【女たちの結婚事情】(中)

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3人は更に検討の末、最低4LDKSという条件なら、マンションより戸建てを買った方がいいという結論に到達。その条件で家を探すことにした。
 
そして千里は貴司に言った。
 
「貴司さあ。今の会社辞めちゃわない?」
「え!?」
 
「給料安くてもいいから、バスケットできる所探しなよ。美映さんじゃないけど、私もバスケしてる貴司が好きだよ。経済的な問題は気にしないで。私が貴司を養ってあげるから」
 
貴司はしばらく考えていた。
 
「実はこないだからバスケがやりたくて、やりたくて、やりたくてたまらない気分になってた。でも今仕事が忙しすぎて、とても練習とかする余裕がないんだよ」
 
「貴司って取り敢えず元日本代表だしさ、探せば選手として入れてくれる所あると思うよ。Bリーグの下位のチームか、あるいはどこかの実業団なりクラブチームなら」
 
「でも入れてくれるところが、この近くじゃなかったら?」
「その時は単身赴任で」
「うっ」
 
「もちろん遠くにいても浮気しようとしたら確実に潰すからね」
「もう諦めたよ。千里の目を盗んで浮気するのは不可能だ」
「ふふふ」
 
「千里の目が無くなっていた2017年の後半は浮気し放題だったけど、結果的に美映とのトラブルに至るし」
「自業自得」
「反省してる」
 
「まあでもそのおかげで緩菜が生まれた訳だけどね」
 
「それって結局、千里と信次君の出会いで、由美も緩菜も生まれたということになるのかな?」
と桃香が言う。
 
「幸祐もだよ。運命って本当に面白いね」
 

千里・桃香・貴司の3人が「結婚」して4人の子供と一緒に共同生活をするという話は、最初に千里が青葉に連絡した。青葉は大笑いして
 
「いいと思うよー。披露宴の司会させてねー」
と言っていた。
 
青葉は千里と信次の結婚式の時も披露宴の司会を務めた。
 
次に電話を替わってもらって桃香が自分の母・朋子に説明したが、朋子は
「意味が分からないんだけど」
と言った。
 
「法的には千里と細川君が結婚するんだよ。でも私も一緒に共同生活して4人の子供を3人のおとなで育てる」
 
「あんた新婚の家庭に同居していいわけ?」
「私も千里と夫婦だから」
 
「あんたは細川さんと結婚するんじゃなくて、千里ちゃんと結婚するの?」
「私が男と結婚する訳無い」
 
「えっと、じゃ千里ちゃんは細川さんの奥さんと、あんたの奥さんを兼ねるということになるのかな?」
「そうそう。一妻多夫の変形だよ」
 
「あ、なんか少し意味が分かってきた。それであんたは性転換して男になるんだっけ?」
「私は性転換する趣味は無い」
「そのあたりが実は私もよく分かってないのよね」
 
と朋子は結局事態がつかめてないようで、隣で青葉が「私が説明するよ」と言っていた。
 
しかし朋子も3人の計画に反対はしないと言ってくれた。
 

次に千里は貴司のお母さん・保志絵さんに連絡した。本来は貴司が連絡すべき所なのだが、貴司はどう説明したらいいか分からない、などと言っているので、千里が話すことにしたのである。
 
「え?貴司、美映さんと離婚したの?」
 
「昨日離婚しました。即結婚してもいいのですが、離婚即結婚は節操が無さすぎるのではないかということで、半年後くらい、今考えているのは貴司さんの誕生日の、2021年6月25日に婚姻届を出そうかと」
 
「じゃ、千里ちゃん、貴司のお嫁さんになってくれるの?」
「はい。本来は2012年に結婚しようと言ってあの時、婚姻届の証人欄まで、お父さんに署名して頂いたのに、紆余曲折で9年遅れになってしまいました」
 
「あんた苦労させたね」
「いえ。私もその間に別の男性と結婚したし」
 
「貴司と結婚してくれるなら大歓迎よ!」
と保志絵さんは言った。
 
「ただ、済みません。あれこれ紆余曲折の後遺症で、実は私の長年の恋人とも同居して3人同棲状態になる予定なんです」
 
「え〜〜!?他の男の人も同居するの?」
「いえ、女性です。2011年来の私の同居人なんですよ」
「あ、桃香ちゃんか!」
「はい、そうです」
「あの子、千里ちゃんと恋人だったんだ?」
 
「私、貴司さんとも高校時代結婚式を挙げたけど、実は桃香とも私が貴司さんに2012年に振られた後、結婚式を挙げていたんですよね。ですから、私って、川島さんまで入れると×3(ばつさん)なんですよ」
 
「それなら貴司も、千里ちゃんと阿倍子さんと美映さんとで同じ×3だわ」
 
「ええ。ですからお母さんの前でこんなこと言ったら怒られるでしょうけど、割れ鍋に綴じ蓋で」
 
すると保志絵さんが沈黙したので怒らせたかなと思ったのだが、やがて言った。
 
「それって性的な意味でもそうだよね? 千里ちゃんは赤ちゃん産めないけど貴司って、あの子、EDでしょ?」
 
「実は貴司さんは私とだけセックスできるんです」
「え〜〜!?」
「昨夜、念のためちゃんとできることを確認しましたよ」
「ほんと!?」
 
その間、桃香はコンビニに行っていてくれたのである。
 
「たぶん精神的なものでしょうね。本人の弁によれば貴司さんがセックスできたのは、私と緋那さんだけらしいです」
 
「え?じゃ、あの子、阿倍子さんや美映さんとは?」
「どちらとも、結婚してたのにその間1度もセックスできなかったらしいです。自業自得だと思いますけど」
 
「ちょっと待って。京平は体外受精と聞いたけど、緩菜は?」
「どうやってできたのか本人たちも分からないそうです」
「ね、緩菜って本当に貴司の子供なの?」
 
「お母さん。こんなこと多分信じないですよね?」
「うん?」
「実は京平も緩菜も私が産んだんですよ」
 
保志絵さんはしばらく考えていた。
 
「私、それを信じる」
「ありがとうございます」
 
保志絵は桃香の同居の件については目を瞑ると言い、近い内に千里と会いたいと言っていた。また貴司の父には自分から伝えると言ってくれた。
 
その後、貴司の2人の妹、理歌・美姫に各々、やはり千里が連絡したが、貴司と千里の結婚については2人とも大歓迎と言い、桃香との同居についても、「あ、そのくらい良いですよ。兄貴も散々浮気したんだから」と言っていた。
 

千里はその後、妹の玲羅に連絡した。妹も貴司との結婚は大歓迎と言ってくれたし、玲羅は過去に何度か桃香と会っているので「桃香さんとは今更結婚しなくても、既に結婚していたのでは?」と言いつつも、それも容認してくれた。
 
