【萌えいづるホワイトデー】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2011-04-07〜08
和実はこの夏から盛岡市内のメイド喫茶でバイトをしていた。最初は夏休みだけのバイトのつもりだったのだが、ついつい楽しくなって、学校が始まってからも放課後数時間仕事を続けていた。土日には朝から晩まで仕事をしている。それで成績も以前より上がっていたので、両親も特にバイトのことは何も言わなかった。
ただ和実は両親には「女装してメイドさんの格好をして」仕事をしていることは隠していた。毎日家をふつうの男の子の格好で出ては、途中で和実をとても可愛がってくれているチーフの佐々木悠子さんのアパートにより、そこで女の子の格好に着替えてからお店に行き、そこでメイドさんの姿になってお店に出ているのである。
メイド喫茶といっても、変なサービスをしたりはしない健全なお店である。コーヒーや紅茶の代金も1杯350円からで、オムレツにケチャップでお客様の名前などをハートマーク付きで描くのも最初から600円のオムレツの料金に入っている。「接待」行為にならないように気を付けて、飲食店営業の形式で運営していた。
和実は最初、この可愛いメイド服を着るのが死ぬほど恥ずかしかった。このお店で仕事を始めるまで、そもそも女装の経験が無かったのである。しかし成り行きでメイドさんの格好をするようになってから、少しずつこの「お遊び」が楽しくなり、今では堂々と仕事をやり遂げている。学生服を着て高校に行っている時も早くこんな男の子の服を脱いで女の子の服を着たいと思っていた。まさにハマってしまった状態である。
和実が男の子であることは一応お店のスタッフにはばらしていたし、和実も着替えは女子更衣室ではなく、店長室の隅で素早く着替えていた。しかしお客様には特に言う必要もないということでオープンにはしていなかった。それでもお客様で和実を男の子と思う人はいないようであった。普通に女の子と見られている感じで、そのことも和実を調子に乗せていた。その日、そのお客様が来るまでは・・・・
それは2月初旬のある日だった。和実がここに勤め始めてから4ヶ月半が過ぎていた。
「お帰りなさいませ、奥様」
来店した30代くらいの女性に和実は元気に声を掛けた。実はこの年代の女性に声を掛けるのは難しい。20代くらいであればまだ「お嬢様」と言えるのだが、この年代だとお嬢様と呼びかけるのは失礼である。未婚の可能性も充分あるので難しいのだが、店長はそのくらいの年代なら「奥様」とお呼びして、違っていたら謝ればよいと指示していた。
このお客様の場合、特に変な顔はしなかったので、奥様で良かったのかなと思いながら席にご案内する。メニューを出してお決まりになりましたらお呼び下さいとといって席を離れようとしたところで、そばを通り掛かったチーフの悠子が「あら」
とそのお客様に声を掛けた。
「お久しぶりです、渚さん」
「うん、久しぶり、悠子ちゃん」
「あ、済みません。チーフのお知り合いでしたか?」と和実が尋ねる。
「うん。渚さん、こちら私の妹分で、ここのサブの和実ちゃん。メイド名はミケ。和実ちゃん、こちらは私が東京のメイド喫茶に居た時の先輩で、渚さん」
「初めまして、ミケこと和実です。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね。でも可愛い男の子ね」「え?」
「ちょっと、渚さん、ここではやめて」
「あ、ごめん。男の子というのは秘密なのね」
和実はちょっとショックを受けていた。これまで男だってバレたことは1度も無いのに。この人はちょっと見ただけで見破った。何かミスした?
