【萌えいづるホワイトデー】(2)
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うーん。やり直しだ。と和実は帰りのタクシーの中で考えていた。
渚さんにリードされて(こういうことばを和実は最近覚えた)女の子雰囲気創出大作戦をしてきて、みんなから女っぽくなったといわれて、実は高校に行っている時も友人から「最近カマっぽくない?」と言われるのも気にせず、女の子化の努力をしてきた。どこに行っても女の子としてパス(この言葉も「リード」と一緒に覚えた)すると思っていた。コンビニのボタンチェックも100%赤いボタンを押されていた(コンビニの客層ボタンのことも最近覚えた)。だけど翔太には通じなかった。目が見えないから、勘が強烈に働くんだ。自分が病室に入ってきてからの歩き方、交わした会話、それらの中に男の子の要素を感じたのか・・・・いや違う。と和実は思った。そういう具体的なものじゃなくて、自分があそこにいた時に放っていた、オーラのようなものを感じて、あの子は男の子だと判断したんだ。それってどうやったら変えられる?あの子をがっかりさせたくない。
「あ、すみません。急に用事を思い出して。イオンの盛岡南まで行って下さい」
と和実はタクシーの運転手さんに声を掛けた。
何か使えるもの無いかな………和実は専門店街を見て回る。ランジェリーショップで足を停める。ちょっとここに入るのは恥ずかしいな。。。でも普通の人には僕は…あっ……『僕』なんて言っちゃいけない。『私』って言おう………普通の人には私は充分女の子に見えるはず。思い切って中に入る。
ブラとショーツのペアになっているので可愛いのがあった。こういうのを付けようとか思ったこと無かったなあ。これまで和実は下着類は悠子が買ってくれるのをそのまま付けていた。幾つか自分で気に入ったのを手に取る。そして和実はヌーブラに目を留めた。あ、これ使えそう!
結局ブラとショーツのセットを5着(花柄2着、星模様、レース、キャラクタ物)と、ヌーブラにバストパッドもいつも使っている丸いものではなく、脇から押し上げるタイプとかを買ってみた。会計をしてメイド喫茶に戻る。
「あ、サブチーフ良い所へ。今日はお客さん多いです」と和奏が悲鳴をあげた。「ごめんね」と言って和実は店長室に飛び込むとその隅に置いてある衝立の影で手早くメイド服に着替えた。店長はお客様と何か話をしていた。「失礼します」
と言って出る。
3日間、学校を休もうかとも思ったのだが、渚さんが女の子が学生服を着てたって女の子に見えると言っていたのを思い出し、学校にはちゃんと行くことにした。しかし女の子の雰囲気を作るために今までと違った日常を過ごしてみた。
これまでお店に出る時だけしていた股間の処理(この頃まだ和実はタックということばを知らなかった)は、3日後までずっとしたままにしておくことにした。3日間はヒゲの処理をしないことにした。股間の処理のためにあれに触ったり、ヒゲを処理すること自体で意識が男に戻ってしまう。ヒゲはそのくらいの期間は処理しなくても大きな問題はないことに和実は既に気付いていた。ヌーブラを胸に貼り付けてその上からブラジャーをした。もちろんそのままで学校にも行く!
