【女たちの結婚事情】(1)

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2018年8月23日(木)。
 
貴司の「3人目の妻」美映が豊中市内の産婦人科医院で子供を産んだ。貴司の「最初の妻」である千里はその日、天津子の師である羽衣に連れられてその病院を訪れ、出産の現場に立ち会った。
 
看護婦さんが貴司に
「産まれましたよ。女の子ですよ」
と言うので、千里は
「すごーい。貴司、今度は女の子のパパになったね」
と貴司に言って誕生を祝福した。
 
千里と貴司は赤ちゃんの誕生に感動して、ついキスをしてしまったが、そのことについては、お互い今のはうっかりであったことで合意し「なかったこと」にした。
 
羽衣はその生まれた子・緩菜(かんな)について
「これは千里ちゃんの子供なんだよ」
と言ったが、その時千里はその言葉の意味が分からなかった。
 

2020年11月4日(水)。
 
美映は唐突に千里のマンションを訪れ「貴司を5000万円で買い取って欲しい」と言い、署名捺印済みの貴司と美映の離婚届、貴司の署名捺印だけされて妻の欄が空白の婚姻届を見せた。
 
千里はその「買い取り」に同意し、弁護士同席のもとで、今後同様の金銭は要求しないこと、貴司に干渉しないことを明記した念書を書いてもらった上で離婚届を役場に提出、その場で5000万円を美映の口座に振り込んだ。
 
なお貴司と美映の長女・緩菜は千里たちが育てることにし、緩菜の親権は貴司が持つということを離婚届に記載した。
 

それで緩菜の服を浦和のマンションに運ぼうとしていたら貴司が帰宅する。しかし貴司はこの件を全く知らなかった。
 
「嘘!?僕って売られちゃったの?」
と貴司が呆然として言う。
「金銭トレードだな」
と桃香は言った。
 
貴司は美映のスマホに電話して激論するが最後は美映が勝手に切ってしまう。それで貴司ももう疲れた様子で
 
「うん、いいよ、もう離婚で」
と言った。
 

取り敢えず疲れたね、ということでそのまま貴司のマンションでカレーを作って食べた。その時、緩菜の性別問題が出てきた。
 
「緩菜ちゃん、今日1日で早月や由美と随分仲良くなった。やはり女の子同士はすぐ仲良くなるんだね」
「本当の兄妹であるはずの京平の方が緩菜にはちょっと遠慮がちだったね。やはり男の子と女の子だと少し壁があるのかな」
「だけど、美映さんが美人だから、緩菜ちゃんも美人に育ちそうな感じ」
 
そんなことを千里と桃香が言っていたら
 
「ちょっと待って」
と貴司が言う。
 
「千里も桃香さんも勘違いしてる」
「ん?」
「緩菜は男の子なんだけど」
 
「何ですと〜〜〜〜!?」
 
「だって、男の子だったら、どうしてロングウェーブの髪で、スカート穿いてるのよ?」
と千里。
 
「下着も全部女の子のだったけど」
と桃香。
 
「いや、本人がこういう格好が好きだから」
と貴司は言った。。
 

その時千里はハッとして思い出した。
 
「でもでも、貴司。緩奈ちゃんが生まれた時、分娩室から出てきた看護婦さんが女の子でしたよ、と言ったじゃん」
と千里は当時のことを思い出して指摘する。
 
すると貴司が答える前に桃香から突っ込みが入る。
「千里君、どうして君は貴司さんの子供の出産の現場にいたのかね?」
「えーっと。なぜ居たのかなあ。私もよく分からない」
 
よく分からないのは本当のことなのだが(羽衣が自分に関する記憶を消してしまっているので、千里は羽衣に連れられて豊中市に行ったことを覚えていない)、桃香は当然こんな回答には納得しない。しかし貴司は緩菜の出生時のことについて説明したいと言った。
 
「でも子供に聞かせたくないんだよ」
 
それで子供たちにはテーブルでそのままカレーとおやつを食べているように言い、大人3人で別室に入ってふすまを閉めて話した。
 
「緩菜は、生まれた時は一見女の子に見えたんだよ。ちんちんが見えなかったし」
「まさか半陰陽?」
 
「いや、半陰陽というほどでもない。あの子、停留睾丸だったんだよ」
「あぁぁ」
「おちんちんも凄く小さくて肌の中に埋もれていたんだ。それで最初、お股には何も無いように見えて、それで女の子かと思ったんだ」
 
「なるほど」
「でもよく見ると割れ目ちゃんも無い。それであれれ?ということになって先生がお股を触っていて、まず埋もれているおちんちんを発見した」
「ふむふむ」
 
「先生は更に体内に指を突っ込んで、あ、ちゃんと睾丸もありますよと」
「ほほぉ」
「それで男の子であることが確定」
「ちょっと残念だな」
「なんで〜? でもこのくらいの事例は40-50人に1人くらいあるらしいよ」
「へー。そんなに?」
 
「停留睾丸はどうしてるの?」
 
「1歳の誕生日直前に手術して、陰嚢内に引き出して固定した。実は陰嚢も小さかったからよく伸びるように最初はシリコン製のおもりを一緒に入れてたんだよ。半年後、今年の2月にそれは再手術して除去したけど、半年間は陰嚢の中に左右2個ずつ玉があるかのような状態になってた」
 
「取る時に間違って本物の方を取ったりして」
「それ間違わないようにお医者さんも慎重に確認してから取り出していたよ」
 
「おちんちんは?」
「睾丸を外に引き出したら発達し始めて、ちゃんと見ただけで確認できるサイズになった。同じ年齢の他の男の子よりは小さくて実際問題として指でつかめないから、立っておしっこすることも難しいけど、ここまで発達したらマイクロペニスではないと先生は言っていた」
 
「確かに初期段階ではそれ完全なマイクロペニスだったかも」
 
「でもそれって外に出した睾丸がちゃんと機能しているってことだね」
「だと思う」
 
「女の子の服を着せるようになった経緯は?」
 
「それがあの子、お腹の中に居た時のエコー写真ではちんちんが確認できなくて。そもそも睾丸がなかなか降りてこなかったせいだろうけど紅葉の形も見えたんだよね。それで女の子ですねと言われてたから、美映のやつ、女の子の服ばかり買い込んでいたんだよ」
 
