【神婚伝説・神社創始編】(2)

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「お姉ちゃん、御免ね。お姉ちゃんは、いっそ賑やかな都に行きたかったんじゃないの?」
 
「都に行くと、何だか変な男と結婚させられそうだから。しばらく男のことは考えたくないし。私は志摩と一緒に田舎暮らしする方がいいよ。でもどこに行くのさ?」
 
「神の思し召すまま」
「ふーん」
 
志摩は禰宜と村長に申し出て、戦乱の翌年の春、神社の巫女を辞任した。今回の戦役に大きく関わってしまった以上、この村で自分が巫女をしていると、他の人に迷惑が掛かるかも知れないし、また今回の戦で村人の中にも多数の戦死者が出たので、その冥福を祈り、残された遺族の今後のことも祈りたいので、どこか山奥に引っ込んで、純粋に神に奉仕する生活をしたいという志摩の話に、禰宜も村長も納得してくれた。
 
ただ色々困った時に相談したいから、落ち着き先が決まったら連絡を欲しいと禰宜は言い、志摩も同意した。
 

志摩と夏衣は村を出て「星の導くまま」に道を歩いた。志摩も体力は無いし、夏衣は更に体力が無いので1日に10kmくらいずつの、のんびり行程になった。だいたい歩いている時間より休んでいる時間の方が遥かに長かったし、雨の日は丸1日、途中にあった洞穴の中で過ごした。ふたりは最初西へ歩いていたのだが、2日目の夜に東に大きな流れ星を見たので途中で反転し、山道を越えて元居た村より東の方まで進んで行った。
 
「ところであんた本当に胸があるんだね」
「ふふふ」
「何か詰め物でもしてるのかと思ってた」
「私さぁ、私のことを全然知らない人ばかりの所に行って、最初から女として埋没して暮らしてみたい気もしてたんだよね〜」
「ああ、それもいいかも知れないね」
 
戦乱の直後で治安が乱れている雰囲気もあり、女二人の道行きなので、盗賊に狙われたりもしたが、志摩がキッと睨むと、どの盗賊も戦意を失い「すまん」
とか「お許しを」などと言って、武器も放置して退散した。
 
「あんた、どういう妖術使ってるの?」
と姉が言うが
 
「妖術じゃないよ。神様の御加護があるだけだよ」
と志摩は笑って言った。
 
ふたりは「干し飯(ほしいい:乾燥させた御飯)」を持って旅をしていたが10日ほど歩いた所でその保存食が尽きる。
 
「御飯どうする?」
「ある程度の村に行けば、持って来た絹や布(*)と交換で分けてもらえるはず。絹や布が無くなりそうだったら、都に使いを出せばお父ちゃんから届くと思うけど、その場合、数日滞在しないといけないから面倒だよね。あと、大王(天武天皇)の書状を見せれば、食糧はどこの村でももらえると思うけど、そちらはあまり行使したくないな」
 
(*.当時の「布」とは植物繊維〜主として麻〜で作ったものを言い、絹織物や毛織物を含まない。実際には志摩たちは絹が高価すぎて交換不能な場合のために麻布を持ち歩いていた。なお木綿は8世紀に栽培法が伝えられたが室町時代の中期頃まではあまり栽培されておらず超高級品であった)
 
「騒がれない所がいいもんね」
「うんうん」
 

ふたりは食糧調達のため、山を少し降りることにして里に向かう道を歩いた。やがて小さな村がある。村の世話役の家を訊いてそこを訪ね、旅の者なので、食糧を分けて欲しいと頼み、持参の絹と交換で干し飯と少し野菜なども頂いた。野菜は村を出て以来取っていなかったので嬉しかった。
 
「しかし、女ふたりでどこに行かれます」と世話役さん。
「神の思し召すままの旅をしております」と志摩は答える。
 
「何か巡礼の旅ですか?」
「戦(いくさ)で亡くなった方達を弔い、また新しい国の繁栄を祈願しています」
「尼さんですか?」
「いえ、巫女です」
「ああ・・・・」
と言ってから、世話役が訊いた。
 
「病気の祈祷とかできます?」
「私たちでできる範囲でしたら」
 
話を聞くと、先の大王(天智天皇)の血を引く史季王女(しきのひめみこ)という人が大津宮が落ちたことで母の実家のあるこの村に逃げ延びて来たものの、慣れない田舎暮らしのせいもあってか体調を崩し、先日から病気平癒を祈って、近隣の祈祷師などを呼んでいるものの、改善が見られないのだという。
 
志摩は取り敢えず診せてもらうことにして、その家に赴いた。ここでまた中央の政治に関わるようなことはしたくないものの、病人は放っておけないという気持ちであった。
 
その姫君を見ると年の頃は12〜13歳くらいであろうか。確かに衰弱している。しかしこれは身体の病気ではないと志摩は思った。精神的なものだ。自分と親しい人たちがたくさん死んだのを見て心の傷を負っているのだろう。
 
志摩は「失礼します」と言って患者の手を握った。自分の波動で患者の波動を包んでいく。心の中でゆっくりと呪文を唱える。
 
「ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・ここの・たる。ふるべ・ゆらゆらと・ふるべ」
 
今はほぼ消えてしまった物部神道に伝わっていた、魂を奮い起こす呪文である。
 
この場面は中臣神道系の「祓う」呪文ではなく物部神道系の「奮う」呪文だと志摩は思った。更に志摩は心の中で同系統の祝詞をいくつか唱えて反応を見、効果の良かったものを繰り返し唱えた。
 
志摩が祈祷らしきこともしないまま、ただ患者の手を握って何か呟いているので、周囲の人は奇異に感じていたようであるが、30分もそうしている内に、真っ白だった患者の頬に赤味が差してきた。
 
「おお・・・・・」
「何か祝詞とかを唱えていたわけでもないのに?」
 
そこで姉が説明する。
 
「祝詞は声に出して唱えた方が良い時と、心の中で唱えた方が良い時があります。今、妹はひたすら心の中で、姫君を回復させるための祝詞を唱えています」
 
「なるほど」
「ぜひ、そのまま続けて下さい!」
 
そして2時間も志摩がそういう「心の癒やし」を続けた結果、姫君は目を開き「お腹が空いた」と言った。
 
すぐに粥、というより重湯のようなものが用意される。姫君は3杯も食べて、更に「お代わり」と言ったが、一度に食べては身体に悪いと言われ、また後で食べることにした。
 
志摩たちの「言葉に出さない祈祷」で自分が回復したというのを聞くと姫君は「この方達とだけ話したい」と言って人払いを望んだ。
 
「まあそれも良いでしょう」と言って、伴の者を下がらせ、母親だけ廊下で控えていることにする。
 
志摩がうまく誘導したこともあり、姫君は戦乱での出来事、それ以前の宮でのここ数年の不穏な動きで精神を削がれていたことなどを語った。むしろ戦乱前の様々な粛正などの動きの方が辛かったようであった。たくさんの不条理な事がまかり通り、悲しくて泣いて暮らしていたと姫君は語った。そしてそんな話を志摩たち姉妹が聞いてあげることで、心が癒やされていくようであった。姫君はたくさん泣いたが、志摩たちはそれを泣くに任せておいた。その涙のひとつひとつがまた姫君の心を癒やしていく感じだった。
 
