【クロスロード1】(1)

目次
 
主な登場人物は下記のシリーズに出てきた人達です。
 
千里・桃香・青葉 →「女の子たちの成人式」〜「女の子たちの花祭り」
青葉については→「寒椿」〜「寒梅」も参照。
あきら・小夜子 →「les amies 振袖は最高!」「les amies 恋は最高!」
淳・和実→「Twilight」「続Twilight」
和実については→「萌えいづる日々」「萌えいづるホワイトデー」も参照。
 
新キャラの設定については徐々に明かしていきますので、とりあえず期待しながらお読みください。

これは2011年6月下旬頃の物語である。
 
青葉の携帯に千里から着信があった。
「ハロー、ち〜姉」
「ハロー、青葉。今週末、こちらに来る予定とかある?」
「ごめーん。私今週末は岩手に行ってくる」
「ああ、また『例のお仕事』か」
「そうなの。『霊のお仕事』なのよ」
「たいへんね。宿題も忘れないでね」
 
「はーい。途中のバスの中でやります。あ、何かそちらで用事があったんだっけ?」
「ううん、逆、私と桃香も週末は東北なのよ」
「ああ、また炊き出し?」
「そうなのよね。要望が大きくて復活したから。火曜の朝まで不在になるから青葉がこちらに来る予定があったらまずいなと思って連絡したの」
「ありがとう。そちらも頑張ってね」
「うん」
 
千里と桃香は3月に東日本大震災の被災地で勤めているファミレスの炊き出しのプロジェクトに参加していたのだが、そのプロジェクトは一応3月いっぱいで終了していた。しかし現地のほうから、あれはとても良かったので可能なら復活させられないかという声があり、スタッフの確保できる週末だけ復活したのであった。
千里と桃香は今週末それに参加してくるらしい。
 
「さてと・・・」
青葉は千里からの電話を終えると、携帯を防水ポーチの中に戻した。
「何の話してたっけ?」
「いや、だから橋本君と山岸君と、どちらがより逝っちゃってるかという話で」
湯船の中で、美由紀と日香理が補い合うように言った。
「私の感じでは橋本君は突き抜けている感じ、山岸君は逸脱している感じかな」
と青葉は勝手な感想を言う。
「あ、その分析、けっこういい線いってない?」
 
今日、青葉は新しい学校で仲良しになった同級生2人と近隣の温泉に来ているのであった。ふたりが青葉の身体に『異様に関心を持つ(青葉の見解)』ので「私の裸に興味あるなら温泉にでも行こうか?じっくり観察していいから」などと言ったら「じゃ行こう行こう」と言って、美由紀の親戚の人が経営している温泉旅館に今夜はお泊まりなのである。学校が終わってから送迎の車で迎えに来てもらい、明日の朝も学校の近くまで送ってもらう予定である。平日はお客も少ないので、この時間帯、広い浴室が貸し切り状態であった。
 
日香理も美由紀も脱衣場に来るまでは少しドキドキしていた。体育の着替えの時に青葉の下着姿は見ている。それはどう見ても女の子の身体にしか見えなかったものの、下着を脱いでも女の子に見えるものなのだろうか?と。
 
でも青葉は平気な顔で服を全部脱いでしまったし、全裸でこちらを見て「どうしたの?」と首をかしげる。その姿は、上半身を見ても下半身を見ても女の子の身体にしか見えない。
 
「早く中に入ろう」という青葉のことばに促されて、ふたりとも服を脱ぎ掛け湯をして、あのあたりをよく洗うと湯船に入り、青葉の近距離観察をしてついでに接触観察をしたのであった。
 
「じゃ、性転換手術してる訳じゃないのね?」
「全部体内に押し込んで接着剤で留めているだけ。一応見た目は女の子の股間でしょ。手術はね、できたら18歳、最低でも15歳になるまではしちゃだめってお母ちゃんやお姉ちゃんたちに言われてる。一応お母ちゃんに連れられて病院行って性同一性障害の診断書2ヶ所からもらったから、海外に行けばいつでも手術はできるけどね」
その2枚目は実は今週もらったばかりである。
 
「あれって、大きくなったりしないの?」
「もう機能を停止させちゃったてるからね。大きくはならないよ」
「実質去勢状態か・・・・ホルモン的にはもう完全に女性なのね」
「うん。病院で検査されてもそうだった」
 
「だけどこうして間近であらためて見ると、青葉立派な胸だよね」
「日香理の胸もかなり育ったね」と青葉は答える。
「だけど私も日香理も美由紀の胸には負けるけどね」と青葉は続けた。
「いや、青葉の胸、けっこうありそうだし育ってる最中という感じだったから負けてたらどうしようと思ってた」と美由紀。
「でも私達3人、裸も見せ合ったし、胸も触り合ったからもう他人じゃないよね」
と日香理。
「他人じゃないというと・・・・姉妹かな?」
「じゃ三姉妹ということで」
「誰が長女?」
「胸の大きさ順で、美由紀」
 
3人はお風呂から上がると、浴衣を着て部屋に戻る。夕飯の支度がしてあって3人分の卓に手頃な量の料理が並べられている。
「わあ、こういうの小学校の修学旅行の時以来だ!」などと青葉がはしゃいでいる。
「これ、量が手頃でいいね」と日香理。
「そうなのよ。温泉旅館の料理ってしばしば『これでもかこれでもか』というくらいボリュームがあるじゃん。でもそんなの女の子は食べきれないって。
それで食事の量を選択できる設定にしたのよね、ここ」
「ああ、いいね、それ」と日香理。
「これは『姫様』の量で、もっと多い『お姉様』『女王様』もあるし、もっと少ない『乙女』もあるよ。私達の食欲なら姫様は行けるかなと思ってこれ頼んだ」
「へー」とこういう世俗のことをほとんど知らない青葉が感心している。
 