「渚さん、私のおごりにしますから、ちょっと事務室の方でお話しません?」
と悠子が助け船を出した。
「じゃ、キリマンジャロブレンド1杯とオムレツ。ミケちゃん?オムレツはあなたが作ってハートに『Love』と書いて」
「はい、かしこまりました、奥様」
和実は気を取り直して調理場に行き、コーヒーを入れながらオムレツを作りできあがったところで事務室に持って行く。
「奥様、お食事ができました」と言ってから
ケチャップで、ハートマークにLoveの文字を書いた。
「おお、可愛い文字。女子高生風の文字ね。練習した?」
「はい、鍛えられました」
「オムレツの形も美しいし」と渚は和実を褒めた。
「うちの店はエヴォンと同じで注文を受けた子が自分で調理してお出しするシステムですが、この子、料理とかお菓子作りのセンスが凄くいいんです。ですから難しい料理は他の子の分も作るんですよ。オムレツも上手でしょ」と悠子。
「うん。柔らかさも絶妙。卵料理って、火加減や調理時間を
ちょっと変えるだけで、食感がぜんぜん変わっちゃうから」
「ありがとうございます」と和実は少しホッとして答える。
「うん。コーヒーも美味しい。86度くらいの抽出かな?」
「エヴォンは温度計使ってましたが、ここは店長の方針で使わないんです。めんどくせーっと言って。でもだいたいそのくらいの温度だと思いますよ。ところで渚さん、こちらは旅行?」
「うん。それで盛岡に来たところで、たしか悠子ちゃんがこっちのメイド喫茶にいたんじゃないかと思って。名前分からなかったけど、情報誌見たらメイド喫茶ほかに無かったからすぐ分かった」
「あの、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、なぜ男の子と分かったか?ふつう分からないわよね。あなた元々が凄く可愛いし、きれいにそのメイド服を着こなしているし、声も女の子っぽい。その声は練習したの?」
「いえ、もともとこんな声です」
「ふーん。女の子やる素質があるんだなあ。でもね、とっても残念なことがあって」
「それを教えて頂けますでしょうか?私、頑張って直します」
「うーん。直すの難しいと思うけどな。それは雰囲気よ」
「雰囲気?」
「そ。あなた、どんなに可愛く女の子の服を着ていても、あなたの持っている雰囲気が男の子なの。だから私最初から、あなたを男の子としか思わなかったわ」
「それってどうすれば出るんでしょう?」
「女の子の雰囲気出すのはいいけど、出せるようになったら、もう戻れないかもね」
「戻れない?」
「そ、女の子の雰囲気が出るほどだったら、きっともう男の子には戻れない」
「ちょっと、渚さん、やめて。この子、私の大事な妹分なんだから」
「まあ、やるかどうかは本人次第よ。基本はね、自分が女の子だと完全に信じること。それができたら、あなたの身体から女の子のオーラが出て、たとえ男の子の服を着ていても、女の子だと思われる。ね、考えてみて、あなたの同級生の女の子が学生服を着ていたとして、その子が男の子に見えると思う?」
「あ・・・・・」
「でしょ。女の子は男の子の服を着てても女の子に見える。男の子も女の子の服着ていても男の子に見える」
「でも、私が男の子と見破ったの、渚さんが初めてです」
「見た目にけっこう意識が左右されるからね。バレてなくても、みんな微妙な違和感は感じていたと思う。慣れてないとその違和感の正体が分からない」
「だって渚さんは特別だもん」と悠子が困ったような表情で言う。
「特別?」和実がきょとんとして訊く。
「私、もと男だからねえ」
へ?
