【女たちの結婚事情】(上)

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2018年8月23日(木)。
 
貴司の「3人目の妻」美映が豊中市内の産婦人科医院で子供を産んだ。貴司の
「最初の妻」である千里はその日、天津子の師である羽衣に連れられてその病院を訪れ、出産の現場に立ち会った。
 
看護婦さんが貴司に
「産まれましたよ。女の子ですよ」
と言うので、千里は
「すごーい。貴司、今度は女の子のパパになったね」
と貴司に言って誕生を祝福した。
 
千里と貴司は赤ちゃんの誕生に感動して、ついキスをしてしまったが、そのことについては、お互い今のはうっかりであったことで合意し「なかったこと」にした。
 
羽衣はその生まれた子・緩菜(かんな)について
「これは千里ちゃんの子供なんだよ」
と言ったが、その時千里はその言葉の意味が分からなかった。
 

千里は2003年春、中学1年のゴールデンウィークに北海道グリーンランドに行った時、偶然同じ学校の1年先輩・細川貴司と知り合い、千里は自分は男の娘だとカムアウトしたのに貴司は自分のガールフレンドになってくれと言った。また彼は千里に「女子バスケ部」に入ることを勧めた。
 
つまり千里のバスケット・キャリアと貴司との交際歴は同じ期間あるのである。
 
しかし貴司との交際は本当に紆余曲折の道を歩んだ。千里が旭川の高校に入った時に留萌の高校に進学していた貴司とは、会いにくくなるだろうしということでいったん別れたものの半年後、インターハイ道予選の決勝で両者が激突した際10万人(蓮菜的見解)の観客が見ている中で貴司が千里にキスしてしまったのをきっかけに交際が復活した。
 
そしてふたりは双方の母に認められて2007年1月13日に内々の結婚式を挙げた。しかし2008年3月に貴司が大阪の会社に就職すると、北海道と大阪での交際継続は無理だろうと言ってふたりはいったん別れる。しかし2009年4月、東京に出てきた千里は当時貴司が交際していた聖道芦耶から貴司を奪い返すことに成功する。
 
ところが直後に貴司はまた新たな恋人藤原緋那と付き合い始めて千里はわずか1ヶ月で振られてしまう。しかしそこからまた頑張って同年12月、再度貴司の奪還に成功。2010年1月から2010年夏頃までふたりの蜜月状態は続いた。
 

2010年の前半千里は日本代表の活動で忙しかった。そのタイミングを狙って緋那は夏過ぎから貴司に猛烈な攻勢を掛け、一時は貴司が
「ごめん。僕、緋那と結婚するかも知れない」
と千里に通告する事態となる。
 
そしてちょうどその時期、桃香が千里に積極的なアプローチをしてきた。千里はレスビアンではないので、女の子に興味は持たなかったものの、友だちとして付き合う分はいいよと言ったし、千里のアパートの雨漏りの酷さを見て桃香が
「うちに一時的にでもいいから越してこない?」と誘うので、2011年1月、千里は桃香のアパートで同居を開始した。
 
当時千里は一応戸籍上男性であったし、桃香が熱い視線を千里に送っていたので、ふたりの同居は周囲からは「同棲」とみなされた。しかし千里は女の子の意識なので「同居」だよと言い続けた。桃香はたびたび千里に夜這いを掛け、千里も貴司には振られたしという気持ちもあったので桃香の誘いに応じていた。
 
更にふたりは相互に生殖細胞を貸す約束をする。
 
桃香が将来子供を産みたくなった時に千里の精子を使う代わりに、千里が誰か他の男性と子供を作りたくなったら桃香が卵子を提供するという約束である。この時点では桃香も千里が男性との結婚を目指すことを容認していたのである。
 
千里はこの約束に沿って精子の冷凍を数本作成し、その直後去勢手術を受けた。そして翌年くらいには性転換手術を受けようと考え、その予約も入れた。これが2011年5-7月頃の話である。
 
この時期、桃香は千里と同居(千里的見解)しつつも、他の女の子とも頻繁にデートしていたので、千里としては、自分とのセックスも単純に快楽を求めているだけなんだろうなと思っていた。
 

2011年3月の東日本大震災の時、被災地にボランティアに行っていた千里と桃香は家族を全部亡くした「少女」青葉と出会い、彼女の保護者となる。彼女の家族の遺体はなかなか見つからなかったのだが、7月中旬になってやっと見つかる。
 
それで葬儀をするのだが、この時、千里は青葉の「師匠」で高野山の深い山中に住む瞬嶽を送って行くことになる。霊的なポテンシャルの大きな千里のことを気に入った瞬嶽は千里に瞬里という名前を与えるとともに、千里の魂に数々の秘伝を「コピー」した。
 
この時、近くまで来たしと思い、帰り道に貴司の所に寄った千里は
「緋那に振られた」
と言って情けない顔をしている貴司を見て吹き出した。緋那は結局前々からの求愛者沢井さんと婚約してしまったらしかった。
 
結局は貴司との仲が約1年ぶりに復活することとなる。自分自身が桃香と同居していてしばしば性的な関係を持っていることに後ろめたさはあったものの、貴司とのつながりも深めて行った。
 
(もっとも緋那は沢井と婚約したにもかかわらず、実際に結婚して九州に移動してしまうまで、貴司への干渉を続けていた)
 

2012年1月オールジャパンでBEST8になり、あわせて4年ぶりの3P女王も獲得した千里に、貴司はあらためてプロポーズした。
 
「千里、戸籍はもう女になってるんだよね?」
「ごめーん。まだなんだよ。今年の秋くらいに変更するつもり」
「だったら、年末くらいに籍を入れない? そして大学院とか行かずに大学を卒業したら、大阪に来て、僕と一緒に暮らしてよ」
と貴司は言った。
 
それで千里は貴司と一緒に宝石店に行ってエンゲージリングを選び、式場も予約する。双方の親の署名までもらった婚姻届も作り、千里の性別が女になったところで提出しようと言っていた。
 
ところが貴司は2012年7月唐突に阿倍子と婚約し、千里との婚約を破棄した。性転換手術を受ける直前であり、精神的に動揺した千里は、手術のあと自分のバランスが取れない感覚となり死にかけるが、青葉のおかげで何とか回復することができた。(つまり千里は青葉に2度命を救われているのである)
 