「ふむふむ」
 
「それで最初の頃、女の子の服ばかり着せてた。それで周囲の人からも『可愛い女の子ですね』とか言われて『ええ。このまま美人に育ってくれればいいんですけど』とかやってたんだよ」
 
「美映さん、女の子が欲しかったのかな?」
「そうかも知れないという気はする。それで結局その後もあいつ女の子の服ばかり買ってきて。髪型も女の子みたいにして」
 
「だいたい緩菜(かんな)って女の子名前なのでは?」
「そうだっけ? DOG in The パラレルワールドオーケストラの一ノ瀬緩菜って男じゃん」
と貴司。
 
「ごめん。知らん」
と千里・桃香。
 
「以前『。ルエカミ京東』(←右から読む)に居たんだけど」
「あ、そのバンドなら聞いたことある」
「思い出した。まるで女の子みたいに美しい人だよね?ヴィジュアル系の範疇を越えている美形さ」
「うん。男の子なのに凄い可愛い人だったね」
 
「つまり貴司の趣味か」
「えっと・・・」
 
緩菜の性別問題については再度子供たちが寝てから話し合うことにした。
 

この日はそのまま浦和のマンションに戻って子供たちを寝かせることにした。それで千里と桃香が4人の子供を乗せてセレナでそちらに戻り、貴司には電車で!移動してもらった。
 
ここで4人の子供の年齢はこうなっている。
 
篠田京平A♂ 2015.06.28生 5歳4月
高園早月B♀ 2017.05.10生 3歳5月
細川緩奈−? 2018.08.23生 2歳2月
川島由美O♀ 2019.01.04生 1歳10月
 
千里と桃香はこの子たちをどういう「部屋割り」で寝せるか、セレナの車内で話し合った。
 
「男の子部屋と女の子部屋ということでいいと思うんだよ」
と千里は言う。
 
実際問題として、今「男の子部屋」は京平がひとりで使っており、「女の子部屋」は早月と由美が使っている。桃香がその2人に添い寝しており、京平には千里が添い寝している。そして子供たちが寝静まった所で桃香と千里は、もうひとつの「夫婦の部屋」に移動して愛の確認をしている。
 
「貴司には台所に寝てもらってもいいと思う」
と千里が言う。
 
「まあ千里がそれでいいならいいかな」
と桃香。
 
「問題は緩菜だよね」
「女の子なら早月や由美たちと寝せればいいのだけど」
「男の子なら京平と同じ部屋に入れないといけない」
 
「うーん・・・・」
 

それで千里たちは貴司が到着した後、貴司も入れて再度話し合った末に、本人に選ばせることにした。
 
「ねえ、緩菜ちゃん。緩奈ちゃんは男の子?女の子?」
と桃香は尋ねた。
 
「わたし、おんなのこ」
と緩菜は答えた。
 
「じゃ女の子ということで」
「部屋は女の子部屋で」
「早月、緩菜ちゃんを同じ部屋にしていい?」
「いいよー。かんなちゃんとなかよくなったよ」
 
まだ2歳だし、男女が混じってもあまり問題無いだろうということで緩菜は取り敢えず今夜は女の子部屋で寝せることにした。
 
それで男の子部屋は京平1人になるので、貴司にもそこで寝てもらうことにした。
 
「まあ台所でも良かったけど。阿倍子と結婚してた頃はよくそこで寝せられてたし」
「ああ。浮気の罰ね」
「壮絶な生活してるなあ」
 
京平は「パパと一緒に寝れる」と喜んでいた。
 

さて、美映はそもそも離婚するつもりで、こういう話を千里の所に持って来た訳で貴司ももう離婚でいいと言ったことから、ふたりの離婚は確定した。提出してしまった離婚届はそのままにして戸籍に反映されるのを待つことにする。しかし、貴司と千里の婚姻届については、夜中、子供たちが寝静まってから台所に大人3人が集まり、再度協議した。
 
「桃香が認めてくれるなら、私は貴司と正式に婚姻したい」
と千里は正直に自分の気持ちを言った。
 
「僕は千里と結婚したい。こんなこと言ったら叱られるだろうけど、むろん阿倍子も美映も好きだったけど、千里のこともずっと思ってた。でも離婚してすぐは節操がないから半年くらい待たないか?」
と貴司は言った。
 
前回貴司は阿倍子と離婚して半月で美映と結婚している。
 
「私は千里にまた男性と結婚されるのは嫌だ。信次さんとの交際期間・結婚してた時期も凄く辛かった。でも私には5000万円で千里を買い取ることができんから、どうしても千里が貴司さんと結婚するというのなら、私との関係も続けてくれるという条件で我慢する」
と桃香は言った。
 
3人は悩む。
 
「貴司、私が桃香ともセックスしてたら不愉快?」
と千里は尋ねた。
 
「僕がさんざん浮気したから今更千里のことは責められない。千里が他の男とセックスするのは僕も辛くて我慢できない気がするけど、桃香さんとならその場面を見なければ何とかなると思う」
と貴司。
 
「桃香は私が桃香ともセックスするなら、私が貴司とセックスしてても平気?桃香のあの子(季里子)との関係は認めてあげるよ」
と千里。
 
「貴司さんとしている所を見なければ平気だと思う」
と桃香。
 
「桃香さんの他の女性との関係を認めるのなら、僕の浮気は?」
と貴司が訊くが
「そんなことしたら即去勢。ちんちんと睾丸は廃棄する。私別に貴司とレスビアンになってもいいよ」
「うむむ」
 
「じゃ私と桃香と貴司と3人で一緒に住んでいいよね?」
と千里は提案をした。
 
「やはりそうなるか」
と桃香。
 
「つまり今夜のような状態か」
と貴司。
 
「私と桃香の家、私と貴司の家、と2軒使う手もあると思う。イスラム教国で複数の奥さんを持っている男性は、ひとりの奥さんに1つずつ家をあてがって、本人は妻たちの家々を巡回するんだよ」
 
「それって平安時代の日本の通い婚と同じじゃん」
 
「たぶんそういうシステムが問題起きにくいんだと思うよ。でもうちの場合、子供たちがみんな仲良くなっちゃったじゃん。だから4人一緒に育てたい。もし桃香の家と貴司の家を設定して私が双方を訪問する場合は、京平・緩菜は貴司と一緒、早月・由美は桃香と一緒になると思うんだよね」
 