「私、何だか少しスッキリした」
「良かったですね」と言って志摩は姫君の涙を拭いてあげる。
 
「私、ちょっと頑張ってみようかな」
「ええ、頑張ってみましょう」
「でも、お姉様方と時々でも話がしたい」
 
志摩と夏衣は顔を見合わせた。
 

姫君の親族、それから村の世話役と話した所、もし良かったらこの村に留まってもらえませんかと言われる。
 
実は村の神社が、祭る人が40年ほど前から絶えて、困っていたので、そこの祭祀を引き受けてくれないかとも言う。志摩たちはそこに行ってみた。
 
「これは・・・・・」
 
と志摩は絶句した。
 
「この村、最近不作が続いたりしていませんか?」
「実はそれも困っていました。20年前の旱の年は物凄い死者が出ましたが、それ以外の年でも、なかなか豊作という感じにならずに、ずっと村を離れる者が相次いでいます」
 
「それはそうでしょうね。この神社に神様が不在だから」
「神様、おられませんか!?」
「神様が不在なのをいいことに変なものがたくさん集まっているのでこんな所でお祈りしても、ますます状況が悪くなるだけです」
 
「何とかなりませんか?」
「神様を呼びましょう」
 

村人たちにお願いして、神社の境内をきれいに掃除してもらった。実は神社が荒れているので、ここにゴミを捨てる者なども相次ぎ、一部悪臭を放っていた領域もあったのだが、そういうのも含めてきれいにし、表面の土も入れ替え、水を撒いて物理的な清浄さを回復させた。
 
その上で志摩は大祓祝詞を奏上し、敷地内から、変な物を一掃した。
 
「なんか今物凄くここがきれいになった気がしたんですけど」
と村長。
「ええ、そういう祝詞を唱えましたから」
と志摩はにこりと笑って言う。
 
「凄い!あなたたちは本物だ!」
 
「あの、村長さん、3日ほど雨を降らせてもいいですか?」
「雨ですか? 助かります。今年も少し水不足気味だったので」
 
「水害は出ないように自重させますから」
と志摩は笑顔で言い、その日の内に召喚の準備をする。
 
そして、翌朝、姉とふたりだけで神社の境内の磐座の前に立ち、朝日が差すのと同時に、光理(ひかり)・愛命(あめい)の両神を正式に召喚する呪文を唱えた。
 
ふたりはあっという間に姿を現した。
 
「どうしたの?こんな面倒な呼び出し方して」と光理(ひかり)。
 
普段は志摩が「光理〜!」とか「ひかちゃーん」と呼ぶだけで来てくれる。というか、3日前にも光理は志摩のそばに来てキスして行った。
 
「あれ?今日は志摩ひとりじゃないんだ?」と愛命(あめい)。
 
「え? あなたたち今どこから来たの?」
と夏衣は言って驚いている。
 
「あ、こちらうちの姉の夏衣(かい)です」
と志摩はまず自分の姉をふたりに紹介した上で

「私の夫の光理(ひかり)とお友だちの愛命(あめい)さん」
とふたりを姉に紹介する。
 
「えー? あんたの旦那って何者!?」
と夏衣はますます驚いている。
 
「ふーん。僕たちのことが見えるんだ?」
「さすが志摩のお姉さんだね」
 
「今度は何? 嵐を呼ぶ?山でも崩す?沼でも作る?川を氾濫させる?」
「あ、えっと人家に被害が出ない程度に3日ほど雨を降らせてくれないかなあ」
 
「その程度か」
「まあ、しょうがないね」
「志摩はあまり人が死ぬの好きじゃないみたいだし」
「じゃ、始めよう」
 
などと二人は言うと、たちまち龍の姿になり、天空に駆け上っていった。夏衣が呆気にとられていた。
 
そしてそれまで雲一つ無い晴天だったのが急に雲が現れ、大粒の雨が降り出した。
 

もう1ヶ月近く雨が降っていなかったので、慈雨だ!と感激された。ふたりは取り敢えず村長の家の離れに泊めてもらう。長旅で疲れたでしょうと言われ、村の奥地にある温泉に案内された。
 
そこは林の中に一坪くらいの小さな湯のたまりができていて、上に屋根が作ってあるので、雨を気にせず入浴することができる。
 
村長の奥さんに案内してもらったのだが、村長の奥さんも一緒に入る雰囲気だ。夏衣はうーんと思って志摩を見るが、志摩は平気っぽいので、大丈夫なのかなと考えた。
 
服を脱いでしまうが、志摩はさりげなくあの付近を手で隠している。この子、私より胸大きいじゃん!と夏衣は思った。まあ、この胸を見たら女にしか見えんな。肩もなで肩だし。
 
湯を桶ですくって身体に掛け、汗を流す。その上で湯に浸かった。
 
「あら、去年の戦役で御主人が亡くなられたのですか?」
と奥さんがいたわるように夏衣に言った。
 
「ええ。半年泣き明かしました。でもそれより辛かったのは、それで婚家との縁が切れてしまって、娘と引き離されて実家に戻されたことかな」
と夏衣。
「娘さん、おいくつ?」
「今年十五です。笄年(けいねん:女子の成人式の年)なんですけど、戦乱の影響で向こうも苦しいみたいで、お祝いとかできる状態じゃないみたいです。それも何だか不憫で」
 
「妹さんの方はご結婚は?」
「してます。子供はいませんが。でも忙しいみたいで、月に2〜3度しか通って来ないんですよ」
 
嵐を起こしたり、山を崩したりで忙しいみたいだもんね〜と志摩は思った。ここしばらくは伊予島(四国)の方で暴れているようである。
 
「あら、通ってくるというのはどこかのお偉い方?」
「まあ、そんなものですね」
「まあでもあんたたちもそれで15年くらい続いてるから偉いよ」
「あら、とってもご熱心なのね」
「はい」
と言って志摩は頬を赤らめた。夏衣は、この子、何て可愛い顔するんだと思った。長く離れて暮らしていたので意識していなかったが、この子、ほんとに女らしい。そもそもこうやって至近距離で入浴していて、男の臭いがしないじゃん!
 