続いて叔母の美輪子に連絡するが、美輪子は青葉同様大笑いして
「いいじゃん、いいじゃん。何なら桃香ちゃんの恋人も入れて4人で結婚でもいいと思うよ」
などと言っていた。
 
「いや、桃香は恋人関係が長続きしないんですよ。今まで1年以上持った相手がいませんから」
と千里が言うと、桃香はばつが悪そうな顔をしていた。
 
その後で千里は自分の母・津気子に連絡する。
 
「わあ、貴司さんと結婚するんだ。あれ?貴司さんいつ離婚したの?」
と訊かれるので
「昨日離婚したんだよ」
と言うと、びっくりしていた。
 
「でも離婚してすぐ結婚していいんだっけ?」
「それは節操が無さ過ぎるから来年の6月に結婚しようと」
「あ、それならいいんじゃない?」
 
母も貴司との結婚は歓迎してくれたものの、桃香との同居について難色を示す。
 
「そんなことしたら、桃香さんと貴司さんの間に何か起きたりしない?それってお互いに不幸になるよ」
と心配する。
 
「それが桃香はガチのレスビアンなんで、男には全く興味が無いんだよ」
「え〜?そうなんだ?」
 
「私と桃香のセックスは貴司が見てない所でして、私と貴司のセックスは桃香が見てない所でする、という約束」
 
「桃香さんって性転換してるんだっけ?」
「してないよ。だから私と桃香は女同士でレスビアン・セックスしてるんだよ。桃香は男の身体が嫌いなんだよね。世の中からちんちんを全部消滅させてしまえ、とか言ってるよ」
 
「それじゃ人類が滅亡するよ!」
 
かなりの時間津気子と話した結果、津気子も最終的には桃香との同居を認めてくれた。
 

千里はやや重たい気持ちで、信次の母・康子にも連絡した。
 
「あら、いい人ができたのね。うん。結婚するのは祝福するよ」
と康子さんは言ってくれた。
 
「ありがとうございます。信次さんになんか悪いような気もまだしてるのですが」
 
「それは気にしないで。1周忌過ぎたら再婚していいよと私、言っていたのに、千里ちゃん、律儀に3回忌まで待ってくれたね」
 
「それで済みません。新しい彼との結婚前にいったん川島から籍を抜きたいのですが」
 
「ああ、それは構わないよ。でも千里ちゃん、その新しい彼の苗字を名乗るんじゃないの?」
 
「はい、それはそうですが、川島千里のまま結婚すると、私、川島の家から細川の家にお嫁にいく形になってしまいます。それは変なので、いったん村山の家に戻ってから、細川の家にお嫁に行きたいんです」
 
「確かにその方がすっきりするね。うん、それはいいよ。でも由美の苗字は?」
 
「今実は私苗字がお互いに異なる子供を4人育ててるんですよね」
「4人!? 3人じゃなかったんだっけ?」
「昨日1人増えたんです」
「あらら」
 
「それならもう子供たちの苗字はそのままでいいかなと思って。だから由美は川島の籍に置き去りにします」
 
「私はそれでいい。むしろ川島の苗字を名乗る子がいた方が嬉しい」
 
信次と波留の子供・幸祐は波留の苗字・水鳥を名乗っている。太一の子供・翔和は太一が亜矢芽と離婚して彼女が引き取ったので亜矢芽の苗字をいったん名乗った後、現在は亜矢芽の新しい夫の苗字を名乗っている。つまり康子の3人の孫の中で川島を名乗っているのは由美だけなのである。
 
「まあ由美がお嫁に行く時までの限定だけどね」
と康子は付け加えた。
 
しかしそういうことで、由美は川島のままにしておくことになった。
 
なお、信次との結婚指輪・エンゲージリングは3回忌の時に康子さんに返却済みである。
 

千里は6月に再婚した阿倍子にも自分が貴司と再婚することを連絡した。
 
「すごーい!美映さんから奪い取ったの?」
「それが買い取ったのよね〜」
 
と言って昨日のことを話すと阿倍子は仰天していた。
 
「うっそー。実質、離婚慰謝料5000万円ってことでしょ? 私は1000万円しかもらってないのに」
「うーん。。。それは申し訳無い」
 
「だいたいそれって慰謝料もらえるほど貴司に落ち度がある気がしないけど?」
「そうだなあ。美映さんと貴司が結婚していた間、私は一度も貴司とデートしてないから。他の女と浮気していたら分からないけど」
 
と言いつつ、緩菜が生まれた日に貴司とキスしたことだけ少し良心が痛む。しかし阿倍子は
 
「ああ、そうだよね?千里さんは結婚してたんだもんね」
とその件はこちらの話を信じてくれた。
 
阿倍子は千里と貴司の結婚自体は、もう自分も再婚した身だし、祝福してあげると言ってくれた。ただ慰謝料の問題については自分としては割り切れないと主張した。いったん電話を切って、桃香・貴司とも相談した結果、慰謝料について阿倍子と再協議する用意があることを伝え、それで彼女もこの場は引いてくれた。
 
「じゃその件はまた話すことにして、京平を結果的に貴司のもとで育てるならそちらに入籍する?」
 
「それなんだけど、阿倍子さんが迷惑じゃなければ篠田の苗字のままにしておけないかと」
「それは構わないけど、いいんだっけ?」
 
「これまでの面倒な経緯の結果、こちらは4人の子供を育てることになるんだけど、4人とも苗字が違うんだよね」
 
「なぜそうなった?」
 
「私もよくよく考えないと分からない。それでどうせバラバラの状態だから、そのままバラバラでもいいかなと。京平をこちらに入籍してしまうと緩菜と同じ苗字になるから、他の2人が疎外感を感じる気がしてね」
 
「うーん。まあ、千里さんがそれでもいいなら私もそのままでいいよ」
「だから京平の親権は貴司ではなく、阿倍子さんのまま」
 
「うん。それはそちらの方がいい」
 
それで京平の苗字は篠田のままになることが確定した。
 

千里を「永世副巫女長」に任命した越谷市F神社の巫女長・辛島栄子さんにも11月5日の内に連絡した。最初「再婚するなら、今度こそうちの神社で式を挙げてよ」と言ったものの「3人で結婚」というのを聞いて絶句した。
 
30分ほど掛けて事情を詳しく聞いた上で
「ちょっと待って」
と言っていったん電話を切り、向こうで夫の宮司・広幸さんと協議していたようだが
 
「その結婚式、挙げてあげるよ」
と広幸さんの方から電話があった。
 
「こんなのいいんですか〜?」
「だって邇邇芸命が磐長姫・木花朔耶姫の姉妹と結婚したの、千里ちゃんなら知ってるでしょ」
「あぁ!!」
 
「天孫族の最初の婚姻がふたりの妻との婚姻だったんだもん。千里ちゃんたちのケースも問題無いよ。念のため池上さんと泉堂さんにも照会したけど、千里ちゃんが結婚するなら、多少変わった形でも歓迎と言ってた。深耶ちゃんが巫女してあげるよと言ってたよ」
 
