【神様のお陰・お受験編】(1)

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中学3年の9月、写生大会があって、命(めい)と理彩、それから同級生の春代、絵美の4人は学校の裏山の絶景ポイント「天狗岩」のところまでやってきた。
 
「突然晴れたね」
「うん。ここまで登ってくる間、けっこう空模様怪しかったけど」
「登ってきた甲斐があった」
「神様のお陰かな」
と言った命(めい)がデッサン用の鉛筆で、白い画用紙に大きな円を描く。コンパスも使わないのにほぼ完全な円だ。
 
「何?それ」
「あれ?何だろう。急に描いてみたくなったんだけど」
と言いながら、消しゴムで消す。
「ああ、命(めい)って、昔からそういうきれいな円を描けるよね」
と理彩が言った。
「それ、凄い才能のような気がする」と絵美。
「でも絵は下手だよね」と春代。
 
「それを言わないで。僕、絶対音感があるのに歌は下手だし」
「命(めい)って才能があるんだか無いんだか分からないね」と春代。
「命(めい)っておちんちんがあるんだか無いんだかも分からないね」と理彩。「おちんちんあるよね?」と絵美が言うが、命(めい)は
「あまり自信無い」と笑って答えた。
 
4人で草むらに座り、山の姿や村の景色を描く。ここからの景色は本当に美しい。ただ、ここまで登ってくるのに、慣れている理彩たちでも15分は掛かるのが難点である。
 
「じゃ、絵美は★★高校に行くのか・・・・」
「だって私、大学行ってお医者さんになりたいもん。理彩もお医者さんになりたいんでしょ? 一緒に行かない?」
 
「私も★★(偏差値70)まで行かなくても、△△高校(同55)か●●高校(同45)に行きたいと言ってみたんだけど、女の子がそんな遠くまで行っても仕方ない。どうせすぐ嫁に行くんだし、近くの◇◇高校(偏差値36)でいいじゃんと言われた。大学行きたいなら自力で勉強すればいいって」と理彩。
「まあ、確かに嫁に行く当てはあるけどね」
と付け加えてチラっと命(めい)の顔を見る。
 
「私も高校出たらお嫁に行けばいいから近い高校でいいと言われた」と春代。「あ、私も似たようなもの」と命(めい)が言うと
 
「お嫁に行けって言われたの!?」と3人から突っ込みが入る。
「やっぱ、冗談かな?」
「いや、本気かも知れん」
「高校卒業までに性転換すれば、お嫁に行けるかもね」
 
「きっと、そのうち寝てる間に病院に運び込まれて手術されて、目が覚めたら女の子の身体になってるとか」
「食事に女性ホルモン混ぜられてて、いつの間にかおっぱいが大きくなって・・・」
 
「おっぱいか・・・・いいなあ」
「ああ、やっぱり命(めい)って女の子になりたいんだ?」
「いや、おっぱい欲しい気はするけど、女の子になるつもりは無い」
 
「彼氏におっぱいがあったら彼女としてはどう思いますか?理彩」と絵美。
「あ、別に私と命(めい)は恋人ではないから」
「え?あんたたち別れたの?」
 
「ううん。別にふたりの関係は変わらないよ。ただ、自分たちの関係を考えてみた時、恋人というより姉妹(あねいもうと)に近い気がして。取り敢えず、お互いの関係は友だちということにしようって話し合ったんだよね」
 
「ああ、命(めい)の女装癖に理彩が我慢出来なくなったのか」
「女装は問題無い、というか私は命(めい)を女装させるのが好き」
「こないだも、キスしてあげるからスカート穿けって言われた」
「それでどうしたの?」
「スカート穿いてキスしてもらったよ」
 
「まあ、いいや。でも、そもそも◇◇高校は私も調べてみたけど、少なくともここ3年、四年制大学に入った人がいないよ。大半がそのまま就職か専門学校。一部の子が短大。一応去年普通科ってできたけど、様子を聞いてみると特に進学対策をしている雰囲気は無い」
 
「うん。そのあたりは自助努力するしかないかなと思ってる」
「自力で頑張って・・・県立医科大あたり狙う線? あそこでも自力で受けるには結構きついよ。この辺には塾も無いしさ」
「そうだなあ・・・。どうせなら、もっと都会に行きたい気もするな。大阪あたりになんか医学部のある国立大学とか無かったっけ?」
 
「・・・・大阪にある国立大学は大阪大学だけだよ」
「あ、じゃ、そこでいいや」
「阪大の医学部に行くんなら、◇◇高校じゃ、絶対無理。私が行こうと思ってる★★高校からでも、1人入るかどうかだよ。東大の医学部の次くらいの難関なんだから、あそこ」
「へー、そんなに難しいんだ?」
 
「やはり大学進学を考えている子は、★★とか、あと本来は中高一貫校だから募集人数少ないけど〒〒高校とか、あとは奈良市内の高校とかに行くつもりだよ」
 

結局、理彩たちの中学の成績上位の子では、理彩・春代・命(めい)の3人が地元の◇◇高校(偏差値36)、絵美を含む2人が★★高校(偏差値70)、他に1人が△△高校(偏差値55)、3人が●●高校(偏差値45)に進学したほか、奈良市内の高校に1人進学した。
 
△△高校と●●高校は村の中心部まで保護者の車で送ってもらうとスクールバスに乗ることができるが、通学時間はそこから1時間かかる。★★高校は車で2時間近くかかるので下宿が必要である。理彩たちが進学した◇◇高校は村全体を巡回するスクールバスがあり、理彩や命(めい)の集落から30分で到達できた。
 
◇◇高校には、以前は工業科・農業科・生活科学科(5年前までは家政科と呼ばれていた。実態は同じで事実上の花嫁スクール)しかなかったのだが、理彩たちが受験する前年に農業科と生活科学科が廃止されて、代わりに普通科2クラスが設置されていた。理彩たちはその普通科の2期生となった。
 
普通科とはいっても、絵美が言ったように特に進学に関する指導は無かった。どちらかというと、明確に職業訓練をしようという意識の高い子たちが工業科にいて、普通科の方はのんびりと高校生生活を送りたいと思っている子がいるような雰囲気もあった。
 
スクールバスは理彩たちの集落を朝7:30に出て学校に8:00に着く。授業は8:30からSHRがあり、8:45から一時限目が始まる。帰りは15:10に6時間目の授業が終わり、掃除の時間を終えて15:30くらいから放課後になるが、スクールバスは17時に出て、理彩たちの集落には17:30に着いていた。
 
