【女たちの結婚事情】(2)

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転居先に関しては浦和市内で4LDK2Sという物件が見つかった。
 
「築10年という割にはあまり傷んでない感じ」
「メンテが良かったんだろうね」
 
「1階にLDKと和室+S、2階に洋室3つとSか」
「洗面所・浴室は1階。トイレは1階と2階にひとつずつか」
「トイレが結果的に2個あるのはいいね。7人で住む訳だから朝はけっこうトイレ戦争になる可能性がある」
 
「2階にも小さなキッチンがあるんだ?」
「元々は2世帯住宅として建てたものみたいね。最初は2階にも浴室があったのを潰してクローゼットにしたみたい。それで換気扇がある」

 
「2階の洋室は6畳×2+8畳。この8畳をパーティションで3分割して女の子部屋にしようよ」
「その東隣の6畳が男の子部屋かな」
「じゃ貴司もその部屋で」
 
「結局僕と京平が相部屋か」
「パーティションで切ってもいいし」
 
「2階のもうひとつの6畳(南側)を私と千里の愛の部屋、1階の和室を彪志君の部屋にすればいいと思う」
と桃香。
 
「その方がいいと思う。彪志君は夜遅く呼び出されることもあるから、1階の方が都合がいいと思う」
と千里。
 
「クローゼットも居室として使えるよね?」
「うん。問題無いと思う。必要なら窓を作ってもいいし」
 
「京平の幼稚園はどうする?」
「車で送迎すればいいよ」
 
「通勤も便利だよ。ここ産業道路に近いから車での移動が便利」
 
「いや貴司は鍛錬のため練習場所までジョギングすべき」
「それはジョギングではなくマラソンだと思う」
と貴司は反論する。。
 
「だいたいさいたま市内の朝夕の渋滞は深刻だから車が動かないよ」
「自転車とかは?」
と桃香が言うが
「トレーニング、トレーニング」
と千里は言っている。
 
「いやでも、川口市の今のマンションよりかなり便利だと思うよ」
と貴司は取り敢えず朝の通勤手段については触れずに言った。
 

3人は家のあちこちを見て回った末、外に出て待機してくれていた不動産会社の人に
「ではここに決めます」
と言った。
 
事務所に戻って手続きをする。
 
販売価格は土地込みで約7000万円であった。
 
「お支払いはどうなさいますか? もし頭金を1000万円ほど入れて頂きましたら毎月16万円、ボーナス月40万円の30年ローンくらいになりますが」
 
と不動産屋さんが言う。
 
「7000万円なら現金で払いますよ」
と千里。
 
「何〜〜〜!?」
と桃香が声をあげた。
 
「千里、貴司君を買い取る時に5000万円ギリギリあるかな、とか言ってなかった?」
「うん。あの時は普通預金にちょうどそのくらいの残高があったんだよ」
 
「普通預金以外にならもっとある訳?」
「内緒。桃香目の前にお金があったら全部使っちゃうもん」
「うん。私はそれが欠点なんだ。じゃ千里の資産がいくらあるかについては突っ込まないことにする」
「無尽蔵にあるわけじゃないから、あまり勝手な期待はしないでよね」
「うん。私は日々の御飯が食べられたらいい」
 
貴司は半ば呆然としていた。
 
それで不動産屋さんは売買契約書を作ってくれて、指定金額を千里がその場で振り込んだ。
 
「確かに頂きました」
 

12月13日(日)友引。
 
貴司の妹・理歌が結婚式を挙げた。ただしどこかに集まるわけではなく、今どき“流行”の、Zoomを利用したネット結婚式である。
 
結婚相手は大学生時代以来の恋人で、ふたりも随分長い交際の上での結婚となった。千里は貴司と一緒に、兄夫婦としてこれに(リアルで)出席する。
 
この結婚式のリアル出席者:
新郎新婦 坂口栄吾・細川理歌
新郎側:父・母・妹2人の4人
新婦側:父・母・貴司&千里・美姫の5人
 
合計11人+神職さんである(巫女さんはビデオ出演)。全員前日に千里が調達してきた簡易検査キットでコロナ陰性であることを確認している。実は新婦本人も含めた新婦側の6人、それに結婚式への出席は控えたものの現地までは来ている淑子はワクチンも接種している。
 
マスク着用(三三九度の時だけ新郎新婦はマスクを外す)、祝詞はテープで奏上し、ビデオの巫女舞を上映する。式場は窓を開け、席の間隔は充分離し、式中は全員無言での参加となった。親族堅めの盃は形だけとし、実際にお酒は注がず、飲む真似だけした。
 

実は理歌からは最初「細川貴司・美映」宛の招待状が届いていて、貴司はこれに“出席”の返事を出しておいた。しかし美映との離婚で美映の分の出席は取り消され、代わりに千里が貴司の妻として出ることになった。一応この時点では細川貴司の婚約者・村山千里の名義である。
 
「まあここだけの話、出さない訳にはいかないから招待状出したけど、美映さんを兄嫁として招待したくなかったから直前に千里姉さんを招待することができるようになって、嬉しかった」
などと理歌は言っていた。
 
千里はこの結婚式・祝賀会には貴司から改めて填めてもらったエンゲージリングを左手薬指に付けて出席する。実際には2016年11月以来ずっと千里が保有していたのだが。
 

式・祝賀会に出るのは千里と貴司だけなのだが、4人の子供の世話係として桃香、また、この機会に貴司や千里の両親に挨拶をしたいということで、富山県から桃香の母・朋子も出てくることになった。結局“千里の友人”所有のプライベート・ジェットで全員北海道に渡ることになった。なお、朋子・青葉も既にワクチンを接種している。
 
