【神様のお陰・高3編】(2)

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「でもふたりとも何代も前からこの村の人だよね」と宮司さん。
「そうですね。そういう古い家系も少なくなってきましたね。そうそう奥田と辛島は何代か前につながってるんでしたね」
「うん。奥田さんちから辛島にお嫁に来たんだよ。うちのひいばあさんが。そのひいばあさんは、斎藤さんちとも、古い時代につながってると言ってたらしい。まあ、こういう村はほぼ全員が親戚」
「確かに」
「それで少し先の話だけど、理彩ちゃんでも命(めい)ちゃんでもいいけど、ふたりがもし男の子を産んだら神社の跡取りに欲しいなあと思って」
「ああ」
 
「私が男の子産んで、神社とかに興味持ってそうだったら、考えていいですよ」
と理彩。
「うん。助かる」
「命(めい)もいいよね? 命(めい)が産んだ子の意志次第ではあるけど」
「えっと・・・・僕も子供産むんだっけ?」
「タネが必要なら、そのうち彼氏紹介してあげるから」
と微笑んで理彩は言った。
 

120年前。
 
明治26年癸巳(1893年,前年の1892年が壬辰)。村の組頭を務めていた奥田家に産婆が呼ばれてきた。産婆は奥田家に妊婦がいるということ自体を知らなかったので、最初てっきり、たまたま来ていた親戚の女でも産気づいたのかと思ったのだが、案内されて離れに行くと、産気づいて苦しんでいるのが当家の三男であったことに驚く。
 
「命理君って、実は女の子だったの?」と産婆さん。
「いや、男の子だけど、なぜか妊娠しちゃって」と奥さん。
「奇異に見られてはいけないから、お腹が大きくなってからはずっとこの離れにいたんです。おっぱいも女みたいに大きくなってしまったし。できたら、このことは内密に」
「内密にはいいけど、どこから産ませればいいんです?」
 
すると産みの苦しみに喘いでいる命理が
「とにかく、この子を無事出してあげてください。実際問題としてお腹を割いて出すしかないと思っています。私自身は死ぬのは覚悟してます」
と言う。
 
「帝王切開という方法があるんですよ。お腹を割いて赤子を取り出すけど、ちゃんと母親も子供も両方助けます」
「そんなことができるんですか?」
 
「でもそれは医者でなきゃできません。誰か馬場先生を呼んできて。医者は守秘義務があるから、見たことを絶対他人には漏らしませんよ」
と産婆が言うので、命理の兄が隣町の若い開業医の所まで走って呼びに行くことになった。
 
当時は電話などまだ普及していない。自動車は都会の大金持ちしか持っていない。自転車でさえ、かなり高価な代物であり、この集落には1台も無かった。医者のいる町まで片道10km。戻ってくるのは2〜3時間後だろう。
 
産婆はとにかくお腹をさすったり手を握って元気付けたりして、少しでも命理の苦痛をやわらげる努力をしていた。さすってあげながら、なにやら祈りの文句を唱えている。昔の産婆というのは祈祷師を兼ねていて、出産の際に悪霊が母子の命を奪いに来るのを防止するのも役目だった。
 
命理は身体を拘束する衣服が辛いというので、下半身は褌も外して裸にされている。下腹部はもう産まれんとばかりの状態ではあるが、産むべき穴が存在しない。
 
30分ほどそんなことをしていた時、「なんか産まれそうな気がする」と唐突に命理が言う。
「産まれるといっても・・・・」と産婆は言ったものの、確かに胎児が子宮から産道に移動し始めたような感触があった。その時、突然命理の陰部に今まであったはずの陰茎が消滅した。
 
「へ?」と産婆は目をこすってみる。
しかしそこには陰茎・陰嚢が無くなり、少し開いた陰裂が姿を現していた。
 
それを見ていた周囲のみんなが驚いているが、産婆は「これなら取り出せるかも」
と言い、独特の伝統的手法でお腹のマッサージをする。産婆は行ける!と確信した。「これちゃんと産まれますよ!」と言う。命理が苦しそうな声を出すが、ほんとに産まれそうな雰囲気だ。「頑張って」とお母さんが励ます。
 
やがて産道から胎児の先端が現れてくる・・・・が胞衣に包まれている!産婆はその先端を掴むと引き出すようにして胞衣の卵を取り出した。すぐにカミソリを使って羊膜を開封する。羊膜が厚くて開封に手間取ったが、やがて、おぎゃー!という元気な声。
 
「産まれた!」
命理は声を出せないものの涙を浮かべて嬉しそうな顔をしている。そのまま力尽きそうなのを「赤ちゃん元気だから、あんたも頑張らなきゃ」と励ます。
 
産婆はすぐにヘソの緒を切り、産湯に付けて洗い、命理の母親に渡す。そして自分は命理の方の身体の消毒などをしてあげた。
 
少し落ち着いてきた命理が「赤ちゃんにおっぱいあげたい」などと言うので、命理の母が赤ちゃんを命理の乳房の所に持って行くと、赤ちゃんは自力で乳を吸っているようである。命理はほんとに幸せそうな顔をしている。
 
しばらくそんなことをしている内に命理が眠くなってきたという。
「後は任せて。少し寝なさい」
と母親に言われて命理は目を瞑った。
 
そして命理が眠ってしまったとたん、股間に唐突に陰茎と陰嚢が出現した。
「へ?」
完全にその部分は元の男の子の形に戻っている。赤ちゃんはまだ命理のおっぱいに吸い付き、母乳を飲んでいる。
 
「おっぱいは去年の秋頃から大きくなってきました。それと同時にお腹の方も大きくなったので、とても人前には出られない状態になったんですよね」
とお母さん。
 
「こんな不思議なことは、50年も産婆やってて初めて見た」と産婆さん。
 
「やはり、この子、神様の子供なのかな」とお母さん。
「どういうことです?」
 
「この子から、妊娠したみたいだと言われた時、そんな馬鹿ななんて言っていたのですが・・・この子、去年の5月頃に、神様がやってきて、その時だけ自分は女の身体になって、神様とまぐわいをしたと言っていたんです。この子、もう頭がおかしくなったのかと思っていたんですが・・・・」
 
「きっと神様の子供だから、こうやって無事産まれたんですよ。この子はみんなで大事に育てましょう」と産婆さん。
 
「ほんとですね・・・・」
「きっと、この子はこの家にも村にも、大きな幸いをもたらしますよ。何といっても、奇跡としか思えない産まれ方をしたんだもん」
 
命理は満19歳でその子供、理(ことわり)を産んだ。理が後に命(めい)と神婚した神様である。命理は20歳の時に徴兵検査があったが、乳房が膨らみ授乳の都合上もあり女の服を着ている命理は当然のことながら不合格となった。(実際は検査場に行くなり「帰れ」と言われた)
 