「でもお風呂の中でお姉ちゃんから電話があると分かってたから携帯を浴室まで持ってったのね。凄い霊感」
「うん。ちー姉と桃姉とお母ちゃんの3人からの電話は分かるよ。問題が菊枝なんだよなあ。しばしばこちらに察知されないように掛けてくるから」
「面白い人みたいね、その人」
「常に課題を与えられている感じ。それをクリアしたらまた課題を与えられる」
「先生なんだ」
「先生だし、ライバルだし、ある意味で恋人みたいなものかも」
「青葉って恋愛対象は女の子なの?」
「ううん。男の子が好きだよ。バイのつもりはないけど、でも菊枝は別格かな」
 

 
「ねえ、今週末はどこどこ行くんだっけ?」
ケイが尋ねた。
「今週は気仙沼から釜石までヘビーローテーション」
「よし。頑張るか」
「Superfly の新曲、もう入ってる?」
「今練習中。ここの所少し忙しくてさ。3日前にやっと落としたんだもん」
「AKBは大丈夫だよね」
「どの曲リクエストされても大丈夫。マキこそとちるなよ」
「とちったら誤魔化す!」
 

 
「じゃ、今度の土日は和実、休めるんだ」
 
淳は立ったまま和実のゴスロリな通勤用の服を脱がせながら言った。今日の和実はビクトリア朝風のクラシックな感じのスリップを着けている。首を少しかしげてこちらを見る視線が色っぽい。元々和実はとても男の子とは思えない雰囲気を持っていたが、最近ますます女らしくなってきた気がしていた。
 
「うん先週も先々週も休みが1日も無かったから、2日続けて休みがもらえた」
といって和実は淳に熱いキスをした。ふたりはぎゅっと抱きしめ合う。
 
「じゃ、一緒に東北に行くかい?丸山君と組んで行って来ようかと思っていたんだけど、まだ声掛ける前だったし」
「うん、行く行く」
そういいながらふたりは布団の中に潜り込んだ。
 
淳と和実は東日本大震災の被災地に救援物資を届けるボランティアをしていた。
最初は2人で個人的に運んだものであったのが、支援する人たちが大勢現れて、資金を寄付してくれる人も増えて、運ぶ人・買い出しをする人あわせて30人ほどの大きな活動になっていた。当初5月頭までの活動予定だったのが夏までに延長され、更には来年の3月までに延長されていた。
 
運送に使うトラックも知り合いのものを借りて使っていたのが、和実の勤めるメイドカフェの常連さんのツテでレンタカー会社がキャンター・ハイブリッドを1台無償でリースしてくれたので、現在はそれを使用している。ハイブリッドなのでガソリンの消費が少なく、その分を物資の購入に回せるので助かっていた。
保冷機能まで付いている優れものでこれから来る夏の期間の食料の配送にも助かると和実は喜んでいた。
 
「で、今週末はどこに行くの?」
和実が淳に訊いたが、淳は少し反応が無かった。ああ、逝っちゃってるなと思ってしばらく待つ。少し落ち着いてきたかなと思ったあたりで再度尋ねた。
 
「あ、ごめんごめん。これまで気仙沼までは何度か行ったけど、今回はその先の陸前高田や大船渡まで行くよ。岩手県に入るのは初めてだね」
「大船渡は買出組の松田さんの出身地だね」
「わあ」
「松田さん自身の家族は無事だったらしいけど、親戚や知り合いで何人も亡くなったりまだ行方不明の人いるみたい」
「あのあたりはひどかったからなあ」
 

 
「じゃ、今週末はまた被災地ボランティアなのね」
小夜子はシャワーを浴びてきて室内用の和服に着替えたあきらに、御飯を盛りながら尋ねた。小夜子も和服を着ている。今日の和服はあきらは赤、小夜子は青である。五十鈴は遠方の会合に泊まりがけで行っていて留守である。
 
「うん。今回は岩手県南部の被災地を数ヶ所回る。金曜日の朝の新幹線で現地入りして、向こうではボランティアの人のマイクロバスを使って避難所を回って洗髪・散髪のサービス。火曜日の夜の新幹線で戻るよ。前回はけっこうきつかったけど、今度は2度目だし、道路事情もかなりよくなってそうだから少しは楽かなと思ってるんだけど」
「丸5日間か・・・私も妊娠中じゃなきゃ、一緒に行ってシャンプーくらいお手伝いしたい所だけどなあ」
「サーヤはそのお腹の中の子を守るのがお仕事」
「うん」
ふたりはテーブル越しにキスをした。
 
「ところで、アッキーさ・・・・向こうでは男性扱いなの?女性扱いなの?」
「うーん、こんな格好なんで、避難所ではだいたい女性美容師と思われている感じがする」
「アッキー見て男と思う人いないよ。トイレはどうしてるの?」
「・・・女子トイレ使ってる」
「いいんじゃない? で。。。。お風呂は?」
「部屋にお風呂が付いてる所に泊まった時はそれ使った」
「大浴場の所は?」
「えっとね・・・」
「こら。正直に白状せい」
 
「・・・・・・夜中にこっそり入った」
「どちらに?」
「1度目は男湯に入ったんだけど、2度目は夜中だから誰もいないだろうと思ったら先客が居て・・・」
「姉ちゃん、こっち違うと言われた?」
「うん。仕方ないから女湯に入った」
「あはは。こないだ聞いた時もそのあたり誤魔化したから、たぶんそんなことだろうとは思ったけどね。まあ捕まらないようにね」
「うん」
 

「明日は釜石から始めて、大船渡まで全12ヶ所か・・・・」とベッドの中で千里が言った。今夜はホテル泊まりだが、例によって千里と桃香は同室にしてもらっている。
「相変わらずハードだよね、この仕事」
そばで桃香が言う。
 