千里たちも朋子も前日12月12日に旭川入りしたので、貴司の両親に挨拶する。
 
「私まだ事態がよく分かってないのですが、ともかくもそちらのお嬢さんはご結婚おめでとうございます」
と言って御祝儀袋を渡した。
 
「あ、すみません。こちらがご挨拶に行かなければならなかったのに」
と貴司の父は言うが
 
「いえ、お父さん、貴司さんと桃香が結婚する訳ではないですから、特にあらたまった挨拶は不要ですよ」
と千里がコメントする。
 
「そうなるんだっけ?」
と朋子。
 
「そのあたりが実はよく分かってない」
と貴司の父。
 
せっかく遠い所から来てもらったし、祝賀会にも出席しませんか?と貴司の母が誘う。最初はそんなのに着て出る服も無いのでと朋子は言っていたが、祝賀会はネットでやるから服は関係無いと保志絵が言うので、朋子もホテルの部屋から参加することになった。
 

連れていった4人の子供(全員ワクチン接種済)を淑子も
「みんな可愛いね」
と言って喜び、頭を撫でている。
 
「みんな千里ちゃんの子供だっけ?」
「全員、私の遺伝子上の子供か法的な子供です」
「なんかよく分からないけど、みんな私の曾孫だと思ってもいい?」
「いいですよー」
 
淑子は自分の曾孫の京平だけでなく、緩菜・早月・由美とも遊んであげて
「この子たち4人の子供が結婚するまで頑張らなきゃ」
などと言っていた。
 
そして4人の曾孫に囲まれて記念写真を撮っていた。
 
千里は一度小歌もここに連れてきたいなと思った。ただあの子を連れてくるには“面倒な人”との話し合いが必要である。
 

緩菜が女の子の服を着ているのを見て、保志絵は千里に尋ねた。
 
「結局、緩菜は女の子として育てる訳ね?」
「本人がそれを望んでいるから。実際医者にも診せたんですけど、あの子完璧に女の子として発達しているんですよ」
 
(取り敢えず肉体的にも完全に女の子であることは黙っておく)
 
「まあ可愛いからいいよね」
「ええ。髪も短く切るのを嫌がるから、ああやって長いまま。でも自然にカールしてるんですよね」
「ああ、パーマ掛けてるんじゃないのね?」
「天然なんですよ。栗色の髪も染めている訳じゃなくて天然で」
 
「そのカールしてるのと茶色いのを除くと、ほんと雰囲気が千里ちゃんに似てるよね」
「ええ。私の娘ですから」
 

理歌の結婚式は旭川Q神社で行われた。千里が奉職していたのはもう12年前なので人はかなり入れ替わっているものの、斎藤巫女長はそのままだったし、他にも千里を覚えてくれていた人が結構いた。副巫女長は、以前稚内Q神社にいた麻里子さんという人で、実は千里と一緒に新人巫女研修に参加した人であった。彼女も千里を覚えていた。
 
「久しぶり〜」
「元気してた?」
 
「千里ちゃんはもう巫女してないの?」
「越谷市のF神社の副巫女長。名前だけだけど」
 
「おお、やはり千里ちゃんはずっと巫女続けると思ったよ。今日の結婚式は巫女さん抜きだけど、巫女さん入れるなら、千里ちゃんにしてもらいたかった」
 
「私、新婦の兄嫁だから」
「いつ結婚したの?」
「籍だけは近いうちに入れるけど今はまだ法的には婚約者かな」
「ああ。式はコロナが落ち着いてからするんだ?」
「そういう人たち多いよね。それもあるけど夏までは忙しいんだよ」
「へー。でも子供は大きいのに」
「まあ子供製造は先行して」
「ふむふむ。でもこの子、和風美人だね」
 
今日は緩菜は長い髪をそのまま垂らして和服を着せている。
 
「ロングヘアが好きみたいなんだよね〜」
「千里ちゃんも長い髪は昔のままだね」
「この髪が私のシンボルマークになってる感じ。髪をあげてまとめてると私と認識してもらえないみたい」
「ありがち、ありがち。でもこの子、ほんとに雰囲気が千里ちゃんに似てる」
 
「でももっと大きい子もいたね」
「まあ以前も結婚していたからね」
 
「へ?」
「元々彼と結婚していたんだけど、その後各々別の人と結婚してて、8年ぶりの元サヤ婚」
「それは凄い」
 

祝賀会は旭川市内のホテルに移動しておこなう。今年はネット祝賀会も随分行われているのでホテル側もしっかり設備を整備している。祝賀会会場に入るのは、新郎新婦のみで、2人はたくさん話したりするので食事はしない。
 
設置されているカメラ内蔵パソコンに向かって並んで座っているだけである。パソコンの操作も新郎がする。操作方法は事前に説明書を渡されているので、彼氏は前日に充分練習していた。会社の仕事もテレワーク・ネット会議なので、操作としては特に問題ないようだった。
 
控室で休んでいたら保志絵さんが来て言う。
 
「ね、ね、千里ちゃんとこの娘さんの誰か、理歌のウェディングドレスの裾を持つ役をしてもらえない?」
 
「じゃ緩菜がいいかな。貴司さんの一応娘だから」
「了解。じゃ衣装持ってくるから」
 
それで保志絵さんが衣装を着せてくれたが、その時、保志絵さんは、さり気なく緩菜のお股に触っていた。千里はそれを見て楽しい気分になった。後から「緩菜ちゃん、もうおちんちんは取っちゃったの?」と訊かれた。
 
取ったというより消滅しちゃったんだけどね〜。
 

緩菜は新婦とお揃いのデザインの可愛いドレスを着て、しっかりとトレーンベアラーの役を果たした。この子は笑顔をしている時が多いので、この役には最適だったようである。早月はわりと難しい顔をしていることが多い。
 
今回の祝賀会では千里は貴司とふたりで電子会議出席者に直信で挨拶をして回った。各々の出席者で数分間にわたってメッセージのやりとりをすることもあった(各出席者は実際には各自の自宅にいる)。結果的にはふたりの北海道でのお披露目という感じにもなる。貴司の親族の中には以前から千里が貴司の妻として行動していた時期を覚えている人が多く
 