その後、命理は彼に思いを寄せていた村の女性・阿夜と結婚し、半ば姉妹のような結婚生活を送りながら、田畑を耕して一緒に理を育てた。親戚たちも友人たちもそんな命理と阿夜を応援してくれて理はたくさんの愛情を受けて育った。ふたりの間にはその後、命理を父とし、阿夜を母とする娘・美智も生まれた。
 
命理は1927年に急な心臓発作で亡くなった。理は命理が生きている間だけこの世にとどまる約束だったので、命理の葬儀が終わった後昇天し、その後霊体の状態で、しばしば阿夜の世話をしていた。
 
美智は村の若き宮司の所にお嫁に行き、男の子を産んだ。それが命(めい)たちの時代の宮司(辛島和雄)のお祖父さん・辛島琴雄である。60年前の神婚で生まれた子供とその母親を、琴雄の息子である利雄(和雄の父)が保護したのは、曾祖母・阿夜と祖母・美智の意向を受けたものであった。阿夜は村から逃げるように去って行ったその母子のことを案じながら1955年に77歳で亡くなった。
 
理彩は理彩の父が奥さんの連れ子で奥田家の養子になったので、元々の奥田家の血は引いてないのだが、来海や真那は命理の長兄の子孫に当たる。
 
(系図参照 http://femine.net/j.pl/sh/keizu )

話を現代に戻そう。
 
7月31日。命(めい)と理彩は一緒に大阪に出て行った。ふたりは日々の自主的な勉強でかなり実力を付けては来ていたのだが、やはり阪大のようなハイレベルな大学を受けるには、大手予備校の講義も受けておいた方がいい、というのが、両親や、ふたりの受験を応援している理彩のおじ・太造との一致した意見だった。
 
最初はゴールデンウィークと同様に、合宿講座を受けようと思っていたのだがいつもふたりに受験情報を流してくれている、大阪の友人、千草から
「ふたりのレベルなら合宿より、ふつうの講義受けた方が良い」と言われた。
 
「合宿講座って、セット料理、お子様ランチなのよ。何でもかんでもコミだから、確かに役に立つ講義もあるけど、私や命(めい)・理彩のレベルなら、不要な講義もある。それより、自分でチョイスして講座を選べる、ふつうの夏期講座を受けた方がいい。セット料理じゃなくてアラカルトで行くのね」
 
というのが千草の意見で、命(めい)と理彩も確かにそうかも知れないと考え、大阪市内の予備校で8月に開講される、90分×5講などといった短期コースを幾つか自分たちでチョイスして受けることにしたのである。
 
日程を組んでみたら、毎日5〜6講(1講は90分)で10日間(2週間)にきれいにおさまるスケジュールとなった。1セットの講義が月曜から金曜まで毎日1講あるので2週間と、その間の土日の特別講義まで受講して、8月1日(月)から12日(金)までのコースである。その間は大阪市内の安いビジネスホテルに泊まることにした。「あんたたち集中講義している最中に野生に帰ったりしないよね?」と言われてツインの部屋に一緒に宿泊する。受講料が結構な高額になるので宿泊費だけでも抑えようという作戦である。
 
村を出る時は命(めい)は一応男の子の格好をしていたが、電車に乗り換える駅の「女子トイレ」で、理彩が用意してくれていた女の子の服に着替えた。
 
大阪では千草にも会うし、他にもゴールデンウィークの合宿講座で会った子に遭遇することもあるし、などと理彩にうまく乗せられて命(めい)としてもこの12日間は女の子で通す気になっていた。
 

取り敢えずホテルにチェックインし、部屋に入る。
 
「なるほど。格安ツインって、こういうことか」と命(めい)。
「1泊(2人で)4500円というのが納得だわ」と理彩。
 
その部屋はどう見てもシングルの部屋だが、無理矢理ベッドが2個置かれている。
 
「取り敢えずベッドくっつけない?」
「うん。くっつけてここのスペース空けないと、テーブルのところに座って勉強できないね」
 
片方のベッドの端がテーブルにくっついていて、そこに座れなくなっている。ふたりで協力してベッドをずらした。
 
「これでOK」
「ベッドの端に腰掛けて、テーブルを使えるね」
「眠くなったら、そのまま仰向けに倒れると、ベッドの上で一応寝れる」
 
「ね、提案」と命(めい)。
「ん?」
「集中講座やってる10日間は、悪戯してHなこと仕掛けたりしない」
「そうだなあ。確かにセックスしたければ、家に帰ってからでもできるよね。何だか、どちらの親も私たちが早くくっついてくれないかな、と思ってる気がしない?」と理彩。
 
「するする。避妊具持って行くか?とか言われたけど、気合い入れて勉強している時に、そんなことしないからと言って断った。でも、僕は理彩のこと好きだから、そういう感じで言われるのは構わないけど」
 
「えっと、セックスも保留だけど、私たちの関係、恋愛問題についても棚上げしようよ」と理彩。
「了解。じゃ『好き』と言わずにキスしちゃおう」
 
「唇にする?」
「ううん。いつも通り、頬でいいよ」と命(めい)。
「頬なら、断らずにいつでもしていいよ」と理彩。
「するつもりだよ」と命(めい)は言って、理彩の頬にキスした。理彩もキスを返してくれた。
 

その日はホテルで少し休んだ後、明日から受講する予備校に行き、会員証をもらい、受講する講座の説明書、それに受験に関するいろいろな資料集などももらった。その後、100円ショップでノート、シャープペンシルの芯など、また物干しロープ・たこ足、電気の延長コード、などなど10日間に必要となりそうな生活用品などを少し買いそろえる。おやつも買う。またスーパーに寄って、通常の食糧や非常食に、ショップブランドの安いペットボトル入りお茶を買い、ホテルに戻った。
 
お部屋で夕飯用に買ってきたお弁当を食べた。命(めい)が朱塗りの小ぶりなマイ箸でお弁当を食べる様が何だか可愛い感じだ。理彩は見ていてドキドキした。
 
「命(めい)はもう完全に女の子ライフに馴染んでるね」
「うん。結構楽しんでるかな。取り敢えず女子トイレに入るのには抵抗が無くなった」
「それは以前からでしょ! もう性転換まであと1歩かな」
「性転換するつもりは無いよ。性転換したら理彩と結婚出来ないじゃん」
「私、レズでもいいよ」
 