「ところでこの雨、どのくらい続くのかしら」
と奥さんは言ったが
 
「3日降ります」
と志摩は答える。
 
「へー」
と言って奥さんはその時はその言葉を半ば聞き流していたようだった。
 

雨はきれいに3日降り続けてから、からっと上がった。
 
「志摩ちゃん、あんた凄い!」
と奥さんは感激して言った。
 
「ぜひ、この村に留まってくださいよ」
と熱心に誘われる。
 
「ねえ、あなた神社の近くにこの人たちの住まいを建ててあげましょうよ」
と村長にも言う。
 
「うん、建てよう。ぜひぜひこの村の住人になってください」
「そのお返事は明日でもよろしいですか?」
と志摩は言った。
 
だって、神様をまずはこの村に留めないとね〜。
 

志摩と夏衣のふたりで神社まで行き、光理(ひかり)と愛命(あめい)を呼び出した。
 
「ありがとうね。結構この雨で助かったみたい」
と志摩は二人に礼を言った。
 
「まあ、僕たちはもう少し激しく降らせたかったんだけどねー」
「小さな村だし、そのまま丸ごと流したら面白いだろうなと思ったんだけど」
「山を崩して全部埋めるのもありだと思ったね」
「でもそれやると、志摩に叱られそうな気がしたし」
「ふふふ」
 
「あなた方は神ですか?」
と夏衣は訊いた。しかし愛命(あめい)は答える。
 
「僕たちは『神』ではなく『神様』」
「どう違うの〜?」
「うーん。説明できない。志摩は分かるよね?」
「分かるけど、言葉では説明できないな。言葉で説明した途端、本当のこととは違うことになってしまう」
 
「まあ、夏衣ちゃんも、僕らと付き合ってればその内分かるよ」と愛命(あめい)。
 
「ね、光理(ひかり)、愛命(あめい)さん、もし良かったらこのままこの村に留まってくれたりはできないかなあ。私とお姉ちゃんもこの村に留まるから」
 
「そうだなあ。僕たちも結構あちこち旅して来たしね」と愛命(あめい)。「志摩がここにいるのなら、ずっと居てもいいよ」と光理(ひかり)。
 
「なんかそのお姉ちゃんの方もいじり甲斐がありそう」と愛命(あめい)。
 
「お姉ちゃん、本物の女の子だから、あまり荒っぽいことはしないでね」と志摩。「大丈夫だよ。志摩にも荒っぽいことはしてないと思うけど」と光理(ひかり)。
 
「私は空を飛び回るのとかは平気だけど、お姉ちゃんはそういうの苦手だから」
と志摩。
「空飛ぶのは楽しいのに」と愛命(あめい)。
 
「あ、でも光理(ひかり)がいつも志摩と仲良くしてるから、僕はお姉ちゃんの方と仲良くしてもいいかな?」と愛命(あめい)。
「ふたりで、僕たちの依代になってくれるといいよね。この村にずっといるなら、その方が色々しやすいし」
 
「お姉ちゃん、いい?」
「よく分からないけど、神様にご奉仕するなら構わないよ」
 
「でもさすが志摩のお姉ちゃん、美人だね」と愛命(あめい)は言う。
「でもこんなお姉ちゃんがいたの気付かなかった」
 
「お嫁に行ってたから。でも旦那が亡くなったんだよ」
「ふーん。僕はまだ1000年くらいは死なないよ」と愛命(あめい)が言う。
「愛命(あめい)はいつもそう言ってるね。さすがに僕は1000年生きる自信は無い。多分250年くらいだろうな」と光理(ひかり)は言う。
 
「面白い人たちね」
と夏衣は微笑んだ。つい数日前までしばらく男とは関わりたくないなどと言っていたのに、美形の愛命(あめい)を見て、すっかり気に入ってしまったようだ。
 
「私・・・夜のお供とかすればいいの?」
と夏衣が訊く。
 
「ああ。僕たち女の子とのマグワイは禁じられてるんだよ」
「一生に一度だけしていいんだけどね」
「だから僕も志摩とは一緒に寝るけど、単に抱き合って寝るだけだから」
「神様も不便なものよね」と志摩は言う。
 

光理(ひかり)と愛命(あめい)は自分たちがその神社に留まるための御神体を作ってくれるよう志摩に頼んだ。
 
志摩は光理(ひかり)から言われたことに従って、村長の協力を得て、神社の境内の奥のある場所を掘ってもらった。するとそこから地下水が湧き出てきた。
 
「おぉ!」
「この水、物凄く美味しい!」
 
志摩はここをこのような形に整備してください、と絵を示して村人にお願いし、湧き水の少し手前を低く整地し、水が2条の滝となって下に落ちるような形にした。滝の下は小さな池とし、そこから水路を作って、神社の外まで導くようにした。このあたりの作業は村人総出という感じで、一週間でやってくれた。
 
そしてこの2条の滝が、光理(ひかり)と愛命(あめい)の御神体となった。
 
最終的にこの湧き水からの水路は、100歩(ふ:1歩=約1m)ほど導いて、村長が管理している水田までつないだが、村長はこの水田約10反ほどを神社の水田(神田)として献上した。村人で共同で耕作し、収穫した稲を神社に奉納し、それでお酒や餅なども作り神前に献上した後、お祭りの時にみんなで頂くことにした。
 
むろんこの地下水は、水不足の時に非常用の水源としても活用されることになった。
 
また志摩は、この2条の滝の前に「祠」を2つ建ててもらった。志摩が子供の頃は珍しい存在であった祠も、最近では結構知られていて、村の大工さんも見たことはあるということだったので、細かい点を志摩に確認しながら建ててくれた。
 
志摩はその2つの祠に納めるべき鏡を天皇(*)におねだりした。天皇は快く応じてくれて、志摩に鏡を下賜してくれたが、2枚頼んだはずが、もらったのは3枚であった。志摩は首を傾げたが光理は「3枚必要になるんだよ」
と優しく言い、1枚はいったん地面の中に埋めて保管することにした。
 
(*.大海人王子:天武天皇は、それまでの国号「倭」を「日本」と改め、「大王」を「天皇」と改め、「王子・王女」を「皇子・皇女」とするなど大改革を行っている。それはまるで、新王朝でも建てたかのような改革である。天武天皇は自らを中国で漢王朝を建てた劉邦に擬していた風が伺える)
 