それまでは学校に行く間は、自分があまり女っぽく見えないようにしようとしていたのだが、むしろ「私は女の子だもん♪」という感じにして、堂々と行動した。なお、学校でのトイレは実は2学期以降個室しか使っていなかった。
クラスメイトで小学生の頃からの友人でもある梓が「ね?和実、性転換した?」
と言ったが、和実は「さあ、どうかしら?」と微笑みながら女の子っぽい声で答えた。この日以降、和実の性別疑惑が校内に広まっていくのだが、和実がそのことに気付いたのはかなり先のことである。
和実は今自分が男の子か女の子かというのを判別する方法として、ペンジュラムを使うことを思いついた。思えば1ヶ月前に渚さんにペンジュラムを使って催眠術を掛けられたのだが、ペンジュラムを使った占いなどで恋の可否を縦に振れるか横に振れるかで判断するものがあることを思い出した。この時ペンジュラムがきちんと反応しているかどうかを確認する方法として、最初に「私は女の子です」
などと心の中で言ってみて、それに対してペンジュラムがちゃんと自分の性別に合う振れ方をするかで確認するというのがある。
そのことに思い至ったので和実は翔太と会った日の夜、お店の仕事が終わってからまだ開いていた100円ショップに飛び込むと、可愛いハート型のローズクォーツのペンジュラムを買ってきた。早速「私は女の子です」と心の中で言いながら揺らすと、ペンジュラムは「NO」を示した。くそぉ、正直者め。
しかし翌日から「完全女の子生活」をはじめた所、翌日の夕方くらいから、ペンジュラムはこの質問に対して迷うような動きを見せるようになった。しかしちゃんと横には振れてくれない。
まだ足りない・・・・この状態ではまだ翔太には会えない、と和実は思った。
13日の日は、高校で女の子たちの会話の輪に飛び込んでみた。いつも女の子の服を着ているし、お店で同世代の子たちがアイドルの話などをよくしているので、和実はファッションの話題など、ふつうにクラスメイトの女の子たちの会話にも混じることができた。輪に飛び込んだ時には一瞬彼女たちの間に緊張感が走るのを感じたが、和実が他の女の子達と変わらない雰囲気で話しているので、みんな次第にふつうの感じに戻っていった。話題がパンティライナーの話に及んだ時、和実が「私、ロリエのスリムが好き。肌触りがソフトで」などと発言したものだから、さすがに「使ってるの!?」と驚くような声が上がった。
「えへへ」と和実は答えを曖昧にしておいた。実はショーツの前の方を汚さないようにするためにパンティライナーを愛用しているのであった。マチの部分以外にシミがつくのを和実は許せない気分だった。これは今回の女の子大作戦を始める前からである。しかしこのロリエ発言で、更に彼女たちの警戒心が解けてしまった感じであった。そもそも和実はよく「声は女の子だよね〜」などと言われていた。しかしこの頃からクラスメイトの女子達の間で「和実ってまさか本当の女の子?」
という疑惑が色濃くなっていったのであるが・・・・
13日の放課後。悠子のアパートでいつもの通勤用の女の子服に着替えたあと、ペンジュラムを揺らしてみた。かなり横に揺れる気がする。でも揺れ方は楕円を描くような感じで、完全に横一線の揺れ方ではない。明日なのに・・・・和実は初めて焦りを覚えた。
和実はその日、悠子が手が空いている時を狙ってこの問題を相談してみた。「それで一昨日あたりからまた急に女の子っぽくなったのか!」と悠子は納得したような顔で答えた。悠子はこれ以上やると和実がほんとに男の子に戻れないんじゃないだろうかと心配し、ブレーキを掛けるべきかと一瞬悩んだが、それは明日翔太に会ってからでもいいと思い直した。
「じゃ、これお守りにあげる」といって悠子は携帯に取り付けていたキティちゃんのストラップを外して渡してくれた。「ちょっと傷んでるけどね」
「これ、とても大事にしていたものでは?」
「これね、私が高校生時代に親に連れられてピューロランドに行った時に買ってもらったものなの。当時はうちの旅館、景気よかったし、番頭さんがしっかり管理してくれていたから、旅行に出かけることもできたんだよね。でもその番頭さんが亡くなったあと、うちの父も母も経営のセンスがいまいちで急速にさびれちゃって。それで私も東京の大学3年まで行ったところで学資がもたなくなって中退しちゃったのよね」
「そんな思い出の品を・・・」
「だからあげるの。あとで返しちゃだめよ。もう和ちゃんにあげたんだから」
「はい」
「だって人を思いやる心、それが大事だと思わない?和ちゃんが、その男の子のために頑張ってみようとしているのも、それでしょ。和ちゃんって、もともとそのあたりが凄く優しい性格なのよね。そういう意味では男の子にしておくのもったいないって時々思ってた。私も今和ちゃんのために何かしてあげたい気がしたから、これをあげようと思ったの。だから私の心を受け止めてくれる?」
「はい」
和実はストラップを両手でつかんで胸の所で祈るように持って悠子に礼をした。
14日。この日は入試が行われるので学校はお休みだった。最後の切り札と思って和実は昨夜ネグリジェを着て寝ていた。うまい具合に両親は昨夜から親戚の家に法事の相談で泊まりに行っている。姉は早朝バーゲンに行くといって朝早くから出かけていた。和実はゆっくりと7時半くらいまで寝ていたが。起きると家の中に誰もいないことをいいことに、そのままの格好で洗顔をして化粧水と乳液を付けた。そして食卓に座り、鏡を見て「うん、いい感じの女の子」と思い、ペンジュラムを振ってみる。左手には悠子からもらったキティちゃんのストラップを握っている。やった!ペンジュラムはきれいに横に振れた。
と思ったが、すぐにまた楕円の動きになってしまう。
うーん。和実は万策尽きた思いだった。翔太に何か言い訳を考えるべきか。いや、負けるもんか。もうこうなったら性転換手術受けちゃおうかと一瞬思ったが、さすがに今日どこか飛び込んで即日そんな手術してくれるところがあるとは思えない。だいたいそんな時間も無い。
ホワイトデー。マシュマロ、チョコのお礼・・・・チョコ?
