【これまでのあらすじ】(1)
(C)Eriko Kawaguchi 2017-06-16
■本編
奈良県南部のE村では毎年2月の祈年祭に神社裏の禁足地で満18歳くらいの氏子が特別な踊りを踊ることになっていた。2011年2月の祈年祭でその踊りをする役として指名されたのは男子高校生の斎藤命(めい)であった。
命(めい)は高校3年生で、当時受験勉強中であり、祈年祭の翌週行われた入試に合格して大阪大学の理学部に通うようになる。ところがその年の5月から7月に掛けて、命(めい)の所に夜な夜な男が通ってきて、その度に命(めい)は一時的に女に変えられて、半ば強引にセックスされた。
男の訪問は7月上旬で終わったものの、命(めい)は自分が妊娠していることに気付いた。
命(めい)には奥田理彩という幼馴染みのガールフレンドがいて、大阪大学の医学部に通っていた。ふたりは実は中学時代からキスしあう間柄だったし、お互い将来は結婚するつもりでいたし、ふたりの関係を双方の両親も認めていた。
ただ問題は命(めい)に女装癖疑惑(?)があることと、理彩が物凄い浮気性なことであった。しかし命(めい)の妊娠というあり得ない事態に、理彩は当面浮気はしないと誓い、命(めい)の妊娠を全面的にサポートしてくれた。
命(めい)は妊娠が進むにつれ、どんどん身体が女性化し、乳房もかなり大きくなったし、ペニスは当然立たなくなり縮んでいったものの、理彩はレスビアンも楽しいなどと言って、結構命(めい)の身体で遊んでいた。理彩の提案で命(めい)はまだ多少なりとも男性能力が残っている内に命(めい)の精子を冷凍保存し、またペニスの型取りまでしておいた。
両親の許しももらってふたりはその年の12月24日、結婚し、翌日婚姻届けを出した。両親はもとよりふたりを結婚させるつもりだったので快く証人欄にサインしてくれた。
命(めい)は2013年1月16日に男の子を帝王切開で出産した。名前は命(めい)と理彩で話合い「星」と名付けた。星は命(めい)を母とする子供であるが、法的には命(めい)を父、理彩を母とする子供として戸籍に記載されることになる。ふたりは吹田市に古い一戸建てを借りて、そこで星を育て始めた。
3月の本来の出産予定日になって、昨年5−7月に命(めい)の所に通い、命(めい)を妊娠させた男が再訪し、初めて「理(ことわり)」という名前を名乗った。そして自分は神様であり、生まれたのも、やがて神様になる子供であると告げた。この村では60年に1度人間が神様と「神婚」をして次世代の神様を産むのだという。神様を出産することになる子はできたら女の子がいいのだが、祈年祭で男の子が踊ってしまうと、その子が男であっても神様を産むハメになるらしい。理自身も男の子から生まれたのだそうである。
命(めい)と理彩は学生生活の傍ら、星を一所懸命育てていたが、1年後星は「神様になるため父のいる国に向かいます」と言い残して天に昇っていった。
星の突然の昇天に命(めい)は茫然自失となり、一時は人間としての基本的なこともできないほどの状態になる。理彩は自分もショックだったものの何とかせねばと動き回り《まどか》にも何とかして欲しいと頼んだが、彼女の返事はつれなかった。
しかし1ヶ月後、星は「ただいま」と言って戻って来た。
(冷たい返事をしつつも、まどかが色々尽力してくれたようである)
本来は神様になるのに5年か10年は修行しなければならないのだが、命(めい)と理彩がさびしがっているので、最低限のイニシエーションが終わったところでこちらの世界に戻って来て「しばらくの間滞在する」ことになったのだと星は言った。修行は人間が寝ている時間帯に続けるらしい。
「しばらくってどのくらい?」
「50年くらいかな」
それで命(めい)と理彩と星は、普通の赤ちゃんの居る家庭に戻った。
理彩は星を見ている内に自分も子供を産みたくなり、命(めい)の冷凍精子を使用して妊娠した。そして2015年3月に女の子を出産。「月」と名付けた。星と対(つい)になる名前である。
命(めい)は星を産むのに1年間休学したのだが、理彩は妊娠のタイミングを調整して半年の休学で済ませた。
理彩はやがて医学部6年の課程(休学があったので通学したのは7年間)を終えて医師の国家試験に合格。府内の病院で研修医として働き始める。一方命(めい)は村に果樹園を作りたいと考えていて、理が当ててくれた宝くじと、その資金を元に星が株で増やしてくれた資産を元手に村内で農園用の土地の買収を進めた。一方で農協に数千万円の開発費を提供して県の農業試験場で桃の新種の開発を進めてもらった。また自身の育成感覚を磨くため学生時代から自分の手で桃の木を実験的に数本育てたりもしていた。
命(めい)は阪大理学部を卒業した後、名古屋商科大学の大学院(大阪の梅田にキャンパスがある)に通学して経営の勉強をし、MBAの資格を取った。そして試験的な栽培を経て2019年に農園を事業化。2020年からは商標登録も済ませた「まろひめ」のブランド名で、微農薬栽培の桃を出荷しはじめた。
桃のような甘い果実はどうしても虫が付きやすい。それを微農薬で育てるのは大変で、スタッフも通常の果樹園よりかなり多くしたし(無農薬や微農薬で米などを育てた経験のある人を含む)、大学で試作された農業用監視ロボットを巡回させるなどのハイテク技術まで使われている。命(めい)は最初無農薬を考えたものの、早々に不可能だと認識して微農薬に切り替えている。
この事業に刺激されて、村内では自主的に「まろひめ」(但し普通に農薬を使う)を育てる農家も出来、また農園や、付随する缶詰工場などで働く人が出て村は人口も増え始め、一時は廃止寸前だったバスも本数が増え、道路などのインフラも整備が進んでいった。
命(めい)と《まどか》の目的は実はそこ(村の振興)にあった。
■受験編
理彩や命(めい)は中学時代は、のんびりとした学生生活をしていた。クラスメイトの中には、良い大学に進学するため、奈良市やG市・K町などのレベルの高い高校に進学する者もあったが、理彩も命(めい)も「近いし」と言って、県内でも最低偏差値レベルで、入試の時に名前を書き忘れない限りは合格するとまで言われていたの地元の◇◇高校に進学した。