と理彩は笑って答えたが、今の会話ひょっとして求婚とその承諾の返事になってないか?と理彩は一瞬考えた。もし・・・・・命(めい)が本当に女の子になっちゃったりしたら、私と命(めい)って、双方ウェディングドレス着た結婚式とか挙げちゃったりして?? というのを想像してみると、何かそれも楽しい気がしてしまう。命(めい)、きっと女の子になっちゃっても私のこと愛してくれるだろうしなあ。。。。でもレズのセックスって、どうやるんだろう?? 理彩が変な方向に想像を膨らせませていたら
「理彩、もしかしてHな妄想してない?」と訊かれる。
「ねえ、30秒以内に終わらせられるならセックスしてもいいよ」
「30秒?それはさすがに無理。コンちゃんの用意も無いし。でもどうしたの?」
 
あ、私ったら30分と言うつもりが30秒と言っちゃったと思ったが、取り敢えず理彩はこう答えた。
「私、今排卵期だからね」
 
「じゃ絶対セックスしたらまずいじゃん。排卵期って女性ホルモンの量が増えて女の子は性欲が増すんでしょ?」
「違うよ。女の子の仕組みが分かってないね。排卵期はエストロゲンの量が減るから性欲が増すの。エストロゲンって性欲を抑えるんだよ」
「あ、そうだったのか」
「命(めい)もそのうち女性ホルモン飲むようになるんだろうけど、飲み出したら性欲落ちるよ」
「なんで、僕が女性ホルモン飲むの?」
「だって、おっぱい大きくしたくないの?」
 
「おっばいは大きくしたい気もするけど、おちんちんが使えなくなるから女性ホルモンは無し」
「ふーん。。。」
 
理彩は、おっぱいの大きくなった命(めい)を想像して、少し楽しい気分になった。ああ、私、命(めい)とセックスもしたいけど、命(めい)を女の子に改造してもいきたい。迷っちゃうなあ。やっぱり私ってレズか!? でも、元々私って、女の子の命(めい)が好きなのかもね。だってふだんの学生服の命(めい)を見てるより、こういう可愛い女の子の格好している命(めい)の方に、ときめいちゃう。
 
理彩は我慢出来なくなって、命(めい)の唇にキスした。命(めい)が驚いているが、ちゃんと唇を吸い返してくれる。ふたりは見つめ合って微笑んだ。
 
命(めい)は小さい頃とても身体が弱く病気がちだったので、元気に育つおまじないとして、いつも女の子の服を着せられていた。それで理彩はずっと命(めい)のことを女の子だと思い込んでいた。思えば、あの頃から私って「女の子の命(めい)」のことが好きだったのかも知れない。理彩はそんな気がしてきた。
 
「さて、私はもう寝ちゃおう」
と言うと理彩は服を全部脱いで裸になり、そのままベッドにもぐりこんだ。
 
「裸で寝るんだ?」
「気にしないで。ちょっとひとりでやるだけだから」
「ああ」
「命(めい)も私のこと気にせずに、したくなったら勝手に抜いてね」
「遠慮なくやるよ」
「今からする?」
「えっと・・・」
「するなら見ててあげようか? 見られてたら興奮するでしょ?」
「そうなんだろうか?」
 
「ほらほら。パンティ脱いで」
と言って、理彩は命(めい)のスカートの中に手を入れてパンティを下げてしまう。
 
「あ・・・・タックしてんのか」
「夏期講座終わるまではずっとこのままかな」
「タックしたまま、ひとりHできるの?」
「それは無理」
「できないと辛くならない?」
「我慢出来なくなったら外すよ」
 
「なるほど。。。。。ね、一緒に寝ない?タックしてたらセックスもできないから、一緒に寝ても大丈夫だよね」
「そうだなあ。ま、いっか」
と言って命(めい)は服を脱ぐ。
 
ブラとショーツだけになった命(めい)を見て理彩は興奮してしまった。タックしてるから、お股のところに変な盛り上がりは無い。ホントに女の子みたい。ああ。やはり命(めい)はこういう姿が似合う。可愛いよ、私の命(めい)。
 
命(めい)はその下着も外してベッドの中に入る。理彩は布団の中を潜っていき、命(めい)に抱きついた。理彩の生のバストが身体に押しつけられて、命(めい)もさすがにドキッとする。
 
「えっと・・・・Hなこと封印する約束」
「ひとりHは、いいでしょ?生理現象だもん」
「抱きついたまま、ひとりHできるの?」
「女の子はね、実際にクリちゃんをいじらなくても、想像だけで逝けるの」
「へー、便利だね」
「今からHな妄想するから、しばらく私を抱いててね」
「いいよ」
 
理彩と命(めい)は実は今年2月に1度セックスしている。しかしそのセックスを理彩は覚えているが、命(めい)は覚えていない。理彩はあれ以来、一度命(めい)ときちんとした形でセックスしたい気分になっていた。私のこと好きって言う癖に、私が裸で抱きついてるのにセックスしないなんて、ほんとに命(めい)ったら・・・・ううう。そんな所がまた好きだよぉ、命(めい)。
 
理彩はそのまま15分くらい、ずっと命(めい)に抱きついていた。理彩の空想の中では理彩が男の子になって、女の子の命(めい)とセックスしていた。命(めい)のバストが大きくて、顔を谷間に埋めると柔らかくて心地良い。ふふふ。おっぱいの大きな命(めい)はいいなあ。こっそり食事とかに女性ホルモン混ぜちゃおうかな、それとも寝てる内に麻酔注射して勝手に手術して胸にシリコン入れちゃおうか、などとイケナイ想像をするとますます興奮する。やがて空想の中で逝くと、自分自身も逝った感覚があった。理彩はそのまま眠ってしまった。
 
命(めい)は理彩からぎゅっと強く抱きしめられた時『逝ったかな?』と思った。身体の上になっている方の腕で背中を撫でてあげる。やがて理彩が眠ってしまうと、微笑んで、お互いの身体の下になっている腕を外した。そして理彩の頬にキスして自分も睡眠の世界に入った。
 

翌日から受講を始める。朝8時半にホテルを出て、9:30からの1時限目の授業に出る。授業は90分。授業と授業の間の休憩時間は20分だが、命(めい)も理彩もトイレに行く以外は単語集を見たり短時間で解ける数学の方程式や因数分解の問題をやったりしていた。他の受講生も似たような感じである。この雰囲気がいい!と、ふたりとも思った。気合いの入り方が違う。授業はスピーディーなので、分からない所はノートの欄外にメモしておき、後で調べるようにした。
 