「出席者表見たけど、なんで千里ちゃんの苗字が村山になってるの?」
などと随分尋ねられた。
 
「すみませーん。元鞘婚です」
「え?一度別れてて、また結婚するんだ?」
とみんな驚いていた。
 
「なんか別れている間に子供が4人になりました」
「それ各々別の人との子?」
「いや、それが経緯が複雑すぎて、どう説明したらいいのやら」
「4人とも苗字がバラバラだし」
「なんでまた?」
「正直な所、私もよく分かりませんけど、取り敢えず長男は、貴司の種で私が産みました」
「ああ、一番上がそれだとまとまりやすいかもね」
 
なお、阿倍子も美映も結婚していた時期、一度も北海道の地を踏まなかったらしい。保志絵さんが2人を嫁と認めていなかった問題もあるが、阿倍子の場合は身体が弱くて大旅行ができなかったのもある。美映は最初から問題外である。むろん京平は千里が連れて何度も北海道にきて、淑子ともたくさん遊んでいる。緩菜は今回が初めての淑子との対面だった。
 
「一応籍は年明けたら入れますけど、再々婚でもあるので御祝儀は不要ですので。結婚式自体もオリンピックの後にする予定だし、コロナが落ち着いていてもネット結婚式にするつもりですし」
と言うと
 
「いや、そもそも前回はいつの間にか結婚していたから御祝儀をあげそこなった。祝電も送りたいから入籍する日を連絡してよ」
などと言われた。
 

余興ではやはり龍笛を披露する。千里は子供たちからも離れて演奏用の部屋に移動し、そこでひとりだけで演奏した。例によって落雷付きである。
 
「千里ちゃんの龍笛、久しぶりに聴いた。なんだか神がかってるね」
と言っていた人もあった。
 
保志絵さんは
「千里ちゃんの演奏の録音を再生しても落雷は起きないんだよね」
などと言う。
 
「所詮は音だけコピーしたものですからね。録音なんて」
と千里は笑顔で答えた。
 
「でもネット中継はちゃんと神々しさが伝わってくる」
「リアルタイム中継ですから」
 
千里がヴァイオリンを弾くのを覚えていた人もあり、
「ヴァイオリンはしないの?」
などという声も掛かる。それで千里はいったん制御を新郎新婦に返してから、演奏用の部屋を出て、4人の子供たちを見てくれていた桃香の部屋に行き、声を掛ける。
 
「そこのバッグの中のヴァイオリン取って」
桃香がバッグを開けるとビニール袋に包まれたヴァイオリンが入っている。
 
「こんなの持って来てたんだ?」
「私、必要なものは全部事前に分かるから」
「それ復活したよな。一時期はできなくなってたのに」
「うん」
 
それで元の部屋に戻り、急いで調弦してクライスラー『愛の喜び』を演奏した。これでもまたたくさんの拍手をもらった。
 
「千里ちゃん、ヴァイオリンが凄くうまくなってる」
「まあここ12年ほどの間の進歩ですね」
 

千里たちは理歌の旭川での結婚式に出席した後、玲羅や貴司の両親たちとともに留萌を訪れた。
 
「千里は勘当されていた間、留萌にも来てないんだっけ?」
と桃香が訊くが
「うちの母ちゃんに会うのに何度か来てるし、保志絵さんに会いにも来てるよ」
「ああ、貴司君と留萌で会っていたのか?」
「それが、私高校3年の時以来、1度も貴司とは留萌で遭遇してないんだよね」
と言って千里は苦笑する。
 
「そうそう。貴司が来れる時は千里さんの都合が付かず、千里さんが来れる時は貴司が都合付かず」
と保志絵さんも笑っている。
 
「ふたりが同時には姿を見せないから、実は千里さんは貴司兄さんの女装ではという説も出ていた」
と美姫。
 
「そんな無茶な!」
 
「貴司が女装してたらお巡りさんが飛んでくるよ」
などと保志絵さんは言っている。
 

最初に千里の実家を訪れる。
 
ここは現在千里の両親が2人で住んでいる。2DKの市営住宅である。
 
ふだんは津気子と武矢だけで、むしろ広すぎるくらいだと言っていたが、この日は千里・桃香・貴司、貴司の両親、朋子、が来て8人も居る。
 
むろん、戸も窓も全開放で扇風機まで掛けている。
 
千里たちの子供4人は美姫に見てもらっている。三密(集近閉)を避けるため玲羅夫婦も遠慮した。
 
最初に朋子が
「ご挨拶が遅れました。娘さんを頂きます」
と千里の両親に挨拶した。
 
「不肖で変態な娘で申し訳無い」
などと武矢は言ったが
「こちらも変態な娘で申し訳ないです」
と朋子も言っていた。
 
「なんて挨拶なんだ?」
と津気子が呆れていた。
 
その後で、貴司の両親も千里の両親に挨拶する。
 
「紆余曲折ありましたが、またお世話になります。千里さんを頂きます」
と貴司の父・望信が挨拶し、
「なんか二重売りみたいで変な気分ですが、よろしくお願いします」
と武矢は返していた。
 
その後で頼んでいた仕出しの膳を並べて食事会をした。例によって食事の間は無言で、話したい場合はLINEのメッセージでやりとりした。千里の父は放送大学とか行ったおかげでこの手の操作は大得意である。いちばん悩んでいたのは貴司の父であった。
 
なお、京平たち4人は別の場所でお子様ランチ風の御膳を出してもらい、喜んで食べている様子が美姫からのLINEで伝えられた。
 

食事会の後、千里の両親を残し、他のメンツで貴司の実家に移動した。
 
千里が持参していた紅茶とクッキーを出し、保志絵はお酒を出して(実際には開けないまま)しばし歓談した。
 
この家は4LDKの造りである。台所・居間の他に部屋が4つあり、貴司がまだここに居た頃は両親が1部屋、貴司・理歌・美姫が1部屋ずつ使っていた。2008年春に貴司が大阪に出て1部屋は住む者が居なくなったが、夏過ぎにここに淑子が「ゲームをするため」礼文島から出てきて貴司が使っていた部屋に住むようになった。
 