千里の性別変更を申請する書類は8月末に提出したが、その結果が出る前の9月、桃香がエンゲージリングまで用意して千里にプロポーズした。千里はそれを受け入れて、ふたりは2012年9月9日密かに結婚式を挙げた。この時点では実はふたりはまだ戸籍上男性と女性であった。
 
しかし千里の性別変更が10月に認可されたことで、ふたりは法的には結婚できない関係となった。千里は桃香と結婚するなら戸籍上の性別は直さない方がいいのかもと思ったのだが、桃香が「私は女の子の千里が好きだ」というので法的には結婚できなくなるものの、自分の「本来の性別」になる道を選んだ。
 
この時期は千里も薄情な貴司のことなどきれいに忘れて、桃香とレスビアンカップルとして生きて行こうと思ったのだが、1ヶ月もしない内に桃香の浮気が発覚する。千里はぶち切れて、エンゲージリングと結婚指輪を突き返そうとする。桃香が土下座して謝った末、結局千里はエンゲージリングや結婚指輪は
「右手薬指」にはめるという妥協をし、結果的にふたりの関係は
 
「桃香は千里を恋人だと言い、千里は桃香を友だちだと言う」
という以前からと同様の関係に戻ってしまった。
 

一方の貴司は阿倍子の父の死のため結婚式が延期になり、2013年8月に阿倍子と結婚したのだが、この時貴司がこれまで何度も貴司と千里の間を往復していたヴァイオリンを千里に返したいと言った。それがふたりの愛の証と知った阿倍子がここに置いておかないで欲しいと言ったのがきっかけである。それで千里がちょうど近くに行ったついでに大阪に寄って受け取ったのだが、このヴァイオリンの受け渡しは、結果的に千里と貴司の関わりを復活させることになった。
 
中古のミラを衝動買いしてそれで全国走り回ってきて精神力を回復させた千里は、貴司の浮気心を巧みに利用して、密会を重ねるようになる。そして阿倍子を嫁とは認めず、いまだに千里のことを可愛がってくれていた貴司の母やもとより仲の良かった妹たちの応援も受けて、いつしか千里は貴司の「もうひとりの妻」という立場を手に入れてしまった。その三角関係は2015年貴司に子供・京平が生まれるとかえって固定化してしまう。
 
2017年7月、千里は川島信次から執拗な求愛を受けた。仕事上の取引先担当者で無碍には拒否できない中で話は千里の思惑をほぼ無視して進んでしまい、結局千里は信次と婚約せざるを得なくなってしまうのだが、付き合ってみると信次も本当に千里を崇拝している感じで、千里も次第に彼のことを本当に好きになっていく。そして京平の問題は別として、貴司のことは思い切る決断が出来た。
 
2018年3月、信次と千里は結婚した。
 

その間、千里が貴司に干渉しなくなったため、貴司は「浮気自由」の状態になってしまう。その中で三善美映を妊娠させてしまったことから、貴司は阿倍子に離婚してくれと懇願し、阿倍子もあまりの仕打ちに冷めてしまって離婚に同意する。
 
貴司は2018年1月、千里の結婚に少し先行して阿倍子と離婚、美映と結婚した。
 
千里は3月に結婚したものの実際には仕事が忙しすぎて、信次と同居できるようになったのは5月中旬からである。ところが信次は7月上旬に事故死してしまった。
 
新婚生活をあまり味わう間もない内の突然の夫の死に千里はショックで廃人同然になってしまうが、四十九日をすぎた2018年8月23日、羽衣が千里を大阪に連れて行き、貴司と美映の間の子供・緩菜が産まれる所に立ち会わせる。この緩菜の誕生にはある秘密があった。
 
そしてそれを機会に千里は立ち直りのきっかけをつかみ、2019年1月に信次の忘れ形見・由美が生まれると子育てのために頑張るようになる。そして2019年4月、千里は「思い出さなければならないもの」があることに気づき、全国を走り回った末、出羽山で美鳳と再会。一昨年7月に失っていた巫女の力を取り戻した。
 

千里がパワーを取り戻す少し前の2019年4月、突然父が母・妹と一緒に千里の住む世田谷区経堂のアパートを訪れた。
 
父は千里が性転換手術を受けた(と称する)2012年に千里を勘当していたのだが、その勘当を解き、千里が女になるのを認めると言ってきたのである。
 
父は千里と信次の結婚祝い、由美の誕生祝い、そして信次の香典を持って来ていた。そして千葉市にある信次の実家を一緒に訪れ、仏檀に線香をあげて康子にこれまでの非礼を詫びた。
 
千里の父がこのタイミングで態度を軟化させたのにはいくつかの理由があった。もっとも大きな理由は、千里の父的に「ほとぼりが冷めた」ことがあった。あまりにも激怒したために、振り上げた拳を降ろすタイミングを自分で失っていた面もあった。
 
それと、千里の父はNHK学園高校、放送大学を受講し2019年3月に大学院まで卒業することができたのだが、この受講費用を全て千里が出していたことを知ったこともあった。このことは、父が卒業するまで絶対に言わないでくれと千里が母に言っておいたものである(言うと「もう学校辞める」と言い出しかねないので)。勘当した「元息子」がそういう親孝行をしてくれていたことを知り、父としても恥ずかしくなったのである。
 
それから、2019年1月4日に、千里と信次の間の子供・由美が誕生したこともあった。孫が生まれたと聞き、本人としてはその顔を見たい気持ちが起きたのだが、由美を見に行くためには千里と和解しなければならないので、背に腹は代えられない思いが父を動かした。
 
そして最大のきっかけは、玲羅の結婚が決まったからであった。
 

玲羅は2018年夏、ちょうど信次が死んだ直後くらいの時期から友人を通して知り合った長内陽介さんと交際を始め、2019年3月に結婚の約束を交わした。そして2019年9月に結婚式を挙げることを決めたのだが、ここで千里の扱いの問題が浮上した。
 
玲羅としては当然ながら唯一の「姉」である千里に出席して欲しい。しかし父はこれに難色を示した。それで父vs玲羅+母という大激論が起きたのだが、ここで母が「千里と和解して孫の顔見に行こうよ」と言ってかなり父の心を揺さぶった上で、最後の切り札として学費を千里が出していたことを打ち明けると、父はとうとう折れて、千里と和解し、千里にちゃんと玲羅の結婚式に出てもらう方向で同意したのであった。
 