昼休みに近くの公園でお弁当に持って来たパンを一緒に食べていたら、千草と遭遇した。
 
「お久しぶり〜」
「いつも色々教えてくれてありがとね」
「今日から?」
「そうそう」
「雰囲気どう?」
「凄く良い!みんな熱心だから気持ちが引き締まる」
「うん。それがこういう所に出てくる大きな価値だよね」
 
千草もお弁当を持って来ていたので一緒に並んで座って食べながら話した。
 
「無駄に成績いいから、君なら少し頑張れば理3でも合格する。理3にしない?とか随分言われた」と千草。
「お医者さんには興味ないの?」
「私、血見るのがだめなのよ。患者の手術しようとして切開して血が出てきたら、きっと私それ見て失神する」
 
「手術中にお医者さんが失神したら患者はたまらないな」
「でしょ?だから私はお医者さんにはなれないよ。理彩は阪大医学部志望でしょ?」
「そうそう。私、切るの大好きだから、絶対外科医になるの。お料理でもお肉とか野菜切るの大好き。その後は放置しちゃうけどね」
「ああ、よく放置されてるね」
 
「お医者さんになったら、手始めに命(めい)の手術をしてあげたいけどね」
「命(めい)の何を手術するの?」と千草。
「切ることができたら何でもいいけどな。盲腸切ってもいいし、腎臓1個摘出してもいいし、胃を半分くらい切ってもいいし」
「怖い医者だなあ」と命(めい)。
「命(めい)におちんちんでも付いてたら、まっさきに切り落としたい所だけど」
「命(めい)におちんちん付いてたら大変だね」と千草が笑って言う。
 
「おちんちんかぁ。そんなのあっても困るけどな」と命(めい)。
「でしょ。だから、もし付いてたら切ってあげるね」と理彩は言った。
 

講義の6時限目は20:40に終わる。さすがにお腹がぺこぺこだ。予備校の近くにあるホカ弁でお弁当を買ってからホテルに戻る。家に定時連絡を入れながら部屋で一緒にそれを食べる。その後であらためてスーパーに行き、食糧を確保してきた。交替でシャワーを浴びる。そして一緒に今日の講義の復習をする。ふたりはほぼ同じ講義を受けていたので、分からない所をお互いに教え合う。
 
初日は少しお互いに暴走して、裸で抱き合って寝てしまったが、2日目以降は一応自制し合って、ふつうに「おやすみのキス」を頬にするだけで各々のベッドでホテルの浴衣を着て寝ていた。但し何度か朝起きると命(めい)は自分が裸で寝ていることに気づくこともあった。接着剤のタックまで外されていることもあった。そんな朝は理彩は妙に楽しそうな顔をしていた。
 
だいたい夜10時頃から1時頃まで勉強し、朝は6時頃起きて理彩がコンビニに行って朝ご飯とお昼用のパン・おにぎりなどを買ってきて、一緒に朝ご飯を食べたあと、8時半頃講習に出て行くというパターンになっていた。
 
理彩が朝の買い出しに行くようにしていたのは、その間、命(めい)がヒゲや体毛の処理をするためであった。最初命(めい)は理彩より早めに起きてこの処理をしていたのだが、理彩がその内起きてきて興味深そうに見ている。
 
「恥ずかしいから見ないでよ」
「ヒゲは1本ずつ抜いてるのね。たいへんそう」
「剃っても剃り痕が残るから抜くしかないもん。おとなの人だとお化粧して誤魔化すんだろうけど。足は面倒だから剃ってるけどね」
「ふーん。永久脱毛とかする?」
「そうだなあ。大学に入ったら考えようかな」
「ああ。大学に入っても女装するつもりね」
「え?」
「まあいいや。時間かかりそうだし、その間に私、朝ご飯買ってきてあげるよ」
 
といった感じで、理彩が朝の買物を引き受けてくれたのである。
 
洗濯物は3日単位で命(めい)が2人分、近所のコインランドリーに持って行き洗濯した。ふたりは下着は別々だが、アウターは共用できるので便利である。しかし共用していることを、今回の講習の間に親しくなった友人に指摘された。
 
そもそもふたりがいつもくっついていて「異様に仲がよさそう」ということから周囲の注目を集め、結果的に友人も増えた感もあった。その結果ふたりは友人たちからたくさんの受験情報ももらうことができた。浪人している子から医学部の面接の様子なども教えてもらった。
 
「でも命(めい)ちゃんと理彩ちゃんって、姉妹みたいに仲良いね」
「いや、姉妹だと反発しあう。恋人みたいな仲の良さだよ」
「女の子同士で恋人?」
「いるよね。女同士のカップルって」
 
などといった感じであった。ゴールデンウィークの合宿でも一緒になった子からは「あの時もいつもぴったりくっついていたもんね」などと言われていた。結果、講習の後半あたりでは、周囲にはこのふたり本当に恋人なのかも、と思われていた雰囲気もあった。
 
しかし誰も命(めい)がまさか女の子ではないとは思いも寄らなかったようであった。
 
この講習の間に親しくなった友人の中に麻矢という子がいて、この子は後に命(めい)と同じ、阪大の理学部に進学したのだが、大学に入って当初、命(めい)が男の子の服を着ているので、「まるで男の子みたいな格好してるね」などと言った。
 
「いや、私男だから」などと男声で答えると
「うっそー!?」とマジで驚愕された。
 
しかし後に命(めい)が女装で大学に出て行くようになると
「ああ、やはりこっちの命(めい)の方が見てて安心」
などと言われた。
 
もっとも麻矢は当初、命(めい)が元々女の子だったのが、大学1年の頃だけ男装していたのだと思い込んでいたらしい。彼女は実は妊娠中の命(めい)を目撃した数少ない人物のひとりでもあり、命(めい)の休学の理由が本人の妊娠であることを知っていた希少な友人のひとりでもある。妊娠している姿を見ていて、その子が実は男の子だなんて、ふつう思いも寄らない!
 