現在は理歌・美姫ともに旭川に出て行ってしまい、両親と淑子だけが住んでいるのだが、この日は美姫が戻って来ており、今夜は(初夜でホテルに泊まっていて不在の)理歌の部屋に貴司と千里が泊めてもらうことにしている。朋子と桃香は適当な時間に子供たちの居るホテルに引き上げることにしていた。
 
「君たちって高校時代からセックスしてたんだろ?」
などと桃香はストレートに訊く。
 
「この家の貴司の部屋でもしたし、旭川の私の下宿先でもしたよ」
と千里も開き直って答える。
 
「不純異性交遊だな」
「桃香に言われたくないな」
 
桃香は高校時代にも多数の女の子を毒牙に掛けている。
 

千里たちの引越は12月下旬、かなり押し迫った時期に実行した。
 
「しかし年に2度引っ越すとは思わなかった」
「転居届けが大変だったね」
 
今回書いた転居届は6枚である。
 
・高園桃香&早月
・村山千里
・細川貴司&緩菜
・篠田京平(親権者の阿倍子さんに依頼)
・川島由美(親権者の千里の権限)
・鈴江彪志(大宮から移動)
 
「彪志君以外は、実際ひとつの家庭だけど、法的には5世帯が同居してるんだよな」
 
「来年の6月になったら1つ減るから」
「もっと減らせないんだっけ?」
「考えてみたけど京平と由美を入籍すれば2枚にまでは減らせる。但し桃香と早月以外が全員細川になってしまう」
「それは仲間外れにされるみたいで嫌だ」
「結局子供の苗字が4人バラバラの状態が安定なんだよね」
 
などといいながら、千里は桃香は早月たちを千葉につれていかなくてもいいのだろうと考えていた。向こうは今の家を建てた時以来、早月と由美の居場所を確保してくれている。
 
なお、血縁関係の無い者を「同居者」として同じ住民票にまとめる手はあるのだが、ここまで複雑になっていると、むしろまとめないほうがスッキリするということで、その手法は使用していない。
 

千里は新しい家を買った直後から“車の置き場所”に悩んだ。1台や2台ならどこかの月極駐車場でも借りればいいのだが、取り敢えず4台の車がある状態である。そこで千里は隣の家が空き家になっているのに気付き、そこの所有者を調べて見ると、大阪に住んでいて埼玉に戻るつもりはないということだった。ただ狭い土地なので、あまり言い値がつかず放置していたらしい。千里はこの土地(8m×9m 22坪)を4000万円で買う交渉をまとめた。ここに建っていたボロ家を崩した上で、ビット付き昇降式駐車場を建てた。
 
ここで普段はどちらのユニットも全部下まで下げておき、支柱だけが建っている状態である(夜中にぶつけないように蛍光デーブを貼っておく)。この最上段を来客用として使用し、普段は地下に隠れている段に、車を駐めようという趣旨である。
 
結果的にこの隣接する敷地の下を5mほど掘ったので、千里は家からガレージへの通路を作るという名目で事実上の地下室を作ってしまった。
 
浦和の家の図(再掲)

 

住居の1階にある約4.2m x 2.5mのクローゼット部分の床を外し地面を5m掘って結果的にこの部分は1回天井まで8mほどの高さになった。
 
床はコンクリート/防音材/フローリングという構造にし、壁と天井にも防音材を貼り付けた。怪我防止のため壁には更にラバーを貼り付ける。ここは元々窓の無い部屋であったので防音構造にするのもかえって楽であった。但し感染症対策で強制換気し、常に空気が入れ替わるようにしている。高い部分に窓を開け、床付近に換気扇を設置して、ウィルスが溜まりやすい床付近の空気を積極的に排出する。これは津幡や若林のジョギングコースと同じ原理である。
 
その上で部屋の家の中心側の壁にバスケットのゴールを設置した。ゴールを設置した壁は建物とは直接つながっておらず、新たに床から立ち上げたもので振動が建物に伝わりにくくしている。ゴールの高さは可変にして3.05m(中学以上)と2.60m(ミニバス)のどちらにでも対応できるようにする。
 
これは千里と貴司自身の練習用でもあり、また京平たちに遊ばせるためのものでもあった。実際子供たちはこの半地下の部屋を面白がり「冒険」に使っていた。
 

この部屋の長辺は4mちょっとあるので、部屋の端に立ってゴールを狙うと、実はフリースローサークルからゴールを狙う距離になり、素人はこの距離からでもボールが届かない。実際桃香は10本撃って1本も入れきれなかった。
 
「生まれる前から仕込んでおいた」だけあって京平はかなり興味を示した。しかし5歳の京平の腕力ではまだ2.60mのミニバスのゴールにも直下からボールが届かないので、実際に入居した後で、更に低い1.40mまで下げられるように貴司と桃香が協力して改造した。これだと早月でもたまに入ることがあった。
 
「桃香さん、こういう工作ごとが得意みたい」
と貴司。
 
「うん。電気とか日曜大工とかは私の担当。裁縫とか料理は千里の担当」
と桃香。
 
「ほんとに桃香さん、お父さんって感じだ」
「私は京平からお父さんと言われているから」
「そうか。僕は京平のパパなんだ」
「そうそう」
 
京平は阿倍子をママ、貴司をパパ、千里をお母さん、桃香をお父さんと呼び分けているのである。
 

この部屋は「ガレージへの地下通路」名目の事実上の地下室(広さは7m×8mで、天井の高さは4.5mほど)とつながっており、そこからドリブルしてきてこの部屋の奥のゴールへシュートするというプレイもできる(部屋の入口にも上から下ろせるゴールがある)。
 