部活をしている子はだいたい15:45頃から道具を準備したりウォーミングアップをして16時頃から本格的に練習を始め、18時半まで部活をし、19時頃親が車で迎えに来て帰宅するパターンだった。19時半に校門は閉鎖されることになっていた。
 
理彩も命(めい)も父が勤め人で時間の都合が付かないのでスクールバスで帰宅する必要があったため、部活は事実上不可能だったし、進学を考えて勉強に時間を使いたいと思っていた。
 
そこで、理彩・春代・命(めい)の「仲良し女子3人組」で、放課後図書館で勉強会をするようになった。授業をなぞっても仕方ないということで、最初は一緒に進研ゼミのテキストをやっていたが、半月で4月分が片付いてしまったので、その後、絵美に推薦してもらったややハイレベルの問題集に取り組むようになった。そして進研ゼミのテキストは、朝のスクールバスの中でやるようになった。
 
スクールバスが集落に到着するのが17時半なので(だいたい帰りのバスの中で宿題を仕上げる)、理彩も命(めい)も帰宅するとまずは夕飯の準備を手伝い、やがて帰宅した父と一緒に晩御飯を食べてから、命(めい)が理彩の家に行き、一緒に20時頃から23時頃まで勉強するようになった。
 
最初は各々の家で勉強していて、分からない所を電話で教え合っていたのだが、電話代がかさむので親から「そんなに長時間話すなら会って話しなさい」と言われたのである。理彩が命(めい)の家に来ることもあったが、帰宅が深夜になるので女の子をひとりで帰すわけには行かず、命(めい)が送って行くことになる。となると、最初から命(めい)が理彩の家に行った方が効率いいのである。理彩が命(めい)の家に来るのは、理彩の両親が不在の時(そのまま理彩は命(めい)の家に泊まる)や深夜にならない土日が主であった。
 
夕食後にふたりで一緒に勉強する時は、ふたりで結構危ない遊びをしながらやっていることもあった。しばしば命(めい)はズボンとパンツを脱がされ、理彩はどこで調達してきたのか、医療用のメスを命(めい)のおちんちんに突き付けていた。突き付ける前に「警告」を兼ねてアルコール綿で拭いている。
 
「10秒以内に答えてください。10秒たっても答えない場合去勢します」
「・・・8,9,10。去勢」
「痛い痛い痛い!やめて、答えはジブラルタル海峡」
「正解。去勢中止」
「ちょっと!切れちゃってるじゃん。ホントに切るなんて信じられない」
と言って命(めい)は傷口に乾燥防止用ラップを貼り付ける。
 
「さっさと答えないからよ。それとも実は切って欲しかったとか?」
「最低でも麻酔掛けてから切って欲しい」
「そうか、そうか。やはり切って欲しいのか。麻酔用意しておかなくちゃなあ。あれ・・・・でも、何か私、ほんとに命(めい)のおちんちんを完全に切り落としたことがあるような気がしてならない」
 
「夢でも見たんじゃない?」
「だろうね。切り落としてたら、今付いてないだろうし」
 
睾丸をペンチで挟み、ほんとに力を入れられたこともあった。この時は命(めい)は声も出せずに悶絶していた。
「ほんとに潰れたらどうすんのさ!?」
と、少し落ち着いてから命(めい)は抗議した。
 
「潰れちゃったら、もう痛がらなくて済んでいいんじゃない?」
「お婿さんに行けなくなっちゃうじゃん」
「命(めい)はお嫁さんに行くんだから、むしろタマは無くした方がいい」
 
しかし命(めい)も逆襲して理彩の膣口に指を置き
「10秒以内に答えなかったら指入れちゃいます」などとやって答えが遅れるとほんとに指を挿入していた。
 
「信じられない。ほんとに指入れちゃうなんて!私バージンなのに」
「ちゃんと処女膜の隙間に入れてるよ」
「もう、私がお嫁に行けなくなったら責任取ってもらうからね」
「僕は今すぐにでも理彩と結婚したいくらいだけど」
 
どちらも、とても親には見せられない勉強?の仕方である。
 
ふたりは中学時代に、もうセックス寸前のところまでしたことがあるが、その後、話し合って自分達の関係をいったん凍結し、しばらくは「友だち」のままでいることを決めた。だから、高校1年の頃は、セックスの経験こそ無かったが、お互いの性器に触るのは全然平気であった。理彩は勉強中の気分転換?に命(めい)のを手でつかんで立てて遊んでたりしてたし、命(めい)に自分のを刺激するよう要求することもあった。
 
「命(めい)〜、なんか気持ち良くなってきたよぉ。Hしちゃおうよ」
「高校卒業するまで我慢しようって言ったじゃん」
「けちー」
 
また、この時期に理彩が「タック」(手術せずに男性の股間を女性の形に偽装する方法)という技法を知って、面白がって最初は、命(めい)がうとうとして寝てしまった時に試してみた。命(めい)は起きた時とうとうホントに去勢されちゃったかと思い仰天した。
 
しかし命(めい)も面白いので、やり方を覚えて、よくひとりでもやっていた。タックの作業をしやすくするため、高校時代、命(めい)の陰毛はたいてい剃られていた。
 
「ねえ、これなら女湯にでも入れるよ。▽温泉あたりに行って試してみない?」
「あそこじゃ、知り合いだらけだから、タックしててもばれちゃうよ」
「そっかぁ。残念。。。。。あれ?なんか昔、あそこで命(めい)を女湯に連れ込んだことあった気がする」
「子供ならいいんじゃない? 子供の頃は僕も女湯にけっこう入ってたと思うよ」
「あ、そうだよねー。幼稚園くらいなら構わないよね。私も男湯に入ったことある気がするし」
 

連休明けからは図書館での勉強会に、最初「あ、その問題集、私たちも買ったけど手に負えなくて挫折してた」などと言って寄ってきた愛花と杏夏が加わり、6月には更に橋本君が
「その問題集、面白そう。僕一応男だけど一緒に勉強させてもらっていい?」
などと遠慮がちに参加を打診してきた。
 
春代が「橋本君って命(めい)と同類だよね?」と訊く。
 
「えー? 僕、斎藤ほどは女装しないけど」
「命(めい)ほどしないってことは、ほどほどに女装するのね。じゃ女の子に準じていいんじゃない?」
 
などと言われて、彼はすっかり女子たちからは女の子扱いされ、下の名前で「正美」と呼ばれて、このグループに入った。
 
愛花や春代は、橋本君に機会あるごとに女装を唆し、息抜きにみんなで遊びに出かけるような時に、わざわざ橋本君のサイズのスカートや下着を用意して、「ほらほら着てみようよ」などと言って着せて遊んでいた。
 