「同類だから勘が働くのよ」と悠子が言った。
「男の方なんですか?」
「元ね。今はもう女になっちゃったけど」
「ああ、全部終わっちゃったんですね」「終わったって?」
「うん。戸籍も修正完了」「ああ・・・」和実もそのくらいは意味が分かった。
「まだ私のいたメイド喫茶にいた頃は、男の人だったのよ。でも胸は大きくしてましたよね」
「うん。タマも取っちゃってたけどね」
「タマ?」和実は一瞬意味が分からなくて尋ねてしまった。
「睾丸よ、あなたにも付いてるんでしょ?」
「あ、はい」和実は真っ赤になってしまった。
「ふーん。ここで恥ずかしがるのは女の子の素質がある子だわ。純粋な男の子なら『付いてるます』って反発するように言うのよね、ミケちゃん、ちょっとだけ『女の子の雰囲気』体験してみる?」
「ね、お願いだから危ないことやめて」と悠子は言ったが和実も同時に「お願いします。体験させてください」と言っていた。
「ちょっと催眠術掛ける。大丈夫。すぐ解けるようにするから」
「このペンジュラム見てて」
渚は和実を座らせるとバッグから取り出した、コインの付いたペンジュラムを和実の前で振り出した。
催眠術に掛かった和実が「すみません。何か気分がすぐれないので早引きさせてください」と言って出て行くと、悠子が心配そうに渚に尋ねた。
「ちょっと大丈夫、あれ?」
「大丈夫と思うけどなあ、たぶん」
「たぶん?」悠子が問い詰めるように言う。
「いや大丈夫よ、日が暮れたら自動的に解除されるようにしたから」
と渚は言った。
和実はふらふらとした感じで歩いていた。何だか雲の上でも歩いているような感じだった。あれ?僕、メイド服のままお店出て来ちゃった。着替えに戻らないといけないかな。。。でもあまり気分良くないし、このまま悠子さんの家まで行っちゃおう。
コンビニを見かける。「St. Valentine」の文字があった。そうか。バレンタイン。あれ?バレンタインって女の子が男の子にチョコ贈るんだよな。ってあれれ?僕、男の子だっけ?女の子だっけ?和実は自分の服装を見た。僕女の子の服を着てる。あ、じゃ僕って女の子だったんだ。じゃチョコ買いたいな・・・」
ふらふらとコンビニに入った和実は2000円の上等な生チョコ1つと300円のシンプルなチョコ3個を買い求めた。やはり本命チョコと義理チョコとよね。。。。あれ?あそこにいるの、3組の紺野君だ。女の子に人気なんだよね、彼。あれれ?私も女の子だから、紺野くんのこと好きになってもいいのかな?
和実はふらふらと紺野君のそばによると、「あの、済みません、これ受け取って下さい」といってさきほどコンビニで2000円で買ったチョコを差し出した。彼は突然声を掛けられて驚いたようだったが、「君、可愛い服を着てるね。じゃ、受け取るだけ受け取るね」とにこやかに言った。
「はい、ありがとうございます」
和実は紺野君の笑顔を見ていいなと思い、チョコを受け取ってもらえたことが何だかとても嬉しい気がした。
そのまま紺野君のそばを離れると、悠子の家の方へ歩いていく。向こうからやってくる男子高校生がふたりいた。同じクラスの木村と伊藤だ。あ。同じクラスの子だ。義理チョコくらいあげるかな。そう思うと和実は、ふたりのそばに寄り、「義理チョコだけど、これあげる」といってふたりに1個ずつチョコを差し出した。「え?君だれだったっけ?」とふたりは驚いていたが、「これくれるの?ありがとう」といい、チョコを嬉しそうに受け取った。
和実がまだふらふらと歩いていたら、バス停で待つ母子がいた。
「ね。大丈夫だから行きましょう。先生が待ってるわ」
「いやだもん。痛いこといろいろされるんだもん」
と男の子がぐずっている。どうも病院に行くところのようだが、男の子が嫌がっているようだ。和実はそばによった。