その時、突然、和実は「あの人」と話がしてみたくなった。まだ朝だ。たぶん家にいる。和実は学年名簿をめくった。
目をつぶり「女の子、女の子、女の子」と自分に言い聞かせてダイヤルを押した。3回コール音があって、向こうの受話器が上がった。うまい具合に本人が出た。
「おはようございます。すみません。私、先日紺野君にチョコを渡したものなんですが」
「ああ、黒いシックなドレス、白いレース付きの服着ていた子でしょ?」
「はい!覚えてくださってたんですか!」
「すごく可愛い声だったから覚えていたよ。チョコも美味しかったよ」
「わあ、食べてくださったんですか!ありがとうございます。あの、ちょっとだけお話していいですか?。あの、その、付き合ってとか、そんなんじゃないですから」
「ん?いきなり自分を引いちゃうの?」
「え?」
「チョコをくれたのは僕のこと好きだからじゃなかったのかな?」
「あ・・・」
和実はもう顔が真っ赤になっていた。
「君って凄く優しい性格っぽいね。声を聞いただけでそれを感じる。でも、自分の気持ちはちゃんと伝えないと、幸せをつかむことはできないよ。幸せって勝手に飛び込んでくるものじゃないから」
「そうですよね」
「優しい人ってしばしば自分に自信が無いんだけど、自分に自信を持った人の優しさこそが本当の優しさだと思うんだ」
和実はまさに自分の心の構造の問題点を指摘された気がした。
「じゃ、わたし主張します。紺野さん、付き合ってください」
和実はチラッと自分は何言ってんだ?とも思ったが、しかしその時、自身が彼のことをすごく好きだと思ってしまったことも認識していた。
「うん、言えたね」
「はい。言いました」
「ここでOKできたらいいんだけど、ごめんね。僕は心に決めた人がいるから」
「はい。私玉砕したんですね」
和実は涙が出てきた。
「でも告白しなかったら玉砕できなかった。何もしない人は玉砕もできない」
「ほんとですね」
「だから、失敗してもいいから人は挑戦すべきなんだよ」
和実はその時紺野のことばにほんとうに感動していた。
「ありがとうございました。失礼します」
「あ、君、名前だけでも教えて」
「はるかです」
和実は突然頭の中に「降りてきた」名前を名乗って受話器を置いた。
しばらく涙が出ていたが、和実はそれをそのままにしておいた。
そうだ。自信を持とう。私って『女の子に見える』男の子じゃない。
私は『女の子』なんだ。
失恋したてだけどね・・・・和実は実は男の子としても恋愛をしたことがなかった。これが和実にとってははじめての恋だった。束の間の恋ではあったが。
ペンジュラムに目がいく。
振ってみようかと思ったけど、振る必要は無いと思った。
横に振れるに決まっている。そういう確信があった。
時計を見る。ぎょっ、もう8時半だ。手術は10時すぎから始まるはずだ。
着替えて出かけようとしたが、今日のために持ち込んでいた「女の子服」に不満を感じた。これ適当すぎる。もう少し可愛い服を持ってくれば良かった。でも悠子のアパートまで行って取ってくる時間は無い。
和実は意を決して、姉の部屋に無断侵入した。
戸締まりして出かけようとしたところで、ちょうどショッピングバッグを抱えた胡桃が戻ってきた。
「あ、お姉ちゃん、このワンピースちょっと借りるね。行ってきまぁす」
姉はきょとんとして、花柄のワンピース姿の和実を見送った。
え?え?今の和実なの?うん和実だったよね。でも。。。。
今の女の子だったよね?和実の友達とかじゃなくて??
いや確かに和実だった。あれ?和実って女の子だったっけ?あれれれ?