橋本君はこのグループに入るまでは時々家の中でスカートを穿いたりする程度で、マジで女装外出の経験が少なかったようだった。最初の頃はほんとに恥ずかしそうにしており、杏夏から「はにかんでる様が可愛い」などと言われていた。
 
このグループに更に7月には愛花と中学時代に成績の上でのライバルだったという小枝、それに小枝の親友の百合も加わって、勉強会のメンツは8人に膨れあがった。
 
図書館で勉強しているグループには、他に玖美たちのグループもあった。最初玖美が仲の良い博江とふたりで一緒に勉強していたものに、春代たちと同様、自然に友人が加わっていったものである。はじめふたりに、浩香・綾が加わり、浩香と親しい河合君が最初荷物持ちに徴用されていたのが、いつの間にか勉強会自体にも入るようになり、更には宿題で分からない所があってたまたま博江に聞きに来た紀子も、なしくずし的にメンバーに加えられて6名になっていった。
 
このふたつのグループは別の問題集をしていたので、お互いに分からないところを教え合ったりしていたし、1年の頃は両者の学力差もあまり無かったので、時々問題集を交換してやってみたりもしていた。また図書館担当のH先生がよく「君たち頑張ってるね」と声を掛けてくれて、分からない所を教えてくれたり、模試などの情報も持って来てくれたりしたし、学校経由でないと買えない教材を取り次いでくれたりもした。
 
この女子たちの動きに刺激されて、1年生の2学期からは松浦君と高宮君が中心になり男子の勉強会グループもできた。こちらも少しずつ人数が増えていき、8人の勉強会になった。こちらも、春代たちや玖美たちのグループと、情報交換していた。
 
1年生の普通科は2クラス70人であったが、この勉強会に参加している子たちの学力が非常に向上していて、高校入試の時は答案に名前だけ書いて合格したなんて言っていた綾でさえ、11月の実力テストで16位の成績だった。元々中学まであまり勉強していなかった子たちがほとんどなので、伸び代が物凄くあったのである。
 

この「自主勉強会」はその後多少メンバーの増減があったものの続いていき、2年生になってからは、彼らを応援してくれていた図書館担当のH先生の口利きで、図書館ではなく、もっと集中してやりやすく、声を出しても他の子に迷惑でない、視聴覚教室に舞台を移すことになった。
 
H先生はそこでNHKの高校講座を録画したものを見せてくれたり、英語のリスニング教材をやらせてくれたり勉強会のメンツからの質問にも分かる範囲で答えてくれた。H先生は専門は理科だが、数学・英語も教えたことがあるということで、けっこう色々教えてくれたし、自分でも分からない所は分かりそうな先生(しばしば他校の先生)に確認して教えてくれた。
 
理彩たちの学年の勉強会に刺激されて、ひとつ上の学年にも勉強会グループが生まれた。普通科第1期生(3年生)たちの中で大学への進学を希望する子が12人いたので、H先生がその子たちに声を掛けて、理彩たちと同様に視聴覚教室で放課後勉強をさせた。彼らは分からない所があると、しばしば理彩たちのグループに質問に来た。実際問題として理彩たちのグループのレベルがひじょうに高かったのである。
 
「君達のグループ、ほんとによく勉強してるね。志望校はどこ?」
「私たち、全員、奈良女子大です」
「斎藤や橋本も?」
「はい、そうです」
「でも、入れてくれるの?」
「試験前に僕も正美も切っちゃうから大丈夫です」
などと命(めい)はよく言っていたが、本気かも知れんと思われていた節もある。
 

理彩たちの高校は、それまでほとんどの生徒が就職するか卒業後専門学校などに進んでいたので職業訓練を目的にした各種資格の取得が推奨されていた。男女とも実用英語検定・漢字検定・情報処理検定などは受けさせられたし、女子には更に秘書検定や硬筆書写検定など、男子には危険物取扱者やフォークリフトの講習も受けさせていた。
 
命(めい)は男子だったはずが、なぜか秘書検定も受けていた。試験日に行ってみると、男子で受けているのが命(めい)ひとりである。
 
「あれ、命(めい)も受けるんだ?」
「何か申込用紙配られたから申込書を出したんだけど」
「先生は、女子だけに配っていたはず」
「きっと命(めい)が将来性転換した場合にOLとしてやっていけるための先生の配慮だね」
 
「OLか・・・何か素敵な言葉」
などと命(めい)が言っているので、周囲は少し呆れた様子。
 
そんな感じで命(めい)は秘書検定の3級を取得した。
 
しかし勉強会に参加しているメンツに関して、学校側は2年生以降、このような実務向きの検定の受検を勧めなくなった。そのようなものの勉強をするより、大学受験に向けての勉強をしていたほうが良い、という方針を打ち出し、このグループには代わりに、予備校などが主催する模試を積極的に受けさせるようになった。他の生徒にもその手の試験は年1回受けさせていたが、このグループには2年生の時には年6回、各社の模試を受けさせた。
 

理彩たちの高校は、とっても田舎にあるので、都会の高校生と違って遊ぶような場所が無い。マクドナルドやミスタードーナツも無ければ、ゲームセンターや遊園地も無いし、動物園や植物園も無い。TSUTAYAやダイソーも無いし、ファミレスやコンビニでさえ無い。ショッピングセンターは車で30分くらい走ったところにあるのみであり、村にはバスも通ってないので、そこに行くには親の車で送ってもらうしかない。
 
そういう訳で、することがないので、恋愛をする生徒も多い。もちろん恋愛をしてもデートするような場所もないのだが、校内やその近くの遊歩道などを一緒に歩くだけでも結構楽しいのである。学校のそばにある川の河川敷には、いつも大量の高校生カップルが並んで座っていた。
 
そういう訳で理彩たちの高校では工業科にしても普通科にしても、カップルの成立率が異様に高く、うっかり妊娠してしまう生徒も(学校側が把握したケースだけでも)年に1度くらいは発生していた。以前は、妊娠したら本人も妊娠させた側も速攻で退学だったのだが、処分を恐れて対処できないうちに妊娠週数が進んだりするケースがあるということで、現在は何も処分しないから、妊娠したら保健室の先生に相談しなさいと指導している。相談を受けたら本人たちを厳重注意はするが、すみやかに産婦人科を受診させて、中絶を勧めるという方針になっていた。
 