「うん。それが自然だ」
 
「そうなると、京平はせっかく2人の妹のお兄ちゃんになれて喜んでいるのに寂しがると思う。だから子供たちは引き離したくないから、結果的には全員同居の方がいいと思う」
 
「そうだなあ。結局は子供たちの都合を優先してやらないとな」
「自分で言うのも何だけど、この子たちって4人とも既に今までも親の勝手でかなり翻弄されてるからさ」
「うん。それはちょっと悪いかなと思ったりすることもある」
 

「ところでこの子たちって結婚できる子と結婚できない子を意識しておかなくていいか?」
と桃香が言った。
 
「うーん・・・」
 
「そもそも各々は誰の子供なんだっけ?」
と貴司が言う。
 
「それがどうもよく分からんのだけど、実は」
と桃香。
 
「取り敢えず親権者は、京平は阿倍子さん、早月は桃香、緩菜は貴司、由美は私だね」
 
「親権者がバラバラなのか!」
 
「ついでに4人とも血液型が違う(と千里は思っている)」
 
「凄い兄妹だなあ」
 
「で遺伝子上はどうなってんだっけ?」
「どうなんだっけ?」
 
すると千里は言った。
「あまり深く追求しないで欲しいのだけど」。
 
「この場だけで、この話は忘れて欲しい。全員、私たち3人の子供と思うようにしたい」
 
そう言って、千里は4人の子供の名前を紙に書き、その各々の横に《法的な父・法的な母・養母(これは由美のみ)・遺伝子上の父・遺伝子上の母・出産した母》の名前を書いた。
 
(千里はここで実は緩菜の遺伝子的父親を誤って記載している。千里が緩菜の遺伝子的父親が誰かに気づくのは、もう少し先である)
 
「嘘!?」
「こうなってたの?」
「どうしたらこうなる?」
 
千里は桃香や貴司がその表をよく読む前に、紙を折りたたむと、シュレッダーに掛けてしまった。
 
「ちょっと待って。**の親って?」
「質問は受け付けません」
と千里は笑顔で言い切った。
 

「緩奈は女の子として育てるという前提で考える。そして女の子同士は結婚しないと仮定する。すると京平が他の3人と結婚できるかということだけを考えればいい」
と千里は言った。
 
「うん、それでいい」
と桃香と貴司は同意する。
 
「京平と早月はどちらも遺伝子的に私の子供だから結婚不可」
「その件について質問があるのだが」
「質問は受け付けません」
「うむむ」
 
「京平と緩菜はどちらも法的に貴司の子供だから結婚不可」
「その2人がいちばん分かりやすい」
 
(本当はこの2人は遺伝子的に千里の子供なので結婚できない)
 
「京平と由美は現時点では全く無関係だから結婚できる。私が貴司と結婚 しても連れ子同士だから結婚できる」
 
「その組合せだけか!」
「遺伝子的にも無関係?」
「うん。無関係」
 
「じゃ京平と由美の関わりだけは注意しておきたいね」
「うん。結婚可能とは言っても、結婚させたくないよ。早月や緩菜がショック受けると思うし」
 
「うん。京平にはあくまで早月・緩菜・由美という3人の妹のお兄ちゃんでいて欲しい」
 

「住居だけど、取り敢えずは1部屋に女の子3人、1部屋に京平と貴司、1部屋に私と桃香ということで乗り切って、近いうちに転居を考えよう」
と千里は言う。
 
「やはり転居しないと無理か」
と桃香。
「無理だと思う。できたら4LDKSくらい」
と千里。
「家賃高いぞ」
と桃香。
 
「私、頑張って稼ぐよ。私の月給、今年はコロナの影響で全然チーム活動ができなくて親会社も苦しいから、月20万に抑えられていたんだけど、コロナが落ち着いてくれば来年は月70-80万円くらいはもらえると思うからさ」
 
と千里が言うと
 
「それ何の話?」
と桃香が言う。
 
「私、舞通レッドインパルスのプロ選手だから」
と千里。
 
「嘘!?」
と桃香と貴司が同時に声をあげた。
 
「千里現役引退したんじゃなかったんだっけ?」
と貴司。
 
「それいつからプロ選手なの?」
と桃香。
 
「実質入団したのは2015年。24歳の年。この年は私は40minutesに正式には籍を置いていたから、レッドインパルスは選手外の練習生扱い。2016年春に正式に登録された。それからずっとこのチームで活動している。日本代表にもずっと参加している」
 
と千里は説明した。
 
「全然知らなかった!」
と桃香は言っている。
 
「なんか趣味のチームで活動しているのかと思った」
 
「貴司はなかなか代表に復帰できないね」
と千里は言う。貴司は2018年以降は日本代表(候補)に1度も招集されていない。2017年の代表活動が最後になっている。
 
「さすがに23-24歳くらいの選手には体力的にかなわん」
「浮気ばかりしてて鍛錬不足なんじゃない?」
「うっ・・・」
「それと京平と離れたのも貴司の運気が落ちた理由」
 
すると桃香が言った。
「ね、京平って強い金運を持ってるよね」
 
「まあ金運だけじゃないけどね」
「だって京平がうちに来てすぐ宝くじの100万円が当たったじゃん」
 
「阿倍子さんも京平とふたりで暮らしてた時期、宝くじが当たるんで何とかなってたらしいよ。薄情で無責任な元夫は全然養育費をくれないし」
と千里が言うと
 
「ごめーん。本当にお金が無くて」
と貴司は面目無さそうに言っている。
 
「いつの間に日本代表とかしてたんだっけ?」
「桃香は秋花ちゃんにご熱心だったから、これ幸いと練習してた」
 
桃香がむせる。
 
「いい加減別れないと、季里子ちゃんに教えちゃうぞ」
「それは勘弁してぇ」
 
貴司は季里子のことを知らないので、話がわからず首をひねっている。
 
「千里さぁ、もしかして私の浮気相手全部把握してる?」
「してるよ。2009年以来の全ての恋人の名前を言えるよ」
「それは私も言えん!」
「貴司の浮気相手の名前も全部言えるけど」
「千里、君は異常だ!」
「でも桃香の浮気のおかげで私は色々自由に活動できるし」
「うむむむ」
 