「嬉しいです」
と言って千里は涙を流した。
 

クロスロードの仲間にはメールで連絡したが、彼女らは一様に祝福してくれた。
 
「長い紆余曲折だったけど、ようやくゴールに辿り着いたね」とケイ。
「醍醐ちゃんたちがそういう前例を作ってくれると、私たちも助かる」とマリ。
 
「すごーい。3人で結婚というのは、さすがの私も思いつかなかった。でも子供がいつの間にか随分増えてる」と和実。
 
なお、マリも和実もこの時点で「2児の母」である。
 
「千里の前回の結婚は私はちょっと複雑な思いだったんだけど、今度は心から歓迎できる」
と淳は言っていた。信次と結婚した当時の千里の複雑な心情を察していたのはもしかしたら青葉と淳さんだけかも知れないなと千里はその言葉を聞いて思った。
 
「ああ、そちらも4人の子持ちになったのか。うちと同じだね」とあきら。
「それって結局、桃香の子供が2人、千里の子供が2人、貴司さんの子供が2人になるんだっけ?」
と小夜子から質問されたので千里はあらためて数えてみて
「桃香の子供は2人、貴司の子供は2人、私の子供は3人・・・かな?」
と答えた。自分でもあまり自信が無い。
 
「なんか難しー」
 

雨宮先生は
「3人で結婚とは大胆なことをする」
と言った上で
「3Pなら何度もやったけどね。特に女の子と男の娘の姉妹を同時に逝かせて同時に妊娠させたのは良い思い出だ」
 
などと、どうもよく分からないことを言っていた。男の娘を妊娠させたことがあるというのは確かに以前にも言っていたが、どうやって、どこで妊娠させたのか、千里は少しだけ興味を感じた。
 
★★レコードの加藤部長は
「えっと、子供が増えたって、産休が必要?」
などと少し焦ったような様子で訊き直してきた。確かに千里は2018年の夏から翌年春にかけて、全く使い物にならない状態になっていたので、長期間休まれるのは辛いだろう。しかし千里が子供は4人とも既に産まれていますと言うとホッとしていた。
 
(加藤さんは2019年6月に制作部長に就任した)
 
「前回の醍醐ちゃんの結婚の時は、あえて音楽関係の知人は招かなかったみたいだったけど、今度は招待するよね?」
 
「どちらも実は×3なので、あまり派手なことはしないで、親しい人だけで食事会のようなことをしようかと言っているんですけどね」
 
「食事会でもいいけど、今度は僕や町添も招待してよ」
「分かりました。検討します」
 

千里たちは緩菜の性別問題について更に話し合った。
 
「緩菜ちゃんを女の子として育てる場合に、ちんちんが付いてたら早月たちも完全に自分たちの姉妹として受け入れられないと思う」
と千里が言ったのに対して
 
「んじゃ、もうちんちん切っちゃう?」
と桃香は過激なことを言う。
 
「さすがに2歳の子供を性転換する訳にはいかないよ」
と千里。
 
「千里って2歳くらいで性転換した訳じゃないんだっけ?」
と貴司が訊く。
 
「私は21歳の時に性転換手術は受けたよ」
と千里が言うと
「だからそういう大嘘はつくなと何度言ったら」
と桃香からも貴司からも言われた。
 
「うーん。じゃ2007年5月21日に私が女の子になったことは認めてもいい」
「ほほぉ」
 
「だから前にも言ったように私がインターハイに出た時はもう完全に女の子になっていたんだよ」
「ふむふむ」
「でも千里女子バスケ部に移動されたのは2006年11月だったよね?」
「あれはある人が悪戯して書類を改竄した結果なんだよ」
 
「うーん・・・・」
 
「それで私は性転換せざるを得なくなったんだけどね。だって男の身体なのに女子の試合に出るのはアンフェアじゃん」
 
「やはり千里の話はわからん」
 

ともかくも、それで千里は緩菜にタックさせることを提案した。それで試しに1度してみようとしたのだが、ここで困った事態が判明する。
 
停留睾丸の治療のため緩菜の睾丸は陰嚢の皮膚に縫い付けて固定されているため、タックで必要な「睾丸を体内に押し込む」作業ができないのである。
 
千里はこの問題に関して曲作りに関する盟友でもある蓮菜(葵照子)に相談した。蓮菜は外科医で、多数の性転換手術を手がけている。可愛い男の娘のおちんちんを切り落として女の子の型に整形していく最中は興奮して自分が濡れるなどと危ないことまで仲間内では言っている。
 
蓮菜は最初に緩菜のペニスのサイズを測った。1.5cmしかなく蓮菜は「これはマイクロペニスだ」と診断した。
 
「停留睾丸の手術してくれたお医者さんは1.5cmあればマイクロペニスではないと言ってたけど」
「それは1歳の基準だよ。2歳4ヶ月でしょ?この年齢だと2.5cm以下はマイクロペニスなんだよ」
「なるほど」
 
「普通なら男性ホルモンとか投与するんだけど、それ嫌だよね?」
「それは本人がいちばん望まないこと。むしろ女性ホルモンを出してもらえると嬉しい」
「それ、私が処方しないと勝手に入手するでしょ?」
「まあ入手ルートはあるけどね」
「診察の上で必要だと判断したら処方箋書くから、素人療法はできるだけしないで欲しい。思春期前の子への投与量は難しいんだよ」
「分かった」
 
念のため心理療法士さんに診せて心理テストをしていたが
「この子は心理的には完璧に女児ですよ。そもそも自分は女の子だということを信じて疑っていない」
という診断をしてくれた。
 
その結果も見た上で蓮菜は
 
「この子が18歳なら、今すぐ性転換手術してあげたいけどなあ」
などと緩菜の小さなおちんちんを触りながら言った上で
 
「基本的に子供にタックはお勧めできないんだけどね」
とも言う。
 
「でも医者の立場からはそもそも大人でもタックは推奨しないでしょ?」
「うん。睾丸が死んでしまう程度は、どっちみち男を辞めようとしている人がするんだから構わないけど、腸や血管が圧迫されて、思わぬ所に障害が出る可能性もある」
 
「でもこの子、女の子の外見にしてあげないと、女の子としての発達をさせてあげることができないと思うんだよ。いくら本人が女を主張しても周囲の友だちとかが認めてくれないじゃん。それ以前に姉妹もだけど」
 
蓮菜はしばらく考えていたが、やがて言った。
 
「今睾丸は皮膚に縫い付けてあるんだよね?」
「うん」
「だったら、その縫い付けを外そう」
「外して大丈夫?」
「体内に戻ってしまう可能性もある。でもそもそも体内に押し込みたいんだよね?」
 