それでも実際には学校に知られないうちに、生徒間で中絶費用をカンパしたりして処理するケースは理彩たちの学年の子だけでも3年間に5件発生していた。なお、保健室には避妊具が置かれていて、使いたい子、使うことになるかも知れない子は、保健室の先生に声を掛ければ自由に持っていってよいことになっていた。
 
しかし・・・・・
 
そういう「浮いた」話や「生臭い」話は、勉強会をしていたメンツには無縁のことだったのである。そもそも勉強会が一部の例外をのぞいて男女別に形成されていったのも「恋愛問題の発生を避ける」という目的があった。誰と誰がくっついて別れて、などという話から友情が壊れるのを恐れていたし、そんなことしていたら、勉強が手に付かなくなるという懸念もあった。
 
春代たちのグループに「もしかしたら男子かも?」という命(めい)と橋本君が入っていたが、命(めい)は周囲から「ほぼ女の子」とみなされていたし、橋本君も「半分くらい女の子」と思われていたので、恋愛発生の可能性は低かった。そもそも命(めい)と理彩は「成立済みの安定カップル」でもあったし、ふたりも高校卒業までは「友だち」でいるという約束をしていて、校内でふたりきりで散歩したりすることはなかった。スクールバスにはいつも並んで座っていたが勉強の話ばかりしていたので、周囲の子も遠慮無く分からない所を聞いたりしていた。
 
玖美たちのグループにも河合君が居たが、河合君は元々浩香と仲がよく、本人たちは否定していたが、周囲からは「成立済み安定カップル」とみなされていたのであまり問題はなかった。このふたりは少なくとも高1の段階では「まだキスもしてない」という本人たちの弁だったし、高校在学中はお互いの関係を進展させるつもりは無いと話していた。メール全盛の今の時代に、このふたりは交換日記でお互いの思いをゆっくり育てていたのである。
 
そういう訳で、勉強会のメンツは、同級生たちがデートしたり、校内の芝生やバスの座席にカップルで並んで座って楽しそうにおしゃべりしたりしているのを横目に見ながら、図書館でも通学のバスの中でも、ひたすら勉強をしていたのである。
 
「ああ、私も彼氏欲しいよぉ」と百合が言ったりする。
「ねぇ、理彩、命(めい)を一晩貸してくれない? 100円払うから」
「僕、100円なの?」
「貸してもいいけど、命(めい)はおちんちん付いてないよ」
「付いてないのか! じゃ借りても仕方ないなあ」
 
「おちんちん、もう取っちゃったんだっけ?」と小枝。
「うん。こないだ問題が解けなかったおしおきで、私が切り取って、冷蔵庫に保管してる」と理彩。
「きゃー、冷凍保存!?」
実際は強制タックされた上で剥がし液を取り上げられているのである。
 
「問題が解けなかったら、切られちゃうんだ!!」
「今度の試験で数学100点取ったら返してあげる約束」
「わあ、厳しい!」
 
橋本君が思わずお股に手をやっているが、命(めい)本人は笑っていた。
 

H先生は3年生の担任の先生、進路指導の先生などとも連携しながら、3年生の進学希望グループを休日奈良市まで連れて行って塾の集中講座を受けさせたり毎週土曜日に実力テストを受けさせたりしていた。この実力テストは毎週金曜に各生徒に渡しておき、土曜日に各自の家で解かせ、土曜日の夕方先生が自分の車で生徒の家を巡回して答案を回収。採点して月曜の朝返すという方法で8月上旬から始め、11月まで4ヶ月間続けた。
 
土曜の夕方生徒の家で生徒とH先生が顔を合わせることで、生徒側も気合いが入ったし、保護者も「先生がこんなにして下さってるんだからお前も頑張れ」
と生徒を励ますようになったし、また聞きたいことがあるような場合もその時にいろいろ聞いてあげていた。女子の場合は、進学に消極的な親もいたので、先生が親を説得するケースもあった。
 
このようなH先生の熱心な指導で、3年生たちは物凄く実力を付けていった。
 
そして3年生グループは、国立2名(奈良女子2)、公立2名(県立1,県立医/看 1)、奈良県内の私立8名と全員が現役で4年制大学に合格した。理彩たちの高校から、四年制大学の合格者が出たこと自体が5年ぶり、国立大学への合格者が出たのは実に12年ぶりのことだったらしい。普通科1期生としてはまずまずの成績であった。
 

このひとつ上の学年の生徒の頑張りのお陰で、学校側も、もっとしっかりした受験対策をという気運が出て来た。
 
理彩たちが3年生になった4月、3年生普通科65人を「短大・専門学校進学コース(略称短専)」と四年制大学を目指す「特別進学コース(略称特進)」に分割する案が急浮上した。どちらに入るかは、基本的には自由ということにしたのだが、実際には3つの勉強会グループ22人(男子9 女子11 性別不詳2)は全員特進コースに入り、それ以外に2年生までは部活をしていて勉強会に参加していなかった西川君たち4人の男子が特進コースを希望して組み込まれた。このクラス再編成は5月の連休明けに行われた。
 
そして、もうひとり、特進に入ってきた子がいた。それが2年生までは工業科にいた香川君だった。彼は職業訓練が中心の工業科にいながら、1年生の2学期以降、中間・期末の成績がいつも学年トップ、実力テストでも理彩・命(めい)に次いで3位か4位(いつも春代と3位争いしていた)だったので、本人自身は大学進学の意志はあまり無かったものの、先生たちに特進コースに来てみんなのお手本になって、などと口説かれて、こちらに来た。(香川君の志望校が無茶苦茶だったのは、それまで本人が何も考えていなかったため)
 
そういう訳で、3年生の5月からは、特進コース27名、短専コース39名という体制になった。これまで勉強会のお世話をしてきたH先生が特進クラスの担任をすることになった。また、6月には更に4人が短専クラスから特進クラスへの移動を希望し、特進コースは最終的に31人(男16 女13 性別不詳2)になった。
 
香川君は小学生の頃、けっこう命(めい)と親しかったし、高校に入ってからはいつも成績のトップ争いをしている春代とクラスを越えて話す機会が多かったので、自然と命(めい)たちの勉強会に参加し、この勉強会の唯一?の男子メンバーになった。ちょっと見た感じには、命(めい)・橋本君に自分と男子3人のような気がするのに「唯一の男子」と言われて、最初香川君はキョトンとしていた。
 