「うんうん」
「でも最近私さ」
「なあに?」
桃香は少し甘えるような声で聞いた。実は桃香はさきほどから千里に身体をピタリと付けて千里の乳首を弄んでいた。
 
「私、自分が男の子として暮らしていた頃のこと忘れちゃった」
「千里はずっと女の子だよ」
「1年前はバイト先で女子の制服着てる以外は男の子だった気がするんだけど」
「千里は男の子の服着たって、女の子に見えてたよ」
「そ、そう?」
 
「ね、今夜はHしようよ。私が男役でも千里が男役でもいいよ」
「えーっと、また今度ね」
「ね、乳首なめてもいい?」
「うーん、まいっか」
「千里のおっぱい最近かなり大きくなってきたから触りがいがある」
「青葉のおかげだけどね。あの子の魔法、ほんとに効くんだね」
 

 
それはもう日曜日の夕方であった。その避難所に千里たちのキッチンカーが到着した時、トラックを停めて救援物資っぽいものをおろしている女性2人組がいた。
27-28歳くらいと18-19歳くらいだろうか。
 
「こんにちは、ボランティアの方ですか?お疲れ様です」
チームリーダーの亜衣華が挨拶した。最近は各避難所で様々なボランティアのグループとかち合う。
「こんにちは。炊き出し活動ですか!お疲れ様です」
と淳が亜衣華に挨拶した。
「もしよかったら、お食事なさいませんか?ボランティアの人達にも積極的にお食事を提供するように言われているので。お食事だけでなくケーキセットなどもありますが」
「いや、一応自分達の食事は持参しているので」と淳が言ったが、「せっかくだから頂いて行こうよ、私ケーキセット食べたい」と和実が言うのでそれではということになり、荷降ろしが終わってから、頂くことにした。
 
避難所の責任者の人が来て、今避難所の人たちの散髪・洗髪をする美容師さんたちのグループも来ているので、その人たちにも食事あるいはデザートを提供してもらってもいいかと尋ねる。もちろんです、ということで、その人達や、あまり動けない人たちのために注文票を1冊渡した。
 
あきらがひとりの中年女性の散髪を終え、シャンプー担当の人と交替して、次の人に声を掛けようとしたら、その70代くらいの女性は白い千早に緋袴の巫女衣装を着たふたりの女性と話していた。1人は45歳くらい、1人はまだ中学生くらいである。
「あ、散髪どうしましょう?お取り込み中なら、また後で回ってきましょうか?」
 
「あ、散髪お願いします。そのままお話聞きますから」とその中学生くらいのほうの巫女さん?が言ったので、あきらは「では失礼します」と言い、クロスをそのおばあちゃんに掛けて、はさみを消毒薬で拭いてから、「髪、どのあたりで切りましょうか?」と尋ねた。
 
「そういう訳で、あまり色々しゃべる人じゃなかったけど、心の優しさを感じる人でね。地震の起きる、ほんの10日ばかり前なんか・・・・」
などと、おばあちゃんはどうも行方不明のままの夫のことを巫女さん2人に話しているようである。あきらは最初40代のほうの人が主で中学生のほうはその娘さんか何かで助手を務めているのかとばかり思っていたが、髪を切りながら様子を見ていて、主は中学生の子の方だというのに気付いた。時々鋭い質問をして「ええ、そうなんです!そういう人だったんですよ。よくおわかりですね」
などと、おばあちゃんは言っている。その中学生の子はおばあちゃんの手をずっと握っていた。
 
そこに避難所の管理者の人がまわってきた。炊き出しのサービスが来ているのでということで、おばあちゃんの分、それにあきらの分の注文を取る。
「あ、私はボランティアですから」とあきらは言ったが、ボランティアさんたちにもお配りできますから、というのであきらはスパゲティを頼んだ。
巫女さん2人にも声を掛けたが「この仕事している間は何も食べてはいけないので」と言って断っていた。
 
おばあちゃんの話は長く、昔の思い出話などもたくさん出てきたが、やっと落ち着いた感じのところで、中学生の巫女さんが「では霊査してみますね」
と言って、目をつぶり手を組んで瞑想でもするような姿勢を取った時であった。
 
「みなさーん、元気ですか!」
という大きな声があった。
 
ここは体育館なのであるが、そのステージの上に、ギターなど楽器を持った4人組があがっていた。
「疲れているみなさんの心にオアシスを!ひとときの音楽を提供しに来ました!」
などと言っている。
 
巫女さん2人は顔を見合わせている。
「この人たちのステージが終わってから霊査しますね」と中学生の巫女さんが諦めたように言った。
 
バンドは、アコスティックギター、コントラバス、アコーディオンとボーカルという構成だった。電気を使えない被災地で演奏するとなるとこんな楽器の構成にならざるを得ないかもとあきらは思った。アコーディオンの人は普段は電子キーボードなのかな、などとも思う。
 
ボーカルの女の子はよく通る声で、マイク無しできれいに会場に声を響かせていた。いきなりAKB48の「ヤンキーソウル」で会場を盛り上げる。会場のあちこちから手拍子が起きていた。「やるっきゃない」という歌詞を「頑張るっきゃない」
と変えて歌っていた。
 
中学生の巫女さんが真剣な目でその子を見ている。時々大きく頷くような様子をする。『この子も歌がうまいのかな?』とあきらは思った。
 
AKBの曲が終わったあと、リクエストありませんか?などと聞くと、いきなり「北の宿から」と声が飛んだ。中学生の巫女さんが吹き出す。
さっきのおばあちゃんの話を聞いていた時の感じは熟練したカウンセラーを思わせたが、こうしているとふつうの中学生だ。バンドはベースの人の合図で「北の宿から」を歌い出す。ボーカルの子は基本的にポップシンガーという雰囲気だが、演歌の小節もちゃんと歌える。こういうリクエスト方式のイベントをかなり経験しているのだろうか。
 