「そう」
「男性ホルモンが生産されなくなって、陰茎が更に縮むかも知れないよ」
「それは問題無い」
「それと定期的に私の診察を受けさせてくれ。万一腫瘍などができたりしたら速攻で摘出する必要がある」
 
「分かった。停留睾丸ってやはり腫瘍ができやすいの?」
「そんなことは無い。腫瘍ができる確率はふつうの睾丸と変わらないと私は思うよ。ただ、腫瘍ができた時に、陰嚢内にある睾丸は変化が分かりやすい。でも体内にある睾丸だと発見が遅れがち」
 
「なるほどぉ!」
 
「だから半年に1度は私に見せること。それがこの手術をしてあげる条件」
「うん。ちゃんと診察受けに来るから、手術お願い」
 
それで緩菜の睾丸は11月下旬に蓮菜の手術でいったん陰嚢の皮膚から取り外された。しかしそのまま体内に戻って行くことは無かった。またタックのためにいったん体内に押し込んでも、タックを外すと、ちゃんと陰嚢内に出てくることを確認した。
 
どうも1年間にわたって陰嚢内に固定されていたおかげで、そこを定位置として安定していることが推測された。
 
その上で緩菜のタックをおこなったので、結果的に緩菜のおちんちんとタマタマは1度も早月や由美の目に触れることは無かった。
 
「かんなちゃん、おとこのこだっていってたけど、おちんちんないじゃん」
と早月は緩菜と一緒にお風呂に入れた時に言った。
 
「わたしおんなのこだよ」
と緩菜も言うので、早月はその後、緩菜のことを普通に妹として扱ってくれた。
 

「今後の方針」がだいたい固まった所で、千里はあらためて信次の仏前に挨拶してくることにした。相手側の都合で訪問は11月11日(水)になった。
 
「ひとりで行ってくるの?」
と桃香から訊かれる。
 
「由美と・・・ついでに緩菜も連れていくかな。京平と早月を見ててくれる?」
「千葉に行くなら**屋のお団子をよろしく」
「了解〜」
 
それで千里はアテンザの後部座席にチャイルドシートを2個セットして緩菜と由美を座らせ、まずは桶川市に住む康子のもとを訪れた。
 
「おお、由美、元気してたか?」
と言って康子が由美をだっこする。
 
するとそれを緩菜が羨ましそうに見ているので
「えっと、その子がカンナちゃんかな?あんたもおいで」
と言って一緒にだっこしてあげていた。
 
「由美もお兄ちゃん・お姉ちゃんが合わせて3人もできてみんなに可愛がられていますよ」
 
信次の好きだった銘柄のカップ焼きそばと、御仏前の封筒を置き、蝋燭に火を点けて線香を立てる。緩菜を左側、由美を右側に座らせ、合掌するように言い、千里は鈴(りん)を鳴らした上で数珠を手に持ち(祝詞風!)般若心経を奏上(?)する。康子も後ろで合掌してくれていた。
 
仏壇に向かって一礼してから、向き直って康子にも一礼した。
 
「ありがとね。わざわざ挨拶しにきてくれて」
「結婚したら私はさすがにこちらに顔を出せなくなりますけど、もし良かったら由美たちとデートしてあげてください。私の新しい婚約者もお義母さんにはいつ来てくれても歓迎と言っておりますので」
「うん。遊びに行くね」
「はい」
 

アテンザの助手席に康子さんを乗せて、久喜市に住む水鳥波留・幸祐の家を訪問した。ここを訪れるのは千里は実は初めてである。
 
「ここ以前来たことあるの?」
「いえ。初めてですよ」
「でも迷わず来れた」
「私、めったに道に迷いませんから。私が迷う時は、迷う意味のある時だって、先輩の巫女さんに言われたことあります」
「へー」
 
持参のケーキを出して、波留さんとお姉さんに挨拶した。お姉さんとは初対面である。千里は波留さんもさばさばした感じの人と思っていたが、お姉さんは彼女以上に豪快な感じの人で気持ち良く感じた。
 
「信次君もまあ、くたばる直前にバタバタと自分の種をあちこちに撒いたもんだね」
などと言っている。
 
お母さんの前でいいのか〜?と千里は内心冷や汗を掻いたものの、康子さんも
「ほんとに節操の無い子だったからね」
と笑っていた。
 
「そのふたりも信次君の忘れ形見?」
などと尋ねられる。
 
康子さんが
「いえ、こちらの由美だけですけどね。緩菜ちゃんは千里さんが今度再婚する相手の娘さんなんですよ」
 
「あ、そう?なんか幸祐と似てる気がしたし。でもあれ?女の子だっけ?男の子かと思った」
とお姉さんが言うので、千里は「へ〜」と思ったものの康子さんは
 
「男の子がスカート穿きませんよぉ」
と言う。
 
「あ、そうだよね」
と言ってお姉さんはまた豪快に笑っていた。
 
幸祐(1歳7ヶ月)は人見知りしないようで、千里のそばに寄ってきては
「おばちゃん、だれ?」
などという。
「由美のお母ちゃんだよ。この由美は知ってるよね」
「うん。ぼくのおねえちゃん。おばちゃん、ぼくのおかあさん?」
「幸祐君のお母ちゃんはそこにいるじゃん」
「あ、そうか」
 
幸祐は「おねえちゃん、あそんで」と言って、由美を引っ張っていき、一緒に積み木をし始めた。緩菜も付き合っていたが、幸祐がアバウトに積むのを緩菜が微調整してあげている。緩菜ってけっこう神経質だよなと千里はここ1週間ほど見ていて思った。とりあえずこの場では緩菜はお姉ちゃん役である。
 
「幸祐君、元気ですね」
「典型的O型人間かもね」
 
などと波留のお姉さんは言っている。
 
「うちは伝統的にO型ばかりでさ。うちの父ちゃんと母ちゃんもO型、双方のじいさん・ばあさんがO型、私も波留もO型。私の亭主もO型、幼稚園行ってる息子もO型、信次君もO型で幸祐もO型」
 
「それはまた凄いです!」
 
「まあ細かいこと気にしないのがうちの一家の良い所でもあり欠点でもある」
と言って、またお姉さんは笑っていた。
 

その後、また康子さんと一緒にアテンザで東北道・外環道・東関東道と走って千葉市郊外の霊園に行く。お花と供物をそなえ、線香をあげて合掌し、般若心経を唱えた。
 
ここは川島家之墓とは書かれているが、中に入っているのは信次のみである。信次の父(康子の夫)は、先妻とともに別の墓所に眠っている。この墓に入る予定があるのは、太一と康子のみである。太一が再婚した場合はそちらに引き継がれていく可能性はある。
 
「太一さんのお母さんはそちらのご実家のお墓に入っているんですか?」
「うん。そうなの。太一の実父もそちらはそちらの実家の墓。なんかここの家はお墓もバラバラだね」
と言って康子さんは困ったような感じの笑みを浮かべていた。
 
お墓参りした後は、康子さんが
「千葉に来たついでにちょっと寄ってもいい?」
と言ったところに寄ってから、桃香に頼まれていたお団子を買う。それ以外に康子さんは「お土産」と言ってケーキを7個買って千里に渡した。その後で千里は康子さんを桶川市のマンションに送り届け、夕方頃、浦和のマンションに帰還する。帰り着くと桃香が「千里〜。疲れた。お腹空いた」と言ってカーペットの上に寝ていた。京平と早月もカーペットの上で熟睡している!
 