5日目、金曜日の晩は少し気分を変えるのに、ホカ弁ではなくガストに行って食事をしながら勉強した。ドリンクバーで粘れるのが便利だが、予備校のそばで、そんな学生が多いからだろう。「ドリンクバーのみでの2時間以上の滞在はお断りします」などと書かれている。
 
その日はそれで21時にお店に入り、食事をオーダーしてから、22時半にピザと唐揚げを追加オーダーして、24時前にお店を出た。ふたりで少し散歩している内に川のそばに出た。公園があったのでベンチに座って少しおしゃべり。公園には他にも2組カップルがいてイチャイチャしていた。私たちもイチャイチャしたいなと思い始めた頃、命(めい)が「ちょっとトイレ」と言って席を立つ。理彩がひとりでベンチで待っていた時のことだった。
 
若い男の子が7〜8人公園の外側の道を歩いていたのが、こちらに気づいて公園の中に入ってきた。ちょっと不良っぽい雰囲気。お揃いの服を着ている。こういうのカラギャンとか言うんだっけ?などと理彩は考えていた。こちらに近づいてくる。関わりたくないなと思って視線を逸らしていたが、やがて理彩のそばまで来て「君、ひとり?」などと声を掛けてくる。
 
「人を待っていますので」と言うが
「つれないなあ。ちょっとお話ししない?」
などと言ってひとりが理彩の前にしゃがみ込む。ナンパ態勢という感じだ。
 
しばらくやりとりするが、理彩が無表情で何も答えないので、逆に相手を燃え上がらせている感じだ。もう命(めい)、何やってんのよ?早く戻って来てよ、などと思っていたら、やっと戻って来た。
「お待たせ〜。ってあれ?お友だち?」と命(めい)。
「な訳ないでしょ。済みません。連れが来たので失礼します」
と言って、理彩はその場を離れようとした。
 
ところが向こうは
「ね、ね、お姉ちゃんたち、2人一緒でいいから、少し遊ばない?」
などと言い出す。ひとりが理彩の腕を。ひとりが命(めい)の腕を掴む。理彩が振り解こうとしたが、理彩の力では離せない。
 
その時ひとりの男の子がバタフライ・ナイフのようなものを取り出したが、別の子に「アホ、やめろ」と言われて引っ込めた。
 
うーん。物騒な物持ってるな。さて、どうしよう、と命(めい)は考えた。すんなり帰してくれる雰囲気ではない。あまり刺激すると、武器で脅されるかも知れない。走って逃げようとしても、こいつらの方が足は速いだろう。こんな町中で多分あまり乱暴なことはされないとは思うが、こちらも面倒な事にはなりたくない。
 
その時、斜め左上の方から
 
「川に飛び込んで」
 
という声が聞こえた気がした。
 
「こっち行こう」
と言って命は自分の腕をつかんでいる男の腕を相手の呼吸の隙を狙って振り解き、続けて理彩の腕を掴んでいる男の腕も手首を掴んで外す。そして理彩の手を取って公園の端の方に走った。
 
「おい、そっちは!」と男の子のひとりが叫ぶ。
「危ないぞ!」という声。
 
「ちょっと何するの?」と目の前の川を見て理彩が訊く。
「いいから、ここ飛び込むよ」
「えー!?」
と言いつつ、ふたりは手すりを乗り越えた。後ろに男の子たちの声が迫る。命(めい)は理彩の手をつかんで、川に向かって飛び込んだ。命(めい)の体重に引かれて理彩も落下を始める。きゃーっと理彩が叫んだ。
 

次の瞬間、ふたりはベッドの上でバウンドしていた。
 
「きゃっ」と理彩が短く叫ぶが、水面などにぶつかった訳でもないので、何だ?何だ? という表情。
 
「ここは・・・?」
 
「僕たちの部屋だね」と命(めい)。
 
「今の夢か何かだったんだっけ?」
「現実だと思うけど」
「何で、私たちここにいるの?」
「神様のお陰かな。『川に飛び込んで』と言われたから飛び込んでみた」
 
「命(めい)、神様の声が聞こえるの?」
「うーんと。右斜め前からの声は子供の頃からよく聞いてたけど、今回みたいな左斜め前からの声はごくたまにだよ」
「その右とか左とか前とか、何?」
「斜め後ろからの声は自分の守護霊とか自分が使っている式神とかの声。斜め前からの声は、神様やそのお使いさんとかからの声。声と言ったら語弊があるかな。言葉みたいな概念の塊というか」
 
「よく分からないけど、前にもこういうことあったんだ?」
「そうだね。危ない時には助けてくれる感じ」
「それでもよくあそこで飛び込めたね」
「あの声は僕、絶対的に信用しているから」
 
「ふーん。命(めい)、やっぱり巫女さんになれるよ」
「巫女さんは女の子でなきゃなれないかな」
「命(めい)は性転換して女の子になるから問題ないでしょ」
「僕が性転換するのって確定なの?」
「もちろん」
 

翌朝、ふたりが朝予備校に向かっていると、通りかかった公園の所に警官やら報道っぽい人やらがたくさんいる。
 
「何かあったんですか?」と命(めい)は記者さんっぽい人に尋ねてみた。
「ああ。何か若い女の子が集団暴行受けて川に投げ込まれたらしくて、捜索中」
「きゃー、怖ーい!」
と命(めい)が両手を口の所に置いて怖がってみせると、理彩は命(めい)って、こんなぶりっ子もできるのかと少し呆れた。
 
「君たちも夜ひとり歩きしないように気をつけてね」
「はい」
と言って、命(めい)と理彩は一緒に予備校の方へ歩いて行った。
 
「ねえ、何か凄い話になってない?」と理彩。
「うーん。警察もカラギャンをしぼる口実できていいんじゃない?」
と命(めい)は他人事のように言った。
 
しかし女の子が川に落ちたという話を投げ込んだのでは?その前に暴行したのでは?などと話を発展させてしまう警察って凄っ!とふたりは思った。
 

講座は刺激的で、ふたりは自分たちがかなり実力を付けてきているのを感じていた。ポイントの分かりやすい講義と演習で頭の中の知識が再構成されていく!ふたりは空き時間に塾内のパソコンを使ってその場で採点される模試などもやってみたが、日に日に得点が上がって行っていた。
 
この講習を受けるまで、ふたりともセンター試験の社会はどの科目を選択するのか決めていなかったのだが、他の受講生たちから得た情報・意見で、倫理を選択することを決めた。
 
それまで命(めい)は日本史、理彩は世界史を想定していたのだが、そんな暗記するものの多い科目を選ぶより、覚える量が少なくて済み、かなりの問題を一般常識でも解ける倫理を選んで、その分の勉強時間を英語や国語に振り当てた方がいい、というのが多くの受講生の意見だった。
 
こういう「受験戦略」的なものも、ふたりが持っていなかった知識だ。
 
「ただし理彩ちゃん、もし京大の医学部に志望校変更する可能性があったら倫理は使えないからね。あそこ公民じゃなくて地歴からしか選べない」
「もしその予定があったら地理がいいよ。最悪の選択は日本史」
「あ、私京大受けるつもりは無い。八つ橋よりタコ焼きが好き」と理彩。
「おやつで選ぶのか!」
 
「命(めい)ちゃんの理学部なら京大でも倫理使えるよ」
「あ、私、理彩と別の学校に行くつもりないから」
「おお、さすが愛!」
 

基本的にはみんな休み時間もずっと勉強していて、そういうみんなの勉強する姿勢にも、ふたりは強い刺激を受けたのだが、1度だけ、少し仲良くなった女の子グループで、梅田まで出ていっしょにおやつを食べたこともあった。
 