これがE村に常光水龍大神(光理:光龍)・常愛水龍大神(愛命:愛龍)が祭られるようになったきっかけであった。従ってこの神社の事実上の創始は673年癸酉年である。
 
初めはこの神社の御祭神は二柱神であったが、やがて692年(持統天皇6年)の壬辰年に、志摩の娘・瑞葉(みずは)と愛命(あめい)の間で最初の神婚が行われて翌年「神様の子」和加(和龍)が生まれ、若宮水龍大神が御祭神に加えられて、それ以降、この神社は三柱神体制となるのである。(3つ目の祠を建て、埋めて保管していた鏡を取りだして納めた。滝も三条に改造した)
 
なおこの時、志摩たちが作った神社の場所は、遥か後、平成の命(めい)や理沙の時代には、通称K神社、あるいは元宮と呼ばれるようになっていた場所である。元宮から後の本宮への遷宮は志摩たちの時代から約1000年後、鶴龍の時代に行われた。
 
また史季王女が住んでいた場所が後に神社の行宮(あんぐう)となり、それが平成時代には通称S神社と呼ばれるようになっていた場所で、そこはまた明治時代に命理が自分の寿命と生殖器を犠牲にして三柱神を再召喚した場所でもあった。
 

夏衣が前の婚家に娘を置いてきていることを話すと、愛命(あめい)は「引き取りたいね」と言い、《普通に人の目にも見える姿》に示現(じげん)して、上級公家かと見まがうばかりの服装で、夏衣を連れ、その婚家を訪れた。
 
そして自分たちが結婚したこと、ついては妻の子供を自分たちの子供として引き取りたいと申し入れた。
 
夏衣の義父母は愛命(あめい)の雰囲気に圧倒され、時々会いに行くことを条件に佐都の引き渡しを承諾した。引き渡しは戦乱の影響で遅らせていた佐都の成人式を行った後ということにした。
 
この成人式はこの婚家のある村、つまり志摩たちが住んでいたK村で行われた。都に行っていた志摩たちの両親・兄たちの家族も戻ってきて、愛命(あめい)の「親族友人たち」と称する大量の貴人たちも出席して凄まじく盛大な成人式と宴が執り行われた。
 
「夏衣ちゃんの新しい夫君って、どこの大臣様?」
などと志摩は村人に尋ねられて苦笑した。
 
愛命(あめい)側の「親戚友人たち」として出席したのは、あちこちの神様たちばかりである。おおっぴらに示現して人間の振りができるというので、神様たちも楽しんでいた。お酒を飲み過ぎて酔いつぶれる神様も続出する。K村の守り神の女神様まで示現して出てきて
 
「これ、何の騒ぎ〜!?」
と言って絶句していた。これだけの数の神様が一箇所に集結するというのは、毎年10月の出雲での神様会議の時を除けば、そうそうあることではないらしい。
 

そういう訳で、佐都は志摩や夏衣たちと一緒に暮らすようになった。村長はE村の神社の敷地に隣り合う杉林に、少し木を切って場所を確保し、その切った杉を利用して、土間(台所)と板間3間の家を建ててくれた。3間というのは、光理の要求に基づくものだった。(この時代は「畳敷き」の部屋はまだ使用されていない。畳はクッションのようなものであった)
 
遺伝的なものであろうか。佐都にも、光理(ひかり)と愛命(あめい)の姿が見えた。そして母親より冒険好きであった。
 
佐都はしばしば光理(ひかり)と愛命(あめい)の「お散歩」に、「あんな怖いこと二度と御免」などと言う夏衣に代わって付き合っていた。
 
「今日は北州島(北海道)を見て来たよ。凄い広くて感激した。この時期に高い山(大雪山系)には雪が積もってたんだよ。きれいだったなぁ」
などと楽しそうに言っていた。ふたりと付き合うことで佐都は霊感が鍛えられている感じもした。
 
元気で明るい上に美人とあって、佐都に言い寄る男も多かったが、佐都はめったに手紙の返事は出さなかった。
「だってあと5年くらいは、娘時代を楽しまなきゃ」
と佐都は言っていた。
 
「でもあんた、あまりゆっくりしてると、行き遅れるよ」
と夏衣は心配する。
「まあ、行き遅れたら、お母ちゃんの後釜で愛命(あめい)の奥さんにしてもらおうかな」と佐都。
 
「あら。だったらあんたがお嫁に行けるのは80歳くらいだね。私、100歳くらいまで生きるつもりだから」
と夏衣も返していた。
 

光理(ひかり)や愛命(あめい)は、特に意識して人間体を示現しない限り、ふつうの人の目には見えないので、村の多くの人は、姉妹と姉の娘の3人暮らしと思っていたようであった。
 
「まあ少なくとも姉弟とは思われてないよね」
「なんか余計な気遣いが無くていい。前の村では一応女に準じて扱われていても、どこかで男と思われている部分があったから、それが壁のように感じられた」
「もしかして光理さんに、男っぽくならないようにしてもらってたの?」
「ふふふ」
 
女ばかりの暮らしでは色々大変でしょうと手伝ってくれる村人も多く、光理(ひかり)や愛命(あめい)たちが、家のこと自体にはほとんど関心が無い分、助かっていた。畑で取れた作物や狩猟の獲物などもしばしば持ち込んでくれるので、食べる物にも困らずに済んだ。
 
一応三人は協力して分けてもらった田畑を耕して暮らしてはいたが、やはり女三人で作れる作物には限度がある。また家の中に棚を作ったり、また農機具の補修などは女の手には余った。(志摩は本来男の子ではあったが、こういう方面はまるでダメだった)
 
村人たちにとっては、強い霊力を持っている志摩たちを助けることで、結果的に御利益(ごりやく)を受けられると考えていた。
 
志摩はこの村でもしばしば村人の相談事に応じ、失せ物を見つけたり、病気の回復を祈ったりしていた。志摩はもちろん全ての病人を助けられた訳では無いが、危篤状態になっていたのを、遠くの村に行っている子供が戻ってくるまで持たせたりということもし、多く感謝されていた。
 
また元住んでいた村からもしばしば重要な相談事を持ち込まれ、そちらの解決にも当たった。それで、志摩が生きていた時代に、このふたつの村では悲惨になるほどの災害なども起きなかった。台風や地震などが来ても、このふたつの村は被災が比較的軽く済んでいたのである。
 
更には都の天皇や皇后からも、しばしば腹心の特使が来て手紙のやりとりで相談事を受けていた。特使は農民のような姿に変装して来てくれていたので、村人はまさかそれが天皇の特使とは思ってもいなかった。若い頃の藤原不比等なども特使をしていた時期があったが、不比等などは結構な権限を与えられていたので、志摩と不比等はかなり突っ込んだ話し合いもしていた。
 