いったい何をしていたんだ!?
 

11月中旬、千里は佐藤玲央美・河合麻依子とともにクラブバスケット連盟に呼び出された。行ってみると、クラブバスケット連盟の理事さんの他に実業団バスケット連盟とWリーグの理事さんまでいる。
 
「単刀直入に言いますが、オールドムーンズの関東クラブオープンへの出場を辞退していただないかと思いまして」
 
「ああ、それは言われるかもしれんね、と言ってました」
と玲央美が言った。
 
このチームは一応玲央美がキャプテンである。
 
オールドムーンズはこの春に結成したチームだが、実を言うと2013年頃から都内の体育館に集まって「偶然会ったから手合わせ」といったことをしていたメンツを母体としている。メンバーの多くはそれぞれ本来の所属チームがあるので、その関係でこのチームは決してクラブ連盟に正式登録することはない。
 
ただオールドムーンズはメンバーの多くが30歳前後になり、最近は各チームでの出番が減っている子も多かった。今季から選手登録ではなくスタッフ登録に変更になった子や、2軍落ちした子も居た。それで「なまらないように頑張ろう」ということで今年の春にチーム名も付け他のクラブチームや実業団チーム、高校生大学生チームと練習試合をしたり、オープン大会に出たりしていた。
 
8月下旬に出た東京クラブオープンはこれまでに出た大会の中で最も大きなもので、オールドムーンズは準優勝して、関東クラブオープンへの出場権を獲得した。
 
が、辞退してくれないかという要請である。
 
「確かにオープン大会なので、出場するチームの資格は問わないのですが、よくよくメンバーを見たら、なんか現役プロ選手がゴロゴロいますよね。更に村山さんと佐藤さんは日本代表だし」
 
「すみませーん。最近みんななまっているので、あそこまで行くとは思わなかったんですよ」
と千里。
 
「プロではあっても事実上最近はほとんどベンチという子が多くて。それで鍛錬のために結成したチームなんですよ」
と麻依子。
 
「優勝できなかったことがそのあたりのパワーの衰えを象徴してますけどね」
と玲央美。
「それであの後、お互い練習に熱が入って、かなり底上げしました」
と千里。
 
「でも結果的には本来のチームで再評価してもらって出場機会の増えた子もけっこういるよね」
と麻依子。
 
「そのあたりはいいことですね」
と連盟の理事さんたちは千里たちの活動に理解を示してくれた。
 
その上で千里たちは辞退には同意することを表明した。それで先の大会で4位になったチームが関東オープンには繰り上げ出場することになった。
 
また来年以降のこの大会参加に関しては、バスケ協会に登録された他のクラブチーム・教員チーム・高校大学チーム・Wリーグチーム・実業団2部以上のチームに選手としては所属していない日本人女性メンバーで構成するなら認めてもよいということで合意。覚え書きとして文書化し署名の上双方1部ずつ持った。
 

貴司は勤めていた会社を11月いっぱいで退職した。
 
その上で選手として入れてくれそうな球団を探していたのだが、東京都内に本拠地を置くBリーグ2部のメトロ・エクシードが貴司に関心を持ってくれた。
 
それで入団テストを受けたところ
「31歳ではあっても、これだけ動けるなら欲しい」
 
と言ってくれ、貴司は1月付けでそのチームに合流することになった。但し給料は取り敢えず3月までは月20万円(リーグで定められている最低年俸)と言われた。冬のリーグ戦での動きを見て、4月からは給料があがる可能性もあるが、むろん解雇されてしまう可能性もある。
 
しかし貴司は3ヶ月ぶりのバスケ活動に意欲満々であった。
 
貴司は2008年にMM化学に入社して以来、12年半にわたって「社員選手」をしていた。そしてこの時初めて彼は「プロ選手」になったのである。
 

「考えてみると、千里って高校卒業したあと、ずっとプロだったんだよな?」
と貴司は言った。
 
「うん。私は社員選手はやったことない。もっともプロだけど無給というのが多かった。ローキューツも40minutesも当時は給料出してなかったから」
と千里は答えた。
 
「今はどちらも強豪プロチームだからなあ。千里は凄いよ」
 
ローキューツと40minutesは千里が40minutesを退団した2016年にどちらも運営会社が設立されて実質プロのクラブチームとなった。実は運営会社の筆頭株主はローキューツは唐本冬子(ローズ+リリーのケイ)、40minutesは村山千里になっているのだが、そのことを貴司や桃香は知らない。千里たちが居た頃からクラブチーム上位で定着していたが、現在でもオールジャパンの常連である。
 
「貴司はもっと冒険すれば良かったと思うんだけどね」
「それ今になって思う。僕はぬるま湯につかっていたんだ」
「でも30歳過ぎて、やっとプロに挑戦することになった」
「うん。今から頑張ればいいんだよ」
 
と言って千里は貴司にキスをした。
 

転居先に関しては現在のマンションから歩いて10分、浦和駅から歩いて12分ほどの所に4LDK2Sという物件が見つかった。ここは今入居しているマンションと同じ不動産会社が所有していた。
 
「築10年という割にはあまり傷んでない感じ」
「メンテが良かったんだろうね」
 
「1階にLDKと和室+S、2階に洋室3つとSか」
「洗面所・浴室は1階。トイレは1階と2階にひとつずつか」
「トイレが結果的に2個あるのはいいね。7人で住む訳だから朝はけっこうトイレ戦争になる可能性がある」
 
「2階にも小さなキッチンがあるんだ?」
「元々は2世帯住宅として建てたものみたいね。最初は2階にも浴室があったのを潰してクローゼットにしたみたい。それで換気扇がある」
 
「2階の洋室は4.5畳・6畳・8畳。この8畳をパーティションで3分割して女の子部屋にしようよ」
「4.5畳が男の子部屋かな」
「じゃ貴司もその部屋で」
 
「結局僕と京平が相部屋か」
「パーティションで切ってもいいし」
 
「2階の6畳を私と千里の愛の部屋、1階の和室を千里と貴司さんの愛の部屋にすればいいと思う」
と桃香。
 
「その方がいいと思う。貴司の裸は万が一にも子供たちに見せたくない。私や桃香の裸ならいいけど」
と千里。
 
「お客様があった時は和室に泊めればいいかも。僕は京平の部屋で寝て、千里と桃香さんは2階の6畳に寝ればいいだろうし」
 
「クローゼットも居室として使えるよね?」
「うん。問題無いと思う。必要なら窓を作ってもいいし」
 
「それにこの場所なら京平は幼稚園を変わらなくていいね」
「通勤も便利だよ。ここ1時間に3本バスがあるから。貴司さんは浦和駅までバスで出てからJRで板橋区の練習場所まで行けばいいと思う。ここから浦和駅まではバスなら5分くらいだと思うし」
 