玲羅の結婚式は2019年9月14日(土・大安・連休初日)に札幌市内のホテルで行われた。
 
千里は「川島千里」名義の招待状をもらい、玲羅の友人名目で一緒に招待状をもらった桃香とともに、むろん早月・由美を伴って札幌に向かった。大人としては飛行機の方が楽だが、子供たちに機内で泣かれるとどうにもならない。そこで前日金曜日に《はやぶさ》で新函館北斗まで行き、スーパーカムイに乗り継いで札幌入りした。東京−函館間(860km)が4時間、函館−札幌間(320km)が3時間半という、距離と時間が比例しない旅である。
 
札幌の式場になっているホテル内にツインの部屋を玲羅が確保してくれていたので、そこに桃香と一緒に泊まる。
 
翌朝、桃香に(一応独身なので)振袖を着せてあげた上で、自分は(新婦の姉なので)黒留袖を着て、一緒に式と披露宴が行われる2階まで降りて行くと、理歌・美姫の姉妹に遭遇する。玲羅と理歌は仲が良いので、その関わりで招待されたようだ。
 
「千里お姉さん、お久〜」
とふたりは手を振ってくる。
 
理歌・美姫としては千里は今でも「貴司の奥さん」扱いなので、彼女たちにとっては千里は義姉なのである。
 
「お久、お久。私、結局長内さんは写真でしか見てないんだけど、理歌ちゃんたち会った?」
 
「ちょっと面白い人だね」
「ドジな玲羅ちゃんと、なかなか良い勝負」
「お似合いだと思うなあ」
「でもどちらものんびり屋さんだから『あれ〜、お金無いよ』『困ったね。食料どうしよう?』なんて話になりかねん」
 
「危ないなあ。でもお似合いなのは良い」
 
桃香が早月(2歳)、千里が由美(8ヶ月)を抱いているので、理歌も美姫も2人と遊んでくれた。由美はわりと誰にでも愛想が良いものの、早月は人見知りが激しいのだが、その早月もこの2人は警戒しないようで、きゃっきゃっと笑顔が出ていた。
 

結婚式は神式で行われる。式場が狭く人数制限されていたので、玲羅の側は両親と千里、美輪子、優芽子が出た。由美は桃香に預けておいたが、実際には千里の従姉で千里と元々仲の良い愛子と姉の吉子が2人と遊んであげていたようである。吉子は3児の母、愛子も2児の母で、自分の子供たちとまとめて面倒を見てくれた。
 
なお婚姻の祝詞では玲羅はちゃんと「村山武矢の長女」と読み上げられていた。普段は玲羅は千里に配慮して「次女」を自称してくれているが、実をいうと法的には千里も玲羅も長女なのである。千里は性転換前に戸籍を分籍していたため、両者は各々長女になった。離婚・再婚を繰り返した場合に各々の籍で長男・長女が発生するのと同じである。
 
(京平は貴司・阿倍子の長男、早月は桃香単独の娘、緩菜は貴司・美映の長男、由美は千里単独の養女である。つまり貴司には長男が2人いる)
 
式が終わってから披露宴が始まるのを待つ間、千里が女性用親族控室で、どうせ周囲は女性ばかりだしと思い、留袖を緩めて由美に授乳していたら、愛子がギョッとしている。
 
「ねえ、千里ちゃん、おっぱい出るんだっけ?」
「出るけど」
「なんで出る?」
「なんでと言われても京平が2015年に産まれて、お乳あげている内に2017年に早月が産まれて、続けておっぱいあげていて、更に今年(2019年)由美が産まれたから。なんかお乳の停まる暇がないというか」
 
「京平って誰だっけ?」
「私が産んだ子」
と千里が答えると
「うーん・・・・」
と愛子は悩んでいる。
 
「千里赤ちゃん産めるんだっけ?」
と吉子も言っている。
 
「その京平君の問題について私は千里を詰問したい気分なのだが。しかし一時期出にくくなったこともあったね」
と桃香が言う。桃香は千里の伴侶として親族控室に来ている。
 
「うん。2017年の12月くらいから。あの時期は私も結婚を控えて仕事が無茶苦茶忙しかったから、体調の問題だと思うよ。四十九日を過ぎたあたりから、また出るようになったしね」
 
「あ、そうそう。私と同居を再開した時にはまた出てた」
「信次が亡くなった直後は私自身身体のバランスがメチャクチャで、身体の中心と霊体の中心がずれて常に幽体離脱してる感じでさ。自分が歩いている姿が自分で見えるんだよ」
 
「あ、その状態というのは何となく分かる」
 
「やはり四十九日あたりで精神力も少し回復したんだと思う」
 
「それまで日常生活もひとりでできない状態だったのが、取り敢えず御飯作ったり掃除したりはできるようになったと言ってたね」
「うん」
 
「新婚ほやほやで旦那が死ぬってショックすぎるよなあ」
と吉子が言う。
 
「よく立ち直ったね」
と優芽子。
 
「私、基本が丈夫だから」
 

「だけど千里ちゃん、腕が太いね」
と吉子が言う。
 
「まあ私、バスケット選手だから」
と千里。
「早月と由美を左右に立ったまま抱えて両方の乳房で授乳できるよ」
「すごーい」
 
「千里の握力も凄いからな。彼氏を抱えて逆駅弁をした話は聞いた」
と桃香が言う。
 
「すげー!」
「ちょっとー。そんなこと人に言わないでよ!」
 
「今どこのチームにいるんだっけ?」
と愛子が訊く。
 
「同じチームだよ。2018年度は任意引退選手扱いだったんだけど、今年度は2軍登録。徐々に調子あげていくけどねー」
 
「うん。頑張ってね」
 
「東京オリンピックに出るつもりで頑張るから」
と千里が言ったので
 
「そうこなくちゃ」
と千里のバスケ活動を知っている愛子は言ったが
 
「おお、頑張れ頑張れ」
と言った桃香は、これを冗談だと思っている。
 

披露宴では千里は由美は桃香に預け、自らは新婦の姉ということで、出席者に挨拶してまわった。千里が女性化しているのはもう千里が中学生の頃から親戚の間ではかなり知られていたので(気づいてなかったのは父くらい)、驚く人は少なく、みんなから
 