タクシーに乗り、病院に着いたのが9時5分だった。病室ではもう翔太が手術着に着替えているところだった。
「翔太君、元気?」
和実はあえてふつうの声を使って声を掛けた。こないだは少し女の子っぽい声を使ったのだが、この子には声色は無意味と思った。
「あ、お姉ちゃん!」
「今から手術だね。頑張っておいでよ」
「うん。でもちょっとだけ怖い」
「なんだい。君、男の子だろう。手術なんか怖くないよ。頑張りなさい」
「うん」翔太は最初少し不安な顔をしていたが、少し明るい顔になって答えた。
「そうだ。こないだのチョコのお礼にマシュマロを・・・・」
和実はその手を止めた。
「マシュマロは手術の後で受け取るよ。今は手術、頑張っといで」
「うん」
しばらく翔太の絵を褒めたり、友達の話などをしていたが、やがて翔太は移動式のベッドに移され、手術室へ運ばれていった。
「手術はどのくらいかかるんですか?」と母親に尋ねる。
「来て下さってありがとうございます。手術は1時間半くらいだと思います。この手術、命の危険とかはないのですが、麻酔していてもかなり痛い手術らしくて」
「じゃ、待ってましょう」と和実は母親に言った。
ロビーの公衆電話からお店に電話したらちょうど悠子が出たので、手術が終わるまで待っていたいから午後からの出勤になることを伝える。その時悠子が「和ちゃん、何したの?昨日と全然雰囲気が違うんだけど」と言った。「ひ・み・つ」と和実は少し悪戯っぽい口調で言った。
また和実は自宅の姉に電話して、自分の部屋にある女物の下着・服とネグリジェを母に見つかる前に、姉の部屋に回収しておいて欲しいと頼んだ。「詳しいことはあとで姉ちゃんには説明するからお願い」と言うと、胡桃は「分かった。でも全部話してもらうよ」と言って『工作』を承諾した。
病室に戻り母親といろいろ話をした。翔太は3歳頃まではふつうに視力があったものの、その後急速に視力が悪化し失明状態になってしまったのだということであった。「ああ、以前は物が見えていたから、ああやって絵が描けるんですね」
と和実は言う。「それ、お医者さんにも言われました」「しかし凄い才能ですよ」
和実はあの作品群をぜひ出版することを勧めた。「病気と闘っている全国の子供達を勇気づけますよ」と言った。
「あの・・・ところで和実さん、もしかして男の方だったんですか?
全然そんな風には見えないのですけど、ただ、今日はあの子、和実さんを女の子と認識していたみたいでした」
「はい。今日から女の子になりました」と和実は楽しそうに言った。
母親が売店で買ってきたお昼御飯用のパンとお茶を一緒に食べながら、翔太のことだけでなく世間話などもしていたら、やがて手術室から翔太が戻って来た。1時間ほどして麻酔が覚めると翔太は痛いようと泣いた。和実は翔太の手を握ってあげて「痛いの、おねえちゃんといっしょにがんばろうね」と言った。母親ももう片方の手を握った。
翔太は両目に眼帯をしていたが、やがて主治医の先生が来て眼帯を外した。「見える?」「はい。なんだかぼんやりとですけど」
「今日はまだ手術直後で充血してるからね。明日になったらもっと見えるようになるよ」
「ありがとうございます」
翔太はあたりを見回し、母親を見つけた。
「あ、お母さん、僕見えるよ」
「よかったね」母親は翔太の手を握ったまま涙を流していた。
「あ、お姉ちゃんですよね?」
と翔太は和実の方を見て、言った。
「うん、がんばったね」
「あ、お母さん、マシュマロを」「はいはい」
母親が笑顔でマシュマロの箱を翔太に渡した。
「お姉ちゃん、こないだはチョコありがとう」
和実はマシュマロの箱を受け取って「ありがとう」と言い、翔太と握手をした。
「また、御見舞いに来るからね。今日は翔太君の勇気を受け取った。
これからも負けるんじゃないよ」
和実が花柄のワンピースを着たままメイド喫茶に出て行くと、悠子が「え?」
という顔をしていた。店長室の衝立の陰で着替えていると、悠子は店長室に入ってきて「ね。和実、性転換手術とか受けてないよね?」と言った。
「性転換しちゃったかも」と和実は答えた。この時ほんとうにそんな気がした。
その日いっぱい、和実は「完全女の子モード」でいた。和実の変化を他にも何人かの同僚が気付いた。「何かあったんですか?」と菜々美が悠子に尋ねると、悠子は「うーん。和ちゃん、女の子に性転換しちゃったかも」と答えた。