「まあそれで来期はもう少しもらえると思うから、音楽関係の収入と合わせたら、たぶん家賃40万円までは払えると思う」
 
「40まん〜〜〜!?」
と桃香が叫んで絶句する。
 
「千里、その家賃出すなら、いっそ買っちゃわない?」
と貴司が言う。
 
「うーん・・・・その手もあるか」
と千里。
 
「私も買うほうに賛成。そんな高額払って賃貸というのはもったいない」
「確かに月40万なら年間480万、10年で4800万だからね。でも貴司は2008年春から今年春まで12年間、そんな家賃を払ってたんだけどね」
と千里。
 
「大阪のマンションってそんなに高かったの?」
「いや、あれは会社から家賃補助が出てたから払えた金額。自己負担は月10万だったんだよ」
「なるほどー」
 

3人は更に検討の末、最低4LDKSという条件なら、マンションより戸建てを買った方がいいという結論に到達。その条件で家を探すことにした。
 
そして千里は貴司に言った。
 
「貴司さあ。今の会社辞めちゃわない?」
「え!?」
 
「給料安くてもいいから、バスケットできる所探しなよ(今の所も信じがたいほど安いけど)。美映さんじゃないけど、私もバスケしてる貴司が好きだよ。経済的な問題は気にしないで。私が貴司を養ってあげるから」
 
貴司はしばらく考えていた。
 
「実はこないだからバスケがやりたくて、やりたくて、やりたくてたまらない気分になってた。でも今仕事が忙しすぎるし、コロナのせいで練習場所も無くて悶々としていたんだよ」
 
「貴司って取り敢えず元日本代表だしさ、探せば選手として入れてくれる所あると思うよ。Bリーグの下位のチームか、あるいはどこかの社会人チーム上位あたり」
 
「でも入れてくれるところが、この近くじゃなかったら?」
「その時は単身赴任で」
「うっ」
 
「もちろん遠くにいても浮気しようとしたら確実に潰すからね」
「もう諦めたよ。千里の目を盗んで浮気するのは不可能だ」
「ふふふ」
 
「千里の目が無くなっていた2017年の後半は浮気し放題だったけど、結果的に美映とのトラブルに至るし」
「自業自得」
「反省してる」
 
「まあでもそのおかげで緩菜が生まれた訳だけどね」
 
「それって結局、千里と信次君の出会いで、由美も緩菜も生まれたということになるのかな?」
と桃香が言う。
 
「幸祐もだよ。運命って本当に面白いね」
 

千里・桃香・貴司の3人が「結婚」して4人の子供と一緒に共同生活をするという話は、最初に千里が青葉に連絡した。青葉は大笑いして
 
「いいと思うよー。披露宴の司会させてねー」
と言っていた。
 
青葉は千里と信次の結婚式の時も披露宴の司会を務めた。
 
次に電話を替わってもらって桃香が自分の母・朋子に説明したが、朋子は
 
「意味が分からないんだけど」
と言った。
 
「法的には千里と細川君が結婚するんだよ。でも私も一緒に共同生活して4人の子供を3人のおとなで育てる」
 
「あんた新婚の家庭に同居していいわけ?」
「私も千里と夫婦だから」
 
「あんたは細川さんと結婚するんじゃなくて、千里ちゃんと結婚するの?」
「私が男と結婚する訳無い」
 
「えっと、じゃ千里ちゃんは細川さんの奥さんと、あんたの奥さんを兼ねるということになるのかな?」
「そうそう。一妻多夫の変形だよ」
 
「あ、なんか少し意味が分かってきた。それであんたは性転換して男になるんだっけ?」
「私は性転換する趣味は無い」
「そのあたりが実は私もよく分かってないのよね」
 
と朋子は結局事態がつかめてないようで、隣で青葉が「私が説明するよ」と言っていた。
 
しかし朋子も3人の計画に反対はしないと言ってくれた。
 

次に千里は貴司のお母さん・保志絵さんに連絡した。本来は貴司が連絡すべき所なのだが、貴司はどう説明したらいいか分からない、などと言っているので、千里が話すことにしたのである。
 
「え?貴司、美映さんと離婚したの?」
 
「昨日離婚しました。即結婚してもいいのですが、離婚即結婚は節操が無さすぎるのではないかということで、半年後くらい、今考えているのは貴司さんの誕生日の、2021年6月25日に婚姻届を出そうかと」
 
「じゃ、千里ちゃん、貴司のお嫁さんになってくれるの?」
「はい。本来は2012年に結婚しようと言ってあの時、婚姻届の証人欄まで、お父さんに署名して頂いたのに、紆余曲折で9年遅れになってしまいました」
 
「あんた苦労させたね」
「いえ。私もその間に別の男性と結婚したし」
 
「貴司と結婚してくれるなら大歓迎よ!」
と保志絵さんは言った。
 
「ただ、済みません。あれこれ紆余曲折の後遺症で、実は私の長年の恋人とも同居して3人同棲状態になる予定なんです」
 
「え〜〜!?他の男の人も同居するの?」
「いえ、女性です。2011年来の私の同居人なんですよ」
「あ、桃香ちゃんか!」
「はい、そうです」
「あの子、千里ちゃんと恋人だったんだ?」
 
「私、貴司さんとも高校時代結婚式を挙げたけど、実は桃香とも私が貴司さんに2012年に振られた後、結婚式を挙げていたんですよね。ですから、私って、川島さんまで入れると×3(ばつさん)なんですよ」
 
「それなら貴司も、千里ちゃんと阿倍子さんと美映さんとで同じ×3だわ」
 
「ええ。ですからお母さんの前でこんなこと言ったら怒られるでしょうけど、割れ鍋に綴じ蓋で」
 
すると保志絵さんが沈黙したので怒らせたかなと思ったのだが、やがて言った。
 
「それって性的な意味でもそうだよね? 貴司って、あの子、EDでしょ?」
 
「実は貴司さんは私とだけセックスできるんです」
「え〜〜!?」
「昨夜、念のためちゃんとできることを確認しましたよ」
「ほんと!?」
 
その間、桃香はコンビニに行っていてくれたのである。
 
「たぶん精神的なものでしょうね。本人の弁によれば貴司さんがセックスできたのは、私と緋那さんだけらしいです」
 
「え?じゃ、あの子、阿倍子さんや美映さんとは?」
「どちらとも、結婚してたのにその間1度もセックスできなかったらしいです。自業自得だと思いますけど」
 
「ちょっと待って。京平は体外受精と聞いたけど、緩菜は?」
「どうやってできたのか本人たちも分からないそうです」
「ね、緩菜って本当に貴司の子供なの?」
 
「お母さん。こんなこと多分信じないですよね?」
「うん?」
「実は京平も緩菜も私が産んだんですよ」
 
保志絵さんはしばらく考えていた。
 
「いや、多分そうだと思っていたよ。それを信じる」
「ありがとうございます」
 
保志絵は桃香の同居の件については目を瞑ると言い、近い内に千里と会いたいと言っていた。また貴司の父には自分から伝えると言ってくれた。
 
その後、貴司の2人の妹、理歌・美姫に各々、やはり千里が連絡したが、貴司と千里の結婚については2人とも大歓迎と言い、桃香との同居についても、「あ、そのくらい良いですよ。兄貴も散々浮気したんだから」と言っていた。
 