「北の宿から」の次のリクエストは「斎太郎節」だ。中学生の巫女さんは笑っている。あきらもつられて少し笑った。きっとバンドは最近のポップス系のヒット曲など仕込んで来ていたのだろうにと、あきらは思う。
 
「斎太郎節」のリクエストに、バンドはベースの人がコントラバスのボディを太鼓代わりに叩いて、ボーカルの子が「まつしま〜〜〜のサーヨ〜」と歌い出した。ポルタメントが綺麗だし、きちんと民謡の発声と音程になっているのが凄いとあきらは思った。西洋音楽やっている人は民謡も西洋音楽のピッチで歌ってしまいがちな人が多いのだが。。。このボーカルの子は、物凄く器用な子だ。
 
あきらはちょうどおばあさんの髪を切り終えたので、落ちた髪の毛をホウキで掃除し、次の人のところに移ろうとしたら、そこに「お食事どうぞ」といって炊き出しの人がプレートを2つ持ってきた。物凄く可愛い制服?を着ている。「こちら鳥畑様の分、こちら浜田様の分です」と言う。
「あ、ありがとうございます」あきらがプレートを受け取った時、中学生の巫女さんがプレートを持ってきた炊き出しの女性に手を振った。
 
「青葉!こんなところで何してるの?」
「何って仕事。奇遇だね、ちー姉」
「あら、青葉ちゃんの新しいお姉さんですか?初めまして佐竹と申します」
と40代のほうの巫女さんが挨拶した。
「あ、こちらこそ青葉が色々お世話になっているようで。青葉の姉のひとりです。もうひとりも来ているので、後でこちらに来させますね」
あきらは状況が読めなかったが、何か面白い遭遇が起きているようだと思い、彼女らの会話を聞いていた。
 
青葉が「でも奇遇といえばさ、これ凄い偶然ですよね、美容師さん」とあきらの方に話しかける。
「え?何か?」
「これだけ1ヶ所に、MTFが集まるのも凄いなと思って。しかもみんなパス度が凄く高い人ばかり」
あきらはギクっとした。え?そんなこというこの子も?まさか? 
「私でしょ、ちー姉でしょ、美容師さんでしょ、そしてあのステージの女の子」
「え?」とあきらと、千里が同時に声を上げた。
「あなたもMTFでした?」と千里とあきらが同時に言う。
「全然気付きませんでした」「私も全然分からなかった」
「でステージの子もMTFだと思うの?」
「私には一目で分かったよ」
 
リクエストに「ふたりの愛ランド」という声が掛かった。ボーカルの子とベースの人が顔を見合わせている。
「さては、うちのバンドのレパートリーを知ってるな?」とその子は言い前奏に続いて歌い出した。
この曲はデュエット曲だが、最初は女性パートから始まる。その子はそのパートを今まで通りのきれいな女声で歌ったかと思うと、その次の男性パートを何と男声で歌う。会場のあちこちからどよめきが聞こえた。
 
青葉がニヤニヤしてる。「すごい。『両声類』だね。私は男声が出ないから、これできないや。ちー姉は練習すればできるようになるよ。美容師さんも」
あきらと千里はステージのボーカルの子の巧みな発声に驚きつつ、青葉の解説を聞いていた。
 
「ね、美容師さん、お友達になりましょうよ」と青葉が言うので、あきらは自分の名刺に個人の携帯番号とメールアドレスを書き添えて渡した。千里と青葉も携帯の番号とメールアドレスをメモしてあきらに渡した。
 
そんなことをしていた時のことであった。「あ、来る。気をつけて!」と青葉が言った直後、大きな揺れが来た。千里はとっさにおばあさんをかばうようにしてしゃがみこんだ。
 
けっこう大きな余震だった。震度4以上はある感じだ。揺れはまもなく収まったが、揺れている最中にあちこちで物の壊れるような音がしていた。
 
「みなさん、大丈夫ですから動かないで」という拡声器を使った声がする。
避難所の人が被害状況をチェックにまわっているようだ。それでも何ヶ所かで子供の泣き声などがある。
 
和実と淳は避難所の入口近くでケーキセットを食べたあと、食器を戻して出ようかとしていたところだったが、すぐに避難所の職員に声を掛ける。
「何かお手伝いできますか?」「すみません。中を見て回って怪我している人がいないか見てもらえますか」「はい」「和実、そっちから回って。私はこちらから行く」「うん」
 
和実が様子を見てまわっていた時、ふとその集団に目を留めた。おばあさんが1人、そのそばに巫女装束の親子?がいて、ファミレスの炊き出しの人がいて美容師の制服?を着た人がいる。最初はその微妙なまとまりの有るような無いような集団に目を留めてしまったのだが、よく見ると「え?え!?」
と思った。和実は思わず、そばによると、とりあえず「あの、お怪我なさった方はありませんか?」と聞いた。
 
「こちら大丈夫ですよ」と巫女装束の娘さん?のほうが答える。しかし彼女は続けて「あの、あなたもしかしてあれですよね」と聞いた。和実はそれを聞いて「え?まさか君も?美容師さんとウェイトレスさんは気付いたけど」
と和実は答えた。
「これ・・・セクマイの集会・・・とかじゃないですよね?」と和実が訊くと「偶然の遭遇ですよ」と青葉は笑って答えた。
 