その日の夜、和実は姉の部屋に行って、実は7月からずっとメイド喫茶でバイトをしていたこと、そしてこの1ヶ月ほどは、完全に女の子としてパスするように「女の子大作戦」をしていたことなども打ち明けた。姉は親に言うかどうかは、和実の仕事をしているところを見て決めるといい、翌日実際にメイド喫茶に客として行くことを告げた。和実はその日のうちに「女の子モード」を解除するつもりだったのだが、これでその日は解除できなくなった。
姉は予告通り、メイド喫茶「ショコラ」に来たが、姉としてではなく客として来るから特別なことはしないでという約束だったので、和実は「お帰りなさいませ、お嬢様」とにこやかに応対し、席に案内して、オーダーされたウバ紅茶とオムレツを持って行った。オムレツにはリスの絵を描いた。「リスがクルミを食べるのであって、クルミがリスを食べたら逆じゃん」と初めて笑って言った。「あ、美味しい!紅茶とか自分でいれたの?」と胡桃が訊くので「はい、当店ではオーダーを受けたメイドが自分でコーヒー・紅茶・オムレツは作って持ってまいることになっております」と和実は笑顔で説明した。胡桃はその笑顔を見て、この子は今、完全な女の子だと思った。
和実が勤務を終わる時刻にあわせて胡桃はまた町に出てきて、通勤用の女の子服姿の和実をファミレスに連れて行き、今後のことについて話した。
「あのお店自体は私気に入ったわ」
「ありがとう」
「あんたが喫茶店でバイトしてるとは聞いてたけど、お店の名前とかを言わないのがちょっと変だなとは少し気になってたのよね。父ちゃんも母ちゃんもそういう所が鈍いし。でも、メイド喫茶というから、なんかいかがわしいサービスとかしてないか心配だったんだけど、あそこはとてもまともなお店だわ」
「メイド喫茶は風俗とは違うから。お客様も女性の方が多いくらいなのよ」
「ところが東京にはとんでもないメイド喫茶もあるのさ」
「え?そうなの」と和実は驚いたように言う。
胡桃は板に付いた女言葉で話す和実を複雑な思いで見ていた。
「で、あんた、女の子になりたいの?」と胡桃が単刀直入に訊いた。
「私、まだよく分からないの。でも女の子もいいなあとは思ってる」
和実は今精神状態が「女の子モード」になったままなので、一人称が「私」になってしまうということを断った。
「たった1度の人生なんだし、自分の生きたいように生きていいと思う。でもちゃんと考えて行動して行けるよね?」
「うん。軽はずみなことはしないようにする」と和実は首を傾げながら答える。その様が微妙に色っぽい。これはハイティーンの女の子だけが持ってる色っぽさだ。「3つ約束して」と胡桃は言った。
「1つ。高校を卒業するまでは一応男の子の格好で学校には行って」「うん」
「2つ。20歳になるまでは、去勢とかホルモン飲んだりとかはしない」
「ああ。それ考えたことなかったけど約束する」
「3つ。高校生の間は、男の子とのH禁止」
「女の子とはHしてもいいの?」「あんた恋愛対象は男の子じゃないの?」
「自分でもよく分からないんだよね〜。恋愛対象は女の子のつもりだったんだけど、こないだ初めて男の子に恋しちゃった。振られたけど」
「じゃ、女の子とも男の子ともH禁止」
「はい」
「それ守れるなら、あんたの女の子服、私のタンスに入れて勝手に使っていいから」
「わあ、助かる。時々自分ちに服を持ってきたい時あったから、そんな時に置き場所に困ってたのよね」「洗濯したいのは、私が盛岡にいる間は洗濯機にほうり込んでおくといいよ。洗濯して干したのを私が回収しておくから」「うん、ありがとう」
そんな会話をした翌朝、胡桃は和実の様子を見て、思わず箸を落とした。
「あんた・・・・・」
「おはよう、姉ちゃん」
そこにいたのは『弟』だった。
「男の子の雰囲気なんだけど」
「あ、女の子モード解除したから」
「男の子に戻ったの?」
「ううん。お店に行く前にまた切り替えるよ」
和実はだいたい30分くらいの時間があると、女の子の雰囲気と男の子の雰囲気を切り替えられるようになった。学校に行く時は男の子モード、お店に行く時は女の子モードにするのだが、町を散歩したりショッピングモールに行ったりする時は、その時々の気分で、女の子モードと男の子モードを切り替えた。実は学校に行く時も女の子モードで行く日があり、級友の女子達から「今日は女の子だね」
とか「今日は男の子みたい」などと言われて、そのこと自体を少し楽しんでいた。