理彩たちは高校から遠い地区に住んでいるので、スクールバスのお世話になる。それで、スクールバスが出る時刻まで、図書館で勉強していた。その勉強を見てくれたのが、司書教諭の穂高先生であった。
穂高先生は、若い頃は都会の高校を多数回ってきたものの、教師生活に疲れて一時は山奥の高校に赴任した。そこで精神力を回復した先生が赴任したのが、◇◇高校だった。穂高先生は2年目に司書教諭と理科主任、バスケット部顧問のどれかを引き受けてくれないかと校長から打診され、バスケット部顧問に気持ちは傾いていたのだが、かつての教え子と再会。彼女が不良な学生生活を送っていたのが、穂高先生に諭されてから自分の人生を考え直し、人より随分遠回りをして人の倍の年数大学生をやった上で、図書館の司書になったという話を聞き、穂高先生は司書教諭を引け受けることにした。
最初は免許を持っている理科や、かつて教えたこともあった数学や英語などの質問に答えてあげていた穂高先生は、この子たちはみんな才能が高い、鍛えると伸びると直感。場所を視聴覚室に移して、授業よりハイレベルの問題を解かせたりして鍛えていく。
理彩や命(めい)が凄く勉強を頑張っているようだと気付いた、理彩の叔父・太造は、2人を費用は出してあげるからと言って、予備校の合宿講座に行かせた。大いに刺激を受けた2人だが、この時、命(めい)の性別が誤って(?)女と登録されていたので、《一緒に申し込んだ女子2人》ということで、合宿の部屋は“女性専用フロア”の同じ部屋になってしまった。
せっかく同じ部屋になったからには、セックスしようよなどと誘惑する理彩だったが(だいたい荷物の中に『初めてのSEX』なんて本が入れられていた。むろん理彩の母のしわざである)、お勉強しに来ていて、そんなことしててはいけないと抑制的な命(めい)に諭され、渋々禁欲的な合宿生活をする。もっとも命(めい)は朝起きるとしばしばあの付近をいじられた跡があったりするのには半ば呆れていた。
命(めい)は女子として登録されているものの、肉体的には男の子なので、お風呂に入るのに困った。しかしお風呂が24時間営業なので、深夜に入浴に行くことでこの問題を解決した。
もっとも、命(めい)が深夜の男湯に入ろうとしたら、ホテルの従業員さんが入浴中のところに行き当たり「お客さん、こっち違う」と言われて、結果的に女湯に入るはめになる。
見つかったら痴漢として警察に捕まるのでは?とドキドキしながら女湯に入った命(めい)だったが、いきなり女子の受講者と一緒になってしまう。ただ最初の夜に遭遇した子は極端な近視だったので、命(めい)は何とか誤魔化すことができた。
しかし2度目に遭遇したのは、普通の視力の女子たちでしかも3人であった。万事休すと思ったのだが、《円》が介入して、命(めい)を一時的に女の子の身体に変えてくれたので、命(めい)は何とか彼女たちに女の子の裸体を曝しながら浴室から脱出し、急いで服を着て女湯を出て、犯罪者にはならずに済んだ。もっともこの深夜の遭遇で「斎藤さん、本当に女なのか疑惑があったけど、間違い無く女の子だった」という噂が広がることになる。
ちなみに、命(めい)は理彩のことが好きで、他の女の子には興味が無いので、他の女の子の裸を見ても、欲情などは全く起きなかった。
命(めい)と理彩はしばしばお互いの家に行って遅くまで一緒に勉強していたが、お互いに泊まることもあった。各々の親がそもそもふたりをその内結婚させるつもりでいるので「あんたたち避妊はちゃんとしてね」などと言われ、避妊具を渡されたりしていたものの、実際にはこの時期にはふたりは1度しかセックスしていない。
しかしセックスはしないものの、ふたりはとても親には見せられないような危ない勉強の仕方をしていた。
理彩はしばしば命(めい)のおちんちんに良く研いだ医療用のメスを突きつけて問題を出し、指定秒数以内に答えなかったら去勢します、などと言っていた。そして回答が遅れると遠慮無く刃に力を入れるので、命(めい)のおちんちんは実際に少し切れて出血したりすることもあった。
「これマジで痛いんだけど」
「尿道は切ってないから排尿には影響無いはず」
「立たなくなったら理彩のせいだからね」
「その時は私が手術して立派な女の子に変えてあげるから」
睾丸をペンチで挟み、回答が遅れるとペンチに力を入れられたこともあった。これにはさすがの命(めい)もしばらく悶絶していた。
「ほんとに潰れたらどうすんのさ?」
「命(めい)は私のお嫁さんになるんだから、睾丸は無くてもいいんだよ」
などと理彩は言っていた。
◇◇高校では理彩たちが入学する1年前に、それまで工業科・農業科・生活科学科(昔の家政科)というコース編成だったのが、農業科の志望者が減り、本来は女子生徒しか想定していなかった生活科学科の男子比率が異様に高まってきた(男子生徒に調理・洋裁・栄養学・育児・児童心理学などの授業をし、洋裁ではスカートやドレスに女性用ショーツまで縫わせて男子生徒にも試着させていた!)のに対応するため、農業科と生活科学科を廃止して普通科に改め、工業科1クラス、普通科2クラスに再編成していた。
理彩たちは、その普通科2期生である。
視聴覚室の勉強会に参加していたのは、理彩たちだけでなく、その1つ上の普通科1期生たちも含まれていた。
穂高先生は、彼らを大きな町に連れて行っては本格的な模試を受けさせたり、毎週末課題を出して、それを解かせ、穂高先生や協力してくれる先生たちが採点をして月曜日には返すなどということをして、鍛えていった。
そういった穂高先生たちの努力で、この年は奈良女子大に2名、県立大に1名、県立医科大(看護学科)に1名の合格者を出した。この高校から国立大学の合格者が出たのは12年ぶりのことだった。このほか私立大学にも8名の合格者が出て、普通科1期生としては、まずまずの成績を収めたのである。
その成果を受けて、理彩たちの学年は、普通科2クラスを学年途中で再編し、特進コースが設置された。むろん理彩や命(めい)、春代たちはこの特進コースに入る。穂高先生は、この特進コースに、工業科に所属していたものの、いつも中間期末でハイスコアを出していた香川君も、転籍させた。それでこの4人が特進コースのコアになって、特進コースはどんどんレベルを上げて行くのである。