千里はポカーンとして会話を聞いていたが「え、まさか、この人も?」と和実の方を見ながら青葉に訊く。
 
「うん。だけど、この人がそれと分かるのは、よほどいい目をしている人だけ。
だって出しているオーラが完璧だもん。この人、霊的には既に完全に女性。
手術がまだだから分かった。手術済みだったら私にも分からなかったと思う」
と青葉は言う。
「君も凄いね。痕跡がどこにもないもん。ホントにあれなの?まだ信じられない。あ。。。。でも君も身体はまだいじってないね。いや、もしかしてタマだけ抜いてる?」
と和実も言う。
 
「でも・・・」と青葉と和実が同時に言った。
「どうやってそのおっぱい作ったの?」
「ホルモンしてないですよね?」「うん。君もでしょ」「うん」
 
そこに反対側から一周してきた淳がやってきた。和実が足を留めているので「どなたがお怪我されました?」と聞く。「ううん。それは大丈夫なんだけど」
と和実が答えたら、その淳を見つめて「え!うそ」と青葉が叫ぶ。
 
そこに千里が戻ってこないのを心配して桃香もやってきた。「何だ何だ?」
桃香はそこの少し不思議な集団?を見て言う。あきらが「まさかその人まで?」
と言ったが、和実が「違いますよ。そちらのお姉さんは天然女性」と言う。
 
「ね、この場ではあれだし、あとでこのメンツでまた1度集まりませんか」
と青葉が言う。
「私と、あなたが携帯メール交換すれば全員集まれそう?」と和実が青葉に言った。「うん。そんな気がする。交換しましょう」といってふたりはアドレスを交換した。
 
「あ・・・」その時、青葉が声を出した。
「あんまり凄い遭遇があったから避難所全体を見るの忘れてた。あの赤ちゃんやばくない?」
と言って青葉が、避難所内で赤ちゃんの泣き声のする方に走って行った。
千里、桃香、あきら、淳、和実が付いていく。佐竹はおばあさんの所に残った。
 
そこのブロックで、20代の女性が激しく泣く赤ちゃんをかかえて困ったようにしていた。「どうしましたか?」と淳が尋ねた。
「私がスープをこぼしてしまって」
炊き出しのランチを食べていて、そのスープがこぽれ、赤ちゃんの腕に掛かってしまったようだ。
「地震でこぼれたんですね」
「いえ。地震では押さえていたので無事だったんですが、終わったあとでつい今さっき、うっかりひっくり返してしまって」
確かに事故を起こす時はそういうものである。
 
「千里、氷水で冷やしたタオル、いそいで作って持ってきて」と桃香が言った。
「分かった」と言って、千里が掛けていく。
「取りあえずこれで」と言って和実がバッグの中からウェットティッシュを出すと、赤ちゃんの腕に当てた。しかしスープのかかった範囲が結構広い。
「淳、救急箱の中にたしか馬油があったと思うから」「取ってくる」
 
「大丈夫ですか?」
声を掛けてきたのはさきほどステージで歌っていたバンドのボーカルの子である。
「ウェットティッシュ持ってます?」と和実が訊く。
「ウェットティッシュなら」といって、その子もバッグから出してくれた。
そのまま赤ちゃんの腕に当ててくれる。
 
少しして、千里が冷やしたタオルを持って駆けつけてきた。
桃香はそれを受け取ると、ウェットティッシュの代わりに赤ちゃんの腕に当て千里に「もう1個作ってきて」と言った。「とにかく冷やさなくちゃ」
 
「お母さん、この赤ちゃんにヒーリングしてもいいですか?」と巫女装束の青葉が訊く。「効果のありそうなことなら何でもしてください」というので青葉は赤ちゃんのそばに正座して座ると、目をつぶり左手で赤ちゃんの腕の少し上のほう数cmあけたところに手をかざすようにした。
 
「うーん」と青葉が呟く。
「マズイの?」と桃香が訊く。
「違う。今の段階では私のヒーリングよりその冷やしているタオルの方が効果が大きい」
「紛らわしいこと言わない」「ごめん。あ、タオルひっくり返して」「うん」
桃香がタオルの表裏をひっくり返した。赤ちゃんの熱をすった所が少し暖かい。
青葉は赤ちゃんの腕と並行に患部の上で手を動かしヒーリングを続けている。
やがて千里が新しい氷水付きタオルを持ってきたので交換する。
「押さえておくの代わります」といって、あきらがタオルを押さえておく係を桃香と交替した。
 
「ありがとう。確かに押さえておく側も手が冷たい」と桃香が言う。
淳が馬油を取って来ていたが、まずは応急処置を見守っている。
 
「あ、大丈夫。これなら跡は残らない」と青葉が言った。
応急処置を始めてから10分ほどが経っていた。タオルも3回交換した。
赤ちゃんも泣き止んでいる。
「タオルもう要らない?」と千里が訊く。
「もう1本分、やっておこうかな」と青葉。
「OK。持ってくるね」と千里が駆けていく。
 
「あ、もしかして、あなた八島さんのとこの曾孫さんですね!」と赤ちゃんを抱えたお母さんが青葉に言う。「今、気付いた」
「ああ、うちのひいばあさんをご存じでしたか」と青葉は微笑んだ。
 
「私が中学生時代に大病した時、祖母が八島さんを呼んで祈祷してもらったんです。実は医者から匙を投げられた状態だったらしくて。その時、祈祷だけじゃなくて、今あなたがしているみたいな感じでヒーリングしてもらって。
そしたら凄く楽になったの覚えてます。おかげで私命拾いして。その時に、八島さんがまだ4〜5歳くらいの女の子連れてたのが、あなたですね」
「たぶんそうです。そうやってよく現場に連れ回されていましたから。でも良かったですね。病気回復して」と青葉は微笑みながらヒーリングを続けていた。
 