「いや貴司は鍛錬のため浦和駅までジョギングすべき」
「うっ・・・」
と貴司は声をあげる。
 
「いやでも、川口市の今のマンションよりかなり便利だと思うよ」
と貴司は取り敢えずジョギングについては触れずに言った。
 

3人は家のあちこちを見て回った末、外に出て待機してくれていた不動産会社の人に
「ではここに決めます」
と言った。
 
販売価格は土地込みで約7000万円であった。
 
「お支払いはどうなさいますか? もし頭金を1000万円ほど入れて頂きましたら毎月16万円、ボーナス月40万円の30年ローンくらいになりますが」
 
と不動産屋さんが言う。
 
「7000万円なら現金で払いますよ」
と千里。
 
「何〜〜〜!?」
と桃香が声をあげた。
 
「千里、貴司君を買い取る時に5000万円ギリギリあるかな、とか言ってなかった?」
「うん。あの時は普通預金にちょうどそのくらいの残高があったんだよ」
 
「普通預金以外にならもっとある訳?」
「内緒。桃香目の前にお金があったら全部使っちゃうもん」
「うん。私はそれが欠点なんだ。じゃ千里の資産がいくらあるかについては突っ込まないことにする」
「無尽蔵にあるわけじゃないから、あまり勝手な期待はしないでよね」
「うん。私は日々の御飯が食べられたらいい」
 
貴司は半ば呆然としていた。
 
それで不動産屋さんは売買契約書を作ってくれて、指定金額を千里がその場で振り込んだ。
 
「確かに頂きました」
 
今借りているマンションについては住んでいた期間が短いので敷金は全額返せると思うと不動産屋さんは言っていた。
 

12月13日(日)友引。
 
貴司の妹・理歌が結婚式を挙げた。
 
相手は大学生時代以来の恋人で、ふたりも随分長い交際の上での結婚となった。千里は貴司と一緒に、兄夫婦としてこれに出席する。
 
実は理歌からは一応「細川貴司・美映」宛の招待状が届いていて、貴司はこれに出席の返事を出しておいた。しかし美映との離婚で美映の分の出席は取り消され、代わりに千里が貴司の妻として出ることになった。一応この時点では細川貴司の婚約者・村山千里の名義である。
 
「まあここだけの話、出さない訳にはいかないから招待状出したけど、美映さんを兄嫁として招待したくなかったから直前に千里姉さんを招待することができるようになって、嬉しかった」
などと理歌は言っていた。
 
千里はこの結婚式・披露宴には貴司から改めてもらったエンゲージリングを左手薬指に付けて出席する。このエンゲージリングは実は2012年に買っていたもので、なんと8年ぶりにつけることになったが、サイズ調整は必要無かった。
 
「その指輪、これまでどこに保管してたの?」
と桃香は訊いた。
「貴司のお母さんが預かってくれていたんだよ。売却しようかどうか随分悩んだ時期もあったらしいけど、取っておいて良かったと言ってた」
「千里が持っていたのでなければいいや」
 

式・披露宴に出るのは千里と貴司だけなのだが、4人の子供の世話係として桃香、また、この機会に貴司や千里の両親に挨拶をしたいということで、富山県から桃香の母・朋子が新幹線を乗り継いで北海道まで来てくれた(飛行機は地に足が付かないから不安だなどと言っていた)。
 
千里たちも朋子も前日12月12日に旭川入りしたので、貴司の両親に挨拶する。
 
「私まだ事態がよく分かってないのですが、ともかくもそちらのお嬢さんはご結婚おめでとうございます」
と言って御祝儀袋を渡した。
 
「あ、すみません。こちらがご挨拶に行かなければならなかったのに」
と貴司の父は言うが
 
「いえ、お父さん、貴司さんと桃香が結婚する訳ではないですから、特にあらたまった挨拶は不要ですよ」
と千里がコメントする。
 
「そうなるんだっけ?」
と朋子。
「そのあたりが実はよく分かってない」
と貴司の父。
 
せっかく遠い所から来てもらったし、披露宴にも出席しませんか?と貴司の母は誘ったものの、服も持ってきてないし遠慮しておきますと言うので、結局は引出物とお祝い返しの商品券だけ渡した。
 

貴司の祖母・淑子は
 
「おお、おまえが京平か。よく来た、よく来た」
と言って曾孫の頭をなでていた。
 
「京平、緩菜、ひいばあちゃんだよ。挨拶しなさい」
と千里が言うと、京平は
 
「ひいおばあちゃん。はじめまして。きょうへいです」
としっかり挨拶する。緩菜も
「かんなです。はじめまして」
と兄と一緒に挨拶した。
 
「こちらの女の子も私の曾孫なの?」
「そうですよ。緩菜は京平の妹です」
「あれ?弟ができたとか言ってなかった?」
「男の子かと思ったら女の子だったんですよ」
「へー。でも可愛いねぇ。こんな可愛い子を男の子と間違っちゃいけないね。なんか長い髪で雰囲気が千里ちゃんに似てる」
「よく言われます」
 
「お義母さん、やっと京平たちと会えましたね」
と言って貴司の母・保志絵さんは微笑む。
 
千里は2008年3月に貴司の祖父(淑子の夫)と会った時、祖父にだけ京平の写真を見せた。しかし他の人には見せなかった。その祖父は同年6月に亡くなった。8月に法事があって保志絵が礼文島に行った時、淑子は保志絵に
 
「京平は元気?」
と訊いた。それで淑子は京平はまだ生まれていないことを説明した。
 
「あの時、千里ちゃんがお義父さんにだけ写真を見せてあげたのは、お義父さんが逝く前に曾孫の顔を見せてあげたかったからだと思います」
 
「どういうこと?」
 
「あの子って、ほんとに不思議な子なんですよ。お義母さんは、ちゃんと京平が生まれてから生でその姿を見ることができると思いますよ」
と保志絵はその時言ったが、内心は結構ヒヤヒヤであった。
 
京平は2015年に生まれた。義父が京平の写真を見た7年後である。しかも京平を産んだ阿倍子は身体が弱く、北海道までの大旅行に耐えられそうになかった。それで京平が北海道に来ることは無かった。一方の淑子は以前は結構病気がちだったのが、京平に会いたいという気持ちも後押ししたのだろうが、2008年以降かなり健康を取り戻した。それでもさすがに大阪までの大旅行には耐えられそうになかった。
 