特進コースを結果的に主導することになった穂高先生は、予備校の先生を招聘して、進学先の相談をしたり、積極的に模試を受けさせたり、またこの年に新設された「倫理、政治・経済」という科目について、予備校の先生の予測内容を生徒を連れて聞きに行ったりした。
この短期講座は、実際にはK町の高校・塾との合同講座になった。そこで命(めい)たちは、中学の時の同級生でK町の高校に進学していた子と再会するのだが、命(めい)がほとんど女生徒のような状態になっているので
「斎藤君、性転換したの?」
などと訊かれた。
「別に性転換はしてないし、女装もしてないよ」
と命(めい)は言うものの、実際には、おっぱいもあれば、七分丈のパンツを穿いている。そして厚かましくも女子トイレを使用しているので、結局呼び方自体が「斎藤君」から「命(めい)ちゃん」更には「命(めい)」になってしまい、
「命(めい)は女の子と同じだと思うことにした」
などと言われていた。
命(めい)が完璧に女性化しているし、女子達に唆されて橋本正美などもかなり女装している姿をみんなにさらしていたので、理彩たちがセンター試験を受けに行く時、穂高先生はかなり部屋割りに悩んだ。
結局、命(めい)は正美、香川君、河合君と同室になる。ひとり“ノーマル”なのに命(めい)たちと同室になった香川君は
「お前達、夜中に俺を襲うなよ」
などと言っていたし、他の部屋の子から
「そちらは女装部屋か」
などと言われて
「俺は女装しない」
と香川君は文句を言っていた。
本試験の時は、大阪大学を受けるのが理彩と命(めい)だけであったこともあり、ふたりだけで大阪に出て行き、一緒にツインの部屋に宿泊した。当然命(めい)は女装である(さすがに苗字の違う男女はツインには泊まれない)。
ふたりは一応“試験が終わるまでは”セックスを我慢した。
そして理彩は阪大医学部、命(めい)は阪大理学部に合格した。
受験勉強を通して親密度が上がっていった香川君と春代も一緒に神戸大に合格したし、橋本正美は和歌山大、西川環貴は東京の電通大に合格。この年は国公立に18名も合格し、◇◇高校は特進クラスに限れば、かなりハイレベルだという評判が立つ。
その結果、周辺の地域からも◇◇高校に来る人が増えて、結果的にこの地域の教育水準が上昇し、地域振興にもつながっていくのである。
この流れを裏で導いていたのは、言うまでもなく《まどか》である。
■命理編
命(めい)と神婚した理(ことわり)を1893年(明治26年)に産んだのは奥田命理である。昔は村の組頭を務めた奥田家の三男坊であるが、男だったはずなのに妊娠してしまい、本人も周囲も戸惑った。妊娠に気付いたのは1892年(明治25年)の夏過ぎのことである。
お腹が大きくなってきてからは、ずっと屋敷の離れに住み、家の者以外と顔を合わせないようにしていた。やがて翌年3月、陣痛が来たので、何とかせねばというので村の産婆を呼んでくる。命理は自分は死ぬのは覚悟なので腹を割いて赤子を取り出して欲しいと産婆に頼んだ。しかし産婆は西洋医学で帝王切開という方法があり、医者なら母子ともに助けることができると言う。それで命理の兄の銀河が、医者のいる隣町まで走って呼びに行くことになった。この当時は車などほとんど無いし、自転車さえもこの集落には持っている人が居なかった。
ところが銀河が医者を呼びに行っている間に、いよいよ命理の体内の胎児が、産道に移動し始めた気配があった。そして、唐突に命理の股間にあった男性器が消滅し、女の陰部が出現したのである。産婆は驚きながらも、母親と一緒に命理を励まし、産婆が無事赤ちゃんを取り上げた。そして後産まで終わった所で、唐突に女の陰部は消えて、また男性器が出現した。
この奇跡の子は母親である命理から1字取って、理と名付けられた。
理は戸籍の上では、いったん命理の母親の娘(つまり命理の妹)として記載され、命理が養子にしたことにされた。さすがに男の命理が産んだという記載をすることはできなかったのである。
理が産まれて少ししてから、命理の元に1人の男がやってきた。命理は彼に見覚えがあった。彼は実は60年に1度、壬辰の年の立春後に行われる真祭で神様と踊った人は(男女を問わず)神様の花嫁となり、立夏すぎに神様の子を受胎して翌年の立春前後にその子を産むのだと説明した。そうしてこの村では60年に1度神様が産まれて代替わりしているのだということだった。命理と神婚した神様は宝と言い、祈年祭の後で引退して西脇殿に入った。現在の神様は珠で正殿にあり、命理が産んだ理が次の神様で、然るべき儀式の後、東脇殿に入る予定だと彼は告げた。彼は頻繁には命理の前に出てこられないものの、いつも命理と理を見守っているし、必要な時は助けてくれることを話した。
命理は男であるにも関わらず妊娠中にどんどん乳房が膨らんでいて、理を出産した後は、ちゃんと母乳も出たので、理は命理の母乳で育てられた。命理は特に「女になりたい」気持ちも無かったのだが、男の服を着た命理が理に授乳している姿は、かなり奇異に映ったので、その内開き直って、女の服(当時は和服である)を着るようになった。
そうすると、女の姿の命理が赤ちゃんを抱いている図には違和感が無く、村の人々は、命理はきっと男の子を装っていたけど、本当は女の子だったのだろうと噂した。もっとも命理は実際には男の子なので、子育てについては全く分からず、本当に悩んだ。それを助けてくれたのが、命理の尋常小学校の時の友人の妹であった阿夜(当時16歳)で、最初は時々顔を見せて手伝ってくれていたのだが、命理が本当に「女の素養」が無く、非常識なことをするのに呆れ、「そんなことしてたら赤ちゃん死んじゃうよ!」などと言い、結局ほとんど泊まり込んで赤ちゃんの世話をしてくれるようになった。
それで理は実質、命理と阿夜の2人に育てられたのである。
理は星と同様、産まれて1年経った所で一度昇天し、この時は命理も阿夜もショックで一週間くらい、御飯も食べられない状態に陥った。しかしやはり1ヶ月後に「お前のお母さんが生きている間は地上でお世話しなさい」と言われたと言って、戻って来た。
ふたりは泣いて理を抱きしめ、なおいっそう慈しみ育てていくことになる。
なお、当時日本には徴兵制度があり、命理もその年、満20歳(数え21歳)になったので、徴兵検査に一応(女の服を着たまま)行ったものの、入口の所で「ああ、命理ちゃんは女の子だから、徴兵検査は受けなくていいよ」と言われてそのまま帰ってきた。