千里はその後、妹の玲羅に連絡した。妹も貴司との結婚は大歓迎と言ってくれたし、玲羅は過去に何度か桃香と会っているので「桃香さんとは今更結婚しなくても、既に結婚していたのでは?」と言いつつも、それも容認してくれた。
 
続いて叔母の美輪子に連絡するが、美輪子は青葉同様大笑いして
「いいじゃん、いいじゃん。何なら桃香ちゃんの恋人も入れて4人で結婚でもいいと思うよ」
などと言っていた。
 
「季里子ちゃんはさすがに私との同居は不愉快だと思うので、桃香には通い婚してもらいますよ」
 
と千里が言うと、桃香はばつが悪そうな顔をしていた。
 
その後で千里は自分の母・津気子に連絡する。
 
「わあ、貴司さんと結婚するんだ。あれ?貴司さんいつ離婚したの?」
と訊かれるので
「昨日離婚したんだよ」
と言うと、びっくりしていた。
 
「でも離婚してすぐ結婚していいんだっけ?」
「それは節操が無さ過ぎるから来年の6月に結婚しようと」
「あ、それならいいんじゃない?」
 
母も貴司との結婚は歓迎してくれたものの、桃香との同居について難色を示す。
 
「そんなことしたら、桃香さんと貴司さんの間に何か起きたりしない?それってお互いに不幸になるよ」
と心配する。
 
「それが桃香はガチのレスビアンなんで、男には全く興味が無いんだよ」
「え〜?そうなんだ?」
 
「私と桃香のセックスは貴司が見てない所でして、私と貴司のセックスは桃香が見てない所でする、という約束」
 
「桃香さんって性転換してるんだっけ?」
「してないよ。だから私と桃香は女同士でレスビアン・セックスしてるんだよ。桃香は男の身体が嫌いなんだよね。世の中からちんちんを全部消滅させてしまえ、とか言ってるよ」
 
「それじゃ人類が滅亡するよ!」
 
かなりの時間津気子と話した結果、津気子も最終的には桃香との同居を認めてくれた。
 

千里はやや重たい気持ちで、信次の母・康子にも連絡した。
 
「あら、いい人ができたのね。うん。結婚するのは祝福するよ」
と康子さんは言ってくれた。
 
「ありがとうございます。信次さんになんか悪いような気もまだしてるのですが」
 
「それは気にしないで。1周忌過ぎたら再婚していいよと私、言っていたのに、千里ちゃん、律儀に3回忌まで待ってくれたね」
 
「それで済みません。新しい彼との結婚前にいったん川島から籍を抜きたいのですが」
 
「ああ、それは構わないよ。でも千里ちゃん、その新しい彼の苗字を名乗るんじゃないの?」
 
「はい、それはそうですが、川島千里のまま結婚すると、私、川島の家から細川の家にお嫁にいく形になってしまいます。それは変なので、いったん村山の家に戻ってから、細川の家にお嫁に行きたいんです」
 
「確かにその方がすっきりするね。うん、それはいいよ。でも由美の苗字は?」
 
「今実は私苗字がお互いに異なる子供を4人育ててるんですよね」
「4人!? 3人じゃなかったんだっけ?」
「昨日1人増えたんです」
「あらら」
 
「それならもう子供たちの苗字はそのままでいいかなと思って。だから由美は川島の籍に置き去りにします」
 
「私はそれでいい。むしろ川島の苗字を名乗る子がいた方が嬉しい」
 
信次と波留の子供・幸祐は波留の苗字・水鳥、信次と優子の子供・奏音は優子の苗字・府中を名乗っている。太一の子供・翔和は太一が亜矢芽と離婚して彼女が引き取ったので亜矢芽の苗字・片野をいったん名乗った後、現在は亜矢芽の新しい夫の苗字・釜石を名乗っている。つまり康子の4人の孫の中で川島を名乗っているのは由美だけなのである。
 
(康子もこの時点で千里さえも知れないもうひとりの孫・緩菜は細川の苗字)
 
「まあ由美がお嫁に行く時までの限定だけどね」
と康子は付け加えた。
 
しかしそういうことで、由美は川島のままにしておくことになった。
 
なお、信次との結婚指輪・エンゲージリングは一周忌の時に康子さんに返却済みである。
 

千里は6月に再婚した阿倍子にも自分が貴司と再婚することを連絡した。
 
「すごーい!美映さんから奪い取ったの?」
「それが買い取ったのよね〜」
 
と言って昨日のことを話すと阿倍子は仰天していた。
 
「うっそー。実質、離婚慰謝料5000万円ってことでしょ? 私は1000万円しかもらってないのに」
「うーん。。。それは申し訳無い」
 
「だいたいそれって慰謝料もらえるほど貴司に落ち度がある気がしないけど?」
「そうだなあ。美映さんと貴司が結婚していた間、私は一度も貴司とデートしてないから。他の女と浮気していたら分からないけど」
 
と言いつつ、緩菜が生まれた日に貴司とキスしたことだけ少し良心が痛む。しかし阿倍子は
 
「ああ、そうだよね?千里さんは結婚してたんだもんね」
とその件はこちらの話を信じてくれた。
 
阿倍子は千里と貴司の結婚自体は、もう自分も再婚した身だし、祝福してあげると言ってくれた。ただ慰謝料の問題については自分としては割り切れないと主張した。いったん電話を切って、桃香・貴司とも相談した結果、慰謝料について阿倍子と再協議する用意があることを伝え、それで彼女もこの場は引いてくれた。
 