「ね、君、このチョコあげるから頑張りな」といって最後残っていたチョコをその子に渡す。「男の子が病院怖がってたらダメだよ」と、笑顔で言った。「うん」男の子はこちらに顔を向けながら言った。その視線が変な感じがした。「この子、目が・・・・」と和実は母親の方に向かって言った。
「ええ。目が見えないんです。でも今回の手術受けたら回復するかも
知れないのですが」
「じゃ頑張ろう。きっと君の目、見えるようになるよ。頑張るってお姉さんと指切りしよう」「うん」
和実はその子と指切りをして頑張れといった。
やがて和実は悠子のアパートに辿り着いた。持っている鍵を使って中に入る。そして・・・・和実はそのまま眠ってしまった。
「和ちゃん、和ちゃん」
揺り動かされて、和実は目を覚ました。
「あれ・・・・僕」
「あぁ。よかった、いつもの和ちゃんだ」
「あ、佐々木さん、すみません。なんか眠っちゃってたみたい」
「立てる?」
「はい。あ、もうこんな時間。とりあえず今日は帰りますね」
「うん、気をつけてね」
和実は手早く男の子の服に着替えると、自宅に帰った。悠子や渚と話していて、そうだ・・・催眠術掛けられたんだっけ。でもその後の記憶が無い。うーん。何をしていたんだろう。変なことしてないといいけど。財布をチェックしてみた。レシートがある。げ?何だろう。この2000円の菓子って・・・でも何も荷物持ってなかったな・・・他にチョコを3つ買ってる。まさか、女の子の気分になってチョコを配って回った?恥ずかし−。誰に渡したんだろ?僕、メイド服のままだったんだよね。
翌日、和実は学校で少しぼんやりしていた。
昨日の自分の行動がどうも気になる。
「え、何?おまえチョコもらったの?」「俺もだけどな」
「うそだろ?あ、分かったおまえの母ちゃんとか姉ちゃんとかだろ?」
窓際のほうで話をしている男子たちがいた。和実はこの手の会話に入るのが苦手なのだが、なんとなく聞き耳を立てる。
「知らない子だよ。なんか可愛い服、着てたなあ」
「なんかレースひらひらの服でさ」レースひらひら?
「全体的に黒っぽい服で、大人の雰囲気だったなあ」黒っぽい服?
「チロルチョコとかじゃないぜ。あれ400-500円するんじゃないかな」レシートは300円だったな・・・和実は彼らの会話を聞いていて、そのチョコを渡したのは自分だと確信した。そして頭を抱えた。
お化粧もしていたしウィッグも付けていたからバレないとは思うけど、そうか。自分はあの子たちにチョコを渡したのか。どうせ渡すなら、もっと格好いい男の子に渡せばいいのに・・・ん?何か渡した気がするぞ、格好いい子・・・
その日、いつものようにお店に出たが、なんとなく調子が変だった。そこでいつもより早めに終わらせてもらい悠子のアパートに戻った。今日はちゃんとお店からふつうの女の子の服に着替えて戻って来たのだが、男の子の服に着替える前に、この女の子の服のまま、自分の昨日の記憶をたどる作業をしてみることにした。
渚さん、自分が女の子であると信じろと言ってたな・・・・・
畳の上で女の子座りをして、壁に掛けてある姿見を見る。
可愛いピンクのセーターにプリーツスカートの女の子が鏡に映っている。和実は笑顔でそれを見ると心を楽にしてα状態にした。
目をつぶる。昼間チョコの話をしていたクラスメイトのことを思い起こす。そこをヒントに記憶の糸をゆっくりと探す・・・・・・・
瞑想状態に入ると時間経過がよく分からないので、自分では1時間くらいやっていいたかなと思ったのだが、時計を見ると10分くらいしかたっていなかった。和実はだいたい昨日の自分の行動を思い出すのに成功した。
しかし・・・・紺野君に本命チョコ渡したのか・・・ひぇー恥ずかしい。同じクラスでなくて良かった。恥ずかしくて顔を合わせられない。
クラスメイトの2人には気付かれずに済んだが、なぜか紺野君には会えばバレてしまう気がした。