女性専用のお店だったので、理彩は命(めい)が躊躇ったりしないかなと思い様子を見ていたが、何の抵抗も無く中に入っていくので「ほほぉ」と内心思う。命(めい)って、ひょっとして私が女装させたりするの以上に普段から女の子してたりしない? という疑惑が広がる。6月にショッピングセンターで倒れた時も、女物の下着付けてたしなあ。。。眉なんて、いつも細くしているし。
 
そう思って観察していると、おしゃべりしたり、パフェを食べる時の仕草が凄く女っぽい! ってか可愛い! なんかあらためて惚れ込んじゃうなあ。私って、これまで命(めい)を自分の彼氏と思っていたけど、むしろ彼女だと思ってみるのもいいかも知れない。命(めい)を私の彼女にして、彼氏は別に調達したりして。昼間男の子とデートして女としてセックスして、夜は私が男役で命(めい)とセックスするなんてのもいいなあ。。。。などと理彩は、妄想が暴走しつつあった。
 
すると命(めい)から
「理彩、今絶対Hな妄想してる」
と指摘されてしまった。
 
「うん。排卵期だから」
「理彩、一週間前にも排卵期だって言ってた」
「こないだは左の卵巣からの排卵、今は右の卵巣からの排卵」
「理彩の子宮忙しすぎる!」
 
その時、命(めい)の向こう隣の子が
「あ、しまった。ナプキン切らしちゃった」と言う。
 
すると命(めい)は
「あ。あげるよ」
と言って、バッグの中からポーチを取りだし、ナプキンを1個取り出すと渡してあげる。その子は「サンキュー」と言って席を立ちトイレに行ったが、理彩は『なんで命(めい)がナプキンなんて持ってるのよぉ!』と叫びたくなった。
 

講習も大詰めの10日水曜日。理彩のおじ、太造が大阪に出張してきたので、理彩と命(めい)は梅田で一緒に食事をした。
 
命(めい)はいつもの女の子の格好のままだが、太造は「可愛いねぇ。姪が1人増えたみたいだ」などと言っている。太造は自分に子供がいない分、理彩たち姪や甥にいろいろしてくれる。
 
「こんなに可愛いんだし、本当の女の子になっちゃってもいいんじゃない?」
などと太造まで言う。
 
「私こないだパソコンでちょっと写真の整理してたんだけど、ふと気付いたら男の子の格好した命(めい)の写真って全然無いのよね。みーんな女の子の格好したのばかり」
「うーん。日常の9割くらいは男の子の服を着てると思うけどなあ」
「9割も男の子してない気がする。いっそ学校にも女子の制服で通って来ない?」
 
太造は夏休みだし、少しくらいおしゃれもいいでしょ?などと言って、理彩と命(めい)に、お揃いのイヤリングを買ってくれた。イヤリングをするのは初めてという命(めい)に理彩が付けてあげたら可愛い! ふたりでイヤリング付けているところを太造に写真撮ってもらったが、やっぱり私、命(めい)を自分の彼女にしたい!と、理彩はあらためて思った。
 

そしていよいよ講習も12日金曜日で終了する。ほんとに密度の高い2週間だったなと理彩は思った。
 
講習が5時限目18:50で終わった後、命(めい)と理彩は、千草、麻矢なども含めて女の子8人のグループでサイゼリヤに行って夕食兼8月前半講習の打上げ兼情報交換会をした。8人の内2人は後半の講習にも出るらしいが、千草などは後半は高校の補習の方に出ると言っていた。
 
「いいなあ。私たちの高校は補習が無いから」と理彩。
「うちは補習あるけどレベルに問題があるから後半は自宅でZ会やってる」と麻矢。「私たちも後半はZ会と進研ゼミだね」と命(めい)。
 
「でも理彩ちゃんのレベルなら、医学部専門コースを受講しても良かったのに、何でこちらの一般コースを受講したの?」
「ああ、それは命(めい)と一緒じゃないと、嫌だから」と理彩。
 
「・・・・ね、マジでもしかしてふたりって恋人?」
「うーんとね。私は別に恋人とは思ってないけど、命(めい)は私のこと恋人と思っているみたい」と理彩。
「好きって何度か告白してるけど、理彩は返事くれない」と命(めい)。
「きゃー」
 
「でも、私たちの関係が何かとかの話については、受験終わるまで一応封印しておこうって言ってるのよね」と命(めい)。
「ああ、確かに今の時期にあまり恋愛とかやってられないもんね」
 
「だけど、命(めい)ちゃんから理彩ちゃんへの片思いという見解にしては、理彩ちゃんも命(めい)ちゃんと同じコースでないと嫌だったのね」
「まあ、そのあたりは深く突っ込まないということで」
 
「ああ、でも女の子同士の恋愛ってのもいいなあ」と麻矢。
 
「取り敢えず、洋服を共用できるのは便利よ。私たち、相手の下着でも洗濯せずにそのまま着ても平気だけど、一応緊急の時以外は下着は共用せずにアウターだけ共用することにしてる」と理彩。
「なるほど、その線がいいかもね」
 
「でも確かに男の子の恋人とは、服の共用はできないよね」
「無理矢理共用するのもいいかもよ。彼氏にスカート穿かせるのとか楽しそう」
「ああ、楽しいかも!」
 
命(めい)はただ笑っていた。
 
「あと、トイレに一緒に並べるのも女の子同士の便利な所よ。長い列ができてた時に、恋人が男の子だったら『きゃー待たせちゃう』と思っちゃうけど、女の子同士なら待ちながらずっとおしゃべりしていられるもん」と理彩。
「あ、それ凄く便利かも!」
 
命(めい)は何だかんだ言いながらも、理彩ったら自分たちは恋人とほとんど認めてるじゃん、と思いながら会話を聞いていた。
 

予備校の夏期講習から帰った後、ふたりは毎日どちらかの家で一緒に勉強していたが、8月21日(日)には模擬試験があり、命(めい)たちの学年では大学への進学を考えている子ほぼ全員でK町の会場まで受けに行った。人数が多いので、スクールバスを出してもらっての移動であった。
 
受験者は男子16名・女子10名で、それに付き添いの先生1名(理彩たちの担任のH先生)と保護者代表の合計28名、それに運転手さんも入れて定員ジャストであった。先生は男女とも偶数だから、それぞれ男同士・女同士で隣り合って座れるな、と思っていたのだが・・・困った子たちがいた。
 
