女子大に通ってます。あ、舞花でいいですよ」
「分かりました。でもうちのバスケ部は舞花さんとこの姉妹校の旭川L女子高にたくさん苦しめられましたよ」
「そうそう。うちの学校のバスケ部、旭川は強豪なんですよね。札幌は弱小だけど。あれ?千里さん今大学何年生?」
「3年生です」
「私より1つ上か。だったら、N高校はインターハイ行ってますよね?」
「ええ。2年の時と3年の時に行きました」
「すっごーい。ベンチ入りできました?」
「ええ。何とかベンチの端に入れてもらいました。いい想い出です」
「それだけでも違いますよね〜。私は中学高校で卓球やってたんですけどね。私が在籍していた6年間に一度も団体戦で勝ったことがなかったです」
「ああ。うちの妹も卓球部でしたが、いつも地区大会の1〜2回戦で負けてましたね」
「そういう所多いよね〜。でもおかげでのんびりとした部活動でしたよ。千里さんは大変だったでしょう。練習も厳しかったのでは?」
「うちは進学校だから、部活の練習時間が制限されていたんですよね。ただしバスケ部、ソフトテニス部、野球部、スキー部だけは特例で他の部より1時間長く練習できてたんです。とはいっても他の強い学校よりは随分練習時間短かったと思います。それより遠征が多かったから、それで体力使った気もします」
「それって体力もお金も消耗しますよね」
「ですです」
やがて千里がこの空港でお迎えするもう1組が乗った飛行機が着陸するので、舞花と千里はレストランを出て到着ロビーに行った。
そして降りてくる客を待ちながらまだおしゃべりする。ふたりは主として高校生活のことを話していた。
「でもN高校も元々女子高だったから、結構女子高的な伝統が残ってませんでした?」
と舞花。
「ああ。卒業生の組織はOB会じゃなくてOG会と呼ばれてましたし、毎年生徒会長もだいたい女子がなってました。別に男子がやってもいいはずなのですが、少なくとも私がいた3年間はずっと女子で、副会長が男子でした。校歌も元々『乙女たち』となっていた歌詞を共学になった時に『若人たち』と改変したものの、清くとか純真とか、男子が歌うの少し恥ずかしいと言うような単語が残ってました」
と千里。
「それは結構恥ずかしいかも」
「生徒数も女子が多かったですしね。寮も女子寮は2つあるけど男子寮は1つだけだったし」
と千里。
「千里さんも寮ですか?」
「いえ、私は叔母の所に下宿してたんですよ」
「叔母さんだと寮より門限に厳しかったりして」
「21時以降は特別な用事がない限り外出禁止でした。寮の子は門限22時だけど3回門限破りすると親が呼び出されるから、遅くなるとオーバーフェンスして、ロープをつたって壁をよじ登ったりしてたみたい」
「それは逆に凄い!忍者になれますよ」
ふたりがおしゃべりしながら待っている内、手荷物受取所のゲートから、テレビの心霊番組でおなじみの竹田宗聖さんが年齢が読みにくい感じの女性と一緒に出てくる。千里は近づいて声を掛ける。
「こんにちは。川上青葉の姉で千里と申します。竹田宗聖さんと渡辺佐知子さんでいらっしゃいますね?」
「ええ、そうです。お出迎えありがとうございます。あなたと桃香さんのことは青葉ちゃんから聞いてました」
と竹田さんが言う。
「では車の方にご案内します。新花巻駅で2人キャッチしますので」
そう言って、千里は舞花と一緒に竹田と渡辺を案内して駐車場に行った。舞花が助手席に乗り、竹田と渡辺が2列目に乗る。
新花巻駅で、千里は「みなさん車内で少しお待ち頂けますか?」と言ったのだが竹田が「外の空気は吸いたい」と言って一緒に降りたので、結局4人で駅の建物に向かった。
「この時期、エアコン付けなきゃ車内に居るのは辛いけど、アイドリングするのは非国民だから」
などと竹田さんは言う。
「熱中症で死ぬよりはマシだと思いますが、できるだけアイドリングはしたくないですね」
と千里も答える。