「千里ちゃんが紋付き袴とか着てたらどうしよう?と思ったけど留袖で安心した」
と言っていた人もあったし、
 
「千里ちゃん、ほんと美人になったね」
などと言ってくれる人もあった。
 
余興では千里は龍笛を吹いたが美しい調べに出席者は酔いしれていた。千里の笛の音につられてやってきた龍たちが「祝砲」を鳴らしてくれたが、
 
「あれ?晴れてたのに」
「私傘持ってきてない」
などと言っている人もあった。
 

千里が「事故」により巫女の力を失ったのが2017年7月、その力を取り戻して、美鳳たちとの関わりも回復したのは2019年の4月である。それで千里は本来毎冬すべき修行を2017-18シーズンと2018-19シーズンはパスした。2019-2020シーズンに3年ぶりに修行に参加した。
 
2年も休んでいたため、千里の体力はかなり落ちていた。それで前半は千里だけの特別メニューを美鳳さんと一緒にこなした。
 
「特別メニューといってもきついですね」
「そりゃ当然。他の人よりきつい特別メニューだから」
「ひぇ〜」
 
ある日千里は美鳳に尋ねた。
 
「京平って結局私が産んだんですよね?」
「何を今更」
 
「どういう仕組みでそんなことができたんです?私子宮も卵巣も無いのに」
 
「千里は最低300年は修行することが大神様によって決められているんだけどね」
「それ確定ですか?」
「確定」
「私生きてない気がします」
「千里はたぶん1万年くらい生きる」
「そんな馬鹿な」
「冗談だけどね」
「もう・・・」
「死んで幽霊か何かになってもとにかく300年間は修行しないといけない」
「それはいいですよ。やります。なんか藍川さん見てたら、別に幽霊でも構わない気がしてくる」
 
「まああの人の存在は面白い。偶然あんな状態になっちゃったけど、全然幽霊らしくないね」
「本人もしばしば幽霊だということ忘れているみたい。こないだ健康診断受けたら異常なしと言われたらしいですよ」
 
「幽霊で健康診断を受けられるというのが凄い。それで京平だけど、簡単に言えばあれの誕生は千里と青葉と阿倍子さんの共同作業によるもの」
 
「卵子は結局誰の卵子なんです?」
「千里の卵子に決まってる」
「私、卵巣ありません」
「今はね」
「・・・・・」
 
「最初の計画では千里には毎年修行をしていたら10年後に本物の膣、20年後に本物の子宮、30年後に本物の卵巣をあげる予定だった」
 
「30年後ですか!?」
「ところが伏見の方から京平の誕生に協力してくれという話が来て少し事情が変わった」
「・・・」
 
「取り敢えず京平が出て来られるようにするため、千里の膣は2007年の段階で本物に交換させてもらった。ペニスを改造した膣では狭すぎて赤ちゃんが通過できないから」
「私のヴァギナ、まるで本物みたいって、私の性別検査したお医者さんがみんな言ってました」
「本物だからね。男の子のペニスって伸び縮みが特徴的で、女の子にはそういう器官が無いとみんな思っているけど、伸縮性だけから言えばヴァギナの方がよほどたくさん伸び縮みする」
 
「ほんとですね!」
「まあそういう訳で、千里のヴァギナがペニス改造物だったのは最初の数ヶ月程度だったんだよ。そして京平がいよいよ生まれる年に子宮も本物に交換した」
 
「・・・・じゃ、私、今子宮あるんですか?」
 
「あるよ。ただしMRIとかには写らないように調整している。開腹手術すれば見えるよ」
「え〜〜〜!?」
「人間って便利なものに頼りすぎてるからね。見えるかどうかと存在するかどうかは別」
「うーん・・・・・」
 
「そもそもあんた生理があるんだから、子宮がなければ、どこの膜が剥がれて出てくるのさ?」
「それ、最初から不思議だったんですけど!?」
 
「それで子宮までは作ったけど、卵巣だけは30年後まで許可できないと言われた。だから京平の卵子は30年後の千里から採卵したんだよ」
 
「30年後って修行始めたの16歳で何年か飛んでるから50歳くらいですよね。子供産める年齢じゃないと思う」
「ふつうなら閉経している時期だよね。でも千里って身体が若いから閉経は60歳くらいで起きるんだよ」
 
「まあたまにそういう人はいますよね。私、採卵された時、誰かと一緒に寝ているような気がしたんです」
「当時の千里と30年後の千里が重ねられていたのさ。採卵針は24歳の千里の膣に刺したけど、届いた先は49歳の千里の卵巣だったのよ」
 
「そうだったのか・・・・」
 
「妊娠中は千里の子宮・膣と阿倍子さんの子宮・膣を交換していた」
「うーん・・・・」
「そうしないと阿倍子さんは脳下垂体からのホルモンの出が悪くて妊娠を維持できないんだよ。だから千里の脳下垂体からのホルモンで、阿倍子さんの卵巣と彼女の体内に埋めこんだ千里の子宮をコントロールしていた。だから千里は妊娠検査薬を使えばプラスになっていたわけ。hCGホルモンが大量に分泌されていたから」
 
「そのあたりは何となく想像していました」
「もっとも千里も元々男の娘だから、阿倍子さんよりはマシだったけどホルモンのコントロールが上手くない。そこは青葉に頑張ってもらったね」
「男の娘より下手って・・・でも妊娠が維持できたのはひとえに青葉のおかげですよ」
「うん。結果的にはあの子自身の妊娠の練習にもなったね」
 
「・・・・・青葉妊娠できるんですか?」
「今言ったこと忘れて」
「うむむ」
 
「千里と阿倍子さんの子宮・膣を交換した主たる目的は妊娠中の状態を阿倍子さんに体験してもらって、次回からは本人も妊娠できるようにするため。もうひとつは当時バスケット活動を再開していた千里が妊娠しているにもかかわらず激しい運動をできるようにするため」
 
「私妊娠しているっぽいのに、こんなに運動していいのかなとは思いつつバスケしてましたよ。妊娠しながら合宿やって、産後すぐユニバーシアードやって、続けてアジア選手権もして。アジア選手権の頃はだいぶマシになったけど、ユニバーシアードの頃は血が足りなくてふらふらでした」
 