「へー」と桃香は感心して言うが、そもそも桃香はこの手のものを信じていないので、無感想である。青葉のヒーリングについても半分気休めのようなものと思っている。ただ千里の身体への効果については信じざるを得なかったが。
 
「もう大丈夫そうかな。じゃ私達はそろそろこれで」とバンドのボーカルの子がいう。すると青葉が「待って。ね、和実さん、その人と連絡先の交換を」というので和実が少し離れた場所でそのボーカルの子に、たまたまここにパス度の物凄く高いMTFさんが集まっていて、あなたのことにも注目したのでぜひ連絡先を教えて欲しいと言った。
 
ケイは、あきらと淳が女装者というのは気付いていたが、千里・和実・青葉には全く気付かなかったと言って驚き、特に和実と青葉については「ホントにMTFなんですか?どう見ても女の子にしか見えないけど」とむしろ疑っている感じであった。しかし連絡先は交換してくれて、ぜひまた会いましょう、と言い、バンドのメンバーといっしょに体育館を後にした。
 
あきらも、美容師グループの人から「そろそろ今日の宿舎に移動するけど」と声を掛けられる。青葉が「宿舎はどちらですか?」と訊くと一関市内のホテルの名前を言われる。「あ、私達今日は一関経由で帰りますから送っていきましょうか?ただこのあとまだ3ヶ所避難所を回りますが」と和実が言った。
「そうですね。いろいろお話したい感じだし。荷降ろし手伝いますよ」と言うので、あきらはそのまま残って、今日はこのあと和実たちと移動することにした。
 
「もう大丈夫でしょう」と青葉がいうのでタオルを外す。赤ちゃんの肌はもう全然赤くない。「馬油塗っていいですか?」と和実が母親に尋ねる。
「ええ、お願いします」というので和実が赤ちゃんの腕に馬油を塗ってあげた。
「でも、ほんとに可愛い赤ちゃんですね。私にもこんな赤ちゃん欲しいくらい」
などと和実が言うと「そのうちできるかもね」と青葉が言った。
 
「え?」と和実が目をパチクリさせながら問うような視線を投げかけると青葉は「今のことば、私が言ったんじゃない。私の後ろの人が言わせた」と青葉。
「あら、お若いんですもの。これからきっといい人できて可愛い赤ちゃん、さずかりますよ」と赤ちゃんの母親は笑顔で言っている。『女性』ばかりに囲まれた気安さでさきほどから乳房を出して授乳していた。
 
少し離れた所から様子を伺っていた感じの亜衣華が近づいてきて「落ち着いた?」
と尋ねる。「うん」と千里と桃香が同時に言った。「あ、亜衣華、これうちの妹」
と言って、千里が青葉を紹介する。「あら、可愛い妹さんね」
「いつも姉たちがお世話になってます」と青葉が挨拶する。「姉たち?」
「うん、この子、私の妹でもある」と桃香。
「うむむ。なんか複雑そうな。でも巫女さんのバイト?」
「ええ、まあそんなものです」と青葉がにこやかに言った。
桃香は青葉の笑顔が日増しに明るいものになっていっているのを再認識した。
 
「じゃ、青葉、私達は食器を片付けて撤収するから」
「うん、頑張ってね」「青葉もね」
 
和実は病院に行くなら乗せていきますがと母親に言ったが、病院まで車でもかなり時間が掛かるのを知っているので、大丈夫ですと言った。「それに重傷者優先だからこの程度で病院行ったら叱られます」と。そこで和実は、この先別の避難所に行ったあと、一関方面に戻るのにまた近くを通りますから、必要だったら電話してくださいといって自分の携帯の番号をメモして渡す。そして淳・あきらとともに表に駐めているトラックのほうに戻った。
 
青葉も「もうしばらくこの避難所にいますから、何かあったら声掛けてください」と言って先程のおぱあさんの所に戻った。
 

ケイはマキの運転するワゴン車の助手席でSuperflyの「Rollin' Days」を歌っていた。
「調子いいね」と後部座席に座っているギターのタカが言う。
「うん。ちょっと面白い人たちに遭遇したからちょっと楽しくなっちゃった」
とケイは答える。
「今の避難所で?」
「そうそう。また会いましょうって約束してきたよ」
「へー」
「特にあの巫女装束の子、私に何かインスピレーションを湧かせるな。
あ・・・・・・・五線用紙取れる?」
「ほい」
とタカは座席のポケットにあった五線用紙とボールペンを渡す。
ケイは頭の中に浮かんだモチーフを五線用紙にささっと書き留めた。
更に歌詞も浮かんだのか、たくさん字を書き綴っている。
独特の崩し字で本人以外読めないが、物凄く高速で書けるようだ。
 
「あと2分くらいで次の避難所に着くけど」とマキ。
「だいじょうぶ。2分あれば書き上げられる」とケイ。
 
五線紙のいちばん上の標題を書くところには「Saint Girl」という文字が、そこだけはマキにも読めるように書かれていた。
 

「でもリードされたのは3年ぶりだなあ」とキャンターの座席の中央に座った和実が悔しそうに言っていた。「あの子、完璧だった。本人から私のことを言って来なかったら、私もあの子が女の子じゃないなんて疑いもしなかった」
 
「いや、和実ちゃんも凄いけど。。。。確かにあの子は凄いね。私もリードされてから、もしかしてと思ってよくよくあの子を見たんだけど、それでもまさか?と思ったのよね」
と左側の席に座っているあきらが言う。
 
「あの子の『お姉さん』と言ってたうちの一人はMTFだと言ってたけど・・・・あの人も物凄く女性的で、言われないと私には分からなかったんだけどさ、もう一人のお姉さんの方は?あの人も独特の雰囲気持ってたよね」と運転席の淳。
 