それで祖父が京平の写真を見てから12年半もたって、やっと淑子は京平の顔を見ることが出来たのである。
 
「京平の顔を見て安心してコロリと行かないで下さいよ」
と千里が言う。
「大丈夫。私は京平のお嫁さんと緩菜のお婿さんを見るまでは頑張るから」
「京平の子供が結婚するくらいまで頑張って下さい」
「うん。そこまで見られたら本望だよ!」
 

後で保志絵さんは千里に確認した。
 
「結局、緩菜は女の子として育てる訳ね?」
「本人がそれを望んでいるから。実際医者にも診せたんですけど、あの子完璧に心理的に女の子として発達しているんですよ」
 
「まあ可愛いからいいよね」
「ええ。髪も短く切るのを嫌がるから、ああやって長いまま。でも自然にカールしてるんですよね」
「ああ、パーマ掛けてるんじゃないのね?」
「天然なんですよ。栗色の髪も染めている訳じゃなくて天然で」
 
「そのカールしてるのと茶色いのを除くと、ほんと雰囲気が千里ちゃんに似てるよね」
「ええ。私の娘ですから」
 

理歌の結婚式は旭川Q神社で行われた。千里が奉職していたのはもう12年前なので人はかなり入れ替わっているものの、斎藤巫女長はそのままだったし、他にも千里を覚えてくれていた人が結構いた。副巫女長は、以前稚内Q神社にいた麻里子さんという人で、実は千里と一緒に新人巫女研修に参加した人であった。彼女も千里を覚えていた。
 
「久しぶり〜」
「元気してた?」
 
「千里ちゃんはもう巫女してないの?」
「越谷市のF神社の副巫女長。名前だけだけど」
 
「おお、やはり千里ちゃんはずっと巫女続けると思ったよ。千里ちゃん、今日の婚礼の巫女しない?」
 
「私、新婦の兄嫁だから」
「いつ結婚したの?」
「4月にする予定。今はまだ婚約者だけどね」
「あれ?でも子供大きいのに」
「この子は旦那の連れ子」
「なるほどー。でも和風美人だね」
 
今日は緩菜は長い髪をそのまま垂らして和服を着せている。
 
「ロングヘアが好きみたいなんだよね〜」
「千里ちゃんも長い髪は昔のままだね」
「この髪が私のシンボルマークになってる感じ。髪をあげてまとめてると私と認識してもらえないみたい」
「ありがち、ありがち。でもこの子、なんか雰囲気が千里ちゃんに似てる気もする」
「実を言うとこっそり不倫して私が旦那に産ませたんだよ」
「旦那さんが産んだの!?」
 
「私の連れ子もそのあたりで誰かが見ててくれているはず」
「ああ、どちらも再婚なんだ?」
「実は最初の組合せに戻る」
「へ?」
「元々彼と結婚していたんだけど、その後各々別の人と結婚してて、8年ぶりの元サヤ婚」
「それは凄い」
 

結婚式はQ神社内の結婚式場でおこなわれたが、広いので結構な人数が入れる。こちらで参列したのは、父望信と母保志絵、貴司と千里、美姫、淑子、父の兄夫妻、母の妹夫妻、それに玲羅を含む理歌の友人3人であった。
 
今回も千里は黒留袖を着て参列している。玲羅は義姉妹ともいえるが今回は友人格ということで訪問着を着ていた。なお子供たちは桃香が見ていてくれた。早月や緩菜が走り回るのを京平が「おとなしくしてなさい」とたしなめたりして兄らしいところをみせていた。
 
披露宴は旭川市内のホテルに移動しておこなう。
 
控室で休んでいたら保志絵さんが来て言う。
 
「ね、ね、千里ちゃんとこの娘さんの誰か、理歌のウェディングドレスの裾を持つ役をしてもらえない?」
 
「いいですけど、暢彦さんの娘さんがするとか言ってませんでした?」
「それがお腹の調子が悪いみたいで。状況次第では奥さんが連れて帰ると言ってる」
「あらあら。じゃ緩菜がいいかな。貴司さんの一応娘だから」
「了解。じゃ衣装持ってくるから」
 
それで保志絵さんが衣装を着せてくれたが、その時、保志絵さんは、さり気なく緩菜のお股に触っていた。千里はそれを見て楽しい気分になった。後から「緩菜ちゃん、もうおちんちんは取っちゃったの?」と訊かれた。
 

緩菜は新婦とお揃いのデザインの可愛いドレスを着て、しっかりとトレーンベアラーの役を果たした。この子は笑顔をしている時が多いので、この役には最適だったようである。早月はわりと難しい顔をしていることが多い。
 
今回の披露宴では千里は貴司とふたりで出席者に挨拶して回った。結果的にはふたりの北海道でのお披露目という感じにもなる。貴司の親族の中には2008-2012年頃に千里が貴司の妻として行動していた時期を覚えている人が多く
 
「席割表見たけど、なんで千里ちゃんの苗字が村山になってるの?」
などと随分尋ねられた。
 
「すみませーん。元鞘婚です」
「え?一度別れてて、また結婚するんだ?」
とみんな驚いていた。
 
「なんか別れている間に子供が4人になりました」
「それ各々別の人との子?」
「いや、それが経緯が複雑すぎて、どう説明したらいいのやら」
「4人とも苗字がバラバラだし」
「なんでまた?」
「いや離婚後一時期母親が引き取っていたのがこちらに戻って来た子もあって」
「なるほど」
「取り敢えず長男は、貴司の種で私が産みましたけどね」
「ああ、一番上がそれだとまとまりやすいかもね」
 
なお、阿倍子も美映も結婚していた時期、一度も北海道の地を踏まなかったらしい。保志絵さんが2人を嫁と認めていなかった問題もあるが、阿倍子の場合は身体が弱くて大旅行ができなかったのもある。美映は最初から問題外である。
 
「一応再度結婚式をしますけど、埼玉でしますし、再々婚でもあるので御祝儀は不要ですので」
と言うと
「いや、そもそも前回はいつの間にか結婚していたから御祝儀をあげそこなった。祝電も送りたいから日付と会場を連絡してよ」
などと言われた。
 

余興ではやはり龍笛を披露する。例によって落雷付きである。
 
「千里ちゃんの龍笛、久しぶりに聴いた。なんだか神がかってるね」
と言っていた人もあった。
 
保志絵さんは
「千里ちゃんの演奏の録音を再生しても落雷は起きないんだよね」
などと言う。
 
「所詮は音だけコピーしたものですからね。録音なんて」
と千里は笑顔で答えた。
 
千里がヴァイオリンを弾くのを覚えていた人もあり、
「ヴァイオリンはしないの?」
などという声も掛かる。それで千里はいったん会場の外に出て、4人の子供たちを見てくれていた桃香に声を掛ける。
 