「まあ千里も頑張ったね」
 
「出産当日のこともよく分からないんですけど」
「あれは別に難しくない。出産・後産は千里の子宮・膣を持った阿倍子さんがした。だから千里はそばに付いてて、京平を助産師さんのあと最初に抱いたね」
「ええ。京平との約束でしたから」
 
「後産まで終わったところで子宮・膣は本来の所有者のところに戻した」
 
「それで私は産褥ナプキンとかドーナツ座布団とか使うことになったんですね」
「まあそういうこと。痛かったでしょ?」
 
「いんちゃんがだいぶ痛みを緩和してくれたから助かりましたけど、痛かったです」
「まあ千里も出産の痛みを体験したかったろうしね」
「痛いのを体験したかった訳じゃないけど、京平の母親にはなりたかったです」
 
「実際に妊娠していたのは千里の身体だから、お乳が出たのも千里」
「いんちゃんにだいぶおっぱいマッサージされたから」
 
「それに阿倍子さん体力無いから、本当に出産させたら死んでたというのもある」
「私が痛みを代わっていたのに、死にかけましたね」
「まああの子もそれなりに頑張ったと思うよ。貴司君と離婚して神戸に戻った後ウォーキング始めたのが良かった。あれで本当に子供を産める体力が付いたんだよ」
 
「あの人、そんなことしてたんですか?」
「それアドバイスしたのは千里だけどね」
「私、そんなこと言いました?」
「千里って、降りてきた言葉を人に言った時は、それそのまま忘れてるね」
「ああ、そういう指摘はされたことあります」
 

「ところで緩菜って本当に貴司の子供なんですか?」
 
「緩菜に関することはまだ教えられない。時期が来たら教えてあげるよ」
「やはり何か秘密があるんですね?」
 
「千里は緩菜の血液型知ってる?」
「はい。AB型です」
「さすがさすが。貴司さんの血液型は?」
「B型ですよ」
「親の血液型と子供の血液型を考えたら、自ずと誰が誰と誰の子供か分かるはず」
「え?」
「あとは考えなさい」
「うーん・・・」
 

やがて2020年の幕が開き、この年は慌ただしく過ぎていった。
 
4月、青葉は大学を卒業してテレビ局にアナウンサーとして勤め始める。
 
そして貴司はこれまで所属していたサウザンド・ケミストラーズが解散になり、関東のチームに移籍。12年間住んだ千里(せんり)のマンションを引き払い、埼玉県川口市に美映・緩菜とともに引っ越して来た。最寄り駅は南浦和駅で、千里と桃香が住んでいる経堂からは小田急とJRを乗り継いで1時間。千里と貴司がこんなに近い場所に住むのも12年ぶりであった。
 
千里は胸が騒ぐのを抑えられなかった。
 
6月、阿倍子が再婚することになり、京平が相手の連れ子と相性が悪すぎるので京平を千里に預かってもらえないかという話を持ってくる。千里は桃香と京平の相性を確認した上でこれを受け入れ、京平は早月・由美のお兄ちゃんとして千里・桃香と一緒に暮らし始める。
 
もっとも千里は6月から8月までは日本代表の活動で忙殺される。桃香はこの時期、昨年付き合っていたマヤに振られたものの新しい恋人・秋花に入れあげていたので、これ幸いと子供たちの世話を《きーちゃん》や《いんちゃん》に任せて、合宿につぐ合宿で自宅を空けることが多かった。京平は《いんちゃん》を
『いん』、《きーちゃん》を『きー』と呼んでなついていたようである。《すーちゃん》や《びゃくちゃん》たちも時々子供たちと遊んであげていたので、千里も桃香も不在の時、経堂のアパートはなかなか賑やかであった。
 
9月末、春に貴司が移籍してきたばかりのチームが解散になってしまう。貴司は悩んだものの、31歳という年齢も考え、現役を引退し、このチームを所有していた会社の一般社員として勤め始める。当然のことながら収入は激減したようであった。
 

2020年11月4日(水)。
 
美映は唐突に千里のマンションを訪れ「貴司を5000万円で買い取って欲しい」と言い、署名捺印済みの貴司と美映の離婚届、貴司の署名捺印だけされて妻の欄が空白の婚姻届を見せた。
 
千里はその「買い取り」に同意し、弁護士同席のもとで、今後同様の金銭は要求しないこと、貴司に干渉しないことを明記した念書を書いてもらった上で離婚届を役場に提出、その場で5000万円を美映の口座に振り込んだ。
 
なお貴司と美映の長女・緩菜は千里たちが育てることにし、緩菜の親権は貴司が持つということを離婚届に記載した。
 

それで緩菜も千里たちのマンションで育てるため、千里と桃香は3人の子供(京平・早月・由美)を緩菜と一緒に連れて貴司のマンションに行き、緩菜の服を段ボールに詰めていたら貴司が帰宅する。
 
「千里何してんの?」
と貴司が戸惑ったように訊く。
 
「ああ、貴司さん、大変だったね。でも緩菜ちゃん、私たちがちゃんと面倒見るから安心してね」
と桃香が言うので、その言葉で貴司は一瞬、美映が事故死でもしたのかと思い
 
「美映に、まさか、何かあったの?」
と青ざめた顔で言うので、千里と桃香は顔を見合わせる。
 
「貴司、美映さんと離婚したんだよね?」
と千里が訊くと
「はぁ〜〜〜!?」
と言って貴司は絶句した。
 

桃香が今日起きたことを貴司に説明する。5000万円で「夫の買い取り」が行われたというので
 
「嘘!?僕って売られちゃったの?」
と貴司が呆然として言う。
「金銭トレードだな」
と桃香は言った。
 
「交換トレードってのもあるんだっけ?」
と千里が言うと
「それはママレード・ボーイという名作が」
と桃香。
 
「あ、確かに」
 
結局、この件は貴司が全く知らない所で進行していたことが分かる。離婚届も貴司は全く知らなかったというので、貴司の分の署名は美映が貴司の筆跡を真似て書いたのだろう。
 
貴司の本当の筆跡と違うことに千里が気づかなかった訳が無いと桃香は思ったのだが、おそらく自分に都合の良い進行をしていたので気づかないふりをしたのだろうな、と桃香は想像した。
 