4人が駅の入口まで行くと、そこにしゃがみ込んでいた、制服を来た女子高生がこちらを見て立ち上がり、笑顔で手を振った。
「お待たせ〜。来てくれてありがとう、天津子ちゃん」
「千里さんがあのオカマ野郎のお姉さんになったなんて知った時は、うっそーと思いましたよ。でもあいつがくたばる前には絶対倒したいから、家族の葬儀くらい来てやるかと思って来たよ」
「私も、青葉が天津子ちゃんの常々言ってたライバルだと知った時はびっくりしたよ」
と千里は言う。
「でも震災であいつに死なれていたら勝ち逃げされてる所だったからな。取り敢えず生き残ったのはよしとするよ」
と天津子は言う。
天津子は震災のニュースを聞くとすぐに東北に入った。青葉が生きているというのは彼女の勘で分かったらしい。そして救援に行くトラックに同乗させてもらって大船渡に入り、避難所を歩いて回って青葉の居た避難所に至る。そこで避難所から出た人のリストに青葉の名前を見つけ、その連絡先として千里の名前があったのを見てぶっ飛んだという。
「最初同姓同名かと思ったけど、携帯の番号が確かに千里さんの番号だったからね」
彼女は青葉が佐賀の祖父の所に行ったと千里から聞くと、わざわざ佐賀まで行った。ところがそこで青葉の祖母から《彼》(天津子は青葉を「彼」とか「オカマ野郎」などとよく呼ぶ。ちなみに天津子は千里とは5年ほどの付き合いだが千里がMTFであることには気付いていない)を最初に保護した女子大生の所に身を寄せたことを聞くと千葉まで戻ってきたものの、そこで千里から今度は青葉が富山に行ったことを聞くと富山まで行く。
ところがゴールデンウィークに青葉は岩手・高知・千葉と飛んで回ったので、天津子が青葉に会うことができたのは、連休が終わった後になったのであった。青葉が3.11から5月上旬まで2ヶ月間日本各地を流浪していた時期、天津子も青葉を追いかけて全国駆け巡ったのである。
今回の葬儀で青葉は天津子には連絡を取らなかったのだが、何かあったことを感じた天津子が千里に連絡してきて、それで来てくれることになった。
「まあ葬儀だし、香典は出すけどさ。私が手書きした香典の封筒があいつの手に残らないように、千里さん処分してくれない?」
「うん。任せて」
自分の名前を手書きした紙は、他人が呪いを掛けたいと思ったら最適の呪具になってしまう。むろん青葉がそんなものを利用するような子ではないことは天津子も分かってはいるが、いつでも利用できるものがあるというのはお互い気持ちがよいものではない。
「ここで迎えるのは2人だっけ?」
と舞花が千里に訊く。
「そうそう。もう1人いるはずなんだけど、どこにいるのかな?」
と言って千里はそのもう1人である政子(マリ)にメールする。
すると
「ごめーん。寝過ごした。東京を8:12の新幹線に乗った」
というお返事である。
「ああ。遅れたんですね。立って待っているのも何ですし、どこかでお茶でも飲みましょう」
と言って千里はその場にいる4人を構内のカフェに案内した。
その時になって初めて天津子は近くに居た竹田さんと渡辺さんに気付く。
「わっ!竹田宗聖さんに渡辺佐知子さん!?」
と言って驚いたような顔をする。
「こんにちは」と竹田さん。
「こんにちは」
と言って天津子も大きく頭を下げて挨拶する。
「君、凄い眷属連れてるね」
と竹田さんが言う。
「あ、見た目は怖いかも知れないですけど、私の言うことを忠実に守りますし、決して乱暴はさせませんので、ご安心ください」
と天津子。
「その虎ちゃん、見た時は一瞬ぎゃっと思ったけど、確かによく調教されてるみたい」
と渡辺さんも言う。
「虎?」
と話の見えない舞花が訊く。
「うん。天津子ちゃんは眷属に虎を連れてるんだよ。普通の人には見えない」
と千里が説明する。
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【クロスロード3】(1)