しかし和実は女の子モードにしている時、世界がまるで違うことを実感していた。今までと同じものを見ているはずなのに心の受け取り方が違う。また周囲が自分をどう扱うかが男の子の時とは全然違っていた。男の人から優しくしてもらえることが多かった。女性からは、少しなれなれしい感じの接し方をされる事があった。
トイレについては初期段階で心の葛藤があった。それまで和実は、お店では入店以来、お客様に性別疑惑を起こさせないようにということで女子トイレを使っていたが、ふつうに女の子の服を来て町などに出ている時は多目的トイレを使っていた。しかし自分が「女の子の服を着た男の子」なら女子トイレ使うのは問題があるかも知れないけど自分が「女の子」であるなら、女子トイレを使ってもいいのではないかという気がした。そもそも多目的トイレが少ない。ある時思い切って中に入り使ってみたら何でもなかったので、今度からこっちにしよう、と決めた。
そう決意してから一週間ほどたった時、学校はもう春休みに入っていたが、ショッピングモールの女子トイレを使って、手を洗っていたら隣に同級生の梓が来た。「あ、梓。買い物?」と和実は反射的に声を掛けてしまってから、あ、ここはやばかったか?と後悔した。梓は一瞬目をパチクリさせていたが「和実?」と言って「あんた、何してるの?ここ女子トイレなんだけど」と言う。和実は開き直って
「うん。でも最近の女子トイレって同伴男児用の小便器があって、入った時ギクリとするよね」などと言って「じゃまたね」と手を振りトイレを出た。梓は、可愛いセーターと膝上スカートにニーソを着こなした和実をぽかーんとして見送った。『声掛けられてなかったら普通に女の子としか思わなかった』と梓は心の中で呟いた。和実は梓とは後によく女の子の格好で遊ぶようになるのだがそれはまた別の物語で。
翔太の所には2〜3日に1度御見舞いに行った。翔太は手術後数日はひどい飛蚊症などに悩まされ、また炎症でかなりの痛みもあったようであったが次第に症状は落ち着いていき、視力も安定してきた。そして3月末に退院して田舎に帰っていった。翔太は手紙を書くと言っていた。格好いいロボットの絵付きのお手紙をあとで和実はもらって微笑んだ。
和実は股間の処理について、テープの代わりに接着剤で留める方法に気付いていた。テープだとどうしても数時間で外れてしまうが、接着剤だとかなり長期間そのままにしておけた。これ水にぬらしても大丈夫だよねと思い、和実は試してみることにした。女子用のワンピース水着を持って市民プールに行く。入口で中高生・女子のボタンを押してチケットを買い、受付で鍵をもらって女子更衣室に入った。多数の女性が着替えていたが全然気にならない。水着はあらかじめ着てきたので服を脱ぎシャワーを浴びてプール内に入る。胸には水着用のヌーブラを付けておいた。2時間泳いだが股間は全く崩れなかった。
和実は満足してプールからあがり、シャワーを浴びて更衣室に戻った。自分の服をいれているロッカーの前で手早く水着を脱ぎ、体をバスタオルで拭いて、下着を着けた。股間にぶらぶらするようなものは無いので、精神的には余裕がある。胸に貼り付いたヌーブラも遠目にはほんとうに胸があるように見える。そのあとゆっくりカットソーやスカートを着ていたら、けっこう更衣室内を裸で歩き回っている人がいた。それを見ても和実は何とも感じなかったが、ひとり凄く胸の豊かな人がいて「いいな。あのくらいのおっぱい、私も欲しい」などと思った。
和実はしばらく女の子モードと男の子モードを切り替えながら生活していたが、だんだん、女の子でいる時の方が快適だし、また自分の元々の性格に合っているような気がしてきた。それに、自分の心が女か男か不安定なまま、お店の同僚の女の子達や、最近付き合いの濃度が増している学校での女友達たちとの交流を続けるのは詐欺のような気がした。そこで和実は自分の心の主軸は女の子のほうにしようと考え、いくつか女の子にシフトすることを自分で決めた。
ひとつは、下着の問題。「女の子大作戦」をしていた時は別として、これまでは基本的にメイド喫茶に行く時など女の子の服を着る時だけ女の子の下着を着けて、学校に行く時など男の子の服を着る時は男の子の下着を着けていたのだが、常時女の子の下着しか付けないことにした。また胸にはいつもパッドやヌーブラなどをいれておくようにした。和実はそのため可愛い下着をたくさん買った。収納場所は姉のタンスだ!