貴司は美映の携帯に電話して激論するが最後は美映が勝手に切ってしまう。それで貴司ももう疲れた様子で
 
「うん、いいよ、もう離婚で」
と言った。
 

取り敢えず疲れたね、ということでそのまま貴司のマンションでカレーを作って食べた。その時、緩菜の性別問題が出てきた。
 
「緩菜ちゃん、今日1日で早月や由美と随分仲良くなった。やはり女の子同士はすぐ仲良くなるんだね」
「本当の兄妹であるはずの京平の方が緩菜にはちょっと遠慮がちだったね。やはり男の子と女の子だと少し壁があるのかな」
「だけど、美映さんが美人だから、緩菜ちゃんも美人に育ちそうな感じ」
 
そんなことを千里と桃香が言っていたら
 
「ちょっと待って」
と貴司が言う。
 
「千里も桃香さんも勘違いしてる」
「ん?」
「緩菜は男の子なんだけど」
 
「何ですと〜〜〜〜!?」
 
「だって、男の子だったら、どうしてロングウェーブの髪で、スカート穿いてるのよ?」
と千里。
 
「下着も全部女の子のだったけど」
と桃香。
 
「いや、美映の趣味で」
と言って貴司は頭を掻いている。
 

その時千里はハッとして思い出した。
 
「でもでも、貴司。緩奈ちゃんが生まれた時、分娩室から出てきた看護婦さんが女の子でしたよ、と言ったじゃん」
と千里は当時のことを思い出して指摘する。
 
すると貴司が答える前に桃香から突っ込みが入る。
「千里君、どうして君は貴司さんの子供の出産の現場にいたのかね?」
「えーっと。なぜ居たのかなあ。私もよく分からない」
 
よく分からないのは本当のことなのだが(羽衣が自分に関する記憶を消してしまっているので、千里は羽衣に連れられて豊中市に行ったことを覚えていない)、桃香は当然こんな回答には納得しない。しかし貴司は緩菜の出生時のことについて説明したいと言った。
 
「でも子供に聞かせたくないんだよ」
 
それで子供たちにはテーブルでそのままカレーとおやつを食べているように言い、大人3人で別室に入ってふすまを閉めて話した。
 
「緩菜は、生まれた時は一見女の子に見えたんだよ。ちんちんが見えなかったし」
「まさか半陰陽?」
 
「いや、半陰陽というほどでもない。あの子、停留睾丸だったんだよ」
「あぁぁ」
「おちんちんも凄く小さくて肌の中に埋もれていたんだ。それで最初、お股には何も無いように見えて、それで女の子かと思ったんだ」
 
「なるほど」
「でもよく見ると割れ目ちゃんも無い。それであれれ?ということになって先生がお股を触っていて、まず埋もれているおちんちんを発見した」
「ふむふむ」
 
「先生は更に体内に指を突っ込んで、あ、ちゃんと睾丸もありますよと」
「ほほぉ」
「それで男の子であることが確定」
「ちょっと残念だな」
「なんで〜? でもこのくらいの事例は40-50人に1人くらいあるらしいよ」
「へー。そんなに?」
 
「停留睾丸はどうしてるの?」
 
「1歳の誕生日直前に手術して、陰嚢内に引き出して固定した。実は陰嚢も小さかったからよく伸びるように最初はシリコン製のおもりを一緒に入れてたんだよ。半年後、今年の2月にそれは再手術して除去したけど、半年間は陰嚢の中に左右2個ずつ玉があるかのような状態になってた」
 
「取る時に間違って本物の方を取ったりして」
「それ間違わないようにお医者さんも慎重に確認してから取り出していたよ」
 
「おちんちんは?」
「睾丸を外に引き出したら発達し始めて、ちゃんと見ただけで確認できるサイズになった。同じ年齢の他の男の子よりは小さくて実際問題として指でつかめないから、立っておしっこすることも難しいけど、ここまで発達したらマイクロペニスではないと先生は言っていた」
 
「確かに初期段階ではそれ完全なマイクロペニスだったかも」
 
「でもそれって外に出した睾丸がちゃんと機能しているってことだね」
「だと思う」
 
「女の子の服を着せるようになった経緯は?」
 
「それがあの子、お腹の中に居た時のエコー写真ではちんちんが確認できなくて。そもそも睾丸がなかなか降りてこなかったせいだろうけど紅葉の形も見えたんだよね。それで女の子ですねと言われてたから、美映のやつ、女の子の服ばかり買い込んでいたんだよ」
 
「ふむふむ」
 
「それで最初の頃、女の子の服ばかり着せてた。それで周囲の人からも
『可愛い女の子ですね』とか言われて『ええ。このまま美人に育ってくれればいいんですけど』とかやってたんだよ」
 
「美映さん、女の子が欲しかったのかな?」
「そうかも知れないという気はする。それで結局その後もあいつ女の子の服ばかり買ってきて。髪型も女の子みたいにして」
 
「だいたい緩菜(かんな)って女の子名前なのでは?」
「そうだっけ? DOG in The パラレルワールドオーケストラの一ノ瀬緩菜って男じゃん」
と貴司。
 
「ごめん。知らん」
と千里・桃香。
 
「以前『。ルエカミ京東』(←右から読む)に居たんだけど」
「あ、そのバンドなら聞いたことある」
「思い出した。まるで女の子みたいに美しい人だよね?ヴィジュアル系の範疇を越えている美形さ」
「うん。男の子なのに凄い可愛い人だったね」
 
「つまり貴司の趣味か」
「えっと・・・」
 
緩菜の性別問題については再度子供たちが寝てから話し合うことにした。
 

この日はそのまま浦和のマンションに戻って子供たちを寝かせることにした。それで千里と桃香が4人の子供を乗せてセレナでそちらに戻り、貴司には電車で!移動してもらった。
 
ここで4人の子供の年齢はこうなっている。
 
篠田京平A♂ 2015.06.28生 5歳4月
高園早月B♀ 2017.05.10生 3歳5月
細川緩奈AB? 2018.08.23生 2歳2月
川島由美O♀ 2019.01.04生 1歳10月
 