命理は徴兵免除者名簿に「女子につき免除」と書かれたらしい。
命理が22歳・阿夜が18歳の年、ふたりは祝言をあげた。この祝言では命理は紋付き袴、阿夜は白無垢を着たものの、命理は女が男装しているようにしか見えなかった。
命理が一応戸籍上は男になっているので、ふたりの婚姻届は受け付けられた。そして翌年ふたりの間の娘・美智が産まれた(阿夜が産んだ)。
そもそも婚姻届を出す時にも役場の戸籍係は「命理ちゃんって女の子じゃないの?」と疑問を呈していたので、美智の出生届については「ほんとに命理ちゃんの種なの?」と念を押されたものの、命理があらためて宣誓書を書き、命理の父も一筆書いたので、美智の出生届は受け付けられた。
それで村では「命理ちゃんって、ひょっとしたらふたなりなのでは?」という噂が立った。
1906年(明治39年)に神社合祀令が出され、1つの村には神社は1つだけにせよという指令が発せられた。E村でもそれまで5つあった神社の内4つが破壊され、強引にN神社に合祀されてしまった。N神社の禰宜(ねぎ)辛島槙雄はこの政策に協力的でないとして解任され、翌年中央から、新しい宮司(ぐうじ)が送り込まれてきた。
新宮司はN神社の御祭神を勝手に皇室に関わりのある神に書き換えてしまい、祈年祭・燈籠祭などの廃止を宣言、神輿や燈籠なども全て破壊してしまう。そして神社の裏の禁足地に勝手に立ち入り、そこに結婚式場を建てた。
辛島らは抗議するが、逆に辛島自身が村外退去命令を受けてしまう。結局、命理の口利きで、辛島一家は宇治山田に住む奥田家の分家の所に待避した。
新宮司が来て以来、村は不作が続き、天災も相次いだ。崖崩れで半年孤立したりもしたが、陸軍が救援隊を組織して村に食糧を届けてくれたため、何とか助かった。
村の水源となっていた池が干上がり、ご神木が倒壊。そして不作続きで村は困窮するが、奥田家、石田家などの有力な家が、自身の財産を処分して村人の救済に当たったため、死者は出さずに済んでいた。この期間に死んだのは、宮司が禁足地に立てた結婚式場で式を挙げた夫婦(結婚式の翌朝死亡)くらいであった。当然、この後この結婚式場で式を挙げようとする者は無かった。またこの結婚式場を建てた大工の棟梁がまだ50歳なのに半年後に病死、関わった大工や鳶職たちの家にも不幸が相次いだ。
命理はN神社で神輿が破壊された時、その「コア」を密かに回収しておいた。そして、祭神の書き換えが行われた後、破壊されたS神社の跡地に行き、理の指示に従って結界を作った後、神輿のコアを3つ、理の指示通りの場所に埋めて神籬(ひもろぎ)とし、そこで密かに神を召喚する秘法をおこなった。
この秘法は命理自身の寿命20年分と、自分の生殖器を捧げるという禁法であった。命理は自分が気絶した場合に供えて阿夜と2人の兄に付き添ってもらい、そこで禁断の祝詞を奉じて自分の寿命20年分を献げるとともに、自分の男性器を切り落とした。実際には切り落とす途中であまりの痛さに気絶してしまったので、予め頼まれていた銀河が命理の手を取って完全に切り落としてあげた。
銀河が手伝ってあげた時は物凄い出血をしていたのに、全部切り落としてしまうと不思議と出血が止まり、更に不思議なことに命理の股間は女のような形に変わり、命理自身も意識を取り戻した。そして上空に三体の龍が出現し、命理の唱える祝詞に呼応するかのように降りてきて、命理が作った神籬の所に納まったのである。
こうして三柱の神(先代の神・宝、今の神・珠、次の神・理)は村に戻ることができた。
銀河たちはこの場所に農機具などを置いてカモフラージュ。神籬が他の人には気付かれないようにしていた。
そして三柱の神はこれで居場所を確保することができ、この神がこの時期、村を何とか守っていた。ただ、ここは村に恵みを与えるのに必要な吉野の山の龍脈のエネルギーを得られる場所ではないので、神様たちにも影響を及ぼせる限度があり、災害や不作を完全には防ぐことができなかった。
命理は三柱の神に少しでもパワーを与えられるように、毎夜密かにN神社の裏手に行っては、S神社跡に行って、神を祝福する歌と舞を捧げた。この作業は裸で行わなければならないので、命理は理の出産で膨らんだ乳房、秘法を行ったために女のような形になった股間という状態で裸で自宅からN神社→S神社跡という行程をしていたが、この途中の命理を見た村民も多かった。見た目は裸の女にしか見えないので、つい欲情を覚えて命理の後を付けた男もいたが、みな命理がS神社跡地で神秘的な歌と舞を捧げる姿を見ると、その神々しさに圧倒されて“彼女”を襲う気にはなれなかったという。
しかし多数の村人がこの命理の姿を見たことで、命理はやはり本当に女だったんだという話が広まるととともに、その命理が何か秘法のようなもので村を守ってくれているようだという話にもなり、爆発寸前の村人たちも我慢を続けていた。
宮司が着任したのが1907年(明治40年)だが、村は翌年から1912年(明治45年=大正元年)まで不作が続いた。その1912年の夏にはついに堤防の決壊で死者まで出た。
命理は阿夜の兄、および命理の2人の兄と手分けして危険な家の戸を叩いて回って危ないから逃げるように言って回ったのだが、元々今の宮司に協力的で「守旧派」の命理たちに反感を持っていた家は警告にも関わらず避難しなかった。そしてその一家3人が決壊した堤防からあふれ出た濁流に呑まれて命を落としたのである。
とうとう死者が出たことで、村の若者たちの間に不穏な空気が流れた。
11月。宮司が突然行方不明になった。
県警から刑事たちが来て村人に事情を聞いてまわったものの、誰も宮司のことは知らないと言った。警察では単純な事故の類いとは思えなかったものの、誰も何も言わないのでそれ以上の捜査のしようがなく、結局事件性は無いということになってしまい、宮司は失踪として処理された。
神社局では後任の宮司は発令せず、N神社は取り敢えず宮司空席ということになった。
明けて大正2年の2月、村の主立ったものが集まり、祈年祭を実行しようと話がまとまる。この6年ぶりに行われた祈年祭では、禁足地が使えないので、神社の前のそれまで巫女舞を奉納していた場所に幕を張って外から見えないようにして真祭をおこなった。この年は命理(40)が神との踊りを踊った。