和実は少しだけでいいからおっぱいが欲しいなと思った。それで少し体重を増やしてみることにした。肥満体の人は男の人でもけっこうおっぱいがある。ああいう感じで胸だけ太ることができればと考えた。60kgまで増やそうかな。思い切って70kgまで行こうか・・・ただメイド服が着られなくなると困るからウェストは66cmくらいより大きくならないように腹筋などしてボディースーツを付けておこうと思った。(当時和実は体重52kgでウェスト62cmだった)
それから和実はオナニーするのをやめることにした。「女の子作戦」を始めて以来、ずっと女の子の気分だったので約2ヶ月オナニーはしていなかったが、それ以前は普通の男子高校生のように毎日オナニーをしていた。でも今後はもうしないようにしようと決めた。あんなのしたら、全然女の子気分ではなくなる。和実はおちんちんは「存在しない」と思うことにした。意識の外に出してしまうことで、本当に無いのと同じことになる。やむを得ず触るのはお風呂で洗う時と、股間の処理をする時だけにした。
お風呂場で洗うときは揉むような感じになるのでちょっとだけ気持ちいい。それでも意識の持ち方をコントロールしているので硬くなったりはしなかった。結局そのあと和実は一度も勃起を経験していない。
7月頃、もう最後のオナニーから半年ほどたっていたが、和実はあれが立てようと思ったら立つかどうか試してみたくなって、夜遅く自分の部屋の布団の中で色々といじってみた。しかしどうやっても立たなかった。触りながらHなことを想像してみたらかえって小さくなっていく!開き直って私は女の子、これはクリトリス、と言い聞かせながら、女の子みたいにその自分の「クリちゃん」を指で押さえてぐるぐると円を描くようにしていたら「逝った」感覚に到達した。でもあそこからはごく少量の液体が漏れただけで、ゼリー状の物質は出てこなかった。飛び散ったりはせず包皮の中に溜まっているだけなのでティッシュ1枚で簡単に拭き取れた。
逝った時、「クリちゃん」は1〜2cmくらいのサイズになっていて、和実はほんとのクリちゃんみたいと思った。手早くあの付近の皮膚を折りたたんで細いテープで留めてみたら「開くことのできる女の子の股間」ができあがり、クリちゃんはその中に埋もれてしまった。わーい!ほんとに女の子になっちゃった、と思って和実は喜んで開け閉めして遊んでいたが、興奮が次第に冷めてくると4cmくらいに戻ってしまい折り畳んだだけの皮膚からは飛び出してしまった。うーん。残念。
しかし男性機能は停止しちゃったかな?という気もした。少なくとも少量出てきた液体に精子が入っているとは思えなかった。そういえばヒゲや足の毛も最近薄くなってきている。たぶん男性ホルモンもあまり出てない。そもそも、最初男の子の心では逝けなかったのに、女の子の心に戻したら逝けたので、私ってほんとに女の子になっちゃってるなと和実は思った。長期間男の子の心にしていれば男性機能も回復しそうな気はしたが、そんなことはしたくない気分だった。
もう本気で女として生きて行こうか。。。。でも姉ちゃんから釘刺されてるしな。取りあえず高校を卒業するまでゆっくりと考えよう、と和実は思った。
時を少し戻して4月3日、ショコラは店休日だったが、和実は同僚の女の子たちに誘われて、ファミレスに食事に行った。こういう集まりは実は10月頃から、女の子達の有志で時々やっていたのだが「女の子だけ」で話したいということで、和実は誘われていなかった。それを和実も特に気にしてなかったのだが、今回は数人のメンバーから和実を誘おうよという声が出てお呼びが掛かったのであった。特にその日は月遅れの雛祭りだったので、雛祭りパーティーのノリだった。
和実は姉から和服(ウールの着物)を借り着付けもしてもらい出席した。髪もいつものウィッグではなく、地毛にちょっとエクステンションを足してセットしてもらった(実はエクステンションの練習台らしかった)。「可愛い!」という声が上がった。同様に和服を着てきていた恵里香から「和服、私ひとりだったらどうしようと思ってたからホッとした」などと言われ、感激のあまり、おっぱいの触りっこをした。びっくりした悠子に止められたが恵里香は「でも和実、おっぱいあるんだ!」と言った。「だって女の子だもん」と和実は笑って答えた。たちまち他の女の子数人からもおっぱいを触られたので和実は各々触り返した。悠子はもう呆れて見ていた。