「そこのバッグの中のヴァイオリン取って」
桃香がバッグを開けるとビニール袋に包まれたヴァイオリンが入っている。
 
「こんなの持って来てたんだ?」
「私、必要なものは全部事前に分かるから」
「それ復活したよな。一時期はできなくなってたのに」
「うん」
 
それで急いで調弦してクライスラー『愛の喜び』を演奏した。これでもまたたくさんの拍手をもらった。
 
「千里ちゃん、ヴァイオリンが凄くうまくなってる」
「まあここ12年ほどの間の進歩ですね」
 

千里たちは理歌の旭川での結婚式に出席した後、玲羅や貴司の両親たちとともに留萌を訪れた。
 
「千里は勘当されていた間、留萌にも来てないんだっけ?」
と桃香が訊くが
「うちの母ちゃんに会うのに何度か来てるし、保志絵さんに会いにも来てるよ」
「ああ、貴司君と留萌で会っていたのか?」
「それが、私高校3年の時以来、1度も貴司とは留萌で遭遇してないんだよね」
と言って千里は苦笑する。
 
「そうそう。貴司が来れる時は千里さんの都合が付かず、千里さんが来れる時は貴司が都合付かず」
と保志絵さんも笑っている。
 
「ふたりが同時には姿を見せないから、実は千里さんは貴司兄さんの女装ではという説も出ていた」
と美姫。
 
「そんな無茶な!」
 

最初に千里の実家を訪れる。
 
ここは現在千里の両親が2人で住んでいる。2DKの市営住宅である。
 
ふだんは津気子と武矢だけで、むしろ広すぎるくらいだと言っていたが、この日は千里・桃香・貴司に4人の子供、貴司の両親、朋子、玲羅夫婦・美姫まで入り、かなり狭い状態になった。
 
最初に朋子が
「ご挨拶が遅れました。娘さんを頂きます」
と千里の両親に挨拶した。
 
「不肖で変態な娘で申し訳無い」
などと武矢は言ったが
「こちらも変態な娘で申し訳ないです」
と朋子も言っていた。
 
「なんて挨拶なんだ?」
と玲羅が呆れていた。
 
その後で、貴司の両親も千里の両親に挨拶する。
 
「紆余曲折ありましたが、またお世話になります。千里さんを頂きます」
と貴司の父・望信が挨拶し、
「なんか二重売りみたいで変な気分ですが、よろしくお願いします」
と武矢は返していた。
 
その後で頼んでいた仕出しの膳を並べて食事会をした。京平たち4人も小さな膳にお子様ランチ風の御飯を載せてもらい、喜んで食べていた。
 

食事会の後、千里の両親と玲羅夫妻を残し、他のメンツで貴司の実家に移動した。
 
千里が持参していた紅茶とクッキーを出し、保志絵はお酒を出してしばし歓談した。淑子は自分の曾孫の京平・緩菜だけでなく、早月・由美とも遊んであげて「この子たち4人の子供が結婚するまで頑張らなきゃ」などと言っていた。
 
この家は4LDKの造りである。台所・居間の他に部屋が4つあり、貴司がまだここに居た頃は両親が1部屋、貴司・理歌・美姫が1部屋ずつ使っていた。2008年春に貴司が大阪に出て1部屋は住む者が居なくなったが、夏過ぎにここに淑子が「ゲームをするため」礼文島から出てきて貴司が使っていた部屋に住むようになった。
 
現在は理歌・美姫ともに旭川に出て行ってしまい、両親と淑子だけが住んでいるのだが、この日は美姫が戻って来ており、今夜は理歌の部屋に千里と桃香が泊めてもらうことになっている。貴司は居間に布団を敷いて寝る!朋子は適当な時間にホテルに引き上げることにしていた。
 
「君たちって高校時代からセックスしてたんだろ?」
などと桃香はストレートに訊く。
 
「この家の貴司の部屋でもしたし、旭川の私の下宿先でもしたよ」
と千里も開き直って答える。
 
「不純異性交遊だな」
「桃香に言われたくないな」
 

千里たちの引越は12月下旬、かなり押し迫った時期に実行した。
 
「しかし年に2度引っ越すとは思わなかった」
「転居届けが大変だったね」
 
今回書いた転居届は5枚である。
 
・高園桃香&早月
・村山千里
・細川貴司&緩菜
・篠田京平(親権者の阿倍子さんに依頼)
・川島由美(親権者の千里の権限)
 
「実際はひとつの家庭だけど、法的には5世帯が同居してるんだよな」
 
「来年の6月になったら1つ減るから」
「もっと減らせないんだっけ?」
「考えてみたけど京平と由美を入籍すれば2枚にまでは減らせる。但し桃香と早月以外が全員細川になってしまう」
「それは仲間外れにされるみたいで嫌だ」
「結局子供の苗字が4人バラバラの状態が安定なんだよね」
 

千里はこの家を買った直後から工務店に頼んで、家の1階にある4.2m x 2.3mのクローゼット部分の床を外し地面を1.5mほど掘って半地下状態にしてもらい、天井までの高さを4mほど確保した。床はコンクリート/防音材/フローリングという構造にし、壁と天井にも防音材を貼り付けた。怪我防止のため壁には更にラバーを貼り付ける。ここは元々窓の無い部屋であったので防音構造にするのもかえって楽であった。
 
その上で部屋の奥側の壁にバスケットのゴールを設置したのである。ゴールを設置した壁は建物の壁ではなく、新たに床から立ち上げたもので振動が建物に伝わりにくくしている。ゴールの高さは可変にして3.05m(中学以上)と2.60m(ミニバス)のどちらにでも対応できるようにする。
 
これは千里と貴司自身の練習用でもあり、また京平たちに遊ばせるためのものでもあった。実際子供たちはこの半地下の部屋を面白がり「冒険」に使っていた。
 
この部屋の長辺は4mちょっとあるので、部屋の端に立ってゴールを狙うと、実はフリースローサークルからゴールを狙う距離になり、素人はこの距離からでもボールが届かない。実際桃香は10本撃って1本も入れきれなかった。
 
「生まれる前から仕込んでおいた」だけあって京平はかなり興味を示した。しかし5歳の京平の腕力ではまだ2.60mのミニバスのゴールにも直下からボールが届かないので、実際に入居した後で、更に低い1.40mまで下げられるように貴司と桃香が協力して改造した。これだと早月でもたまに入ることがあった。
 
「桃香さん、こういう工作ごとが得意みたい」
と貴司。
「うん。電気とか日曜大工とかは私の担当。裁縫とか料理は千里の担当」
と桃香。
 
「ほんとに桃香さん、お父さんって感じだ」
「私は京平からお父さんと言われているから」
「そうか。僕は京平のパパなんだ」
「そうそう」
 
京平は阿倍子をママ、貴司をパパ、千里をお母さん、桃香をお父さんと呼び分けているのである。
 
 
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