でも自分は暗示に掛かりやすい体質なんだなと和実は思った。昨日の催眠術は効き過ぎた。もう少し簡単な暗示で、あるいは女の子の雰囲気を出すことができるかも知れないという気がした。でも自分が女の子であることを信じることか・・・・・これ確かに難しいかもという気がしたが、和実は試してみたくなった。お店に電話する。ちょうどうまい具合に悠子が出た。
「あ、すみません。体調が回復したのでまたお店に行っていいですか?」
「大丈夫なの?」「ええ、元気です」
その日は団体さんが2組も来ていたので、来てくれて助かったと言われた。和実は店内と厨房をせわしく行き来しながらにこやかにお客様と応対し、料理のほうも自分が受けた分のみでなく、他の子が受けた分でもじゃんじゃん作っていた。最初に言い出したのはこの12月から勤め出していた恵里香だった。
「サブチーフ、今日なんだか雰囲気が違う」「そう」
「なんか、女の子の香りがするんですけど」「コロンとかは付けてないよ」
飲物や料理を扱うお店なので、香水・コロンはもちろん、香料の入った化粧品も使用禁止である。和実は香料の入ってない化粧品を使っていた。
「あ、具体的な香りじゃないんだけど、何かな・・・これ」
一息ついた時、和実同様フル回転だった悠子もこんなことを言った。
「今日は男の子の和ちゃんは欠席してるみたい」「え?」
「代わりに女の子の和ちゃんが出てきてる」と悠子は言った。
しかし少し心配そうに
「昨日の暗示が残ってたりしない?」と小声で聞く。
「大丈夫です。やってみたのは、自分の心の向きをちょっと変えてみたの」
「へー」
「少し女っぽくなりました?」
「なってる。ぐっと女っぽい。わたし的には、昨日までの和ちゃんも充分女の子らしかったと思うんだけど、今日の和ちゃん見ると、昨日までは少し男の子の感じが混じってたんだなという気がする」
和実はちょっと試してみたことが効いているようなので嬉しかった。
和実が試してみたのは「心の向き」の変更だった。ふだんの自分と昨日催眠状態にあった自分との違いを半分瞑想しながらチェックしていて、ふだんの自分の心が『放出型』だったのが、催眠状態の時は『流入型』になっていたことに気付いた。そこで、心を静かにして、『風』(と和実は呼んでいた。たぶん「気」のようなもの)が外から内に入ってくるようにイメージしてみた。それとあわせて、風が最も出入りする器官である目の使い方を変えた。物を見る時に「視線を投げかける」
のではなく「視界を受け入れる」ように見るようにした。ここまでした段階で、和実は姿見の中の自分がぐっと女っぽくなった気がしたので、それを試してみたくて、お店にまた出てきたのであった。少なくとも、あそこから男の服を着て帰宅したくはない気分だった。
高校生なので夜10時以降は働けないが、店長はお店の方針として原則として高校生は夜9時で終わらせることにしていた。もう少しこの状態を試してみたいんだけどと和実は思ったが帰らざるを得ない。悠子のアパートに戻り着替えるが、ふと思いついた。そうだ!下着は女の子のを着たまま帰っちゃおう。和実はふだんここで下着も男の子用と女の子用をチェンジしているのだが、少しでもこの女の子の気分を長く「運転」して、色々試してみるのに、女の子の下着で明日またここに来るまで過ごしてみようと思いついたのであった。
パンティはズボンで隠れるがブラジャーがワイシャツの上に透けてしまう。うーん。セーターを脱がなきゃいいよね。と和実は考えた。
和実は翌日は女の子の下着のまま、学生服を着て学校に行き、学校が終わってからまた悠子の家に行き、シャワーを浴びてから新しいパンティーとブラを身につけた。この時、今まで気にしていなかった、パンティのふくらみが気になった。女の子にはこんなふくらみ無いよね。。。。こんなのあったら女の子にはなれない。何とかできないかな・・・・
和実はボールを「例の場所」に押し込み、バットの方はぎゅっと後ろに引っ張った状態でガムテープで留めてみた。それでショーツを穿く。お、これいい。外から見ると何も付いてないみたいに見える。でもこれ、トイレできないぞ。。。。。トイレに入るたびに交換するか。和実はガムテープを交換用に少し取り、持って行くことにした。胸が無いのは速攻ではどうにもならないな。。。少したくさん食べるようにして脂肪を付けてみようかな?お腹とかにも脂肪が付くと困るけど。