彼女たちとの会話は弾んだ。3月中旬から春休みに突入するまでの間、和実はクラスの女子達とたくさん会話を交わしていたが、その経験が役立った気もした。彼女たちの会話に和実は付いていけたし、和実が振るネタにも彼女達は自然に食いついてきた。男の子の品評などでも和実がふつうに話しているのを見て悠子は、この子恋愛対象は男の子なんだろうかと思ったりした。そろそろお開きということになった時、和実に次回からも来てね、という声が掛かった。和実自身もこの集まりを本当に楽しんでいた。男の子達との付き合いでこんなに楽しい経験をした覚えが無かった。このパーティーの中で、和実はみんなを名前で呼んでいい?と尋ねた。それまで何人か個別に「お許し」をもらって苗字呼びから名前呼びに変えていたのだがここで残りのメンバーとも名前の呼び捨てで呼び合っていいことになった。
メイド喫茶は繁盛していて、店舗面積を広げることになった。今まで雑居ビルの2階にあったのだが、隣のビルの1階にあったコンビニが無くなったことから、そこに移転することにした。そもそも店長は2階ではなく1階で営業したいと思っていたのだった。最初2階でスタートしたのは何といっても予算の問題だった。
今までの倍の面積になったので、女子更衣室もぐっと広くなった。その女子更衣室に和実のロッカーを置こうかという話がチーフの悠子からなされた。
「え?女子更衣室を使っていいの?」
「うん。しばしば更衣室にいるみんなに連絡したつもりでいたことが、更衣室にいない和実にだけ伝達漏れしていたこととか、これまでも時々あったのよね」
「あああ。確かに」
「それからこないだ和実が店長室で着替えていた時、たまたま市の人がきててさ。女の子を衝立のかげで着替えさせるのは大いに問題があると言われたって」
「ええ?男の子ですと言えばいいのに」
「そんなの信じてもらえるわけないじゃん」
「うーん」
「それと、和ちゃん、最近ヌーブラ付けてるね」
「ハマっちゃった。今5個持ってる。自分で触ってもおっぱいあるみたいだし」
和実は実は体重増加大作戦で、わずかながら胸に本物の脂肪も付き始めていることは黙っていた。
「それにこないだ、うちのアパートで着替えてる時に見ちゃったけど、ショーツが膨らんでないよね。まるで女の子の股間みたいな感じだった。まさか手術しちゃってないよね?」
「してないよ。姉ちゃんから20歳までは手術禁止っていわれてるし。
あれはやり方があるの。パンティ脱いでも大丈夫だよ」
「ふーん。それでさ、私はあれなら女の子達と一緒に着替えても問題無いかなという気がしたのよね。でもまあ、この辺までは技術的な問題で」
「うん」
「他の子たちが、和実だけここにロッカー無いの可哀想と言うのよ」
「えっと」
「最近特に和ちゃん、女っぽくなったでしょ?こないだのパーティーでも普通にガールズトークしてたし。それで普段でも一緒にわいわい着替えたいと」
「いいのかな?」
「彼女たちがいいと言ってるから。私は全然構わないし。和ちゃん、女の子の裸見ても平気だっけ?」
「平気。こないだ市民プールに行って女子更衣室使って、裸で歩いている女の人たちがいたの目に入ったけど、何も感じなかったよ」
「ちょっ・・・・・そんな所行って捕まっても知らないよ」
「え?私女の子だから、大丈夫だよ」
と和実はにこやかに答える。
「でも女子更衣室への移転は問題無しね」
「はい」
ふと和実は2ヶ月ほど前の渚さんのことばを思い出した。
女の子になるのはいいけど、引き返せなくなるよと。
もう引き返せない道に入っちゃってるな、という気がした。
店長が出勤してきた。
「あ、店長、ちょっとお話があるんですが」
「あ、女子更衣室の件は聞いた?」
「はい。女子更衣室使わせてもらいます」
「うん、君さえよければ、他の子はみんないいと言ってるから」
「はい。それで、もうひとつ、私、メイド名変えていいですか?」
「ああ。いいよ。ミケは適当すぎるとは思ってた。何にするの?」
男の子にして女の子というので「雄の三毛猫」→「ミケ」という
命名だったのだある。
「はるか、です」
「字は?」
「ひらがなではるかです」
店長はメモを取った。
「苗字とかはある?」
「いえ、ただのはるか。苗字があったら、なんだかその人だけの物になっちゃう。私は誰の物でもない。自由に生きる、はるかです」
「ね、君、雰囲気変わったよね、1〜2ヶ月前とは」
「そうですか?」
「君と話していて、以前はこの子は男の子だから、と自分に言い聞かせながら話していたんだけど、今どうやっても女の子と話している気分にしかならない。いや・・・体臭まで女の子の体臭になってる気がしてならないんだけど」
「だって、私女の子ですから」
といって、和実はニコッと笑った。
店長はその笑顔にドキっとして禁煙タバコを落としてしまった。
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【萌えいづるホワイトデー】(2)