家の1階中心にある廊下からサービスルームに入ると滑り台(転落防止ネット付)があるので、これを滑ってサービスルームの床(地下5m)に到達できる。ここから地下室を通ってガレージの地下2階まで行き、そこからエレベータで地上(ガレージの裏手)に出て、ガレージの横の地面を歩いて通り側の廂(ひさし)に出て、廂の下を歩いて玄関に戻る、というのは子供たちにとって、ワクワクする冒険で、京平が先頭に立って4人で無限に走り回っていた。由美も周回遅れにはなるものの、頑張って走っていた。
 
↓再々掲

 
千里は子供たちが走り回っている時に車が出入りすると危険と考え、眷属に頼んで、ガレージ横から前面に出る箇所にゲートを作り、車が出入りする時はこれを閉じ、またセンサーによって廂部分に子供がいる時はガレージ前のチェーンが開かないようにコントロールするシステムを導入した。
 

千里は2階の南側の6畳の203番の部屋にワーキングテーブルを2つ並べ、片方にパソコンを置き、片方に61鍵のキーボードを置いた。
 
「これって何だっけ?」
「私の仕事道具。私作曲家だし」
「そういえばそうだった!」
「演奏家なら88鍵のを置くだろうけど、作曲作業には88鍵は大きすぎるんだよ」
と千里は解説する。
 
「でもこの部屋がいいの?今取り敢えず空いている隣のクローゼットでもいいのに。あそこにも防音工事すればヘッドホン無しで鳴らしてもいいのでは?」
 
「だって桃香と一緒に寝た後、夜中に起き出して仕事するパターンが多いと思うし」
「それって私が後ろから悪戯してもいいのかな?」
「節度を持ってもらえば。あと締め切りが厳しい時は勘弁して」
「ふむふむ。締め切りが厳しい時に後ろから突っ込めばいいんだな?」
「いきなり〜?」
 
なおそのクローゼットは逆に窓を開けて(元々窓があったのを塞いであったので、それを復活させた)京平のベースルームにすることになった。京平は普段は1階の和室に居て、夜は彪志と寝るが、青葉が来ている時は201番の貴司の部屋で寝る。が、千里が貴司と寝ている場合は、この自分の本来の部屋で寝ることになる。
 

この203番の部屋に千里は更に楽器用の棚を置き、龍笛・フルート・木管フルート・篠笛・明笛・クラリネット・ウィンドシンセ・ナイ・ヴァイオリン・アコギなどのほか数個のキーボードも置く。キーボードは25鍵の小さなものから88鍵のフルサイズのものまで6個もある。25鍵は旅先でのMIDI入力用だ。シフトキーを使うことで実際には88鍵と同様の広い範囲のデータが入力可能である。
 
「こんな楽器、今までどこにあったんだっけ?」
「マンションの押し入れに入れてたよ」
「そうだったんだ?」
「以前置いていた所から、あのマンションに引っ越した時持って来てたんだけど、出す暇もなくまた引っ越したし」
 
「ああ。私も箱を開けないまま、また移動したものがある」
 
貴司がヴァイオリンを撫でている。
 
「このヴァイオリンもやっと落ち着き場所が決まったなあ」
などと言っている。
 
「それ私と貴司の間をこれまで何往復したんだろうね?」
と千里も微笑む。
 
「それって君たちの愛の交換の軌跡?」
と桃香が訊くが
 
「往復した回数≒私が貴司に振られた回数だと思う」
と千里。
 
「いや、申し訳無い」
と貴司は頭を掻いていた。
 
「私と貴司の関係が変化する度に移動していたから。まあそれ以外の理由で移動したことも何度かあるにはあったけどね」
 
「君たちの関係もほんとによく分からん」
 
貴司がそのヴァイオリンを弾こうとしたが音が出なかった。千里が持って弾くと美しい音が奏でられた。
 
「理歌の結婚式でも思ったけど、千里、随分うまくなったね」
と貴司。
「うん、以前よりうまくなってる気がする」
と桃香も言う。
 
「青葉と一緒にだいぶ練習したからね。まあヴァイオリンのお稽古している小学生程度の音だよ」
と言って千里は笑っていた。
 

結婚式はオリンピックの後の予定なのだが、千里と貴司の婚姻届けは2021年1月17日の朝9:50に、さいたま市役所に提出した。
 
2人で一緒に届けに行った。準備しておいたものは、婚姻届け、各々の戸籍謄本、運転免許証(本人確認書類)、印鑑である。婚姻届けの証人欄は、千里の父と貴司の父が署名した。
 
これで2人はやっと法的な夫婦になった。高校2年の2007年1月13日に内輪の結婚式を挙げて以来、15年越しの婚姻届けであった。
 
届けを出した後は、自宅に戻り、記念写真を撮った。千里と貴司が並んだ所を桃香が撮り、千里と桃香が並んだ所、および千里を中央に、右に桃香・左に貴司と並んだ所を、いづれも天野貴子さんに撮ってもらった。カメラは桃香のLumixを使用した。
 
その後、天野さんは「遠慮する」と言って帰ったので、3人で“ウェディングケーキ”を切って、子供たちも一緒に食べた。
 

この日時は次のように選定した。
 
この月の朔が1月13日14:00、望が1月29日4:16で、その間の太陽・月両方が出ている時間帯でボイドを避けた場合、下記の時間帯が候補となった。(太陽・月の出没時刻は浦和の経度緯度で計算している−新こよみ便利帳の計算式使用。ボイド時刻はStargazerの数値)
 
13(水)14:00-16:21
14(木)7:46-16:50
15(金)無し
16(土)9:06-16:52
17(日)9:37-16:53
18(月)10:06-12:44,16:07-16:54
19(火)10:32-16:55
20(水)10:57-16:56
21(木)11:23-16:57
22(金)11:51-16:58
23(土)16:42-16:59
24(日)12:57-16:16
25(月)13:39-17:01
26(火)14:26-17:02
27(水)15:22-17:03
28(木)16:23-17:04
 