「じゃその件はまた話すことにして、京平を結果的に貴司のもとで育てるならそちらに入籍する?」
 
「それなんだけど、阿倍子さんが迷惑じゃなければ篠田の苗字のままにしておけないかと」
「それは構わないけど、いいんだっけ?」
 
「これまでの面倒な経緯の結果、こちらは4人の子供を育てることになるんだけど、4人とも苗字が違うんだよね」
 
「なぜそうなった?」
 
「私もよくよく考えないと分からない。それでどうせバラバラの状態だから、そのままバラバラでもいいかなと。京平をこちらに入籍してしまうと緩菜と同じ苗字になるから、他の2人が疎外感を感じる気がしてね」
 
「うーん。まあ、千里さんがそれでもいいなら私もそのままでいいよ」
「だから京平の親権は貴司ではなく、阿倍子さんのまま」
 
「うん。それはそちらの方がいい」
 
それで京平の苗字は篠田のままになることが確定した。
 

千里を「永世副巫女長」に任命した越谷市F神社の巫女長・辛島栄子さんにも11月5日の内に連絡した。最初「再婚するなら、今度こそうちの神社で式を挙げてよ」と言ったものの「3人で結婚」というのを聞いて絶句した。
 
30分ほど掛けて事情を詳しく聞いた上で
「ちょっと待って」
と言っていったん電話を切り、向こうで夫の宮司・広幸さんと協議していたようだが
 
「その結婚式、挙げてあげるよ」
と広幸さんの方から電話があった。
 
「こんなのいいんですか〜?」
「だって邇邇芸命が磐長姫・木花朔耶姫の姉妹と結婚したの、千里ちゃんなら知ってるでしょ」
「あぁ!!」
 
「天孫族の最初の婚姻がふたりの妻との婚姻だったんだもん。千里ちゃんたちのケースも問題無いよ。念のため僕は易を立ててみたんだけど、火天大有の初爻変。“害に交ることなし。咎(とが)あらず”で問題なしと出た。しかも之卦(しか)は火風鼎(てい)で3本足の釜じゃん。3人での結婚は全く問題無い」
 
「凄い卦が出ましたね」
 
「池上さんと泉堂さんにも照会したけど、千里ちゃんが結婚するなら、多少変わった形でも歓迎と言ってた。深耶ちゃんが巫女してあげるよと言ってたよ」
 
「嬉しいです」
と言って千里は涙を流した。
 

クロスロードの仲間にはメールで連絡したが、彼女らは一様に祝福してくれた。
 
「長い紆余曲折だったけど、ようやくゴールに辿り着いたね」
とケイ。
「醍醐ちゃんたちがそういう前例を作ってくれると、私たちも助かる」
とマリ。
 
「すごーい。3人で結婚というのは、さすがの私も思いつかなかった。でも子供がいつの間にか随分増えてる」
と和実。
 
なお、マリも和実もこの時点で「2児の母」である。
 
「千里の前回の結婚は私はちょっと複雑な思いだったんだけど、今度は心から歓迎できる」
と淳は言っていた。信次と結婚した当時の千里の複雑な心情を察していたのはもしかしたら青葉と淳さんだけかも知れないなと千里はその言葉を聞いて思った。
 
「ああ、そちらも4人の子持ちになったのか。うちと同じだね」
とあきら。
「それって結局、桃香の子供が2人、千里の子供が2人、貴司さんの子供が2人になるんだっけ?」
と小夜子から質問されたので千里はあらためて数えてみて
「桃香の子供は2人、貴司の子供は2人、私の子供は3人・・・かな?」
と答えた。自分でもあまり自信が無い。
 
(本当は桃香の子供は早月・由美の2人、貴司の子供は京平のみ、千里の子供は早月・京平・緩菜の3人である。なお、桃香にはあと2人、小空・小歌がおり、貴司にも小歌がいる。桃香は小空・小歌を知っているが貴司は小歌の存在を知らない)
 
「なんか難しー」
 

雨宮先生は
「3人で結婚とは大胆なことをする」
と言った上で
「3Pなら何度もやったけどね。特に女の子と男の娘の姉妹を同時に逝かせて同時に妊娠させたのは良い思い出だ」
 
などと、どうもよく分からないことを言っていた。男の娘を妊娠させたことがあるというのは確かに以前にも言っていたが、どうやって、どこで妊娠させたのか、千里は少しだけ興味を感じた。
 
★★レコードの加藤部長は
「えっと、子供が増えたって、産休が必要?」
などと少し焦ったような様子で訊き直してきた。確かに千里は2018年の夏から翌年春にかけて、全く使い物にならない状態になっていたので、長期間休まれるのは辛いだろう。しかし千里が子供は4人とも既に産まれていますと言うとホッとしていた。
 
(加藤さんは2019年6月に制作部長に就任した)
 
「前回の醍醐ちゃんの結婚の時は、あえて音楽関係の知人は招かなかったみたいだったけど、今度は招待するよね?」
 
「実は時節柄もあるし、全員再婚だし、あまり派手なことはしないで、親しい人だけでしようかと言っているんですけどね」
 
「人数を絞るというのはいいけど、僕だけでも招待してよ」
「分かりました。検討します」
 

千里たちは緩菜の性別問題について更に話し合った。
 
「緩菜ちゃんを女の子として育てる場合に、ちんちんが付いてたら早月たちも完全に自分たちの姉妹として受け入れられないと思う」
と千里が言ったのに対して
 
「んじゃ、もうちんちん切っちゃう?」
と桃香は過激なことを言う。
 
「さすがに2歳の子供を性転換する訳にはいかないよ」
と千里と言いながら少し後ろめたい。
 
「千里って2歳くらいで性転換した訳じゃないんだっけ?」
と貴司が訊く。
 
「私は21歳の時に性転換手術は受けたよ」
と千里が言うと
「だからそういう大嘘はつくなと何度言ったら」
と桃香からも貴司からも言われた。
 
「うーん。じゃ2007年5月21日に私が女の子になったことは認めてもいい」
「ほほぉ」
 
「だから前にも言ったように私がインターハイに出た時はもう完全に女の子になっていたんだよ」
「ふむふむ」
「でも千里女子バスケ部に移動されたのは2006年11月だったよね?」
「あれはある人が悪戯して書類を改竄した結果なんだよ」
 