「あの人はね・・・・FTM要素もあるビアンじゃないかなあ。でもあまり男装はしてない気がする。男装をよくする人なら、服装の雰囲気に特徴があるもん」
と和実。
 
「服装ってあれ、ファミレスの制服でしょ?」
「着こなしに微妙な特徴が出るのよね。背広着ていても女装の習慣のある人は私分かるよ」と和実は言う。
 
「でも集まろうって約束したし、今度会う時が楽しみだね」
「うん」
 
ただ、和実は、さきほどの「凄い遭遇」を思い出しながら千里と桃香の関係が何なのか図りかねていた。恋人とは微妙に違う感じだし。自分が知らないタイプの人間関係かもという気もした。
 

「しかし、あそこで青葉に会うとは思わなかったな」
と今日の宿舎で桃香が服を脱いで浴衣に着替えながら言った。
今回の東北行きは土日月の3日間なので、千里たちは明日まで仕事がある。
 
「うん、それもだけどさっきのメンツは凄かった」と千里。
「結局あそこに何人MTFさん、集まっていたの?」
「えっと、私でしょ、青葉、あきらさん、和実ちゃん、淳さん、ケイさん。
6人だね。みんなパス度が高かったけど、特に和実ちゃんのパス度が凄い。
青葉に負けない完璧さだよ、あの子」
 
「うーむ。私にはよく分からなかったよ。ほぼみんな女にしか見えなかったし。
美容師さんがあきらさんだっけ」と桃香。
「そうそう。あの人はもしかしたらMTFというよりは女装者に近いかも。
あるいは少し性別の自己認識が揺れているのか。淳さんもそんな感じね」
 
「私はあの場で女装者がいるという話のようだと思ってあらためてみんなを見てみて淳さんはもしかしたらと思った」
「あの人、たぶん和実ちゃんの恋人だと思う。たぶんカップルの男役なんで少し男性っぽい雰囲気が出てるんじゃないかな」
 
「ところで青葉は何してたんだっけ?」と千里。
「うーん。あの子、いろいろ霊障相談とかしてるみたいね。あと、行方不明になったままの人の遺体の場所をかなり見つけてあげているみたいよ。毎日だから時には鬱になるとこないだ言ってたし」と桃香。
 
「私、霊障とか、霊感とか、その手のもの信じないんだけどねー。でも青葉がいろいろしてあげて、それでクライアントさんが満足できたら、それでいいんだろうね」と桃香は続けた。
 
「私も基本的にこの手の仕事って、そういうことだと思うよ。ただ拝み屋さんというのも気休めレベルから超能力者級まで、いろいろあるんだろうけど、青葉はホンモノって気がするのよね」
と千里は言う。
 

「ありがとうございます。明日にも息子に、そのあたりを探してみてくれるように連絡します」
と鳥畑は青葉たちに感謝していた。
 
青葉は佐竹といっしょに、さらにもうひとりのおばあさんの相談に乗ってあげたが、その後、避難所の管理者さんに、少し鬱気味になっている人がいるので見てあげてくれないかと頼まれた。
 
青葉はとにかくその女性の話を聞いてあげた。青葉の優しい聞き方が女性の心の壁を崩してしまったようで、泣きながら話をしていた。青葉はその女性の手をしっかり握ってあげていた。
 
たっぷり1時間くらいその女性の話を聞いてあげていたら、女性は「なんだか少し気持ちが軽くなりました」と言った。「良かったですね。月に2回、岩手に来ますので、また御用がありましたら、こちらの佐竹さんに連絡しておいてください」と青葉が言い、佐竹が名刺を渡した。
 
佐竹のライフに乗って避難所を後にする。
「少し遅くなっちゃったわね。このまま仙台まで走るわね」
「すみません。お願いします」
「21:45だったわね、高速バス」
「ええ。でも今から行けば21時くらいまでに仙台着きますよね」
「たぶん。あ、硬くなってるかも知れないけど、おにぎりどうぞ」
と佐竹は片手で後部座席のかばんを取ろうとしたが、青葉はそれを制して自分でかばんを取り、勝手に中に入っていたおにぎりを取り出す。
 
「ありがとうございます。いただきます」と言い、1個を食べやすいようにラップを半分外して運転中の佐竹に渡してから自分でも美味しそうに食べ始める。
「食事すると勘が鈍るから食べられないけど、お腹はすくんですよね」
 
「でもお姉さんとお父さん、残念だったわね」
「いえ、亡くなったのは震災の直後に分かってましたから」
と青葉が言う。実は金曜日に姉の遺体が、土曜日に父の遺体が発見されて、今回の青葉の岩手行きではその遺体の引き取りと仮葬儀もしてきたのであった。
「青葉さんの言っていた場所ピタリで見つかりましたね」
「ええ」
 
父の遺体は山裾の深いがれきの中から、姉の遺体は浜辺に打ち上げられたのが見つかった。青葉は震災の直後に、両親・祖父母・姉の遺体は見つかるとしたらこのあたりだと思うので、自分が行けない場合、申し訳ないが代わりに引き取って欲しいと佐竹に頼んでいたのであった。祖父母の遺体は5月に見つかっていた。
まだ見つからないのは母の遺体だけである。
 
「お母さんも海の底だって言ってましたね」
「ええ、母は海岸近くにいて、津波警報を聞いて母の彼氏と一緒に車で逃げようとしたものの、間に合わず、車ごと津波に呑み込まれたんです」
と青葉は語った。「来月くらいかなあ・・・打ち上げられるのは。車のふたがまだ開かないので。そのうち余震のショックでふたが開くと思うんですよね」
 