ところで千里の出生の太陽は魚11.5 水星11.98 貴司の出生の月が魚11.5で、千里の太陽(夫を表す)と貴司の月(妻を表す)が合(コンジャンクション)である。経過の月がこのポイントに来るのは1月17日4:42で、これに近い日時として千里は1/17 朝一番という時刻を選定した。
 
この日の六曜は仏滅だが、千里は六曜は根拠の無い迷信と考えている。それより十二直が「たつ(建)」で最大吉なのを重視した。前日16日夕方を選ぶ手もあるが、16日は六曜は先負だが、十二直が「とず(閉)」で最悪である。建設の起工式や棟上式も十二直を重視する。
 

なお阿倍子さんとの慰謝料交渉だが、双方の弁護士も交えて協議した結果、貴司は阿倍子さんに追加の慰謝料を4000万円、また未払い分の養育費200万円を払うことを決め、今後阿倍子さん側も追加の金品請求はしないことを約束してこれらの合意事項を公正証書にした。
 
それで1月末、千里が貴司に4200万円を貸して貴司が阿倍子にその金額を支払った。むろん千里は貴司に借用証書を書かせた。
 
結果的に今回の一連の出来事で千里が出したお金は、まず貴司を美映から「買い取った」5000万円、家を買った7000万円+4000万円、バスケット練習部屋の改造費300万円、ガレージ建設費1000万円、阿倍子さんに払った4200万円で2億1500万円にものぼる(その後更にプール建設のために5000万円使う−但し5000万円の臨時収入もあった)。
 
「貴司。万一他の女と浮気して私と離婚したいなんて言ったら、この借用証書(4200万円)を貴司に突きつけた上で慰謝料3億円請求するからね」
と千里は貴司に警告した。
 
「払えないよ」
と貴司は情けない顔で言う。
 
「だったら浮気しないことね」
と千里。
 
「まあこれで貴司君はもう千里の奴隷のようなものだな」
と桃香は言っていた。
 
「そもそも私美映さんから貴司を買い取ったんだし」
「確かにそうだった!」
 
「2012年にいったん婚姻届まで書いていたのに婚約破棄された件でも私は慰謝料請求したい気分だったんたけどね」
「あれもあらためて申し訳無い」
「その件は結果的にそれで千里が私と結婚してくれたんだから、こちらとしては構わない」
「まあ桃香の浮気ですぐ離婚したけどね」
「申し訳無い!」
「でもあの時は正直、桃香が居なかったら私自殺してたかも知れないよ」
 
「まあ物事はなるようになるものだ」
 
「それでなくても性転換手術でホルモンバランスとか無茶苦茶になって精神的に不安定になってたしさ」
と千里が言うと
 
「なあ千里、2012年に性転換手術したという大嘘はいいかげんやめないか」
と桃香が言う。
「うん。千里は2005年か2006年に性転換したはず」
と貴司。
 
「こないだは2007年5月に女の子になったと言ってたけど、それでも納得がいかない。どう考えても千里の性転換は2006年夏以前だと思う」
と貴司は更に言う。
 
「まあ私の性転換手術の証明書の日付は2006年7月18日になってるんだけどね。病院の領収書も2006年7月25日」
「やはりその時期か」
 
「私は千里の性転換手術に同行して、その時青葉にお土産を買ったんだけど、そのレシートの日付が2006年7月になっていたんだよ」
と桃香が言う。
 
「不思議だよね。私や桃香のパスポートに押されたタイ入出国のスタンプは間違いなく2012年、アテンダントの領収書も2012年4月なのに」
と言って千里は笑っている。
 
「それに私2011年に精子の採取をして、その精子で早月が生まれた訳で」
と千里が言うと
「それ本当に千里の精子なんだっけ?例えば貴司君の精子で誤魔化したとか」
と桃香が疑問を呈す。
 
「桃香の血液型はRh-B型・貴司の血液型もRh-B型。桃香と貴司で子供を作れば子供は必ずRh-になる。ところが早月の血液型はRh+B型だからね。私はRh+AB型」
 
「うーん・・・」
「親の血液型と子供の血液型を考えると、この4人の親が誰かというのは実はかなり分かるようになっている」
と千里は言う。これは美鳳さんからも言われた話だ。
 
「誰が何型だったっけ?」
と桃香は悩んでいる。
 
「まあ、こないだもちょっと紙に書いた通り、早月の遺伝子上の父親は間違いなく私だよ。自分が父親になったということ自体に私はかなり落ち込んだんだけどね、当時」
と千里は言った。
 

2021年1月17日の朝一番、区役所に季里子と桃香が赴き、必要書類を提出または提示して、パートナーシップ宣言をした。この制度は千葉市では2019年1月29日に始まった。つまり前回2人が結婚した時はまだこの制度は無かった。
 
必要な書類は、パーパートナーシップ宣誓書、運転免許証(住所確認+本人確認)、戸籍謄本(独身であることを確認するため)である。
 
宣誓書は左側に桃香、右側に季里子が名前を書いた。
 
この日に届けたのは、桃香が「思い立ったが吉日」と言ったからである。一週間前に電話してこの日に提出を予約しておいた(本当は頭の中が混乱しないように千里と貴司の婚姻届けと合わせたのである)。
 
「今日仏滅だけど」
「私は唯物論者だ。そんなものは科学的根拠が無い」
「桃香らしいね。じゃ17日に届けよう」
 
と言ってふたりは市役所に出かけたのである。同時に桃香の住所を浦和から千葉市の季里子宅に移す転入届も提出している。季里子は夏樹と結婚していたので親とは別の住民票になっていたのだが、その住民票に桃香と早月が同居人として掲載されることになった。この住民票には、来紗・伊鈴も記載されているので、まさにこの2人のパパになった感じである。
 

2021年4月。
 
京平は幼稚園の年長さんになった。貴司は1年ぶりにバスケット活動に復帰したが、板橋の練習場や、浦和の一軒家に作り込んだ練習場でかなり千里と練習を重ねていたことから
「31歳とは思えない動きの良さだ」
と監督に言ってもらえた。今年はコロナによる長期間の活動自粛の影響で思ったように身体が動かない選手が多い。
 