和実はこのようにして、毎日いろいろな工夫をしながら自分の「女らしさ」を磨いていった。股間のテープ留めについては試行錯誤を重ねた末、ついに留めたままトイレができる方法に辿り着いていた。最初のうち毛があるせいで留まりかたが甘かったので、和実はあのあたりの毛を全部シェーバーで剃ってしまった。また顔のヒゲは毛抜きで抜くようにした。剃っているとどうしても剃り跡が残るのでお化粧でごまかしていたのだが、抜くときれいな肌になり、メイク無しでも女の子として通ることに気付いた。足の毛も剃らずに抜くことにして、和実はいろいろ比較してソイエが良さそうだと思い買ってきた。はじめてソイエした時は、途中でやめたくなるくらい痛くて辛かった。でも女の子はこの痛みに耐えてるんだよなと思い直し、頑張った。慣れると少し平気になるかなと思ったのだが、慣れてもやはり痛かった。和実はこれは痛いのを我慢しなくちゃいけないものなんだと自分に言い聞かせた。
/,最近和実の雰囲気が明らかに変わってきているのを感じて悠子が心配した。
「ねえ、和ちゃん、男の子とバレたのが悔しいのは分かるけど、あまり女の子化やりすぎると、男の子に戻れなくなるよ」
「心配してくれてありがとう。でも違うの。今回のことで、私、今まで仕事を適当にしてたなと思い至ったの」
「適当?」
「もともとバイト代の高さに目がくらんで、女装くらいいいよね、なんて気持ちで始めたお仕事だったんだけど、コーヒーや紅茶入れるの楽しいし、オムレツとかハンバーグとか作るの楽しいし、最初はちょっと恥ずかしかったけど可愛い服が着れるの楽しく思えてきたし、それでお客様にチヤホヤされるし、ほんとに半ば遊び感覚で仕事をしていたと思うの。でも、お客様はここに束の間の休息を求めていらっしゃってるんだよなということを再認識して、それで仕事している私が、簡単にばれる程度の女装でいいのかと考えたのよね」
「いや、渚さんは特別だから。ふつうはバレないって」
「でもお客様はここに可愛い女の子がいることを期待して来てくださってるんでしょう?別に変な接待はしないけど。でもそこに男の子が混じっていたら、ロシアンルーレットに当たったようなものかなって。だから、ここにいる間は私は完全な女の子になってみせようと思ったの」
「うーん。プロ意識を持ってくれるのは嬉しいけど、でもホントに私心配。あなたが男の子に戻れなくなったら、ご両親に申し訳ないし」
「それは大丈夫」
「ほんとに?」
「うん。だって私、ほんとに女の子になりたいと思い始めたから」
「え?」
「お仕事のためじゃなくて、私自身が女の子になりたいから、完全に女の子と見てもらえるように努力するのなら構いませんよね」
「うん。まあ、それは・・・・」
「ね、女の子たち、みんな名前で呼び合っているのに、今まで私だけちょっと遠慮してみんなを苗字で呼んでたでしょ?あれ、名前で呼ぶように変えてもいいかな? とりあえず佐々木さん、名前で呼んでいい?」
「いいよ。呼び捨てにして」
「うん。じゃ、悠子、私がんばるから見てて」
「うん」
悠子は少しごまかされたような気もしたが、何となく和実の女の子作戦を応援してもいいかなという気分になってしまった。
こうして和実の「女の子大作戦」は続いていったが、3週間ほどが過ぎたある日、和実がお店に入ってすぐに、メイド服のままコーヒーの出前に出かけていた菜々美が30代の女性を伴って戻って来た。あら?と和実は思った。その女性に見覚えがあった。いや正確には「思い出し覚え」があった。向こうも和実を見ると「ああ、あなただ!」と言って近寄って来た。和実はにこやかな顔で、「お帰りなさいませ、奥様」と言った。