千里と桃香はこの子たちをどういう「部屋割り」で寝せるか、セレナの車内で話し合った。
 
「男の子部屋と女の子部屋ということでいいと思うんだよ」
と千里は言う。
 
実際問題として、今「男の子部屋」は京平がひとりで使っており、「女の子部屋」は早月と由美が使っている。桃香がその2人に添い寝しており、京平には千里が添い寝している。そして子供たちが寝静まった所で桃香と千里は、もうひとつの「夫婦の部屋」に移動して愛の確認をしている。
 
「貴司には台所に寝てもらってもいいと思う」
と千里が言う。
 
「まあ千里がそれでいいならいいかな」
と桃香。
 
「問題は緩菜だよね」
「女の子なら早月や由美たちと寝せればいいのだけど」
「男の子なら京平と同じ部屋に入れないといけない」
 
「うーん・・・・」
 

それで千里たちは貴司が到着した後、貴司も入れて再度話し合った末に、本人に選ばせることにした。
 
「ねえ、緩菜ちゃん。緩奈ちゃんは男の子?女の子?」
と桃香は尋ねた。
 
「わたし、おんなのこ」
と緩菜は答えた。
 
「じゃ女の子ということで」
「部屋は女の子部屋で」
「早月、緩菜ちゃんを同じ部屋にしていい?」
「いいよー。かんなちゃんとなかよくなったよ」
 
まだ2歳だし、男女が混じってもあまり問題無いだろうということで緩菜は取り敢えず今夜は女の子部屋で寝せることにした。
 
それで男の子部屋は京平1人になるので、貴司にもそこで寝てもらうことにした。
 
「まあ台所でも良かったけど。阿倍子と結婚してた頃はよくそこで寝せられてたし」
「ああ。浮気の罰ね」
「壮絶な生活してるなあ」
 
京平は「パパと一緒に寝れる」と喜んでいた。
 

さて、美映はそもそも離婚するつもりで、こういう話を千里の所に持って来た訳で貴司ももう離婚でいいと言ったことから、ふたりの離婚は確定した。提出してしまった離婚届はそのままにして戸籍に反映されるのを待つことにする。しかし、貴司と千里の婚姻届については、夜中、子供たちが寝静まってから台所に大人3人が集まり、再度協議した。
 
「桃香が認めてくれるなら、私は貴司と正式に婚姻したい」
と千里は正直に自分の気持ちを言った。
 
「僕は千里と結婚したい。こんなこと言ったら叱られるだろうけど、むろん阿倍子も美映も好きだったけど、千里のこともずっと思ってた。でも離婚してすぐは節操がないから半年くらい待たないか?」
と貴司は言った。
 
前回貴司は阿倍子と離婚して半月で美映と結婚している。
 
「私は千里にまた男性と結婚されるのは嫌だ。信次さんとの交際期間・結婚してた時期も凄く辛かった。でも私には5000万円で千里を買い取ることができんから、どうしても千里が貴司さんと結婚するというのなら、私との関係も続けてくれるという条件で我慢する」
と桃香は言った。
 
3人は悩む。
 
「貴司、私が桃香ともセックスしてたら不愉快?」
と千里は尋ねた。
 
「僕がさんざん浮気したから今更千里のことは責められない。千里が他の男とセックスするのは僕も辛くて我慢できない気がするけど、桃香さんとならその場面を見なければ何とかなると思う」
と貴司。
 
「桃香は私が桃香ともセックスするなら、私が貴司とセックスしてても平気?なんなら桃香の浮気は認めてあげるよ」
と千里。
 
「貴司さんとしている所を見なければ平気だと思う」
と桃香。
 
「桃香さんの浮気認めるなら、僕の浮気は?」
と貴司が訊くが
「断固阻止。あんまりやってると、ちんちん切っちゃうから。私別に貴司とレスビアンになってもいいよ」
「うむむ」
 
「じゃ私と桃香と貴司と3人で一緒に住んでいいよね?」
と千里は提案をした。
 
「やはりそうなるか」
と桃香。
「つまり今夜のような状態か」
と貴司。
 
「私と桃香の家、私と貴司の家、と2軒使う手もあると思う。イスラム教国で複数の奥さんを持っている男性は、ひとりの奥さんに1つずつ家をあてがって、本人は妻たちの家々を巡回するんだよ」
 
「それって平安時代の日本の通い婚と同じじゃん」
 
「たぶんそういうシステムが問題起きにくいんだと思うよ。でもうちの場合、子供たちがみんな仲良くなっちゃったじゃん。だから4人一緒に育てたい。もし桃香の家と貴司の家を設定して私が双方を訪問する場合は、京平・緩菜は貴司と一緒、早月・由美は桃香と一緒になると思うんだよね」
 
「うん。それが自然だ」
「そうなると、京平はせっかく2人の妹のお兄ちゃんになれて喜んでいるのに寂しがると思う。だから子供たちは引き離したくないから、結果的には全員同居の方がいいと思う」
 
「そうだなあ。結局は子供たちの都合を優先してやらないとな」
「自分で言うのも何だけど、この子たちって4人とも既に今までも親の勝手でかなり翻弄されてるからさ」
「うん。それはちょっと悪いかなと思ったりすることもある」
 

「ところでこの子たちって結婚できる子と結婚できない子を意識しておかなくていいか?」
と桃香が言った。
 
「うーん・・・」
 
「そもそも各々は誰の子供なんだっけ?」
と貴司が言う。
 
「それがどうもよく分からんのだけど、実は」
と桃香。
 
「取り敢えず親権者は、京平は阿倍子さん、早月は桃香、緩菜は貴司、由美は私だね」
「親権者がバラバラなのか!」
「ついでに4人とも血液型が違う」
「凄い兄妹だなあ」
 
「で遺伝子上はどうなってんだっけ?」
「どうなんだっけ?」
 
すると千里は言った。
「あまり深く追求しないで欲しいのだけど」。
 
「この場だけで、この話は忘れて欲しい。全員、私たち3人の子供と思うようにしたい」
 
そう言って、千里は4人の子供の名前を紙に書き、その各々の横に《法的な父・法的な母・養母(これは由美のみ)・遺伝子上の父・遺伝子上の母・出産した母》の名前を書いた。
 