「心は21歳で頑張ります」
「うん。頑張ってね」
 
貴司は「自分は新入りだから」と言って、積極的に雑用を引き受けたので、チームメイトからも暖かく受け入れてもらった。
 

そして千里は昨年はコロナの影響で月給15万(年俸180万)に抑えられていたのが、今年は昨年のお詫びと期待料も含めて90万(年俸1080万)に増額してもらった。
 
「今年は東京オリンピツクもあるし、頑張ってね」
と監督は言っていた。
 
年俸が1000万円を超す国内の女子バスケ選手は千里の他には数人しか居ない。その中の1人が千里の永遠のライバル・佐藤玲央美である。ふたりは日本のリーグと同時にフランスのリーグにも属している(向こうの方が給料も高い)が、昨年はふたりともどちらの国でも活動できなかった。
 
そして千里はレッドインパルスのキャプテンに任命された。
 
千里が「キャプテン」なるものをやるのは実に初めてである。千里は中学でも高校でもキャプテンはしていないし、ローキューツではキャプテンは石矢浩子、40 minutesではキャプテンは秋葉夕子が務めていた。実はキャプテンにされそうになる前に逃げ出していた。
 
「えー!?私、人望無いですよぉ」
と言ったのだが
 
「世界の3P女王が何言っている?」
と今季から引退してコーチ登録になった前キャプテン・広川妙子(36歳)が言う。広川は年齢は36歳でも動きはまだ20代だ。しかし昨年1年間コロナで試合から遠ざかり、実戦感覚を取り戻しきれないと自覚して引退した。
 
「私より年上の人もいるし」
「でもチームに加入してからは6年経ってる」
「サンは敵を作らない性格だからキャプテンにいいと思う」
「絶対に諦めない性格もいいよね」
「単に諦めが悪いだけなんだけど」
 
「みんなサンのこと尊敬してますよ」
と28歳のポイントガード湊川妃菜乃は言った。(サンは千里のコートネーム)
 
「尊敬してるし頼りにしてるよね。負けててもサンが居るから絶対挽回できると信じてプレイしてるもん」
と26歳のスモールフォワード鹿島深月。
 
「前半30点差付けられたのひっくり返したこともありましたね」
と23歳のセンター春野さくら。
 
それで千里は初めてのキャプテンを潔く(?)引き受けたのであった。
 

2021年4月上旬、阿倍子さんのお母さんから電話があり、阿倍子さんが5日に子供を出産したと報せてきた。
 
「京平にも関わることだから伝えておかないといけないと思って」
とお母さん。
 
「おめでとうございます。男女どちらでした?」
「男の子でした」
「じゃ、賢太君たちにとっても、京平にとっても弟ですね」
「ええ。でも私、孫たちの相互関係がなんだかよく分からなくなって来た」
 
「ああ。取り敢えず全員『孫』という分類でいいですよ」
「そうよね!」
 
「でも千里さんと貴司さんが再婚したと阿倍子から聞いて私はびっくり」
「すみませーん」
「私、最初、抗議すべきじゃないかと阿倍子に言ったら、慰謝料を4000万円増額するというので手を打ったと言われて。そんなに払ってくれるのならいいかと思って」
 
この人もなかなか正直だ。
 
「まあそれで結局は2012年春の状態に戻っただけです」
と千里は言う。
 
「その話も私、今回初めて聞いたの。元々あなたと貴司さんが婚約して式場も予約していたところに阿倍子が割り込んだのね」
 
「ええ。でも古い話ですよ」
「なんかそれだと阿倍子の方が慰謝料払わないといけなかったんじゃないかいう気もして」
「その時、私が慰謝料もらってたら、私と貴司の復縁は無かったでしょうね」
「そうかもね。でもたぶん千里さんが貴司さんと切れてたら、阿倍子と貴司さんの結婚生活は1年もってなかったかもと阿倍子が言ってました」
 
「私が貴司の浮気をことごとく潰してましたからね。こちらとしてはこれ以上ライバル増やされてはたまらんから排除しながらドロップキャッチ狙いだったのですが、美事最後は他の子にさらわれたから、私も間抜けです」
 
と千里も苦笑いしながら答えた。
 

その日はお昼くらいに高岡から桃香の母・朋子が出てきた。
 
「あら、桃香は?」
「買物に出てるんですよ。夕方までには戻ると言ってました。貴司さんは試合です」
「へー」
「実際には桃香さんは秋花ちゃんとのデートだと思いますが」
と千里が言うと、朋子は顔をしかめる。
 
「あの子、まさか新婚早々浮気してんの?」
「昔から桃香さんは土日は他の女の子と会ってますけど、私は見ぬ振りしてます」
と千里は言う。
 
「ごめんねー。節操の無い子で」
「そういうのも含めて好きになったから」
「達観してるね!」
 
「青葉、忙しいんでしょ?」
と千里は訊く。
 
「そうそう。無茶苦茶忙しそう。オリンピックまでは全く時間がなくて、テレビ局にも全く出社できない状態が続いているみたい」
「まあオリンピツクまではどうにもなりませんね」
 
しばらく朋子は千里と話していたのだが、やがて顔をしかめる。
 
「あんた本当に千里ちゃんだっけ?」
「すごーい。お母さんは分かるんですね?。桃香さんにはバレたこと無いのに」
「あの子、勘が悪いもん。あんた誰?」
「きーちゃんとでも呼んで下さい。私は本当は千里の守護神です」
 
「精霊みたいなものかな?」
 
「まあそんな感じですね。できたら青葉さんや桃香さんには内緒で」
「うんいいよ」
 
「私はある人から千里を守護するように命じられています。子供の世話なんてのは、本来サービス品目に入ってないんですけど、便利に使われていますね。本物の千里はついさっきバスケットの練習に出て行ったんですよ」
 