青葉が悲しそうな顔で語る。佐竹は以前のような能面のような顔で語られるのもぞっとする気がしていたのだが、こう悲しい顔で語られると自分も涙が出てきた。
 
「さっきの人にはかなり強いヒーリングしてましたね」
「ええ、あの人、旦那さんと子供を失って生きる気力を失ってましたね。体内の気の乱れが凄まじかったし気の流れ自体が衰弱していたから、その乱れを直しつつ少し活力を与えるのに苦労しました。今回は特に強い乱れの部分と強烈なループができている部分しか治せませんでした。たぶん、連絡あると思うので、場合によっては休日などに電話で直接お話を聞きますよ。一度ヒーリングした人なら電話がつながっている状態でリモートヒーリングできますから」
 
「あの人に、この子も家族をみんな失ったんですよ、と私言いかけた」と佐竹。
「それは言わないほうがいいです。家族を失った悲しみは、その人それぞれのものです。他人が似た体験したと言われて、慰められるものではありません。
だって失ったのはあの人自身の家族であって、私の家族ではないから。他人のことまで考えられるようになった頃は、もう心に余裕ができた時なんです」
佐竹は青葉のしっかりした口調に、ほんとにこの子は凄いと思い直していた。
 
「でも・・・・青葉さん、自身にヒーリング必要ではありません?」
「だいじょうぶです。友達とおしゃべりしていると自己ヒーリングできますから」
と青葉はにっこりしながら佐竹に言った。
 

 
和実と淳が月曜の朝、東京の自宅に戻ると、胡桃が「おかえり。御飯食べる?」
と声を掛けた。「食べる、食べる。わーいハムエッグ。鮭も美味しそう」
「私もいただきます」
 
「でも私、東京に来て良かったのかもしれないな、と最近思うよ」と胡桃。
「こっちって刺激が凄いでしょ」と和実。
「それもあるけど、美容室でむちゃくちゃ鍛えられる。技術も接客も」
「競争激しいからね。そうそう、向こうでちょうど美容師さんたちの散髪・洗髪のボランティアしているグループと遭遇したよ」
「ああ、やってるよね。私も応募しようかと思ったんだけど、体力必要だから無理だって先輩に言われた」
「たしかに、姉ちゃんあまり体力のある方じゃないもんね」
と和実は焼き鮭をつつきながら言う。
 
「それで埼玉の美容師さんで私と同族の人と知り合っちゃった」
「同族って性別が?」
「うん。MTFさん・・・というよりMTXに近いかも。大手チェーンで何年か修行したあと、今はマンツーマン方式の美容室でデザイナーやってるんだって。
名刺もらったよ」
と言って和実はあきらの名刺を見せた。
 
「マンツーマンいいよね。そのうち東北に戻ったら私もそういう所で働きたい。
わあ、この人、着付け技能士一級取ってるんだ。私も今年受けようかと思ってるのよね。。。ん?この人、MTなんたらなんでしょ。モデルさんとかどうしたんだろ?」
 
「この人、MTFだけど女性と結婚してるんだよね。その奥さんがモデルになってくれたというか、モデルになってもらったのが縁で結婚したんだって」
「新婚さんだから、たくさん、ごちそう様な話聞いたね」と淳。
「ま、私達も結構おのろけ、話してたけどね」と和実。
 
「へー。でもそういう人で女性が恋愛対象の人もいるのね」
「けっこう多いよ。私もだし」
「あ、そうか」
淳がハムエッグのハムを食べながら苦笑している。
 
「私の感覚では、MTFさんの恋愛対象って実際には男女半々という気もする」
「そうなんだ!」
 

「青葉、土日は岩手に行ってきたんだって?」
青葉が月曜日学校に行くと、と日香理が寄ってきて訊いた。
 
「うん。当面月に2回くらい往復しないといけないみたい」
「なんか、たいへんね。向こうの友達と会ってきた?」
「今回は全然会えなかったよ。忙しくて」
「夏休みになったら、しばらく向こうに行ってるの?」
 
「ううん。だって私のおうちはこちらだし、コーラス部の練習もあるからね」
「練習に出てきてくれるなら安心安心。ところで何かおみやげないの?」
「えーっと。昼休みに出そうと思ってたんだけどな」
といって青葉は旅行カバンの中から一関の「ごますり団子」を取り出した。
「やった!やはり青葉の近くにいると、おやつにありつける」
 
たちまち近くの女子が集まってきて、あっという間にごますり団子は無くなった。
「これ、美味しいね」と美由紀が言う。
「でしょ。ちょっと渋いおやつだけどね」
「また今度行った時に買ってきてよ」
「いいよ」
 
「ところでさ、青葉」
「なあに?」
「私と美由紀のふたりで先週青葉の身体をじっくり観察したと言ったらさ」
「うん」
「私も観察したいという希望者が」
「はい」「はい」「はい」と、星衣良、奈々美、明日香の3人が手を挙げる。
「それで、第二回青葉鑑賞会をしようと」
「あはは」
「また、うちのおばさんの温泉宿で良ければ」と美由紀が言う。
「別にいいけど」
「タッチしてもいいの?」と星衣良。
「いいけど、私タッチされたらタッチしかえすからね」と青葉。
「うん。青葉が間違いなく女の子だってのは、美由紀たちから聞いたから、女の子同士なら、全然OK」と星衣良は言っている。
 
「じゃ、また今週の木曜日に。木曜がいちばんお客さん少ないのよね。
おかげで1泊2食付き1500円で泊めてもらえるから」
「それって、限りなく原価だよね」
「うん。でも施設を遊ばせておくよりはいいからって。親戚特別価格」
「じゃ、木曜日に」
と青葉は笑いながら言った。
 
そんな青葉を見ながら、美由紀はちょっとだけ憧れに似た視線を送っていた。
私男の子は苦手だけど青葉と話すのには全然抵抗が無いから、やはり青葉って女の子なんだよなあ、などと内心、美由紀は思っていた。
 
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