ある時、志摩は自宅で、佐都が垣根越しにボーイフレンドと歌のやりとりをして遊んでいるのを微笑ましく見ていた。あまた居た佐都への求愛者の中で最終的に佐都の心を射止めたのは、平凡な農家の青年だった。やや華奢ではあったが、とても真面目な男であったので、みんなが応援してくれていた。
 
いつの間にかそばに光理(ひかり)が来ていた。
 
「なんか、ああいうのいいなあ。私も子供が産めたら娘のあんな様子を見ることができたのかなあ」
などと志摩は言った。
 
「ん?志摩、子供が欲しいの?」と光理(ひかり)。
「女として生きるんだということを心に決めた日からそれは諦めてるけどね」
と志摩。
「なぜ諦めるの?」
「だって私は子供産めないし、生ませる機能は放棄したし」
 
「ああ、男の機能は預かってるだけだから、戻せば使えるよ」
「へ?」
「戻してあげようか?」
「で、でも、私には光理がいるから、他の女の人とマグワイするなんて、したくないよ」
「だから僕とすればいい」
「え?」
 
「僕は元々性別が無いから、いつもは男の格好してるけど、女にもなれるよ」
「でも生殖能力は封印されているのでは?」
「封印されているのは男としての生殖能力だけ。女としての生殖能力はいつでも使える」
と光理(ひかり)は言う。
 
「えーーー!?」
「だから、志摩が男に戻って、女の僕とマグワイすれば、ちゃんと子供はできる」
「全然知らなかった」
 
「やってみる?」
「で、でも私、男としてまぐわいするなんて、できるかしら?」
「志摩、僕がタマタマを取っちゃう前、ひとりでおちんちんを大きくして遊んだりしてた?」
 
「してない。したくなった時期はあったけど我慢した。だってあんなのに触りたくないもん」
 
「僕のにはいつも触ってるじゃん」
「好きな人のには触れるけど、自分のには触りたくないよぉ」
 
「そっかぁ。そういう経験が無いんなら、いざ男に戻しても、ちゃんとできないかも知れないなあ」
「なんか、そんな気がする」
 
「それにあれだよなあ。志摩を男に戻しちゃうと、男みたいな声になっちゃうし、ヒゲも生えてるだろうし、胸とか足とかにも毛がうじゃうじゃしてるだろうし、そういう志摩は見たくない気がする」
 
「ちょっと待って。私が男に戻るとそうなっちゃうの?」
「そうだよ。そうならないようにタマタマを取っちゃったんだから、戻せば、最初からずっとタマタマがあったかのような身体に変化してしまう」
 
「いや!それ絶対いや!!!」と志摩は言う。
「うん、僕もやはり嫌だって気がしてきた」と光理(ひかり)も言う。
 

「じゃ、やはり子供は諦めるかなあ・・・・」
 
志摩は少し疲れたように言った。そんな志摩を光理(ひかり)はじっと見つめていた。
 
「どうしても、志摩、子供が欲しい?」
「どうしてもという訳じゃないけどね」
 
「じゃ、こうしようか。志摩からタマタマだけ預かってるけど、おちんちんも僕にちょうだいよ」
「うん。おちんちんは別に要らないから、あげるよ」
「それでさ。僕が志摩のおちんちんとタマタマを使って、志摩とマグワイする」
「え?」
 
「だから志摩をもう完全な女の子に変えてしまう。変えられるの嫌?」
「ううん。むしろ変えられたい」
 
「じゃ、問題なし。それなら、マグワイできるね」
「ちょっと待って。それだともしかして、私、自分のおちんちんで、自分のツビ(女性器のこと)とマグワイすることになるの?」
 
「ああ、それやると、志摩と志摩の間の子供が出来ちゃうね。どうせなら僕と志摩の間の子供が欲しい」
「私もそうしたい」
 
「じゃ、こうしよう。マグワイする時だけ、僕のツビを志摩に預ける」
「へ?」
 
「だから、僕の身体に付いている志摩のおちんちんと、志摩の身体に付いている僕のツビとでマグワイする」
 
「ちょっと面白いかも。でもそうすると、どちらが妊娠する訳?」
 
「えっとね。妊娠するのは僕のツビだから、僕の身体に戻しちゃうと僕が妊娠するけど、志摩に預けたままにしておけば、志摩が出産することになるね」
 
「ふーん。私出産してみたいな」
「じゃ預けっぱなしにするか」
「でも妊娠中はたぶん私、巫女の仕事ができなくなるよね」
 
「ああ、その間は巫女の仕事は、佐都にさせよう。あの子、充分霊的な力を持っているよ。志摩ほどじゃないけどね。不足する部分は僕も愛命(あめい)もサポートするし」
 
「そうしようか」
 

その話を夏衣と佐都にしたところ、佐都は志摩の妊娠中の巫女代行はやってよい。むしろやってみたいと言った。佐都は今付き合っているボーイフレンドとそう遠くない時期に結婚しようかというのも考えていたのだが、志摩の出産まで待ってくれることになった。その件は彼の方にも話して了承を得た。
 
「ふーん。じゃ、とうとうあんた本当の女になっちゃうんだ?」
と夏衣は志摩に言った。
 
「うん。やっと完全な女にしてもらえることになった」
「あんた、やはり男っぽい身体にならなかったのは、色々してもらってたからなのね?」
 
「うん。12歳で光理(ひかり)と出会った時に、タマタマは取ってもらったから」
「ああ、なるほどね。おっぱいはいつ作ってもらったんだっけ?」
 
「成人式の日だよ。そしてその日、光理(ひかり)と結婚した」
「なるほど、結婚するのに胸を大きくした訳か」
「うふふ」
 
「そして子供を産むのに、完全に女にしてもらうのね」
「うん。産むの大変そうだけど頑張る」
 
「すっごく痛いから」
「うーん。覚悟はしてるけど、大変だろうな」
 
「まあ、頑張りな」
「ありがとう」
 

そして、その夜になった。
 
「じゃ、志摩、完全に女の子にしちゃうよ。もう男の子には戻れないよ」
「うん、それでいい」
 
次の瞬間、志摩のお股から、長い間志摩にとって大きなコンプレックスの元にもなっていた、男の子の印が消滅し、女の形に変化した。わぁ・・・ちょっと感激。
 
「じゃ、僕のツビをそちらにくっつける」
「うん」
 
何かが光理(ひかり)から飛んできた気はしたが、身体の外見に変化は無かった。
 
「えっと僕の方は・・・・今志摩のおちんちん・タマタマと自分のおちんちん・タマタマがあるから、何だか面倒くさいな。間違わないようにつないで。よし、これでOK」
 
神様もなにやら大変な様子である。
 
「じゃ、マグワイしよう」
「うん」
 
ふたりは口付けして一緒に寝具の中に入った。
 
いつものように抱き合うが、抱かれていて志摩はそれまで感じたことの無かった感覚が湧いてくるのを感じた。わあ・・・これが女の感覚なのかなあ・・・
 
そしてやがて熱く太いものが身体の中に侵入してくるのを感じる。きゃー。なんか凄いよぉ、これ。ちょっと気持ちいいじゃん!
 