特進クラスでは0時限目と7時限目が設定されることになった。0時限目は7:25〜8:15, 7時限目は15:20〜16:10 である。春代たち3グループの勉強会はこの後、17時のスクールバス出発までの時間に行われるようになった(勉強会メンバーはこれを8時限目と呼んでいた)。一応7時限目が終わった後から部活に行ってもいいことにはなっていたが、実際には特進コースの子は全員部活をやめた。
 
今まで勉強会に参加してなかった子で、男子は西川君と服部君が中心となって4つ目の勉強会を立ち上げ、主として基礎力を固める教材で勉強を進めた。
 
松浦君たちの勉強会にいた子で、そちらのレベルを辛く感じていた子がひとりこちらに移動してきた。一方、女子の2人は玖美たちの勉強会に参加した。春代たちの勉強会にも出てみたものの「ハイレベルすぎる!」「この勉強会の内容を理解するのに塾に行かなきゃ」などと言って、玖美たちの方へ行った。
 
また7〜8時限目で放課後が潰れるため、特進クラスだけは掃除は昼休みの昼食後に行うようになった。また特進クラスでは土曜日も平日と同様に0時限目から7時限目まで授業を行うことになった。
 
スクールバスに関しても、通常のスクールバスは6:30〜8:00の時間帯で運行していて、8:00学校着では0時限目に間に合わないため、特進クラスの子のため、廃校になった小学校が使っていたスクールバスを整備してもらい、5:45〜7:15という時間帯で運行する便を設置した。つまり朝だけスクールバスは2便運行されることになったのである。
 
早便のバスは小学生向けに可愛いウサギさんの絵が描かれたままであったので、この早便に乗る子は「ウサギ組」とも呼ばれていた。またこれまでスクールバスを運行していなかった土曜日にも朝の早便と夕方の17時の便のスクールバスが運行されることになり、スクールバスに(有料で)同乗できる地域住民からも歓迎された。
 
これら特進コースに関する予算が、村出身の県会議員の尽力もあり、認められたのである。
 
また特進コースの生徒には、学校での授業の他に進研ゼミの受講を推奨した。実際には、勉強会グループの子たちの中には1年生の時から進研ゼミを取り敢えず受けるだけは受けていた子が多かった(ちゃんとやるかは別として)が、週に1度くらい、「国公立スタンダード」組と「私大スタンダード」組に分かれて答え合わせなどをするようになったので、全員まじめにちゃんとテキストをするようになった。
 
なお、理彩たち4人は進研ゼミも「難関国公立コース」を受講した上にZ会も受けるようになった。春代はZ会の問題が「分からねー」と言ってよく理彩や命(めい)に電話してきたが、理彩たちも教えることでまた勉強になっていたし、春代も2人に助けられて最後まで挫折せずにZ会をやりとげられた。
 
特進コースの子たちの進路指導は、最初全体の進路指導をしていたB先生がやっていたのだが、B先生は大学に進学する子の指導の経験が無く、入試制度自体もよく分かっていなかったし、どこの大学がどのくらいの難易度かという感覚も全然出来ていなかった。そこで親たちから、強い不安と不満の声が寄せられ、結局2学期以降は、特進組の大学選択や本人の性格や将来の希望職業絡みの学部選択などに関しては、担任のH先生がふだんの学習指導とあわせてお世話をすることになり、B先生は就職組の指導に専念することになった。
 
もっとも、そのH先生も
「大きい声では言えないけど、一橋大とか東工大がそんなに難関大学とは僕も知らなかったし、関関同立とかMARCHなんて言葉も聞いたことなかった」
などと言っていた。
「去年の3年生たちの受験を応援していた時期は僕もまだ県外の大学についてはほんとに無知だったんだよ」
 
H先生は春先から何度も大阪の予備校を訪問しては、そのあたりの「受検勉強の勉強」をしていたようであった。
 

3年生の夏休みには、補習をやりたいという話はあったものの、今年は色々新たな取り組みを始めたので、そこまで予算が取れないということで見送りになってしまった。とりわけ、夏休みに補習をするとなると、その間スクールバスを運行しなければならず、この費用がどうにも出なかったらしい。夏休みの補習は来年の課題とされた。
 
夏休みの間、理彩たちは、取り敢えず理彩・命(めい)・春代・香川君の4人で勉強会をすることにし、各々の保護者に頼み込んで、交替で車を出して、4人がいちばん集まりやすい村の中学に集まることにした。中学の時の春代の担任がまだ在籍していたので連絡をして打診してみたら、空いてる教室を使ってもよいということだったので借りることにしたのであった。
 
同じ勉強会の他の5人は、同様にして彼女たちの出身中学がやはり空き教室を使ってもいいという許可を出してくれたということで、そちらに集まることになった。
 
8月の前半は、命(めい)と理彩が大阪の予備校に行って集中講座を受けてきたし、春代と香川君も奈良市内の学習塾の夏期講座を受けた。その間、愛花たち5人は相変わらず中学の教室を借りての勉強会をしていたらしい。
 
8月のお盆から20日までは勉強会をお休みしたが、21日の模試が終わった後、突然10日間分のスクールバス運行用ガソリン代の予算が取れたということで、22日から31日までは、希望者だけ、補習授業を行うことになった。最初はバスのガソリン代は出るが、運転手さんの報酬まで出ないということで、保護者の誰かが運転しようかという話もあったが、結局いつもの運転手さんが10日だけならいいよといって無償で運転を引け受けてくれた。
 
先生たちの報酬も出ないらしかったので、受講した生徒で話し合って、講義をしてくれた先生と運転手さんに、生徒たちの家でとれた、お米とか野菜とかをせめてものお礼にと贈った。
 

夏休み補習の1日目。命(めい)の格好を見た女子みんなから突っ込みが入る。
 
「可愛い服だね」
と、みんなは少し皮肉って言っているのだが、命(めい)は褒め言葉と受け取り
「ありがとう」
と笑顔で言っている。こういう格好しておいでよと唆した理彩は涼しい顔で他人の振りをしている。
 