「嘘!?」
「こうなってたの?」
「どうしたらこうなる?」
 
千里は桃香や貴司がその表をよく読む前に、紙を折りたたむと、シュレッダーに掛けてしまった。
 
「ちょっと待って。**の親って?」
「質問は受け付けません」
と千里は笑顔で言い切った。
 

「緩奈は女の子として育てるという前提で考える。そして女の子同士は結婚しないと仮定する。すると京平が他の3人と結婚できるかということだけを考えればいい」
と千里は言った。
 
「うん、それでいい」
と桃香と貴司は同意する。
 
「京平と早月はどちらも遺伝子的に私の子供だから結婚不可」
「その件について質問があるのだが」
「質問は受け付けません」
「うむむ」
「京平と緩菜はどちらも法的に貴司の子供だから結婚不可」
「その2人がいちばん分かりやすい」
「京平と由美は現時点では全く無関係だから結婚できる。私が貴司と結婚 しても連れ子同士だから結婚できる」
 
「その組合せだけか!」
「遺伝子的にも無関係?」
「うん。無関係」
 
「じゃ京平と由美の関わりだけは注意しておきたいね」
「うん。法的に結婚可能とは言っても、結婚させたくないよ。早月や緩菜がショック受けると思うし」
 
「うん。京平にはあくまで早月・緩菜・由美という3人の妹のお兄ちゃんでいて欲しい」
 

「住居だけど、取り敢えずは1部屋に女の子3人、1部屋に京平と貴司、1部屋に私と桃香ということで乗り切って、近いうちに転居を考えよう」
と千里は言う。
 
「やはり転居しないと無理か」
と桃香。
「無理だと思う。できたら4LDKSくらい」
と千里。
「家賃高いぞ」
と桃香。
 
「私、頑張って稼ぐよ。私の月給、今年の前半は月20万だったんだけどオリンピックでの活躍が認められて期待給ということで先月から月30万に上げてもらったんだよね。今シーズン頑張ってプレイするから、実績をあげたら春からは50-60万にあげてもらえると思うからさ」
 
と千里が言うと
 
「それ何の話?」
と桃香が言う。
 
「私、舞通レッドインパルスのプロ選手だから」
と千里。
 
「嘘!?」
と桃香と貴司が同時に声をあげた。
 
「千里現役引退したんじゃなかったんだっけ?」
と貴司。
「それいつからプロ選手なの?」
と桃香。
 
「実質入団したのは2015年。24歳の年。この年は私は40minutesに正式には籍を置いていたから、レッドインパルスは選手外の練習生扱い。2016年春に正式に登録されて2017年7月までは1軍だったんだけど、その後ちょっと事故にあったので調子落としちゃってさ。8月から2軍暮らしだったんだよね。2018年は結婚のため休部してて2019年1月から2軍に復帰して、今年は春から1軍にするぞと言われていたけど、日本代表に選ばれちゃって、Wリーグの試合に出られないから、取り敢えず2軍登録のまま。それでオリンピックが終わってから1軍に復帰したんだよね。実に3年ぶりの1軍復帰」
 
と千里は説明した。
 
「全然知らなかった!」
と2人とも言っている。
 
「なんか趣味のチームで活動しているのかと思った」
 
「千里、東京オリンピックに出たんだっけ?」
「出たよ。青葉に会場でインタビューされた時はちょっと面はゆかった。リオデジャネイロ・オリンピックにも出たけどね」
 
「知らなかった!青葉も何も言わないし」
と桃香。
 
「うちでも言ってたけど」
「そうだっけ?」
 
「ただ2018年のワールドカップは出なかったんだよね」
「2018年はさすがに無理だったろう」
「うん。バスケットできる精神状態じゃなかった」
 
「いや千里がリオ五輪に出たのは知ってたけど、東京五輪にも出たのは知らなかった」
と貴司。
 
「貴司は今回代表になれなかったね」
と千里は言う。貴司は2018年以降は日本代表(候補)に1度も招集されていない。2017年の代表活動が最後になっている。
 
「さすがに23-24歳くらいの選手には体力的にかなわん」
「浮気ばかりしてて鍛錬不足なんじゃない?」
「うっ・・・」
「それと京平と離れたのも貴司の運気が落ちた理由」
 
すると桃香が言った。
「ね、京平って強い金運を持ってるよね」
 
「まあ金運だけじゃないけどね」
「だって京平がうちに来てすぐ宝くじの100万円が当たったじゃん」
 
「阿倍子さんも京平とふたりで暮らしてた時期、宝くじが当たるんで何とかなってたらしいよ。薄情で無責任な元夫は全然養育費をくれないし」
と千里が言うと
 
「ごめーん。本当にお金が無くて」
と貴司は面目無さそうに言っている。
 
「まあ今回のオリンピックは、私は声が掛からないのを幸いにバックれておくつもりだったんだけどさー」
と千里は言う。
 
「青葉のおかげで、花園亜津子とのスリーポイント勝負なんて全国に流れてしまったじゃん」
「うん」
「あれのおかげで、また日本代表に呼ばれちゃって。だから今年春から夏にかけてはひたすら合宿してた」
「いつの間にそんなことしてたんだ?」
「桃香は秋花ちゃんにご熱心だったから、これ幸いと練習してた」
 
桃香がむせる。
 
「千里さぁ、もしかして私の浮気相手全部把握してる?」
「してるよ。2009年以来の全ての恋人の名前を言えるよ」
「それは私も言えん!」
「貴司の浮気相手の名前も全部言えるけど」
「千里、君は異常だ!」
「でも桃香の浮気のおかげで私は色々自由に活動できるし」
「うむむむ」
 
「まあそれで来期はもう少しもらえるようにするから、音楽関係の収入と合わせたら、たぶん家賃40万円までは払えると思う」
 
「40まん〜〜〜!?」
と桃香が叫んで絶句する。
 
「千里、その家賃出すなら、いっそ買っちゃわない?」
と貴司が言う。
 
「うーん・・・・その手もあるか」
と千里。
 
「私も買うほうに賛成。そんな高額払って賃貸というのはもったいない」
「確かに月40万なら年間480万、10年で4800万だからね。でも貴司は2008年春から今年春まで12年間、そんな家賃を払ってたんだけどね」
と千里。
 
「大阪のマンションってそんなに高かったの?」
「いや、あれは会社から家賃補助が出てたから払えた金額。自己負担は月10万だったんだよ」
「なるほどー」
 
 
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