事情がありそうなので、奥のパーティールームで話を聞くことにした。和実がオーダーされたモカコーヒーを持って行くと「美味しい!ここでこんなコーヒーが飲めるとは思ってませんでした」と言った(モカは2008年夏に輸入停止になった。当時は輸入停止前)。
「うちは、本格的な喫茶店志向なんですよ。スタッフも将来喫茶店を経営したいと思っている子が多くて」「もしかしてあなたがいれたの?」「はい、うちの店はコーヒーとかオムレツはオーダーを受けたスタッフが自分で作るポリシーです」と和実は答えた。「すごい。でも変わったお店ね」「でしょ?こんな店はそうそう無いと思います。今の飲食店の流れ、基本は分業ですから。センターキッチンで調理したものが配送されてきてお店では暖めて出すだけなんて所も多いですよね。うちの場合は、ホールスタッフとキッチンスタッフの区別が無くて、その代り入店してしばらくは徹底的に鍛えられますよ。毎日20個はオムレツ作らされる。だから7割はすぐ辞めちゃう」と和実は笑いながら説明する。
「それで何か事情がありそうにお見受けしたのですが」と誘い水をする。女性は熊谷と名乗った。和実も本名を名乗る。
「それでなんですが、うちの息子が明明後日に目の手術を受けるのですが」
「ああ、いよいよなんですね」
こないだバス停で会った日が入院の日だったのだそうだ。
「それで、ちょうどその日がホワイトデーなので、こないだチョコをもらったお姉ちゃんにマシュマロあげたいと言って」
「ああ」
「でもどこの方か分からなくて、手がかり無いし。困っていたのですが、先程買い物に出てきたら、ちょうどこないだあなたが着ていたのと同じ服を着ている方を見かけて、それで、これはどこかのレストランの制服かも知れないと思って声を掛けたら、うちの店に来てみますかと言われて、来てみたら、あなたがいたから。それでもしよかったら、空いてる時間がありましたら、病院に来てマシュマロを受け取ってもらえないかと思って」
「いいですよ。今まだ忙しくならない時間帯だから。一緒に行きましょう」
と和実は明るく答えた。
今日はまだチーフの悠子が出てきてないので和奏に「チーフ代行」のグリーンのリボンを渡し、簡単に事情を説明して後事を託し出かけた。
病院までは片道10分くらいか。忙しくなる時間帯までには充分戻ってこれるはずだ、と思った。タクシーで病院に乗り付ける。病室に行くと、こないだの男の子がベッドに座って画用紙に絵を描いていた。和実が覗いてみると、ロボットのイラストができかけている。
「これは・・・・」
「この子、手の感覚だけで絵を描いてるんです」
「すごい」
「クレヨンは毎回同じ場所に収納するから並びで色が分かるみたいです」
「あれ、お客さん?」と男の子が訊いた。
「こんにちは、翔太くん、頑張ってる?」と和実は笑顔で声を掛けた。すると意外な答えが返ってきた。
「あれ?こないだチョコをくれたお姉さんの、お兄さん?」
なに?なぜそうなる?
「えっとどうして、あの子のお兄さんと思ったの?」と和実は冷静に尋ねた。
「だって、こないだのお姉さんと声がとっても似てるし。でも、お兄さん、男の人でしょ。だからあのお姉さんのお兄さんかなと思ったんだよ」
「すごいね、君。こないだチョコをあげた子は女の子と思った?」
「うん。女の子だったよ」
「ごめんね。あの子が遠くに行ってて来れなかったから、今日は代わりに僕が来たんだ。でも手術の日までには、あの子戻ってくるから、その日に必ずここに来させるよ。だから頑張ってね」
「うん」
翔太は元気に答えた。母親の方は何がなんだか訳が分からない様子でいる。和実は母親に「3日後の朝にまた来ます」と言って病室を出た。
「あ、これを」と言って、母親は和実に帰りのタクシー代にと5000円札を渡してくれた。
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【萌えいづるホワイトデー】(1)