「なんで、理彩と命(めい)が並んで座るのよ?」と春代。
「私たちはいつも一緒だもん」と理彩。
「そこで男女で座られると、どこかにしわ寄せが行くんだけど」
「春代、香川君と座れば?」
「あ・・・・」と言って春代が香川君を見ると、彼はむしろ春代と一緒に座りたがっている雰囲気。
「そだねー」と言って、二人が並んで座った。
 
先生が人数を確認するのに後ろまで来ると、その一角だけ男女で座っている。「なんで、お前らだけ男女なの?」と先生が訊くと、理彩が
「あ、命(めい)は女子ですから、ここは女同士です」と答え、春代も
「そういう訳で、最後男女1人ずつ余ったので一緒に座りました」などと言った。
 
先生も命(めい)の女装は何度も見ているので「ま、いっか」と笑って、自分の席に戻った。
 

春代と香川君はこの時期までは本当にふつうの友だちだったようであるが、この頃から少し良い雰囲気になって来た感じもあった。
 
命(めい)たちの村から試験会場のあるK町までふだんなら1時間半ほどなのだが、その日は途中の国道が混んでて2時間以上掛かった。試験の時間には余裕を持って出ているのでよいのだが、さすがに疲れるしトイレ休憩もしたいということで途中の道の駅で休憩することにした。
 
そこまでの1時間に結構親密になった春代と香川君が、少しじゃれ合いながら歩いていた。その時、香川君が何かきつい冗談を言ったようで、春代が「やだ!」などと言って香川君をどついた。
 
が、その場所が悪かった!
 
ちょうど水路を渡る橋の上だったので、香川君はバランスを崩して、水路に落ちてしまった。
「あ、ごめん!」
「大丈夫、大丈夫」と言って、すぐに上がってくるが、ずぶ濡れだ。
「お前ら、何やってんの?」と先生も駆け寄ってきた。
 
「わあ、びっしょりだな」
「このままじゃ、いくら夏でも風邪引いちゃうかも」
「ごめんなさい」と春代は半泣き顔。
 
「誰も着替えなんて、持ってないよな?」などと言っていた時、理彩が
「私、女の子の服なら1セット持ってるけど」
などと言い出す。
 
「さすがに女装は勘弁」と香川君。
「あ、分かった!」と理彩。
「命(めい)、今着てる服を香川君に貸してあげなよ。それで命(めい)が私の持ってる服を着ればいいのよ」
「ああ、なるほど!」と周囲から声があがる。
 
「それがいいみたいね。香川、僕の着てる服でもいい? 一応下着は出がけに換えたばかり」
「うん、助かる」
 
という訳で、まず理彩の持っていた服を持って、命(めい)が女子トイレに行き着換えて来た。そして命(めい)が脱いだ服を香川君が持って男子トイレに行き着換えて来た。香川君の濡れた服は、道の駅のショップでビニール袋を買ってそれに入れた。
 
「理彩、助かったよ。ありがとう」と春代。
「ふざけるのも場所考えてね」
「でも、理彩、何のために予備の服なんて持ってたの?」
「命(めい)を女装させるために決まってるじゃん」
「やはりそうか」
「予定調和だなあ」
 
「でも、命(めい)、今平気で女子トイレに入っていったね」
とひとりの子が言うが、
「命(めい)って、学校でも時々女子トイレにいるよね」
などと、別の子に言われて、可愛いマリンルックのパーカーと膝上スカートを穿いた命(めい)は頭をポリポリと掻いた。命(めい)を女子トイレに連れ込んでいるのは主として理彩と春代であるが、たまにちゃっかりひとりで入っている時もある。
 
試験場で、係の人が受験票と受験者の確認に回ってくる。命(めい)は受験票の性別は男になってるし、何か言われないかな、と思ったが何も言われないのでほっとしたような拍子抜けしたような気分だった。
 
そのことを休憩時間に、隣の席になった春代に言っていたら、春代が命(めい)の受験票を見て「あれ?」という。
 
「命(めい)の受験票、性別、女になってるけど」
「え? あ、ほんとだ。なんでだろ?」
「申し込む時にチェックし間違ったんだろうね」
「ほんとに間違い? わざと女の方をマークしたんじゃ?」
 
「でもこれじゃ、男の服では受けられなかったね」
「予定調和すぎる!」
 

10月。春の祈念祭と並ぶ、この村の大きな祭り・秋の燈籠祭が行われる。ふだんの村は、18歳以下と60代以上が大半。という、いびつな人口構成なのだが、この時期は普段都会で暮らしている「若いもん」たちが村に戻ってきてたくさんの燈籠が飾られた9台の屋台を曳いて回る。
 
むろん都会から戻ってくる人たちも多いが、中高生なども、屋台を曳く戦力としては貴重である。命(めい)たち高校3年生も、就職活動や受験勉強に忙しい時期ではあるものの、当然のように戦力として駆り出される。命(めい)もその日、法被を着て、詰所に出かけようとしていたのだが・・・・そこに神社の宮司さんから電話が掛かってきた。
 
行ってみると、理彩も来ていて、何やら巫女さんのような衣装に着替えている。他に宮司さんの三女で大学生の梅花さんも同じ衣装を着ている。
 
「あ、命(めい)君もこの服に着替えて」と言われて理彩と同じ服を着る。
 
着替えている時に「なんで女の子の下着を着てるのよ?」と理彩から突っ込みが入ったが「それは好都合です」と宮司さんからは言われた。
 
「実は3人でちょっと那智まで行ってきて欲しいんですよ」
「那智って、熊野のですか?」
「そうそう。うちの神社は那智大社の系統にあるんです。神社組織上の系統ではなく、霊的にね」
「へー」
 
「燈籠祭りの大燈籠に付ける火は鏡で太陽光線を集めて作るんですが、その火を那智に納めてくるよう、お告げがあったんです」
「ああ、毎年する訳ではないんですね」
「そうそう。これやるの8年ぶりなのですが、その使者として、君たち3人が指名されたんです」
「わあ」
 
「梅花は8年前と12年前にも使者をしたんですけどね」と宮司さん。
「わあ、懐かしいと思っちゃった」と梅花さん。
「でも、本来、この役目って女性3人ですよね」と理彩。
「そうそう。だけど、命(めい)君がトップに指名されたんだよね」
 
「それで、僕もこういう巫女さんみたいな衣装なんですか!」
「そうなんだよ。田植え祭りの時の早乙女姿を見て、神様が命(めい)君を気に入ったのかも」
「神様的には命(めい)は女の子なんだね」
 