この年の踊りは2時間も続き、村は6年ぶりの豊作となって、村は救われた。更に翌年は理(21)が踊った。
その年の3月、宇治山田に待避していた辛島家の孫息子・宣雄が神宮皇學館を卒業して宮司の資格を取った。奥田家などの根回しにより、彼が空席になっていたN神社の新しい宮司に指名され、辛島家はE村に戻ってきた。前年村長も新しい人に交替していたので、村はやっと正常化することになる。
辛島宣雄は村の主立った人たちと話し合い、ここ2年間、私的に行われていた祈年祭を正式に神社の行事として復活させた。そしてS神社跡に密かに祀られていた三柱神を、N神社に復帰させることにする。
まずはN神社に元宮司が祀っていた皇室系の神を、境内に新たに建てた太陽社に神座ごと遷座させた上で、改造されていた神殿を元の形に作り直し、そこにS神社跡から三柱神を新しく作った3つの神輿に乗せて招き入れた。
S神社跡はN神社の行宮(あんぐう)の名目で鳥居と祠を建てた。またN神社の元の場所と伝えられていた場所(通称K神社)にも「元宮」の名目で鳥居と祠を建てた。
禁足地に建てられていた結婚式場については慎重に解体作業をおこなった。
結婚式場の建設工事に関わった者がみんな不幸になったこともあり、最初はなかなか解体工事をしてくれる職人が得られなかったが、高額の報酬の提示でやっと、してくれる棟梁が見つかった。彼らには1週間前から工事が終わるまでの禁欲を指示したが、この時、命理は
「禁欲を守らなかったら、私みたいに女のような身体になっちゃうかもよ」
と脅したので
「女になっちまったら、女房から離縁される!」
などと言って、ほとんどの職人さんがちゃんと禁欲をしてくれた。
「でも命理ちゃんって最初は男だったの?」
「男だったよ〜。でもちんちん無くなっちゃった」
「ああ。やはりチンコ無くなったから、子供産めたんだろうな」
「チンコ付いてたら、どっから子供産むんだ?とよく言ってた」
「でも阿夜と結婚した時は一時的に、おちんちん復活したんだよ」
「じゃ、ほんとに美智ちゃんって、命理ちゃんの子供なの?」
「そうだよ。でもその後でまたおちんちん無くなっちゃった。だから今はほんとに女みたいな身体なんだよね〜」
彼らには絶対に指示された通りに作業をすることを誓わせて、特別なお祓いをした上で禁足地に入れたが、このお祓いを受けただけで物凄く気持ちがピュアになったとみんな言っていた。
理の指示通りの手順で建物を解体し、禁足地のいちばん奥の隅に強い結界を張り、そこで崩した木材を全て焼却した。そして神社のご神体であるべき池のあった場所を掘ったら、ちゃんと水が流れ出て神社の清流も復活した。
この工事に関わった者は棟梁以下、みんな良いことが起きた。長年子宝に恵まれなかった人に子供ができたり、家族に病の者が居たのが回復したりしたし、ずっと言葉を話せなかった息子が突然口をきくようになった家もあった。棟梁も商売がうまく行くようになり、彼の息子の代には奈良県南部でもかなり大きな工務店に発展した。
復活した清流だが、元の清流に比べると流量は少なかった。味も若干落ちたような感もあったが、理にも(宝や珠にも)これを完全に元に戻す方法は分からないということだった。
また、木材を焼却した跡は、禍々しい気を放っていたが、ここも理は手の付けようがないと言った。理は宝や珠の力も借りて、禍気が外に漏れ出さないように、厳重な結界を張っていた。
「誰かに呪いでも掛けるのには使えるんだけどね〜」
と理は困ったような顔で言った。
この場所は後に、珠の子供・円が、自分の祖母を殺し母を村から追い出した者を呪い殺すのに使用することになる。しかし円の復讐が完了した後、理の子である星が、完全浄化してふつうの空間に変えてしまった。そしてこの浄化が終わると神社の清流は、明治時代の流量と味を取り戻した。
■円編
命(めい)が神婚をした神様が理(ことわり)で、理は命(めい)が踊った祈年祭の後、神社の正殿から西脇殿に移動した(先代神様)。星は時が来たら東脇殿に入ることになっている(次の神様)。そしてそれまで東脇殿に居て、祈年祭の後で正殿に入った神様(今の神様)が円(えん)であった。
理が生まれた時は、村のみんなが「神様の子」として大事に育ててくれた。しかし円が生まれた1953年当時は、みんなが科学万能思想に毒されていた時代で、神様の子供などという話は信じてもらえず、誰もが円を産んだ多気子をふしだらな女だと非難して、母子は逃げるように村を出た。
更に多気子が元々いい加減な性格で育児も適当であったことから、円は生まれて1年もしない内に死んでしまう。
円は神様なので、肉体が滅んでも平気なのだが、1歳になって昇天して修行を始める前に死んでしまったのは誤算だったし、肉体が無いためE村の神殿に入る儀式ができなかった。それでも大きな存在の力で円は昇天させられ神様としての修行を積んだ。但し大きな存在の力をもってしても、正式の儀式を経ていない円はE村の神様になることはできない状況だった。
円はやがて修行を終えて地上に戻るが、肉体が無いので霊体だけの状態である。取り敢えず母・多気子の近くにいたが、多気子には見えない。ところが多気子のボーイフレンドの伯母で霊能者の西沢公子が円の存在に気付き、自分の家に連れ帰った。そして円を実体化させ、普通の子供のように育て始めた。
この時まで円は男の子の姿を取っていた。しかし多気子を裏切った多数の男を見て、男というものに嫌悪感を持っていた円は、「男は嫌いだから女になろうかな」と言って、女の子の姿に変更し「西沢まどか」と名乗るようになった。「まどか」は「円」の訓読みである。
まどかは女の子の姿で居るのが気に入ってその後ずっと女の子として暮らすようになる。彼女によると元々自分には性別などと言うものは無く、男の子の形を取るのも女の子の形を取るのも方便(便宜上のもの)にすぎないという。
「だったらふだん女の子してても時々男の子になって、おちんちんで遊ぶのもいいかもね」
と公子は冗談半分で言ったものの
「私たちは男の子の機能は120歳になって次の神様を作る時まで使えないことになっているのよ。だから、ちんちんいじっても全然気持ちよくないし、立ったりもしないんだよね〜。あれはおしっこに使う以外は、ただの肉片。大きなイボのようなもの。でも女の子でいる時は、ちゃんとおマメさんで遊べるよ。妊娠出産もできるらしいよ」