熱い時間はあっという間に過ぎて行った。志摩は放心状態で身体を横たえていた。光理(ひかり)と出会ってから19年、結婚してから16年にして初めてふたりは真に結ばれたのであった。考えてみると、今日のような結合は今まででもいつでも出来たはずなのに、こういうことを思いつかなかったのも不思議だなという気がした。志摩はとても幸せな気分だった。
 
志摩は妊娠した。正確には志摩の身体に預けられている光理(ひかり)の女性器が妊娠したのである。要するに、今志摩の身体の中には女性器が2系統あるということらしかった(但し外陰部は重ね合わせていると言われた)。光理(ひかり)の方も男性器が2系統あり、片方は機能が封印されているが、片方は使用可能である。
 
「入れ方を間違わないようにしないと、下手すると、志摩、両方のツビで妊娠しちゃうな」
と光理(ひかり)は言う。
 
「それはさすがに勘弁して〜」
 
そんなことをいいながら、二人は妊娠中のマグワイを楽しんだ。
 
志摩と夏衣の「夫」がふたりとも都の貴人である、というのは以前から村人には示唆していたので、志摩が妊娠しても変には思われなかったし、妊娠中は佐都が巫女の仕事を代行しますし、重要な問題については志摩もちゃんと対応します、ということで了承してくれた。
 

ところで、志摩は女の身体になって間もなく、月経が来るようになった。最初あそこから血が出てきた時は驚いたし、お腹の中の子に異常でも起きたかと思いヒヤっとしたが、志摩は女性器を2系統持っているので、その片方が妊娠中であっても、もう片方は普通の状態なので月経が起きるのである。
 
月経の始末の仕方、期間中の過ごし方は夏衣から教えられたが、夏衣は
「これが来るということが女の証なのさ」
と言った。そう言われると、志摩はちょっと嬉しい気がした。月経自体は辛いんだけど!
 
「でもこれ、私、出産が終わったら2系統の女性器が各々勝手に月経を起こして月に2回ずつ月経になったりしないかしら?」
 
などと志摩は心配したが、光理(ひかり)があっさり否定する。
 
「月経ってさ『うつる』んだよ。今志摩は月経が始まったばかりだから独立して動いてるけど、その内、夏衣ちゃんと同じ周期になっちゃうから。志摩のふたつの女性器もお互い影響しあって、連動して月経を起こすようになる」
 
「ちょっと待って。それって、もしかして月のものの痛みも倍あるのでは?」
 
「まあ、頑張ってね」
「きゃー」
 

幸いにも妊娠中大きな問題は起きず、無事、675年(天武天皇4年)乙亥年、志摩と光理(ひかり)の間の娘・瑞葉(みずは)が生まれた。
 
瑞葉(みずは)は佐都にとっては従妹になるが、14歳も年下の従妹で、ほとんど自分の娘のように可愛がってくれた。恐らく数年後に佐都も赤ちゃんを産めば、この子と姉妹あるいは姉弟のようにして育つのだろう。
 
しかし出産は大変だった。夏衣は「痛いし苦しいから覚悟してなさい」と言ったがほんとに辛かった。最初少しあった羞恥心とかはどこかに行ってしまった。
 
身体のバランスが保てず、これ死ぬのでは何度も思った。それは喩えれば・・・でっかいウンコがなかなか出てこなくて、苦しむような感覚だった!
 
陣痛は明け方頃始まり、丸1日苦しみ続ける。我ながらよくここまで苦しんでも死なないものだと自分を見直す気にさえなる。夏衣、そしてそろそろかもということで数日前から来てくれていた母、更には女性体に示現した光理までも手を握ってくれたり、お腹をさすってくれたりする中、結局真夜中にやっと出てきて「おぎゃー」という声を聞いた時は・・・・
 
終わった!
疲れた!
眠りたい!
 
と思った。「女の子ですよ」と産婆さんから言われて、すぐに抱っこさせてもらって、おっぱいに吸い付かせたものの「眠いー」と言ったら、「うん、寝てなさい、寝てなさい」と言われ、ほんとに眠ってしまった。
 

お乳も最初はほんとにちょっとしか出なかった。お乳がよく出るようにというので、産婆さんから乳房を無茶苦茶揉まれて、思わず「いたたたたた!」と悲鳴をあげてしまった。お股の方は出産時にあちこち破れまくっていて、座ることもできない状態の中、乳房も産婆さんに揉まれ、赤子にきつく吸い付かれ自分という存在がどこにあるのか定まらないような気持ちになった。
 
実際この時期、志摩の魂はけっこうフラフラしていたようで、光理(ひかり)が
「おーい、ちょっと魂が身体とずれてるぞ」
と言って、手で押さえてきちんと「中心合わせ」してくれたりもしていた。
 
「痛かった?」と光理。
「痛かったよー、というか今でもずっと痛い」
「辛かった?」
「辛かった、というか今でもまだ辛い」
 
「良かった−。僕が自分で産まなくて」
「うん。私が産みたいって言ったんだもん」
 
光理(ひかり)はこういう出産の時の痛さに効くという薬草を採ってきてくれて、それを飲むことで結構改善される感じはあったものの、それでもお産自体の傷が癒えるのに1ヶ月以上掛かった。その間、志摩はほとんど寝て暮らしていた。当時はトイレに行くのも辛かった。
 

瑞葉(みずは)が産まれて数ヶ月後、佐都はかねてからの恋人と結婚した。志摩はもう巫女の務めができる所まで体力回復していた。
 
佐都の(義理の)父である愛命(あめい)はまた多数の神様たちを呼び、盛大な結婚式を挙げさせた。酔うに任せて神様たちがたくさん佐都に幸福のプレゼントをしたので、ふたりはきっと恵まれた生活を送るであろう。
 