「うん。服装は自由でいいってことだったし、涼しい服にしてみた」
「まあ、男物の服ではここまで涼しくできないよね」
 
橋本君なども
「凄い。ボートネックのシャツに膝上スカート。涼しそう。僕もそんな格好で出てこようかなあ」
などと、羨ましそうに言っている。
 
「正美も女装で出てくる?」と小枝が言うと
「どうしようかなぁ」と橋本君は迷っている様子。
 
「ついでにもうひとりくらい、女装しないかな」と杏夏も言っている。「あ、河合君は? 文化祭の時、ドレス着て嬉しそうにしてたけど」と百合。
 
「勘弁して。俺、女の服着ても男にしか見えないみたいだし」と河合君。河合君の思い人の浩香は笑っている。
 
「正美は女の子の服着ると、ちゃんと女の子に見えるもんね」と愛花。「ああ、河合君は女装少年、正美は男の娘になるかもね」と春代。
「じゃ、命(めい)は?」と小枝。
 
「命(めい)の場合は、男の子の服を着ても女の子にしか見えないね」と春代。「じゃ、純粋に女の子だね」と愛花が笑顔で言った。
 
やがて先生が入ってきて講義が始まる。出席を取ったとき、先生はいつものように女声で返事する命(めい)を見て「お、可愛いの着てるな」と言ったが、そのまま平然と授業を進めた。
 
「何か言われるかと思ったけど、何も言われなくてほっとした」
などと命(めい)が休み時間に言うと
「だって、うちの学年の生徒でも、先生でも、命(めい)の女装を見たこと無い人の方が少ないもん」
などと言われている。
 

「でも暑いね。もうプールに飛び込みたいくらいだよ」
と昼休みにお弁当を食べながらひとりが言うと
 
「あ、学校のプール、明日からは使えるらしいよ」
などと学級委員の玖美が言うので、翌日はみんな水着を持ってきて、昼休みに泳ぐことにした。
 
愛花・杏夏・小枝・百合の4人が真っ先に水着に着替えて取り敢えず水に浸かり、水を掛け合っていたら、理彩に連れられて命(めい)が少し恥ずかしそうな顔をしてやってきた。命(めい)は女子用のスクール水着をつけている。
 
「おぉ、命(めい)はちゃんとプールでも女子なんだ」
「昨日さんざん、女の子水着で泳ぎなよって唆したんだよね。女子更衣室で着換える勇気が無いなんて言うから、最初から着込んでおいでよって言って、昨日、私の中学時代の水着を渡しておいた」と理彩。
 
「じゃ、男子更衣室で着換えて来たの?」
「男子更衣室に行こうとしてたところを女子更衣室に連行して服を脱がせたよ」
 
「なーんだ、結局女子更衣室なんだ?」
「命(めい)は温泉の女湯にも入ったことあるからね。プールの女子更衣室くらい平気のはずなのに」
「ああん。それ、内緒にしてって言ってたのに!」と命(めい)が言う。「えー!? 命(めい)って女湯に入れる身体なの?」と杏夏が驚いている。
 
「でも、命(めい)、少なくとも水着姿は完璧に女の子じゃん」と愛花。
「胸あるし、お股はスッキリしてるし」
「もう性転換手術済みなんだっけ?」と小枝。
「あ、そのへんは企業秘密で」と理彩が言った。
 

命(めい)も最初は女子用水着姿をみんなの前に晒すのが恥ずかしかったようだが、実際にプールに入って泳ぎ出すと、泳いでいること自体が快適なので、だんだん調子が出て来て、少し泳いでは、他の女子とおしゃべりして、などというパターンで楽しむことが出来た。一応男子用の水泳パンツを穿いている橋本君が命(めい)を見て「わあ、すごーい。よくそんなの着れるね」と羨ましそうに言っている。
 
「逆に私もう男物の水着なんて着られない」と命(めい)。
「改造してるんだっけ?」
「うーん。そのあたりの問題より、心の問題」
「あぁ、何となく分かる。僕も着られるものなら女の子水着を着たい」
と橋本君が言うと
「着方を指導してあげようか?」と理彩が言う。
 
「ほんと? 教えてもらおうかな・・・」
「女の子水着を着るにはね、まずはおちんちんをチョキンと切って。。。」
「待て。奥田に任せると、本当に去勢されそうな気がする」
「当然」
 
命(めい)が笑ってまたプールに入り泳ぎ始めたので、愛花も隣のコースに入り泳ぐ。が、愛花はあまり泳ぎが得意ではないので、コースがずれてしまった。反対側の近くまで行った時、ちょうどターンしてきた命(めい)とぶつかりそうになる。
「わ、ごめん」
「こちらもごめん」
 
と言ってお互いに泳ぎを中断してその場に立つが、水の中で動きが完全にコントロールできないので身体が接触してしまう。愛花の身体が命(めい)の胸のところにぶつかる形になり、またまた「あ、ごめーん」などと言い合うのだが、その時、愛花は思った。
 
『すごーい、胸がリアル。しかもかなり大きい。パッド入れてるとばかり思ったのに、これパッドじゃないよね。どうやってんだろう?』
 

そろそろ昼休みが終わるので着換えて教室に戻ることにする。こちらに一緒に来たそうな顔をしている橋本君に手を振って命(めい)たちは女子更衣室に入った。命(めい)は着換え用の丸くしたバスタオルを身体につけてからスクール水着を脱いだ。そしてショーツを付け、ブラを付け、更にTシャツを着ようとした時、誤ってバスタオルを落としてしまう。
 
「あっ」と小さな声を挙げたが、構わずそのままTシャツをかぶった。その時、たまたま命(めい)のほうを見ていた愛花は、はっきりと深い谷間のできたDカップサイズの胸がブラの下にあるのを見た。
 
『ちょっと待ってよ。これ絶対パッドじゃない。本物の胸だ! 命(めい)って豊胸手術しちゃったのかしら? もしかして今月前半に大阪に行った時にとか?それとも女性ホルモンでも飲んでるの!?だとしたら2〜3年は飲んでるぞ』
 
愛花がそのまま見ていると、命(めい)はTシャツを着たあと、ホットパンツを穿く。ホットパンツが身体に密着している感じ。股間を見るが、そこに例の物が付いているようには見えない。もしかして、こちらも既に取っちゃってる??
 