「ということは、あんたたちって実は基本は女の子なのでは?」
「うーん。それはひとつの見解かも」
まどかは普通の女の子として小学校、中学高校に通った。やがて大学にも進学するが、1972年、公子が癌で死去すると、まどかは公子を救えなかったことから医学の道を志し、医科大学の編入試験を受けて転学した。そして医学生としての日々を送るようになる。
この頃、まどかは高校の後輩だった西川春貴と再会した。ふたりは通学の電車でしばしば一緒になり、親しくなっていったものの、なかなか「恋人」という段階までは到達しなかった。そして8年後、春貴は別の女性と結婚してしまう。春貴はその女性との間に2人の子供を作った。
一方まどかは1977年に医師の資格を取り、1994年まで都内の病院に勤務した。外科部長まで務めたものの、院長になってくれと言われたので、そんな面倒なことしたくないと思って退職し、一時はコネを頼って和歌山県の小さな病院に勤務していた。まどかは多数の男性医師から求婚されていたし、見合いの話も多数持ち込まれていたものの「ずっと好きな人がいるから」と言って断っていた。
1991年。
西川春貴(37)は会社をリストラされ再就職もできず、妻にも離婚され、子供の親権も妻の側が持って面会もさせてもらえないという状況に追い込まれていた。それで自分の人生に絶望し、自暴自棄の乱れた生活をしていた時、まどかに再会した。
まどかの助言で春貴は条件のいい再就職先を見つけることができた。そしてふたりの仲も復活した。2年後、まどかは春貴の子供・環貴を出産した。
なお、まどかは妊娠中も医師として勤務していたが、まどかは神様なので、妊娠中は自分のエイリアスを職場に置いて妊娠を周囲に気付かれないようにしていた(正確には“まどか”自身も円のエイリアスである)。出産は母の住む名古屋の病院でしたので、多気子は孫の顔を見ることができた。
さて、E村のN神社では円が村に戻ってこられない状態になってしまっていることから残りの2人の神様の負荷がどうしても大きくなっていた。1995年春、円のことで心労も重なっていた円の父・珠が消滅してしまう。
つまりこの時点で本来三柱の神がいるべきN神社には理1人だけしか居ない状態になってしまった。すると本来3人でやるべき仕事を理1人でしなければならない。その負荷に耐えられずに残った1人の神様まで消滅してしまうと村には守り神が居なくなってしまう。そうなると村は10年もしないうちに崩壊してしまうだろう。
N神社の宮司・辛島利雄はこの状態に気付き、何とかしなければと考えて、古い文書を発掘。村に戻れない状態になっている東脇殿の神(円)を召喚する儀式を行った。
これは術者の20年分の寿命と、生殖器を捧げる秘法であった。
(実際には1柱の神のみを召喚するには、生殖器自体を献げる必要はなく、その能力のみ献げればよいとして、切り落とした生殖器は円が戻してくれた。また献げる寿命も10年で良かった)
しかしこの儀式によって円はやっと村に戻ることができて、東脇殿に入った。そしてこの後、星が生まれるまで、村は理と円の2人の力で守られることとなった。円は理の数倍のパワーを持つので、理の負荷は著しく軽減されることとなった。
辛島宮司の寿命は実は20年どころか10年も残っていなかったので、本来は召喚儀式をした時点で絶命するはずだったのだが、円が「サービス」で1年くらいだけ生かしてくれた。また円は人間体“まどか”の姿でよく宮司の前に現れたので、宮司は色々な相談事を彼女にしたが、円はパワーでは理を遙かに凌駕するものの、理ほど親切ではないので、結構ドライな対応をした。宮司はまどかのご機嫌を取るのに苦労した。
その相談事の中に斎藤家の息子が病弱でしょっちゅう熱を出したりしているのを何とかできないかというのがあった。まどかは「そういう子には女の子の服を着せて育てるといい」と助言した。
それから少し経った頃、まどかは神社の境内で遊ぶ“ふたりの女の子”を見たが、よく見ると、ひとりは女の子の服を着た男の子だった(命と理彩である)。それでまどかは「ああ、これが先日宮司が言っていた子か」と思い至る。そしてあらためてその子を見ると、ほんとに生命力が弱々しい。これでは明日死んでもおかしくないと思った彼女は、その子に少しだけエネルギーを注入してあげた。
結局これがきっかけとなって、まどかはしばしば命(めい)と理彩に関わるようになる。命(めい)は霊媒体質でもあったので、まどかはしばしば命(めい)の中に入りこんで、実際の肉体が無いとやりにくい作業を命(めい)の身体を使って実行したりもしていた。
そしてまどか(円)の干渉のおかげで、1〜2歳頃は今にも死にそうなほど病弱だった命(めい)は無事小学生になり、やがて中学、高校と進学した。命(めい)は年齢が進むにつれ、どんどん丈夫な身体になっていった。
命(めい)は小学校にあがるまで女の子の服を着せられていたことと元々の性格もあったようで、小学生になってもしばしば女装していた。それを理彩も結構唆していたし、母も容認していた。
それで振袖を着てモデルになってみたり、本来女の子だけでやることになっている神事に参加させられたりもしたし、理彩は命(めい)が自分の家に遊びにくると、しょっちゅう女装させて女の子同士の友だちのように遊んでいた。理彩の部屋にはいつも命(めい)用の女の子下着やスカートなどが置かれていた。
それで命(めい)の友人たちの中には女装の命(めい)を見たことのある子も多く、友人たちは命(めい)のことを「女の子になりたい男の子」なんだろうなと捉えていた。実際本人も
「女の子になりたいけど理彩と結婚したいから男の子のままでいい」
などと言っていた。それに対して理彩は
「命(めい)が女の子になっても結婚してあげるよ」
と言っていたが、それはやがて現実となった。
また円も面白がって、よく命(めい)を女の子に変えたり、あるいは命(めい)と理彩の性別を入れ替えたりして遊んでいたし、命(めい)の中に入り込む時はわざわざ女の子に変えてから入り込むようにした。命(めい)は女の子に変えられている間、嬉しそうにしていたが、理彩も男の子に変えてもらうとその状態を楽しみ、立ち小便してみたり、いじってみたりしていた。