「佐都が来年産むのは、男の子だね」
と宴が終わってから愛命(あめい)は言った。
 
「タイミング的に、瑞葉(みずは)か、来年産まれる子の内のどちらかだと思ったんだけど」と光理(ひかり)。
 
「男の子にさせるのは可哀想だし、瑞葉(みずは)にやってもらうことになるな」
 
「何の話?」
と志摩は尋ねた。
 
「神様の子、正確には次世代の神様を産んでもらいたい」
「へ?」
「神様である僕たちにも寿命がある。だから村を守って行くには神様の代替わりが必要になる。その次の神様を産んでもらいたいんだ」
「それって、いつ?」
 
「僕と愛命(あめい)は今から42年前に生まれた。あと18年後にその次の神様を作らないといけない。そのためには、17年後に人間の女とただ1度だけ使える僕らの男性機能を使って交わる。1度といっても相手が妊娠するまでは何度でも使えるんだけどね」
 
「瑞葉(みずは)とマグワイしたいというの?」
「本当はこの村で生まれた女なら誰でもいいのだけど」
「処女に限るけどね。処女にしか神様は産めないから」
「でも神様を産むというのは、いろいろ凄い体験になるから、そういう面倒なことはできたら内輪で済ませたいんだよ」
 
「神様産んだら死んだりはしないよね?」
「むしろ長生きすると思う。もちろん、その後で人間の男と結婚したり、他にも子供を産んだりするのは自由」
 
「実は産むのは女の子でも男の子でもいいんだけどね」
「男の子が子供を産むのは大変だから、女の子の方がいいと思うんだよね」
 
「そうなると、瑞葉(みずは)しかいないということなのね?」
「うん」
と愛命(あめい)と光理(ひかり)は一緒に返事した。
 
「瑞葉(みずは)は僕の子供だから、さすがに僕は実の娘とマグワイする訳にはいかない。愛命(あめい)、頼むよ」
 
「うん、それしかないと思う。だから僕はそれまでできるだけ瑞葉(みずは)の前には姿を見せないようにしておく」と
愛命(あめい)。
 
「瑞葉(みずは)は神様の娘なんだもんね。そういう宿命なのかもね。でもそれ瑞葉(みずは)が大きくなって、本人にもちゃんと言って納得させてからして」
 
「ごめん。そのことは、赤ちゃんが無事産まれるまで本人には言ってはいけないことになってる」
「言っちゃうと、赤ちゃんが流れちゃう可能性もあるんだよ」
「うっ」
 
「女にとって初めてのマグワイ、初めての出産がどれほど大きなものかというのは分かってはいるつもり。でもそれを犠牲にしてもらわないと、神様を産むことはできないんだ」
と光理(ひかり)は言った。
 
「分かった。でも瑞葉(みずは)とマグワイした後、愛命(あめい)を殴ってもいい?」
「志摩に殴られるくらいは我慢するよ」
と愛命(あめい)。
 
「まあ18年も先のことだけどね」
「私自身生きてるかどうかも微妙に怪しいなあ」
と志摩は少し不安げな表情で言った。
 
「志摩は80歳まで生きるよ」
と光理は言った。志摩はその言葉は聞かなかったことにした。
 
「もしかして60歳で愛命が人間の娘に子供を産ませて、次は120歳で今度は光理が人間の娘に子供を産ませるの?」
 
「そのつもり。御免ね。志摩がいるのに」
と光理は言うが
「78年後まではさすがに私生きてないから、それは構わないよ」
と志摩は笑って言った。
 

志摩が体力を回復させながら、瑞葉(みずは)のお世話をしていたら、夏衣が
「やはり赤ちゃんっていいなあ。私ももうひとりくらい産みたかったな」
などと言った。
 
するとそれを聞いていた愛命(あめい)が
「あれ?夏衣も赤ちゃん欲しいの? 作る?」
などと言い出す。
 
「へ?だって愛命の男性能力は封印されてるんでしょ?」
 
「あのね、志摩を男から女に変えることができたのは、人間の身体は元々男性体と女性体から成っていて、裏に隠れていた女性体を表に引き出したからなんだよ。夏衣にも実は裏に男性体が隠れている。だからさ、夏衣が実は持っている男性体の中のおちんちん・タマタマを僕がもらってね、それで僕のツビを夏衣に預ける。それでマグワイすると赤ちゃん作れる」
 
「意味が分からん!」
「つまり、お姉ちゃんのおちんちんを身体に付けた愛命と、愛命のツビを身体に付けたお姉ちゃんとでマグワイして、お姉ちゃんは愛命の代わりに赤ちゃんを産むということだよね」
 
と志摩が説明したが、夏衣はますます分からないよぉと言った。でもやってみたら「なるほどぉ!」と言って納得した。その晩
 
「おお!愛命(あめい)のおちんちんが立ってる!」
 
という声が、志摩と光理の寝室の方まで聞こえてきて、ふたりは思わず顔を見合わせて微笑んだ。
 

1ヶ月後
「私妊娠したみたいだけど、妊娠したのは愛命(あめい)のツビなんでしょ?愛命(あめい)が産むの?」
と夏衣は訊いた。
 
「もちろん、産むのはお姉ちゃんだよ」と志摩が答える。
「そうだったのか」
 
「不安なら流す?」と愛命が尋ねたが
「いや、産む」
と言って夏衣は張り切っていた。その子供は翌年産まれた。つまりこの年は夏衣と佐都が、母娘そろって妊娠・出産したのである!
 
そういう訳で、675年に瑞葉(みずは)、677年に佐都の息子・耶真(やま)と夏衣の息子・田里(たり)が相次いで産まれた。三人は姉弟のように仲良く育った。結果的にはこの3人の子孫が、代々神社の管理をしていくことになる。
 
「夏衣も佐都も男の子産んじゃうから、結局神婚するのは瑞葉(みずは)かな」
「お腹を大きくした男の子という図はさすがに可哀想だし、まあいいよ」
と志摩も言った。
 
「だいたい男の子が妊娠した場合、どこから産むのよ?」
「さあ、産む時になれば、何とかなるんじゃない?」
と光理もそのことまでは知らないようであった。
 

瑞葉(みずは)が生まれてから年が明けて間もなく、志摩が仕事の合間に瑞葉(みずは)にお乳をあげていたら、家の前を老人がひとり通り掛かった。その老人がこちらを見ていたが、その視線に何か違和感を感じた。
 
「どなたですか?」
と志摩は声を掛けた。
 
「あ、いや、私は怪しいものでは・・・・」
と狼狽するような顔を見て、志摩は
 
「お祖父様?」
と言った。
 
「いや、その。。。お前、まさか志摩なのか?」
「お祖父様、ご無事でなによりです」
 
「お前、その胸は・・・お前、男だったと思ったのに」
「女に変わったんです。男が女に変わるのは、陽が陰に転じるということで不吉らしいですけどね。でも私は神様にご奉仕する日々を送ることで、その不吉を反転させて吉にしている気がします」
 