「うーん・・・・」
 
「それで私は性転換せざるを得なくなったんだけどね。だって男の身体なのに女子の試合に出るのはアンフェアじゃん」
 
「やはり千里の話はわからん」
 

ともかくも、それで千里は緩菜にタックさせることを提案した。それで試しに1度してみようとしたのだが、ここで困った事態が判明する。
 
貴司の説明では、緩菜は、停留睾丸の治療のため睾丸を陰嚢の皮膚に縫い付けて固定されているというのである。それではタックで必要な「睾丸を体内に押し込む」作業ができないと思われた。
 
千里はこの問題に関して曲作りに関する盟友でもある蓮菜(葵照子)に相談した。蓮菜は外科医で、多数の性転換手術を手がけている。可愛い男の娘のおちんちんを切り落として女の子の型に整形していく最中は興奮して自分が濡れるなどと危ないことまで仲間内では言っている。
 
蓮菜が「取り敢えず連れてきて」というので、千里は“かんな”を連れて蓮菜の病院に行った。蓮菜は最初に“かんな”のペニスのサイズを測った。1.5cmしかなく蓮菜は「これはマイクロペニスだ」と診断した。
 
「停留睾丸の手術してくれたお医者さんは1.5cmあればマイクロペニスではないと言ってたけど」
 
「それは1歳の基準だよ。2歳4ヶ月でしょ?この年齢だと2.5cm以下はマイクロペニスなんだよ」
「なるほど」
 
「普通なら男性ホルモンとか投与するんだけど、それ嫌だよね?」
「それは本人がいちばん望まないこと。むしろ女性ホルモンを出してもらえると嬉しい」
「それ、私が処方しないと勝手に入手するでしょ?」
「まあ入手ルートはあるけどね」
「診察の上で必要だと判断したら処方箋書くから、素人療法はできるだけしないで欲しい。思春期前の子への投与量は難しいんだよ」
「分かった」
 
念のため心理療法士さんに診せて心理テストをしていたが
「この子は心理的には完璧に女児ですよ。そもそも自分は女の子だということを信じて疑っていない」
という診断をしてくれた。
 
その結果も見た上で蓮菜は
 
「この子が18歳なら、今すぐ性転換手術してあげたいけどなあ」
などと“かんな”の小さなおちんちんを触りながら言った上で
 
「基本的に子供にタックはお勧めできないんだけどね」
とも言う。
 
「でも医者の立場からはそもそも大人でもタックは推奨しないでしょ?」
「うん。睾丸が死んでしまう程度は、どっちみち男を辞めようとしている人がするんだから構わないけど、腸や血管が圧迫されて、思わぬ所に障害が出る可能性もある」
 
「でもこの子、女の子の外見にしてあげないと、女の子としての発達をさせてあげることができないと思うんだよ。いくら本人が女を主張しても周囲の友だちとかが認めてくれないじゃん。それ以前に姉妹もだけど」
 
蓮菜はしばらく考えていたが、やがて言った。
 
「今睾丸は皮膚に縫い付けてあるんだよね?」
「うん」
「だったら、その縫い付けを外そう」
「外して大丈夫?」
「体内に戻ってしまう可能性もある。でもそもそも体内に押し込みたいんだよね?」
 
「そう」
「男性ホルモンが生産されなくなって、陰茎が更に縮むかも知れないよ」
「それは問題無い」
「それと定期的に私の診察を受けさせてくれ。万一腫瘍などができたりしたら速攻で摘出する必要がある」
 
「分かった。停留睾丸ってやはり腫瘍ができやすいの?」
「そんなことは無い。腫瘍ができる確率はふつうの睾丸と変わらないと私は思うよ。ただ、腫瘍ができた時に、陰嚢内にある睾丸は変化が分かりやすい。でも体内にある睾丸だと発見が遅れがち」
 
「なるほどぉ!」
 
「だから半年に1度は私に見せること。それがこの手術をしてあげる条件」
「うん。ちゃんと診察受けに来るから、手術お願い」
 
それで“かんな”の睾丸は11月下旬に蓮菜の手術でいったん陰嚢の皮膚から取り外された。しかしそのまま体内に戻って行くことは無かった。またタックのためにいったん体内に押し込んでも、タックを外すと、ちゃんと陰嚢内に出てくることを確認した。
 
どうも1年間にわたって陰嚢内に固定されていたおかげで、そこを定位置として安定していることが推測された。
 
そういう訳で、緩菜のおちんちんやタマタマが、早月や由美の目に触れることは無かった。
 
「かんなちゃん、おとこのこだっていってたけど、おちんちんないじゃん」
と早月は緩菜と一緒にお風呂に入れた時に言った。
 
「わたしおんなのこだよ」
と緩菜も言うので、早月はその後、緩菜のことを普通に妹として扱ってくれた。
 
そして千里は小さな声で呟いた。
「環和(かんな)ちゃん、可愛い女の子になれるといいね」
 

千里たちの「今後の方針」がだいたい固まった所で、千里はあらためて信次の仏前に挨拶してくることにした。相手側の都合で訪問は11月11日(水)になった。
 
「ひとりで行ってくるの?」
と桃香から訊かれる。
 
「由美と・・・ついでに緩菜も連れていくかな。京平と早月を見ててくれる?」
「千葉に行くなら**屋のお団子をよろしく」
「了解〜」
 
それで千里はアテンザの後部座席にチャイルドシートを2個セットして緩菜と由美を座らせ、まずは桶川市に住む康子のもとを訪れた。
 
「おお、由美、元気してたか?」
と言って康子が由美をだっこする。
 
するとそれを緩菜が羨ましそうに見ているので
「えっと、その子がカンナちゃんかな?あんたもおいで」
と言って一緒にだっこしてあげていた。
 
「由美もお兄ちゃん・お姉ちゃんが合わせて3人もできてみんなに可愛がられていますよ」
 
信次の好きだったペヤングのカップ焼きそばと、御仏前の封筒を置き、蝋燭に火を点けて線香を立てる。緩菜を左側、由美を右側に座らせ、合掌するように言い、千里は鈴(りん)を鳴らした上で数珠を手に持ち(祝詞風!)般若心経を奏上(?)する。康子も後ろで合掌してくれていた。
 
仏壇に向かって一礼してから、向き直って康子にも一礼した。
 
「ありがとね。わざわざ挨拶しにきてくれて」
「結婚したら私はさすがにこちらに顔を出せなくなりますけど、もし良かったら由美たちとデートしてあげてください。私の新しい婚約者もお義母さんにはいつ来てくれても歓迎と言っておりますので」
「うん。遊びに行くね」
「はい」
 