そういうわけで命(めい)は小さい頃から女の子の性器の構造に熟知していたし、理彩も男の子の性器の仕組みに熟知していた。そして実はふたりの最初のセックスは男の子になっている理彩が女の子になっている命(めい)に入れるという形で行われた。この時、きちんと避妊しなかったので命(めい)は緊急避妊薬を飲まされ、副作用に苦しむハメになる。
ところで実は命(めい)が小さい頃に死にかけて円の力でも助けきれないと思われた時、円は窮余の策で、命(めい)の“胴体部分”を本人の「裏側」で休眠していた、健康な女の子の身体と交換していた。それで実は命(めい)は、手足・頭・男性外性器以外は女の子になっていたのである(実は前立腺も無かった)。卵巣・子宮があるので命(めい)は思春期になると生理まで起きて、本人も甚だ当惑した。但しバストの発達は円の力で18歳で妊娠してしまうまで抑制していた。しかし卵巣があるので実は命(めい)の骨格、特に骨盤は女性型に発達しており、これが後に星を産む時に役立つことになる。
ふたりが結婚した時、命(めい)は妊娠中だったので男性機能は一時的に消滅していたが、理彩は元々女の子の命(めい)が好きなのでふたりは実質レスビアンの夫婦のようなものであった。星を出産後セックスを再開した時も基本的に理彩が男役を務めていた。ふたりはじゃんけんで男役を決めたりしていたが、だいたい理彩がじゃんけんに勝つことが多かった。
理彩と命(めい)が星を育てるのに一戸建ての家を借りたのは、ふたりがまだ学生の身であり、昼間は学校に通うので、その間、理彩の母と命(めい)の母が交代で大阪に出てきて、星の面倒を見てくれることになったからである。それで、母が寝泊まりする部屋、星の面倒を見る部屋、星の泣き声などに煩わされずに勉強に集中できる部屋と考えると、どうしても3部屋必要ということになり、3DKのアパートを探していた時、不動産屋さんから、安い一戸建てがあるのだけどと勧められたのである。
場所はJR岸辺駅や阪急正雀駅に近い場所だが、車で5分も走るとモノレールの摂津駅に到達できる。そういう便利な場所であるにも関わらずかなり傷んでいて取り壊し寸前、区画整理の予定もあるということで、3LDKの一戸建てが5万円で借りられたのである。摂津駅からはモノレールで各々のキャンパス(命は直通で柴原駅、理彩は万博記念公園乗換で阪大病院前)に到達できる。駅までの移動のため20万円の格安中古ヴィッツを買い、摂津駅近くに駐車場も確保した。
この一戸建ては1階にLDKと6畳和室、2階に4畳半2つという構成であったが、昔風の「部分二階建て」であった。特に1階の6畳和室の北半分の上は直接屋根になっていて生活空間が存在しなかった。そこで、命(めい)はその場所に円を祭る祭壇を設置。供え物をして、朝晩祝詞をあげるようにした。ふたりがどうしてもその時刻に家に居ない時は、誰かに代わってあげてもらうようにして、絶対に祝詞を途切れさせないようにした。星が生まれてすぐの頃はまだ結構荒ぶれていた円の心が次第に穏やかになっていったのは、命(めい)のこの祭祀のおかげである。
この吹田市の家は、まどかにとっても良き休息の場となった。まどかは2013年10月にE村村内に家を確保して、黒猫のロデムと一緒に暮らすようになったが、御飯を作るのが面倒な時は、しばしばこの吹田の家に来て命(めい)たちをからかいながら一緒に御飯を食べるようになった。特に朝御飯は一緒になることが多いので、命(めい)も理彩も朝御飯はいつもまどかの分まで用意しておくようにしていた。
しかし“神様”である星を育てるのは、大変であった。まだ小さい頃の星は善悪というものが分かっていないので、理彩たちがうかつなことを口にすると、それを実行してしまい、ふたりは焦った。それで理彩も命(めい)も星の前では決して「よくないこと」は話さないようにし、それは星の世話に来てくれる各々の母にもよく言って徹底してもらった。
「一度この風呂釜いっそ壊れたら新しいのにしてもらえるのに、なんて言ったら速攻で風呂釜を壊しちゃったんですよ」
「わぁ」
「だから万が一にも誰々なんか死んじまえなんて口にした日には・・・」
「それ怖すぎる!」
そういう訳で神様を育てるには、結果的に育てる側も心正しい生活をしていくことになったのである。
命(めい)と星がショッピングセンターで同様に赤ちゃん連れの友人・媛乃と会っていた時、若い女性の悲鳴を聞いた。そちらを見ると、吹き抜けの上の階からその女性の子供かと思われる赤ちゃんが落下した所だった。
命(めい)は星に『助けてあげて』と言った。それで星は赤ちゃんの落下速度を落とし、落下地点近くに居たスポーツ選手っぽいがっちりした体格の男性を赤ちゃんが落ちてくる真下に瞬間移動させた。
男性は反射的に赤ちゃんを受け止め、赤ちゃんは助かった。媛乃などは「運の良い子だね〜」などと言っていたが、星は命(めい)に尋ねた。
『ああいうの、全部助けてあげないといけない?』
星には半径数十km以内だけでも、人が落下したり事故に遭ったりして死ぬのが毎日何件も見えるのだという。確かにそれを全部助けていたらキリが無いし、助かり方が不自然になってしまうものも出てくるだろう。それで命(めい)は言った。
『気が向いた時だけ助ければいいと思う』
『気が向いた時って、よく分からない』
『じゃ自分の本体がいる近くで、助けを求められた時ってのはどう?』
『何だか難しいなあ』
『基本的には神様はただ見ていればいいんだよ。でもたまには助けてあげてもいい。それを人は奇跡と呼ぶんだけどね』
ある時は、理彩たちの大学の友人が自室で大量の薬を飲んで自殺を図ったのに星が気付き、命(めい)に尋ねた。
『こういうのも、ただ見ていればいいの?』
「助けなきゃ!」
と命(めい)たちは言い、彼女の住所を知っている友人に連絡して救急車を呼ぶ。その友人は、近くだから行ってみると言ったので、命(めい)は彼女や救急隊が部屋に入れるように、星に部屋の鍵を開けさせた。
星はもっと積極的に助けた方がいいか?と尋ねたが、命(めい)はここまでしたら、あとは本人の運に任せようと言った。理彩が
「私ならその飲んだ薬物を体外に移動させてとか言いそう」