「そうか。。。孫たちの消息を尋ね歩いていた。10人の孫の内、3人が亡くなっているのが分かって」
「ええ。**兄さん、**兄さんは近江朝に味方していて、戦役で亡くなりましたから。**姉さんは出産で亡くなったんです」
 
「うん。そこまで聞いた。あと、残っていたのがお前と夏衣(かい)で」
 
「ここで立ち話もなんですから、上がって話しませんか?」
 

祖父は今、出羽山にいるということであった。出羽は、80年ほど前に崇峻天皇の暗殺事件の後、難を逃れて逃げ延びていった蜂巣王子が小さな国を開いたが、辺境の地であることと、王子自身が政治的な野心は持っていなかったことから、中央政府もそれを黙認というより黙殺していた。祖父もその国に逃げ込んでいたのだという。
 
「でも、お祖父様、むしろあそこにはお祖父様を恨んでいる人たちが多いのでは?」
 
祖父はバリバリの聖徳太子派であり、蜂巣王子にとっては仇敵であった。
 
「あの国は仏の前に全ての人が対等であるという考えで治められている。国の長(おさ)も子供が継いでいくのではなく、長が亡くなれば、残った人の中から最も人望のある人が後を継ぐやり方なんだよ。だから大和の国で何をしていたかもお互いに問わない」
 
「それはまた面白いことをなさってますね」
 
祖父は志摩と夏衣が無事であること、それぞれに娘が出来て、夏衣には来年孫が生まれることなどを聞き嬉しそうにしていた(この時点ではまだ夏衣自身は妊娠していない)。
 
「夏衣と佐都は今、佐都の夫の家に行っているのですよ。明日には戻りますから明日まで休んで行ってください」
 
「いや。私はこの世からは居なくなって、出羽の仏の国に生まれ変わったようなもの。長居は無用。みんなが幸せに暮らしているということが分かっただけで充分だよ」
 
「私は男であった存在が居なくなって、女に生まれ変わった者ですけどね」
「世の中には不思議なことがあるものよのぉ」
 
と言って、祖父は瑞葉(みずは)の頭をなでなでしていた。
 
私もそのうち曾孫をなでなでするような時が来るのだろうか。志摩はそんなことをふと思った。一時は子供さえも諦めていたのにね〜。なんか欲が出てきちゃったのかな。ふとそう思って志摩は微笑んだ。
 

一陣の風が舞った。
「お帰りなさい、わが君(夫のこと)」
と志摩は後ろも見ずに言う。
 
「ただいま、我が妹(いも:妻の意味)」
と光理(ひかり)が答える。光理はふつうの人の目にも見えるように示現している。何だか都の貴族のような服装である。
 
「今、どこから?」と祖父が驚いて言う。
 
「わが君、こちら私の祖父です。お祖父様、私の夫です」
 
「こ、これはこんな格好で申し訳無い」とか祖父はよく分からないことを言うが、光理の威厳のある雰囲気と服装から貴人なのではと思ったのだろう。
 
「お祖父様、出羽に戻られるのですか?」と光理(ひかり)。
「はい」
「ではこれを出羽の大天狗様に持って行ってください」
と言って、袋を渡す。
 
「これは?」
「干し李(ほしスモモ)です。奈良のE村N大神からのお届け物ですとお伝え下さい」
「大天狗というのは・・・・」
「出羽山の神殿の前に立てば、自ずと巡り会えるでしょう」
と言って光理(ひかり)は悪戯っぽく微笑んだ。
 

「お祖父様を無事出羽に帰すために、お使いを頼んだのね?」
 
夕飯を一緒に食べながら志摩は光理(ひかり)に言った。
 
「だって、あの爺さん、今にも死ぬつもりって感じだったからさ。簡単に死んだら志摩が悲しむかもと思ってね。ついでに病気は治しといたから、後10年くらいはもつかな」
 
「ありがとう。光理(ひかり)も昔に比べると随分親切になったね」
「僕は最初から親切だったと思うけどなあ」
「そうだね」
 
「瑞葉(みずは)よく寝てるね」
「うん。毎日、たくさんお乳飲んで、御飯も食べて、泣いて、寝て」
「健康な証拠だよ」
 
「神様の娘だもん」
と言ってから志摩はハッとした顔をした。
 
「この子、龍の姿になって空のお散歩とかしたりしないよね?」
「大丈夫。神様の能力は封印されてるから」
「へー」
「でもその能力はこの子が愛命(あめい)以外の人間の男と結婚して子供を産んでも、その子、孫へと封印されたまま代々受け継がれていく」
 
「受け継がれていってもずっと封印されたまま?」
 
「万一、僕の血統が断絶したような場合は、その子孫の誰かが普通に産んだ子供が神様として覚醒するのさ」
「それって・・・」
 
「いわば分家を作って、本家断絶に備えるようなものだね」
「凄い。でも何代も伝わるとさすがに薄れていくよね?」
「薄れない。神様の能力は分散しないから。小箱に収められたかのような形で伝わっていくんだよ」
 
「何だか難しくて私には分からないなあ」
 
「志摩、女の身体になってから理詰めで考えるのが少し苦手になった?」
「そうかも。結構男と女で頭の働き方も違うみたい」
 
「確かに僕も女になってる時はなんか普段と違うことを思いついたりするもんなあ。男と女って面白いね」
 
「そうだね」
 
ふたりは何となく微笑んで口付けをした。
 

「私のツビの片方、ひかちゃんに返そうか?」
「うーん。別に無くてもいいけど」
 
「サネ(陰核)いじりは気持ちいいよ」
と志摩は言う。
「実は昔けっこうそれで遊んでた。僕は自分のおちんちんでは遊べないから」
と光理も答える。
 
「じゃ、戻して楽しむといいよ」
「でも今は志摩からもらったおちんちんで遊べるから。これずっと僕がもらってていいよね?」
「うん。おちんちんが自分の身体に付いてたってのが今となっては悪夢みたいな気がするよ」
「でもサネいじりもあれはあれで気持ち良かった気もしないではない」
「じゃ、返すよ」
「それもいいかなあ。それでサネとサネ同士で夜の営みしたりして」
「そんなのできるの!?」
 
「波斯より更に西の希臘(ギリシャのこと)の国では《さほう》とかいうらしいよ」
と光理(ひかり)がいう。
「ふーん。ちょっと興味あるな」
と志摩も答える。
 
「そうか。ツビの片方を僕が持っておけば、志摩とは、男女のマグワイも女同士のマグワイもできるね」
「うふふ」
 
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【神婚伝説・神社創始編】(2)