命(めい)が後で神様(理龍)に聞いた話では、この時期既に神様の卵子が命(めい)の身体の中に宿っていたので、燈籠祭りの激しい屋台の動きをさせるのを避けるために使者に指名したのだということだった。その年にこの神事をしたのは神様の交替があるため。8年前の神事は、それまで那智に籠もっていた円龍神を村に迎えるためだったらしい。通常は辰年の前年(卯年)にすればいいらしい。
 

拝殿の中に入り、宮司さんと、巫女衣装を着た宮司の奥さんにお祓いをしてもらった。
 
その上で神社境内に燃えている大燈籠から、今年の祭りの祭主さんの手で火が移動用のカンテラに移される。それを今回の使者の代表である命(めい)が受け取った。
 
宮司さんの名代で奥さんが運転する車に3人が乗り込み、那智に向けて出発。途中2回の休憩を入れて8時間のロングコースである。使者とはいっても途中はくつろいでいれば良いということだったので、4人でおしゃべりしながらの行程であった。ただし、使者をしている間は往復とも肉・魚が食べられないということで、昆布おにぎり、お稲荷さん、野菜の煮染め、などをその日の朝、急遽作ってお弁当に持って来ていた。
 

朝出発して那智には夕方着いた。火納式は深夜にやるということで、火をいったん燈籠に移して一行はいったん神社の施設で仮眠させてもらう。そして23時頃に起き出し、23時半に向こうの禰宜さんに先導されて秘儀の場に向かう。
 
燈籠の火をそこにある3つの松明に命(めい)の手で移す。そしていったんこちらの燈籠は消す。各松明の下の供物台に、持参したお酒とおにぎりを1つずつ置いた。(おにぎりはお弁当用とは別に特別な手順で作ったもので米も精米してない玄米)
 
名代である宮司の奥さんが祝詞を奏上する。それから理彩が祈年祭の時に舞う巫女舞を奉納した。本来は使者は全員村の女性なので巫女舞を覚えているから、代表者が舞うところを、命(めい)はこの舞を知らないので、理彩が代行したのである。
 
深夜の松明の前で幻想的な舞を舞う理彩の姿が美しい。命(めい)は理彩が舞っている間に、とても大きなものが、自分たちを包んでいるのを感じた。元々の那智の水分あふれる空気もあるせいだろうか。命(めい)はなにか瑞々しいものの中に自分たちがいるのを感じた。
 
舞を奉納したところで、3人の使者は各松明の下に正座し、2つ拍手をしてから供物台のおにぎりを取って頂く。この神々しい場で食事をすることで、使者は神と一体になる。それから目の前の松明の火を各々がトーチに移し、3人で集まって、同時にひとつの新しい燈籠に火を点けた。これで3つの火がひとつにまとまる。
 
トーチと松明の火を消して神社の施設に戻る。そして朝までまた仮眠する。
 

翌朝の日の出の直後、燈籠の火を新しい移動用カンテラに移した。行きと帰りで使用する燈籠とカンテラは別の物を使用する。命(めい)はこれは火を納めるというより、何かを迎える儀式だと確信した。
 
夕方、村に帰着する。
 
燈籠祭りの屋台は通常は9台なのだが、この火納式をした時だけ特別にあと1台の屋台が出される。命(めい)たちはその特別な屋台の最上段の燈籠に、那智から持ち帰った火を点灯した(燈籠は現在基本的に電気式だが、最上段の燈籠のみ本当に火を使う)。更に神社の境内に置かれた大燈籠の横にもうひとつ別の大燈籠が設置されていたのにも火を移した。ふたつの大燈籠が並ぶのも、この火納式をした年だけである。最後に拝殿内に特別に置かれた3つの小さい燈籠にもその火を移してから、カンテラの火は消した。
 
3人はそのまま巫女装束で祭りを見守り、夜中の0時から2時まで掛けて10台の屋台が交替交替に神社の境内に入り、拝殿前まで来ては木遣歌を奉納するのを拝殿の中で眺めていた。
 
夜2時、最後の屋台(火納式の時だけの特別の屋台)で木遣歌が奉納されたので祭りは終了する。屋台の火が消され、大燈籠の火も消され、拝殿内の3つの小燈籠の灯りだけになる。この燈籠はこの後1週間点けっぱなしにするらしい。使者の3人はその小燈籠の前に座り、宮司さんの祝詞奏上で、役目を解かれた。
 

お勤めが終わるとすぐに理彩が「お肉食べたい!」と叫んだので、3人は普通の服に着替えてから、宮司さんの御自宅に招かれ、ストックのお肉で焼肉をして頂いた。
 
「いや、お疲れ様でした。長旅大変だったでしょう?」
「私たちはひたすらしゃべってたけど、運転してたお母ちゃんが大変だったかも」
と梅花さん。梅花も運転免許は持っているが、使者は運転出来ない。
 
「でも、8年前と12年前に、梅花さん、使者の代表を連続で務めたんでしょ?だったら、命(めい)もまた3〜4年後に使者の代表をする可能性ありますよね」
「ああ、確かに」
「じゃ、命(めい)も巫女舞を覚えようよ」
「うーん。。。。」
「本来は初潮前の女の子が覚えるものなんだけど、命(めい)はまだ生理来てないよね?」
「うん、確かに生理になったことはない」
「じゃ、そもそも巫女舞に参加する資格があったりして。それに命(めい)って巫女さん体質だしね」
「ああ、確かに。霊媒体質だよね」と宮司さん。
「命(めい)君が女の子だったら、常勤の巫女さんになって欲しいくらいだとは思ってた。うちの神社、神意を問う神事が多いから」
 
「うーん。祈年祭の巫女舞は遠慮しとくけど、舞は覚えてもいいかなと思った。昨夜の理彩の舞、幻想的で凄く美しかったし」
「じゃ、私が教えてあげる」
「えっと、今受験で忙しいから、大学の二次試験が終わった後でいいかな?」
「今覚えたら、今度の2月の祈年祭で舞えるのに」
「いや、それは若い子たちに任せておくから」
 
そういう訳で、命(めい)は翌年2月の阪大二次試験が終わった後、巫女舞をしっかり理彩から習ったのであった。練習の時は、当然のように理彩の趣味で女の子の服を着せられていた。
 
「でも今回の旅では久しぶりに女子トイレ使ったな」と命(めい)。
「ああ、確かにあの衣装で男子トイレには入れないよね」と梅花さん。「ダウト!」と理彩。
「先週、学校の女子トイレにいたじゃん」
「えーっと・・・・」
 
「だけど確かに、那智の神社の人、命(めい)君が男の子だということには全然気づいてない雰囲気だったよね」
「当然です。命(めい)は女の子ですから」
 
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【神様のお陰・高3編】(2)