アテンザの助手席に康子さんを乗せて、久喜市に住む水鳥波留・幸祐の家を訪問した。ここを訪れるのは千里は実は初めてである。
 
「ここ以前来たことあるの?」
「いえ。初めてですよ」
「でも迷わず来れた」
「私、めったに道に迷いませんから。私が迷う時は、迷う意味のある時だって、先輩の巫女さんに言われたことあります」
「へー」
 
持参のケーキを出して、波留さんとお姉さんに挨拶した。お姉さんとは初対面である。千里は波留さんもさばさばした感じの人と思っていたが、お姉さんは彼女以上に豪快な感じの人で気持ち良く感じた。
 
「信次君もまあ、くたばる直前にバタバタと自分の種をあちこちに撒いたもんだね」
などと言っている。
 
お母さんの前でいいのか〜?と千里は内心冷や汗を掻いたものの、康子さんも
「ほんとに節操の無い子だったからね」
と笑っていた。
 
「そのふたりも信次君の忘れ形見?」
などと尋ねられる。
 
康子さんが
「いえ、こちらの由美だけですけどね。緩菜ちゃんは千里さんが今度再婚する相手の娘さんなんですよ」
 
「あ、そう?なんか幸祐と似てる気がしたし。でもあれ?女の子だっけ?男の子かと思った」
とお姉さんが言うので、千里は「へ〜」と思ったものの康子さんは
 
「男の子がスカート穿きませんよぉ」
と言う。
 
「あ、そうだよね」
と言ってお姉さんはまた豪快に笑っていた。
 
千里は、京平は男の子だけどスカート好きだけどなと思う。京平の場合は女の子になりたいとかではなく純粋にファッションとしてスカートを穿いている感じだ。
 
幸祐(1歳7ヶ月)は人見知りしないようで、千里のそばに寄ってきては
「おばちゃん、だれ?」
などという。
「由美のお母ちゃんだよ。この由美は知ってるよね」
「うん。ぼくのおねえちゃん。おばちゃん、ぼくのおかあさん?」
「幸祐君のお母ちゃんはそこにいるじゃん」
「あ、そうか」
 
幸祐は「おねえちゃん、あそんで」と言って、由美を引っ張っていき、一緒に積み木をし始めた。緩菜も付き合っていたが、幸祐がアバウトに積むのを緩菜が微調整してあげている。緩菜ってけっこう神経質だよなと千里はここ1週間ほど見ていて思った。とりあえずこの場では緩菜はお姉ちゃん役である。
 
「幸祐君、元気ですね」
「典型的O型人間かもね」
 
などと波留のお姉さんは言っている。
 
「うちは伝統的にO型ばかりでさ。うちの父ちゃんと母ちゃんもO型、双方のじいさん・ばあさんがO型、私も波留もO型。私の亭主もO型、幼稚園行ってる息子もO型、信次君もO型で幸祐もO型」
 
「それはまた凄いです!」
 
「まあ細かいこと気にしないのがうちの一家の良い所でもあり欠点でもある」
と言って、またお姉さんは笑っていた。
 

その後、また康子さんと一緒にアテンザで東北道・外環道・東関東道と走って千葉市郊外の霊園に行く。お花と供物をそなえ、線香をあげて合掌し、般若心経を唱えた。
 
ここは川島家之墓とは書かれているが、中に入っているのは信次のみである。信次の父(康子の夫)は、先妻とともに別の墓所に眠っている。この墓に入る予定があるのは、太一と康子のみである。太一が再婚した場合はそちらに引き継がれていく可能性はある。
 
「太一さんのお母さんはそちらのご実家のお墓に入っているんですか?」
「うん。そうなの。太一の実父もそちらはそちらの実家の墓。なんかここの家はお墓もバラバラだね」
と言って康子さんは困ったような感じの笑みを浮かべていた。
 
お墓参りした後は、康子さんが
「千葉に来たついでにちょっと寄ってもいい?」
と言ったところに寄ってから、桃香に頼まれていたお団子を買う。それ以外に康子さんは「お土産」と言ってケーキを7個買って千里に渡した。その後で千里は康子さんを桶川市のマンションに送り届け、夕方頃、浦和のマンションに帰還する。
 
帰り着くと桃香が「千里〜。疲れた。お腹空いた」と言ってカーペットの上に寝ていた。京平と早月もカーペットの上で熟睡している!
 
いったい何をしていたんだ!?
 

 
貴司は勤めていた会社を11月いっぱいで退職した。
 
その上で選手として入れてくれそうな球団を探していたのだが、東京都内に本拠地を置くBリーグ2部のメトロ・エクシードが貴司に関心を持ってくれた。
 
それで入団テストを受けたところ
「31歳ではあっても、これだけ動けるなら欲しい」
 
と言ってくれ、貴司は1月付けでそのチームに合流することになった。但し給料は取り敢えず3月までは無給!で、4月以降は月20万円(リーグで定められている最低年俸)と言われた。実戦での動きを見て、2022年度からは給料があがる可能性もあるが、むろん2021年度中に解雇されてしまう可能性もある。
 
しかし貴司は1年ぶりのバスケ活動に意欲満々であった。
 
貴司は2008年にMM化学に入社して以来、12年半にわたって「社員選手」をしていた。そしてこの時初めて彼は「プロ選手」になったのである。
 

「考えてみると、千里って高校卒業したあと、ずっとプロだったんだよな?」
と貴司は言った。
 
「うん。私は社員選手はやったことない。もっともプロだけど無給というのが多かった。ローキューツも40minutesも当時は給料出してなかったから」
と千里は答えた。
 
取り敢えずグラナダとマルセイユのことはバッくれておく。
 
「今はどちらも強豪プロチームだからなあ。千里は凄いよ」
 
ローキューツと40minutesは千里が40minutesを退団した2016年にどちらも運営会社が設立されて実質プロのクラブチームとなった。実は運営会社の筆頭株主はローキューツは唐本冬子(ローズ+リリーのケイ)、40minutesは村山千里になっているのだが、そのことを貴司や桃香は知らない。
 
「貴司はもっと冒険すれば良かったと思うんだけどね」
「それ今になって思う。僕はぬるま湯につかっていたんだ」
「でも30歳過ぎて、やっとプロに挑戦することになった」
「うん。今から頑張ればいいんだよ」
 
と言って千里は貴司にキスをした。
 
 
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【女たちの結婚事情】(1)