「へー。きーちゃんか。いや以前から千里ちゃんって何人かいるのではという気がしてた。おっぱいあげてるのは本当の千里ちゃんで、絶対にあげないのが身代りだ」
 
「着眼点がいいですね。私は赤ちゃん産んでないから、おっぱいは出ません。あとさすがにバレるから私は青葉さんの前には出ませんよ」
 
「なるほど。でも千里ちゃんは赤ちゃん産んだんだっけ?」
「ふたり産みましたよ」
「どの子とどの子?」
「それは言ってはいけないことになってるので」
「まあいいや」
 
「その付近、千里本人もよく分かってないんですけどね。この4人の子供の中には桃香さんの遺伝子上の子供が2人、貴司さんの法的な子供が2人いますが、4人とも実は何らかの形で千里の子供なんですよ」
 
「へー!」
「千里は桃香さんの妻と貴司さんの妻を兼ねているから」
「なるほど、それはそれで合理的だ!」
 
「早月ちゃんが産まれた頃に、千里と桃香さんは、親って何だろう?って議論していたんですよね。法的な親・制度としての養親、遺伝子上の親、出産した母親。いろいろあるけど、結局は育てた人が本当の親なんじゃないかって結論に達したんですよ。千里と桃香さんはこの4人を育てて行くから、ふたりがこの4人の親だってふたりは思っています」
 
といいながら、《きーちゃん》は早月は多分離脱かな?と思っていた。由美についてはどうするのだろうか?
 
「貴司さんは?」
「子育てに参加する意志がまるでないですね」
「ああ、男ってそんなものか」
「ですです」
 
「でも親とは何かという問題は青葉見ていても思ったなあ」
「あの子、あまり語らないけど、きっと悲しい思いをたくさんしてきているでしょうね」
 
「でもさっきから見てるけど、緩奈ちゃんはどこをどう見ても女の子だね」
「でしょ? 緩菜の戸籍上の性別なんて、誰も忘れてますよ」
 
と言いつつ《きーちゃん》は自分が“実行犯”なので、少し後ろめたい。
 
「私はその付近の問題については桃香でそもそも常識をぶち壊されて、青葉と千里ちゃんも見ていて、理解せざるを得なくなったけど、世間ではなかなか理解されないよね」
 
「まあでも理解してくれる人が増えてきただけ、少しだけ居心地が改善されたかも」
 
結局、朋子は本物の千里が帰ってくるまで孫たちと遊んでいた。千里(千里A)は朋子が来ているとは知らずに玄関を開けてしまい、朋子と千里Bが並んでいるのを見て「きゃーっ」と叫んでしまったが、朋子は
 
「本物の千里ちゃん、練習お疲れ様〜、きーちゃんと一緒に御飯作っておいたよ」
と笑顔で言った。
 

4月下旬、千里が日本代表の合宿を終えて帰宅すると、庭にプランターが並んでいて、桃香が水をあげていた。
 
「あ、お帰り。お疲れ様」
「桃香、お花でも植えたの?」
「そうそう。緩菜がさ『お花ほしい』と言うんだよね。切り花買ってきてみたんだけど、どうも違うみたいで、それで京平が緩菜のことばを翻訳してくれたのでは、お花を育てたいということみたいなんだよ。それでプランターと土と種と活力剤と買ってきた。
 
「それはいいけど、桃香育てられるの?私、桃香が鉢植えとかでも育ててる所見たことない」
「うん。私も自信無い。千里は?」
 
「私はサボテンを枯らす女だよ」
「それではお先真っ暗だ」
 
「じゃ緩菜が言い出したんなら、緩菜を水やり係にするといいよ」
「そうするか」
「京平は緩菜を管理する係で」
「ああ、それがいいかも」
 
「たぶん早月や由美はこの手のものダメって気がする」
「ああ、するする」
と言ってから桃香は
「それ、私の娘はダメってことか?」
などと言っていた。
 

「でもなんで緩菜はお花を育てたいとか言い出したのかね?」
とお茶を飲みながらクッキーを摘まみつつ話す。
 
すると京平が
「かんな、たねまいてそだてたいといった」
と言う。
 
千里は、波留のお姉さんが、信次は死ぬ直前にあちこちの女に種を撒いたなどと言っていたことを思い起こした。
 
「自分が子供を残せないことを知ってて、代わりに花を育てたいのかもね」
と貴司が言う。
 
「そうだね。男の子なら自分の子供を産めないから」
 
千里の微妙な言い方に貴司も桃香も気づかなかった。
 
「クロスロードには、和実にしても冬子にしても千里にしても自分の子供を作った非常識な男の娘が多い」
と桃香が言う。
 
「和実ちゃんって、男の娘なのに子供2人産んだんだっけ?」
と貴司。
 
「そうそう。ひとりは代理母だけど、ひとりは自分で産んだ」
「それって実際には半陰陽だったわけ?」
 
「あの子はハイティング陰陽と自分では言ってたね」
「何それ?」
と貴司。
 
「説明を聞いたけど分からんかった」
と桃香。
 
「だけど最近は体外受精とか代理母とかで、出産した人が必ずしも遺伝子的に母とは限らなくなってしまったよね」
と貴司が言う。
 
「うん。そういう事態を想定していない民法は前提が崩れている」
と千里が言うと、桃香が
 
「遺伝子上の母と出産の母を区別すべきなら、遺伝子上の父と突っ込んだ父を区別すべきかもね」
などと言い出す。
 
「何それ?」
「だって女の股から出てくるのの反対は、女の股に突っ込んだのだろ?入れたから出てくるんだよ」
と桃香。
 
「うーん・・・」
 
「でも桃香さん、射精した本人と精子の所有者が違うってことあるんですか?」
「出産した本人と卵子の所有者が違うことがあるんだし」
 
「状況を想像できないなあ」
と貴司は言った。
 
この時、千里は桃香の言葉を理解できなかった。
 
 
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【女たちの結婚事情】(2)