「だけど、そうやってると女子高生にしか見えないよ、命(めい)」と百合。
「服装自由だし。ワイシャツとか着て出てくると暑苦しいから」
「理彩もかなり大胆な服装だよね。タンクトップに超ミニスカ」
「うん。命(めい)を刺激しようと思って」
「刺激してHとかするの?」
「ううん。万一女子更衣室内で命(めい)のが立ったら去勢してもいい約束だから」
「へー」
 
「理彩のこういうのって、冗談じゃないんだよねー。過去にもほんとに危うく去勢されそうになったこと、何度もあるんだもん」と命(めい)。
 
「実はもう去勢済みってことはないの?」と愛花は訊いてみた。
「昨夜(ゆうべ)の段階では付いてたよ」と理彩。
「昨夜(ゆうべ)、見たの〜!?」と周囲の女子から突っ込みが入っていた。
 
ああ、こうして僕と理彩はセックスしてるんだろうと思う子が増えて行く、と命(めい)は笑いながら思った。
 

8月の模試はみんな成績が良くて、国立のボーダーラインを越えている子がトップの4人以外にも8人いて、あと少しで到達する子も5人いた。2学期に入ると H先生はひとりひとりと志望校の現実的な絞り込みをする話し合いを持った。不況の折、やはり学費が安くて済む国公立狙いの子が多かったが、上位の子の中には敢えて私立を選択して、授業料の要らない特待生を狙いたいという子もいた。またセンター試験を受ける子には、9月中に受験科目を決めるよう言った。
 
受験科目を決めるのは結局志望校を絞る問題と連動している。想定している志望校が多いと、どこにでも行けるよう多くの科目を勉強しなければならないが、科目が増えるとパワーが分散する。科目を絞れば、勉強の効率は上がるがその科目では出願できない学校が出てくる。志望校の決定と科目の選択はとても微妙なのだ。
 
この時点で理彩と命(めい)は基本的に阪大1本で行き、万一落ちた場合はその科目選択で受けられるどこかの地方国立を考える方向にした。香川君は神戸・岡山・三重の国立3校に絞り、春代は神戸・奈良女子大の2校に絞った。
 
センター試験の理科については、香川君と春代は必須科目の関係で物理・化学を選び、理彩と命(めい)も各々の都合があって物理・生物にした。
 
結果的にだったのだが、香川君と春代、理彩と命(めい)が各々同じ組合せを選択したので、橋本君にも愛花にも
「あんたたち、恋愛都合で科目選択してないか?」
と言われた。
 
社会は、香川君だけが地理を選び、他の3人は「倫理、政治・経済」を選んだ。
 
「倫理、政治・経済」は一通りの勉強をしていれば高得点を狙えそうなことから、全科目満点に近い点数が必要というハイレベルな戦いをせざるを得ない理彩、実力を越える点数を取らないと神戸に行けない春代にとっては、これ以外の選択肢が無かった。命(めい)は理彩と同じ科目を選択すると相互に教え合えて結果的に自分も理彩も楽になるということで、これを選択した。
 
しかし「倫理、政治経済」は今年からの新設科目なので情報が少ない。そこでH先生が近隣の●●高校の進路担当の先生に連絡してこの科目についてもし良かったら少し教えて欲しいと頼んだところ、向こうもよく分からず困っているということで、あれこれ情報交換している内に、●●高校の地元の進学塾の先生からのツテで、大手予備校の講師の人が●●町まで出張授業をしてくれることになった。そこでその●●町の塾の生徒、●●高校と◇◇高校の倫政で受ける生徒が集まって、10月9〜10日の連休に2日間の集中講義を受けた。
 
基本的に「倫理」の問題と「政治経済」の問題が半々出るのではないか(多分両分野にまたがる融合問題は出ない)という予測であったが、命(めい)たちも含めて「秋になったし、そろそろこの科目の準備しないといけないかな・・・」
などという受験生が多かったので、全体のポイントや基本的な勉強方法などをしっかり押さえることのできた、この集中講義はありがたかった。
 

今回の集中講義の受講生の中には、中学時代の同級生で●●高校に進学した子が2人いた。休日なので、春代も理彩や命(めい)も私服で出かけたが、命(めい)は特に女装している訳ではないものの、十分女子高生に見える格好だった。
 
それで久しぶりに再会したその元同級生たちから
 
「斎藤君、まるで女の子みたいになってる」
などと言われた。
「命(めい)は中学時代から、こんなものだったじゃん」と理彩が言うが
「いや、あの頃は『少し女の子っぽい』雰囲気だったけど、今は『完全に女の子』
になっちゃってる。性転換した?」などという反応。
 
「別に性転換はしてないし、今日は女装もしてないけど」
「女装してないと言っておいて、その胸は何よ?」
「え?ブラ付けてるだけだよ」
「男の子はふつうブラは付けないんだよ」
「あ、そうだっけ?」
「そんなことに疑問をはさまないように」
 
「えー? 男の子でもブラ付ける子いると思うけどなあ。ねぇ、正美」
と隣にいた橋本君に声を掛ける。
「うん。別に男の子がブラしてもいいよね」
と答える橋本君はバストも作っているしキュロットを穿いていて、ほぼ女装状態。髪も可愛くまとめてカチューシャなど付けている。ただ橋本君は女声が出せないので、男声である。
 
「私、自分の常識に自信が持てなくなった・・・」と元同級生。
 

休憩時間に命(めい)が当然のように女子トイレに入り、待ち行列に並んでいると、その後ろにもうひとりの元同級生の女の子が来て、しばらく命(めい)とおしゃべりしていたが、突然気がついたように
「ちょっと待て。命(めい)ちゃんがここにいるのに、あんまり違和感が無いから何も思わなかったけど、今になって『あれ?』と思った。いつもこちらに入るの?」
と命(めい)に訊く。
 
「え? あ、気分次第かな」
「でも、命(めい)ちゃん、女の子の声だよね」
「私、いつもこういう声だけど」
「昔はもう少し中性的な声だった気が・・・・」
「ああ、この声も出るけど」と命(めい)は中性的な声を出してみるが、「でも、最近はこちらの声で話していることが多い」と女の子の声に戻す。
「自由自在だね!」
 
彼女たちは1日目の朝には「斎藤君」などと言っていたものの、その日の昼頃には「命(めい)ちゃん」になり、2日目になるともう「命(めい)」と呼び捨てになっていた。
 
「命(めい)は女の子と同じだと思うことにした」
「うん。命(めい)は女の子だよ」と春代も笑顔で言っていた。
 

H先生は前年の3年生にやったのと同様の方式で、9月から11月まで、毎週日曜に進学クラスの子全員に実力テストを受けさせた(土曜は特進クラスの子はふつうに授業をしている)。ただ昨年は12人なのでひとりで回ることが出来たが、今年は31人もいるのでさすがにひとりでは答案の回収は無理で、教頭先生とふたりで手分けして回収作業をした。また採点も他の先生が手伝ってくれた。しかしこの実力テストで、生徒たちの力は確実に上昇していった。
 