と言うが、命(めい)は
「そういう自然の摂理に反することはしてはいけないんだよ。神様も宇宙の法則はちゃんと守らなきゃ」
と諭した。
その様子を眺めていたまどかは、自分も小さい頃、西沢公子に同じようなことを言われたなと思い起こし、懐かしいような心が痛むような思いだった。そして星の“意識の隙間”を狙って、自殺を図って苦しんでいる最中のその子に強い吐き気をもよおさせ、薬の大半を吐き出させてしまった。
むろんこれはあくまでも、まどかの“気まぐれ”である。まさに命(めい)が言っていた「気が向いた時は助けてあげればいい」という線なのである。
ところで理彩や命(めい)の高校時代の友人に橋本正美という子がいた。彼は女装趣味があったものの、この頃まではそれを隠していた。しかし理彩や春代たちが大いに彼に女装を唆し、それまで女装外出の経験が無かったのをたくさん女装であちこち連れ回した。それで彼はどんどん「その気」になっていった。結局彼は、大学に入ると完全女装生活になってしまう。
まどかは彼に大いに興味を持った。命(めい)がかなり女性化してしまっていたので「新しいおもちゃ」が欲しかったのである。まどかは彼を唆してまずは大学1年の時に《豊胸手術を受けさせ》てしまい、翌年には《去勢手術を受けさせ》てしまった。
どちらの手術の時も、正美は病院の玄関まで行った記憶はあるものの、そこで記憶が途切れていた。そして《手術》後は、確かにバストが大きくなっていたし、睾丸も無くなっていたものの、手術の痛みも無かったし、手術代の請求書とかも見当たらなかった。
正美は結局大学卒業前に(妊娠も可能な)完全な女の子になってしまう。
理彩や同級生が大学2年生になった2013年の夏(命は出産のため休学したので命だけ大学1年生)、みんなで成人式用の振袖を見にいこうという話になり、奈良市の呉服店に行った。この時、命(めい)は当然連れて行ったが、正美も誘惑して連れて行った。正美も成人式に振袖着てもいいかなあ、という気持ちになっていった。
そして理彩たちの保護者然として付いていった、まどかも、自分が成人式に出ていなかったということを理彩たちに話すと「まどかさんも振袖着て成人式に行きません?」と彼女たちは誘った。まどかは1953年生なので本当は2013年で60歳なのだが、神様なので容貌的には40歳くらいにも見える。それで「ダブル成人式ということでいいんじゃないですか?」と言っている子もあり、まどかもその気になった。まどかの成人式出席に関しては成人式の実行委員にもなっていた春代が話を付けて「特別参列者」として出席してもらい、記念写真にも一緒に納まった。
まどかは20歳の時、公子から振袖を買ってもらったものの、成人式前に公子が亡くなり、振袖姿を見せてあげる相手が居なくなってしまったことから、成人式に出なかった。ただ、振袖を自分で着てエイリアスを使って写真を撮らせ、現像ができたところでその写真を持って公子のお墓に持って行き、公子に成人の報告をし、涙を流した。
それから40年、振袖を着る機会も無かったものの、自分が散々苦労して育ててきた命(めい)の成人式であれば、一緒に振袖を着てもいいかなという気分になった。
まどかは40年前の振袖を出してくると、お正月の年始詣でにその振袖を着て、成人式には命(めい)たちと一緒に作った振袖を着た。
西川環貴は、物心付いた頃から、お母さんというのはうちに通ってくる存在であった。奈良市に住んでいた幼少の頃はだいたい朝出かけて行って夕方帰って来ていた記憶があるものの、高槻市にいた小学1−2年の頃は平日は居なくて土日だけ一緒に過ごしていた。名古屋市に居た3−4年の頃も似たペースだったが、父の転勤で東北の気仙沼で過ごした5〜6年生頃は月に1度くらいしか来ず随分寂しい思いをする。当時、環貴は両親は離婚したのだろうかと思っていたという。
九州の太宰府に居た中学生時代も月に1〜2度、週末や連休に家に来ていた。
両親は手紙で連絡を取り合っているようで、この手紙が1日おきくらいに来て、その一部は環貴に当てたものだった。環貴も母に手紙を書き、父はそれを自分の手紙と同封して母に送っていた。
しかし母からの手紙には「西川まどか」という名前だけが記載されており住所は書かれていなかった。また父は母への手紙の宛名を決して環貴が居る所では書かなかった。
高校時代、環貴はE町に1人で住んでいたが、この時期が環貴にとっては一番幸せな時期で、母はほぼ毎日夕方に来て、環貴の晩御飯を作ってくれた。母は夕方から夜に掛けての6〜7時間滞在するだけで、夜中0時頃には帰ってしまっていたものの、この時期、環貴は母の温かみを感じ、それで勉強にも励むことができて、国立大学に合格することができる。
しかし環貴が東京の大学に入ってやはり東京に住んでいる父(もう転勤は無いと言っていた)とふたり暮らししていると、母の通ってくる頻度はまた月に1〜2度に落ちてしまった。もっともさすがに大学生にもなると、母が不在でも、そう寂しがる年齢ではない。とは言いつつも
「次、母ちゃん、いつ来るの?」
などと父に訊く。
「分からん。あいつ最近けっこう忙しいみたいだし」
と父は言う。
「親父と男2人で飯食ってても全然うまくないし」
と環貴。
「男2人が嫌なら、お前女になる?」
「なんでそうなんだよ?」
「性転換したいなら、いい医者紹介するけど」
「そういう趣味はねーよ」
2014年のゴールデンウィーク。環貴がゴールデンウィークにライブで大阪まで来て、産能大に入った紀子も実家に顔を出すのに奈良に来るということだったので、迎撃同窓会をしようということになる。
それでK町のファミレスで食事会をし、その後近くのプールなどでも遊んだ後で解散する。何となく流れで、環貴は命(めい)と理彩の車で大阪に出て、新幹線で東京に帰ることになる。予約していた新幹線の時間までまだあるしということでいったん吹田市の命(めい)たちの家に寄った。
そこで休んでいた時、唐突にまどかが来訪した。何か大変な作業をしていて御飯もままらなかったようで、晩御飯食べさせてなどと言った所で、ポカーンとした顔で、自分を見ている環貴の顔に気付き、まどかは息を呑んだ。
そして環貴は言った。
「お母ちゃん、なんでここに居るの?」
【これまでのあらすじ】(1)