その年の年末・お正月は、直後にセンター試験があるし、その後には私立の入試も控えているし、特進クラスの子には「お正月なんて無い」状態だった。実際、1月1日以外はずっとスクールバスを運行してもらって、冬休み中ずっと補習授業をやっていたし、毎朝科目日替わりで実力テストをしていた。
 
理彩と命(めい)はこの時期、毎日命(めい)が夕食後理彩の家に行き泊まり込む状態で夜遅くまで勉強していた。実際ふたりとも勉強しながら机に打っ伏して寝ていることも多く、理彩のお母さんが明け方気づいて、ふたりに毛布を掛けてあげることも多かった。春代と香川君はその時期、携帯をつなぎっぱなしのハンズフリーにして深夜まで、いろいろ話しながら勉強していたらしい。分からないことがあったら即聞くため、この4人の間では携帯は24時間いつでもメールして鳴らして良いことにしていた。
 
センター試験は模試などもよく受けに行っているK町の大学である。試験場としてはすっかり慣れている。この時点で国公立を志望校として考えていた子が18人いたので、集団で受けに行く。ホテルもまとめて確保したが、橋本君と命(めい)も取り敢えず男子に分類することにして、男子は4人ずつ3部屋、女子は3人ずつ2部屋に詰め込んだ。
 
H先生は初め単純名簿順で男女とも部屋割を区切ったのだが、ふと同僚の女の先生から「女子の部屋割、気をつけてくださいね。大事な試験前でみんな感情が高ぶるので」と言われていたのを思い出したので、名前順は無視して、春代・理彩・玖美、博江・浩香・綾、という分割に変更した。
 
女子をそう分割してみると、男子も単純名簿順ではまずい気がしてきたので、単純分割から少し調整して、香川・河合・斎藤・橋本、佐山・新庄・高宮・竹田、竹村・西川・松浦・三宅という部屋割にした。橋本君を性別の問題もあり、それに配慮出来る香川君たちの部屋に移動し、その後玉突きする形で、結果的に相性の悪い子を分離した。先生は橋本君や命(めい)の下着姿は他の男子の目に晒す訳にはいかないと考えた。香川君や河合君なら大丈夫である。
 
結果的に命(めい)の部屋は、香川君以外の3人(河合・斎藤・橋本)が女装癖のある子ばかりになり、香川君は「おまえら、夜中に俺を襲うなよ」と冗談っぽく言っていた。当の橋本君は
「あれ? 命(めい)は今日は女装じゃないの?」
と訊いたが、命(めい)は
 
「あ、僕、女装は卒業したんだ。でも正美は女装していいよ」
などと言う。しかし河合君から
「ブラジャー付けてきておいて、女装は卒業も無いだろ?」
と突っ込まれていた。
 
西川君が「そちらの部屋は女装っ娘部屋なんだね」などと言ったが香川君が「俺は女装しないぞ!」と抗議していた。
 
ただ、この部屋割はあくまで寝る時だけであり、それ以前には結構入り乱れてお互い相性のいい子同士で勉強していた。
 
西川君の勉強会グループで来ているのが西川君と竹村君だけなので、橋本君と河合君を誘って4人で勉強する。香川君と命(めい)は当然のように理彩と春代の部屋に行き4人で勉強する。玖美は博江たちの部屋に移動してここも4人。そして残りの男子6人は松浦君の勉強会グループなので狭いところに無理矢理6人入って勉強していた(本来ツインの部屋にエキストラベッド2個入れている)。
 

春代たちの勉強グループにいた小枝・百合・愛花・杏夏の4人はセンター試験は受けずに全員京都の私立大学を受けて上位で合格し、特待生になることができた。他の5人は、春代と香川君が神戸大、命(めい)と理彩が阪大、橋本君は和歌山大に合格した。
 
玖美たちのグループでは、玖美と博江が奈良女子大、浩香が県立大、綾が県立医科大の看護科に、河合君は奈良教育大に合格した。紀子は父が高3の夏に東京に転勤していた関係で東京の大学を志望し、産能大に合格した。春からは一家揃って東京暮らしである。このグループに3年になってから入った2人は奈良県内の私立大学に合格した。
 
結局センター試験を受けた18名のうち16名が国公立大学に進学することになった。上記2グループ以外の国公立合格者は、東京の電通大に通った西川君、三重大に通った松浦君、岡山県立大の竹村君、奈良教育大の竹田君、奈良県立大の高宮君・佐山君である。
 
国立11名、公立5名。そして私立の四年制大学にも15名が合格。進学クラスの31名全員が現役合格することができた。その背景にはギリギリまで各生徒と一緒に「合格出来る」大学を模索してあげた H先生の苦労があった。田舎でどこの親も、浪人までさせて大学に行かせるほどのテンションが無かったので生徒たちの大学に行きたいという気持ちを叶えさせるには現役合格が必須だったし、受験料の負担や勉強の効率(試験を受けに遠方まで行くことで勉強が中断する)を考えると、併願も最小限にしていた。
 
前年に12人(国公立4人)、今年31人(国公立16人しかも難関校4人)の四年制大学合格者を出して、◇◇高校は「普通科特進クラスに限ればレベルが高い」
とみなされるようになり、これまで近隣の優秀な生徒がみな、よその町の高校に流れていっていたのが、逆に周囲の町から、こちらを受けに来る生徒まで出てきた(特進コースの募集は他コースと別枠になり、志望者も増えたため、1クラス増設され、特進A,特進Bに分割された。工業科と普通科短専クラスは相変わらず入試答案に名前を書けば合格できるレベル)。これは結果的にその後、この地域の振興にも大きく寄与していくことになる。
 
その件で随分後で命(めい)は、理龍神に「ひょっとして何かこの件に関与してない?」と訊いてみたが、慌てたような顔をして「僕は知らない」と言っていた。何か怪しいなと思って星にその件を訊いてみると「まどかちゃんだよ」と言ったので「へー」と思い、少し楽しい気分になった。
 
なお、H先生は命(めい)たちの学年を送り出した後は、他の高校に転任する予定だったのだが、校長が教育委員会と掛け合って、当面の留任を決めた。また翌年以降の進学指導のための予算も充分に確保し、翌年からは2-3年で夏休みの補習も行われるようになっていく。しかし H先生が、進学指導の専門家のような感じになって行ったきっかけは、図書館の担当教員として、図書館で勉強している子たちに、あれこれ声かけしていたことであったのである。
 
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【神様のお陰・お受験編】(1)